博 士 ( 農 学 ) 矢 島 由 佳
学 位 論 文 題 名
日本産ルリホコリ属(変形菌綱ムラサキホコリ目 ム ラ サ キ ホ コ リ 科 ) の 分 類 学 的 研 究
学位論文内容の要旨
ルリ ホ コ リ属Lamproderma Rostaf.は, 変 形菌綱 ムラサキ ホコリ 目ムラサ キホコ リ 科 の 一属 で あ る. 本属種 の子実 体は,子 嚢の半ば まで伸 びた軸柱 から多 数の細毛 体が 発 生 し, ま た 暗色 の胞子 を形成 するとい う形態的 特徴を 持つ.近 年本属 ではタイ ブ標 本 再 検討 に 基 づく 学名変 更が相 次ぎ,過 去の報告 が現在 どの種に 対応す るのかは シノ ニム を追うだ けでは 判断でき ず,標本 の再検 言寸が必要となっている.また今までに行 わ れ てき た 核 ゲノ ムの分 子系統 解析結果 は,本属 が多系 統群であ ること を示唆し てい る が ,そ れ を 支持 するに 十分な 形態学的 研究が行 われて おらず, 本属の 分類学的 再検 討 が 求め ら れ てい る.変 形菌で は,その 分類形質 として 子実体の 各構造 の形態形 質が 用 い られ て き た‐ しかし ルリホ コリ属が 属すると される ムラサキ ホコリ 目では, 形態 形 質 その も の に対 する詳 細な観 察が行わ れておら ず,そ の構造は 不明で ある.本 研究 で は ,形 態 形 質の 構造を 明らか にし,各 種が示す 形態形 質を詳細 に検討 し日本産 ルリ ホ コ リ属 の 改 訂を 行うこ と,及 ぴ形態形 質と生態 からル リホコリ 属の特 徴を明確 にす る こ と を 目 的 と し , 日 本 産 ル リ ホ コ リ 属 の 分 類 学 的 研 究 を 行 っ た ・ 1.生態
2004年 春 か ら2008年 晩 秋ま で , 北海 道 で 野外 調 査 を行 い , ルリ ホ コ リ属 種 の530 標 本 を得 て ,17種1変種2未 記録 種 を 同定 し た .本 属 種 が 子実 体 を 形成 して いた基物 は7っに 分 類 され , こ れら の 基 物で 本 属 種の 子実 体が最 も多く観 察され たのは腐 朽草 本 で あっ た . この ことか らルリ ホコリ属 の基物嗜 好陸は ,ムラサ キホコ リ目より もモ ジホコリ目に近いことが示唆された.
2.標本調査
日本 産 ル リホ コ リ 属種 の タ イプ 標 本 をBM,BR,K,LAU,TNSで探 索し,19標 本を検 討 し た. ま たTNSに 保管 さ れ てい る 日 本産 ル リ ホコ リ 属 種 漂本486点 お よび筆 者の採 集 標 本574点 の 計1060点 を 観 察し , 日 本産 と し て19種2品 種 ,2未 記 鏑 重を 認 め た , 日本 産として 報告の あるL. ovoideum var cucumerおよぴ 己maculatumは,検討可能な 標本がそれぞれムzonatum,工.echino・響 〇Mmと同定された.また日本産として報告のあ るLビ 出 沈 切 Mmの 証 拠 漂 本 と 思 わ れ る 標 本 は , 己 凹 珊 ガ 餾 と 同 定 さ れ た . 3.形態学的検討
ルリ ホ コ リ属 の 分 類形 質 と され る 子 実体 の 形態形 質を,実 体・光 学顕微鏡 ,SEMお よ ぴTEMを 用 い て 検 討 した . ル リ ホコ リ 属 種の 子 実 体の 形 態 形質 は , それ ぞ れ 以下
のような構造となっていることが明らかとなり,その結果から「子嚢内膜」を新たな 変形菌の形態形質用語として提案した.
・変形膜:電子密度の低い表層と,電子密度の高い部分と低い部分が混荏する芯部か ら構成されたもの.表層は未消化の細菌等を包含し,基物上に膜として広がる.芯部 は子嚢の中央直下に形成され,表層と同等またはそれ以下の直径で基物上に広がる.
芯 部 の 電 子 密 度 が 低 い 部 分 に は , 消 化 さ れ た 細 菌 が 存 在 す る .
・柄:変形膜の延長で,棒状となったもの.
・軸柱:変形膜の芯部のみが子嚢内に延長し,その表面が子嚢内膜によって包まれた もの.
