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ベンゾホスホール基を有する ジアリールエテンのフォトクロミズム

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(1)

- 1 -

2016 年度 博士論文

ベンゾホスホール基を有する

ジアリールエテンのフォトクロミズム

Photochromism of Diarylethene Derivatives Having a Benzophosphole Group

指導教員:森本 正和

理学研究科 化学専攻

学生番号 : 13RB002A

市川 智浩

(2)

- 2 -

目次

1 章 序論 ... - 4 -

1.1 フォトクロミズム ... - 4 -

1.2 ジアリールエテン ... - 5 -

1.2.1 繰り返し耐久性 ... - 5 -

1.2.2 熱安定性 ... - 6 -

1.2.3 光反応量子収率 ... - 7 -

1.2.4 単結晶中でのフォトクロミズム ... - 8 -

1.2.5 蛍光スイッチング ... - 9 -

1.2.6 キラリティ ... - 10 -

1.3 ホスホール誘導体 ... - 12 -

1.4 目的 ... - 13 -

2 章 ベンゾホスホール基を有するジアリールエテンのフォトクロミズムと蛍光特性 ... - 15 -

2.1 緒言 ... - 15 -

2.2 結果と考察 ... - 16 -

2.2.1 合成 ... - 16 -

2.2.2 溶液中でのフォトクロミズム ... - 17 -

2.2.3 粉末状態でのフォトクロミズム ... - 22 -

2.2.4 蛍光特性 ... - 23 -

2.3 結論 ... - 28 -

2.4 実験 ... - 29 -

2.4.1 測定機器 ... - 29 -

2.4.2 試薬 ... - 30 -

2.4.3 合成 ... - 31 -

2.4.4 理論計算 ... - 33 -

3 章 ベンゾホスホール基を有するジアリールエテンのジアステレオ選択的光反応 ... - 34 -

3.1 緒言 ... - 34 -

3.2 結果と考察 ... - 35 -

3.2.1 ジアステレオマーの構造決定 ... - 35 -

3.2.2 不斉光反応 ... - 38 -

3.2.3 光反応量子収率 ... - 43 -

3.3 結論 ... - 45 -

(3)

- 3 -

3.4 実験 ... - 46 -

3.4.1 測定機器 ... - 46 -

3.4.2 試薬 ... - 47 -

3.4.3 理論計算 ... - 47 -

3.4.4 光反応量子収率の決定 ... - 47 -

4 章 ベンゾホスホール基のリン原子修飾による物性変化 ... - 48 -

4.1 緒言 ... - 48 -

4.2 結果と考察 ... - 49 -

4.2.1 合成 ... - 49 -

4.2.2 溶液中でのフォトクロミズム ... - 50 -

4.2.3 リン原子の修飾による水溶性への影響 ... - 52 -

4.3 結論 ... - 53 -

4.4 実験 ... - 54 -

4.4.1 測定機器 ... - 54 -

4.4.2 試薬 ... - 54 -

4.4.3 合成 ... - 55 -

5 章 総括 ... - 57 -

参考文献 ... - 58 -

謝辞 ... - 63 -

(4)

- 4 - 1 章 序論

1.1 フォトクロミズム

フォトクロミズムとは、光の照射に伴って分子が異性化することにより可逆的に色が変化する 現象を言う。フォトクロミズムを示す分子をフォトクロミック分子と呼ぶ。 代表的なフォトクロ ミック分子として、アゾベンゼン・スピロピラン・ヘキサアリールビスイミダゾール・フルギド・

ジアリールエテンなどがある (Figure 1-1)

1-3)

。これらの分子は、光の照射に伴ってシス-トラン ス異性化や結合の生成・開裂などの構造変化を生じ、電子状態が変化することで色変化を示す。

また、このような光異性化に伴う電子状態や立体構造の変化を用いることで、色だけでなく、磁 性

4)

・化学反応性

5-8)

・電気伝導性

9-11)

など様々な物性を光でスイッチすることが可能である。フ ォトクロミック分子はディスプレイや高密度メモリ・光スイッチ磁石・光スイッチ触媒など様々 な分野への応用が期待されており、幅広い研究が進められている。

Figure 1-1 代表的なフォトクロミック分子

アゾベンゼン

スピロピラン

ヘキサアリールビスイミダゾール

フルギド

ジアリールエテン

(5)

- 5 - 1.2 ジアリールエテン

ジアリールエテンは、2 つのアリール基をエテン部位でつないだ構造を持つフォトクロミック 分子である

12-13)

。 この分子は、無色の開環体に紫外光を照射することで中央のヘキサトリエン部 位において閉環反応が進行し、有色の閉環体を生成する。この閉環体に可視光を照射すると開環 反応が進行し、元の無色の開環体に戻る。このように、光照射による閉環・開環反応に伴う分子 全体の共役長の変化によってジアリールエテンのフォトクロミズムは生じる (Figure 1-2) 。ジア リールエテンは、光反応に対する繰り返し耐久性や両異性体の熱安定性、光閉環反応量子収率が 高く、結晶中でもフォトクロミズムを示すなど他のフォトクロミック分子に比べて優れた特徴を 有する。

Figure 1-2 ジアリールエテンのフォトクロミズム

1.2.1 繰り返し耐久性

最も単純な構造の Figure 1-3 に示すジアリールエテンは、光照射に伴ってエテン部位でのシス

-トランス異性化や縮環反応などの副反応が進行する

14)

。これらの副反応を抑制するため、エテン

部位を環状構造とし、光照射により結合を形成する炭素原子 (反応点炭素原子) に置換基を導入し た構造が一般的である。

Figure 1-3 光照射に伴う副反応

また、ジアリールエテンは閉環体への紫外光照射により Figure 1-4 に示す副生成物を不可逆的に生成することが知られており、

これが主要な副反応であると考えられている

15)

。 アリール基の 変更や置換基の導入によりこの反応を抑制することで、ジアリー ルエテンは光閉環・開環反応の 10,000 回以上の繰り返しが可能と なる

16)

Figure 1-4 ジアリールエ テンの副生成物

開環体 閉環体

(6)

- 6 - 1.2.2 熱安定性

ジアリールエテンの多くは開環体と閉環体がともに高い熱安定性を持ち、熱による退色を示さ ない。このような光刺激にのみ応答するフォトクロミック分子を P 型フォトクロミック分子 (photochemically reversible photochromic molecule) と呼び、長期保存安定性が要求される光メ モリなどへの応用が可能である。しかし、一部の分子では閉環体の熱安定性が低く、光のみでな く熱によっても退色反応を示す T 型フォトクロミック分子 (thermally reversible photochromic

molecule) になる。このような閉環体の熱安定性の違いは、アリール基の芳香族性の違いよって

説明されている

17)

。芳香族性の大きいフェニル基を持つジアリールエテンは、芳香族性の比較的 小さいフリル基を持つジアリールエテンと比べて閉環体を形成した際に不安定化が大きく、基底 状態におけるエネルギー障壁を乗り越えやすくなるために熱による退色反応を示す。

これまでに様々なアリール基を有するジアリールエテンが合成され、その熱安定性が実験的に 検討されてきた (Figure 1-5)

18-22)

。芳香族性の小さいベンゾチオフェン・ベンゾフラン・チアゾ ールなどが熱不可逆であるのに対し、芳香族性の大きいピロールやフェニル基では熱可逆的な光 反応を示した。これらの結果は、ジアリールエテンにおいては、アリール基がその物性に大きな 影響を及ぼすことを示している。

Figure 1-5 様々なアリール基を有するジアリールエテン閉環体の熱安定性

(7)

- 7 - 1.2.3 光反応量子収率

ジアリールエテンの光閉環反応量子収率は通常 0.5 (50 %) 程度にとどまる。これは、溶液中に おいてジアリールエテン開環体が 2 種類のコンフォーメーションをとるためである。ジアリール エテン開環体は、アリール部位とエテン部位とをつなぐ単結合まわりで自由回転が可能であり、

アリール部位が同方向に配向したパラレル型コンフォーマーと反対方向に配向したアンチパラレ ル型コンフォーマーの 2 種類のコンフォーマーが存在する (Figure 1-6) 。 Woodward-Hoffmann 則によると、これらの 2 種類のコンフォーマーのうちアンチパラレル型コンフォーマーのみから 同旋過程による 6電子環状反応が進行する

