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売却物件に関する情報提供が不動産競売の落札価格及び入札件数に与える影響について
~不動産競売物件情報サイトの利用による効果の実証分析~
政策研究大学院大学 まちづくりプログラム MJU13605 一見 篤史
1.はじめに1
従来、担保不動産競売による売却物件の情報を 買受希望者が入手しようとした場合、執行裁判所 へ赴き、そこに据え置いてある情報から売却物件 の情報を取得する必要があった。しかし、2002 年 7 月から東京地方裁判所及び大阪地方裁判所にお いてインターネットによる情報提供サービスで ある不動産競売物件情報サイト(以下、「BIT シス テム」と言う。)での情報提供が始まったことに より、「いつでも」「誰でも」「無料で」担保不動 産競売による売却物件の情報を入手することが できるようになった。
本稿は、BIT システムを利用した売却物件に関 する情報提供が担保不動産競売における落札価 格 及 び 入 札 件 数 に 与 え る 影 響 に つ い て 、 Difference-in-Difference Estimator(DID 分析)
により実証分析を行い、売却物件に関する情報提 供を通じた担保不動産競売市場における取引の 円滑化のための政策提言を行う。
2.金融市場における担保不動産競売と任意売却 の役割
債権者は、債務不履行を起こした債務者からの 弁済が期待できなかった場合、「担保不動産競売」
と「任意売却」のいずれかの方法により、担保物 件を処分し、債権の回収を図ることとなる。担保 不動産競売とは、債権者が民事執行法に基づき、
所有者の不動産を強制的に換価し、その換価代金 により債権の回収を図る制度である。また、任意 売却とは、債務者が債権者の合意の元、不動産業
1本稿は論文の要約であるため、参考文献等については論文を参照さ れたい。
者の仲介を通じて一般的な不動産市場で担保物 件を売却し、売却代金により債権の弁済を行う方 法である。
任意売却の場合、一般的な不動産取引市場で売 却するため、担保不動産競売よりも高い価格かつ 迅速に売却できることが多いと言われている。そ のため、金融機関は、担保不動産競売による回収 ではなく任意売却を働きかける場合が多い。また、
債務者にとっても売却代金が残債務に満たさな かった場合でも、売却後の残債務を圧縮すること ができため、任意売却に応じることが多い。しか し、破産免責によって、債務が消滅している債務 者にとっては、高く売却し残債務を圧縮するイン センティブが働かず、むしろ少しでも長い間居住 することができる担保不動産競売の方にインセ ンティブが働き、担保不動産競売に至るようなケ ースがある。
新規融資の貸出金利には、金融機関が調達した 資金の支払い利息、金融機関の事務コスト及び信 用補完に要する費用相当額等を計上している。信 用補完とは、債務者の返済能力の悪化等に伴い、
ローン返済が不能となり、かつ担保物件を処分し ても担保価値の下落等により、債権を回収できな いリスクを補完するものである。担保不動産競売 制度による落札価額の上昇による債権回収額の 増加は、信用補完率の低下につながり、取引コス トを引き下げることとなる。取引コストの引き下 げは、金融の供給曲線を右にシフトさせ、金融機 関は貸出金利を引き下げることが可能となる。貸 出金利の引き下げは、金融機関の貸出量も増加さ せ、社会全体の余剰が増加することとなる(図 1)。
2 3.売却物件に関する情報提供
物件を高値で売却する為にはその物件に関す る情報を広く買受希望者に対して提供し、買受希 望者を増やす必要がある。一般の不動産取引市場 では、仲介不動産業者がレインズへの登録、新聞 広告、仲介サイトへの公開、物件内覧等様々な方 法で情報提供を行う。しかし、担保不動産競売の 場合、買受希望者が物件所有者から協力のもと、
