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「に」他動詞について

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Academic year: 2021

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(1)

      森雄一

@       1

゚年の文法学では,プロトタイプ理論の影響により,自動詞・他動詞はその概念を一・義的に規 定しようとするのではなく,自動詞らしさ(自動性)・他動詞らしさ(他動性)といった観点か

ら考えるようになってきている。その際,どのような特徴をもって他動詞性の条件とするかと いう点についても論議がなされているが,日本語においては,意味的には「相手におよび,か つ相手に変化を起こす動作を表す」(角田1991:72),形態的には,格助詞ヲをとるということが 代表的な見解であろう。その上で,形態と意味の対応を考えた場合「相手におよび,かつ相手

に変化を起こす」という意味的にプロトティピカルな特徴を示す動詞は,「彼を殺す」「物を壊 す」のように必ずヲ格をとり形態的にもプロトティピカルであり,形態と意味の関係に問題が ない。ところが,「相手におよぶが相手に変化を起こさない」りという片方の特徴は満たすもの のもう片方の特徴は満たさないケースでは,「彼を批判する」のようなヲ格をとるケースもあれ ば,「彼に反対する」のような二格をとるケースもあり,形態と意味との関係が一様ではない。

また,「相手におよぶ」という意味特徴を持たず,意味的には非他動性,即ち自動性の特徴を示 すのに形態的には「山道を歩く」のようにヲ格をとる場合もある。この第三のケースについて は稿を改めて論じることとして本稿では,第二のケースについて考えることにしたい。そして,

これらの動詞群の名称として,意味的には他動詞なのに二格をとるということで,「に」他動詞 というものを採用することとする。2)また,これには,「教える」のように二,ヲ両方の格をとる 動詞は含まないことにする。以下2節では,意味的に「相手におよび」,形態的に二格をとる動 詞について類型化することによって整理する。3節において,その現象を格助詞の表示システム の暫定的なモデルに位置づける。それを承けて,4節においては,森(1997)で考察した受身文 の動作主マーカーとしてカラをとる現象とここで対象としている現象を比較し,最後に5節で まとめと今後の課題を記す。

       2

アの現象をとりあげた先行研究には,オノ(1985),杉本(1991)があり,また,専門的なもの ではないが,益岡・田窪(1987)においてこのタイプの動詞がリストアップされている。杉本

(1991)については,そこで指摘されている重要な事実を3節でとりあげることとして,ここで は,まずオノ(1985)を検討し,その後で,益岡・田窪(1987)のデータをもとにした整理を行う。

オノの主張のうちここでの関心対象となるのは,「に」他動詞は部分的影響性が目的語に対し

r人文学科論集』31,PP.69−78.       ⑥1998茨城大学人文学部(人文学部紀要)

(2)

てあり,「を」他動詞は全体的影響性が目的語に対してあるという議論である。3)以下にその主張 を日本語訳した上で引用する(ただし例文の番号を変更した)。

対格句における全体的な影響性について観察してきたので,似た表現のペアを論じながら,

「名詞句一ガ 名詞句一二 動詞構文」を「名詞句一ガ 名詞句一ヲ 動詞構文」と比較してい

こう。

(1)a.花子が太郎に追いついた。

b.花子が太郎を追い越した。

(2)a,猛犬が太郎に吠えた。

b.猛犬が太郎をおそった。

(3)a.太郎は花子に近づいた。

b.太郎は花子をものにした。

(4)a.花子は叔父に頼った。

b.花子は叔父を頼った。

上のa群が与格句に対して部分的な影響しか示していないのに対し,b群は常に対格句に対す る全体的な影響を示している。たとえば,(1b)では,花子は,太郎に追いついただけではなく,

追い越しているが,一方(1a)では,花子に追いついているだけである。(2b)においては,猛犬が 太郎を明確に襲って,彼に全体的な影響を与えている。その一方,(2a)では,猛犬は太郎を全く 攻撃しておらず,単に彼に吠えかかっているだけである。猛犬は太郎に単なる部分的な影響を 与えているだけなのである。(3b)では,太郎は花子の愛を勝ち取り,彼女に対して全体的な影響 を与えている。それに対して,(3a)では,太郎は花子に近づいただけで,彼女に対して与えた影 響はまだ,部分的である。同様に(4b)は花子が叔父に対して全面的に依存していることを示唆

しており,(4a)は,財政面のようなある特定の事柄について叔父に頼っていることを含意して

いる。       (ONO 1985:222f)

