家計貯蓄と預貯金市場
家計貯蓄と預貯金市場
内田滋
I 家計貯蓄の一側面
わが国の家計における貯蓄のウェイトについては,高度経済成長期にやや 低下したが低成長期に入ると再び上昇しており,依然として家計貯蓄の持つ
1)
意味には大きなものがあるといえる。
いうまでもなく家計部門の貯蓄は,たとえば本源的預金となって企業部門 における設備資金として投資に用いられることになる。したがって,低成長 下において,高い貯蓄率と低い設備投資マインドの併存がもし貯蓄と投資に 関する資金的インバランスを生じるような場合には,金融市場における価格 調整メカニズムによってそのバランスをとることが期待されてよい。
投資主体としての企業に外国企業などを含んだりあるいは海外への直接な いし間接投資を考えるようなオープン・マクロ経済のケースであれば,これ に対応して金融市場についても多国間資本移動等を含む国際性が付与され る。そこでも市場メカニズムの資金配分効率に対する有効性が期待されると ころとなる。
金融に関する規制緩和についても,たとえば金利規制の段階的緩和といっ たものが短期の市場金利群においてみられるように,金融市場における競争 原理の拡大は緩和プログラムの主要支柱の一つとして考えられるようになっ
てきた。
他方,家計という経済主体については,これが本源的預金の主たる供給者 であり貯蓄主体であるにも拘らず,その参加しうる金融市場はきわめて限定
2)
されたものにとどまっている。
もとより,それには,一般の家計による金融取引の内容や規模,事業活 動,信用度等々における基準の差異にもとづき,金融制度における信用秩序
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や効率の維持という点から企業や公共部門等に比べて大きな制約が認されて いるものと考えられるo
しかるに,家計がその貯蓄における場合をはじめとして最も参加・行動し ているのは預貯金市場においてであるといえる。そこでは,家計に対してい くつかの業態の金融機関が多種類の金融サービス・商品の販売をおこなって いるD そして,概ね取引単位当りの金額は小さく逆に取引件数は多大であ るo
乙の市場l乙関する規制緩和がどのようなものであり,またそれがいかなる 効果を市場全体ないしは当該市場参加者に与えるのかということは興味深い 問題である。
乙の問いに対してはいくつかの角度からの考察が可能であろうoわれわれ は以下において,乙れに関する理論および実証分析への準備として先ず家計 における貯蓄と従来からそれと密接な関連を有してきた預貯金市場について のやや制度的な考察を試みることにしようo
E 家計と金融収益
われわれが用いる家計あるいは家計部門という概念については主として経
4)
済学のテキストで通常使われている意味にもとづいている。そこでは,家計 は消費ならびに貯蓄の主体として,また主要な生産要素の一つである労働の 供給者たる経済主体として位置づけられている。
したがって,家計の特性について考える場合にも主としてそのような主体 や行動が規定するものに限定されてくるo ただ,たとえば家計が供給する生 産要素については労働のほかにも土地とか資本などがあるわけで,さらに,
乙れも規模は小さいがいくばくかの投資も家計行動としておこなう乙とは十 分可能なことである。
しかしながら,このことはいわば単純化の程度に関するものであって分析 方法や仮定内容に依存する。とりわけ,家計の範囲については通常,勤労者 世帯をはじめとして農林漁業者,自営業者,無職者などがあげられる。わが 国における地域特性などを考慮に入れる場合やそれに関連する分析をおこな
家計貯蓄と預貯金市場 89
う際には,いうまでもなく細かな家計区分の識別とそれにもとづく統計デー タの分類・整理が必要となるo ただ,とこではそのようなやり方をとらず例 えば経済企画庁の国民所得統計におけるように個人企業を含む家計部門全般 を取り扱って考えることにする。
