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訴え取下げ後の再訴禁止効について

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訴え取下げ後の再訴禁止効について

著者 林 昭一

雑誌名 同志社法學

巻 70

号 5

ページ 1661‑1696

発行年 2019‑01‑31

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000358

(2)

訴え取下げ後の再訴禁止効について

林   昭 一 

 目 次 一 は じ め に

二 再訴禁止規定の沿革的考察 三 再訴禁止効と被告保護 四 再訴禁止効の再構成 五 お わ り に

一 は じ め に

 (1) 本案についての終局判決の後に訴えを取り下げた者に同一の訴えの 提起を禁ずる民訴法262条2項(以下では、同項の内容を定めた旧法下の規 定も含めて「再訴禁止規定」と呼び、その定める効果を「再訴禁止効」と呼 ぶ)の制度趣旨とその適用範囲をめぐっては、当該規定が大正15年民事訴訟 法(以下「大正民訴法」という)改正において旧民訴法237条2項として導 入されて以来、これまで多くの議論がなされてきた。その議論においては、

終局判決が確定するまでは原告は訴えをいつでも取り下げることができると いう原則(民訴法261条1項、以下では、この原則を「訴えの取下げ自由の 原則」と呼ぶ)と、訴えの取下げにより訴訟係属が遡及的に消滅するという 基本的な効果(民訴法262条1項、以下では、この効果の発生を「遡及的消 滅原則」と呼ぶ)に照らして、終局判決後にはたらく再訴禁止効が整合性を 欠くばかりか、そもそも、その効果と、濫用的な訴えの取下げに対する制裁 という制度趣旨とが不均衡であるという立法技術上の不備に対して、批判の 矛先が向けられてきた(1)。誤解を恐れずに評するならば、再訴禁止効が、判

(3)

決によらない訴訟の終了の選択と、新たに訴えを提起するという二つの局面 において処分権主義を過剰に制約する契機となりかねないという点に対し て、厳しい目が注がれてきたということができる(2)

 このような議論が、再訴禁止規定の適用範囲を限定的に解釈する方向へと 展開したのは周知の通りである(3)。まず、学説において、再訴が禁止される

「同一の訴え」を限定的に解釈し、これには当事者および訴訟物が同一であ るだけではなく、「判決を求める法律的利益乃至必要」が同一であることを 要するという見解(4)が登場するに至り、その後の議論の牽引役となった。

そして、判例においても、最判昭和52年7月19日(民集31巻4号693頁、以 下「昭和52年判決」という)が、再訴禁止規定の趣旨を「裁判を徒労に帰せ しめたことに対する制裁的趣旨」(以下、この立場を「制裁説」という)と 捉えつつ、「再訴の提起を正当ならしめる新たな利益又は必要性が存すると きは、同条項の規定はその適用がない」として、先の見解を基本的に踏襲し て、再訴禁止規定の適用場面を限定する立場を明確にするに至った(5)

(1) 兼子一『民事訴訟法概論』(岩波書店、昭和13年)330頁、同『新修 民事訴訟法体系〔増訂版〕』

(酒井書店、昭和31年)296頁は、国家の紛争解決案を当事者の恣意により失効させて徒労に帰 させ、翻弄させる結果を招いたことへの制裁を規定の趣旨とした場合、終局判決後の訴の取下 げを禁止すればよく、取下げを許しつつ制限を設ける立法は矛盾している上に、その適用に関 しても疑問が多いとする。制度趣旨の理解についての今日に至る錯綜した議論が、このような 中途半端な立法的解決に起因すると指摘するものに、高田裕成ほか編『注釈民事訴訟法 第4巻』

(有斐閣、平成29年)1240頁[越山和広]がある。

(2) 鈴木正裕「判批」民商法雑誌58巻3号(昭和43年)469頁、上田徹一郎「判批」ジュリスト 昭和52年度重要判例解説(昭和53年)143頁。

(3) 学説の状況については、角森正雄「訴えの取下げと再訴の禁止」新堂幸司ほか編『中野貞一 郎先生古稀祝賀 判例民事訴訟法の理論(下)』(有斐閣、平成7年)35頁以下を参照。

(4) 「同一の訴え」には基礎となる事実関係の同一と請求原因の同一とを要するとした大判昭和 11年12月22日(民集15巻24号2278頁)に対して、兼子一「判批」法協55巻6号(昭和12年)

1185頁(同『判例民事訴訟法』(弘文堂、昭和25年)334頁、336頁所収)は、請求の内容であ る法律関係の同一と、その訴の提起を必要とするに至った事情にも変更がないことを要すると して、正当な理由なしに訴えを取り下げた場合に限り再訴禁止規定が適用されるとする。

(5) 原告が、被告の防御的主張をもとに控訴審において訴えの交換的変更をしたところ、被告が 従前の主張を翻し再び権利主張をしたために、変更前の訴えについて再訴提起に至ったという 事案である。この昭和52年判決の立場は、担当裁判官からの要請により訴えの取下げがなされ た後の再訴の可否が問われた最判昭和55年1月18日(判時961号74頁、以下「昭和55年判決」

(4)

 (2) 現行の再訴禁止規定は、大正民訴法の規定の文言を受け継いでおり、

なお「制裁的趣旨」に立脚するものとみられている。あわせて、再訴を一律 に禁ずるものではないという昭和52年判決に代表される制限的な解釈の方向 性もまた、現行の再訴禁止規定に踏襲されているものと考えられている。私 見もまた、再訴禁止規定を限定的に解釈するという方向性自体は正しいもの と考えるが、上記のような制度趣旨の理解に基づく法解釈は、本来、封ずる べきでない再訴を封ずることになるだけではなく、封ずるべき再訴の範囲を かえって限定しすぎる契機にもなりうるのではないかということに懸念があ る。

 たとえば、「同一の訴え」を画する要素である訴訟物の同一は、請求の趣 旨だけではなく請求原因も同一であることを要すると一般に解されているた め、取り下げた訴えの訴訟物を先決問題とする「再訴」は妨げられないと解 されている。この考え方によれば、所有権確認請求訴訟の請求棄却判決がな された後に訴えが取り下げられた場合、所有権の存否を先決問題とする再訴 の提起が認められるとする(6)。しかし、この結論に対しては、取り下げられ た権利の積極的確認を禁じておきながら、同一の法律上の保護を与えること が再訴禁止規定の趣旨に反するのではないかとの批判がなされる(7)。また、

という)において踏襲されている。もっとも、同判決によると、原告には、訴えの取下げに責 に帰すべき事由はなく、同一紛争をむし返して訴訟制度をもてあそぶ不当な意図がなかったこ とから再訴禁止効に抵触しないとしており、昭和52年判決のいう「新たな利益又は必要性」に は言及していない点で差異がある。また、下級審裁判例においても、控訴審において早期の判 決言渡しを目指す裁判所の訴訟指揮に従った結果として請求の減縮をしたという訴えの(一部)

取下げに至った事情を考慮しつつ、被告がこの事情を認識し、減縮部分について任意の履行を 求められたにもかかわらずそれに応じなかったために訴えを提起する新たな必要性が生じたと して、減縮された部分についての訴えが再訴禁止規定に違反しないとしたものに、那覇地裁沖 縄支判平成12年5月11日(訟務月報47巻11号3225頁)がある。

(6) 広島高裁岡山支判昭和40年5月21日(高民集18巻3号239頁)がこのことを述べる。それぞ れの請求が異なることを理由として、この結論を支持するものに、菊井維大=村松俊夫『全訂 民事訴訟法〔II〕〔第2版〕』(日本評論社、平成元年)231頁、斎藤秀夫ほか編『注解民事訴訟 法〔第2版〕(6)』(第一法規、平成5年)408頁[渡部吉隆・加茂紀久男・西村宏一]、新堂 幸司ほか編『注釈民事訴訟法第5巻』(有斐閣、平成10年)359頁[梅本吉彦]、伊藤眞『民事 訴訟法〔第5版〕』(有斐閣、平成28年) 465頁などがある。

