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日本内科学会雑誌第104巻第2号

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Academic year: 2021

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はじめに

従来,妊娠中にみられる高血圧は妊娠中毒症 といわれてきたが,最近,本邦では妊娠高血圧 症候群という名称で統一されている(表 1・表 2).これは症候群という名称が付けられている 通り,様々な病態のものが含まれている.一般 に妊娠初期において血圧は下降傾向となること から,妊娠 20 週未満での高血圧の診断は難し い.妊娠20週以降に高血圧と診断されたときに はじめて妊娠高血圧症候群とするという定義が なされており,妊娠20週未満の高血圧について は,恐らく本態性もしくは二次性高血圧であ り,妊娠とは関係ないとする考え方に立ってい る.

1.妊娠高血圧症候群の定義

妊娠高血圧症候群の定義は表 1と表 2にそれ ぞれ記載した.この定義からわかるように,妊 娠 高 血 圧 症 候 群 は 妊 娠 20 週 以 降 に 血 圧 が 収 縮 期 血 圧 140 mmHgも し く は 拡 張 期 血 圧 90 mmHg以上となったときに診断される.さら に,この血圧上昇は分娩12週以降には消失する も の と さ れ る. こ れ に 蛋 白 尿 が 24 時 間 で 300 mg以 上 と な っ た と き に 妊 娠 高 血 圧 腎 症 (preeclampsia)とするとされている.従来はむ くみも妊娠中毒症の三大症候の 1 つとされてき たが,これは妊娠高血圧症候群とは直接関係な くても妊娠中に生じることがあるため,削除さ れている1) 妊娠高血圧症候群では血圧値が最も重要であ るが,では,その血圧はどのようにして決定さ れているのか.最近,外来診療での血圧値は,

妊娠高血圧症候群

要 旨 鈴木 洋通 妊娠に伴って生じる高血圧は通常の高血圧とは異なっていると理解する 必要がある.最近は妊娠高血圧症候群として,妊娠 20 週以降に血圧が収 縮期血圧 140 mmHgもしくは拡張期血圧 90 mmHg以上となった場合と 定義される.多くは妊娠の終了後 12 週以内に通常の血圧に復する.本邦 では結婚年齢の高齢化,女性の社会進出,30歳代女性の肥満の問題など, いくつかの社会現象が妊娠に伴う血圧の変動に複雑な影響を与えている. 〔日内会誌 104:247~252,2015〕

Key words 妊娠高血圧腎症,white coat hypertension,preeclampsia,cytokines,breast fooding

埼玉医科大学腎臓内科 Hypertension:The Points of Management of Hypertension for All Physicians―Based on the JSH 2014 Hypertension Guidelines―. Topics:VI.  Pregnancy-induced hypertension. Hiromichi Suzuki:Department of Nephrology, Saitama Medical University, Japan. Ⅵ. 妊娠高血圧症候群

トピックス

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様々な理由から一般の高血圧診療ではあまり重 要視されない傾向にあるが,妊娠高血圧症候群 では現時点では外来での血圧測定値を診断に用 いている.しかし,今後は妊婦でも家庭血圧の 重要性が提唱されていることより,一般の高血 圧診療と同様に家庭血圧や 24 時間自由行動血 圧測定が用いられるようになる可能性が高い.

2.妊娠高血圧症候群はどのくらいあるのか

妊娠 20 週を超えるあたりから急に血圧が上 昇し始め,その後,より上昇し痙攣を起こし, やがて母児ともに亡くなるという子癇に至るこ とも決して少なくないとされている.子癇にま で至る例は各国で異なっているが,米国では 3,250 妊娠に 1 例,英国では 2,000 妊娠に 1 例, 発展途上国では 300 妊娠に 1 例とされている. 子癇に至らない妊娠高血圧腎症は報告によって 差があるが,3~14%であるとされている.本 邦では十分に疫学調査が行われていないが,発 症率は欧米と同様で子癇で0.05~0.1%程度,妊 娠高血圧腎症では 10%弱であると考えられて いる.