家計は,集合的にもあるいは単一(個別)的な意味においても,もう一つ の経済主体である企業と対比させて考えられる場合が少なくない。
それぞれの経済活動については,たとえばその目的には主として家計が与
6)
えられた予算制約のもとで消費に基づく効用最大化をはかるのに対して,企 業はある生産費用構造のもとでの利潤最大化をめざすということが先ず指摘 されるo そして,それには消費者あるいは生産者としての合理的行動が前提 とされるo
このような価格理論の基礎的ケースから少し離れてみる乙とがここでは要 求されるかも知れない。すなわち,家計と企業とにおけるそれぞれの意思決 定に関するもう少し詳しいケースについてである口
たとえば,意思決定における組織(家計もしくは企業)の目的やその行動 の目標がいかなるものであるのか,組織のメンバーの違い(質的および量 的)やメンバーシップの設定とその基準,意思決定に対するメンバー聞の影 響力の差,意思決定された目標達成のための実行力すなわち組織の経営管理
7)
能力等がどのようになっているのであろうかといったことがあげられる。
また家計は企業のように利潤動機にもとづいて行動するものではない' と か 本 来 , 家 計 は ゲ マ イ ン シ ャ フ ト (Gemeinschaft)に基礎づけられ ており企業はゲゼソレシャフト (Gesellschaft)に対応する経済主体である' という乙とはしばしば指摘されていると乙ろである。
しかし,現実の家計や企業をそのように把握することにはいく分か単純化 のきらいがあるO たとえば,それぞれにおける経営管理のあり方やその能力
9)
についてはその基本的機能に共通点や類似点が少なくない。
したがって,経営管理の一環としての原価管理面のウェイトが家計におい ても高まったのは主として昭和48年10月の石油危機を契機とする低成長経済 への移行とそれに伴なう実質所得水準の伸び悩み(第l表)にもとづくもの
90
RDYR
42 64.4 11.6 49
3.0
経 営 と 経 済
第1表実質家計可処分所得増加の推移 (単位千億円, %) 41
9.2 48
7.7 55
0.5 注)DYR, RDYRは夫々,実質家計可処分所得の対前年度増加額とその成長率を
示す。経済企画庁『国民所得統計年報J,r国民経済計算年報』より作成。
とはいえ,家計における意思決定や経営管理のレベル・アップ自体にも少な からず依存しているのではないか,と考えられる。
乙の意味においても,最近の金融商品とりわけ預貯金市場における新商品 の販売は,家計による金利選好の高まりと相佼ったものであり,これと独立 ではありえないことがうかがわれる口
というのも,低成長下にあっては勿論だが仮に高度経済成長が再びもたら されるとしても新たなエネルギーや資源が許容するものでない限り,当面は 経常収入に加えて金融資産による収益は家計にとって明らかに無視できない 所得増加要因として考えられるからである。
E 家計部門金融資産・負債残高の推移
実物部門をはじめ金融部門をも合わせた経済における資金の流れはこれを マネー・フロー表として表わす乙とができる。それにはいくつかの基準によ るものがあるが,たとえばわが国においては,貯蓄と投資を中心として資金 の流れを把握しようとする考え方に基づいた日本銀行の資金循環勘定をあげ る乙とができる。
家計貯苔と預貯金市場 91 これは金融取引表と部門別主要金融資産・負債残高の表から構成されてい るほか, もう一つ部門別主要金融取引も含まれている。
前者の金融取引表は,金融機関,中央政府,公社公団および地方公共団 体,法人企業,個人,海外といった各経済主体を列としてとり,各種金融資 産等を行として配したものであるO
このうち,特に金融機関については,これをさらに日本銀行,民間金融機
14)
関,公的金融機関に分けている。
また,部門別主要金融資産負債残高の表では,各列に時点(月末ないし は年度末)がとられ,部門別には日本銀行,民間金融,公的金融,中央政
第2表家計部門金融資産・負債残高の推移 (単位タム千億円) 区 分 l 末昭和33年 I 末昭和38年 │木昭和叫 I 末昭和48年 I末昭和53年 │ 末昭和56年
