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結婚とプライバシー (I) : 婚姻の公表とプライバシー (1)

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(1)

結婚とプライバシーⅠ 一婚姻の公表とプライバシー(1)

上 机 美 穂

はじめに 1:結婚とプライバシーの新たな分類 2:戸籍と公表 3:教会婚における婚姻告知(banns) 4:新聞紙上の婚姻公表(WeddingAnnouncement) おわりに∼結婚は私的な事柄か? はじめに 人生貴大のイベント、などといわれることもある婚姻は、多くの 人びとが経験する。婚姻は、それまでの個人の生活を一変するのみ ならず、法律的身分も変えるものである。婚姻から新しい生活が始

まる、ともいわれるように、婚姻がきっかけに、それまで個人では

生じなかったような、さまざまな事柄が生じる。さらに婚姻あるい

は結婚生活は、夫婦の性格や思考、経済状況、そして社会的(時代

的)な背景などが、色濃く反映するものである。 ところで、プライバシーが個人の保護法益であることが示されて

久しい。同時に、プライバシーの定義や、その利益の様態は未だに

明確ではなく、議論し尽くされたとはいえない。さらに、プライバ

シーは、その意義が広範である。社会状況の変化や、技術革新など

とともに発展、拡大してきたといわれるプライバシーは、少なくと も社会が発展し続けるあいだ、個人は関わり続けることになるであ ろう。 −99−

(2)

婚姻もプライバシー も、社会の発展とともに変化するものであ る。そして、いずれも、個人の意識や感情、思考などが主体的に影 響する事柄である。婚姻や、プライバシーに対する個人の意識が変 化すれば、婚姻しているからこそ生ずるような、プライバシーをめ ぐる問題が出現することも想定できよう。婚姻というひとつの事象 から生ずる、プライバシー

をめぐる問題は、多様である。婚姻は、

現在のプライバシー保護をめぐるさまざまな問題を浮き彫りにす る、いわば縮図のようなものといえるのではなかろうか。 本稿は、結婚において多面的に生ずるプライバシーに関する問題 を、民法(不法行為法)の視点から検討するものである。後述する ように、婚姻におけるプライバシーの問題は、さまざまな事象から 生じる。そのため、本稿では、まず、情報としての婚姻という側面 に焦点を絞り、検討する。そして、次稿以下において、さらに婚姻 とプライバシーについて検討を重ねる。

1:結婚とプライバシーの新たな分類

①問題の所在 プライバシー侵害の定義は、1960年代から考えられている、 Prosserによる分類から変化しようとしている。また、個人がプラ

イバシー侵害を訴えるような状況も、多様化している。近時、アメ

リカを中心として、プライバシーの意義とその保護とはいかなるも のであるかに関する再定義の検討や、考察がなされている。わが国 でも、D.SoIveなどによる再定義などをもとに1、プライバシー保護 の新たな形を模索している2。 1DanielJ.SoIve,UnderstandingPrivacy.101T170,(2008) 2 たとえば、牧田潤一朗「アメリカのプライバシー保護」自由と正義61巻3号90 頁以下(2010年)、水野謙「プライバシーの意義−「情報」をめぐる法的な利益 の分布図」NBL936号29頁以下(2010年)など。 −100−

(3)

このような動きが生じたのには、いくつかの理由が考えられる。 そのなかで、もっとも大きな要因として挙げられるのは、情報通信 技術の発展であろう。あらゆる情報をデータ化し、保存する技術 は、コンピューター技術革新が背景にあることは、いうまでもな い。あらゆる情報には、当然に、個人に関する事柄も含まれる。個 人に関する事柄がデータ化、記録化され、保管される。このような データが、個人情報と総称されるものであろう。 ここで注目すべきは、個人情報の種類である。個人に関する情報 は、大別すれば、ある個人を特定するための個人識別情報と、それ 以外の情報がある。前者は、その意義から、個人識別情報を公開す ることによる不利益は生じないと考えられてきた。しかし、いかな る情報を識別情報とするかに関しては、現在、議論されるところで ある。このことは、どのような情報あるいは事柄であれば、プライ バシー として保護されるかという問題につながる。 近時、情報をめぐるプライバシーが議論の中心のようにみえる が、プライバシー侵害には、私生活の干渉という側面があることを 忘れてはならない。もともとプライバシー は、「ほうっておいても らう権利」として確立したものである。これが発展し、私生活の干 渉からの保護も、プライバシーに包含される利益となる。 単に私生活といっても、個人がどのような事柄を私生活とするか については、情報の性質をめぐる議論と同様の問題がある。プライ バシー として保護されるような私生活は、古くは、家庭内など、い わば限られた空間における、個人の行動などを示すものであった。 しかし、現在、私生活は、単なる空間的なことのみならず、個人の 思想、生き方をも含む考えもある。はたして、現在においてプライ バシー にある私生活とは、なにを示すのであろうか。 現在のプライバシーをめぐる議論は、以上のような問題を包含し ているといえよう。 ー101−

(4)

④結婚をテーマにすることの意義 個人情報は、個人に関するあらゆる事柄の記録であることになれ

ば、婚姻も同様に、大きな枠組みでは個人情報ということになる。

婚姻は、私生活であると考えれば、結婚に関する事柄は、プライバ

シーということになるかもしれない。他方、「婚姻をした」という 事実自体、これは法律行為である。また、婚姻は、一般に慶事と考

えられている。情報を公開されたくない個人は、当該情報が、他者

に知られると不利益が生じる恐れがあることを、公開による不利益

とする。このことを考慮すれば、婚姻という事実は、どのような情

報といえるのであろうか。あるいは、公開してもよい情報というこ とになるのであろうか。

また、現在とくにアメリカで議論される、同性婚(same sex

marriage)をめぐる問題もまた、プライバシー

の領域の問題であ るとされることが多い。 これは、プライバシーのうち、私生活の干渉に包含される考え方

ととらえることもできよう。しかし、婚姻は、当事者の意思決定に

関する事柄である。これは私生活ではなく、ライフスタイルの選択 あるいは自己決定という問題である。現在のわが国のプライバシー の考え方において、ライフスタイルまでも包含することができるの であろうか。 このように婚姻におけるさまざまな事象を、プライバシーと対照 させると、前述した問題点は、婚姻における個別的な場面で浮き彫 りになる。多くの個人が経験する事柄から、プライバシーの現在と その問題を検討することは、個人の利益としてのプライバシーの展 開を考えるうえで必要なことと考える。 ④SoIveの分類と結婚 ・SoIveによる分類 SoIveは、Prosserによるプライバシーの分類を再構成し、新たな 分類を行った。SoIveの分類は、これまで、通説的であったProsser −102−

