博 士 ( 教 育 学 ) 安 宅 仁 人
学 位 論 文 題 名
日 英 の 子 ど も 行 政 の 一 元 化 に 関 す る 実 証 的 研 究
―教育・福士・保健を統合した子ども支援システムの展開―
学位論 文内容の要旨
本論文は,近年の多様化・複雑化・長期化する子どもの困難に対応するためには,教育・福 祉・母子保健等の子ども支援に関わる行政の統合が必要であるとの仮説に基づき,英国ならび にわが国における子ども行政の一元化の動向を実証的に研究し,その成果と課題を明らかにし ようとするものである。
第I 部行政の一元化に関する理論の検討
まず,子ども行政の一元化を検討するにあたり,行政のセクショナリズムと総合化,教育委 員会論のタテ割りをめぐる議論の先行研究を整理し,総合行政を担う自治体において組織間調 整が図られることの必要性を導出した(第1 章)。
次に,子どもの生活や権利の保障を志向した全体論的アプローチとライフ・ポリティクスの 議論を踏まえっつ,組織経営論研究者のフォレットの理論をもとにしながら,組織の統合には 関係者による重層的な参加とポトムのレベルでの調整が不可欠であることを提示した。あわせ て,組織間の学習と変容を伴う協働的構成論と活動システム論を援用し,組織間コミュニケー ションの視点を導入する重要性を確認した,(第2 章)。
第1I 部英国における子ども行政の一元化の進展
ブレア政権以降,英国では joined‑up をスローガンとして領域横断的に社会的包摂政策が展 開されてきたとともに ,子ども・若者支援行政の現場ではmulti‑agency と呼ばれる枠組みの も と で 組 織 間 協 働 が 促 さ れ , 一 定 程 度 の 成 果 を あ げ て き た ( 第 3 章 ) 。 英国では, 2000 年に 発生した少女の虐待死事件を契機に行政組織間の連携を求める動きが 加速し,政策文書『Every Child Matters 』が公表されるとともに「子ども法(Children Act) 2004 」が制定されるなど,横断的な組織間連携と協働を促進する法制度の整備が進むこととな る。特に,「子ども法」に協働の義務が掲げられたことを受けて各地にChildren 8Trust が設 置され,地方教育行政当局や学校,社会サービス,警察,保護観察,若年支援サービスなど複 数の領域にまたがって組織間協働を図ることが目指された。このChildren s Trust は,各地域 の子ども・若者計画の策定や,子ども関連予算や情報を共有化するなどの権能を有したパート ナーシップ組織として位置づけられ,英国の地方自治体における一元的な子ども・若者・家族 支援政策の象徴となっていく。
しかしながら,英国におけるこれらの「子どもを中心に据えた政策」が推進された理由とし ては,子どもの権利を保障しようとする目的よりも,むしろ子どもたちの将来の雇用可能性の 向上を目指す「社会投資論」の戦略の存在の方が大きく,この点に英国における一連の子ども・
若者支援政策が内包している限界と矛盾が認められる(第4 章)。
第m 部わが国における子ども行政の一元化をめぐる動向と展開
わが国においては,少子化対策や幼保をめぐる省庁間連携のほか,若者自立・挑戦プランや 子ども・若者育成支援推進法の制定にみられるように,中央政府レベルの子ども・若者関連政 策分野で総合化が志向されてきた。しかしその一方で,これらの動向は末端レベルにおける子
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ど も 支 援 の 在 り 方 に 抜 本 的 な 変 化 を 与 え る も の と は な っ て い な い ( 第 5章 ) 。 翻 っ て わ が 国 の 一 部 の 地 方 自 治 体 に お い て , 首 長 部 局 に 子 ど も 関 連 業 務 を 集 約 す る こ と で , あ る い は 教 育 委 員 会 に 子 ど も 関 連 業 務 を 集 約 す る こ と で , 独 自 に 子 ど も 行 政 の 一 元 化 が 展 開 さ れ て き た 。 本 論 で は , 第1に 「 首 長 部 局 集 約 モ デ ル 」 と し て 北 海 道 , 札 幌 市 , 佐 賀 県 の 子 ど も 行 政 関 連 部 署 の 取 り 組 み 事 例 を も と に , そ の 成 果 と 課 題 を 検 証 し た 。 そ の 結 果 , 情 報 共 有 や 業 務 運 営 の 効 率 化 の 点 で 一 定 程 度 の 効 果 が み ら れ た も の の , 子 ど も の 成 長 や 発 達 保 障 の 点 で は 従 来 型 の 首 長 と 教 育 委 員 会 と の 関 係 と 比 べ て 大 き な 成 果 を 挙 げ て い る と は 評 価 で き な か っ た 。 