16.0% 千億 14.9 13.7 14.9 11.0 8.7
要求払預金 12.1 29.4 61.4 165.4 270.2 304.1
51.3 46.3 49.9 52.5 55.0 57.3
定期性預金
38.9 91.1 223.1 581.4 ,1355.6 ,1996. 7 金
2.9 4.3 6.2 6.1 6.8 6.9
言毛 2.2 8.4 27.7 68.2 166.7 242.2 融
10.7 11.1 13.9 13.7 13.8 14.9
資 保 険 8.1 21.8 62.2 152.5 339.0 520.0
19.1 23.4 16.3 12.8 13.4 12.2
と守乞ー 有 価 証 券 14.5 46.1 72.8 142.0 329.7 425.2
100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0
βにl、 計 75.8 196.8 447.2 ,1109.5 2,461.2 3,488.2 (1旨 数) (100.0) (259.6) (590.0) (1.463.7) (3.247.0) (4.601.8)
57.9%千l守 56.8 59.5 72.5 75.1 77.3 負 借 入 金 15.7 46.0 118.9 357.3 770.4 ,1086. 9
信企用業受信間
42.1 43.2 40.5 27.5 249 22.7
11. 4 35.0 80.9 135.7 255.6 318.3
100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 メE入1 計 27.1 81.0 199.8 493.0 ,1026.0 ,1405. 2 債
(1旨 数) (100.0) (298.9) (737.3) (1.819.2) (3.786.0) (5.185.2)
注)j百年ベース。名目位。日本銀行『経済統計年報』より作成。
92 経 営 と 経 済
府,公社公団・地方公共団体,法人企業,個人の各部門が行として並んでい るo
さて,これらの表における家計部門の取り扱いについてはそれが対応する 部門別区分としては個人部門となっているO 既に触れたように家計部門と個 人部門とではそれぞれの内容区分にどのような経済主体が含まれているか (もしくは,含めるか)ということによって必ずしも一致したものを表わす とは限らない口ただ,長期における主要指標数値の推移を把握する場合に は,個人部門の計数値の動向を以って概ね家計部門のそれとみなすことは可 能であろう。
では,家計における資産(金融資産,以下同じ)および負債の長期的推移 について資金循環表からながめてみよう。第2表は,個人部門における各種 金融資産および負債残高を主要項目にまとめて示したものであるo
先ず,資産残高の構成については,要求払預金と有価証券の比率が低下し ており,信託,保険,定期性預金のウェイトが高まってきているo特l乙,要 求払預金の減少と,信託および保険の増大がめざましい。
次に,負債残高の推移からは,借入金の割合が特に昭和40年代から増大傾 向を示している乙とが見てとれる。また,負債残高全体の伸びが資産残高全 体のそれを超える値で推移していることも注目されてよい現象である。
第3表家計部門諸経済指標の推移(単位,千億円, CPI, RSを除く〉
\\\---I~和3町屋和38年 I ~~43年 I ~W48年 I ~t1J53年 I ~t1J55年
家計可処分所得 82.2 162.9 783.8 ,1461.1 ,1709.6 個 人 財 産 所 得 7.8 20.3 30.9 83.1 142.0 225.3 民国間内総・資住本宅消形費成支I 4.0 12.3 33.6 98.4 138.5 151.3 家
出計最終 70.2 134.6 293.8 622.5 ,1177.3 ,1376.2