(7) 高橋靜一「訴えの取下による再訴の禁止」法学新報44巻11号(昭和9年)50頁。ほかにも、

(5)

終局判決後に取り下げられた訴えの訴訟物たる権利を原告から譲り受けた第 三者が、当該権利について同一被告に対して訴訟を提起した場合には、再訴 禁止規定の制裁的趣旨に固執する限り、当該第三者は再訴禁止規定に抵触せ ずに「再訴」を提起することができると解する余地がある(8)。しかし、この 結論に対しては、当初の原告との間で終局判決後の訴えの取下げに同意して 一定の紛争解決の期待を得た被告との間で、公平性を損ねるとの批判が向け られる(9)。ほかにも、終局判決後の訴えの取下げに同意を与えた被告が提起

前訴が元本債権を訴訟物とし、後訴が利息債権、または元本債権の不履行により生ずる損害賠 償請求権を訴訟物とする場合に再訴を提起することに消極的な見解も有力である。たとえば、

兼子『体系』・前掲注(1)297頁、宮崎澄夫「訴えの取下」兼子一ほか編『民事訴訟法講座 第三巻』(有斐閣、昭和30年)793頁など。また、これらが同じ状況のもとで提起されたかどう か慎重な判断を要するとするものに、兼子一ほか編『条解民事訴訟法』(弘文堂、昭和61年)

884頁〔竹下守夫〕(兼子一原著=松浦馨ほか編『条解民事訴訟法〔第2版〕』(弘文堂、平成23 年)1453頁〔竹下守夫=上原敏夫〕)がある。

(8) 再訴禁止効が既判力の効果と同視できないことをその理由とする。三ヶ月章『法律学全集 民事訴訟法』(有斐閣、昭和34年)434頁、伊藤・前掲注(6)466頁。

   下級審裁判例においては、特定承継人に対する再訴禁止効の主観的範囲の拡張を認めるかど うか判断が分かれている。大阪地判昭和36年2月2日(判時253号34頁)は、再訴禁止規定の 趣旨により再訴の制限が訴えを取り下げた本人とその一般承継人、その特定承継人にも及ぶこ とを前提としつつ、訴えの取下げ後に本人から「再訴禁止の制限付債権」を譲り受けた者も同 一の制限に従わなければならない関係にあって、さらに、当該債権を譲受人に代位して訴訟上 行使する債権者も再訴禁止の点について譲受人と同一の制限に従うべきことは当然であるとす る。他にも、松江地判昭和37年10月16日(下民集13巻10号2088頁)は、債権を譲り受けた承継 人もまた、再訴の提起を必要とするような特別の事情のない限り、これに含まれるとする。広 島地判昭和51年9月27日(判時854号99頁)もとくに理由を付することなく積極説に立つ。

   これに対して、東京高判昭和45年11月12日(高民集23巻4号518頁)は、再訴禁止規定が制 裁目的の達成に必要な限度をこえて不当に拡張されるべきではないため、承継人は当事者と同 程度に再訴禁止効の制約を受けるべき実質的理由のあるものに限られるべきであるとの消極説 を展開する。これによれば、相続人のような一般承継人は別として、訴訟の目的物の譲渡をう けた譲受人のような特定承継人は、当事者と共謀して訴えの取下げをしたなどの事情のない限 り、原則として再訴禁止の制裁的効果を当事者と同程度に受けるべき実質的理由に乏しいとす る。また、大阪地判昭和50年10月30日(判時817号94頁)は、債権者代位訴訟の取下げによる 再訴禁止の効果は代位債権者とその承継人に及ぶが、代位訴訟の取下げに関与せずこれを阻止 しえない立場にある被代位者とその承継人には及ばないとする。再訴禁止効が被代位者に及ぶ とすると、被代位者は代位者の訴訟追行に翻弄され、訴えの取下げによって自己の権利を訴訟 上実現する途を断たれてしまうことになり、酷に過ぎる結果となることを理由とする。

(9) 兼子『概論』・前掲注(1)332頁、同『体系』・前掲注(1)297頁は、取下後の原告の承継

(6)

した、実質的には「再訴」との評価が可能な訴え、たとえば、原告の給付請 求を認容する第一審判決がなされ、原告が訴えを取下げた後に、被告が同一 債務の不存在の確認を求めて提起した訴えもまた、再訴禁止規定では封ずる ことができない(10)。さらには、再訴禁止効は、あくまで「再訴」を禁止す るにとどまり、訴訟物たる権利関係について実体法上の権利の消滅をもたら さないことから、裁判上の相殺による同一債権の「再利用」までは禁じるも のではないと一般に解されている(11)。しかし、訴訟物たる金銭債権につい てその存否の判断がなされた上で、さらに相殺として既判力ある判断を得よ うとすることは、同一債権を重ねて審理・判断することに他ならず、司法資 源を無駄にするという点で共通性がないわけではない(12)。このようにして みると、終局判決後に取り下げられた訴えと同一の訴訟物について、再び訴 訟の場を利用して審理・判断を求めるという共通した状況下において、終局

人(相続人・譲受人等)も再訴制限の不利益を免れ得ないとする。宮崎・前掲注(7)793頁、

新堂ほか編(5)・前掲注(6)359頁[梅本]、高橋宏志『重点講義 民事訴訟法[下]第2版 補訂版』(有斐閣、平成26年)282頁ほか参照。

(10) 宮崎・前掲注(7)792頁。加藤正治『新訂 民事訴訟法要論』(有斐閣、昭和27年)397頁 によれば、原告による相殺または担保権の実行を阻止するために被告に消極的確認の利益が認 められるが、原告がイニシアティブを執ることを禁止する規定の趣旨に照らせば、原告が勝訴 することで再訴を提起したのと同一の結果が生ずることもやむを得ないとする。これに対して、

再訴の濫用の防止という見地から疑問を呈するものに、高橋(宏)・前掲注(9)283頁、伊東 俊明「演習民事訴訟法」法教430号(平成28年)117頁がある。

(11) 兼子『概論』・前掲注(1)332頁、同『体系』・前掲注(1)297頁、新堂幸司『新民事訴 訟法〔第5版〕』(弘文堂、平成23年)355頁ほか参照。

(12) 菊井=村松・前掲注(6)232頁は、結論において相殺による利用を妨げないが、多少の疑 問があるとする。もっとも、相殺の抗弁と重複起訴に関する別訴先行型事例についての最判平 成3年11月17日(民集45巻9号1435頁)以降の判例法理の下では、終局判決後においても別訴 を取り下げた上で本訴において相殺の抗弁を提出することが認められなければならない。原告 には、取り下げた訴えの訴訟物たる訴求債権を相殺の抗弁として「再利用」することを認める 必要性がある一方で、被告としても、別訴の取下げに応じなければ相殺権の行使を封ずること ができたはずであるから、仮に、別訴の終局判決において訴訟物たる訴求債権が不存在とされ た場合であったとしても、別訴の取下げに応じた以上、相手方の相殺権の行使には甘んじなけ ればならない。しかし、この結論は、相殺の抗弁の主張を禁じた前掲・平成3年判決によると ころが大きく、訴えを取り下げた原告に対する制裁という再訴禁止規定の趣旨から、再訴禁止 効の付着した債権の相殺利用の許容性について一定の結論が論理必然的に導かれるものではな い。

(7)

(13) 上田・前掲注(2)143頁、山本克己「訴え取下げ後の再訴─最三判昭和52年7月19日民集 31巻4号693頁」法教301号(平成17年)68頁、河野正憲『民事訴訟法』(有斐閣、平成21年)

325頁、中野貞一郎ほか編『新民事訴訟法講義』(有斐閣、平成30年)425頁〔河野正憲〕、川嶋 四郎「当事者の意思による訴訟終了・考(二)」同志社法学70巻1号(平成30年)10頁以下など。

