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訴えおよび上訴の取り下げにおける意思の欠缺・瑕疵

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(1)訴えおよび上訴の取下げにおける意思の欠缺・瑕疵. 論 説. 訴えおよび上訴の取下げにおける 意思の欠缺・瑕疵 石渡 哲 Ⅰ はじめに Ⅱ 判例および裁判例ならびに学説の概要 1 判例および裁判例の概要 2 学説の概要 Ⅲ 効力排除のための理論構成を検討するうえで前提となる確認事項 1 訴え取下げの効力発生時点 2 法規欠缺の場合の理論構成のあり方 Ⅳ 効力排除のための理論構成 Ⅴ 効力排除の方法 1 撤回、無効ないし取消し 2 具体的主張方法 3 効力排除の期間制限 Ⅵ 近時の問題 Ⅶ 上訴の取下げ Ⅷ 結 語. 67.

(2) 横浜国際経済法学第 19 巻第3号(2011 年3月). Ⅰ はじめに わが国の判例は、長い間、訴訟行為への私法規定の適用を否定していた。た とえば、裁判上の自白および訴えの取下げへの意思表示に関する規定(錯誤や 詐欺・強迫に関する規定。民法 95 条・96 条)の適用を否定していた。ただし、 それらが、詐欺・脅迫など刑事上罰すべき他人の行為によってなされた場合は、 再審の訴えに関する旧民訴法 420 条1項5号(現行民訴法 338 条1項5号)の 法意により、 効力を排除していたが、 そのさい、 効力排除のためには同条2項(現 行民訴法 338 条2項)が規定する有罪の確定判決、または、証拠がないという 理由以外の理由により確定判決を得られなくなること(以下では「有罪の確定 判決等」という)の要件は不要とされていた1)。判例は、また、当事者たる会 社の代表者への表見法理(民 109 条、商旧 262 条〈現行会 354 条〉 )の適用も 否定していた2)。ただし、この一般的傾向に対する例外として、執行証書作成 過程における執行受諾の意思表については、錯誤無効の主張を認めていた3)。 学説上も、意思表示に関する規定の適用につき、長らく判例と同じ見解が通 説の地位を占めていた4)。 このように訴訟行為への私法規定の適用の否定が定着していたのは、わが国 の民事訴訟法の母法国であるドイツで 19 世紀に、民事訴訟法学の独自性を確 立させようとの意図の下、訴訟行為の法律行為からの区別が強調されたことに、 由来している5)。 しかし、ドイツではアーレンス(Arens)が、1968 年に公刊したモノグラ フィーにおいて、訴訟契約、訴訟上の和解、訴えの取下げ、上訴の取下げ、自白、 請求の放棄・認諾につき、民法の意思表示の規定を類推適用すべきであるとの 見解を主張した6)。アーレンスの学説は、本国ドイツでは多くの支持者を得る ことができなかったが7)、わが国では、柏木邦良弁護士がいち早くこれを紹介 し、基本的に支持された8)。それとほぼ時を同じくして、1971 年(昭和 46 年) 68.

(3) 訴えおよび上訴の取下げにおける意思の欠缺・瑕疵. に、後述する、刑事上罰すべき他人の行為によってなされた訴え取下げの効力 が争点になった判例が出現したこともあり、訴訟行為への民法の規定の適用の 可否に関する議論が活発になった。 ところで、訴訟行為には多様なものがあり、それが行われる状況、ならびに その効果およびそれが訴訟手続に及ぼす影響にはさまざまなものがある。また、 訴訟行為への適用の可否が問題になる私法規定にも、上述のように多様なもの がある(錯誤、詐欺・強迫、表見法理等) 。そこで、有意義な結論を引き出す ためには、一括して訴訟行為への私法規定の適用の可否を検討するという方法 によるのではなく、訴訟行為の類型ごとに各種の私法規定の適用の可否を検討 べきであろう9)。このような考えに基づいて、本稿では、訴え取下げ、および それと共通点を有するとみられる上訴の取下げに民法上の意思の欠缺および瑕 疵 10)に関する規定が適用されるか否か、言い換えれば、訴え取下げや上訴の 取下げは錯誤または詐欺・脅迫によってその効力を排除され得るか否かという 問題を、検討する。 そのさい、従来の通説・判例は、前述のように、訴訟行為に民法の意思表示 に関する規定の適用を否定したうえで、訴訟行為が刑事上罰すべき他人の行為 によってなされたときは、その効力を排除しているので、本稿では、この見解 を「再審事由の訴訟内顧慮説」と表記する 11)。他方、訴訟行為に民法の意思 表示に関する規定の適用を肯定する見解を「私法規定適用説」と表記する。 なお、筆者は、1982 年と 2010 年の2回、上記の 1971 年(昭和 46 年)の判 例を解説する機会を得た 12)。第1回目の解説では、判例解説としての制約か ら十分に論じることができないことがあったので、この問題をより詳細に論じ た論文を公表した 13)。本稿で筆者は、2回目の解説の執筆を機に、さらに検 討を重ねた結果を纏めるととともに、最近になって生じた関連する問題にも論 及する。筆者は、第1回目の解説の公刊以来、私法規定適用説を支持しており、 その基本的立場は変わっていない。しかし、本稿において、これまでに発表し た旧稿で表明した見解の一部を改める。以下では、旧稿での論述中本稿で訂正 69.

(4) 横浜国際経済法学第 19 巻第3号(2011 年3月). または補正する部分のみ、その箇所を注に明示することにし、同じ内容を述べ るさいには、旧稿を同旨の学説として引用することは基本的にしない。 Ⅱ 判例および裁判例ならびに学説の概要 1 判例および裁判例の概要 14) (1)第二次大戦前の判例・裁判例 15) 本稿で取り上げる問題に関して、管見の及ぶかぎり、第二次大戦前のわが国 においては、大審院判例が2件、その他が2件あり、それぞれのいずれにおい ても1件が訴え取下げの無効の主張を認め、他がこれを退けている。 [1]大判昭和 13 年 12 月 28 日評論 28 巻民訴 261 頁においては、上告審で 被上告人である原告(したがって――事案の詳細は不明であるが――原判決は 原告に有利なものであったと推測される)がなした訴え取下げの無効が主張さ れた。原告・被上告人は、訴え取下げの錯誤による無効を主張したところ、大 審院は、 「仲裁者(当事者間で紛争解決の斡旋をした者であり、仲裁法上の仲 裁人ではない―筆者)ヨリ示談ノ勧告ヲ受ケタル被上告人ヲシテ、右示談ノ条 件カ後日確定実行セラルヘキモノト誤信セシメタル結果、被上告人ハ斯ル期待 ノ下ニ仲裁者ノ言ニ従ヒ、遂ニ本件訴ノ取下書ニ署名捺印ノ上之ヲ当院ニ提出 シタル事実ヲ認メ得ヘク、……去レハ被上告人ノ本件訴ノ取下ハ其ノ効ナキニ 帰」すと判示した。これに対して、 [2]大判昭和 14 年 12 月 18 日評論 29 巻 民訴 87 頁は、 「仮令訴訟ノ取下ヲ為ス旨ノ裁判外ノ契約ハ無効ナリトスルモ、 適法ニ為シタル訴訟ノ取下ノ無効ヲ来ス理アルコトナシ」と判示した。このよ うに、大審院の判決の結論は分かれているが、いずれも精緻な理論構成は行っ ておらず、また、判例集に収録されることもなかった。 大審院以外の裁判例としては、 [3]朝鮮高等法院判大正 10 年2月 25 日新 聞 1841 号 16 頁が、 「訴ノ取下ハ訴訟行為ナルガ故ニ之ヲ取消スコトヲ得ザル ヲ原則トスト雖モ、其真意ニ非ズ、且錯誤ニ出デタルモノナルコトヲ証明スル 70.

