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修士論文・博士論文一覧|九州大学 大学院人間環境学府

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26-1

交差ヴォールトの稜線に着目した古代ローマ建造物に関する分析

ーオスティア遺跡の交差ヴォールトを例としてー

小川 拓郎

1.はじめに

 古代ローマ帝政期における建造物の特徴の一つとし て交差ヴォールトが挙げられ、実際に古代ローマ帝政 期の公共建築物に広く用いられている。交差ヴォール トとは2つの円筒ヴォールトを直交させることで成 される構造体である。帝政期の公共建造物では、同 一の断面を持つ円筒ヴォールトを交差させた型枠を 基に交差ヴォールトが建造される例が多い1)。図1は

1890年に Ungewitter によるロマネスク建築の交 差ヴォールトの復元図である。この図から交差ヴォー ルトは円筒の組み合わせ方や円筒の形によってさまざ まな形状を持つことがわかる。交差ヴォールトに関

する研究は現在 でも意匠面・構 造面ともに行わ れており、古代 ローマ建築の分 野でも2005 年 に Lancaster が大筋をまとめ ている。しかしながら、図1に示すような古代ローマ 建築に関する交差ヴォールトの細かな形状について は、実測が困難であるためほとんど扱われていない。 図2はオスティアに存在する交差ヴォールトの一例だ が、図1の例とは異なる、開口を含めた5つのルネッ ト2)が併存し、稜線が頂部で有機的につながっている。

このような複雑な形を持つ交差ヴォールトが存在する

理由の一つとして世俗的な建造物における建物平面形 の形が考えられる。紀元1-2世紀ごろにローマと地 中海を繫いで発展した地方都市オスティアには、共和 政期から存在する3つの街路に根差した土地割りがあ り、長方形をはじめ、台形や楔形といった平面を持つ 建築物が立ち並ぶため正方形の平面を持つ建物はほと んど見られない(図3)。オスティアには崩落したも のも含めた交差ヴォールトの遺構は31つの建造物で 確認され4)、これらの建造物には図1や図2の例のよ

うに多様に交差ヴォールトが造られているため、図1 のモデルで示される円筒ヴォールトの組み合わせだけ では形を説明できない部分がある。古代ローマの郊外 の都市において、世俗的な建造物の交差ヴォールトは どのように造成されたのだろうか。本研究ではオス ティアに現存する交差ヴォールトを実測しその形を明 確に示して分析することで、交差ヴォールトから得ら れる古代ローマの世俗的な建造物の一側面を明らかに することを目的とする。

2.研究方法と実測結果

 レーザー実測を行なったオスティアの交差ヴォール トの中でも、古写真やスタッコの残り具合から古代 ローマ帝政期の形を残していると判断できる、或いは 修復復元の箇所が特定できる5つの建造物に研究対象 を限定した。実測結果については図4の具体例を用い て説明していく。図4はガニメデのカーセジアート (III,X,3)の一室の3D データを、図1が交差ヴォー ルトの形を表している要領で正投影の図像を作成し たものである。正投影図像が示す室のヴォリューム には100 mmごとの等高線が記されており、この等

図1 ロマネスク建築の交差ヴォールト・モデル Ungewitter,1890

図2 七賢人の浴場(III,X,2)側室の交差ヴォールト

(2)

26-2

①:径が一定である交差ヴォールトの稜線

 図1に示すような単純な円筒ヴォールトの組み合わ せによって造られる稜線。同一の径をもつ円筒ヴォー ルトを直交させた場合は真っ直ぐな稜線となり、異な る径をもつ円筒ヴォールトを組み合わせた場合は稜線 が湾曲する。交差するそれぞれの円筒ヴォールトの頂 部の高さが一致しない場合は、稜線は交差せずに湾曲 の度合いは大きくなる。帝政期の公共建築造物に見ら れる交差ヴォールトは多くの場合、①のパターンの稜 線を持つと考えられる。

