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全身の神経系を温存した新しいラット脳灌流モデル

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Academic year: 2021

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博 士 ( 医 学 ) 小 林 徳 雄

学 位 論 文 題 名

全身の神経系を温存した新しいラット脳灌流モデル      学位論文内容の要旨

  脳に関する研究は古くからなされその数は膨大であるが、解剖学的にも機能的にも複雑である脳の 機構は未だ充分には解明されていない。脳研究には様々な手法が用いられるが、何らかの負荷(薬物 など)をかけ、それに対する脳の反応を調ぺることはよく用いられる方法のーっである。しかし、そ の負荷が全身にかけられた場合には脳以外の生体組織(特に循環器系)にも影響するため、.脳で見ら れた変化が負荷の直接作用に対する反応なのか、生体に生じた変化の脳に及ぽす影響に対する反応な のかを区別することが難しくなる。このような中枢神経以外の末梢組織からの影響を除くために脳組 織切片や細胞を使った実験も行われている。これらの実験では脳細胞自身の機能を知る上では大変有 用である一方、複 雑な神経回路網上に成り立っ脳全体の機能をみることはできなぃ。今あげた2つの 方法、組織・細胞レベルと全身レベルの中間に位置するものとして分離灌流脳を用いた実験がある。

灌流脳を用いることの利点は、循環器系などの末梢の影響を取り除くことができるととであり、血流 や灌流液の組成、電気生理的活動の変化から、かけた負荷のみに由来する脳組織全体の機能の変化を みることができる。しかし、この系では脳幹部以下との連絡が全く途切れており、特殊な状態での脳 の機能しかわからないという欠点がある。すなわち、実際に生体で行われているような末梢からの中 枢神経への情報伝達や、中枢神経からの指令による末梢組織の反応をみることができない。そこで、

我々はラットを用いて脳循環は心臓から分離されているが、中枢神経系とそれ以外の末梢の組織が正 常に機能し、両者問で神経を介した情報伝達がなされる点で全身の系とはほとんど変わりのない脳灌 流 モ デ ル を 作 製し た。 この 実験 は、 北海 道大 学 動物 実験 倫理 委員 会の 承諾 を得 て行 われ た。

  実験 は40匹の 雄Wistarラッ ト(10から12週 齢、 体重200か ら260g)を 用い て麻酔下で 行った。

気 管切 開を 施し 人工 呼吸 器を装着して従量式換気を行った 。換気は動脈血ガスがpH 7.4,PaC02 40mmHg,Pa02 150mmHg前後になるよう調節した。両側の大腿動脈にカニューレを挿入し血液ガス分 析と血圧測定に利用した。脳波、誘発電位測定用の電極を設置するため、頭部の皮膚を正中切開し頭 蓋骨を露出し、脳波用針電極を頭蓋骨に刺入し固定した。脳内酸素化状態をみるために近赤外分光装 置を用いた。近赤外線照射用ライトガイドを頭蓋骨に固定し、硬口蓋に受光用ライトガイドを固定し て 頭部 を透 過し てく る光 を受 けた 。 灌流 開始 直後 から4波 長(700,730,750,805nm)の近赤外 分光器を用いて酸素化ヘモグロビン(oxy−Hb)、脱酸素化ヘモグロビン(deoxy−Hb)、総ヘモグロビン   (t―Hb)、 チ 卜 ク ロ ー ム オ キ シ ダ ー ゼ(cyt. ox.) の 濃 度 の 相 対 変 化 を 測 定 し た 。

(2)

  灌流 は両 側の 総 頸動 脈起 始部 、 外頚 動脈 そし て椎 骨 動脈 を結 紮し た後 、 両側 の総 頸動 脈 にカ ニュー レ を 挿 入 し て 、2台 の シ リン ジポ ンプ を使 っ て左 右同 じ流 速 で灌 流液 を送 って 行 った 。流 速は 正常 ラ ツ 卜脳 血流 速度 (1. Im17min/g brain)と なる よう に 設定 した (コ ント ロ ツレ 状態 )。 灌 流開 始直後 に 両側 の外 頸静 脈 から 灌流 液を 陰 圧を かけ ずに 体外 へ と自 然流 出さ せ、 そ の血 液の ガス 分 析と 温度測 定を行った 。

