高齢者ケアにおける選択の拡大とその課題 : イン グランドにおけるダイレクトペイメントと個別予算 を事例として
著者 永田 祐
雑誌名 評論・社会科学
号 111
ページ 125‑139
発行年 2014‑11‑30
権利 同志社大学社会学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013859
要約:近年,先進国では,高齢者ケアに何らかの現金給付を導入することで,高齢者の
「選択」を拡大することが共通して推進されている。このうちイングランドでは,これを
「個別予算型」といわれる形態によって推進してきた。本研究の目的は,社会サービス領域 全体において「個別予算型」の改革を推進しているイングランドを事例として,こうした 制度の中で高齢者の「選択」について経験的データを用いて検証している先行研究をレビ ューし,高齢者の「選択」を阻害する要因を整理することで今後の研究課題を明らかにす ることである。先行研究を検討した結果,個別予算型の改革は他のクライエントグループ と比較して高齢者に有効ではないこと,またその要因として,①制度に起因する要因,② 選択を可能にする環境上の要因,③制度運用上の要因,④高齢期の特性に起因する要因,
⑤本人の選択をサポートする家族に起因する要因に整理できることが明らかになった。
キーワード:パーソナリゼーション,ダイレクトペイメント,個別予算,規制された現金 給付
目次
1.問題の所在
2.「選択の拡大」を推進する制度の概要:ダイレクトペイメントと個別予算 2−1.ダイレクトペイメントの概要
2−2.本人が主導するサポート(self-directed support)に基づいた社会サービスの提案 2−3.個別予算の政策化
3.高齢者への適用をめぐる課題 3−1.全体的な評価
3−2.適用を困難にしている要因の検討 4.「選択の拡大」とその課題 今後の研究課題
1.問題の所在
先進国では,高齢化の進展に伴い様々な公的介護保障の枠組みが模索されているが,
一方では効率的に質の高いサービスを提供するために,他方では障害者の自立生活運動
────────────
†同志社大学社会学部准教授
*2014年10月1日受付,2014年10月20日掲載決定
論文
高齢者ケアにおける選択の拡大とその課題
──イングランドにおけるダイレクトペイメントと 個別予算を事例として──
永田 祐
†125
にみられるような当事者からの要求の結果として,社会サービスの領域に「選択」の原 理を導入することが共通して推進されている(DaRoit, and LeBihan, 2010 : 287 ; Colombo
et. al., 2011 : 50;Glasby and Littlechild, 2009)。
日本でも,介護保険において利用者の選択は改革の大きな柱であった。しかし,高齢 者やその家族が選択できるのは,あくまで介護保険法で定められた指定事業者であり,
サービスである。一方,他の先進国で推進されている選択を重視する改革の中では,高 齢者自身が,どのような介護サービスやサポート(1)を誰によって,どこで受けたいか,
一定の規制のもとで選択できることが重視されている。こうした改革は,①個別予算
(Personal Budget)型,②現物給付の代替としての要介護者本人に対する現金給付,③ インフォーマルな介護者に対する所得補助としての現金給付に分類される(Lundsgaard,
2006 : 366−372)。本研究が対象とするイングランドのダイレクトペイメントと個別予算
は,「個別予算型」であり,「高齢者は,消費者として多様なサービス供給者からサービ スを選択できるとともに,介助者(Personal Assistant=以下PA
と略記)の雇用者とな ってケアの供給をコントロールできる」制度と定義されている(ibid : 366)。イングランドでは,1990年のコミュニティケア改革以降,高齢者本人の選択を重視 する改革を推進してきたが,現在は成人を対象とした社会サービス全体を本人の「選択 と コ ン ト ロ ー ル」が 可 能 な 仕 組 み に 変 え て い く と い う パ ー ソ ナ リ ゼ ー シ ョ ン
(personalisation)と総称される「過去
60
年間でもっとも大きな成人社会サービスに対 する改革」(The Law Commission, 2011)のさなかにある。この方向性に先鞭をつけた のは,保守党政権時代の1997
年に導入されたダイレクトペイメントであるが,これを 社会サービス全体に拡大することはむしろその後の労働党政権によって推進された。さ らに,2010年の保守党と自由民主党の連立政権成立以後もこうした方向性は大きく変 化しておらず,党派を超えた合意事項として社会サービスにおける選択とコントロール の拡大が取り組まれている。本研究は,このように社会サービス領域全体において「個 別予算型」の改革を推進しているイングランドを事例として,こうした制度における高 齢者の「選択」について経験的データを用いて検証している先行研究を対象とし,その 課題を整理することで,今後の研究課題を明らかにすることを目的としたレビュー論文 である。こうした知見を通じて,制度創設から14