上記の説明に対しては次のように反論できる。(1)のペアでは,追いつこうが追い越そうが太 郎に対して肉体的に影響を与えることはあり得ず,精神的なショックを与えるということなら,

どちらにも差がないはずである。(2)は,攻撃の程度の問題を示しているにすぎない。もし,オ ノの説明をあてはめようとするなら,「猛犬が太郎をかみ殺した」という「全体的な影響」に対

して(2b)は,「部分的な影響」を与えていることになるが,両者とも太郎はヲ格をとり差がでな い。(3)のペアでは,(3a)では太郎が近づいたことにより花子に対する影響が見られない場合も 想定でき,やはり,全体的影響/部分的影響で考えることには無理がある。唯一上記の説明があ

てはまりそうなのは,(4)である。次のように例文を作って考えてみると,叔父に対して全面的 に依存しているのは(依存を影響と考えてよいかどうかは別にして)ヲ格の文で,部分的に依

(3)

存しているのは二格の文であると根拠づけることができる。即ち,(5)の場合は,叔父に何から 何まで頼っている場合だからヲ格が適し,二格の容認度が落ちる。それに対して,(6)は宿題を やるということだけ部分的に頼っているので二格が適し,ヲ格の容認度が落ちるということか

らである。

(5)a. 叔父を頼って東京に出てきた。

b.??叔父に頼って東京にでてきた。

(6)a.?私をばかり頼らないで,たまには自分で宿題をやりなさい。

b. 私にばかり頼らないで,たまには自分で宿題をやりなさい。

しかし,ここで見落とされていることがある。このbの場合の「頼る」は,「私に宿題を頼る」

という言い方ができることからわかるようにヲ格も同一文内にとることができる。したがって,

「に」他動詞ではないのである。「私に頼る」「叔父に頼る」という言い方をした場合には,言表 しなくてもわかるヲ格のついた名詞が省略されており,このヲ格のついた名詞が何の点につい て頼るかを示しているので,部分的な依存性という含意がでるのであり,これは決して「に」他 動詞の意味特性として考えてよいものではない。

以上に見たように目的語に対する部分的な影響を持つ場合,「に」他動詞になるという説明で は有効ではなかった。それでは,どのようにこの現象を整理したらよいのだろうか。そのため に益岡・田窪(1987)を見てみよう。

これは,外国人の日本語学習者を対象とした平易な学習書ではあるが,「に」をとる他動詞の 分類が試みられている。そのリストを以下に示す。

(7)働きかけの対象を二で表す動詞の類型

L方向性を持った動きを表すもの

吠える,もたれる,触れる,触る,飛びつく,かみつく,泣きつく,すがりつく,し がみつく,追いつく

2.対人的態度を表すもの

からむ,くいさがる,ほれる,恋する,同情する,謝る,遠慮する,なつく,習う,

仕える,お辞儀する,ご馳走する,味方する,孝行する,働きかける,呼びかける

3.物事に対する態度を表すもの

励む,打ち込む,こだわる,耐える,親しむ,熱中する,凝る,溺れる,ふける,慣 れる,携わる,従事する,努める,努力する,備える,かかわる,関係する

(4)

4.対人的または物事に対する態度を表すもの

憧れる,頼る,感謝する,従う,負ける,敗れる,逆らう,はむかう,たてつく,立 ち向かう,勝つ,学ぷ,尽くす,服従する,奉仕する,反対する,抵抗する,干渉 する,抗議する,対抗する,答える,依存する

5.認知を表すもの

注目する,着目する,気づく(気がつく),注意する

6.その他

影響する,作用する,利く,違反する,間に合う,遅れる

(益岡・田窪1987:24f)

上の(7)のデータは,「働きかけの対象」を二格でマークするものとして提示しているが,前 述の「相手に及ぶ」その相手を二格でマークするものとほぼ同趣旨のものと考えてよいだろ う。4)上述の書物上の性格もあってこのリストは,何故「に」格をとる他動詞があるのかという 点についてという観点からのものにはなっていない。本稿では,このリストをたたき台にいく っかの動詞を付け加えて前述の説明ができるような観点から整理してみたい。整理のポイント はrXがYに動詞」という文においてXからYへ何らかの移動・放射があるかないか,あるな らそれはどのように分類できるかということである。以下にその観点から整理したものを記す。

