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日本血栓止血学会誌 第18巻 第2号

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はじめに

 メタボリックシンドロームは内臓脂肪の蓄積 に高脂血症,インスリン抵抗性,および高血圧 が重積した,きわめて複雑な病態である.メタ ボリックシンドロームにおける最も重要な問題 は,心筋梗塞や脳梗塞といった重篤な血栓症,

心血管系疾患(cardiovascular disease; CVD)を 引き起こす点にある.この病態における血栓症 の発症機序を解明し,その予測を可能にするこ とが現在の重要な課題である.

 血栓形成やCVDの進展には凝固線溶系の多 様な因子が関与するが,ここではとくに重要 な血栓形成性因子の1つであるプラスミノー ゲンアクチベータインヒビター(plasminogen activator inhibitor; PAI)-1に焦点をあて,メタ ボリックシンドロームの病態における意義につ いて概説する.

 

PAI-1の作用と血栓性疾患との関連

 PAI-1は血栓形成の局所において線溶反応 を 制 御 す る 中 心 的 な 蛋 白 で あ る(図1). 組 織型プラスミノーゲンアクチベータ(tissue plasminogen activator; t-PA)やウロキナーゼ型 PA(urokinase PA; u-PA)の作用によるプラス ミノーゲンからプラスミンへの活性化を強力に 阻害し,血栓の安定化をもたらす.また,炎症 時には急性期反応物質としてダイナミックな発

現変化をきたし,血栓形成やマトリクス沈着を 促進させる作用もある.

 PAI-1はこうした作用を介して心血管病変 の 増 悪 に 直 接 的 に 寄 与 す る ほ か, 播 種 性 血 管 内 凝 固 症 候 群(disseminated intravascular coagulation; DIC)における多臓器不全を助長し たり,線維化を主体とする硬化性病変を促進 するなど,様々な病態と関連する.とくに最近 では,種々の血栓性疾患の発症におけるPAI-1 発現異常の意義が注目されてきた.例えば,心 筋梗塞との関連性については最近,注目すべ きデータが報告されている.急性心筋梗塞発 症後の早期死亡例では急性期の血中PAI-1濃 度がきわめて高いことが判明したのである.こ のため,血中PAI-1濃度が心筋梗塞患者の予 後予測マーカーになる可能性も示唆されている

(Circulation 108 : 391-394, 2003).

 近年の研究によると,PAI-1は脂肪細胞が分 泌する多様な生理活性物質,すなわちアディポ サイトカインの1つであることが明らかにさ れた(図2).脂肪細胞から分泌されたPAI-1 は炎症性サイトカインであるTNF-αなどと同 様に,血管病変,動脈硬化病変の形成に関与す るものと考えられている.なお,動脈硬化が形 成される血管局所ではマクロファージが脂肪を 取り込んで泡沫化するが,この泡沫化したマク ロファージ系の細胞においてもPAI-1の発現 亢進が認められる.脂肪細胞とPAI-1との関 連性は脂肪組織にとどまらず,血管局所におい

2 .メタボリックシンドロームにおける線溶異常と血栓傾向:

線溶阻害因子 PAI-1 の発現動態と病態学的意義

名古屋大学医学部附属病院 輸血部 講師 山本晃士 

Key words: メタボリックシンドローム,線溶異常,血栓,PAI-1,ストレス

(2)

ても重要な意味をもつ.

 

肥満におけるPAI-1の発現動態

 PAI-1の発現異常が関与する典型的な病態 の1つとして,肥満がある.レプチン欠損に よる遺伝性肥満マウス(ob / obマウス)を用 い,組織中のPAI-1 mRNA発現を測定したわ れわれの実験では,対照(lean)マウスに比較 して,種々の脂肪組織における著明な発現亢 進が認められた(図3).脂肪組織以外にも心 臓,肺,筋肉などで同様の傾向がみられるが,

これはおそらく各組織に沈着した脂肪に由来 するものであろう.肥満マウスの血管を免疫組 織化学的にみると,対照マウスに比較して,内 皮細胞のみならず平滑筋細胞においてもPAI-1 シグナルが著明に増強されており,脂肪細胞 自体も,きわめて活発にPAI-1を発現してい

た(図4).また,肥満マウスの出生後の経時

変化をみると,体重増加(脂肪蓄積)に比例し

て血中PAI-1濃度が増加していた.ヒトにお

いても内臓脂肪の蓄積に伴うPAI-1増加が報 告されており,それを裏づけるデータとしても 興味深い.

