コロラド州デンバー学区における公立学校教員の報 酬制度に関する一考察 : ProCompの細部とその運営 機構に焦点を当てて
著者 岩月 真也
雑誌名 評論・社会科学
号 118
ページ 71‑110
発行年 2016‑09‑30
権利 同志社大学社会学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014694
要約:本稿の目的はコロラド州デンバー学区におけるProCompと呼ばれる報酬制度の仕組 みとその運営機構を解明することにある。
次の4点が明らかとなった。第一に主として集団的な報酬により構成されている。その 報酬は幅広く教師たちに分配される。第二に主として客観的な評価指標により構成されて いる。第三に主観的評価に伴う紛争の種は報酬の分配によって処理されている。第四に教 員組合は,制度の実施面の管理,財源管理,苦情処理手続きそれぞれの委員として配置さ れている。
米国は客観的な評価指標に基づいた集団的報酬取引である一方,日本は主観的な評価指 標に基づいた個人別報酬取引であり,組合規制力は米国の方が強いということが示唆され た。
キーワード:教員評価,労使関係,アメリカ
目次 1.はじめに
2.児童・生徒の成長の領域 2-1.高業績校
2-2.高成長校 2-3.期待の凌駕
2-4.児童・生徒の成長目標および児童・生徒の学習目標 3.市場報酬
3-1.任命困難職 3-2.指導困難校 4.知識と技能
4-1.専門性向上単元
4-2.授業料と学生ローンの返済 4-3.上級学位と上級免許 5.包括的専門職評価
5-1.効果的教育実践の構成 5-2.観察
5-3.専門職気質
────────────
†同志社大学研究開発推進機構・社会学部特別任用助手
*2016年6月30日受付,2016年7月22日掲載決定
論文
コロラド州デンバー学区における公立学校教員の 報酬制度に関する一考察
──ProComp
の細部とその運営機構に焦点を当てて──岩月真也
†71
5-4.児童・生徒の認知 5-5.専門職の実践
5-6.児童・生徒の成長:学区成長と児童・生徒の学習目標 5-7.最終評価の確定
6.ProCompの運営機構
6-1.実施面の管理:トランジション・チーム 6-2.財源管理:教員報酬財団
6-3.苦情処理手続き:専門調査委員会 7.おわりに
1.はじめに
本稿は米国コロラド州デンバー学区における報酬制度に焦点を当て,その仕組みと運 営機構の解明を目的とする。この目的の背景には,米国における教員の賃金制度,評価 制度,労使関係を明らかにした上で,日米の相違は何か,その相違はなぜ生じるのか,
日本の特質とは何であるのかを明らかにしたいという意図がある。すでに米国のコロラ ド州デンバー学区における賃金制度と評価制度である
ProComp(Professional Compensa-
tion)の仕組みに関する全体像は明らかにした
(1)。しかし,本稿ではより細部に立ち入って報酬の仕組みとその制度運営の機構に対して検討を加えることとする。
米国の報酬制度については,Harris(2007)と
Baratz-Snowden(2007)とが検討を加
えている。Harrisは米国の報酬制度の歴史に言及した上で,様々な類型の報酬制度を比 較検討しながら,各類型のメリットとデメリットを指摘している。一方,Baratz-Snow-den
は複数の州や学区の報酬制度の事例を参照しながら,報酬制度を支える条件を検討 している。複数の報酬項目を設置しているProComp
が成功事例として参照されていた。しかしながら,両者とも報酬制度の仕組みに対する説明は大雑把に過ぎる。その結果,
報酬決定を導く評価の仕組みに加えて報酬制度の運営機構に対する記述が不十分であ り,結局のところよく分からない。具体的に何がよく分からないのか。
本論で詳しく検討するけれど,Baratz-Snowdenや
Harris
が指摘するように,確かにProComp
には複数の報酬項目が設置されている。この複数の報酬項目がProComp
を支えていることに関連している点については同意する。しかし,次の諸点はどうしても分 からない。一つに学校集団に対する報酬である。集団に対する報酬なので,学校内の教 師間の協調性を妨げないとされている。しかし,裕福な地域の学校と貧しい地域の学校 との間に報酬をめぐる紛争は生じないのだろうか。この紛争はどのように処理されてい るのか。集団に対する報酬が設置されていたとしても,集団間の紛争を処理する仕組み がなければ安定的に報酬制度は運用されないのではないか。この点の説明は決定的に欠 けている。二つに同僚による評価を伴った報酬がある。身近な同僚からの評価であるか
コロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 72
ら納得性が得られやすいとされている。本当だろうか。同僚間での評価をめぐる紛争は 発生しないのだろうか。少なくとも,その可能性は有している。では,どのようにその 紛争の発生を処理しているのだろうか。この点についても十分な説明がなされていな い。三つに,日本においてはしばしば評価制度の問題点として取り上げられてきた校長 による依怙贔屓が介入する余地のある主観的な評価は,米国においてはどのように処理 しているのか。米国の校長と教師の関係は,日本のそれよりも信頼に満ちているという ことなのか。この点についても明瞭な説明がなされていない。
このように先行研究は米国の報酬制度に対する様々な説明と提案(Recommendation)
をしてきたけれど,説明や提案の前提となる,報酬制度それ自体の仕組みがきちんと理 解されているのかどうかは甚だ怪しい。先行研究をいくら読んでみたところで,主たる 評価者である校長にも,報酬を支払う学区担当者にも,評価されその結果に応じて報酬 を受け取る教師にも身を置くことは決してできない。身を置くとは,校長であればどの ように評価するのかが分かるということであり,学区担当者であればどのような条件の 下に報酬を支払うのかが分かるということであり,同様に教師であればどのように評価 され報酬がどのように支払われるかが分かるということである。これまでの研究では分 からない。
そこで,本稿は
ProComp
という報酬制度の仕組みの理解に徹したい。具体的にはProComp
に内包されている複数の報酬項目の手続きをそれぞれ詳細に明らかにする。また,ProCompを運営する機構とその機構に教員組合がどのように関与しているのか についても触れる。加えて,日米の相違についても検討しておきたい。
研究枠組みは,労使関係論の分析枠組みを採用した。労使関係論は仕事と賃金に関す る制度を分析の対象とし,制度を実体的ルールと手続的ルールとに区分してい る
(Dunlop 1958,中村・岡田
2001)。本稿では賃金に関する制度である ProComp
の実体 的ルールに重点を置いている。研究方法については
2015
年11
月から12
月(第一回現地調査)と2016
年3