(5)

による分類が、情報技術の目覚ましい発展以前のものであり、現在

には馴染まなくなっていることを指摘した3。そして、現在ある、

さまざまなプライバシーをめぐる問題について、「harmfulactivi− ties」をもとに、4つに分類した。すなわち、(∋情報の収集(infor−

mation collection)、②情報の加工(information processing)、

③情報の拡散(information dissemination)、④侵害行為(inva−

sion)、である。そして、これらが、プライバシー侵害になると示

した。それぞれの様態は、さらに具体的な行為に分類される。

(∋情報の収集とは、個人の行動を、監視や撮影、録音などする

surveillanceと、個人に関する情報を精査、調査するinterrogation のふたつの行為による収集のことである。(D情報の加工とは、個 人に関する情報の断片の集合化(aggregation)、特定個人と情報 とを結びつけること(identification)、集積保存された情報に到 達しやすい状態にすること(insecurity)、情報の二次的無断使

用(secondary use)、他者が有するある者の情報を誤って、特

定の者の情報としてしまうこと(exclude)、である。③情報の

拡散とは、個人に関する情報の秘匿の約束を破ること(breach of confidentiality)、個人に関する事実のうち、他者による評価が低 下するような事実を暴露すること(disclosure)、個人が秘匿した い個人的な事実や問題、身体的機能について暴露すること(expo− sure)、情報を誇張すること(increased accessibility)、個人的 な事柄を公開すると脅かすこと(blackmail)、他者の利益のため に、個人に関する事柄の情報を提供すること(appropriation)、 そして、個人に関する誤った情報を発信、拡散すること(distor− tion)である。 ①∼(卦の様態は、情報の扱いから生じる、プライバシー侵害の様 態ということができる。ここにいう情報とは、個人に関するあらゆ 3 idl1 ー103−

(6)

る事柄や事実といえよう。 Solveは、情報の扱いに関する様態のほかに、(彰侵害行為を挙 げる。これは、個人の情報の扱いを介さないかたちでの、個人的 な事柄への侵害である。SoIveは、「private affair」と表現してい るが、個人の事柄がなにを示すかは極めて曖昧である。「affair」 は、突発的な出来事のみならず、日常的な出来事も意味するもので

ある。侵害行為とは、個人の生活の平穏や、単独性を妨害する行為

(intrusion)と、個人的な出来事に関するさまざまな決定を妨害す る行為(decisionalinterference)である。

これらの行為は、一見すれば異なったものである。しかし、たと

えば、盗撮写真の無断公開など、実際には、ひとつの問題におい

て、複数の行為が混在することになる。複数の行為の混在は、プラ

イバシー侵害様態を複雑にする一因である。このような様態の個 別化は、プライバシー侵害における侵害行為を明確にすることとな り、一定の有用性をもつといえよう。

SoIveは、「perSOnalinformationJ「person’sinformation」と

いうようなかたちで、情報を重視する。しかし、なにが個人に関 する情報あるいは個人的な情報であるかについて、明言していな い。同様に、④における「privateaffair」についても、「無数の事 例(numerousinstances)」があるとするのみである。結局のとこ ろ、具体的な争いごとに判断せざるを得ないということになるとい えるのかもしれない。 ・結婚におけるSolveの分類 婚姻における、プライバシーが関係するいくつかの問題を、 Solveの分類に適用すると、以下のようになると想定できる。 まず、①情報の収集については、夫婦生活の撮影、録音行為があ る。ここには、収集行為の様態、収集者をめぐる問題がある。さら に、その収集目的については、(勤惰報の拡散とも関係する問題であ ろう。 −104−

(7)

結婚したという情報の収集という意味では、婚姻の届出、および 戸籍への記載も収集ということができよう。この収集は、盗撮など と異なり、婚姻する当事者が法制度を根拠とし、自発的あるいは強 制的に行うものである。自発的な事柄について、プライバシー侵害 を訴えることはないとすれば、届け出はプライバシー侵害とはなら ないということになる。 届出をめぐる問題は、(む情報の加工において生じる可能性があ

る。すなわち、婚姻の事実が記載された戸籍の扱いである。また、

収集された婚姻に関する情報の二次的利用は、戸籍のみならず、収 集された婚姻生活情報においても生じうる。 情報の収集や加工は、多くの場合、その公開へと発展する・。すな わち、③情報の拡散には、婚姻生活の公表に関する問題が生じる。し かし、婚姻生活は、夫婦間に問題がない場合、公開されても当事者の 評価が低下することや、何らかの不利益が生じるよりも、むしろ好意 的に受け止められるものである。好意的な情報であっても、(むや②に 該当する場合は、プライバシー侵害となりうるのであろうか。

このことは、婚姻という事実の公表についてもいえよう。婚姻

は、個人にとって、私生活の一部ではあるが、慶事である。さら に、法的身分が変わることなどから、強制的に報告(公表)をしな

ければならない場合がある。はたして、婚姻という事実は、プライ

バシー といえるのであろうか。これは、個人の評価を低下させない ような事柄や、他者から好意的に受け止められる事柄の公開におい て、不利益が生じうるのであろうか、という問題となる。 婚姻は、当事者の婚姻意思の合敦と婚姻の届け出という実質要 件と形式要件が充足されなければ成立しない4。婚姻に関する事柄

は、個人的な事柄であり、その決定から離婚に至るまで、当事者が

自由に決定できるものである5。また、婚姻生活において、夫婦が

4 有地亨一新版家族法概論補訂版』(法律文化社・2007年)75頁以下。 −105一

(8)

どのような生活をするかといったライフプランについても、当事者

が決めるものであり、他者の介入を要さないものであろう。さら

に、夫婦を一個人あるいは、家族を個人の集合体と考えれば、その

生活への干渉あるいは、妨害は、家族のプライバシーを害するとい うことにもなるであろう。 ④侵害行為と婚姻を考えれば、上述したような問題が全て包含さ れるといえよう。たとえば、婚姻意思や離婚意思の妨害は、deci− sionalinterferenceになりうるであろう。また、夫婦がどのような 生活をするかについての選択の妨害も同様である。他方、家庭内へ の介入あるいは、家庭生活の干渉は、私生活の平穏を害するという 意味のintrusionとなるであろう。 結婚から生じるプライバシーを、Solveをもとにみたが、これは

