' 榊 大教 育 社 会地 理
. 巡 検 シ リー ズ第七 輯離島 と山間‑ き地の地理
‑ ・ 一 祖谷,大崎 ヒ島,隠岐巡検記 ‑
岡山大学教 育学部社会科
地 理 学 教 室 編 著
,, 〟 . ‑ 射 ち 河 原 筈 膚 舶 t l
21101170743
ほ し が き
岡 山大 学 附属 阿曽 館地理巡検記第7稗を刊行す るO昭和4 5年 秋には徳島腺東祖谷村へ, 48年夏には広島県大崎上 島‑, 4 7年夏には隠岐島布施村へ, と過歴 を立ねた巡検の記鼓 と,地理学研究室関係者の寄淑 女 とを集録 した
O
「離島 と山間へ き地の地理」
と大仰な誌名を冠 したが,オムニバスであ って,有 磯 的な関連 を意図 して編集 された ものではか 、D巡検記畳は,主 として社会科2年 次・5年次学生 による労作であるDそれ らは調査法にも, リポー トの古き方に も習熟 した作n77とはい えない。考察 も十分に掘 りさげ られたもの とは言い難い。 しか し,未熟なもののなかに も,いまだ磨かれ ざる珠 玉がひそんでいるもの と,秘か な期待 をもっている。第7輯ともな ‑,て,巡検 記はかな り趣 きが変 って きたことに気付かれ るだろ う. まづ,行動 半径 が広がったこ と。 いままで岡山県 内を巡 .,ていた もの が,瀬戸内海をわた り,A(覇の奥深 い渓 谷を わけい ゥて祖谷へ ,あるいは瀬戸内海の島 々をめ ぐり,北にきびす をめぐらせては, 日本掛 こ船出 して醸畦の島に渡 るな ど,対象地は遠隔にな り,その 昆r淵も多様にわたるよ うにな って きた.広 く 見開を と志す恵欲のあ らわれ ともいえるo近年 ,卒業生諸氏のみな らず 在学中のもの をも含めて, 多くの方々が海 を越 えて広 く世界を邑関するようにな り
,
祈 5輯以降 の巡検記に は, それ らの リポ ー トのい くつかが寄稿 されるよ うにな った。時代の経典 とい えるかもしれないが,そのなかには, 学生時代の巡検 を通 して開眼 した,地理の眼が生き生き としてい ることを感 じるo 我 々の巡検 もま i た,海外へ と企画され る日の近 くなることを期待 してやまないo ところで,巡検が県外になる と, 事前に現地の様子がよ くわか らない,参考文献や各種草料 を入手 し.#い,現地 との交渉に齢倍がで きる,いわゆる土地勘がないので試行錯誤が多い,妨後 の再調査が困難である,な どの‑ソディキ JYサブが大 きい。 それが,この リポー トに常 呂 してい るこ とは否めない‑ 反省すべ き点 も多い。 し か し,それだけに,収集 した4=の デー タは思索であるといえよう。巡検の価値は,あ りのままの事 実 を丹念に拾い集めることと,そ してそれ をみる眼 を集 うこ とだ と思 う。 方法はその行動の うちに, やがて練 り上げ られてい くO この小さな巡検の労作はその出発点であるO まかれた良き種は,枝を 拡げ薬を繋 らせ,いつの 日か十倍百倍の実を括ぶ ことであろう。巡検に際 しては,いちいちの御 名前をあげ ることが困難なほ ど多くの方 々の御配慮や御厚意があ I,たことを忘れるととはできないo慣れない県外のことであるか ら,ことさらに迷惑 をおかけ した
lヽ !
●
こともあろうと,感謝 とともに申訳なさも感 じてい るO この場 を借 りて,御礼 と御詫び とを申上げ たい。
また ,還暦 を越 してなお,毎年の巡検に欠かさず参加いただき,多方面にわ たる指串 をいただい l
ている宗 田克己先生には,今回も特別の寄稿 をいただいた。 卒業生の諸氏には,巡検記刊行のため に,毎回,寄稿 と支援 とをいただいてい る。これ らの方 々の協力な しには,巡検記は陽の 目を浴 び なか ったであろ うo改めて感謝の意 を表 したい。
昭和 4 8年 ム月
. ヽ
学部地 理学研究室
高 橋 達 郎
ILJ
! ヽ
トー2605
目
は し が き
‑ 地理巡検 と植生
二 昭和4 5年度巡検 L'ポー ト(岨谷〜 高知〜 室戸 )
Ⅰ
祖谷地 方の地すべ りu
東祖谷村の人 口変動D
l 祖谷の農業 ‑農作物 を中心 として‑Ⅳ
祖.谷 の 林 業 V 交 通 路 の変 遷Ⅵ 祖谷地jJ‑の振興 と開発
Ⅶ
祖 谷 の 民 俗三 昭和48年度巡検 レポー ト(大崎上島 )
1
大崎上島の漁 業吹
宗 田克己
藤 酌和子 小野利朗 矢吹
離郎
菅 即 徹
森 康成 遠拡 省三 相 沢一 正 中
原住恵
立 野悦 了
u
大崎上島 の柑橘栽培 (その1) 川 上怒利子Ⅲ
大略上島の造船(そ の2 ) 上原LT#江 難波英子 万代文 子
四 昭 和4 7年 度巡検 t/ポー ト(隠岐 )
]
隠岐布施村浄土 ケ滞付 近の海岸地形皿
布施村の人 口動態Ⅷ
布施村の林 業Ⅳ
布 施 村 の牧 畜Ⅴ 水 産 業
Ⅵ 社 会 構 造
Ⅶ
布施村 の振興計画難波敏 江 上 原師汀 蜂 谷淑子
大 氏頁 理千 ・杭 田 翠 北村 浮子 ・松岡珠 江 入江永奉
17151712822tJ44tJ)55 952CO4Jb78cD9 tJ7(U4NJn)19∩Ur32254551111■■‑̀11.1
五 研究 ノー・ト ・賛料
I
Jlキ ス タ ソ ・ア フ ガ ニス タ./紀行 山川碑 仁 ‑..・.江
消えゆ く鉱山町 「生野」 ・・ 森 田孝一 L■l 六 あ と が き
社会科地理におけ る自然地理的内容 の学 習拍執 こつ いて 留意すべき2・5の 問魚 点 地理巡検 の 目的 と方法
IImIEr
. t ̀
地 理 巡 検 と 植 生
‑1 ・ 一 ・
「 地 理 巡 検 と 植 生
J I
宗 田 克 巳
地理 や地頃 で ,勉強vcなる ような野外見学 の施行 を巡検 とい うO ところで この地 Fj!や地質 では . この野外での調査 机究が振めて大切 で為るの で .こ うした方面(⊃専門家は誰 で もしつ こ く野外vc足 を迦ん でいるのである。 また学会 で もあれば .必ず巡検 に どこか計画 され .そD計画か所の研究者
内に よって多 くの ことな学ぶ ことが できた ことを .有拙 く思ってい るD ところが巡検l
灯
は .こ,a .i F)な案 内役の付か 7=い場 合 もあるわけで ,TJ:かには まと も7j:地 図す ら持 たずに ,見学 し7こければ な【っん こともあるo rまあ無鉄砲 といった ら .これは とひどい こと虻 ないので ,..;iるO けれ ど も巡検経歴 に とん た ち(I.?で L空'れば ,そん 7=無鉄砲 なと膏で も
,
ちゃん と見/T̲lべ きと ころで見 るべ きもCDLri見 て と,'てレゝるので,もろO 本 当の無鉄砲 な見学 L'⊃例 としては ,政近 C)学校 の修学族行が あげ られ る と思 うL, これは引卒教師が生徒 小こ説 明す るたけ,D知針 L‑もちあわせず ,往 々に して専 門外 ,Jlj教師で LT・)., て .早 く宿弓軌・てつ いて足 をくつ古でし ,くつろ ぐことばか 17気 :・Lrしてし‑・る場 合が たい と/.rlいえまし、,,i た見学 ,:つルー ト(A:して も教師側で撰択 すZ̲‑たけの能力fr7
I く ,全 く観光業者 に7麦かせ きり ,業 者は 商魂 た くま しく ,い くつか つルー トの うち ,もっ と ももうか るの な政師側 作か しつけて くるO もち ろん これ(,'L,対 して教師は絶対信政 で ,施 行後 の反省 もで きえとレ、仕末である。 これ と似 た ような こ とtrl.殻近 の海外旅行 (・'.:ついて もいえ ,Y̲,のであるO ,]チ′こチ多 くの写真の シャ ッターを きって もど るのたが ,そ V:'写頁かt,iて どこで うつ した ものか分 らん〔つが ざらに
あるとい う(Dで あ7‑,。 い‑iとろ は El本の どこで も .外人観光客が多 いので ,外国旅行,a ,い 7tとろの こうなスケジ ュ‑ルでの もの th=よる と ,うっか りする と .外国旋行 ‑k LfEが ら外国 ITい る ことす ら忘れて .ガイ ドの うしろtiた えずかけ足 でつい て・まわつた とい うtて ,終 った ことに 7:ってLへるであろ うC 筆者が 7L・ぜ こん 7ここと を ここでV、うか とい えば ,われわれの巡検 も ,うっかD
する と .だんだん こん7jT:こと('CなD
はせん か と心配するか らであるO就 中 .外地巡検 で葵背が 4 少チ した場合がそれ で あZ,O 筆者は1 9 7 2 年 の 8月 ,は じめて国際地 理学 会Ln=でてみた。 それは カナ ダのキ ン ト.)オール大学 でお こなわれた のであるが .これ に参 加 した主 El的Lrl.北米各地 が見学 で き,71とい うことであった。 なるほ ど色 々 変 った地形 ・地層 ・植生 71ど見学 する ことができ .か1j:i),D勉強(.仁なった といえ るのである。 だがもう少 し73ん とかな らなん だものか と ,あ とで くや ‑まれ る ことが あるC それ とい うのは交通業
帝と
エス コー トの問で0み分 っていて ,われわれ(・・',=は+ J',)知17え73:かった ようTL時間配 当 な D ,場 所 な一・・・5 ‑‑
A .事象 7LDが ,いた る ところで生 じたのであったD もっ とも広大 な土地 ,それに小縮尺 の くわ し I
ll二