・子嚢内膜:ルリホコリ属種の子嚢の内側に存荏する膜であり,軸柱全体を包み,細 毛体の表層となり,あるいはそれ自体が枝状となり細毛体を形成し,さらに子嚢底部 では変形膜の表層と合着して子嚢壁を形成するもの.
・子嚢壁:2層以上の電子密度の異なる膜から構成され,子嚢底部で子嚢内膜と変形 膜表層が合着することで形成されたもの.
・細毛体:構造の異なる少なくとも2種類の細毛体がルリホコリ属には見られる,一 っは軸柱そのものが枝状に出枝し,子嚢壁に到達したもの.もうーっは子嚢内膜のみ が枝状になり子嚢壁に到達したもの.
・ 胞 子 : 原 形 質 が 2層 以 上 の 電 子 密 度 の 異 な る 膜 で 包 ま れ た も の . ルリホコリ属の特徴とされる残剤生の子嚢壁は,子嚢外面を覆う変形膜表層を子嚢 内膜が発達して内側から支持することにより構成されていた.また軸柱全体から出る 豊富な細毛体は,軸柱そのものの分枝だけでなく,子嚢内膜のみが糸状となることで も形成されていた.したがってルリホコリ属は,変形膜表層が子実体全体を覆い,子 嚢内膜が発達していることで特徴づけられる.
4.系統解析
ミトコンドリアゲノム上のcox3遺伝子の一部を増幅させる新規プライマーを作成 し,こ れを 用い て日 本産ルリホコリ属14種および変形菌7属11種1変種の系統解析 を行った.ルリホコリ属のタイプ種である己columbinumを含む大多数のルリホコリ属 種韜よびComatricha,Collariaは,同一クレードを形成した,本クレードに含まれる分 類群のcox3遺伝子の相同性は高く,形態学的種と同様の認識はできなかった.したが って今後更栓る遺伝子マーカーを構築する必要がある.
5.分類学的記載
本研究で日本産ルリホコリ属として認めた19種2品種2未記録種について,種の検 索表を作成した.また標本に基づぃて記載し,図を掲げた.日本産として報告されて いたムmacularumは,証拠漂本の観察結果に基づき,日本産ルリホコリ属から除外し た.現在までルリホコリ属はムラサキホコリ目に属するとされ,このムラサキホコリ 目ただ一目が属するのがムラサキホコリ亜綱であるというRossの概念が広く受けい れられてきた.本研究で明らかにしたルリホコリ属種の子実体の構造は,ムラサキホ コリ目以外の全ての目を含むモジホコリ亜綱の特徴とされる形質を有していた.した がって変形菌に2亜綱を認めるRoSsの概念は,再検討が必要であると考えられ,本研 究で漣ムラサキホコリ亜綱を採用しないことにした.
―1246一
学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主査 教授 近藤則夫 副査 教授 幸田泰則
副査 教授 西川恒彦(北海道教育大学)
副 査 客 員 准 教 授 星 野 保 ( 理 学 院)
副査 講師 秋野聖之
学 位 論 文 題 名
日 本 産 ル リ ホ コ リ 属 ( 変 形 菌 綱 ム ラ サ キ ホ コ リ 目 ム ラ サ キ ホ コ リ 科 ) の 分 類 学 的 研 究
本論 文は 図6, 表127を合 み 9章 から なる総頁数196の 論文であり,別に参考論文2編 が 添え られ てい る .