月(第 二回現地調査)にデンバー教員組合(Denver Classroom Teachers Association(DCTA))の執行委員長(President)に行なったインタビューに基づく事例研究である。第一回現 地調査では,執行委員長の友人であるジェファソン学区(Jeffco Public Schools(JPS))
の早期教育課長補佐(Assistant Director of Early Childhood Education)にもインタビュー 調査ができた。第二回現地調査においては,インタビュー調査に加え,デンバー教員組 合とデンバー公立学校区(Denver Public Schools(DPS))との団体交渉の場にゲストと して参加させて頂いた。誠に貴重な体験であった。また,2016年
4
月26
日には,現地 調査を整理している過程において,いくつかの不明点があり,その不明点をメイルでの やり取りを通じて明瞭にした。インタビューを行った対象者および所属,日程,調査項コロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 73
目は表
1
にまとめた。本論に入る前に,ProCompの概要を示しておこう(表
2)。2005
年,ProComp はデン バー教員組合とデンバー公立学校区との団体交渉を経て導入された。ProCompの報酬 に は「児 童・生 徒 の 成 長(Student Growth)」の 領 域 に「高 業 績 校(Top PerformingSchools)」,「高成長校(High Growth Schools)」,「期待の凌駕(Exceed Expectations)」,
「児童・生徒の成長目標(Student Growth Objectives(SGOs))」及び「児童・生徒の学習 目標(Student Learning Objectives(SLOs))」が,「市場報酬(Market Incentives)」の領 域に「任命困難職(Hard to Staff Assignment)」,「指導困難校(Hard to Serve School)」
が,「知識と技能(Knowledge and Skills)」の領域に「専門性向上単元(Professional De-
velopment Units(PDUs))」,「授業料と学生ローンの返済(Tuition and Student Loan Re- imbursement)」,「上級学位と上級免許(Advanced Degrees, Licenses and Certificates)」が
それぞれ配置され,それに「包括的専門職評価(Comprehensive Professional Evaluation(CPE))」が加えられている。これらそれぞれが報酬項目であり,また報酬獲得条件が それぞれ設定されている。その報酬獲得条件を満たせば一定の報酬が与えられるという 仕組みになっている。報酬は一時的な報酬としての賞与(Bonus)と積上げ可能な報酬 としての昇給(Salary Increase)とに分類されている。このように
ProComp
は様々な項 目から構成される報酬制度である。本稿の構成については,2節から
5
節にかけて,「児童・生徒の成長」領域,「市場報 酬」領域,「知識と技能」領域,「包括的専門職評価」それぞれの報酬項目の手続きを論じる。6節では
ProComp
の運営機構にデンバー教員組合がどのように関与しているのかを論じる。7節において,明らかになったこと,日米の相違に係る示唆,今後の研究 課題をそれぞれ示す。
なお,本稿は科学研究費補助金(研究課題名;「日米における教育力の組織的基盤の 解明」平成
27
年8
月〜平成28
年3
月,研究活動スタート支援)の研究成果の一部であ る。表1 インタビュー・リスト
対象者 所属 年月日 調査項目
執行委員長 デンバー教員組合 2015/11/27 賃金制度,ProComp,団体交渉 早期教育課長補佐 ジェファソン学区 2015/11/27 賃金制度,ProComp,団体交渉 執行委員長 デンバー教員組合 2015/11/30 賃金制度,ProComp,団体交渉 執行委員長 デンバー教員組合 2015/12/4 賃金制度,ProComp,団体交渉 執行委員長 デンバー教員組合 2016/3/4 賃金制度,ProComp,団体交渉 執行委員長 デンバー教員組合 2016/3/7 団体交渉(ゲストとして参加)
執行委員長 デンバー教員組合 2016/3/9 賃金制度,ProComp,団体交渉 コロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 74
2.児童・生徒の成長の領域
ここでは「児童・生徒の成長」の領域における報酬項目の手続きを述べる。「児童・
生徒の成長」の領域には「高業績校」,「高成長校」,「期待の凌駕」,「児童・生徒の成長 目標」の報酬項目があった。「高業績校」からみてみよう。
表2 ProCompの概観:2013年から2014年:報酬指標=$381.18
報酬の領域と項目 報酬獲得条件 金額
児童・生徒 の成長
高業績校 ・高業績校に配置されておれば賞与。
・デンバー公立学校区の学校評価フレームワーク
(School Performing Framework)に 基 づ い て,
「卓越」もしくは「基準に到達」と評価されれ ば,高業績校として認定される。
$2,439.55
報酬指標の6.4% 分
高成長校 ・高成長校に配置されておれば賞与。
・デンバー公立学校区の学校評価フレームワーク の「学力成長」項目において「期待以上」もし くは「基準に到達」と評価されれば,高成長校 として認定される。
$2,439.55
報酬指標の6.4% 分
期待の凌駕 ・「期待を凌駕」と認定されれば賞与。
・教師が指導している4学年から10学年の児童
・生徒の50% が,コロラド州児童・生徒の成
長指標に基づいて学力成長の程度が55分位数 以上であれば,「期待を凌駕」と認定される。
$2,439.55
報酬指標の6.4% 分
児童・生徒の成長目標
↓(2014-15年より)
児童・生徒の学習目標
・2つの目標を達成すれば昇給。
・1つのみの目標達成であれば賞与。
$381.18
報酬指標の1% 分 市場報酬 任命困難職 ・任命困難職に就いておれば賞与。 $2,439.55
報酬指標の6.4% 分 指導困難校 ・指導困難校で働いておれば賞与。 $2,439.55
報酬指標の6.4% 分 知識と技能 専門性向上単元 ・経験年数(credited service)14年以下の教師が
「専門性向上単元」を完了すれば昇給。
・経験年数15年以上の教師が「専門性向上単元」
を完了すれば賞与。
$762.36
報酬指標の2% 分
授業料と学生ローンの 返済
・受講する授業を完了すれば授業料の支払い。
・所得に基づいて学生ローンを返済。
年間$1000 生涯$4000 上級学位と上級免許 ・新たな上級学位もしくは上級免許を取得できれ
ば昇給。
$3,430.62
報酬指標の9% 分,
3年に1度の適用
包括的専門職評価 ・経験年数14年以下の教師が「満足」と評価さ れれば昇給。
・見習い教員は毎年実施,正規教員は3年に1度 実 施。→2014-2015年 よ り,全 教 員 は 毎 年 実 施。