3つの問題に大別されることができる。すなわち、①情報としての

婚姻をめぐる問題、②婚姻と私生活の侵害、③婚姻と自己決定、で

ある。本稿では①情報としての婚姻をめぐる問題について検討を進 めたい6。 (も情報としての結婚 結婚という情報にはふたつの性質がある。それは、結婚したとい う事実という情報と、結婚生活それ自体に関する情報(事柄)であ る。前者は、いわば法律上の身分の変更があったことを示すもので

ある。その意味では、公的なものであり、時として個人が予期せず

とも、公表される可能性のあるものである。後者は、夫婦生活とい

う、私生活の公表である。 結婚は慶事であることを前提とし、結婚という情報の性質を考え れば、公表することは、当事者に何らの不利益を及ぼさないという 5 山田卓生「私事と自己決定」(日本評論社・1987年)67頁。 6 婚姻とプライバシーの関係を検討するうえで、とくに②婚姻と私生活について は、FamilyPrivacyについて検討する必要がある。 −106−

(9)

こともできよう。他方、結婚は、あくまでも私生活であるという視

点からみれば、結婚に関する情報は、個人において秘匿したい事

柄、あるいは、公表により不利益が生じうるものということもでき

よう。はたして、制度上公開が許されている事柄や、一般に当事者

の社会的評価を低下させないような事実の公表が、当事者に不利益 を生じさせることとなるか。

結婚した、あるいはこれから結婚する、婚約したという事実の

公表が行われる方法はいくつか考えられる。ここでは、婚姻の当

事者自身によるものを中心に考察する。教会婚における婚姻予告 (banns)と、とくにアメリカにおいて日常的に行われる、新聞紙

上のWedding Announcementは、その意義や目的は異なるが、婚

姻当事者自らが公表するものである。他方、わが国の戸籍は、婚姻

すれば、そのことが記載される。戸籍は、制限はあるが、戸籍公表 の原則に立つ以上は、当事者自らが公表をしなくとも、公表されて いる状態となる。 これら3つの方法による婚姻の公表は、個人の不利益となりうる のであろうか。それぞれの機能や性質から検討する。

2:戸籍と公表

(カ戸籍の機能 わが国では、婚姻意思のある当事者あるいは代理人などの関係者 が、婚姻を届け出ることにより婚姻が成立する、届出婚主義を採用

している。届出婚の目的は、当事者の意思確認、婚姻障害事由の不

存在の確認、婚姻関係の公示による個人の家族関係の明確化などに

あるとされる7。すなわち婚姻をするうえで、ある一定の範囲にお

いて、たとえば戸籍などにより、公表は強制されることになる。 7 二宮周平r家族法第3版j(新世社・1999年)㍊頁。 −107−

(10)

戸籍の目的機能は、出生から死亡までの個人の身分関係を公に記 録し、かつ、その身分関係を公に証明することである8。身分関係

の証明は、国民の社会、経済生活において必要とされる。戸籍を一

般に公開し、利用可能にすることの意義はこの点にある㌔戸籍に

記載される情報により、個人の年齢、氏名、出生および死亡年月日

とその場所、婚姻解消、終了、縁組になどに関する身分行為、未成 年者の親権者や後見人、親権喪失などが明確になる10。

戸籍により、離婚に伴う、女性の待婚機関の有無、婚姻適齢の可

否(生年月日の記載による)などが明確になる1l。これにより、当 事者の婚姻資格の有無を判断することとなり、戸籍公開の効果が表 れる。平成11年に制限行為能力者制度が全面改正する以前において は、戸籍上、行為能力の有無(禁治産者、準禁治産者)が記載され

ていた。そのため、行為能力の有無についても、戸籍から判断が可

能であった12。 行為能力の有無のみならず、戸籍記載事項は、きわめて個人的な 事柄であるため、しばしばプライバシーとの衝突が生じる。戸籍は 国民に広く公開されるものであり、他者の戸籍であっても、容易に

入手できる。他方、これは無制限の公開を意味するものではない。

すでに明治31年の戸籍法では、213条の反対解釈として13、「正当 8 加藤令造・岡垣学補訂r新版戸籍法逐条解説改訂二版」(日本加除出版・1981年)1頁。 9 木村三男「戸籍公開制度の改正と運用上の諸問題」戸籍法50周年記念論文集編 纂委員会編「原稿戸籍制度五○年の歩みと展望』(日本加除出版・1999年)312頁。 10 二宮周平「個人情報と戸籍公開原則の検討」立命館法学304号239(2561)頁 (2005年)。 11前掲証9木村315−316頁。 12 山川一陽「戸籍制度の特色と個人情報」r21世紀の家族と法 小野幸二教授古 希記念論集J(法学昏院・2007年)37頁。現在、行為能力の有無は、制限行為能 力者制度(2004年)のもと、成年後見登記簿によるものとなっている。 13 明治31年戸籍法213粂「戸籍吏ハ左ノ場合二於イテハ十園以下ノ過料二虞セル 一 正当ノ理由ナクシテ身分登記簿又ハ戸籍簿ノ閲覧ヲ拒ミタルトキ ニ 正 当ノ理由ナクシテ身分登記又ハ戸籍ノ謄本若クハ抄本ヲ交付セス又ハ身分若クハ 戸籍二関スル届出又ハ申請ノ受理ノ証明昏ヲ交付セサルトキ」 一108−

(11)

ノ理由」があるときに、戸籍の公開を拒否できるものと解されてい た14。このような制限は、昭和51年の同法改正で明確に示され、現 行法も、10条および10条2において、交付の制限をする。

交付の制限は、いいかえれば、公表の制限ということになる。し

かし交付が制限されたとしても、何らかのかたちで他者が目にする

ことがある。仮に第三者が、ある個人の婚姻という事実を、戸籍に

より知ったとしても、多くの場合、それのみでは問題は生じにくい と考えられる。 他方、戸籍保持者本人の承諾なく戸籍および住民票を取得したこ とにつき、本人がプライバシー侵害を訴えた事件がある15。 被告の行政書士は、原告の依頼なく、原告の住民票および戸籍謄 本を入手した。被告は、入手理由を職務上の理由と主張するのみで あった。原告は、正当理由なく戸籍謄本などを取得されたことによ り、「個人の戸籍等の記載内容に関しては本人に無断で他人に知ら れないというプライバシー」を侵害し、精神的損害を被ったと主張 した。 判決は、正当な理由のない戸籍取得などにより、他者の情報を取 得することは、「静穏な生活を害するものとして不法行為を構成す