年が経過し,サービス供給体制が一 定程度整備されてきた日本の介護保険制度における選択の意味を問い直すこともできる と考えられる。以下では,まず,イングランドにおける政策動向を整理し,ダイレクトペイメントと 個別予算の概要を確認する(2.)。次に,その高齢者への適用についての先行研究を検 討する(3.)。最後に,これらのレビューを通じて,高齢者に対する「選択の拡大」を 意図した改革と今後の研究の課題について考察する(4.)。
高齢者ケアにおける選択の拡大とその課題 126
2.「選択の拡大」を推進する制度の概要:
ダイレクトペイメントと個別予算
2−1.ダイレクトペイメントの概要
ダイレクトペイメントは,1996年コミュニティケア法(The 1996 Community Care
(Direct Payment)Act,施行は
1997
年)ではじめて認められた社会サービスの対象と認 定された人に対する現金給付であり,アセスメントによって明らかになったニーズを満 たすために必要と判断された金額が本人に対して給付される(DH, 2009)。当初,対象は
18
歳以上65
歳以下の障害者のみであり,高齢者や18
歳未満の子ども は含まれなかったが,2000年にガイドラインが改定され,65歳以上の人にもダイレク トペイメントが認められるようになった。また,2008年の法改正(2008年Health and Social Care Act)では,意思決定能力法(mental capacity act 2005)における「能力に欠
ける」状態であっても,予算を管理する「適切な人材」(suitable person)がいればダイ レクトペイメントが受給できるようになった。これにより,認知症の高齢者でもダイレ クトペイメントを受給することが可能になった。次に,本研究の視点から,ダイレクトペイメントの特徴をまとめておこう。第
1
に,この制度は現金給付であるが,地方自治体がニーズをアセスメントし,そのニーズを満 たすために作成されたプランに基づいて執行されることが求められ,定期的に地方自治 体のモニタリングを受ける必要がある。自治体と合意できれば,既存のサービスにとら われず様々な「サポート」を自由に選択できるが,家計に組み入れたりすることが可能 な現金給付ではない。第
2
に,そのため,本人には給付された金額を管理し,報告する 義務が生じる。また,PA(Personal Assistance=介助者)を雇用する場合は,雇用者と しての法的な責任が生じる。具体的には,最低賃金を遵守すること,被雇用者(この場合
PA)の疾病休暇や年次有給休暇を保障することなどが含まれる。第 3
に,自由に使えるといっても,同居している近親者を雇用することは原則として禁止されている。こ れは,ダイレクトペイメントが,家族介護を評価したり,促進したりするためのもので はないということを示している(だたし,例外的に認められる場合もある(2))。 公的な 福祉制度が対応するのは,あくまで家族介護以外に必要とされるニーズであるという認 識があるといえるだろう。第
4
に,この制度は社会サービス全体の改革を意図したもの ではなかった。確かに,労働党は,ダイレクトペイメントの利用率を引き上げるため に,地方自治体がコミュニティケアサービスの対象者にダイレクトペイメントを提案す ることを義務づけ,地方自治体の社会サービスを評価するベンチマークとしてダイレク トペイメントの利用率を採用するなどしてその促進に力を入れた。しかしながら,これ高齢者ケアにおける選択の拡大とその課題 127
らの措置はあくまで主流であるコミュニティケアサービスの「例外」であることを前提 に行われてきた(3)。
こうした中,ダイレクトペイメントが目指してきた「選択とコントロール」の拡大を 社会サービス全体の常識として,すべての人に広げようという動きが広がっていく。こ うした動きを先導してきたのが,in Controlというボランタリー組織である。
2−2.本人が主導するサポート(self-directed support)に基づいた社会サービスの提案
in Control
は,2003年に知的障害者の福祉についてのビジョンを定めた政府の白書(DH, 2001)の実施を検討するためのグループ(Valuing people support team)が基盤と なり,いくつかの知的障害者を支援するチャリティや地方自治体が加わって結成された ボランタリー組織である(Sanderson, et. al, 2006)。このように,知的障害者の支援方法 を検討することから出発した
in Control
は,「本人が主導するサポート」(self-directedsupport)というコンセプトを打ち出し,当初は 6
つの地方自治体で新しい支援の方法を試行し始めた。彼らは,「選択とコントロール」というアイディアを実現するためには,
従来のケアマネジメントのモデルを本人が主導するサポートに転換することが必要だと 主張し,その要素の一つとして個別予算を提案したのである(Daffy, 2007 : 8)。つま り,個別予算は,本人が主導するサポートというコンセプト全体の中で理解する必要が ある。そこで,ここでは従来のコミュニティケアと本人が主導するサポートの違い及び その政策化の過程を簡単にみておくことにする。