(5) 訴えおよび上訴の取下げにおける意思の欠缺・瑕疵. トキハ、 之ヲ取消スコトヲ得ト解スルヲ妥当トス」と判示したのに対して、 [4] 東京控判昭和 12 年5月 24 日評論 26 巻民訴 315 頁は、 「訴ノ取下ノ成立要件及 ヒ其ノ効果ニ関シテハ民法ノ規定ハ之レカ適用ナキモノトス」としたうえで、 たとえ訴訟外の和解に基づいて訴えを取り下げたところ、その和解が要素の錯 誤のゆえに無効であっても、 「和解ノ有効ナルコトハ訴ノ取下ナル訴訟行為ノ 有効要件(要素)ヲ為スモノニアラス。従ツテ該和解カ要素ノ錯誤ニ因リ無効 ナリシ場合ニ於テモ、之レカ為訴ノ取下ノ効果ニハ何等ノ影響ナキモノト解セ サルヘカラス」と判示した。 (2)第二次大戦後、昭和 46 年(1971 年)の判例[12]までの判例・裁 判例 第二次大戦後の裁判例の中には、訴えを取り下げた原告が錯誤または詐欺・ 強迫のゆえの効力の排除を主張したが、再審事由の訴訟内顧慮にも言及せず に、単純に無効の主張を認めなかったものがある。 [5]和歌山地判昭和 26 年 3月 30 日下民2巻3号 452 頁、 [6]京都地判昭和 42 年1月 28 日判時 485 号 57 頁=判 タ 202 号 191 頁、 [7]中野簡判昭和 39 年9月9日判時 395 号 41 頁 である。ただし、 [5]については、 原告が、 被告の脅迫(強迫ではない)によっ て訴えを取り下げたと主張したのに対して、判旨は、これを認定する証拠がな いとして、訴え取下げの効力を排除しなかったのであるから、脅迫の事実が認 定されれば、取下げの効力を排除する趣旨であったと、反対解釈をする余地も あろう。 他方、 [8]東京地判昭和 33 年1月 29 日下民9巻1号 134 頁=判時 146 号 21 頁=判タ 81 号 69 頁は、再審事由の訴訟内顧慮説によって訴え取下げを無 効とした。また、 [9]東京高判昭和 39 年4月 28 日高民 17 巻3号 196 頁=判 時 379 号 32 頁=判 タ 162 号 82 頁、 [10]高松地判昭和 37 年5月8日判時 302 号 27 頁、 [11]大阪地判昭和 39 年 10 月 15 日判時 434 号 50 頁 は、い ず れ も、 訴え取下げの無効の主張を退けたが、再審事由(詐欺、脅迫等)があれば、訴 71.

(6) 横浜国際経済法学第 19 巻第3号(2011 年3月). え取下げが無効になることを認めているので、これらも、再審事由の訴訟内顧 慮説の立場に立っていると言える。 その後、 [12]最判昭和 46 年6月 25 日民集 25 巻4号 640 頁(原判決、 [12-1] 高松高判昭和 45 年 10 月 20 日判時 614 号 61 頁=判夕 255 号 168 頁)が出現し た 16)。事案は以下のとおりである。認知請求訴訟で、被告が、訴え提起後も 原告の法定代理人であり母であるAとの内縁関係を継続し、かつ訴えの取下げ を要求したことに腹を立てたAが、控訴審係属中に、被告所有の自動車に同人 を誹謗する文句を書きつけてこれを傷つけたことから、被告がAに、警察に告 訴するを旨げ、訴え取下げを強く要求した。Aは、告訴により幼児を抱えて警 察で取調を受け、ひいて刑事処分を受ける虞を畏怖して、被告が持参した「訴 取下書」と題する書面に署名押印した。被告はこの書面を裁判所に提出したが、 翌日Aは弁護士に相談し、即日、取下げは被告の強迫によるものであるから、 これを取り消す旨記載した上申書を提出した。控訴審は、再審事由の訴訟内顧 慮説によって、訴え取下げの効力を否定し、本案について認知請求を認容した。 被告が上告したが、最高裁も、再審事由の訴訟内顧慮説によって、訴え取下げ の効力を否定した。 (3)判例[12]後の裁判例 判例[12]は、最高裁が訴え取下げについて再審事由の訴訟内顧慮説を採用 したリーディングケースであるといえる 17)。しかし、2で述べるように、ほ ぼ同じ時期に、学説において私法規定適用説が抬頭したこと、およびその後、 後述のように、新たな社会問題が生じたこともあり、再審事由の訴訟内顧慮説 が実務に定着したとは、必ずしも言えない。 すなわち、たしかに、 [13]東京地判平成6年 12 月 14 日判時 1536 号 69 頁、 [14]福岡高那覇支判平成 16 年4月 27 日平 15(行 コ)7号 TKC28141105 は、 再審事由の訴訟内顧慮説を採用している 18)。しかし、 [15]東京高判昭和 54 年 10 月8日判タ 402 号 78 頁は、判決理由中で、訴えの取下げが訴訟行為であ 72.

(7) 訴えおよび上訴の取下げにおける意思の欠缺・瑕疵. ることにはなんら言及することなしに、詐欺によるその取消しを認めた。また、 [16]福岡地久留米支判昭和 52 年3月 15 日判タ 362 号 292 頁は、訴え取下げ が訴訟行為であることには言及しつつも、訴訟行為への私法規定の適用の可否 とその理由について詳細に論じることなしに、錯誤によるその無効の主張を認 めた。 [15]については、控訴審での、それゆえ終局判決後の訴え取下げが問 題になったので、これを有効とすると、再訴禁止規定(旧民訴 237 条2項〈民 訴 262 条2項〉 )が適用されることが、暗黙のうちに効力排除の判断につながっ たと、推測する余地がある。また、 [16]の事案は、交通事故で死亡した被害 者の複数の相続人が、被害者の賠償債権を相続したと主張して提起した損害賠 償請求訴訟、すなわち共同訴訟で、一部の相続人が、相続に関する権利関係を 誤解して、訴えを取り下げた事案であり、いずれにせよ取り下げなかった原告 と被告の間の訴訟係属は消滅しておらず、しかも、共同原告の請求額の合計は 訴え取下げの前後で変わっていなかったという特殊事情があり、それが取下げ の効力否定の判断につながったと、推測する余地がある 19)。 ところで、最近、高齢者の増加を反映して、加齢による判断能力の低下につ け込まれて、不当な契約を締結させられたと主張して、法的救済を求める訴 えを提起した高齢者に、相手方が、訴訟代理人である弁護士や親族との連絡 を絶たせたうえで、甘言を弄して、原告である高齢者になさしめた訴え取下 げの効力が問題になる事例が、散見される。 [17]東京地判昭和 63 年8月 29 日判時 1314 号 68 頁、 [18]東京地判平成 17 年2月 24 日平 15(ワ)20170 号 TKC28102045 である。いずれの裁判例も訴え取下げを無効としたが、 [17]は、 その理由を相手方の信義則違反と、訴え取下げが原告の真意に基づかない点に 求めており、 [18]は、信義則違反にのみ求めている。 [17]が援用する、訴え 取下げが原告の真意に基づかないという理由は、意思の欠缺を意味しているも のと解することができ、そうであるとすれば、私法規定適用説によって妥当な 結論を導き出したということができるであろう。. 73.

(8) 横浜国際経済法学第 19 巻第3号(2011 年3月). 2 学説の概要 学説は、再審事由の訴訟内顧慮説 20)と私法規定適用説 21)に大別できる。細 部にわたると、同じ陣営の中でも、見解が分かれる点はある。たとえば、効力 の排除は撤回によるのか、無効の主張によるのか、取消しによるのかといった 点では見解が分かれている。また、私法規定適用説の中では、詐欺・脅迫の場 合の効力の排除は当然のこととして、錯誤による訴えの取下げの場合にどう考 えるかという点については、必ずしも見解は一致していない。しかし、それら の点は以下で検討することとして、現在では学説上は私法規定適用説が有力で ある。たしかに、同説を支持する学説が列挙されている注(21)を見ると、同 一著者の著作がかなりあるが、その点を考慮しても、現在では私法規定適用説 の支持者が多く、再審事由の訴訟内顧慮説は通説の地位を失ったと言うことが できるのではないだろうか。 Ⅲ 効力排除の理論構成を検討するうえで前提となる確認事項 1 訴え取下げの効力発生時点 訴えの取下げは書面でするか、口頭弁論、弁論準備手続、和解期日において 口頭で行う(民訴 261 条3項。旧法下では、 旧民訴 236 条3項) 。後者の場合は、 原告が訴えを取り下げる旨を陳述した時に、訴え取下げが成立し、かつその効 果が発生する。したがって、訴えの取下げが錯誤に基づくもしくは詐欺・強迫 による、または刑事上罰すべき他人の行為によってなされたということを理由 に、その効果を排除する必要も、この時点で生じる。それに対して、前者の場 合、すなわち書面による場合は、訴え取下げの効果が発生する時期がいつであ るかが、問題となる余地がある。もちろん、訴え取下げのような与効的訴訟行 為は、裁判所に対して行われた時に直ちに効果が生じるのであるから、それが 書面でなされるべき行為である場合は、書面が裁判所に提出された時にその効 74.