3. 妊娠に伴い,どのようにして血圧上昇が

起こるのか

妊娠高血圧症候群は症候群という言葉で表さ れるように,高血圧を中心として,いくつかの 病態をまとめられたものとして考えることがで きるが,その中で最も重要なのは妊娠高血圧腎 症と子癇である.そこで,血圧上昇には様々な 表1 妊娠に関連する高血圧の分類 ⅰ)妊娠高血圧(gestational hypertension) 妊娠20週以降にはじめて高血圧(収縮期140 mmHgもしくは拡張期90 mmHg)が発症し,分娩後12週までに正常 に復する場合 ⅱ)妊娠高血圧腎症(preeclampsia) 妊娠20週以降にはじめて高血圧(収縮期140 mmHgもしくは拡張期90 mmHg)が発症し,かつ蛋白尿(基本的に は300 mg/日)を伴うもので,分娩後12週までに正常に復する場合 ⅲ)子癇(eclampsia) 妊娠20週以降にはじめて痙攣発作を起こし,てんかんや二次性痙攣が否定されるもの,痙攣発作の起きた時期によ り,妊娠子癇,分娩子癇,産褥子癇と称する.

ⅳ)加重型妊娠高血圧腎症(preeclampsia superimposed on or upon chronic hypertension and/or renal disease) a)高血圧(hypertension)が妊娠前あるいは妊娠20週までにすでに認められ,妊娠20週以降,蛋白尿を伴う場合 b)高血圧と蛋白尿が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し,妊娠20週以降,いずれか,または両症状が増悪する 場合 c)蛋白尿のみを呈する腎疾患が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し,妊娠20週以降に高血圧が発症する場合 表2 妊娠高血圧症候群における軽症,重症の病型分類 軽症:血圧:次のいずれかに該当する場合 ・収縮期血圧140 mmHg以上,160 mmHg未満の場合 ・拡張期血圧90 mmHg以上,110 mmHg未満の場合 ・蛋白尿:≧300 mg/日,<2 g/日 重症:血圧:次のいずれかに該当する場合 ・収縮期血圧160 mmHg以上の場合 ・拡張期血圧110 mmHg以上の場合 ・蛋白尿:蛋白尿が2 g/日以上のときは蛋白尿重症とする.なお,随時尿を用いた試験紙法による尿中蛋白の半 定量は24時間蓄尿検体を用いた定量法との相関性が悪いため,蛋白尿の重症度の判定は24時間尿を用いた定量 によることを原則とする.随時尿を用いた試験紙法による成績しか得られない場合は,複数回の新鮮尿検体で, 連続して3+以上(300 mg/dl以上)の陽性と判定されるときに蛋白尿重症とみなす.

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機序が考えられているが,妊娠高血圧腎症の病 態を中心に考えていきたい. 妊娠高血圧腎症の状態についてはいまだ十分 には解明されていないが,胎盤の虚血,低酸素 状態が関連していることは間違いない.現在で はtrophoblast(絨毛細胞)が不適切に侵入する 結果,螺旋動脈が太い血管に変わることができ なくなり,虚血が生じると考えられている2) このように,虚血にさらされた胎盤では多くの 血管作動物質が産生され,放出される.例えば, soluble fms-like tyrosine kinase-1(sFlt-1),tumor  necrosis factor-α(TNF-α)などサイトカインの いくつかが挙げられている.sFlt-1は妊娠高血圧 腎症の病態の中で現在,最も重要視されている ものである3).このsFlt-1 が増加すると同時に, vascular endothelial growth factor(VEGF),pla-centa growth factor(PlGF)などの放出をさらに 促し,内皮細胞障害を引き起こし,その結果, 血圧の上昇につながると考えられている.この 胎盤が重要な働きをしているということに関し ては,出産後には血圧はほとんど正常に戻るこ とからも想定される(図).

4.妊娠高血圧症候群の治療

妊娠高血圧症候群は,通常の高血圧という言 葉で代表されているものとは異なったものとし て理解する必要がある.すなわち,①妊娠とい 図 妊娠高血圧腎症の発症機構 虚血にさらされた胎盤では,多くの血管作動物質が産生され,放出 される.soluble fms-like tyrosine kinase-1(sFlt-1)が妊娠高血圧腎 症の病態の中で現在,最も重要視されている.それ以外にもTX (thromboxane)やAT1-AA(angiotensin type 1 receptor antagonist,

