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分裂的人格(schizoid personality)のロールシャッハ反応*

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黒田 浩司

1.分裂的人格とは

分裂的人格(あるいは分裂性人格:schizoid personality)とは,人との積極的なかかわり合 いを好まず,慢性的なひきこもり(withdrawal)を防衛・適応様式としているパーソナリティ である。分裂的人格者は,人と接するのが苦手で,人中にいると苦痛を感じたり,人と話を することができない,といった対人関係において不適応を感じやすい。また,対人場面で緊 張しやすいため,対人恐怖や視線恐怖を訴え,場合によっては「自分の目つきが悪いので人 に嫌われる」「自分が無口でうまく会話できないために,周りの雰囲気を暗くしてしまう」と いった,軽い関係念慮をともなった思考を持つこともある。また,無力感を感じたり,無気 力を訴えて抑うつ状態と診断される場合も少なくない。離人症症状をともなうこともしばし ば認められる。不登校や対人恐怖,スチューデントアパシーを主訴として相談機関を訪れる 多くの若者において,分裂的人格にもとつく対人的ひきこもり,周囲に対する恐怖,無力感,

不適応感がその問題の背景になっていることも多い。また,近年その問題が蔓延化しっっあ り,社会問題となっているひきこもり状態を呈している若者にも同様のことが考えられる。

もともと,分裂的性格は,クレッチマーによる性格類型の一つである分裂気質との関連も 強く,精神分裂病の分裂と質的にはつながった心理傾向を意味するものの,必ずしも特別で 病的な性格だけを意味するわけではない。FAIRBAIRN(1952)もスキゾイド状態を,分裂病,

スキゾイド人格,正常範囲のスキゾイド,一過性のスキゾイドといった臨床類型に共通する ものと考えている(藤山2000)。実際に,分裂的人格を有しながらも,学者・研究者・芸術 家・技術者として充分に社会適応しており,健康なパーソナリティを有する人は決して少な くない。また,早くから分裂的人格に注目していた小此木(1980)は分裂的人格者に特有とみ なされていた心理傾向が現代人に普遍に共有されはじめていることを指摘している。そして,

激しい愛や憎しみの結びつきのない同調的ひきこもりという心理的特性に代表される『現代 人のシゾイド人間化』は,変化する現代社会への適応様式として認められると論じている

(小此木1980;1981;1996)。そして,現代の病的なひきこもりはそれまで適応的であった分 裂的性格の同調的なひきこもりが同調を欠いたシゾイド状態に落ち込んだものと考えている

(小此木2000)。また,川上(1996)は学級崩壊に代表される最近の子どもや親,さらには教 師の問題も「自己愛メカニズム」と「スキゾイドメカニズム」として理解することができる

ことを指摘している。この小此木,川上らの考えは,現代の若者の(あるいは川Lの言うよ うに親や教師を含めて),人間関係を構築してゆく力の低下,対人関係における傷っきやす さ,こころの傷つきに対する自己修復能力の低下,体験の断片化(自己や体験が連続してい

『人文学科論集』36,pp.1−28.       ◎2001茨城大学人文学部(人文学部紀要)

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るという感覚,ひいてはアイデンティティの感覚のもてないこと),価値観・好悪感の一元化 をよく説明していると言える。

本論文では,筆者がセラピストとしてあるいは検査者としてかかわったケースであり,

ロールシャッハ・テスト(以下,ロ・テストと省略して表記)のあらわれから病態水準が K巳RNBERG(1967;1976)の境界性水準であって分裂的人格を有する症例3例の心理療法過程と

ロ・テストの分析を検討する。この3例は分裂的人格を有すると言っても,社会適応の状態,

心理療法の経過,ロ・テスト上のあらわれはそれぞれ異なっている。テストの上のあらわれ とその心理構造の理解,心理的援助のあり方について検討し,心理的介入が難しいと考えら れるひきこもり状態にある人格障害者への援助・介入の可能性を考察したいと考えている。

ll.分裂的人格の心理構造

分裂的人格の理解に関しては,精神分析理論の英国対象関係理論の研究成果によるものが 大きい。以下は,対象関係理論の立場から,小此木(1980;2000),小此木/狩野(1995),馬 場(1995b),藤山(2000)などをまとめたものである。

分裂的人格者は深層では他者との親密なかかわりを求めている。しかしその一一方で,他者 とのかかわりによって傷つくことを非常に恐れている。その結果,他者からの働きかけや外 界の出来事になどに対して関心が乏しくなり,対人関係などにおいて時宜に適した対応がで

きなくなる。よって,分裂的人格者はとても内向的で,物ごとに動ぜず,自分の頭の中で考 えている主観的なこと,知性や思考に価値を置いている。また,一見したところ他者からの 評価にも関心が乏しく,ほめられても駈されても平然としているところがある。本人は物事 に動じない自分や世俗的な価値に魅かれない自分を内心で誇り,誇大な自己愛を抱く一方で,

人と親しめないことや自己表現できないことや外界の動きに即応できないことについては,

強い劣等感を持ち,極度に卑小な自己像を持つ。そこでますます苦手な現実関係から遠ざ かって,自己愛を保てる空想の世界へ逃避することになる。

精神力動的に分裂的人格者の心理構造は以下のように理解することができる。分裂的人格 者は対象に対する憎しみや怒りが,愛の対象を破壊してしまうのではないかという非現実 的・妄想的不安(paranoid−anxiety)と罪悪感が抑欝を生み,それに対する防衛としての分裂お

よび理想化,投影,同一視などの防衛が活発な人格構造と,その基礎に働く力動的特徴を包

含する概念である(FAIRBAIRN l 952)。 GuNTRIp(1971)は「愛が対象を破壊する恐怖」に加

えて,「自己喪失」の恐怖に注目している。自己が対象を貧欲に飲み込んでしまう恐怖と,そ

の対象に飲み込まれてしまう恐怖は並行関係にある。そのために分裂的人格者は対象とのか

かわりそのものを危険なものとしてみなし,そうした関係から引きこもろうとする。もとも

とM.KleinやFairbairnは最早期の乳児のありようが分裂的であると考え,その状態を妄想

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分裂ポジションと呼んだ。この時期には一人のまとまりのある人物としての他者は存在せず,

部分対象関係の世界が体験されている。そこでは分裂,投影同一一化,否認,などの原始的防 衛が活発であり,悪い対象関係は断片化され,外部に投影同一化によって排出される。不安 や罪悪感を感じる自己の部分は排出されて対象に投げ込まれるために,対象は迫害的なもの として体験され,主体は恐れをもってひきこもることとなる。このような状態で外部からは きわめてひきこもった状態に見えていても,主観的体験としては対象と自己は融合し,自他 の境界は不鮮明になっている。STEINER(1993)によれば,分裂的人格は精神病的崩壊には至

らないものの,人生を空虚で非生産的なものに押し込めてしまう人格病理とつながり,永続 的で組織化された病的自己愛的防衛組織が健康な人格部分と併存している状態なのである

