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ア メ リ カ 法 に お け る 経 営 判 断 の 原 則 の 一 考 察

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(1)一. 沿革. 序論. 三 現状. 二. 件o&R良Rとの関連. 代表訴訟への適用. −従来の用法 2 学説. 3 4. 四検討. 博. アメリカ法における経営判断の原則の一考察. 序論. 田. アメリカ法における経営判断の原則の一考察. 三四三. 的な注意と勤勉さとをもって行動した取締役は︑判断上の誤まりにより個人的に責任を問われることはない﹂との原. の理解に混乱があるものの︑およそ次のように要約することができよう︒すなわち︑それは︑﹁誠実に︑かつ︑合理. 経営判断の原則︵ω房ぎ①器冒凝①日o導男犀一〇︶は︑その定義にさまざまなニュアンスの相違が見られ︑また︑内容. 春.

(2) 早稲田法学会誌第三五巻︵一九八五︶ ︵1︶. 則である︒例えば国窪昌は次の如く述べている︒. 三四四. ﹁経営の過程上︑取締役が︑会社の権能︵能力︶と自己の権限の範囲内において︑合理的な根拠を有する点につき. その独立の裁量と判断の結果ある決定に到達し︑かつ︑会社の最善の利益となると誠実に信ずるもの以外のいかなる. 事由によっても影響されなかった場合には︑裁判所は︑取引を差止めあるいは取消すために︑また︑結果としての何 ︵2︶ らかの損害につき取締役に責任を課すために︑内部経営に干渉し取締役の判断に自己の判断を代置することはない︒﹂. かかる文言よりすれば︑この原則は︑取締役が自己の権限内で合法的に︑すなわち︑注意義務を尽し忠実義務に触. れることなくある判断を下した場合に︑裁判所が事後的にこれに容朦することはないとの態度を明らかにしたものと. とりあえずは考えておくことができよう︒そして︑その根底に存在するのは︑多少の危険が不可避的に存在する事業 ︵3︶. 経営に対し︑これに関する経験も訓練も経ていない裁判官がその妥当性を事後的に判断することは不適切であると. の︑司法の自己抑制的ないしは謙抑的な態度であって︑おそらくは︑その生成の過程で数多く法廷に持込まれたであ. ろう会社利益をめぐる争いに対し︑会社が﹁営利﹂組織であることを考慮して︑内部的な争いに裁判所が巻込まれな. しかしながら︑近時︑経営判断の原則が重要な役割を演ずる領域が生じ︑その結果従来にも増して脚光を浴びるこ. いための一つの選択であったと思われる︒. とになるとともに︑この原則は司法の謙抑的態度の表明という消極的性格を超え︑より積極的な意味を担うようにな ︵4︶. ってくる︒同時に︑その内容がいかなるものであるかについていくつかの疑問が出されるに至り︑その外延および内. 包が等しく問題となっているというのが今日の状況である︒そこで︑本稿では︑経営判断の原則が果している役割に. つき主として一九七〇年代以降のそれを概観し︑私見によればようやくその緒についたばかりと思われる理論的課題. の検討を試みることで︑この原則究明の一助としたい︒その考察に移る前に︑まず︑経営判断の原則が生成してきた.

(3) 経緯を見ておくことにしよう︒. ︵1︶ 勾一8一↓ミ︑鳶ミ魯争憩鳶bミ馬§ミ兄ミ切§馬ミ惨達ミミ恥§織9ミ︵一〇〇〇〇〇︶㎝O●. oN &.︵一SO︶駆o. ︵2︶頃9口節>一爵き号♪卜爲ミ蔓Oミ︑oミ畿§⇔O①一︵Go飢&■おo oω︶●ここでの記述は第二版と全く変っていない︒器ρ母. 日本においても︑既に以下の諸論文が発表されている︒片山信弘﹁経営の合理性に関する判断の法則について﹂海上保安. ︵3︶ かかる理解は一般的なものである︒例えば︑O自黒Φρ頃o一鼠8印閃80捨切貸無ミ訟犠義詳卜鳴吸ミ向醤蔑︑§ミ恥ミ︵一〇〇〇も︒︶ 器O︒. 大研究報告二六巻一号二九頁︒並木和夫﹁アメリカにおける経営上の判断の原則︵国霧﹃窃の甘傷αqo旨o馨勾唱一〇︶の発展﹂. ︵4︶. 国における経営判断の原則の展開﹂林良平先生還暦記念論文集﹁現代私法学の課題と展望﹄中巻二七一頁︒並木俊守﹁経営. 慶応義塾大学法研論集二二号六九頁︒神崎克郎﹁取締役の経営判断iその具体的発現﹂﹃取締役制度論﹄所収八三頁︒同﹁米. 役の経営責任の法理﹄に所収︑同書九九頁以下︒同﹁経営上の判断の原則の法理﹂日本法学四八巻三号一頁︒戸塚登﹁経営. 上の判断の原則﹂﹁取締役の注意義務と経営上の判断﹂﹁経営上の判断の原則と代表訴訟﹂いずれも﹃アメリカにおける取締. 判断の法則﹂阪大法学一二六号一頁︑および二一七号一頁︒近藤光男﹁アメリカにおける経営判断の法則の適用限界﹂神戸. 号一頁︒川浜昇﹁米国における経営判断原則の検討﹂法学論叢一一四巻二号七九頁︑および一一四巻五号三六頁︒. 法学雑誌三三巻四号七四七頁︑同﹁商法二六六条ノ三第一項に基づく取締役の責任と経営判断の法則﹂民商法雑誌八八巻五. 二 沿革. 経営判断の原則はアメリカの判例法において生成・展開してきた法原則であり︑かかる過程を経て成立した法原則. 三四五. にありがちな起源の不明確さに加え︑現在この原則の内容とされているものに存在する混乱を前提とするとき︑何を アメリカ法における経営判断の原則の一考察.

(4) 早稲田法学会誌第三五巻︵一九八五︶ ︵5︶. 三四六. もってこの原則の実体と見︑したがってどこにその出発点があるのかをたどることは︑いきおい振幅のあるものとな らざるを得ない︒ ︵6︶. 最も早い時期にその起源を認める学説は︑一八二九年の勺R昌対置評民9事件におけるルイジアナ州最高裁判. 決をもってその嗜矢と考える︒例えば︑ωけ禮①B8一一Rは︑この原則の主要な目的が義務の誠実な履行に際してなされた. 過誤に対する民事責任から役員と取締役を保護することにあったと当初の判例が示唆しており︑かかる保護がなけれ. ば︑適任者のうちで取締役として奉職しようとする者は殆どなく︑その任に就かされた者は事業上のリスクを冒すこ. とに躊躇したであろうと述べ︑さらに︑対照的な事業上の提案の相対的な長所を評価するのに裁判所が不適任である ︵7︶. ことをもう一つの理由として挙げて︑この原則の出自に男R2事件を数えている︒並木教授もまた︑殆ど同様の理. 由︑すなわち︑﹁法が取締役に対して通常の知識をもつ人間がもっていないような高度の洞察力を要求するときは︑ ︵8︶. 常識をもち︑しかも︑誠実な人間は︑取締役になることを承諾しないだろうという︑裁判所の考慮﹂をこの原則が発 ︵9︶. ︵10︶. 展してきた理由とされ︑即R畠事件および一八四七年のΦ&ぎ匡対甲き号守莫事件に対するアラバマ州最高裁. 判決をもって起源と考えられている︒国8犀と甲房旨は︑やはり︸R昌事件を起源と考える立場から︑次のよう に言う︒. ﹁﹃経営判断の原則﹄は一世紀半以上もの間われわれの法制度の一部であり︑この間︑この原則の本質は殆ど変化し ︵U︶. なかった︒しかしながら︑その伝統にもかかわらず︑今日︑この原則は︑急激な展開と決定的な点に関する激しい論 争の焦点にある︒﹂. けれども︑この原則の萌芽をどこに認めるかについては︑当然のことながら︑現在機能している内容をいかなるも. のと把握するかによって答が異なってくる︒︸R受事件が﹁銀行の社長と現金係が資金を横領したことに関して︑取.

