光子線治療における
2 次元 Cr 添加 Al
2O
3熱ルミネセンス線量計の エネルギー依存性と線量分布検証
に関する研究
2020 年 3 月
首都大学東京大学院 人間健康科学研究科 博士後期課程 人間健康科学専攻 放射線科学域
氏名 栁澤 伸
別紙様式1(課程博士申請者用)
博 士 学 位 論 文
光子線治療における
2 次元 Cr 添加 Al 2 O 3 熱ルミネセンス線量計の エネルギー依存性と線量分布検証
に関する研究
(西暦) 2019 年 12 月 26 日 提出
首都大学東京大学院
人間健康科学研究科 博士後期課程 人間健康科学専攻
放射線科学域
学修番号: 17997606
要旨
高精度放射線治療の線量分布検証では多列検出器の使用が一般的だが、定位放射線照射 のような急峻の線量勾配を有する小さな線量分布には、感度均一性と空間分解能の高いフ ィルム線量計による検証が望ましく、薄型 2 次元検出器の需要は未だ高い。また、粒子線 治療、中性子補足療法といった新たな放射線治療技術に適応した線量計の開発には、材料 の豊富な熱ルミネセンス線量計 (Thermoluminescence dosimeter: TLD) が適している。
2次元TLDは様々な研究グループにより開発されてきたが、感度不均一性、フェーディ ング特性、繰り返し使用による感度低下のために実用化に至らなかった。研究対象とした2
次元Cr添加Al2O3 (Al2O3:Cr) TLDは、高い繰り返し性、広いダイナミックレンジ、良好な
線量直線性を有する。これまでに、サイバーナイフにおける品質保証への高い適応性が報 告され、2次元TLDとして臨床での実用化が期待されるが、実効原子番号が高いため、エ ネルギー依存性を有する。そのため、光子線治療における2次元Al2O3:Cr TLDのエネルギ ー依存性と線量分布検証での有用性を明らかにする必要がある。
本研究では、TL線量測定の基礎となる光子に対する線量測定として、サイバーナイフと 汎用の放射線治療装置を用いた光子線治療における2次元Al2O3:Cr TLDのエネルギー依存 性の調査と、2次元Al2O3:Cr TLDを用いた線量分布検証を行った。さらに、Al2O3:Cr TLD の組織等価性の向上に関する理論的検討を行った。
サイバーナイフにおける2次元Al2O3 TLDのエネルギー依存性は、照射野サイズと深さ によって変化することが明らかとなった。アイソセントリックシングルターゲットプラン
の2次元Al2O3 TLDを使用した線量分布検証では、照射野サイズ依存性を補正することに
より絶対線量分布検証が可能となることを明らかにした。
光子線治療における2次元Al2O3 TLDのエネルギー依存性は、4, 6, 10 MV X線ビームで のX 線エネルギーによってほとんど変化しないが、照射野サイズ、深さによって変化する ことが明らかとなった。また、強度変調放射線治療の線量分布検証では、照射野サイズ依 存性の影響が大きいが、相対線量分布検証を実施可能であることを明らかとした。
さらに、密度制御によるAl2O3:Cr TLDの組織等価性の向上をモンテカルロシミュレーシ ョンにより検討した。光子線治療ではAl2O3:Crの密度が小さくなるほど組織等価性が向上 することが明らかとなった。密度制御率69.4% (1.12 g/cm3) のAl2O3:Crは組織等価であり、
光子線治療における組織等価性の向上には密度制御が有効な手段であることが示唆された。
目次
第1章 序論 ... 1
1.1 研究の背景 ... 1
1.2 研究の目的 ... 2
1.3 用語の定義 ... 3
1.4 論文の構成 ... 4
第2章 熱ルミネセンス線量計 ... 5
2.1 原理 ... 5
2.2 TLグロー曲線 ... 8
2.3 TL特性... 9
2.3.1 線量応答 ... 10
2.3.2 エネルギー応答 ... 11
2.3.3 フェーディング ... 12
2.4 TL材料... 12
第3章 2次元TL線量測定 ... 14
3.1 2次元TL測定の歴史 ... 14
3.2 2次元TLD ... 16
3.3 光子線治療における2次元TL線量測定の先行研究 ... 17
3.3.1 薄膜状TLD ... 17
3.3.2 板状TLD ... 18
第4章 本研究における2次元TL線量測定 ... 19
4.1 Al2O3:Cr TLD ... 19
4.2 2次元TLリーダ ... 21
4.2.1 構成 ... 21
4.2.2 動作 ... 21
4.3 TLDのフェーディング対策 ... 23
4.4 レンズの放射状感度補正 ... 23
4.5 2次元TLDの感度補正 ... 25
4.6 アニーリング ... 27
4.7 2次元Al2O3:Cr TLDの先行研究 ... 28
第5章 サイバーナイフにおける2次元Al2O3:Cr TLDのエネルギー依存性と線量分布検証 ... 29
5.1 緒言 ... 29
5.2.1 2次元TLDと2次元TLリーダ ... 30
5.2.2 レファレンス検出器 ... 31
5.2.3 TL画像分析 ... 32
5.2.4 照射野サイズ依存性測定 ... 32
5.2.6 線量分布検証... 34
5.3 結果・考察 ... 35
5.3.1 照射野サイズ依存性測定 ... 35
5.3.2 深さ依存性測定 ... 35
5.3.3 線量分布の検証 ... 38
5.4 結論 ... 40
第6章 光子線治療における2次元Al2O3:Cr TLDのエネルギー依存性と線量分布検証 .... 41
6.1 緒言 ... 41
6.2 方法 ... 42
6.2.1 2次元TLDと2次元TLリーダ ... 42
6.2.2 TL画像分析 ... 42
6.2.2 線量応答測定... 43
6.2.3 照射野サイズ依存性測定 ... 43
6.2.4 深さ依存性測定 ... 44
6.2.5 線量分布検証... 45
6.3 結果・考察 ... 46
6.3.1 線量応答測定... 46
6.3.2 照射野サイズ依存性測定 ... 47
6.3.3 深さ依存性... 47
6.3.4 線量分布検証... 50
6.4 結論 ... 52
第7章 光子線治療における2次元Al2O3:Cr TLDのエネルギー依存性の改善に関する理論 的検討 ... 53