(藤山2000)。

また,分裂的人格の中には,内的にはひきこもっていても,表面的には相手に応じて,態 度や心のあり方を順応させる見せかけの同調によって,人との葛藤を回避する場合がある。

このような場合はDEuTscH(1942)のいう「かのような人格(as−if personality)」の特徴を持 つと考えられる。そして,「かのような人格」を有するクライエントは表面上はよく適応して いるようであっても,長期にわたる心理療法過程やロ・テストの中で,その病理が明らかに なることも少なくない(例えば,馬場1997)。

lll.分裂的人格者のロールシャッハ反応の特徴

分裂的人格者のロールシャッハ反応を体系だててまとめて分析・検討したものはない。馬 場(1995b)は人格障害者のロールシャッハ反応に認められる投映を各パーソナリティタイプ

ごとにまとめている。このまとめによる分裂的人格者のロールシャッハ反応の特徴は以下の 通りである。

①純粋形態反応(F)または人問運動反応(M)が著しく多くなる。運動反応は量的には多く ても,内容は静的であり,特殊化が少ない(「立っている」「向き合っている」など)。

これは内面の感情や感覚を覆う壁が厚く,検査の刺激に反応しないことを示唆している。

F,Mどちらが優勢な場合にも,外界への反応性は乏しい代わりに,とじこもった世界 での空想活動は活発なのであるが,M優勢になるものの方が空想性をテスト反応上に反 映しているということができる。また,M優勢者の方が心理療法において自己観察力が あり,言葉が豊富で,自分の内面についてのきめ細かい説明をすることができる。

②色彩反応はまったく無いか,あってもごくわずか(1−2個)である。また,時として不

合理な色彩反応(FC arbitrary, F⇔C)や,ごく表面的な色彩への反応(FIC)を生じること

がある。これらも情緒的な刺激への反応性が乏しいこと,および反応の仕方が不自然で,

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真の感情と結びついていないことを示唆している。

③強迫的人格との相違は,小領域や特殊な領域への反応(Dr)が少なく,全体領域(W)への 反応が多いことである。これは主防衛の質的相違に基づいて,分裂的人格では抽象性が 発達してる代わりに,現実性,具体性が乏しいことを示してる。

④反応の中に逸脱言語表現が現れる。特にF優位型に,唐突に形態質が低ドし,不合理形 態反応が生じることが多い。また,その内容はインクプロット全体を「顔」と見る反応 であることが多い。この他に生じやすいのは,作話結合反応(強迫人格の場合よりもさ らに奇妙な結合)である。これらは,背景にある原始的防衛(分裂)のゆえに,人格の結 合が不全であり,異質の心的内容や,異質の自我活動が意識面に現われて,それが不合 理に結合すること示唆している。ただし,M優位型には,逸脱言語を示さず,ただ極端 なM>acの傾向のみを示すものがある。

馬場はその著書の中で分裂的性格と思われる事例についてロールシャッハ反応を綿密に分 析しているが(馬場1995a;1997),そのあらわれかたは多様である。

IV.症例

今回症例として選んだのは,症例概要,心理療法経過,ロ・テストなどから,分裂的人格 の特徴を示し,なおかっ人格の発達水準がKERNBERG(1967;1976)および馬場(1997)の定 義にもとついて境界性水準とみられるケース3症例である。パーソナリティタイプおよび病 態水準に関しては,3症例とも筆者が所属するロ・テストのスーパービジョン・グループに おいて,その判断が妥当であることを確認している。ロ・テストの施行・整理方法は片口

(1987)にもとついており,継起分析および総合解釈についてはSCHAFER(1954)の理論を土 台とする小此木/馬場(1989),馬場(1995a)にもとついている。なおプロコトル中の反応領域 のスコアにともなう数字は片口(1987)における領域番号を示している。

事例1 Kさん(23歳男性 未婚 学生)

〔主 訴〕

無気力,抑うつ状態。なにをするにしてもうまくいかない気がする。自信がない。

〔来談までの経過〕

大学4年生になって就職活動の際に,自分がどのような仕事に就きたいのかよくわからな

い。いろいろ考えているうちに,就職活動を始めるのが遅くなり,失敗感無気力感,抑う

っ感を強く感じるようになった。大学の保健管理センターを自主来談し,そこから受診を勧

められる。Kさんは小・中学校の時は成績優秀で学校でトップクラスであり,両親に勧めら

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れて大学の付属高校を受験して進学した。しかし,Kさん自身はその大学にそれほど行きた いとは考えなかった。高校での成績は中ぐらいであり,推薦入学で進学できる学部として現 在の大学・学部を選ぶ。もともと交友関係はそれほど広くなかったが,大学に入ってからは さらに狭くなったようである。趣味である軽音楽のサークルに入部するも2−3ヶ月で行かな くなってしまった。両親に勧められてアルバイトを数回したこともあるが,夜間の警備員な どが主であり,人とあまり関わりがないアルバイトが多かった。大学の講義も一人でぽつん と受けることが多く,大学2年生の時にはあまり学校に来なくなってしまい,1年留年してい る。両親にはしばらく大学に行っ℃ないことや留年したことを隠しており,毎日大学に通学 しているふりを続けていた。休日はあまり外出せずに一・人で自宅の部屋で好きな音楽を聴い たり,気が向くと一人でドライブに出かけたりして過ごしている。

就職活動では自分がどのような仕事に就いたらいいかわからない。両親からある職種を勧 められると,とりあえずその業種の代表的な企業にアプローチしようと思うが,志望動機が 書けなくて,考えているうちに申し込みの期限が過ぎてしまう。気持ちは焦っているものの,

企業に手紙を書く,電話をかけるという具体的な行動がとれなかった。両親に就職活動のこ とを聞かれるのが嫌なのであるが,毎日就職活動用スーツを着て早朝から自宅を出かけてい る。そして,就職活動をしているふりをして,大学の図書館や喫茶店で時間をつぶしている ことが多かったと言う。

〔家族構成〕

父親46歳(会社員),母親45歳(パートタイム),妹20歳(短大生)の4人暮らし。父親は技 術系のサラリーマンで,無口で物静かな人。母親と妹は社交的で,おしゃべりな方である。

Kさんが大学2年生の時に留年した時には,家族は予想外で,突然のことで驚いた。しかし,

今現在Kさんが困っていることは気がついていない様子である。Kさん自身も家族にはあま り話したくない様子であり,心理療法を受けていることは家族には最後まで秘密にしていた。

〔身体的条件など〕

やせ形で物静か,活気がなくてうつむき加減である。いつも同じような服装で来所するこ とが多いが,身なりは整っており,不潔ではない。

〔心理療法の経過〕

心理療法では話し始めるまでの沈黙が長く,しばしばセラピストに『どんなことから話し たらいいのか』尋ねている。セラピストがじっくり待っていると長い時間をかけてぽつりぽ つり,ゆっくりと話してゆく。話の内容は毎回「自分は何をやってもだめである」という内 容が多く,同様のことを何度も繰り返し訴えっづける。Kさんが「うまくゆかない」「だめで ある」と訴える学業や就職活動,人間関係について,セラピストが話の内容をよく聞いて,