I家消E計費E貯者L蓄物‑率価‑(指(RF数5S))
32.0 40.5 51.6 76.0 123.4 139.4 14.6 17.3 16.7 20.9 20.6 19.5 注 〉 家 計 財 蓄 率 = 家 計 貯 蓄 / 家 計 可 処 分 所 得 , 消 賀 者 物 価 指 数 は 昭 和50年 度 を
100.0とする。 日本銀行『本邦経済統計j , r経済統計年報』経済企画庁『国民 所 得 統 計 年 報J, r国民経済計算年報』より作成
家計貯蓄と預貯金市場 93 なお,この期間における主要経済指標のうち関連するものについては第3 表のような数値をとって推移しているO
わが国の高度経済成長は 1人当り国民所得なかんずく個人可処分所得を 増大させ,個人部門における資金運用および調達,あるいは家計の資産選択 といった行動にも少なからず影響をおよぼしてきた要因の一つであるといえ る。
このうち,資産選択においては,家計が利用可能な情報はその収集や整 理,分析などに要するコスト面での制約によると乙ろも含めて,企業などと 比較してかなり限定されたものであることが多い。そして,それはむしろ一 般的な現象となっているのである。
既にみたように,たとえば利潤動機にもとづく企業行動と異なって,家計 の意思決定や家計行動に影響を与える諸要因とそれらの聞のウェイトについ
17)
ても何らかの固有の特徴がみられるかも知れない。
さらに,例えば所得により区分される家計階層(クラス)についても,資 本金や売上高,利益率などに基づく企業区分の場合とは全く異質の結論がも たらされることもありえよう。
すなわち,乙のことは,家計部門全体からみる場合とその中を詳しく区分 してから調べていく場合とでは,分析方法が同じものであっても得られる結 果に有異差が生じうるかも知れないという乙とを意味している口そして,そ れは本稿におけるわれわれの考察のケースにもあてはまるかも知れない。
したがって,われわれが 2'ndステップとして家計区分による分析をも 行なう際には,その点の検証も加えられることになるであろう。
町 家計行動と預貯金市場 価格(金利)規制の緩和について
金融に関する規制緩和のうち価格については,たとえば参入などと並んで その主要項目の一つにかぞ、えられるo
金融サービス・商品の多様化と規模(発行ないしは流通残高)の拡大に伴 ない,あるいはその供給者の増大につれて,金利や手数料をはじめとする諸
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価格の形成・決定にも多くの要因が反映するようになってきた。そこでは,
総じて市湯での競争原理にもとづく度合が拡大しつつあるという傾向をうか がうことができるO
さて,ここでの価格は,金融仲介機関が生産・販売する金融サービス・商 品全般における価格といったものではなく,その中の金利とりわけ預貯金金 利についてであるO
現在のところでは,預貯金市場における金利は自由化されておらず,その 怠味では例えばコーノレや手形割引などの短期金融市場における自由金利とは 逆に規制金利として機能している。
周知のように,鈴木 (9)において指摘された戦後わが国金融構造の4つ の特徴すなわちオーバー・ローン,オーバー・ボロウイング,資金偏在,間 接金融方式の優位といったことがらに関与しそれを可能にしたのはいわゆる 人為的低金利政策と呼ばれるものであった。これに対する評価についてはさ まざまであるが基本的には概ね妥当とする見解が多い。
それは,たとえば金融市場における各種資産ないしは主要商品に関する個 別市場数およびそれらの規模がいまだ小さかったという市場未発達の環境と あわせて考えられるところのものであるO
もとより,預貯金市場についてもその政策的効果がおよぼされているわけ であるo仮に金融市場とりわけ貸出市場における資金需要が企業の旺盛な設 備投資マインドを反映して堅調で大きなものである場合でも,直接l乙市場実 勢にもとづいた自由(非規制)金利とならずに基本的に規制された金利体系
