木 場 猛 夫
序一本書の成り立ちと本稿の問題
『形而上学の夢によって解明された視飾者の夢」と題するこの論文は,1766年の初めに 著者名なしにケーニヒスベルクで刊行された(1)。カントの著作としては,この特殊な事情 や論文題目からしても察せられるように,他のものとは特異な基調とニュアンスをもち,
それまで著された論文のうちで最も幻想的であろうといわれている(2)。それは本書の成り 立ちに基づく。そのきっかけは視霊感スヴェーデンボリの出現である。カント自身の叙述 によると(3)スヴェーデンボリは,当時ストックホルムに住み官職を持たず,かなり大きな 資産をもつ紳士であった。そしてすでに20年以上も前から精霊や死者の魂と極めて親密な 交際をし,あの世からの消息を取り寄せそれに対して彼らにはこの世からの消息を分け与 えるのである。彼はこれらの視霊に関して『神秘な天体』(8巻)という大部の書物を書い ている。しかも彼は詐欺や大法螺の様子は少しももたず「すべての夢想家中の最高の夢想 家」 (S.354)で多くの視霊の事例をもっている。これに対してカントは,友人であり聴 講者でもある一士官から「不思議な事件」(4)を知らされ,「この報道は信ずるに価するも のなので私はびっくりしました」(5)としてその理由を述べ,霊について頭から排斥してし まう愚におち入らぬように詳細な調査を依頼したことを,1763年8月10日付けのシヤルロ
ッテ・フォン・クノーフ。ロッホ嬢宛の長い手紙(6)の中で語っている。ここではオランダ公 使の未亡人(7)ハルテヴィレ夫人が亡夫の未払金を催促されたのに対して領収証のありかを
スヴェーデンボリを通して聴き出す事件,1756年(8)のストックホルムのズユーデルマルム の大火の様子を50哩余りも距っているイギリスのゴーテンブルクで細かに告げる事件等が ながながと述べられ「私はこの不思議な人物に自分で質聞出来たらと非常に望んでいま す」と言っている。そして実際スヴェーデンボリがロンドンで出版したといわれる著書を 待ちこがれており印刷が終ったら直ちに入手出来るよう万端の手はずをしている旨も伝え
ている。
このようにみてくるとスヴェーデンボリの出現はカント自身にとって驚異であったばか りでなく,それに対して大いなる関心を寄せていることは確かである。ところが一方では この視霊者及びその視霊術についてカントの考えを聴こうとする「既知及び未知の友人た ちの猛烈な懇請」 (S.318)があった。1766年4月8日モーゼスメンデルスゾーン宛の手 紙によると(g),実は最初好奇心に駆られてスヴェーデンボリに面識ある人々に彼の幻覚に ついて問い合わせ,彼の著書も取り寄せたりしたため,彼のことに多少語り得ることが世 間に分ってしまったので,この珍らしい話を吐き出してしまう迄は質問攻めに合うだろう
と記して外部からの圧力を覚悟している。これはやがてカントにとって重圧となり,その 不本意のために一種の嫌悪をすら感じる。ここには,経験の:地平にあってその現象の根拠
を理性に求めようとする哲学者の学則的限界からくる苛立ちもあったかも知れない。「物 好きで暇な友人たちからの聞い合わせや強要によって押しつけられた,私には有り難くな
い素材を私は取り扱ってきた」(S.367)とカントは珍らしく吐き棄てるような言い方をし ている。「大部の著作が買い込まれ,しかしもっと悪いことには読まれもした」(S.318)。
しかし「その努力は無駄となってはならないであろう」(ibid.)。そのために本書は・書か れた。この様にカント自身,確かに最初は視二者に関心と興味をもていたにもかかわら ず,それに対する論評の発表については強請によるものとして不本意なことを端的に述 べ,本書の成立に関しては無理矢理に書かされたという極めて消極的理由しか存在しない かの様な印象をすら読書に与えるのである。さらに本書の成果についても,暇な友人たち の問い合わせに不本意乍ら答えるという「この軽挙に,私は私の努力を従わせたが,私は 同時にその期待を裏切って,好奇心のあるものに対しては報知により,研究者には理性的 根拠によって,.いずれに対しても満足するまでに何かをなしとげなかった」 (S.367)と
いうのである。
しかしこの否定的民心と成果のうらに,カント本来の肯定的,積極的理由と野心がひそ んでいる。「もしこの仕事を生かすべき他の意図がなかったら,私は自分の時間を空費し たのである。私は読者の信頼も失った……,しかし私は実際には一つの目的を念頭におい ていた,そしてその目的の方が,私の申し立てを目的よりも私には一層重要だと思われ,
そしてこれを達成したと私は思っている」 (ibid)。ではカントが念頭において本来の,
しかも達成したと思っている目的とは何か。それはスヴェーデンボリによって関心をうな がされた霊界,現象界とは別な「見えない世界」に対する哲学の規定であるといえよう。
つまり「形而上学は人間の理性の限界に関する学である」 (S.368)という規定である。
ロ
これは従来の学校形而上学への批判とカシト独自の批判哲学への濫膓を意味する。このよ うな形而上学の規定からすると,人間の理性の限界を超える世界は認識論的次元でなく実 践的道徳的次元以外に把握し得ない。とこに本書で初めて提起される「叡知界」の構想が 道徳思想形成史の観点から最も重要な意義をもってくる。一体叡知界は如何なる構造と機 能をもち,如何なる実践的道徳的意義をもっているのか。そしてそれはカントの道徳思想 形成史上如何なる意味をもっか。これが本稿におけるわれわれの問題である。元来この『視 二者の夢」の出版は,ルソーとの出会いによって惹き起こされた「道徳的転向」⑩の直後,
そして/770年の教授就任論文「可二二と可想界との形式と原理」の前に当たる。従って前 批判期の思想形成の時期区分からみると,所謂「懐疑論的経験論的時期」と「批判的合理 論的時期」の中間点或は接点に位置するとみることができよう。ところでヤスパースは
/766年頃が転回;期であったといい,1766年から1781年までの時間はカント哲学の誕生の時 間であったとみているq1)。ヴィンデルバントも,形而上学が人間の認識の限界についての 学問という点にカントの批判主義の重点をみる者は,批判主義の根源を1766年にまで遡ら せなくてはならないと言っているq2)。そこでわれわれは,このように批判哲学の形成との 関聯で欠くことの出来ない1766年の『視界者の夢」を取り上げ,就中「叡知界」の構想と 実践的意義を考察することにより,批判的倫理学への形成過程を明らかにしょうと思う。
燭 明
形而上学(霊界)への懐疑と確信
『形而上学の夢によって解明された視漁者の夢』というこの標題から,われわれはカン トが視霊者の夢を形而上学によって批判する意図をもち乍ら,それを従来の形而上学が視 霊者の夢と等しく夢に過ぎないという主張との重なり合いを感じとる。ともかくここには 形而上学への強い関心が秘められているが,その基調には外的な強請と批判と無知との混 渚からくる皮肉と自嘲と譜誰がある。これは従来の学校形而上学の夢と視霊者の夢とに対 する批判を表に出し乍ら,その裏での「自ら惚れ込んだ形而上学」(S.367)の下書きに対す