具体的にKさんのできそうなことを助言すると,その助言には従って行動をとってみる。そ

うすると,いくっかの企業から就職の内定がとれ,卒業試験もなんとか見通しが立っ状態と

なった。セラピストが,Kさんが努力したことや工夫したことについて肯定的に評価をし,

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自分で考えてやってみるように励ましても,Kさんはそのことにはなかなか同意しない。セ ラピストが「可能性のある見通し」や「物事の肯定的側面」を示すと,それに対してKさん は『でも今度はこれがだめなんです』と他の心配事を述べる。面接経過を後で振り返ってみ ると,Kさんは毎回『いかに自分がうまくい行っていないか』を訴えているかのようであっ

た。

セラピストがKさんの話から連想を促したり,自己内省・自己観察を促すような態度を示 唆したりしても,そういったセラピストの態度にKさんは同一化することができないようで あった。そして,セラピストからの答えを待っていたり,セラピストが助言してもなにを言 われたのかよくわからなくて,呆然としていることがしばしばあった。対象に近づかず,引 きこもってぼ一っと防壁をはっているように感じられることもしばしばあり,就職や将来の 問題の背景にある本質的な問題(対人関係,依存と自己主張など)にはなかなか手を触れるこ とができない(手を触れさせない)印象を受けた。しかし,就職活動,卒業試験,内定先企 業での研修における人間関係,などの問題についてはセラピストが示唆するいくつかかの具 体的助言を取り入れ,こなしていった。数社の企業から内定を得て,卒業試験も乗り切り,

研修も大過なく過ごしてくる。こういった能力があることからKさんにはある程度の知的能 力と相応の社会的能力が伴っていることが推測される。

Kさんは一つのことがうまくいくと今度は別のことを心配していた。就職の内定がとれる と今度は卒業できるかどうか,卒業が決まると会社の研修が大丈夫か,研修が乗り切れると 入社してからちゃんと仕事をやっているかどうかを心配する。セラピストが忍耐強く聞いて いると,Kさんはある程度自分から話をすすめてゆくのであるが,その展開は緩慢である。

そして話してゆくうちに物事のいろいろな面に自分から気がつくことや,連想がっながって 話が展開してゆくようなことはほとんど見られなかった。

〔ロールシャッハ・テスト〕

Kさんのロールシャッハテストの結果(Summary Scoring Tableとロールシャッハ・プロコ トル)は資料に示す通りである。

反応数は少なく,初発反応時間が非常に長く,反応内容も反応決定因の多様性もあまり豊 かとは言えない。体験型はMが6つと多く,顕著な内向型であるが,Mの内容はあまり活発 ではなく,FMも少ない。活き活きとした想像性があるというよりは,現実の世界よりも観 念の世界に生きている印象を受ける。6つのMのうち不良形態(一)のものが2つあり,いず れもW一の顔反応である(II, IXカード)。形態水準はいずれも60−70%程度であり,現実検 討が極端に悪いわけではない。Kさんのロールシャッハ反応の特徴は,自由反応段階でも,

質問段階でも,反応時間が長くなかなか焦点があわず,時間をかけてもなかなか反応が見え

てこない。しかしいったん見え始めると対象のネガティブな面によく気がついて,不気味で

グロテスクなものを知覚しやすい傾向がある(IVカードの形がグロテスクな怪獣IXカード

の歯並びの悪い人じゃない怪物の顔,など)。1,III, IVカードでは時間をかけてP反応を出

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している。じわじわと慎重に,時間をかけて手探りで相手に近づこうとしており,そういっ た防衛が功を奏している場合には認知がゆがむこともない。しかし,質問段階で検査者に説 明を求められてプロットとの距離が近くなると,十分に防衛をすることができずに,不気味 に生々しく感じてしまう。対象との距離を大きくとって,知覚をぼやかして見ないでおくと いう態度(withdraw防衛)と,それが破綻して不気味さを言い募ってしまうという態度が,

特に刺激の強いII, IXカードで生じている。こういった内的世界の動きが外的刺激に即して いる点と,反応の説明(明細化)がある程度インクプロットの物理的特徴にある程度即してい ることから,まるっきり内界に防壁をはって籠もってしまっているのではなくて,ある程度 の外界への反応性は認められる。

ネガティブな認知をしやすいことから自己不全感や無力感が強く,抑うっ的で『自分はな にをやってもだめだ』という認知をしやすい。外界との距離が遠く,内界にひきこもってい る分裂的人格であり,刺激に強く揺り動かされた時に外界とのつながりを失いやすいことが 本事例の特徴である。病態水準は自我の脆弱性と一次思考過程,原始的防衛機制の発動が顕 著であることから,境界性水準と判断される。反応継起の中に現実検討のともなった良好な 反応と,漠然とした不良形態の反応が連続して,突然出現することから馬場(1997)のいう併 存型の境界例と考えられる。

事例2 Lさん(31歳男性 未婚 会社員)

〔主 訴〕

対人関係の問題から現在休職中であるが,同じ職場に復職するかどうか迷っている。休職 後,不眠,抑うっ感が強い。無気力になってなにもする気がなくなってしまうことがある。

〔来談までの経過〕

1年留年して大学を卒業して,最初一流企業にエンジニアとして勤めるが,仕事がおもしろ くないという理由で2ヶ月で退社。その後,就職活動をして現在の中規模の企業に就職する。

入社して3年目くらいまでは地道に仕事をこなして,実績を上げていた。だんだん仕事がマ ンネリ気味になっており,就職4年目を迎えた頃にはかなりやる気をなくした状態であった。

そして,Lさんの所属している部署で対人関係のトラブルから陰湿ないじめがあり, Lさんの 後輩がその被害者になっていた。そのことからLさんは,いじめに関与していた他部署の上 司に談判に行き,興奮して暴言を吐いてしまう。Lさんはその責任を後日間われ,不本意な がら直属の上司立ち会いの元で謝罪をし,その直後の職務中にめまい・体の震えを訴えて倒 れ,救急車にて神経科を受診する。興奮して暴言を吐いてから謝罪するまでの間に,食欲不 振,不眠,手足の震え,めまい,声がうわずるなどの症状があったという。上司と相談して 休職を決め,それ以降,抑うつ感無力感が出現し,何もする気が起きなくなる。

今の会社に就職した当時は仕事も忙しく,Lさんは自分なりに仕事の能率的な進め方を工

夫して充実していたが,一方でギャンブルに凝って消費者金融に手を出し,その督促が職場

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にまで来ることがあった。休職してからもギャンブルをしていたが,それは楽しいというも のではなく,ただすることがなくて,時間つぶしとしてやっていた。休職して半年を過ぎる とギャンブルにも関心がなくなり,なにをするのも面倒になり,一人暮らしのアパートの中 でなにもせずに無為に一日を過ごすことも少なくなかった。休職の期限が迫り,復職するか

