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─日本の法曹教育の国際化を促す─

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第一部  研究論文・実践報告・活動報告

「百聞は一見に如かず」

─日本の法曹教育の国際化を促す─

─日本の法曹教育の国際化を促す─

同志社大学 司法研究科 教授  

Hans-Peter Marutschke

要約

今年度の研修旅行(2018年8月29日〜9月14日)は、初めてヨーロッパの5カ国(ド イツ、フランス、ルクセンブルク、ベルギー、イギリス)を巡り、法律に関連する機 関の見学が中心であったこれまでの研修より数多くの世界遺産も訪問でき、ヨーロッ パの生活文化や多様性も体験することが出来た。帰国の際、台風で関空まで戻ること ができず、東京で一泊し新幹線で京都まで戻るなど、今回は様々な意味でも特別な旅 だった。

1.はしがき

2004年に、日本における司法改革の一つの結果として  ロー・スクール(LS)制度 が初めて導入された。以来、LSにおける法曹教育として、国内法はもちろん、「国際 化時代の法的需要を十分満たすことのできる質の高い法律サービスを提供できるよう な法曹教育が必要になった」ということが重要な課題として繰り返し指摘されてきた。

にもかかわらず、日本のロー・スクールのカリキュラムにおいて、国際関係の科目は 殆ど見られない。同志社大学法科大学院のみが上記の要求にまじめに応えて、幅広く 国際化関係の授業、例えば比較法文化論、EU法、アメリカ法、アジア法などを提供 している。

その中、学生に国際司法制度を理論的に理解させるだけではなく、国際的な実務を 体験させるため、著者が2007年に初めてヨーロッパを中心とした「外国法実地研修」

という正課科目(2単位)を設置した。この実地研修で、ヨーロッパの諸ヶ国において、

裁判所、刑務所、国際法律事務所、国際機関などを訪問し、弁護士、裁判官、その他 の専門家との交流会、講演会などを行い、ヨーロッパの法文化とともに、生活文化な ども体験することが可能になった。このような機会を提供しているのは、日本のLS法 曹界内において現在同志社大学法科大学院のみである。

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3年生が参加することもあるが、研修旅行の参加者はLS院生の1、2年生が中心と なっている。2007年以来、この研修旅行は11回実施され、合計で163名の院生が参加 した。2016年度から特別協定に基づいて京大LS院生が参加できるようになり、2019年 度からは慶応LSの院生の参加も可能となった。

2.ドイツでの研修

2.1 Taylor Wessing国際法律事務所 Japan Desk (Düsseldorf)

最初に訪問したのは、デュッセルドルフにあるTaylor Wessing法律事務所であった。

1873年に設立され、1,200人の弁護士が世界中33カ所で活躍している国際法律事務所で あり、日本の法律事務所との連携案件が多く、日本の案件も多く扱っている法律事務 所である。Taylor  Wessingではまず、公証人アナさんから、ドイツの公証人制度につ いてプレゼンテーションが行われた。このプレゼンテーションの中で特に印象深かっ たのは、ドイツと日本の公証人制度の違いである。

ドイツでは一般に日本よりも公証人の役割が大きいことが言える。なぜなら、ドイ ツ法上様々な取引などにおいて、公証人の仲介または承認が義務付けられているため である。契約締結の段階で両当事者の意思を確認して、自分が行おうとしている法律 行為の意味を両当事者に認識させることは、紛争予防の観点から有益なことである。

そして、このような活動を有意義なものにするために教示義務は不可欠であるから、

教示義務は公証人の本質的な義務とされている。日本においても、公証人に教示義務 を負わせたうえで、重大な権利変動を伴う契約について公正証書によることを義務付 ければ、紛争予防に資することになると考えられる。契約を作成する当事者のサイン を証明することだけではなく、契約内容を最初から最後まで、数時間掛っても当事者 の前で読み上げなければならないので大変な仕事であるが、契約の信頼度も高まると 感じた。

このように、不動産売買契約、会社設立契約、M&A、株主総会、遺言書、さらには、

外国人と結婚するために未婚であることを証明することまで、ドイツでは幅広い場面 で公証人が法律上必要とされる。そのため、日本に比べて人口に対する公証人の割合 が高くなっているが、一方でドイツの公証人はその信頼性を担保するため、法律上人 数制限が州ごとに設けられている。しかし、弁護士と違い収入が法律で決められてい たり、顧客を募ることが認められていないなど、利益主義を抑制する規制があるとい うことも分かった。