る黙々とした努力であるとみることが出来る。われわれは,『船霊者の夢」を取り上げるに 当ってこの二義性に注意すべきであると考える。カッシラーもこの冗談と真剣目の逆説混 滑においてどれが真の決定的契機だったのか,どれが著書の真顔であり,又彼の被っている マスクなのか,確実には誰にも分らない箇所もあるとして「二義性」を指摘している㈹。
その理由をカント自身のことばで語らしめることにしよう。それは1766年4月8日モーゼ ス・メンデルスゾーン宛の手紙に表現されている(14)。「実を言いますと,世間の物笑い にならないように,私の考えを表現すべき方法を思いつくことは難かしいことでした。そ こで自分自分を廟養することによって人を出し抜くのが最良の方策だと考えました……。
しかし気持の上では実際のところ我ながら矛盾があります。」。ここに超経験的対象を取 扱う哲学者の世間に対する配慮とそこから思いついた「国宝」という厳述の方策が語られ ている。そしてこの自嘲と自己矛盾はそのまま,本書の標題にも表われているようにこの 時期の霊的現象や霊界,広くは一般に形而上学に対するカントの関心と不確定な懐疑のあ
らわれと見ることが出来るのではなかろうか。われわれにとって確実に知り得ることは,
霊界についてのカントの考え方が,スヴェーデンボリの出現によって変化してきたこと,
そして懐疑を経て形而上学への関心と期待をますます強めていったという事実である。
先づスヴェーデンボリの話を知るようになる以前のカントの考えは,1763年のクープロ ッホ嬢宛ての手紙に明らかである。「誰か私に不可思議なものを好む気持や,容易に物事 を信じ込んでしまう弱点の印象を,かって認めたことがあったかどうかは私は知りません。
しかし霊界の現象や行についての多くの物語りについて私もその最も確からしいものを 沢山知っておりますが,それでもこれに対して否定的な側につくことが、いつ.も健全な理
コ の ロ
性の規則に最も叶っていると考えていたことだけは確実なのです。それはその不可能を洞
ロ
察したと自負するのではなくて(実際霊の本性についてわれわれに知られていることはど んなに少ないことか)それらは総じて充分に証明されていないからです。」(15)要するに
「スヴェーデンボリの話を知るようになるまで,久しい間」カントは霊界については常識 の立場から否定の立場に立っていたのである。ところが1766年4月8日のメンデルスゾー ン宛の手紙になると霊界への愛着が語られる。この転回の軸はスヴェーデンボリの物語な のである。「実際私の心の状態は不条理であり,物語に関して言うと,この種の物語りに は些か「愛着Anh加glichkeit」を感ぜざるを得ないし,ま・た理性的根拠について言うと,
このような物語りの真正さについていくらか想定しないわけには参りません。それにもか かわらず前者の価値を奪取する幾多の不合理があり,また後者の価値を失わせる妄想や理 解出来ない多くの概念があることを知っています」(16)。こごでは1763年の常識的否定の
立場から,スヴェーデンボリの物語を機縁とする霊的本性に対する肯定の立場の移行がう かがわれるが,しかしこの否定肯定の両契機は実は劃然とはされておらず,そのまま残さ れているために「自己矛盾」となって「自嘲」の表現をとらざるを得なかったのではなか ろうか。ここには超経験的領域としての霊界に対してそれに肯定否定のいつれにも断定を 下し得ない哲学者の深い懐疑があるといえよう。この時点の懐疑についてヴインデルバン トは,「分裂した殆ど絶望的気分」としてとらえ次の様に解釈している。カントはルソーの
「エミール」によって,形而上学と道徳的宗教的生活とを分離された,又分離さるべき二 つの領域と解するようになり,この理論的要素と実践的要素との分離が固まるにつれて形 而上学は益々無価値と思わざるを得なかった。カント自身の形而上学的努力とルソーの確 信との聞のこの対立は彼を分裂した気分に,殆ど絶望的な気分におちいらせた。この気分 をカントは特色ある著書すなわち『視霊者の夢』を通してぶちまけた。超感性的なものへ の形而上学的欲求があったからこそ,視二者スヴェーデンボリが彼岸の秘密を露呈してみ せるのを好奇の心で促えた。しかしこの場合彼が失望し,かっ腹立たしく感じて,この視 霊者の夢を形而上学の夢によって解明したとき,彼がこの自己告白にゆだねたのは自己の 経験であり,嘲笑の対象となったのは自己の努力であった。カントはここで形而上学と道 徳を切り離し,後者に関しては常識と世間智に訴えるが,前者は之を超感性的にして経験
し得ないものの国から追放するq7)。
たしかにカントは形而上学の対象に対して,はじめ常識すなわち健全なる悟性の立場か ら否定の側に立ち乍ら,いわばスヴェーデンボルクの超感性的二二の事実を通しそれの否 定への「愛着」を示す。しかし依然「自己矛盾」をぬぐい切れない。従ってヴインデルバ
ントの上述の解説のうち,分裂的絶望的気分が「視三者の夢」を通して激しくもらされる という点はうなずける。しかしスヴェーデンボリに失望し腹立たしく思った点及び道徳と 形而上学の分離という解釈については間題がある。というのは,視霊者に対するカント態 度は「理由もなく何も信じないというのも,……吟味もせず一切を信じるのも同じように
愚かな先入見」(S.318)であるとして経験という事実と理性の根拠によって分析し,結局 超経験的事象については,ソクラテス的無知より出発し(S.320)そしてその同じi無知の 地点に還帰する(S.367)からである。そこでは人は肯定もなし得ないと同様に否定もし 得ない。さらに云えば経験と理性の「洞察の限界を確実に確定」し得るのである。ここに従 来の形而上学が,超経験的対象を取り扱うのに対してカントがはじめて形而上学は人間の 理性の限界に関する学であると規定する根拠がある。そしてこの場合それは道徳と分離し
の
ているのではなく寧ろ一体化しているのではなかろうか。この解答のためにはカントの従 来の形而上学に対する批判と,彼が「念頭に置いた本来の目的」としての形而上学の性格
を明らかにしなければならない。少くともわれわれはカントが形而上学に対する懐疑の中 にあり乍ら,しかしそれは直ちに形而上学そのものの断念や放棄を意味するのでなく,寧ろ 形而上学への愛着をもっことは先にみた通りである。このような傾向は在来の学校形而上 学への激しい否定的感情と重なり合っているのである。これは空きのメンデルスゾーンの 手紙に端的に記されている。形而上学一般の価値に関して「この問題に関して現代なされ ている様な見解を多く含んでいるすべての著者の高慢な自惚れを,私は不快どころか嫌悪 さえもってみるものであることを告白せざるを黒ません。これらの学者の選んだ道は全く