(9) 訴えおよび上訴の取下げにおける意思の欠缺・瑕疵. 果が生じると言うことはできる。しかしここでいう裁判所は官署としての裁判 所ではなく、 裁判機関としての裁判所である。訴え取下げの書面(取下げ書)は、 通常おそらく、当事者が裁判所の窓口に提出し、それが裁判機関としての裁判 所に送付されるのであろう。訴え取下げの効果はその時点ではじめて生じるの であって、それより前には生じない。したがって、それまでは、真意によらず に上記書面を提出してしまった原告は、窓口で事実行為としてその返却を求め ればよく、錯誤もしくは詐欺・強迫または他人の刑事上罰すべき行為の存在を 主張する必要はない。 たとえば、判例[12]では、被告側が「取下書」と題する書面を作成して、 原告の法定代理人に署名押印させ、それを自ら裁判所に持ち込み、原告の法定 代理人が翌日弁護士に相談し、即日、訴え取下げを取り消す旨記載した上申書 を提出している。このような事実関係であれば、提出された「取下書」が裁判 機関としての裁判所に送付される前に、上申書が提出されていた可能性が大き い。そうであるとすれば、筆者は、判例[12]に関するかぎり、じつは、訴え 取下げの効力排除のための理論構成を論じるまでもなかったのではないかと、 考える 22)。 もちろん、以上のような筆者の考えが成り立つとしても、提出された訴え取 下げの書面が裁判機関としての裁判所に送付された後、および、訴えの取下げ が口頭弁論等で口頭で行われた場合には、その効果の排除のための理論構成を 検討する必要がある。 2 法規欠缺の場合の理論構成のあり方 錯誤または他人の不当な圧力(欺罔・強迫または犯罪となる行為)によって なされた訴え取下げの効力を排除する明文規定はない。したがって、かように して訴えを取り下げた者を保護する必要性を否定するならば格別、この必要性 を肯定するかぎり、なんらかの明文規定の類推適用か、あるいは信義則のよう な一般条項の適用によるしかない。一般条項は、いわば最後の切り札であって、 75.

(10) 横浜国際経済法学第 19 巻第3号(2011 年3月). できればこれに頼らないほうがいい 23)。したがって、まず、明文規定の類推 適用の可能性を探ることになる。 そこで考えられる明文規定としては、再審の訴えに関する規定(民訴 338 条 1項5号、旧民訴 420 条1項5号)と民法の意思表示(錯誤、詐欺・強迫)に 関する規定(民 95 条・96 条)しかない。それゆえ、われわれは、いずれの規 定の類推適用によるべきかを、検討し、判断することになる。 双方の規定とも、本来訴えの取下げのために設けられたわけではないので、 いずれの類推適用によるにしても、完全に無理のない理論構成をすることはで きない 24)。したがって、いずれによるべきかの決め手になるのは、一方によ れば理論的に完璧に筋の通った説明ができ、他方によると理論的に破綻すると いうことではなく、いずれによった方が理論的に無理がより少ないかという点、 および、いずれによった方が導き出される結論がより妥当であるかという点の、 比較である 25)。したがって、いずれによるにせよ、理論上多少の無理は生じ ざるを得ないのであり、一方の規定の類推適用によった場合に無理が生じると いうことは、その規定の類推によるべきであるとの主張にとって、致命傷にな るわけではなく、ただ、いずれを類推適用すべきかを、判断するにあたり、マ イナスの要素になるに過ぎないということである。 Ⅳ 効力排除のための理論構成 本稿の本来のテーマである、錯誤または詐欺・脅迫等の他人の不当な圧力に よりなされた訴え取下げの効力を排除するための理論構成として、再審事由の 訴訟内顧慮説と私法規定適用説のいずれが優れているかを検討する。以下、 (1) ~(6)で、各説が自説の根拠として、あるいは他説批判の根拠として主張し ていることが成り立つか否かを検討し、その結果を(7)で纏める。. 76.

(11) 訴えおよび上訴の取下げにおける意思の欠缺・瑕疵. (1)確定有罪判決等の要否 再審事由の訴訟内顧慮説は、訴え取下げの効力の排除のために、再審の訴え に関する規定(民訴 338 条1項5号、旧民訴 420 条1項5号)の類推適用によ りながら、本来の再審の訴えであれば、要求される要件の具備、すなわち有罪 の確定判決等の存在(民訴 338 条2項、旧民訴 420 条2項)は不要であるとす る。このことを、私法規定適用説は、論理的矛盾であると批判する 26)。 この点は、上記の要件を再審の訴えとの関連でいかに把握するかという問題 27) と、関連する。すなわち、この要件を再審の訴えの適法要件と解する、適法要 件説によるならば、再審の訴えを提起するのではなく、同一訴訟手続内で再審 事由の存在を主張する場合には、上記の要件の具備は必要ないとの結論を、無 理なく引き出すことができるであろう。しかし、私法規定適用説の立場からは、 上記の要件は民訴法 338 条1項4号ないし7号(旧民訴 420 条1項4号ないし 7号)所定の事実と合体して再審事由を構成すると解する、合体説が正当であ ると主張されている 28)。 たしかに、適法要件説は再審事由の訴訟内顧慮説に、合体説は私法規定適用 説に結びつきやすいと言うことはできるであろう。しかし、適法要件説が考え るように、上記の要件が再審の訴えの濫訴を防止するための要件であるならば、 訴訟内での再審事由の主張にしても濫用的になされるべきではないから、この 主張をするためにも、やはり上記の要件を具備していなければならないという 考え方も、あり得るのではないだろうか。また、逆に、合体説に従い、有罪判 決等の存在が再審事由の構成要素の一つであると解したとしても、再審の訴え そのものではなく、その類推により当事者の保護を図る場合にまで、全く同一 の再審事由の存在を厳格に要求しなければならないというわけでは必ずしもな く、それゆえ、これを要求しないことが、当然に論理的破綻であるということ にはならないという考え方も、あり得るであろう 29)。 また、再審事由の訴訟内顧慮説が、上記の要件の具備を不要とする理由の一 77.

(12) 横浜国際経済法学第 19 巻第3号(2011 年3月). つに、訴訟経済を挙げていることを、私法規定適用説は批判して、以下のとお り主張する 30)。すなわち、この要件が具備していないにもかかわらず、言い 換えれば、有罪の確定判決等がないにもかかわらず、意思の暇疵が主張される ならば、裁判所は、詐欺・脅迫等の事実の有無を審理し判断しなければならな いが、それは訴訟経済に反する。訴訟経済を重視するならば、かかる判断は刑 事判決に依存させなければならないはずである、ということである。 たしかに、確定した有罪判決なしに、詐欺・脅迫等の事実の存在を主張する ことが許されるならば、民事訴訟の受訴裁判所が詐欺・脅迫等の事実の有無を 審理し判断しなければならなくなるから、ここで訴訟経済の観点を持ち出すこ とは、説明の仕方としてたくみであるとは言えない。しかしながら、私法規定 適用説のように、民法の意思表示に関する規定の類推適用によって当事者の保 護を図るにしても、裁判所はやはり詐欺・強迫等の事実の有無を審理し判断し なければならないのであるから、同説は、少なくとも訴訟経済の観点で再審事 由の訴訟内顧慮説に優位を誇ることはできない。 以上 を 要 するに、再審事由の訴訟内顧慮説 が、民訴法 338 条2項、旧民訴 420 条2項の要件の具備を要求していない点は、同説の理論的一貫性の欠如を 現すものと言えなくもないが、同説にとって致命的な欠陥とまでは言えないで あろう。 (2)犯罪の成否 私法規定適用説は、欺罔または威圧によって訴えを取り下げさせる行為が、 犯罪構成要件を充足するかという点を疑問視する。 まず、 原告を欺罔して訴えを取り下げさせても、 「財物を交付させ」または 「財 産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させ」る(刑 246 条1項・2項)と いう、詐欺罪の構成要件に該当する行為があったとは言えないのではないかと いうのである 31)。この点は、当該訴訟が財産上の訴訟か非財産上の訴訟かと いう点、および、再訴禁止の効果(民訴 262 条2項)が生じるか否かという点 78.