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第一部  研究論文・実践報告・活動報告 Taylor  Wessingでは他にも、みずほ銀行の法務部で勤務されているヴァスムート弁

護士から日系企業の法務部における業務内容についてうかがった。みずほ銀行の企業 内弁護士は2名おり、一人は民事法関係、もう一人はコンプライアンスに関する仕事 をされている。例えば、EUのルールとドイツ法のルールに反していないかを調べたり、

ローン契約や保証契約も重要な業務である。契約上のリスクと法律上のリスクの両方 を考える必要があるため、民事法以外にも倒産法も用いる。逆に労働法・税法は法務 部ではなく外部の弁護士に依頼される。また、登録は公証人、訴訟は弁護士との協力 が欠かせないという。さらにEU法の影響に対する留意点についてヴァスムート弁護 士が強調されていた点が印象的であった。

2.2 デュッセルドルフ地方裁判所(Landgericht Düsseldorf)

デュッセルドルフ地方裁判所は、特許の侵害訴訟を取り扱う第一審として経験豊富 な判事が多く、高い品質を維持している。そのため、欧州で最も人気が高い裁判所と して知られており、年間の訴訟受理件数は約600件に上る。裁判所内の壁にはさまざ まなアートが飾られていて、美術館のような雰囲気があった。このような特徴は日本 の裁判所には見られないものであり、とても興味深かった。

ドイツの刑事裁判においては、参審制がとられている。参審員は任期制(5年)で、

ドイツ国民から選出され一年に平均12回刑事事件に参加する。日本の裁判員制度では 裁判員は事件ごとに一回のみ選出されるので、大きな違いがあるとわかった。また、

ドイツの参審員裁判対象事件は重犯罪のみではなく、日本の裁判員裁判対象事件より 幅広いものとなっている。

私たちが傍聴したのは、窃盗(万引き)事件の控訴審であった。現行犯であったの で早期審理が可能だったそうだが、日本ではこのような早期審理はめったにないので 驚いた。電機歯ブラシのヘッド部分などを繰り返し窃取し、一審で懲役8カ月の判決 が下され、控訴した事件である。量刑として最初は厳しい印象を受けた。本件被告人 は外国国籍を持つため、その点も含めて執行猶予も考えられるが、前科があり、実刑 判決を下さなければ再犯が容易に予想できるため、妥当な結論であると思う。

傍聴後見学した裁判所の中で、ナチスが行った悪質な裁判を後世に伝えようと、彼 らの裁判の記録や資料が展示されていたことも印象的であった。

2.3 ARQIS 国際法律事務所 Japan Desk (Düsseldorf)

アーキス法律事務所はデュッセルドルフ、ミュンヘンと東京に事務所を有している。

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幅広く、すべての法律問題を扱う「ワンストップサービス」を提供する事務所で、そ のジャパンデスクの主な業務内容は、M&A、ジョイント・ベンチャー、企業再編、

日本企業がドイツに投資する場合の法律顧問などである。M&Aやジョイント・ベン チャーにおいては秘密保持やデータの審査が重要になるため、アーキス法律事務所で は、バーチャルデータルームを使用しており、事務所側にとってはネット上で直接ア クセスできること、閲覧履歴が残るためどの資料を開示したか把握することができる 点で便利である。表明保証違反等で損害賠償請求が提起された場合に,このような閲 覧記録が残っている場合には開示の証拠が残るため、紛争解決に資するシステムであ ると思う。売り手の会社側にとっては、どの資料を開示したかわかりやすいことがメ リットである。

ドイツでは、有給を病気休暇とは別に確保することができ、懲戒、減給、従業員に 謝罪させることも禁止されているということを聞き、ドイツは日本と比較すると格段 に働きやすい国であると思った。そして、このような細かい法律や慣習の差を埋める ための架け橋として、アーキスのような法律事務所が存在しているのだということを 実感した。

さらに、ドイツの企業形態の特徴として、上場を将来意図しないかぎり、有限会社 の機関設計を採用することが多いという点、さらに労働者保護の姿勢が比較的強く、

減給や懲戒はドイツ法上無効とされる点が日本と異なる点であることが学べた。後者 の労働者保護の姿勢は企業の取締役会に被雇用者代表として10〜20名程度が取締役に 選任されることもあるということにも表れている。