逆立ちしており,現在行なわれている方法は必ず迷妄と誤謬を無限に増大するに違いない こと,これらの自惚れた洞察はすべて完全に根絶しても夢想的な学問が忌わしい成果を挙 げるよりは有害でないと私は確信しています。」q8)すでにルソーによって知識の僑越を 正され,人間を尊敬することを学んだカントにとって,当時の形而上学はdie tr註umte Wissenschaftに過ぎないのであり,従って不快どころか嫌悪さえ禁じ得ないのである。こ の激しい否定は本来の形而上学に対する激しい希求の裏返しであろう。先の文につづいて カントの新たなる形而上学に寄せる確信がのべられている。「私は形而上学そのものを客 観的に考えて決してっまらぬものとも,なくてもよいものなどとも思っていません。それ どころか特に近頃形而上学の本性と,それが人間の認識において占める独特の位置とを洞 察したと信ずるようになってからは,人類の真の永続的な福祉das wahre und dauefhafte Wohl des menschlichen Geschlechtsすらもが形而上学にかかっていると確信しておりま す」。㈹ここでは形而上学に対する積極的な期待と確信がある。それは形而上学が人間の 認識においてもつ位置づけ,すなわち人間の理性の限界の学ということを洞察したためで ある。これは理性の自覚,又は自己限定としてそれ自身消極的であるが,この知的否定が やがて実践的肯定としての「人類の真の永続的な福祉」につながる根本契機となるので ある。さきにヴィンデルバントが,批判主義の根源を1766年まで遡らせねばならないとし たのもこの形而上学の規定を指すのである。するわち,まさしくここに世界概念としての 形而上学,「知恵Weisheit」の哲学としての形而上学の基本規定,いいかえればカント 独自の批判哲学構築への布石がなされたとみることが出来るのである。
第 四
霊的存在者と人間の認識
「霊Geist」とは何か。霊が在るか。霊という語は何を意味しているか。この間いに対 してカントは先づ「大学の方法的な饒舌」 (S.319)を否定し「私は何も知らない」
(ibid.)というソクラテス的無知を出発点とする。しかし霊という語は,それが幻影であ れ現実的なものであれ一般に使用されていることばである。従ってその隠れた意味が開示 されねばならない。そこでカントは霊的という語を物質的という語との対比において考察 を進める。ところで「物質的」とは,(1)或る空間内において存在し,②他の物の侵入に抵 抗する何かがある場合,いいかえると延長を有し不可入曽であり可分性と衝突の法則に服 している場合をいう。「それらの合成が不可入的であり延長的全体を与えるところの単純 な実体は物質的統一と称し,それらの全体は物質Materieと呼ばれる」(S.32/)。之に対 して「霊的」とは,(1)不可脳性の特性を具有せず,②それをどんなに集め合わせても一つ の固い全体を形づくることはない。 「この種の単純な存在者は非物質的存在者と呼ばれ,
またそれが理性をもつならば霊Geisterと名づけられるであろう」 (ibid.)。いいかえる と,(1)単純な実体として空間内に現存し活動性をもつが空間の充実としての抵抗をもたず 物質的存在に対しても可獣的である。②直接的現在の場所は点ではなく,それ自身一空間 であり延長をもたない。延長の限界が形を定めるのであるから如何なる形も考え得ない。
以上の様に霊を物質との対比で規定するが,いま「人間の魂die Seele des Menschen」
が一つの霊であると仮定すれば,それは次の様に考えねばならないとする。(1)物体界にお ける人間の魂の場所,それはその変化が私の変化であるような物体すなわち私の身体が私 の堤の場所である。(2)身体内の私の魂の場所,それは「私が感覚するところに我は在る」
(S.324)。カントの霊は活動性,可入墨,無延長貸料の特性から,人間の魂も,脳髄の 極小部分に閉じ込めるような物体的考え方をせず,私の身体,しかも私の感ずるところに 私は在ると考える。
以上のようにカントは霊の概念を規定しているが,問題は霊のような超経験概念に対す るカントの認識論的基本姿勢にある。その特徴をあげると,(1)先づカントは「普通の経験 die gemeine Erfahrnngを頼りにして」(ibid.)考察を進めていることである。それは
「常識の立場」と異なるものではない。むしろカントによると「常識はそれによって真理 を証明し又は解明し得る根拠を洞察する以前に,しばしば真理に気づく」 (S.325)とす る。(2)しかしこの経験,常識の重視が直ちにカントが経験論者であることを意味するもの ではない。「霊的と名づけられるような種類の存在者が一体可能であるか」というような
「最も深遠でありかつ最も不明確でもある問題において,最もたやすく這入りこみ勝ちな 性急な決定を警戒せざるを得ない」 (S.322.)。この「せっかちな決定」とは,一般的
に経験概念に属することはその「可能性M6glichkeit」をも洞察されるかのように見倣す こと,これに反していかなる経験概念にも属さないことは全然理解し得ないとして,その ため好んでそれを「不可能としてals unm691ich」即座に斥けることを意味する。そこに は経験を絶対的基準とする僑越がある。認識論的に有限なるわれわれには,経験によって 十分に「認められerkanntてはいるが,だからといって理解されていないnicht begriffen
こと」(ibid.)はしばしば多くあり得る。これを逆に云うと,経験によって認められない からといって,その可能性すらも否定し得ることにはならない。ここに人間の経験的認識 の限界の自覚があり,経験と挾を別かつ所以がある。「カントの独立的思惟は彼をしてヴ オルフ流の合理論者たらしめないと同様に,経験論に対する盲信的絶対服従をも行なわし めなかった」(20)というバウフのことばがここでも妥当する。そこでカントの立場は次の 様に云うことが出来よう。われわれは物質的世界の事物は経験によって十分認められる が,非物質的世界の事物は経験によっては認められない。しかしだからといって非物質的 世界の可能性までも否定することは出来ない。従って反駁される気づかいなしに非物質的
ロ
存在者の可能性が承認される。しかしその代りその可能性を理性的根拠によって証明し得 るところ希望もまたないことになる。これは一見極めて不確かな言い方のようであるが人 間の認識の限界一杯の立場に踏み止まっているということが出来よう。ところがカント自 身は,「無知」(S.320)から出発しそしてそこから出て来た同じ「無知の地点」(S.367)
に帰りながら,しかしその地点にとどまるのでなく形而上学的世界へ強くひかれている ことを率直に白状している。「私はこみ世界における非物質的本性の現存在das Dasein immaterieller Naturenを主張し,私の魂そのものmeine Seele selbstをこれらの存在者の 部類に入れることに非常に傾いていることを告白する」 (S.327)。そしてカントは霊的 存在者は,それが結びつけられている物質に現存しそれらの状態の「内的原理das innere Prillcipium」 (S.328)に対して作用するように思われるとしている。物質との対比或は 類比によって霊を考察し,経験を一方の基準としながら,しかし超経験的なものを否定し 得ないという立場は,カント自身の強い形而上学的関心を示すものとみてよいであろう。
それにもかかわらずカントはその霊的存在者についての理性的根拠を持ち得ない。従って 反駁に対する懸念はない代りに確信も持ち得ない。その上々物質的本性の現存在を主張