(5) ︵12︶. 締役の責任が追及されたもの﹂であり︑Φ&ぎ匡事件が﹁銀行の取締役会が︑取締役の一人を︑現金の回収と銀行の ︵13︶. 特定業務を担当する役員に選任し﹂たところ︑﹁取締役を代理人として雇用することは違法であるという理由にもと. づき﹂提起された訴訟であるならば︑まず第一に問われるぺきは︑代理人の責任に対する代位責任や代理人の適格の. ︵14︶. 問題が︑果して﹁経営上の判断﹂に包摂されるかという点であろう︒そして︑私は︑この点につきこれを否定的に解 するものである︒. 多くの論者が指摘するように︑経営判断の原則は︑その生成過程において︑ ︵15︶. ﹁裁判所よりもむしろ経営者こそが︑株主の利益を極大化する事業上の決定をなすのに最も適任なのである︒この 理由から︑通常︑裁判所は︑経営者がなした事業上の決定を事後的に批判しない﹂ との前提︑より具体的には︑. ﹁裁判所が一般に経営者の業績を改善できると考えるべきいかなる理由も存在しない︒裁判所は事業上の決定をな. すのに必要な経験と情報を欠いている︒時として裁判所が︹自己の判断に比ぺ︺拙劣な決定や委任費用︹の過払い︺. に気付き得るとしても︑事件の最終的な取調べの負担は︑殆ど確実に︑裁判所が事態を改善し得るごく僅かな事件で. 獲得し得る利益よりも費用を多額のものとするだろう︒よしんば判事が事業上の決定の再吟味という職務に充分適任. ︵16︶. であったとしても︑改善される点に対する訴訟費用の割合はおそらく高いものとなろう︒それは︑原告たる株主が︑. 裁判所同様︑通常は経営者の決定を理由をもって争うのに必要な情報を欠いているからである︒﹂との考慮を次第に明. 確なものとさせながら成立してきたのであって︑胚胎し生育していったものは︑経済社会の成熟とともに複雑化・高. 三四七. 度化してゆく事業経営に対して︑自らはそれに関与するのに不適任であり︑またそうすべき資格もないとの裁判所の 配慮であった︒︾号8匡oは︑その背後に流れる思想を次のように要約する︒ アメリカ法における経営判断の原則の一考察.

(6) 早稲田法学会誌第三五巻︵一九八五︶. 三四八. ﹁経営判断の原則の着想は︑一九世紀後半︑爾後自由放任の理論として特色づけられてきた経済および政治上の主. 義の優越の時代以降発展し始めた︒この理論の基本的な原理は︑人間の諸動機の自由な発現︵覧亀︶が︑それ自体利. 己的で物欲的なものであったとしても︑全て社会に対する最高の利益を助長するものとして作用するとの信念であっ ︵17 ︶. た︒法律による管理は︑ある状況において必要悪と見なされるにしても︑基本的には経済制度に混乱をもたらしがち であると考えられた︒﹂. こうした司法の謙抑的態度︑私的自治や市場機構に広く信頼する態度よりすれば︑この原則の核心にあるのは営利. 組織たる会社における経営判断の微妙さであり︑そこで問題となるのは︑法の要請を充足しながらなおかつその内容. につき評価の分かれるような経営上の判断でなければならない︒かかる観点よりすれば︑法制の変遷を前提としても︑. ℃R畠事件は代位責任の問題として︑09旨o崔事件は端的に法制度の解釈の問題として︑それぞれ位置づけることが. 可能であり︑それはまた︑この原則の現状を整理するに際しても有益であると考えられる︒. さらに︑会社法それ自体の発展も大きな背景として考えておかねばならない︒頃霞雪は︑アメリカ会社法の歴史の. うえで︑一七八○年から一八二〇年代までを﹁改革が立法作業によって具体化された時代﹂︑一八三〇年頃から一八. ような位相を前提とすれば︑いまだなお会社形態そのものが形成途上にあった一九世紀の前半において︑判例が既. 七〇年代までを﹁実務と論議の間でかなりの混乱があった時期﹂︑一八七〇および八○年代を﹁より以前の個々具体 ︵18︶ 的な実務が採用したものにつき︑均衡と考えられたものを立法という一般形式で採用﹂した時代と述べており︑この. ︵19︶ に︑﹁実は︑今日の経営上の判断の原則︵ω諾ぎ①器冒凝o目〇三閑三①︶の論理と限界を︑極めて明確に述ぺている﹂と. ︵20︶ の見解は︑正鵠を射たものとは言えないであろう︒このことは︑汐彗蔓買の代表訴訟に関する研究を引くことでよ. り明らかになる︒.

(7) 彼によれば︑代表訴訟は英米で異なった展開を示し︑今日の祖型が結実するのはいずれも一九世紀の前半である. ︵22︶. が︑﹁事件を比較した場合︑公衆に一般に影響を及ぼすとは考えられない問題について︑イギリスの裁判所が会社の ︵21︶ 自治能力に一層大きな信頼を置いていたとの結論を受入れざるを得ない﹂のであって︑忠実義務の前提たる信託法理. の会社への適用は︑アメリカにおいて一八三二年以前に三件が数えられるにすぎず︑アメリカにおける代表訴訟の進 ︵23︶. 捗の把握自体が︑﹁母法に比べて性急かつ荒削であり︑拘束も経験の蓄積による叡知もない未熟な法制度が採る方途 の一証左﹂として把えられることになる︒. 結局︑経営判断の原則の背後に私的自治への信頼を見︑後に述べるようにその適用の前提として忠実義務の遵守を ︵24︶. 必要とする今日の通説的理解よりすれば︑その起源に一八五〇年の=&鴨ω対Z①毒国躍鼠巳ωRo薯09事件を数. える見解が存在することを考慮しても︑︾昏丙鉱①の次の指摘をもってこの原則の起源についての的確な判断と考え ることができよう︒. ﹁経営判断の原則の最初の明確な表明は︑ω窟は謁︑ω>℃需巴譲評●=︵一〇︒認︶においてである︒﹃取締役は︑誠実. かつその権限内であるならば︑馬鹿げて見えるほどに著しいものであっても︑判断の誤まりについて責任を負わな. い︒﹄この原則はミ罫霞︒︒対留旦︒ω事件ω一男&︒一︵O.ρP≦﹂o︒︒ o 刈︶に至って初めて連邦法上の事件中に出. 現するが︑当時の最高裁判所の目には︑明らかに十分に発達したものと見えなかった︒甲ゆ躇の〜ω冨三島お置一q●. ︒曽︶●経営判断についての未発達の事件が一八五〇年代に生じていたにもかかわらず︑この原則はおそらく ψ一認︵一〇 ︵25︶ 一九〇〇年代に至って初めて本格的なものとしてあらわれたのである︒﹂. 三四九. はたして︑ω窟昌おげト℃窟巴の八年後︑ニューヨーク州裁判所は︑取締役の注意義務に関する先例とされる=毒 対O鋤員事件において述べている︒ アメリカ法における経営判断の原則の一考察.

(8) 早稲田法学会誌第三五巻︵一九八五︶. 三五Q. ﹁ω需旨oq.の︾℃雇一において︑留8窃名8餌判事は︑取締役が﹃誠実であり︑かつ経営陣に正当に委任された権限と. 裁量の範囲内であるならば︑われわれに馬鹿げて愚かしく見えるほど著しいものであろうとも︑判断の誤まりについ. て責任を負わない﹄と述ぺた︒私がこの言辞を理解するところによれば︑いかなる程度においてもこれをして取締役. の責任を適切に定めたものとすることには同意できない︒取締役がなぞらえられてきた受任者同様︑彼は適切な注意 ︵26︶ と勤勉さとを行使すべき義務があるのみならず︑通常の手腕と判断をもまた行使せねばならないのである︒﹂. 一九一二年︑一一ユ!ヨーク州控訴裁判所は︑︸o法言対≦②訂昏幻・戸事件で次のことを明らかにした︒. ﹁経営方針︑契約および決議の適切性︑対価の妥当性︑会社利益促進のための会社資金の合法的拠出に関する疑問. は︑︹取締役の︺誠実かつ非利己的裁量に一任されているが︑それは︑この点に関する取締役の権限に制限がなく拘. 束のないものだからであり︑さらに︑取締役の行為が不適切あるいは不当であることを結果が示すとしても︑会社の ︵卸︶ 通常かつ一般的利益のための取締役の権限の行使は︑問題とされるべきではないからである︒﹂. この五年後︑連邦最高裁のq昆酔巴9亮同解ロ旨諒09対>日巴鴨B暮巴○名需HΩy事件では︑次の見解が示 されている︒. ﹁ある会社が損害についての訴権を裁判所において行使する途を選ぶべきかどうかは︑経営上の他の問題同様︑通. 常は会社の内部経営の問題であり︑株主の議決による指示がない限り取締役の裁量に委ねられている︒取締役が信託. 違反にも等しい違法行為によって有責の場合︑あるいは︑公正な判断の行使を妨げる二重の法律関係にある場合を除 ︵28︶ き︑会社の能力内にあるかかる裁量を管理するため裁判所が干渉することは殆どない︒﹂ ︵29︶. 一九三六年の︾践譲5山R対θ<︒︾・事件では︑. ﹁不誠実︑構成員の相関的権利︵邑&おユ讐邑の無視︑はたまたその財産権を著しく脅かす行為がない限り︑裁.