として作用していたのである。
この政策にもとづく預貯金金利水準の低位性は貸出金利におけるそれと対 応するものである。いうまでもなく貸出金利の低水準は企業による設備投資
の促進材料としてはたらき,これを増大させる要因となるo
一方,家計にとっては,金融市場が未発達であったという要因も加えて,
一般に企業など他の経済主体と比較する場合それが参加可能である市場は限 定されており,預貯金市場が依然としてその中心的役割を担ってきたとみな
22)
す乙とができるO
家計貯苔とm貯金市場 95 それには,既にみたようないくつかの家計部門の性格に依るところが大き いが,金融における規制緩和が進展して行くなかでは,たとえば個別家計自 体やその収引の規悦,家計クラス,家計信用度などにもとづく何らかの基準 によって市場参加の拡大がはかられることも考えられるO
ただ,上にみたような従来における制度的背景のもとでは,たとえば低金 利政策にもとづく政策効果のーっとして便益の帰属に関する問題が指摘され る。すなわち,主として金利規制による利潤の帰属が, (i)投資主体であ る企業, ( ji )金融仲介機関(銀行), (iii)貯蓄主体である家計,のいず れに対して,いかほどもたらされたのかということがそれであるO
直接的効果についてみると必ずしも単一の経済主体のみではなく,その帰 属 対 象 と し て は (i ) お よ び (ii )といった複数の主体に及んでいるものと 推測されるD ただ,その確認は関述する実証分析への新たな課題のーっとさ れるものである。
家計にとっては,その貯苔行動や金融資産選択を考えるとき預貯金市場に おける価格情報は企業におけるそれよりもはるかに大きなウェイトを持つも のである。自由化された預貯金金利が現行よりも高い水準で推移するとすれ ば規制下において減じられていた便益は何がしか回復された水準に戻りうる
24)
ことも考えられるのである。
さて,預貯金金利に関する規制緩和のもう一つの側面は,当該市場商品の 開発・販売をめぐる競争水準と関係するであろうo次に,商品販売に関する 規制緩和について少し考えてみたい。
2. 商品販売規制の緩和について
預貯金金利の規制緩和すなわち自由化がもたらすもう一つの効果は,預貯 金市場における新規商品の開発・販売がますます進展するであろうというこ
とであるO
それには,当該市場の金融サービス・商品を供給してきた既存金融機関に 加えて新たに参入者を誘発したり,あるいはサービス・商品そのものの多様 化や品揃え,金融機関相互の述携による組合せないしは合成商品の販売など
96 経 営 と 経 済
が含まれる。
たとえば,期目指定定期預金や国債・定期預金をはじめ,最近では信用金 庫と証券会社の述携による普通預金・中期国債ファンド,銀行と生命保険会
26)
社による期目指定定期預金・一時払主主老保険など多くのものがあるO
もとより,市場ニーズに応じて,既存商品やその組合せとからは全く異質 のタイフ。による新型商品の開発・販売も十分考えられると乙ろである。た だ,その際の販売認可に関する規制のあり方も規制緩和フ。ログラム全体のな かで何らかの位置づけがなされるところのものであるD たとえば創業者利得
27)
の問題などはこれとあわせて検討されるポイントとなるであろうO
また,昭和55年12月の新外為法にもとづき自由金利で預け入れ限度額のな い外貨建て預金が可能となった。このような国際化要因も相侠って家計の預 貯金市場における需要商品の多様化は一層家計の資産選択の幅を拡げて行く
ことになる。
新商品の開発・販売と預貯金金利の自由化については相互に関連しあいな がら進展して行くものであるが,家計貯蓄との関係からいえば大口預金から 小口預金へと速やかに進むことが期待されているD
また,貯蓄行動における資産選択の情報管理や技術的なレベル・アップが なされるもとでは,程々の消費行動による決済手段や資金運用上の対象とし て,従来以上に他市場での金融サービス・商品と比較されながら当該市場が 多様化しつつ推移して行くものと予想される。