2.4 シュトゥットガルト簡易裁判所(Amtsgericht Stuttgart)

今回傍聴した事件は、麻薬を取引した行為について起訴された事件である。検察官 は、被告人が麻薬を自ら使用したのではないものの、容疑を認めていることや、被告 人の前科前歴、悔悛の情、引受人の有無など一切の事情を考慮して、執行猶予判決と、

罰金750ユーロ(約10万円)を求めた。

日本においては、弁護士の側から積極的に執行猶予判決を求めるのが通常であると 考えられるが、検察官の側から執行猶予判決を求めたことが印象的であった。検察官 と被告人の間に信頼関係があるからこそ可能なことであり、市民と検察官の距離も近 い印象を受けた。また、法廷では、一般市民から選出される参審員2名が参加してい たが、そのうちの1人が、被告人の前科、前歴、被告のパーソナリティー、事件の事 実関係などを被告に質問し、熱心なやり取りが行われていることが印象的であった。

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第一部  研究論文・実践報告・活動報告 日本の裁判員裁判においても、裁判員から質問がされることもあるが、距離が遠く感

じられる。その点、ドイツの法廷には、被告事件について、法廷の人員が一丸となって、

被告の今後の人生も含めて真剣に考えていく雰囲気があり、日本における裁判員裁判 を考えていく上で参考になると感じた。

なお、この被告人には子供がおり、ドイツでは収入があるのに養育費を支払わない ことは犯罪になるので、執行猶予期間中に養育費を支払わなければ今回決まった年数 刑務所に行くことになるそうだ。

2.5 Gleiss Lutz国際法律事務所 Japan Desk (Stuttgart)

シュトゥットガルトではGleiss  Lutz法律事務所を見学し、ドイツ企業と日本企業が 取引する際の壁となりうる文化の相違点を中心として、ドイツ法曹教育、日本とドイ ツにおける一般交渉文化についても説明を伺った。興味深かった話は、法曹教育につ いてである。ドイツでは4年から6年かけて、大学で法律について学び、在学中に4 週間から6週間のインターンシップに参加する必要がある。また、日本では法科大学 院未修者コース(3年)が用意されているものの、大学在学中に法律を専攻した者は 原則として既修者コース(2年)の受験資格しかなく、3年のコースを選択できない 大学が多いのに対し、ドイツの大学においては、学生が自分によりあった選択をする ことが可能であり、じっくり勉強したい者は6年かけて勉学に励むことが可能である。

学生の個性に応じた教育カリキュラムを用意することが、今後の日本の法曹教育にお ける課題の一つであると感じた。

2.6 ドイツ連邦通常裁判所(Bundesgerichtshof, Karlsruhe)

これは、連邦が所轄する裁判所のひとつであり、通常裁判権(民事と刑事)に属す る事件を管轄する最上級裁判所である。1950年に設立、12の民事部、5つの刑事部と 8つの専門裁判部が設置され、128人の裁判官と50名の調査官が配置されている。同 裁判所の民事裁判において弁護することのできる弁護士は特定の手続きを得てから判 事が決める43名のみであるということが衝撃的だった。

空港警備官ストライキによる混乱のため、ある航空会社が安全性に問題があると判 断して旅客を乗せずに飛行機がそのまま出発した事件の、旅客による損害賠償請求事 件を傍聴した。テレビ放送局の記者も傍聴しており、消費者の権利を強化するかどう かが問われた、社会全体に影響をもたらす非常に意義深い事件だった。手続きが始ま る前、裁判長が「今日日本から来た学生のグループもようこそ」との挨拶があってと

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てもびっくりした。日本の最高裁ではめったにないだろうと思った。

2.7 ドイツ連邦憲法裁判所(Bundesverfassungsgericht, Karlsruhe)

憲法裁判所とは憲法の解釈に関する見解の相違と嫌疑を裁判手続きで解決する日本 にはない機関であるため、その存在自体がとても興味深いものであった。ドイツでは、

憲法解釈の問題である限りにおいていかなる問題であっても判決を下すことが出来る という点において、三権分立の観点から政治問題の判断を回避する日本の最高裁とは 異なる特徴を有していると感じた。