(13) 訴えおよび上訴の取下げにおける意思の欠缺・瑕疵. を分けて検討しなければならない。 財産上の訴訟で、再訴禁止の効果が生じる場合には、詐欺罪の成立が認めら れるであろう。これに対して、再訴禁止の効果が生じない場合は、微妙である。 再訴が可能であるから、原告の財産上の不利益ないし被告の利益が生じていな いとみて、詐欺罪の成立を否定することもできそうである。しかし、訴えの提 起は多くの人にとって心理的、経済的その他多くの面で大きな負担を伴うもの であり、法律上可能であるとしても、事実上困難あるいは不可能に近い場合も あろう。そのような場合に詐欺罪の成立を簡単に否定してしまうことには、疑 問の余地もある。 一方、非財産上の訴訟としては、たとえば、不正な名称使用・肖像権侵害の 差止請求、名誉を毀損する発言の撤回・謝罪広告の請求、計算書提出請求、情 報付与請求が考えられるが、これらの訴訟において欺罔によって訴えが取り下 げられても、詐欺罪は成立しない 32)。 離婚訴訟や認知訴訟等の人事訴訟についても同様に考えることができる。た しかに、離婚に伴って財産分与請求権・義務が生じ、認知によって扶養請求権・ 義務が生じるので、これらの訴訟に財産的要素がないとは言えない。しかし、 それらは訴訟に伴う反射的な結果であるので、これらにおいて欺罔により原告 に訴えを取り下げさせても、詐欺罪は成立しない 33)。また、人事訴訟について、 通説は訴え取下げ後の再訴禁止の効果は生じないと解している 34)ので、この 点からも詐欺罪の成立が否定される可能性がある。 さらに、欺罔により訴訟行為をし、またはしなかったことと、欺罔者の利益 の間に因果関係があるかどうかの判断が難しい場合もあろう 35)。 要するに、欺罔によって原告に訴えを取り下げさせる行為は、詐欺罪の構成 要件に該当することもあるが、常にそうであるとはかぎらない、と言うことが できる。 また、詐欺罪のみならず、財産上の利益が構成要件をなす可罰行為一般につ いて、自己に利益が帰属し、またはそう信じている当事者が攻撃防御を容易に 79.

(14) 横浜国際経済法学第 19 巻第3号(2011 年3月). するために、かような行為を行う場合、財産上の利益の存否、故意の有無が常 に問題になり、犯罪の成立が否定されることもあり得る 36)。 つぎに、原告に圧力をかけて訴えを取り下げさせる場合であるが、そのよう な所為が刑事上罰すべき脅迫(刑 222 条1項・2項)になることもあり得るし、 民法上の脅迫になることもあり得る。しかし、脅迫と強迫とでは、ある行為が それに該当するか否かの基準が、必ずしも同じではない。可罰行為である脅迫 についてのほうが、取引の場で自由な意思活動を阻害する所為である強迫につ いてより、基準は厳格であるべきではないだろうか。そうであるとすると、他 人に圧力をかけてある行為をさせる、またはさせないことが、民事上の強迫に はなるが、脅迫罪は成立しないという事態もあり得ることになる。その行為が 訴えの取下げであれば、再審事由の訴訟内顧慮説によったのでは、その効力を 排除できないが、私法規定適用説によれば排除できることになる 37)。 以上のように考えるならば、欺罔または威圧によって訴えが取り下げさせら れた場合、再審事由の訴訟内顧慮説によるならばその効力を排除できないが、 私法規定適用説によるならばそれができるという事態があり得ることになる。 このことは再審事由の訴訟内顧慮説にとっては深刻な欠陥であり、私法規定適 用説にとっては有力な根拠となると言うことができる。 (3)手続の安定 再審事由の訴訟内顧慮説が、訴訟行為に民法の意思表示に関する規定の類推適 用を否定する理由として、手続の安定を挙げるのに対して、私法規定適用説は、 訴えの取下げにおいては手続の安定を考慮する必要はないと主張する。その理由 は、訴えの取下げがなされれば、そこで手続は終了するのであって、訴えの取下 げを基礎として新たな訴訟状態が形成されるわけではないということである 38)。 しかし、訴えの取下げは、それまで存在していた訴訟係属を消滅させるもの であるから、これにより両当事者の関係は重大な変化を迎えるものといえる。 そう考えるならば、訴訟係属が消滅するのだから、新しい訴訟状態が形成され 80.

(15) 訴えおよび上訴の取下げにおける意思の欠缺・瑕疵. るわけではないとの見方は、あまりに形式的であると言わざるを得ない。実質 的に見れば、いままで存在した訴訟状態の消滅は、新たな訴訟状態の形成であ ると言える 39)。しかも、被告は訴訟消滅に対して信頼と期待を抱くであろう。 とくに、再訴が禁止される場合には、被告の利益は大きい。しかし、法律上再 訴が禁止されなくても、再訴の提起は、事実上大変なことなので、原告がこれ をあきらめる可能性は大きい。したがって筆者は、訴え取下げは新たな訴訟状 態を形成するものではないから手続の安定を顧慮する必要はないとの考えに、 従うことはできない。 しかし、問題は、手続の安定、言い換えれば、訴え取下げによって生じた訴 訟係属の消滅(および、場合によっては、再訴の禁止)とそれに対する被告側 の信頼を覆してまでも、原告側の利益を保護すべきか否か、という点である。 この問題を肯定的に解すべきであるとの判断が下されるならば、訴え取下げの 効力を排除すべきであるとの結論が正当化される――たとえ、訴え取下げが訴 訟係属の消滅という新たな状態を形成するものであるとしても。 (4)外観主義、表示主義が妥当する前提 再審事由の訴訟内顧慮説、すなわち私法規定の適用を否定する見解は、その 前提として、法が訴訟行為のために、訴訟能力や弁論能力の枠を設けるととも に、訴訟行為が裁判所において厳粛に行われること、ならびに、裁判所による 釈明および訴訟代理人の助言を期待できることが、その前提になっている 40)。 しかし、訴え取下げが問題になるような場合は、本稿Ⅱ1で紹介した判例・ 裁判例の事実関係を読めば判ることであるが、このような前提が備わっていな い 41)。たとえば、昭和 46 年の判例[12]では、訴訟手続外で被告が原告の法 定代理人を強迫して、 「訴下書」と題する書面に署名押印させ、自らこれを裁 判所に提出し、翌日原告の法定代理人が、訴訟代理人と相談のうえ、この訴え 取下げを取り消す旨の上申書を裁判所に提出している。錯誤が問題になった事 例でも、裁判外の和解に基づいて訴えが取り下げられ、その和解に錯誤があっ 81.

(16) 横浜国際経済法学第 19 巻第3号(2011 年3月). たと主張された事例が多い 42)。 以上の事情は、訴え取下げに関して私法規定適用説を支持すべき理由となる。 (5)当事者間の利益衡量 私法規定適用説は、訴え取下げをめぐる当事者間の利益衡量も自説の根拠に なると主張する。すなわち、この類推適用によって訴え取下げの効力が排除さ れ、従前の訴訟係属が消滅しなかったことになれば、まず、原告にとって訴 訟費用が無駄にならない 43)。また、訴えが取り下げられると、訴え提起によ る時効中断効が消滅し、訴え提起はせいぜい催告の意味しか持たなくなるのに 対して、訴え取下げの効力が排除されれば、時効中断効も消滅せずにすむ 44)。 さらに、訴え取下げの効力の排除は、従前の訴訟の成果をそのまま利用できる というメリットをもたらすというのである 45)。以上の点は、 原告の利益である。 被告にとっては、訴え取下げの効力の排除は、いったん行われた訴え取下げに 対する信頼を裏切ることになり、不利益である。しかしながら、詐欺・強迫を はたらいた被告の利益を考慮する必要はないとされている 46)。 この点について筆者はつぎのように考える。たしかに、訴え取下げの効力の 排除は、原告に上記のような利益をもたらし、被告に不利益をもたらす。また、 詐欺・強迫をはたらいた被告の利益を護る必要はない。しかし、そのような利 益衡量は再審事由の訴訟内顧慮説も行っており、だからこそ再審事由を訴訟内 で顧慮するのである。したがって、たんに利益衡量を行っているというだけで は、対立する見解に対して優位を誇ることはできない。重要なのは、利益衡量 を行ったか否かではなく、いかなる利益衡量を行い、その結果いずれの当事者 を保護すべきであるかとの結論に達したかということ、および、その結論に至 るための理論構成が無理の少ないものであるかということである。 (6)錯誤の場合の効力排除 私法規定適用説は、錯誤によって訴えを取り下げた原告も保護されるべきで 82.