そして,乙れに関連して貯蓄をはじめとする家計行動においては,金融市 場の情報や取引のために必要となる賀用すなわち市場参加コストが小さけれ ば小さいほど,あるいは家計における金利選好が大きければ大きいほど,預 貯金市場全体が家計部門から受けるインパクトも増大するようになるであろ
うと考えられるのであるO
V 結びにかえて
本稿においては,家計行動とりわけ貯蓄について,その形態面から従来よ り家計に密接な関係のある預貯金市場およびその規制緩和の持つ意味などを
家計貯蓄と預貯金市場 97 中心lこ考察した。
実質家計可処分所得の伸び率鈍化のもとでは余剰資金の運用益を含む金融 資産からの収益は長期では少なからぬ所得増加の要因として関心が払われて
くる。
家計の金利選好が高まり家計管理(やそのための技術)水準の向上がみら れるもとでは,金利の自由化や新規商品の開発・販売などといった預貯金市 場での規制緩和がもたらすインパクトは家計に対してもいくばくかの新たな 便益をもたらすことが考えられる。
他方,当該市場における金融サービス・商品の供給者にとっては,新規参 入者との競争をはじめ他市場との資金獲得競争にも直面することが予想され
る。
それは,また,金融市場‑に関するものをはじめとして家計貯蓄行動に要す る情報や取引のための費用すなわち市場参加コストが小さいものであるほ ど,家計部門としての市場行動や成果が相対的に改苦‑されることにつなが るD
その芯味で、も,テレ・コミュニケーションの自由化や機械化などに基づく 高次オン・ライン化といった情報化の進展は,一居家計や企業に対して金融 サーピ求の拡大と多様化をもたらすことになる。同時に,金融機関をはじめ とした金融市場に対しても産業組織面における変動効果を与えることが予想 される。
したがって,家計貯蓄行動にもそれにもとづく直接的ないしは間接的影響 が作用するところとなろう。ただ,それがどのようなものであり,またいか なる大きさになるのかといったことについては,例えば預金保険制度やその 他の信用秩序の維持政策,業界内部の自主的対応やそのあり方等を検討する 場合ある程度予測・評価されるものとしても,それはきわめて難しい問題で あり作業となることが予想される。
なお,預貯金市場と家計行動について一般化して考える場合には,当該市 場におけるサービス・商品の供給者としての金融機関が他方では企業部門に 対して貸出市場において資金の貸付業務をおこなっているという乙とを拾象
98 経 営 と 経 済
することはできない。
す な わ ち , 間 接 金 融 方 式 の も と に あ っ て は , 金 融 仲 介 機 関 の 市 場 ( 少 な く と も 預 貯 金 な ら び に 貸 出 市 場 ) 行 動 と そ れ に よ る 成 果 を 通 じ て 企 業 金 融 の 動 向 が 文 字 通 り 間 接 的 に 家 計 行 動 に 影 響 を 与 え る こ と と な る か ら で あ る 。
直 接 金 融 方 式 の 場 合 に は , た と え ばcp (コマーシャノレ・ペーパー)発行 についてその小口化が進めば家計行動に対しても企業業績ーが直ちに関係、して
くることになるD
そ の よ う な 企 業 金 融 を も 含 め た 形 で 家 計 貯 蓄 に つ い て 考 察 す る こ と は 関 連 す る 市 場 に お け る 規 制 緩 和 の 程 度 に 応 じ て 興 味 あ る 結 論 が 得 ら れ る の で は な い か と 思 わ れ るo そ し て , そ れ は ま た 家 計 貯 蓄 行 動 を も う 一 歩 広 い ス テ ー ジ で 分 析 す る 場 合 に 考 察 対 象 と な っ て く る ポ イ ン ト の ー っ と い え る の で あ る 。
注
1)家計貯蓄行動については,例えば井原 (2),拙稿(14)を参照。
2)金融市場の制度的概要については,日本銀行 (6)をみよ。
