博 士 ( 農 学 ) 平 石 学 位 論 文 題 名
畑作地帯における大規模経営の構造と 展開条件に関する実証的研究
一大規模家族経営の技術と財務の特質一
学位論文内容の要旨
学
北海道畑作は国内に比類を見ない程の規模拡大を果たし所得を向上させることで,専業農家群に支 えられて展開し,わが国の農業生産の基幹的な地位を占めている。すなわち,本道畑作農業は国内農 業に期待される経営像を体現した典型である。畑作農業を巡る情勢は現在,大きな変化に直面しつつ あり,国際競争の激化に耐えうる強靱な経営体を育戚し,それを中核的な経営として位置づけること が急務である。そして,さらなる規模拡大を采たした大規模経営がその効率的な経営体としてlg1待さ れている。ところがこれに関した研究蓄積は乏しく,大規模経営に向けられた現在の期待はなんら裏 付けを持たない。すなわち今,重要なことは,第1に大規模経営において経営効率が向上し生産カが 発展する可能性を評価すること,第2に規模拡大によって資金蓄積がなされ安定的な経営が確立しう る条件を解明することである。
本論文は,大規模畑作経営の収益性を評価するとともに,資金蓄積のなされる条件を解明すること を課題とし,まず規模拡大を裏付ける技術的基盤とその収益性を評価し,さらに規模拡大が資金収支 に及ぼす影響を分析し,その上で,大規模畑作経営の特性を示し,大規模経営の展開条件と位置づけ るべき畑作農業の担い手像を考察している。
第1章では,既存統計に基づき,十勝地域の特徴を整理し,さらに畑作経営と稲作単一経営とを比 較することで,分析対象を位置づけるとともに本論の課題の意義を明確化するものである。対象とし た十勝中央地域は大規模農業の展開した本道でもさらに規模拡大を先行させた典型であった。また,
畑作経営は固定資本装備を増強することで省力化をはかり,規模拡大することで収益幵彡威カの低さを 補う特質があった。また,省力化は停滞する一方で規模拡大の速度は上昇していた。すなわち畑作経 営はもとより資金蓄積をおこないにくい経営形態であり,その傾向は強まっていた。以上から,畑作 農業では特に,機械装備に着目して規模拡大の可能性とその経済性を分析することが重要であり,ま た , 資 金 蓄 積 に 着 目 し て 経 営 成 果 を 分 析 す る 必 要 が あ る こ と を 指 摘 し た 。 第2章では,経営構造の変化と農業機械化の進展とを関連づけて現段階の特徴を明らかにし,予備 的考察として,後の分析の仮説を提示するものであり,既存統計は多様な地域を含み,対象とすべき 大規模層を的確に把握できないことから,組替集計を用い,より精度の高い分析を行っている。現段 階は高度機械化定着期と措定され,農業機械技術は主に作業能率の向上を主眼として入替可能な部分 技術として多様に進展したが,省力化については一定の限界がうかがえ停滞の兆しを示してきている。
また,農業機械の能力当たり価額はほぼ一定であり,このことは農機具費の階層間格差が生じにくく なっていることを示すが,実際に50ha程度の大規模層であっても農機具費は低減せず,費用の増加 ―187―
と粗収益の不安定化が見受けられた。さらに,大規模層ほど所得は高いものの負債への依存も高かっ た。以上から,既存の機械化技術体系を前提とすれば,大規模層でも生産性に優位性は生じていない こと,規模拡大によって,資金収支は不安定化する危険r生があることの2点を仮説的に指摘した。
第3章では,農家闇の技術選択のあり方とそのもとでの土地利用と費用・収益を分析し,規模拡大 が階層間格差の形成に及ぼす影響を明らかにしている。前章では統計を用いたが,統計値にはその要 因 は把握 できない という限界があることから,十勝地域A町の43戸の実態調査に基づき,詳細な分 析を行った。実態分析からは規模拡大に伴って,技術体系を高度化しながら4作目による作付体系を 維持しようとする農家行動がみられた。対象地域では技術体系を高度化することで50ha強まで作付 体系を維持したまま規模拡人しうると判断され,それ以!ニでは輪作体系は人きく崩れるものとなって いる。このような彳了動の経済性と経営効率を分析した結果,より高度な技術体系に移行し,その耕作 限界規模まで規模拡大を進めても農機具費及び労働費の顕著な低減はl羽離と判断された。以,トから,
現段階では,規模拡大によって経営費や費用を低減させることに大きなltJ待はできず,規模拡人によ る所得向上効果はIリ亅瞭でありながらも,収益形成丿了および地代負担)Jは向上していないことを指摘し た。
第4章では,規模拡大が資金収支に及ぼす影響を分析し,所得の増人が個別経営の資金蕎積に紺び っく経営的な条件を明らかにしている。資金の収支関係については農家1瑚のバイアスが人きくなりが ちであることから,近年急速な規模拡大過程を典型的に示す十勝地域BWにおいて,55戸という比較 的多数戸の実態調査に基づきその関係性を解明した。90年代においては規模拡大による所得増大はI堋 I瞭であり,さらに,所得増大は順調な資金返済及び資本蓄積に結びついていた。ただし,耕作限界以 上への急拡大あるいは農地購入による規模拡大をおこなったものの資金繰りはタイトであり負債へ の依存度は高いものであった。このように規模拡大は農地の集積方法を岡わず資本蓄積と経営発展に 結びついたものの,これは90年代に生産物価格の低下が緩やかだったことを前提と:して実現したも のであり,その前提がなければりスクの高い経営行動だったと判断された。生産物価格の急落を恕定 した試算では,既存の負債が資金繰りを圧迫し経営の安定性を損なわすものと判断された。特に,農 地購入によって規模拡大したものの資金繰りは著しく圧迫し,生産物価格の低下は,現存の大規模経 営の存立を資金繰りの面から危うくしかねないと判断された。