る」とした。そして、被告の戸籍取得申請が、虚偽の使用目的の記

載によるものであったことなどを考慮し、損害賠償の支払いを命じ た。 判決はプライバシーという語を使用せず、「平静な生活」の侵害

と述べている。いいかえれば、不当な方法により、個人の情報を入

手した行為自体が、原告の「平静な生活」を害したと判断したこと

になる。すなわち、戸籍に記載された内容ではなく、行為自体の違

法性を評価したものである。このことを考慮すれば、入手のみでも 14 前掲註9木村317頁。 15 東京地判平成8年11月18日(判時1607号80頁)。判例評釈として澤田省三 戸籍 670号25−30貢(19g8年)、月田守判評471号198∼203頁(1998年)。 ー109−

(12)

プライバシー侵害が成り立ちうるということになる。

一方で、いわゆる、早稲田大学講演会名簿提出事件では、氏名、

学籍番号、住所などの記載された、講演会参加者名簿の第三者(警

察)への開示は、「私生活上の平穏が具体的に侵害された形跡は何 らうかがわれない」としている16。これは、名簿に記載された情報 が、「思想信条(中略)家族関係等のプライバシー情報と比較すれ ば、他人に知られたくないと感ずる度合いの低いもの」であること が根拠となっている。 早稲田大学事件では、第三者への開示が、プライバシー侵害とな るのではなく、開示されたくないという個人の「期待は保護される べきもの」としている。前述の東京地裁の判決は、早稲田事件以前 の判決であるが、戸籍は、まさに「家族関係」が記載されているも

のである。この点を考慮すれば、期待の保護を考えずとも、「他人

に知られたくない」記載内容があること自体で、プライバシー侵害 となりうるのかもしれない。 家族に関する情報が、他人に知られたくない情報となるならば、 はたして、婚姻という事実はどのように位置づけられるべきか。前

述の、東京地裁の判決を考慮すれば、婚姻という事実自体も、「静

穏な生活を害する」と評価されうるかもしれない。しかし、婚姻し ているという事実は、法的身分を確定するうえで必要な情報であ

る。家族に関する情報は、すべてプライバシーというのは、少々乱

暴なように思える。 戸籍をめぐるプライバシーの問題は、当該個人の自身あるいは配 偶者に関する、さまざまな情報が公開されることにあるのではない

だろうか。そして、このことがプライバシーをめぐる問題となる。

これは、公表方法をめぐる問題のみならず、そこに記載された情報 の内容や性質をめぐる問題ということになるのではないだろうか。 16 最判平成15年9月12日(判時1873号3頁)。 −110−

(13)

④戸籍記載事項とプライバシー 本来個人は、知られたくないこと、秘匿したい情報は公にせずに

いられる。しかし、戸籍の場合、そのような主観的評価を介さず、

制度として、情報の記載が余儀なくされる。このことが、戸籍に記

載された事柄により、個人に不利益が生ずることにつながることと なる。 戸籍記載事項につき、古くから議論されることに、非嫡出子の記 載と被差別部落をめぐる問題がある17。 わが国の戸籍制度では、親子関係は明確にすることが義務付けら れている18。親子関係の確定は、法的身分の確定とみることもでき

る。戸籍による親子関係の明示は、血縁関係の確立を意味するも

のではなく、個人あるいは当事者(親子)間の社会的、法的地位 を明示する役割を果たすものである19。戸籍には、父母(あるいは 母)の氏名が記載されることにより、親子ともに、双方の存在が明 示されることとなる。嫡出子の場合、戸籍に記載されるのは父母で

ある。他方、非嫡出子の場合、戸籍に記載されるのは母の氏名であ

り、子は母の戸籍に入籍することとなる。

他方、欧米諸国では、出生証書の作成により、出生した子の存在

を明確にする。子は母の戸籍などに入籍するものではない。さら

に、出生証明に記載する両親(あるいは母)の氏名は、単に「出生 証書に記載されるにすぎない」。出生証書を前提とし、子の法的地

位、親子関係が確立することになる。これは、わが国と同様の構成

といえよう20。 いずれも、子の法的地位を確定するものであることに変わりはな 17 被差別部落と戸籍記載をめぐる問題につき、前掲註10。 18 戸籍法17粂およぴ18粂。 19 前掲註4120頁。 20 水野紀子「戸籍制度」ジュリ1000号166頁(1992年)。 一111−

(14)

いが、大きな違いは、その記載方法あるいは内容である。わが国の

場合、父母、あるいは母の氏名が必要となる。このことのみで、子 が、どのような境遇のもとに出生したかが推知できることとなる。 さらに、平成16年以前においては、嫡出子は、出生の順に「長男」 「長女」などと記載されていたのに対し、非嫡出子は単に「男」

「女」と記載されていた。このように、いわば露骨に、両者を区別

することにより、非嫡出子において、さまざまな不利益が生じるこ ととなった21。 東京高判平成17年3月24日では、非嫡出子の原告が、戸籍の続柄 欄に「女」と記載されたことにつき、嫡出子との区別をやめること (区別記載の差止)および、損害賠償を請求した22。

原告は、非嫡出子の現状につき、「社会において就学、就職及び

結婚等において非常に不利益な取扱いを受けている」ことから、戸 籍上の「女」という記載は、「公開を欲しない事柄」であるとし

た。そして、戸籍謄本が他者に開示された場合、プライバシー侵害

となり、「不合理な差別を受け、著しい精神的苦痛」を被ると主張

した。ここにいう他者への開示とは、公的手続のため、原告が自発

的に行う開示のみならず、戸籍の「不正取得」も含んでいる。 一審は、戸籍制度について「プライバシーに属する事柄を戸籍に 記載せざるを得ない」が、記載には「プライバシーの侵害が必要最 小限になるような方法」を選択すべき旨を述べた。そして、「女」 という記載は、「非嫡出子であることが強調される」ものであり、 プライバシーを害するとした。

二審は、民法が、嫡出子か非嫡出子かにより、「親族又は相続上

21前掲註12 45頁。 22 判時1899号101−104頁。一審東京地判平成16年3月2日(訟務月報51巻3号549 頁)。判例評釈として、二宮周平 戸籍時報568号25∼35頁(2004年)、L山門由美 民月61巻3号37∼58頁(2006年)、佐藤寛稔「戸籍制度とプライバシー」東北学院 法学66号190(1)∼179(12)頁(2007年)ほか。 一112−