  本 実 験 系 で は ヒ トO型 濃厚 赤血 球( 血液 セ ンタ ーか ら供 給 され た期 限切 れ濃 厚 赤血 球) を灌 流用 血 液 と し て 用 い た 。 ヒ 卜O型 濃 厚 赤 血 球 を 洗 浄 し て2% ウ シ ア ル ブ ミ ン を 加 え たmodified Ringerで ヘ マ ト ク リ ッ 卜 が35% に な るよ う に調 整し た。 これ を 小動 物用 人工 肺に 通 し、02.C02混合 ガス を適 量 加 え 、 血 液 ガ ス が 正 常 範 囲 に な る よ う に し た(pH 7.33土O.33,PC02 37.1土6.2mmHg,P02 178.6 土29. 4mmHg) 。こ れにpentobarbitalを加 えて 灌流 液 とし た。 この 操作 は すべ て室 温( 約25℃ )で行 った。

  灌 流 開 始 前 と15分 後 の 外 頸 静 脈 か ら の 流 出 血 液の 血液 ガ スと 血液 温度 にっ い て検 討し たと ころ 血 液 の温 度は30℃ で あっ た。 血液 の ガス 分析 ではPv02とSv02が灌 流前 の41.7土3.5mmHg、58.1士0.1% に 対 し 灌 流 中 は47.2土7.6mmHg、70.2土0.4%と や や高 値を 示し たがpH,PvC02に有 意の 変化 はな か っ た ( 灌 流 開 始 前pH 7.29土O.03,PvC02 45.9土2.9mmHg、灌 流中pH7:27土O.05,PvC02 42.7土 3.6mmHg,N=10)。

  灌流 開始 によ ル ラッ トの 体循 環 系へ の影 響は 認め ら れず 、灌 流前 の心 拍 、血 圧は416.8土4.0/分

(平均土SD)、110土14.1mmHg(平均土SD)に対し灌流中は408.2士36.2/分、115土11.4mmHg(降10)と 有 意差 はな かっ た こと から 体循 環 系の 機能 は維 持さ れ てい たと 考え る。 ま た、 心電 図上 波 形の 変化も なかった。

    脳 機 能 の 指 標 と し て 脳 波 と 体 性 感 覚 誘 発 電 位を 測定 し た。 脳波 測定 は、 灌 流開 始15分前 から 灌 流 終了 まで 行っ た 。灌 流前 と灌 流 中に 得ら れた 脳波 で はい ずれ の記 録で も 灌流 によ る変 化 は認 められ ず 、1時 間 以 上 に わ た っ て脳 活動 が確 認さ れ た。 灌流 中、 波 形の 平坦 化や 徐波 、 痙攣 波と いっ た異 常 波 は出 現し なか っ た。 また 右側 の 後脛 骨神 経を 刺激 し 対側 の頭 蓋骨 に設 置 した 電極 で体 性 感覚 誘発電 位 を測 定し た。 灌 流前 と灌 流中 の 体性 感覚 誘発 電位 は 全例 で低 温の 影響 と 思わ れる 潜時 の 延長 が見ら れ たが 、反 応は 灌 流中 にも 認め ら れた 。こ れに より 本 モデ ルで 末梢 知覚 神 経の 機能 が確 認 され るとと

(3)