23)

。そのため、2 種類の開環体コンフォーマーの存在 比によってジアリールエテンの光閉環反応量子収率が支配される。

Figure 1-6 ジアリールエテン開環体のコンフォーマーと光反応

これまでに、ジアリールエテン分子をシクロデキストリン内に包接する方法や分子内水素結合 を用いる方法により、アンチパラレル型コンフォーマーの存在割合と光閉環反応量子収率が向上 することが報告されている

24-25)

。 また、反応点炭素原子上の置換基やエテン部位を嵩高い構造と するなど分子内での立体障害を大きくすることでも、光閉環反応量子収率が向上することが報告 されている (Figure 1-7)

26-28)

Figure 1-7 嵩高い置換基を持つジアリールエテンの光閉環反応量子収率 (

oc

)

oc

= 0.52 

oc

= 0.83

(8)

- 8 - 1.2.4 単結晶中でのフォトクロミズム

ジアリールエテンは、溶液中のみでなく単結晶でも可逆的なフォトクロミズムを示す

29-32)

。こ のような結晶中でのフォトクロミズムは、光異性化に伴うジアリールエテン分子の構造変化が小 さいために可能となる。光異性化前後のジアリールエテン分子の構造は、単結晶 X 線構造解析に より求められており、チオフェン環の硫黄原子と反応点炭素原子を除く原子の位置がほぼ変化し ていないことが確認されている

33-34)

。結晶中では、光反応が可能なアンチパラレル型コンフォー メーションの形でパッキングされ、なおかつ反応点炭素原子間距離が 4.2 Å以下であることが光 反応を示す要件となる (Figure 8)

35-36)

Figure 1-8 反応点炭素原子間距離と結晶中での光反応性

結晶中では酸素との接触が低減されることによる光反応に対する繰り返し耐久性の向上、アン

チパラレル型コンフォーメーションに固定されることによる光閉環反応量子収率の上昇、キラル

置換基による光反応の不斉選択性の発現

37-44)

、分子構造変化を利用した結晶変形

45-46)

など溶液

中とは異なる物性を示すため、現在までに多くの研究が行われている。

(9)

- 9 - 1.2.5 蛍光スイッチング

近年、ジアリールエテンの物性として、光異性化に伴って分子の蛍光特性を切り替える蛍光ス イッチングが注目されている。このような性質を持つ蛍光性ジアリールエテンは、2 種類に大別 される。 1 つはジアリールエテンに蛍光性分子を結合したものである (Figure 1-9a)

47-51)

。この種 類の分子では、開環体では蛍光性部分からの蛍光を発するが、閉環体では蛍光性部分からジアリ ールエテン部分へのエネルギー移動や電子移動が起こるために消光される。もう 1 つは、ジアリ ールエテン骨格自体が蛍光性を示す分子であり、開環体において消光し、閉環体において蛍光を 示す (Figure 1-9b)

52-54)

。このような蛍光スイッチングを示す分子は、単一分子に情報を記録す る超高密度光メモリ

55-57)

や超解像イメージング

58-60)

などの新技術への応用が期待されており、

近年盛んに研究が行われている。

Figure 1-9 ジアリールエテンの蛍光スイッチング

a) 蛍光性分子を結合したジアリールエテン, b) 骨格自体が蛍光するジアリールエテン a)

b)

蛍光

消光

消光

蛍光

(10)

- 10 - 1.2.6 キラリティ

ジアリールエテン開環体は、光反応を示すアンチパラレル型コンフォーマーにおいてヘキサト リエン部位の構造により左巻きの P -helix と右巻きの M -helix の 2 種類のコンフォーマーが存在 する。光閉環反応が進行すると、これら 2 種類のコンフォーマーはそれぞれ ( R , R ) と ( S , S ) の立 体配置をもつ閉環体エナンチオマーを生成する (Figure 1-10) 。通常、光反応によりこれらの閉 環体エナンチオマーが等量生成するため、得られるサンプルは光照射前後のどちらも光学不活性 である。しかし、どちらかの閉環体エナンチオマーを選択的に生成することができれば、光照射 前後の旋光度変化を用いた非破壊的な情報読み出しなど光メモリ分野において重要な特性を示す のみならず

61-62)

、分子の立体構造が重要となる生物学分野における生体・薬理活性の光制御

63-67)

やバイオイメージング

68)

など新たな分野への応用が可能となる。

Figure 1-10 ジアリールエテンのキラリティ

エテン部位を嵩高くする

69-70)

、2 つのアリール部位を化学結合により固定する

71)

など、開環 体におけるアリール部位の自由回転を阻害することでジアリールエテンのキラリティを制御する ことが可能であると報告されている (Figure 1-11) 。これらの方法では、溶液中でのコンフォー メーション変化を抑制することにより、 P -helix と M -helix の 2 つの異性体を単離することが可能 となり、単離後のサンプルにおいて閉環体エナンチオマーを選択的に得ることができる。

Figure 1-11 開環体におけるコンフォーメーション変化の抑制

(11)

- 11 -

また、異なるアプローチとしてキラル置換基をジアリールエテン分子に導入した、ジアステレ オ選択的な光閉環反応が検討されてきた。このアプローチでは、ジアリールエテンの反応点炭素 原子上にキラル置換基を導入する方法

72-78)

やアリール部位に面性不斉を生じさせる方法

79)

が報 告 さ れ て い る 。 反 応 点 炭 素 原 子 上 に キ ラ ル 置 換 基 を 導 入 し た 場 合 、 最 も 大 き な 置 換 基

(-OCH

2

OCF

2

CF

3

) が互いに反対方向に位置するコンフォーマーが安定となり、過剰に存在するよ

うになる (Figure 1-12a) 。このため、紫外光照射によりジアステレオ選択的な光閉環反応を示す。

同様に、アリール部位に面性不斉を生じさせた場合も立体障害が最も小さくなるコンフォーマー が過剰に存在し、ジアステレオ選択的光閉環反応を示す (Figure 1-12b) 。以上のように、ジアリ ールエテンの構造を適切に設計することにより不斉光反応が可能である。

Figure 1-12 不斉によるコンフォーメーション制御

a)

b)

(12)

- 12 - 1.3 ホスホール誘導体

ホスホールは、リンを含むヘテロ環化合物であり、1959 年にその 合成が初めて報告された (Figure 1-13)

80-81)

。ホスホール誘導体は、

近年の有機エレクトロニクス分野の発展と共にその特性が注目され、

合成方法や物性評価などの研究が盛んに行われている。ホスホール誘 導体は、チオフェンやピロールなどの他のヘテロ環化合物よりも芳香 族性が低く

82)

、 HOMO-LUMO ギャップが小さい (Figure 1-14)

83-87)

。 加えて、リン原子上に多様な置換基を容易に導入することができ、置 換基の変更による HOMO-LUMO エネルギーレベルの細かな制御が

可能である

88-89)

。このような特性を有するホスホール誘導体は、有機電界効果トランジスタなど の有機エレクトロニクス分野への応用が期待されている

90-93)

Figure 1-14 様々な五員環の芳香族安定化エネルギー

また、ホスホール誘導体は固体中において強い蛍光を示す凝集誘起蛍光 (aggregation induced

emission : AIE) 特性をもつことが報告されている

94-96)

。加えてこれらの化合物は、リン原子上

の置換基により蛍光波長や蛍光量子収率が変化するという特徴を有している (Figure 1-15)

97)

。 このような特性から、ホスホール誘導体は有機発光ダイオード

98-100)

や蛍光センサー・蛍光プロ

ーブ

101-102)

などへの応用も期待されている。

Figure 1-15 ホスホール誘導体のリン原子上の置換基による

蛍光極大波長 (

em

) と蛍光量子収率 (

f

) の変化

Figure 1-13 初めに

合成されたホスホール

(13)