(17) 訴えおよび上訴の取下げにおける意思の欠缺・瑕疵. ある、言い換えれば、錯誤による訴え取下げの効力も、少なくとも一定の要件 の下で、排除されるべきであるが、再審事由の訴訟内顧慮説では、それができ ないとして、同説を批判する 47)。そして、私法規定適用説の主張者の中には、 既に判例が執行受諾の意思表示については、民法の規定(同 95 条)を類推適 用して、錯誤による無効を認めていること 48)を指摘して、訴訟行為一般ない し訴え取下げについても同様に考えることができる、と主張する論者がいる 49)。 ただし、私法規定適用説を主張される柏木弁護士は、錯誤の場合にも当事者 を保護せよといっても、既に実体法学説の中にも、意相手方が知り得べかりし 錯誤の場合に表意者を保護しようとしたり、無効主張者の範囲を限定しようと したり、さらには無効の追認を認めようとするものがあることからも明らかな ように、錯誤の場合の救済には一定の制約がある、と論じられる 50)。 錯誤は、当事者(表意者)の意思が他からの不当な圧力を受けて形成された わけではないという点で、詐欺・強迫と異なる面がある。そのことを根拠にし て、錯誤については、無効主張を認めない学説もある 51)。筆者もかつて、詐欺・ 強迫については民法の規定の類推適用を認めるべきであるとしながら、錯誤無 効の主張は認められないとの見解を主張した 52)。しかし、いまこの見解を改 める。 たしかに、錯誤と詐欺・強迫には上記のような違いがある。しかし、少なく とも実体私法はそれにもかかわらず錯誤の無効を規定している。もとより、両 者の違いのゆえに、実体私法の立法者は無効の主張に種々の制限を設けている。 日本民法では、錯誤が要素の錯誤であること、表意者に重大な過失がないこと が要件とされている(民 95 条) 。立法後も、立法論として、かような要件で十 分であるかが論じられ、あるいは解釈論として、前述の柏木弁護士の指摘のよ うな、明文化されていない要件を立てるべきかが論じられている。しかし、い ずれにせよ、錯誤による意思表示についても、その効力が排除される場合が認 められていることは否定できない。一方、訴えの取下げは、訴訟行為ではある が、 (4)で述べたように、外観主義、表示主義が適用される前提を欠いている 83.

(18) 横浜国際経済法学第 19 巻第3号(2011 年3月). という点で、私法上の法律行為に近似している面がある。そのことから、錯誤 に関する民法の規定、すなわち民法 95 条の訴え取下げへの類推適用も、全く 否定すべきではないと考えるべきである。 (7)小 括 (1)ないし(6)の論述を要約すると、以下のようになる。 再審事由の訴訟内顧慮説が、有罪の確定判決等の要件を、再審事由を訴訟内 で顧慮する場合に要求していない点は、同説の理論的一貫性の欠如の現れであ ると言えなくもないが、致命的な欠陥でもない。 訴えの取下げは、新たな訴訟状態を形成するものではないということは、誤 りであり、これを私法規定適用説の論拠にすることはできない。 詐欺・強迫により訴えが取り下げられた場合は、原告の利益を護るべきであ り、詐欺・強迫をはたらいた者の利益を護る必要はない。しかし、かような利 益衡量はいずれの見解も行っており、いずれの見解が正しいかという根拠には ならない。 すなわち、以上の点は再審事由の訴訟内顧慮説と私法規定適用説のいずれを 支持すべきかという点の、決定的な決め手にはならない。 しかし、欺罔や威圧によって原告に訴えを取り下げさせる行為が、必ずしも 常に犯罪の構成要件に該当しないことは、再審事由の訴訟内顧慮説にとって深 刻な欠陥である。 また、訴えの取下げが行われる状況には、外観主義・表示主義が適用される 前提は備わっているとは必ずしも言えない。 これら2点は、再審事由の訴訟内顧慮説を排し、私法規定適用説を支持すべ き根拠となる。 ただし、そこで問題になるのは、訴えの取下げが原告の錯誤に基づいてなさ れた場合である。私法規定適用説の学説中には、錯誤が表示されている場合、 あるいは、相手方である被告が錯誤を知りまたは知り得べき場合にのみ、無効 84.

(19) 訴えおよび上訴の取下げにおける意思の欠缺・瑕疵. の主張を認めるべきとするものがある 53)。具体的妥当性を考慮したうえでの 立論であると、推測される。しかし、私法規定を類推適用するとしながら、こ の点だけ、適用範囲を限定するのでは、解釈論として一貫性が欠けているとい わざるを得ない 54)。やはり、無効の主張ができる範囲についても、民法の規 定の解釈論に従うべきであろう。もとより、民法の解釈論として、錯誤規定の 適用範囲を限定することができるのならば、この規定を訴訟行為に類推適用す るときにも、特段の事情がないかいぎり、同様の解釈をすることになろう。と くに、実体私法上の意思表示においても、訴え取下げにおいても、錯誤として は、動機の錯誤が多いようである。動機の錯誤について、民法学説では議論が 盛んであるが、動機が表示されたときにのみ無効の主張が可能であるとの見解 が多数説であるというのであれば、訴え取下げの効力についても、同様に考え るべきであろう。 また、錯誤による無効が認められるためには、表意者に重大な過失がないこ とが、要件になっている(民 95 条但書)が、重大な過失の存否の判断にあたっ ては、当該意思表示の内容や、それが行われた状況が考慮されなければならな い。訴えの取下げのような訴訟行為はとくに慎重になされるべきであるから、 表意者である原告に重い注意義務が課されており、したがって、重大な過失は、 通常の社会生活における行為よりも、容易に肯定されるであろう。言い換えれ ば、訴えの取下げについては、錯誤ゆえの無効を認めることに対して謙抑的で あることが可能であり、かつ、謙抑的であるべきであろう 55)。 Ⅴ 効力排除の方法 1 撤回、無効ないし取消し 再審事由の訴訟内顧慮説も私法規定適用説も、訴え取下げの効力が排除され るべき場合があることを認める点では変わりない(私見によれば、前述のよう 85.

(20) 横浜国際経済法学第 19 巻第3号(2011 年3月). に、再審事由の訴訟内顧慮説は、詐欺による場合必ずしも常に効力を排除でき ないが) 。ただし、効力の排除に関して、訴え取下げの撤回によると解する説 (以下では「撤回説」という)56)、訴え取下げを無効とみる説(以下では「無 効説」という)57)、および、取消しによると解する説(以下では「取消説」と いう)58)がある。もっとも、 いずれの見解によっても実際上の差異がないので、 この点はあまり議論の実益がないとも言われている 59)。しかし、いずれによ るかで、以下に述べるように、違いが全くないわけではないので、やはりこの 点は論じておく意味がある。 (1)撤回説の問題点 訴え取下げの効力の排除が撤回によるのであれば、取下げの効力は将来に向 かって排除されるに過ぎない。したがって、訴え提起によっていったん生じた が、 取下げによって消滅した時効中断効(民 149 条)は、 復活しないはずである。 もっとも、当初の訴え提起は催告としての意味は持ち得ようが、それでは6箇 月以内に撤回がなされなければ、時効は結局中断されないことになる(民 153 条) 。原告にとってこの結果は苛酷であるが、それは無効説ないし取消説によ れば回避できる 60)。 また、松本博之教授は、撤回説の難点として、同説によったのでは、撤回の 前と後の口頭弁論の一体性が確保できなくなる点も挙げておられる 61)。これ に対して、石川明教授は、結論において撤回説を採られるわけではないが、再 審の訴えにおいて判決確定前の口頭弁論と再審の訴え提起との口頭弁論とが一 体性を有するのと同様に、中間の時間的ブランクが口頭弁論の一体性を否定す る原因には必ずしもならないとの理由で、この点は撤回説批判の根拠にならな いと主張される 62)。たしかに、再審の訴えの場合には、時間的ブランクが口 頭弁論の一体性を否定することにはならないであろう。しかし、それは、確定 判決の効力を排除するという、再審訴訟の制度目的から生じる特異性のゆえで あって、同一訴訟内での処理を図る場合は、事情が異なるのではないだろうか。 86.