まず,イングランドにおける成人(障害者と高齢者)を対象とした福祉サービスは,
1990
年に成立した国民保健サービスおよびコミュニティケア法(以下コミュニティケア法と 略記)に基づいて地方自治体の社会サービス部がその提供に責任を持っている。単純化 していえば,ニーズアセスメントと資力調査を伴う税方式に基づいた制度である。コミ ュニティケア法が施行されることで,地方自治体が一人ひとりにあわせたケアプランを 作成し(ケアマネジメント),実施するサービスを外部から購入すること(サービスの 提供者と供給者の分離)で,利用者の選択を拡大し,サービスの質や効率が改善される ことが期待されていた。しかし,実際のコミュニティケアの運用には以下のような批判 があった。第1
に,ケアマネジャーが一人ひとりのニーズに合わせてサービスを購入す るというよりは,地方自治体がサービスをまとめて購入し,それを利用者に割り当てる 方式が広がり,利用者の選択は広がらず,事業者がサービスの質を改善するインセンテ ィブもなかったこと(Baxter et. al., 2013 : 402),第2
に,こうしたプロセス全体が専門 職によって管理され,専門職主導のシステムになっていること(Duffy, 2007 : 5)であ る。ケアマネジャーは,予算の範囲内でサービスを割り当てるにすぎず(Lymbery,1998 : 875),利用者の選択は実質的に限定されたものになっていた。
高齢者ケアにおける選択の拡大とその課題 128
それに対し,in Controlは,こうしたプロセスを専門職主導から本人主導に転換する ことを主張した。ここでは,その要諦のみ説明しよう。
第
1
に,ニーズアセスメントに本人が参加(セルフアセスメント)し,自分自身の生 活をどうしていきたいかを反映させること。第2
に,予算の割当の過程を資源配分シス テム(Resource Allocation System=RASと呼ばれる(4))によって透明化すること。第3
に,セルフアセスメントとRAS
の結果を用いて割り当てる資源を「個別予算」として 提示すること。第4
に,本人はこの予算をどのように「コントロールしたいか」を決定 できるようにすること。この「コントロール」の方法には後述するようにダイレクトペ イメントから自治体のソーシャルワーカーによる管理まで様々な方法がある。第5
に,本人がこの予算を使ってどのようにサポートを組み立てるか,既存のサービスにとらわ れずに決めることができるようにすること,その際,プランニングを自治体のソーシャ ルワーカーだけでなく,外部の当事者団体や支援仲介者(support brokerと呼ばれる)
に依頼できるようにすること。最後に,プランニングとレビューにおいては,どのよう なサービスが提供されたかではなく本人が望む生活(「アウトカム」)が実現されたかに 焦点を当てること,である。
このように,要約すれば,本人が主導するサポートとは,専門家がニーズをアセスメ ントし,それに基づいて予算を決定し,サービスを割り当てるという従来の方式から,
ある程度客観化された方法に基いて予算を算定し,それを個別予算として本人に示した 上で,それをどうコントロールするか,そして本人が望む生活(アウトカム)を実現す るために,どのようなサポートを活用するかを決められるようにしていくことで専門職 主導のプロセスを転換することを意図したものといえる(Daffy, 2007 : 8)。
2−3.個別予算の政策化
政府がどこまで
in Control
が提唱した理念や熱意に共鳴していたかはここで論じる課 題ではないが,少なくとも当時の労働党政権は,in Controlが提案したアイディアを政 策に取り入れ,個別予算を含む本人が主導するサポートを推進した(5)。まず,2005年 の緑書および2006
年に発表された白書で「個人予算」(individual budgets(6),モデル事 業では個別予算ではなく個人予算と呼ばれていた。)のモデル事業を進めることを表明 し(DH, 2005 ; 2006),13の自治体がモデル事業に取り組んだ。さらに,モデル事業を 受け,2007年にはPutting People First
と題する6
省庁と保健,社会サービス,地方自 治体の関連団体との合意文書を発表して,今後の社会サービスの方向性として本人が主 導するサポートを推進することを明確にし,2012年までに個別予算をすべての利用者 に拡大するという目標を掲げた(HM Government, 2007)。こうした一連の改革はこの 文章以降,「パーソナリゼーション」(personalisation)と総称されて推進されることに高齢者ケアにおける選択の拡大とその課題 129
なった。2010年に成立した保守党と自由民主党の連立政権もこうした方向性を基本的 に継承しており,2012年発表された白書(DH, 2012)では,法律的な位置づけがなさ れていない個別予算の法制化を約束し,現在その準備が進められている。