(15)

の権利義務関係を設けて」いるとし、「民法が相続において嫡出子 と非嫡出子を区別している以上、これを戸籍上区別する必要がある ことは否定できない」と述べた。このことから、戸籍上の記載につ いて「不必要かつ不相当な記載とは到底いえないのであって」プラ イバシー侵害とならないとした。 本事件の原告が主張するように、戸籍上の記載事項は、ときとし て個人に不都合に働く可能性がある。このことは古くから危供され ている。そして、これは、わが国における、「不合理な差別」とも 関連するところである23。本稿の趣旨とは若干離れるため、ここで

は触れない。しかし、戸籍の記載事項は、事柄によっては秘匿性の

高い情報である。このことは、戸籍の公開が制限されることからも 理解できよう。では、なぜそのような情報を記載する必要があるの か。そして、とくに秘匿性の高い内容について公開することの意義 はどこにあるか、今後検討の必要がある。

戸籍上、婚姻に関する記載がなされれば、同時に、配偶者の戸籍

記載事項も表示されることになる。婚姻により、戸籍がいわば一体 化することで、個人に関する情報量が増えることになる。単なる婚 姻の公示がもたらす情報は、さらに複雑化するといえよう。婚姻の

公表を、戸籍の観点から見れば、戸籍記載事項という、婚姻の背景

にある情報から、個人に不利益がもたらされる可能性は十分にある といえよう。 しかし、それでもなお、単に婚姻という情報を公開することによ

り、個人に不利益は生ずるのであろうか。いいかえれば、婚姻を公

表することの有益性はどこにあるのであろうか。 23 たとえば大阪地判昭和弱年3月訪日(判時10別号99頁)。 −113−

(16)

3:教会婚における婚姻告知(banns)

わが国の婚姻は、法律婚(届出婚)主義を採用しているのが、イ ギリスにおいては、法律婚(民事婚)のほか、教会婚(宗教婚)が 行われる。教会婚と法律婚の大きな違いは、結婚の手続および予備 的行為が行われる場所と、その方法である。法律婚と教会婚の制度 は、現在まで維持されており、当事者はいずれかを選択できる24。

教会婚の始まりは、1753年のLord Hardwicke’s Marriage Actに

遡る。それまでのイギリスでは、フランスなどと同様に、当事者が

内密かつ非公式な、単に婚姻意思の合意のみによる婚姻であった。 この方式は、婚姻は契約であるという前提から成り立つ、COmmOn lawmarriageであった25。

commonlaw marriageは、いわば内密の当事者合意で可能であ

った。一方で、イギリスの婚姻法は、婚姻禁止事項も設けていた。

とくに、近親婚に関しては、13世紀噴から、複数回の改正(re−

form)をしながらも、婚姻禁止事項(TheProhibitedDegreesof

Marriage)として定められていた26。

LordHardwicke’sMarriageActは、このような合意のみによる

婚姻の成立を根本から覆すものであった。すなわち、婚姻の成立に

おいて、英国国数会における挙式を要件としたのである。これは、

王室、クエーカー教徒、ユダヤ教徒以外すべての者に、強制的に適

用された27。 この点をみれば、婚姻は、極めて宗教的な行為あるいは儀式とみ

ることもできる。しかし、教会の結婚式に対する関与は、そのほと

24 戒能民江「イギリスの家族法」黒木三郎監r世界の家族法J(敏文堂・1991 年)3頁。

25 L.Friedman,PRIVATE LIVES Fami1ies,Individuals,and the Law、Harvard UniversityPress.2004,18−19.

26 S.Wolfram.IN∼LAWSandOUTLAWS.CroomHelm.1987.21T26, 27 前掲註24。

(17)

んどを、教会の外に放置しようという意図があり、積極的な関与は なかったようである28。しかし、社会事情の変化とともに、法制度 が発展するにつれて、内縁関係の禁止や遺産相続、嫡出確認の問題

に絡み、婚姻に関する記録の必然性が高まった。その結果、法的制

度としての婚姻に、教会が関与することになったようであるか。

Lord Hardwicke’sMarriage Actの最大の目的は、「内密に行わ

れる結婚の防止」にあったといわれる30。これによる婚姻の方法は 3通りあるが、最も主要な方法はbanns(婚姻予告)の公表を通じ た婚姻である31。 bannsは、「婚姻に先立つおおやけへの告知」である32。婚姻

を希望する当事者は、英国国教会の教会内、もしくは他の礼拝堂

(PublicChapel)において、婚姻前の3カ月間にある日曜日のうち いずれかにおいて、3回にわたり、婚姻をすることを公表する33。 婚姻予告に異議がある者は、その旨を申し出ることができる。婚姻

希望者は、攻昏姻予告を経て、英国国教会において、2人以上の信頼

できる立会人(credible Witness)のもと、聖職者により挙式が行 われる。これらの行為により、婚姻が成立することとなる。 イギリスにおいてbannsを行う理由は、前述の「内密に行われる 婚姻の防止」である34。さらにbannsを行うことにより、近親婚や

重婚、同性婚、婚姻年齢の確認など、婚姻障害の有無が明確になる

28J.F.ホワイト.越川弘英訳【キリスト教の礼拝J(日本基督教団出版局・2000 年)397頁。 29 前掲註28 399頁。 30id25 Friedman, 31このほか、普通許可状の付与による婚姻と、大主教による特別許可状の付与に よる方法があるが、いずれもbannsの公表を必要としない。前掲註24。 32 前掲証28 401頁 33 英国国教会ホpムページ http://www.yourchurchwedding.org/youre− welcome/1egal−aSpeCtS,Of−marriage.aspx(2012年1月23E[確認) 封 前掲註胡 ホームページ上は、「誰でもその結婚が、合法的ではないという理 由を提示する機会」を与えるものとしている。 一115−

(18)

効果があった。婚姻障害の確認という効果のみならず、婚姻するこ とを公表することにより、婚姻後の不義や密通の防止も意図してい た㌔ 婚姻することを公表することにより、婚姻に伴い生じうる弊害を あらかじめ排除することになる。これは、個人に発生し得る不利益 の事前回避ということもできよう。民事婚では、bannsのような公

