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駒澤大学佛教学部論集 40 011青柳 かおる「ガザーリーの「婚姻作法の書」にみられる妻の条件」

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ガザーリーの「婚姻作法の書」

にみられる妻の条件

青 柳 かおる

序論

 本稿では、イスラーム思想史上、最も重要な思想家の一人であるガザーリー Ab¯u .H¯amid al-Ghaz¯al (1111 年没)の代表作である『宗教諸学の再興(I .hy¯a’ ‘Ul ¯um al-D n1

第二部第二の書(第十二番目の書)「婚姻作法の書(Kit¯ab ¯Ad¯ab al-Nik ¯a .h)」2

における妻の条件について分析する。まず、イスラーム法 に則った婚姻障害のない女性の条件を明らかにし、次に女性に求められる条件 を、(1)性格や容姿といった「子供を持つこと」とは無関係な条件と、(2)処 女性や非近親者といった「子供を持つこと」を想定した場合に、女性に求めら れる条件の二つに分けて検討する。そして最後に、「父親が正当な嫡子を得る こと」という視点からそれらの条件を分析したい。  まず本稿で取り上げる『宗教諸学の再興』について紹介する。『宗教諸学の 再興』は、ガザーリーの思想の集大成である。神学、法学、コーラン解釈学、 ハディース(預言者ムハンマドの言行録)学などのイスラーム宗教諸学を、スー フィズム(イスラーム神秘主義)の立場から論じたものである。来世において「神 に出会い」、「神を見る」ために、どのように日常生活を組織化し、内的霊的な 準備をすべきか、ということを包括的に論じた書である。従来の研究史におい て、ガザーリーの「婚姻作法の書」は、一部が避妊、中絶、家族計画などの生 命倫理研究(Atighetchi 2007; Brockopp 2003; Katz 2003; Khan 1975; Musallam

1983; Omran 1992)や、女性隔離、ヴェール着用の問題で引用されることはあっ

ても(Bousquet 1990; Farah 1984; Mernissi 1987; Saadawi 1980)、この書の全 体が分析されることはまれであった。

 そこで筆者は本書を全訳した上でガザーリーを中心とする婚姻論研究を行 い、ガザーリーの婚姻論をその他のムスリム思想家たち──ガザーリーに大き な影響を及ぼしたスーフィー、マッキー Ab¯u .T¯alib al-Makk ,(998 年没)、ガザー リーとは傾向の異なる神秘思想家であるイブン・アラビー Ibn al-‘Arab (1240

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年没)、アラブ諸国だけでなく世界中のムスリムに多大な影響力を持つウラマー

(イスラーム法学者)、カラダーウィー Y¯usuf al-Qara .d¯aw (1926 年∼)3

──と 比較してきた4 。その際、性の問題については詳しく論じてきたが、ガザーリー における理想の妻の条件とは何か、という問題については検討することができ なかった。そこで「婚姻作法の書」の第二章を中心に、結婚する予定の女性に 求められる条件を明らかにし、家父長制における父親(後見人)と娘の関係を 考える。 第一章 婚姻契約と婚姻障害  「婚姻作法の書」の第二章「守られるべき女性の契約の状態と、契約の条件 について」の序論において、ガザーリーは婚姻契約について以下のように述べ ている5  契約(‘aqd)について言うと、契約を締結、解消するための根本的諸要件 (ark¯an)と諸条件(shur¯u.t)は、以下の四つである。 (1)後見人(wal )6 の許可、もし不在なら、裁判官(sul.t¯an)の許可。 (2)成年の非処女(thayyib b¯aligh)であっても、成年の処女(bikr)であっても、 父親と祖父以外の者によって結婚させられる女性の場合は彼女の同意(ri .d¯a)。 (3)外見上は公正な二人の証人(sh¯ahid)。二人が公正であるか分からない場 合は、契約を締結する必要があるので、我々は締結を認める。 (4)「婚姻」とか、「結婚させる」というような言葉による申し込み( j¯ab)と それに続けて行われる承諾(qab¯ul)。その言葉は、二人の責任ある者によるの であり、女性ではいけない。それは夫、後見人、夫婦の代理人(wak l)でも 構わない(I.hy¯a’ , Vol. 2, 58)。  イスラーム法において、結婚は女性の後見人(一般的には父親)と相手の男 性との契約である。父親は婚姻強制権を持っており、娘は父親の決めた相手と 結婚しなければならない。娘の同意の必要の有無については、本稿第三章で後 述する。  婚姻の作法において、後見人に対して伝えられる求婚(khi .tbah)7 が先行し なければならない。それは女性のイッダ(‘iddah: 待婚期間)8 中ではいけない。 もし彼女がイッダに服しているなら、それが終わった後でなくてはいけない。 また他の男性がすでに求婚していてはいけない。求婚された人に求婚すること は禁止されているからである。婚姻の作法において、求婚は婚姻に先行する。

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そして神を称える言葉と、承認と承諾を合わせる。女性を結婚させる者は「神 に称賛あれ、神の使徒(預言者ムハンマド)に祝福あれ、私はあなたを私の娘 某と結婚させる」と言う。そして夫は「神に称賛あれ、神の使徒に祝福あれ、 私は彼女との婚姻を、この婚資(.sad¯aq)9 において承諾する」と言う。婚資は 決められた額で、少なくしておきなさい。求婚の前の、神を称える言葉も望ま しい。婚姻の作法において、夫のことは妻の耳に入れておくべきである。もし 彼女が処女なら、二人の一致のためにこれはより適切で、適当なことである。 このために、婚姻の前に彼女を見ること(na .zar)10 が好ましい。それは二人 の間を協調させるためにより適切だからである(I.hy¯a’ , Vol. 2, 58)。求婚者の 男性は、女性の後見人に求婚の意思を伝え、婚資を決めて、定められた方法で 婚姻契約を結ぶのである。  婚姻の作法において、婚姻の正当性の基礎となる二人の証人の他に、正しい 人々の集団が出席していなければならない。婚姻の作法において、婚姻の目的 が、スンナ(sunnah: 預言者ムハンマドの慣習)を実践すること、視線を避け ること、子供を求めることなどでなければならない。婚姻の目的は単なる快楽 ではいけない。それはその(婚姻の)行為を現世的な行為にする。しかし、こ のことは、(スンナの実践など)これらの意図が入ることを妨げない。真理の 多くは、快楽と一致する。それぞれの人が、魂の楽しみと、宗教の真理によっ て同時に動機付けられることは不可能ではない(I.hy¯a’ , Vol. 2, 58-59)。結婚は、 本来、預言者ムハンマドの慣習に従うことであり、また子供を手に入れること が目的であるが、それと同時に女性とたわむれる快楽が目的であっても構わな いのである。  次にガザーリーは、第一節「女性に婚姻障害がないこと」において、結婚す る女性は婚姻相手として合法(.hill)でなくてはならないと言う。そして「女 性に婚姻障害がないこと」を合法な結婚の際の女性の条件とし、十九の婚姻障 害(maw¯ani‘ al-nik¯a.h)、つまり結婚してはならない女性を挙げている(I.hy¯a’ , Vol. 2, 59-60)。 (1) 他の人と結婚している者。 (2) 前の夫と別れてイッダに服している者。つまり、(前夫の)死亡、離婚、 曖昧性を含む性交(wa.t‘ shubhah)11 、右手の所有の(m¯alik yam n)中で行わ れた性交によって妊娠していないことを確認している最中である(istibr¯a’)12 場合。