- 13 - 1.4 目的

ホスホール誘導体は、リン原子上の置換基を変更することで HOMO-LUMO エネルギーレベル が変化するという有機エレクトロニクス分野で重要となる特性や AIE という固体・凝集系での新 たな蛍光プローブとなりうる特性を有している。加えて、非対称なホスホールはリン原子上に不 斉中心をもつという構造的特徴を持つ。このようなホスホール誘導体をジアリールエテン骨格に 導入することで、ホスホール誘導体の特性を有する新たなジアリールエテンの創製が可能である と考えられる。このような新たな特性を有したジアリールエテンの設計指針を確立することは、

ジアリールエテンの有機エレクトロニクス分野や蛍光プローブなどへの応用を広げると期待され る。しかし、ホスホール構造を有するジアリールエテンの報告例は稀である

103-107)

。 また、これ らのジアリールエテンは、エテン部位にホスホール誘導体を有した構造となっており、アリール 部位に導入した分子は報告されていない (Figure 1-16) 。

Figure 1-16 これまでに合成されたホスホールを有するジアリールエテン

そこで本研究では、ホスホール誘導体としてベンゾホスホール基をアリール部位に導入したジ アリールエテンについて、その合成経路を確立し、ベンゾホスホール基がフォトクロミズムに与 える影響を明らかにすることを目的とした (Figure 1-17) 。本論文において 2 章では、ベンゾホ スホール基を有するジアリールエテンの合成とフォトクロミズムおよび蛍光特性について、3 章 ではベンゾホスホール基を有するジアリールエテンの光反応における不斉選択性について議論し た。また、 4 章ではベンゾホスホール基のリン原子修飾による分子の特性変化について検討した。

なお、本論文ではジアリールエテンの開環体を a, 閉環体を b と表記する。

(14)

- 14 -

Figure 1-17 本研究で検討したジアリールエテン

(15)

- 15 -

2 章 ベンゾホスホール基を有するジアリールエテンのフォトクロミズムと蛍光特性

2.1 緒言

フォトクロミズムに伴って蛍光の有無をスイッチする蛍光性フォトクロミックジアリールエテ ンが報告されている。このような特性を示すジアリールエテンは、光メモリにおいて蛍光による 高感度読み出しを可能とするほか、バイオプローブなどへの応用が期待されている。しかし、蛍 光性分子の多くは固体中や凝集状態において蛍光が著しく弱くなるという問題点を有している。

これに対し、ホスホール誘導体は固体や凝集状態において強い蛍光を示す凝集誘起蛍光という特 性を示す。ホスホール誘導体をジアリールエテンに導入することにより、固体中において強い蛍 光を示す蛍光スイッチング分子が実現できると考えられる。このような分子は、固体や凝集状態 などにおける蛍光性ジアリールエテンの新たな応用を可能にすると期待される。

本章では、アリール部位にベンゾホスホール基を有するジアリールエテン 1-3 を合成した

(Figure 2-1) 。また、これらの化合物の溶液中及び固体中でのフォトクロミズム及び蛍光を測定

し、ベンゾホスホール基による影響を検討した。

Figure 2-1 ジアリールエテン 1-3 のフォトクロミズム

(16)

- 16 - 2.2 結果と考察

2.2.1 合成

ジアリールエテン 1-3 の合成経路を Figure 2-2 に示す。文献記載の方法により、 1-(2-ethylbenzo- [ b ]thiophen-3-yl)perfluorocyclopentene を合成した

108)

。1-Pentyne を n -butyllithium でリチオ 化し、1-(2-ethylbenzo[ b ]thiophen-3-yl)perfluorocyclopentene と反応させることで、1-(2-ethyl- benzo[ b ]thiophen-3-yl)-2-(1-pentynyl)perfluorocyclopentene を 得 た 。 こ の ア ル キ ン 部 位 と diphenylphosphine oxide を silver oxide (I) の存在下で反応させることで

109)

、ベンゾホスホー ル基を有するジアリールエテン 2 を得た。 2 を trichlorosilane で還元することで 1 を得た。 2 を m -chloroperbenzoic acid ( m -CPBA) で酸化することで 3 を得た。 1-3 の開環体について高分解能 質量スペクトル測定を行い、また HPLC で単離した閉環体について

1

H NMR および

31

P NMR 測 定を行うことで、目的物の生成を確認した。

Figure 2-2 1-3 の合成経路

(17)

- 17 - 2.2.2 溶液中でのフォトクロミズム

1-3 の溶液中でのフォトクロミズムについて検討した。Figure 2-3 に 1-3 のアセトニトリル中 での紫外・可視吸収スペクトルを示す。 1a-3a のアセトニトリル溶液は無色であり、紫外領域に 吸収を示した。 極大吸収波長は、 1a で 258 nm (  = 1.75×10

4

L mol

1

cm

1

)、 2a で 299 nm (  = 4.40

×10

3

L mol

1

cm

1

)、3a で 312 nm (  = 5.50×10

3

L mol

1

cm

1

) であった。これらの溶液に紫外 光 ( = 313 nm) を照射すると、1 と 2 は赤色、 3 は黄色に着色し、可視領域に閉環体に由来する 新たな吸収帯が生成した。極大吸収波長は、1b で 507 nm、2b で 506 nm (  = 7.72×10

3

L mol

1

cm

1

)、 3b で 413 nm (  = 2.15×10

4

L mol

1

cm

1

) であった。 着色後の 1 の溶液に可視光 ( > 440 nm) を照射したところ、完全には退色せず、 1a とは異なる吸収スペクトルとなった。また、 1 の 紫外光照射後のサンプルについて、HPLC による分析を行った結果、複数の副生成物が確認され た。このように、 1 は光照射により副反応が進行し、可逆的なフォトクロミズムを示さなかった。

これに対し、着色後の 2 と 3 の溶液は、可視光 ( > 440 nm) の照射により完全に退色し、それ ぞれ元の開環体の吸収スペクトルに戻った。このように、2 および 3 は溶液中において可逆的な フォトクロミズムを示した。光定常状態 (photostationary state : PSS) における変換率は、2 に

おいて 90 %、3 において 92 %であった。

(18)

- 18 -

Figure 2-3 アセトニトリル中での 1 (a), 2 (b), 3 (c) の吸収スペクトル

黒実線:開環体, 赤(橙)色実線:閉環体, 赤(橙)色破線:313 nm 光照射による光定常状態 a)

b)

c)

(19)

- 19 -

1-3 の紫外光照射後のアセトニトリル溶液について、暗所での時間経過に伴う閉環体の極大吸 収波長における吸光度変化を追跡した (Figure 2-4) 。ベンゾホスホール基のリン原子が酸化され ていない 1 では、時間経過に伴い吸光度が減少した。これは、熱による開環反応や何らかの副反 応が生じたためと考えられる。これに対し、ベンゾホスホール基のリン原子が酸化されている 2 と 3 では、時間経過に伴う吸光度の減少は確認されなかった。これらの結果は、ベンゾホスホー ル基のリン原子の酸化が閉環体の安定性の向上に必要であることを示している。

Figure 2-4 閉環体 1b-3b の極大吸収波長における吸光度の時間変化

黒丸:1b, 赤三角:2b, 青逆三角:3b

(20)

- 20 -

Table 2-1 に閉環体 1b-3b の極大吸収波長とモル吸光係数を示す。アセトニトリル中において、

ベンゾチオフェン基の硫黄原子が酸化されていない 1b と 2b の極大吸収波長はそれぞれ 507 nm,

506 nm であり、ベンゾホスホール基のリン原子の酸化の有無に関わらずほとんど同じだった。

これに対して、ベンゾチオフェン基の硫黄原子とベンゾホスホール基のリン原子の両方が酸化さ れている 3b の極大吸収波長は 413 nm であり、 1b, 2b よりも大きく短波長シフトした。このスペ クトルシフトの原因を、時間依存密度汎関数法 (TD-DFT) 計算によってそれぞれの分子の極大吸 収波長に相当する軌道のエネルギーを計算することで検討した (詳細は 2.4.4 参照) 。

Table 2-1 アセトニトリル中での閉環体 1b-3b の極大吸収波長とモル吸光係数

極大吸収波長 / nm モル吸光係数 / L mol

1

cm

1

507 ―

a

506 7.72×10

3

413 2.15×10

4

a

閉環体を単離できないため未測定 1b

2b

3b

(21)