またその建物は、ガラス張りで外からでも中がよく見えるような作りになっており、

裁判の透明性を維持しようという意思が表現されていてとても良いと感じた。建物で その機関が伝えたいことを伝えようとしていたのは、欧州人権裁判所も同様だった。

連邦憲法裁判所の裁判官は16名で、8名ずつ法廷に立つ。裁判官のほとんどは法学 博士資格を持っており、任命前は大学の教授として活躍した方が多数である。4対4 で意見が割れた時にはどうするのかという質問が出たが、その際、多数決にならない ので、棄却するとのことだった。

2.8 カールスルーエ刑務所(未決拘禁所;Untersuchungshaftanstalt/JVA, Karlsruhe)

カールスルーエでは、未決拘禁所を見学したことが非常に印象に残っている。未決 拘禁者の部屋に実際に入ることができたことには驚いた。一つひとつ区切られ扉があ る部屋には、テレビやトイレも付いており、自由やプライバシーなど人権にも配慮さ れている印象を受けた。刑務所や拘禁所は更正の場所でもあるため、人権に配慮して、

人間らしい暮らしができるような配慮をすることが必要だと思う。その点、ヨーロッ パは発展しており、日本の刑務所・拘禁所の在り方を考える上で、参考にしなければ ならないと感じた。

また、拘禁所の案内担当者の方が聞かせて下さった、ドイツの拘禁所の多くが収容 人数の定員を上回る人数を抱えているという事実が衝撃的であった。本来であれば 116人のところ、新しい収容施設を建造する予算の不足から、実際には160人近くの人 数が収容されているとのことであった。

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第一部  研究論文・実践報告・活動報告

3.ルクセンブルクでの研修

3.1 欧州連合司法裁判所(Court of Justice of the European Union【ECJ】, Luxemburg)

欧州司法裁判所では、司法翻訳者のプレゼンテーションを拝聴した。このような仕 事するため、法学と言語学、二つの資格が必要である。最も印象に残ったのは、言語 にも法律にも精通した翻訳が裁判所の中にいるということは、どの加盟国に属する国 民も裁判所に平等にアクセスする権利を有し、欧州司法裁判所には言語の壁が事実上 認められなくなっているということだ。EU市民は傍聴に出かけ、裁判所の以前の判 断や訴訟資料を自由に閲覧することもできる。もっとも、言語の壁をなくすための通 訳の方々の努力には想像を絶するものがあり、言語ごとに文化的背景を反映した細 かいニュアンスに違いが出てしまわないよう細心の注意を払わなければならない、と 仰っていたことに大変驚いた。欧州司法裁判所に勤めているすべての司法翻訳者のう ち、女性の割合は6割強であるということも興味深かった。書類はEU圏内で使われ ている24か国語で作成されるが、すべての書類は一度フランス語に翻訳された後、残 り23カ国語に再翻訳されるという。法廷には通訳者のためのブースが用意され、裁判 官は原則としてフランス語か英語を使っているが、当事者は自分の母語を使う権利が ある。

4.フランスでの研修

4.1 欧州人権裁判所(European Court of Human Rights 【ECHR】, Strasbourg)

欧州人権裁判所は、原則として、個人の裁判所に対する申立てに基づき欧州人権条 約違反の有無を判断し、例外的に国家間の紛争についても判断を行うヨーロッパにお ける唯一の裁判所である。この裁判所は、1950年に欧州評議会(Council  of  Europe)

において欧州人権条約が採択されたことによって設立された。人権条約違反があると 認めた判決には、国家に対する拘束力があり、当該国には判決を順守する義務がある。

この裁判所もドイツ連邦憲法裁判所と同様にガラス張りの造りで、法廷は開放的で明 るく、建物自体でも透明性をアピールしている。

ECHRは欧州評議会の重要な機関であり、法の支配、民主主義、人権保障の3つの 原則のもと、CoE圏内で起こっている人権侵害について調査し、裁判する機関である。

ベラルーシを除いてヨーロッパ地域47ヶ国が加盟。被害者の国籍にかかわらず、人権 侵害や非人道的扱いを受けた場所がヨーロッパであれば、ECHRに申請することがで

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きる。CoEの監督機関として、国家が人権侵害をやめるよう命じることができ、損害 賠償を命じることもある。死刑についてCoEは、生存権保護および拷問・奴隷禁止の 観点から完全に廃止し、これは功績として挙げられる。