どうかを考えたところで抑うっ感・虚無感が強まり,担当医から心理療法をすすめられて,

来談する。

〔家族構成〕

父親55歳(公務員),母親52歳(専業主婦),姉34歳(結婚して専業主婦),妹27歳(公務 員)の5人家族。両親は教育熱心であり,Lさんは唯一・の男の子ということで期待されて育っ た。小学生から有名学習塾に通い,優秀な成績を上げて,中学・高校はその地域で一番の進 学校に進み,希望通りの大学に進学する。Lさんは学業では親の期待に応える一方で,近隣 の商店での万引きや,親の財布からお金を抜くことなど,悪いことをしてきた。中学生の時 には同居していて軽い痴呆症状のあった父方の祖父に虐待を働いたこともあるという。大学 を留年したのはギャンブルに凝って,講義に出席しなくなったからであり,その当時のこと を「まじめに学業をすることに飽きて,マンネリ化した」と言う。しかし,留年後は父親と 話し合い学業を続けることを決め,その後は優秀な成績で大学を卒業している。周囲から評 価されることに対してLさん本人は『自分はいい成績を取る要領がよかっただけ』と言う。

家族の中で自己主張することは苦手で,父親以外はみんな女性の中で自分をなかなか出せな かったと言う。

〔身体的条件など〕

高校まではバスケットボール部に所属しており,痩せ型ではあるが背が高く,筋肉質で がっしりとした体格をしている。目を細めて伏し目がちでセラピストと目を合わせずに,ぼ そぼそと話す。応対は真面目で常識的であるが,心理療法を開始してしばらくたつと,洗顔 やひげ剃りをしないであらわれたり,何日か洗濯されていないと見えるようなやや不潔な身 なりで来談することもあった。

〔心理療法の経過〕

Lさんは面接の中では時々沈黙しながら,あまり言葉に感情を込めないで淡々と話をする。

その中では,「職場に復職するのが一番いいと思うのであるが,そう考えると憂欝な気分にな

る。もう全部が面倒くさくなる」「受験にしても就職にしても自分は最初は期待されて頑張る

が続かない。仕事では最初かなり強引に仕事をまとめ上げたこともあり,まわりで反感を

持っていた人も多いのではないかと思う」「物事が順調に進んでいても,だんだん飽きてマン

ネリ化してきて,『いい加減にやってクビになってもいいや』と思ってやっているところあ

る」「大学に合格したあと,そして休職したとはギャンブルをする時以外は自宅に籠もりっき

りになってしまい,食事をするのも入浴するのも面倒になって,何日も着替えないでいるこ

ともある」といったことが話される。Lさんに友人は多くなく,気心の知れた少数の友人が

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いる程度である。Lさんも友人もマイペースであるそうで,お互いにあまり干渉しない関係 でっきあっている。

また,Lさんは異性との交際が苦手である。最初は相手に魅力を感じて,いいと思ってつ きあい始めても,Lさんはすぐに別れたくて別れたくてたまらない気持ちになる。交際相手 とずっと一緒にいることになると休日まで束縛されているような気分になる。「とうてい結婚 することは考えられない」と言う。それでも相手を傷つけるのが恐くて自分から別れを言い 出すことができずに,わざと一緒にいる時に冷たい態度をとり,相手が自分のことを嫌って 自然に離れてゆくのを待つと言う。友人や家族とのかかわりも苦手で,中学校時代には友人 との付き合うのが面倒になり,体調が悪いことにして学校を休んだこともある。また,ギャ ンブルにこったのは親に対する復讐心があるかかも知れないとも語る。

Lさんは物事が少しうまくいかないことがあると面倒で辞めたくなってしまう。そうなる と何をやっても無駄に感じてしまい,死んでしまいたいような気持ちになる。また,職場で の同僚や友人から『いい人』と思われるととまどい,相手との距離が近くなると不安になっ てしまうようであった。セラピストとの間でも面接回数を重ねて関係が深まってくるとセラ ピストのことが恐くなってしまうようで,面接のキャンセルが繰り返される。親密な関係に 入ってゆくことの怖さは面接の中ではなかなか言語化されなかった。そして,復職したら,

以前のトラブルを知っている人たちの前で,上司に暴力・暴言を加えてクビになってしまい たい気持ち,上司ともめたとき事実を知りながら素知らぬふりをした同僚や自分を守ってく れなかった上司に対する激しい怒り,が少しずつ語られるようになる。しかし,その後は再 び面接のキャンセルが続き,セラピストとの距離はなかなか近づかなかった。

〔ロールシャッハ・テスト〕

Lさんのロールシャッハテストの結果(Summary Scoring Tableとロールシャッハ・プロコ トル)は資料に示す通りである。

反応数は19とやや少なめであり,反応内容や反応決定因の多様性も乏しく,内容的にあま り豊かではない。体験型は内向型であり,運動反応優位である。しかし,人間運動反応Mが 5あるもののその内容はそれほど活発ではなく(VIIカードが「飛び跳ねている」である以外 は,「広げている」「向かいあっている」など),動物運動反応も少ない。その一一方でVIII〜X カードにおいて初発反応時問の遅れ,曖昧な形態把握や作話によって形態水準が低下してい る。情緒的刺激によって混乱し,情緒体験を扱うのに苦労していることがわかる。F%,ΣF

%が高く,表面的は固く防衛しているが,形態水準がやや低く,70%をやや下回る程度と なっている。人間反応が多いものの,その多くは非現実的なものであり,対人関係に関心は 高いものの(対人関係に過敏),その多くは非現実的な人物像であったり,部分的な人間像で あり,現実的な人間関係よりも空想・想像にもとついたイメージが強い。

反応継起をみると,全般的にインクプロットとの距離が遠く,自分から刺激に積極的にか

かわってゆくことは少ない。外界とのかかわり方は受け身的に距離をおいて遠くからかか

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わっており,ものの見方は漠然としている。状況に応じて現実的・具体的に物事を処理して ゆく力が低く,ロ・テスト上では症例概要から推定されるようなLさんの知的能力の高さは

うかがえない,どちらかというと貧困なプロコトルである。外からひきこもるの防衛が顕著 である分裂的人格と判断されるが,外界からまったくとじこもってしまっているわけではな く,遠くから外界を眺めて,いろいろと内的に想像しているようである。認知は漠然として いるのであるが,情緒的に刺激されると被害感迫害感を感じやすく,作話が活発になって,

破壊的明細化によって反応の質を低下させる結果となっている(一次過程思考が発動されて いる)。かかわり方が表面的で,深くかかわれず,欲動が充分に自我化されて育っていない。

明細化で用いられる説明がかなり不気味でグロテスクであり(1カードの「妖怪の顔」,III カードの「生け蟄」,VIIIカードの「亡霊」),根底で感じている迫害感・被害感の怖さはかな