い地 図が簡単vc入手 で きrLくいo また この種の地 図がた とい人手で きた として も .地理的事 象が あ せDVCも大規模で ,日本内で五万分の 1の地形 図が発揮す るような効果 を大陸 では求 めるのが無理 で ある とい うことVCなるか もしれ ないがO それ とも一つは現今多 くの人が扱光 ムー ド
に
巷 されてい て ,いかVC地理学者 といえ ども ,大在DJJ、な D .そ うした弊害を うけていて .それが 外国 で あると , よけいにあ らわれ る よ うであるO だか らは るば る外国へ てて レ くクです られた D .子供 の並 び壌 み たい1=ところ に .多 くCL)時間 をさいて面 白がってレ、るのITあるo要す るVTL地理的事象 の見学 となれば ,所かわれは晶かわ
D
の諺 ではないが .いったん郷土 を とび だ した ら ,われわれ五感 vcふれ る ものみんな珍 ら しい ものばかDなんである。 それが地理学徒 であ れば ,その珍 しようが ,よD
具体的 vcとらえ られ なければ な らない であろ う。それが外国 とも72れ ば ,よi)一面 の ことであるO と総い うものの .その事象は あまPVCも多岐 vEわた D ,それ を通Dす ぎの兼 行 で ,詳細 vC記削
ことどめ るなどとい うことは庫 めて至難 の ことといわねげ なるまいO で も 地理 と して綻 .最低の地域性の把線は で き72ければ しょうが ないO筆 者は この最低の地域 性の把握 の 1就賓 と して植生 を と9あげ てみた.C
ヽ槻生
Veget ation
とは一 口にいって .植物 の どんな ものが ,どの ように分布 してい るか とい うことで あるO どん な ものが とい うことに なれば ,植物 (・3分類上の知漁が必勢 なこととなるO この 分叛 とい うことに なれば ,それ こそ大変 なことで あって ,これはかDは単 作読書だけでは とうvCも ならない。 もっ とも現今の印刷術托 よれば .すい分 と立派 な図鑑が で きる ,そ してまた次 々で さて もV、るが ,かかる図鑑 といえ ども .大体 ひとともtD .実物 vcよ.'て .料 (フ丁 ミリー )の同定 くら い披で きる ようになった うえでのみ ,その其価 を発揮 できるので あるO ともか く ,どうして も ,一 応 は植物採集 らしい ことをや ってい な くて紘そ ら在仏 とい うこ とvCなるO そ の植物採集で あるが . 箕は筆者 らは旧制中学時代の1
年生で ,ほん のわずかばかD
宿額 と して課せ られた もので ある.そ れか ら教 師 になって ・今度は中学 生や女学 生L.^=宿層 として課す る立場 vcなD .いや で も応で も .坐 徒採躯晶のあDふれ た ものについて比 ,その和名 くらいは知 っておか ねば を らん. そん な ことでわ ずか2 0‑5 0種 くらいの名前 を糾 貰えた. この わずか な柵物 の名前が大変役に立つ ように な った もので ある。 もし筆者 が植物 と銘打っての先生 で あった ら .こん な ことでほっ とまらなか った こと であろ うが .実 をいえば .当時隼 者の知鼓以下の柾物故師性い くらもいた ようであったO現在 吐中 学校で このてい どの分類は顎来 されるよ うである らしいが ,どうも先生 vc自信が なさそ うで ある。余談 の ようであるが ・隼者 が ここでいいたい の姓 ,少 くと も ,いせb中学校卒 くらいの知鼓 比 ,ど
‑ 4‑
JJ .̀1‑J ‑‑. ■J
ん な方両 の もの で も .自由自在 に発揮 で き71けれ げいけなレ、とい うことで ある。 せ LItや .教師 と なった ら .下 は小学校か ら上 は大学 にいたるまでそれは必須条件 である. まあ先生 と もなればすい 分の知識 が ,それぞれ の専門外の分野 で要求 郎 Lb ようであるが .実はそ う大 した もので もないの であって .要は 中学校程度の ことを徹底的 vrcもlL)I,こしてかけば .あとは現在 す ぐれた参考‑a なD .
群青 がふん だん(・てあるので .それ らを活用す るすべ さえ知 13てかれは:いい とい うことt/'EなるO さ{植物 で むるが ,これは フィール ドVこ出れば ,とん な方面の もので も .自然 と幽心 を もつ よう t'LIなる もので あるO おそ らくこれ をのけて歩 くことは て き7j:いてあろ うO そ してそれVEわずか でVA いか ら注意すればV,LJlの で .テーマが何 で あろ うと ,そ うすることが大 した 句担 ln:もなるもの では ないO 負担 どころか ,自然 o)植生は身心 ・' rJつかyl藷V‑1や して くれる ことが大 きho そーれは意識 しな いで も′〕それ ぐらいの他生 を .地理学徒 が無幽心 であっていレ、わけか ないO い くらか で も自然環境 らしい もの左筆 q'Cす る際 ,拙Jiの ことを片鱗 もふかすにす ませ た なら ,その論文は化学工場産のイ ノス タ ソ ト食品 をロ托す右上D ,もり とひ どい も糾 てアミやてい 7=.VLちがし(なV,.っ地理で比地誌が大 切 な分野 で あることは論 をIiたたいて去ろ うが ,日本で・Li地 誌の噛物が樋めて少 ないっ 特に植生‑て
‑,4でふれた ものVtいた っては皆無t'Eひ と しVも と九に反 して外国には ,かな‑Dま とまった もの が あ
A .そ して これ には しへずれ も相生 忙つい てふれてい る:.1 これは何た ることで あろ うかO それ くらい で あるか ら ,はん訳 の地誌射 て限 って ,植生 があるO こん な こと‑1iみ ると ,このほん訳 を した地#̲
学者は .植物名 を辞番 をさが してかいただけであって ,その植物が分類上 どん な植物 であD ,その 植物が地理で どん な窟味 を もつ もので あるか
k t .
Vtっ こうt,PC御存知 アこい と しか 思え7lhのである。筆者 も何度 か地理 の先生方 と .いっ Lよに外国旅行 をL.たが .街路樹 を(・iじめ ,野外 JJ草木 や ,義 林 の群落 をみて ,ただ されい たた7とはしっうもC1>),I:〕,
そ
L⊃名前が分 らなL,・O とき817:は これは 日本でもよく見 る木 だな ァ くらいでぁろO筆者は ;bァこれが ダイサ ンボク (イタ .)‑ ) .マ ロニエ (フラ ンス ).I)ソデ ・/パオム (ドイ ツ )とい うと .あァこれか と感心 しているO タイサ 1/ポクは 日本 で もいた ると ころで庭木に 7Ib7:い るか ら ,筆者に限 らずす ぐピソと くる。 ところが マロニ=‑とか .
I
)ソデ ンノミオムは筆者 も初見 である。 初見 では あるがす ぐに分 るっ それは ど うした ことかo その分 るのは ,分堺上で ど・/と くるの と ,日本に も同種 の ものが あ.'て .反射的 vc口か らでふだけの こと であるo マロニエは トチの木 で あD .リンデ ソ,:オム仕 ポ ダイ ジ1で あるo
これ と似 た ようTrことが ,産業地理 の分野 で もいえそ うで あるO それ抹地業 で も工業 で も。筆者 も最近少 しばか少 ,水田 と畑K足 をいれている0 1‑る と平年作 で ,どれ くらいの投下労 力で ,どれ くらいの収軽 があD ,それが どん な流通&.路 で どれ くらいの価軒で消 費者の手にわたるはずだ とい ラ ,大体 の見 当がたつO また こんな1ところで どん な ものが適 す るとい うこと もおお よそ分 るO こん
‑ 5‑
なことをふ まえた うえで熊業地坪 な ら ,役所 の村 i・任 な統計資料 のみの もの よ9 ,より具体的 7E,
●●I●●
よD信用の ある論文がかけ るはず であるO 筆者は工業 万両は秘 めて うとL^分 野で ある。 それ でもい ろん な工菜 分野の見学 を よくしている方であると思 ってい るO =場 での現場 の説 明は大抵 工程 と工 率であると思われる。 ま ァ工程 は ,い くらか理 科的 な借款 でわか るのであるが ,工業 で大切 なのは 工 率で あるO この機械 は El直何屯 の性能 と聞か され て も ,それが果 して多 い のか少 ないのか ,多け れば どれ くらい多い のか ,きっは 9分 らん なDに ,は ァなるほ どと感心 して .そ れ がそuDか tr J=ベー パーになる とい うC)だか ら .全 くもって始末に負え なレゝo Lか しその 見学 もかな b長時間 と どう=る か ,たびたび足 劉cEこんでい ると ,その うちt・{自分 で工場労務者 vcなった ような気
拝
になるD まチ ベ ー′ し
忙 しようと思えば .一時的(・'Cしろこの労務者 になるなD .労萌者 vCなった よう7‑E気特 にひ た られるまでVLrな ら'/iければ ,だめであるといいたいので 参るO これ(・てつけて も思いだナの比 ,ち う10年 も以前 であったか .ニ1‑ジーラン ド ,放課 地理学者 マ クナム氏 を零内 した ときの ことで・拠 るC繁者虻学生5人 をつれ て .マクナム氏を・岡山県北 の出山村 を ,民泊 し7j:が ら零 内 して まわっ た。}{'̲の民泊 を特 (・'Eえ らんだ L'L)は ,日本人の鵠 山村 でC)生活 を ,じかil't見せたかったの と ,その作 業 も卓だ旧億が多 くの こってい るか らお互い勉軌 てなる と思 ったか らであるD 岡Ll憾 北'‑Clは
.