- 21 -

TD-DFT 計算によって、1b-3b の最も低エネルギーの電子遷移の波長はそれぞれ 524 nm, 520

nm, 435 nm と求められた。この結果は、1b と 2b との間のスペクトルシフトが小さく、3b が大

きく短波長シフトするという実験結果と一致した。また、これらの吸収帯はそれぞれ HOMO-LU MO 間の電子遷移に相当するという結果が得られた。 1b-3b の HOMO と LUMO のエネルギーを

Figure 2-5 に示す。 1b と 2b では、 ベンゾホスホール基のリン原子の酸化により HOMO と LUMO

の安定化が見られたが、 HOMO と LUMO が同程度の安定化を示したために HOMO-LUMO 間の エネルギー差が変わらず、吸収波長に変化が見られなかったと考えられる。一方、大きな短波長 シフトを示した 3b では、ベンゾチオフェン基の硫黄原子の酸化により HOMO と LUMO の安定 化が生じたが、 LUMO に比べて HOMO が大きく安定化されたために HOMO-LUMO ギャップが 広がり吸収位置が短波長化したと考えられる。これらの結果から、吸収スペクトルへの影響とい う観点では、ベンゾチオフェン基の硫黄原子の酸化に比べてベンゾホスホール基のリン原子の酸 化の寄与は小さいといえる。

Figure 2-5 1b-3b の極大吸収波長 (

max

) と軌道エネルギー図 (単位:eV)

(22)

- 22 - 2.2.3 粉末状態でのフォトクロミズム

開環体 1a-3a のヘキサン溶液をエバポレーターで溶媒除去すると、それぞれ粉末が得られた。

これらの粉末に対し、紫外光 ( = 365 nm) を照射したところ、1a と 2a の粉末は赤色に、3a の 粉末は黄色に着色した。また、着色した粉末に対し可視光 ( > 440 nm) を照射したところ、い ずれの粉末も退色した。このように、1a-3a は粉末状態において可逆的なフォトクロミズムを示 した (Figure 2-6) 。

Figure 2-6 粉末状態での 1 (a), 2 (b), 3 (c) のフォトクロミズム

(23)

- 23 - 2.2.4 蛍光特性

有機溶媒中および粉末状態における 1-3 の蛍光特性について、蛍光スペクトルおよび蛍光量子 収率の測定により検討した。

1-3 のアセトニトリル中での蛍光スペクトルを Figure 2-7 に示す。開環体 1a-3a は、励起光の

照射により緑色の蛍光が観測された。 1a, 2a, 3a の蛍光極大波長は、それぞれ 512 nm, 511 nm, 490

nm であり(装置関数未補正)、蛍光量子収率はそれぞれ 0.03, 0.02, 0.04 であった。また、紫外光

照射により着色した溶液についても蛍光スペクトル測定を行った。この結果、1 および 2 は蛍光

が観測されなかったが、3 では緑色の蛍光が観測された。この蛍光の蛍光極大波長は 502 nm で

あり (装置関数未補正)、蛍光量子収率は 0.05 であった。このように、溶液中では 1 および 2 は

開環体のみ、3 は開環体と閉環体の両方において蛍光性を示した。

(24)

- 24 -

Figure 2-7 アセトニトリル中での 1 (a), 2 (b), 3 (c) の蛍光スペクトル 黒実線:開環体, 橙色実線:紫外光照射後

開環体において 600-650 nm に励起光の 2 倍波が観測された a)

b)

c)

(25)

- 25 -

1-3 の粉末について、蛍光量子収率を測定した。その結果を Table 2-2 に示す。粉末中において、

1 および 2 の蛍光量子収率は 0.02-0.03 と溶液中と同程度であった。しかし、 3 の蛍光量子収率は、

3a において 0.08、3b において 0.55 と溶液中の蛍光量子収率よりも大きかった。

3b の粉末中での蛍光量子収率が溶液中よりも大きくなった原因として、 (1) 粉末中において新 たな発光種が生成した (2) 輻射失活過程が増大した (3) 無輻射失活過程が抑制された の 3 つの 可能性が考えられる。溶液中および粉末中の蛍光スペクトルと蛍光寿命を比較することで、それ らの可能性を検討した。

アセトニトリル中での蛍光スペクトルと粉末中での蛍光スペクトルの比較を Figure 2-8 に示し た。その結果、蛍光極大のピークに大きなシフトは見られなかった。これは、粉末中での蛍光が、

励起二量体 (excimer) などの新たな発光種によるものではなく、溶液中と同様に 3b 分子による ものであることを示している。

Figure 2-8 アセトニトリル中と粉末中の 3b の蛍光スペクトル

黒実線:アセトニトリル中, 橙色実線:粉末中 溶液中 粉末中

1a 0.03 0.02

1b N.D. N.D.

2a 0.02 0.02

2b N.D. 0.03

3a 0.04 0.08

3b 0.05 0.55

Table 2-2 溶液中および粉末中における 1-3 の蛍光量子収率

(26)

- 26 -

発光として蛍光のみが観測される今回の系では、無放射失活速度定数を k

nr

、蛍光速度定数を k

f

とすると蛍光量子収率 

f

は (2-1) のように表される。

nr f

f

f

k k

k

 

 (2-1)

蛍光寿命を 

f

とすると

f f

f

  k

  (2-2)

となり、 k

f

は次のように表される。

f f

k

f

  (2-3)

アセトニトリル溶液中での蛍光減衰曲線を Figure 2-9a に示す。この曲線は 2 種類の蛍光減衰 を含んでおり、それらの蛍光寿命と比率は 0.047 ns (43 %)と 0.50 ns (57 %)であった。これは、

閉環体において生成する 2 種類のジアステレオマーが異なる蛍光特性を持つためであると考えら れる。また、粉末中での蛍光減衰曲線を Figure 2-9b に示す。この曲線は 3 種類の蛍光減衰を含 んでおり、それらの蛍光寿命と比率は 0.52 ns (17 %), 3.1 ns (48 %), 4.6 ns (35 %) であった。

粉末中での蛍光量子収率が溶液中の約 10 倍であったのに対し、粉末中での蛍光寿命も溶液中の 約 10 倍であったことから、溶液中と粉末中の k

f

は同程度であると考えられる。蛍光寿命 

f

の増

大と蛍光量子収率 

f

の増大は無放射速度定数 k

nr

の減少で説明される。これらの結果から、 (1) 粉

末中における新たな発光種の生成および (2) 輻射失活過程の増大は否定され、(3) 無輻射失活過

程の抑制が粉末中での蛍光量子収率の著しい増加の主要因であると考えられる。 3b の粉末中での

蛍光量子収率の増加は、光開環反応を含む無輻射失活過程が抑制された結果である。

(27)

- 27 - 10

0

10

1

10

2

10

3

10

4

Fl. i ntens ity / a.u.

12 10

8 6

4 2

0 Delay time / ns

Acetonitrile IRF

10

1

2 4 6

10

2

2 4 6

10

3

2 4 6

10

4

Fl. i ntens ity / a.u.

