良寛の遺詠とその作曲〔IV〕
黒 坂 富 治
Ryokan's Short‑Poems and their Musical Composition (IV)
by Tomiji Kurosaka
「酒 を 恋 う 19首」 良寛さまがこよなく愛好された「盆踊り」と「まりつき」について は,それらの遺詠の中から適当数を選んで作曲した。その「盆踊り」と「まりつき」にまさるとも 劣らず愛好したのは「酒」である。その事情は伝えられた奇話と,多数の遺詩遺詠によって明らか である。原田勘平著「良寛雑話」によれば「……酒に因む詩歌を拾つたなら,恐らく数十首にの ぼるだろう……」とある。私は良寛さまの遺詩については,甚だ残念ではあるが語ることが出来な い。このたびは眼を通した文献資料に見出された,30首近い酒のうたから,短歌19首を選び,内容 を吟味して5篇に整え,起・承・転(1・ll)・結の組歌風に構成して作曲した。
解良栄重の「良寛禅師奇話」に,「師常二酒ヲ好ム。シカリト云ドモ,量ヲ超テ酔狂二至ルヲ見 ズ。又,田父・野翁ヲ云ハズ,銭ヲ出シ合テ酒ヲ買呑事ヲ好ム。汝一盃,吾一盃,其盃ノ数多少ナ カラシム」とある。これによってもわかることは,良寛さまは飲酒を好んだが,その量は3杯から 5杯の程度,酒によって乱れることがなかった。農夫や木樵りたちと,銭を出し合って酒を求め,
相手とは同量に飲み楽しんだようである。
ぽうしゆ しやく つ ひき
「孟夏芒種の節,錫を杖いて独り往還す。野老忽ち我を見,我を率いて共に歓を成す。
ろはい とうぜん あぜ
芦葵聯か席となし,桐葉以て盤に充つ。野酌数行の後,陶然,畔を枕に眠る。」
托鉢の途次,良寛さまは仕事中の農夫に誘われ,野良に敷いた莚の上で,桐の葉に並べられた馳走 で酒を酌み交わし,そのまま陶然と眠る良寛さまの,純真無垢の姿が見えるようである。
ことわり
そして良寛さまの戒語にも「さかゑひにことわりいふ(酒に酔うた人に理を言う)」とか,「ゑ うてことわりいふ(酒に酔うて理窟を言う)」と書き遺しているから,現代風に言えば「酒呑みの 本性違わず」を多少憐欄し,酒の勢おいを借りて,日頃の憤慢や愚痴を吐露する下劣さを,寛大に あしろうことをしない。酒に酔うてくどくどしくからむことを嫌忌している。従って良寛さまも,
自らの戒語の通り自分を戒め慎んだから,酒を嗜んでも真に良識ある紳士(Gentleman)として・
多くの人たちから愛敬されながら,秀れた歌を創作されたのだと思われる。
ていちん
良寛さまと交友を深められた人たちの中でも,特に阿部定珍は,酒の上でも芸術の上でも,より
わた み き う えもん
敦い交わりをした。定珍は西蒲原郡渡部の庄屋,酒造を業とし「造酒右衛門」と通称され,和歌,
詩文を好み,住んだ家に嵐窓,月華亭,借楽軒,養生館などの雅名をつけていた。良寛さまに傾倒 し,物心両面にわたり誠実な応酬が重ねられたことが,遺詠によって伺われる。定珍が良寛さまに ・限りなくすすむる春の杯は 薬の中の(一説に「ちとせを延ぶる」)薬とそきく
・ことさらにすすむべらなり春の日の 晴れあがりけるこれのまぎれに を贈ると,良寛さまは返しに
わさび
・ちんばそ(神馬藻)に酒に山葵に給はるは 春はさびしくあらせじとなり
のほか,私が作曲の対象にした「さすたけの君がすすむる……」などを詠んでいる。定珍が独りで 新潟青陵女子短期大学研究報告 第15号 (1985)
富 治 坂 2 黒
19首 (良寛)
を恋 貞ノ
酒
黒坂富治作曲 ゆったり、やわらかい表情で
/ 』1@ γ7し ン <: 派 ・ 1
と=::二 〉
ρ 、 、
o 、 、 ρ 、 ◎ 、 、 σ
覧 ジ 蒼一、よ し あ二、よ も す
し 一 の な に わ ェ 一 ら つ き 一
・レ F F
フ こ と 一 は ォ た き つ つ
@ i
, 、 9 、 σ
り o 、 、
r 、
の
、 、 、
レー、よ し あ し の な に わ の
、よ も す が ら つ き 一 き
こ と 一 は ス き つ つ.