7.1 緒言 ... 53
7.2 方法 ... 53
7.2.1 密度制御によるAl2O3:CrのPDDの変化 ... 53
7.2.2 組織等価密度制御Al2O3:CrのOPFと PDDの評価 ... 54
7.3 結果・考察 ... 54
7.3.1 密度制御によるAl2O3:CrのPDDの変化 ... 54
7.3.2 組織等価密度制御Al2O3:CrのOPFと PDDの評価 ... 56
7.4 結論 ... 58
第8章 今後の展望 ... 59
8.1 今後の展望 ... 59
8.2 光子以外の放射線への応用 ... 59
8.3 2次元密度制御Al2O3:Cr TLDの製作 ... 60
8.4 2次元密度制御AlO :Cr TLDのエネルギー依存性の調査... 62
第 1 章 序論
1.1 研究の背景
放射線治療(または放射線療法)は、高線量の放射線を使用してがん細胞を殺し、腫瘍を 縮小させるがん治療である。放射線治療は単独で用いられる場合もあるが、手術療法、化学 療法、免疫療法などの他のがん治療とともに用いられる場合もある。また、放射線治療は外 部放射線治療と内部放射線治療の二つに大別され、根治的治療のみならず、緩和的治療、予 防的治療としても用いられ、現在では主ながん治療法の一つである。特に外部放射線治療に おいては、近年の照射技術の発達により、腫瘍に限局して高線量の放射線を照射し、腫瘍周 辺の正常組織への線量を極力低減させることのできる高精度放射線治療が急速に普及した。
強 度 変 調 放 射 線 治 療 (intensity modulated radiation therapy: IMRT) や 定 位 放 射 線 照 射 (stereotactic irradiation: STI) は高精度放射線治療の代表例である。
従来、放射線治療の線量分布検証にはフィルム線量計が使用されてきたが、測定の簡便さ からオンラインで線量分布を取得できる電離箱や半導体の多列検出器が臨床現場では好ま れ、広く普及している。しかしながら、多列検出器の配列間隔は5 mmから10 mmで、フ ィルム線量計と比較して空間分解能に劣っている。また、電離箱の多列検出器では有感体積 が大きいために線量勾配の急峻な領域において、過大評価ないし過小評価をしてしまうこ とが報告されている1)。特に、STIでは直径5 cm以内の病変を対象疾患としているため、一 般的な多列検出器では空間分解能が十分ではない。そのため、このような小照射野の線量分 布検証には感度均一性と空間分解能の高いフィルム線量計が一般的に使用されている。検 出器の配列間隔を2.5 mmとしたSTI専用の多列検出器も販売されているが2, 3)、フィルム 線量計に代表される、ファントムに挿入可能で任意の場所の線量分布が取得可能な薄型の2 次元検出器の需要は未だ高い。
1.2 研究の目的
前述の背景から、筆者は新たな薄型 2 次元線量計として 2 次元熱ルミネセンス線量計 (thermoluminescence dosimeter: TLD) に着目した。熱ルミネセンス (thermoluminescence: TL) や光刺激ルミネセンス (optically stimulated luminescence: OSL) を利用した蛍光線量計は、放 射線によるエネルギーを蓄積し、それぞれ熱または光刺激により読み出すことができ、アニ ーリング処理により、繰り返しの使用が可能である。小型化が容易であるため、個人被ばく 線量や環境放射線のモニタリングの他、小型線量計として臨床現場においても使用されて きたが、これらのルミネセンス線量計は薄型2次元線量計としての潜在性を有している。医 学物理分野における薄型2次元線量計の代表であるX 線フィルムには、ラジオグラフィッ クフィルム (radiografic film: RGF) とラジオクロミックフィルム (radiochromic film:RCF) の2種類がある。RGFは放射線によるハロゲン化銀の黒化を利用した現像処理を必要なフ ィルムで、明室での使用ができない。また、感光剤として銀粒子を使用しているため、組織 等価性に欠け、エネルギー依存性を有する。RCF は放射線感受性モノマーの放射線照射に よるポリマー重合反応を利用した現像処理が不要なフィルムで、明室での使用が可能であ る。また、低原子番号元素を使用しているため、組織等価性に優れており、エネルギー依存 性はほぼない。このような特長から、RCF は放射線治療において最も一般的に使用される 薄型2次元線量計である。しかしながら、X線フィルムは線量に対するダイナミックレンジ が限られており、繰り返しの使用もできない。従って、2次元ルミネセンス線量計は広いダ イナミックレンジを有する、繰り返し使用が可能な薄型2次元線量計として期待される。こ のような潜在的な利点があるために、古くから2次元TLDは様々な研究グループにより開 発されてきた。しかしながら、2 次元TLDの感度不均一性、フェーディング特性、繰り返 し使用による感度低下のために実用化されなかった。
前述の放射線治療技術の発展は主に光子線治療に関してであったが、近年では粒子線治 療装置の小型化やスポットスキャニング照射などの照射技術の発展により、粒子線治療も 普及してきた。また、中性子捕捉療法においても、小型の加速器中性子源の開発により、原 子炉から病院での治療へと移行してきており、光子のみならず、荷電粒子や中性子のイメー ジングの需要も高まってきている。そのため、2次元TLDを用いた放射線イメージングに おいて、光子線に関する詳細な基礎特性の調査は必要不可欠である。
本研究では、光子線治療に焦点を当て、汎用の放射線治療装置とロボティックラジオサー ジェリー専用の放射線治療装置における2次元Al2O3:Cr TLDのエネルギー依存性の調査と、
2次元Al2O3:Cr TLDを用いた線量分布検証を行った。さらに、Al2O3:Cr TLDの組織等価性
の向上に関する理論的検討を行った。
1.3 用語の定義
本論文において、頻繁に使用される、または誤認されやすい用語及び略語を記載する。
CR: computed radiography
DTA: distance to agreement, 線量分布検証の位置ずれ
Dw: dose to water, 水吸収線量