し,魂をその中に組入れたい気持は強い。この自己矛盾,もどかしさが,自嘲,皮肉,卑 下,時に自惚れの句調で語られることになったのではなかろうか。しかし寧ろここに人間 の経験と理性の限界が自覚され,いわば知的挫折による道徳的復活の方向が志向されるの である。それはこれまで認識論的に追求された霊的存在の全体を実践的に把握しようとす る試み,いわゆる叡知界の構想に他ならない。
第 章
叡知界の構造と機能
カントの哲学思想の形成史上,ここではじめて提起される叡知界はどのような構造をも っているのか,そこにおいて人間はどのように位置づけけられるのか。これがここでの問 題である。「死せる物質die todte Materie」に対して「非物質的存在者」は「自己活動的原理 selbsttatige Prinzipien」であり「実体Substanz」であり「それ自身で存続する本性」で ある(S.329)。このような存在者の作用法則は「霊的」とよばれるが,こみ非物質的存 在者の特性からカントは次のように帰結する。「非物質的存在は相互に直接的に結合され ると恐らく一つの大きな全体ei皿groβes Ganzeを形成するであろうし,それは非物質的 世界(mundus intelligibilis払出界)と呼ばれ得る」(ibid.)。カントは「死せる物質」に 対して「生命の根拠を含む存在者」を対置し,「自然全体における生命の一切の原理」を根拠 として,それの適用し得る非物質的世界の全体,いいかえれば,それによって物体界の死 せる素材が生命を与えられる存在者の全体を考える。ここには物質と生命の全体的調和を 計らうとするライプニッツ的宇宙観の流れがよみとれる。「物活論は一切に生命を与え,
これに反して唯物論は……一切の生命を奪ってしまう」 (S.330)。これに対して言う迄
の り
もなくカントはその敦れにも伍せず「生命の原理」から物質的世界と非物質的世界の内的 関聯を調和し統合し,就中両界にまたがる人間の想定に進むのである。
さて非物質的世界はまず(1)「一切の被造の英知体alle erschaffene Intelligenzen」 (S.
332)を自らのうちに含む。そのうち若干のものは物質と結合して「人格Person」となり 他のものは物質と結合していない。すなわち霊そのものである。次にt2)一切の種類の動物
における感覚する主体を含み,最後に(3)その他,例えば植物における一切の生命の原理を ふくむ。そこで「人間の魂はすでに現世において同時に二つの世界zwei Weltenと結び ついているものと見倣されなくてはならないであろう。それらの世界の内で魂は身体と結 合して人格的統一体となっている限りは物質的世界だけを明瞭に感覚する。これに反して 霊界の一成員として非物質的本性の純粋な影響を感受し,その結果身体との結合がなくな るや否や魂は常に霊的本性との間に存在しいて交互関係だけが残りそしてそれが魂の意識 の明瞭な直観に対して自らを開示するに違いないであろう」 (ibid.)。ここでは人間の 属する「二つの世界」が想定され,それぞれに人間の魂の霊的本性の関係する世界,身体 の結合としての世界に分けられ,人間の魂はこの世においても霊界の一切の非物質的本性 との交互関係を前提している。これは食きに霊的存在者がそうであったように,否定され
る心配もないが,しかし理性的根拠に基づく肯定もなし得ず,あくまで「蓋然的」推測で あり「明証性Evidenz」からは遙かに遠いのである。しかしここが理論理性の限界であっ て,この理論理性の蓋然性は「知恵の哲学」さらに「道徳的信仰」においては実践理性の 必然性となり得るのである。いいかえれば憂慮界はその実践的道徳的性格を得ることによ
ってはじめてその本来の機能を発揮し得るのである。
すでにカントは1764年から1765年と推定される『美と崇高の感情に関する考察の覚え書 き」において次の様に述べている。「自然の秩序に従う最も完全な世界(道徳的)が存在 する。そしてわれわれはこの自然界ならびに超自然的な世界を問題とする」(21)。すなわ ち自然界に対する超自然的な世界はカントにとっては「道徳的世界」として構想されてい たといえる。従ってここでも可耕界は単なる非物質的存在者の相互的直接的統合体にとど まらず実践的「理性統一」の全体となるのである。先づカントは「人間の心情を動かす 力」から考察をはじめる。その最強の二三が個人の心情の外にあるように思われるとカン
トはいう。その力は人間内部の目標としての私利私欲に対するものであるが,しかしそれ は単なる手段として関係するのではなく,われわれの活動の傾向をして内部と外部の合一 の焦点をわれわれの外部に,すなわち他の理性的存在者に移すようにさせる。ここに「二 つの力の争い」が生ずる。一切を自己へ関係づける特性すなわち私益性と公益性との争い である(22)。そこで人は「自分自身で善もしくは真と認識したことを,他人の判断と比較 して,両者を一致させようとし,従って各人の魂が自分の道とは別の道を歩いていると思 われるとその魂を認識途上で停止させる傾向をもつ。そうした一切は,恐らく一般的人間
悟性への,われわれ自身の判断の,感覚された依存性であって,思考する存在者の全体に
一種の理性的統一Vernunfteinheitを与えるための手段となるのである」 (S.334)。
ここでは「人間の心情das menschliche H:erz」を「人間の善及び真の認識」に限定しそれ の個的判断に対して,普遍的判断の能力として「普遍的人間悟性」を考え,それの基準と
して「思考する存在者全体」に「理性統一」をを与えるのである。カントは「思考する存 在者全体das Ganze denkender Wesen」を予想界,存在の個別性を現象界に配置し,現 象界においてはそれを統一する規範としての性格をもっていると解釈し得る。ここでは
「善もしくは真の認識に関する」心情の動因が解題とされたが,次は実践的領域における
「道徳的動因」が閥題にされると実践の主体は「意志」に移り,叡知界が実践的行為の理 性的統一としての意義をもつに至るのである。
「われわれが外的事物をわれわれの必要に関係づけるとき,同時に早る感覚eine gewisse Empfindungによって拘束されかつ制限されるのを感じることなしにはこのこと
をなし得ない。そしてこの感覚はわれわれの内にいわば他人の意志ein fremder Willeが 働いていて,そしてわれわれ自身の意向は外的な賛成の条件を必要とするということを気 づかせる」(S.334)。ここで「或る感覚」というのは「覚え書き」で「公益的感覚gemein−
nUtzige Empfindungen」と呼ばれ「私益的selbstn負tzliche感覚」(23)に対するもので,
それはいわば自分のものでない他人の意志の働きをする。さらにそれは「あるひそかな威 力eine geheime Macht」をもち,われわれをしてわれわれの意図を同時に他人の幸福に,
又は他人の選択意志へ適応させるように強制する。それは私益的感覚に反するためにしば しばいやいや行なわれることである。ともかくわれわれの行動原因は,われわれの内にあ
るだけでなくわれわれの外に,他人の意欲の中にある。就中自分のでない他の意志から
「私利の報酬に反して夢中にさせる倫理的誘因die sittlichen Antriebeが生ずる」 (S.