アンジオテンシンタイプ1受容体に対する抗体)も関連していると されている.その結果,VEGF(vascular endothelial growth factor) やPlGF(placental growth factor)が低下し内皮機能が保持できなく なり,それがNOの産生低下やエンドテリンの増加,酸化ストレスの 亢進が起こり,腎臓での何らかの異常とともに全身血管抵抗が増加 し,高血圧となり,妊娠高血圧腎症が起こると考えられている. 胎盤血流の低下 胎盤の虚血

AT1-AA,

TX

sFlt-1

サイトカイン

PlGF, VEGF 内皮血管障害

腎臓で異常

血管抵抗 高血圧

酸化ストレス,エンドテリン

NO 産生の低下

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う特殊な条件,②若い女性,③妊娠とともに終 了するということの 3 つが一般の高血圧とは大 きく異なっている.血圧値の定義は収縮期血圧 で 140 mmHg以 上 あ る い は 拡 張 期 血 圧 で 90 mmHg以上とされているが,治療に関して は,少なくとも現時点では同一に考えることは 危険であると思われる.現在,最も多くの人が 支 持 し て い る の は, 軽 症(140~160/90~ 110 mmHg)の妊娠高血圧症候群の治療は積極 的には必要がないとするSibaiらが提唱してい る 考 え 方 で あ る.Sibaiら4)は じ め,Cochrane  Collaboration  ReviewでのAbalosら5)のメタ解析 においても,軽症の妊娠高血圧症候群を治療し てもしなくても,少なくとも胎児に対しては何 ら影響を与えないとするものである.すなわ ち,胎児死亡がいわゆるハードエンドポイント として解析が行われている.他には出産時期, 胎児の体重を含む成長度などが代用指標として 調べられているが,これらは施設や考え方,取 り組み方によって大きく異なってくる可能性が 高く,解析が難しい可能性が高い.一方,母体 に関しては,妊娠終了とともにかなりの危険性 を回避することができることより,どのような 指標で解析するかは難しい問題がある.一般に は妊娠高血圧腎症,もしくは子癇への進展の割 合がどうであったかにより検討されている. 1)軽症 妊娠高血圧症候群の妊娠では,血管抵抗の上 昇,心拍出量の減少,循環血漿量の減少などが 起こっており6),これは血圧を上昇させること により,子宮胎盤循環において血液灌流量が維 持されていると考えられている.したがって, 血圧を不適切に下降させると血液灌流量の減少 につながることが懸念され,それが胎児の発育 不全に直接結びつく可能性が高いとされてい る. 通常の高血圧治療では減塩指導が行われてい るが,過度の減塩は胎盤血流量の低下を引き起 こす危険性が高いことから,妊婦では急激な減 塩は勧められない.しかし,妊娠前から減塩指 導されている妊婦に関しては継続して減塩を行 うことは問題ないとされている. 一方,重症化の防止や胎児の機能不全の阻 止4)に,高血圧が軽症であっても降圧療法が効 果を発揮するという報告もあり,高齢出産や高 血圧合併妊娠例が増加しつつある現在,降圧薬 療法の開始基準をどうするかは今後の課題であ る. 2)重症 重症高血圧では,脳血管,心,腎などの母体 臓器障害を防ぐための速やかな降圧治療が必要 である7).妊娠高血圧症候群に対する降圧薬療 法の適応は重症高血圧の基準を超えるものと考 えるのが妥当である.なお,胎児が未熟な時期 に降圧治療を続けながら妊娠期間の延長を図る ことは,母体の危険を回避しつつ児の予後改善 が得られるとの成績もあるものの,必ずしも確 立したエビデンスといえるだけのデータは揃っ ていない8) また,具体的な薬物療法開始基準については, 収縮期血圧は 160~170 mmHg,拡張期血圧は 105~110 mmHgとガイドラインなどにより若 干の差がある9).ただし,子癇発症の前駆症状 の あ る 場 合 は 速 や か な 薬 物 療 法 が 必 要 で あ る10)

5.降圧薬について

以下に日本高血圧学会ガイドラインからの転用 を記載する. 1) 妊 娠 高 血 圧 症 候 群 の 薬 物 治 療 は 通 常 160/110 mmHg以上をもって開始するが,妊婦 あるいは産褥女性に収縮期血圧≧180 mmHgあ るいは拡張期血圧≧120 mmHgを認めた場合は 「高血圧緊急症」と診断し,降圧治療を開始す る.緊急に降圧が必要と考えられる場合は静注