7王だ 谷間の水 田耕作 的:精 出 してお 13.山では雑 木林 を炭焼 きに利用 していた 9 .‑1た多く・D家 で和牛 を 飼育 してい ためであった。 こん 7Lところを歩 くのに ,マ クナム氏はわ ざわ ざ山径 をえ らひ ,そしつ林 相 をみ .林 中て足 をとどめて ,移のしへたた きを見上げた D .暗い じめ じめ した谷で ,鉱淳 (か なく 千 )をけって ,その あたりか たた らのあった ことに興味 をもった ものであるO なお厭 星に牛が見 つ か ると .少 しまわD
遺作77ゥて も .必ずそ こまで足 なは こん では ,牛の菌 をなぜ まわ し胴 をさすっ て.こ(つ牛は何 才 くらいだ とL,,った D .また典夫 を呼ん で.この牛は少 し塩が不足 してい るぜ な ど といった。 こかはわれわれの一寸やそっ とでは で きる芸 当ではない なと ,一同 うなずいた ものであ るC .
要 す る(・て.こうい う状態だか らこそ ,外由の地誌は ,いい ものがかず多 くで きるので あるO われ われは‑単tp=地理ばか りでな く ,どん‑j2分野 で も .もっと もっ と実践をつんで ,その なかか ら理論 を 学 び とら‑,Jrければ な らん ようで ある0 ‑万理論 の学習 とし(うことがあるが ,これ VCはす ぐれた哲学 缶 7:f読む ことであろ うが ,と りあえず われわれ と して ,「まず なすべ きことは実践 で あると ,筆者は 薮張 したい のである。
○
地熱 て必蟹 72植物 の勉強 も ,か くて野外で ,じか作手 でふれ .日で観察する こと よDは じめ るこ とはい うまでもなhc それが繰返 してい うようで あるが ,それが大変 だとい う招 どの種類 ではな く
一 8‑
てす む<・Dである., もちろん 多 く知 ってLへる こ とに'こ した こ とは 7:いが .それ ElTiど知 らプ' こくて も ,料 (D位慣 づけ がで きる程度 72ら ,そ うかで 多 く当 る よ りも ,心掛 け と回数 で 目的は遠 す る ことがで き るLl)である。 さて植物 の名前 につ い‑{ふれて おか なけ九は な らぬ と思 うが ,これ結俗 名比せいぜい さけたい もの であるO 理想 か らいえば学 名 忙 しくQ:1・tV・D しか し学 名 7.Eらラテ ・/名 で学 会へ 専門
に
発表 され た もCDで .これ を一 々使 用 し7=ければ な らん ととく・こ7J:Jaと ,誰 しもそ う地中 では7fく ,専 門家 の利用 す る図鑑 か ,E]録 i'7=よ らなけ れば .つね忙LL抱え ておれ ,‑1‑ものでは ないか ら骨か おれ るO
ち‑'と も特 別71もIZ)VEついて'.(‑i,や っかい で も ,こ・「学 名 を必 ず必嬰 とす るC ‑iァー鰍 ;・It・1そ・TJ国 国で とかD名 とい うもの が めって ,こJ'L:'J;学名 vL)訳語 と して佐用 され‑Eい て ,日本 ではそ れ Ja・和名 と よん でい る。す 71・わ ち和名仕学 名・Dか わ Llと して .円木 て1‑/L立派 に通 用 す /Dも''Jで {ljるC けれ ど 欧文 ベ ‑パーtL・LどvCす る場合 ,C).'かDこ・Ttr九・そ .つ17frJ訳で訳 出う ちと .往 々/!こして誤訳 と711る こ とが あるO これ と同 じこと壮外 国文 か ら和文(,LI訳
すt
右llHてもLbf̲,・[)け で ,余材 自信 ∴‑ある似1=Tの ほかは ,学 名 を付す るべ きであ る,J ところが外国 '(.T ,そ ・lJL'/':学 名が ‑,1・い ものほ ,こする ことが 勿 る(,す 71Lわ ちむ こ う(,j名前 i:こち らの辞 也 てゾかす L .大抵適 当7L訳語 が あ るt'')で .大抵の もLJD 比 , そ のせ ‑1和名 をつけ て しま うので あるO これ がむ こ うJC‑そ′‑,')物 を知 ‑)て・1,1ればそ うした誤 Dをか こ さない ですむ.・コだが .日本の学者は 前述 ・J)よう
に物 .‑よらず言史 で とらえ 1̲い る人 {J.多 いつ であぶ なか しい。
そ の一例 i・あげ てみ た い。地Bil学徒 ,7)間 てつかわれてい る古楽'//:,カシとい :・・)‑)75あ るO これ(・i和 名で も7:ん で もが へ け れ どもわれわれ妊概 念 と してけ十分 と らえ,‑i.ことか 7さる。 と らえ ,‑̲l・ことが で きるとい って も ,本 当t・,Cか ちっとと らえてL/、る入代非常 に少 ‑,TV‑・ので捻 :,J・Vlか と思 われ るこ とい うの(.I:i,外語の オー ク とLJ,うことば かあって .地理学 者(・riこれ 左 カシと一様 .・こ解 Lてい るか らで むろ‑,瀬戸 内 ‑!Lカ シ彬 と しへう場 合 など比 ,7ラガ シャ ウバ メガシが巧.lD指標 として浮ぶか ら .鰍 て何(I;'抵 抗 もか ,‑・:・3で ある 那 .一度 カシ鞘 とい うことは J:r離 れた とTJ:為と ,こむ カソなる ことば全 く臥 ・'Cうい て しまう,,この へ んの切情 rJ=少 し理解 す るために .やや専門的 で・こLを述べ てみたいO 専 門的 と(.TtLrrLL,L7iが ら .本l 当くつ分 類専 門家 L・'CLJ,わせれば笑止 千万 〇つもの と思われ ⊥ うか ,われわれ と しては .これ くらlハで結 構 で=^=Zi'うか らと9あえず我慢 す るほ か ない てあろ うL.
