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ア メ リ カ 船 主 責 任 制 限 法 の 成 立 と 発 展

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(1)

論 説

ア メ リ カ 船 主 責 任 制 限 法 の 成 立 と 発 展

( )

重 田 晴 生

一序説

声 歴 史 的 藁 1 そ の 霧

α欧州大陸の法原理

②英国の法原理

三アメリカ船主責任制限法ー成立経緯と法構造

ω一八五一年船主責任制限法の誕生

②一八〇〇年代の改正法

③一九三五・六年ωぎi筈改正法i人身損害改正

ωGOぎ託警改正法の成立過程

回ωぎ話︒げ改正法の内容

ω一九六六年﹁海事事件及び海事債権に関する補充規則

⑤一九八四年人身損害トン当り金額の改正

㈲現行法規

四船主責任制限法をめぐる判例法の展開

ω初期の判例法ー船主利益偏重時代

ω責任制限額に関する判例 FLの制定

(2)

回合憲性に関する判例

の責任制限債権に関する判例

ω外国船への適用に関する判例

㈱船主の故意・過失に関する判例

8その他の判例(以上本号)

︑三

五結語

序 説

海商(貿易運送)はいつの時代にあっても世界の様々な市場を連結する重要な環である︒しかして海商が︑七つの

海を舞台とし︑多数の国家にまたがって︑国際的に展開されるものであれば︑それを規律する法に普遍的統一性が求

められるのは蓋し当然である︒

船舶所有者が船長その他の使用人の不当な行為に起因する損害につき船舶及び当該航海の運送賃の範囲で賠償責任

を制限できるとする︑いわゆる船主責任制限の法制度は︑すでに一七世紀末にフラソス法に体系化され︑かつ同世紀

の間には欧州の主要海商国家に伝播されたほか︑やや遅れて一八世紀初期にはイギリスの制定法にも採用されて︑い

わば大道において一つの欧州大陸の世界法を形作っていた︒かかる欧州諸国に約半世紀遅れ︑一八五一年にアメリカ

連邦議会が制定した﹁船主責任制限法﹂(ピ冒冨ぎ:{虻髄げ崇梓団﹀︒二︒︒9は︑コモン.ローの伝統的束縛を断ち切って︑

米国法を当時の欧州諸国家の法に適台させ︑もってアメリヵ商船海運の保護と発展を期さんがため制定された法律で

ある︒しかしてそれからさらに一・四半世紀余の長き時を経た現在︑こうした船主責任制限の法原理については︑全

(3)

ア メ リカ船 主 貴任 制 限 法 の成 立 と発 展{D

世界的な規模による国際的な統一ル:ルが形成され(一九五七年船主責任制隈条約二九七六年海蒔債権責任制隈条約)︑今

日再び︑西欧諸国を含む世界の大多数の海商国家の中で承認をうけて法統一の理想的姿が実現されているにも拘らず︑

アメリカは︑依然なお前世紀にその身をおいたまま︑唯我独尊わが道を歩ぎ続けている︒

本稿は︑こうしたアメリヵの船主責任制限法について︑まずはその立法生成の歴史的過程をたどり︑現行の法制度

の沿革及びその基本構造を明らかにした上で︑約一一〇年余にわたって展開されるアメリカの裁判所の法の形成発展

について考察しようとするものである︒筆者は︑すでに︑アメリヵの船主責任制限法については︑特に二〇世紀後半

以後に大きく動き始める連邦議会︑及びアメリヵ海法会︑法曹実務界などを中心とした船主責任制限法の近代化に向

けての改革動向について考察ずみであるから(拙稿﹁アメリカ法における船主責任制限制度の近代化をめぐる動向8・口﹂神

奈川法学一五巻二.三号︹一九八〇年︺一四一‑一八五頁︑同一九巻二・三号︹一九八五年︺二五i一六二頁)︑本稿は︑そうし

た前稿の前におかれるべき一篇ということになる︒

一 一 歴 史 的 背 景 i そ の 素 描

ω欧州大陸の法原理

船舶所有者の責任制限の観念が︑何時︑また何処︑において発祥したかについて確証を与えることは︑あながち不

(1)可能ではないにせよ︑極めて困難な問題である︒

そもそも︑今日の欧州大陸諸法のバックボーンをなす彼のローマ法においては︑船舶の所有者はその法律上の責任

につき何ら特別の法的考慮を加えられず︑陸上の運送人と同様にあくまで損害の全額に対する完全な賠償責任を負わ

ねばならないものとされていた︒ただ︑ローマ法上のかかる無限責任の原則は︑いわゆるミ§§§ミミの法理により

(4)