情報を入手することは難しい。そのため、民事執 行法等では、担保不動産競売における情報提供の 方法について、定めている。2003 年の改正前の民 事執行法では、執行裁判所は物件明細書の写しを 執行裁判所に据え置かなければならないとして いた。そのため、物件明細書、現況報告書、評価 書の 3 点セットは、執行裁判所のみに据え置かれ ており、買受希望者は執行裁判所へ赴き、閲覧す る方法により、売却物件に関する情報を入手して いた。これに対し、BIT システムの運用が 2002 年 7 月から東京地方裁判所及び大阪地方裁判所にお いて開始された。その後、2003 年の民事執行法等 の改正により、従来行われていた執行裁判所に据 え置く方法に代え、インターネットを利用した 3 点セットの情報提供が可能となった。
4.問題の背景と検証
BIT システム導入により、一定期間中であれば、
「誰でも」「いつでも」「無料で」3 点セットをダ ウンロードできるようになった。そこで、「BIT シ ステムの導入により情報の入手が容易となった ことは、情報取得に対する取引コストを引き下げ、
落札価格を上昇させたのではないか。また、入札 件数も増加したのではないか。」という仮説の元
に、売却物件に関する情報提供が担保不動産競売 の落札価格及び入札件数に与える影響の有無に ついて検証する。また、併せて「売却物件に関す る情報が十分でなく、物件の品質に不確実性を伴 う担保不動産競売の落札価格は、任意売却の売却 価格よりもどの程度価格を下げているのだろう か。また、金融機関は任意売却による回収を図る 方が、どの程度早期回収が可能か。」という問題 意識のもと、担保不動産競売と任意売却の売却価 格の差の有無と処分日数を検証した。
4.1 情報提供が不動産競売に与える影響につい ての実証分析
本稿では、千葉地方裁判所と東京地方裁判にお いて実際に行われた不動産競売の個別データを 用いた。これらの地方裁判所を選択した理由は、
東京地方裁判所が 3 点セットの据え置きに加えて、
2002 年 7 月から BIT システムによるインターネッ トの情報提供を開始したのに対し、千葉地方裁判 所は 2006 年 4 月から BIT システムによる情報提 供 も 開始 し たた めで あ る。 千 葉地 方 裁判 所を Treatment Group とし、東京地方裁判所を Control Group として、この 2 つの地方裁判所を DID 分析 の手法を用いることにより、効果の測定を行った。
この地域において、千葉地方裁判所が BIT システ ムによる情報提供を開始する前の 2005 年 11 月を 基準として、2006 年、2010 年、2013 年の各 11 月 に開札された物件の落札価格と入札件数を、時系 列で観測をすることにより、BIT システムの効果 の浸透度を観測した。
BIT システムの効果を検証するため、下記の 2 つのモデルを構築することとする。
(a) lnBP = 𝛼1+ 𝛽1𝑃𝐷 + 𝛽2𝐶𝐷 + 𝛽3(𝑃𝐷 × 𝐶𝐷) + ∑ 𝛽4
𝑖
𝑋𝑖+ 𝜀1
(b) N = 𝛼2+ 𝛽5𝑃𝐷 + 𝛽6𝐶𝐷 + 𝛽7(𝑃𝐷 × 𝐶𝐷)
+ ∑ 𝛽8
𝑖
𝑋𝑖+ 𝜀2
(a)のモデルは、BIT システム導入による落札価 額へ及ぼす影響の効果を捉えようとするもので あり、落札価格の対数を被説明変数としている。
図 1 金融市場への影響
3 同様に、(b)のモデルは、入札件数を被説明変数 とし、BIT システム導入が入札件数へ及ぼす影響 の効果を捉えようしている。
PD は、地方裁判所を示すダミー変数で、千葉地 方裁判所なら 1 を、東京地方裁判所なら 0 をとっ ている。また、CD は千葉地方裁判所による BIT シ ステムの導入前後を示すダミー変数で、2006 年 4 月以降の開札案件であれば 1 を、それ以前の開札 案件であれば 0 をとっている。その他のコントロ ール変数としては、最寄り駅からの距離、マンシ ョンの総戸数、専有部分が所在する階数、専有部 分の床面積、マンションの築後の経過年数、旧耐 震基準ダミー、所有者ダミー、鉄骨鉄筋コンクリ ート構造ダミーを利用している。また、𝛼1~2は定 数項、𝜀1~2は誤差項を示す。