(9) 判所は会社経営に干渉すべきではない︒この原則は︑過誤が事実や法の誤認の結果であれ単に不適切な経営上の判断. の結果であれ適用される︒特に︑主張された過誤が一見明白な訴権の行使︵婁o邑に対する拒絶である場合︑あるい ︵30︶ はそれを危殆に陥れることである場合に適用される﹂としてq巳け巴︵︶β需N事件を引いた後︑ ︵31︶. ﹁株主が役員に対して全ての法的権利の実現を強制し得るなら︑選任された役員の代わりに裁判所が会社の運命の 裁定者となってしまうであろう﹂. と述べ︑不干渉の背後にあるものが私的自治への信頼であることを明らかにしている︒. 裁判所のこうした態度は︑今世紀を通じて次第に大きな流れとなっていった︒例えば︑ω圧o巨品判事が一九四四年. にω昌R対浮冨ロ事件で述べたところは︑今日ニューヨーク原則として著名なものである︒それによれば︑取締役. は︑判断をするにあたり︑﹁注意を行使することが︑類似の状況において自己の取引に関する行動に際し採るであろ. う程度の注意︑判断の種類が︑求められて﹂おり︑﹁会社の福利嵐外の個人的その他いかなる配慮によっても影響さ. ではない︒﹂. ︵32︶. れることのない自由にして誠実な判断の行使により会社が経営されている場合︑法は会社の内部事情に干渉するもの. こうして︑経営判断の原則は︑内容に関して多くの問題を抱えつつも︑多数の判例の蓄積を経て少くともその存在. については疑いのないものとなっていった︒そこで︑次に︑出現以後一世紀を経た今日︑この原則が果していかなる いまだ十分に検討され尽したものとは言えないのである︒. 機能を演じているのかを探ってみることにしよう︒評ほお萄がいみじくも次のように述べている通り︑この原則は. ﹁取締役の責任について多くが書かれてきたにもかかわらず︑経営判断の原則について何かを多量に書いた者はい. 三五一. ない︒︹以下︑本文注︺経営判断の原則がいかなる法律要覧︑辞典︑あるいは定期的な目録にもこの名称で登場しないの アメリカ法における経営判断の原則の一考察.

(10) 早稲田法学会誌第三五巻 ︵︸九八五︶. ︵3 3︶. は興味深いことである︒実際︑ 経営判断の原則が用語用例集の小項目に登場するのは︑. 三五二. 一九六二年に至ってのことで. 戸塚登・前掲︵注4︶所掲一二七号三三頁注︵1︶Q. あった︒﹂. ︵5︶. ω器αqΦヨo①=oお︑︑↓訂︼≦一㎝巷覧ざ緯一80︷浮o国島一器器﹃且σ⇔o目①旨勾巳ΦぎOo夏霧諾ho噌Oo壱R緯oOo鼻岩胃.︸胡2ヨ. 9い刀︒Oo 〇 N︶︒匹o畠印℃控の︒ oρロ03嵩讐Oooω︵一〇〇 ︒冒 ︑.↓ぽω傷ぎo器ごユα⇔①ヨ〇三閃巳o¢p山ωゲ貰魯o崔RU震帥︿讐貯①. ︵6︶. ︵7︶. 同右. 並木俊守・前掲︵注4︶所掲一〇四頁︒. oOlo一O ω3鴨ヨo①=R︾ま箆︐葺Oo ︑ o. >&8ヨ≦奉N巷辞鶏..零切場・い 率曽矯認︵這oo一︶︒並木俊守・前掲︵注4︶﹁経営判断の原則﹂九九頁︑他︒. ︵8︶. 田一gパ節℃竃ω虹F窪冥帥昌o酔①ρ緯ωド. 一〇 五 頁 以 下 ︒. ︵9︶. 一げ箆●魯Ooo︒. 並木俊守・前掲︵注4とO八頁︒. ︵11︶. 同右. ︵10︶. ︵12︶. 国霧件Rぼoo犀節軍ω3①一︾..臼躊8く震国房︾Oo栴窪の一くo↓8藏8一雪自o o冨器ゲ〇一自Rの︑ミ①一協象o..一〇〇〇切塁︒ピ帥郵一おρ. 本文中のものの他︑例えば︑匹o鼻節℃旨鴇悼Pω自℃壁8言伊象器他︑多数︒. 一〇 六 頁 ︒. ︵3 1︶ ︵14︶. ︵15︶. 一起㎝︵一〇〇〇一︶︒. 国霧一醇ぼoo犀俸コω90ご︑︑目ゲo甲o℃角幻o一①o︷曽↓碧ひQo一︑︒ ︒竃窪囲oヨ①昇言閃o留o巳一謁けo薗↓o&RO題の目.︑︸逡. >円ぼ︒匡ρ.︑↓竃Oo旨ぼ三お<一昏崇蔓o︷島①劇霧一g器冒ユαo①ヨo導勾巳o霧餌〇三山o︷o吋冒象9巴即窃言巴耳..︸. =費<・じ刃置曾︾=8︵一〇〇〇一︶・アメリカ法一九八二年二号二〇九頁に森田助教授によるこの論文の紹介がある︒. ︵6 1︶. ︵7 1︶. ミミ8織醤閃Oミ︑ミ&偽O噛R遷§織遵ざ黛ミ物亀讐き詮鳶導ミむ︵一S一︶謡一●.

(11) ︵18︶. 並木俊守・前掲︵注4︶所掲一〇八頁︒. 国自ω ↓ぎト恥讐ミミ§黛皇牒ミ切ミ劉ミ鴇Ωミ建蕊昔蕊嘗貼ミ導ミ亀帖ミqミ牒匙題匙跨醤ooOl這ミ︵一零O︶一ω︒.. 一露畠●餌一〇〇. ︒. り崖昌蔓胃 ..↓ぎω訂門魯o匡R︑︒︒U①ユ轟ユおω忌aい290︒︒o昌一諾Uoユ奉昌o昌♂認2・K︒d.ピ.男●OGoO︵一〇認︶●. ︵19︶. ︵20︶. 箆・象OoQ刈ーO器. ︵21︶. ︵22︶. 峯緯Ooo9なお︑イギリスにおいて裁判所の不干渉を述ぺた事件として著名な閏o鴇︿︒=貰げ〇三9鱒=畦o&一︐の出現 並木和夫・前掲︵注4︶所掲七二頁︒. は︑一八四三年のことである︒. >旨蓉民ρの巷欝ぎ酔oミ︸ぎ冨嵩讐謡一︒. 〇 〇yこの部分は︑閃8R︸諄葛§ミ§息ミ欝物皇Oミ誉︑& 国自昌く・O胃ざooN乞・鴫・臼︵一〇〇〇. ︵這曾︶嵩に よ っ た ︒. 憎o一一幽9︿・ミ筈霧げ零甲︸8刈客嗜一お︸一漣︵這旨︶・閃2震矯瀞博阜り跨ω9悶o賃Rによれば︑この判旨はω℃Rぎ四.の. O§らミ防§織ミ蒸匙ミ賜. ︵3 2︶. ︵24︶. ︵25︶. ︵26︶. ︵27︶. d艮富傷OO譜Rω9葭三霧09〜>ヨ巴0⇔餌B讐&OO署ROP漣膳qφ8一︒Oo刈ψO鉾8P躍O︵這ミソこの部. >電8一と同じ実質を有し︑この原理を認めることは頃昌昌対O帥q事件を否定することに他ならない︒ ︵28︶. 分は︑ω富岳ロαq胡①貸.︑冒︿o﹃昌冨蔓U房ヨ﹃器一の亀ω﹃器ぎ罷R.のUR貯象才oω三房鴇噂一〇ωoo賃三霧国£巳讐ざ口rト. この語は︑長浜洋一﹁アメリカ会社法概説﹂はしがき二頁によっている︒. 漣9謡①︵這QoN︶によった︒ ︵29︶. 崔︒. 三五三. この部分は︑ピ葺二PO融Oミ讐︑&画§⑭︵一S一︶曽ωによっ. o一︵一8①︶●ω器一一言騎ミo貸一ぴす >昏毛騨昌島R︿ ↓●<●> ⑩Sq ω 的o ooo・ 8ω.9●&ρ直o. ω亀R︿・ωo尽Pお客帰・ω・母ρ①︵ω偉やO鉾ち瞳y. ︵30︶. ︵31︶. た︒. ︵32︶. アメリカ法における経営判断の原則の一考察.