日本はまだ死刑制度を維持しており、国民感情の大半が廃止に否定的だ。ここで、

EUが日本より先に進んでいることに愕然とした。案内していただいたIves氏曰く、人 権保障において死刑廃止は重要なことであり、CoEは、日本などのまだ死刑を維持し ている国に死刑廃止を働きかけている。印象深かったのは、彼が説明の最後に再び落 ち着いた力強い声でゆっくりと、「強調したいのは、死刑廃止は『人権保障』である ということです」と私たちに語りかけたことである。死刑制度を維持するのは、人権 侵害に他ならないということを「常識」にするために、できることをしていきたいと 感じた。

4.2 ストラスブール欧州議会(EU Parliament)

EU市民の代表から構成される欧州議会は、直接選挙で5年毎に選出される欧州連 合の機関である。本部はブリュッセルだが、ストラスブールで1ヶ月毎に総会が1週 間に渡り行われるため、その度に移動しなければならないことに驚いた。751議席は 比例方式に従い、6議席から96議席の間で加盟国の人口を比例して割り振られる。欧 州議会選挙における選挙権はEU市民が有し、有権者によって実施される国境を超え た選挙としては世界最大規模のものである。EU理事会と共同して立法および予算の 決定にあたるほか、他の機関に対する統制権や協議権などがある。欧州議会は原則と して、投票総数の過半数により議決を行うが、議案によっては、総議員の過半数によ る議決や投票総数の3分の2の多数が求められる場合がある。

EU議会の建物は、まるで建築途中のような構造になっていたのだが、EUはまだ完 成せず、これからも発展していくというような意味が込められているそうだ。

4.3 パリ司法宮殿/破棄院(Palais de Justice, Cour de Cassation)

ここでは、日本への留学経験のある裁判所調査官テュルランさんが、日本語で案内 して下さった。

フランスの破棄院は、ナポレオンやマリアンヌのモチーフがところどころに施され たベネチア建築の贅沢で美しい建物であり、金色の門もその特徴である。フランス革 命の精神であるLIBERTE、EGALITE、FRATERNITEの標語が司法宮殿の入口に見 られた。破棄院は、民事、刑事、商事また労働/社会法における最上級審の裁判を行

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第一部  研究論文・実践報告・活動報告 うが、日本と同様に事実審ではなく法律審だけである。フランス全土において破棄院

が一つしかないこと(破棄院の唯一無二性の原則)により、法解釈の統一性が担保さ れている。

破毀院の役割は、原判決において専権的に認定された事実に対して、法令が正しく 適用されているかを判断することである。破毀院の手続きにおいては、訴訟当事者の 代理及び弁護を確実に行うため、専門特化した弁護士が存在し、これはドイツの連邦 通常裁判所と類似している。

ほぼ180人の裁判官が年間2万の民事事件と8千の刑事事件の訴訟を担当している。

扱う法分野により法廷が使い分けられ、お城のように立派で、歴史関係の絵画等が非 常に印象的だった。

“lex(法)”という文字が法廷の天井の中心に記されていたが、これは法律に基づい て裁判を進めるためだそうだ。また、奴隷解放の場面を描いた絵画や、かつて「目に は目を歯には歯を」が当たり前だった時代に、人殺しをした人の個別的な事情を踏ま えて罰金刑にするという近代的な判決をした場面の絵画も(13世紀の聖王ルイ)裁判 所にふさわしく、非常に興味深いストーリーがあると感じた。

4.4 フランス国務院(Conseil dʼEtat, Paris)

行政最高裁判所として、国、地方公共団体の行為が国民の権利を侵害する違法なも のでないか判断し、また諮問機関として政府の法令案や法的問題について意見を述べ、

憲法院で憲法違反と判断されないように導くことで、国務院は、フランスの行政が法 に従って適切に行われることを保障している。国務院は政府の顧問機関として法的な 拘束力がないが、質問の回答によると、9割ぐらいは、政府は国務院の意見に従うよ うである。

具体的な事例としては、ブルカ禁止法の制定過程が挙げられる。同法は、「何人も 公的な立場で顔面を隠す衣服を着用してはならない」(1条)と規定し、女性のイス ラム教徒のヴェールの着用を強制した者に対して刑事罰を科す法律である。国務院は、