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(3) 不信仰の言葉を言うことによって、背教した者。

(4) マニ教徒(maj¯us yah)である者。

(5) 預言者や啓典に従わない偶像崇拝者(wathan yah)または無神論者(zandaq yah)

である者。これらの者には、合理的自由思想家(ib¯a .hah)も含まれる。彼女と の婚姻は合法ではない。邪教を信じる者はみな同様であり、その信条は不信仰 と判断される。

(6) 改宗後、または神の使徒の遣わされた後に信仰を宣言し、かつイスラエル

の子孫(ban¯u Isr¯a’ l)ではない啓典の民(kit¯ab yah)13

である場合、もしこれ ら二つの特質がなければ、彼女との婚姻は合法ではない。もし血筋だけが欠け ている(イスラエルではない)場合は(法学者の)意見が分かれている。 (7) 女奴隷(raq qah)である場合。これは、彼女と結婚する予定の人が自由人 (.hurr)であり、自由人の女と結婚することができる場合か、姦通を犯す恐れ がない場合である14 (8) 彼女の全体または一部が、彼女と結婚する予定の人の右手に所有されてい る場合15 (9) 夫となる人の近親者である場合16 。彼女が彼の尊属(a.sl)か、卑属(fa.sl) である場合、または彼の尊属の最初の卑属(fu .s¯ul awwal u .s¯uli-hi)である場合、 尊属の次の尊属それぞれの最初の卑属(awwal fa.sl min kull a.sl ba‘da-hu a.sl)の 場合である。尊属という語によって私が意味しているのは、母、祖母であり、 卑属とは、子供、孫であり、尊属の最初の卑属とは、兄弟と彼らの子供であり、 尊属の次の尊属それぞれの最初の卑属とは、父方のおばと母方のおばであり、 彼女たちの子供(いとこ)は除く。

(10) 授乳によって(婚姻が)禁止されている(mu.harramah bi-al-ri .d¯a‘)者17

前述の尊属、卑属の血縁関係で禁止されている者も授乳によって禁止されてい る。しかし、五回(以上)授乳された者は禁止されているが、それ以下なら禁 止されていない。 (11) 姻戚関係(mu.s¯aharah)によって(婚姻が)禁止されている者。彼女と結 婚する予定の人が、すでに彼女の娘か祖母(jaddah)18 と結婚している場合、 または以前に契約(‘aqd)によって、または契約に類似した行為(shubhah ‘aqd) によって彼女の娘、祖母を奴隷として所有していた場合、または契約に類似し た行為によって彼女たちと性交した(wa.ta’a)場合、契約によって、または 契約に類似した行為によって、彼女の母または祖母の一人と性交した場合であ

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る。ある女性と婚姻契約を結ぶとただちに(mujarrad al-‘aqd)、彼女の母と婚 姻障害が発生する。しかし、卑属(娘)と婚姻障害が発生するためには、性交 が行われる必要がある。彼の父または息子が、以前彼女と結婚していたことも 障害事由である。 (12) 彼女が五人目の妻となる場合。つまり、結婚しているか、取り消し可能 なイッダ(‘iddah al-raj‘ah)に服している妻が、四人いる場合である。もし彼 女が取り消し不能なイッダ(‘iddah bayn¯unah)に服しているなら五人目は禁止 されていない19 (13) 結婚する人が、彼女の姉妹20 、父方のおば(‘ammah)、母方のおば(kh¯alah) とすでに結婚しており、その婚姻によって、彼女とその姉妹、おばが共に妻に なる場合。二人の女性がいて、仮にその一人が男性で一人が女性と仮定した場 合、二人の間の婚姻が禁止されるとき、その二人の女性を共に妻にすることは できない。 (14) 彼が彼女に、三回、一方的離婚宣告をしている(.talaqa)場合21 。有効な 婚姻において、彼以外の夫が彼女と性交を行うまでは、彼女は彼にとって非合 法である。 (15) 彼が、彼女が姦通を犯したと呪詛した場合22 。この誓約の後は、彼女は永 遠に彼にとって非合法である。 (16) 彼女がメッカ大巡礼(.hajj)または小巡礼(‘umrah)23 によってイフラー ム状態(巡礼の際の禁忌の状態)にあるか、または彼がその状態にある場合24 それが完全に終了した後でなければ、彼は契約できない。 (17) 彼女が幼い場合。彼女が成人しなければ、婚姻は許されない25 (18) 彼女が孤児である場合。彼女が成人しなければ、婚姻は許されない。 (19) 彼女が、神の使徒の妻である場合。彼に先立たれた者であれ、彼が彼女 と寝た者であれ。というのは、彼女たちは信仰者の母だからである。これは、我々 の時代にはありえないことである。以上が婚姻障害である26  続いてガザーリーは、婚姻障害のない女性の中から、どのような女性を妻に すべきかについて第二章第二節「女性が持つべき性質」で述べているので、次 にそれを分析する。 第二章 結婚する予定の女性が持つべき性質  ガザーリーによれば、婚姻契約を永続化し、その意図を保証するために、女