見習教員
$381.18
報酬指標の1% 分 正規教員
$1,144.00 報酬指標の3% 分 出所:ProComp handbookより作成。
コロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 75
2-1.高業績校
教員は「高業績校」と認定された学校に配属されておれば,報酬指標の
6.4% 分の賞
与を受け取ることができる。では,「高業績校」はどのように認定されるのか。「高業績校」の認定にはデンバー公立学校区が実施する学校評価フレームワークとい う学校評価システムが用いられ,その評価結果が「卓越」もしくは「基準に到達」と認 められた学校が「高業績校」と認定される(2)。学校評価フレームワークの評価項目は小 中学校と高校とで若干の違いがある。本研究の目的の背景にある日米比較は,義務教育 段階を想定しているので,以下,小中学校の評価項目を確認していきたい。学校評価フ レームワークの評価項目は,「学力成長(Academic Growth)」,「基礎学力(Academic
Proficiency)」,「児童・生徒の関与(Student Engagement)」,「在籍者 数(Enrollment)」,
「保護者満足度(Parent Satisfaction)」という
5
項目から構成されている(3)。以下,それ ぞれの評価手順を確認しよう。「学力成長」の項目では,州テストにおいて,州内の児童・生徒と比較しながら,当 該学校の児童・生徒の学力がどれくらい向上したのかが評価される。したがって,前年 度の学力水準と比較した当該年度の学力水準から学力成長の程度が導かれることとな る。学力成長の項目は
5
つの評価項目の中で最もウエイトが大きい。「高業績校」の評 価項目全体の約6
割を占めている。「学力成長」の評価となる元とされる州テストは,コロラド州評価プログラム(Colo-
rado State Assessment Program(以下,CSAP
と称す))である。CSAPはコロラド州の3
学年から10
学年の児童・生徒が受ける算数・数学,読解,筆記のテストである。しか し,「高業績校」の報酬は4
学年から10
学年の児童・生徒の学力成長度に基づいてい る。学力成長度は過去との比較が必要なるので,3学年の児童・生徒の学力成長度は測 定できない。なお,2009年12
月から2011
年8
月にかけて,コロラド州教育委員会は 新しいコロラド州学業水準(New Colorado Academic Standards)を採用したので,これ まで実施していたCSAP
では新しい学業水準を反映できなくなってしまった。そこで コロラド州過渡的評価プログラム(Transitional Colorado Assessment Program(以下,TCAP
と称す))が開始された。TCAPもまたコロラド州の3
学年から10
学年の児童・生徒が受ける算数・数学,読解,筆記の新しい学業水準を反映させる州テストである。
事実,テスト結果のサマリーを見てみると,2011年のスクールイヤーまでは
CSAP
と 表記されているけれど,2012年スクールイヤーからはTCAP
と表記されている(4)。以 下,TCAPに基づく評価手続きを述べることとする。「学力成長」は複数の評価指標から構成されている。(1)「TCAP による学力成長パー センタイル中央値(TCAP Median Growth Percentile)」−読解,算数・数学,筆記それぞ れについて,TCAPによる学校の学力成長パーセンタイル中央値が
50
以上であったコロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 76
か(5)−,(2)「TCAPによる学力成長パーセンタイル中央値の類似学校との比較(TCAP
Median Growth Percentile Compared to Similar Schools)」−読解,算数・数学,筆記それ
ぞれについて,TCAPによる学力成長パーセンタイル中央値は類似学校よりも同等もし くはそれ以上であったか−,(3)「学力成長の挽回(Catch-Up Growth)」−読解,算数・数学,筆記それぞれについて,TCAPにおいて高いパフォーマンス水準へ移行した児童
・生徒の割合は一定の基準に達したか(6)−,(4)「学力成長の維持(Keep-Up Growth)」
−読解,算数・数学,筆記それぞれについて,TCAPにおいて「堪能」もしくは「進 歩」を維持している児童・生徒の割合は一定の基準に達したか(7)−,(5)「継続的在籍 者の成長(Continuously Enrolled Growth)」−読解,算数・数学,筆記それぞれについ て,学校に継続的に在籍している児童・生徒の
TCAP
による学力成長パーセンタイル 中央値は,学校に継続的に在籍していない学区の児童・生徒の学力成長パーセンタイル 中央値を上回ったか−,(6)「CoALTによる学力成長(CoALT Growth)」(8)−CoALTの パフォーマンス水準を維持もしくは改善させた児童・生徒の割合は一定の基準を満たし たか−,(7)「個別グループの学力成長(Disaggregated Group Growth)」−昼食費の減額 もしくは無料,マイノリティ,英語学習者に属する児童・生徒ごとのTCAP
における 学校の学力成長パーセンタイル中央値は50
以上であったか,学校の個別グループのパ フォーマンスはどの程度だったか−,(8)「個別グループの学力成長の比較(Disaggre-gated Group Growth Comparison)」−学 校 の 個 別 グ ル ー プ は 準 拠 グ ル ー プ(reference
group)と比較して,同等もしくは高い成長を示したか
(9)−,(9)「障害をもつ児童・生徒の学力成長の比較(Students with Disabilities Growth Comparison)」−障害をもつ児童・
生徒の学校の学力成長パーセンタイル中央値は州のそれと比べて同等もしくは高かった か−,(10)「ACCESS(10)に よ る 学 力 成 長 パ ー セ ン タ イ ル 中 央 値(ACCESS Median
Growth Percentile)」−ACCESS
による学校の学力成長パーセンタイル中央値は50
以上で あったか−,(11)「DRA 2/EDL 2(11)による学力成長(DRA 2/EDL 2 Growth)」−DRA 2/EDL 2
において進歩を示している児童・生徒の割合は基準に達したか−,(12)「DRA 2/EDL 2
による学力成長の比較(DRA 2/EDL 2 Growth Compared to Similar Schools)」−DRA 2/EDL 2
において進歩を示している児童・生徒は類似学校と比較して同等以上であったか−。以上が学校評価フレームワークにおける学力成長の評価指標である。
学校評価フレームワークを構成する
2
つ目が「基礎学力」である。「基礎学力」の評 価配分は,「高業績校」の全評価の約2