以上から生産物価格の低下局面の大規模経営への展開条件として,@規模拡大路線を一時改め繰上 償還に努める,◎購入による農地集積は自己資金による対応をはかる,◎農地購入による急速な規模 拡大は抑制する,@借地による規模拡大は耕作限界規模内であれば所得増大効果を発揮するため借地 による規模拡大を促進する,◎革新技術の導入が省力効果のみならず,それが単収向上・収益性向上 等の相乗効果を促すような工夫が必要である,さらに◎安定的な借地関係を形成しうる条件の整備が 重要であることを指摘した。
終章では本論の分析を踏まえ,大規模畑作経営の現段階の特性を示し,そこから畑作農業を発展さ せるための要件を示すとともに,位置づけるべき畑作農業の担い手像を考察した。大規模経営の生産 性向上に過度な期待はできず,むしろ経営効率の低下と規模拡大過程における資本蓄積の脆弱さが明 らかとなった。基本的要因は生産財市場の寡占による機械価額の一定性と農地市場の特質といった経 営にとっての与件に求められるが,ここから,規模拡大の促進によってのみ急激な価格低下に対抗し うるという論理には齟齬が生じることを指摘し,畑作農業を発展させるには拙速な規模拡大への誘導 を避けること,価格低下局面において激変緩和措置を構築すること,また,農地集積コストを低下さ せうる制度的支援を検討することが肝要であることを提言している。
さらに,規模拡大は所得増大には有効であり,技術進歩によってさらに所得を向上させることを可 能とさせてきたが,このような成果を安定した経営基盤の構築に繋げる猶予を確保することの重要性
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についても指摘している。
また,以上のような提言からは,効率的な経営体は大規模経営のみに限定されないことを示唆し,
先の生産性向上に関する誤謬に基づぃた大規模経営への誘導のみを強化するあり方は,農家戸数を減 少させ,結果として地域社会の維持が危惧され,このような強弓1な誘導策は問題であると指摘してい る。すなわち,中小規模の農家をも担い手として積極的に位置づけ,可能な限り残存させるように努 めることを,進むべき方向として指摘している。
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学位論文審査の要旨 主 査 教 授 黒河 功 副 査 教 授 三島徳三 副 査 教 授 坂下明彦 副査 助教授 志賀永一
学 位 論 文 題 名
畑作地帯における大規模経営の構造と 展開条件に関する実証的研究
一 大 規 模 家 族 経 営 の 技 術 と 財 務 の 特 質 ―
本 論 文 は 、 図31、 表46を 含 み 、6章 か ら な る 総 頁 数169の 和 文 論 文 で あ り 、 別 に 参 考 論文7編が 添え られ てい る。
現 在 、 北 海 道 畑 作 農 業 の 基 本 的 動 向 のひ とっ とし て、 農業 経営 者の 高齢 化お よび 後継 者 確 保 の 困 難 性 な ど か ら 農 地 の 流 動 化 が 進展 し、 今後 も意 欲的 な農 業者 によ るさ らな る経 営 規 模 拡 大 が あ げ ら れ る 。 本 論 文 は 、 そ のよ うな 大規 模畑 作経 営の 収益 性を 評価 する とと も に 、 規 模 拡 大 が 経 営 財 務 に 及 ぼ す 影 響 につ いて 分析 して 、大 規模 畑作 経営 の展 開条 件を 考 察す るも ので ある 。
序 章 は 、 問 題 の 所 在 と 本 論 の 課 題 の 限 定 を 示 す も の で あ り 、 っ づい て第1章 は、 既存 統 計 に 基 づ き 、 分 析 対 象 と し て い る 十 勝 地域 の畑 作農 業を 位置 づけ ると とも に、 分析 視点 の 意 義 を 明 確 化 し て い る 。 十 勝 地 域 は 規 模拡 大を 先行 させ た典 型で ある が、 その 動向 は、 固 定 資 本 装 備 に よ る 省 力 化 を 図 り な が ら 規模 拡大 によ って 畑作 の収 益形 威カ の低 さを 補う も ので ある こと を指 摘し 、 畑作 農業 では と, くに 機械 装備 に着 目し て規 模拡 大の可能性とその 経 済 性 を 分 析 す る こ と が 重 要 で あ り 、 土地 およ び固 定資 本投 資の ため の資 金調 達の あり 方 は 、 経 営 維 持 の 観 点 か ら 経 営 財 務 の あ り方 に留 意し なが ら進 める 必要 のあ るこ とを 指摘 し てい る。