個別予算は改めて定義すれば,「自分に割り当てられる金額を通知され,この資金を 本人が意味があると考える方法で使うことができ,それによってどのようなアウトカム が達成できるかを知ることができる方法」(Sanderson, 2006;Tyson, et. al. 2010 : 38)で ある。すべてをダイレクトペイメントとして受け取ることが難しい場合でも,後述する ような様々な方法で本人の「コントロール」を拡大できるようにしようという試みであ り,現金給付と現物給付の中間的な位置づけとも言える。一般に,本人は,①個別予算 をダイレクトペイメントとして受け取ること(本人だけでなく,事業者を通じた代理受 領のような仕組みも可能であり,この場合自分で口座を開設したり,資金の管理をしな くてもよい)②自治体のソーシャルワーカー等に依頼すること,そして③両者を組み合 わせて受給すること,から選択することができる。利用者に割り当てられる予算が明確 にされるという意味では,日本の介護保険の仕組みと似ているが,使い道が決められた サービスに限定されておらず,アセスメントで明確にされたニーズに基づいて作成され たサポートプランのアウトカムを達成するために,従来の福祉サービスにとらわれず
「創造的な」(creative)使い方が可能である点が大きく異なる点である。
このように,イングランドの成人を対象にした社会サービスは,一部の利用者にダイ レクトペイメントを例外的に認め,コミュニティケアについては従来どおり運用すると いうあり方から,すべての人が「選択とコントロール」可能な仕組み(本人が主導する サポート)にシフトしつつあり,この点がパーソナリゼーションと総称される改革の狙 いであるという点を確認しておきたい。以上のような点を踏まえ,こうした改革が,高 齢者に実際にどのように適用され,どのような課題があるか,次節で検討する。
3.「選択の拡大」を意図した改革の高齢者への適用をめぐる課題
3−1.全体的な評価
以上のような改革の高齢者への適用に関する評価については,すでに述べた
13
の自 治体で試行された個人予算のモデル事業の評価研究(Glenddining et. al. 2008)が最も包 括的な成果の検証を行っている。この研究では,ランダム化比較実験(RCT)に基づい て,モデル事業の対象地域の利用者が個人予算が提案されるグループ(IBグループと する)とこれまでのサービスの提供を続けるグループに無作為に分けられ,6ヵ月後に 比較が行われた(7)。成果の指標は,本人のウェルビーングに関して①精神的な健康度を 示す「精神的健康度12
項目版」(GHQ-12)と②7段階の主観的幸福度,サービスの成高齢者ケアにおける選択の拡大とその課題 130
果に関しては,③ASCOTと呼ばれる社会サービスの成果を特定する指標,加えて,④ 本人の主観的健康度と⑤サービスに対する満足度である(指標についての詳細は,
ibid : 63−65
を参照)。その結果,端的に言えば
IB
グループのほうがそうでないグループよりも有意に「精 神的健康度」が低く,それ以外の指標では統計的に有意な差は見られなかった。すなわ ち,IBグループ高齢者のほうがむしろ精神的な健康は損なわれ,客観的なサービスの 成果や主観的な幸福観,健康度や満足度の向上はみられなかった(ibid)。このように,実験デザインを用いた評価研究では,個別予算型の改革が高齢者には有 効ではないという実態が示された。また,in Controlのモデル事業でも高齢者が他のク ライエントグループと比較して成果が小さいことが指摘されている(Hatton, et. al,
2008)。
3−2.適用を困難にしている要因の検討
次に,こうした改革の高齢者への影響について本人とその介護者および専門職を対象 として実施された経験的な調査に基づく研究(Clark et. al, 2004;Goodchild, 2011;
Baxter and Glendinning, 2011;Lakey and Saunders, 2011;Moran et. al, 2011, 2013;Lloyd et. al. 2012;Hatton and Waters, 2012;Arksey and Baxter, 2012;Baxter, et. al. 2013)を対
象とし,その結果を分析することで,どうしてこうした改革が高齢者には有効ではない のか,その適用を難しくしている要因を検討し,表1
のように大きく5
点に整理した。以下,それぞれについて検討する。
第
1
に,課題のいくつかはイングランドの社会サービスの制度そのものに起因してい表1 高齢者への適用を難しくしている要因 先行研究の整理 高齢者への適用を難しく
している要因
1.制度に起因する要因 ①受給資格基準の厳格さ
②資力調査基準の厳格さ
③資源の割当が少ない 2.選択を可能にする環境上の
要因
①選択を行使するための支援
②選択を行使するための情報や選択肢 3.制度運用上の要因 ①個別予算の運用上の問題
②地方自治体・専門職の文化 4.高齢期の特性に起因する要
因
①高齢期の特性
②受給にともなう負担 5.本人の選択をサポートする
家族に起因する要因
出所:筆者作成。
高齢者ケアにおける選択の拡大とその課題 131