(12) 三五四. b琶§欺蕊偽Oミ・. その噛矢. 但し︑これ以後︑戸塚助教授の言葉を借りれば︑﹁経営判断. 評昆品一す︑.↓ぽω霧ぎo器冒山αqoヨo旨閑三2臼O島山08魯oOoむo冨霊9器90冨︑=ぎ旨¢篭. 早稲田法学会 誌 第 三 五 巻 ︵ 一 九 八 五 ︶ ︵33︶. 智︑禽偽O笥R議亀ミ黛﹃禽&鳶縞噸&醤乳トミミ噺電︵一零一︶鎚ド. とされるO隻対国葵o自事件は︑一九七六年のものであった︒戸塚登・前掲︵注4と二六号二頁および六頁注︵1︶参照︒. の法則が︑最近に至り︑突如として新たな適用分野を開拓し︑それが判例・学説のホットな論争を呼んでいる︒﹂. 三 現. ﹁デラウェアその他の州において︑取締役の誠実な決定を精査する有効な基準の欠陥に対する応答が﹃経営判断の原. その結果民事責任に消長をきたすことがあってもそれは副次的なものにすぎない︒例えば︑く霧2とζ雪三おは︑. 先に見た沿革よりすれば︑経営判断の原則は裁判所の側からの不十渉を基礎づけることを本来の目的としており︑. この原則把握の困難がきざしている︒. して︑防禦的用法︵留寂霧一お9①︶と呼ぶのが一般である︒そして︑かかる用語法が成立していること自体に︑既に. ︵謎︶. 経営判断の原則を民事責任遮断の論拠として用いる従来からの用法は︑次に見る攻撃的用法︵o験霧貯o諾o︶と区別. 1従来の用法. たい︒. 検討すべき問題を含むものであるが︑ここではまず初めに判例を概観し︑それを基礎として現状を整理することにし. 用であり︑いま一つは器巳R島Rへの対抗手段についての適用である︒いずれの場合もその内容にまで立ち至って. 判断の原則は︑一九七〇年代に至って新たな展開を示すことになった︒一つは代表訴訟の提訴に関するこの原則の適. 司法の自己抑制によって基礎づけられ︑司法審査の範囲を限定する手段としてその存在を位置づけられてきた経営. 状.

(13) 則﹄であり︑それは︑取締役の誠実かつ情報に基く決定の真価を調査することについての裁判所の躊躇の表明であ. る﹂としたうえで︑多数の学者が述べるところとして︑﹁経営判断の原則は︑責任の有無という問題に答えるための基 ︵35︶. 準ではない︒むしろそれは︑裁判所が事業上の決定を吟味すべき範囲を確定するための一基準である﹂との言葉を引 ︵36︶. いている︒したがって︑﹁攻撃﹂﹁防禦﹂ という取締役を基準として分類されている用語は︑この意味において倒立し. ともあれ︑従来からの用法の延長に位置づけうる事件として著名なものに︑Oぎ竃一対ω一鴨巴Oo目窓艮窃ぎρ事. たものと言ってよいであろう︒. ︵37︶. 件がある︒この事件は︑被告会社がその子会社を売却した際の売却価額四億八千万ドルが被告会社株主である原告の. 主張する七億六千百万ドルよりも遙かに低く︑また︑売却の決定が慎重を期せずしてなされたとして売却の差止が求 ︵38︶. められたものであったが︑裁判所は詳細に決定過程を分析し︑﹁究極的な問題は︹会社売却の︺方法ではなく価額につ ︵39︶. いてのものである﹂と判示して︑予備的差止︵冥象鼠9q一三琶&8︶を認めた︒本件では︑﹁経営判断の原則が会. ︵41︶. 社取締役を常に請求から保護するものではない﹂として具体的な判断がなされたことが注目される︒ ︵ω︶ 会社支配に関するものではあるが︑次の三件の事例もこの範疇に数えられている︒. ざ区¢8対↓旨受8伍事件は︑原告と被告↓旨o匡8傷の出資により設立された被告会社の窮状に際し︑原告より出. されたいくつかの救済策を経営権を掌中に収める↓歪︒匡8鐸が支配の移転を懸念していずれも排斥︑結局は授権未発 ︵姐︶ 行株式を原告の申出よりも低い価格で被告の﹁盟友︵密o巳ξ訂巳ω︶﹂に発行したという事案で︑原告は株式発行の. 取消と会社への損害賠償を求めた︒原告の主張は結局容れられなかったが︑本論との関係では︑原審において一連の. 三五五. 行為の唯一または主要な目的が支配の維持である場合にのみ経営判断の原則が排斥されるとの説明が陪審に対してな ︵43︶ されたことにつき︑︑原告は支配が﹁一つの﹂動機であれば既に適用がないと主張してこれを争ったものの︑本件判示 アメリカ法における経営判断の原則の一考察.

(14) 早稲田法学会誌第三五巻︵一九八五︶. 三五六. がかかる考え方を採らなかった点が注目される︒判示は︑取締役はその行動の全てにある程度自己の利害を有し︑し. たがって取締役の行為が問題とされた場合には取締役が健全な経営判断をなしたものと推定するのが経営判断の原則. であり︑デラウエアの判例法はこの原則の排斥に少くとも被告の何らかの不誠実を立証するよう要求している︑と述 ︵磁︶. ぺ︑原告の主張を却けてこの原則を適用した︒. 評三R対ζ畦路践国o匡事件は︑被告会社が訴外会社からの言巳R象Rに対して独禁法違反を理由とする訴を. 提起︑さらに他社との合併をなして島Rを断念させたことに関し被告会社株主である原告が提訴した事件であり︑. 忠実義務違反および株主の経済的利益への干渉を主張した原告に対し︑裁判所は経営判断の原則を適用︑支配権の維. 持が取締役の行為の目的に数えられたとしてもそれのみでは立証責任の転換はなく原告は依然として取締役の不誠実. ξ判事の反対意見があり︑次に. ︵娼︶ を立証すべきであり︑取締役の行為の﹁後知恵による批判︵冨o巳曙白o導冒αqゐ臣昌R富o犀凝とこそまさにこの原則. の排斥するものであるとして︑原告の主張を認めなかった︒ただし︑本件ではO鼠. 見る↓器巴妻昌事件に依拠して大要以下の如く述ぺている︒すなわち︑会社の経営と内部の利害関係は区別して考え. られるべきであり︑前者への司法介入は望ましくないが︑後者については会社と株主の関係に集約されるところから. も介入が可能であって︑取締役に利益相反の可能性があれば経営判断の原則を適用せずに介入すべきものである︒原 ︵46︶. 告により取締役に自己の利益をはかる意図が存在したことの立証がなされた後は︑立証責任が被告に転換されるべき ︵47︶. であり︑本件ではこの立証がなされている︑と︒. 早$傷妻2対O霞o事件は︑上告会社の株式取得を手始あにやがて支配権の獲得を意図するところとなった被上告 ︵銘︶. 会社に対し︑上告会社が証券取引所法︵鼠q昌翫9国蓉富昌鴨︾99這罐︶違反等を理由とする提訴をなしてこれに. 対抗︑最終的には﹁王党派騎士︵名冨o臣碍窪︶﹂と呼ばれる訴外会社に支配権を取得させることで被上告会社の意図.

(15) ︵⑲︶. の頓挫をはかった事件である︒上告会社と訴外会社の合併を承認する株主総会における訴外会社の議決権行使を不当. として訴外会社の議決権不算入を命じた原審に対し︑上告審は︑本件に経営判断の原則が適用されるとしたうえで︑. 被上告会社は上告会社取締役の不誠実ないし自己の利益に基く行動の存在を立証しておらず︑この点に関する立証が. あって初めて立証責任の転換がなされると述べ︑最終的には訴外会社の議決権行使を前提とする議決のやり直しを命. ずるにとどまった︒なお︑これには閏oぎぎ茜判事の反対意見があり︑経営判断の原則を適用するに際して問題とな ︵50︶. ︵51︶. るのは取締役が十分独立した慎重な判断をなしたかどうかであるとして︑この点を審査するよう原審に差戻すぺきで あるとしている︒. 代表訴訟への適用. この範疇で扱うべきなお若干の判例があるが︑ここでは注に譲り︑さらに判例を見てゆくことにしよう︒ 2 ︵52︶. アメリカの判例法上︑代表訴訟は︑会社経営者が会社の利益ではなく目己に固有の利益に基いて不当な行為をなし. た場合の訴訟として発展してきた︒したがって︑取締役会の作為または不作為が単なる不当な判断にすぎない場合に. ︵53︶. は代表訴訟によることができず︑株主は取締役の判断に自己の判断を代置するためにこの手段を用いることはできな ︵54︶. い︒ここにおいても前提とされるのは私的自治であり︑株主は代表訴訟の提起前に会社内でのあらゆる救済策を尽さ ねばならず︑代表訴訟が機能するのは最終的な救済としてである︒. かかる点を背景として結実したのが留ヨき伽H898Bo艮と呼ばれる代表訴訟の前提要件であり︑株主は︑取締役 ︵聞︶. または場合により株主に提訴を要求したこと︑あるいは要求しても実効性がないであろうと考えた理由を最初の訴答 ︵56︶. において申立てねばならない︒すなわち︑株主は︑代表訴訟の提起前に取締役会に提訴を要し︑それが容れられなか. 三五七. った場合に初めて自ら提訴に及ぶことになる︒そして︑﹁会社がその正当な裁量にしたがって提訴を拒絶したときは︑ アメリカ法における経営判断の原則の一考察.