IC: ion chamber, 電離箱線量計
OPF: output factor, 出力係数
OSL: optically stimulated luminescence, 光刺激ルミネセンス
PDD: percentage depth dose, 深部量百分率
SDD: source-to-detector distance, 線源検出器間距離
SFD: stereotactic field detector, 定位照射野検出器
SSD: source-to-surface distance, 線源表面間距離
TL: thermoluminescence, 熱ルミネセンス
TLD: thermoluminescence dosimeter, 熱ルミネセンス線量計
TL効率: 固定線量に対するTL応答
TMR: tissue maximum ratio, 組織最大線量比
TPS: treatment planning system, 治療計画装置
wt%: weight percent, 重量%
サイバーナイフ: robotic radiosurgery, ロボティックラジオサージェリー フェーディング: 経時的な応答損失
ルミネセンス: luminescence, 発光
繰り返し性: 同一素子を繰り返し使用した場合の再現性
蛍光: fluorescence, 10-8秒以下の寿命を持つルミネセンス
燐光: phosphorescence, 数秒以上の寿命を持つルミネセンス
“Thermoluminescence (TL)”と い う 用 語 は 技 術 的 に は“Thermally stimulated luminescence
(TSL)”が正しいが、慣習的に頻繁に使用され広く認知されているため、本論文ではTLを使
用することとする。また、CR の発光機序についても scanning laser (or photo) stimulated
luminescence等と紹介されることもあるが、原理はOSLと同じであるので本論文ではOSL
と説明する。
1.4 論文の構成
本論文では以下の8章で構成される。
第1章では本研究の背景、目的、本論文で用いられる用語の定義、について記した。
第2章ではTLの原理、TLグロー曲線、TL特性、TL材料について記した。
第3章では2次元TL線量測定の歴史、2次元TLD、光子線治療における2次元TL線量 測定の先行研究について記した。
第4章では本研究に用いる2次元TLシステムと先行研究について記した。
第5章では2次元Al2O3:Cr TLDを用いてサイバーナイフにおけるエネルギー依存性を調
査し、線量分布検証への適用性を評価した。
第6章では4, 6, 10 MVの治療用X線ビームに対する2次元Al2O3:Cr TLDのエネルギー
依存性を調査し、IMRTの線量分布検証を実施した。
第7章では密度制御による2次元Al2O3:Cr TLDのエネルギー依存性の改善をモンテカル ロシミュレーションにより検討した。
第8章では今後の展望について記した。
第9章では本論文の総括を行った。
第 2 章 熱ルミネセンス線量計
2.1 原理
蛍光体や燐光体と呼ばれる固体から観察されるルミネセンス (発光) には、いくつかの種 類があるが、これらは可視光、赤外線、紫外線、電離放射線による事前の励起により固体内 に蓄積されたエネルギーの放出現象である。放出波長は入射波長よりも長い波を持ち (スト ークスの法則)、放出波長はルミネセンス材料に特有である。ルミネセンス線量測定におい て、放射線のエネルギーを蓄積する能力はルミネセンス線量測定において重要であり、一般 的に不純物原子や格子欠陥といった活性化剤の存在に起因する。放射線の線量測定におい てはシンチレーション、熱ルミネセンス (TL)、光刺激ルミネセンス (OSL)、ラジオフォト ルミネセンスなどのルミネセンスが線量測定に用いられている。ここでは、本研究の対象で ある熱ルミネセンス線量計 (TLD) 利用されるTLについて述べていく。なお、本章におけ る記述は、これまでの数々の教本や論文4–7)を参考にしており、本論文に記載されている以 上の情報はこれらを参考にして頂きたい。
TLは、放射線の照射により絶縁体または半導体の固体に蓄積されたエネルギーが熱刺激 されたときにルミネセンスとして放出される現象である。これは固体が高温に加熱された 時に赤色光を自然に放出する黒体放射または熱放射 (熱輻射) と異なる。従って、TL 材料 としての必須条件は1) 絶縁体または半導体であること、2) 放射線によるエネルギーを蓄積 すること、3) ルミネセンス現象は熱により引き起こされることである。線量測定に用いら れる主なTL材料は絶縁体であり、絶縁体の代表的なものとしてはLiFなどのハロゲン化ア ルカリ金属があげられる。図2.1にLiFの理想的な結晶構造を示す。図1に示すように、ハ ロゲン化アルカリ金属の結晶構造はアルカリ金属とハロゲンが規則的に配列した 3 次元構 造であるが、実際の結晶は欠陥を有している。結晶の構造欠陥は、1) 潜在的 (自然の) 欠陥、
2) 外因性 (不純物の) 欠陥、3) 放射線による欠陥の生成、の3つのパターンに分けられる。
このように結晶中には様々な種類の欠陥が存在しており、これらがTLに関連するトラップ
(捕獲準位) として機能する。
図2.1 LiFの理想的な結晶の3次元構造 (● Li、〇 F)
一般的にTLの原理はエネルギーバンド理論で説明される。理想的な絶縁体または半導体 の結晶では伝導帯 (conduction band) と価電子帯 (valence band) は数 eV のエネルギー差で 分離されており、この禁止帯と呼ばれるバンドギャップ間に電子または正孔を捕獲できる エネルギー準位は存在しない。しかしながら、結晶中に構造的な欠陥が存在する場合、バン ドギャップにエネルギー準位が存在する可能性がある。図2.2に電子と正孔の放射線照射中 の過程を示す。放射線照射により固体内では電離が起こり、電子正孔対が生成される。生成 された電子と正孔は (a) 欠陥にトラップされるか、(b) 発光を伴って (または伴わずに) 正 孔と再結合して価電子帯に戻るか、(c) 電子がすでに正孔のトラップにより活性化された発 光中心とルミネセンスを伴い再結合する (ラジオルミネセンス)。これらの過程は正孔に対 しても同様に起こる。また、電子または正孔のトラップ確率は再結合確率よりはるかに小さ い。通常、TL材料では1種類または複数種類の不純物を添加することにより、バンドギャ ップ内に新たなエネルギー準位を生成させることでトラップ確率を向上させている。つま り、不純物の添加によりTL効率を向上させることができる。
