日本小児循環器学会雑誌 14巻5号 627〜628頁(1998年)
<Editorial Comment>
小児の心筋虚血,心筋壊死,心筋梗塞
京都府立医科大学付属小児疾患研究施設内科部門 尾内善四郎
小児期の失神発作のうち,心血管性失神は血管迷走神経性失神や起立性調節障害など比較的軽症のものか ら,この症例のように重篤なものまであるが,一般的に運動中の失神は重篤な原因による.当患者は心臓性 ショックに陥り,心電図や心筋細胞逸脱酵素の上昇などの血液所見から広範囲心筋梗塞と診断され,その原因 検索から冠動脈起始異常が明らかにされた.
当患者は失神反復例であり,正しい診断によりこれ以上の再発が回避できた貴重な症例報告であると共に,
いくっかの問題点を提起している.すなわち心電図にQ波を認める貫壁性梗塞であるにもかかわらず,発症12 病日のタリウム心筋シンチグラフィで灌流欠損が認められないこと,また異常Q波が早くも14病日では消失 しているなど,成人の急性心筋梗塞とは違った所見を呈していることである.また発生2時間後の心電図も ST上昇でなくST低下を示していることも教科書的でない.
近年小児循環器の分野でも川崎病患者を扱うことで,以前はほとんどが冠動脈奇形においてのみであった虚 血や心筋梗塞を経験したり,考慮する機会が増えてきた.とは言っても虚血や心筋梗塞を発生する頻度自体は きわめて低く,これらの病態は小児科医,小児循環器専門医にとって依然として馴染みがうすく,検討課題の 多い分野である.
心筋における酸素の需要供給バランスが破綻した程度と期間により,心筋虚血,心筋障害,心筋壊死(すな わち心筋梗塞)に分類される.心筋障害は心筋の顕微鏡的変化を伴うが,可逆的な障害の段階であり,再灌流 の確立により正常に回復する.一方,心筋壊死は不可逆的変化であり,心筋からクレアチン・フォスカフォカ イネース(CK)が逸脱する.成人では心筋梗塞発症6時問以内にその血清濃度が上昇し,3〜4日間高値が持 続する.心筋梗塞発症後の時間経過と生化学および機能的変化の関係は成熟動物実験と成人の心筋梗塞の対比 で十分研究されているが,小児に関する詳細な研究はほとんどない.
心筋濯流低下の病態は心筋虚血,心筋障害,心筋梗塞に分類されると述べたが,実際にはそれらは混在して いる.川崎病の貫壁性心筋梗塞では,成人の心筋梗塞よりも多くの生存心筋が存在し,これは川崎病にかぎら ず小児の心筋梗塞の普遍的特徴と考えられる.また異常Q波の出現をみる梗塞巣の厚さに関しても,成人では 壁厚の50%以上であるが1),小児では30%以上あれば現われる2).さらに異常Q波は成人では幅0.04秒異常とさ れているが,川崎病では幅はなくても深いQ波は同様な意義を示す2).また異常Q波とST異常をともなった R波減高も心筋梗塞所見とされている3).その他に小児の心筋梗塞が成人と異なる点を列挙すると,(1)心内膜 下梗塞が多い.(2)心筋梗塞の症状が乏しく軽い.(3)CKの逸脱が少ない4).(4)異常Q波は遠隔期に消失す ることが多いが,これは成長にともない梗塞面積の比率が減少することによると説明されている5).
また一旦途絶していた血流が再灌流すること自体が虚血心筋または障害心筋の死をもたらし,これを再灌流 障害といい,カルシウム過負荷,フリーラヂカル産生,心筋細胞の腫脹破裂がその発生機構の中心であるが,
小児に関する検討は皆無に近い6).
当症例のような貴重な経験を積み重ねると同時に基礎的的な研究を深めて,心筋虚血に関する小児心の特性 を明らかにする必要がある.また心筋梗塞は病理学上の病名であり,これを臨床的に診断するには臨床所見に よる充分な裏付けが必要である.
References
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3)Franciosi RA, et a1:Myocardial infarcts in infants and children.1. A necropsy study in congenital heart
Presented by Medical*Online
628−(36) 日小循誌 14(5),1998
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