(16) 早稲田法学会誌第三五巻︵一九八五︶ ︵58︶. ︵57︶. 三五八. も早︑株主は会社のために代表訴訟を提訴することができない︒﹂こうした結論は連邦民事訴訟規則︵閃巴R巴閃三霧 ︵59︶. o︷Ω邑甲8&ロ8︶によっても支持されるのであるが︑その背後に存在するのは︑﹁取締役会こそはある訴訟原因が. 会社の最善の利益に適うか否かを決定するのに最適の場である﹂との理念である︒. ところで︑近時︑︑代表訴訟の提起に関し︑会社が独自の訴訟委員会を設け︑会社固有の利益という観点からの提訴 ︵60︶. の是非に関する判断を一任することが頻繁に行なわれている︒そして︑こうした慣行に大きな影響を与えた最初の事. 件がO邑対国臣8事件であった︒. この事件は︑イタリアの政党へ秘密裡に支払われた賄賂が普通法上会社財産の費消と経営過誤とに該当し︑さらに︑. その開示の欠陥が連邦証券法に違反するとして株主が提訴におよんだものである︒会社側は事件に無関係の取締役か. らなる訴訟委員会を設置し︑そこにおいて︑訴訟の成否が不明であり遂行には費用がかさむこと︑会社事業の妨げ. となり士気の低下をきたすこと等を理由として訴訟を維持しないとの決定が下された︒裁判所は︑﹁裁判所が事件を. ︹イタリアにおける賄賂の支払が妥当か否かという︺︐ように構成するならば︑必然的に全ての会社の事業上の決定に ︵61︶. 関与せざるを得なくなり︑特定の会社訴訟に関して取締役の判断と株主の判断の間で省察せねばならなくなる﹂と述 ︵62︶. ぺ︑経営判断の原則を適用して株主の訴を却けた︒. 切畦冨対園降R事件は︑連邦法である投資会社怯︵ぼく窃馨o具○OB窓昌>8に関するものであり︑訴外会社の. 手形を取得したところその倒産により支払を受けられなかった投資会社の株主から︑制定法および普通法上の受託者. ︵㏄︶. 義務︵ま9壁胡皆な︶への違反を理由に取締役に対してなされた代表訴訟である︒本件では五名の局外取締役からな ︵63︶. る委員会が設けられ︑訴訟は終結されるべきであるとの結論を下している︒. 第一審請求棄却︒第二巡回区裁判所は局外取締役の独立性を問題としてこれを破棄し︑事件は連邦最高裁へと持込.

(17) まれた︒判決は︑連邦法上の訴因に基く場合であっても代表訴訟を終結する権限の有無は第一に州裁判所の問題であ ︵65︶ ると述べ︑本件は破棄差戻となっている︒. この判決の結果︑取締役が代表訴訟の終結権限を有するか否かの問題は︑州法上の問題とされることになった︒以. 一コーヨーク州裁判所は︑会. ︵66︶ 下では︑田8犀と評房ωぎに依拠しつつ︑ニューヨ1クとデラゥエアの現状を概観してみょう︒ ︵67︶. 国賃訴対富涛R事件後の最初の判決である>器旨8犀対守旨葺事件において︑. 社取締役に対する代表訴訟は会社が処理すべき問題であり︑会社の政策と経営に関する他の問題同様取締役会の裁量. の範囲内にあるとして︑経営判断の原則を適用し株主の請求を却けた︒事案は︑外国での賄賂の支払と会社側の設置. した訴訟委員会による訴訟不継続の判断というO﹄対国強9事件類似のものであった︒ ︵68︶. デラゥエァ州法については︑会社が外国で支払った刑事上の罰金を役員と取締役が支払うよう株主が求めた>げ竃団. 対08言一U帥貫事件について︑経営判断の原則は刑事上の違法行為に対しても適用されるとして第八巡回区裁判所 により株主の請求が棄却されている︒. これに続いて︑同一の事案に対する三つの判決が現れた︒いずれも︑取締役の株式買受権計画︵ω件8パo嘗8覧き︶. の修正が株主総会の承認を経ずになされたことに対して株主が提起した代表訴訟であるが︑取締役の全員が被告とな. っているため株主が留目帥巳をなさなかったところ︑提訴後に二人の社外重役が取締役会に加えられ︑この両名から ︵69︶. なる訴訟委員会が代表訴訟は会社の最善の利益に反するとして訴訟を維持すべきではないとの結論を出している︒. 第一の判決である冨巴儀9&o対国旨昌事件において︑ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所は︑経営判断の原. 三五九. 則を適用して訴訟委員会による代表訴訟の終結を認めた︒ ︵70︶ この事件の第二の判決であるデラウェア州衡平法裁判所の判決︵爵罷o鵠3対コ旨︶は︑これとは異なる結論を アメリカ法における経営判断の原則の一考察.

(18) 早稲田法学会誌第三五巻査九八五︶. 三六〇. 導き出した︒この判決で︑副大法官=舞日o穽は︑会社に提訴を要求する衡平法上の訴と会社による基本的な訴とに. 代表訴訟を二分し︑経営判断の原則が妥当するのは後者についてのみであるとしたうえで︑前者に関しては留目貰匹. ︵71︶. 目8忌8ヨo算の充足をもって足り︑経営判断の原則と訴訟委員会による代表訴訟終結の決定とは無関係であると述べ て︑代表訴訟の性質から裁判所による審査を基礎づけたのである︒. この判決は注目を集め︑本件の第三判決である葦R対園窓貫事件において︑テキサス州南部地区連邦地方裁. ︵η︶ 判所もこれにしたがっている︒しかしながら︑連邦裁判所は︑次の>げ墨日〇三富対︸8ロR事件において再び取締役 ︵73︶. 会に代表訴訟終結の権限を認める立場に戻った︒. 第二事件の上告審判決︵鯉饗冨対昏=8巴o︶において︑デラウエア州最高裁判所は︑株主は確かに代表訴訟提. 起の絶対的権利を有しているかも知れないが︑代表訴訟を維持する権利はこれに含まれていない︑として原審の考え. 方を否定しつつ︑代表訴訟終結を求める取締役会の決定を審査することが衡平法裁判所の権限に属するとの考えを示. した︒そして︑この判決では︑訴訟委員会の独立性と職務の適正性の審査︑および︑代表訴訟で表明された会社の正. 当な主張︵一&ユ目讐08信β盆o蛋日︶と独立の委員会が表明した会社の最善の利益の間で均衡をはかるための裁判. 所独自の判断の適用という︑二段階の審査基準が打出され︑これに基く判断をなすよう事件を原審に差戻している︒. この判決がもたらす実質的な帰結については︑単に手続上の相違にすぎないとしてこれを疑問視する見解も存在す ︵拠︶. ︵75︶. るが︑少くともその文言上の基準において︑デラウエアはニューヨークと一線を画することになった︒他の州におい. てはニューヨークの考え方に沿った態度を示すのが一般的であり︑これについての詳細は注で述べることにしよう︒ ︵76︶. こうして︑今日︑経営判断の原則は代表訴訟の場で大きな役割を果たし︑この原則により訴訟委員会の判断を基礎 づけるかかる用法は﹁攻撃的用法︵o齢霧一お萄o︶﹂と呼びならわされているのである︒.

(19) 5. 言冒自霞o馬窪との関連. 経営判断の原則がその機能を見出すことになったいま一つの領域を︑富巳角&Rに対する会社側の対応に認める. ことができる︒そして︑近時の富巳R亀Rの頻発を反映し︑判例は彩しい数にのぼっている︒ここでの問題は︑ ︵77︶. 良Rに対抗することが果して経営上の判断と言い得るか︑である︒以下︑主要なものを挙げることにしよう︒. 詣圧ぎ犀R対臣鴨吋事件は︑島Rの対象会社が︑予め&R撤回の事由として示唆されていた営業部門の切離し. を行うことで良Rの撤回を誘発した事件である︒裁判所は︑経営者が健全な経営判断の推定を受けるとしたうえ ︵78︶. で︑事業決定が何らかの合理的な事業目的に帰せられるなら妨げられることはないとして経営判断の原則を適用し︑. るとのデラウエアの基準を確認した︒. ﹁唯一あるいは主たる動機︵8一〇R冥冒¢蔓旨o牙o︶﹂が支配の維持でない限り︑取締役はこの原則により保護され. ﹁威嚇的な支配の変更に直面した場合︑標的︵雷茜9︶会社の取締役会は︑経営判断上株主の最善の利益となると判. 断した第三者との会社取引︵8同宕曇o冨昌器&8︶に携わることができる︒その際に︑取締役会は︑敵対的︵ぎ毘一〇︶. 器巳R&Rの撤回を惹き起こし得る余地があったとしても︑取引の成立をはかるため第三者と多様な契約を締結す ︵四︶ ることが可能である︒﹂. ︵80︶. しかし︑この点に関する判例には振幅が見られる︒. 言o匡対竃9旨浮9事件は︑被告会社への器巳R亀Rが成否未定の間に毒冨o汀蒔浮が登場し︑被告会社との. 間で授権未発行株式の取得と﹁王冠の宝石︵Roヨごo壽一︶﹂︑すなわち企業の代表的部門の獲得という二つのo冨8. が成立︑その無効が原告により主張された事件であるが︑裁判所は︑﹁客碧象ぎロ社の普通株式につき酔Φ巳震良R市. 三六一. 場に人為的な天井を作り出す﹂という点で本件は市場操作に該当すると述べ︑原告の主張を容れている︒ アメリカ法における経営判断の原則の一考察.