②:径が変化する交差ヴォールトの稜線

 図4の室の南側に見られるような、円筒ヴォールト の径が変化することで真っ直ぐとなった稜線。特に稜 線の湾曲が大きくなりやすい壁面からの立ち上がり部 分で径が変化している傾向が見られる。これらの各稜 線は交差ヴォールトの頂部が平らになっている為交 わっていないものも存在するが、これらの稜線は延長 していくと頂部で交差するため、後述の③の稜線とは 区別する。

 また、②のパターンの稜線の中には柱や開口といっ た建物平面の情報を手掛かりに計画されたと考えられ る稜線が存在する。オスティアに正方形の平面を持つ 建築物がほとんどなく、長方形や台形、楔形といった 平面が多く存在することは先述の通りであるが、②の 中でも建物平面を根拠に計画されたパターンの稜線は 正方形平面ではない室の四 隅や柱の角を対角線で結ぶ ことで稜線を決定したと考 えられる。

 図5に示しているセラ ピ デ の カ ー セ ジ ア ー ト (III,X,1) は建物平面が菱 形であり、交差ヴォールト を構成する各円筒ヴォール トはわずかに直角ではない 角度で交差している。中庭 の列柱の角から稜線が直線 状に延びていると考えた場 合、鈍角を持つ南側では稜 線の入り組みが処理されて いる一方で、鋭角を持つ北 側では交差の処理が上手く いっておらず、稜線が足り ない交差ヴォールトが2つ 存在していると解釈するこ 高線によって交差ヴォー

ルトの概形が明確になる

5)。白い破線は交差ヴォー

ルトの稜線を表しており、 図4では湾曲している稜 線と真っ直ぐな稜線が存 在することがわかる。こ れらの稜線の違いは交差 ヴォールトを構成する円 筒の形の違いによって現 れる。

 室北側の1本の湾曲し た稜線は、図1のモデル が示す単純な円筒を組み 合わせた際にできるもの で、それぞれの円筒の径

6)が異なる際に湾曲する。

等高線がおよそ平行に並 んでいる為、円筒の径は 一定であると判断できる。  室南側の4本中3本の稜線はおよそ直線である。こ の4本の稜線を構成する円筒は等高線が示しているよ うに、ルネット側に萎んでいる形をしている。一方で、 円筒の形が変化しているが、稜線が直線ではない部分 も存在する。

 図4に示している例では北側と南側でわずかに交差 ヴォールトの形状に違いが見られ、この違いは建設方 法あるいは型枠の計画方法の違いによって起るものだ と考えられる。このように3D 実測の正投影図像を用 いて交差ヴォールトの稜線に着目することで、交差 ヴォールトがどのように建造されたかを部分的に理解 する手がかりを得ることができる。研究対象の残りの 4つの建造物についても同様の方法でデータを作成し たところ、オスティアにおける交差ヴォールトは図4 の室の南側の形のように、円筒が開いたり萎んだりし て稜線が直線となっている傾向が確認された。図5, 6,8,12については、図4と同様に作成した。

3.稜線に基づいた分類及び分析

 図4からオスティアでは少なくとも正投影で見たと きに湾曲した稜線と真っ直ぐな稜線の二種類が存在す ることが示された。真っ直ぐな稜線について、構造体 の形や室平面の形によって解釈が異なってくるため、 交差ヴォールトの稜線を以下の3つのパターンに分類 して考察する。以下、稜線に関する記述はすべて正投 影時のものとする。

図4 ガニメデのカーセジアート (III,X,3)

(3)

26-3

と、 ス タ ッ コ で 表 面 が 仕 上 げ ら れ て い る も の の 2 種 類 が 見 受 け ら れ、 後 者 の 場 合 の 表 面 の 形 の 形 成 は 図 7 に 示 す 古 写 真 の よ う に ス タ ッ コ が 果 た す 役 割 が 大 き いことがわかる。 古 代 ロ ー マ 建 築 に お け る ス タ ッ コ 仕 上 げ の 工 程 は主に3段階に分類され、すべての工程を併せた厚み はおよそ50-90mm程になると考えられる7)。オ