船員による運送品の窃取等の不信行為や衝突等により第三者に加えた損害については︑加

ど)を被害者に対し委付して賠償責任を免れることが許されていたことは広く知られる通

代表するホゥムズ(○暑震≦鵠9日Φ︒・ψ﹄こは︑その著作﹁↓訂Oo日日8い餌零﹂(目︒︒︒︒一︒山)

源泉のみならず責任の限界でもある(ぎ辞窪ζ叶冨の︒貫8げ彗一ゴ︒属ヨ算︒{密臣ξ)﹂とする

ローマ法の遷§ミ§ミミの法理に求めうるとするが︑むしろ米国の学説の多くは︑かか

否定し︑海商問題に関する責任制限の観念をぽ︑時代的には一四世紀頃の地中海沿岸地域

(3)ンソラート・デル・マーレ)に発祥するものであるとの見解をとっている︒

は︑通商貿易路の見覚ましい伸長が航海業に対する資本投下を一層必要とさせたが︑しか

資家をしてその船舶資本を長期航海に供することを躊躇せしめ︑また冒険商人をしてその

決断と余裕を失なわしめた︒ここにおいて︑中世の商人社会は︑いわゆるコソメンダ契約

ョイント・ベンチャーを案出し発達せしめる︒コソメソダ契約は︑商人・海員・船長な

銭など財産を出資した資本家が︑その投機的企業から生ずる利益の分配に与かる一方︑損

た額を限度とした有限責任を負えば足りるとする実に特殊な契約型態であり(なお︑コンメ

資会社といった法制度が分化発達する)︑それは︑当時の資本家及び冒険商人の双方にとっ

たから︑その後近世にわたり広く欧州大陸に伝播されることになる︒

をかこむ海港諸都市には︑当時のヨーロッパ三大海法と称され後世に大きな影響を与えた︑

レ︑オレロン海法︑及びウイスビー海法("ゴツトラソド海法)をはじめ︑ハソザタウソ法︑

(5)