(20) ︵81︶. 早稲田法学会誌第三五巻︵一九八五︶. 三六二. ζ日昏﹄国o匡対回8匿事件は︑自らも上告会社株式の相当量を集めていた株主の集団が︑上告会社と妻疹oざ蒔窪. の間でなされた株式取得および合併に関する約定と会社資産売却の提案に反対してなした訴であり︑裁判所は︑本件 約定に市場への不当な干渉が認められないとして株主の請求を棄却した︒ ︵82︶. ︵紹︶. 会社は特定の株主から自社株を取得することで良R日の意図を阻喪させることが可能であり︑会社に対する株式. 売却の承諾は﹁緑の手紙︵讐8昌臼&︶﹂と呼ばれている︒国巷一彗対09房B緯事件はこうした類型に属する︒. 被告Oo一房B暮は︑︐被告会社の設立者にして株主でもあるが︑株式の評価が実情に合わない程低いものとなったと. ころから減資を計画した︒ところが︑この点にーついて被告会社内部に意見の対立があり︑ついには一①巳R&Rによ. の約定価格を不当として訴えたのがこの事件である︒裁判所は︑被告からの株式の取得が﹁経営判断の適切な行使﹂. ろうとしたものの︑結局被告会社がOo芽B9所有の株式を買取ることで合意が成立︑被告会社株主である原告がそ. であるとしたうえで︑本件取引に合理的な根拠があったことを認め︑﹁対価が市場を上回って支払われた事実は必ず しも取引を不当なものとするわけではない﹂として原告の訴を却けた︒. 会社側の対応策の極め付きは︑器巳R&Rをかけられた会社がこれをしかけ返すという︑いわゆる︑︑評?罫眺︑∩方 ︵鴎︶. 式であり︑冨畦昏竃蝕o蕾対田且詳事件はその代表例である︒事案は︑被告会社による齢窪号目島Rへの対応策. として原告会社が被告会社への冨巳R&Rを開始し︑さらに原告会社の依頼に応えた訴外会社も同一の条件で. 一8自Ro︷︷Rを行ったため︑動きのとれなくなった被告会社が他社との合併を約定す蚤に至り︑これを原告会社が訴 えたというものであった︒. 本件において︑被告会社は︑原告会社による島禽の資金は借入れによゐものでその意図は被告亀Rの頓挫にあ. り︑したがって︑何ら正当な事業目的に出たものではなく︑単に取締役の地位の保全を目的とした忠実義務違反の行.

(21) 為であると述ぺたが︑裁判所は︑この主張を却け︑﹁合法的に会社業務を支配する地位にある者﹂の判断に自己の判. 断を代置することを拒絶して︑原告会社による良Rは原告会社被告会社双方の株主にとり最大の利益となるとの原 学. 説. 告会社取締役会の判断を受け容れている︒. 4. かくて︑司法の謙抑主義から出発した経営判断の原則は︑今日︑帰結としての取締役の免責を超え︑取締役の行為. の合法性の推定︑ひいては訴訟委員会による代表訴訟終結を基礎づける前提としての機能までも果すに至っている︒ しかし︑この原則の内容に関して学説の理解は一様ではない︒ 一方の極にはこの原則の存在自体を疑う見解がある︒守詩αq田は述べている︒. ﹁経営判断の原則は︑代理および信託の単純にして十全に確立された原理の表明に他ならない︒これらの原理に何. ら新たなものを加えないという意味で︑それ自体では不必要なものということができよう︒しかしながら︑代理およ. ︵85︶. び信託の原理が会社取締役に適用される際にこの原則がそれらの原理を具体化しているという事実にその真価があ る︒﹂. ﹁経営判断︹の原則︺の概念が︑過失には至らない理由ある過誤をなした取締役は有責とされるべきではないという. ほぼ同様の立場を表明するものとして︑U器8の次の言葉を引くことができるであろう︒. ものに他ならないのであれば︑それは既存の法理に何物かをつけ加えるものではない︒この概念がそれ嵐上のことを ︵86︶ 言っているのなら︑その健全性はおそらく疑われるべきものである︒﹂. 三六三. けれども︑こうした理解に唱和する者は殆どなく︑見解の対立は︑この原則の存在自体を肯定したうえで︑主とし てその内容について存在する︒ アメリカ法における経営判断の原則の一考察.

(22) 早稲田法学会誌第三五巻︵一九八五︶. 三六四. 第一に︑経営判断の原則は忠実義務と抵触するものではない︒すなわち︑忠実義務に違反するような取締役の行為. ︵87︶. には適用がない︒かかる行為は忠実義務固有の領域で処理される︒この原則が要件とする取締役の行為の﹁誠実﹂と. は︑動機が会社の利益に対する誠実な欲求に根ざし︑個人的利得等の他の目的に出ないことを意味しており︑こうし たことからもこの点に関する異論は見られない︒. 第二に︑注意義務との関連はどうであろうか︒ここに至って学説の理解は分かれてくる︒. 経営判断の原則が独立した原則であるならば︑それは屋上屋を架するが如きものであってはならず︑既に規範に内. 在化されている注意義務と抵触することは本来あってはならないはずである︒冒頭で見た=o目の定義も︑﹁合理的. な注意と勤勉さ﹂という形で注意義務の遵守を前提としている︒国卑魯Rは︑﹁﹃経営判断の原則﹄は過失の概念と抵 ︵88︶. 触しない︒換言すれば︑裁判所が経営判断の問題について午渉しないと言う場合︑判断i合理的な勤勉さーが実際に. 行使されていることが前提となっている﹂と説明し︑この原則による不干渉が裁判所による注意義務の判断を前提と. してのものであることを確認する︒そして︑かかる理解は通説であり︑判例の立脚するところでもある︒ ︵89︶ これに対しては︑経営判断の原則を注意義務についての特則と考える見解が相当有力に存在する︒その場合︑経営. 判断の原則は事実上の免責基準となる︒∪︒韓は︑裁判所が注意義務に何ら言及することなくこの原則を適用し︑よ ︵90︶. ︵91︶. り甚しいことには取締役が合理的かつ適切な勤勉さをもって行為したことにしばしば触れることなく訴訟を却下して. きたとして︑結局︑経営判断の原則の注意義務への正確な影響は測り得ないと述ぺている︒9ぎ昌は同様の理解から. その背景を考察し︑経営者の行動に関する問題は結果の不首尾が判明して初めて生ずるものであり︑この段階で裁判. 所にできることは殆どないのであるから︑この原則を適用することは経営者の問題となった行為が全く審査されない. との結論をほのめかすことになる︒事後的な審査が経営者の行為の指針たり得ず︑その任に適するのはむしろ日々株.

(23) ︵92︶. 式を評価する市場である以上︑この原則の叡知はまさにその徹底した批判の殆どをもたらしている点にこそ存在する. ︵94︶. と結んでいる︒こうした主張に見られるのは︑この原則の具体的な機能に対する視点であり︑法的枠組それ自体への ︵93︶. 懐疑であると言ってよいであろう︒. 日本においてこうした理解は﹁混乱﹂あるいは﹁誤解﹂であると評され︑これに賛成する意見は見られない︒けれ. 一一. >昌︾器ζ巴のo︷島o寓&①一>9. ども︑この点についての理解の相違にこそ︑実はこの原則を考えるうえでの重要な鍵が含まれているのではなかろう. <gのo︾印蜜き昌ぎ単︑.Oo山田&望昏山畦㌣ω鉱o=賃ぴo吋o吋qgゲ鎖昌&国8︷吋. 例えば︑里o良印り暑邑Pの巷量ぎ冨ρ暮曽●. か︒次にこのことを見てみよう︒. ︵%︶ ︵35︶. 毛嬬噂ω㎝ω霧︒ピ卑多O一〇uO器︵一〇〇〇〇︶︐.. ーoo刈︒. しかし︑責任の有然と司法審査範囲の確定はこの原則のもとで区別されずに考えられているのが現状である︒例えば︑. ω富ロ審乱o︷O貰①Ooヨb費&ミ一爵Uo﹃≦胃oピ. ω3一一置騎名①焦℃器冥魯昌〇一①鱒o ou暮留O■. 凶げゆ伽● け①一9. oo一①>・ロ山㎝8︵Uo一●O含一S軋︶︒. ︵36︶. ︵認︶. 扇一〇舞や勺旨ωの一コ器冥費口oSρ讐oo. 一貸印け①OO●. ︵37︶. ︵39︶. 爲O男鵠鎚苗oo刈︵ω山O一﹃●一〇〇〇〇︶︒. ︵40︶. ︵41︶. ♪OO︵一〇〇〇ω︶︒. ω一〇魯印蜜一=o♪︑︑↓ぽ勾①音o霧一窪一三〇の曽昌傷Oび一一αq帥二〇霧o︷Oo60冨一〇〇ぼg8話ぎ↓帥ざo<霞Oo葺霧房♂. ①鱒O問︒毘b⊃Oド. ωoo霞凶詠8菊①騎巳帥昌o昌ピ︒い. 三六五. ︵42︶. ︵43︶. アメリカ法における経営判断の原則の一考察.