り強いものがある。投影同一化,脱価値化などの原始的防衛が顕著であり,病態水準は境界 例水準であると判断される。

Lさんが対人関係において少し親密になると,迫害的な感覚を生じやすく(おそらく依存の 裏返しである攻撃性が投影され,そのために被害感・迫害感が高まっている),人間関係から ひきこもることで防衛しているようである。セラピストとの関係においても同様の現象が生 起しているようである。

事例3 Nさん(30歳男性 未婚 無職)

〔主 訴〕

無気力状態。体がだるくて何もする気にならない。

〔来談までの経過〕

大学を4年生の時に全く就職活動をせず,大学卒業後は気が向いたときにコンビニエンス ストアの深夜勤務の店員や同じく深夜警備のアルバイトなどをして,フリーターとして生活 をしていた。その後,両親の紹介・薦めで何度か定職に就くが,職場で遅刻や無断欠勤を繰 り返し,離職することを繰り返していた。一番長く続いた仕事でも,およそ3ヶ月程度で あった。そういった生活が約4年間続いて,2年前に離職したことをきっかけに生活の不規則 さが目立つようになり,短期のアルバイトもしなくなった。昼夜逆転した生活をしており,

昼間はずっと寝ていて,深夜に起き出し,テレビゲームや少女漫画に熱中する生活をしてい た。Nさん自身は困っている様子はなかったが,両親が心配して,総合病院の神経科をNさ んと一緒に受診している。神経科の主治医が,Nさんに自分自身の現状であるとか将来に対 する不安や葛藤がほとんど感じられないことから人格的な問題(人格障害)の可能性を疑い,

心理検査の実施と心理療法をすすめられた。

Nさんは中学校ぐらいから友人は少なく,無口で内向的な性格であった。自己主張をする

ことはほとんどなく,進学する高校や大学は親の薦めに従って,自分の希望を言うことはほ

とんどなかった。大学卒業後の様々なアルバイトもNさんが自分で捜してきたたものはほと

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んどなく,両親がNさんにできそうな仕事を探して,Nさんと雇用者との面談のセッティン グまですべてしていた。Nさんは大学生の時には一人暮らしを経験しているが,講義への遅 刻欠席が多く,大学2年生の時に1度留年している。その後は母親が履修登録出席を監視

して,滞ることなく卒業にこぎ着けている。主治医の「入院をして経過を見てはどうか」と いう提案もそれほど葛藤・抵抗なしに受け入れて入院している。

〔家族構成など〕

父親57歳(教員),母親54歳(公務員),姉33歳(結婚して専業主婦,現在は別居)の4人。

両親が共働きのため,幼少期は近隣に住んでいた母方の祖母に育てられる。3歳年上の姉が活 発で,自己主張が強く,お転婆であったのに対して,Nさんはおとなしい子どもであった。

受診に関しても従順に従っている。Nさんはいつもミニカーで一人で遊んでいる,手の掛か らない,いわゆる「いい子」であった。Nさんは幼稚園や学校でも目立たない,自己主張を しない子どもであり,母親は内向的なNさんのことを心配して,何かあると先回りをして担 任教員に配慮してもらうことをお願いしていたと言う。

家族が就職先などを設定すると何日かは働くことができ,その時の本人の様子はふだんと 変わらず,それでいていつの間にか仕事に行かなくなってしまう。両親は本人がどのような 気持ちであり,何を考えているのか,よくわからなくなってきていると主治医に話している。

〔身体条件など〕

中肉中背で,色白で髪の毛を肩ぐらいまで伸ぼしている。面接中はやや猫背で自信なさそ うな様子。ゆったりとした抑揚のない口調で話す。

〔心理療法の経過〕

本事例は主治医のすすめにより心理療法への導入がおこなわれたのであるが,充分な治療 同盟が成立せず,数回の面接で中断に至っている。主治医に説明を受けて心理療法に同意し たはずであるのに,面接の中では自発的に話をすることはしない。セラピストが尋ねること について最低限度の回答はするが,それ以外のことは自発的には話をしない。Nさんが今感 じていることや,過去に体験したことについてのその時の心境を聞かれても,「何も感じな かった」「わからない」と答えることしかできない。仕事を続けることができなかったのも

「体がだるくて朝起きることができなかったから」であり,『行きたくない』気持ちや対人関 係の葛藤は語られなかった。自分の感情や内的体験を語るように求められることは苦痛なよ

うで,面接中セラピストとは顔をそらして窓の外の風景を見ていることも少なくなかった。

セラピストが,「Nさんは心理療法に表面的に同意したもの,本当は話したくない」気持ちな どに焦点をあてても,表情をほとんど変えず,黙っていたもののそれ以降は無連絡のキャン セルが続き,連絡を促す手紙にも反応がなく,中断に至っている。

〔ロールシャッハ・テスト〕

Nさんのロールシャッハテストの結果(Summary Scoring Tableとロールシャッハ・プロコ

トル)は資料に示す通りである。

(12)

反応数は24と普通程度。初発反応時間はやや長めであり,特に色彩図版での反応時間の遅 延が目立つ。反応領域は全体反応が多く,形態水準が全般的に40%程度と低い。反応の多様 性と常識1生はいずれもほどほどであり,ある程度の内的な豊かさはともなっていると言える。

外界とのかかわり方は,大雑把で受け身的であり,現実性・具体性の乏しいことが推測され る。反応決定因はF優位の傾向で,体験型は両貧型であるが,色彩図版での初発反応時間が 遅くなっており,情緒的刺激に対する反応性はあるものの,それが潜伏していて外側にはあ

まり出てこない。内的観念活動もFM優位で,未分化であることが推測される。 F%=50.0%,

ΣF%=100%と一見よく統制されているようであるが,形態水準は全般的に低く,不良形態

(一)反応も2つ出現している。

反応継起においてはIVカード, VIIカードように分離・知性化の高次の神経症的防衛をも ちいてある程度の現実検討を保てる場合と,IIIカード, IXカードのように強い情緒的刺激に よって一次思考過程が前面に出て,投影同一化などの原始的防衛機制が発動されている場合 の両面がある。特に後者ではかなり衝動的で生々しい作話が顕著であり,急激な自我の退行 が回復しないままに終わっている。この二つの自我の間に連続性がなく,唐突に自我水準が 低下することから,病態水準は境界性水準と考えられ,馬場(1997)の併存型の境界性人格と 判断される。防衛として抑圧があまり機能しておらず,色彩や濃淡から刺激されて出てきた 感覚を形態や理屈で説明して整理し,美化している。内面ではいろいろ葛藤を感じているも のの,感情の発達が未分化であり,感じているものを内在化して観念化したり,感情として 表現することができないようである。未分化な内的な体験・葛藤を避けようとして,表面的 に強引に距離をとって防衛しているために,自分自身の方向性が定まらず,無気力になって いるのではないかと推測される。基本的には併存型であるものの,IIIカードの第①反応で人 の手になにかついてしまったり,Vカードでチョウやコウモリに生々しいか感覚がともなっ て見え方が安定しない。一次過程思考と二次過程思考が両方出ているのであるが,両者が統 合されていない。