ア メ リカ 船 主 責 任 制 限 法 の 成 立 と 発 展(11

トラニー海法︑アマルフイ海法︑フラソダース海法といった各々の海事都市の特色を加味した海法が存在し︑それぞ

れの海域に法威を張っていたが︑これら中世の海法のうち︑十一世紀末︑イタリアの自由貿易都市アマルフイの海事

慣習や判例を編纂したアマルフイ海法(↓帥び巳餌︾ヨ巴津雪勲)をはじめ︑これより数世紀下って十四世紀頃の西地中海︑

アラゴン王国のペデロ四世の命を受けて編纂されたといわれるバレソシァ法典(O&Φo州く亀og貯)︑及び例の三大海法

の一つコンソラート.デル.マーレには︑船舶の所有者(・船舶共有者)が︑船長による船舶の必需品購入のための借

財や不当な船積のため積荷に生じた損害等に対して賠償責任を負うも︑それが当該船舶の持分の価額に制限できる旨

の責任制限規定が存在していた︒

かくして船主責任制限制度は︑こうした中世の地中海沿岸の海事都市の海法(いわゆるσqΦ需邑昌隅噌三日①一睾h一般海

法)にその淵源を見い出すことができるのであり︑しかもそうした責任制限の法原理は︑中世における海商貿易の発

展の過程で航海企業に対する危険資本の投下を鼓舞奨励するための一つの政策手段として発達せられたものであるこ

とが窺知できるのである︒初期の卓越した国際的法律学者であるグロテイウスは︑一六二五年の著作﹁O︒﹄貫Φ望観

即6℃ゆ︒圃︒︒﹂の中で︑責任制限の法原則が海運業の発展を助長するために必要とされるのみならず︑自然的正義の理念

によっても支持されうるものであると高説している︒

さて︑こうして現代商法の発祥地であるイタリアに濫鵤し︑次いで地中海西部のスペイソにおいて確たる存在を留

める船主責任制限制度の法原則は︑その後一六・一七世紀の商業革命とともに地中海世界からさらに大西洋沿岸の海

港都市法へと伝播し︑遅くとも一七世紀末には欧州のほとんどすべての海軒都市国家の法制において採用されるとこ

ろとなる︒例・兄ば︑北欧及びバルト海の海商貿易を長く支配していたハンザ同盟の諸法の一つである一六一四年(な

いし一六四四年)のハンザ条例(鵠印ロ︒︒︒国凱︒○.爵碧︒琶は︑船舶の所有者が彼の船舶の価額により責任制限できる旨を規

(6)

舶の売却金をもって一切の請求から免責とされる旨を規定していたし︑また︑コーロッパ

最初に実現し︑後に多くの現代海法典の手本となった一六八一年のルイ十四世の海事勅八ロ

コ8)も︑船舶所有者が船長の行為(不法行為のほか︑契約を含むかについては争いがある)に

うもそうした船主の責任は船舶の価額及び運送賃︑を委付することで免除される旨の規定を

てさらに同様の規定は︑後にドイツ商法に影響をケえたと推測される一七二一年のロッテ

簿①同曾日)にもあり︑船舶所有者は船主の命令に違背してなされた船長の行為に対しては船

また︑船舶共有者については各自の持分の範囲)を超えて責任を負わない旨が規定されていた

展開を一望すれば︑特にルイの海法は︑その後︑ほぼそのまま一八〇七年のフラソス商法

)に継受されたほか︑ローマ法継受の法体系をもつ欧州大陸の海事国家(ドイソ.オラソ

イン・ポルトガルなど)及びラテソ・アメリヵ諸国(ブラジル・アルゼンチソ・チリなど)の海

て︑たちまちにそれが理想とした欧州海商国家の普遍的な法の制定という姿を実現し︑さ

大陸の大きな法の潮流を彼岸で眺め︑独自の法の形成に努めていた英国及び米国の海事裁

くとも一般海法(σQ8Φ琶暮ユ甑日Φげ毒)を証明するものとして学問的・資料的に重要な地位

︑遠く一二世紀頃(西暦一一五〇年項とされる)︑仏国の西海岸オレロソ島の海事裁判所の規

ン海法へ図三.・︒︒{9..︒コ)をもってその起源とされるが︑この中世の海法典には︑船舶所有

(7)