第2章 で は 、 統 計 の 組 み 替 え 集 計 を 行 い な が ら 、 農 業 機 械 化 の 進展 に関 連づ けて 現段 階 の 特 徴 を 明 ら か に し て い る 。 現 段 階 は 高度 機械 化定 着期 と措 定さ れ、 農業 機械 技術 は主 に 作 業 能 率 の 向 上 を 主 眼 と し て 多 様 に 進 展し てき たが 、省 力化 効果 につ いて は一 定の 限界 が 窺 え 停 滞 の 兆 し が み ら れ る こ と 、 ま た 、農 業機 械の 能力 当た り価 額は ほぼ 一定 とな って お り 、 こ の こ と が 農 機 具 費 の 規 模 階 層 間 格差 を生 じさ せに くく して いる 。実 際に50ha程度 の 大 規 模 層 で あ っ て も 農 機 具 費 は 低 減 し てい ない こと 、さ らに 大規 模層 ほど 所得 は高 いも の の 負 債 へ の 依 存 度 が 高 い こ と を 示 し 、 これ らの こと から 、既 存の 機械 化技 術体 系を 前提 と
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すれば、大規模層でも未だ生産性の優位性を示しえていないこと、規模拡大によって資金 収支など経営財務は不安定化していることを指摘している。
第3章では、農 家問の技術選択のあり方とその下での土地利用と費用・収益を分析し、
規 模拡大が階 層間格差の形成に及ぼす影響を明らかにするものであり、十勝地域A町の43 戸の実態調査に基づき詳細な分析を行っている。実態からは、規模拡大に伴って技術体系 を 高度化させ ながらも、50ha強までは4作物による輪作体系を維持しようとする農家行動 が明らかにされるが、それ以上の規模では輪作体系は大きく崩れるものとなっている。ま た、より高度な技術体系に移行しながら輪作体系が維持される耕作限界規模まで規模拡大 を進めても、現段階の技術体系では、農機具費および労働費の顕著な低減は困難であり、
規模拡大による所得向上効果は明瞭でありながらも、収益形成カおよび地代負担カは向上 していないことを指摘している。
第4章は、規模 拡大が経営財務とくに資金収支に及ほす影響について、近年急速な規模 拡 大を典型的 に示す十勝地域B町において、55戸という多数の実態調査に基づき分析する ものである。その結果、90年代においては規模拡大による所得増大効果は明瞭に認められ、
それが順調な資金返済及び資本蓄積に結びついていたが、これは90年代における農産物価 格の緩慢な低下を前提として実現したものであり、農産物価格の急落を想定した試算では、
とくにn冓入による規模拡大が資金繰りを圧迫し、経営の安定性が損なわれると判断された。
以上のことから、農産物価格低下局面における大規模経営への展開条件として、@より 一層の規模拡大よりは既存負債の繰上償還を優先させる、◎購入による急速な規模拡大を 抑制すると同時に、購入による農地集積は自己資金によるものとする、◎借地による規模 拡大は、輪作が維持される耕作限界規模の範囲内であれば所得増大効果が期待できる、@
革新技術の導入が省力効果のみならず、それが単収向上・収益性向上等の相乗効果を促す ような工夫が必要である、さらに◎安定的な借地関係を形成しうる条件の整備が重要であ ることを指摘している。
終牽では本論の分析を踏まえ、現段階における畑作経営の展開条件を示すとともに、位 置づけるぺき畑作農業の担い手像を考察している。すなわち、現段階における諸条件の下 では大規模経営の生産性向上に過度顔期待はできず、むしろ経営効率の低下と規模拡大過 程における資本蓄積の脆弱さが明らかである。ここから、規模拡大の促進によってのみ急 激な価格低下に対抗しうるという論理には齟齒吾が生じることを指摘し、畑作農業を発展さ せるには拙速な規模拡大への誘導を避けること、また、これまで規模拡大は技術進歩によ ってその所得向上を可能とさせてきたが、このような成果Iを安定した経営基盤の構築に繋 げる時間的猶予を確保することの重要性についても指摘し、価格低下局面における激変緩 和措置を構築すること、農地集積コストを低下させうる制度的支援を検討することが肝要 であることを提言している。
また、以上のような提言からは、効率的な経営体は大規模経営のみに限定されないこと を示唆し、中小規模の農家をも担い手として積極的に位置づけ、可能な限り残存させるよ うに努めることを、進むべき方向として指摘している。
以上のように、本研究はこれまで本格的に取り上げてこられなかった、現段階における 急速な規模拡大という大きな動向に直面しつっある北海道の畑作経営を対象に、さらなる 規模拡大に対する展開条件を実証的に明らかにするものであり、学術的に評価も高く実際
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界に寄与する意義も有する。
よって審査員一同は、平石学が博士(農学)の学位を受けるに十分な資格を有するも のと認めた。
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