割を占めている。この評価項目では,州テスト における児童・生徒の一時点の学力水準(a snapshot)が評価される。この州テストに ついても,TCAPが使用される。「基礎学力」の評価項目は次の通りである。(1)「TCAP による堪能の割合(TCAP %
Proficient)」−読解,算数・数学,筆記それぞれについて,堪能もしくは進歩の児童・生
コロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 77
徒の割合が基準に達したか−,(2)「TCAPによる堪能の割合の比較(TCAP %
Profi- cient Compared to Similar Schools)」−TCAP
の読解,算数・数学,筆記それぞれについ て,児童・生徒の堪能もしくは進歩の割合が類似学校と比較して同等以上であったか−,(3)「個別グループの状況(Disaggregated Group Status)」−昼食費の減額もしくは無 料,マイノリティ,英語学習者それぞれの児童・生徒に関して,堪能もしくは進歩の割 合が基準に達したか−,(4)「個別グループの障害をもつ児童・生徒の比較(Student
with Disabilities Disaggregated Group Status Comparison)」−障害をもつ児童・生徒のパフ
ォーマンスは州の割合と比較してどの程度良かったか−,(5)「TCAPによる進歩の割 合(TCAP %Advanced)」−TCAP
において,児童・生徒の進歩の割合は一定の基準に 達したか−,(6)「ACCESSの期待値の割合(ACCESS %at Expectations)」−学年の期
待水準もしくはそれ以上の評価を受けた児童・生徒の割合は一定の基準に達したか−,(7)「DRA 2/EDL 2の割合(DRA 2/EDL 2)」−読解が学年水準(grade level)もしくはそ れ以上であった児童・生徒の割合が一定の基準を満たしたか−。これが「基礎学力」の 評価指標である。
3
つ目の評価項目は「児童・生徒の関与」である。この評価項目は学校が児童・生徒 との関係をどれだけ効果的に構築し保証しているのかを評価するものである。(1)「児 童・生徒の出席率(attendance rate)」−当該学校の児童・生徒の出席率の平均は一定の 基準を満たしたか−,(2)「児童・生徒の満足度調査の結果(student satisfaction surveyresults)」−肯 定 的 回 答 の 割 合 は 一 定 の 基 準 を 満 た し た か−,(3)「保 育 施 設 の 提 供
(center-based program offerings)」−学校は保育施設の提供を行ったか(12)−。これらが
「児童・生徒の関与」を評価する際の評価指標とされている。
4
つ目が「在籍者数」である。この評価項目は児童・生徒がどの程度学校に在籍して いるのかを測定し,学校がどの程度効果的に児童・生徒のニーズに応えているのかを評 価するものである。(1)「類似学校と比較した児童・生徒の復学率(Re-enrollment RateCompared to Similar Schools)」−類似学校と比較して復学率は同等以上であったか−,
(2)「類似学校と比較した年間の児童・生徒の在籍率(%
of Enrolled the Entire Year Compared to Similar Schools)」−類似学校と比較して年間の児童・生徒の在籍率は同等
以上であったか−,(3)「在学者数の変化(Enrollment Change)」(13)−在籍者数は改善さ れたか−が評価指標となっている。5
つ目が「保護者満足度」である。この項目はデンバー公立学校区が行なう保護者満 足度調査(DPS parent-satisfaction survey)に基づいている。(1)「保護者の満足(ParentSatisfaction)」−肯定的回答の割合は一定の基準を満たしたか−,(2)「回答率(Parent Response Rate)」−保護者の回答率は一定の基準を満たしたか−が評価指標となる。
これら全
5
項目で獲得した合計ポイントの割合に基づいて,各学校は「卓越」,「基準コロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 78
に到達」,「注視を要する」,「特に注視を要する」,「保護観察を要する」の
5
つの評価の いずれかに認定される。獲得した合計ポイントの割合は,当該学校の獲得した合計ポイ ントを獲得可能ポイントで除して算出される。「卓越」はポイント獲得割合が
79.5% 以上とされる。「卓越」と評価された学校は学
区の期待水準を超えており,なおかつ,「学力成長」と「基礎学力」においてより高い 評価を得ているとみなされる。「基準に到達」はポイント獲得率が50.5% 以上 79.5% 未
満とされ,「基準に到達」と評価された学校は学区の期待水準に達しており,「学力成 長」と「基礎学力」のいずれか,もしくは両方において高い評価を得ているとみなされ る。「注視を要する」はポイント獲得率が39.5% 以上 50.5% 未満とされ,「注視を要す
る」と評価された学校は学区の期待水準を下回っているとみなされる。授業プログラム やスタッフの異動についての介入が入るかもしれない。「特に注視を要する」は33.5%
以上
39.5% 未満とされ,「特に注視を要する」と評価された学校は学区の期待水準を大
幅に下回っており,大幅な改善が必要とされる。授業プログラムやスタッフの異動につ いての介入が入る。「保護観察を要する」は
33.5% 未満とされ,「保護観察を要する」
と評価された学校は学区の期待水準を大幅に下回っており,大幅な改善が必要とされ る。授業プログラムやスタッフの異動についての介入が入る。加えて,「保護観察を要 する」と評価された学校に追加的な予算の見直しが要求され,学区はこの学校を支援す るために,追加的な予算や支援計画を提供する。
2013
年度におけるデンバー学区のとある小学校の評価結果を確認してみよう(表4)。上段の「総合評価」の列は「獲得ポイント」,「獲得可能ポイント」,「ポイント獲得
率」,「評価(Stoplight)」である(14)。上段の「総合評価」の列を見てみると,この小学 校の「獲得ポイント」は83
ポイントであり,「獲得可能ポイント」は147
であるので,「ポイント獲得率」は
56.46% である。「評価」は「基準に到達」であった。このことが
示されている。下段の「総合評価」と「範囲」には「卓越」,「基準に到達」,「注視を要 する」,「特に注視を要する」,「保護観察を要する」それぞれに対応する「ポイント獲得 率」が示されている。この小学校の「ポイント獲得率」は56.46% なので,50.5% 以上 79.5% 未満の「範囲」に入る。その「範囲」は「基準に到達」である。このようにして
「ポイント獲得率」から「評価」が導かれる。
なお,表
4
上段の「1.学力成長」,「2.基礎学力」,「5.児童・生徒の関与」,「6.在 籍者数」,「7.保護者満足度」はそれぞれ評価項目を示している。3と4