こ れ は , 法 制 度 上 , 教 育 行 政 を 首 長 部 局 に 移 管 で き な い こ と か ら , 「 首 長 部 局 集 約 モ デ ル 」 の も と で は 学 校 と 福 祉 部 門 と の 関 係 性 に 大 き な 変 化 が 生 じ に く い た め と 考 え ら れ る 。 そ こ で 第2に , 教 育 委 員 会 内 に 児 童 福 祉 業 務 を 移 管 し た 事 例 を 「 教 育 ・ 福 祉 統 合 モ デ ル 」 と 位 置 づ け , 佐 賀 市 , 稚 内 市 , 白 老 町 の 各 教 育 委 員 会 に 設 置 さ れ た 「 こ ど も 課 」 の 取 り 組 み 事 例 を 分 析 し た 。 こ れ ら 自 治 体 関 係 者 へ の ヒ ア リ ン グ 調 査 や 資 料 等 の 分 析 か ら , 「 こ ど も 課 」 が 教 育 委 員 会 内 に 設 置 さ れ た こ と に よ っ て , 福 祉 部 門 と 教 育 部 門 と の 連 携 が 進 み , 発 達 障 害 児 へ の 対 応 や 児 童 虐 待 防 止 に 関 わ っ て 学 校 現 場 と の 連 携 が 進 ん だ な ど の 成 果 が 確 認 で き た ( 第 6章 ) 。 加 え て 第3に , 教 育 委 員 会 の 中 に 児 童 福 祉 の ほ か , 母 子 保 健 業 務 も 集 約 し た 駒0根 市 教 育 委 員 会 の 「 子 ど も 課 」 の 事 例 を 「 教 育 ・ 福 祉 ・ 保 健 統 合 モ デ ル 」 と 位 置 づ け , 分 析 と 検 討 を 行 っ た 。 そ の 結 果 , 子 ど も 行 政 を 一 元 的 に 所 管 す る 「 子 ど も 課 」 の 下 で は , 教 育 ・ 福 祉 ・ 保 健 の 専 門 家 に よ る 横 断 的 な 連 携 が 図 ら れ , 妊 娠 期 か ら 学 校 卒 業 ま で 子 ど も を 一 貫 し て 支 援 す る 体 制 が 整 え ら れ て い た こ と が 明 ら か に な っ た 。 こ れ ら の 事 例 の 分 析 と 検 証 か ら , 「 教 育 ・ 福 祉 ・ 保 健 統 合 モ デ ル 」 の 下 で は , 教 育 委 員 会 の 業 務 の 肥 大 化 の ほ か 福 祉 や 保 健 部 門 の 一 体 性 の 後 退 な ど の 課 題 が 生 じ て は い る も の の , 「 首 長 部 局 集 約 モ デ ル 」 と 比 べ て 情 報 共 有 の 進 展 , 学 校 現 場 と 福 祉 ・ 保 健 の 専 門 家 と の 連 携 の 深 化 , 特 別 支 援 教 育 や 児 童 虐 待 へ の 対 応 カ の 向 上 , 積 極 的 な 家 庭 教 育 支 援 の 取 り 組 み の 充 実 の 点 で , 一 定 程 度 の 成 果 が 得 ら れ て い る こ と が 認 め ら れ た 。 以 上 の 各 自 治 体 の 事 例 の 比 較 ・ 検 討 か ら , 一 元 化 さ れ た 子 ど も 支 援 シ ス テ ム が 実 効 性 と 持 続 可 能 性 を 有 す る た め に は , @ 子 ど も 行 政 の 再 編 を め ぐ っ て 現 場 レ ベ ル で の 議 論 が 存 在 し , ◎ 教 育 行 政 側 か ら 福 祉 や 保 健 の 専 門 性 を 求 め る 積 極 的 な ニ ー ズ が 示 さ れ , ◎ 教 育 行 政 が 家 庭 教 育 を 担 う こ と に つ い て 関 係 者 か ら の 理 解 が 得 ら れ , @ 行 政 に よ る 子 育 て 支 援 の 枠 組 み を 理 解 し 支 え る こ と の で き る 地 域 住 民 の 存 在 が あ る こ と , の4つ の 要 件 が 必 要 で あ る 点 を 論 証 し た ( 第7章 ) 。 そ し て 最 後 に , 子 ど も ・ 若 者 支 援 の 一 元 化 を め ぐ っ て は , 新 た な タ テ 割 り 領 域 の 出 現 の 問 題 や , 都 道 府 県 と 基 礎 自 治 体 と の 関 係 性 を め ぐ る 課 題 , ニ ー ズ を め ぐ る 行 政 の 限 界 , さ ら に は 「 個 人 化 」 さ れ た ア プ ロ ー チ の 限 界 が あ る こ と を 確 認 し た 。 