(14) 越山和広「人事事件に係る訴えの取下げと再訴の禁止」石川明=三木浩一編『民事手続法 の現代的機能』(信山社、平成26年)189頁。

判決後に訴え取り下げた原告に対する制裁という単一の趣旨・目的に照らし て、再訴を制限する、あるいは制限しないという議論を展開することに限界 はないか、問われているように思われる。

 (3) このような問題状況に照らして、近年、再訴禁止規定の趣旨をめぐ る議論において、原告の再訴の可否は、原告と被告との間の利益・不利益調 整の問題であるとの分析視角が示されるに至っている(13)。そして、それと ともに、再度の訴えを受けないことが被告の利益に適うということを踏まえ て、被告の保護を再訴禁止規定の趣旨に位置づける見解が提唱されてい る(14)。これらの理解は、立法沿革に照らしてみると、前訴費用の負担をせ ずになされた再訴に対して被告に応訴拒絶権を与えるとしていた明治23年制 定の民事訴訟法(以下「明治民訴法」という)の規定に親和的なものである かにみえる。しかし、後に述べるように、大正民訴法改正にあたり立案担当 者は、訴えの取下げに対して被告に同意権を与えつつ、応訴拒絶権としての 訴訟費用償還請求権を「二重に」付与することを問題視した経緯があり、こ のことも再訴禁止規定の制定の契機となっていたという点も見逃すことはで きない。そうであるとすると、この局面において応訴拒絶権としての訴訟費 用償還請求権が認められていない現在の立法下においては、被告の保護は訴 えの取下げに対する同意権を与えることで十分であるとされるため、さらに、

再訴禁止規定によって、これを超えて被告の保護を図っていると理解するこ とが可能かどうか、改めて考察する必要があるように思われる。

 (4) 本稿では、これらの見解と同様、判決をした裁判所にかかわる公益 と訴えの取下げないしは再訴にかかる原告の利益との調整として再訴の可否 を決するのではなく、このような原告の利益と応訴負担を強いられる被告の

(8)

利益との調整の問題として再訴禁止効をとらえるべきであるとした上で、原 告の提訴権限を最大限に保障しつつ、訴えの取下げに同意を与えつつもなお 被告の利益保護が求められるごく限られた場合にのみ再訴が禁じられるとい う解釈論ないし立法論の可能性を探るものである。

二 再訴禁止規定の沿革的考察

 (1) 終局判決後の訴えの取下げと同一の訴えによる再訴の可否に関する 法制度の趣旨をどのように理解するかということについては、これまでの文 献によって、大正民訴法改正が転換点となったことが指摘されている(15)。  それ以前の明治民訴法において、訴えの取下げの可能な時期に関する規定 と訴え取下げ後の再訴に関する規定は、それぞれ次のように定められていた。

  明治民訴法198条1項  「訴ノ全部又ハ一分ハ本案ニ付キ被告ノ第一口頭 辯論ノ始マルマテハ被告ノ承諾ナクシテ之ヲ取 下ケ又其後口頭辯論ノ終結ニ至ルマテハ被告ノ 承諾ヲ得テ之ヲ取下クルコトヲ得」

  明治民訴法198条5項  「取下ケタル訴ヲ再ヒ起シタルトキハ被告ハ前訴 訟費用ノ辯濟ヲ受クルマテ應訴ヲ拒ムコトヲ得」

 これらの規定は、テヒョー訴訟法草案215条、216条(16)、またはモッセ草

(15) 越山・前掲注(14)186頁。

(16) テヒョー訴訟法草案215条  「訴訟ハ願下ヲ爲スコトヲ得但口頭審理期日ノ指定アリタル後 ハ其請求ヲ抛棄シタル場合ヲ除クノ外對手人ノ承諾ヲ受クルヲ 要ス訴訟ノ願下ハ書面ヲ以テ之ヲ爲シ且前項但書ノ場合ニ於テ ハ對手人ノ承諾ノ證ヲ添フ可シ但口頭審理ノ際ニ於テハ書面ヲ 要セス訴狀送達後ハ願下書ノ謄本ヲ被告ニ送達ス可シ 訴訟ノ願下アリタル時ハ訴訟ノ起ラサリシモノト看做ス可シ」

   テヒョー訴訟法草案216条  「願下ヲ爲シタル者前訴費用ヲ辯償セスシテ同事件ニ付キ再ヒ 訴訟ヲ起シタル時ハ被告ハ之ヲ拒ムコトヲ得」

   同草案は、松本博之ほか編著『日本立法資料全集193 民事訴訟法(3)〔明治編〕テヒョー 草案Ⅲ』(信山社、平成20年)105頁による。同草案215条は、口頭審理期日が指定された後は、

請求の放棄を伴わない限り、訴えの取下げには相手方の同意を要するというものであり、オー ストリア民訴法草案の該当規定を参照したことが指摘される。山田明美「判決言い渡し後の訴

(9)

案160条(17)を継承するものであり、1879年に制定されたドイツ帝国民事訴訟 法(以下「CPO」と略記する)の関連規定が参照されたことが指摘されてい る。

  CPO243条1項   「訴えは、被告が本案について口頭弁論を開始するま でに限り、被告の同意なくして取り下げることがで きる。」(18)

  CPO243条4項   「新たに訴えが提起されたときは、被告は、費用償還 がなされるまで、応訴を拒絶することができる。」(19)

 明治民訴法における両規定の関係は、CPO243条1項と同4項との関係に 相当し、訴えを取り下げた原告がそれによって終結した訴訟の訴訟費用を償 還することなく、同一の訴えを提起した場合には、被告は、妨訴抗弁として 応訴拒絶権を行使することができる、というものであった。そして、明治民 訴法では、「口頭辯論ノ終結ニ至ルマテハ」という明治民訴法198条1項に固 有の文言に依拠しつつ、訴えの取下げが可能な時期を第一審の口頭弁論の終 結前までに限るとする解釈が有力であった(20)。そのため、文言の上ではド

えの取下げと再訴禁止─沿革的考察を基礎とした根拠論の再考─」神奈川大学大学院法学研究 論集第7号(平成9年)87頁以下参照。同論文は、テヒョー草案よりもむしろ後注のモッセ草 案に類似点を見いだすことができるということも重ねて指摘する。

(17) モッセ草案160条1項  「訴えは、権利拘束の終結に至るまで、被告の同意によって、その 一部または全部を取り下げることができ、被告の同意がない場合に は、本案についての被告の第一回口頭弁論の開始までに限り、取り 下げることができる。」

   モッセ草案160条5項  「訴えが新たに提起された場合には、前訴の訴訟費用が補償される まで、被告は、応訴を拒むことができる。」

   同草案は、法務大臣官房司法法制調査部『日本近代立法資料叢書24』(商事法務研究会、昭 和61年)に収録されている「モッセ氏訴訟法草案(獨逸文)」58、59頁を参照した。

(18) 現行ドイツ民事訴訟法(以下「ZPO」と略記する)269条1項と文言において変更はない。

(19) ZPO269条6項とは、若干の文言上の違いがあるが、内容上は同一である。

(20) 高木豊三『明治23年 民事訴訟法論綱 第二巻』(構法会出版、明治28年)384頁以下(同『日 本立法資料全集別巻143』(信山社、平成11年)所収)が、このことを指摘する。これに対して、

雉本郎造『民事訴訟法論集 訴訟行為論』(内外出版印刷、昭和3年)68頁以下では、判決の確 定まで訴えの取下げが可能であるとしていた。明治民訴法下の学説は、山田(明)・前掲注

(16)93頁以下参照。

(10)