@ !
o
◎ 亀
、 、
亀 o、 ・ ゆ 、 4
ノ〜 0ヂζく
一 、∠ o 、
『
、 θ
σ o ρ 砂
9 、
o
1 o の ◎ o o し
ア
、
、
すさ[。 Pーんを 一一
9レっさp
eeF・箆 oーにる
cE:皇才、
々れて 書あ[
●
σ、
、 ばし
fらいn
あ[
、
さほ
一eeeの●
0
、 、
、 、
一をさん
つさ くけ
も こ
一 に れ る
れて とに
もあらばあ ろ一いし一
さほ
躍
◎
0 /
虐1 メ 紬 菱
σ
の σ
8
θ
1◎
々 σ
縛● ゆ 9
∂ ー
0 か
3 良寛の遺詠とその作曲〔IV〕
),
(So乙。) 朗唱風に 肌
(
● 8
∂ 0 9 o ●
0 θ の 〇
O お↓お み き を み つ き い つつき た べ え い ぬ
lあ す よ り の の ち の よ すがは い さ し ら ず レ
● ・ ,
9 ● o
塞帆ナ 々 8メ 1°
黶̀
≦ ●
プ
. の
9 9
o
逝玉
● ¢
@ ψr一 ゾし. ,ζ
19
)
r
?
曽
,
■
σ ゆ θ 、 9
}◎− O)● ①
@ え いて の のち は ま た で 一 っ
C きょ_う の ひ と ひ は え い に 一 け
ぎ け一 る 轣@し一 も
/ 夢
,
■ ●
∂
暮喝 蘂 @算しρ ⑭
「 o
・ ●
■
じ 尋 1 ψ
4
黒 坂 富 治
やわらかく揺れて
($・乙・)鋪的に._
0 り θ
● ● の σ
9 ③
@一、さ す た け の き みがすすむる う まざ け
@二、 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … う ま ざ け
@三、・ ・ … き みとあいみてきょうはえ い
C
にをぬ
一◎一 ● ) 增@れ え い
ウ ら に や ア の よ に
9 の
o ●
一
θ・呼
メ 沖
σ 9ノ ㌔}
o
「 9
● 0 、 、
ナ ・… G「二,−.
一 、@ ナ、
1匹.
ρ ∂
・ の の o 0 0 、 ■ ● 、
σ の j 一 に 一 け一 り
黶@の 一 ま一ん 黶@な 一 に一か
( 工.π.
その う ま 一ざけ 一一 に サのた ち 一ざけ 一一 を
ィ一 も い 一のこ さ一 ん
π.
r ・
● σ ■ o
ρ の ●
oj〆
.ン〆 ●
● θ
ヒ :
9 3
ノ。し。γ{ 6、 ・ナ之膜・
ナ へ勉吻o
■ 、 o、
● ●
の、 の
、
一●r、 O Oし ●
良寛の遺詠とその作曲〔rv〕 5
富 治 坂 黒 6
き・ぱ・と、また鰍・ ¢・φ≧,.朗吟風に
●
■
一、く一さむら の
@ 二、み一がやけ て
@ 三、さむくなり ぬ
刀@ 3
o ∂
ρ 、 9
、
、
L3−1
v
ミ レ 、
P砒o 、,
@、
一㌻゜
濯
∂
「 」 ρo 9
、
ナ
、 拠 /
o o
L 」
ュ一さ むら の ン一がやけ て ウむく なり ぬ
ρ
ルた ると 一な一ら ば よいよ い に こ が 謌黷驍ヘ 一ほたる と ほとれど も ひ 一
「一まは 一ほたる も ひかり な し こ が
⑦
毎矩ヂ
ゴト .
ォo <
9
● 一
7 /鷺
̀ 吻拶莚・■
、 9、 o
9 ●
) 一
ヒ の 一 み 一 ず を い も 一 た も _ う一 て一 よ 驕@ は 一 な ん と も な い 一 と こ そ一 す一 れ ヒ の 一 み 一 ず を た れ 一 か た ま一 わ一 ん
@ oツ 〉
●
● ■
ク γ馬ヌ o オ7 リク. ρ「 亙
9
. θ ρ σ
●
o チ じ
ワ
良寛の遺詠とその作曲〔IV〕
(・・仙・朽.7 ン ・. .フ _. 牢・「 _
の θ ρ o
9 ●
θ o o
四、か ら う た を つ く れ つ く れ と きみ はい え ワ、こ こ つか に つ け の よ ろ し き し一 のぶ ぐ Z、う ま ざけ に さ か な も て こ よ いつ も い つ オ、さ け さけ と は な に あ る じ を ま一かせ ら
9 o
ρ
一̀o
v ,
ぎ
o
● 9 σ の
θ
、
fフ:} ヤγし、
ρ
、 、
一 、 o の
さ え い 一 て や え い 一 焉@ く さ 一 の い お 一 り 黶@ きょ_う 一 も さ け 一 さ
@ へ
θ
ヌ きみ一 (旨 の のま一 ね一ば できずぞ
}一 ぬ ひと一し ノ やど一は ッ あす一も
、
の
ォ)〜
急ナ ・を一
/ζ:::
l,
9
θ 霞
)
!