ると考えられる。まず,社会サービスの受給資格基準(eligibility criteria)が厳格なた め(8),初期介入や予防的なアプローチが難しく,多くの高齢者は社会サービスにつなが る時点で,「危機的」な状況にあることが指摘されている。そのため,ダイレクトペイ メントや個別予算で想定されている「雇用者になり,自分の望むケアや活動を選択す る」といった状況や予算の中で「選択」を行使するというような状況にないこと(Moran
et. al, 2013 : 841;Lakey and Saunders, 2011 : 42)が指摘されている(「受給資格基準の
厳格さ」)。次に,資力調査の基準(9)から考えても,雇用者になるという経験自体が乏し い人が多く,十分な支援がなければこうした役割を果たすことは難しいという指摘もあ る(Moran et. al, 2013 : 840)(「資力調査基準の厳格さ」)。さらに,高齢者は障害者と比 べると一人ひとりに割り当てられるダイレクトペイメントや個別予算の額が低く,負担 に見合わないと考える高齢者が多いこと(Goodchild, 2011 : 11),そのため創造的に活 用できるだけの余地がないことが指摘されている(Clark et. al, 2004 : 56;Moran et. al,2013 : 838;Hatton and Waters, 2012 : 12)。予算の割当に,認知症の高齢者のニーズが正
しく反映されていないという指摘もある(Lakey and Saunders, 2011 : 35)(「資源の割当 が少ない」)。こうした課題は,イングランドの社会サービスがそもそも限定された人の みを対象としていることに起因しているといえる。そのため,これらの要因を「制度に 起因する要因」とした。第
2
に,高齢者の選択を難しくしている要因として,選択を行う高齢者を取り巻く環 境が考えられる。まず,高齢者の選択を可能にするためには,長期的な視点から様々な 段階での継続的な支援が必要であると指摘されているが(Arksey and Baxter, 2012 :160;Baxter and Glendinning, 2011 : 278),ピアサポートを含め,こうした支援は障害者
の分野ほど発達していないことが指摘されている(Clark et. al, 2004 : 58)。アルツハイ マー協会も,システムが複雑すぎて家族や当事者にとって負担であるとともに,それに 対する支援が十分でないと指摘している(Lakey and Saunders, 2011 : 36)(「選択を行使 するための支援」)。加えて,選択するための情報の不足と地域のケアマーケットの発達(つまり選択肢)が不十分であるという懸念もある(Goodchild, 2011 : 13)。こうした支 援や環境が十分でないと,かえって(選択のできる人とできない人との間で)不平等を 生み出す可能性がある(Baxter and Glendinning, 2011 : 275)。インターネットによる情 報提供は,高齢者をさらに排除する場合がある(ibid)(「選択を行使するための情報や 選択肢」)。これらの課題を「選択を可能にする環境上の要因」とした。
第
3
に,制度の運用上の問題が指摘されている。高齢者の多くは,ダイレクトペイメ ントではなく,地方自治体のソーシャルワーカーに個別予算のマネジメントを依頼する(council managed budgetsと呼ばれる)割合が高い(10)。もちろん,このこと自体は問題 ではない。個別予算は,ダイレクトペイメントを受給することに不安があっても「選択
高齢者ケアにおける選択の拡大とその課題 132
とコントロール」を実現できるようにするための方法として提案されているからであ る。しかし,ハットンらの調査では,高齢者の場合,形の上では個別予算となっていて も,本人はそのことを理解しておらず,自分に割り当てられている予算額について知ら ない場合がほかのクライエントグループと比べて多いことが報告されている(Hatton and
Waters, 2021 : 11)。また,自治体がマネジメントするケースでは,自治体がいくつかの
事業者と契約を結び,その事業者の中から選択する形になっている場合が多く,結局は 従来のブロックコントラクトと大きな差がない場合もあるという調査結果もある(Baxter, 2013 : 402)。これらの問題を「個別予算の運用上の問題」とした。次に,地方 自治体やソーシャルワーカーなどの組織や専門職の要因も指摘されている。クラーク は,地方自治体の専門職は,これまでの「文化」を変えていく必要があると指摘し,組 織としてこうした変化をサポートしていく体制やダイレクトペイメントの利点を理解 し,創造的に発想する必要性を強調している(Clark, et. al. 2004 : 55−58)。しかし,パ ーターナリスティックな専門職が特に高齢者の領域に多いこと(Goodchild, 2011 : 9;
Moran et. al, 2013 : 842)や制度に精通していないワーカーがいることも指摘されている
(Lakey and Saunders, 2011)。ダイレクトペイメントの利用率が高いのは保守党が政権を 担っている自治体であることから,地方自治体や労働組合の中には,公的セクターの仕 事を奪うものだという理由で反対するものいるという指摘もある(Riddell et al 2005)。