(24) ︵弱︶. ︵45︶. ︵46︶. 早稲田法学会誌策三五巻︵一九八五︶ 澱①劉母讐一︵刈チ9門︒一〇〇〇一︶︒. 一げ箆.鎖一〇〇Q Ql鱒09. 一げ箆σ角けロQ ﹃ ●. ︵覗︶. ①鵠質母ω瑠︵母O買一〇8︶. ︒D. ε1ω︵O︶︵≦3計這$︶●. 三六六. ε巴田ゴ&の決定をこの原則により肯定︒03房9. o︾鑓①8︵Uo一︒07一S一︶1株式評価の公正さに関しこの原則を適用︒↓碧器ロび昏B〜No一一R︸ 器o. Oωo ◎国舘幽Qo31ωQoO︒. る権利を認めている︒客一望魯・>p舅㎝置>. 上告会社の準拠法であるニュージャージー事業会社法では︑三分の一を超える株式を保有する株主にあらゆる合併を阻止. 国o爵印寓崔①5の巷旨ぎ一①直ρ暮㎝o. ︵49︶. ︵8 4︶. ︵阻︶. ℃βB帥︿︒寓鴛ユo. ㎝認国母戯8︵母■Oぎ一零刈︶1委託手数料を取戻さないとの竃. ︵51︶. 閂髭08︵母Oぎ這ooO羊一魯餌Ro閑魯の直前にミ謹器犀昌蒔窪との合意が成立した事案で. この原則により取締役の行為を肯定︒第一の事件は︑並木俊守飢前掲︵注4︶﹁取締役の注意義務と経営上の判断﹂一四〇頁. 出ぎ号ダ冒富ヨo旨ダ8. および神崎克郎・前掲︵注4︶﹁米国における経営判誌の原則の展開﹂二五七頁に︑第二の事件は神崎同論文二六三頁に︑各. .. ぎこ︒. ω言=お頃o錦ωξ壁ぎ器鱒oo︸讐謡. 々紹介されている︒. ︵3 5︶. =自昌卸>一〇×き山①斜︒后β昌90鱒伽叶一〇零●. ︵2 5︶. ︵図︶. 一げ崔︒. 北沢正啓﹁アメリカ会社法における株主の代表訴訟﹂法協六八巻六八一頁︒. 竹内昭夫﹁株主の代表訴訟﹂法協百周年論集三巻一九二頁︒. ︵55︶. ︵駈︶. 勾β一〇Nω●一〇臣悶o伽R巴肉三go︷O貯出℃800畠信8●. ︵7 5︶ ︵8 5︶.

(25) 愈︶ o︵ω q客嗜一〇お︶.. の8一督ロoq毛o蔦窪冥帥昌90⑩oo一讐い総●. 一ぴ箆.餌一〇一〇.. 恥一〇 〇 国ω直℃や㎝Oo. ム島¢●ψ 刈一︵お刈O︶. ︵0 6︶. ︵62︶. ︵61︶. ㎝①刈国Nユ旨Oo o︵bo傷Oぎ一SQρ︶●. 合①開ω信℃や巽麻︵ω9U曹2︑イおミ︶9. A合ご︒ψ戯oo①︒. ︵3 6︶. ︵65︶. A. 切一〇舞節℃誉ω巴P霊冥帥po89魯&ー㎝ド. ︵64︶. ︵66︶. OO og 国鱒飢圃漣︵Qo爵O蹄●一Sり︶.. 2吟麟的 ユ ① 一 〇 ︵ 一 8 0 ︶ .. ︵67︶. ︵69︶. ︵聞︶. 〇︸母一謡一︵U①一●OF一§︶︒. 直o o O劉ω信℃マ曽似︵ω●U.客吋.一〇〇〇〇﹀・. 鼻8国ωβ℃℃●鐘oo︵ψU︒↓賃●一〇〇〇〇︶・. 戯一〇. 男&. ︵70︶. ︵72︶. ︵71︶. 窃O︾母ミO︵Uo一9ωβ冥︒一〇〇〇一︶︒. o ω冨=置oq名o益旨℃琵ロ90boo. 象留Pこれに対し︑匹o舞俸甲岳巴〜霊℃3昌oさ9讐8は︑この判決を判例によ. っ.Uし累イ一〇〇〇一︶︐ ωoρい国①や︵OO=︶一S︸8一︵o. ︵73︶. ︵74︶. 取締役による終結が認められる州︒カリフォルニア︵■①≦一の<・卜昌倉嵩oPOa昌窃く・=昏αq窪o巨︶︒ミシガン︵Oo農霞. 里8犀節勺把o︒巴P鶏℃旨昌o冨①讐9ー鐸をもとに整理すると次の通りである︒. る立法の一例であるとまで位置づけている︒ ︵75︶. 三六七. oo三霧ぎ8旨象一8巴<・U99霧けR国艮o撃 これに対し︑次の二州では取締役による終結を認めていない︒テキサス︵o. く・O仁p巳昌αq訂ヨ・︶︒ノースカロライナ︵ω≦8ω8︿・↓一げ9F︶︒大部分の州はζの立場をとっている︒象8・. アメリカ法における経営判断の原則の一考察.

(26) 早稲田法学会誌第三五巻︵一九八五︶. 三六八. 国ooぎ℃旨ωの凶昌節白8寓oど︑︑U冒ヨ一器巴o︷Uoユ奉二︿o>oユo霧q&R島oω房置o器一民oqoBog凶三〇. 冥房oψ︶︒バージニア︵>げo一鼠〜d口貯o塗巴ピo鑑↓oび伽89一器昌R〜>=ユo劉︶︒. N巷帥富O需. Ko貰ピ象RJωoo南房︒い鎖ミ●きど歳81き刈︵這ooo も ︶によると︑N巷餌冨事件以降一九八三年二月までに次の三事件がこの. 冒鴇︿・20昌F①8国舘ooooO︵鑓9﹃●這o oN︶ーコネチカット州法につき>賃o号8げ事件の基準を適用︒薯讐$〜Uo︒. 問題を扱っている︒. q三話3巴一①黒↓Oげ帥8ρお0国ωβ℃マ譲ω︵鼻U・<勲這OoOy8︿︑血29おー8おー即︵国. 蜜o置9国o讐曾段節↓ユど口oO90謡円ω看マお=︵ψU︒一〇ミm一〇〇 〇一︶ーアイオワ州法のもとで浮饗雷事件の二段階 の基準を採用︒>げo一ポ. 8︶︑>富一ポ事件はN巷角寅事件の基準を誤解したものとされており︵暮戯S︶︑判例の趨勢は現. 区裁判所がN巷暮帥事件類似の基準により原審を破棄︵緯膳宝y白魯房事件においては浮冨冨事件の基準が部分的に検. oN︶ーヴァージニア州法に関し浮短貫事件の基準を採用︒しかし︑ぎ鴇事件では控訴審たる第七巡回 O︒<勲ωo写8おo 討されたにす ぎ ず ︵ 緯. ︵76︶. 密㎝男ωξマOooω︵2●U●一一一●一〇〇〇ロ︶︒. 里o鼻俸即霧巴P一獣畠●帥件ωoo●. 在のところ予断を許さないものと言えようか︒. ︵77︶. ①$国淺ω①①︵①島9賊.一〇〇〇一︶. 箆︒舞Oq一. ま一山︒舞O㎝ O ●. ︵80︶. 匹o身印︼蚤嵩o♪¢后壁口〇一〇藤紳葺①ψ. 0零■ωG℃℃.﹄ω︵ψU.2●嘱●一〇〇〇鱒ソ. ︵79︶. ︵冊︶. ︵81︶. ωo oO>●淺臼①︵Uo一・07一S刈︶︐. 鰹O国ωβ℃や爲oo︵O●匡山︒這oo鱒︶︒. ︵83︶. ︵82︶. 閃貰鵠oq一貫の看量昌oδ①. 緯ω↑. ︵85︶. ︵84︶.