20 15

10 5

0

Delay time / ns

Powder IRF

Figure 2-9 3b のアセトニトリル中 (a) と粉末中 (b) の蛍光減衰曲線 a)

b)

(28)

- 28 - 2.3 結論

アリール部位にベンゾホスホール基を有するジアリールエテン 1-3 を合成し、それらのフォト クロミズムおよび蛍光特性を検討した。1-3 は、アセトニトリル中および粉末状態においてフォ トクロミズムを示した。ベンゾホスホール基のリン原子の酸化によって、閉環体の安定性が向上 した。また、ベンゾチオフェン基の硫黄原子の酸化が吸収特性と蛍光特性に大きな影響を与えた。

また、 1-3 は、アセトニトリル中および粉末状態において蛍光を示した。 1 と 2 の蛍光量子収率は

0.01-0.03 であり、溶液中と粉末状態とで大きな違いは見られなかった。しかし、閉環体 3b にお

いては、 溶液中で 0.05 であった蛍光量子収率が粉末状態で 0.55 と著しく増加する現象を示した。

これは、粉末状態において無輻射失活が抑制されたためと考えられる。

(29)

- 29 - 2.4 実験

2.4.1 測定機器

1-3 の精製は、 GPC (日本分析工業株式会社 LC-908, カラム : Jaigel-2H  20 mm×600 mm お よび Jaigel-2.5H  20 mm×600 mm, 溶媒:クロロホルム, 流速 : 3.5 mL/min) で行った。2 お よび 3 については、更に HPLC (株式会社日立ハイテクノロジーズ L-7400 UV-Vis.検出器および L-6250 ポンプシステム, カラム : 和光純薬工業株式会社 Wakosil 5SIL  20 mm×250 mm, 溶 媒 : ヘキサン : 酢酸エチル = 60 : 40 (2), 45 : 55 (3), 流速 : 20 mL/min) で精製した。

1

H およ

31

P NMR は、それぞれブルカー・バイオスピン株式会社 AVANCE 400 (400 MHz) および日

本電子株式会社 ECX-400P (162 MHz) で測定を行った。

1

H NMR では内部標準としてテトラメ チルシランを使用し、

31

P NMR では外部標準として 85 % リン酸水溶液を使用した。電子衝撃イ オン化法 (EI) による質量スペクトルは、株式会社島津製作所 GCMS-QP2010 Plus により測定 した。高分解能質量スペクトルは、日本電子株式会社 JMS-T100LP により測定した。

溶液中での吸収スペクトルは、株式会社日立ハイテクノロジーズ U-4100 分光光度計により測 定した。光照射には、 500 W キセノンショートアークランプ (ウシオ電機株式会社 SX-UI501XQ)

または 300 W キセノン光源 (朝日分光株式会社 MAX-302) を使用した。単色光は、光源からの

光をモノクロメーター (Jobin Yvon H-10UV またはリツー応用光学株式会社 MC-10N) に通すこ とで得た。溶液中での蛍光スペクトルは、株式会社日立ハイテクノロジーズ F-2500 蛍光分光光 度計により測定した。粉末中での蛍光スペクトルおよび蛍光量子収率は、浜松ホトニクス株式会

社 C9920-02G 絶対 PL 量子収率測定装置により測定した。

蛍光寿命は、時間相関単一光子計測法 (time correlated single photon counting : TCSPC) を 用いて測定した。TCSPC の実験的な構成は、文献に記載の通りである

110)

。簡潔に述べるとスペ クトラ・フィジックス株式会社 Tsunami Ti : サファイアレーザーをパルス光源として使用した。

運用波長、パルス幅、繰り返し速度をそれぞれ 820 nm, 70 fs, 80 MHz とした。820 nm レーザー

光を type I BBO 結晶に入射することで発生する 410 nm の第二高調波を蛍光励起パルス光として

用いた。繰り返し速度は、Conoprics Inc. Model 350 electro-optic modulator により 8 MHz まで 減少し、サンプルを励起する出力は 8 MHz で 1.4 W だった。マジックアングルにおける蛍光検 出は、フィルム偏光子と Babinet-Soleil 補償板の使用によって達成された。発光の検出は、浜松 ホトニクス株式会社 C5594 前置増幅器と PicoQuant PicoHarp 300 TCSPC モジュールを装備し た浜松ホトニクス株式会社 R3809U-50 光電子増倍管を用いて行った。波長選択のために、

Princeton instruments Acton 2150 モノクロメーターを光電子増倍管の前に設置した。検出波長

は、溶液サンプルと粉末サンプルにおいてそれぞれ 510 nm と 500 nm に設定した。溶液サンプ

ルは 1 cm の石英セルで設置し、粉末サンプルは 1 組のガラス板で設置した。この系の典型的な

応答速度は、コロイド溶液からの散乱光子の検出により、半値全幅 40 ps と決定された。

(30)

- 30 - 2.4.2 試薬

1a-3a の合成には、関東化学株式会社、東京化成工業株式会社、和光純薬工業株式会社、シグ

マアルドリッチジャパン合同会社から購入した試薬を使用した。また、吸収スペクトル及び蛍光

スペクトル測定用の溶媒として、関東化学株式会社から購入した特級試薬を使用した。吸収スペ

クトル及び蛍光スペクトル測定には、GPC 及び HPLC を用いて精製した 1a-3a のサンプルを使

用した。

(31)

- 31 - 2.4.3 合成

1-(2-Ethylbenzo[ b ]thiophen-3-yl)perfluorocyclopentene

3-Bromo-2-ethylbenzo[ b ]thiophene (3.00 g, 12.4 mmol) を四つ口フラスコに入れ、dry THF (300 mL) に溶かした。−78 ℃まで冷却した後、1.6 M n -BuLi hexane solution (8.20 mL, 13.1 mmol) を滴下し、 15 分攪拌した。温度を保ったまま perfluorocyclopentene (5.60 mL, 41.9 mmol) を一気に加え、6.5 時間攪拌した。水 (30 mL) を加えた後、ジエチルエーテルで抽出した。有機 層を飽和食塩水で洗浄し、硫酸マグネシウムで乾燥させた。エバポレーター及び真空引きで溶媒 を除去し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー (展開溶媒:ヘキサン) で精製し、橙色液体を得 た。

収量:3.36 g (9.48 mmol) 収率:76.5 %

1

H NMR (400 MHz, CDCl

3

) : 1.36 (t, J = 7.6 Hz, 3H), 2.85 (q, J = 7.6 Hz, 2H), 7.35 (td, J = 7.2 Hz, 1.2 Hz, 1H), 7.39 (td, J = 7.2 Hz, 1.2 Hz, 1H), 7.47 (d, J = 7.2 Hz, 1H), 7.81 (d, J = 7.2 Hz, 1H)

MS (EI) m / z 354 [M]

+

1-(2-Ethylbenzo[ b ]thiophen-3-yl)-2-(1-pentynyl)perfluorocyclopentene

1-Pentyne (1.85 mL, 19.0 mmol) を四つ口フラスコに入れ、dry THF (100 mL) に溶かした。

0 ℃まで冷却した後、1.6 M n -BuLi hexane solution (12.5 mL, 20.0 mmol) を滴下し、温度を保 ったまま 30 分攪拌した。− 78 ℃まで冷却した後、 dry THF (50 mL) に溶かした 1-(2-ethylbenzo- [ b ]thiophen-3-yl)perfluorocyclopentene (3.37 g, 9.52 mmol) を滴下した。室温まで昇温した後、

2.5 時間攪拌した。飽和塩化アンモニウム水溶液 (50 mL) を加えた後、ジエチルエーテルで抽出 した。有機層を飽和食塩水で洗浄し、硫酸マグネシウムで乾燥させた。エバポレーター及び真空 引きで溶媒を除去し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー (展開溶媒:ヘキサン) で精製し、黄 色オイルを得た。

収量:2.67 g (6.63 mmol) 収率:69.6 %

1

H NMR (400 MHz, CDCl

3

) : 0.77 (t, J = 7.6 Hz, 3H), 1.35 (t, J = 7.6 Hz, 3H), 1.40 (sext, J = 7.6 Hz, 2H), 2.25 (t, J = 7.6 Hz, 2H), 2.85 (qd, J = 7.6 Hz, 1.6 Hz, 2H), 7.32 (td, J = 7.2 Hz, 1.6 Hz, 1H), 7.36 (td, J = 7.2 Hz, 1.6 Hz, 1H), 7.47 (dd, J = 7.2 Hz, 1.6 Hz, 1H), 7.79 (dd, J = 7.2 Hz, 1.6 Hz, 1H)

MS (EI) m / z 402 [M]

+

(32)

- 32 -

1-(2-Ethylbenzo[ b ]thiophen-3-yl)-2-(1-oxo-1-phenyl-2-propylbenzo[ b ]phosphol-3-yl)perfluoro- cyclopentene (2a)

1-(2-Ethylbenzo[ b ]thiophen-3-yl)-2-(1-pentynyl)perfluorocyclopentene (2.67 g, 6.64 mmol), diphenylphosphine oxide (2.71 g, 13.4 mmol), silver oxide (I) (3.09 g, 13.3 mmol) をシュレンク 管に入れ、dry DMF (60 mL) に溶かした。窒素雰囲気を保ったままシュレンク管を密閉し、

130 ℃で 9 時間攪拌した。室温に戻した後、セライトろ過した。エバポレーター及び真空引きで 溶媒を除去した後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー (展開溶媒;クロロホルム:アセトン =

20 : 1 ) で精製し、橙色アモルファスを得た。

収量:2.31 g (3.83 mmol) 収率:57.7 %

MS (EI) m / z 602 [M]

+

HRMS (DART) m / z Found 603.1342 [M+H]

+

; C

32

H

25

F

6

OSP requires 603.1346.