実際に障害者のダイレクトペイメントの受給率が高い自治体は,高齢者のダイレクトペ イメントのそれも高く(Fernandez, et. al. 2007 : 113),自治体の姿勢が重要であること が示唆されている(「地方自治体・専門職の文化」)。以上のような個別予算の運用によ る要因や,地方自治体の機会主義的な行動,ソーシャルワーカーのパーターナーリズム による要因をここでは「制度運用上の要因」とした。
第
4
に,高齢期の特性に起因する要因が指摘できる。高齢者は若年の障害者と比べる と現状を維持したいという要望が強く,現在のサービスに比較的満足しており,変化を 望まないこと(Hatton and Waters, 2012 : 16)や専門職の決定に異を唱えたりしないとい った傾向が指摘されている(Moran et. al, 2013 : 842)。また,健康問題を抱える高齢者 に対する質的調査に基づいてロイズらは,次第に虚弱になっていく高齢期は,不安定で 予測が困難であり,パーソナリゼーションが想定する利用者像とは異なっていると指摘 している(Lloyd et. al. 2012)。こうした高齢者の特性は,ダイレクトペイメントや個別予算を受給することに伴う 様々な負担と関連している。例えば,ダイレクトペイメントを受給するためには,PA の求人,雇用といった労務管理を自ら行う必要があり,出入金の記録などのために専用 の銀行口座を開設しなければならない。雇用者となることに伴う様々な責任やそれに伴 う事務作業は,何らかの支援がなければ大きな負担となり(Clark et. al, 2004 : 19,
高齢者ケアにおける選択の拡大とその課題 133
29),こうした負担に高齢者は不安やストレスを感じていることが指摘されている
(Moran et. al, 2013 : 840)。これらは制度によって要求されていることであるため「制度 に起因する要因」ともいえるが,むしろ高齢者のすでに述べたような特性によって「困 難」になる要因であり,「高齢期の特性に起因する要因」に含め「受給にともなう負担」
とした。
第
5
に,本人の選択をサポートする家族に起因する要因も指摘されている。ハットン らの調査では,高齢者は,プランニングを支援してくれる人として「家族や友人」を上 げる人の割合がほかのクライエントグループと比べ高かった(Hatton and Waters, 2012 :11)。特に,認知症の高齢者の場合は家族の役割が重要になる(Goodchild, 2011 : 8)。
しかし,家族も同様に予算の管理といった負担の伴う責任に消極的であり,同居してい ない家族の場合はいっそう難しいため(Moran, et. al. 2011 : 11),こうした場合は本人 の場合と同様,家族に対する受給に伴う負担を軽減するサポートが必要になる。一方,
本人と家族のニーズが一致するとは限らず,家族が必ずしも本人の意思を代弁する適切 な人材であるという保証はない。グッドチャイルドは,認知症であってもあくまで本人 が管理できるような支援体制を確立すべきであると指摘している(Goodchild, 2011 :
8)。こうした要因を「本人の選択をサポートする家族に起因する要因」とした。
4.「選択の拡大」とその課題 今後の研究課題
以上の検討を踏まえ,ここでは,「選択の拡大」を意図した改革の高齢者への適用,
特にイングランドにおける個別支援型の課題を考察し,今後の研究課題について述べ る。
まず,文献レビューの結果からは,実験デザインによる評価研究の結果として,個別 予算型のプログラムは高齢者の精神的な健康度にネガティブな影響をもたらす可能性が あること,また,個別予算型のプログラムを高齢者に適用することが難しい要因が,大 きく①制度に起因する要因,②選択を可能にする環境上の要因,③制度運用上の要因,
④高齢期の特性に起因する要因,⑤本人の選択をサポートする家族に起因する要因に分 類できることを示した。
このことから,個別支援型のプログラムを高齢者に適用する場合の課題として以下の 点が指摘できるだろう。まず,第
1
に,そもそも選択とコントロールが可能な段階で制 度の利用につながる必要があること,第2
に,選択を可能にするためには,ピアサポー トを含めた継続的な支援に加え,情報や選択肢を提供することが必要であること,第3
に,制度を運用する自治体や支援者の意識改革が必要であること,第4
に,若年の障害 者とは異なる高齢期の様々な特性に配慮する必要があること,最後に,高齢者を支える高齢者ケアにおける選択の拡大とその課題 134
家族への支援が不可欠であること(ただし,家族が高齢者の代わりに選択することが望 ましいかどうかという議論はある)である。こうした問題が解決されないと,パーソナ リゼーションは,高齢者の「福祉」(wellbeing)にかえってマイナスの影響を及ぼす可 能性がある。高齢者の多くが,本人の選択の余地が大きいダイレクトペイメントや第三 者支払いのような方式を選択せず,自治体のソーシャルワーカーに任せる割合が高いこ とからも,現在の厳格な受給資格基準や資力調査に基づく制度を前提にすれば,少なく ともすべての高齢者に対して消費者としての「選択」を拡大することが適切な政策とは いえないと考えるのが妥当であろう。
