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は じ め に
わが国の臨床的な主要病変としての肺血栓塞栓症
(pulmonary thromboembolism:PTE)の発生頻度は 欧米の約1/ 50といわれている1)。そのうちの約8%前 後 は 致 死 性 の 急 性 肺 血 栓 塞 栓 症(acute pulmonary thromboembolism:APTE)であり,その頻度は増加傾 向にある。重症呼吸循環不全に陥った症例に対しては,そ の病態から判断して呼吸循環両方の補助が可能な経皮的 心肺補助装置(percutaneous cardiopulmonary support: PCPS)が極めて有効であることは論を待たない2-5)。し かし,PCPSの適応を含めた急性期の治療法に関しては はっきりとした指針が確立されていないのが現状であ り,治療に難渋する症例も少なくない。今回我々は準広 範子宮全摘術後にAPTEを発症し,心肺機能停止となっ た症例に対してPCPSを施行し良好な成績を得た。本疾 患に対するPCPSの適応および,治療法に関して文献的 考察を加え報告する。
症 例
患 者:29歳,女性。身長158cm,体重74kg。 主 訴:突然の呼吸苦,胸痛。
現病歴:平成14年11月13日,子宮頚癌に対して準広範 子宮全摘術を施行した。
平成14年11月15日,術後のリハビリを開始直後に突然 の呼吸苦と胸痛を訴えた。理学所見,低酸素血症から PTEが疑われ,当院救命救急センターに転院搬送され た。
生活歴:特記すべき事項なし。
家族歴:同上
喫煙歴:1日20本10年間。
入 院 時 現 症
13:34 当院救命救急センター到着。全身チアノーゼを 認め,意識レベルはJCS 30,GCS 11(E 4V 2M 5) でやや不隠状態であり極度の呼吸苦を訴えてい た。収縮期血圧 60−70mmHg(総頚動脈触知可 能。大腿動脈触知せず),心拍数150回/min,リ ザーバマスク10L/minでSpO2 83%でショック 状態を呈していた。直ちに補助換気を開始すると ともに,補助循環の必要性を考慮し右大腿動静脈 に7Frのsheathを挿入しPCPSの準備を行った。
PCPS 導入によって社会復帰し得た術後 肺動脈血栓塞栓症による CPA の1例
渡辺 正明* 丹野 克俊* 宮田 圭* 今井 亜希* 近江 洋嗣* 小出 明知* 小川 肇** 高橋 正典*** 高木 千佳***
A successful resuscitation case of postoperative
pulmonary thromboembolism treated with percutaneous cardiopulmonary support(PCPS)
Masaaki WATANABE,Katsutoshi TANNO,Kei MIYATA,
Aki IMAI,Yoshitsugu OHMI,Akitomo KOIDE,
Hajime OGAWA,Masanori TAKAHASHI,Chika TAKAGI
Key words: Pulmonary thromboembolism ―― PCPS ――
Cardiopulmonary arrest(CPA)
症例報告
*市立函館病院 救命救急センター **市立函館病院 放射線科
***市立函館病院 循環器科
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13:42 気管挿管を施行したが,その直後(13:45)に心 肺機能停止となったためCPRを開始した。
14:00 PCPS開始直後に自己心拍再開し洞調律となっ た。
入院時血液検査【表1】
貧血と白血球数の上昇,著明なアシドーシスおよび低 酸素血症,凝固亢進などを認めた。
胸部X線検査【図1】
CTR 47%で左下肺野の透過性低下を認めた。
心電図検査
洞調律,脈拍数109/min,SI・QⅢ・TⅢパターンを 呈した。
胸部造影CT検査【図2】
肺動脈の拡大および両肺動脈内の陰影欠損を認めた。
心エコー検査
心室中隔の壁運動低下,右室拡大,少量の心嚢液を認
めた。 入 院 後 経 過