スティアの世俗的な建物においてもスタッコ仕上げは 確認され、全ての層を合わせたスタッコの厚みは稜線 に影響を及ぼす可能性が十分にある。

 図8は七賢人の浴場の側室の稜線を示したもので、 交差ヴォールトをスタッコで仕上げているが、面積の およそ半分が剥落してレンガの構造体部分が露出して いる貴重な例である。修復後の現在でもおよそ当時の 稜線を保存していると判断できるため、この室の稜線 についても3章と同様に分析を行い、構造体とスタッ コ仕上げが持つ違いについて考察した。図8が示して いるレンガ析出部分では、円筒ヴォールトの径が変化 しており、稜線はわずかに湾曲している。一方で、ス タッコ仕上げ部分では稜線の根元部分を中心に円筒の 径が修正され、稜線がレンガ析出部分よりもさらに 真っ直ぐに整えられていることがわかる。このような 遺構はほとんど見受けられないため事例は限られる が、3章の分析結果と合わせて考慮すると、稜線を整 えた、或いは稜線を整える必要があった可能性につい ては示された。この可能性を考慮した場合、交差ヴォー とができる。これらの稜線は修復

の手が加わっているものの、原型 の稜線の本数は踏襲されていると 判断される。図5の破線の枠で囲っ ている部分は西側と東側の開口の 位置がずれているにもかかわらず、 両開口の角から対角線を結び、交 差ヴォールトによって開口同士が まとめられている。

③:交差しない稜線

 円筒同士の接続で稜線が出来て いるが、交差ヴォールトには至っ ていない稜線。図6はアウリーギ のカーセジアート(III,X,3)の回廊 を示している。北側の一つの交差 ヴォールトを除いて、稜線は延長 しても交差しない。等高線はおよ そ平行であることから、径が一定 の円筒ヴォールトを基に計画され、 開口のずれがそのまま反映された と考えられる。③のパターンの稜 線は、セラピデのカーセジアート (図5)で見られた位置のずれた開 口同士を天井の交差ヴォールトで まとめ上げた例とは対照的な例で ある。

 以上より、オスティアに現存する交差ヴォールトの 稜線を3つのパターンに分類し分析した。交差ヴォー ルトの材料や構造の違いについてはこれまで論じられ てきたものの、交差ヴォールトの実際の形状について は目視や手測りでは判断が難しい部分があり、あまり 触れられずにきた。このような古代ローマ建築におけ る交差ヴォールト研究の流れに対して、3D 実測の観 点から交差ヴォールトの形をさらに細分化した分類を 示した。

4.スタッコ仕上げ時に稜線を整えた可能性

 3章では湾曲した稜線と真っ直ぐな稜線を取扱い、 交差ヴォールトの径が変 化して稜線が真っ直ぐに なっている傾向があるこ とについて論じた。実際 にオスティアに現存す る交差ヴォールトには 構造体が露出したもの

図6 アウリーギの カーセジアート(III,X,3)

図7 絵画ヴォールトの家(III,V,1)古写真

図8 七賢人の浴場(III,X,2)側室

(4)

26-4

少ない例である10)。図12は同建物 IV 室の天井画(左

図)と稜線(右図)を正投影で示している11)。古代ロー

マ帝政期の天井画の特徴として中心がある点対称の構 図が挙げられる。このような点対称の天井画を描くと きに、稜線が直線であるほうが構図になじんで綺麗に 見えるため、稜線を調整した可能性が考えられる。

6.まとめ

 本研究では交差ヴォールトの3D 実測データを用 い、稜線に着目して正投影時の交差ヴォールトの形を 分析することで、古代ローマ帝政期の世俗的な建造物 における交差ヴォールトの形を明確に示し分類した。 また、オスティアの交差ヴォールトの稜線が真っ直ぐ に整えられている傾向があることを図像で示し、現存 する例を基にスタッコ仕上げによる稜線調整の可能性 を提示した。最後に交差ヴォールトの稜線が直線に整 えられた理由について建造方法の観点と天井画の観点 から考察した。