しかし,一方で制度やその運営に起因する要因を改善することで,こうした状況は変 化する可能性があるし,本人に起因する要因のいくつかは将来変わっていく可能性があ る。また,グラスビーは,定量的なエビデンスがないからといって,一部の人への肯定 的な成果を否定する必要はないと指摘している(Glasby, 2012 : 12)。そうした意味で も,個別予算型のプログラムの成果について検討し,どういった場合に「選択」の拡大 が高齢者の福祉を改善するかについても検討する必要があるといえるだろう。
次に,本研究の日本への若干の示唆と,今後の研究課題を示したい。
まず,イングランドは,日本と比較すると受給資格基準や資力調査がはるかに厳格で あるため,そもそも制度の対象となる時点で,自らの意思で選択し,予算をコントロー ルすることが難しいと指摘されていた。こうした点は,受給資格基準がかなり緩やか で,そもそも資力調査のない日本の介護保険制度では,あまり問題にならない可能性が ある。
次に,「選択を可能にする環境上の要因」の中でも「マーケットの発達」という面に ついて,日本では,比較的軽い自己負担(1割負担)によって需要が急増したことで,
多くの事業所が参入しており,いわゆる「マーケット」が成熟していないという課題は 大きくないと思われる。しかし,一方で,介護報酬という公的価格を定めることで価格 競争を排除し,参入する事業所も規制されているため,この仕組みを超えて自由な選択 を可能にすることは混乱を招くかもしれない。例えば,高齢者が専門家のプランに沿う という条件が付くとはいえ,指定された事業所でなくても「サポート」を自由に選択で きるようになるような制度に対して,少なくとも介護事業者は現金給付に反対したのと 同じ理由で反対することになるだろう。また,仕組み次第では介護のブラックマーケッ トが形成される危険性もある。
さらに,日本でも「マイケアプラン運動」のような(ただし,マイケアプランであっ てもあくまでサービスは介護保険の指定事業者から選択する点がイングランドの制度と は大きく異なる)自らケアプランを作成する動きがあるが,大きく広がっているとはい えない。イングランドでみられたように,幅広い選択が可能になったからといって,多
高齢者ケアにおける選択の拡大とその課題 135
くの高齢者や家族がこぞって介護保険サービス以外からの「選択」を積極的に行使する ことは考えづらいかもしれない。しかし,選択を支援する仕組みとしては,地域包括支 援センターや介護支援専門員などが一定の支援を行うことを担保すれば,「個別予算型」
を一部の高齢者が選択しても「選択」のための支援は円滑に行われる可能性もある。
最後に,イングランドで一部可能になっているような家族や近親者を介護者として雇 用することについては,雇用契約を前提として,専門職のモニタリングを義務づけるこ とで,現金給付が検討された際に批判の対象となった問題(社会的評価を伴わない介護 が家族,特に女性に押し付けられる)を回避できる可能性がある。
以上のように,個別予算型のプログラムをすべての高齢者に適用することは現実的と は言えないだろう。しかし,ダイレクトペイメントはいわば「規制された現金給付」で あり,個別予算は,現金給付と現物給付の中間のような制度である。日本ではこれま で,(本人および家族に対する)現金給付か現物給付かという二者択一の議論が中心で あり,介護保険改革でも「個別予算型」の選択肢は考慮されてこなかったように思われ る。すでにみたように,個別予算型では,家族介護を固定化するという日本で指摘され たような懸念を回避しつつ,現金給付の利点の
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つである既存の公的サービス以外の選 択が可能になることで高齢者の選択を拡大することが可能である。したがって,今後の 研究課題として,介護保険制度との比較という視点から,個別予算型の制度の課題およ びその解決方法,そして成果を検証することも重要であると思われる。付記
本研究は,科学研究費助成事業,基盤(C)(課題番号26380802)「『規制された現金給付』の可能性につ いての研究」による研究の成果の一部である。
注
⑴ 「サポート」という用語は,既存の「サービス」より広い範囲の選択が可能であるという意味で用いて いる。例えば,ディサービス(サービス)の代わりにガーデニングを一緒にやってくれる知人を雇用 する(サポート)という選択も可能であることを意味している。
⑵ 当初は,両親,義理の両親,叔父叔母,孫,子,義理の子,養子,兄弟姉妹と上記すべての配偶者お よび本人の配偶者は同居の有無にかかわらず介護者として認められなかったが,現在は,同居してい ない親族についてはその雇用を認めてもよいことになった。また,同居している親族についてもそれ がもっとも適切であると判断されれば例外として認められる。
⑶ 実際,2007年の時点でダイレクトペイメントを受給している高齢者は17,000人,コミュニティケアサ ービスを受給している高齢者の約1.7% に過ぎなかった。