イツ法の規定と大きな相違はないものの、その適用範囲には決定的な差が設 けられていた。そして、このような適用範囲の差は、訴訟の終結に先だって なされた終局判決に対する両国の認識の違いを反映していることを指摘する ことができる。すなわち、一方で、ドイツ法は、訴えの取下げによる当該訴 訟の終了に関する原告の処分権を最大限に尊重するとともに(21)、「新たな訴 え」(

erneute Klage

(22)の提起について、同一の訴訟物についての被告の二 重応訴の負担に照らして、被告に応訴拒絶権を保障することでその利益を調 整する規定を設けるほか、格別の制約を課していない。そして、現行のドイ ツ法では、終局判決後に訴えが取り下げられた場合には、終局判決が効力を 喪失すると明文で定められており(

ZPO

269条3項1文)、終局判決が介在し ていたことに価値を置いていない(23)。このように、ドイツ法は、司法資源 の不当な「再利用」の適否という視点ではなく、原告と被告との間の利益・

不利益調整という対立軸において、訴えの取下げ後の再訴の可否という問題 をとらえていることがわかる。ドイツ法の視点については、後に改めて述べ る。

(21) 井上正三「判批」立命館法学55号(昭和39年)368頁参照。また、上村明広「判批」判例評 論261号(昭和55年)42頁は、ドイツの学説が終局判決後の訴えの取下げと同一訴訟の繰り返 しについて、相手方当事者の利益や訴訟制度の合理的運営に関する公益が害されるとみてはい ないか、あるいは、そうした可能性があるとしてもなお原告の利益(処分権)を優先させるべ きであると考えているようである、と分析する。

(22) 「新訴」という文言からもわかるように、ドイツ法は、同一紛争の蒸し返しというニュア ンスを帯びる「再訴」という表現を用いていないことには注意を要する。もっとも、日本法と の比較対照をするうえでの便宜上、以下では「再訴」という表現で統一する。

(23) Bosch, Klagezurücknahme nach Urteilerlaß (1937), S. 11ff.によると、ドイツにおいても、

終局判決後の訴えの取下げをめぐって、判決という国家行為を当事者の意思によって制限する ことが可能かということについて議論が存在し、終局判決の取消しは他の判決でもって行うべ きであり、当事者の一方的処分によってはなしえないことを理由に消極的な立場も存在した

(Hermann Fitting, Reichs-Civilproceß, 8. Aufl.(1893) S.292(Fn. 39))。しかし、その後の学 説の展開が示すように、訴訟係属の発生、消滅が当事者の処分権主義に服するものであり、訴 えの取下げが訴訟係属の遡及的消滅という効果を目的とするものである以上、終局判決の存在 がその効果の発生の支障とはならないということで議論は収束した。CPO制定当時、訴えの 取下げによって終局判決が効力を喪失するとの定めはなかったものの、1950年のZPO改正に よって、当時の通説の考え方を反映して明文化された。井上・前掲注(21)368頁参照。

(11)

 他方で、明治民訴法の規定の趣旨については、次のように説明されている。

すなわち、訴えの取下げとは権利保護要求の撤回を意味しており、終局判決 後の訴えの取下げは判決の取消しに他ならないため撤回できる筋合いはな く、仮にこれを許すとすれば「当事者ハ自由ニ第一審判決ヲ取リ消シ得ルコ トトナリ裁判ノ威厳ヲ害スルニ至ルカ故ニ妄リニ之ヲ容認シ得サルモノト ス」(24)というものであった。この説明からも明らかなように、当時の学説に は、当事者の恣意によって裁判所の判決を無に帰するということへの強い抵 抗感があったとみることができる。すなわち、処分権主義の要請上、裁判所 に訴訟の続行を強いることには理由がないとしながらも、一方で、処分権主 義には「判決其モノヲ取消シ得ルノ理」はないとさえ述べられている(25)。 このことから、訴えの取下げは、本来、権利保護要求の撤回という訴訟係属 の消滅に向けられた訴訟行為であるにもかかわらず、あたかも終局判決に一 定の「効力」があるかのように神聖化し、その「無効化」を目的とした訴訟 行為であることが強調されてしまったがため(26)、終局判決後の訴えの取下 げ自体を認めないという極端な法解釈が生まれた。そして、この「曲解」が、

大正民訴法改正以降においても、再訴禁止効の制度趣旨の理解についての支 配的な考え方として受け継がれることになったということができる。ともあ れ、明治民訴法下においては、このような考え方のもとで終局判決後の訴え の取下げ自体が否定されていたため、終局判決後の再訴を禁止することを想 定した規律は、そもそも設けられてはいなかった。

 このような立法の経緯からすれば、大正民訴法改正は、基本的には明治民

(24) 細野長良『民事訴訟法要義第二巻〔初版〕』(厳松堂書店、大正9年)319頁。

(25) 高木・前掲注(20)388頁。終局判決後の同一の訴えには抗弁の方法がなく、裁判所は再び これを受理して判決をせざるを得なくなるとの懸念が示されており、このような事態が「判決 ヲ蔑如スルモノト云フ可ク公益ヲ害スル」ものであり「裁判所ヲ弄フモノト云フ可キ」とする。

岩田一郎『民事訴訟法原論 上巻』(明治大学出版部、明治40年)384頁もまた、当事者の意思 により司法機関の判決を覆し、同一の訴えを提起することが「国家裁判権ヲ弄フノ弊害ヲ生ス」

ることが立法理由であったと指摘する。

(26) 仁井田益太郎『民事訴訟法大綱』(有斐閣、大正2年)164頁は、「原告ハ被告ノ承諾アルモ 訴ノ取下ニ依リテ判決ノ効力ヲ消滅セシムルコトヲ得ルモノニ非スト謂フヘシ」とする。

(12)

訴法下におけるわが国に特有の「立法思想」を忠実に継承しており、規定を

「全面的に改めた」(27)というよりは、当時のわが国の実情を踏まえたマイナ ー・チェンジを図ったにすぎないということができる。訴えの取下げ可能な 時期に関して、規定の適用領域を拡大したということについては、立案担当 者の説明によれば、口頭弁論終結後に訴えの取下げができないことの実際上 の不便の解消と、判決の言渡し後に訴えを取り下げたい当事者の意思を尊重 することが考慮されたことによる(28)。ここには、明治民訴法下における、

訴訟終了局面での当事者の処分権主義への過度な制約に対する立案担当者の 反省を見て取ることができる。しかしそうかといって、終局判決後の訴えの 取下げに対する不信感が払拭されたという訳ではない。そのため、訴えの取 下げの時期的な制限が緩和されたことに伴い、終局判決の後に取り下げられ た訴えの再訴を禁止するというわが国の事情を反映したルールが誕生するこ ととなった。この事情こそ、明治民訴法制定以来脈々と受け継がれた、第一 審判決とそれを作成した裁判所を尊重するという歪ともいえる公益への信奉 であって(29)、ドイツ法と共通する内容の規定を設けておきながら、全く思 想の異なる規定へと変貌を遂げる原動力となった。無論、再訴禁止規定の導 入もまた、訴えの取下げと新たな訴えの提起という両局面における処分権主 義への制約を伴う契機を当然に孕んでいた。

 (2) ところで、ドイツ法の規定と袂を分かったという意味では、大正民

(27) 越山・前掲注(14) 187頁。

(28) 「民事訴訟法改正調査委員会速記録第23回(大正11年9月26日)」における、松岡義正起草 委員の説明による。松本博之ほか編著『日本立法資料全集12 民事訴訟法〔大正改正編〕(3)』

(信山社、平成5年)255頁。明治民訴法から大正民訴法改正にかけての再訴禁止規定に関する 立法の経緯については、山田(明)・前掲注(16)99頁以下参照。

(29) 細野長良『民事訴訟法要義第二巻〔第八版〕』(厳松堂書店、昭和6年)502、514頁。その 効果として訴権自体が消滅するという考え方も示されていた。たとえば、山田正三『改正民事 訴訟法(三) 』(弘文堂、昭和4年)679頁は、「本案判決後ノ訴ノ取下ニ依リ消滅スルモノハ 訴訟物タル権利ニ付テノ訴ヘ得ル権能ナリ」とし、中村宗雄『改正民事訴訟法評釈』(厳松堂 書店、昭和5年)176頁も「既ニ言渡サレタル判決ハ其効力ヲ失フモ、之ト同時ニ、原告ヲシテ、