 肥満個体におけるこうしたPAI-1上昇の背 景には,TNF-αやTGF-βなどのサイトカイン の影響があると考えられている.これらのサ イトカインは脂肪細胞からの分泌後にパラク ライン的に作用して,PAI-1発現を強力に増強 するものと推測される.実際にCB6系マウス

にTNF-αを静注すると,血管周囲では平滑筋

細胞を主体としてPAI-1のシグナルが増強し,

脂肪細胞においても著明な増強がみられた.ま た,TGF-βは脂肪細胞特異的なPAI-1発現増 強因子であるが,マウスへの静注後には,や はり血管周囲ならびに脂肪細胞におけるPAI-1 発現を著明に亢進させた.したがって,肥満を 基盤とする病態ではTNF-αやTGF-βが相乗

的にPAI-1発現を亢進させ,血栓形成性を増

強することで,CVDの発症をもたらすことが 示唆される.

 

インスリン抵抗性とPAI-1

 肥満は確かにPAI-1を介してCVDリスクを 上昇させるが,わが国においては極端な肥満者 が少ないのが現状である.そのため,日本人で は肥満よりむしろインスリン抵抗性のほうが CVDの発症と密接に関連する可能性がある.

2 PAI-1はアディポサイトカインのひとつ

1 PAI-1(plasminogen activator inhibitor-1)

DEGRADES FIBRIN

REMODELS ECM

PROMOTES CELL MIGRATION

(3)

  イ ン ス リ ン 抵 抗 性 は 様 々 な 機 序 を 介 し て

PAI-1の発現に重大な影響を及ぼすことが判

明している(図5).肥満をベースとしてイン スリン抵抗性が生じると,インスリンそのも

のがPAI-1発現を亢進させるとともに,血糖

値やVLDLトリグリセリドの増加,あるいは proinsulin-like moleculeなどがいずれも血管内

皮細胞におけるPAI-1発現を亢進させる方向 に作用する.このため,たとえ肥満がなくとも インスリン抵抗性がある場合には,PAI-1の亢 進がみられるはずである.

 薬理学的にインスリン抵抗性を改善すると,

PAI-1発現が抑制される可能性も報告されてい

る(Thromb Haemost 91 : 674-682, 2004). こ 3 肥満マウス組織におけるPAI-1 mRNA発現

(Samad F, et al. Mol Med 2 : 568-582, 1996)

精巣上体 脂肪

皮下 脂肪

褐色 脂肪

心臓 筋肉 肝臓 腎臓 脾臓

■:肥満マウス □:対照マウス n=6 mean±SD

4 マウス組織におけるPAI-1 mRNA発現(A, B, E, F)および免疫組織 化学的評価(C, D, G, H)

(Samad F, et al. Mol Med 2 : 568-582, 1996)

血管

脂肪組織

e:血管内皮細胞

s:血管平滑筋細胞

対象マウス 肥満マウス

(4)

れはヒト脂肪細胞におけるPAI-1蛋白の発現を

in vitroで検討した実験であるが,ベースライ

ン(無刺激)のPAI-1発現,およびTGF-β刺 激により亢進したPAI-1発現の双方がインス リン抵抗性改善薬の投与で低下した.したがっ て,少なくともこの実験系では,インスリン抵

抗性がPAI-1の発現を亢進させる重大な刺激

になっていることが示唆される.