図2.2 結晶における放射線照射による過程 (● 電子、〇 正孔)
図2.3に電子と正孔の加熱中の過程を示す。放射線照射後の、準安定状態の固体に熱を加 えることにより、欠陥にトラップされていた電子は、トラップから伝導帯へと遷移するのに 十分なエネルギーを得る。そして、(a) 欠陥に再トラップされるか、(b) 発光を伴って (また は伴わずに) 正孔と再結合して価電子帯に戻るか、(c) 電子が正孔活性化の発光中心とルミ ネセンスを伴い再結合する。この (c) の過程がTLである。これらの過程についても正孔に 対しても同様に起こる。放射線照射により固体内の欠陥にトラップされていた電子または 正孔は、加熱により解放され上記のいずれかの過程を経るが、十分な加熱により欠陥にトラ ップされていた全ての電子または正孔は価電子帯に戻り、再び安定状態となる。このように 読み出し後の十分な加熱により放射線照射前の安定な状態に戻ることをアニーリングと呼 ぶ。従って、放射線照射、読み出し、アニーリングのサイクルにより、TLは繰り返し観測 することができる。
図2.3 結晶における加熱による過程 (● 電子、〇 正孔)
以上がTLの原理であるが、読み出しに用いる熱刺激を光刺激に変えた場合も、ルミネセ ンスを示し、これをOSLと呼ぶ。TLとOSLの発光機序の違いは読み出し方法のみである が、OSL で観測されるルミネセンスは TL によるものと必ずしも同一ではない。OSLでは 光刺激に用いる光の波長により、読み出されるトラップが選択的である場合もある。これ以 上のOSLの詳細に関してはこれまでの数々の教本や論文8–10) を参考にして頂きたい。
2.2 TLグロー曲線
放射線によりTLDに蓄積されエネルギーを読み出すには、TLDの温度を徐々に上昇させ、
放出されるTL を光電子増倍管でモニタする方法がとられる。温度または時間に対するTL 強度はTLグロー曲線と呼ばれる。TL測定において、TLグロー曲線の最大強度または積算 値を TL 応答として用いる。図 2.4 に TL グロー曲線の一例として、BeO (Thermalox 995,
Materion Corp., USA) のTLグロー曲線を示す。バンドギャップ間のトラップの深さはトラ
ップごとに異なるため、トラップされていた電子を伝導帯へ遷移させる温度も異なる。その 結果、BeOのTLグロー曲線では160℃付近と270℃付近に2つのグローピークが現れる。
グローピーク温度とその最大強度は昇温速度に依存する。そのため、TL測定においては昇 温速度の影響を小さくするために最大強度より積算値を用いるのが一般的である。読み出 しの最高温度は400℃、昇温速度は2℃/sなどが一般的である。1.1でも触れたが、300℃を 越えるような高温では固体は熱放射により赤色光を放出するため、バックグラウンド低減 のために、光学フィルタが広く用いられている。TLグロー曲線におけるピークごとのTL強 度は様々な情報を含んでいるが、臨床応用において、一般的に単純な積算値が用いられるた め、本論文においてTL グロー曲線のこれ以上の説明は省くこととする。TL グロー曲線に 関する詳細はこれまでの数々の教本や論文4–7) を参考にして頂きたい。
図2.4 BeO (Thermalox 995) のTLグロー曲線 (昇温速度は0.13℃/s) 0.0
0.2 0.4 0.6 0.8 1.0
0 50 100 150 200 250 300 350
0.5 Gy 1.0 Gy 2.0 Gy 5.0 Gy
TL intensity (arb. units)
Temperature (°C)
(×106)
Heating rate: 0.13 ºC/s
2.3 TL特性
放射線計測において、較正条件と実験条件は稀に同一となることがあるが、基本的にはそ れぞれの実験条件に対して補正する必要がある。電離箱線量計による測定において、線量率 や温度・気圧などの条件を補正するのと同様に、TL 測定においても TL 応答に影響を及ぼ す数々の要素、つまりTL 特性を補正する必要がある。TL 測定において補正を必要とする 主な要素はTLDの線量応答、エネルギー応答、フェーディングの3つである。小型のTLD を用いたポイント線量測定においては角度依存性も補正する必要がある。また、他の線量計 には影響するが、TLDには影響しない要素もある。例えば、TLDのような蓄積型蛍光線量 計は109 Gy/sまで線量率に依存せず11–13)、4×109 Gy/sまで2%以内である14)。2.1でも述べ たとおり、このことはTLDにおいて放射線によるエネルギーの内、TLに関与する電子また は正孔のトラップ確率は極めて小さいことに起因する。通常、補正係数は特定の線量計と特 定の較正条件を基準とするため、TL 測定においてはLiFの60Coビームに対する照射後24 時間の測定値などを用いる。
一般的にそれぞれの補正係数は独立しており、他の補正係数に関連しない。しかしながら、
非線形性の線量応答を有する TLDでは、ビームエネルギーにある程度依存する 15)。また、
読み出し方法に注意が必要となるLiF等のTLDでは、エネルギー依存性が最大読み取り温 度により変化する16)。従って、定量的な結果を保証するためには、一貫した読み取り手順が 必要となる。
2.3.1 線量応答
TLD は放射線の線量に比例した TL を示す特性から放射線計測に利用される。しかしな がら、ほとんどの TL 材料の TL 応答は線量に依存し、非線形応答を示す。図 2.5 に BeO
(Thermalox 995, Materion Corp.) の線量応答性を示す。一般的なTLDの線量応答の特徴とし