表行為は不要である。しかし、婚姻希望者は、居住地区の登録所長

に対し、婚姻を希望することを通知し、自ら婚姻障害がない旨を宣 言しなければならない36。いずれにおいても、不利益の事前回避を 図っていることは理解できよう。 bannsにおいて婚姻希望者が公表するのは、単に結婚をするこ と、その氏名などであり、個人にとって秘匿性の高いと思われるよ うな情報は公開しない。bannsの性質上、婚姻希望者の秘匿性の高 い情報は、むしろ、予告を聞いた教会関係者によってもたらされる

ものであろう。しかし、その場合、関係者によりもたらされる情報

は、「婚梱が合法的ではない」ことの根拠として示されるものに限 られるのではなかろうか。 教会婚における、婚姻の公表は、違法な行為の回避の役割を果た

すことになる。これにより、当事者の不利益を回避し、当事者の意

思による婚姻が成立することになる。婚姻が私的な事柄であること を考慮すれば、bannsは、私的な事柄の公開となるであろう。しか

し、これは婚姻成立のための要件である。法的身分の確保、あるい

は確立のために、公表することは必要となるであろう。その意味で は、個人の知られたくないという感情は、一定の制限を受けること 35 実際に、1847年、婚姻予告(banns)中に、夫となる予定であった者に、生存 中の妻がいることが判明したことで、婚姻が阻止された。id26Wolframl16. 36 前掲註24。 −116−

(19)

となる。

4:新聞紙上の婚姻公表(WeddingAnnouncement)

①WeddingAnnoun⊂ement

イギリスにおいて教会婚が展開した一方で、アメリカに移住し たイギリス人の問では、教会婚は浸透しなかった。これは、Lord

Hardwicke’s Marriage Actが、海外に住む者に適用しなかった

ためである。そして、独立宣言後、各州において、COmmOnlaw

marriageが有効かつ合法な婚姻と認識されるようになっt37。 他方、アメリカにおいて、婚姻の予告や報告の公表は習慣化して

いる。たとえば、友人に婚姻を知らせるカードを送るなどという

方法もあるが、最もよく行われるのは、新聞紙上のWedding An− nouncementなどという欄で、公表することである。

Wedding Announcementは、Obituary(死亡記事)と同様に、

掲載希望者が料金を支払い、新聞社に記事を掲載してもらう。料金 は、新聞社や、記事の大きさ内容により異なるが、たとえばNew York Timesの場合、約20ドルの掲載料がかかる38。記事は、「婚

約」「結婚」がある。ここには、挙式日時や場所、友人などに向け

た簡単なメッセージのほか、婚姻者(あるいは予定者)の身元に関

する情報も掲載する。身元に関する情報とは、生年月日や職業、と

くに両親などの家族の氏名、出身地などである。また、婚姻後の居

住地や、出身学校を掲載するものある。ほとんどの記事は、文章の

みならず、二人の写真も掲載する。

New York Timesは、19世紀の終わりころにはすでにWedding

Announcementの掲載を始めていた。これが瞬く間に、他の大手新

37id25 Freidman19.

38 NewYorkTimes WeddingAnnouncementhttpノ/www.nytimes.com/pages/ fashion/weddings/index.html(2012年1月罰旧確認)

(20)

聞に広がっが9。そして現在では、ホームページ上にも掲載をして

いる40。 掲載が開始され、他社でも掲載され始めた頃から、WeddingAn−

nouncementは、それ自体で、社会的地位(socialstatus)を確立す

る方法と認識されるようになった。これは、アメリカの社会におけ る婚姻の位置づけと関連する。すなわち婚姻とは、家族関係の社会 的位置づけに関する重要な表示である、という考え方である。

そして現在Wedding Announcementは、上流階級の人口統計を

反映する役割を果たすともいわれる。そのため、現代の社会そして 婚姻の新たな位置づけの確認に貢献することがある。このような

Wedding Announcementに対する考え方の変化は、WeddingAn−

nouncementの性質を、単なる告知から、社会的に価値をもったさ まざまな個人の事柄を含んだ、ニュース、あるいは情報というもの に変化させることとなった41。 新聞による、婚姻の公表は、いわば、アメリカ版のbannsという ことになる。しかしbannsは婚姻成立要件であり、婚姻を承認、阻

止する機能が備わっている。Wedding Announcementは、このよ

うな機能を有していない。 一方で、このような告知や結婚式は、家族や友人あるいは当事者

が所属するさまざまなコミュニティに対し、行われる。そのため、

告知や結婚式をすること自体で、他者に向けて、婚姻とそれに伴う 双方の義務や責任を果たす旨を宣誓する役割があると考えることも できる42。

しかし、Wedding Announcementは、婚姻成立のための法的要

39 A.Tait,POLYGAMY,PUBLICITY.AND LOCALITY:TIiE PLACE OF THEPUBLICINMARRIAGEPRACTICE,Mich.St.L.Rev(2011)186

40 id38 41id39Tait.

42 Elizabeth S.Scott,SocialNorms and LegalRegulation of Marriage,86 VA.L.Rev.1901(2000).

(21)

件ではない。単に、婚姻を報告したい者が、費用をねん出し、婚姻

を公表するものである。つまり、掲載されること自体が、当事者に

とってはいわば名誉なこと、ということになる。また、自らの希望

により掲載されるものであるということから、自己の私生活を率先 して公開しているということになる。このような場合、個人のプラ イバシ⊥の保護は、通常より制限されることとなるのであろうか。

他方、当事者が料金を支払い、掲載を依頼しているにもかかわら

ず、それが拒否されることがある。公表の拒否により、個人は不利

益を被るのであろうか。

④同性婚のWeddingAnnoun⊂ement

長年、一般人の慶事を報告するため、あるいは家族関係を報告す

るために利用されてきたWeddingAnnouncementの役割が、1990

年代から再考察しなければない状況になった。これは、同性婚ある いは同性カップルの掲載をめぐる問題がその一因にある。 1994年、ルイジアナ州ニューオリンズの地方紙Times−Picayune において、レズビアンカップルが、カップルとなることの宣言

(commitmentceremony)をすることの告知をすることを拒否さ

れた。Wedding Announcementを担当する、生活面の担当者は、

Times−Picayune紙は「このような(レズビアンによるcommitment

ceremony)を掲載するようなガイドラインがない」とした。さら に「現段階において、このような情報の告知は、Picayuneの興味 のあるものではない」として、掲載を拒否した43。 1996年、オレゴン州ポートランドにおいて、同様の問題が発生し