1,III, IV, IXカードでW一の顔反応が生じており,これらの反応の特徴はNさんの対人 関係様式をよく反映していると言える。Nさんは表面的には,自分の現在の状態や将来につ いて葛藤・苦悩がないようであるが,それは内面にひきこもっているからのようである。そ

して,ひとたび外界から刺激され欲動が動ぐと未分化な迫害感・恐怖感が生じやすい。そう するとNさんはますます外的な刺激とかかわることをやめてしまうこと(いっそうひきこも ること)で防衛している。Nさんは対人関係において,なるべく人とかかわらないようにし ているが,かかわりが少しでも深くなると(就職して一一定期間かかわりが深まると)未分化で 感覚的な迫害感・恐怖感が生じて,Nさんはさらに相手からひきこもって漠然としてかかわ

らないことで防衛しているようである。このことは心理療法の中断にいたった経過にもよく

あらわれている。Nさんの無気力な感じ,方向の定まらない感じは迫害像からひきこもる分

裂人格的防衛の所産であると言える。

(13)

V.考察

今回症例としてあげたKさん,Lさん, Nさんはそれぞれのロ・テストの総合的な分析と 心理療法の経過の検討から,病態水準は境界性水準であり,パーソナリティタイプとしては 分裂的人格であることは共通している。しかし,その人格の特徴のあらわれ方にはそれぞれ 違いが見られる。以下いくつかの視点で考察をおこなう。

(1)外界とのかかわり方(ひきこもり防衛および外拡性)

3症例ともひきこもり(withdrawal)防衛をもちいており,外界とのかかわり方は距離をとっ ており,遠くからやや漠然と外界を眺めるというスタイルを有している。3症例ともW優位 であり,初発反応時間が長い。反応決定因はNさんはF優位であり,KさんとLさんはM優 位で内向型の体験型を有しているが,それほど活発な運動反応はなく,実質的には3人とも 体験型は両貧型と言える。しかし,Kさんはすべての反応においてインクプロットとの距離 が遠いのに対して,Lさん, Nさんは外界との距離が10枚の図版の中でさまざまに変化して いる。特にNさんは反応数も多く,情緒的刺激があまり強くない図版では分離・知性化など の防衛をもちいてプロットの特徴と積極的にかかわることができるものの,III・IXなどの刺 激の強い図版においてはかなり内界に引きこもった恣意的な形態把握の仕方となっている。

ひきこもり防衛をもちいており,外界からの距離が遠い分裂的人格者でも,Nさんは内的世 界と外界との隔壁が比較的薄く,Kさんはその隔壁が厚く,Lさんはちょうどその中間に位 置すると言える。

外拡性についても同様のことが言える。3症例ともΣCは1.0−15であり,情緒的刺激に対 する反応性は低いと言える。しかし,Kさんの反応内容に色彩を反映したものがほとんど見 あたらないのに対して,Nさんは「花(II, VII)」「炎(IX)」について言及しており, Lさんの 反応にも「チョウチョ(III)」「生け蟄(III)」「カメレオン(VIII)」「ピンクの洋服きた女の人

(IX)」「妖精のお祭り(X)」と色彩からの刺激を反映しているのではと推測されるものが多い。

このことからもKさんが一番ひきこもりが顕著であり,外界との距離が遠いことがわかる。

これらの外界とのかかわり方,運動反応ならびに色彩反応の特徴は馬場(1995b)の指摘と ほぼ一致している。

(2)現実検討と逸脱言語表現

現実検討を反映する形態水準は3症例ともに高いとは言えないが,Kさん, Lさんが70%前 後であるのに対して,Nさんは50%を切っている。 Kさん, Lさんは反応数が少ないこともあ

るが,Kさんは特にひきこもりが顕著で,外界にあまり自ら歩み寄って行かず,その結果P

的な反応が相対的に多く,結果として形態水準が高くなった。Lさんもプロットに対して大

きく距離をとっており,P的な形態把握が多い。それに対してNさんは反応数も多く,他の

(14)

二人よりはプロットに積極的に働きかけているものの,分離・知性化などの防衛を働かせて かかわっているものの,領域の切り取り方がやや恣意的となって正確な形態把握を欠いた結 果となっている。Kさん, Lさんが形態水準が高い割にCR, DRとも乏しく,貧困で空虚なプ ロコトルになっているに対して,Nさんのプロコトルは反応決定因も反応内容も多様である が,その分一次思考過程の影響が出て,知覚の正確さをやや欠いていると言える。

一方,現実検討の低下を示唆する逸脱言語表現の出現であるが,3人ともかなり顕著な作話 が生じており,原始的防衛としての投影性同一視が発動されていると言える。しかし,Kさ んにおいてはII, IXの刺激の強い図版においてのみW一の顔反応にともなって作話が生じて おり,その表現もあまり言い募ったものではない。それに対して,LさんはIXカードのW一 の顔反応だけでなく,その他の反応においても「生け蟄の猿が逆さまにぶら下がっている

(III)」「洋服が透けて見える亡霊(VIII)」「二人の妖怪みたいなのが喧嘩していて,まわりが唾 し立てている(X)」というように,ある程度正確な知覚をしていてもそこに不気味な感覚がと もなっている。Nさんの場合にはその創造性が知性化による建設的明細化によって,反応の 質を向上させる場合もあるが,その一方で被害的・迫害感を感じて破壊的明細化がなされる 場合には,その衝動的な一次思考過程の出現がより顕著であった。すなわちKさんはひきこ

もりの程度が顕著であり,迫害的・被害的感覚を内的に体験しても,遠くから一一定の距離を 保つのに対して,Nさんは外界との距離が近いためにプロットの物理的特性をよく反映した 反応を示しているが,一度迫害的・被害的感覚を抱くと一時的にかなり恣意的な作話ならび に作話結合が顕著になる。このことはNさんがそれだけ外界に敏感ではあるが,自他の境界 が漠然としやすいことをあらわしている。LさんはKさんとNさんの中間であり,知覚がゆ がまない場合でも迫害的・被害的な感覚がともなうことも多い。パーソナリティタイプにつ いて論じるのであれぼ,Kさん, Nさんは分裂的人格が前面に出ているが, Lさんは全般的に 迫害感が強く,妄想的一分裂的人格の特徴も備えていると言えよう。馬場(1995b)は,分裂的 性格者のうち,F優位者に比較してM優位者の方が,自己観察力があって,言葉が豊富で,

自分の内面にきめ細かい説明をすることができると指摘している。今回,NさんはF優位者 であり,Kさん, LさんはM優位者であった。ロ・テストではNさんの方が外界とのつなが りがあり,情緒活動が活発であった。実際に心理療法に自主的に来談し,治療同盟が成立し たのはKさん,Lさんの方であり,馬場(1995b)の主張と一致している。これは次の社会適 応とも関連させて考察する。