さきほ ど来 ,いやに学名学名 とい って ,学 名(A=とらわ1.*̲ようであるが ,この学 糾 iIラテ ン語 で 二命名,法 に なっ ているO す なわ ち.Uryza sativa i.(オリザ サティJI I)./ネ)C これ位 イネ JD学 名 であ るO この なか オ リザiriI属名 ,サ テ ィ,:は屯 ち ,.)ソ不は 命名者 のくi前 とい うつ で参るO い うまで もな くイ ネ比 この和 名で あるO これ が英語 では ライスで あることは誰 で も知 ってい るC 心 配 もあるせい が植 生 で ,こD ライスを コメと訳 した らせ ちがい であるG さて この二 命名法 で7トリザ
‑ 7‑
はわれわれの苗字の ような もので ,同 じ宗 田 とい うただけ で比 ,手紋 は こなレ㌔ 宗 田克巳 といえは 手抵 は まちがい なく .敬(・D手忙 とどくoそ の克巳 に相 当す るのがサテ ィノてで個体名 となる。 ここで カシ忙ついて述べ る ことVCするO これは大 きい分類 か らい えば ,7'ナ科で .葉は長楕 円形 また壮披
・一十 針形 で .葉のふ ちが切れ こみまたは トゲ状vCなってい て ,多 くの ものは ,ドング リと俗称 される塾 果 なみrJらせる. 植物学者でないわれ われ総 ,これたけの特 徴 で科 を同定 す る。少 しむずか しい と .I とをい うと,この属 名の大詔JJ分 はQuercus(クIJレカス )で ある。 この クェル カスの なか VE色 々の 一 塩が あるわけ で ,その分布は後背 か ら亜寒帯 ぜて忙わたる。 そ の分布vC南北 性がある とい うこと‑
1 この ことこそ地理的vz:大 きな悪銭 をもっ ことVCな るのだが 一往 白すべ きことであるo この こと(/C思 い を托せ て ,筆 者は この ク二にル カス なる ものを ,常撮 なる もの と落葉 するものの2つVC大 き く分 つ てお ちの である. この分けかた比地理V=便利 だか らとい うVCす ぎない,Jそ して一方 の常緑 の方 をカ
シ株 ,他方落葉 の方をナ ラ栴 と よん だ らいレ、と思っ ているO さ ら陀 これ ら両 者 のそれぞ れで .常緑 の薬 は菓片が厚 く重商 のつやがはげ しく ,黄緑 の出入はほ とん どなく ,トゲ状突起 の もの が多いo
にい うが広亜群の発 の緑 の切れ こみは ,気温の低 しっ地方ほ どはげ Lho ここまで述べて くる と ,汁 ークをカシと訳 した らそれ こそ大う ちがい て ,む Lろナ ラ と訂正 しなければ な ら‑ない ことが分 る と 思 うC,ナラの耕 (a:壮い る もの仕 ,コナラ ・ミズナ ラ ・クヌギ ・アベ マキな どが あげ られ よ うが ,い わゆるオー クなるものは架だけか らレt・えば コナラVCもっ と もちか く.茎 のみか らい えば ミヅナ ラそ
‑ くDであるO ‑Jナラは樹皮が う丁く ,椎茸の栽培 に適す る とい うOで ,その原木 K とむ書冊 高原
‑帯 エD ,さかんに切Dだされ ていZ̲,. またかってQi木炭原木 として も大変韮嬰祝 され た ものであ るQ 冬 ,成羽川にそ うてさかのぼ ると ,急な山側 をおお う落糞樹が 目立つが ,ほ とん どが この コナ ラである。
クヌギとアベマキ払'/T炉専 門家の間で もよくまが うもD といわれ てい るo そ の分布 も(r・tlDき りし たバ ウ '/ダt)‑がひけ ないので困 るOだが ,大体 (,i前者が関瀧 の もの ,後者 が粥 日本 ,特yt山陽の
もの といえそ うで ,関東では クヌギは木炭 として サ クラ炭 な どとい ってかた炭 の艮炭 とされ ていた も,Dで ,クヌギはその語源が国木 である ともい うo アベマキの方は クヌギと比べて樹 皮が厚 ho こ
れは コルク層が発達 しているためで ある。 こrJため('Cこの木の利 用がはばまれ ていた ような感が あ るが ,この ことはスベ イ '/の コル クガシとおな じように .この コ′レク層の利 用が発 明されたので あ るo それは昭和のは じめころで あった。 す なわ ち岡山市 門田希書 で .内山某 が地蔵
川
vC水車をかけ , この アベマキの皮を粉砕 し .との粉株を加熱 同時 VC加 圧す ることに よって ,立派 な コル ク板 をつ く る ことVC成功 し ,これ よD小は瓶栓か ら草圧 政 ,大は床板 まで加工 したので あった。 コル ク草履 も‑8‑
L I.せ̲̲̲
7‑ル ト氏の もの(,Cくらべて ,い くらか高価 についた のでは あっ たか も知 れ ないが ,足 のお も
D
で じき蛙 が舌をHJ.した よう(/tなる71ル ト庇 とちが って('=ん さが あったO 床板はい せの合板 とお な じ よ うに ,洋式の庫(I.:使 用 され た もので ,俄後 ま もない ころ ,筆者は県北を歩 いていて ,勝山高校の 寄宿舎に一泊 と厄介に なった ら ,こt',̲1番宿舎の床敵 97)唾 部,この アベマキojコル クであらて ,大 変 なつか しく思 ったO こん7Zわけ で ,この アベ マキrD樹皮tlL内LLl=場 一軒 たけ でも常蚤 が多 くて , 近県 の山林で は ,その皮 は ぎが十分仕部 vcなって ,現在 tて及んでいるO それ くらいだか ら皮 左はレーだ木か・あれは ,アベマキだな 7と思 え るようにな.,た。 Lr.モそV'D工場 は三
臓
に移転 した ときいてヤ るが ,一時Q:i剛 LJの長者番 付V'C‑までのIPたほ どで Lli,る=(〕
植物 (/L'っいて ,いやに こだわる ようであるが ,考 えてみ ると ,人類の 自然立地比 ,この稀物 ・1し ては あDえなho レ、ま 日本改称 1線 を鮎鏡伽全 とiIらみ Jriか せてい るが ,聾者拡食5'. 源 とか らみ合 せ たいのである. 人間は動物 で 言うることを忘れ な.JP仕 ,そ (⊃ことが十分 うなづけ るはずて ある。
どん な草で も木で も ,自然 忙生えてい ると ころは ,そ こはオ アシスで あ7̲,O栽
培
飼育 を知 IDた人粗 紘 ,その よう7(ところVE定住 をきめ こん だi
/こちがレ、TJhc jL̲1然の相生 左みて ,それに見合 うものが 栽培 できる ことを知 D ,人類 D直接利 用以外の もOJよ,葉番の飼料 として ,家畜 を自然rL順応せ し めたO これが飼育 で あZ・o い まvc残 る梅沢地 名L・干拓 してイ不一・'L一植 え ,また止淋 な開生 して果樹 を う A ,原野 (,'C家畜 を放 つ など ,み人 TE太古そ りせiClすがたで‑fJる ことに異 存絞るるまい。 この よう な植生は ,レゝうたれは気敵 う指標 で あるO‑放,I)動物は ,乾期 ・糾 明あ るいは 目茶 の よ うた四季の 気候,D変化vtも移動す るD だが枯物性
そ うした啓動かでき7LV,,Jそ(つ移動が で きたレ、だけに ,地域 性 をもっともよ くあらわすのが軸物 である ともいえ る. こ うした舶物 をた より(・'E定住 L ,生業 をい となんできた人間の ,地域性 (・r上る タイ1 も ,亡や 自然相生か らつ くられ た もの とレ、つ て も ,決 し て過言 刊 まあ;t'音し「。 75か縦生 ‑li.語る際 ,土鰍
亡ついて も考 え7rければ な らぬ よ う71,気がす るか , い ってみれば土範 型 ./=る もの も ,気候 の制軌 こよる i.aJで ,土壌 をめき灯 して舶生紘考 え られめ よ うな もDの.この際は一応土塊 といっ しょに考え な くて もすむ よ'JTtことだけについて述べ ること とす,ao さて気候 が柵生 に大 き くBSl係す るとい うことが分 った ら,こn先供 だけ rL'しぼ って ,その 大略vCつ いて考 え7:み ること忙 しようo 気候 で比一応気温 と雨侵だけについてみ ることですませ た いが ,曳 温は主 として経度 の高低 ,標掛 こよる変化 で あるO ただ例外的に海暑熱'Lよる もの も考 えね は な らん ことがある。 両便 で性 ,赤道 の低圧帯 をのぞいて ,中称 度 よD
高井
止 では ,一般 (,{海岸vC多 く奥地 vC少 ない といえ ,'̲'O 田中啓青侍士ふ う(・'=い うと ,気温 rJ場合 ve削 ヒ性 ,降水量の場 合は臨 海性 とい IDた らよか ろ うo こん なわけ で ,地坪 巡検で ,広い地域 を ざゥ と見 ようとする場合 Lr'Lは ,
‑ 9‑ r
l・=
その ル‑ トを南北方向vL,え らぶか ,舶岸か ら次軌 dr射裾nr向って進むかす f・と ,そ この地域性 な と らえるのt・t.好都令 である。 Eは の ようにせせい島国 でも ,そ の ことがい え る し ,さ らに岡LL雌 だ けに しぼ ってみて も,それがいえるO ちなみ綻 ,陶LL慨 の等温線や等降水J,A:線 をひいてみ ると ,そ れ らはレ、ず れ も朋 弓方向に建 って ,そCD値 はそれぞ れ北低南高 ,北高南低 を示すOで ある。 だか ら もし地理区の設定 をすれば ,その境界線(.t東西‑方向 となって ,地理区8‑t剛 ヒ動 句vC並ぶ托すで あるo
O
以上稚ぼ く'/'3:か ら総論 めいた ことを ,とり こめ もな くL‑bげて きたか ,これか らい よい よ各論 めい た ことをあげ てゆ くこと忙 したいO もちろん,これか ら述 べ ることは筆者 C)足 で とらえた ことばか D一カ,参考女献ほ全 くさ LはさんでないO それ がためK ,若干独断 のそ しDは まぬか れない こと仕 覚悟 Tjうえ‑こ,7iLる。 翫者 もそ0つ も りで参考vCL,ていただければ幸 で ある.