のインパルスによる反応と思われた。従って、神経の遠心性経路も保たれていたことが確かめられた。

近赤外分光法による脳内酸素化状態の測定結果だが、痙攣波の出現とほぼ同時にt−Hb、oxy―Hbが増 加しdeoxy−Hbが減少した。これらの変化は痙攣波消失後ゆっくルコン卜ロールレベルヘ戻ったが脳 波の回復よりは早かった。cyt. ox.の酸化ー還元状態に変化は見られなかった。灌流圧はスパイク出 現 と 同時 に 低 下し 始 め 最 低151.3土17.9 mmHgまで 低 下 し、ス パイク消 失後脳 内酸素化 状態とほ ば平行してコントロール状態に戻った。スパイクの出現に伴って認められた灌流圧の著明な低下は神 経活動の増加にカップリングした小動脈の拡張を示しており、脳血管反応も維持されていることが確 認で きた。 また、近 赤外分光法による、脳全体の酸素化状態の測定でも全身の系と同様にoxy−Hbと t―Hbの増 加が認め られたが、全身の系でみられるような痘攣に伴う脳への灌流速度の増加がないの で、これもこの血管拡張を反映したものと思われた。全身を用いた系でも全身の血圧の上昇や脳全体 でのoxy−Hbとt―Hbの増加が認められるが、,心拍出量の影響がとれないため、血管拡張が脳細胞の興 奮に伴って起きる能動的なものなのか、心拍出量の増加による受動的なものなのかの判定はできない。

今回の実験系の結果からは、定流速灌流であるにもかかわらず、脳内酸素化ヘモグロビンと総ヘモグ ロ ビ ン の 増 加 が 認 め ら れ 、 . 神 経 活 動 の 増 加 に 伴 う 血 管 拡 張 を 捉 え る こ と が で き た 。   このモデルは、従来の分離脳や全身の実験系では知り得ない、中枢や末梢組織の活動がどのように 起きているのかを探る重要な手段となりうると考える。今後さらに様々な負荷が可能であり、それに より本モデルの有用性が証明されると考える。この実験系は、中枢と末梢の神経系がともに互いの連 絡を保ったままの状態で活動し続け、かつ中枢神経系にのみ負荷がかけられる特性を持っものであり、

今後脳機能研究の新しい方法のーっとして広く応用が期待される。

(4)

学位論文審査の要旨

学 位 論 文 題 名

全身の神経系を温存した新しいラット脳灌流モデル

  脳研究の手段のーつに、何らかの負荷(薬物など)に対する脳の反応を調べる方法がある。しかし、

その負荷が全身にかけられた場合には脳以外の生体組織にも影響するため、得られた結果が脳への直 接負荷に対する反応なのか、生体に生じた変化の脳に及ぽす影響なのかの区別は難しい。脳組織切片 や細胞を使う実験もあるが、複雑な神経回路網上に成り立つ脳全体の機能をみることはできない。分 離灌流脳は脳幹部以下との連絡が全く途切れており、特殊な状態での脳の機能しかわからない。すな わち、何れの方法も、実際に生体で行われているような末梢からの中枢神経への情報伝達や、中枢神 経からの指令による末梢組織の反応をみることができない。申請者はラットを用いて脳循環は心臓か ら分離されているが、中枢神経系とそれ以外の末梢の組織が正常に機能し、両者間で神経を介した情 報 伝達がな される点 で全身 の系とは ほとん ど変わり のない 生理的脳 灌流モデルを作製した。

  40匹の雄Wistarラットに気管切開を施し人工呼吸器を装着した。換気は動脈血ガスがpH 7.4, PaC0240mmHg,Pa02150rnrnHg前後 になるよ う調節 した。両 側の大腿 動脈に カこューレを挿入 し血液ガス分析と血圧測定に利用した。脳波、誘発電位測定のため、脳波用針電極を頭蓋骨に刺入し 固定した。脳内酸素化状態をみるため、近赤外線照射用ライトガイドを頭蓋骨に固定し、硬口蓋に受 光用ライトガイドを固定して頭部を透過してくる光を受けた。灌流開始直後から4波長の近赤外分光 器を用いて酸素化ヘモグロピン(o】ヴーHb)、脱酸素化ヘモグロピン(deoxy・―Ijb)、総ヘモグロピ ン(t−Hb)、チトクロームオキシダーゼ(cyt.ox.)の濃度の相対変化を測定した。灌流は両側の総 頸動脈起始部、外頸動脈そして椎骨動脈を結紮した後、両側の総頚動脈にカニューレを挿入し、2台 のシリンジポンプを使って左右同じ流速で灌流液を送った。流速は正常ラット脳血流速度となるよう に設定した。灌流開始直後に両側の外頸静脈から灌流液を自然流出させ、その血液のガス分析と温度