ア メ リカ船}頂 任制 限 法 の成 立 と発 展 α}

者の責任を制限するとする法則は痕跡を溜めず︑船舶所有者はその使用する船長・海賃の不法な行為に基づく損害に

対しては彼が有する全財産からの完全賠償をなすべきが原則とされて馳・また・周知のように・イギリスの伝統的

なコモン.ローによれば︑船舶所有者は︑運送晶の滅失・損害に対してはいわぽ物品の保険者(訂田霞︒hαq︒鼠︒︒)とし

て厳格な責任を負うものとされ︑かつまた船舶所有者は︑いわゆる上級者責任(﹁窃2民Φ簿︒・=需﹁§)ないし代位責任

(ぐ一︒︑門一︒擢︒︒罵伽箪ξ)の法理により︑航海のため使用したる船長・海員その他の被用者の行為に対して責に任ずべきも

のとされていたほか︑その責任範囲の面でも正義と衡平の観念を基礎としたコモソ・ローは︑船舶所有者が全損害に

対して人的無限の責任を負うべきものとしていたのである︒

かくしてイギリスの船舶所有者は︑こうしたコモソ・キャリアの保険者責任や上級者責任というコモソ・口iの伝

統的な法則に束縛され︑欧州大陸諸国の船舶所有者に比して経済的に不利な立場に立たされていたが︑一九三三年︑

ポルトガルで船積された金塊が船長によって窃取されるという事件において船長とまったく当事者関係のない船主に

対し全額賠償判決が下されたこと(切ロ8畠巽︿・冨誤βO串紳①昌.浮触暑︒︒α)が引き金となって︑当時オランダなど欧

州諸国と海上覇権を賭けて激しい競争を展開していたイギリスの航海業者及び一部の商人が船舶所有者の責任を緩和

する法律の立法化を求めて蜂起し︑この結果︑英国議会は︑一七三四年船主責任法篇冨閃①名︒鼠臣ξ︒頃Q︒丁営重頭.︒︒

﹀︒峠隔08お月︒頴)を成立させ︑ここにはじめて︑大陸一般海法(αq9⑦邑筥巴齢ぎ︒冨毛)のコモンプリンシプルとさ

・兄いわれた船童有限責任の原理が英国法の体系に編み込まれたのである︒彼のルイ海法典(一六八一年)から約半世紀

(6)を下った︑遅いイギリスにおける船主責任制限制度の誕生であった︒

一七三四年船主責任法は︑船長∴微員による積荷の横領︑隠匿または窃取などの不信行為によって惹起された損害

につき(当時においては︑船舶を持ち去り︑積荷を横領する船長・海員がいわば船主の最大の敵であった)︑船舶所有者が︑彼

(8)

①なきかぎり︑当該船舶・属具の価額及び当該航海に関する既収.未収の運送賃を限度と

のと定めた︒その後︑半世紀を経た一七八五年︑再び英国の船主にとり警鐘的な判決が現

船に乗組員の甜助があって一群の盗賊が襲撃し大量の銀貨が強奪された事件に対し船主全額賠償の

︿・護筈①=(μ刈QQo‑)℃一目・カ﹂鉾)再度議会に対して起こされた新たな立法請願運動の結果︑

主責任法(・︒①08・ρp︒︒φ)を制定する︒そして前法で創始した船主責任に関する特典を︑

よる窃取・横領・隠匿の場合に適用拡張したほか︑今日の船主責任制限制度の一角を成す

積貨物の損害並びに船積に際しその種類・価額が船荷証券に通告されない金.銀.宝石類

ついて︑船舶所有者が完全かつ無条件に免責される旨の規定を新たに加えた︒続いて︑一

に制定された船主責任法(器O①︒・ω"︒﹂㎝o)は︑責任制限の原理を船舶衝突餐故の場合に

者は︑彼自身に融鼻霞9<ξなぎかぎり︑船長及び海員の過失行為一般に基づく損害

運送賃を限度とする責任制限ができるものとした︒

主責任制限制度は︑実に制定法の所産になるものであり︑それは︑立法上ないし立法の経

ら航海業の保護勧奨というパブリック・ポリシーに基礎をおいた法制度にほかならないの

の英国船主責任法は︑その後大西洋を越えてアメリカの船主責任制限法の形成に大きな影

一七三四年以来英国海運の保護発展につき後見的役割を果してきた英国の船主責任法その

て廃止されて︑その船主責任法の基本原理はこの年新たに制定された﹁商船法﹂(竃︒.︒ヶ国コ↓

≦Pp一〇心)第一〇四章以下に再編成され︑その後︑ビクトリア女王治世の海運黄金時代

(9)

(零o︒︒f8)

(8)の一層の拡充が図られることになる︒ として集大成された後︑今日まで︑商船法の改正を行いつつ法制度

ア メ リ カ船 ヒ責 任 制 限 法 の 成 立 と 発 展(1)

(1)

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(11)

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三アメリカ船主責任制限法lI成立経緯と法構造

ア メ リカ 船 主 責 任 制 限 法 の 成 立 と発 展(1)

ω一八五一年船主費任制限法の誕生

アメリカにおいて船舶所有者の責任を制限する法律が︑連邦法レベルで登場するのは︑ようやく一九世紀は後半に

入ってのことである︒

一九世紀における世界の海運情勢は︑前世紀の後半から英国に起った産業革命の影響を受けて︑造船技術並びに航

海技術が急速に進歩し︑船舶は︑次第に帆から蒸気機関へ︑また木船から鋼鉄船へとその形態を変え︑これに伴い世

界の海運貿易市場が次第に分化発展していくにつれて︑海上運送業は貿易業より急速に分離独立していく︒しかして︑

こうした激しく様変りする一九世紀の世界商船海運の勢力分布図は︑依然として英国が海上の覇権を握り続けた点で

は変らなかったが︑この時代︑米国海運もまた着着実力を蓄え︑帆船の黄金時代ともいうべき一九世紀中葉において

は︑米国の商船海運は大型高速帆船クリッパーの目覚ましい活躍もありて世界の航路を次々に圧倒し︑英国をはじめ

オランダ︑フランスなど欧州海運勢力と海上貿易の仲長をかけて激しく競い合っていた︒

しかして︑これら欧州の列強海商国は︑いずれも早くから船舶所有者の民事責任を一定の範囲で制限する制定法を

成立させ︑かつ制度の拡充に努めて︑航海産業の保護奨励を図っていたことは︑すでに前節において述べた通りであ

る︒

(12)