335)。この倫理的誘因をカントは「強い責務の法則das starke Gesetz der Schuldigkeit と弱い親切の法則das schwachere〔Gesetz〕der G韻gkeit」と言いかえている。これら は時として「利己的傾向性」によって圧倒されるがしかし人間本性のいずこにもその現実 性をもっている。シルフ.はこの利己的関心が支配するときでさえ「他人に関する誘因 other−regarding impulses」が見出されるというカントの観方は,人間本性への深い洞察で
あるとしている。人間本性は全く利己的とも限らないし,全く利他的とも限らない。利己 的関心も,他人に関する関心もいつれもよいとか悪いとかいうようなものではないという 事実への洞察であると観ている(24)。このような倫理的誘因に基づいて叡知界はその本来 の機能を発揮するのである。
「それ〔倫理的誘因〕によってわれわれは,われわれが最も内密な動機において普遍的 意志の規則Regel des allgemeinen Willensに依存することを知り,そこからすべての思
考的本性の世界の中に,単なる霊的法則に従う道徳的統一eine moralische Einheitと体系 的組織sアstematische Verfassungとが生ずる」 (ibid)。このようにカントは「倫理的 誘因」を手がかりとしてわれわれの意志に対する道徳的根拠を「普遍意志」の中に求めて いる。ここでは未だ批判期における様に自律的意志の中にではなく,自より外へ,すなわ ち他の意志の中にその根拠を求め,それに基づいて道徳的統一と体系的組織を構想してい る。しかしそれは可想界の概念と重なり合って諸々の実践的意義を帯びてきていると考え られる。これに関して倫理的思想形成史の上から重要と考えられる若干の解釈を顧慮して おこう。先づメッサーはその著書「カント倫理学」において,上述の「普遍意志」の下に 正当に「意志の法則性」が理解されること,従ってここに一つには立法的実践理性の考え に対する萌芽があること,今一っには「一切の思考する本性の世界における統一性」は,
『道徳形而上学の基礎づけ」における「(理性的存在者の)目的それ自体の普遍的国の輝 かしき理想」に相応することを指摘している(25)。次にシルプは「カントの前批判期の倫 理学」で先述の引用就中倫理的誘因に着目し,カントは責務と親切を進歩のための要素と
して,又は自己超越の側面として認識していることを示しているように思われるとし,も しそうならば,これは「純粋実践理性の対象」への構成的熟考の過程を考えているように 思われる一例であるとみている(26)。また「普遍的意志」については,それはルソーに起 源をもっと思われるが,しかしカントが純粋に精神的法律に従っている一体系的条件とし て結果的に生じる道徳的統一について語る際には,ルソーが二般意志という句の中に与え たどんな意味よりもはるかに超越しているとしている(27)。最後にシュムッカーの所説を,
「カント倫理学の起源」によってみると「普遍意志」との関連で次のように解釈してい る。この場合決定的なことは「普遍意志の法則」で以て結局初めて「形式主義の原理das Prinzip des Formalismusが確立されたことである。それによって事実当為の真正の形式 原理の意味における義務づけの最高原理に対する品題の解決のための一つの完全な新しい 糸口を獲得したのであると(28)。以上の解釈のうちとりわけ「普遍的意志」について「意 志の法則性」 「形式主義の原理」が看取され,立法的実践理性及び形式主義倫理学への萌 芽が指摘されている点,又思考する本性の世界における統一体すなわち可想界はまだここ
では目的自体としての人格の尊厳は語られないが,すでに道徳的統一体としてそれへの十 分な地盤がすでに準備されている点,この二点が道徳思想の形成史からみて十分注意すべ
き点といえよう。しかし同じ観点からみて重要な今一っの問題が残されている。それは
「視感者の夢」においではじめて確立された「形式的原理」に対して,従来道徳的実質的 原理とされてきた「道徳的感清」が前者との関聯で如何に規定されているかという問題で
ある。これは「道徳的根拠」または「道徳的原理」に直結する聞題でもある。われわれは 章をあらためてこの問題を追求することにしたい。
第 四 章
道徳の根拠一道徳的感情より普遍的意志へ一と叡知界
先づ普遍的意志と道徳的感情の関係如何の問題から老察しよう。そのため普遍的意志に 関するカントの所説の要点を再確認しておこう。われわれが外的な事物をわれわれの要求 に関係させるとき,自分は必ず「或る感覚」によって同時に拘束され制限されていること を感じるが,この感覚はわれ、われの内に働く「他の意志」であり,「ひそかな力eine geheime Macht」をもって他人との関係でわれかれの意図を強制しわれわれを動かす力と
なる。ここから「倫理的誘因」が生ずる。それによってわれわれは,われわれが最も内密 な動因において「普遍的意志」の規則に依存することを知る。そしてそこから一切の思考 する存在者全体の世界のうちに,単に霊的法則に従う「道徳的統一」と「体系的組織」と が生じる。「われわれはこのように自分の内に,自分の意志が普遍的意志と一致するよう に強制されるのを感じるが,この強制を道徳的感情das sittliche GefUhlと名づけるな らば,そう呼ぶ人はそれをわれわれの内に現実に発生するものを,その原因die Ursachen
を取り出さずに,その現象Erscheinungについて語るのみである」 (ibid.)。この文章
における道徳的感情の規定は厳密に分析して把握する必要があると思う。それはここで規 定されている道徳的感情を「自分の意志を普遍意志と一致すべく強制されるのを感じるこ の強制」という場合,道徳的感情は強制そのもの又はその「原因」ではなく,強制の結果 としての「現象」を意味する点が注意されねばならない。そして自分の個的又は私的意志 を普遍的一般的意志へ一致すべく強制する力又は「強制の根拠」についてはメツサーが鋭 く着目したように,ここでは直接何等語られていないのである(2g)。これが厳密に分析され 注意さるべき所以は,道徳的感情が上述の強制力の原因であれば,それが道徳の根拠であ