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性が持つべき、結婚生活をよくする性質(khi .s¯al)は八つある。それは、宗教 心(d n)、性格(khulq)、美貌( .husn)、マフル(婚資)が安いこと(khaffah al-mahr)、子供を産むこと(wil¯adah)、処女性(bak¯arah)、よい血筋(nasab)、 近親者ではないことである。本稿の第二章では、「宗教心」から「マフルが安 いこと」までの子供を持つこととは無関係な女性の条件について明らかにする。 そして第三章で「子供を産むこと」から「近親者ではないこと」までの子供を 持つことに関係する女性の条件を分析する。  (1) 正しく宗教心を持っていること  彼女が正しく宗教心を持っていることは基本である。そのために配慮がなけ ればならない。もし彼女が自分自身と陰部を守ることにおいて宗教心が弱かっ たら、夫をみんなの前で見下し、ばかにするだろう。嫉妬によって彼の心を混 乱させ、そのため彼の生活は駄目になるだろう。もし彼が情熱と嫉妬の道を歩 むなら、不幸と試練が続くだろう。もし寛容の道を歩むなら、彼は宗教と名誉 に無関心になり、情熱と誇りが少なくなるだろう。もし彼女が、美しいが破滅 しているなら、彼女の試練は大きい。というのは、夫は彼女と別れることが難 しいからである。彼は、彼女に耐えることも、彼女を拒否することもできない。 これは以下の状況に似ている。ある人が神の使徒のところに来て、「使徒よ、 私には、つかんだ手を放さない妻がいます」と言うと、使徒は「離婚しなさい」 と言った。男が「彼女を愛しています」と言うと、使徒は「彼女をつかまえて いなさい」と言った。彼女をつかまえているように命令したのは、もし彼が離 婚したら、彼の魂が彼女を追い求め、彼も彼女と一緒に破滅することを恐れた からである。婚姻を続け、破滅を取り去る方が、心が苦悩するよりよいと考え たのである(I.hy¯a’ , Vol. 2, 60-61)。  もし彼女が、彼の財産その他を浪費することによって、宗教心が破滅してい たら、彼の生活は混乱し続けるだろう。もし彼が沈黙してそれを非難しないな ら、彼は罪に加わり、「おまえたち自身や家人たちを業火から守れ(コーラン 66章 6 節)27 」という神の言葉に背くことになる。もし彼が非難し、論争する なら、彼の人生は駄目になる。このため神の使徒は、宗教心を持つように駆り 立てることを強調して「女性はその財産、美しさ、高貴な血筋、宗教心によっ て婚姻の対象となる。あなたは宗教心を持つ者と(結婚)しなければならない。 あなたの手が汚れますように28 」と言った。他のハディースによると、「女性 の財産、美しさのために結婚する者は、彼女の財産と美しさを奪う。宗教心の

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ために結婚する者には、神が、彼女の財産、美しさを与えるだろう」、「美しさ のために女性と結婚するな。彼女の美しさは彼女を滅ぼすだろう。財産のため に結婚するな。彼女の財産は彼女を暴君にするだろう。宗教心のために結婚し なさい。」彼が、彼女の宗教心を強く勧めているのは、このような女性は(夫の) 宗教心を助けるからである。もし彼女に宗教心がなければ、彼女は宗教から離 れ、夫を混乱させるだろう(I.hy¯a’ , Vol. 2, 61)。  (2) 性格がよいこと  性格がよいことである。これは、心を空しくし、宗教の助けを求めることに おいて、重要な基本である。もし彼女が悪徳であり、毒舌で性格が悪く、恩恵 に感謝しないなら、彼女からは善よりも悪の方がより多く生じるだろう。妻の 言葉に耐えることは、聖者たちの試練であった。あるアラブ人が「‘ann ¯anah、 mann¯anah、.hann¯anah、.hidd¯aqah、barr¯aqah、shadd¯aqah という六種類の女性と は結婚するな」と言った。‘ann ¯anah とは、よく嘆き、文句を言い、いつも頭 を抱えている人である。病弱な者、病気のふりをする者との結婚によいことは ない。mann ¯anah とは、夫に親切にし、「私はあなたのためにこれをしてあげ た」と言う人である。.hann¯anah とは、他の夫やその子供に憧れている人である。 これも避けるべきである。.hidd¯aqah とは、何にでも視線を向け、それを欲しがり、 夫に買わせる人である。barr¯aqah には二種類ある。一つは、一日中顔を手入れし、 化粧によって顔が輝くように飾り立てる人である。もう一つは、食事の時、怒 り出す人である。彼女は一人でしか食べないし、何でも彼女の分は少ないと考 える。これをイエメンの言葉では女性と子供は食事に baraqa と言う。つまり、 食事の時、怒り出すということである。shadd¯aqah とは、おしゃべりで言葉が 多い人である。それについて、神の使徒は「神はおしゃべりな無駄話をする人 を嫌う」と言った(I.hy¯a’, Vol. 2, 61-62)。  「mukhtali‘ah、mub¯ar yah、‘¯ahirah、n¯ashiz という四種類の女性とは結婚するな」 と言われている。mukhtali‘ah とは、いつでも理由もなく離婚を求める人である。

mub ¯ar yahとは、他人と競い、現世的な生活手段を自慢する人である。‘¯ahirah

とは、罪深く、愛人や男友達がいることで知られている人である。n¯ashiz とは、 行為や言葉で夫を見下す人である。またアリー ‘Al (661 年没)29 は以下のよ うに言った。「男性の性質で悪いものが、女性の性質ではよいものとなる。そ れは吝嗇、高慢、臆病である。もし女性が吝嗇なら、彼女と夫の財産を保持す るだろう。もし高慢なら、疑わしい言葉をみんなに話すことを軽蔑するだろう。