 肥満やインスリン抵抗性に伴う心血管イベン トの背景には,血管平滑筋細胞や内皮細胞,お よび脂肪細胞に由来するPAI-1が強く関与し ているものと考えられる.こうしたPAI-1発 現の亢進がさらにインスリン抵抗性と脂肪沈着

を促進させ,メタボリックシンドロームを増悪 させる悪循環を形成する可能性も指摘されてい る.

 

ストレスとメタボリックシンドローム

 メタボリックシンドロームのリスクに関連す る別の興味深い因子として,ストレスの影響が ある.以前から臨床現場における印象として,

メタボリックシンドロームの患者は心因性スト レスや精神的なストレスを抱えている場合が多 いと感じていたが,これを裏づけるようなデー タが最近,British Medical Journalに報告された 5 インスリン抵抗性はPAI-1発現を増大させる

VLDL-トリグリ セリド増加 インスリン

血清HDL- コレステロール低値

インスリン 抵抗性

肥満

耐糖能異常 高血圧

PAI-1

6 拘束ストレス負荷後の組織PAI-1 mRNA発現量の変化(マウス)

(Yamamoto K, et al. Proc Natl Acad Sci USA 99 : 890-895, 2002)

ストレス負荷時間(時)

脂肪組織(n=6)

副腎(n=6)

腎臓(n=6)

肝臓(n=6)

mean±SD PAl-1 mRNApg/ug total RNA

(5)

(BMJ 332 : 521-525, 2006).この研究では,持 続的な仕事上のストレスがメタボリックシンド ロームの発症リスクを倍増させることが明ら かにされ,職務ストレスはメタボリックシンド ロームの重要かつ独立した危険因子であると結 論づけられている(表).持続するストレスが 自律神経系や神経内分泌系に直接的な影響を及 ぼし,結果としてメタボリックシンドロームの ような病態を引き起こす可能性は十分に考えら れ,きわめて興味深い.

 過度の心因性ストレスが血栓症を誘発する ことは,ほかにも報告されているが(Lancet 364 : 953-962, 2004),以前のわれわれの研究で は,ストレス負荷によりPAI-1の発現が亢進 し,血栓溶解能が低下することが判明している

(Proc Natl Acad Sci U S A 99 : 890-895, 2002).

この実験ではマウスに拘束ストレスを負荷した ところ,末梢血でPAI-1発現が経時的に亢進 し,組織ごとの測定では,やはり脂肪組織にお いて特徴的なmRNA発現の亢進が認められた

(図6).脂肪組織は短時間のストレスにも長時 間のストレスにも最も敏感に反応性を示すこと がわかる.

 生体にストレスが負荷され,自律神経系が緊 張や興奮を呈する状況では,死に直結するおそ れもある“出血”という重大事態を防止する方 向に生体反応が起こることは,十分に理にかな っている.ストレス下では,こうした自然な生 理的反応としてPAI-1が著明に亢進し,止血能 を強化する役割を担うのであろう.一方,すで

に血栓準備状態にあるメタボリックシンドロー ムの患者では,ストレス反応性のPAI-1亢進 がさらなる血栓傾向を招き,重大な血栓症の引 き金になるものと推測される.肥満マウスに拘 束ストレスを負荷したわれわれの実験では,ご く短時間のストレスであっても血中PAI-1濃 度が著明に増大し,その反応はとくに脂肪組織 や心臓などで顕著であった.

 心因性ストレスはPAI-1発現を亢進させて 血栓症を発症しやすくする一方,それ自体がメ タボリックシンドロームの危険因子でもある.

現代人における血栓性疾患の背景には,“陰の 悪役”として心因性ストレスの影響があるのか もしれない.

 

PAI-1の応用と展望

 メタボリックシンドロームを構成する多様 な要素は,いずれもPAI-1の発現亢進をもた らし,総体的に血栓症のリスクを増加させるこ とが判明してきた(図7).そこで将来的には,

血中PAI-1濃度の測定がメタボリックシンド

ロームの重症度判定やCVDリスクの予測に用 いられるようになるかもしれない.