せず一番 よく歩いてい る ,岡山 県忙おける もtつか ら述べ る ことケこす るO 的 山県南のLIJ地紘 ,よく 姓げ山が多しっといわれ ているが .ての こと(,‑i.面北力'向くて在がめてみ て ,まさにそめ とか 10で ある。
これ も他IZHl,TJllかレ、(′二もよる ようであるC とい うのは同 じ雨伯は少 なくて も .他山 iり東部C)流紋 岩地帯 で吐 ,虻げILJtLv,へうVC当 らないQ そ れ
v
L一触 Jは i憎 珊 児島半島や笠的列
始 で ,花 こう岩 地帯 紘 .ま さに!・ま.げ とV・・うことばか通用す る。 いずれ も海粒地域く
‑i.17ツLu地帯で あ る。 で もその生育状 態に大rcq=77もかいがみ られるO これ らV=)もが叫 ,‑Lつ いて地層的 V・:説 明‑i‑ろ ことは ,あまDに も長 く719 ,また こU=.稿でそ こまで立入 る ことは ,ど うか とお もわれ るのでふれ 孜レユこと'.Kす る。 と もあ れ瀬戸 内虹 カシ帯 たとい‑われてい る,,そ こでとcDカシtFrL.つい て .県下 を縦 断的VCみ,iことVtrす る。
亡・/.‑カ シで ,全 く海 岸だけに限 られる もVつ性 ,ウバ メガ シがある。 これは西 日本 で生垣 や庭木 とし て愛用 されてい るか ら ,一般 に も よく知れ わたってレ、て ,俗 名を′くべ またはバ べマキこいってい るo 1,シtri‑
蜘
こ菓 片'ltつやが,Ii)って肉厚 でうると .節 (,こもいっておいたが .ウバ メガシi・見 た ことの ある ものは .この ことばが全 くちが うことVC気付 くはずで ある。 緑 で蛇 あるが ,若干 しらけていて ●. I/JiさがさLTJ菜 で・f,る。 これ4‑iい うまでもな く井雨への適応 とい うことで説 明がつ くであろ うo このカシは北九州O海岸 で も見られ るか ,九州では瀬戸 内LZ)もの上17つやが ある。 71・お再考 までljrLい う 那 ,イ ソグ 17・ソ ド√・つ南部 で も見 7̲・ことがで きたが ,ここの狙 i安tJ?:みずみず してつやが あった。 こ F)Lてみる と ,気候 こっちがいが1二村てつい て も ,契 (.i‑はっき りするの であるO 余談 ('lyなるが ,この り/てメガ シが ,・f'たか も海岸植物 であるかの如 く ,全 く現在 の海岸線 vcそ うて分布 し ,少 しさかの 作った貝塚時代(i)想定海 岸付近 に見 られ 7Zい こと(,iどうした ことかo これは少 したちレゝって考えて み,た ら而 白し嘱 果 th=‑EIるのでは ある‑1いか。 さて カ シではぜ ひ あげ なければな らない ものK ,7ラ ガシが あるo これ こそ カシ帯 を決 定づけ 7̲lものの ように考え られ ,瀬戸 内の植生で第一次林 は この
一・・・・10‑
カシであった ものか ,伐採 '!こよって第二次林 cT)マ ツが摩妙にか 9たL・,つが現在 の淑戸 内の景親 をな し ているとい う。 と もかくこの カシは少 し以前はい ‑i(コマツ くらい繁茂 していた とい う,J Lか しこれ VCは若干 うたがいを残 すO だが ,こC̲r)カシがい きL.い よく生育 する瀬戸内 で ある ことには モちかい か へOそ こでこC3カシ('こ注意 して ,北に進 んでみ ると ,大老 の川 ,D谷筋 vE見 られ るO だが北 (,Eゆ く Llliとその数 は減 じて .中国山地 ではある ことtri・あるが .よほ ど気 色つけ 7rい と見付け ることがで き ないほ どL":なって しま うo数年前 であったか ,近年 三九 ・'Cみる寒 い冬 を経敦 したが ,そ,D LIF'とO夏 . 広 く歩 く畿会かあ・Dて
,
何気 な く歩 いていた・ 〇・ . ・ '
LI,音場高原 の深い谷の 力・/(・‑土,大概そL/j集が鴇 色( ・ ' L ‑
7Tってお D ,中国山地 で(r1歳 (つままで 五・'たU'コである。 こん なわけで ,吉鵬 高原 ,D谷底は .気象 鰍 てLriポケ ットIになってい る ことi'Z:気 甘い7'・" )で もえ。
昔 か ら一谷gll.野 呂轡 "とい われてい るか , てれはこん7L時 ,とか DすがDの旅行者 L・・=す らLl‑I.っ き9分る E.つで ある。李 に して この 7ラガシというこつが ,山すそ('L'限.'た ようVC,あま り山の上知 こ生育 してい ない,Dで よいのか もしれ ないO つい で 7j:が らか7,:じブナ料で輩 の落 ちる類・⊃ 1つえ挙げてお こう̲,それ比 カ シワで,TMも。 こ〇菓け大 き
く ,架線が太 さ・7=波状 7Lほれ こみ'Vつあ る もLlで,77シワと/iか しわ もちか ら くる も,/Jて .いか &'Cも か しわ もち互 くるむかに思 われるが ,実れ こFJ兵 は褐 色 コ剛毛が'拭;生 しとる ・つで .か Lわ もちを く るむところでtri77.し1O 備 中
一
帯 (Dか しわ もち○工,ミブナラかサル トリイバ ラL⊃集 で .くるむのか普 通 で・.空)るO と もあれ .こ()カシ ワは .吉裾詩石原 上・つ いつてあって ,あ7日 )多 く!,Lなレ、が ,Lr'.'fj原而上 ('C点在 すム. もちろん1
11国山地 rL‑
ち .土・71しくらし.i見 られるL, ついで( て
V・えば北海道 に ゆけば ,
そ この原野 で極 めて ファ ミリア‑そしも二・IJと‑/1・ろO お古 じ木本で吉備高原か ら北部(,C限 るもcjQこ,マ ク タビがある0 7タ タヒといえば .猶 に マタ yとといって軌壮剤 と Lて ,史 円木や山陰 で塩放 して 愛 用 される果実 をつけ ろ もので あるD これ仕吉抽福原 Ij谷 なさか・'J⊃(.Tれ(‑i ,レ、た7̲lところで見 られ 7̲,。 こころみIに .7 18月の朕 ,か わし(らしレ、こつ果実 をt;しって 口l:=す ると ,辛味が きって ,ど ーマ ンVC似 てレゝふ, ところが苦 節高 原でfJも(つ比 .味が うす'/i,J とい う(D
(rl .これ をltJ国山地 で あ じわえは ,少 しそGDか らさが強 い.。そ して昨年夏 ,隠岐(⊃学生巡鍬 て参加 して ,この ものTi・わ しわ 一てみた ら ,うん とか らかったのVCか どらいたの で JるD つま D+p,7Lじ食用植物 で も, .そt‑i)生育す るところ,lCよって .LiTjじかかわ る。、こ・'.,3 7 ククビの槻 合 ,この LI・,じtl'南北性 が あったのてらった。o : (
Jl草木vT̲ついて述べたい。 草木('J場令比近代rJ交通親閲('J変化 (,7:よって ,自然の 分布が非づ削て み たされた といえるのでL3)るが ,それ で も ,また 'zだlそ
○生態 を うかが うに ことかか ないo ノポロ ギクや 7カザ比南部o野草 と して あげ られ ようO りウノウギク).Ji音節高原南 謎か ら南部 の丘陵 Jj日 当 りのいい ところに限 られてお D ,北 trL托み られがへ ‑iた吉備高原か ら北 で 削 てつ く花(・t .キツ ネ ノカ ミソリ .イ ワタ′くコ ,ウノ(ユ I)7Lどか もるo hず れ も谷(, ‑'自生 していて .路傍 で 目立つほ ど‑ 11‑I
・つ もので あるO キツネ ノカ ミソ リは ヒガ ソバナ(′こ似 てい るか ,花の房 の数 が ヒガ ソ/ミナの半数 vCみ たず .花の色 も朱vcちか く .これの群落 が目につ くと .苦節高原域内忙し1る実感 がわ くくらいで あ
・ 7 ‑ , こ
イ ワタバ コは岩肌 KへはDついた ,陰 地性の草本で ,日射の不 十分 な渓谷に よくみ られるが ,夏 紫 色の小さな花 Ik ,大 きな東か らぬ きん でてL,・るところは .観賞 にあたいするO特 忙大 きな群落は , 僻 中町 の磐競演 で ある。 ここでは チ ャー トの よう(n:着生植物の生 育 しない岩石 に も ,む らがって生 育 している。 これはtll国山地 まで .いた ると ころにみ られ るO最後 (,'tウバ ユ リをあげたいG これは 大 きなサ トイ モ(・つような棄 なつけ. 1m内外の茎 の上端 に .大 きなテ サボ ウユ リの ような白い花 を つけるO これ もどちらか といえば陸 地性 の もの で .雑木や雑草のやぶ の ところVC点在 する=)だか ら
‑打開の ところに多 い。 多 いのは
書
61‑7稲原地域 で ,中臥 1他 まで .そ こか しこみ られ るO 南部 で比皆 無 も・こちか ハが .西大島の御旗 山では北斜面の中腹 vc限 って ,シイや 7ラガシの密林 中 t・t ,点在 して いる。 で も筆者O考 えでは ,こ11綻飛地 的な存在 とL.て ,一般iR:托苦節高原 か ら北 の もの と したい。以上拙い うまで もな く ,筆者の した しん で写た植物名 を と りあげ ての も(コで みゥたが .別の誰 かか もし .この ような方法 で南北性 な考え ると .別の
和
名 をあげて ,同 じ結果 をみ ちrJ くことがで きる に相違か ,1D おそ らく南北性は あらわれ て も ,寮西性は あ らわれない と思 うO もちろん ,ほんの1.2/JD草木忙3'いては一見東西性 D ような結果に なるか もしれ ないが .それは資料不足 か ら くる
誤D
であIlといえ ようD こん な ことを番 いてい るうち(C.はや原稿虻 ZtD枚 をこえたo Lか しこれ も何 日かかったか知れないが .塾 姓気の付いた暗 ,次 々lて加筆 とい うようなかた ちで しろした結果のつ
●●●● ■●■
みか漂 わで あ‑'たO原 稿 をか くとい うことは ,なかなかお っ くうな もの であるむ で もひまをつ くゥ て ただの1枚 でもいい
, 啓
く習tFをつけ ることが^.切 であるo い1,1論文 をかいてい る人は .&、そ らくそ うl/、うくせをつけ てVlる人で あろ う。ほ う大 を幣料 と参考文献で .一気 に まとめ あげた もrDは ,
