博 士 ( 水 産 学 ) 小 林 弘 治 学 位 論 文 題 名
ベラ科魚 類を主とする浅海性魚類の雌雄性と 生殖 現象に 関する研 究
学位論文内容の要旨
硬骨 魚 類は 一 般に 雌 雄 異体 性 とさ れ てい る が, こ の動 物 群に は また 多 様 な 型 の雌 雄 同体 現 象も 出 現す る こと が 知 られ て いる 。 魚類 の 雌雄 同 体性 の 適 応 的意 義 につ い ては , 雌雄 同 体性 が 自 然淘 汰 上有 利 であ る 場合 に ,そ れ が 雌 雄異 体 性か ら 進化 し たと 考 えら れ て いる 。 この 自 然淘 汰 上の 有 利説 は 興 味 深い が ,そ の 論拠 に つい て は必 ず し も十 分 な説 明 がな さ れて い ない 。 魚 類 に発 現 する 多 様な 雌 雄同 体 現象 に は ,雌 雄 性の 進 化に 関 する 多 くの 示 唆 が 秘め ら れて い るも の と推 察 され , そ の検 証 には 雌 雄同 体 性種 の 生殖 腺 の 形 態 形 成 過 程 の 解 析 を 初 め と す る 体 系 的 な 検 討 が 必 要 と 思 わ れ る が , そ の よ う な 研 究 は む し ろ 少 な い 。
本研 究 では , 真骨 魚 類 にお け る雌 雄 性現 象 の詳 細 を知 る 目的 で ,主 と し て 駿 河 湾 産 の ス ズ キ 目 ベ ラ 科5属5種 , ゴ ン ベ 科3属5種 , ト ラ ギ ス 科1 属2種 の 浅 海 性 魚 類 を 対 象 と し , 初 期 生 殖腺 の 形態 形 成, お よび 雌 雄性 現 象 と 生殖 現 象, の 関連 に つい て 形態 学 的 およ び 実験 的 な解 析 を行 い ,真 骨 魚 類 の 雌 雄 性 現 象 の 比 較 検 討 を 行 っ た 。 .
ベ ラ 科 魚 類 の 雌 性 先 熟 性 種 で 雄 性 一 型 の イ ト ヒ キ ベ ラCirrhilabrus temmlnckiiで は , 形 態 形 成 初 期 の 全 て の 生 殖 腺 が 湾 曲 伸 長 し , 腹 縁と 生 殖 腺 間膜 基 部と が 接着 し て周 卵 巣腔 型 の 卵巣 に 分化 し た。 同 じく 雄性 ‐型 の ホ ン ソ メ ワ ケ ベ ラLabr01desdlmldiatusで は , 全 て の 生 殖 腺 は 両 側 縁 の伸 長 接着 に よ る周 卵 巣腔 型 の卵 巣 に分 化 した が ,一 部 の個 体 には 卵巣分 化途 上 で雄 性 の 生殖 細 胞が 出 現し 間 性的 な 様相 を 呈し た 。雄 性 ニ型 のキュ
ウセン Halichoeres poecilopterus では,初め全ての生殖腺が卵母細胞 を出現させて卵巣型の分化をみせたが,後に約半数の個体では生殖腺はそ の両側縁の伸長接着による周卵巣腔型の明確な卵巣分化を示し,他の約半 数では精小嚢形成の進行と卵母細胞の消失を伴う幼時間性現象を経て一次 精巣を形成し,本種の一次雄の祖先型が雌雄同体性であることを示唆し た。同じく雄性ニ型のイ卜ベラPseudolabrus grac11is の生殖腺も同様 な形態形成過程をとるとみられた。ー方,ニシキベラThalassoma cupido の生殖腺は幼時に直接的に周卵巣腔型卵巣と精巣とに分化した。このよう に,ベラ科魚類の初期生殖腺の形態形成には種間で明確な差異があった。
駿河湾産のニシキベラ成魚には間性的要素や二次精巣の出現も認められ ず,飼育実験でも性変化を誘導できなかった事実から,幼若期に雌雄異体 性が確立されるものと判断された。三宅島産の本種には雌性先熟型雌雄同 体性が低頻度で発現するとされているので,本種の祖先型は雌性先熟型雌 雄同体で雌雄異体性への過渡期にあると考えられた。ニシキベラを除くぺ ラ科 4 種は,一般に産卵後の卵巣実質全域が精小嚢で浸潤され,卵巣腔が 遺残する二次精巣に移行する雌性先熟型の性変化を基本とするが,イ卜ベ ラ,イ卜ヒキベラおよびホンソメワケベラでは,機能中の卵巣にも雄性化 現象が生じ,後者の 2 種では異性組織が共に発達し成熟する例もみられ た。またホンソメワケベラの二次精巣では卵巣腔が次第に痕跡化し消失し た。イトヒキベラの未成魚のみの個体群には,性変化途上の生殖腺もしく は二次精巣を有する個体が出現し,前成熟型性変化の発現が確認された。