て、低線量では線量に対して直線性を有するが、高線量域になると超直線性 (superlinearity) と呼ばれる、感度の上昇を示す。さらに大線量になると、全てのトラップが満たされること により、TL応答は平坦になる。ほとんどのTL 材料において、このような飽和が現れるの は102–103 Gy 程度であるため、医療現場での使用において考慮が必要となることはほとん どない。また、線量応答は広い線量範囲の直線性を示すことが望ましいが、超直線性につい てはフィルム線量と同様に線量応答曲線を作成することで大きな問題となることはない。
しかしながら、線量応答性は線量に関する単純な関数ではなく、線量の他にもアニール履歴、
放射線の種類、エネルギー、読み出し手順なども影響する。特に、線エネルギー転移 (linear
energy transfer: LET) または放射線場の電離密度に依存する。LiFの超直線性は60Co照射で
最大3.5倍であるのに対し、管電圧20 kVのX線照射では1.5倍である17–19)。本論文は光子 線に対する TLD の研究であるため粒子線については取り扱わないが、粒子線に対する TL 線量測定では、使用するTLDのLET依存性を考慮する
図2.5 BeO (Thermalox 995) の線量応答性 0.0
1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0
0 1 2 3 4 5 6
TL intensity (arb. units)
Dose (Gy)
(×108)
2.3.2 エネルギー応答
光子線に対する個人被ばく線量や医療における線量のTL測定には、人体組織の実効原子 番号と近い組織等価型のTL材料が望ましい。実効原子番号Zeffが大きくなると、低エネル ギー光子に対してのTL応答が高くなる、過応答を示す。通常、エネルギー依存性は60Coの 1.25 MeVや137Csの0.66 MeV γ線のTL応答を基準して評価される。図2.6にBeO:Na (UD- 170A, Matsushita Electric Industrial Co., Ltd. , Japan) とCaSO4:Tm (UD-110S, Matsushita Electric
Industrial Co., Ltd.) の光子線に対するエネルギー応答を示す。図2.6からわかるように、非
組織等価型のCaSO4:Tm (Zeff =15.3) では0.045 MeVの光子に対して、8.8倍の過応答を示す が、組織等価型のBeO:Na (Zeff =7.13) ではほぼ一定の応答を示す。
図2.6 BeO:Na (UD-170A) とCaSO4:Tm (UD-110S) の光子線に対するエネルギー応答
(プロットは実測値、実線は空気に対するTLDの質量エネルギー吸収係数比)
エネルギー応答は放射線エネルギーの関数としての線量当たりのTL応答つまりTL効率 である。エネルギー応答SEはTL材料の放射線エネルギーEの吸収係数に起因し、光子線に 対しては質量エネルギー吸収係数µen/ρに当たり、(2.1) 式であらわされる。
𝑆𝑆𝐸𝐸(𝐸𝐸) = (𝜇𝜇en/𝜌𝜌)𝑚𝑚
(𝜇𝜇en/𝜌𝜌)𝑟𝑟𝑟𝑟𝑟𝑟 (2.1)
ここで、添え字mおよびrefはそれぞれTL材料および参照材料を指す。通常、参照材料と して空気が用いられる。
光子と物質の主な相互作用は光電効果、コンプトン散乱、電子対生成であり、その相互作 用が支配的であるかは、入射光子エネルギーと物質の実効原子番号 Zeffにより決定される。
低エネルギー光子では光電効果が支配的で、エネルギーが高くなるとコンプトン散乱が支 配的になる。原子番号をZ, 光子エネルギーをEとすると、それぞれの反応の原子断面積は 光電効果ではZ5 E-3.5に比例し、コンプトン散乱では物質の電子数に依存するためZに比例 し、電子対生成ではエネルギーが高くなると増大し、ほぼZ2に比例する。従って、理想的
0 2 4 6 8 10 12
0.01 0.1 1 10
BeO CaSO4 (µen/ρ)BeO, air (µen/ρ)CaSO4, air
Energy (MeV)
2.3.3 フェーディング
放射線照射後のTLDはエネルギーを蓄積した準安定状態であるが、時間の経過に伴った TL 応答の減少がみられる場合がある。この現象をフェーディング (退行現象) と呼ぶ。フ ェーディングは熱的または光的な励起によりすでにトラップされていた電子または正孔が 燐光の放出を伴って (または伴わずに)解放される現象である。TLグローピーク温度が低い 場合、熱的な安定性が低いため、トラップされた電子または正孔は室温においても解放され てしまう。このような熱による経時的なTL応答の減少を熱フェーディングという。熱安定 性の高いTL材料の場合でも、極端に温度の高い環境で保管される場合には熱フェーディン グが起こり得る。燐光の寿命は温度に依存しており、温度が高いほど寿命は短くなる。等温 環境下では最も単純な燐光の減衰曲線は指数関数で表される。従って、照射後のTLDはTL グローピーク温度より十分低い温度の等温環境で保管されることにより、熱フェーディン グの影響を小さくすることができる。また、2.1でも述べたとおり、TLDは光刺激によって もトラップした電子または正孔を解放してしまうため、放射線の照射から読み出しまでの 間に遮光する必要がある。光による経時的なTL応答の減少を光フェーディングという。一 般的に光フェーディングはエネルギーの高い直射日光や短波長の光に対して大きく、長波 長の光で小さく、光の強度 (照度) に依存する。熱と光によるフェーディングの他にも“異 常”または“非熱”フェーディングと呼ばれるものもある。これはTLDのトラップのパラ メータと保管温度から予想される減衰よりもはるかに速いフェーディングであり、数多く の報告がなされている20, 21)。
2.4 TL材料
TLの歴史は非常に古く、1663年にSir Robert Boyle22) がSir Robert Morrayへ送った手紙 に、暗闇でダイヤモンドの発光を観察したことが記録されている。TLが放射線の線量測定 への利用は、1950年頃のDanielsら23) と、その後のCameronら24) の貢献が大きい。地球に 存在する多くの結晶がTL 特性を有するため、TL 材料は数えきれないほどの種類がある。