 本研究ではオスティアの交差ヴォールトに限定して 古代ローマ帝政期の世俗的な建築の特徴の一端を読み 解こうとしたが、他の都市の交差ヴォールトに応用す るためには更に事例を増やして検証する必要がある。 しかしながら、現存する古代ローマ帝政期の世俗的な 建造物に関して、交差ヴォールトの観点から理解を深 めることができたのではないか。

ルトの稜線について図9に示すように、稜線を整える 操作をしない、構造体の段階で稜線を整える、スタッ コ仕上げの段階で稜線を整えるという3つの要素がオ スティアに混在している考えられる。

5.稜線を整える理由

 オスティアにおい て交差ヴォールトの 稜線が真っ直ぐにな るように整えられて いる建造物が存在す る可能性が確認され た。それでは、古代 ローマの世俗的な建 物においてどのような理由で交差ヴォールトの稜線が 整えられたのか。ここでは建造方法の観点と天井画の 観点から、稜線を整える理由について考察する。

5.1.建造方法による理由

 図10は Lancaster によるトラヤヌス帝のマーケッ トの型枠計画の復元図である8)。この型枠計画では、

室全体を覆う長軸方向の円筒ヴォールトが先に計画さ れ、その円筒ヴォールトに直交する円筒ヴォールトを 差し込むことで交差ヴォールトを建造する。

 一方でオスティアは、先述したように多様な平面を 持つ建物が多く存在し、向かい合う壁が平行でない室 も少なくない。そのような建造物の室に合理的に交差 ヴォールトを建造する計画手順として図11に示す ものが考えられる。この方法ならば、室の隅・柱の 角・ 開 口 の 角 な ど を 対 角 線 で 結 ん で 稜 線 の 基 準 線 を 造 る こ と で、 多 様 な 平 面 に 対 応 し て 交 差 ヴ ォ ー ル ト を 建 造 す る こ と が で きる9)

5.2.天井画による理由

 オスティアの南西部に位置する絵画ヴォールトの家 (II,V,1)は天井画ごと地上階の天井ヴォールトが保存 されている。天井画に関しては古代ローマ帝政期の邸 宅のもので、ほとんど損傷がない状態で発掘された数

【註】

1)古代ローマ帝政期の公共建築物は、矩形の平面を持つものが多い。/ 2)ルネッ トとはフランス語で「小さな月」を意味する。壁面の半円形の部分を指し、この 部分は開口になっている場合もある。 / 3)古代ローマ帝政期のヴォールト研究は Lancaster,2005に詳しい。図1に示す形は交差ヴォールトの基本形として理解さ れる。/ 4)立ち入ることのできなかった建造物は除く。 /5) 交差ヴォールトの形状 と稜線を見やすく示すことを目的に検討を重ねた結果、100mmの等高線とした。 / 6)円筒の円の部分の径を指している。/ 7)Adam,1989,p.219 / 8) 交差ヴォール トの型枠計画についてはLancasterが詳しい。木の型枠とレンガの裏張りを使用し た構法がトラヤヌス帝政期頃から現れ始める。図8の室でもこの構法が用いられ ている。 / 9)室の対角線を結ぶ構造材あるいは補強材としてリブが挙げられる。 Lancauster,2005,p.106 / 10) Clarke, 1989, p.298 発掘時は保存状態が良かったもの の、現在は風化によって発掘当初の姿を留めてはいない。 / 11) 現在見られるもの はアントニヌス帝政期の天井画に上書きされたセウェルス帝政期の天井画である。 Falletti, 1961, p.3

【図版出典】

図1)Ungewitter,1890.p.11.Tafel IIIから引用/図2,3,4,5,6,8,9, 10,11,12)筆者作成 /図2)筆者撮影

図3) Calza,G.(ed.), 1953. Scavi di Ostia I, Topograia Generale, Romeの巻末付録 を使用し筆者作成 / 図7)B2789: Arch.Foto soprint. – Neg. Serie B n.2789, 5278, LOCALITA: DOMUS DELLE

VOLTE DIPINTE REG.III, SOGGETTO: SCAVO E RESTAURO.  /図10)Lancaster,2005.p.39から引用

図10 トラヤヌス帝のマーケットにおける 型枠計画の復元

図11 交差ヴォールトの計画手順

参照

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