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もし臆病なら、すべてのことを恐れ、夫が恐くて家から出られず、危ない場所 を恐れるだろう。」これらの言葉は、結婚において求められる性格のすべてを 示している(I.hy¯a’ , Vol. 2, 62)。  (3) 顔が美しいこと  顔が美しいことである。これもまた求められる。というのは、それによって 身の安全(ta .ha.s.sun)が生じるからである。一般的に、本性(.tab‘)は醜いもの には満足できないのである。なぜか、一般的に身体(khalq)の美しさと、性 格(khulq)の美しさは分離できない。我々は宗教心の勧めで、女性の美しさ のために結婚するなと言ったが、それは美への関心を妨げるものではない。む しろ宗教心が破滅しているのに、美しいだけで結婚することを妨げているので ある。一般的に美しさはそれ自体、婚姻において望ましく、宗教的なことを容 易にする。美しさの意味が示すことは、一般的に親しさと愛情は美しさによっ て生じるということなのである。イスラーム法は、親しさの要因を守ることを 課している。このため、(女性を)見ること(na .zar)が望ましいのである。彼 は言った。「もし神が、あなたたちの心に女性をもたらしたら、彼に彼女を見 させなさい。それは、二人の間を豊かにするために適切だからである。」つま り、皮の上に皮を、内皮の上に外皮を重ねるように、二人を親しくさせるため に、ということである。彼は親しさを強調するために、このように言ったので ある(I.hy¯a’ , Vol. 2, 62)。このようにガザーリーは、親しい夫婦関係を築くた めに、男性は結婚前に女性を見る必要があると述べ、さらに性格と容貌の美し さについて調査しておく重要性についても説いている。  またガザーリーによれば、容貌の美しさには、性的な魅力も含まれている。 ガザーリーは、夫婦の性的関係を重視しており、「婚姻作法の書」の中で性的 快楽についてしばしば述べているが、この箇所でも妻の役割として以下のよう に論じているのである。  もし女性が美しく、性格がよく、瞳と髪が黒く、目が大きく、色が白く、夫 を愛し、夫だけを見ているなら、彼女は、つぶらな瞳の美女(.h¯ur)30 そのも ののイメージである。というのは、神は天国の女性について、「見目うるわし い乙女たち(コーラン 55 章 70 節)」という言葉で描写しているからである。「見 目うるわしい」とは性格がよいということである。そして、「伏し目がちの乙 女たち(コーラン 37 章 48 節 ; 55 章 56 節)」、「同じ年ごろのかわいい乙女(コー ラン 56 章 37 節)」という言葉で描写しているからである。「かわいい」とは、

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夫を愛していて、性的関係を求め、喜びを完成させるということである。.h¯ur とは、色が白いことであり、.hawr¯a’ とは、非常に白目と黒目がはっきりしてい て、髪と瞳が黒くて、目が大きいことである。神の使徒は言った。「あなたた ちのうちよい女性とは、夫が彼女を見れば夫を喜ばせ、彼女に命令すれば従い、 夫がいないときは、自分自身と夫の財産を守る者である。」彼女が夫を愛して いれば、妻を見ることによって夫は喜ぶはずである(I.hy¯a’ , Vol. 2, 64)。ガザー リーによれば、美しい女性とは夫だけを愛している天国の美女のイメージであ り、そのような女性であれば結婚後の性的関係がうまくいくと考えられている。 (4)マフルが少ないこと  マフル(mahr: 婚資)が少ないことである。神の使徒は言った。「よい女性とは、 顔が美しく、マフルが安い者である。」彼は余分なマフルを禁止した。神の使 徒は、十ディルハム (イスラーム銀貨)と、粉ひき器、水差し、やしの繊維が つまった皮の枕などの家庭用品で、何人かの女性と結婚した。そしてある女性 とは、二ムッド31 の大麦で、またある女性とは、二ムッドのなつめやしとおか ゆで披露宴を開いた。ウマルも余分な婚資(.sad¯aq)を禁止し、「神の使徒は、 四百ディルハム以上で自分も結婚しなかったし、娘も結婚させなかった」と言っ た。もし女性に対する余分なマフルがすばらしいことなら、神の使徒がすでに それをやっていたはずである。神の使徒の教友たちのある者たちは、五ディル ハムの価値を持つ、なつめやしの種の重さの金で結婚させた。ハディースにお いて、「女性の祝福とは、早く結婚し、早く子供を産み、マフルが少ないこと である。」そしてまた「彼女たちのうち最も祝福を受けている者は、マフルが 最も少ない者である。」女性の側で余分なマフルをもらうことが忌避されるよ うに、男性の側でも彼女の財産について尋ねることは忌避される。財産目当て で結婚してはならない(I.hy¯a’ , Vol. 2, 64-65)。  このように、性格も容貌も美しく、マフルの少ない女性が理想とされている。 第三章 子供を持つことを想定した場合に女性に求められる条件  以上の諸条件に続いて、夫が将来、妻との間に子供を持つことを想定した条 件が述べられている。  (5) 子供を産むこと  女性が子供を産むことである。もしあなたが、彼女が不妊だと知ったら、彼 女との結婚はやめなさい。神の使徒は「子供を産む、愛情がある人と結婚しな

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さい」と言った。もし彼女に夫がなく、彼女の状態が分からないなら、彼女の 健康と若さを観察しなさい。もし彼女がこれら二つを持っていれば、大体にお いて、彼女は子供を産むだろう(I.hy¯a’ , Vol. 2, 65)。

 (6) 処女であること

 彼女が処女であることである。神の使徒は、非処女と結婚したジャービル J¯abir ibn ‘Abd All ¯ah(697 年没)32

に、「なぜ処女ではないのか。おまえも、彼 女も戯れることができたのに33 」と言った。処女性には三つの利点がある。第 一に、彼女は夫を愛し、親しみを持つ。これは愛情の意味に影響を持つ。神の 使徒は「愛情がある人と結婚しなさい」と言った。本性は生まれつき、最初に 慣れ親しんだ人に愛情を持つのである。男性を知っている女性は、慣れ親しん だものと違う性質には満足できず、夫を嫌う。第二に、それは夫の妻に対する 愛情を完全化する。というのは、本性は夫以外の人が触れた女性を避けるから である。これは、何と言われようと、本性には耐えられない。ある本性は、よ り激しく拒絶する。第三に、彼女は最初の夫しか望まない。一般に、最も完全 な愛は最初の恋人と共にある(I.hy¯a’ , Vol. 2, 65-66)。  (7) 血筋がよいこと  彼女の血筋がよいことである。つまり、宗教的で正しい家の者であることで ある。というのは、彼女が娘や息子を育てるからである。もし彼女が教育を受 けていないなら、上手に教育やしつけができない。このため神の使徒は「緑色の 堆肥に気をつけなさい」と言った。「緑色の堆肥とは何ですか?」と尋ねられると、 「悪い家柄の、美しい女性である」と言った。そして「おまえたちの精子のため によく選びなさい。子孫はその傾向を持つ」と言った(I.hy¯a’ , Vol. 2, 66)。  (8) 近親者ではないこと  彼女が近親者ではないことである。というのは、それは欲望を減らすからで ある。神の使徒は言った。「近親者と結婚してはいけない。やせた子供が生ま れるから。」つまり弱い子供である。これは欲望の弱さの影響による。という のは、見たり触ったりすることで、感覚的な力によって欲望は引き起こされる が、感覚は新しい見知らぬものに対して強まるからである。いつも見ている見 慣れたものは、感覚がそれを十分知覚し、その影響を受けることを弱める。欲 望はそれによっては引き起こされない(I.hy¯a’ , Vol. 2, 66)。  以上が、女性に望まれる八つの性質である。ガザーリーは前半の四つの性質、 つまり女性の宗教心、性格、顔の美しさ、婚資の説明に多くの分量を割いており、