同種の未成魚の同居飼育では全個体に性変化現象が発現し,雄性化の進行 が全長と正の相関を持つことが示唆された。成魚雌も全て二次雄に変わる 性能 を有し たが, 雄か ら雌へ の可逆 的性変 化は 認めら れなか った。
ベラ科魚類の性相と体色相との関連については,ニシキベラとホンソメ ワケベ.ラでは雌雄が同一の体色相で,イ卜ヒキペラでは始相に雌と間性個 体および二次雄が存在し終相には二次雄のみが存在することが判明した。
一方キュウセンでは始相に一次雄と雌および間性個体,終相に一次雄と
二 次 雄 が あ り , 一 次 雄 は 体 成 長 に 伴 っ て 終 相 に 変 化 し た 。 し か し , イ 卜 ベ ラ は 始 相 と 終 相 の 両 方 に 雌 と 間 性 個 体 お よ び 一 次 雄 , 二 次 雄 の4者 が 共 に 存 在 し た 。 こ の 事 実 か ら , ベ ラ 科 魚 類 の 体 色 相 の 発 現 は 必 ず し も 性 ス テ 口 イ ド に 依 存 レ な い と 示 唆 さ れ た 。
. ゴ ン ベ 科 の オ キ ゴ ン ベCirrhitichthys aureusの 生 殖 腺 は , 両 側 縁 が 伸 長 接 着 す る 周 卵 巣 腔 型 の 卵 巣 形 成 に 続 い て , 体 腔 側 壁 側 の 生 殖 腺 薄 板 基 部 に 精 巣 組 織 を 形 成 レ て 明瞭 な 両性 生 殖腺 と なっ た 。一 部 の大 型 個体 の 両 性 生 殖 腺 で は 卵 巣 部 に 精 巣部 が 浸潤 し て二 次 精巣 へ の移 行 がみ ら れた 。 生 殖 機 能 は 主 に 両 性 生 殖 腺 が 果 た し , 卵 巣 部 ま た は 精 巣 部 の 一 方 が 拡 大 発 達 し て 雌 な い し 雄 の 性 機 能を 果 たし た が, 明 確な 先 熱性 は 認め ら れな か っ た 。 二 次 精 巣 も 機 能 的 で あ っ た 。 雌 性 か ら 雄 性 へ の 機 能 的 移 行 お よ び 雄 性 か ら 雌 性 へ の 機 能 的 移 行 が 実 験 的 に 確 認 さ れ た 。 ゴ ン ベ 科の 他 の4種 の 生 殖 腺 形 態 と 生 殖 機 能 も ま た オ キ ゴ ン べ の そ れ と 同 様 と み な さ れ た 。 卜 ラ ギ ス 科 の ク ラ カ ケ 卜 ラ ギ スParapercls sexfasclataで は , 生 殖 腺 は 幼 期 に 内 卵 巣 腔 型 卵 巣 と精 巣 に 分化 し ,成 魚 にも 間 性現 象 や二 次 精巣 が 出 現 し な か っ た こ と か ら ,本 種 は 雌雄 異 体性 と みな さ れた 。 コウ ラ イ卜 ラ ギ スParapercis snyde壘 で は , 初 期 生 殖 腺 は 全 て 内 卵 巣 腔 型 の 卵 巣 に 分 化 し た が , 卵 巣 形 成 途 上で 雄 性 生殖 細 胞の 出 現を み せる 間 性的 な 生殖 腺 が 比 較 的 多 数 出 現 し た 。 この 生 殖 腺は 繁 殖期 へ の移 行 に伴 っ て, 卵 母細 胞 に 卵 黄 形 成 を み せ 雄 性 要 素 に 変 性 を 生 じ , 卵 巣 機 能 を 果 た す に 至 っ た 。 本 種 は 基 本 的 に 雄 性 ― 型 の 雌 性 先 熟 型 の 性 変 化 を 行 っ た 。 二 次 精 巣 で は 当 初 そ の 中 央 部 に 残 存 し た卵 巣 腔 が後 に 薄板 上 皮の 吸 収に よ って 消 失し , 同 部 位 に は 精 小 嚢 内 腔 が 拡 大 発 達 し て 正 中 側 の 輸 精 管 と 連 絡 を 持 っ た 。 こ の 事 実 か ら , 本 種 に は 幼時 間 性 一雌 性 先熟 型 雌雄 同 体性 ― 雌雄 異 体性 の 連 続 性 が 存 在 す る も の と 考え ら れ た。 コ ウラ イ 卜ラ ギ スで は ,未 経 産雌 に 機 能 的 二 次 精 巣 の 実 験 的 誘導 が 可 能で あ り, 成 魚の 雌 性先 熟 型の 機 能的 性 変 化 を 確 認 で き た 。 雌 単 独個 体 で の性 変 化と 雄 から 雌 ヘ性 変 化は 誘 導で き な か っ た 。 雌2尾 が 視 覚 的 に 相 互 を 識 別 で き る 分 離 飼 育 で は 性変 化 が誘 導
