第 8 章 今後の展望
8.2 光子以外の放射線への応用
放射線治療において光子線治療は最も標準的かつ精度の高い治療法であるが、粒子線治 療装置の小型化が進み、一般の病院への導入が容易になってきた。特に小型の陽子線治療装 置は複数のメーカから販売されており、ビルドアップ後に緩やかに減衰する光子線とは異 なり、陽子線は特定の深さに集中してエネルギーを付与するブラッグピークと呼ばれる線 量ピークを形成するため、線量分布の形成において利点を有する。そのため、今後、照射技 術の発達に伴い、光子線治療に代替する可能性がある。また、重粒子 (炭素) 線治療装置も 小型化が進んでおり、さらなる普及が期待される。炭素線は陽子線同様にブラッグピークを 形成することに加え、光子線、陽子線と比較して生物学的効果比が高いという特徴を有する。
そのため、治療期間を大幅に短縮できるほか、放射線感受性の低い病変に対しても有用であ る。さらに、粒子線治療の照射技術は、従来の拡張ブラッグピークを用いた照射法から、ス ポットスキャニング照射と呼ばれる、任意の点に任意の線量を照射しながら、次の照射点に 移動する高度な照射法に発展している。また、中性子補足療法ではこれまで原子炉中性子源 を使用してきたため、非常に限られた場所でしか治療を実施することができなかったが、加 速器中性子源が開発され、今後は病院での治療が可能になっていく。このような背景から、
今後、荷電粒子線や中性子線の測定が可能な2次元線量計の需要も高まってくる。
第2章でも述べたとおり、TL素子として使用される物質は数多くあるため、それぞれの 放射線の特徴に合わせたTL線量測定が行われてきた。そのため、それぞれの放射線に対す る優れたTL特性を有するTL素子が開発されれば、荷電粒子線と中性子線に適した2次元 TLDの開発も期待される。また、本研究で用いた2次元Al2O3:Cr TLDの荷電粒子線と中性 子線への応用研究も行われており、それぞれの放射線への適用性も明らかになりつつある。
8.3 2次元密度制御Al2O3:Cr TLDの製作
第 7章でAl2O3:Crの組織等価性の向上のための密度制御の有効性が明らかとなった。密 度制御Al2O3:Cr TLD (Chiba Ceramic MFG Co., Ltd.) は実際に製作されており、現在では65%
までの密度制御に成功している。図8.1に製作した密度制御Al2O3:Cr TLDを示す。また、
密度制御0, 10, 20, 30, 40, 50, 60, 65%のAl2O3:Cr TLDのTLグロー曲線とTLスペクトル測 定の結果を紹介する。
首都大学東京の放射線治療装置 (Versa HD, Elekta AB, Sweden) の6 MV X線ビームに対す るTLグロー曲線とTLスペクトル測定値を取得した。TLグロー曲線は、PMT (Hamamatsu
Photonics K.K.) を使用して、室温から400℃まで0.1℃/sの昇温速度で測定した。TLスペク
トルは、フォトニックマルチチャネルアナライザ (PMA-12, G1108001, Photonics K.K.) を使 用して、昇温速度2℃/sの昇温速度で測定した。
図8.1 実際に製作した密度制御Al2O3:Cr TLD
図8.2に6 MV X線ビームに対する密度制御Al2O3:Cr TLDのTLグロー曲線を示す。各
TLDは測定に十分な感度を有し、密度制御率が高くなるにつれてTL強度は減少し、密度制
御率40%以上ではTL感度の減少は密度制御率に依存しなかった。図8.3に6 MV X線ビー
ムに対する密度制御Al2O3:Cr TLD のTL スペクトルを示す。ピーク波長はCr3+の起因する
695.7 nmであり、密度制御による波長の変化はなかった。従って、密度制御によりAl2O3:Cr
TLD の TL メカニズムの変化させることなく、効果的に組織等価性を向上させることがで きると考えられる。
このように密度制御Al2O3:Cr TLDの製作は実際に成功しているが、密度制御率が高くな るほど脆くなるため、大面積化が難しい。現状では一辺が2, 3 cm程度のものが製作されて いるが、今後さらなる大面積化が課題である。
図8.2 6 MV X線ビームに対する密度制御Al2O3:Cr TLDのTLグロー曲線
図8.3 6 MV X線ビームに対する密度制御Al2O3:Cr TLDのTLスペクトル
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0
0 50 100 150 200 250 300 350 400
Heating rate: 0.1 ºC/s Base (0%) 10%
20%
30%
40%
50%
60%
65%
T L i nt ens it y ( ar b. uni ts )
Temperature (ºC)
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2
300 400 500 600 700 800 900