ソノ取下ヲ為シタル部分ノ請求ニ付訴権ヲ喪失セシメタ」と解説する。なお後掲注(78)で述 べるとおり、同書は訴権の喪失を伴う再訴禁止規定に対して懐疑的であった。

(13)

訴法改正において、被告の応訴拒絶権を認めていた明治民訴法198条5項が 削除されたという点も見逃せない。すでに述べたように、同項の制定にあた って参照された

CPO243条4項は、訴えの取下げの時期を問わず、原告によ

る再訴に対する被告の保護のために妨訴抗弁を定める規定である。大正民訴 法改正は、訴えの取下げ時期に制限を加えないという点ではドイツ法の規律 に接近したにもかかわらず、その一方で、それを断固として拒絶するかのご とく再訴禁止規定を設けるという選択をしたことになる。明治民訴法198条 5項の削除理由について、立案担当者は、次のように説明している。すなわ ち、第一に、訴訟費用の償還請求権を妨訴抗弁とすることによって訴訟遅延 を招くおそれがあったため、それを回避する必要があったということ、そし て、第二に、判決によらない紛争解決に被告が同意を与えていることから、

被告に妨訴抗弁まで認めることが、原告の訴えに対する応訴について被告に 過剰な保護を与えていると評価されたこと、すなわち、被告の利益を二重に 保護する必要性を認めなかったということによる(30)。もっとも、第一の点は、

妨訴抗弁一般について訴訟遅延の懸念が示されたものであるため(31)、ここ では、被告の利益は訴えの取下げに同意することによって十分保護されてい るという第二の理由が意味を持ってくる。

 ここに、終局判決後の訴えの取下げに関する大正民訴法改正の基本的な方 向性をみてとることができる。すなわち、ⅰ処分権主義に一定の配慮をして、

原告に終局判決後における訴えの取下げの自由を保障すること、その一方で、

ⅱ原告の恣意による終局判決結果の転覆を妨げようとしたこと、すなわち、

ジャッジ・セレクトという原告の目論見を打破するため、再訴の局面におけ

(30) 改正調査委員会における松岡委員の説明による(松本ほか編・前掲注(28)256頁)。第二 の点について、松岡委員は、「苟も訴えを取下るに付ては被告の同意を必要として居るに拘ら ず同意して置いて新に訴訟費用の辯濟を受けるときは云々、之は被告に付ては少し行過ぎる、

斯う云う權利は同意しておきながら、あとで以て斯う云う抗辯を認めると云ふことは是は穏當 ではあるまい」と述べている。

(31) 妨訴抗弁自体が大正民訴法改正において廃止された経緯については、中村・前掲注(29)

54頁参照。

(14)

る処分権主義を制限したこと、そして、ⅲ被告の保護は訴えの取下げに同意 を与えたことで十分であるとみなしたこと、である(32)。もっとも、ⅲの点は、

明治民訴法が訴えの取下げ時期を第一審に限定していたことから、妨訴抗弁 による被告の保護の過剰性が控訴審における訴えの取下げにも同様に妥当す るかについては示されていない。ただ、少なくとも被告に有利な紛争解決案 を保護すべきであるという視点を、大正民訴法改正における立案担当者はそ もそも持ち合わせていなかったということができよう。

 (3) ともあれ、「お上のお手数をかけた者は、同じことで二度とは相手 にしてやらない」(33)と活写されるように、大正民訴法改正当時の時代思潮に 合致した「公益」、すなわち、裁判所の権威の維持に務めるという立案担当 者の本音を愚直に表現した制度趣旨の理解は、その文言の明確性と相まって、

後の立法にも影響力をもたらす指導的な理念となる(34)。しかし、立案担当 者の意に反して、その後の判例・学説は、再訴禁止規定の適用範囲を制限的 に解釈する方向へと舵を切った。そこには、制度趣旨の理解をめぐる二つの 方向性があることが指摘されている。一方では、冒頭でも述べたように、あ くまで制裁説に軸足を置きつつ、文言上の「同一の訴え」を当事者と訴訟物 の同一のみならず、訴えの取下げに至った理由、または訴えを提起するに至 った事情までも含めるという解釈によって、結論的には、再訴禁止効のはた らく場面を限定するというものである(35)。他方では、訴えの取下げによっ て裁判を無に帰したことに対する制裁という視点を封印し、同一の訴えにつ いて再訴を選択した濫用的な行為こそが規制の対象となるとする立場(以下

(32) 高橋(靜)・前掲注(7) 40頁は、公益上の必要のほか、相手方の利益保護の必要から再訴 禁止規定の立法理由を観察しえたとしても、自由意思に基づき訴えの取下げに同意した被告は 再訴の不利益を予期すべきことであることから、相手方の利益保護を根拠とすることはよほど 根拠が薄弱であるとする。

(33) 安倍正三「判例解説」最判解民事篇(昭和38年)254、258頁。

(34) 本案の終局判決のみならず、判決に至るまでの裁判所の手数と努力が無駄になることを、

再訴禁止効の保護法益ととらえる立場とみることができる。たとえば、三ヶ月『全集』・前掲 注(8)432頁、斉藤秀夫=桜田勝義「判批」民商法雑誌50巻5号(昭和44年)779頁ほか参照。

(35) 昭和52年判決をはじめとする判例の立場であり、兼子『概論』・前掲注(1)331頁、三ヶ 月『全集』・前掲注(8)432頁などにみられる通説的な見解と言える。

(15)

「濫用説」という)により、再訴が禁じられる場合を限定するというもので ある(36)。後者の立場は、終局判決後の訴え取下げではなく、司法資源の非 効率な利用にあたる再訴を禁ずることが公益の要請であるととらえるもので ある(37)

三 再訴禁止効と被告保護

 (1) 再訴禁止効の趣旨に関する制裁説と濫用説の考え方の違いは、再訴 禁止規定の適用場面において大きな差を生まないと一般に考えられている。

しかし、冒頭でも述べたように、訴えを取り下げた者に対する制裁を根拠と していては、あるいは濫用的な再訴を排除するという視点によったとしても、

終局判決後に取り下げられた訴えについて再訴の可否を判断するのに適合し ない事案が存在しうる。

 このような状況下において有意義な視点を提供するのが、再訴禁止効を裁 判所の権威や司法資源の無駄遣いという公益の呪縛から解放し、被告との関 係で説明しようとする考え方である(38)。しかし、少なくともわが国の立法

(36) 代表的な論者である井上・前掲注(21)370頁は、再訴禁止規定の狙いを訴訟制度の当事者 による濫用を防ぐ点にあるとし、同規定は同一事件について一律に再訴を禁じる、いわば訴権 の全面的剥奪を定めたものではなく、訴権の濫用防止を明文化したものにすぎず、その解釈も 専ら制限的に行われるべきであるとする。このように、訴訟制度の濫用防止を制度趣旨ととら えるものに鈴木・前掲注(2)469頁、高橋(宏)・前掲注(9)282頁、295頁脚注(66)がある。

(37) これらのほかにも、再訴禁止効の本質を、訴えの取下げと起訴濫用の両面の牽制にあると とらえる見解もある。近藤完爾=小野寺忍「民訴法237条2項にいう『同一ノ訴』の意義」(昭 和53年)判タ357号95頁、小野寺忍「民訴法237条にいう『同一ノ訴』の意義」判タ367号(昭 和53年)80頁は、敗訴原告の場合は当然起訴の濫用を物語るものと考えてよく、勝訴原告の場 合は訴訟上有利な立場を自ら捨てることから、その後再訴に至った場合には何らかの是認でき る動機等があったものと推定すべきであり、再訴制限の緩和を考慮するにあたっては再訴その ものを訴訟物・訴えの利益等の訴訟条件の同一性を問題とするだけでは不十分であって、取下 げの事情をより重視すべきとする。