し か し な が ら , 以 上 の 課 題 と 限 界 を 踏 ま え た と し て も , 英 国 な ら ぴ に わ が 国 に お け る 子 ど も 行 政 の 一 元 化 の 展 開 は , 困 難 を 抱 え る 子 ど も ・ 若 者 ・ 家 庭 の 支 援 を 充 実 さ せ る と と も に , 子 ど も の 成 長 ・ 発 達 の 権 利 を 包 括 的 に 保 障 す る 新 し い 子 ど も 支 援 シ ス テ ム の 出 現 を う か が わ せ る 点 で , 積 極 的 な 可 能 性 を 見 出 せ る 事 例 で あ っ た 。 ま た , こ れ ら の 知 見 は , 第I部 で 設 定 し た 理 論 的 な 枠 組 み の 妥 当 性 を 示 す も の で あ る と 結 論 付 け ら れ る 。
た だ し , 英 国 で は2010年 の 政 権 交 代 に よ っ て , こ れ ま で 前 政 権 下 で 推 進 さ れ て き た 組 織 横 断 的 な 枠 組 み か ら の 転 換 が 図 ら れ ,Children s Trustの 権 限 を 縮 小 す る 動 き も 確 認 さ れ て い る 。 こ れ は , 英 国 に お け る 子 ど も 行 政 の 再 編 が ト ッ プ ダ ウ ン 的 に 進 め ら れ て き た こ と に よ る 構 造 的 な 限 界 を 示 し た も の と 考 え ら れ る 。
今 後 わ が 国 に お い て は , 自 治 体 レ ベ ル で の 取 り 組 み に 加 え , 中 央 政 府 レ ベ ル で 体 系 的 な 「 子 ど も 法 」 を 制 定 し , 子 ど も の 権 利 保 障 の 枠 組 み を 整 備 し て い く こ と が 子 ど も の 包 括 的 な 支 援 の 充 実 に 不 可 欠 で あ る ( 終 章 ) 。
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学 位論文審査の要旨 主査 副査
副査 副査
教授 教授 教授 教授
横 井 敏 宮 崎 隆 坪 井 由 河 合 博
学 位 論 文 題 名
郎 志
実( 愛知県立大学教育福 祉学部)
司( 酪農学園大学農食環 境学群)
日英の子ども行政の一 元化に関する実証的研究
一教育・福士・保健を統合した子ども支援システムの展開―
本論文は、ポストフオーディズム下の不安定化した現代社会において推進されている子ども 行政の一元化にっいて、日英の自治体レベルの動向を明らかにし、その分析を通じて今後の子 ども行政の方向を提起したものである。
子どもに関わる行政は、学校教育、社会教育、児童福祉、母子保健などの領域に分化し、そ れぞれに充実が図られてきたが、家庭と地域社会の不安定化およびそれらを基盤とする学校の 困難が明らかとなった今日、子どもの発達・学習を支えるためには、これらの領域を包括した 行政枠組みを構築することが必要とされている。学校教育領域を中心にして研究を行ってきた 教育行政学でも、教育行政と他分野行政の関係のあり方や教育行政を含めた包括的な子ども行 政のデザインについて研究を進めていくことが課題となっている。
またわが国の戦後教育行政体制は、政治的中立性と地方分権、民主化を原則とする教育委員 会制度を導入したところに特徴があるが、近年、同制度が縦割り行政の要因になっているとの 見 解 が 出 さ れ て お り 、 教 育 委 員 会 制 度 の あ り 方 に つ い ても 検 討 が求 め ら れて い る 。 以上のような問題状況に対して、本論文は日本の自治体で導入され始めた子ども課(部局)、
およ び イ ギリ ス の ブレ ア 政 権下 で 自 治体 レ ベ ルに 設 置 さ れた 包 括 的な 子 ど も支 援 組織 Children 8 Trust を主な対象として、子ども行政一元化政策の意義と課題を明らかにするとと もに、今後の自治体子ども行政のモデルの提起を試みた。本論文の知見は以下の通りである。
第1 に 、日本の自治体における子ども行政一元化の動向を3 っのモデル(首長部局集約・教 育福祉統合・教育福祉保健統合)に整理し、その比較検討を行って、求められる一元化モデル
(教育福祉保健統合)を明らかにしたことである。これまで教育行政学においても、子ども・
教育関連行政の再編について一定の研究が行われてきたが、それらは図書館や幼稚園、文化・
スポーツ行政などの所管部局の変化の全国動向を数量的に整理するに止まっている。こうした 表層的な分析に対して、本論文は子ども課の設置部局と所管する事務、管轄行政領域、子ども・
