九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
がん化学療法における服薬指導シートの開発ならび に副作用対策に関する臨床研究
内田, まやこ
https://doi.org/10.15017/1398450
出版情報:Kyushu University, 2013, 博士(薬学), 論文博士 バージョン:
権利関係:Fulltext available.
氏 名 :内田 まやこ
論文題名 :がん化学療法における服薬指導シートの開発ならびに副作用対策に関する臨 床研究
区 分 :乙
論 文 内 容 の 要 旨
【目的】
安全で有効ながん化学療法を行うためには,医師,看護師および薬剤師をはじめとする 各医療従事者が情報を共有し,患者を中心としたチーム医療の実践が必要不可欠である。
化学療法を行う患者に対して事前に服薬指導を行い,抗がん剤の投与スケジュールや発現 しやすい副作用とその時期,副作用対策について説明することで,患者の化学療法に対す る理解を深め不安を和らげることは,薬剤師の重要な役割の一つである。その際,それぞ れの化学療法において注意すべき副作用や好発時期とその対策を記載した服薬指導シート は,薬剤師の服薬指導や患者および家族の理解を支援する資料として極めて有用である。
一方,がん化学療法において,悪心・嘔吐は最も高頻度に発現する副作用の一つであり,
患者のquality of life (QOL)を著しく低下させる。がん化学療法時の制吐対策において最も
重要なことは,制吐薬を適正に使用することで悪心・嘔吐が発現する前に予防することで ある。固形腫瘍患者の化学療法レジメンと比べ造血器腫瘍患者のレジメンは,複数日に渡 って抗がん剤を投与することが多い。その上,このようなレジメンでは,コルチコステロ イドやシクロホスファミド,エトポシド,イホスファミドなどの抗がん剤が併用され,こ れらはチトクローム(CYP)3A4によって代謝される。新規制吐薬アプレピタントはCYP 3A4 を阻害することが知られており,アプレピタントとの併用によってこれらの薬物動態 パラメーターが変動する可能性があるため,使用に際しては十分な注意が必要である。そ こで,患者理解度向上と医療安全の観点から,臨床調査に基づいた服薬指導シートを作成 し,その有用性を評価した。さらに,これまで報告が少ない造血器腫瘍に対するがん化学 療法時のアプレピタントの使用方法に関して,有用性と安全性を評価した。
【方法】
1. ボルテゾミブの副作用の発現状況に基づいた服薬指導シート作成
ボルテゾミブ(商品名:ベルケイド)は新規の分子標的治療薬で,主な副作用としては,血 小板減少症,白血球減少,末梢神経障害などが報告されている。しかしながら,承認当初 は日本人における安全性情報は限られており,特に,副作用の発現時期に関する情報は国 内外の臨床試験報告にも記載が少ないのが現状であった。そこで,九州大学病院(以下,当院)
で,ボルテゾミブを単独またはデキサメタゾンとの併用で投与された再発性多発性骨髄腫 の患者15例を対象とし,副作用発現状況を調査し,その結果に基づいて服薬指導シートを 作成した。副作用の重篤度分類はCTCAE, ver3.0 日本語訳JCOG/JSCO版に従った。
2. がん化学療法における患者理解度向上のための服薬指導シートの改善
従来の服薬指導シートは,大部分が文章で構成されており,業務を進めていくうちに,
患者にとってより理解しやすい様式への改善が必要であると感じられた。そこで,薬剤管 理指導業務の中で,普段患者から質問が多い項目を予め網羅した服薬指導シートへ改善す るため,患者のニーズを聴取しながら,新様式の服薬指導シートへ改善を行った。服薬指 導シートはMicrosoftⓇ Excelを用いて作成し,抗がん剤の投与スケジュール,注意が必要 な副作用とその発現時期について記載し,イラストなどを使用して高齢者にも理解しやす いように配慮した。また,視覚的な工夫として,それぞれの副作用が発現しやすい時期を 色塗りし,患者自身が一目で把握できるようにした。
3. 造血器腫瘍患者における連日化学療法でのアプレピタントの有用性と安全性の評価 連日化学療法においてアプレピタントを導入するにあたって,より適正に使用するため,
病棟担当薬剤師がレジメン毎の制吐療法を提案し,当院血液・腫瘍内科で中等度および高 度催吐リスクの抗がん剤を連日投与する化学療法を受けた 20 歳以上の造血器腫瘍患者 82 名を対象に,造血器腫瘍患者の中等度および高度催吐性の連日化学療法におけるアプレピ タントの有用性と安全性を評価した。なお,治療開始時に悪心または嘔吐のある患者は除 外して解析した。
4. 造血器腫瘍患者における造血幹細胞移植の前処置としての大量化学療法におけるアプレ ピタントの有用性と安全性の評価
造血幹細胞移植の方法は,大きく自家末梢血幹細胞移植(autologus hematopoietic stem cell transplantation: 自家移植)と同種造血幹細胞移植(allogeneic hematopoietic stem
cell transplantation: 同種移植)に大別される。自家移植では,大量化学療法によって徹底