2a 溶液に紫外光 ( = 313 nm) 照射後、HPLC で閉環体 (2b) のジアステレオマーを分取した。

2b-1

1

H NMR (400 MHz, CDCl

3

)  : 0.17 (t, J = 7.2 Hz, 3H), 0.45-0.58 (m, 1H), 0.83 (t, J = 7.2 Hz, 3H), 0.77-0.89 (m, 1H), 1.18-1.30 (m, 1H), 2.01-2.16 (m, 1H), 2.42 (dq, J = 7.2 Hz, 3.6 Hz, 1H), 3.15 (dq, J = 7.2 Hz, 3.6 Hz, 1H), 7.14 (ddd, J = 4.0 Hz, 2.8 Hz, 0.8 Hz, 1H), 7.27-7.33 (m, 2H), 7.49-7.56 (m, 2H), 7.57-7.68 (m, 2H), 7.69-7.75 (m 2H), 7.77-7.83 (m, 1H), 7.87-7.93 (m, 1H), 7.95 (d, J = 4.0 Hz, 1H), 8.32 (d, J = 4.0 Hz, 1H)

31

P NMR (162 MHz, CDCl

3

)  : 58.0 2b-2

1

H NMR (400 MHz, CDCl

3

) : 0.35-0.45 (m, 4H), 0.62-0.72 (m, 4H), 1.11-1.22 (m, 1H), 1.59-1.66 (m, 1H), 2.25-2.52 (m, 2H), 7.13 (ddd, J = 8.8 Hz, 6.0 Hz, 2.4 Hz, 1H), 7.25-7.58 (m, 5H), 7.76 (td, J =7.2 Hz, 2.8 Hz, 1H), 7.76-7.87 (m, 2H), 7.92 (d, J = 8.0 Hz, 1H), 8.32 (dt, 8.0 Hz, 2.8 Hz, 1H)

31

P NMR (162 MHz, CDCl

3

)  : 44.3

1-(2-Ethylbenzo[ b ]thiophen-3-yl)-2-(1-phenyl-2-propylbenzo[ b ]phosphol-3-yl)perfluorocyclo- pentene (1a)

シ ュ レ ン ク 管 に 2 (502 mg, 0.833 mmol) を 入 れ 、 dry toluene (15 mL) に 溶 か し た 。

Trichlorosilane (0.40 mL, 3.96 mmol) を入れ、室温で 1 時間攪拌した。真空引きで溶媒を除去し

た後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー (展開溶媒:ヘキサン) で精製し、橙色粉末を得た。

収量:388 mg (0.661 mmol) 収率:79.4 %

MS (EI) m / z 586 [M]

+

HRMS (DART) m / z Found 587.1404 [M+H]

+

; C

32

H

25

F

6

SP requires 587.1397.

(33)

- 33 -

1-(2-Ethyl-1,1-dioxobenzo[ b ]thiophen-3-yl)-2-(1-oxo-1-phenyl-2-propylbenzo[ b ]phosphol-3-yl)- perfluorocyclopentene (3a)

シュレンク管に 2 (496 mg, 0.830 mmol) を入れ、dichloromethane (15 mL) に溶かした。

m -CPBA (833 mg, 4.57 mmol) を入れ、室温で 26 時間攪拌した。飽和炭酸水素ナトリウム水溶

液で中和し、チオ硫酸ナトリウム水溶液を加えた後、ジクロロメタンで抽出した。有機層を飽和 食塩水で洗浄し、硫酸マグネシウムで乾燥させた。エバポレーター及び真空引きで溶媒を除去し た後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー (展開溶媒;クロロホルム:アセトン = 20 : 1) で精 製し、淡黄色粉末を得た。

収量:490 mg (0.772 mmol) 収率:93.0 %

MS (EI) m / z 634 [M]

+

HRMS (DART) m / z Found 635.1256 [M+H]

+

; C

32

H

25

F

6

O

3

SP requires 635.1244.

3a 溶液に紫外光 ( = 313 nm) 照射後、HPLC で閉環体 (3b) のジアステレオマーを分取した。

3b-1

1

H NMR (400 MHz, CDCl

3

)  : 0.13 (t, J = 7.2 Hz, 3H), 0.38-0.55 (m, 1H), 0.64 (t, J = 7.2 Hz, 3H), 0.72-0.90 (m, 1H), 1.49-1.62 (m, 1H), 1.85-2.00 (m, 1H), 2.30 (dq, J = 7.2 Hz, 3.6 Hz, 1H), 3.44 (dq, J = 7.2 Hz, 3.6 Hz, 1H), 7.46-7.61 (m, 3H), 7.68-7.98 (m, 8H), 8.22 (d, J = 4.0 Hz, 1H), 8.35-8.40 (m, 1H)

31

P NMR (162 MHz, CDCl

3

)  : 57.3 3b-2

1

H NMR (400 MHz, CDCl

3

)  : 0.28 (t, J = 7.2 Hz, 3H), 0.64-0.77 (m, 4H), 1.03 (sext, J = 7.2 Hz, 1H), 1.17-1.28 (m, 1H), 1.62 (sext, J = 7.2 Hz, 1H), 2.03-2.14 (m, 1H), 2.86-3.00 (m, 1H), 6.50-6.70 (s, 1H), 7.60 (t, J = 7.2 Hz, 1H), 7.70 (t, J = 7.2 Hz, 1H), 7.72-7.80 (m, 2H), 7.82-7.96 (m, 3H), 8.18 (d, J = 7.6 Hz, 1H), 8.50-8.70 (s, 1H)

31

P NMR (162 MHz, CDCl

3

)  : 42.6

2.4.4 理論計算

1b-3b の密度汎関数法 (DFT) 計算を Gaussian 09 を用いて行った

111)

。構造最適化を

B3LYP/6-31G(d) レベルで行った後、TD-DFT 計算を B3LYP/6-31G(d)レベルで行い HOMO お

よび LUMO のエネルギーを求めた。

(34)

- 34 -

3 章 ベンゾホスホール基を有するジアリールエテンのジアステレオ選択的光反応

3.1 緒言

ジアリールエテンは、閉環体において 2 つの反応点炭素原子上に不斉中心を持ち、立体異性体 を生成する。これらの立体異性体を選択的に生成できれば、旋光度を利用した非破壊的な情報読 み出しの実現や立体構造が重要な役割を果たす生物学分野への応用などが期待される。このよう に、光反応の不斉選択性の制御は、ジアリールエテンの応用可能性を広げる上で重要な役割を果 たす。

これまで、溶液中においてジアリールエテンの光反応の不斉選択性を制御するためには、反応 点置換基として不斉中心を持つ置換基を導入する方法のほか、2 つのアリール部位を化学結合で 固定する、アリール部位に面性不斉を導入するなどの分子設計が必要であった。しかし、本研究 でジアリールエテンのアリール部位として用いたベンゾホスホール基は、リン原子上に不斉中心 を持つ。このベンゾホスホール基の構造的特徴を利用することで、特殊な分子設計を必要とせず に不斉選択的光反応が実現できると考えられる。また、これにより従来の研究において不斉置換 基を導入していた反応点炭素原子上に異なる置換基を導入することが可能になるなど分子設計の 柔軟性向上に寄与すると考えられる。

ベンゾホスホール基を有するジアリールエテン 2 はリン原子上に不斉中心を有するため、開環 体においてリン原子の不斉に由来する 2 つのエナンチオマーが存在する。これらの開環体エナン チオマーは、光閉環反応により 2 つの反応点炭素原子に由来する不斉が生じることで 4 つの閉環 体ジアステレオマーを生成する (Figure 3-1) 。本章では、この光反応における閉環体ジアステレ オマーの選択性に対するリン原子上の置換基の影響を検討した。

