寄稿論文
二官能性テトラアリールホスホニウム塩触媒の設計
信州大学 工学部 物質化学科 助教戸田 泰徳
信州大学 工学部 物質化学科 教授菅 博幸
Abstract: 二官能性テトラアリールホスホニウム塩触媒存在下,エポキシドと二酸化炭素との[3+2]反応が進 行し,対応する環状カーボネートが効率良く得られることを見出した。また,反応剤としてイソシアネートを用いる ことにより,オキサゾリジノンが得られることを明らかにした。さらに,二官能性テトラアリールホスホニウム塩由来 のホスホニウムイリドを求核触媒として用いることにより,第一級アルコールの選択的アシル化反応の開発に 成功した。 Keyword: 有機分子触媒,二官能性触媒,ホスホニウム塩,[3+2]反応,アシル化反応1. はじめに
持続可能な社会の構築のために,環境低負荷な化学合成の実現が求められている。そのアプローチの一 つとして,触媒反応開発の分野では,この20年の間に有機分子触媒が飛躍的に発展した。しかし,有機分子 触媒の多くは,不斉反応における立体選択性の制御を目的として設計されており,他の分子変換反応におい て,化学選択性を制御するような例は比較的少ない。我々の研究グループは,リン原子上の4つの置換基がすべてアリール基で置換されたテトラアリールホスホニウム塩(Tetraarylphosphonium Salts,以下TAPSと略
す)に着目し,その触媒能開発を行っている。本論文では,二官能性TAPS触媒の設計およびそれらを用いる エポキシドとヘテロクムレンとの[3+2]反応を紹介する。さらに,二官能性TAPS誘導体のホスホニウムイリドを 触媒とする反応についても併せて紹介する。
2. 二官能性 TAPS 触媒について
2-1. 分子設計
5価のリン化合物であるホスホニウム塩は,Wittig試薬前駆体,相間移動触媒,イオン液体などとして,様々な有機 合成に利用される1。その一つであるTAPSは,アリール基上の置換基によるTAPSの立体および電子的な修飾が可 能であり2,有機分子触媒の骨格として魅力的な化合物といえる。TAPSのアリール基上にヒドロキシ基を導入した誘 導体には,ブレンステッド酸性部位のフェノール性ヒドロキシ基と求核性部位のハロゲン化物イオンを有する二官能 性触媒としての機能が期待される(図1)。しかし,TAPSを触媒として用いた例はほとんど報告されておらず3,新規分 子技術の開発という観点からも,その触媒能開拓は大変意義深いであろう。図1. 二官能性TAPS触媒の設計(左)とDFT計算(M06-2X/6-31G(d) for C, H, O, and P, M06-2X/LanL2DZ for Br, IEFPCM=PhCl)に より最適化した三次元構造(右) スキーム1. 二官能性TAPS触媒による二酸化炭素固定化反応の作業仮説
2-2. エポキシドと二酸化炭素の [3+2] 反応
二酸化炭素を有機化合物のC1炭素源として用いる二酸化炭素固定化反応は非常に有用な反応である4。 その一つとして,エポキシドと二酸化炭素からの環状カーボネート合成が知られており,既に様々な触媒系が 報告されている5。これらの中には,単純な第四級アンモニウム塩やホスホニウム塩などを触媒として利用した 例も含まれる。そこで以下に示す理由から,二官能性TAPSが同反応の優れた触媒になるのではないかと考 えた(スキーム1)。①ブレンステッド酸によるエポキシドの活性化が,ハロゲン化物イオンによるエポキシドの開 環反応を促進すると期待される(A)。②TAPSから生じるホスホニウムイリドが,ブレンステッド塩基としてハロヒ ドリン中間体Bと二酸化炭素の反応を促進すると期待される。意外にも,このような二官能性ホスホニウム塩 触媒による二酸化炭素固定化反応は数例しか報告されていなかった6。 まず,スチレンオキシドを基質として,15 mol%の触媒存在下および1気圧の二酸化炭素雰囲気下,0.3 Mの クロロベンゼン中,120 ℃の加熱条件で反応させた(表1)。その結果,リン原子に対してオルト位にヒドロキシ 基が置換したTAPSを用いると,中程度の収率で対応するカーボネートが得られることを見出した。興味深いこ とに,類似のオニウム塩を用いると,いずれの場合にも収率の低下が認められた。さらに,ヒドロキシ基に対して パラ位の置換基を種々検討した結果,メチル置換のTAPS(MeTAPS-Br)が最も良い結果を与えることを明 らかにした7。また,カウンターイオンをヨウ化物イオンに変更しても同様に反応が進行したが,トリフラートの場合 には全く生成物は得られなかった。表1. 触媒のスクリーニング 表2. エポキシドの一般性 続いて,エポキシドの一般性を検討した(表2)。エピクロロヒドリンやアリルグリシジルエーテルなど市販の末 端エポキシドから,良好な収率で対応するカーボネートを合成することができた。また,光学活性な(S)-フェニル グリシジルエーテルや(R)-N-グリシジルフタルイミドを用いた反応は,ほぼ完全な立体保持で進行した。
2-3. 第二世代 TAPS の開発