歴史的なTL材料としては、CaF2:Mn, CaF2:Dy, CaSO4:Mn, CaSO4:Dy, Li2B4O7:Mn, BeOがあ る。放射線計測においては組織等価性が重要視されるため、実効原子番号が軟組織と等しい 組織等価型と軟組織より大きい非組織等価型に分けられる。CaF2やCaSO4といった非組織 等価型のTL材料は高原子番号であるため高感度であるが、低エネルギーの光子に対する光 電効果断面積が大きいために過応答を示す。Li2B4O7は組織等価性に優れるが、吸湿性があ る。BeO は毒性が強く、現在では国内での製造も禁止されている。このようなそれぞれの TL材料の持つ短所により、組織等価型の LiF:Mg,TiとLiF:Mg,Cu,P が最も広く使用されて いる。
代表的なTLDの一般的なTL特性を表2.1に示す。
表2.1 代表的なTLDの一般的なTL特性4, 5) Materials Commercial
Name
Effective atomic number
Relative sensitivity
Main glow peak (℃)
Linear dose range (Gy)
Saturation dose (Gy)
Thermal fading Optical fading
LiF:Mg,Ti TLD-100 (Li natural)
8.20
1 235 5 × 10-5–1 103 5–10% in 1 year NA
TLD-600 (Li-6 isotope) TLD-700 (Li-7 isotope) LiF:Mg,Cu,P TLD-100H
(Li natural)
< 25–35 210 3 × 10-6–10 10–102 NA in 3 months NA TLD-600H
(Li-6 isotope) TLD-700H (Li-7 isotope) CaF2:Dy TLD-200
16.54
< 16–30 185 10-5–10 5 × 102–104 25% in 4 weeks Sensitive
CaF2:Tm TLD-300 < 3 170 1–10 10 - -
CaF2:Mn TLD-400 < 7–10 310 10-5–10 2 × 102–103 7% in 1 day -
Al2O3:C TLD-500 11.14 < 5–30 210 10-6–102 5 × 101–103 5% in 1 months Sensitive
Li2B4O7:Mn TLD-800 7.25 < 0.4 190 10 3 × 104 5% in 60 days Sensitive
CaSO4:Dy TLD-900 15.22 < 30–50 225 (1℃/s) 3 × 10-6–10 103 7–30% in 6 months 30% in 5 hours
Mg2SiO4:Tb MSO 11.11 < 40-100 200 10-1–4 > 103 NA Sensitive
BeO Thermalox 995 7.12 < 3 330 10-4–5 × 10-1 5 × 103 7% in 2 months 50% in 1 hour
- : No data NA: Not appreciable Main glow peak: At 10℃/s, unless noted.
第 3 章 2 次元 TL 線量測定
3.1 2次元TL測定の歴史
2.1ですでに述べたとおり、TLDとして放射線の線量測定にTLが使用されるようになっ たのは、1953年にDanielsら23) がTLを用いた線量測定に成功した後であるが、TLイメー
ジングは1964年にFremlinとSrirath25) が骨董品からのTLをイメージングした写真フィル
ムを使用したことに始まる。しかしながら、これはTLによる年代測定において測定試料が 示すTLにムラがあることを確認したものであり、線量測定への応用ではなかった。2次元 TLDとしては1967年に中島ら26)が松下電器産業株式会社 (現:パナソニック株式会社) 製 の CaSO4:Mn を用いて、皮膚線量の測定を目的とした薄膜 TLD を開発した。1972 年には BroadheadとNewman27) がTL image storage panel (ISP) を開発した。このISPは、CdSO4-Mn-
Sm-TI-NaFの燐光体層と加熱層を一体化させたもので、カメラあるいは写真フィルムを用い
て画像を得るものであった。ISPはTL材料を使用することでX線フィルムより高感度かつ 即時に画像化可能なイメージングデバイスとして開発され、放射線の線量測定を目的とし なかった。CO2レーザによる加熱方式が提案され26-28)、1983年に前述のCaSO4:Mn薄膜TLD は、安野ら31) (松下電器産業株式会社) によりTLフィルムとして100 × 100 mm2まで大面積 化され、CO2レーザによるスキャニング加熱を用いた読み取り方式による高解像度な放射線 イメージングに成功した。図3.1にCO2レーザ加熱を用いたTL 測定方式を示す。一方で、
同じ頃にOSLを利用したCRが開発されると32,33)、レーザースキャニングを用いた高解像 度かつ高速なイメージングが可能なCRはX線フィルムに代替した。
図3.1 CO2レーザ加熱を用いたTL測定方式
レーザ加熱と PMT を用いた 2 次元の TL 読み取り方式が開発された十数年後に CCD
(charge coupled device) カメラが比較的安価で購入できるようになると、PMT の代わりに
CCD カメラが使用されるようになった。1997 年に Duller ら 34) はCCD カメラ取り付けた
TL/OSL Risø readerを用いて最大空間分解能17 µm/pixelでのTL分布の取得に成功し、この
読み取り方式はCCDカメラを用いた2次元TLリーダ、すなわちCCDシステムの基礎とな っている。CCD システムは複数の研究グループにより開発された 35-38)。図3.2 にヒータ加 熱を用いたCCDシステムの概略図を示す。CCDシステムは大面積ヒータと画像でのデータ 出力以外に関しては、通常のヒータ加熱とPMTを用いたTLリーダと同様で、1–10℃/sの 昇温速度で室温から最大温度まで加熱する。
図3.2 CCDシステムの概略図
3.2 2次元TLD
TLDとして用いられるTL素子は数多く、これまでに組織等価型のフッ化リチウム系35),