‑見 よく濠とまってい 7̲.ようで も ,参考 cG=な らん ものが多 いのでは なかろ うかO零 す るLて論文 (文 章かモ )か きが仕事vCなる ことが大切 な ことでは なかろ うかo
O
せ まレ、岡 山県 ぐらいで ,植生云 々で地域性 もあった もん じヤない とい われ るか も知れ ないか ら, 少 しはなれて ,これか らち とは ,大陸の ことを とりあげてみたいO レ、うまで もTLい .この ようなマ
クpt仁ふみいれ るの も ,ミクpの林土(.{足を しっかDおろ していたか らだとと了解 ねがい たいO こ れは単 Lltr一植生 vc限った ことでは ない。地理全般 vcわたってそ FJなん である。 筆者 紘数年前 .石田寛 教授が ニ1‑ ジラ ンドの出張中.2年間 ,岡大教 育の社会 科教授法の地理分野で ,なれない地理の 扱 1^方 を .しゃべゥた ことがあるっ この時 に .地理 の眼は郷土 を知 る ことが手は じめである.こ0
‑12‑
し声■‑ ⊥
眼 を広 く日本(てひろげ .この ・日本の眼 で広 く世界 もみ る ことが大切 で あ る し ,また逆 に外 国 を学ぶ 際 ,つねに 日本 をかえDみ ,さらvC郷土 vcか もい‑kE,tせ 7rければ な らない とい った もので ある。 筆 者 も話 した り ,書 いた 9す る際い つ もその ことを掃D返 し実行 してい るつ もDで ある,
さて大陸 とい うが ,せず朝 鮮半島へ 上陸 してみ ようO釜 山へ上陸 しての第一印象は赤土 の はげ 山 である。 ここに は 日本 とも‑・な じような 7 カマ ツヤ ク pマ ツ‑1たネ ヅが比 えてい る., たか木材 vLなる ほ どCJもOjは ない。 そ して
的
u本 で よ くみ られ る タケやぶ が ないD これ をだん だん 北上す る と ,こ れ が大陸か な ァと思 われ もや うVこなる。 平地 や河執 r=.:i ,ドpの木Popul us
や ,ヤナキの木Sa li x
が 目をひ くo l1本 ,・Zj平野 で托 .これは と日'.1・Cつ く植物 はみ あた ら7i・いoPopulus
と は英誌の ポ ピュラー とい うラテ ー/語 で あるか ら ,大衆しっ蹄 とい う意味 である。 7j2:.るほ ど大衆的 7L樹T で あるっ 日本 で い り キは中部 日本 (わずか托 敗北 )で紘 よくみ られ Z̲,が ,西 日本 ではみ られ 71・い,J たが岡栃 CrJものは陶山腺 L/へた る ところ あって ,ヤてナ ラ シ (一名 ‑ コヤナ ギ)Popul us
Sieboldi
がそれ で ,ある。 ヤマ ナ ラシ (山鳩 らし )とI.A‑i風が吹 くと薬 が なる とい うところか ら つけ られた名前 ら しho よ く学校 の校庭t
Jlこうえ られてい ・るポ プラは .洋種 で あゥ ‑{ ,セイ ヨウ‑ コ ヤナキで =r‑ろ うDこの種は Eh'欧 では極 めてファ ミリアー,;/3樹 木 で あ って ,オ ラ ンダこつ水 車(11絵 や写 真(,E,孝和 をさか さt^=した ような樹 か点 々とみ られ Z‑‑)は ,このポ プ ラである。 この樹 がは ってお けば高 さが5 0mも高 くなるの(,i.い いが,この材の用途 が7=い ,それ ‑こ種子 の散布 す ,ち際 ,白い綿 毛 をつけて ,鼠でそれ か一画 vc吹 きち らされ ,濯敷物に おろか ,教室 ・まで も舞 い こん で きて,これ が肌 (てふれ て .生徒 た ちがか ゆが D .始 末 i'.:かえなし、とあって ,い せて(rl学校 圃か らも姿 をけ しつ つ ある。 日本 しっド.,ノキ も材 とLてやく('L:たf'・.ん( ・ つ
で ,大 木 にされずきi )
たか され てい たが .最近 では ,経木の原 料 にい い とレ、う(,)で .西 日‑右で も ,ヤ マナ ラ シが重宝 が られ る ように なったO と も あれ 日本でtri,ポ プラスに属す 7‑I.ち(,̲1ほ ,中部 日j,・'つ ドpノ牛 と ,西 日本 の ヤマナ ラシの2種 たけ が原産 で,
抱か忙輸 入の セイ ヨウ‑ コヤナギ も前述 J よう'yZ:戒亡 す る寸前 vCある。 ところが朝鮮か ら満州昨二かけては ,そ の種嬢 も多 く‑おそ らく18軒以上 もL/‑・ろ うか ,いた /‑'3と ころをこか 9て ,そ の横型が特敬が あるr:,Dで .これ を見 たたけで ,外地 lこ来 た7=丁と感 じる といっ て も ,決 して過言で は あるまいC 日本 では市街地 以外では .街路樹 はほ とん ど7IいCJ,たが .外地 ではそれ が あるの が普 通 で ,朝鮮 での街路樹比 ポ‑}ラで .これが と:ん を田舎 ITもみ られるO つ レ、でなが ら付言 してお きた い が ,外国の街路樹 とい う,D枕 ,多 くが ,その即に ある ,極 めて ファ ミt)7‑の樹木 であ,I,とい うことで あるO だか ら都 市の街路樹 をみ Itも ,そ0国 つ七・も7Lる樹 木か わか る場 合が多 いの で あ710 ところが ,日本 の場合 はそ うで ない場 合が多 く ,そ (:Dためtr:枯 死 した場 合 に ,もとの株 に見合 うも
・Dを補充 するのVC骨が折れるCL)であるO 次 iJこ,ヤナギで ある‑/);.これ れ IEL本 VCもい たる ところVC見
‑iEl‑
られ ,その#.塀 も多いO 岡山県で も10綿糸 あるらしい. 平野地 方の 7 カメヤナギ ,キ ヌヤナギ , ユ リヤナギ ,河原の ネ コヤナギ ,カワヤナギ,山地 の キ ツネヤナギ孜 とは ,薬 の色 や形 で誰 vcもよ
く分 るものであるO そ うはいって も ,それが誰 t・ても日だつ とい う形容は当 ら?i:いて あろ うこと(A=気 付 くてあろ うQ筆者か勧鮮 Ir・Elたつほ どあるとレ、うの比 ,日本以上の もので ある ことと思 っていた だきたいO これVTIは ,ユ リヤナギ .カワヤナギ ,ネ コヤナ ギの ようVC,日本 と共通種です ('分 る も の も多 いが ,それ以外一見 ヤナ半と同定 され る も'')が擾 めて多 く ,山か ら野
.
河原 まで ,実 に多 く , そD穫鞠 もE]木0 2倍や5缶 ではあるまいD こうしてみ ると ,ヤナ半は温暖 な気候LEDか冷涼の気 候 C)ものである ようである。朝鮮か ら ,す ぐ忙 シべ t)ヤVCはいるO シベ リヤとい って も ,シホタア リン山脈 I,D西斜 面の アム‑
ル,/3谷で ,ここは北鮮 ,北満 とおな じような叔節 であって ,低地は特 vc似 てい るL, す なわち ,ここ では ゴボウとキ牛耳りが目についた。 ゴボウは 日本 で比食用に してい るが ,北鮮 ヤ シべ リヤでは食 わプミレーO これが大 きな株 にな ってい るO キキ ョウ比 日本 では食用vcLないが ,朝鮮 全土,山 をあさ IDて この根茎 を採 って くう。朝鮮民掛 ,j トラジ トラージ結 このキキ ョウで ,強壮 剤 として ,朝鮮 ニ ンジ ン(:つい で有 名で あるO シベ リヤ南部 でこしD花を見 られ るのは ,実 に なつか しい もの である.。
7Lつか しい といえば ,おIjtじ秋の七草の オ ミナ エ シ も ,多 く拭 7Ihが シべ リヤにあるO それか ら1,‑. とろいた こと(仁 ,‑ヮカが アムールの谷 に 自生 してレ、る。 これ も北餅 でみ ることが で きたO シべ リ ヤ鉄道/は ,LLJ岳森林 ,低地森林 ,それVE草原 と ,板 めて単純 な他生 景観 をつ らぬいて走ってい るこ, I.ここ⊃単純 とい うの比か 7Lじ森林 とい って も ,草原 といって も ,そ こに生育す る植物 の種棟 が限 られ ている とい うことであるoul岳森林 であれば1 ,2唖 O針英樹 だけ で .夏 で も広塞樹 は見当 ら‑PLL‑I. 箪 笥l{1フ ィリ、L7L=tンでル ソt/島の南端 ブルーサ ンで ,少 し森林 らしレ潤 掛 て按 したが ,ここに蛇針
̲(.hT'軌 まみ7Tかった もの の ,極 めて多郁 々広東樹 を見たO それは2太 と同 じもののない くらい種煩の 変化 ((:とんでいたLZ)で あった。 こころみ(て日本 でい な ,駒山県南O丘陵 でもレ小 ,足 をいれ てみれ ば分 る ,なん と多 くの樹木にぶ つか る ことであろ う。 ふ もとか ら頂上 瑳 7:・,針棄樹 で も必ず 7 カマ ソ17:ネヅが あ D ,それvCツツジ ,7セ ビ ,ネジキ ,ヒサ カキ ,シャ シャ ンポ ,ヤマ コウ,(シ ,ウツ ギ ,ナナ メノキ ,ア ラガシ ,コナ ラ ,7べマキ ,ソヨゴな どは こく‑lbDふれ た もの であるL, 中枠度 で しか も海洋性気候 で ある 円木 などは ,組物 の種将 に もめ ぐせれ ,しか も山地は いい混交林相 'fL・示 す'Jjで比 73:か ろ うかO シベ リヤで ,低地森林 とい うことば た ,あえて もうけたの仕 ,森林の周辺部 (・て限 って ,広築樹 が交 って くるか らである。 この広葉樹林 は ,草原 に瀬移 す るのが普 通でLl'るQ だ がサ/iナの よF)佗 ,草原の中vc樹木が点在するとい う崇観はみ られ ないので ある。 広
兼
掬は これ も 種が多 くな く ,ば らば らとあるので ,車窓か らで も識別が可能であ るO す ?.=わちシラカバ ,り リノ、‑14‑
LF■■
ダカエデ ,ミA'ナ ラ くらいの もの で ,この なか ,./=,力・Jiは 樹皮 の白色 が 円だ ち数 も一番多 い よ う で あったo 草原 も単純 で .妻 がスス キの よう(JL,長 い も・つが多か ったが ,おそ らく ,イネ科か カヤ ツ リグサ科 の どち らか 1唖類 の ことであろ う。 こ うした草野 で比 ,牛の放牧 が 見 られた D ,ほ し草 の LLlか所 々に あった.