先に開発したMeTAPS-Brは,1気圧の二酸化炭素雰囲気下でカーボネートを与えるものの,触媒量や 反応温度などの条件には改善の余地を残していた。そこで,TAPSの置換基を精査することにより,さらに高 活性な触媒の開発をめざした。驚くべきことに,メトキシ基の導入による酸性度の低下に伴い収率が向上し,MeO4TAPS-Iを用いれば,2 mol%の触媒量で60 ℃の加熱撹拌条件下でも反応が進行することを見出した
(表3)8。さらに,10 Mのクロロベンゼン中あるいは無溶媒条件で反応を行うことにより,高収率でカーボネート
が得られることを明らかにした。また,DFT計算を用いて反応機構の解析を行い,メトキシ基の導入による触媒
表3. 酸性度と触媒活性 表4. 二官能性TAPS触媒を用いるオキサゾリジノン合成
2-4. エポキシドとイソシアネートの [3+2] 反応
次に,含窒素複素環化合物のオキサゾリジノン合成を試みた。二酸化炭素の等電子体であるイソシアネー トは,第四級アンモニウム塩などの触媒存在下でエポキシドと[3+2]反応を起こし,オキサゾリジノンを与える ことが知られている9。しかし,既存の触媒系では厳しい反応条件や煩雑な実験操作を要する場合が多く,実 用的な方法とは言い難かった。近年,金属サレン錯体を触媒として用いると,それらの問題点が改善されると の報告もあるが10,イソシアネートの適用範囲には制限があった。これらの課題を克服すべく,我々は二官能性 TAPS触媒系によるアプローチを行った。その結果,0.5−5 mol%のMeTAPS-Iを添加し,1.0 Mのクロロベン ゼン中,100 ℃で同反応を行うと,良好な収率でオキサゾリジノンが得られることを明らかにした(表4)11。従来 困難であったハロゲノ基が置換したアリールイソシアネートやアルキルイソシアネートなどにおいても円滑に反 応が進行する点は注目に値する。スキーム2. ホスホニウムイリド求核触媒の設計
3. ホスホニウムイリド触媒について
3-1. 分子設計
カルボニル基により安定化されたホスホニウムイリドはアンビデントな求核剤として知られているが12,その触 媒能はほとんど未知である。このようなイリドと無水酢酸の反応は,速度論的には酸素原子上で進行し,熱力 学的には炭素原子上で進行することが報告されている13。同反応では,酸素原子から炭素原子へのアシル 基移動が起こり,熱力学的に安定なC-アシル化体を与える。したがって,もしC-アシル化を抑制し,求核剤との 分子間アシル基移動を進行させることができれば,イリド求核触媒系を構築できるはずである。我々は,二官能 性TAPS由来のホスホニウムイリドを用いることで,O-アシル化により生じるホスホニウム塩が芳香族安定化を 受け,O-アシル化体が速度論的かつ熱力学的生成物となるため,C-アシル化を抑制できるのではないかと考 えた(スキーム2)。3-2. 第一級アルコールの選択的アシル化反応
第二級アルコール存在下における第一級アルコールの選択的なアシル化反応は,合成化学的に有用な 反応である。アシル化剤で選択性を制御する方法14や,金属触媒で選択性を制御する方法15などが開発さ れている。しかし,有機分子触媒による選択的アシル化反応の例はごくわずかであった16。そこで,我々はホス ホニウムイリドを求核触媒として用いる反応系の開発を行った。市販のイソ酪酸無水物を用い,ホスホニウムイ リド触媒および補助塩基のトリエチルアミン存在下,トルエン中,室温で1,n-ジオールのアシル化反応を行うと, 第一級アルコールのアシル化体が高選択的に得られることを見出した(表5,条件A)17。また,MeTAPS-Brを 用いてイリドを系中発生させた場合でも,同様に反応が進行することを明らかにした(表5,条件B)。本触媒系文 献
表5. 1,n-ジオールの選択的アシル化反応4. 結論
本論文では,我々の研究グループにより開発された二官能性TAPS触媒を用いたエポキシドとヘテロクムレ ン(二酸化炭素およびイソシアネート)の[3+2]反応を紹介した。二酸化炭素との反応では,本触媒の触媒能 を実証し,1気圧の二酸化炭素雰囲気下という温和な条件を実現した。また,イソシアネートとの反応において も,これまで問題となっていた反応の適用範囲を拡充した。さらに,ホスホニウムイリド触媒系へと展開し,第一 級アルコールの選択的アシル化反応の開発に成功した。これらの反応では,触媒設計の有効性が明らかと なっており,今後,さらなる新規反応への応用や,金属触媒などを組み合わせて用いるハイブリッド触媒系への 応用が期待される。(1) (a) B. E. Maryanoff, A. B. Reitz, Chem. Rev. 1989, 89, 863. (b) R. W. Hoffmann, Angew. Chem., Int. Ed. 2001, 40, 1411. (c) J. Dupont, R. F. de Souza, P. A. Z. Suarez, Chem. Rev. 2002, 102, 3667. (d) T. Werner, Adv. Synth. Catal. 2009, 351, 1469.