37) やホウ酸リチウム系39-41)、非組織等価型の硫酸カルシウム系 42) や硫酸バリウム系 36) の 代表的なTL 素子を用いた2次元TLDが複数の研究グループにより開発されている。一般 的なTLD の形状にはTL 素子を固めた薄いペレット (円板)、ロッド (円柱または四角柱)、
キューブ (立方体) があるが、2次元TLDの形状にはペレット、薄膜 (シート)、板 (プレー ト) がある。ペレットはTL素子をホットプレスにより成形するため、基本形状は円形で形 状が限定的であり、大面積化が難しい。そのため、TL フォイル 35,42) あるいは TL シート
36,37,40) と呼ばれる、大面積化が可能で、柔軟かつ切断加工が自在な薄膜状の2次元TLDが
複数の研究グループで開発されてきた。図3.3に一般的な薄膜状TLDの構造を示す。薄膜 状 TLD は耐熱樹脂の結合剤と数十 μm の粒形の TL 素子を混合物から成る有感層 (Active
layer) と、耐熱樹脂シートの支持層 (Substrste layer) から構成される。その他、薄膜状TLD
と比較して厚みがあり堅牢な板状の2次元TLD38,39,41) も開発されている。板状TLDにはTL 素子のみで構成されるもの38,39)とTL素子と耐熱樹脂の結合剤で構成されるもの 41) の2種 類がある。これまでに、2次元TLDに関する研究は、外部光子線治療39,41,44-47)、小線源治療
36)、粒子線治療42,48) への応用、放射光37)及び中性子49) の2次元TL線量測定についても報 告されており、2次元TLDは新たな2次元受動型線量計として幅広い応用が期待されてい る。
図3.3 薄膜状TLDの構造
3.3 光子線治療における2次元TL線量測定の先行研究 3.3.1 薄膜状TLD
光子線治療における2次元TLDの応用研究はポーランドとイタリアの研究グループと日 本の研究グループから報告されている。2008年にKobatら44) はTLフォイルを用いた小照
射野の6 MV X線ビームに対する2次元TL線量測定を報告している。LiF: Mg,Cu,Pとテフ
ロンで構成された、50 mm × 50 mm、厚さ0.2 mm、密度1.95 g/cm3の防水性のTLフォイル を用いて、水中における PDD と最大深における横方向の OAR について治療計画装置との 検証を実施している。この報告において、取得された線量分布の解像度は 6 pixel/mm であ り、マルチリーフコリメータ (multi-leaf collimator: MLC) を用いた小照射野のX線ビームに 対する検証に十分な解像度で検証可能であることを示した。また、TLフォイルの感度不均 一の影響により精度の高い検証は行えていないが、光子線治療における2次元TL線量測定 の実現可能性を示した。さらに、2010年にKisielewiczら45) はLiF: Mg,Cu,PのTLフォイル
の6 MVと18 MV X線ビームに対する線量応答と200 mm × 200 mmに拡大したTLフォイ
ルを用いたIMRTの線量分布検証の報告をしている。この報告では、6 MVと18 MV X線ビ ームに対する線量応答におけるエネルギー依存性はなく、繰り返し性は変動係数 5–10%で あること、信号雑音比から測定可能な下限線量は0.4 Gyほどであることを示した。IMRTの 線量分布検証においては線量差と位置ずれの両方を評価するガンマ解析を用いており、判
定基準3%, 3 mmでのガンマ解析の合格率は92.7%と良好な結果が得られているように思わ
れる。しかしながら、感度不均一の改善が求められると結論づけられており、線量分布画像 や線量プロファイルからもノイズの影響が大きいことは明らかである。ガンマ解析では判 定基準を設定しているため、ノイズが多い場合でも基準の分布に対する標的の分布の評価 点が多い場合、つまり標的の分布の空間分解能が高い場合に合格率が高くなってしまう。従 って、線量プロファイルの一致度からも、臨床で用いるには十分な精度で線量分布検証を実 現したとは言い難い。また、同年にKłosowski ら42) はCaSO4: Dyとフッ素樹脂で構成され
た、厚さ0.3 mmのTLフォイルを開発した。2013年にMarrazzoら46) は2種類のTLフォ
イルを用いた6 MV X線の線量プロファイルとIMRTの線量分布の検証を報告しているが、
線量プロファイルは5–10%の変動がみられ、TLフォイルの感度均一性が不十分であり、不 均一補正が必須であるとしている。さらに、2014年にKłosowskiら47) は2種類のTLフォ イルの繰り返しの測定による感度の低下を報告している。TLフォイルは繰り返し使用が可 能であるとしていたが、10回の使用でTL強度は8%程度低下しており、樹脂の変性が原因 と推察している。3.2で説明したように、薄膜状TLDには耐熱性の樹脂が使用されるが、繰 り返しの測定やアニーリングによる熱変性は十分に考えられる。
3.3.2 板状TLD
日本の研究グループついては、2011年に眞正ら37) はLi2B4O7: Mn,Alから成る80 mm × 80
mm、厚さ2.5 mm、密度1.01 g/cm3の、実効原子番号及び密度を組織等価とした板状TLDを
開発した。これは2次元TLDとして用いるだけでなく、積層させることで3次元線量分布 の取得を可能とする2次元及び3次元線量計であり、6 MV X線におけるOAR検証と3次 元線量分布測定を報告している。この報告では、OAR の線量プロファイルのノイズは大き いが、電離箱線量計による測定結果とよく一致しており、また、3次元線量計としての新た な潜在能力を示した点で非常に重要なものである。2014年には眞正ら41) はLi3B7O12: Cuと 耐熱性樹脂で構成される板状TLDを開発し、6 MV X線のOAR及びPDDの線量プロファ イル検証を報告している。この報告において、2 次元TLDの感度不均一の補正が初めてな され、補正後のTL画像の感度不均一性は変動係数1.3%で、OAR及びPDDは電離箱線量計 の測定結果とよく一致している。このLi3B7O12: Cuと樹脂の板状TLDはLi2B4O7: Mn,Alの みで構成される板状TLDの脆さや製作の困難さ等の理由のために樹脂を混合したと述べら れている。樹脂の混合により、粒状度が改善され、ノイズが小さくなった一方で、前述のTL フォイルで問題となった繰り返し使用による樹脂の熱変性に起因する感度低下が起こると 考えられる。また、2016年に眞正ら38) はAl2O3セラミックスから成る板状TLDのTL特性 を報告した。このAl2O3セラミックスの板状TLDに関しては次章で詳しく説明する。