 実際に,PAI-1高値は2型糖尿病の独立危 険因子であり,糖尿病発症リスクのマーカー となることが報告されている(Diabetes 51 : 1131-1137, 2002).5年間の追跡に基づくこの コホート研究では,C反応性蛋白(C-reactive protein; CRP)やフィブリノゲンなど,他の炎 持続する仕事上のストレスはメタボリックシンド

ロームの発症リスクを倍増させる

(Chandola T, et al. BMJ online Jan. 2006)

職務ストレスがメタボリックシンドロームの重要 かつ独立した危険因子であることが判明した.

持続するストレスは,自律神経系と神経内分泌機 能に直接影響し,メタボリックシンドロームを引 き起こしてくると考えられる

高血糖

高脂血症 㩷㩷脂肪・TNF-D

高血圧 アンジオテンシン

ストレス ストレスホルモン

PAI-1 ž

7 メタボリックシンドロームと血栓傾向

  -背景にはPAI-1の発現亢進が存在する-

(6)

 最後に近年のトピックスとして,PAI-1をタ ーゲットとした治療的介入の試みがある.様々 な成績が相次いで報告されているが,例えば,

PAI-1の中和抗体を用いると高脂肪食摂取後の

体重増加や中性脂肪上昇,血糖値上昇などが軽 減され,脂肪細胞の肥大化や脂肪組織の沈着も 抑制されることが示された.メタボリックシン ドロームとPAI-1亢進は互いに相乗的に作用 し,増悪し合う関係にあるものと推測されるこ とから,PAI-1の発現を調節したり活性を阻害 したりすることで,メタボリックシンドローム 自体の改善や血栓症の予防にもつながるかもし れない.今後のさらなる研究が期待される.

 

Q & A

武谷(鳥取大学医学部病態生化学):PAI-1は サーカディアンリズムの影響を受け,午前中の 高値が血栓症と関連するといわれています.メ タボリックシンドロームの患者やモデルマウス では,脂肪の蓄積に伴って,サーカディアンリ ズムがどの程度影響を受けるでしょうか.

 

山本:PAI-1発現は,実際にマウスではおそ らく1.5~2倍程度の差があるものと思います が,肥満になりますと,その差をしのぐほど の,きわめて顕著な血中レベルの上昇を認めま す.もちろんヒトの場合には,そうした日内変 動も無視できない要因ではありますが,それを 上回るほどのPAI-1発現の亢進が肥満に伴っ てあらわれてくるのではないかと考えます.

 

丸山(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科血 管代謝病態解析学):PAI-1とメタボリックシ

が動脈血栓をもたらすのでしょうか.

 

山本:先ほど船橋先生のご講演にもありました が,この病態ではやはり局所の炎症が強く起き ているだろうと考えられます.血管局所の炎症 があると血小板の活性化も同時に起きてきます し,局所の血管内皮障害,あるいは先ほど述べ たようなマクロファージの泡沫化などの現象も 起きてきます.そういった炎症局所では,やは

りPAI-1発現の亢進を基盤にして,静脈では

なく動脈の血栓が発現してくるのではないかと 推測しています.

 

岡 田( 近 畿 大 学 医 学 部 第 二 生 理 学 ):PAI-1 に対する治療的介入のお話がありましたが,

PAI-1インヒビターについては,ずいぶん以前

からメッセンジャーレベルあるいは活性レベル での抑制を検討した論文がたくさん報告されて います.しかし,いまだ製品化にはつながって いないのですが,そのあたりをどのようにお考 えでしょうか.

 

山本:おっしゃる通りです.最後に述べました

PAI-1インヒビターもなかなか開発までには至

らなかったようです.やはりPAI-1という物 質は生理的にもきわめて重要な機能を担ってお り,例えば蛋白溶解を阻害する生理的反応など においても重要です.そのため,PAI-1を強力 に抑制してしまうと血栓予防にはよいかもしれ ませんが,それ以外の異常な反応を無視できな くなってくるのではないかと思います.やはり 今後は,血栓予防という観点で,どの程度まで

PAI-1活性を抑制すればよいか,といった定量

的な研究が必要になってくると思います.

参照

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