の評価項目は 高校にのみ適用されるので,この小学校の評価フォームにはない。これらの評価項目に はそれぞれ獲得ポイントと獲得可能ポイント,ポイント獲得率,評価結果が示されてい る。表4
下段の「評価項目1, 2, 3, 4, 6, 7」および「評価項目 5」それぞれには,各
評価項目の評価範囲と評価結果が示されている。コロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 79
このように「高業績校」は
5
つの評価項目とその項目に付随する様々な評価指標に基 づいて認定される。すなわち,学校は「卓越」,「基準に到達」,「注視を要する」,「特に 注視を要する」,「保護観察を要する」の5
つの評価の内,「卓越」,「基準に到達」と評 価された学校は「高業績校」として認定され,その学校に配属されている全教員は報酬指標の
6.4% 分の報酬を賞与として受け取ることができる。
全評価に占める「学力成長」と「基礎学力」の割合については前者が約
6
割,後者が 約2
割であった。つまり,「高業績校」の評価割合の約8
割の評価は州テストであるTCAP
に基づいている。「高業績校」に認定されるためには,TCAP において,優秀な 成績を獲得する必要があるということである。「高業績校」の認定は毎年実施され,該当する学校はオンライン上に公表される。も し,「高業績校」と認定された学校に配置されたければ,当該学校に応募して面接で認 められなければならない。ただし,評価は毎年変動する性質なので,「高業績校」へ移 動する動機は希薄である。「今年『高業績校』じゃなくても来年は『高業績校』になる かもしれないから,ほかの学校にいく必要はない」(16)ということである。
2012
年−2013年度の「高業績校」の認定に関して,76校が「高業績校」と認定され て い る。2013年−2014年 度 に つ い て は78
校 が「高 業 績 校」と 認 定 さ れ て い る(17)。2014
年−2015年度のデンバー公立学校数は約180
校存在し,その内の約30
校がPro- Comp
の対象とされないチャータースクールなので,ProCompの対象校の約半数の学校 が「高業績校」と認定され,その学校に配属されている全教員は報酬指標の6.4% 分の
賞与を獲得している。このように「高業績校」の報酬は非常に広範囲にわたっている。また,評価指標につ いては,評価に校長の判断を介入させない州テスト,児童・生徒の在籍者数,児童・生 徒及び保護者の満足度といった客観的な評価手法がとられている。
表4 学校評価フレームワーク:2013-2014年総合スコア
出所:DPS, School Specific SPF−Elementary Schoolsより作成(15)。
コロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 80
2-2.高成長校
次に「高成長校」の評価項目をみていこう。教員は「高成長校」と認定された学校に 配属されると報酬指標の
6.4% 分の賞与を獲得することができる。「高成長校」に認定
されるためには,学校評価フレームワークの「学力成長」項目において,「凌駕」もし くは「基準に到達」と認められなければならない。「高業績校」の認定が学校評価フレームワークの全評価項目における獲得ポイント率 であったのに対して,「高成長校」の認定は,学校評価フレームワークの「学力成長」
項目のポイント獲得率からのみ算出される。「学力成長」の評価指標は「高業績校」の 場合と同様である。ここでも
TCAP
が使用されることとなる。「学力成長」の評価段階 は「凌駕」,「基準に到達」,「接近」,「基準未満」の4
段階である。ポイント獲得率が79.5% 以上であれば「凌駕」,50.5% 以上 79.5% 未満であれば「基準に到達」,33.5%
以上
50.5% 未満であれば「基準に接近」,33.5% 未満であれば「基準未満」とそれぞれ
認定される。したがって,この
4
段階の評価の内,「凌駕」もしくは「基準に到達」の 評価を得た学校は,「高成長校」と認定され,そこで勤務する全教員に報酬が配分され るわけである。先の小学校の評価フォームであれば次のようになる(表
4)。まず,注目すべきは,
「1.学力成長」の列である。この列が「学力成長」の程度を表している。この小学校の 場合,獲得ポイントが
55,獲得可能ポイントが 101,ポイント獲得率は 54.50% であ
る。評価結果は「基準に到達」であった。下段左側の「評価項目1, 2, 3, 4, 6, 7」とそ
の下の「範囲」は評価結果とその範囲を示している。この小学校の場合,「学力成長」のポイント獲得率は
54.50% なので,50.5% 以上 79.5% 未満の「基準に到達」の範囲に
収まる。その結果,「学力成長」の評価は「基準に到達」となり,「高成長校」として認 定されている。2012
年−2013年度に「高成長校」として認定された学校数は82
校であった。2013 年−2014年度のそれは80
校であった。ProComp資格のある学校の半数以上が「高成長 校」項目による報酬を獲得している。もちろん,認定された学校では働いている全ての 教師には報酬指標の6.4% 分の賞与が与えられることとなる。
なお,「高成長校」と認定された学校に移動したければ,「高業績校」と同様に当該校 へ申し込んで面接を受ける必要がある。申し込み先の校長や教頭に認められれば,「高 成長校」と認定された学校で働くことができる。ただし,「高成長校」の認定は毎年更 新されるので,移動に対する教員の動機はやはり希薄である。
「高成長校」の報酬についてもデンバー学区内の半数の学校に分配されるというよう に広範囲にわたっている。この報酬項目についても州テストを用いた客観的な評価であ った。校長の判断の余地はない集団に対する報酬である。
コロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 81
2-3.期待の凌駕
教師は自身が指導している
4
学年から10
学年の児童・生徒の50% が,コロラド州児
童・生徒の成長指標(Colorado’s Student Growth Indicator)に基づいた「学力成長」項 目(18)において,55分位数以上であれば報酬指標の6.4% 分の賞与を獲得することがで
きる。科目は読解,筆記,算数・数学である。読解,筆記,算数・数学を担当しない教 員は「期待の凌駕」による報酬を獲得する資格が与えられていない(19)。小学校教師で あれば,読解,筆記,算数・数学のいずれかが適用される。なお,この
55
分位数というのは,コロラド州内を意味する。すなわち,「期待の凌 駕」項目はコロラド州内での児童・生徒の学力成長の割合に基づいているので,デンバ ー学区内での賞与獲得割合は定められていない。類似集団(Similar group)内の前年比 の点数の伸びが100
分位数で計算される。前述したTCAP