(8)「に」他動詞の類型

[1]XからYへ何らかの移動があるもの 1.主体全体が移動しているもの

もたれる,飛びつく,すがりつく,しがみつく,追いつく,ぶつかる,会う,5)当たる

2.主体の一部が移動しているもの 触れる,触る,かみつく

3.言葉・音声が移動しているもの

吠える,からむ,くいさがる,謝る,味方する,孝行する,働きかける,呼びかける,

反対する,抗議する,答える,注意する,返事する,賛成する,拍手する

4.感情・態度が放射されているもの

泣きつく,ほれる,恋する,同情する,遠慮する,なつく,励む,打ち込む,こだわる,

耐える,親しむ,熱中する,凝る,溺れる,ふける,慣れる,憧れる,頼る,感謝する,

(5)

逆らう,はむかう,たてつく,立ち向かう,尽くす,奉仕する,抵抗する,干渉する,

対抗する,依存する,親しむ,お辞儀する,従う,服従する,いたずらする,飽きる,

仕える,携わる,従事する,努める,努力する,備える,ご馳走する

5.視線が放射されているもの

注目する,着目する,気づく(気がつく),対する,臨む

6.力などのエネルギーが移動・放射されているもの かかわる,関係する,影響する,作用する,利く,勝つ

[2]XからYへの移動・放射がないもの(二格名詞に能動性が感じられるもの)

負ける,敗れる

「負ける」は「私が彼に負ける」のようにXからYへの移動とはいえない。また,「負ける」「敗 れる」にはいずれも二格が付いた項に能動性が感じられるので,このタイプを「相手名詞」に 能動性が感じられると整理しよう。6)この類型化によって以下のようにまとめられる。

(9)意味的に「相手に及ぶが相手が変化をおこさない」他動詞は,主体から相手への移動・

放射イメージスキーマ7)が適用できる場合もしくは,「相手名詞」に能動性が感じられ る場合に相手名詞の表示格として二格をとる。

以上のように分類したうちの【1】のタイプが何故二格をとるかは容易に説明がつく。すなわ ち,移動や放射のあるものは,その目的語が「東京に行く」「家に着く」のような目的点や着点 を示す二格と同様に捉えられるからである。8)それが何故ヲ格でマークしてはいけないか,また

[2]のグループが何故二格をとるかは3節で考察する。

@       3

剿{(1991)は,本稿でいう四つの「に」他動詞一「反対する」「いたずらする」「逆らう」「飽 きる」を受身文にしたとき,二格でマークされていた項がヲ格でマークされることもあり,話 者によってはヲ格の方が許容度が高いという重要な指摘をしている。以下に例文を示す。

(10)a.加藤さんが皆に立候補に反対されている。

b.加藤さんが皆に立候補を反対されている。

(11)a.太郎が隣の子供に自転車にいたずらされた。

b.太郎が隣の子供に自転車をいたずらされた。

(6)

(12)a.山田さんが部下に命令に逆らわれた。

b.山田さんが部下に命令を逆らわれた。

(13)a.この作家が人々に作品に飽きられている。

b.この作家が人々に作品を飽きられている。

このような能動文において二格でマークされていた項が,受身文にしたときヲ格でマークさ れるという現象は,潜在的に,「に」他動詞において二格でマークされている項はヲ格でもマー クされうるということを示している。表面的には,杉本もいうように二格が重なることをさけ るためにヲ格が利用されるということであろうが,では,何故能動文では許容されないかとい うことも含めてもう少しつっこんだ説明をしてみたい。そのためには,格助詞の表示システム を考える必要がある。現時点ではその暫定的モデル,それもその一・部であるガ,ヲ,二の表示 システムを提示することしかできないがそれでもその現象の解明には役立つと思われる。その 暫定的なモデルとは次のようなものである。

(14)動詞述語文におけるガ,ヲ,二表示規則の暫定的なモデル9)

事態を言語表現にするにあたって認知的に重要な順にガ,ヲ,二をあてる。

第1格(ガ)  第2格(ヲ)  第3格(二)

行為の主体   行為の対象   行為の主体以外の動作者 など     移動の経路   移動の着点

行為の状況   比較の基準 など      など

これを,使役文の格表示現象にあてはめて説明してみる。

他動詞文の使役文では,(15)のように被使役者のマーカーとしては二格しか使えない。

(15)a.私が彼女に彼を殴らせた。

b.*私が彼女を彼を殴らせた。

これは,「行為の主体」がまず認知的にもっとも重要だとされて,ガでマークされ,「行為の 対象」が次に重要だとされてヲでマークされ,「行為の主体以外の動作者=被使役者」がその次

に重要だとされて二でマークされているのである。自動詞文の使役文の場合は事情が異なって いる。次の(16)のように被使役者がヲ,二どちらでもマークできるからである。