3)通常,預金は商業銀行,長期金融機関(長期信用銀行,信託銀行) ,中小企業金融 機関,良林漁業金融機関によって供給されるが,貯金は郵便局によってのみである。
4)例えば,家庭径済や家庭経営を扱う家政学や家族社会学,税務,会計学等において は夫々別の在日点による定義がなされ得ょう。
5)家計の定義にもよるが,通常,生計を営む個人もしくは家族に誌づく世帯が単位と なっている。自営業の場合には零細 小企業主のケースであり,無職者には退職して 無業の世帯(し、わゆる retiredf amily)が含まれる。
6)貯蓄については乙れを将来の消費としてみなされるから,乙れは即ち消費者の時間 選好率に依存するものにほかならない。
7)経営ということばは,例えば企業経営者のように広く用いられている。しかし,唯 に企業に対して固有のものではない。
8)いうまでもなく,乙の考え方は社会学における集団類型論の立場にもとづく。
9)とりわけ,家計における省エネノレギーなどの原価意識の高まりや企業における集団 (家族〉主義的経営などはその表われといえよう。
10)その多くが既存商品の組合せによるものであって,全く異質のタイプによる新規商 品ではないという見方もある。
家計貯蓄と預貯金市場 99
11)乙れには,所得の伸び陥みの他に,住宅や耐久消費財の購入,余別資金の迎用機会 の増大,物価上昇と実質資産価値の低下,海外市況や同際金融情勢を合む金融情報呈 の増大,拡大する金融資産ないしは商品の多様性などが関係していよう。なお,周知 のように,家計所得と消賀行動についてはケインズ (4)の絶対所得仮説をめぐり消 費関数論争が展開された。なかでもデューゼンベリー (1)の相対所得仮説に閲して ratchet effectやdemonstrationeffectなどが本節との関係では興味深い。
また,ピグー効果については,ピグー (7)を参照。
12)低成長経済への移行に関しては,吉宮(13)をみよ。また,それに関する事後的ー 般経済劫向については,経済企回庁 (3)を参照。
13)日銀預け金,現金通貨,要求払預金,定期性預金,譲渡性預金,非居住者円預金・
外貨預金,政府当座預金,信託,保険,有価証券(政府短期証券,中・長j羽田債,地 方債,公社公団公庫債,金融債,事業債,株式,投資信託受益証券,外貨債)J 日銀 貸出金・借入金,コーノレ,買入手形・売渡手形,貸出金・借入金〈市中貸出金・借入 金,政府貸出金・借入金)J 企業同信用,資金運用部預託金,外貨準備高,貿易信 用,直接投資,その他対外債権債務,その他,資金過不足,合計となっている。
なお,竹中(10)参照。
14)金融取引表(続)においては,民間金融機関を全国銀行〈部市銀行他)J 中小企業 金融機関,民休水産金融機明からなる銀行と投資信託を合む信託,保険,証券会社に 区分し,公的金融機関についても郵便貯金・筒保・年金,資金運用部,政府金融機関 l乙区分されている。
15)但し,例えば個人企業などのうち何れかの部門における割合が長期的に変化して,
構成上大きな差異を生じるような場合には両部門間の定:苦からする調整が必要となろ
つ
。
16)物的資産を排除して考えるのは,本稿におけるわれわれの関心が主として金融市場 とりわけ預貯金市場に対して向けられているためである。
17)例えば,土屋=林(11)では,資産の属性としての安全性や収益性,流劫性l乙関し て予侃的助機と資産劫機の立場から個人の金融資産選択における安全資産選択モデノレ を設定している。
18)家計行到において不IJim動機がいかなるウェイトを持っているかという問題ではな く,例えばその資金運用と調達あるいは金融資産選択における金利選好の大きさがい かなるほどのものであったかという問題を考える場ー合でさえ,少なくとも商品同性差
100 経 営 と 経 済 や家計クラス問における選好度ないしはそのパターンの違い,危険態度の差異……と いったものがどのようになっており,しかもそれらが時間に対してどう変化するのか という基本的な検討材料が提起されるであろう。