邦 邦

林 代

小 田

授 授

教 教

査 査

主 副

(5)

波は出現しなかった。灌流前と灌流中の体性感覚誘発電位は全例で低温の影響と思われる潜時の延長 が見られたが、反応は灌流中にも認められた。これにより本モデルで末梢知覚神経の機能が確認され る と と も に 末 梢 神 経 か ら 中 枢 神 経 へ の 求 心 性 経 路 が 保 た れ て い る こ と が わ か っ た 。   15匹のラットで灌流中に流速を変えずにpentylenetetrazol (PTZ)加灌流液に切り替え痙攣を誘発 し、脳波、体血圧、脳内酸素化状態を測定した。PTZ注入後、速波に引き続いてスバイクさらにバ・ー ストと脳波上痙攣が確認された。体血圧は、脳波上のスバイクの出現に伴って急速に上昇し、スバイ クのパrスト出現時に最高値を示しその後スバイクの消失に平行して痙攣前のレベルヘ戻った。さら に、PTZによる痙攣誘発時に見られた血圧の上昇は、この実験系では全身の系と違ってPTZは脳に のみ選択的に投与されていることから、脳活動の増加に伴って発せられた交感神経核からのインパル スによる反応と思われた。従って、神経の遠心性経路も保たれていたことが確かめられた。近赤外分 光法 による脳 内酸素化 状態の 測定では 、痙攣 波の出現 とほぼ 同時にtーHb、oxy−Hbが増加し deoxy−Hbが減少した。これらの変化は痙攣波消失後ゆっくルコントロールレベルヘ戻ったが脳波の 回復よりは早かった。cyt. ox.の酸化―還元状態に変化は見られなかった。灌流圧はスパイク出現と同 時に大きく低下し、スパイク消失後脳内酸素化状態とほぽ平行してコント口ール状態に戻った。スパ イクの出現に伴って認められた灌流圧の著明な低下は神経活動の増加にカップリングした小動脈の拡 張を示しており、脳血管反応も維持されていることが確認できた。また、近赤外分光法による、脳全 体の酸素化状態の測定でも全身の系と同様にoxy−Hbとt−Hbの増加が認められたが、全身の系でみ られるような痙攣に伴う脳への灌流速度の増加がないので、これもこの血管拡張を反映したものと思 われた。今回の実験系の結果からは、定流速灌流であるにもかかわらず、脳内酸素化ヘモグロピンと 総ヘ モグロピ ンの増加 が認め られ、神 経活動 の増加に 伴う血 管拡張を 捉えることができた。

  このモデルは、従来の分離脳や全身の実験系では知り得ない、中枢や末梢組織の活動がどのように 起きているのかを探る重要な手段となりうると考える。今後さらに様々な負荷が可能であり、それに より本モデルの有用性が証明されると考える。この実験系は、中枢と末梢の神経系がともに互いの連 絡を保ったままの状態で活動し続け、かつ中枢神経系にのみ負荷がかけられる特性を持っものであり、

今後脳機能研究の新しい方法のーっとして広く応用が期待される。

  公開発表に際し、副査の田代教授からこのモデルの今後の応用性について、ラットと人の脳の血管 支配の差について、脳温との関係について、病理学的検討の有無について、次いで副査の小山教授か ら、脳波は麻酔下での脳反応と考えるか否か、低体温麻酔状態との関係、分離型脳灌流研究の今後の 予想について、最後に主査の小林教授から、灌流血液の組成の工夫について、モデル完成に至る苦労、

脳死の研究への応用の可能性についての質問があった。申請者は何れの質問に対しても、自らの実験 結果を基にほぽ妥当な回答をした。

  本研 究は、脳 研究へ の新しい 生体モデ ルを構 築し、今 後の幅 広い応用研究が期待される。

  審査員一同は、これらを高く評価し、博士(医学)の学位を受けるのに十分な資格を有するものと 判定した.

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