要 旨 我々は脳梗塞ラットモデルにおいて,経静脈的に骨髄間葉系幹細胞移植を行うことで,良好な機能改善が認 められることを報告してきた.行動学的機能回復の程度は,梗塞巣の体積の変化と必ずしも相関しない場合が ある.我々は functional MRI(fMRI)による動的な脳機能の変化と運動機能回復の関連性について検討し,骨髄 間葉系幹細胞を移植した群にのみ,fMRI にて両側に皮質賦活信号を認める群が存在し,より高い運動機能の 回復を認めていたことを報告した.本稿ではその内容を報告するとともに,現在行っている骨髄間葉系幹細胞 を用いた脳梗塞の医師主導第 III 相治験に関して紹介する. (脳循環代謝 25:67∼71,2014) キーワード : 骨髄間葉系幹細胞,再生医療,脳梗塞,functional MRI
1.はじめに
本邦では,高齢者の人口増加に伴い,脳卒中有病者 は増加の一途をたどっている1).また,これらの脳血 管障害などによる中枢神経障害は,高齢者寝たきり発 生原因の主要要因であり,この問題を解決するために は,脳卒中による後遺症を軽減していくことが,重要 な社会的な課題となっている. 脳卒中の 80%近くを占める脳梗塞の治療において は,rt-PA 静注療法,血管内治療などの再開通治療に より2~5),良好な治療成績が報告されるなど,急性期治 療の発展はめざましい.しかし,時間的な制約もある ことから,治療適応が限られている.また,亜急性期 から慢性期においては,機能改善を科学的に立証した 治療法は皆無であり,新たな脳梗塞治療の開発が必須 となっている. 一方で,近年の細胞生物学の進歩とともに,さまざ まな細胞の起源である幹細胞が発見され,その幹細胞 を用いた再生医療に注目が集まっている.とくに,骨 髄間葉系幹細胞は,自家移植が可能であることから, 倫理的な問題がない,免疫拒絶反応がない,感染症等 の問題が少ない,静脈投与で治療効果があるなど,多 くの長所があることに加えて,骨髄移植は,臨床上既 に確立した手技であり,ドナー細胞が安全に十分量確 保しやすいため,一般社会にも受け入れられやすい方 法であると期待されている. 我々は,脳梗塞ラットモデルを用いた基礎研究を重 ねてきた結果,骨髄間葉系幹細胞の経静脈的移植は, 脳梗塞に対して治療効果が十分に期待できることを報 告した6~9).また,2007 年より行った 12 例の脳梗塞患 者に対する自主臨床研究においても,自家骨髄間葉系 幹細胞の静脈内投与を行い,投与したすべての症例で 運動機能の改善等の効果が認められたことを報告し た10). 骨髄間葉系幹細胞の経静脈的移植による治療効果の 機序として,幹細胞から分泌される神経栄養因子によ る脳保護効果,抗炎症作用,再有髄化,血管新生,神 経再生など,時間的・空間的に多段階に発揮される治 療効果により,梗塞巣の体積縮小,運動機能の回復が 認められると考えられている7, 11).しかし,行動学的 機能回復の程度は,梗塞巣の体積の変化と必ずしも相 関しない.我々は functional MRI(fMRI)による動的なラット脳梗塞モデルに対する骨髄間葉系幹細胞移植後の
fMRI
による皮質賦活信号と運動機能改善との関連性
中﨑 公仁,鈴木 淳平,佐々木祐典,岡 真一,佐々木優子,本望 修
札幌医科大学医学部附属フロンティア医学研究所神経再生 医療学部門 〒 060-8556 札幌市中央区南 1 条西 17 丁目 TEL: 011-611-2111 FAX: 011-616-3112 E-mail: nakazaki@sapmed.ac.jp脳機能の変化と運動機能回復の関連性について検討し 報告した12).今回はその内容を紹介するとともに,脳 梗塞に対する骨髄間葉系幹細胞の経静脈的移植治療の 展望について紹介する.