第 4 章 本研究における 2 次元 TL 線量測定
4.1 Al2O3:Cr TLD
これまでに述べてきた通り、2 次元TLDの最大の利点である繰り返しの使用を実現する ためには熱変性を起こす樹脂を含まない2次元TLDが望まれる。2016年に眞正ら38) は、
酸化アルミニウム (Al2O3) を主成分とした市販のセラミック板が優れたTL特性を有し、低 コスト、大面積化が容易で、繰り返し使用可能な2次元TLDとして有用であることを明ら かとした。この市販のAl2O3セラミックスの昇温速度0.1℃/sでのTLグロー曲線は、170℃
付近にメインピーク、250℃と 315℃付近にサブピークを持ち、その発光波長から Cr3+に起 因する発光機序であることが明らかとなった。そこで、眞正らは酸化クロム (Cr2O3) を添加 したAl2O3:Cr セラミックスから成る板状TLDを開発し、TL 感度と熱フェーディング特性 を向上させた。
Al2O3:Cr TLD (Chiba Ceramic MFG. Co., Ltd., Japan) はAl2O3 > 99.5 wt%, SiO2 < 0.10 wt%, Fe2O3 < 0.05 wt%, Na2O < 0.10 wt%で構成されるAl2O3を母材に0.05 wt%のCr2O3を添加した もので、実効原子番号は11.14、密度は3.7 g/cm3である。TL感度はCr2O3無添加の場合と比 較して4.8倍向上している。図4.1にAl2O3:Cr TLDの昇温速度0.1℃/sでのTLグロー曲線 を示す。TL グロー曲線のメインピークは 310℃付近となり、熱フェーディング特性も向上 している。150℃未満のサブピークを持つが、このサブピークはメインピークに比べて極め て小さくほとんど無視できる。また、図4.2に6 MV X線に対するAl2O3:Cr TLDの線量応答 を示す。Al2O3:Cr TLDの線量応答は約4 Gyまでで良好な直線性を有し、それ以降では超直 線性を示す。また、光電子増倍管を用いた測定での結果から素子ごとのTL強度の変動係数
は5-6 %と推定され、照射と読み出しの5回のサイクルにおける同一素子の変動係数は1 %
未満と高い繰り返し性を有する。
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2
0 50 100 150 200 250 300 350 400
Heating rate: 0.1 ºC/s
Relative TL intensity (arb. units)
Temperature (ºC)
図4.2 Al2O3:Cr TLDの線量応答性
粒径の小さな TL 素子と耐熱樹脂を用いて製作される従来の 2 次元 TLD と異なり、
Al2O3:Cr TLDはTL材料のみでセラミックプレートとして製作される。そのため、TL材料
の分布ムラが少ない2次元TLDを製作が容易である。また、繰り返し使用による熱変性を 起こす樹脂を含んでいないため、高温で十分にアニーリングを行うことで、繰り返し性の高 い TL 線量測定を行うことができる。また、詳細は後述するが、繰り返し性に優れるため、
TL画像上のピクセルごとのTL感度の補正が可能である。
0 50 100 150 200
0 20 40 60 80 100
Relative TL Intensity (arb. units)
Dose (Gy)
4.2 2次元TLリーダ 4.2.1 構成
首都大学東京においても CCDカメラを用いた2次元TL リーダは開発され、このTLリ ーダを用いた2次元TL線量測定のいくつかの報告がなされている。本研究に用いた2次元 TLリーダの基本原理は前述のCCDシステム (図3.2) と同様であるが、CCDカメラの代わ りにCMOS (complementary metal-oxide-semiconductor) カメラを用いた。暗箱に取り付けられ た温度ムラの少ない特注のヒータ (Sakaguchi E.H VOC Corp., Japan) と熱吸収ガラスフィル タ (KG5, SCHOTT AG, Germmany) を備えたCCDカメラ(ORCA®-Flash4.0 V2, C11440-22CU,
Hamamatsu Photonics K.K.)で構成され、有効画素数2048 × 2048の16 bit画像を出力すること
ができる。また、2次元TLリーダにより得られるTL画像は積算TL画像であるためヒータ の温度分布ムラは影響しないが、特注のヒータは±3℃以内の均一な温度分布で加熱するこ とができる。また、2次元TLリーダは最大で80 × 80 mm2の読み出しが可能であり、総合 空間分解能はカメラの空間分解能に依存する50 µm/pixelである。
4.2.2 動作
図4.3に実際に使用した2次元TL リーダを示す。放射線照射によりエネルギーを蓄積し 準安定状態となった2次元TLDは、TLリーダの暗箱内部の3本のピンの上に設置される。
測定開始ボタンを押すと、ヒータの上昇に伴い、暗箱のドアは閉じられ暗箱内が完全に遮光 される。その後、ヒータは加熱位置まで上昇し、2次元TLDは加熱され、発せられたTLは CMOSカメラで取得される。本研究において、ヒータの加熱温度は400℃に設定した。CMOS カメラによる画像取得には High Performance Imaging System (HiPic) 32 bit (version 9.2 pf5
12.03.2013, Hamamatsu Photonics K.K.) ソフトウェアを用いた。画像の取得条件は露光時間
10秒で25回の連続撮影とし、保存形式はTagged Image File Format (TIFF) 形式とした。25 枚目の画像をバックグラウンドとし、減算処理後の全ての画像の積算画像 (32 bit) をTL画 像として用いた。
図4.3 2次元TLリーダ