(38) 越山・前掲注(14)189頁は、裁判所にとっての迷惑という公益的要請以外の要素に基づく 説明の必要性を説き、ほかにも、河野・前掲注(13)325頁は、公益的な利益の侵害あるいは 制裁に求めるべきではなく、当事者間での判決による紛争解決の選択を巡る責任原理との関連 で根拠を探る必要性を指摘する。

(16)

史において、再訴禁止効の趣旨を被告の保護ととらえる考え方は異質なもの であった(39)。明治民訴法の訴えの取下げに関する規定もまたドイツ民訴法 の翻訳的継受と評価できるが、反面、終局判決を経たかどうかにかかわらず、

訴えの取下げ後の再訴を原則として認めるというドイツ法の立場を継承しな かった。そのため、立法論的には、ドイツ法による被告の応訴拒絶権構成を 正当なものとしつつ、解釈論としては、消去法的に制裁説によらざるを得な いとする見解(40)が、わが国の立法の隘路を正確に捉えているということが できる。

 (2) ここで、ドイツ法の訴え取下げに関する規律の骨格を改めて確認し ておく。ドイツ法は、ⅰ訴えの取下げの可能な時期について制限を設けてお らず(ZPO269条1項参照)、ⅱ本案開始後の訴えの取下げには被告の同意を 要するとし(同1項、2項)、ⅲ訴えの取下げの効果として、訴訟係属が遡 及的に消滅することと未確定の終局判決が効力を喪失すること(同3項1 文)、そして、原告が訴訟費用負担義務を負うこと(同3項2文)を定 め(41)、その上で、原告が訴訟費用の補償をせずに同一の訴えを提起した場

(39) 大正民訴法改正における再訴禁止規定は、請求の放棄または訴えを提起しないという当事 者意思が組み込まれたものであり、当事者の意思を十分考慮した上で新設されたとする見解に、

山田(明)・前掲注(16)110頁以下がある。この見解は、同改正の起草過程における松岡委員 の答弁中、訴えの取下げが「実質的に(中略)当事者自身から申しますると請求権の抛棄と同 じ事になる、(中略)、圓滿に訴を取下げて解決が付いたのを再び又訴訟で以て争ふと云うこと はさせないで、濫訴の弊を防ぐが適當であろう」という部分に手がかりを求めるようである。

松岡委員自身、終局判決後の上訴審における訴えの取下げを認めない明治民訴法下における通 説的な理解に対して、上訴審における被告の同意を得た訴えの取下げは「国家ニ於テ豪モ損益 スル所ナケレハナリ」とし、終局判決の存在故に訴えの取下げを封ずることが遡及的消滅原則

(明治民訴法198条4項)に抵触するとの見解を述べていた(梅謙次郎ほか編『法典質疑問答 第9編』(信山社、平成6年)169頁以下所収)。このような経緯もあってか松岡委員の答弁は 煮え切らない印象を与えるが、一方において終局判決の維持という公益的な理由に主眼を置い ていることは疑いようがなく、大正民訴法の立案担当者が、再訴をしないという双方当事者の 意思を汲んで再訴禁止効を導入したとすることには無理があろう。なお、松岡委員の発言中「請 求権の抛棄」に触れた部分について、小野寺・前掲注(37)79頁は、これを請求の放棄または 私法上の権利の放棄とみるべきではないとする。

(40) 松本博之=上野𣳾男『民事訴訟法〔第8版〕』(弘文堂、平成27年)500頁。

(41) ドイツ法においては、訴えの取下げの効果として原告に費用負担義務が生ずると定められ ているが、わが国では、明治民訴法198条においても大正民訴法改正以降においても、このよ

(17)

合には、ⅳ被告に妨訴抗弁を付与する(同6項)、概ね、以上の要素から構 成される。これらのうちⅰⅱⅲの規律を通じて、訴えの取下げによって抱き うる被告の紛争解決期待は、あくまで当該訴訟の終結に関するものであり、

同一事件について同一の訴訟が提起される可能性を排除するところまでは含 んでいないことがわかる。その意味では、被告が持ちうるのは暫定的な紛争 解決期待でしかなく、被告は、再訴可能性をさしあたり措いて、当該訴えの 提起によって生じた訴訟法律関係の遡及的消滅と原告の訴訟費用負担の申し 出に同意を与えるかどうかの決断をすることになる。そして、原告が再訴を 提起した場合には、ⅳの規律によって、再訴を試みる原告の利益と前訴にお いて裁判所に訴訟資料を提出した被告の利益との調整を、訴えの取下げの効 果として原告が負う訴訟費用負担義務に基づく費用償還の有無によってはか ることになる。

 原告の再訴に対する被告の応訴拒絶権というドイツ法の採用する法的構成 の趣旨は明快である。原告は、訴えの取下げの効果として訴訟費用負担義務 を負うが、このとき、訴えの取下げに至る理由が問われることは一切ない。

しかし、訴えの取下げによって終了した訴訟の費用の償還をまだ受けていな い段階で被告が再訴に応じることは、いわば、訴えの取下げの効果が不完全 にしか生じていないという状態において、被告が前訴と同様の訴訟資料を裁 判所に提出して防御させられることを意味する。このことから、ドイツ法の 制度趣旨が、同一訴訟物についての複数の訴訟係属にかかる費用負担の危険 から被告を保護することにあるのは明白である。そのため、ドイツの判例・

通説は、付加的な主観的要素を問題とはしない。すなわち、同規定は被告に 負担を押しつける原告の意図とは無関係に適用されるべきである、とされて

うな義務は定められていない。わずかに、明治36年民訴法草案の第234条2項において「訴ヲ 取リ下ケタル原告ハ訴訟費用ヲ負擔スヘシ」(同1項は遡及的消滅原則、同3項は妨訴抗弁)

という条文案が見られたにすぎない。このことから、そもそもわが国においては、ドイツ法と 異なり、訴えの取下げの効果としての原告の費用負担義務と被告の妨訴抗弁との関連付けが意 識されていなかったということできる。したがって、この点では、大正民訴法改正において妨 訴抗弁の規定が削除されたことは、立法論的には整合性が保たれていたということもできる。

(18)

いる(42)。かつてドイツにおける実務では、被告に負担をかける意図がなか ったこと、または自己の目から見れば訴えの取下げが事案適合的で合目的的 であったということを原告が証明できた場合には、被告の抗弁権の行使を認 めないという運用がなされており(43)、これを支持する学説も存在した(44)。 しかし、このような実務は、管轄権のない受訴裁判所から管轄権のある裁判 所への移送の制限を設けていた旧法下においては、訴えを一旦取り下げて新 たに再訴せざるを得なかったため、移送制限の潜脱とみられないよう、訴え の取下げが正当な理由に基づくものであるということの証明を要するという 事情によるものであった。したがって、ZPO281条の整備により移送の制限 について立法的解決が図られた現在においては、このような実務上の取扱い はもはや時代遅れであると評されている(45)

 ところで、このような実務運用が生まれた背景として、

CPO

の立案担当 者が連邦参議院司法省草案において応訴拒絶の抗弁の趣旨について次のよう に説明していたことが指摘される。すなわち、この抗弁が「原告の嫌がらせ」

(Vexation der Kläger)に対する被告の保護に適切であるように思われる(46)、 というものである。確かに、立案担当者の制度説明は、原告の訴えの取下げ 後の再訴を「嫌がらせ」とみて、被告に対して応訴の負担を課すことを意図

(42) Vgl. BGH, Urt. v. 9. 7. 1986, NJW-RR 1987, 61; BGH, Urt. v. 24. 3. 1992, NJW 1992, 2034;

Stein / Jonas, Kommentar zur ZPO, 23. Aufl., Bd. 3, (2018) S. 1187 (Roth); Zöller, ZPO, 32.