り道徳原理の根源的能力があるのに対し,その結果であれば道徳の根拠と原理は他に求め られているという本質的相違が存在するからである。事際カントはここで従来の道徳の根 拠と原理を道徳的感情に求める立場から,意志それも普遍的意志に求める立場へと転向し ているといえる。そしてそのことを可能にする共同体とし可想界が想定されていると解さ れる。「相互に交互関係をなす思考的本性における道徳的誘因の現象は,同様に,霊的本 性がそれによって相互に影響し合うところの真実に活動的な力の結果である。従って道徳 的感情は普遍意志に対する私的意志へのこの感覚された依存性である。なぜならば非物質 的世界はそれに独自のこの連関の法則に従って霊的完全性の体系System von geistiger Vollkommenheitを自ら形成するからである。このように考えることは可能ではなかろう
か?」(ibid.)ここからみても道徳的誘因又は衝動の現象が真実の活動力の結果と考えられ,
これを言いかえれば私的意志Privatwi11eが普遍意志allgemeiner Willeに依存する場合の 現象的,結果的感じ,すなわち「感じられた依存性empfundene Abhangigket」が道徳的 感情となる。道徳的感情の前に「道徳的誘因」又は「真実に活動的な力」 「自然的・普遍 的交互作用natUrliche und allgeimeine Wec毎selwirkung」が先行するこの作用によって非 物質的世界は道徳的統一を獲得し霊的完全性の体系を自ら形成するのである。従ってこの 真の活動力,道徳的衝動しかも自然にかっ普遍的に交互に作用する力が道徳の根源力であ り意志をして普遍的意志たらしめる一般性ということになる。それによって個人的私的意 志は普遍的意志に依存せしめられるのであり,その結果的現象として道徳的感情が生まれ
るのである。
次に上述の普遍的意志と道徳的感情の規定から「道徳的原理」をめぐる主題を考察しよ う。それは同時に道徳原理の観点からカントの倫理思想の発展史をあとづけることでもあ る。「自然神学と道徳の原則の判明性」(3。)G762年執筆)では,「善を感ずる能力は感 情である」とされ「善の単純な感覚」や「善の判断が証明不可能で対象の表象に結びつい た快の感情の意識の直接的結果である」ことに言及されている。そして道徳感情を「実質 的原則」として規定しようとする意向を示し,すでにハチソンその他が道徳感情の名の下 にそれについての美事な所見の端緒を提供しているとして自らそれらの影響を語ってい る。他方この実質的原則に対する形式的原則としては,啓蒙哲学就中ヴォルフから引継い だ完全性の概念に基づき「責務」の範式を「手段の必然性」ではなく「目的の必然性」に よって法式化している。続く『美と崇高の感情に関する考察』 (1763年執筆)では「哲学 者としてよりも一人の観察者め眼で眺めたい」という制約があるが,「道徳の原則」は明
らかに感情に基礎づけられている。「これら〔道徳〕の原理は思弁的規則ではなく,あら ゆる人間の胸中に生きており,同情や迎合性の特殊な根拠に対するよりもずっと広範囲に 及ぶ感情の意識である。それは人間性の美と尊厳の感情であると言えばすべてを総括する
の む
と私は信ずる。第一は普遍的情愛の根拠であり,第二は普遍的尊敬の根拠である」(31)。
さらに1764から1765年の問に書かれたものと推定される「美と崇高の感情に関する考察の 覚え書き』においては道徳的動因として道徳的感情が考えられている箇所もあるが,しか
し主体は意志へ移行しっっある。「すべての悪い行為は,もしそれが道徳的感情により,
それに価するだけの嫌悪の情をもって感ぜられるなら全く起こらないであろう」(32)。「意 志はそれが自由の法則に従って善一般の最大の根拠である限りにおいて完全である。道徳 的感情は意志の完全性の感情である」(33)。 ここでは行為主体は意志であり,それが善の 根拠として完全性Vollkommenheitを実現するときその結果として道徳的感情が生ずる ことになる。この完全性の概念はカントが啓蒙哲学就中ヴオルフから受け継いだ道徳的目 的であるが,「視霊者の夢」では全く払拭され,これに代って「普遍的意志」が新たに提 起される。そしてこの普遍意志に対する私の意志の依存性の感じが道徳的感情となる。以 上の様な思想発展の過程をへて道徳の根拠従って道徳原理は道徳的感情から普遍的意志へ
と転向するのである。
道徳思想形成史の観点から言うと,メッサーの指摘するように,カントは道徳感情の形 而上学的説明によって英国経験論の研究を超えようとする傾向が明らかにあらわれてお り,従って道徳的動因や判断については強く普遍妥当的性格が強調されている(34)。従っ
て「視霊の夢』では英国の感情倫理学の影響はカントの強力な合理的特性によって再び押 しもどされたといってよいとしている(35)。この点を追求すると,結局道徳原理としては感 情の契機を排して普遍意志に求められる。これは実質的原理より形式的原理への方向であ
るが,シュムッカーが言うように,既に「懸賞論文』において理論的認識の原則の類比に よって義務づけの空虚な形式原理と,現実経験の原型として道徳感情の実質的原理とを確 立している。しかし当時カント自身満足せる問題解決に至らずその原理も純粋ではあるが 無規定的な義務づけの空虚な形式原理と,道徳的感情の源泉から生ずる善の内容も一種の 倫理的価値経験にとどまる。これに対して今や「視霊者の夢」においては,正義や責務,