(3)社会適応との関連

今回症例として選んだ3人は,年齢も異なり,生活している地域の環境も生育環境も異な るので,一概に社会に適応している程度を論じることが難しいであろう。しかし,一応の目 安として何年間かの就労体験のあるLさんが一番社会適応力があり,ついでKさん,そして

もっとも社会的体験を欠いているNさんが一番社会性が劣るということになるであろう。対

(15)

人関係の多様性の観点からしても同様のことが言えるであろう。しかし,ロ・テスト上は一一 番社会適応性が低いと考えられるNさんの反応は形態水準はやや低いものの,他の二人より もその内容が豊かであり,外界とのつながりが一番保たれていた。一見,社会適応性とロー ルシャッハ反応の問に矛盾があるようにい見えるが,Kさん, Lさんはひきこもり防衛が顕 著であり,自らの内閉的世界に籠もって自分を守ることができるのに対してNさんは外界と 内閉的世界の問の隔壁が薄く,周囲からの刺激の影響を容易に受けてしまうために,周囲に 対して恐怖・迫害を感じやすく,そのために最も対人的にひきこもって生活することを余儀 なくされているとも言える。すなわち,ロールシャッハ反応にあらわれる迫害対象からのひ きこもりをKさん,Lさんに比べてNさんはより頻繁により強く体験していると考えられる。

KさんとLさんのひきこもりの質を比較すると,Kさんの方がLさんよりも内的世界の隔壁 が厚い。よって,Kさんは対象に対する欲動・感情がほとんど閉ざされているのに対して, L さんは対象に対する感情(怒り,嫉妬など)を少しは体験することができるが(心理療法の中 でも少しは語られている),それを体験した後に著しい罪悪感や抑うつ感を訴えている。しか

し,それだけLさんの方が内的世界にも外的世界にも開かれていると言える。

Vl.最後に

症例としてあげた3人のように,同じ境界性水準の病態水準であって,パーソナリティタ イブは分裂的人格であるといっても,その人格の有り様は多様である。そして,その違いを ロ・テストは見事に描き出しており,ロ・テストが有効な心理臨床アセスメントのッールで あることが本研究からも明らかになった。分裂的人格者の外的世界からのひきこもりの様子 と,内的に体験してる被害感・迫害感はロールシャッハ反応の中によく反映されている。近 年社会問題となっているひきこもり状態にある若者に比較して本研究で取りあげた事例は,

まだ社会経験,対人経験が豊富な方であると言えよう。そうであるなら,10代から数年にわ たってひきこもりを呈している若者の感じる被害感・迫害感は本研究の症例のそれより大き いものであろうと推測される。実際にそういった顕著なひきこもり症状を呈しているケース は自主的に相談機関を訪れることが少ないので,はっきりとしたデータは示すことができな いが,ひきこもり症例の周囲に対する恐怖感の大きさがうかがわれる。ひきこもり症例の周 囲に対する恐怖感は専門家の中では共有されているが(例えば田中1996),家族などからす ると本人の葛藤がわかりにくく,理解しにくいようである。

本研究の今後の課題としては,分裂的人格者がもつと考えられる自己愛的な世界(FAIR一 BAIRN 1952など)が本研究の症例では明らかにならなかった。臨床的にひきこもりを示し,

分裂的人格と思われたクライエントが実は自己愛的なパーソナリティであって,その内的な

万能感ゆえに外界とのつながりがもてなくなっているケースにしばしば出会う。今後は分裂

(16)

的性格者の自己愛的世界がロールシャッハ反応の中にどのように反映されるのか,自己愛的 なパーソナリティとの鑑別などが課題となるであろう。

*謝辞

本論文は慶慮義塾大学大学院社会学研究科の卒業生で組織する慶慮ロールシャッハ研究会に筆者が事 例報告したものをもとにまとめたものである。本研究会の活動も今年で16年となる。日頃から本研究会 で適切な助言をいただいているスーパーバイザーの馬場禮子先生ならびに西河正行氏をはじめとする研 究会諸兄姉に感謝を申し上げたい。

文献目録

馬場禮子(1995a),『ロールシャッハ法と精神分析一継起分析入門 』,岩崎学術出版.

(1995b),「人格障害の投映」,福島章/町沢静夫/大野裕編『人格障害』,金剛出版, pp.404一 423.

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田中千穂子(1996),『ひきこもり一「対話する関係」をとり戻すために 』,サイエンス社.

資  料

ケース1Kさん(23歳男性)のSummary Scoring肱ble 総反応数  14   M:ΣC         6:1 反応拒否  0   (FM+Σm):(Σc+ΣC )  1:1.5 RIT    93.0     VIII+IX+XIR        46。1%

RIT(NC) 99.0     A+Ad%       50.0%

RIT(CC) 87.0     (H+A):(Hd+Ad)      6:5 F%   30.7%   M:FM      6:1 ΣF%   92.3%   M:(FM+Σm)      6:1

F+%     75.7%     FC:CF+C       O:1 ΣF+%   66.7%    (Σc+ΣC1):ΣC       1.5:05 R+%    615%    FK+Fc:KF+K+cF+c   O:0 W:D   7:4   (FK+Fc):F       O:4 W:M   7:6   P(%)        4(30.7%)

Dr+S%   15.4%    Content Range        4(2)

ΣC   l   Dete㎜inant Range   4(0)

ケース1Kさん(23歳,男性)のロールシャッハ・プロトコル カード1

〔16 〕これは向きは?(どの向きでもいい ①(なにかの顔?)左右対称だから、なんと見ようとした ですよ?)〔31 〕これ全体でどう見るかっ ところ顔と思いました。このあたり〔下のS〕口で、目で ていう?(全体でも一部分でもいいです 〔上のS〕...。(他には?)。..それくらい_。(何の顔?)動物で

よ?)

す。(どんな?)犬か...猫でもいいんですが。(犬、猫らし

①〔P21 〕何か,何かの顔。_何をいっ いのは?)特徴と言うほどのことはないんですけれど、耳 たらいいのか_〔2,43 〕動物か犬ではな が〔D3〕大きいといっていいのかしら...。(他には?)ここ いか。_はい,別に思い浮かばない。... はちょっと口とすると、ここ〔下のSの間の領域〕があ もうないですけど。〔602 〕 いているのがおかしい。(あいているのがおかしい?)ここ

が大きく、こうあいていれば口だとわかるんですが...。

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カードII

〔34 〕色は赤い色がついてますけど,何 ①(顔?)こっちの絵の方がはっきりしているというか、

か関係が?_(色がついたものもあります それらしく見える。(顔らしいのは?)目(D3の下の部分〕

が)

があって鼻〔d2〕があって口があって、なんか眠そうな

①〔1127 〕やっぱり顔に見える。ここ 目。(眠そうな目?)目が半分、半開きになっている細い が目ですね_〔4サ34 〕顔だってことしか 目。(細い目?)目が半分、半開きになっている細い目。