2.fMRI による皮質賦活信号と
運動機能改善との関連性
Adult Sprague-Dawley rats(250∼300 g,雄)を用い て,Intraluminal thread 法により中大脳動脈閉塞モデル を作成,NMR(UNITY INOVA, Agilent Technologies Inc., 7 Tesla, 300 MHz, 38 mm Quadrature Coil)を用い て,diffusion weighted imaging(DWI)撮影にて梗塞巣を 確認した後,コントロール群と骨髄間葉系幹細胞投与 群に 2 群化した.脳梗塞作成後 6 時間後に,骨髄間葉 系幹細胞投与群は,骨髄間葉系幹細胞 1.0 × 106個を 大腿静脈より経静脈的に投与し,コントロール群は DMEM培養液を投与した. 評価方法は,脳梗塞発症後,0,1,4,7,14,21, 28,35,42 日目に,Treadmill stress test にて運動学的 機能評価を行い,NMR を用いて画像評価を行った. 撮影内容は,T2 weighted imaging(T2WI),DWI,func-tional MRI(fMRI)とした.fMRI の方法は,ラットの左 上肢に電気刺激針を留置し,Electric Pulse Generator: Master-8(A.M.P.I.)を用いて,電気刺激を発生させるこ
とで(Pulse: 3/sec, duration: 0.3 msec),T2*-weighted
imageにて右体性皮質感覚野における信号の変化を解 析した. 以上の方法で解析を行った結果,以下の点が判明し た.まず既存の報告と同様に,骨髄間葉系幹細胞投与 群は,コントロール群と比較し,有意に梗塞巣の減 少,運動機能の改善を認めた.fMRI の解析結果か ら,骨髄間葉系幹細胞投与群は,コントロール群と比 較し,右体性皮質感覚野の BOLD 信号の強度,Cluster volumeの体積は経時的により増加していた.また,骨 髄間葉系幹細胞投与群においては,右体性皮質感覚野 のみならず,健常側の体性皮質感覚野が同時に賦活さ れる両側賦活群が存在することが判明した(図 1).さ らに,fMRI 両側賦活群は fMRI 片側賦活群と比較し, 梗塞巣体積の経時的な変化に有意差はなかったが,運 動機能は,両側賦活群において有意に良好な改善が得 られていた.以上の結果より,ラット脳梗塞モデルに 骨髄間葉系幹細胞を経静脈的に移植した後,fMRI に て両側に皮質賦活信号を認める群では,より高い運動 機能の回復を認めることが判明した. 脳梗塞ラットモデルにおいて,発症後健側の運動感 覚野から病側へ,脳梁を介した神経回路の再構築が誘 導されるとの報告もあることから13),fMRI にて両側 に皮質賦活信号を認めていた群は,骨髄間葉系幹細胞 移植によって脳の可塑性が亢進し,神経回路の再構築 図 1.functional MRI による経時的変化(文献 12 より一部引用)
が誘導されていた可能性が高く,その結果,高い運動 機能改善を示していたものと考えられる.したがっ て,脳梗塞に対する骨髄間葉系幹細胞の経静脈移植 は,病側脳における治療効果のみならず健常脳の可塑 性を賦活化することでより強い治療効果をもたらすこ とが示唆される.
3.医師主導治験の概要と今後の展望
我々は 2007 年に,臨床研究にて自己血清を用いて 自己の骨髄間葉系幹細胞を培養し,病変がテント上で あった脳梗塞患者 12 例を対象に静脈内投与を行い, その治療効果と安全性について検討した10).その結果 から,NIHSS および mRS での評価において,回復ス ピードが移植によって統計学的に有意に加速されるこ とが判明した.また,一般的には脳梗塞後の MRI (FLAIR)の経時的変化は 1 カ月程度で収束し,発作後 30日の時点での高信号域が最終的な梗塞巣と極めて近 いと報告されているが,本臨床研究では,それよりさ らに後の時点での移植にも関わらず,MRI(FLAIR)に おける高信号域が移植を契機に統計学的に有意に減少 することもわかった. 現在,我々は上記臨床試験での良好な結果を受け, 脳梗塞患者に対する自己培養骨髄間葉系幹細胞移植の 一般医療化へ向けて,薬事法下で GCP(Good Clinical Practice)省令に基づいた医師主導治験(Phase III)を 2013年 3 月より実施している.本治験では,脳梗塞発 症後,通常の急性期標準治療を終了した後,自己血清 を用いて自己の骨髄間葉幹細胞を培養し,亜急性期に 経静脈的に投与を行う(図 2).初発のアテローム血栓 性脳梗塞(mRS 4∼5)で,20∼64 歳を対象としている (図 3). 治験薬(自己培養骨髄間葉幹細胞)の製造・品質検査 は薬事法下で GMP(Good Manufacturing Practice)省令 に基づいて行っており,2∼3 週間で約 1 × 108個まで培養し,安全性と品質の検査を行い,出荷判定基準に 合格したもののみを使用する.
図 2.脳梗塞再生医療・医師主導型治験 主な流れ
最終的に,治験登録の適格基準を満たし,かつ,治 験薬製造が完了した症例について,二重盲検無作為比 較試験(検証的試験)に組み入れる.実薬群とプラセボ 群へ割り付け,投与は末梢静脈内に 30∼60 分かけて 点滴静注を行う.評価は一般検査のほか,画像診断学 的検査,および臨床症状の評価(NIHSS, mRS)を行 い,安全性と有効性の評価を行う.本医師主導治験 は,2013 年 3 月より開始し,今後 3 ∼ 5 年間を目途に 現在進行中であり,全国から参加者を募集している (ホームページ:http://web.sapmed.ac.jp/chiken-stroke/). 骨髄移植などを代表とする体性幹細胞を用いた再生 医療は,安全性が高く,自己移植が可能であり,既に 一部は実用化されている,などの利点があるため,早 急な実用化が期待されている.また,骨髄幹細胞移植 による再生医療は,脳卒中をはじめとする神経疾患の 治療法にパラダイム・シフトを生み出す可能性を秘め ており,従来医療従事者,患者や家族が感じてきた限 界を打ち破る新たな治療法になりうる可能性を十分に 秘めている. 文 献 1) 厚生統計協会:国民衛生の動向 2012/2013 年.2012 2) Tissue plasminogen activator for acute ischemic stroke.
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