、 θ、
、 o
o
o
あ り け る で き ず ぞ あ り け一 る
「 ず と て ひ と 一 し い ず と一 て ゥ さ ま し や ど 一 は か さ ま 一 し ウ け さ け あ す 一 も さ け さ一 け
,
D θ
〉
霧
矧 鵬ρ
9
■
二
8 黒坂富治
ゆっくりと、のどやかに
㊦。1・げし婦s。乳) づ
i
、 、 1
⑦ 、 、
で 一③・
黶Aひ さ か一た一 の 巳 D二、か わ ず一な一 く
の ど け き そ ら 一 に フ べ 一 の や ま ぶ き
、 、
、 、
、 、
θ轡つ 〆。∠ぐ
ψ轡一τ 、 ⑨
@ ・呼 争@〆一一̀9 ②秩I
夢
, g o
、 . @ o 9
二 審
H
、
.一ひ 分・ −9卜 9 寸
@え い ふ せ一 ば ゆ め も た( た お り つ一 つ さ け に う えか
、 θ一ρτ な一り
ラ一て
、
へ 戸⑤・ こ 夢 こへ サ、 ザ
「
o θ
砂 θ ・ 一
@ サ
9 良寛の遺詠とその作曲〔F〕
やわらかく、陶然と
、 9 、
θし 、
② 、 、
〆黶A ひ
、 か O、 も
@ら
fゴ㌘f 該 ffさ か一た一 の の ど け き そ ら 一 にわ ず一な一 く の べ 一 の や ま ぶ きも ど一り一 の こ つ た い て な 一 く
i 〔!「 、 θ∩ 、 n
酸 6P ② 9 、
@ θ 、 、 、 θ
、 P θ
一、 ひ さ か一た一 の の ど け き そ ら 一 に
、か わ ず一な一 く の べ 一 の や ま ぶ一き O、 も も ど一り一 の こ つ た い て な 一 く
、 、
」
■ 、 、
⑤ ) 9 遡」 ⑤ 乙ごρ
、 ρ
@ 呼 、 掛
, , ウ
、 1
右 曾 准
κ7( !
1
、
レ β 』ノ
ヲ い ふ せ一 ス お り つ一 ォょ _う し も一
氏@ t、
π㌧怠τこ葦ぞ轡っ さ け に う か べ一 てぞ ざ ら に や の ま一 んL r) r、 →1・ {覇
ρ の 、
噌 ② ρ
、
え い ふ せ ば ゆ め も た え な一 り ス お り つ つ さ け に う か べ一 て ォょ _う し も ぞ さ ら に や の ま一 ん
一
∂ 、
の 、 一●」 、 冷
f ρ
審こ 「診歯、
o
畠
, 1 、
璽 z 、
、
、 、
10 黒坂富治
/ヨ , Yπ =:::> M
o
、 、
、 L 、 も 、
毎げ 【シ
ヘ一 な ス一 の ミ一 と
「 の し一た は 黶@ し へ一め た 黶@ っ さ一け ひ マ 、 @ρ
診 1 レ ド
ォ一 の ォ一 を ォ一 の
│ 、 つ
㌘
ネ の き一 フ し き一 ニ つ き一
ン ♂、自
聖
● ● 、 、 、
8、 、 ゆ 、 、
、
は な 一 の き一 の ス の 一 し き一 を ミ と 一 つ き一 の
)
オ一た は な の き一 の し た ヨ一め た の し き一 を へ め
ウ 一け ひ と つ き一 あ さ け
、 、
、 、 、 、 、
一醗す ,θ 、 o
A
② 、 9
A 呼 、 4一 @ こ
9
● , σ 、 、
b ●
穿 ぞト 季 【㊤一・
ユ
、
、 ② ④ 、 、 、
、 昏
・ θ
V一@呼
一ぴ『 ミ
ヲ
㊧ 伊 、
ニノo∠ご己
ρ
噛
② o 轡 一◎∴一θ岬@ θ
秩E∫9再・月∫・イ働 ㊤
いつもいつも 任せられまか
酔ひ伏せば たへ かはつ 蛙・鳴く野・べの山吹 た を 手折りっつ 八フ日しもぞ
さら
〃 良寛の遣詠とその作曲〔rv〕
さもあらばあれ ほろゐして
大神酒を三杯五杯 ゑ たべ酔ひぬ いさ知らず
うま酒を 今日は酔ひぬ
同胞と
同胞の 宵々によひ
ほとれども なん 光なし
からうた 漢詩を作れ作れと 君は言へど 忍ぶ草
ノ2
黒 坂 治 富