Aufl., (2018) S. 784(Greger); Münchener Kommentar zur Zivilprozessordnung, 4. Aufl., (2013)

S. 1638 (Becker-Eberhard).

(43) RG, Urt. v. 11. 12. 1914, JW 1915, 249 のほか、Wieczorek, Zivilprozeßordnung und Nebengesetz, Bd. 2, Theil 1,(1957) S. 241所掲の裁判例を参照。なお、同書はこのような実務 の考え方には同意すべきではないとする。

(44) Friedrich Stein, Die Zivilprozeßordnung für das Deutsche Reich, 11. Aufl., Bd. 1, (1913) S.

667f.ま た、Lothar Seuffert, Kommentar zur Civilprozeßordnung für das Deutsche Reich, 11.

Aufl., Bd. 1, (1910) S.434によると、被告が前訴費用の償還を放棄していたり、被告の欺瞞的 行為が訴えの取下げに決定的な役割を果たしていた場合など、事情によっては、被告の応訴拒 絶の抗弁は許されないとする。これらの学説も含むドイツ法の概要については、近藤=小野寺・

前掲注(37)93頁以下参照。

(45) Stein / Jonas, a.a.O., (Anm. 42) S. 1187 (Roth).

(46) Carl Hahn, Die gesamten Materialien zu den Reichs- Justizgesetzen, Bd. 1,(1880), S. 263.

(19)

した濫用的な再訴から被告を保護するための規定との理解を可能にする(47)。 しかし、この立案担当者の説明の趣旨は必ずしも明らかではなく、上述した 実務運用はこの立案担当者の説明を誤って理解し、引用したものであるとい う評価がなされている(48)。そして、このような理解に対しては、被告に負 担を課す原告の主観的意図という証明困難な要素を被告の救済の要件とする ものであって、

ZPO

269条6項の趣旨と訴訟経済を損ねるという強い批判が なされている(49)。現在においては、このような理解に基づいて訴え取下げ 後の再訴提起を封じようとする見解はなく、むしろ、前訴にかかった訴訟費 用の公平な負担という視点でのみ、再訴の可否を決すれば足りるというのが 一致した見解である(50)。そして、いずれの見解によるにしても、そこには、

わが国のような国家の利益を保護するという視点は全く介在しない。

 このように、ドイツ法における応訴拒絶権は、被告が訴訟費用の償還を未 だ受けていないという訴えの取下げの効果が不完全な状態での、同一訴訟物 についての被告の二重の応訴にかかる費用の負担を軽減することを目的とし た規律にすぎない。そのため、ドイツでは、訴え取下げ後に原告から訴訟物 たる権利を譲り受けた第三者に対する被告の妨訴抗弁の提出が異論なく認め られており(51)、そこには原告(または、それと同視すべき承継人)に対し て制裁を与えるという意図を読み取ることはできない。確かに、訴えの取下 げから再訴に至った原告の主観的事情などを考慮して被告に応訴負担を求め ることが妥当かどうかを判断すべきであるという見解が提唱された跡はあっ たが、終局判決後の訴え取下げの可否という議論が過去のものとなったのと

(47) RG, Urt. v. 9. 10. 1899, JW1899, 741f.; RG, Urt. v. 11. 12. 1914, a.a.O.,(Anm. 43)は、同規 定の趣旨を被告に金銭的な補償を与えるためではなく、原告の嫌がらせから被告を保護するた めであるととらえる。Vgl. Seuffert, a.a.O., (Anm. 44) S. 434ff.

(48) Vgl. Stein / Jonas, a.a.O., (Anm. 42) S. 1187 (Roth).

(49) W. Schubert, Anmerkung (für BGH, Urt. v. 9. 7. 1986), JR1987, 334.

(50) たとえば、BGH, Urt. v. 14. 7. 1961, VersR1961, 860は、訴えの一部取下げ後の請求の拡張 が「同一の訴え」に当たらず、被告の妨訴抗弁が認められないとするが、この結論もまた、再 訴の利益と費用負担の公平という視点に基づくものであると評価することができる。

(51) Vgl. Konrad Hellwig, System des Deutchen Zivilprozeßrechts, 1 Theil (1912), S. 393.

(20)

同じく、それもすでに克服されたとみてよい。このように、ドイツ法におけ る再訴禁止に関する議論は、原告の提訴権の保障を中心に据えて、前訴費用 の償還がなされないという例外的な場合にのみ被告の応訴負担を解消すべき という基本的な視座のもと、原告の提訴権の制約が訴えの取下げの効果が不 完全な状況下での妨訴抗弁の成否という問題に集約されているということが できる(52)。したがって、ドイツ法は、費用償還を確実にするという点を除 けば、被告の保護は訴訟係属の遡及的消滅に対する同意をしたことで十分で あるとみなしていることから、それ以上に原告の再訴を制限する必要性を認 めていないということができる。

 (3) このようにしてみると、原告の利益(訴えの取下げ自由と再訴の自 由)と被告の利益(費用償還のない再訴に対する防御)の調整をはかるとい うドイツ法の枠組みは、わが国においては、見事なまでに換骨奪胎され、原 告の利益と国家の利益との調和(53)に置き換わっていることがわかる。そし て、現在においてもなお、被告の保護を再訴禁止規定の制度趣旨ととらえる ことについては否定的な見解が有力である(54)

(52) ドイツ法では、ZPO269条6項の定める「同一の訴え」を被告の保護という要請に照らして、

広く解釈すべきであるとの方向性が導かれる。たとえば、BGH, Urt. v. 9. 7. 1986, a.a.O.,

(Anm. 42)、およびBGH, Urt. v. 24. 3. 1992, a.a.O., (Anm.42)は、訴え取下げ後の費用償還額 決定を債務名義として前訴被告によって開始された強制執行手続に対し、前訴原告が請求異議 の訴えを提起し、取り下げた前訴において訴求した債権との相殺の主張をすることの可否が問 われた事案において、請求異議の訴えが同一の訴えにあたり、前訴被告が費用償還を受ける前 に提起することを不適法とする。これらの判例は、訴え取下げの効果としての原告の費用負担 義務を確実に履行させるという視点に基づいて「再訴」を封じたものであり、わが国のように 再訴の提起そのものを封ずる目的の包括的な再訴禁止規定によらなくとも、事案適合的な解決 をはかる点で示唆的である。

(53) 牧山市治「判例解説」最判解民事篇(昭和52年)246頁は、民訴法の基本原理である処分権 主義と訴訟制度運営に対する国家的利益とを調和させるという視点からも、一方で上級審にお いても訴えの取下げを認めることにより処分権主義の建前を生かし、他方でこれに一定の失権 的効果を付することは、必ずしも矛盾であるとはいえないとする。

(54) 兼子『体系』・前掲注(1)297頁は、再訴禁止規定が被告の保護ためではなく、国家的制 裁として訴権を奪う趣旨であることから、裁判所は被告の態度如何にかかわらず、再訴禁止効 に抵触する訴えを不適法却下すべきであるとする。ほかにも、三ヶ月『全集』・前掲注(8)

434頁、新堂・前掲注(11)355頁など参照。

(21)