(7)

(16)a.先生が子供たちを校庭で遊ばせた。

b。先生が子供たちに校庭で遊ばせた。

しかしながら,自動詞文のケースでも次の(17)一(23)の例文がいずれも非文になることをもと に柴谷(1978)は(24)のように,二格をとるケースを位置づけている。

(17)*太郎は次郎に気絶させた。

(18)*太郎は次郎にびっくりさせた。

(19)*太郎は次郎に蘇らせた。

(20)*花に咲かせた。

(21)*雨に降らせた。

(22)*汽車に走らせた。

(23)*奴隷監督は鞭を使って奴隷たちに働かせた。

(24)「に」使役文は,被使役者の意志を重んじ,使役者がそれにうったえて物事を引き起こ したような状況を典型的に表す。      (柴谷1978:312)

つまり,例文(16a)でのヲ格名詞句が働きかけの対象にすぎないのに対し,(16b)の二格名詞 句は動作主としての性格を備えているのである。このことからも「行為の対象」の場合ヲ格を

とり,「行為の主体以外の動作者」の場合二格をとるという(14)のモデルが適用できることがわ かる。このことから,2節の【2]のケースー「私が彼に負ける」は,「彼」は「行為の主体」では ないものの「動作者」でありしたがってヲ格でなく二格をとることが説明できるのである。こ の際重要な点は,「先生が子供たちに発言させた」や「私は東京に着いた」のように二つしか項 がない場合でも第3格(認知的に3番目に重要な格)があてられることである。前者について は,それが,あえて第2格をブランクにしても第3格程度の重要性しか持たないということを示

しており,後者については,移動の着点の認知的重要度が行為の主体以外の動作者に匹敵する から(あるいはその程度の認知的重要度しか持たないから)とうことを示している。そして,そ のモデルに従えば,ここで対象としている「に」他動詞のうち「行為の対象」が「移動の対象」

とも解釈できるもの([1】のケース)は,第2格でマークしても,第3格でマークしてもどちら でもよいことになる。しかしながら,能動文において二格でマークされるのは,移動を一つの 行為として捉えた場合それが単なる行為の対象であることを示すよりも移動の着点であること を明示した方が情報度が高いからに他ならない。「移動の対象」は「行為の対象」全体の部分集 合ととらえられるからである。そのことを図示すると以下の図1のようになる。

(8)

(図1)

相手に及ぶ=行為の対象を持つ場合の対象表示

 主体から対象への 動が感じられる場合の対象表示

秩@       ニ

ところが受身文にしたときには,他の二格との混同をさけたいという別の要因が働いて,もと もと潜在的には可能であったヲ格表示が顕現されるのである。このように考えると「に」他動 詞の二つのタイプと「間に合う」などの比較の基準として考えられるものがヲ格でなく二格で 表示されることの説明がつく。以上,2節で予告したように暫定的な格表示モデルから[1H2】の ケースそれぞれについて説明を行った。

@      4

X(1997)で提示した「から」受身文における「移動」と「に」他動詞文における「移動」の 共通性と異質性を以上を承けて考えてみたい。森(1997)では,具体的な移動がある動詞,言語・

態度の移動・放射が想定される動詞において受身文の動作主マーカーとしてカラをとることが でき,主体の一部が移動する動詞のうち移動のスキーマが適用しやすいものは,カラの許容度 があがり,主体全体が移動するものはカラが許容されないと論じた。つまり次の例文(25)は許 容されるのに対し(26)は許容されなかったのである。

(25)いやな仕事を上司から命じられた。

(26)*私は隣の席の酔っぱらいから寄りかかられた。

ここで「に」他動詞の移動・放射と比べると言語,感情・態度の移動・放射は共通しているが,

主体全体の移動が「に」他動詞文においては許容され「から」受身文においては許容されない と整理できる。主体全体の移動を表す動詞が「から」受身文になることができない理由につい て森(1997)では,おおよそ次のように説明した。

(27)「から」受身文が許容されるのは,カラでマークされる項から主体へ次の図2のような イメージスキーマが適用できる場合である。その際起点自身は動いてはならず,従っ て主体自身が動くような動詞において「から」受身文は許容されない。

(9)

(図2)

その際には,何故起点自身が動いてはいけないのかという説明は行わなかったが,それが前述 のモデルから説明できる。即ち主体が移動される場合および,視線の移動が行われる場合の一 部は強くその主体の行為者性が意識され,認知的に第3の序列で重要な二が選択されるからで ある。そして,いうまでもないことであるが,(26)の文を能動文に直した次の(28)において「隣 の席の酔っぱらい」は行為の主体としてガ格でマークされているので,移動の着点である「私」