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これらの要素を重視しているようである34 。後半の四つの性質である「子供を 産むこと」に関する記述は少ないといえる。しかし、強固な家父長制を敷く イスラーム社会において一番重要なのは、特に六番目に挙げられている処女性 だと思われるので、詳しく述べたい。西暦六世紀のアラビアは、中東の中でも 父系の家父長制的婚姻が唯一の合法的婚姻形態として確立していない最後の地 域であり、預言者ムハンマド誕生当時のアラビア地方は、一妻多夫、複婚、母 系の妻方居住婚など多様な婚姻形態が存在した。イスラームが確立し、父系の 家父長制的婚姻が唯一の合法的婚姻形態として制度化される(アハメド 2000, 57-58)。  家父長制社会、つまり男性血縁に基づく大家族制においては、あらゆる権限 が家長に集中し、女性は子供という労働資産を多く産み育てることが期待され た。また、子供の父親を確定し、父方の純血を守る方策として、家族全体の名 誉が女性の貞操に収斂し、社会秩序を維持するために女性は管理されるように なっていった(飯塚 1996, 260-261)。実際、女性の隔離はつねに、女性の尊厳 と名誉を守るという理由で正当化されてきたといえる。地中海世界や中東におい て女性の名誉は男性の親族と家全体の名誉の象徴だったからである35 。このため、 隠さなければならない恥部、つまりアウラ(‘awrah)の概念が、女性の身体全 体をあらわす言葉として使われるようになった(マルクス 1995, 321-322)。そ してムハンマドの死後、ヴェール着用と女性隔離36 がイスラーム共同体全体に 広がっていった。  家父長制においては、家長をはじめとする男性たち(父親や兄弟)によって、 娘は姦通を犯さず、結婚まで純潔を守るように監視されることになる。女性の 純潔が厳格に求められるのは、まさに法的に正当な嫡子を得るためであり、そ のために父親や父系血族は後見人として処女女性を強制的に結婚させる「婚姻 強制権」を持っている。後見人は結婚が成立するまで女性を保護する義務を負 うが、この「保護」とは女性の意思や人格を保護するというものではなく、女 性の「血族が不名誉を被るのを防ぐために」という保護である。結婚において 重要視されることは、双方の家族が社会的にも経済的にも釣り合った家族であ ることで、さらに篤信家であることが喜ばれる条件となる(塩尻・池田 2004, 155)。  現在では女性の意志を尊重した恋愛結婚も増えてきてはいるが、男女相互の 自由な意思による結婚であっても、ムスリムの結婚は男性と女性の父系後見人

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とのあいだで結ばれる契約によってのみ成立する(塩尻・池田 2004, 155)。男 女の分離が奨励され、性道徳が厳格に守られるイスラーム世界では、若い男女 の交際も規制される。最近ではカイロなどの大都市圏の若者が恋人と手をつな いで仲良く歩く姿を見かけるようになったが、彼らにとっても、自宅の周辺で は決して自由にならない。ムスリムの家庭では女児が生まれると、彼女の両親 は娘が結婚する日まで彼女の純潔を守る義務を負うことになる(塩尻・池田  2004, 16037  ガザーリーは本稿第一章で見たように、婚姻契約の要件として「後見人(父 親)の許可、もし不在なら、裁判官の許可」とし、また「成年の非処女であっ ても、成年の処女であっても、父親と祖父以外の者によって結婚させられる女 性の場合はその同意」としており、父親によって結婚させられる場合には、娘 の同意はなくてもよいのである。現在でも、オマーンのマスカット郊外の村ハ ムラにおける聞き取り調査において、ある女性はいとこと結婚する予定であり、 恋愛結婚は考えられないということだった38 。しかし現代のウラマー、カラダー ウィーは、女性の同意も必要であり、娘にも相手を選択する権利があるとして 「結婚の決定をする権利が娘にはある。父親や後見人は彼女の異議を無視した り望みに反対したりすることは許されない( .Hal¯al, 158)」と述べている39 。ま たイスラーム法を施行しているイランでは、自由恋愛による結婚が増加してお り、親の反対を押し切って結婚する娘もいるという40  娘の同意が必要か否かについてはウラマーおよび世論を二分する問題である41 近代以前においては古典のイスラーム法に則って、結婚の際には父親の同意が 必要なのであり、娘の同意は必要ないと考えられていたが、現在では、地域に よってさまざまな状況がみられるといえよう。ただイスラーム法においては、 原則として娘の後見人(多くの場合は父親)が娘の結婚相手を決めるのであり、 娘には口出しはできないということになる。父親と夫となる男性との合意によ り、娘の意見はほとんど聞き入れられないうちに結婚が決められてしまう42  イスラーム法における婚姻のプロセスをまとめると以下のようになる。   後見人(父親)によって守られる娘の純潔  →後見人と夫となる男性による婚姻契約  →結婚後の合法的な性的関係  →他の男性ではない夫の子供の誕生  このように、婚姻契約まで後見人に監視されながら純潔を守った女性との性

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的関係が非常に重要なのである。 結論  ガザーリーは、「婚姻作法の書」第二章において、結婚する女性の条件として、 女性の婚姻障害と、女性が持つべきさまざまな性質について詳細に述べている。 ガザーリーが列挙した女性に求められている条件を「父親が正当な嫡子を得る こと」という観点から分析したい。男性血縁に基づく家父長制の中で重要なの は、父親の法的に正当な嫡子を得ることだからである。最も優先されるのは、 ガザーリーはあまり大きく取り上げていないが、第六番目に挙げられている女 性の純潔であろう。ガザーリーは理想の女性の条件である処女性について、最 初の恋人が一番だからであるという理由を挙げているが、夫が確実に他の男性 ではなく、自分の子供を手に入れるためであるという根本的な理由を言ってい ないのは、なぜなのだろう。自明のことだからなのかもしれないが、家父長制 に基づく父親優位の婚姻論を隠すためなのかもしれない43 。いずれにせよ、父 親に監視され、結婚まで純潔を守ってきた女性は、結婚後は夫によって監視さ れ、できるだけ家の中にいなければならない。こうして、生まれてくる子供は、 他の男性ではなく夫自身の子供であると確信できるのである。もちろん、男性 の立場によって優先される女性の条件は違ってくる。異なる観点から見た、ガ ザーリーの挙げた女性が持つべき性質の分析については、今後の課題としたい。 (東京大学大学院人文社会系研究科助教・駒澤大学仏教学部非常勤講師)  *本稿は、平成二一年度科学研究費補助金(若手研究 (B))課題番号 21720022および平成二一年度財団法人三島海雲記念財団学術研究奨励金によ る研究成果の一部である。 参考文献 Primary Sources