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教 育 に 関 す る 課 題 の 解 決 状 況 に つ い て 自 治 体 事 例 調 査 を 行 い 、 そ れ ら の 差 異 を 析 出 し た 上 で 、 こ れ か ら の 自 治 体 子 ど も 行 政 の 方 向 を 提 示 し た 。
第2に 、 教 育 委 員 会 制 度 論 に 対 し て 有 益 な 視 点 を 提 供 し た こ と で あ る 。 従 来 、 政 策 形 成 の 観 点 か ら の 研 究 が 多 い の に 対 し て 、 本 論 文 は 行 政 機 構 の 観 点 か ら 検 討 を 行 い 、 子 ど も の 発 達 ・ 学 習 を 保 障 す る 子 ど も 行 政 の 一 元 化 は 首 長 等 の ト ッ プ レ ベ ル で の 政 治 的 な 意 思 決 定 で は な く 、 ボ ト ム レ ベ ル の 実 施 機 構 に お い て 実 現 さ れ る べ き と 主 張 す る 。 本 論 文 は 、 教 育 委 員 会 制 度 の 見 直 し に は 、 上 層 の 意 思 決 定 の あ り 方 の 検 討 だ け で な く 、 第 一 線 組 織 レ ベ ル で の 子 ど も ・ 教 育 行 政 の 総 合 化 と い う 視 点 か ら の 検 討 が 不 可 欠 で あ る こ と を 指 摘 し た 。
第3に 、 ブ レ ア 政 権 のjoined‑up政 策 と2004年 子 ど も 法 (Children Act 2004)、 お よ び そ れ を 受 け たChildren g Trustを 検 討 し 、 イ ギ リ ス で の 子 ど も 行 政 一 元 化 の 推 進 過 程 と 自 治 体 レ ベ ル で の 組 織 体 制 を 明 ら か に し た 点 で あ る 。 本 論 文 は 、 イ ギ リ ス で はjoined‑up政 策 が 地 方 ヘ ト ッ プ ダ ウ ン 的 に 降 ろ さ れ た こ と 、Children srjyustが 子 ど も 支 援 関 係 機 関 ・ 団 体 を 領 域 横 断 的 に 包 括 し 、 協 働 的 に 支 援 サ ー ビ ス を 行 わ せ る た め の 新 た な 権 限 と 体 制 を も つ 枠 組 み で あ る こ と 、 イ ギ リ ス に お い て も 自 治 体 レ ベ ル で の 領 域 横 断 的 な 支 援 シ ス テ ム が 子 ど も に 関 す る 課 題 の 解 決 に 有 効 性 を 有 し て い る こ と を 示 し た 。
第4に 、 2004年 子 ど も 法 と Children 8Trustが も つ 領 域 横 断 性 を 評 価 し つ っ も 、 同 時 に ニ ュ ー . レ イ バ ー の 子 ど も 行 政 一 元 化 政 策 が ギ デ ン ズ(Giddens,A.)ら の 社 会 投 資 論 の 下 に 置 か れ て お り 、 サ ー ビ ス の 個 人 化 を 促 進 す る こ と で 子 ど も の 権 利 と 抵 触 し か ね な い 性 格 を 有 し て い る と い う 制 約 面 を 指 摘 し 、 現 代 の 子 ど も 政 策 に 内 在 す る 社 会 投 資 論 と ホ リ ス テ ィ ッ ク な 権 利 論 の 間 の 緊 張 関 係 を 析 出 し た こ と で あ る 。
第5に 、multi‑agency論 やNew Public Management論 な ど の 公 共 経 営 論 、 フ ォ レ ッ ト
(Follet,M.P. ) や エ ン ゲ ス ト ロ ー ム(Engestrom,Y)ら の 組 織 経 営 論 を 検 討 し 、 行 政 機 構 研 究 の 理 論 化 に 貢 献 し た こ と で あ る 。
本 論 文 の 知 見 を よ り 確 か な も の に 仕 上 げ る た め 、 子 ど も ・ 親 等 の 当 事 者 の 要 求 や 専 門 職 の 実 践 の 面 か ら 子 ど も 行 政 一 元 化 の 意 義 と 課 題 を 捉 え 返 す 作 業 を 加 え る こ と が 望 ま れ る が 、 本 論 文 は 日 英 の 実 証 分 析 と 理 論 的 考 察 を 通 じ て 自 治 体 子 ど も 行 政 の 一 元 化 を 本 格 的 に 論 じ た 先 駆 的 な 研 究 と し て 評 価 で き る 。
以 上 よ り 、 著 者 は 北 海 道 大 学 博 士 ( 教 育 学 ) の 学 位 を 授 与 さ れ る 資 格 が あ る も の と 認 め る 。
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