の「学力成長」の算出方法 が用いられる。また,「期待の凌駕」報酬は「高業績校」報酬や「高成長校」報酬のように認定校に 所属する全教員に報酬を分配するものではなく,個々人の教師に報酬を分配するもので ある。したがって,同一校内において,「期待の凌駕」報酬による賞与を獲得した教師 と獲得することができなかった教師とが存在することになる。このように,「期待の凌 駕」による報酬は,州テストに基づいた「学力成長」という客観的な指標が使用される 個人別の報酬であった。
2-4.児童・生徒の成長目標 および児童・生徒の学習目標
次に「児童・生徒の成長目標」による報酬を見てみよう。「児童・生徒の成長目標」
は個々の教師が目標を設定し,その設定した目標が一定の水準を超えたか否かによって 合否を決めるものである。ProCompの導入に伴い,しばらくは「児童・生徒の成長目 標」が運用されてきたけれど,2014年度より「児童・生徒の成長目標」から「児童・
生徒の学習目標」へと変更された(20)。従来運用されてきた「児童・生徒の成長目標」
よ り も「児 童・生 徒 の 学 習 目 標」は,「よ り ア カ デ ミ ッ ク な 側 面 の 評 価 に 近 づ け た」(21)。以下では「児童・生徒の学習目標」の運用について説明する(22)。
「児童・生徒の学習目標」では,個々の教師が
1
つもしくは2
つの教科に関わる目標 を設定し,2つの目標を達成した教師には報酬指標の1% 分の昇給,1
つの目標のみを 達成した教師には報酬指標の1% 分の賞与がそれぞれ与えられる。
「児童・生徒の学習目標」の評価プロセスを見てみよう。8月から
9
月にかけて,教 師は校長もしくは教頭と協議しながらデンバー公立学校区成績責任・調査・評価課(DPS Accountability, Research and Evaluation(ARE))が作成したガイドラインに従って 教科に関わる目標を
1
つもしくは2
つ設定する。その目標には計量可能な目標や計量不コロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 82
可能な目標が組み込まれる。例えば,「音楽担当の教師ならリズムに関すること,小学 校の算数担当教師なら計算に関する目標を立てる」(23)。
次に教師の目標に関わる児童・生徒たちの学習の基準線となるデータを集め,教師と 校長とが相談をしながら,目標の対象となる児童・生徒たちを次の
5
つの基準のいずれ かに分類する。「1.非常に準備不足」,「2.準備不足」,「3.いくらか準備されてい る」,「4.準備されている」,「5.準備が進んでいる」。つまり,この分類によって,教 師が設定した目標に対する児童・生徒の現状が位置づけられるのである。目標に対し て,「1.非常に準備不足」のように遠くに位置しているのか,それとも「5.準備が進 んでいる」のように目標に対して近くに位置しているのかが決定される。その後,10 月から3
月にかけて実践へと移る。その間,児童・生徒の進捗を観察するために一連の 証拠が集められる。評価は
4
月から5
月にかけて行われる。教師はデータチームや校長もしくは教頭と目 標と実践とがどのように関連していたのかについて,児童・生徒の成長に基づいて評価 および反省する。最終的な評価者は校長である−時に教頭が評価するが,主として最終 評価者は校長である(24)−。ここに評価者である校長の判断が入り込む余地がうまれる。「児童・生徒の学習目標」では
TCAP
は使用されず,あくまで設定した目標に対する 実践において,児童・生徒がどれほど成長したのかという点が評価される。評価の際に は表5
のマトリクスが使用される。左側の縦列は分類した児童・生徒の基準グループで ある。上段の横列は5
段階の評価を表している。すなわち,「1.未習熟」,「2.部分的 習熟」,「3.適度な習熟」,「4.高い習熟」,「5.顕著な習熟」である。マトリクス内に は「該当なし」,「0」,「1」,「2」,「3」の数字と「教師と校長による決定:0, 1, or 2」,「教師と校長による決定:0, or 1」,「教師と校長による決定:2 or 3」とが表示されてい る。「教師と校長による決定:0, 1, or 2」は教師と校長とが協議して,「0」,「1」,「2」
のいずれかを決定する部分である。「教師と校長による決定:0, or 1」と「教師と校長 による決定:2 or 3」についても同様に,教師と校長とが協議して,「0」もしくは「1」
を,「2」もしくは「3」をそれぞれ決定する。ここに校長の判断が入り込む。
「児童・生徒の学習目標」において目標達成の認定のためには,教師は最終評価者で ある校長から「達成」の認定を得る必要がある。「『2』及び『3』は『達成』と認定され る。『1』については校長の裁量によって『達成』か否かが決められる」(25)。つまり,
「1」で「達成」が得られる場合もあれば得られない場合もある。おそらく,「0」に近い
「1」であれば「達成」は得られない。「0」についてはもちろん「達成」は得られない。
「児童・生徒の学習目標」の評価は校長の判断に委ねられることとなる。
このように
ProComp
の「児童・生徒の学習目標」では,個々の教師が1
つもしくは2
つの目標を設定し,その後,担当児童・生徒を5
つのグループのいずれかに位置づけコロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 83
られ,評価マトリクスにしたがって「達成」か否かが決定される。「達成」を得た教師 は目標を達成したと認められる。目標達成の数に基づいて昇給か賞与のいずれかが報酬 として配分される。これが「児童・生徒の学習目標」による報酬決定の仕組みである。
ただし,現状の「児童・生徒の学習目標」報酬の仕組みは上記とは異なる。どういう ことか。2014年−2015年度は「児童・生徒の学習目標」の導入の初年度ということも あり,「児童・生徒の学習目標」申請者全員に報酬が提供されている。これはデンバー 公立学校区とデンバー教員組合との団体交渉によって決定された(26)。つまり,評価結 果に基づいて報酬が分配されるのではなく,「参加」に基づいて報酬が分配されること となる。その結果,2つの目標を設定した教師は昇給を獲得でき,1つの目標を設定し た教師には賞与が与えられる。デンバー公立学校区が
2
つの目標を無理やり設定しない よう教師に通達を出していることから,2014-2015年度において,多くの教師が2
つの 目標を設定し昇給を獲得したものと考えられる(27)。つまり,校長の判断が評価に入り 込む「児童・生徒の学習目標」については,2014年−2015年度については,「参加」に 基づく報酬によって,校長と教師間に生じうる「達成」か否かをめぐる紛争の種を処理 しているということである。2015年−2016年度の「児童・生徒の学習目標」の報酬条 件についても「参加」に基づかせるか,もしくは「評価」に基づかせるかについて,デ ンバー公立学校区とデンバー教員組合とが交渉中である。以上,「児童・生徒の学習目標」は個人別の報酬であり,校長の判断に基づく主観的 な評価方法であった。とはいえ,現在のところ,報酬は「参加」に基づいて決定されて いる。「高業績校」,「高成長校」,「期待の凌駕」の客観的な評価方法とは一線を画して いる。