五合庵を訪ねた折り,一枚の紙片(巾9寸,長さ1尺1寸)に書きつけた ・うまざけとさかなしあれバあすもまた 君がいほりにたつねてそこむ
に対し良寛さまは,「うま酒にさかなもて来よいつもいつも 草の庵に宿ハかさまし」をもって酬 いたとされている。(東郷豊治編著「良寛全集 下巻」) また定珍に宛てた良寛さまの書翰に「御 手紙のおもむき拝見仕候。今朝まことに野僧たう(陶?)酔候まま,何とぞ重ねてごとなし可下被 候。早々以上」とあるによっても,良寛さまと定珍の親交は羨しい限りである。
やまだ と こう
また良寛さまは,与板町の山田杜皐家との交誼も懇篤であつたことが推察される。山田家も阿部 家と同じく酒造家であつた。良寛さまは山田家(屋)の誰彼ともなく親しく,特に女中の「およし」
とは仲好しで,彼女は良寛さまに紳名「ほたる」を奉っている。それは良寛さまが毎年,螢の季節 に山田屋を訪れられたからといわれている。良寛さまは「およし」に格別仮名をつけて,よみ易く
して「ぬのこ一 此度御返申候。
かね
さむくなりぬいまハ螢も光なし こ金の水をたれかたまはむ 螢
か な つ き さ
閑難都起[ およし散 山田屋 ほたる 」
と書き与えておられる。山田家の一同から愛敬された良寛さまは,「ほたる」のほか,「からす」
「すがた」「かます」などの紳名,つまり愛称で呼ばれておられるが,ここでも心からの人気者良 寛さまであつたことが知られる。作曲したこの篇の3首一連は,山田家との関連歌として一括対象
した。
西蒲原郡岩室村にも酒に因んだ遺詠が見える。 r岩室の酒禅師君の許にまかりけるに 酒ばかり すすめられる,を」として
・さけさけと花にあるじを任せられ 今日もさけさけ明日もさけさけ
があるが,この禅師は同地禅宗寺の住職らしい。酒好きの良寛さまも無理強いには,ほとほと困惑 辟易されている模様でもあるが,珍しい形では旋頭歌の
ときは ぎ み き
・常盤樹は ときはかきはに ましませと 君がほぎつる 豊御酒に
み き ゑ
その豊御酒に われ酔ひにけり
があり,短歌とも旋頭歌ともつかぬ次のうたは,家屋新築の祝い酒をしたたか飲んだ詠首との説が あり,酒臭強烈を覚える。
にひむろ ほゑ ほぽざけ
・新室の にひむろの にひむろの 寿ぎ酒に われ酔ひにけり その祝酒に
乙子神社脇きの草庵に居住されていた,良寛さまを訪ねられ,酒の交わりをされた氏名不詳某人 の作とされる長歌が遺っている。それの遺墨は良寛さまの筆とされており,面白い資料としてここ に書き添えて筆を欄くことにする。
あしひき うなゐ こ おウ かざ あそび で
足引の 山のもみちを 髭髪子が てごとに折て 挿しつつ 遊を見れば 思ひ出ぬ 思ヘバ
いは ね すぎしナこみち わけ かげ おとこ
こぞの 神奈月 もミぢみがてら 岩が根の 杉下道 ふみ分て 国上の山の 山陰の 乙子
みや いぼり むか のり
の宮の 宮守の 庵をとへば 達磨会の けふとて君ハ 文机に 向ひましまし 法の偶を
やつがれ み そ じひともじ かいつけ とも やつこ こ
あそばしければ 僕も をりにふれつつ もみちばに 三十字一字 書付つ 伴の奴は 木の
もと つも かき いまし まろゐ
下に 積るもみちを 燈よせて 酒をあたため まゐらせバ 草の席に 丸居して そことも
ゑひ あまつtcふ すぐれ ひさかた tlて まの いま
しらず たべ酔ぬ そのまさごとは 天伝 日は過ども 久方の 日ハ立ども 面あたり 今
カ,tl カ.ノiせ つま
もみるごと おもほへて 友に語れバ 友がきハ 交ぬことを いやなげき 妻に語れバ 妻 きみすらも ちぎらぬことを いとうらむ 君もやさこそ このごろは こなたのことを おもふ
こころ ずこれ かべ ほとげ
らし おもひいでても み心を 誰に語りて なぐさめむ 壁にかたらず み仏の くろき
かげみ影に むかひつつ けふもくらさむ くさのいほりに (谷川敏朗著「良寛の生涯と逸話」
より) (昭和59年11月9・晩秋好日稿)