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1 『宗教諸学の再興』全四十書の抄訳は、Karim 2006 参照。なおガザーリーの『幸福の

錬金術(K miy¯a-yi Sa‘¯adah)』は『宗教諸学の再興』(アラビア語)のペルシア語版 の要約である。『幸福の錬金術』の翻訳は、Crook 2005 参照。

2 I .hy¯a’, Vol. 2, 34-95. この書の翻訳は、Farah 1984; Bercher and Bousquet 1989; Bauer 1917; 青柳 2003 参照。

3 カラダーウィーは現在、ヨーロッパ・ファトワー(イスラーム法学者の回答)調査協

議会(the European Council for Fatwa and Research)会長、国際ムスリム・ウラマー 連盟(the International Association of Muslim Scholars)会長を務めている。彼はアメ リカでも日本でも、「穏健派」イスラーム主義者として取り上げられることが多い。 アズハル機構のタンターウィー総長に代表される国家権力への近接性によって重要視 される存在とも、「イスラーム集団」のイデオローグであるウマル・アブドゥッラフマー ンのように過激な反政府的言辞によって注目される存在とも異なり、「穏健派」とさ れるムスリム同胞団の代表的イデオローグである。ベストセラーの宗教書を次々に表 わし、頻繁にテレビ出演をすることにより、大衆的な人気と知名度を持っている(池 内 2002 b, 87)。現在最も人気があり影響力を持つ、イスラーム系のファトワー提供ウェ ブサイト、イスラーム・オンライン(英語版 http://www.islamonline.net/English/index. shtml; アラビア語版 http://www.islamonline.net/Arabic/index.shtml)の中心的人物でも ある(大川 2007, 34)。またアラビア語の公式ウェブサイト(http://www.qaradawi.net) を公開しており、そこではカラダーウィーの著作および講演のほとんどが掲載されて いる。なおカラダーウィーの現代の諸問題に対するイスラーム的解決における、女性 の地位に関する議論については、池内 2002 a, 97-98 参照。 4 ガザーリーの婚姻論をスーフィズムの視点から分析したものは青柳 2005 a; Aoyagi 2005、スーフィズムの思想史にガザーリーのセクシュアリティー思想を位置づけたも

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のは青柳 2005 b; 青柳 2007 a; Aoyagi 2006、ガザーリーの婚姻論における妻と子供の 役割については青柳 2007 b、ガザーリーとカラダーウィーにおける女性問題と家族計 画に関する比較については青柳 2008 a、ガザーリーにおける二つの欲望の意義と比較 については、青柳 2008 b 参照。 5 古典のイスラーム家族法については柳橋 2001 参照。現代のエジプト、シリア、チュ ニジア等の身分関係法については、眞田・松村 2000 参照。 6 一般的には父親が後見人となる。なお、婚姻契約の箇所の訳については、柳橋博之先 生(東京大学大学院人文社会系研究科准教授)にご教示いただいた。感謝申し上げる。 7 求婚は原則として、男性から女性の後見人に対して行われることになる。求婚につい ては、柳橋 2001, 16-28 参照。 8 待婚期間とは、婚姻が解消された後、第一に父性の推定の混乱を防ぐ目的で、妻が再 婚を禁止される期間を指す。「定めの時期に達するまでは、婚姻の取り決めをしては ならない。(コーラン 2 章 235 節)」が啓示上の最大の根拠である(柳橋 2001, 279)。 離婚の待婚期間と死亡の待婚期間に大きく二つに分けられる。離婚の待婚期間は「離 婚された女は、そのまま三回の充血を待たなければならない(コーラン 2 章 228 節)」 に基づき、ハナフィー派とハンバル派は三回目の月経が収束した時点で待婚期間が 満了すると唱え、マーリク派とシャーフィイー派は月経の休止期間と解する(柳橋 2001, 284-285)。 9 イスラーム以前には、妻を得る代価として夫から妻の後見人(父や兄弟)に支払われ るマフル(婚資)と、妻自身に与えられるサダークが区別されていたが、イスラーム 法においては、マフルとサダークは全く同義であって、夫から妻に支払われるべきで あるとされている(柳橋 2001, 178)。 10 男性は、求婚の前または後に、相手の女性の体の一部を見ることができる。また求婚 を受けた女性も相手の男性を見ることができる(柳橋 2001, 18-24)。 11 本来、有効な婚姻で結ばれた、または所有・被所有の関係にある男女間の性交だけが 合法であり、その他の性交は違法であって姦通罪を構成する。しかし、姦通罪に科せ られるハッド刑がきわめて重いため、できる限り姦通罪の成立を妨げる目的で草案さ れたのが曖昧性の法理(shubhah)である。曖昧性の法理は、無効な婚姻内において 性交が行われたり、婚姻外で性交が行われたり、あるいは有効な婚姻内で違法な性交 が行われた場合に対して適用される(柳橋 2001, 159-162)。 12 イスティブラー(istibr ¯a’)とは、女奴隷が妊娠していないことの確認。所有者が女 奴隷の所有権を譲渡したり解放したり、婚姻を締結した場合、父性の推定の混乱を防 ぐ目的で、女奴隷は性交を禁止される。イスティブラーの完了に伴い、所有権譲渡の 場合には女奴隷とその新所有者、婚姻成立の場合には女奴隷とその夫との間の性交は 合法化され、解放の場合には女奴隷は結婚することができるようになる(柳橋 2001, 718-719)。既婚の女奴隷が離婚した場合、もはやイスティブラーではなく、イッダの 問題となる。