対摩の大陸諸国の法制度の動静に対し︑アメリヵの連邦議会は︑一九世紀の後半期に至る

化についてまったく関心をみせず︑一向に航海保護について後見的役割を果たそうとしな

︑当初そうした有限貞任の法則を一般海法(σ・①器邑臣門三ヨ①一碧)の一部として容認す

平の理念を基礎とした伝統的なコモソ・ロー並びに大陸法(︒三二睾)の責任原理に固執

は海員の作為・不作為︑及び航海中の事故について無限の責任を負うべきものとし︑結局︑

は単に発生した損害額とこれに応えうる彼の資力(賠償能力)といった︑いわば事実上の

(1)特別の法的考慮を加えようとはしなかった︒

任の制限なるものが︑航海業の冒険的性質ないし危険性なる特殊事情を背景に航海造船業

いう正に国の政策原理に深く関係する制度であるとき︑独りアメリヵだけが撲手傍観でき

かった︒

入るや︑海上輸送業の重要性とそれが危険性についていつ早く認識し︑通商と航行の保護

を痛感していたマサチューセッツ及びメイソの二つの先進的な州が︑連邦に先掛け相次い

ロー責任を修正する法律を成立させることになる︒

最初の船主責任制限法として登場する︑マサチューセッツ州の一八一九年二月二〇日の法

b︒・正式法律名は.︑﹀コ﹀︒茸o窪8霞助σq①↓﹁撃︒︒宕詳ロ巳2篇︒三αqm什一§鼠叶ゲ冒叶霞︒︒Oo日日自芝①聾げ.︑︑)は︑

の繁栄にとり極めて重要であることを謳い︑同法が海運投資の奨励を目的とする趣旨を宣

任について定め︑船舶所有者は︑船長・海員の横領︑隠匿または盗取によって生じた船積

(2Vの滅失・損傷︑又はこれら乗組員がなした一切の行為︑事態︑損害又は没収などに関して︑

(13)

ア メリカ船 主 責任 制 限 法 の成 立 と発展(1,

彼自身に故意又は過失がない限り︑船積の時における船舶・属具の価額および当該航海に係わる既収・未収の総運送

賃に︑その責任を制限することができると規定する(第一条)︒また︑こうした基本規定に加え︑マサチューセッツ法

は︑自己の費用で船舶を航海の用に供する傭船者(・裸傭船者ないし船舶賃借人)が同法の適用上船舶所有者と看倣さ

れるとし︑さらに︑第一条にいう船積貨物等に生じた滅失・損害について運送賃又は(及び)当該船舶の売得金が賠

(3)償にあてられたる場合に︑船舶所有者は船舶賃借人に対してその船価の補償を請求することができる旨を定める(第

三条)︒そしてこのほかに同法ぱ︑船長・海員に対する賠償請求権の留保や多数の請求権者間の衡平を図る手続規定

(4)(第二条)などを規定する︒

いま︑こうしたマサチューセッツ州の船主責任制限法をみるとぎ︑それは︑立法の形式及び内容のいずれからみて

も︑英国の一七三四年船主責任法(刈08.鵬戸p§を模範としたものであることは明らかであり︑わずかに︑マサ

チ笛ーセッツ州法は︑船舶の算定時期について﹁船舶に積込みがなされた時曾吋冨江ヨ︒窯盤騨︒︒ぼもヨ︒葺ぎけ冨︒︒霞℃)﹂

と明記していること︑船舶賃借人(血︒巳︒︒︒︒訂.萎Φこを法律上船舶所有者と看徹していること︑の二点にその特徴を認

(7)

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08︒︒σqp..)

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(8)しなかった点(マサチューセッッ法第一一条.三条参照)にのみ︑先法との実質的な差異を見い出せる︒

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