 とはいえ、国家の利益を重視する制裁説に与しながらも、原告に対する再 訴禁止という失権的効果により被告が再度の応訴負担を免れるという側面を 強調する立場も存在する(55)。すなわち、再訴に対する応訴義務を被告に課 しても不公平とはいえない事情が被告側に存在するときは再訴も許されると いう調整弁の存在を認め、訴え取下げ後の再訴にかかる新たな利益の必要性 という要件の中に、被告の保護を要しないという要素を読み込むものであ る(56)。もっとも、この見解に立つ論者自身も認めるように、公益の要請に 基づき制限されている再訴を許すかどうかの判断において訴えの取下げ後の 新たな訴え提起の必要性という判断要素を加えることは、それが公益の保護 という視点に基づくものであったとしても、また、被告保護という視点に依 るものであったとしても、理論的な位置づけの不明確さはぬぐえない(57)。  (4) そこで、保護法益の対立軸を裁判所と原告との利益調整という観点 からではなく、原告と被告との利益調整という観点からとらえ直し、いわば 母法法制への本卦還りを果たそうとする見解が登場するに至るのは自然な成 り行きであったといえる。そこで、以下では、被告の利益の保護に照準を合 わせる諸説を概観する。

(55) 牧山・前掲注(53)246頁、上田・前掲注(2)143頁ほか。

(56) 角森・前掲注(3)35頁は、公権的利益の侵害を理由とする再訴禁止を例外的に認めると いう立場から、裁判所の恣意的判断を防止するための有効な判断基準として、公権的利益の保 護と当事者の公平の観点の両面から再訴の拒否を判断すべきであるとする。

(57) 角森・前掲注(3)42、43頁。被告が弁済を確約したため給付訴訟を取り下げたにもかか わらず、被告が弁済しないために原告が再訴に至った場合のように、訴えの取下げに至る経緯、

または訴えの取下げ後の合理的事情を権利保護の利益の相違の問題としてとらえる立場がある 一方で(菊井=村松・前掲注(6)231頁、伊藤・前掲注(6)465頁)、そのような事情を考 慮することには消極的な見解もある(三ヶ月章「権利保護の資格と利益」『民事訴訟法研究〔第 1巻〕』(有斐閣、昭和37年)26頁(初出は『民事訴訟法講座〔第1巻〕』(有斐閣、昭和29年)

119頁所収、同『全集』・前掲注(8)433頁)。いずれにしても、原告の訴訟行為の有効性を判 断するにあたり、原告の利益と対置されるはずの裁判所の利益が終局判決後の訴えの取下げに よってどのように侵害されたかを具体的に認定したうえで再訴の可否を判断すべきことになろ うが、この点への言及は少ない。ちなみに、昭和52年判決の事案は、控訴審における訴えの交 換的変更に伴う旧訴の取下げ事例であったことから、終局判決が訴えの変更を経て紛争解決に 一定の寄与をしたことがうかがえる。このことを指摘するものに、角森・前掲注(3)41頁、

兼子ほか『条解』・前掲注(7)884頁〔竹下〕がある。

(22)

 まず、再訴禁止効を被告の応訴拒絶の抗弁権に由来する効力であるとする 理解がある(以下「抗弁権説」という)。この立場は、再訴禁止の効果が原 告の提訴権の失効を伴うかどうかで考え方が別れる。一方では、原告の提訴 権限の失効ではなく、再訴禁止効は被告の応訴(再訴)拒絶権に由来するも のであり、被告が異議なく応訴した場合には裁判所は同一訴訟について裁判 をし、被告がこの抗弁を提出した場合には再訴を不適法とすべきであるとの 考え方がある(58)。他方では、原告の提訴権は失効するとした上で、このこ とが私的解決を選んだ自らの態度と当事者との公平に由来するものであるた め、再訴禁止効の発生は被告の主張にまつべきことになり、原告がそれに対 して失権を不当とする特別の事情を主張し、立証に成功した場合にはじめて 再訴が許容される、という考え方がある(59)。前者の考え方によれば、被告 の応訴態度如何によって再訴が広く認められる余地がある一方で、後者の考 え方によれば、原告の失権を不当とする例外事由の幅は広くすべきではなく、

原則として再訴は禁止すべきであるという対照的な結論となっている。よっ て、原告の提訴権が失効するか否かは、再訴の可否を判断するにあたって決 定的でないことがわかる。

 次に、再訴の可否を、再訴の可能性を留保したい原告と、再訴の可能性を 封じたい被告との間の利害調整の問題であるととらえる見解(以下「調整説」

という)が存在する(60)。これによれば、終局判決後の訴えの取下げにおいて、

不服申立ての奏功・不奏功(またはその予測)についての被告の信頼保護に 対して、原告が訴えを取り下げるについて宥恕すべき事由がある場合には、

原告の再訴に対する利益を優先すべきとして、再訴禁止効のねらいを、原告

(58) 竹野竹三郎『新民事訴訟法釈義 中巻』(有斐閣、昭和6年)735頁。

(59) 坂口裕英「判例解説」別冊ジュリスト36号(昭和47年)100頁。もっとも、被告の抗弁と原 告の再抗弁という構成が、原告に主観的事情などの立証困難を負わせることを理由にドイツ法 においてはすでに克服されたものであることは、本文で述べたとおりである。

(60) 山本・前掲注(13)68頁。この立場は、終局判決後の控訴審における訴え取下げについては、

控訴の奏功に対する被告の信頼、または不奏功を原告が自認したことへの被告の信頼をとくに 保護に値するとすることで、終局判決前の第一審における訴えの取下げと差別化をはかろうと するものである。

(23)

と被告との利害関係の調整にあると位置づける。同様の視点に基づき、一方 の極には、訴えを維持するかそれを取り下げるかという原告の選択を、他方 の極には、それに対して同意を与えて訴訟を終了させるか同意を与えず訴訟 の維持をはかるかという被告の選択を据えて、その選択に対して負う双方当 事者の責任に、再訴禁止効の根拠を見いだす見解がある(以下「責任説」と いう)(61)。このような考え方によれば、紛争解決方法の選択の結果として、

いったん終局判決において示された解決基準を踏まえて紛争が解決されるこ とを信頼した被告を保護するという帰結になる(62)。さらには、これらの立 場をさらに徹底して、訴訟手続を遡及的に消滅させようとする原告の意思と それに対する被告の同意は、そこに、同一の訴えを蒸し返さない旨の当事者 の契約的行為の存在を看取することができ、再訴禁止の目的は、明示的な同 意または黙示的な同意の付与に基づき契約もしくは信義則に基づく信頼関係 の形成を通じた、前訴における法的救済(事件終了)に対する両当事者の期 待を保護する点にあるとする立場も見られる(以下、論者による「当事者訴 訟事件終了期待説」との表記にならう)(63)。これらの立場によれば、再訴禁 止が問題となる局面、たとえば原告の特定承継人にも再訴禁止効が及ぶかど うかという場面において、制裁的趣旨の再訴禁止効の主観的範囲を拡張す る(64)という無理を犯すことなく、あるいは、再訴禁止効という制限付き債 権に実体法的に変容したため行使が封じられる(65)という困難な法的構成に よることなく、被告の利益保護という視点によってこの者に対する再訴の禁 止を正当化することができるという利点があろう(66)

(61) 梶村太一=徳田和幸編『家事事件手続法〔第3版〕』(有斐閣、平成28年)533頁脚注54)〔本 間靖規〕は、訴訟を利用しないとの当事者の意思のあらわれを尊重すべきとする。河野・前掲 注(13)325頁も、もはや訴訟による解決の必要性がないとして、あえて判決による解決を放 棄ないし失権したと見ることができる点にその根拠を求めるべきであるとする。

(62) 兼子ほか『条解』・前掲注(7)883頁〔竹下〕、上田徹一郎『民事訴訟法〔第7版〕』(法学 書院、平成23年) 440頁、越山・前掲注(14)179頁、190頁。

(63) 川嶋・前掲注(13)11頁。

(64) 宮崎・前掲注(7)793頁ほか、前掲注(7)の学説参照。

(65) 大阪地判昭和36年2月2日・前掲注(8)参照。

(66) たとえば、上田・前掲注(62)440頁は、再訴濫用禁止の効力は取下げの事実を知らない特

参照

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