Figure 3-1 2 の立体異性体とフォトクロミズム

(35)

- 35 - 3.2 結果と考察

3.2.1 ジアステレオマーの構造決定

光反応によって生じる 2 の立体異性体を HPLC により分離し、それらの構造を決定した。2 の アセトニトリル溶液に紫外光を照射した後、着色したサンプルを HPLC により分析した。 Figure 3-2 にクロマトグラムを示す。検出された 3 つのピークのうち、 2 つ目のピークはその保持時間か ら開環体 2a である。 1 つ目と 3 つ目のピーク (2b-1, 2b-2) については、質量スペクトルにより 2 と同一の質量 ( m / z = 602) が得られた。また、アセトニトリル中での吸収スペクトル測定により 閉環体と同様の波形が得られた (Figure 3-3) 。2b-1 および 2b-2 の極大吸収波長はそれぞれ 508 nm (  = 1.04×10

4

L mol

1

cm

1

), 506 nm (  = 1.10×10

4

L mol

1

cm

1

) だった。この結果から、

2b-1 と 2b-2 はどちらも閉環体であり、互いに立体異性体の関係にあることが示唆された。

Figure 3-2 紫外光照射後の 2 のクロマトグラム

Figure 3-3 アセトニトリル中での 2a, 2b-1, 2b-2 の吸収スペクトル 黒実線:2a, 赤実践:2b-1, 青実線;2b-2

2b-1

( m / z = 602) 2a 2b-2 ( m / z = 602)

t

(36)

- 36 -

HPLC により分取した 2b-1 と 2b-2 について、単結晶 X 線構造解析により立体構造を決定した。

HPLC で分取した 2b-1 をアセトン溶液から再結晶すると、赤色板状の単結晶が得られた。その結 晶学的データを Table 3-1 に示す。この結晶中において、全ての閉環体 2b 分子は Figure 3-4 に示 すように n -Pr 基とリン原子上の Ph 基が同じ方向に配向した構造となっていた。単位格子中には 4 つの 2b 分子が存在しており、 Figure 3-5 に示すように ( R , R , R )-体と ( S , S , S )-体 が 1 : 1 で存在 するラセミ体となっていた。

Table 3-1 2b-1 の結晶学的データ Empirical formula C

32

H

25

F

6

OPS Formula weight

T / K

Crystal system Space group a / Å

b / Å c / Å a / ° b / ° g / ° V / ų Z

R ₁ [ I > 2s ( I )]

w R ₂ (all data)

4 0.0305 0.0800 11.51045(10) 17.55989(15) 90

90.9936(3) 90

2720.59(4) 602.55 93 (2) monoclinic P 2

1

/ n

13.46213(11)

Figure 3-4 2b-1 の ORTEP 図 Figure 3-5 2b-1 の packing 図

(37)

- 37 -

HPLC で分取した 2b-2 をアセトン溶液から再結晶すると、赤色板状の単結晶が得られた。その 結晶学的データを Table 3-2 に示す。 この結晶中において、 閉環体 2b 分子は 2 分子独立系であり、

全ての分子は Figure 3-6 に示すように Et 基とリン原子上の Ph 基が同じ方向に配向した構造とな っていた。単位格子中には 4 つの 2b 分子と 2 つの水分子が存在しており、Figure 3-7 に示すよ うに ( R , S , S )-体, ( S , R , R )-体と水分子 が 1 : 1 : 1 で存在した。

Table 3-2 2b-2 の結晶学的データ Empirical formula C

32

H

26

F

6

O

1.50

PS Formula weight

T / K

Crystal system Space group a / Å

b / Å c / Å a / ° b / ° g / ° V / ų Z

R ₁ [ I > 2s( I )]

w R ₂ (all data)

611.56 93 (2) triclinic 11.6830(2)

4 0.0298 0.0754 16.0335(3) 16.1167(3) 86.0137(6) 76.6624(7) 72.5726(6) 2802.70(9)

1 P

Figure 3-7 2b-2 の packing 図

Figure 3-6 2b-2 の ORTEP 図

(38)

- 38 - 3.2.2 不斉光反応

3.2.1 の構造解析結果から、2a は紫外光照射により 4 つのジアステレオマーを生成することが

確認された。また、それらのジアステレオマーはシリカゲルカラムを用いた HPLC により、 2b-1 と 2b-2 の 2 つのピークとして検出された (Figure 3-8) 。

Figure 3-8 2 の異性体

(39)

- 39 -

4 つの閉環体ジアステレオマーは、 それぞれ立体的に異なる構造をもつ開環体 2a から生成する。

そのため、閉環体ジアステレオマーの生成比は、溶液中に存在する開環体コンフォーマーの存在 比に依存する。閉環体ジアステレオマーの生成比を検討するため、開環体における各コンフォー マーの存在比を量子化学計算によって求めた (詳細は 3.4.3 参照) 。溶液中において 2a は、リン 原子上の置換基の向きによりパラレル型コンフォーマーで 2 つ、アンチパラレル型コンフォーマ ーで 2 つの合計 4 つのコンフォーマーが存在しうる。これらのコンフォーマーのエネルギーを DFT 計算によって求め、コンフォーマー間のエネルギー差からボルツマン分布の式を用いて存在 比を算出した。その結果を Figure 3-9 に示す。2b-1 および 2b-2 を生成するアンチパラレル型コ ンフォーマーの存在比率は、それぞれ 46.0 %と 26.8 %であり、違いが見られた。この結果は、 2b-1 を生成するコンフォーマーが 2b-2 を生成するコンフォーマーよりも溶液中に多く存在し、2a 溶 液への紫外光照射により 2b-1 が 2b-2 よりも多く生成することを示唆している。また、2 つのア ンチパラレル型コンフォーマーの存在比の和は 72.8 %であり、高い光閉環反応量子収率が示唆さ れた。これらの結果は、リン原子上の置換基とベンゾチオフェン基との立体的な反発によりパラ レル型コンフォーマーが不安定化されたためと考えられ、ジアリールエテンのアリール部位の立 体構造により開環体コンフォーマー間の存在比を制御できることを示唆している。

Figure 3-9 開環体 2a のコンフォーマーのエネルギー差と存在比率

(40)

- 40 -

紫外光の照射による閉環体ジアステレオマー2b-1 と 2b-2 の生成比率を実験的に求めた。 2 のア セトニトリル溶液に波長幅の広い紫外光 (275 nm <  < 430 nm) を照射した後、着色した溶液を HPLC により分析した。開環体から閉環体への光反応変換率と光生成する閉環体ジアステレオマ ーの過剰率との関係を Figure 3-10a に示す。ここでジアステレオマー過剰率は 2b-2 の過剰率で あり、負の値 (●) は 2b-1 が過剰であることを示し、正の値 (●) は 2b-2 が過剰であることを示 す。ジアステレオマー過剰率は、光反応変換率が 40 %程度までは負の値となっており、2b-1 を 生成する開環体コンフォーマーが多く存在するというボルツマン分布によって得られた結果と一 致した。しかし、光反応変換率が上昇するとジアステレオマー過剰率の正負の符合が反転し、主 生成物が 2b-1 から 2b-2 へと変化した。

ジアステレオマー過剰率の変化について、照射する紫外光の波長による影響を検討した。2 の アセトニトリル溶液に 313 nm 光を照射した結果を Figure 3-10b に示す。313 nm 光を照射した 場合、光反応変換率 80 %付近までジアステレオマー過剰率は−10 % d.e.程度でほぼ一定であった。

また、350 nm 光を照射した結果を Figure 3-10c に示す。 350 nm 光を照射した場合、ジアステレ オマー過剰率は光反応変換率が 40 %程度までは一定であったが、光反応変換率 50 %以上では変 化し、主生成物の 2b-1 から 2b-2 への変化を示した。

これらの結果から、開環体 2a のモル吸光係数の大きい 313 nm 光照射時や光反応量子収率が低 く開環体 2a の存在割合の大きい段階では、ボルツマン分布により示唆されたように 2b-1 が優先 的に生成することが分かった。これらの状態では 2a の光閉環反応が支配的であり、開環体コンフ ォーマーの存在割合が光生成する閉環体ジアステレオマーの選択性に直結するためと考えられる。