親切や福祉等の総括的原則を義務づける性格の全く新しい根拠すなわち普遍的意志の法則 又は規則が提起された。われわれは道徳的感情によって行動の最も内奥の動因に至るまで この普遍意志に依存するのを感じるのである。従ってわれわれはこの規則に依存する道徳 的感情において常に強制をうけて他のすべての人の福祉と選択意志に一致するよう行為を しむけられる。そこで道徳的感情そのものについていうと,懸賞論文や「美と崇高の感情 に関する観察」におけるような実質的価値の感覚的了解や承認ではなく,普遍的意志の法 則によるわれわれの意欲及び判断の依存及び強制の感覚又は意識であって普遍性,決定的 規範性という新たな倫理性が指摘されている。以上シュムッカーのカントの思想発展の把 握は極めて適:格であると思われる。
この章の最後の問題としてわれわれは道徳的根拠の普遍性,意志の普遍性と叡知界の関 係及び叡知界の実践的意義を考察しようと思う。
私的意志に対する普遍的意志は個人に対する規範としての客観的世界でなければならな い。それは個人の単なる集合ではなく各個人間の「自然的・普遍的な相互作用」によって 獲得される道徳的統体としての非物質的世界であり,精神的完全性の体系である。普遍的 意志が普遍性を獲得し得る背景には,思考的存在者の世界の中に道徳的統一が確立されて
いなければならない。それは私的意志と普遍的意志との結合の場,個と普遍の精神的相互 交流の場としての叡知界であり,それを支配しているのが「普遍的意志の規則」いいかえ
れば「霊的法則」と呼ばれるものである。カントはこの場合「人間の道徳的関係」を「物 理的関係」とのアナロジーでとらえ,精神相互作用を支配するこの霊的法則を,物質相互 の一般的活動を支配するニュートンの「物質の重力法則」 (S.335)になぞらえている。
この法則の普遍性に関しては道徳・物理両関係が共通性をもつに対して,「行為の一切の 道徳性の結果」に関しては,「自然の秩序」に従う限りその結果をもち得ないが,「霊的法 則に従う霊界」ではもち得るという相異をもつ。具体的に言えば行為における意図はそれ が隠れた善であれ又隠された悪計であれ物理的成果としては消失するが,しかし「非物質 的世界においては充実した根拠」 (S.336)と見倣されねばならない。要するに行為の道 徳性は現象界にその根拠をもつものではなく「霊の内的状感に係わるが故に,それは当然 霊の直接的交互関係においてのみ,全道徳性に叶った結果を招くことができるのである。
(ibid.)。ここからわれわれはカント倫理学における心術の純粋性,結果に対する動機の 純粋性の基本構造の原型を看取出来る。ともあれカントは私的意志の依存する普遍意志の 規則からすべての思考的存在者の世界の中に道徳的統一の全体としての叡知界を想定し,
それとの「直接的交互関係」において道徳性を得るものとした。同時にいわばこの思考的 存在者相互の思考的,精神的な横の全体に対して,現在から未来への「一つの連続した全
体」 (S.337)という縦の系列としても考えられている。この叡知界の横の構造は批判期 に入ると,その単位としての思考的存在者が理性的存在者へと実践的に規定され,なお霊 界の要素が払拭され,就中霊的法則は道徳法則としてこの世界を支配するに至り,さらに 目的の国へと発展してゆくものである。そして縦の構造は霊界の要素が活かされて「純粋 実践理性の要請としての霊魂の不死及び神の存在」へと展開される「道徳的信仰」の地盤 であるとわれわれは解釈する。
第 五 章
叡知界と形而上学
カントにとって叡知界は,自己活動的原理をもつ非物質的存在者相互の直接的統合の全 体であった(S.329)。人間の魂はこの世において霊的・精神的相互交流の不可視的世界 と同時に身体と結びつき人格を形成している限り可視的世界の「二つの世界」に所属す る。「眼に見える世界と見えない世界とに同時に一成員として所属するのは,成程同一主 体Sublektであるが同一の人格ではない。なぜならば一方の世界の表象はその異なつの性 質のため他方の世界の同伴観念ではない。したがって私が霊として考えるものは人間とし ての私によって想起されず,また逆に一人の人間としての私の状態は一つの霊としての私 自身の表象の中にはいって来ないからである」 (S.337)。ここでは主体と人格は区別さ れている。この区別は批判期になると解消し主体の位置に人格が代わり,人間に人格とし て二つの世界に同時にzugleich所属しそこから叡知的世界の自己は感性的世界の自己に
対して当為となり道徳成立の根拠となる(36)。ここでは認識論的観点に立っているため人間 の画すなわち魂と身体が峻別されており,身体との結びつきをもつ人格は二つの世界に同 時に所属し得ない。実践的主体のみが二つの世界に同時に所属し得るのである。そうすれ ばこの「眼に見えない世界」すなわち「可想界」に関する哲学,基本的には「霊的存在者 に関する哲学的学説」としての形而上学は如何なるものでなければならぬのか。少くとも
ここで確実なことは霊界の表象はそれがどんなに明瞭で直観的であっても人間として意識 し得ないということ。及び一つの霊としての自己自身(魂)の表象も「直観的経験的概 念」 (S.338)ではなく「推論」によるのみであるということである。では可想界は形而 上学の対象となり得るのか,逆に形而上学は学問として成立し得るのかどうか。視霊者の 夢と等しく形而上学は夢に過ぎないのであろうか。或は又可想界が道徳成立の基盤であれ ば形而上学は道徳形而上学としてより以外には考えられ得ないのであろうか。これがここ での問題である。
そもそもカントが『形而上学によって解明された視霊者の夢』と題したとき,「理性の 夢想家」と「感覚の夢想家」の両方の批判を通して同時にカント自身の形而上学によせる 夢への構想が意図されていたとみることが出来るように思われる。「理性の夢想家」は健 全なる悟性の基準としての経験を過小物して「窃取された概念」 (S.320)から形而上学 を構築している。「種々なる思想的世界の空中楼閣建築師たちder Luftbaumeister」 (S.