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(6) (a) T. Werner, H. Büttner, ChemSusChem 2014, 7, 3268. (b) H. Büttner, J. Steinbauer, T. Werner, ChemSusChem 2015, 8, 2655. (c) J. Großeheilmann, H. Büttner, C. Kohrt, U. Kragl, T. Werner, ACS Sustainable Chem. Eng. 2015, 3, 2817. (d) D. Wei-Li, J. Bi, L. Sheng-Lian, L. Xu-Biao, T. Xin-Man, A. Chak-Tong, Appl. Catal., A 2014, 470, 183. (e) S. Liu, N. Suematsu, K. Maruoka, S. Shirakawa, Green Chem. 2016, 18, 4611.
(7) Y. Toda, Y. Komiyama, A. Kikuchi, H. Suga, ACS Catal. 2016, 6, 6906.
戸田 泰徳
信州大学 工学部 物質化学科 助教 博士(理学)菅 博幸
信州大学 工学部 物質化学科 教授 工学博士 〔経歴〕2008 年東北大学理学部化学科卒業,2010 年東北大学大学院理学研究科化学専攻博士課程前期修了, 2013 年東北大学大学院理学研究科化学専攻博士課程後期修了(寺田眞浩 教授),2013 年 Vanderbilt 大学博士研 究員(J. N. Johnston 教授),2015 年 4 月より現職。 〔受賞歴〕2016 年 有機合成化学協会研究企画賞,2018 年 有機合成化学協会東海支部奨励賞 〔連絡先〕e-mail: [email protected] 〔経歴〕1988 年九州大学大学院総合理工学研究科分子工学専攻博士後期課程修了,1988 年大阪大学教養部助手, 1994 年大阪大学理学部助手,1996 年大阪大学大学院理学研究科助手,1998 年信州大学工学部助手,1998 年 信州大学工学部助教授,2006 年 4 月より現職。 〔連絡先〕e-mail: [email protected](10) (a) T. Baronsky, C. Beattie, R. W. Harrington, R. Irfan, M. North, J. G. Osende, C. Young, ACS Catal. 2013, 3, 790. (b) R. L. Paddock, D. Adhikari, R. L. Lord, M.-H. Baik, S. T. Nguyen, Chem. Commun. 2014, 50, 15187. (c) P. Wang, J. Qin, D. Yuan, Y. Wang, Y. Yao, ChemCatChem 2015, 7, 1145.
(11) Y. Toda, S. Gomyou, S. Tanaka, Y. Komiyama, A. Kikuchi, H. Suga, Org. Lett. 2017, 19, 5786. (12) A. W. Johnson, Ylides and Imines of Phosphorus; Wiley: New York, 1993.
(13) P. A. Byrne, K. Karaghiosoff, H. Mayr, J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 11272.
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(15) (a) G. W. Breton, J. Org. Chem. 1997, 62, 8952. (b) P. A. Procopiou, S. P. D. Baugh, S. S. Flack, G. G. A. Inglis, J. Org. Chem. 1998, 63, 2342. (c) A. Orita, A. Mitsutome, J. Otera, J. Org. Chem. 1998, 63, 2420. (d) M.-H. Lin, T. V. RajanBabu, Org. Lett. 2000, 2, 997.
(16) (a) P. Ilankumaran, J. G. Verkade, J. Org. Chem. 1999, 64, 9063. (b) G. A. Grasa, T. Güveli, R. Singh, S. P. Nolan, J. Org. Chem. 2003, 68, 2812. (c) K. Ibe, Y. Hasegawa, M. Shibuno, T. Shishido, Y. Sakai, Y. Kosaki, K. Susa, S. Okamoto, Tetrahedron Lett. 2014, 55, 7039.
(17) Y. Toda, T. Sakamoto, Y. Komiyama, A. Kikuchi, H. Suga, ACS Catal. 2017, 7, 6150.
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