ル リ ホ コ リ 属Lamproderma Rostaf.は , 変 形 菌 綱 ム ラ サ キ ホ コ リ 目 ム ラ サ キ ホ コ リ科 の一 属で あ る. 近年 ,本 属で はタ イプ 標本 再検 討に 基づ く学名変更が相次ぎ 標 本の 再検 討が 必 要と なっ てい る. また 、核 ゲノ ムの 分子 系統 解析は,本属が多系 統 群 で あ る こ と を 示 唆 し て い る が そ れ を支 持す るに 十 分な 形態 学的 研究 が行 われ てお ら ず: 本属 の分 類 学的 再検 討が 求め られ てい る, しか し, ルリ ホコリ属が属するム ラ サ キホ コリ 目で は ,形 態形 質そ のも のに 対す る詳 細な 観察 が行 われておらず。その 構 造 には 不明 な点 が 多い .本 研究 は, ルリ ホコ リ属 の各 種が 示す 形態形質と生態との 関 連 から ,ル リホ コ リ属 の特 徴を 明確 にす るこ とに より 日本 産ル リホコリ属分類体系 の 改 訂 を 目 的 と し て い る , そ の 内 容 は , 次 の よ う に ま と め ら れ る . 1. 生態
北 海 道 に お い て 野 外 調 査 を 行 い , ル リ ホ コ リ 属 種 の530標 本 を 得 て ,17種1変 種 2未 記 録 種 を 同 定 し た . 本 属 種 が 子 実 体 を 形 成 し て い た 基 物 は7つ に 分 類 さ れ こ れ ら の 基 物 で 本 属 種 の 子 実 体 が 最 も 多 く観 察さ れた の は腐 朽草 本で あっ たこ のこ とか ら ルリ ホコ リ属 の 基物 噌好 性は ,ム ラサ キホ コリ 目よ りも モジ ホコリ目に近いこと が 示 唆さ れた
2. 標本 調査
日 本 産 ル リ ホ コ リ 属 種 の タ イ プ 標 本19点を 検討 し た. また ,日 本産 ルリ ホコ リ属 種 標 本486点 お よ て 陶 導 粥 鉢 :574点 の 計1060点 を 観 察 し , 日 本 産 と し て19種2 品 種2未 記 録 種 を 認 め た 日 本 産 と し て 報 告 の あ るL, ovoideum var. cucumer お よ びL maculatumは . そ れ ぞ れLzonaturnLec漸 〇sp〇 冂 ′mと 同 定 さ れ た , ま た , 日 本 産 と し て 報 告 の あ るLecカ 加 曲 畆mの 証 拠 標 本 と 思 わ れ る 標 本 は ,L
carestiaeと同定された 3.形態学的検討
ルリホコリ属の分類形質とされる子実体の形態形質を.実体・光学顕微鏡走査型 およ び透過型電子顕微鏡を用いて検討したルリホコリ属種の子実体の形態形質の構 造 は , 変 形 聴 柄 子 嚢 内 臓子 嚢 壁 細毛 体 およ び 胞 子か ら なっ て い るこ と を 示し た,そのうち.リレリホコリ属種の子嚢の内側に存在する膜であり,軸柱全体を包み,
細毛体の表層となり,あるいはそれ自体が枝状となり細毛体を形成し,さらに子嚢底 部では変形膜の表層と合着して子嚢壁を形成する」子嚢内膜を新たな変形菌の形態形 質用語として提案した
また,ルリホコリ属の特徴とされる残存陸の子嚢壁は,子嚢外面を覆う変形膜表層 を子 嚢内膜が発達して内側から支持することにより構成され軸柱全体から出る豊富 な細毛体は,軸柱そのものの分枝だけでなく.子嚢内膜のみが糸状となることでも形 成さ れていたしたがって,ルリホコリ属は変形膜表層が子実体全体を覆い,子嚢内 膜が発達していることで特徴づけられるとした,
4.系統解析
ミトコンドリアゲノム上のcox3遺伝子の一部を増幅させる新規プライマーを作成 し, これを用 いて日本 産ルリホ コリ属14種お よび変形 菌7属11種1・変種の系統解 析 を 行っ た ルリホコリ 属のタイ プ種であ るL co加7白們 弸を合む 大多数の ルリホ コリ属種およびc|朔a加け7a Gコ′′.a′めは,同一クレードを形成した本クレ―ドに 含ま れる分類群のcの8遺伝子の相同性は高く,形態学的種と同様の認識はできない ことを明らかにした.
5.分類学的記載
本研 究で日本 産ルリホ コリ属と して認めた19種2品種2未 記鋼重について,種の 検索 表を作成 し、標本 に基づぃ た記載とと もに図を 掲げたま た,日本産として報 告されていたと,ma蝕′′ammは,証拠標本の観察結果に基づき.日本産ルリホコリ属 から除外した,現在までルリホコリ属はムラサキホコリ目に属するとされ,このムラ サキ ホコリ目ただー目が属するのがムラサキホコリ亜綱であるというROSsの概念が 広く 受けいれ られてき た本研究 で明らかに したルリ ホコリ属 種の子実体の構造は ムラサキホコリ目以外の全ての目を合むモジホコリ亜綱の特徴とされる形質を有して いた .したが って変形 菌に2亜綱 を認めるROSsの 概念は再 検i寸カ泌要と考えられ 本 研 究 で は ム ラ サ キ ホ コ リ 亜 綱 を 採 用 で き な い こ と を 提 案 し た . .
以上のことは,日本産ルリホコリ属の形態を生態と関連づけながら精査することに より子嚢内膜を新たな形態形質として見出し、これによって変形菌綱の分類概念に改 訂をもたらす成果であり、学術ヒ高く評価できる,よって審査員一同は矢島由佳が 博 士 ( 農 学 ) の 学 位 を 受 け る に 十 分 な 資 格 を 有 す る も の と 認 め た
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