た。The Oregonian紙は、Wedding Announcementの掲載を希望

43J.Donovan,SAME−SEXUNION ANNOUNCEMENTS:PRECISONNOTSO PICAYUNEMATTER.49Loy.LRev.171(2003)。ただし、同性鰍こは多くの問

題もある。同性始については、次塙invasionにおいて検討するため、その際に再 び放れたい。

(22)

した同性カップルに対し、「辞典上のweddingあるいはmarriageの

意味に則したもの」をWeddingAnnouncementとして掲載する、

として掲載を拒否した44。州地裁は、WeddingAnnouncementの紙

面は、「報道面(news space)」という要素があることをほのめ かした。そして、判例上、報道面が、公衆の便宜(public accom− modation)と扱われたことはない、と述べた。それは、婚姻が、 公衆の便宜として公表する側面と報道性という、両側面を待つため であり、どちらの側面を選ぼうと、それは合理的かつ道義的である とした。そのうえで、TheOregonian紙による行為を否定した。そ して、TheOregonian紙は、同性婚につき、掲載料を徴収したうえ で掲載することに同意した。 このように、新聞において、同性婚の告知を拒否した理由の背景 には、当時の同性婚あるいは同性カップルに関する報道姿勢が影響 している。アメリカの社会において、セクシュアルマイノリティに

関する報道は、どちらかというと、タブー視されるものであった。

新聞社は、1990年代に至るまで、このような事柄に関する報道を避 ける傾向にあった45。 しかし、同性婚の法制度の確立や、セクシュアルマイノリティへ の社会的注目の高まりなどにより、報道する機会が増加せざるを得

なくなった。その結果、同性カップルによるWedding Announce−

mentへの掲載希望についても判断を迫られる結果となった。この

ような流れのなか、NewYorkTimesは、2002年ころから、同性婚

カップルについても、掲載を開始した46。現在では、インターネッ

トのホームページ上のWeddingAnnouncementにおいても、男女

44 Linebarierv.OregonianPubrgCo..No.96C875554.DistCt,Multnomah,Ore・ Aug.5,1996.

45J,Donovan.SAME−SEX UNION ANNOUNCEMENT:WHETHER NEWSPAPER MUST PUBLISH THEM.AND WHY WE SHOULD CARE,68 Brook.L.Rev,721(2003).

46id43Donovan.

(23)

のカップルと同様に、同性カップルを掲載している。

WeddingAnnouncementは、それ自体は、当事者による私生活の公

表である。情報を提供する側が、私生活の公表を意図している限り、 そこに公表による不利益は生じないと考えるべきであろう。掲載に際 し、掲載料が発生するのであれば、それは尚更のことである。公表を 拒否するのは、情報提供者の不利益を考慮したものではない。 すなわち、公表拒否による不利益は、情報公開により生じる不利

益というよりは、むしろ、私生活、あるいはライフスタイルを否定

されたことによる不利益ということができよう。同性婚の公表は、 SoIveによるところの、informationの公表のプライバシーと、inva− sionと分類されるプライバシーの両面の問題を包含するといえよう。 (奉告知と報道

The Oregonian紙の事件において州地裁でも述べるように、

WeddingAnnouncementは、単なる告知ではある。他方で、告知

自体が、一種のニュース性を帯びてしまうことがある。教会婚にお けるbannsの場合、すべては教会のなかで行われる行為である。そ

のため、婚姻の事実を知る者は限定されることとなる。他方、新聞

の場合、認知される範囲は広範である。 また新開の場合、婚姻当事者が有名人であったり、新聞社側にお いて、興味深いような婚姻は、取材されることがある。つまり、婚

姻の様態によっては、単なる告知から、新たな情報を付加した報

道へと、かたちが変わることがある。婚姻に関する新聞報道は、

WeddingAnnouncementが始まる以前から、行われていた。

たとえば、プライバシーの定義を初めて明確にした、TheRight

toprivacy47の著者のひとりである、SamuelD.Warrenの結婚式の

模様は、1883年に、NewYorkTimesやTheWashingtonPost紙上

47 SamuelD.Warren=Louis D.Brandeis.The Right to Privacy.4HARV. L.Rev.193.196(1890).

(24)

で大々的に報道された。記事には、結婚式の様子のほか、Warren の妻となったM.Bayardの結婚衣装、式参加者の名前などが詳細に

書かれていた。さらにWashingtonPostは、式の様子を、より詳細

かつセンセーショナルに報道した。記事は単に好意的な内容のみな らず、批判あるいは椰捻ともとれるような内容も含んだものであっ た。 このような報道がされた一因は、Bayardの父親が、大統領選挙 候補者にも選出されたことのある国会議員であったことにあるとい

われる48。TheRightofPrivacyにおいて、Warrenは、自身の婚姻

に関する報道には触れていない。しかし、一連の報道が、プライバ

シーの理論を構成するための一助となっていたようである49。

近年、WeddingAnnouncementの掲載を希望した者の結婚式の

様子が、後日取材され、新聞記事となることがある50。この場合、

婚姻の告知は、単なる告知ではなくなる。記者により記事が作ら

れ、掲載されることにより、当事者が意図しない情報や、公表を望

まないような内容が掲載される可能性がある。 仮にそのようなことになれば、これは、私生活の公表ということ になりうるであろう。私生活の公表は、一般にプライバシー侵害を

構成しやすい。他方、好意的な私生活の公表の場合、その多くは公

表されても構わない、あるいは秘匿性の低い情報と考えられる。プ ライバシー侵害は、伝統的に公表されたくない情報の公開を前提と

する。婚姻は、一般的に好意的な情報であるとするならば、結婚式

の様子を報道することによる不利益は少ないかもしれない。しか し、私生活に関する好意的な情報であれば、すべて公開が許される

48 Amy Gajda.WhatIf SamuelD.Warren Hadn’t Married a Senator sDaughter?:Uncoverlngthe PressCoverage ThatLed to“The Rightto

Privacy”,35Mich.St.L.Rev(2008).

49 AmyGajda,RethinkingtheOriginsofTheRighttoPrivacyWithoutWarren

and Brandeis.

50id Donovan45.