19)預金金利規制と銀行業については,例えば南部 (5)をみよ。
20)貸出市場に関しては本稿では取扱わない。なお,筒井(12)において簡明にまとめ られている。
21)このことは,貸出市場を中心として信用割当て行動をとらせ,例えば拘束性預金の 存続に少なからず影響を及ぼした。従って,これに基づく実効金利は市場での資金需 給をバランスさせる要因の一つであったとみなすこともできょう。
22)例えば,コーノレや手形割引市場はいうに及ばず,企業の参加可能な現先市場にも認 められていなし」またCD(譲渡性預金〉については取引額の大きさから一般に家計 の参加は難しい。
23)企業焼技に関する考え方や取扱いについては,詳細は別の機会に譲るがノfフォーマ ンスの基準を調整することによりある程度まで家計規模に対しても応用可能ではない かと考えられる。
24)もとより,従来減少(もしくは失われた〉分を回収しうるという意味ではない。
25)参入の問題については,価格や商品販売に関する場合以上に大きな規制緩和効果を 与えうるものであるが本稿では扱わない。なお,拙稿(15)では部分的に取扱われて いる。
26)貸付信託(ビッグ〉や金融債(ワイド) ,公債(中期国債や同ファンド) ,投資信 託〈ジャンボ〉などはこ乙でいう狭義の預貯金市場には含まない。
なお,本稿をまとめた後,斉藤他 (8)をみる乙とができた。特に組合せ商品など について詳しい。
27)周知のように,製造工業部門においては特許権などによる法的保護が制度化されて いる。しかし,サービス部門においては諸種の基準設定にもいくつかの間題点があっ て必ずしも容易ではない。例えば,商品差別化とその効果や開発関係費用の評価と算 定,利益の大きさと 2次認可までの期間,商品の類似性の区別などがあげられよう。
なお,コンピュータ・ソフト・ウェアなどはやや工業部門ハード・ウェアに近いかも 知れないが,その制度的対応は現在のところまだ十分なものではないようである。
家計貯蓄と預貯金市場 101
〔 参 考 文 献 〕
(1) Duesenberry, J.S., Income Saving and The Theory 01 Consumer Behavior, Harvard Univ. Press, , 49. 大熊一郎訳『所得・貯蓄・消費者行 為の理論』巌松堂出版,昭和30年
(2) 井原哲夫『個人貯蓄の決定理論』東洋経済新報社,昭和51年 (3) 経済企画庁『経済白書』各年版
(4) Keynes, J. M., The General Theory 01 Employment, Interest and Money, Macmi1lan and Co., '36. 塩野谷九十九訳『雇傭・利子および貨幣の一般理 論』東洋経済新報社,昭和16年
(5) 南部鶴彦「銀行業の非価格競争と預金金利Jr季刊理論経済学』第四巻第1号, 昭和53年
(6) 日本銀行調査局『わが国の金融制度』昭和51年
(7) Pigou, A.C.,Money Wages in Relation to Unemployment", Economic Journal, Vol. 48 No. 189 Mar. '38 134‑13$
(8) 斉藤明他「最新金融システム便覧Jr銀行の営業推進』第四巻第11号,昭和59年 (9) 鈴木淑夫『現代日本金融論』東洋経済新報社,昭和49年
(10) 竹中平蔵「資金フローの変化と金利機能Jr経済セミナー』第338巻, 3月号,
昭和58年
(ll) 土屋俊彦・林敏彦「安全資産の選択と預金金利Jr経済研究』第32巻第l号,昭 和56年
(12) 筒井義郎「第1章貸出市場」古川顕編『日本の金融市場と政策』昭和堂,昭和58 年
(13) 吉冨勝『日本経済混迷克服の条件』東洋経済新報社,昭和53年
(14) 内田滋「不確実性と家計貯蓄行動一一マクロ・データに基づく失業,インフレー ジョン効果の計測一一Jr経済論叢』第132巻第5・6号,昭和58年
(15) 一一一「中小企業金融と規制緩和Jr経営と経済』第64巻第2号,昭和59年