経過および臨床所見からAPTEと診断した。肺動脈本 幹に大型塞栓の存在を認めず抹消側に塞栓が存在したた め,手術摘出は困難と考えられた。またPCPSにより良好 な酸素化と臓器循環が保たれていることなどから,手術 後3日目ではあるものの血栓溶解療法,抗凝固療法を選 択した。中心静脈内にt-PA(クリアクターTM800,000U), ヘパリン(5,000単位)のbolus投与を行った後,ヘパリ ンの持続投与を行なった。
上記治療に良好に反応して,酸素化は徐々に改善傾向 を示した。入院当日午後にはPCPSのweaningを開始 し,同日23時(PCPS導入から約9時間後)にPCPSか ら離脱した。
第2病日からは人工呼吸管理下での集中治療を継続し た。同日施行した胸部造影CT検査では,前日の入院時 に施行したものと比較し,肺動脈径,塞栓の大きさは著 明に減少した。術創および腹腔内,後腹膜腔内への出血 が持続したが輸血で保存的にコントロール可能であっ た。第6病日に抜管し,神経学的異常所見を認めなかっ た。第8病日には持続していた術創からの少量出血も完 全に止血された。同日からワーファリンの内服を開始 し,INRを2. 0前後にコントロールした。
第10病日に施行した胸部造影CT検査では肺動脈内に 明らかな陰影欠損を認めなかったが,左骨盤壁で外腸骨 静脈が後腹膜血腫によって圧排され狭窄している所見を 認め,その抹消側の大腿静脈内に血栓を示す小さな低吸 収域を認めた。このため,予防的に下大静脈内フィルタ
(TrapEaseTM,Cordis)を挿入した。その後,ワーファ リン・コントロール後の平成14年12月18日(32病日)に 退院となった。その後,塞栓症の再発なく当院外来で経 過観察中である。入院中の検査でprotein S,protein C, 表1 入院時血液検査所見
血液ガス分析結果 生化学検査
血算・凝固系検査
(PCPS開始後右橈骨動脈から採取)
T-Bil 0.5mg/dl WBC 13×104/mm3
PH 7.170 TP 4.4g/dl
NA 146mEq/dl
PCO2 44.7mmHg Alb 2.6g/dl K 2.8mEq/dl
RBC 28×104/mm3
PO2 48.7mmHg ALP 148 IU/L CL 104mEq/dl
Hb 8.6g/dl
BE -11.8mmol/L GOT 128 IU/L BUN7mg/dl
PLT 9.3×104/mm3
HCO3 15.7mmol/L GPT 135 IU/L
PT 100sec以上
LDH 350 IU/L INR 6以上
γ GTP 28 IU/L Fibrinogen 159mg/dl
AMY 381 IU/L FDP 73μ g/dl
Cre 0.8mg/dl D-dimer 32.5μ g/dl
Ca 7.1mg/dl AT-Ⅲ 37%
CPK 232 IU/L CRP 4.8mg/dl
図1 入院時胸部単純X線写真(ICU入室時)
左下肺野の透過性低下を認めた.
図2 来院時造影胸部CT
肺動脈の拡大を認め(破線矢印),右肺動脈内に大きさ 約3.0cmの境界やや不明瞭な陰影欠損(実線矢印)を 認めた.
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anti-cardiolipin antibodyはいずれも基準値範囲内で あった。
考 察
PTEは従来本邦では頻度が低いとされてきたが,最 近の報告では,生活習慣,食生活の変化等により欧米の 頻度に近づきつつあるようである1)。本症例は婦人科手 術にともない形成された血栓による急性呼吸循環不全と 考えられ,経過中に心肺機能停止となる致死性のAPTE であった。
広範囲にわたる肺動脈内塞栓が存在し,ショック状態 となる広範囲型急性肺塞栓症では,血行動態,酸素化を まず維持しなければならない。重症例では,発症後数時 間で死亡したり,また術後に重篤な神経学的後遺症を併 発してしまう症例も多い6)。外科的治療がなされた場合 にも救命率は術前の循環動態の安定度と相関しており,
術前ショック状態の症例の救命率は低値である7-9)。そ のためAPTEで重症呼吸循環不全に陥った症例に対し ては,呼吸循環両方の補助が可能なPCPSは極めて有効 であり,本症例では診断直後に心肺機能停止状態となっ ており,蘇生手段及び自己心拍再開後の心肺補助として 良い適応例であったと考えられる。
APTEにおいて重症呼吸循環不全に対するPCPS施 行の報告はあるが,心停止に至った後にPCPSを施行し た症例は比較的少ない10-12)。またAPTEでは脳蘇生に関 して,他の原因による心停止例に比べ心肺蘇生施行時間 の猶予は少ないといわれ13),本症例において神経学的脱 落を伴うことなく独歩退院できたことは意義のあること と考えられる。