モデル(a)の結果、BIT システム導入により落札 価格は 1%水準で有意に正の結果となり、55.6%~
77.2%の上昇となった(表 1)。また、モデル(b) の結果、BIT システム導入により、入札件数は 1%
水準で有意に正の結果となり、2.7 件~6.9 件増 加したことが示された(表 2)。
4.2 不動産競売と任意売却の価格差の実証分析 2008 年 4 月から 2013 年 10 月に任意売却もしく は担保不動産競売により処分がされた物件かつ 住宅金融支援機構が第一順位の抵当権を保有し ている債権のうち、物件所在地が東京都内の分譲 マンションの個別データを利用し、下記 2 つのモ デルにて推定を行った。
(c) lnP = 𝛼3+ ∑ 𝛽9 𝑗
𝑋𝑗+ 𝜀3
(𝑑) D = 𝛼4+ ∑ 𝛽10 𝑗
𝑋𝑗+ 𝜀4
(c)のモデルは、被説明変数に処分価格の対数 としており、担保不動産競売による処分価格と任 意売却による処分価格の比較を分析している。処 分価格とは、担保不動産競売の場合は落札価格、
任意売却の場合は売却価格を用いている。(d)の モデルは、担保不動産競売と任意売却の処分日数 による比較を行っている。処分日数は、担保不動 産競売は「競売申立から配当期日まで」を、任意
売却は「任意売却の申し出から配当日まで」の日 数を用いている。説明変数として、競売ダミー、
その他のコントロール変数として築後経過年数、
占有床面積、破産者ダミー、年次ダミー、市区ダ ミーを用いており、𝛼3~4は定数項、𝜀3~4は誤差項 を示す。
モデル(c)及び(d)の推定結果を表 3 に示す。モ デル(c)において、競売ダミーについては、1%水 準で統計的に有意に負となった。これは、担保不 動産競売における売却価格は、一般不動産取引市 場で行われる任意売却と比較し、9.2%価格を引 き下げていることを示している。また、モデル(d) において、競売ダミーについては、1%水準で統 計的に有意に正となり、担保不動産競売による債 権回収は、任意売却と比較し 135 日多く必要であ ることがわかった
。
5.まとめと政策提言
BIT システムが稼動したことは、落札価格を 55.6%~77.2%上昇させた。また入札件数も増加し た。このことは、情報取得を容易にし、情報取得 に対する取引コストを低下させることにより、担 保不動産競売に参加する者を増やし、落札価格も 増加させることを示している。しかし、売却物件 に関する情報を得られやすい任意売却による売 却価格と売主の協力が得られないため情報が十 分に提供されない担保不動産競売による売却価 格を比較した結果、担保不動産競売市場では売却 価格が 9.2%低いことが判明し、金融機関は 135 日 回収に多く日数が必要であることが判明した。こ のことは、金融機関が債権回収を行う際に、任意 売却による回収を図った方が迅速かつ高い回収 額が可能であることを示している。逆に、残債務 圧縮を必要としない破産免責が決定しているよ うな債務者にとっては、任意売却ではなく長く居 住可能な担保不動産競売を選択するというイン センティブがあることが確認された。
以上を踏まえ、裁判所へ競売物件の所有権を移 転させること、もしくはインターネットの利用を 促進するような制度改正を行い、情報提供を容易 となる政策提言をしたい。また、もし情報提供の
4 拡充の制度変更が困難であれば、債務者が担保不 動産競売ではなく任意売却を選択するインセン ティブが生じるような制度に変更していくべき であると考える。担保不動産競売市場により多く の人が参加し、その人たちが正しく価格を評価で
きるように制度変更を行うことによって、一般的 な不動産取引市場に近い価格で取引が行われる ようになり、住宅金融市場が活性化し、社会的な 余剰が拡大することの意義は大きいと考える。