(21) 訴えおよび上訴の取下げにおける意思の欠缺・瑕疵. いずれにせよ、撤回説を支持することはできない。 (2)無効説か取消説か (1)で述べたように、撤回説を支持できないのであれば、無効説か取消説に よることになる。 理論的には、訴え取下げの効力の排除を、取下げ者(原告)の主張に待つ取 消説が弁論主義に適っているという点は、取消説を支持する根拠となりうる 63)。 他方、訴訟手続の安定の観点は、取り消すか否かを取下げ者に委ねる取消説で はなく、無効説の根拠になりうる 64)。しかし、無効説を前提にしても、無効 原因は、当然には裁判所に知られるわけではないから、効力の排除のためには いずれにせよ当事者の主張を待たなければならないので、手続の安定の点で無 効説は取消説に優位を誇ることはできない。したがってこれらの点は、いずれ の見解を支持すべきかについての、決め手にならない。 実際上の違いは、以下の点で生じるという主張がある。すなわち、効力排除 の原因がある訴えの取下げが無効であれば、訴えが取り下げられた時点以降も 訴訟係属が続いているので、もしそのまま1箇月が経過すれば訴えの取下げが 擬制されてしまい(民訴 263 条。旧法下では、 3箇月であった。旧民訴 238 条) 、 その結果は妥当でないというのである 65)。それに対して、取消説は、取り消 されれば、訴訟係属が取下げ時に遡って復活するが、取り消されるまでは消滅 しているのであるから、1箇月の経過による訴え取下げの擬制は生じないとい うことであろう。かつて筆者もこの主張に同調して、無効説を排し、取消し説 を支持した 66)。しかし、2つの理由によりこれを改める。第1に、訴え取下 げの擬制は、当事者が正常に訴訟活動をなしうる状態にあることを前提にして、 かかる状態で1箇月(旧法下であれば、3箇月)も期日指定の申立てをしない 当事者に対する制裁の意味もある。無効または取消原因があるとはいえ、訴え 取下げがなされている状況下で相当期間期日指定を申し立てない当事者は、こ の制裁を受けるべき立場にないと言える。したがって、無効説に立つとしても、 87.

(22) 横浜国際経済法学第 19 巻第3号(2011 年3月). この場合には訴え取下げの擬制を規定する民訴法 263 条は適用されないと解す べきである。第2に、後述(3)のように、効力排除の主張には、いずれにせ よ期間の制限が設けられ、筆者は、再審期間が類推適用され、30 日であると 解しており、かつそれは多数説であるといえる。したがって、1箇月(旧法下 であれば、3箇月)の経過で訴えの取下げが擬制されることは、必ずしも、訴 えを取り下げてしまった当事者に苛酷とは言えない。 以上の諸点を踏まえて、錯誤、詐欺・強迫によりなされた訴え取下げの効力 の排除が、無効の主張によるべきか、取消しによるべきかを考える。そもそも、 効力の排除は民法の意思表示の規定の類推適用によるべきであると考える筆者 の立場からすれば、錯誤による効力の排除は無効の主張により、詐欺・強迫に よる効力の排除は取消しによると解することになる。その理由は、そのように 解するのが、類推適用される規定(民 95 条・96 条)の文理に忠実であり、類 推適用される規定は、特段の事情がないかぎり、本来適用される場面と同様に 解釈されるべきであるということである。無効説によった場合に、上記のよう に取下げ者に苛酷であるとの意見もあるが、必ずしもそうではないことは、先 に述べたとおりである。 2 具体的主張方法 (1)終局判決前に訴えが取り下げられた場合 訴えの取下げの無効または取消しを主張する原告は、新期日の指定を申立て、 裁判所はこの申立てがなされたら、必ず口頭弁論を開いて訴え取下げの効力に ついて審理しなければならない。裁判所は、審理の結果、訴えの取下げを無効 または取り消し得るものと認めれば、訴訟はいまだ係属中であるから、審理を 続行し、訴えの取下げの効力が否定されるべきものであるとの判断を、中間判 決(民訴 245 条)により、または終局判決の理由中で示さなければならない。 他方、裁判所が、訴えの取下げが有効であるとの判断に至ったならば、訴えの 取下げによって訴訟は既に終了した旨を、判決主文をもって宣言しなければな 88.

(23) 訴えおよび上訴の取下げにおける意思の欠缺・瑕疵. らない。その場合、訴訟係属はこの宣言の時点で消滅するのであって、訴えの 取下げの時点で消滅するのではない、との見解もある 67)。しかし、訴えの取 下げに意思の欠缺も瑕疵もなければ、訴訟係属はそれがなされた時点で、消滅 しているのであるから、この宣言は、訴えの取下げが有効であり、訴訟係属が 取下げの時点で消滅したことを確認するものである。 (2)終局判決後、上訴提起前に訴えが取り下げられた場合 この場合、訴え取下げの無効または取消しを主張する原告は、上訴を提起し、 上級審で効力の排除を主張することになる 68)。これと異なり、判決言渡し後 であっても、原審に訴え取下げの効力を判断させるべきである、との見解もあ る 69)。しかし、終局判決により事件はその審級として完結しているのである から、かような処置は執り得ない。 かようにして原告が上訴を提起し、上訴審が審理した結果、訴えの取下げは 有効であるとの判断に至ったならば、上訴審は上訴を棄却し、判決理由中で、 取下げが有効であることを明らかにしなければならない 70)。他方、上訴審が 訴えの取下げを無効または取り消しうるものと判断したときは、原則として、 上訴審の審理を進めることになる。ただし、第一審で全面勝訴した原告が訴え を取下げ、その効力を争って上訴し、控訴審がこの効力を否定したときは、控 訴人(原告)の本案に関する控訴は、本来利益がないから、控訴審は、本案の 審理をする必要はなく、ただ、取下げが効力を持たない旨を宣言する判決を下 すしかない。そして、その場合、被告には、第一審判決に対する控訴の機会を 実質的に保障するために、右宣言判決確定の日から1週間以内に限り、第一審 判決に対する控訴の追完が許される(民訴 97 条)ることになる。控訴審判決 で全面勝訴した原告が訴えを取り下げた場合も、これに準じて考えるべきであ る(この場合については、つぎの(3)で検討する) 。. 89.

(24) 横浜国際経済法学第 19 巻第3号(2011 年3月). (3)上告審係属中に訴えが取り下げられた場合 上告審係属中になされた訴えの取下げの効力が争われるのは、上告審におい てである。控訴審判決後、上告提起前になされた訴えの取下げについても同様 である。そこで、上告審が錯誤、詐欺・強迫の事実の存否といった事実問題を 審理することになる。このことは、上告審の法律審としての性質から、問題と なる余地がある。しかし、上告審において一切事実審理が行われ得ないという ことはない。たとえば、上告要件の存否、上告審で成立した訴訟上の和解の暇 疵については、上告審において事実審理がなされる。そこで、控訴審判決後に なされた訴え取下げの効力についても、上告審がこれを審理することに、問題 はない 71)。 3 効力排除の期間制限 これまでの論述を要するに、訴え取下げには民法の意思表示に関する規定が 類推適用されるので、錯誤による無効、詐欺・強迫による取消しが可能であり、 その主張は、当該訴え取下げが行われた時期に応じて、新期日の申立てか上訴 提起によることになる。しかし、かような主張をいつまでも許容することは、 法的安定性を害する。そこで、この主張を許す期間について一定の制限が設け られなければならない。 この制限の実定法上の根拠としては、再審期間に関する民訴法 342 条1項・ 2項(旧民訴 424 条1項・3項)の類推適用と意思表示の取消権の消滅時効に 関する民法 126 条の類推適用とが考えられる。前者によった場合、訴え取下げ の効力排除の主張は、訴えを取り下げた原告が錯誤、詐欺・強迫の事実を知っ た時から 30 日、または訴え取下げ後5年以内は可能である。後者によった場 合、原告が詐欺の事実を知った時、または強迫の状態を脱した時から5年、ま たは訴え取下げから 20 年以内は可能である。なお、 錯誤無効の主張については、 民法には期間の制限がない。 90.