3.市場報酬
「市場報酬」は「任命困難職」と「指導困難校」の
2
つの報酬項目から構成されてい表5 「児童・生徒の学習目標」評価フォーム
未習熟 部分的習熟 適度な習熟 高い習熟 顕著な習熟 非常に準備不足 教師と校長による
決定:0, 1, or 2
3 3 3 3
準備不足 教師と校長による
決定:0 or 1
2 3 3 3
いくらか準備されている 0 1 2 3 3
準備されている 該当なし 0 1 2 3
準備が進んでいる 該当なし 0 0 1 教師と校長
による決定:
2 or 3 出所:DPS, SLO Handbook−15/16より作成。
コロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 84
る。「任命困難職」による報酬から確認してみよう。
3-1.任命困難職
教師は「任命困難職」と認定された職につけば報酬指標の
6.4% 分の賞与を得ること
ができる。「任命困難職」とは有資格の教師が少なく,離職率の高い職である。近年の「任命困難職」には,特別支援担当教員,数学担当教員,スペイン語による英語習得担 当教員が含まれている(Briggs et al 2014 : 21)。例えば,「10人募集して
8
人しか集ま らないことがある。それが『任命困難職』だ。小学校教員は十分いる。国語担当教員も 十分いる。だけど,特別支援担当教員,数学担当教員はなかなか集まらない」(28)とのこ とである。現場では「任命困難職」を次のように認識している。「『任命困難職』は教師の能力が 不足しているというよりも,スタッフが足りていないということだ」(29)。なぜ不足が生 じるのだろうか。概して理系学部出身の学生は数学の教師として働きたがらないからで ある。「私の教え子は大学で数学を専攻していました。今は,エンジニアとして民間で 働いています。その方が多くの給与がもらえるからです。大学で数学を専攻して,教師 になった教え子はいません。私もエンジニアになると思います。もし,数学の先生にな ったら驚かれます。エンジニアになれたのにどうして数学の先生になったんだよ,と人 は言うでしょうね」(30)。では,不足の生じた職に対して,学校はどのように対応してい るのか。「欠員が生じた場合,募集をかけ,それでも欠員が埋まらなければ,代替教員
(Substitute Teacher)を雇って対処することになる」(31)。日本において数学担当教員や特 別支援担当教員が定員割れを起こしているという状況がありうるのだろうか。ないので はないか。この点は,今後きちんと確認する必要がある。
さて,「任命困難職」はどのように認定されているのだろうか。デンバー公立学校区 はデンバー学区全域における欠員情報を集約している。欠員情報は欠員が生じた学校長 が欠員情報をデンバー公立学校区へ報告することによって集計される。その後,デンバ ー公立学校区は欠員が生じた職を「任命困難職」としてそのリストを公表する(32)。こ うして教師は「任命困難職」として認定された職に就いていれば賞与を受け取ることが できる。「任命困難職」による報酬の目的は,特別支援の教師,数学の教師,スペイン 語の話せる英語教師をデンバー学区で雇用し,離職させないことにある。しかし,この 目的の達成は難しい。「任命困難職」による報酬をもってしても埋まらない職は代替教 員で埋めることになるのが現状である。
なお,2009-2010年度,2010-2011年度,2011-2012年度に関しては,約
3
割の教師が「任命困難職」として認定されている(Briggs et al 2014 : 21)。
以上,「任命困難職」による報酬は,不足している職のリストに基づく賞与であった。
コロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 85
一旦,欠員リストが作成されれば,報酬決定に個々人の判断が入り込む余地はない。欠 員リストに自身の職が掲載されているか否かという客観的な指標に基づいて報酬が決定 される。
3-2.指導困難校
「指導困難校」による報酬は,「指導困難校」と認定された学校で働いている教師に報
酬指標の
6.4% 分の賞与を提供するものである。「指導困難校」の賞与は,デンバー公
立学校区の教師たちが「指導困難校」で働くことへの承認を促すために設置されてい る。
デンバー教員組合の執行委員長によると,「指導困難校」は,「貧困に基づいている。
貧困家庭は給食費の減額を政府に申請する。つまり,『指導困難校』は貧しい児童・生 徒の多い学校という意味」(33)である。
具体的に「指導困難校」はどのような条件下で認定されているのだろうか。「『指導困 難校』は給食費の無料・減額(Free and Reduce Lunch)の割合に基づいて認定してい る。児童・生徒の給食費の無料・減額の割合が小学校は
92% 以上,中学校は 85% 以
上,高校は75% 以上であれば,『指導困難校』と認定される。認定された学校をデンバ
ー公立学校区は公表する。デンバーは経済事情が苦しい世帯が多い」(34)。つまり,小学 校であれば,在籍している児童・生徒の92% 以上が給食費の無料・減額の適用を受け
ておれば「指導困難校」として認定されるということである。この92% という数字は
学校内で
92% の児童・生徒が給食費の無料もしくは減額を受けているという意味であ
る。
「指導困難校」の認定基準については了解した。一方,なぜ「指導困難校」が設置さ れねばならないのか。この点に関わって,貧しい児童・生徒の多い学校は,校内暴力が 多いのか尋ねた。「執行委員長:必ずしもそうではない。時々あるくらいだ」,「早期教 育課長補佐:教師と学区の担当者がそうならないようにうまくやっているんです。いく つかの学校はとても大変ですけどね。子供に問題があるときは大体親に問題がありま す。親に問題がある子供は大変なんです」(35)という。必ずしも校内暴力が多いというわ けではないようだ。では,貧しい児童・生徒は学業成績が低いのだろうか。「執行委員 長:一般には低い。でも,必ずしも全員がそうではない」。「岩月:日本では貧しい児童
・生徒のキャリアは低いです。裕福な家庭の子供は塾に通うことができる」。「早期教育 課長補佐:それは日本の大きな問題だわ」。「岩月:裕福な家庭の子供は大学進学に有利 です。」「執行委員長:それはここでも同じです」(36)。やはり,外国であろうが貧しい児 童・生徒の学力は一般的に低い。加えて,執行委員長は次のように語る。「私があなた の生徒としましょう。『指導困難校』に在籍する私は,勉強があまり好きではない,注
コロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 86