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13 啓典の民(ahl al-kit¯ab; kit¯ab )とは、キリスト教徒、ユダヤ教徒、サービア教徒を指す。 ムスリム男性はムスリム女性または啓典の民の女性と結婚できるが、ムスリム女性は ムスリム男性としか結婚できない。 14 自由人男性が、他人の女奴隷と結婚する場合。「おまえたちのうち、財産の点で信仰 ある自由人の女を娶ることができない者は、右手が所有する信仰ある女奴隷の中から 娶れ。・・・これは、とくに姦通を心配する者のために設けたものである(コーラン 4 章 25 節)。」自由人と奴隷の間の婚姻については、柳橋 2001, 138-142 参照。 15 女性が婚姻相手の所有する奴隷である場合。男性が奴隷で女性が自由人でも、あるい はその逆の場合でも、自由人がその所有する奴隷と結婚できないことについては異論 はない。所有から生ずる権利義務関係と、婚姻から生ずる権利義務関係は相容れない ので、奴隷とその所有者の間には婚姻は成立し得ない(柳橋 2001, 138)。 16 「おまえたちが禁じられているのは、自分の母、娘、姉妹、父方のおばに母方のおば、 兄弟の娘に姉妹の娘、乳母、乳姉妹、妻の母、おまえたちが床入りした女の連れ娘で、 おまえたちが引き取っている養女。ただしもしおまえたちがその女との床入りを完了 していないなら罪はない。それに、自分の腰から出た息子の配偶者(コーラン 4 章 23 節)。」 17 コーラン 4 章 23 節に基づき、乳母自身と乳姉妹の場合。

18 ハラビー版、ベイルート版でも jaddah となっているが、アズハル版(al-Azhar yah,

1884-1885)では孫娘となっている(Farah 1984, 154, n.13)。この版の原典確認はでき なかった。

19 離婚は、取り消し可能な離婚(al-.tal¯aq al-raj‘ )と、取り消し不能な離婚(al-.tal¯aq al-bl ¯a’in)とに分類される。取り消し可能な離婚では、一方的離婚の宣言を二度まで行っ てもまだ離婚の取り消しの余地があるとされている(柳橋 2001, 270)。取り消し不能 な離婚は、待婚期間が満了する前に三回の離婚が成立した場合が典型的である(柳橋 2001, 276)。取り消し可能なイッダの場合は再婚できるが、取り消し不能なイッダの 場合は再婚できない。 20 「姉と妹を同時に娶ることも禁じられている(コーラン 4 章 23 節)。」いずれの学派も、 「姉と妹」という言葉を拡大解釈して、二人の女性がおばと姪の関係ならば、この二 人と同時に結婚することはできない(柳橋 2001, 134)。おばとの婚姻を禁じるハディー スについては、ブハーリー 1993-1994, 中巻 , 723「婚姻の書」28(2) (3) 参照。 21 一方的離婚は夫に固有の権利であり、「おまえは離婚された」などの言葉を三回唱え ると離婚が成立する。復縁するためには、妻がいったん他の男性と有効な婚姻内で床 入りを完了する必要がある(柳橋 2001, 338-340)。離婚については、「婚姻作法の書」 第三章「第十二の規則」でも論じられている。 22 呪詛の審判とは、夫の側から言えば、その立証はできないものの、妻の姦通を目撃ま たは確信している夫が、姦通中傷罪に問われることなく妻が姦通したことを主張する こと、または妻が懐胎または出産した子と自分の間の親子関係を否認すること、ある

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いはその両方を可能にする手続きである。呪詛の完了の一つの効果として、婚姻は解 消されるが、もう一つの効果として、ハナフィー派以外の三学派は、両者の間には永 久的婚姻障害が発生すると説く(柳橋 2001, 130)。呪詛に関する章句は、コーラン 24 章 6-9 節参照。 23 大巡礼は巡礼月八日から十日の間に、定められた方法で行わなければならない。それ 以外の期間に行うメッカ巡礼を小巡礼(ウムラ)という。 24 巡礼者はメッカの聖域に入る前に、清浄の状態を保つイフラームの状態に移行しなけ ればならない。「イフラーム状態にある者が結婚したり、婚姻を締結してもらったり、 求婚したりすることはできない。(ムスリム 1987, 二巻 , 447)」を引用して、ハナフィー 派以外の三学派は、夫や妻になろうとする者のうちのいずれかがイフラーム状態にあ る場合には、婚姻は無効であるとしている(柳橋 2001, 142-143)。 25成人者と未成人者の区別に関して、マーリク派の説明では、ハディースによれば、預 言者は九歳か十歳であったアーイシャと床入りを行った。ここから女子は十才程度に して性交を行うのに適当な年齢に達したとみなされる(柳橋 2001, 62)。 26以上のガザーリーの挙げた婚姻障害は、奴隷との結婚等を除けば、現代の婚姻におい てもほぼ当てはまる。たとえば、カラダーウィーの『イスラームにおける合法と非合 法(al-.Hal¯al wa-al-.Har¯am f al-Isl¯am)』(この書の翻訳は、Hammad 1999 参照。また 日本語の抄訳はアルカラダーウィー 2005; アルカラダーウィー 2006 参照)の第三章 「婚姻と家庭生活における合法と非合法(al-.Hal¯al wa-al-.Har¯am f al-Zaw¯aj wa-.Hal¯at

al-Usrah)」には「結婚が禁止されている女性」として、まず父親の妻、母親、祖母、 娘、孫、姉妹、義理の姉妹、父方のおば、母方のおば、姪といった近親者が挙げられ ている。その理由としては、(1)このような近い関係で性的な思考をすることは人間 の本性に対し、本能的に忌まわしいものである。(2)家族は親密であるべきだが、近 親相姦はイスラーム法が禁じている。(3)家族の外に女性を探しに行くことがイスラー ム法の意図である。また家族愛は永続すべきなのに、結婚したら愛情が壊れる。(4) 近親婚の子供は病弱だからだという。さらに養育(授乳)の理由によって禁じられて いるとして、乳母、乳姉妹が挙げられている。義理の母、義理の娘、義理の娘(嫁) といった親義理の関係の女性も禁止されており、姉妹を同時に妻にすること、既婚女 性、待婚期間中の女性、多神教徒の女性、売春婦との結婚も禁止されている( .Hal¯al, 158-168)。 27コーランの和訳については、藤本・伴・池田 1979 を参照した。 28 ブハーリー 1993-1994, 中巻 , 717「婚姻の書」16(3); ムスリム 1987, 第二巻 , 501. ム スリムの該当箇所の訳によると、「あなたの手がほこりだらけになりますように」と は「がんばりなさい」という意味。 29第四代正統カリフ(在位 656 年∼ 661 年)、シーア派の初代イマーム。預言者ムハン マドのいとこであり、預言者の娘ファーティマと結婚した。スィッフィーンの戦いで、 ムアーウィヤの和平提案を受け入れたため、ハワーリジュ派に暗殺された。アリーを