(25) 訴えおよび上訴の取下げにおける意思の欠缺・瑕疵. 再審事由の訴訟内顧慮説によれば、再審期間に関する規定を類推適用するこ とになるであろう 72)。一方、私法規定適用説によれば、効力排除の期間制限 についても民法の規定によるのが、文理に忠実ではある。しかし、民法が規定 する取消権の消滅時効期間は長く、錯誤無効にいたっては主張の期間に制限が ないが、それでは、法的安定性の観点から問題である。民法の規定の類推適用 によりその効力を排除するとしても、この排除は、いったん消滅した訴訟係属 を復活させる点で、再審の訴えに共通する面がある。したがって、その期間の 制限については、再審期間を類推すべきである 73)。 Ⅵ 近時の問題 Ⅱ1(3)で紹介したように、近時、加齢による判断能力の低下につけ込ま れて不当な契約を締結させられたと主張して法的救済を求めて訴えを提起した 高齢者に、相手方が訴訟代理人や親族との連絡を絶たせたうえで、甘言を弄し て、訴えを取り下げさせるという事案が、散見される。 [17]東京地判昭和 63 年8月 29 日、 [18]東京地判平成 17 年2月 17 日である。いずれも訴えの取下 げの効果を否定したが、その理由を、 [17]は、取り下げさせた相手方の信義 則違反と、訴えの取下げが原告の真意に基づいていない点に求め、 [18]は、 信義則違反にのみ求めた。 判断能力の衰えた高齢者の財産上の保護は、第一義的には成年後見制度や任 意後見制度によるべきであろう。しかし、これらの制度を利用する前に悪徳商 人の詐欺的商法の被害を受けた者のためには訴訟制度の利用が必要になる。し かし、 [17]や[18]の事例のように相手方が訴えを取下げさせたのでは、高 齢者は保護されない。これらの訴えの取下げの効力はもちろん排除されなけれ ばならないが、その理由は、 [17]や[18]のように信義則や、訴え取下げが 原告の真意に基づいていないという点に求めるよりも、原告の意思無能力に求 めるべきではないだろうか。まず、信義則のような一般条項は、ほかに手段の 91.

(26) 横浜国際経済法学第 19 巻第3号(2011 年3月). ないときに使う、最後の切り札である 74)。また、 「真意に基づかない」という のは、そもそも「真意」を有する者について言えることである。判断能力の衰 えた高齢者については、真意を有するというよりは、意思能力が欠けていると 解することができるのではないだろうか。 意思無能力者の訴訟行為が無効であることは一般に認められている 75)。た だし、意思能力の有無は、行為能力や訴訟能力と異なり、画一的な基準で定め ることができず、各種の行為につき個別的に判断しなければならない。具体的 には、他人から受けた侵害に対し、または他人との間に生じた紛争につき、裁 判所の保護救済を求めるために訴えを提起したり、自己に対する判決に対して 上訴を提起するのと、いったん提起した訴えを取り下げたり、上訴の取下げ、 請求の放棄・認諾により自己に不利な法律状態を確定させるのとでは、必要と される判断能力が異なり、後者においてより高度な判断能力が必要であると解 されている。判例も、古くから、かような考え方に基づき、12、3 歳程度の知 能を有する成人で、当時の禁治産宣告や準禁治産宣告を受けていない者は、訴 え提起や控訴提起については意思能力を有するが、控訴の取下げについてはこ れを欠くとしている 76)。学説もこれに賛成している 77)。この考え方を、判断 能力が衰えて悪徳商法の犠牲になった高齢者にも当てはめるべきである 78)。 Ⅶ 上訴の取下げ 上訴の取下げも、錯誤または詐欺もしくは強迫に基づいてなされることがあ る。その場合の効力の排除についても、再審事由の訴訟内顧慮説によるか、私 法規定適用説によるかが、問題になる。 この問題について判例はないが、裁判例としては、 [19]大阪高判昭和 31 年 12 月 11 日 下民7巻 12 号 3599 頁、 [20]東京 高 判 昭 和 32 年4月9日 高 民 10 巻3号 154 頁=判時 112 号 34 頁=判 タ 70 号 68 頁、 [21]大阪高判昭和 39 年 7月 15 日判時 387 号 25 頁がある。 [19]は、控訴の取下げについて錯誤無効 92.

(27) 訴えおよび上訴の取下げにおける意思の欠缺・瑕疵. の主張は許されないとしているが、主張されたのは、動機の錯誤であった。 [20] は、控訴の取下げのような訴訟の終了という訴訟法的効果のみを目的とする訴 訟行為には、手続安定の要請から、無効や取消しの主張は許されない、と判示 した。 [21]は、再審事由の訴訟内顧慮説を採っているが、結論としては上訴 の取下げの効力を排除しなかった。 筆者は訴えの取下げについて、私法規定適用説によるべきことを、本稿で論 証した。もし、上訴の取下げが、それが果たす機能およびそれが行われる状況 において、訴え取下げと共通する面が多ければ、上訴の取下げについても、私 法規定適用説を採用すべきである。そこで、この点を検討する。 まず、訴えの取下げと上訴の取下げが当事者の利害に及ぼす影響を比較する。 両者は、それまで存在していた訴訟係属を消滅させる点で、共通している。し かし、訴えの取下げが訴訟係属を訴え提起時に遡って消滅させるのに対して、 上訴の取下げは原判決を確定させる。たしかに、前者においても、再訴禁止が 適用されるときは、訴えを取り下げた者はその権利を実質的に失うことになる。 しかし、後者においては、原判決の全面勝訴者が上訴の利益がないのに上訴し たというような、特異な事例を別にすれば、上訴人の不利な法的地位が既判力 をもって確定する。この点で、錯誤または詐欺・強迫によって上訴を取り下げ た者の利益の喪失は、同様に訴えを取り下げた者の利益の喪失以上に大きい。 また、上訴の取下げも、訴訟外の交渉によって取下げの合意がなされ、それ に基づいて、訴訟行為としての上訴の取下げがなされることが多いと言われて いる 79)が、この点で、両者が行われる状況には共通する面が多い。 以上のことから、上訴の取下げにおける意思の欠缺および暇疵については、 訴えの取下げにおけるのと同様の扱いがなされるべきである、すなわち、上訴 の取下げにも民法の意思表示に関する規定が類推適用されるべきであるとの結 論を引き出すことができる。. 93.

(28) 横浜国際経済法学第 19 巻第3号(2011 年3月). Ⅷ 結 語 本稿で筆者は、錯誤、詐欺・強迫に基づいて行われた訴えの取下げについて、 民法の意思表示に関する規定にしたがってその効力を排除すべきことを主張し た。上訴の取下げも、その機能およびそれが行われる状況の近似性のゆえに、 訴えの取下げと同様に解すべきである。これらの主張は、旧稿 80)における主 張と基本的に同じである。しかし、本稿は、旧稿発表後に公刊された文献およ び出された裁判例を参照して、さらに行った検討の結果を加味して執筆したも のである。その結果、具体的には、錯誤による無効の主張を認める等、若干の 重要な点で旧稿時の見解を改めた。また、最近散見される、判断能力が衰えた 高齢者が行った訴え取下げの問題も検討し、その効力は、信義則や、原告の真 意に基づかないということを理由とするのではなく、原告の意思能力の欠缺を 理由として、排除すべきであると主張した。. 1)最 判昭和 33 年3月7日民集 12 巻3号 469 頁、最判昭和 36 年 10 月5日民集 15 巻9号 2271 頁。訴えの取下げに関する判例は、本文Ⅱ1で紹介する。 2)最判昭和 45 年 12 月 15 日民集 24 巻 13 号 2072 頁。 3)最判昭和 44 年9月 18 日民集 23 巻9号 1675 頁。 4)訴えの取下げに限定してであるが、注(20)に判例と同旨の見解を掲示する。 5)河野正憲「当事者行為論の展開と問題点」 『当事者行為の法的構造』1頁以下(弘文堂、 1988 年。初出、北九州 14 巻3号〈1987 年〉 ) 、同「訴訟行為と意思の瑕疵――自主的紛 争解決を中心に」同書 155 頁以下(初出、民訴 20 号〈1974 年〉 )がこのことに関する詳 細な研究である。その後、山本克己「訴訟行為――訴訟行為には民法の規定は適用にな らない」法教 168 号 33 頁以下(1994 年) 、また最近の文献としては、名津井吉裕「訴訟 行為」 『民事訴訟法の争点(Jurist 増刊』148 頁以下(有斐閣、2009 年)に簡潔な解説が なされている。 6)Arens, Willensmängel bei Prteihandlungen im Zivilprozeß (1968). 94.