(25)

か、あるいは、カップルにおいて不利益は生じないのであろうか。

問題は、どのように書かれたか、ということではないだろうか。

たとえば、小説におけるプライバシー侵害において、その表現方法 とプライバシーをめぐる問題がある51。前述のWarrenの婚姻のよ

うに、センセーショナルな書き方をされれば、当事者において、不

快感を持つことになるであろう。 他方、もともと情報を提供したのは、結婚式をする本人というこ とを考慮すれば、取材を承諾した以上、ある程度は受忍しなければ

ならないと考えることもできる。しかし、取材を承諾した側は、悪

く書かれないこと、あるいは提供した情報が悪用されないことを期 待するものである。このような期待を裏切るとき、プライバシー侵 害は成立し得るであろう。

つまり、単にWedding Announcementというのみでは、公表に

よる不利益は当事者には生じないということである。告知の背景に あるさまざまな情報が公表されるとき初めて、公表者に不利益が生

じうることになるであろう。一方で、同性婚のように、社会的背景

から、行為自体に批判的な意見があるような場合、公表者は、何ら

かのかたちで不利益を被る可能性はある。しかしこれは、公表によ る直接的な不利益とは、異なるものであろう52。

New York TimesのWedding Announcementに誤った情報が掲

載された場合、同社は、当事者の依頼があるときに、情報の修正等

をおこなう。その際、訂正は、NewYorkTimesが、告知内容を精

51′ト説とプライバシーをめぐる表現の問題について、五十嵐清「フィクション によるプライバシーの侵害」「現代民事法学の理論(下巻)』264頁、山田卓 生・上机美穂「モデル′ト説におけるプライバシーと名誉」日本法学71巻4号87 (1i83〉 頁以下。 52 アメリカにおいて、同性輯カップルの子について、両親が同性カップルである ことを理由に、通学していた私立のカトリックスクールを強制退学させられるよ うな問題がある。このような状況は、婚姻公表が直接不利益を及ぼしたというよ りも、背勧こある同性始をめぐる開題による不利益と考えるべきであろう。 ー123−

(26)

査したうえで、修正を行うことになっている53。修正が、告知者本 人によるものであること、告知には掲載料の支払いを必要とするこ

となどを考慮すれば、Wedding Announcementは、やはり、あく

までも私生活の公表を望む者による、自発的な情報発信である。 自発的な私的事柄の公表は、その行為自体で、個人のプライバシ

ーを制限することになる。WeddingAnnouncementは、法律上あ

るいは宗教上など、何らかの強制力によって行われるものではな

い。また、どのような情報を掲載するかを自ら選別できる。このよ

うな情報の公開については、公開そのものによる不利益が生じるこ とはほとんどないのではなかろうか。 おわりに∼結婚は私的な事柄か? 結婚の公表には、いくつかの方法があり、それぞれ昌的は異なっ ている。すなわち、bannsのように婚姻をするために必要な要件と しての公表、戸籍のように法的地位の明確化のための公表、そして

WeddingAnnouncementのような自発的な公表である。

いずれも、結婚という事実と、家族構成が変化するということを 示す役割をはたしているものである。結婚や家族構成は、私的な事

柄である。しかし、単に公表するという行為のみでは、当事者に不

利益は生じない。すなわち、公表のみではプライバシー侵害とはな り得ないであろう。問題は、公表された情報の使われ方に集約され るのではないだろうか。 他方、未既婚を尋ねること自体が、尋ねられた者に不利益が生じ るという考え方もある。これは、とくにセクシュアルハラスメント における問題である。セクシャルハラスメントは一般に、「相手方 の意に反する不快な性的言動」とされる54。人事院規定では、性的 53 id38 一124−

(27)

言動について、性的欲求や関心に基づく言動のほか、性的差別意

識、優越意識に基づく言動も含むとしている55。 相手方において、未既婚を尋ねられることが、性的意識に基づく ととられることがある場合、これがセクシュアルハラスメントとい

うことになる。この考え方からは、相手方にとって、未既婚は知ら

れたくない事柄ということになる。 しかし、仮に知られることで、なにか損害が生じうるのであろう か。問題は、それを知った者の、情報の扱い方や、あるいはそのよ うなことを知ろうとする者の行動にあるのではないだろうか。この 点を考慮すれば、公表自体が何らかの不利益を生じさせるとはいい 難い。

たとえば戸籍の場合、婚姻すれば、その事実が記載され、公表さ

れることとなる。戸籍に情報を掲載したくなければ、戸籍自体を作

成しない、婚梱届出をしないという方法も考えられる。しかし、わ

が国では婚姻が成立したことにはならない。これは、戸籍制度その ものの問題とも関連するであろう。 戸籍を見られたことで、婚姻の事実が知られた場合、単に知られ たのみでは、本人が見られた事実を知ることはない。知られた情報

が公開されることにより、不利益は生じるものであろう。知られ

て、公表されたときに初めて、プライバシー侵害は成立し得るもの であろう。

同様のことは、bannsや、Wedding Announcementでもいえよ

う。これらは、自発的に公表するものである。公表自体には、当事

者の公表希望がある。しかし、その利用方法で、何らかの問題が発

生し得るものである。 54 水谷英夫Fセクシュアル・ハラスメントの実態と法理』(信山社■2001年) 179頁以下。 55 山鳩文夫Fセクシュアル・ハラスメントの法理』(縁合労偽研究所・2000年) 255頁以下、前掲註水谷193頁。 −125−

(28)

結局のところ、とくに、秘匿性の低い情報、あるいは、一般に慶 事とされる情報の公開は、それ自体で、不利益は生じないのではな

かろうか。このことは、個人識別情報でも同様である。不利益は、

公開した情報の使われ方により生じるものである。このことは、

Solveによる、新たな分類からも推測できる。 近時、いかなる個人の事柄も、個人の情報であるとして秘匿する 傾向にある。さらに情報を扱う側においても、個人の情報であるこ とを盾にし、必要とされるような公表すらも控えることがある56。 プライバシーの保護とは、個人に生じた事柄を全て秘匿すること なのであろうか。本来保護されるべきプライバシーとは、より狭く 解すべきであり、その様態を精査したうえで、保護すべきものでは なかろうか。 様態の精査には、どのような情報あるいは事柄が、個人のプライ バシーとなるかをみる必要がある。さらに、公開の様態も検討すべ きであろう。次稿では、プライバシーとして保護される事柄の様態 につき、夫婦生活を中心に論じたい。 *本論文は、2011年度札幌大学研究助成による研究成果の一部であ る。 56 近年では、来日本大震災の被災者の氏名公表をめぐる問題が考えられる。ま た、公共的利益の維持や保持とプライバシーの関係について、山田卓生「サーベ イランス社会とプライバシー」森島昭夫・塩野宏編r変動する日本社会と法一加 藤一郎先生追悼論文集j(有斐閥・2011年)。 −126−

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