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支持した人々が、シーア派の母体となった。 30 天国で褒美として与えられる乙女のこと。「天幕の中には、つぶらな瞳の美女たちが ひそんでいる(コーラン 55 章 72 節)」参照。 31 質量の測定単位で、1 ムッド= 337 ディルハム= 1.053 リットル。時代、地域によっ て異なる。 32預言者ムハンマドの教友。父親と共に初期の段階でイスラームに入信したアンサール。 ムハンマドのハディース伝承者として有名。 33 ブハーリー 1993-1994, 中巻 , 714「婚姻の書」10 (1) (2); ムスリム 1987, 第二巻 , 501. 34カラダーウィーは『イスラームにおける合法と非合法』において、理想の女性像をガ ザーリーのように列挙していない。結婚する予定の女性が持つべき性質は、合法と非 合法に関係しないからだろう。たとえば、婚資が多い女性との結婚は非合法というわ けではないので、カラダーウィーの著書の関心、主題とずれているのである。もちろん、 ガザーリーの「婚姻作法の書」は現在でも読まれているし、女性の条件は今も昔もあ まり変わらないので、繰り返す必要もないのだろう。 35 もし純潔を失った場合、または疑われた場合、家族の名誉を守るために女性の家族に よって女性が殺されてしまうこともある。これを名誉殺人という。なお、イスラーム の女性問題についてはホセイニー 2004 参照。この巻末には、詳細な文献リストがある。 36女性の問題にかぎっていえば、現代イスラーム運動とはこの(ムスリム女性は西洋と は異なるイスラーム固有の価値観に従っていきなくてはならないという)思想的枠組 みに立って、女性の西洋化(堕落)を拒否する運動にほかならない。それはかつてヨー ロッパが激しく攻撃した伝統イスラーム思想の構成要素、一夫多妻や男性による一方 的離婚権を擁護する一方、女性にヴェールをかぶせ、あるいは公共の場を男女別々と することで、社会の道徳的廃頽を防ごうとしている。彼らにとって女性と家族はイス ラームの本質にかかわる問題である(飯塚 2008, 68-69)。 37カラダーウィーは、『イスラームにおける合法と非合法』において娘の純潔について は触れていない。ただし、女性のヴェール着用、隠すべき女性の身体の部分(アウラ) の議論、男女隔離など結婚前に間違いが起きないようにするための方策については詳 細に述べられている( .Hal¯al , 134-140)。 38筆者は、近藤洋平氏(在オマーン日本国大使館専門調査員)のハムラにおける女性ム スリムの聞き取り調査(2008 年 12 月 25 日)に同行させていただいた。感謝申し上げる。 39またカラダーウィーは、働く必要のある女性が服装に気をつければ外で働くことを認 めており、女性は家にこもるべきだとし、女性隔離を説くガザーリーとは異なる見解 を述べている(青柳 2008 a 参照)。それに対し、サイイド・クトゥブ Sayyid Qu.tb(1966 年没)の弟であるムハンマド・クトゥブ Mu .hammad Qu.tb(1918 年∼)は、『現代の 思想諸学派(Madh ¯ahib Fikr yah Mu‘ ¯asirah)』において、男女共学や女性の労働に 反対する保守的な女性観を説いている。ムハンマド・クトゥブについては西野正巳氏 (防衛省防衛研究所教官)にご教示いただいた。感謝申し上げる。現代のムスリム思

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想家の女性観、性愛観については今後の課題である。 40イラン人留学生のバフマン・ザキプール氏(東京大学大学院人文社会系研究科研究生) のご教示による。感謝申し上げる。 41シリア・アラブ共和国身分関係法第一篇第二〇条によれば、「十七歳の婚姻適齢に達 した女が婚姻の意思を有するときは、裁判官は・・・当該の女の後見人にその意見を 求めるものとする。後見人がその婚姻になんらの意義を申し立てなかったとき・・・ 裁判官は、その婚姻を許可することができる(真田・松村 2000, 154)。」一方、チュ ニジア共和国身分関係法第一篇第三条によれば、「婚姻は、婚姻当事者の合意によっ てのみ成立する(真田・松村 2000, 280)。」なお、本法第十八条第一項は一夫多妻を 禁止した画期的なものである。 42 もちろん後見人は、夫となる男性の性質を見極める必要がある。ガザーリーは「婚姻 作法の書」第二章で、妻に求められる条件の次に、夫に求められる条件についても簡 潔に述べている。後見人は、夫の性質も監視し、自分の娘のことも考えなければなら ない。性格も容姿も悪く、宗教心が弱く、彼女の権利を守れず、彼女と家柄が等しく ない男性と結婚させないために。神の使徒は言った。「婚姻は奴隷状態(riqq)である。 あなたたちは、娘をどこにゆだねるのか注意しなさい。」彼女の代わりに警戒するの は最も重要である。というのは、彼女は婚姻によって奴隷になり、避難する場所もな いが、夫はいつでも離婚できるからである。娘を不正者、偽善者、異端者、飲酒者と 結婚させる者はみな、宗教において罪を犯し、神の怒りにさらされている。肉親関係 を絶ち、悪い選択をしたからである。ある男性がハサン .Hasan(670 年没)(第四代正 統カリフのアリーと、預言者ムハンマドの娘ファーティマの息子。シーア派第二代イ マーム)に言った。「多くの人が私の娘に求婚しています。誰と結婚させるべきでしょ うか?」彼は言った。「神を恐れる者。というのは、もし彼が彼女を愛していれば、 彼女に優しくするし、彼女のことが嫌いでも、不正なことはしないからである。」神 の使徒は「娘を偽善者と結婚させた者は、彼女との肉親関係を絶ったことになる」と 言った(I .hy¯a’, Vol. 2, 66-67)。

43ガザーリーは、「婚姻作法の書」第三章でも、女性隔離の理由について「夫の嫉妬を

防ぐため」としか述べていない(I .hy¯a’, Vol. 2, 73-75)。本来の理由は男女を別々に分 けることにより、姦通を防ぐことなのだが。

参照

関連したドキュメント

Hellwig は異なる見解を主張した。Hellwig によると、同条にいう「持参

なお︑本稿では︑これらの立法論について具体的に検討するまでには至らなかった︒

1.はじめに

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「他の条文における骨折・脱臼の回復についてもこれに準ずる」とある

福岡市新青果市場は九州の青果物流拠点を期待されている.図 4