Base (0%) 10%
30%
50%
65%
R ela tiv e T L in te n sit y ( ar b . u n its )
Wavelength (nm)
695.7 nm
8.4 2次元密度制御Al2O3:Cr TLDのエネルギー依存性の調査
前述のとおり、2次元密度制御Al2O3:Cr TLDの製作は進んでおり、今後、線量分布が取 得可能な大きさのものが製作された後には、本研究と同様に光子線治療におけるエネルギ ー依存性の調査を行う必要がある。
TLD のエネルギー依存性は吸収線量エネルギー依存性と固有エネルギー依存性の2つに 分けられる 65)。吸収線量エネルギー依存性は TL 素子の組成と形状により決定されるもの で、モンテカルロシミュレーションで求められる。一方、固有エネルギー依存性は、TL素 子の吸収線量に対するTL応答であり、TL素子固有のTL効率のエネルギー応答を示す。本 研究において、モンテカルロシミュレーションを用いてAl2O3:Cr TLDの組織等価性の向上 には密度制御が有効であることが示唆されたが、これは吸収線量エネルギー依存性である。
しかしながら、吸収線量の実測で得られるのは両方を考慮したエネルギー依存性である。8.3 で述べたように、密度制御によるTLメカニズムの変化がないことが示唆されたため、2次 元密度制御Al2O3:Cr TLDの吸収線量エネルギー依存性は小さくなることが推測される。し かしながら、TL素子のTL効率は様々な要因で変化することが考えられるので、2次元密度
制御Al2O3:Cr TLDのエネルギー依存性の調査は必要である。
第 9 章 総括
9.1 本研究のまとめ
光子線治療における、近年の著しい照射技術の発展により、強度変調放射線治療 (IMRT)、
強度変調回転放射線治療、定位放射線照射 (STI) などの高精度放射線治療が広く普及して きた。そのような高精度放射線治療の実施の前には治療計画の線量分布検証が行われる。従 来、フィルム線量計を用いた線量分布検証が行われてきたが、臨床現場では測定の簡便さか らオンラインの多列検出器での検証が一般的になりつつある。しかしながら、STIのような 小照射野を用いて病変の形状に合わせて高線量を投与する治療における線量分布は、急峻 の線量勾配を有する小さなものである。そのため、そのような線量分布の検証には、取得可 能な線量分布の空間分解能がフィルム線量計に比べて劣る多列検出器では十分な検証は行 えない。そのため、感度均一性と空間分解能の高いフィルム線量計が一般的に使用され、薄 型の2次元検出器の需要は未だ高い。また、近年、光子線以外の粒子線治療、中性子補足療 法といった新たな放射線治療技術も発展している。これらの治療における線量計測には、
LET や中性子反応断面積など、光子線では考慮されない要素に対する線量計の特性を調査 する必要がある。そのため、線量計開発の観点から、様々な材料で開発可能な線量計が望ま しい。地球に存在する数えきれないほど多くの物質がTL特性を持つため、TLDはこのよう な新たな治療のための線量計開発に適していると言える。
TL 材料がTLDとして放射線の線量測定に使用されるようになると、2次元TLDは広い ダイナミックレンジと繰り返し性を有する、フィルム線量計に代替する薄型 2 次元線量計 として期待され、様々な研究グループにより開発されてきた。しかしながら、2次元TLDの 感度不均一性やフェーディング特性のために実用化に至らなかった。また、ほとんどの2次 元TLDでは、繰り返し使用による樹脂の熱変性に起因するTL応答の損失は、2次元TLD の最大の利点をなくした。
本研究において、使用した2次元Al2O3:Cr TLDは、TL素子であるAl2O3:Crの純度99.5
wt%のセラミックスから成るプレート状TLDである。2次元Al2O3:Cr TLDは少なくとも50
Gyまでの広いダイナミックレンジ、約4 Gyまでの良好な線量直線性、変動係数1%以内の 高い繰り返し性を有し、水中での使用も可能である。これまでに、サイバーナイフにおける 品質保証試験の幾何学的確認試験と線量分布検証への利用が可能であることが明らかとな っており、繰り返し使用が可能な新たな 2 次元受動型線量計として臨床での実用化が期待 される。しかしながら、実効原子番号が高く、組織等価性に乏しいため、エネルギー依存性 を有すると考えられる。また、光子のエネルギースペクトルは照射野サイズと深さなどの照 射条件によって変化し、TLDのTL効率も光子のエネルギースペクトルによって変化する。
そのため、2次元Al2O3:Cr TLDのエネルギー依存性と適用範囲を明らかにする必要がある。
本研究では、TL線量測定の基礎となる光子に対する線量測定として、光子線治療に着目 し、サイバーナイフと汎用の放射線治療装置を用いた光子線治療における 2 次元 Al2O3:Cr TLDのエネルギー依存性の調査と、2次元Al2O3:Cr TLDを用いた線量分布検証を行った。