コ
342)とカントが呼ぶのがそれで,ヴオルフやクルジーウスの名をあげている。これに対し て「感覚の夢想家」は「霊に関係するような人」(ibid.)を指し「健全な人」が一人とし
て見ないような何かを見,又啓示されない存在者との交互関係をもつのである。スヴェー デンボルク等の翻意者をさすことは言う迄もない。この両者は「夢幻」と「錯覚」に基づ くという「類縁関係」をもち前者が形而上学的対象を悟性によって捏造する「知力の妄 想」 (S.361)に対し後者は感官一般の面素としての「感官の妄想」にかかわる。そζで カントは形而上学的認識の根拠を「経験」に求め,あくまで経験がわれわれに提供する素 材からとってきたらどうであろうかと自ら問う。すなわちその対象が超経験的であるとい う理由のみで半ば虚構し半ば推論する「理性のめまい」を起こすような概念の中で道を迷 うよりもよいのではないかと。従ってここでは健全な人間の常識を基準とする。しかし
「以前には私は一般的人間悟性を単に私の悟性の立場から考察した。今私は自分を自身の でない外的な理性の位置において……他人の視点から考察する。……それは光学的欺瞳を 避けて諸概念を,それらが人間性の認識能力に関して立っている真の位置におくための唯 一の手段でもある」 (S.349)。ここでは超経験的対象に関しては経験の立場というより は寧ろ「人間の認識の限界」の自覚に立っている。従って霊的存在者に関しては「思念す るmei亘enことは出来るが決してより多くのことを知るwissenことは出来ない」1(S.
35/)。これはカントにとって「人間の悟性のような制限された悟性」の形而上学に対す る基本的態度でもある。そこで「霊的存在者に関する哲学的学説」については次の様に言 われる。「それは完成され得る,だが消極的意味においてである。すなわちそれがわれわ
れの洞察の限界die Grenzen unserer Einsichtを確実に確定して次のことをわれわれに確 信させることによる」(ibid。)。(1)自然における生命の原理すなわち知られないで推測 されるに過ぎない霊的本性は決して積極的には思考されない。(2)超経験的なものに対して は「否定」で間に合わせなくてはならない。しかもその否定の可能性すら経験にも推論に も基づかない一種の「虚構」に基づくということを確信させることによる。この基礎に立 って「人間の精霊学は仮定的な種類の存在者に関する人間の必然的な無知の学説」 (S.
352)と呼ばれる。これは理性のみならず経験のそれぞれの認識的限界の自覚であり知的 形而上学の限界である。「すべての認識は一方はアブ。リオリ,他方はアポステリオな二つ の端があって,われわれはそれらの端で認識を把握することができる」 (S.358)。カン トは認識について「理性的根拠」と「経験知」の二つの要素を考えている。そして一方で 理性的独断を自戒し,他方経験における「根拠の進展」(ibid)の限界を認めている。両者 の綜合がこの時点から次第にカントの雪踏となってきたと考えられる。「哲学者は,一方 には彼の理性的根拠,そして他方には現実的経験……が一対の平行線のように恐らく何時 になっても合することなく,考えられない程の先まで互いに平行して進むであろう」(S.
358)。
では形而上学は「無知の地点」(S.367)に舞い戻ってくるに過ぎないのであろうか。し かし既に前にも触れたように,いわば無知の知が用意されている。それは「それに私が惚 れこんでいるという運命にある形而上学」の本質規定と同時に知恵としての哲学の確立を 他ならない。形而上学は二種類の利益を提供する。「第一は研究心が事物の隠れた特性を理 性によって探索するとき,それが提起する課題に満足を与えることである。第二は……課 題がわれわれの知り得るものからも規定されているかどうか,またその聞手が,一切のわ れわれの判断が常にそれに頼らなくてはならぬところの経験概念に対して如何なる関係を
もっているかを洞察するところにある。その限りで形而上学は人間の理性の限界に関する
学ei血e IWissenschaft voh den Grenzen der menschlichen Vernunftである」 (ibid)。こ こに従来の合理論的形而上学に対するカント独自の人間の有限性の自覚に基づく形而上 学,むしろ有限性の自覚そのもの学としての形而上学の本質的規定がある6それは理性の 夢想も感覚の夢想をも共に否定した人間の自己認識的限界の学である。これは従来「最も 人に知られていないと同時に最も重要なものである」 (S.368)。要するに可想界に対し てはそれを思惟することは出来るが認識不可能として否定も肯定もしないこと,従ってわ れわれは「経験と常識の低い土地」(ibid.)を「われわれの指定された場所」とみなすこ
ととなる。繰り返して言えばこの経験という場所に立つことは経験論者となることではな い。寧ろカントは自分を自身のでない外的な理性の位置においている(S.349)。内的な 理性でなく外的理性の位置とは理性の主観的でなく客観的観点を意味する。この観点から
カントは理性の主観的借越を自ら否定し,自らの限界を客観的に知るべきであるとしてそ れに関する学闘を形而上学とした。この意味でわれわれは再び経験と常識の低地に立ち還 るのである。しかし限界を知るとは限界を越えることに他ならない。知的自己認識の限界 設定という否定作用は実践的自己認識の新たなる世界の展望という肯定作用につながる。
ここに無知の知がある。この意味でこのソクラテス的無知は実践的道徳的領域への飛躍の バネと言えよう。
しかしこの段階で直ちに道徳形而上学が展開されるのではなく,「知恵」の立場として の哲学によってその方向が志向されるのである。それは単なる論理的完全性を意図するも のでなく人間の本質目的にかかわる世界概念としての学問でなければなちない。「呈示さ れる数え切れない課題の中で,「その解決が人間にとって重要であるような課題を選択する ことは知恵の功績Verdienst der Weisheitである。」 (S.369)。ここでは単なる「認識 欲」の追求でなく人間自体の生き方に関わる実践的学聞規定がある。この「知識の学」で
なく「知恵の学問」は,単に理性によるのでないと同じく単に経験によるのでなく「経験に よって成熟して知恵となる理性」1(S.369)というカントのことばが示すように,経験と 理性の合流及び人間理性の限界の規定から生ずる。 「最後に学問は人問理性の本性によっ て学問に対して立てられた限界の規定に到達する。……知恵の侍女die Begleiterin der Weisheitとなる」 (ibid.)。形而上学の問題すなわち「霊的本性,自由と予定,来世の 状態等々に関する間題」は初めは「悟性の全労力」を動かし「思弁Speculationの競争」
に引入れる。思弁は区別なしに理屈を捏ねて決定し教え反駁したりする。「しかしこの探 求の結果が,それ自身の手続きに関して判断しそして対象だけでなく人間の悟性に対する
の
対象の関係をも知っている哲学となるならば,限界は一層狭く縮められ,探求をもはや決
コ
してその固有の範囲から逸脱させないところの境界石die Marksteineがおかれる」 (S.
369−370)。ヴィンデルバントが適切に要約したように「形而上学がもはや経験を踏み越 えてはならず,しかもまた特殊な経験科学の中へ迷い込むべきでないないば,形而上学に はただ認識そのものの事実を研究の対象とすることしか残るところはない。超感性的な世 界についての学説であってはならない形而上学は,認識論である以外にありようがない。
物の形而上学に「知」の形而上学がとって代わる」(37)。このようにヴィンデルバントは