意力もとぼしい,勉強に向かう姿勢にも課題を抱えている。だから,あなたは長い時間 をかけなければなりません。この過程において,あなたは私のノートや行動をチェック し話し合いを続けます。とても長い時間を要します。それと親との関係は基本的には良 好ですが,まれに保護者と衝突することもあります。『指導困難校』の教師は本当にす ばらしい。とてもうまく教える。しかし,何人かの教師はその学校を去ります」(37)。つ まり,「指導困難校」の教師は科目の指導,態度の指導に非常に時間がかかるので非常 に大変だということである。基本的に保護者との対応に問題はないが,時に保護者対応 が大変になる。教師たちは優秀だけれど,何名かの教師はその学校を離れてしまう。だ から「指導困難校」の報酬がある。これがデンバーの
ProComp
の「指導困難校」の報 酬を必然化させている。概して指導困難校がデンバーには多いので,半数以上の学校を カバーするほどの「指導困難校」の報酬が導入されている。また,州テストに基づく報酬のみでは,指導困難校で働く教師にとっては不公正な制 度であるといえる。公正さを確保のためには,「指導困難校」の報酬が設置されていな くてはならない。
「指導困難校」による報酬獲得率を確認してみると,2009年−2010年度は
46% であ
ったものが,2010年−2011年度と2011
年−2012年度には53%,56% とそれぞれ増加
している(Briggs et al 2014 : 21)。ProCompに参加している半数の教師は「指導困難 校」の報酬を獲得していることになる。貧困家庭の児童・生徒を多く抱える教師たち は,「高業績校」の報酬や「高成長校」の報酬や「期待の凌駕」の報酬を獲得すること ができなかったとしても,その代わりに,「指導困難校」の報酬を獲得する資格が与え られている。「指導困難校」の報酬は,一部の教師に報酬が偏る事態を抑制し,貧困家 庭の児童・生徒を多く抱える教師たちへの報酬を配分している。それによって,Pro-Comp
による報酬分配の平準化に寄与している。もちろん,「高業績校」の報酬や「高 成長校」の報酬や「期待の凌駕」の報酬の資格を獲得することができず,さらに,「指 導困難校」の報酬の資格が与えられなかった教師は不運ではある。しかし,「指導困難 校」の報酬はProComp
という制度を支える一翼を担っていると言えよう。なお,デン バー教員組合は「指導困難校」の報酬範囲を拡大させようとデンバー公立学校区と交渉 を現在もなお続けている(38)。このように「指導困難校」の報酬は,児童・生徒の貧困の程度に基づいており,報酬 決定に対する評価者の判断が入り込む余地はない。客観的な指標に基づく集団に対する 報酬である。
コロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 87
4.知識と技能
4-1.専門性向上単元
「専門性向上単元」による報酬は,「専門性向上単元」を完了した経験年数(39)
14
年以 下の教師へ報酬指標の2% 分の昇給を提供するものである。経験年数 15
年以上の教師 が「専門性向上単元」を完了すれば,報酬指標の2% 分の賞与となる。「専門性向上単
元」による報酬は個々の教師に支払われる報酬である。なお,「専門性向上単元」の設 計には,クラスルームティーチャーも参加している(40)。ところで,なぜ経験年数
15
年以上の教師に対する報酬は,昇給ではなく賞与なのか。答えは
ProComp
の報酬財源の維持である。「『専門性向上単元』の報酬は昇給に関するものなので,一定のところで制限しなければ財源がなくなってしまいます」(41)というこ とである。
それでは「専門性向上単元」の内容を確認していこう。「専門性向上単元」の目的は 継続した学習を行うことで児童・生徒に資することとされている。「専門性向上単元」
のプロセスについては,まず各教師は自身に適した「専門性向上単元」を選択する。
「専門性向上単元」には大きくは次の
4
タイプが配置されている。1つは学校主催の「専門性向上単元」−例えば,総合的な改善計画(Unified Improvement Plan(UIP))−,2 つに複数の学校に渡って展開される特定科目の担当者グループの「専門性向上単元」や 総合的な改善計画の「専門性向上単元」,3つに学校内での特定科目の小集団による
「専門性向上単元」,4つに学区主催の「専門性向上単元」である(42)。このような複数の プログラムから自身に適したプログラムを選択する。
「専門性向上単元」のプログラムは,特定のプログラムを選択した教師がグループと なり,グループごとに,学習(Study),実践(Demonstrate),反省(Reflect)という
3
つのプロセスを経て実施される。その理由については,「成功裡の学習は,一つのイベ ントやテストによって判断されるのではなく,むしろ,教育実践中の結果によって決定 される」からであるいう。「専門性向上単元」の最終評価はどのようになされるのか。まずグループ内でプレゼ ンテーションを行う。ここで,同一プログラムを選択した教師同士で反省が行われるこ ととなる(表
7)。各教師は自身の取組みの結果−児童・生徒にどんな影響をもたらし
たのか−を説明し,同僚からの質問に答えなければならない。その間,各教師は同僚評 価のフィードバックフォーム(表8)に必要事項を記入する。ここには教師の実践が記
録され,各同僚たちはその教師が「専門性向上単元」を完了したか否かを記入する。記 入の際には,「専門性向上単元」内容と発表を評価するための規程(表9)が使用され
コロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 88
る。同僚による評価の過程を経て,最終的には,「デンバー公立学校区の『専門性向上 単元』課の担当者(PDU department)が『専門性向上単元』を完了したか否かを判断し ます」(43)。なお,「評価は数値に基づくものではありません。記述式で行います」(44)との ことである。このように「専門性向上単元」の評価においては,同僚間での評価を経た 後に,「専門性向上単元」課の担当者が「専門性向上単元」が完了したか否かを最終的 に決定する。完了と認定された教師には報酬が与えられるということである。なお,こ れまでの「専門性向上単元」報酬の獲得率については十分に確認できなかった(45)。
表7 「専門性向上単元」の同僚評価手順 目的:
・「専門性向上単元」のプロセスを通して,互いの学習内容を共に検討し共有すること。
・全メンバーの成長に資するよう肯定的な態度でフィードバックを行うこと。
10分:
・発表者は「専門性向上単元」の情報,成果,学習内容の重要性を報告する。中断はしない。
・発表の間,同僚はフィードバックフォームにメモをとりながら聞き,疑問点をそのフォームに記 入する。
5分:
・議論:全メンバーは発表者の学習内容に対する考え,メモ,疑問点,アイディアを共有する。
・同僚は評価の規定に従って報告者の「専門性向上単元」を評価する。
・同僚は発表者にフィードバックフォームを提供する−発表者はフィードバックフォームを吟味し て「専門性向上単元」課担当者に預ける−。フィードバックフォームを手元に置いておきたい場 合,スキャンしたものを発表者に送付する。
以上のプロセスは全発表者が報告し終えるまで繰り返される。
出所:収集資料より作成。
表8 同僚評価のフィードバックフォーム
出所:収集資料より作成。
コロラド州デンバー学区における公立学校教員の報酬制度に関する一考察 89