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薬を用いる. 2)妊娠時の高血圧の降圧薬選択は,妊娠 20 週未満では第一選択薬としてメチルドパ,ヒド ララジン,ラベタロールとする. 3)妊娠 20 週以降では,3 剤にニフェジピン を加えた 4 剤が第一選択薬となる. 4)ニフェジピンは全ての剤形で(20 週以降 の妊婦に対し)有益性投与となっているが,長 時間作用型の使用が基本となり,カプセル製剤 の舌下は行わない. 5)1 剤で十分な降圧が得られない場合,2 剤 併用も考慮する.2 剤の併用を行う場合にはメ チルドパとラベタロールは交感神経抑制薬であ り,ヒドララジンと長時間作用型ニフェジピン は血管拡張薬に分類される.したがって,併用 にあたっては異なる降圧作用機序の組み合わせ が望ましく,妊娠20週未満ではメチルドパとヒ ドララジン,あるいはラベタロールとヒドララ ジンの組み合わせが推奨される.妊娠20週以降 では,交感神経抑制薬(メチルドパ・ラベタロー ル)のいずれかと,血管拡張薬(ヒドララジン・ 徐放性ニフェジピン)のいずれかの併用が推奨 される. 6)降圧不十分な場合は,2 剤もしくは 3 剤の 併用も考慮するが,血圧値および母児の状態か ら 2 剤もしくは 3 剤併用の段階でも,必要と思 われる場合は静注薬(ニカルジピン,ニトログ リセリン,ヒドララジン)に切り替えることを 考慮する.静注薬による降圧を行う場合,児の 状態に留意し,胎児心拍モニタリングを行う. 7)他のβ遮断薬,Ca拮抗薬の使用について は,患者に説明し,インフォームド・コンセン ト(informed consent:IC)をとり,医師の責任 のもと使用する. 8)子癇の懸念がある場合,もしくは子癇の 場合ではMgSO4経静脈投与をする. 9)妊娠の可能性のある女性と妊婦に対して は,ACE(angiotensin converting enzyme)阻害 薬,アンジオテンシンII受容体拮抗薬(angioten-sin II receptor blocker:ARB)のいずれも原則と して使用しない.

6.降圧薬療法の降圧目標

妊娠高血圧症候群では,胎盤血流量を損わな い範囲で母体臓器障害リスクを軽減することが 求められるが,降圧目標に関する確かなエビデ ンスはない.収縮期血圧 160 mmHg,拡張期血 圧 110 mmHg未満,ないしは平均血圧で降圧幅 を 15~20%以内にするというのが一般的と考 えられている.降圧薬療法下にある妊婦につい ては,母体の生理機能や胎児心拍のモニタリン グにより,異常のないことを適宜観察すること が求められる. 著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容 に関連して特に申告なし

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文 献 1) 日本産科婦人科学会周産期委員会:委員会提案.妊娠高血圧症候群の定義と分類.日産婦誌 56 : 12―13, 2004. 2) Conrad KP, Benyo DF : Placental cytokines and the pathogenesis of preeclampsia. Am J Reprod Immunol 37 :  240―249, 1997. 3) Karumanchi SA, Lindheimer MD : Advances in the understanding of eclampsia Curr Hyperilens Rep 10 : 305― 312, 2008 4) Lewis R, Sibai BM : The use of calcium-channel blockers in pregnancy. New Horiz 4(1): 115―122, 1996. 5) Abalos E, et al : Antihypertensive drug therapy for mild to moderate hypertension during pregnancy. Cochrane  Database Syst Rev(1): CD002252, 2007. 6) Visser W, Wallenburg HC : Central hemodynamic observations in untreated preeclamptic patients. Hypertension  17(6 Pt 2): 1072―1077, 1991. 7) Jones DC, Hayslett JP : Outcome of pregnancy in women with moderate or severe renal insufficiency. N Engl J  Med 335 : 226―232, 1996. 8) Churchill D, et al : Diuretics for preventing pre-eclampsia. Cochrane Database Syst Rev(1): CD004451, 2007. 9) Seely EW, et al : Effects of conjugated oestrogen and droloxifene on the renin-angiotensin system, blood pressure  and renal blood flow in postmenopausal women. Clin Endocrinol(Oxf)60 : 315―321, 2004. 10) Podymow T, August P : Hypertension in pregnancy. Adv Chronic Kidney Dis 14 : 178―190, 2007.

参照

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