わからないですけど,口を大きく開けて (口?)口はこの白い部分全部〔真ん中のS全部〕あけてい

いるようにも,ここだけ小さいようにも るようにも見えるし、この小さいところ〔真ん中のSの上

(18)

そういうところです。〔5量54 〕 部のみ〕だけのようにも_ここが全部口だとすると、なに か欠伸をしているような..。      [WSMHd−]

カードIII

①〔57 〕人が二人向き合っているよう ①(人が二人向かい合っている?)ここが〔D4〕足で、手 に_それに中腰になって荷物を持ち上げ で、足をまっすぐにのばして、背中を反らしている感じ。

ている。〔1 49 〕この赤いのがあんまり .取っ手か何かがついて持てるようになっていますけれど 意味がない。そのくらいです。〔2137 〕 も_そうするとこれがなにかわからないですけれども_。

(荷物?)よくわからないですけれども...荷物というかかご みたいなもの〔D5〕。(向き合って?)二人で持って_これ 全体で一つのかこのような_上の方に広がっている感じの かごとか_。(人らしいのは?)ここが〔d1〕頭で、それく らいですけれども、ここが出ているのは胸にしてはちょっ とおかしいですが_。(?)位置関係が_手との...。

[DHH,Obj±P]

カードIV

〔図版をテーブルの上に置き,首を傾げ, ①(何かわからない生き物、怪獣?)これは一番よくわか 再び手に持つ〕 らないんですけれども...。(怪獣?)形がグロテスクで、み

〔2 42 〕ただ左右対称のものしか見えな んなそうですけれども_。(もう少し詳しく?)この部分

い。

〔D3〕が大きな足のように見えますけど...。(足の他は?)_

①〔4 12 〕何かの生き物だと思うんで そうするとこれが〔d2〕手になるのか_この部分〔D4〕

すけど,何かわからない怪獣みたいな_ が頭に見えるんですけど...これが足とするとこうすると ちょっとわからないです。〔4 50 〕 こっちでみると頭で足で(他には?)ちょっとわからない

ですねどっちでもいいですけれども(グロテスク?)形が、

これ全体を一つののものにみると奇妙な形。[WF(A)±]

カードV

①〔22 〕コウモリか何かだと思います。 ①(コウモリ?)最初このあたり〔D1〕が羽に見えて、何

〔1 31 〕ここが羽でこう触角か何か色が か飛ぶ動物じゃないかと...。(コウモリらしいのは?)鳥に 黒いからです。あとは別にありません。 はこういうの〔d1〕はついていないですから、コウモリも

〔1¶58 〕

こういう形ではないと思いますが(他には?)_羽の形がそ

れらしく見えた_。(色が黒い?)全部黒いですからコウモ リは黒ですから。      [WFCA±P1 カードVI

〔カードをテーブルの上に置いたり,ま ①(動物の毛皮、敷き皮?)この部分〔dl〕が後ろ足でこ た持ったり〕 れ〔d4〕が前足、それで開いて平らに広げたような...。(毛

①〔1126 〕やっぱり何か動物の毛皮に, 皮らしいのは?)この部分〔D5〕が頭です_それくらいで 毛皮,毛皮っていうか,敷き皮みたいで すけれども_。(どんな動物の毛皮?)普通こういう敷物に す。_その位しか言えませんけれども... しないような動物の感じ。あまり大きくない動物。(?)キ

〔カードの裏を見たりしている〕...もうあ ツネか何か...こういう形にはならないのかも知れないです りませんけれども_これ,ひとつの絵を が_よくわからないがミンクとかそれくらいです。

二つの別の見方をしないと?(もし見え [WFAobj±P]

たら言って下さい)。..これはないですけ

れども。〔4 50 〕

(19)

カードVll

①〔55 〕二人人が向き合っているよう ①(二人人が向き合っている?)ここ〔D1〕が顔で、この な_頭の上にバネか何か_〔r56 〕 あたり〔D4〕が胴体に.,.顔を突き出している。この部分 座って,座っているというか,正座して が手、何かこういう感じの〔手を前に突き出すgesuture〕

膝をあわせている_それくらいですけれ (他には?)女の人じゃないかなあと思うんですが...。(どん

ども。〔2 24 〕

なところから?)この顔の感じ。羽根飾りみたいなもの

〔d2〕をつけている。(他には?)ここ〔D5〕はスカートか 何かをはいている。(座っている?)正座している感じ。不

自然な格好ですけれども。     [WMH,Cg±Pl

カードVll1

〔カードをテーブルに置いて見る〕 ①(動物?)この部分〔Dl〕ですね。足が4本あって、

①〔r21 〕この部分が何か動物に見え 這っているような..。(他には?)_動きのある感じ..。(どん るんですけれども〔カードを手に持つ〕 な動物?)なんだかわからないが、小さい動物。(小さい動

・ o

物?)なんの動物かわからないけれども、ただ足が4本あ

るように見えたので...。       [DFMA±P1

②〔2 50 〕これとは関係ないですけれ ②(人の顔?)初めは見えなかったんですけれども、この ども,このあたりが人の顔に見えます。 あたりの〔D4とその中のS部分〕、顔の細い痩せた人。

それくらいです。〔3 20 〕 顔の痩せた人。(人の顔らしいのは?)あまりはっきり顔と わかる感じじゃあなあいですけど、見ようによっては見え るというくらいですけど_。(顔らしいのは?)顔の特徴と いうか、この尖った三角形〔D3〕というか、全体が大き な帽子のように見えたんですけど、カサというかよくわか らない。(?)えっと、肩のところとつながっちゃってる人 ですね〔D3とD4のつながっている部分〕。ここが目で口 で.,.。(他には?)細かく線があるところが雛か何かに見え

る。年をとった人のような_。(他には?)この胸の部分だ け〔D7〕がある感じ。首が見えていないというか...顎の 長い、首をすくめているみたい。  [DS MHd,Cg±]

カード1X

〔カードをテーブルに置いてみる〕 ①(何かの顔?)このあたり〔D4〕が鼻に見えたというか

①〔r43 〕やっぱり顔だと思う。人で ..。(他には?)そうするとこのへん〔D4よりやや下の部 すけれども,..〔2 39 〕何かの顔としか... 分〕が口なんですけれども_〔首を傾げながら〕この部分 どっちにしても何かの顔_もういいです が口だとすると歯並びが悪いというか、抜け落ちた口とい けれども。〔3130 〕 う...。(歯並び?)この白い部分と、口としてこういうのが 歯に見えるんですけど,..目の位置からちょっとわからない ので、これが目だとすると〔D1の中のS領域〕ちょっと 離れすぎていて人間じゃない。何かの顔。(人間じゃな い?)人じゃない怪物の顔。      [WS F(Ad)一】

add+②それとこの部分〔D3〕が、さっきは言わなかった

んですが、龍のように...。(龍らしいのは?)髭みたいなの

が出て,..一応口と目が見えて〔d1〕、それくらいなんです

けれども...鼻先がちょっと伸びている_。(他には?)それ

参照

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