宗教的装束の着用は、個人の信仰に基づく行為であるため、それを法律で禁止するこ とは、信仰の自由を侵害するおそれがあることから、違憲と判断される危険が極めて 濃厚であると結論付ける報告書を政府に提出したが、政府はブルカ禁止法案を国会に 提出し、同法は成立した。しかしながら、同法が憲法院に付託されたところ、信仰の 自由の観点から、宗教的な場所においてまで着用を禁止することは許されないとした。

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5.ベルギーでの研修

5.1 欧州連合委員会(EU Commission, Brussels)

ベルギーが小国ながらEUの本部が置かれている理由としては、ヨーロッパの中央 部に位置し、ブリュッセルから1,000km以内に西ヨーロッパ各国の首都があるという 立地の良さが挙げられる。欧州委員会は、立法機関であるEU議会と理事会法案提出 や決定事項の実施、基本条約の支持など、欧州連合の運営(政府)の日々の決定執行 を担っている。また、EU委員会は加盟国などがEU条約を守っているかを審査する機 関であり、違反している企業等があれば罰金を課すことができるという一面も持つ。

見学の際の案内人のお話で特に興味深かったのは、「EUは条約の守護人と称される が、権限を行使することのできる範囲が、『補完性の原則(Subsidiarity  Principle)』

によって制限される分野が存在する」ということである。このような分野には、社会 政策や雇用政策、環境政策が含まれており、この「補完性の原則」は、EUの措置は 目的の達成に必要な程度を超えてはならないという、「比例性の原則」によってさら に補充されるという。

6.イギリスでの研修

6.1 ロンドン王立裁判所(Royal Courts of Justice)

ロンドンに移動してからは、Royal  Courts  of  Justiceにおいて刑事事件の控訴審を 傍聴した。控訴審の理由は刑罰が重過ぎるということであった。

被告人は刑務所に待機し、ビデオカンファレンスを使って裁判に参加していたため、 

遮蔽措置等は必要ではなかったと考えられる。被告人がロンドンから離れたところに 所在している場合には、交通事情等を考慮し、裁判にテレビ電話を通じて参加するこ とが許されていた。また、被告人が法廷に来たときに座る場所には檻が設置されてお り、これは他の国の裁判所では存在しなかったので驚いた。

イギリスでは、伝統的に裁判中に個性を消して身を守りつつ権威を示すため、法曹 は皆銀色のカツラを被ることになっている。裁判官と弁護士(barrister)のカツラの 形が異なっている。さらに驚くべきことに、控訴審では検察官が法廷に出廷しないこ ともあるらしい。

被告人の弁護人の弁論はあまり説得力を持てなかったらしく、3名の判事から、何 回も弁論途中質問されており、被告人は終わるまで何も言わなかったし、彼に対して

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第一部  研究論文・実践報告・活動報告 は一つの質問もなかった。

6.2 連合王国最高裁判所(Supreme Court of the United Kingdom, London)

イギリスでは、議会の中に庶民院(House  of  Commons)と貴族院(House  of  Lords)とがあるが、かつて最高裁判所は貴族院の議員“Law Lords”によって運営され、

貴族院の一部という位置づけであった。これが、歴史的にイギリスの裁判所が国王の 意見に追従的で、国民からの信頼を得られていなかったこととも関係するように思わ れる。しかし、このような制度設計は、明らかに三権分立の観点から疑問であったた め、やっと2009年に最高裁は貴族院から分離され、独立したSupreme Courtができた。

United  Kingdomは、イギリス、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドから なるが、原則、全ての国において上告審は最高裁に係属する。ただし、例外的にスコッ トランドの刑事事件だけは独立した管轄権を有しており、そこでロンドンにある最高 裁に刑事事件を上告することはできない。