これ よDトルキ シブ鉄道 (てよって ,中央 ア ジヤVC入 る ことVこす る。 す なわ ち ノホシ ビル ス クよ9 宿‑Fして .い せ炭坑 と して有 名 71カラカ ノダの山地 を曲折 Lて ,い わ ゆるス テ ップtてて る。 こ,Dス テ oJl'と山地 D接 す る一帯 は岩石砂漠 とで もい うべ きで あら F)か .石垣石 くらしへの角は .,た岩石tて おおわ)した ところが あるo Lか しこ うした
胤(
n=も所 々忙薄地 か ある ら しく,20顔
た らずの牛が躯 軸で移動 してい 71.と ころかみ られ, ま
た ラクダく'/=乗 った カウボーイ ?かそ(I)む とを追 ってLJlる。 ‑i れ(,'Cパ* も散見す;L Q 鳥 もhj̲.。 カラス とイ /‑・Zでむ ふ。 カ ラス代 こ こで も熱 い。 イ ンコ(riミドリ 一色。 アルマ一夕 ,タ シケ ン トと氷 河(i)かか る天 山 ,Jくミールしっふ もと左 と・t‑・ろ(. タ シケ ・/ トー帯 も岩石砂漠 L⊃ようで ある。 だ がパ ミル'Jリ触氷水 は ここ屯 F,ふい してい^‑E,O オア シスとい うべ きか。路軌 '・二は チ ョ一七 ン7サガ が一面 vc茂 ってい る., これ(I‑T日本 で も生育 してレ、Lか帰 化植物 であD ,
ILq山方言 でキチ カイ ナス ビといってい る二つかそれ であるO これ よDノズオルグをrlJ心Kv‑)べ る こと にすZ・o t̲こIJ:+;fジル砂漠 ・;D北 部 の小都市 で ,ア ラJL・海 に注 ぐシ′レダ リヤtn=沿 うてい る。 シル ク リ ヤJ.・まい うま て も7:く ,そJD源 を′くミル高原 だ与としてし・3,fT̲か ら‑稀 無雨 に ちか レ一所 であ るけれ ど , 年 中豊島 な水か 流れてい る。 それは大 きな銅鮎 、つ放物転送 がみ られ 7/ iとで ‑1るっ こん とわけ で , 掛 こQi大 きな樹木 か点在 す,已,O こ
L ‑
J樹 木K比 ,二'Jrj十 十キ,ク ワ ,アキ グ ミ ,ニ レかみ らZlるO こ .⊃ニ レは クズ*/レダで街 路樹 と‑,lつて .1 07TL以上 もつ大不が亭 Jtと並 ん で,かi)ききった よう71 土 一色に うるかい i・そ え てい る。 かわ き きった ような Lい うが ,民家 ・:・i全溺土 をか た.1.̲L,た鏡か 11L・い 煉 瓦 をつみ あげて造 った もTJで あるか ら ,周圃 1二・土 と同棲 ,淡黄 色 とい うか 白.Jlとい うか .全 くか わききっ た とい うつかふ さ・わ しい祭横 であ7̲‑I, で も幼諮 C)Fh.'・L‑(,‑iシル ダ リヤか ら ,巾1.5mくらい の水路 をみちひい て ,用水in=あて てい るJ'Jで ,水忙(ri.不 自由 してLへ7:いこ。 こGL叫か ら‑渉 TILhJば砂 換 その もの である。 砂漠 と綻広い平担 な不毛 の地 を思 い だすが .その とかD
担 々と して地 平 の(,iて までつづ く, わずか な変化 といえば ,小凸起 (:)秒
rr̲,声7J書 5mくらい ,近 っい てみれば往 々に して 土煉瓦 造 上目⊃民家が これに埋 まっ てい る。 つ 7日,これ ら点在 す る民家 VCよって .砂丘が死′しだ もの となってい る ら しい。表而 vrは わずか なが ら'/バ丑 が仕 えてい るC そ して付近V =
仕 ヒレアザ ミや ス べ t)ビュがみ られ るO ヒレアザ ミ仕業線 束 くつ線は み られ ない白っぽい もので ある し ,ス べ リビュは 日本 でみ るエ9大 きな架 で ,しか も多 肉 で あるC.5て砂丘 を怜止 させ た民 家 で 去るか .'8.と5,.もわ れ ると ころが .ほっかD
ロfLあけてい ることが あっ‑I ,そこか ら天井 をみ る と .天井 は前述 の ヤナ‑ 15‑
jJt・I,
二J‑
ギの枝 を解んでつ くった ,巾約 1m くらいの こせいでおおい .これ tr'C土 をのせてい るo a‑れ披 日本
●■●
・,〕旧い民家のやせ と天井そ の もので あるO 民家のつぶれた もの を話 したつい てに ,中央 7ジヤての パオ (包 )(てついて少 しふれてみたい。 この居 間の広さは広 くて四畳半 くらいか ?o これを約50 C7"掘Dさけ ,周BH・7:前述 の ヤナギまたは アキ グ ミの丸太柱 をたて .天井は床面 よbすぼん で .は る かに小さ く ,しか も円形 で ,これ紘 7キ グ ミの蔓 を丸めた輸vc放 射状の骨 な しぼ っていて .雨傘 を 思 わせる ものが ある。 こD柾や天井の骨組みはみ ‑/1羊 q)皮 でかかってい るO土 間は必 ず マッ トを敷 いてい るが .これが またす ぐれ てい る.S 赤 と相 の大柄 U̲1簡単 な模
様
vr織 られ{い る厚い J+.‑ムスパ ンである。こ山
中の什鯨は .乳汁 をあたためる径約25
L,nEの半球形の ポール (=・ユ‑ ム製 ?) .ま た同 じくらLp,・の径U‑J平底しっバ ン旋怒 ,この深 さは蓋 ,鍋 あわせ て,15C7Wくらt,1,さ ら昨 日覆 うほ うもしっ(/こ水注 カニあるQ これ虻中国e)亀耳瓶 を思わす もOで ,とび 口で首か細 く .取手 のついた ,荏..; さ約5 0C7nくらいの井銀製 で七宝 に な.'ている3 水が少 (とも るリU,トルは結 い、る大 きさであるO●●
放て剛ますべ て毘外でお こない ,こくつ駄科は家番 のふんや ,砂換(・{(rtえてい るi頚木である。 ここらで ここの砂漠の植生 について述べ る ことにす るo h くら砂漠 不毛 とい って も ,わずか綻枇物 がはえて しっ7=‑,とい って よいで参ろ うこ もっ とも風 かつ よ くて ,たえず表土の移動 してお る ところ1,.1植物の梗 こ')つ くひ竜・がなし‑、か ら .い くら乾燥 にたえる植物 でもそ たた ないわ けであるO ここでは見た ところ , 砂丘(ri発達 して おらず ,荒漠 た る荒地 を思わす (らい であって ,いわゆ る群落的 ('Cある限 られた植 物が,ある広 が M E,そればか り見 られ るので ある,,そ うした棲 み分けか どうしてで きたくDかLri等 老壮答 えるすべ た しら7j:レゝ。 目立 ったも幻を 5位 あげる ことがで きる。 す7.,わ ちギ 9 リュ‑ .ム レ ス ズメ .カ ンゾウかそれ である。 ギ ョ.)ユlJi日本 で もまれ忙庭 木 にみ られ るが ,こO庭 木 をみて いて ,ここへ来 てそれ と分 為符は相 当骨かかれ ようo それは乾燥地 に適応 してい るためで .それvE
常(
・L:砂漠 住民l/Cよってその枝が伐 採 きれ るためVE,全 く株 ばか りになって お り .これか ら出た小枝 仁王.イセエ ビC)触覚の ようをこ赤褐 色で ,乗 は トゲ状 rcなっていて, 1本 1本の枝e長 IcTも50叫 とらずで ある。 しか しこの株か らで‑Tt.1・,る根は ,地 下深く 5m以上 に も伸びてい るとい う。 ちなみに これの姓え てい るあ・/tbの地下水面 紘地下5m余 であって ,深 くて も l∩,TLに も連 しない。 こん な ところのバ*住民は掘 力井戸 で .つるペのつ なを巻 いて佃 野に用水凌 くみあげてい る。
ム レス ズメも ,日本で庭木 とし7:滋れ心てみ られ る もので ある。 と ころが 日か 亡みる こC)木は黄 色 D花 を ,ス ズメのむ らが ってい 7°ようVC木全体につけてい るC ところ が ここでみ るこの木は ,ただ その花 の色だけ ちが って紫色である(.だか ら少 しは 7Lれてみ ると.山の‑ギの ようであるO そ して マメ科 で もあるO これ も燃料 にされるために ,刈Dとって家の傍 忙つみ上げ られてい るが
,
また往 往托 して菜 園 の垣vcあまれているFJ。がみ られるOそ れはそのはず ,この木 は鹸 じん な刺 がついてい一・1占一一
̲▲
石か ら ,蛇をたれた家畜 の畑 あ らしをふ せ (/6
Jt
'^L‑召 す とい うの であろ うQ殻
綾
に カンゾウで ,これtJiシ′レ5'リヤ(C接
して繁 茂 してV,る。 繁茂 とい うことばが あたるほ ど,む らがっ て(11えてい る,,これ もマ メ科 で
,L
か もこれ 的多年生 O草木 で あ D ,小指大 の根茎 が あっ て毎年新芽 をた して,これに総 状 の梨 花 をつ(,)‑る ., これ も 日本
中⊂綾 (T)孝三.る植物 で ある。 それ とい う のは. こC)放茎が咳 とめの 秦 と して巌jiか られ た D ,また特 失 な甘味 を もってい る ところ よ D .L はP しょうゆの味 付け と して ,戦前 まで(r土必 1 といって よレーほ ど使用 され た も(/Dで ,.bるoか く述べてしハム と .以 上
5
桜 とも.