これに対し、閉環体 2b のモル吸光係数の大きい 350 nm 光照射下において光反応変換率が高い状

態では、閉環体 2b からの光開環反応の影響を無視できなくなり、閉環体ジアステレオマーごとの

光開環反応の起きやすさの違いにより、光反応変換率の変化に伴うジアステレオマー過剰率の変

化が生じると考えられる。

(41)

- 41 -

Figure 3-10 2 の光反応変換率に対するジアステレオマー過剰率の変化

照射波長 a) 275 nm <  < 430 nm, b)  = 313 nm, c)  = 350 nm a)

b)

c)

(42)

- 42 -

350 nm 光照射時のジアステレオマー過剰率の変化をより詳細に検討するため、光照射時間に

対する 2a, 2b-1, 2b-2 の存在比率の変化を追跡した。 濃度一定の 2a アセトニトリル溶液に 350 nm

光を照射し、各成分の存在比率を HPLC のクロマトグラムより算出した。その結果を Table 3-3 にまとめ、グラフを Figure 3-11 に示す。光反応の初期段階では、 2b-1, 2b-2 ともに存在比率が増 加し、2b-2 よりも 2b-1 の方が優先的に生成した。しかし、閉環体の存在量が一定となる光定常 状態 (photostationary state : PSS) 付近では、2b-2 は増加し続けたのに対し、2b-1 は僅かに減 少した。この挙動により PSS 付近において 2b-1 よりも 2b-2 の方が存在比率が高くなり、ジアス テレオマー過剰率の正負の符合の反転が起こることが確認された。光閉環反応と光開環反応が平 衡状態となる PSS 付近では、光開環反応量子収率が大きい (開環体を生成しやすい) 異性体が減 少し、光開環反応量子収率が小さい (開環体を生成しにくい) 異性体が増加するため、光反応の初 期段階と異なる立体選択性を示したと考えられる。

Table 3-3 光照射時間に対する各成分の存在比率変化

2a 2b-1 2b-2

0 1.000 0.000 0.000 0 -

60 0.943 0.038 0.018 5.7 -35.0

120 0.887 0.066 0.048 11.3 -15.8

180 0.843 0.090 0.066 15.7 -15.3

240 0.809 0.112 0.079 19.1 -17.3

300 0.760 0.137 0.103 24.0 -14.1

600 0.639 0.201 0.160 36.1 -11.4

1200 0.524 0.254 0.223 47.6 -6.4

2400 0.436 0.290 0.274 56.4 -2.9

3600 0.408 0.290 0.302 59.2 2.0

7200 0.388 0.282 0.330 61.2 7.9

10800 0.384 0.278 0.338 61.6 9.8

21600 0.400 0.276 0.324 60.0 8.1

43200 0.379 0.278 0.343 62.1 10.6

照射時間 / sec 比率 光反応変換率 / % ジアステレオマー過剰率 / % d.e.

Figure 3-11 光照射による各成分の存在比率の変化

黒丸:2a (実験値), 赤三角:2b-1 (実験値), 青逆三角:2b-2 (実験値), 黒実線:2a (フィッティン

グ), 赤実線:2b-1 (フィッティング), 青実線:2b-2 (フィッティング)

(43)

- 43 - 3.2.3 光反応量子収率

閉環体ジアステレオマーごとの光反応量子収率の違いがジアステレオ選択性に与える影響を検 討するため、 Figure 3-11 をもとに光照射による各成分の濃度の時間変化の式をフィッティングす ることによってジアステレオマーごとの光反応量子収率を算出した (詳細は 3.4.4 を参照) 。ここ で求めた光反応量子収率は、 2a から 2b-1 へ変化する光閉環反応量子収率 (

ab1

), 2a から 2b-2 へ 変化する光閉環反応量子収率 (

ab2

), 2b-1 から 2a へ変化する光開環反応量子収率 (

b1a

), 2b-2 か ら 2a へ変化する光開環反応量子収率 (

b2a

)である。フィッティングの結果、光反応量子収率は

ab1

= 0.42, 

ab2

= 0.31, 

b1a

= 0.082, 

b2a

= 0.057 と求められた (Figure 3-12) 。また、これら の値をとるとき、光照射時間に伴い各成分は Figure 3-11 の実線のように変化し、実験的に得ら れた挙動に非常に近い結果が得られた。 350 nm におけるモル吸光係数は、 2b-1 と 2b-2 でほぼ同 じ値 (2b-1 : 9.1×10

3

L mol

1

cm

1

, 2b-2 : 9.4×10

3

L mol

1

cm

1

) であった。これらの結果は、ジ アステレオマー間の光開環反応量子収率の差が光照射時間に伴いジアステレオ選択性が変化する 原因であることを示している。

Figure 3-12 フィッティングによって得られた光反応量子収率

(44)

- 44 -

光照射による閉環体の吸収スペクトル変化をモニターする通常の方法によっても 2 の光反応量 子収率を測定し、前頁で求めた値との比較を行った。実験は、 1,2-bis(2-methylbenzo[ b ]thiophen-

3-yl)perfluorocyclopentene を参照化合物とした相対法を用い

112-114)

、光閉環反応量子収率測定に

おいて 313 nm 光, 光開環反応量子収率測定において 450 nm 光を照射した。この方法により得ら

れた光開環反応量子収率は

b1a

= 0.069, 

b2a

= 0.046 となり、前頁で求めた値 (

b1a

= 0.082, 

b2a

= 0.057) と同様に

b1a

の方が

b2a

よりも大きく、約 3 割の違いが認められた。この結果から、ジ

アステレオマー間の光開環反応量子収率の違いがジアステレオ選択性の変化を生じるという機構 が実験的に裏付けられた。また、光開環反応量子収率は、相対法によって得られた値よりも前頁 で求められた値の方が大きかった。ジアリールエテンの光開環反応量子収率は、測定に使用する 照射光が短波長になるほど値が大きくなることが報告されている

112)

。今回の測定では、450 nm 光を使用した相対法で求めた値よりも短波長である 350 nm 光を使用した前頁で求めた値が大き くなるという同様の傾向を示した。

光閉環反応量子収率 (

ab

) は 0.73 となり、これは前頁でフィッティングによって求めた立体異 性体ごとの値 (

ab1

= 0.42, 

ab2

= 0.31) の和に相当する。ジアリールエテンは開環体において、

光反応を示さないパラレル型コンフォーマーと光反応を示すアンチパラレル型コンフォーマーの 2 種類が存在しており、光閉環反応量子収率は 0.5 程度となるのが一般的である。これに対し、

2a は 0.73 と大きな光閉環反応量子収率を示した。この値は、3.2.2 でボルツマン分布によって得

られたアンチパラレル型コンフォーマーの存在割合 72.8 %とよく一致しており、リン原子上の置

換基の立体障害によりパラレル型コンフォーマーがエネルギー的に不安定化されるという考察を

実験的に裏付けた。

(45)

- 45 - 3.3 結論

アリール部位にベンゾホスホール基を有するジアリールエテン 2 は、紫外光照射により溶液中 で 4 種類の立体構造を持つ閉環体を生成した。それらは 2 つずつジアステレオマーの関係にあり、

そのジアステレオマー過剰率は、照射光の波長と照射時間によって変化した。このジアステレオ

マー過剰率の変化は、ジアステレオマーごとに光開環反応量子収率が異なるために生じることが

分かった。また、2a は溶液中において高い光閉環反応量子収率を示した。この高い光閉環反応量

子収率の原因は、リン原子上の置換基とベンゾチオフェン基との立体障害によりパラレル型コン

フォーマーが不安定化され、アンチパラレル型コンフォーマーの占有比が大きくなるためと考え

られる。これらの結果は、アリール部位の立体構造によってジアリールエテンの光反応の不斉選

択性の発現や光反応量子収率の制御が可能であることを示している。

Figure 1-17  本研究で検討したジアリールエテン
Figure 2-2 1-3 の合成経路
Figure 2-5 に示す。 1b と 2b では、 ベンゾホスホール基のリン原子の酸化により HOMO と LUMO
Figure 3-4 2b-1 の ORTEP 図  Figure 3-5 2b-1 の packing 図

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