が二でマークされていることとともに(26)のように問題とならず許容されるのである。

(28)隣の席の酔っぱらいが私に寄りかかった。

以上,「主体の移動」をめぐり,「に」他動詞文と「から」受身文で差が出ることについて考 察した。

@       5

@本稿では,「に」他動詞を移動・放射が想定される場合とそうでない場合に類型化し,格表示 モデルからどうして二格をとるのか,またヲ格をとらないのかということについて考察した。

また,それとの関わりでカラ受身文は主体の移動が想定される場合に許容されないという森

(1997)で考察した現象も捉えなおしてみた。本稿で提示した格表示モデルを洗練化することに より,「に」他動詞という現象もより洗練された形で説明されることが予想される。深化された モデルによりこの現象の捉え直しをいずれ試みたいと思う。また,通時的な観点をとりこむこ とによって興味深い議論ができることも期待される。これについても今後の課題としたいと思

う。

1)この際変化を起こさせずに「相手に及ぶ」ということは,「行為の対象を持つということと等価で

ある。

2)杉本(1991)で「準他動詞」とされているものとここで「に」他動詞としているものは重なる部分も 多い。杉本は,二格でマークされた項を主語として受身文にできるということを「準他動詞」の条 件としているが,本稿では,その条件を考慮しない。受身文化の可否と「に」他動詞の類型化の関 わりについては今後の課題としたい。

3)オノは「に」他動詞の二でマークされている項は,間接目的語だと結論づけているが,その項が直 接目的語か間接目的語かということは,本稿の議論とは関係ないので,ここでの検討の対象とはし

ない。

4)このような視点からは,「違反する」「間に合う」「遅れる」は,「相手に及ぶ」ものではないため除

(10)

外できる。これらにおいてこ格でマークされている項は「行為の対象」というより「基準」を示すも のである。また,このリストにあがっていないが,「あまる」,「劣る」,「足りる」なども同様に除外で

きる。

5)「会う」はト格もとるように相互性が感じられる動詞である。それでも「友人に会う」の場合は「友 人と会う」に比べて一方向の動きと解釈できる。「ぶつかる」も同様。

6)益岡・田窪(1987)では,「二をとる感情動詞」として次の動詞群をリストアップしている。

おどろく,びっくりする,はっとする,ぎょっとする,おびえる,うろたえる,ろうばいする,困 る,恐縮する,迷惑する,当惑する,おろおろする,びくびくする,怒る,かっとなる,いらい らする,感動する,感激する,感心する,興奮する,酔う,沸く,うっとりする,失望する,呆 れる,がっかりする,安心する,満足する,ほっとする,悩む,迷う,苦しむ,こりる,飽きる 益岡・田窪(1987:25)

これらは,XからYへの感情・態度の放射を想定できると同時に二格をとる名詞に能動性ないし機縁 性が感じられるという点で【1][2]の両者の性格を兼ね備えている。

7)森(1997)参照。

8)言葉の移動や態度の放射と「への意味の拡張」や「カラが受身文の動作主マーカーとして使われる こと」との関わりについて,筆者は森(1995)や森(1997)で考察を行った。

9)このモデルは,「認知的な重要順」ということの中身をつめる必要があると同時にガ,ヲ,二が一文 中に複数でてくる時をどう処理するかなど今後の課題を多数持っている。にもかかわらず,今回そ の暫定的なものを提示したのは,「に」他動詞の説明には,その暫定的なものでも有効だと考えたた めである。

参考文献

柴谷方良(1978),r日本語の分析』(大修館書店)。

杉本 武(1991),「二格をとる自動詞」,r日本語のヴォイスと他動性』(くろしお出版)。

角田太作(1991),『世界の言語と日本語』(くろしお出版)。

益岡隆志・田窪行則(1987),『格助詞』(くろしお出版)。

森 雄一(1995),「助詞rへ』の歴史についての認知論的考察」,r築島裕博士古稀記念国語学論集』(汲

古書院)。

(1997),「受動文の動作主マーカーとして用いられるカラについて」,茨城大学人文学部紀要

『人文学科論集』30号。

ONo, Kiyohan1(1985), The NP−ga NP−ni Verbal Constnlction,,Dε5cr{ρ距vεα〃4.4〃1∫θ4 L玩g厩読c318.

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