され,雌2 尾の視覚的認識の不可能な分離飼育でも,飼育海水の交流が あった場合に性変化が誘導された。この実験結果から,本種の性変化の 発現には複数の雌が必要で,性変化は視覚ないし嗅覚での個体認知の結果 として誘導されると推察された。
本研究を通じて,雌性先熟型を主体とする雌雄同体性魚種の初期生殖腺 は,卵巣分化をみせると同時に幼時間性現象を発現させることも稀ではな く,発生初期の生殖腺には雌雄の性分化能が併存するものと考えられた。
性分化能の機能的二重性は生活史の長期にわって保持され,さまざまな
成長段階で幼時間性,前成熟型性変化,雌性先熟型性変化,両異性組織の
平行的な発達成熟,雌性先熱型と同時成熟型の中間的な雌雄同体現象の
生起などを可能にしているとみなされた。また,隣接的雌雄同体現象およ
び同時雌雄同体現象は,それぞれが一方および他方の極にある性現象では
なく可変的であり,各雌雄同体現象の間には連続的な性現象が存在する
ものと判断され,真骨魚類の雌雄同体現象が極めて可塑性に富んだ現象で
あると示唆された。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査
教授 教授 助教授
高橋 尼岡 山内
学 位論文 題名
裕哉 邦夫 晧平
ベラ 科 魚 類 を 主 と す る 浅 海 性魚 類 の 雌 雄 性と生 殖現 象に 関す る研究
脊 椎 動 物 中 最 大 の 動物 群 で あ る 魚 類 は 極 め て 多様 な 雌 雄 性 をみ せる こ と で 知 ら れ て い お り 、 機 能 的 雌 雄 同 体 現 象 に つ い て も8目37科300 種 以 上 に お よ ぶ 硬 骨 魚が 同 時 雌 雄 同 体 種 ま た は 隣接 的 雌 雄 同 体種 とさ れ て い る 。 し か し な が ら近 年 、 従 来 の 型 区 分 の 何 れと も 合 致 し ない 雌雄 同 体 現 象 の 発 見 な ど 、 魚類 の 雌 雄 性 の 発 現 様 式 に つい て 再 検 討 する 必要 が 生 じ て き て い る 。 申 請者 の 研 究 は 、 既 往 の 研 究 の多 く が そ の 検討 を行 っ て い な い 雌 雄 同 体 現 象の 個 体 発 生 的 側 面 に つ い ての 詳 細 な 形 態学 的研 究 を 主 軸 と し て べ ラ 科5属5種 、 ゴ ン ベ 科3属5種 お よ び ト ラ ギ ス 科1属 2種 の 浅 海 性 魚 類 の 雌 雄 性 を 比 較 検 討し 、 そ れ ら の 生 殖 生 物 学 上 の特 徴 を 明 ら か に し よ う と し た も の で 、 以 下 の 内 容 が 審 査 の 要 点 と さ れた 。 ま ず べ ラ 科 で は 、 三宅 島 産 の 個 体 で は 雌 性 先 熱型 の 雌 雄 同 体現 象が 知 ら れ て い る ニ シ キ ベ ラの 駿 河 湾 産 の 個 体 の 生 殖 腺が 典 型 的 な 雌雄 異体 型 の 形 態 分 化 を み せ る こと を 確 認 し て 、 本 種 の 祖 先種 を 雌 雄 同 体型 と示 唆 し て い る 。 ま た イ ト ヒキ ベ ラ と ホ ン ソ メ ワ ケ ベ ラは 雄 一 型 の 、キ ュウ セ ン と イ ト ベ ラ は 雄 二 型の 雌 性 先 熟 型 雌 雄 同 体 現 象を み せ る こ とを 確証 し た 。 さ ら に ホ ン ソ メ ワケ ベ ラ で は 一 部 の 幼 魚 の 分化 途 上 の 卵 巣が 間性 型 生 殖 腺 の 形 態 を 呈 す るこ と 、 ま た 雄 二 型 種 で も 全て の 個 体 の 生殖 腺が 卵 巣 へ の 分 化 を み せ 一 次雄 で は 生 殖 腺 が 幼 時 間 性 型を 経 て 精 巣 に分 化す る