6.3 Taylor Wessing国際法律事務所(London)

ロンドンにおけるTaylor  Wessing国際法律事務所はソリシター(事務弁護士、

solicitor)が働く法律事務所であり、そこでBrexitの問題を中心にEU法専門家の説明 があった。「たった一度の国民投票によって、イギリスは戦後のEU加盟から何十年に もわたって積み上げてきたものを失うことになる。EU法は国内の法秩序を維持のに 大きな役割を担っているが、EUを脱退すると、それまでEU法を適用していた法分野 が空白になってしまう。そこをどのように埋めるのか。イギリスの最大の貿易相手は EUであるから、新たに法律を作るにせよEUの基準を用いざるをえない(特にデータ 保護法、GDPR)が、EU法を借用することになれば、ますますEU脱退の意味は失わ れるであろう。」とおっしゃっていたことが印象に残っている。また、イギリスにお いては、EUの「人、商品、サービス、お金の自由移動」という大原則をどのような 形で制限することになるのか、国内政治は何一つ決まっておらず、中途半端な案ばか りであるという。EU脱退という、国内外にとてつもない影響をもたらす大きな決断 について、判断材料をほぼ全く与えられることなく国民投票した結果のEU脱退がど れだけ無謀かを、ヘイウッド先生のような最前線で仕事をしている人々が知っている ようであった。

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6.4 インナーテンプル(Inner Temple, London)

インナーテンプルは、連合王国最高裁判所の近くにある4つの法曹員の内の1つで ある(他はリンカーン法曹院、ミドル・テンプル法曹院、グレイ法曹院)。弁護士会 館とも呼ばれるが、バリスター (法廷弁護士、barrister)を養成する機関としての役 割も担っている。バリスターの話を聞く機会もあったのだが、彼らは普通の法律事務 所には属さず自営業であるので、病気にならないことが大切だと話していたことが印 象に残った。法曹院には、約16,000人のバリスターがいる。それに対してソリシター(事 務弁護士)の数が十倍ぐらいである。 バリスターになるため、まず良い成績で大学の 法学部を卒業するか、または1年間の法曹院における教育(始めは6ヶ月間事務所で 働き、その後6ヶ月間ケースローを学ぶ)を受ける必要がある。高額な学費を支援す るため、それぞれの法曹院は出資を募り、優秀な修習生のために活用している。

興味深かったのは、以前は食事をしながら会話能力を判断する授業や試験が行われ、

弁護士としての品位を保つためにダンスなども教えられていたということだ。日本と 比べて学問の成績のみではなくコミュニケーション力も優秀な弁護士にはより必要と なってくるという話が印象深かった。

6.5 Quadrant Chambers (Barrister Law Firm, London)

Quadrant  Chambersでは、海洋法や商船保険法などを専門とする弁護士James氏に バリスターとしてのお仕事についてお話をうかがった。「Chambers」というのは、事 務所組織の特徴を表示し、普通の法律事務所に所属するのとは異なり、同じ建物にい ても、他の弁護士と利害が共通していることは全くなく、完全に個人で仕事をしてい るという点が興味深かった。そのため、事務所のパソコンやデータベースは共有され ておらず、自分以外のファイルにアクセスすることは許されていない。一方で、イギ リスのChamberに所属して法的サービスを提供するということは、収入面で事務所に 取得される部分がないという面でメリットがあるとのことであった。

7.研修旅行の成果と課題

研修旅行によって、参加者は国際的知識と意識を高めることでき、ヨーロッパの法 文化と生活文化についても学ぶことができた。「この研修旅行を通じて様々な国の法 制度を学び、実際に海外で法曹関係で働いておられる人のお話を聞くことで、日本と の違いについてたくさん気づくことがあってよかった。ヨーロッパの司法制度を概括

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第一部  研究論文・実践報告・活動報告 的に学ぶことができただけでなく、コンサートを聞いたり、UNESCO世界遺産を訪れ

たりすることによって、ヨーロッパの歴史や文化を学ぶこともできたという点でも、

とても有意義なものとなった。」という声など、全体的に参加者からの評価は高い。

また特筆すべき成果の一つとして、研修旅行後、参加者の何人もが、自らの決定でヨー ロッパの法律事務所にインターンシップを実施したことも挙げられる。

大きな課題として、この実地研修プログラムの将来における発展があげられる。12 年間に渡り、このプログラムは単独で著者によって準備また実施されてきたが、著者 の後、誰がこのプログラムを引き継いでいくのか、まだ未定である。いつも現地で通 訳するなど、負担もかなり大きいので、なかなか後任を見つけることできない。

追加の課題としては、実地研修プログラムを外国人法律家向きに日本で実施するこ とであろう。著者の努力に基づき、このようなプログラムがすでに2012年と2015年同 志社LSで行われた。毎年交代で、外国法/日本法実地研修を行うことが可能であれば、

同志社LSのみではなく同志社大学全体の国際交流活動に大きなインパクトをもたらす ことができるであろう。

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