的にがん細胞を傷害し,予め保存しておいた自己の末梢血幹細胞移植を輸注して治療を行 う。一方,同種移植では,大量化学療法によってがん細胞を傷害した後,血縁者や骨髄バ ンク等から得られる他人の造血幹細胞を輸注することで治療を行う。このため,後者では 移植後の移植片対宿主病(graft-versus-host disease: GVHD)を制御する目的で免疫抑制 薬を投与する。また,アプレピタントがCYP3A4を軽度阻害するため,これが代謝に関与 する免疫抑制薬やシクロホスファミド,ブスルファンなど,造血幹細胞移植におけるキー ドラッグとの相互作用が懸念される。そこで,自家移植と同種移植の前処置としての大量 化学療法時のアプレピタント導入前後における悪心・嘔吐の発現状況と安全性,治療成績 への影響を評価した。
【結果】
1. ボルテゾミブの副作用の発現状況に基づいた服薬指導シート作成
副作用の発現頻度は,便秘(80%)白血球減少(73%),倦怠感(73%)および末梢神経 障害(67%)で高かった。血液毒性については,いずれも高頻度で発現したが,特に好中 球減少および血小板減少でグレード 3以上の頻度が高かった。好中球減少は2サイクル目 に顕著であり,注意が必要であると考えられた。また,血小板減少数はボルテゾミブ投与 後 13 日目に最低値となり,その後の休薬期間中に投与開始前と同程度まで回復していた。
さらに本調査結果に基づき服薬指導シートを作成した。服薬指導シートの上段には,薬剤 名を記載し,投与スケジュールを把握しやすいよう投与日を注射マークで示し,経過日数 および曜日も記載した。またシート中段には,副作用の発現日および症状回復に要した日 の結果を反映し,好発時期に色を塗って視覚的に表現した。
2. がん化学療法における患者理解度向上のための服薬指導シートの改善
より理解しやすい説明文書を目指して服薬指導シートを改善し,薬剤管理指導業務に活 用したところ,患者および医療スタッフに大変好評であった。患者からは,いつどの様な 副作用が発現しやすいかわかりやすく,そのための準備をすることができるという声が多 く聞かれ,不安の軽減だけでなく,副作用への自己管理についても理解を深めることがで きた。また,医師および看護師に服薬指導シートに関する指導内容を電子カルテで伝える ことで,薬剤情報や患者が自覚している副作用情報を共有することが可能となるなど,薬 剤師の取り組みを評価する声が多かった。
3. 造血器腫瘍患者における連日化学療法でのアプレピタントの有用性と安全性の評価 主要評価項目であるCR率は,アプレピタント投与群の方がアプレピタント非投与群より も有意に高かった(76.2% vs. 50.0%,p=0.013)(Fig. 1A)。嘔吐なしの患者の割合も,ア プレピタント投与群の方が有意に高かった(88.1% vs. 57.5%,p=0.002)。悪心なしの患者 の割合には有意差がなかったものの(31.0% vs. 17.5%,p=0.180),悪心なしまたはグレー ド1にとどまった患者の割合はアプレピタント投与群で有意に高かった(59.5% vs. 37.5%,
p=0.046)。中等度および高度催吐リスクの抗がん剤を連日投与する化学療法を受ける造血
器腫瘍患者において,グラニセトロンにアプレピタントを追加することで,有害事象の発 現頻度に影響を与えることなく高い制吐効果が得られることが示唆された。
4.造血幹細胞移植の前処置としての大量化学療法におけるアプレピタントの有用性と安全 性の評価
自家移植でのアプレピタントの制吐効果において,主要評価項目であるCR率は,アプレ ピタント投与群の方がアプレピタント非投与群より有意に高かった(42.3% vs. 4.5%,
p=0.003)。嘔吐なしの患者の割合および高度な悪心なしの患者の割合も,アプレピタント
投与群の方が有意に高かった(57.7% vs. 4.5%,p<0.001,57.7% vs. 22.7%,p=0.020)。
有害事象の発現頻度は両群で大きな違いは認めなかった。
また,同種移植でのアプレピタントの制吐効果において,主要評価項目であるCR率は,ア プレピタント投与群の方がアプレピタント非投与群より有意に高かった(47.8% vs. 23.8%,
p=0.019)。嘔吐なしの患者の割合もアプレピタント投与群の方が有意に高かった(67.4% vs.
35.7%,p=0.003)。さらにアプレピタント投与群およびアプレピタント非投与群における同
種移植に伴う合併症の発現状況と,移植した造血幹細胞が患者の骨髄に生着するのに要し た期間を評価した結果,口腔粘膜炎,急性GVHDおよび感染症の発現頻度,好中球および 血小板の生着に要した日数も両群で差を認めなかった。さらに,1年全生存率も両群で差を 認めなかった。
【考察】
新様式の服薬指導シートは,リスクマネジメントの観点からも有用性が高く,薬剤師が 個々の患者ごとに服薬指導シートを作成し,抗がん剤の投与スケジュールを明示すること で,医師,看護師と情報を共有し,より安全な化学療法の実践が可能になった。この服薬 指導シートを活用した取り組みは,当院の医療安全管理部からも「抗がん剤の投与日を,
患者を含めたチーム全員で確認できる安全性の高い取り組み」と高く評価され,服薬指導 シートは病院全体へ拡大した。
一方,造血器腫瘍の患者を対象に,アプレピタントの有用性と安全性を評価した。その結 果,制吐療法にアプレピタントを追加することで,有害事象の発現率,移植に伴う合併症 や移植成績,免疫抑制薬の血中濃度に影響を与えることなく,嘔吐・悪心は著明に改善し た。
以上,本研究では,薬剤師が,がん化学療法に関する業務を標準化し,また副作用の情 報を収集,解析することで,がん化学療法における副作用管理の向上につながることを示 した。本研究を参考に,今後さらに,抗がん剤の適正使用,医療安全に薬剤師が貢献する ことで,より有効かつ安全ながん化学療法の実践につながることに期待したい。