旧 くか ら中国脱
島0名 て EI木
V(もた らされ るなんて .か くも (ri‑/i:れた一寸1央 アジヤが ,秦外近 かった気 か するO乾燥 地
蚊
(,Cつい・⊂述 べ た.つ いて( ,
'C.も11=,お・な じ乾触 也蛾 を追加 して ,長レ、こ̀D稿 を組'ぷ ことI,こ しょう。 3"J:じ舷娩 地域 とい ‑)て も ,こん どLr.抄出 ,草原 ,サバ ナ と .そ の漸移 ら しい ものが述べ ら.IILるC)で,あえ ‑(追 加 サ ム ことLi・了せ られたい。、ところ比合衆 国,D ア ])ブナ州の北部 ‑,,PL・中心 lてえ らぷ こ ともてした, それ は前述 つ如
く去年 L',J壬 .‑jJナクの ‑tン トリq‑‑ル大学 で?,12 2回国際地 坪学 会 が あって .これ(て参 加 す Zj能 会が,7:)lEえ らrL.帰 途4‑衆国, J各地 な・巡検い (I.くつで ,そ ,i̲7収艶,つ1 郡 とL ‑し ここ'{(二紹 介す7̲,わけ で ある。一行 は10名余 ,ネバ ダ州J)由端 ちか くつ ,=,ス ベ )/スtを拠 点i/・= .7‑パ ー ダムな経 て .ア リゾ ナ高原 を よぎD ,コt,ラ ド高原 L'Cのぽ ‑1て .グラ ン ドキ ャニオ ・/までを行程 tr':して的 占 O
CL ・ q
,,‑J往 復 で '左'ったこ.この片道(‑1ゆ うに Iiる1日がかD.コ ネ,=ダ州 とtrlえは ,ワサ oJチ山脈 と ,シエ 1‑,‑+,:ダLLL脈 (L潤 の大塊 模 な グラ‑ベ ン,D大盆地 て ,こtD盆 地PI,I:こも .多 くDI也塊山地 か南 北走 して か 少 . これ ら地塊 LJLlul間は 砂蚊 か卓越 する。 ラスべカス比 とO地典 山地耕 めっ き九 .全く;ID平担地 の砂漠
・ , : J
Fr‑1に発達 した都市 である'、だか ら産物 とし1っ て紘全 くな く ,歓楽一本 'Jj猷 市{.あるO こん なわけ で. l f
h一内(A.樹木 も苛 々と し‑{二お・D ,芝生 も広 く ,商店Iや来 館 L'=虹 プールあ り噴水 あD
で ,涼 味 を・そ そ る。標 高Lri占5 0m余 ,地下 水面は5511ZGD深 さで あ るとい うO 用水 は ボ‑ I)ノダ,E,{'Lrよって この 深い地下水 もいたる と ころで くみあげ られ ,芝生 のス プ .)・/タラ‑壕で(/Lp使用 してい て ,ここが無 両に ちかい砂漠 のせん なか とも思え ないほ どて 違うるこか か る巾和 也五・一歩 で 乙 と ,土 比 白味 かか っ て くるo Lか し白け た草 も点 々はえてい ZIL .サ イザル アサの1771・〜 2m くらい の ものが ち らほ ら み られるO そ して放 牧牛が あそ こに1顔 こ こirC2
孫 とみ られ ,̲Tので ある.コ こん な展観 が数 10kJrも つ ゞいた ら ,道 はLL側( Dcutti ng
を.何 回 とぬけ るとと':こ==・7̲,e こ. ; 7 )Cutting
は いずれ も角 横 網の上にbasalt flow がl,3.,てLへるO こDような山側 の西方 は遠くL・L:playa 1,akeが縮減 しか か って ,白 く光 ってい るの で あ・7㌔ こ・の道 をJだ ilきると7‑,て一・ダムか ミーデ湖 をレ、た いてい るO ダム姫 の高 さが1 7 Um余 あ D ,さ らも・ここか・エ17上部
Kcut
さyLlc,由比 1 0Ow l.て余‑ 17‑
J
T
るQ これ比茶褐 色 を堅硬72basaJtである.。ITK比 ダム よ り上に曲折 して この軌 Ili こえ ,キ ソグ マ ンに連 す る.⊃ ここは もう7 .)./ナ州であるQ 株高紘 10 0 0m余 か も知れ なレ、。 路傍 に抹サ イザ ルアサが点在 す る し ,さ らに7 カザかかた D結え てLJ,る9 もっともアカザの嚢は細 く多肉であ7‑1の が ,乾燥気候に適応 した もの とIvlえるかG 7 .)I,Jナ砂浜 の北掛 こあたる位置で あ D ,北 vc山地 をひ かえてい る。小 さな集落かあるが庭木だけは青 々しているO キ ングマ ンか ら‑ ックべ t)‑の陶 ,車 で約5 0分 もあったか.この間は全 く砂換 来朝 で ,路傍 の ところ をのぞいては .不毛 の ことばがふ さわ しいO 榊途 同 じコースを とおったか .ち ょうど1 5時 とろここでは局地低気圧が ,つ ぎか らつ
きに発生 して,これは屯巻 となって ,北方ve移動 す るの を見 る ことが で きた。 そ してか ゝる飛砂の
%,ちつ くあた りI,tは ,Inselbergらしい も(・Dがい くつか できていたO ここよD道路は ,ア リゾ ナ高原 L・'Cのほ る(,おそ らくこの高度は2 0 0 0mちかい もの と思われるO この高原両 は道路 tで接 し て ,寓 岩 の丘陵 ‑1 0 0未満の もの‑が .たえず・‑7>られ ,また路傍 では赤土が阜越 し,これvCシバ 草 がか7i・D轄 (,=1..一丈え ,所々K放牧 牛が あそ こに救助 ,ここに教頭 とい うてい と(て見 られ る。 ステ ッ プとい うのであろ うかO 繋
老 壮
い せ75で黄土 とステ ・L'プと'&結 ひつけていたrJだが ,こ こで見 るの 紘 ,ど )もそれ はか Dで6‑1ない らしい, こ うした ところ ,ビーチスプ リング ,ゼフノo'トウとい う イ ンデ ィ7 ソの集落が あ らわれる。 LJ!諮 rJこらる ところ必ず樹木 むDで ,ここが オアシス であるっ 抱 木仁工こ レで,Ulmus pall ,i
foli
a の薬の小 さい短 で ある。 前述 の中央 7ジヤや ,西欧の並 木作 ,i・ってい るの綻,U.Davidiana(D姿 か広 い力 の叛 であることを参考 まで(G=付言 してお き たレ、,,U.palvifolia姓 ,帆山県で も河原,Dほ とDVCちょい ちょい ある ,いわゆる コプニ レと い って ,幹vcコプの ある もC)で あるD さて このス テ ップ地域 も東方Vこか もむ くにつれ .凹凸ははげ しく7J:D ,したがってCutting もひっ きi)71‑しくであ らわか ,ついには一段 と高度 を+IL7:つい ('・=は ぜた平押軌 つ卓越 す ること忙 なる。 この平掛部 こそ コロラ ド高原 である。 この高原 を1時間余 , 北vc向って走れば グラ ンドキャ ニオ ンの有に逮す る. ここで前述 C)ア リゾナ高 際 とこ(ニ∫コ ロラ ド商 悦 と(′')漸移す ふこうたiD ,すなわちイ ンサ ィ7 ソ部落 のあらわれたあたDか ら,cutting の多 い 一帯の丘陵 つ植生cJ教化 を見た レ、oそれ は Lfj:らくはす ポチ ・/(JCサイザル アサが 目立 ってい るが , いつのTAtVEかそれが 見え な くなって ,線状 の苛 レ樹 木の点在 と変ZDo こここそは他の植物(ril草 も ま じえ ない。 白 くかわいた丘陵虻 ,この槻木一種 で ある0 本の休憩時RI11を利用 して ,近 づL,.・てみれ げ ,カイ ヅカで あ7‑.0 この 高さは いずれ も5‑ 6mとい った ところ.小 さいの も大 きいの もない。Itくもそ ろった形 の ものばかD。それ なのVCコロラ ド高原の境 あた りVCで ると ,クロマツヤ 7カマ ツの森林 となる‑ ウイ 1)7ムス付近かO これ に推 力イ ヅカもわずかは混在 す る。 しか し樹形はこ こ
で穂状'lL‑なD ,高 さ も商い。 この森林 も一時的で .じきとお り抜 け られ る. そ してそこに あ らわれ
‑18‑