⑷ 簡潔にいえば,本人によるアセスメントと専門職のアセスメントのスコアに基づいて支援の総額を算 出する仕組みである。ただし,RASは法律で定められた全国統一の仕組みではなく,自治体によって 様々な方法が用いられている。
⑸ ただし,これらの改革は現状の制度の中で行われており,法律改正は行われていない。そのため,運 用について自治体間の違いが大きいことに留意する必要がある。
⑹ 個人予算は,様々な財源を統合し,個人のニーズに合わせて柔軟に使えるようにしようという試みで あった。それに対して,自治体の社会サービス予算に限定する場合に個別予算と呼ぶ。すなわち,両
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者の違いは財源の違いである。
⑺ 調査は2005年から2007年にかけて,対象となった13の自治体の956人の利用者を対象に行われた
(IB群は510名,比較群449名)。そのうち,高齢者は27%,263名(IB群は142名,比較群121人)
である。
⑻ 地方自治体はニーズの判定のためのアセスメントを行う義務があり,ニーズを四段階で把握するが,
どのレベルのニーズに対してサービスを提供するかは自治体の裁量である。実際は,ほとんどの自治 体が四段階の最重度と重度にあたるCriticalとSubstantialの利用者にしかサービスを提供していない
(Dunning, 2010)。
⑼ イングランドの在宅の社会サービスは所得と貯蓄が23,250£(日本円で約400万円,1ポンド=172円 で計算)を超えると全額が自己負担になり,社会サービスの対象者は日本と比べるとかなり狭い。
⑽ 2012年度でダイレクトペイメント及び本人主導のサポートを受けている高齢者の約86% が地方自治 体に個別予算の管理を依頼している(Health and social care information centre, 2013)。
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While developed countries are promoting the increased availability of options for older adults through cash-for-care schemes in long-term-care (LTC) systems, England has introduced such options through the system known as personal budget-style schemes. This study uses the example of England, which has been encouraging personal budget-style reforms to the entire social service sector and reviews previous studies that examined the options available to older adults within such systems, using empirical data to highlight future research challenges by identifying factors that inhibit options for older adults. The results of an examination of previous studies reveal that personal budget-style reforms are not effective for older adults in comparison with other client groups, and causal factors for this can be summarised as follows : (1) factors attributable to the system, (2) environmental factors that make options possible, (3) institutional and operational factors, (4) factors inherent to the nature of older people and (5) factors resulting from family support of individual choices.
Key words: Personalization, Direct payment, Personal budgets, Regulated cash payment
Expanding Options for Long-term Care for Older Adults and Related Challenges
Yu Nagata
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