PCPSの始まりは1930年代にさかのぼるが14,15),1987 年に遠心分離ポンプを利用して,患者の大腿静脈から脱 血して酸素化を行った後,大腿動脈から返血する装置が 報告された。Interventionalな治療や,開胸心臓手術の 補助装置的使用のみならず,その移動やプライミングの 簡便性から救急初療室での蘇生法として使われ始めた。
現在では,熟練されたスタッフが常勤している施設であ れば理論的には10−15分で装置の組み立てを完了し,補 助循環を開始できる15)。本症例では,心肺機能停止から PCPS開始まで15分であった。合併症としては,回路開 始までの時間に比例して中枢神経系を始めとする臓器虚 血,カテーテル挿入部の出血や血腫,また大腿動脈以下 の血流障害等が見られることがあるが16-18),早期発見と 予防的処置で回避可能な合併症であるといえる。本症例 は,これら合併症を併発せず,また神経学的に異常を認 めず独歩退院することができた。
蘇生法としてのPCPSの施行規準は,施設によって 様々である4,13,16,17,19,20)。通常の蘇生法に反応がないこ
と,一次性脳機能障害を疑わないこと,心肺機能の回復 が得られる可能性があること,心停止時間から判断して 時間的に脳蘇生の可能性があること,という点で一致し ていると考えられる。その施行は年々増加しており,適 応についての統一をはかり多施設での検討の必要がある。
PTEの治療の基本方針としては,呼吸および循環の 管理を行いつつ,血栓の成長や閉塞肺動脈内に存在する 塞栓子を核とした二次血栓の付着を予防しながら,肺動 脈内に存在する塞栓を溶解することである21)。
一般的にはまず,血栓溶解療法,抗凝固療法を試み改 善の見られない場合に外科的治療を考慮する。その適 応,方法についてはさまざまな報告や考察がなされてい る6,22-26)。
外科的治療の基準としてはSasaharaらの基準,1時間 の集中治療でも収縮期血圧90mmHg以下,尿量が20ml /hr以下,PaO2 60mmHg以下がある27)が,本症例に関 しては,比較的大型の塞栓を認めるものの,肺動脈本幹 に大型塞栓が存在するわけではなく抹消側に塞栓が存在 し直視下での摘出は困難で,気管挿管後に人工呼吸管理 下で酸素化が保たれていた。PCPS回路開始直前の動脈 血検査では,PCO2 45mmHg PO2 119mmHgで,PCPS 施行後は100/ 60mmHg前後の血圧が維持されていた。
これらから判断して血栓溶解療法・抗凝固療法を選択し た。
婦人科手術後の本症例においてヘパリンの使用は原則 禁忌であり,またtPAにおいては保険適応もない。しか し過去には出血性疾患への使用報告4,5,8,28)も散見され その有効性について述べられている。血栓の生成の防止 には正常値上限の1.5−2.5倍投与することが推奨されて いるが,今回症例ではAPTT正常範囲上限でのコント ロールを試み,術後出血には輸血で保存的に対応可能で あった。本症例のように心停止に陥るような症例では血 栓溶解療法・抗凝固療法を行うことは止むを得ないと考 えられる。
また本症例に対しては永久型下大静脈フィルターを挿 入した。その適応基準としてはGreenfieldの発表した基 準,q抗凝固療法禁忌の症例,w肺塞栓症再発症例,e 抗凝固療法合併症例,r予防的挿入,t肺塞栓摘出術後 がある29)。本症例に関しては,重症肺塞栓症を発症し,
さらに深部静脈血栓症の存在が確認されており,再発予 防としての適応を考慮した。ただ,挿入に関しての様々 な合併症の可能性から,施設によって適応はさまざまで あり,明確な規準はないのが現状である。ヘパリン等に よる抗凝固療法との比較で,遠隔期には差がなかったと の多施設研究の報告等もあり18),今後,明確な適応基準 の確立が待たれる。
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ま と め
心停止に陥った術後APTEの一例を経験し,PCPS使 用によって良好な予後を得た。APTEで重症呼吸循環不 全に陥った重症症例に対しては,呼吸・循環両方の補助 が可能なPCPSは極めて有効な蘇生手段と考えられた。
文 献
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