(29) 訴えおよび上訴の取下げにおける意思の欠缺・瑕疵. 7)河野・前掲注(5)訴訟行為と意思の暇疵 171 頁、松本博之「当事者の訴訟行為と意思 の 瑕疵」竹下守夫=石川明編『講座民事訴訟④』285 頁(弘文堂、1985 年)参照。アー レンスを批判する学説として、たとえば、Gaul, Willensmängel bei Prozeßhandlungen, AcP 172 (1972), 342ff.. ゴットフリード・バウムゲルテル(竹下守夫訳) 「西ドイツにお ける訴訟行為論の動向」民訴 20 号 13-14 頁(1974 年) 。 8)柏木邦良「書評・アーレンツ『当事者の訴訟行為における意思の欠缺』について」北園 6巻1号 181 頁以下(1970 年) 。また、同「訴訟行為と意思の欠缺」 『民事訴訟法への視 点――ド イ ツ 民訴法管見――』44 頁以下(リ ン パック 有限会社、1992 年。初出、ジュ リ 470 号〈1971 年〉 )もアーレンスのモノグラフィーを紹介している。 9)河野正憲「訴訟行為論の現状と評価」 『法学教室(第2期)3』57 頁以下(1973 年) 、 松本・ 前掲注(7)286 頁、山本・前掲注(5)34 頁参照。 10)この問題に関する文献の著者達は、意思の欠缺と瑕疵の両者を含む意味で、あるいは「欠 缺」という言葉を用い、あるいは「瑕疵」という言葉を用いている。たとえば、論文等 の標題から明らかなように、 河野正憲教授(前註(5) ) 、 松本博之教授(前注(7) )は「瑕 疵」を、 柏木邦良弁護士は「欠缺」 (前註(8) )を用いている。筆者自身はかつて「瑕疵」 を用いた(後注(13) ) 。しかし、 それほど多くの字数になるわけではないので、 本稿では、 両者を意味するときは、両方の言葉を用いることにする。 11)従来の通説・判例の見解を、河野・前掲注(5)訴訟行為と意思の瑕疵 155 頁は「意思 の暇疵不考慮原則」 、松本・前掲注(7)284 頁は「意思の瑕疵不顧慮の原則」 、山本・前 掲注(5)33 頁 は、 「民法不適用原則」 、名津井・前掲注(5)148 頁 は「不適用原則」と 呼んでいる。 12)1回目 が、石渡哲「判批」 『民事訴訟法判例百選(別冊 ジュリ ス ト No.76) 』138 頁以下 (有斐閣、第2版、1982 年) 、2回目 が、同「判批」 『民事訴訟法判例百選(別冊 Jurist No.201) 』198 頁以下(有斐閣、第4版、2010 年)である。 13)石渡哲 「訴えおよび上訴の取下げにおける意思の瑕疵」 防衛大学校紀要 45 輯 (社会科学編) 1頁以下(1982 年) 。 14)以下では、判例および裁判例を、第二次大戦前、第二次大戦終了から昭和 46 年(1971 年) の判例まで、その後の3つの時期に区分して、この問題に関する考え方の変遷が判るよ うに配列する。各時期の中で、判例、裁判例を、その採用する見解ごとに分類し、各見 解を採用するグループの中で、判例と裁判例では前者を先に、裁判例の間では上級審の ものを先に掲げた。したがって、紹介の順序が裁判の時期的先後と完全に一致してはい ない。 なお、本節以下で、判例、裁判例を示すときは、本節で付された番号(たとえば、 [12] ) 95.

(30) 横浜国際経済法学第 19 巻第3号(2011 年3月). で示すことにする。 15)この時期の判例・裁判例の紹介においては、旧字体を新字体に改め、句読点を挿入した。 濁点については、付けてあるものと付けてないものがある(たとえば、 「ガ」となるべ きところが、 「ガ」となっているものと「カ」となっているもの)が、 原文のままとした。 16)それ以前に、訴え取下げに対する同意(旧民訴 236 条2項、民訴 261 条2項)を拒絶し た被告が、その後拒絶を撤回し、改めて同意をしても、訴え取下げの効力は生じないと する、最判昭和 37 年4月6日民集 16 巻4号 686 頁が出ている。 17)裁判上の自白については、注(1)に引用した判例が再審事由の訴訟内顧慮説を採用し ていた。 18)なお、東京地判平成5年7月 26 日判タ 861 号 273 頁は、請求認諾につき、再審事由の訴 訟内顧慮説を採用した。 19)三輪和雄「判批」判タ 367 号 303 頁(1978 年)が同様の指摘をしている。 20)昭和 46 年の判例[12]以前の学説。下山四郎「訴の取下(1) 」法曹界雑誌8巻8号 60 頁以下(1930 年) 、細野長良『民事訴訟法要義第2巻』508 頁(巌松堂、1930 年) 、河本 喜與之『民事訴訟法提要』300 頁(法文社、新訂4版、1953 年) 、伊東乾「訴訟行為の瑕 疵」民事訴訟法学会編『民事訴訟法講座第2巻』354 頁(有斐閣、1954 年) 、 宮崎澄夫「訴 の取下」民事訴訟法学会編『民事訴訟法講座第3巻』787 頁(有斐閣、1955 年) 、岩松三 郎=兼子一編『法律実務講座民事訴訟法編第2巻』251 頁以下(有斐閣、1958 年) 、兼子 一『民事訴訟法体系』213 頁、294 頁(酒井書店、新修補訂版、1965 年) 、高梨公之「判 批」 『特許法判例百選(別冊ジュリスト No.8) 』201 頁(有斐閣、1966 年) 、菊井維大『民 事訴訟法(上) 』157 - 158 頁、 『同(下) 』367 頁(弘文堂、補正版、1968 年) 、三 ケ 月 章『民事訴訟法(法律学講座双書) 』327-328 頁、496 頁(弘文堂、第3版、1992 年) 。 判例[12] 、 [12-1]に対する解説、 判例批評。安井光雄「判批」 『続民事訴訟法判例百選(別 冊ジュリスト No.36) 』96 頁以下(有斐閣、1972 年) 、 野田宏「判解」昭和 46 年 275 頁(初出、 曹時 24 巻4号〈1972 年〉 ) 、 石川明「判批」民商 66 巻4号 175 頁(1972 年) 、 栗田陸雄「判批」 法研 45 巻8号 130 頁(1972 年) 。ただし、 石川明教授は、 私法規定適用説を評価している。 判例[12]以降の学説。斎藤秀夫『民事訴訟法概論』324 頁(有斐閣、 新版、1982 年) 、 菊井維大=村松俊夫『民事訴訟法Ⅰ』673-674 頁(日本評論社、第3版全訂版追補版、 1984 年) 、同『民事訴訟法Ⅱ』224 頁(同、第2版全訂版、1989 年) 、斎藤秀夫ほか編『注 解民事訴訟法(6) 』392 頁〔渡部吉隆ほか〕 (第一法規、第2版、1993 年) 。 21)判例[12]の前後および近い時期の学説(基本的に公刊の時期的順序に従って並べるが、 同一著者の著作を一緒に、また同一判例に対する判例批評を一緒に掲げるため、若干の 公刊順とのずれがある) 。 96.

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