(27) ︵86︶. U蕩op︑︑↓箒U幕go円︑︒︒=魯崇蔓︷o吋2£一一αQ窪8︑.︸等o§§吋Oミ特ミ. 誉O噛︒ミ恥§織寝蕊9ミ⇔醤§諜牒§&軌ミ兄. o ︵一零一︶o ︒ o ︸望︑U旨o昌は︑経営判断の原則を独立のものとは認めず︑判例を︑経営判断の概念が﹁まさに過失の不存在の. 認定の表現に他ならないことが明らか﹂であるものと︑﹁過失責任という基本的な概念を無力にするために﹂経営判断の概. ︵7 8︶. 例えば︑切一8ゲ印℃旨器ぎ∪鶏冥鎖昌9①ρ葺ωPO自. ︑︑↓ぎ即雪o一耳δ昌ぎOo壱o冨800おヨ餌9ρ普①匡〇三87. 固08ぎさ6旨N愚ミ蔚o\牒ミト爲ミo︑︑嵐鰭匙恥Oミ讐︑&画§漁℃RB・&︒︵一Sq︶ω>鞍OooO舞o ooo 9. ω一〇爵印 即 房 ω 一 P 誓 ℃ 冨 ロ 〇 一 〇 器 り 讐 漣 一 .. 臼ω9qい戸魯ooいOミ︵一〇〇 〇一︶︒国霧一段ぼo鼻節田ωoげ①一︸雲℃冨. 念を用いるように見えるものとに二分する︒象宝1①9. ︵88︶. 冒αqωo碧斜聾&島oU胃oo件霞.のU耳矯o︷O胃o昌. Qo●. 戸塚登・前 掲 ︵ 注 4 と 二 七 巻 三 頁 ︒. 並木和夫・前掲︵注4︶六九頁︒並木俊守・前掲︵注4︶﹁経営上の判断の原則﹂一〇九頁︒. o漣● O一一のo戸旨℃3昌o富o ooo ︸薗けo. こ●帥け①. U①馨︸ま崔●舞R刈●. O鵠霞の..︸o. oo oω鼠旨い勾●oo一Poo旨︵一〇〇〇一︶●. 口03一9彗一一S︒O一一のoP︑.>ω霞琴ε匙>署3鎚3一〇〇〇着o冨詠o霧甲↓ゲoO霧①餌αq巴霧一Uo︷o霧貯の↓帥︒二8ぎ↓窪山震. ︵89︶. ︵90︶. ︵91︶. ︵92︶. ︵93︶. ︵曳︶. 四 検. アメリカ法における経営判断の原則の一考察. 三六九. 既に9ぎ口の指摘に見た如く︑注意義務の問題は裁判上損害の発生を前提として回顧的にのみ検討される︒因果. 例外ではない︒. 法規範は︑一般に︑行為規範としての側面と裁判規範としての側面を併せ持つが︑このことは注意義務においても. 討.

(28) 早稲田法学会誌第三五巻︵一九八五︶. 三七〇. 関係の検討もまた回顧的なものである以上︑損害の発生から出発して注意義務の違反に逢着するのはむしろ常態とな. る︒他方で︑行為規範としての注意義務は展望的な行為を規整する準則でなければならず︑個別具体的な行為の妥当. 性は普遍的基準から基礎づけられねばならない︒しかし︑自己利益等︑認定の比較的容易な要素を前提とする忠実義. 務の場合に比べ︑利益獲得のための注意を回顧的検討にも耐え得る基準として規範にとり込むことが︑多くの困難を. はらむであろうことは想像に難くない︒そこでは︑会社が営利組織であることを前提として︑そのことからするリス. かくて︑抽象的基準と具体的帰結との間のこの隆路において︑司法が謙抑主義を自覚的に宣言すべき余地が生ず. クを織込むことが要請される︒一定の範囲の損害は︑会社という法制度自体があらかじめ予定しているのである︒. る︒今日︑経営判断の原則が︑忠実義務ではなく︑注意義務との関連で多くを議論されているのは︑この経緯を物語. るものであろう︒先に沿革で見た判例もまた︑多くは注意義務の近くに位置づけることが可能なものであった︒. ところで︑この原則が注意義務の遵守を前提とするのであれば︑それを確認したうえで原則を適用することにいか. なる意味があるのであろうか︒適用の有無にかかわりなく既存の法規に照らして取締役の免責が帰結されるなら︑個. 々の事案の解決にとりあえてこの原則を持出す意味はないように思われる︒他方︑この原則が実質的には注意義務と. 重なるものであるならば︑そこでの問題は単なる原則適用の可否ではあり得ないであろう︒むしろ︑原則の適用によ. り結果する実質的基準としての注意義務の総体こそが問われて然るぺきであり︑かかる問題意識なくして抽象的に適. 用自体を云々してもあまり意味はない︒そして︑その場合︑問題は経営判断の原則よりも注意義務それ自体に集約さ. れることになろう︒また一方︑いかなる理由があるにせよ︑何らかの義務が存在し︑その違反を前提として訴がなさ. れている場合に︑裁判所が特定の原則を持出して判断を回避することは許されるべきではなく︑少くとも形式論理の うえではかかる原則が存在する余地はない︒.

(29) したがって︑経営判断の原則に関する問題は︑抽象的論理と具体的帰結のいずれに視点を定めるかによって答の異. ︵95︶. なったものとなる︒原則の適用にあたって判例が注意義務の遵守と肯定するものは︑一方で局外取締役による訴訟委. 員会の設置であり︑他方では富巳R象Rに対抗すべきか等に関する外部専門家からの意見の聴取である︒そこで問. 題となっているのは︑あくまでも注意義務行使の外形的な徴表であって︑その内容の具体的妥当性ではない︒取締役. にその帰結としての免責が当初から含意されている以上︑司法審査範囲の確定か取締役の免責基準かは事の裏表でし. が注意義務を尽すために履践した手続に問題がないと考える場合︑判例は取締役の判断を尊重する︒経営判断の原則. かない︒これに反し︑判例の立場を疑問視してそこに注意義務との融合を見る見解は︑その是非ではなく︑帰結とし ︵96︶ ての注意義務の緩和を問題とする︒. 忠実義務に目を転ずると︑同様の経緯がより明らかになってくる︒判例が︑酔︒巳R良Rに対抗することを経営判. は支配の維持である︒. 断の適切な行使であるとするとき︑繰り返し問題にされるのは対抗するに至った動機そのものであり︑そこでの問題. ﹁敵対的︵ゲ8臣①︶帯巳R&Rは不可避的に利益相反をもたらす︒この二律背反︵亀oヨ目9D︶がo中R需により標的 ︵97︶. この点に関する答を前もって用意せね. 会社の取締役に﹃強制された﹄ものであるとの事実によっても︑事態が利益相反であることに変わりはない︒取締役 と経営者の大部分は︑報酬と特権を得ることで利害関係を有している︒﹂. ︵98︶. したがって︑富巳R良Rへの対抗に経営判断の原則を適用するためには︑ ばならない︒. 判例は︑Z9匪妻Φ︒・けぽ身の鼠霧対08象一魯事件において︑会社と株主に損害となると考えた良Rについて取締役. 三七一. に対抗すぺき義務を認めており︑それでもなおかつ払拭しきれない支配の維持という動機に関し︑Oげ践対竃象ぽω アメリカ法における経営判断の原則の一考察.

(30) 9︶. ︵9. 早稲田法学会誌第三五巻︵一九八五︶ ︵㎜︶. 三七二. 事件以後︑﹁主要目的基準︵..冨目餌q讐§8︑︑§梓︶﹂と呼ばれる考え方を示している︒それによれば︑唯一あるい. は主たる動機が支配の維持にない限り経営判断の原則が適用されることになり︑既に見た毫岳蕾犀R事件はこの基準. に依拠していた︒しかし︑同様にこの基準を援用した評艮R事件において︑O仁鼠ξ判事は︑原告がひとたび取締 ︵m︶ 役の行為中に自己利益が含まれていたことの立証をなすことにより立証責任が被告に転換するとの反対意見を述べ︑ ︵醜︶. ︵鵬︶. ↓8巴零昌事件はかかる基準を前提として原告の立証を問題にしたものであった︒﹁支配は︑取締役が採用した全ての. 行為において︑常に動機の一つであると論証可能である﹂以上︑立証責任の転換は言葉の綾にすぎないとの指摘があ. るにしても︑こうした問題が経営判断の原則のもとで議論されるとき︑適用の要件として自明視されている忠実義務. との間にも︑﹁混乱﹂を見ることが可能である︒そして︑この原則が既に存在することを前提とすれば︑判例への批. ︵脳︶ 判は原則適用による﹁放任策︵.♂き房&︑.2一一2︶﹂に向けられることになるが︑問題はここでも総体的な基準とし. て捉えた忠実義務の具体的妥当性に他ならない︒判例を批判する見解が8巳R&Rそれ自体の社会的有用性を出発 ︵鵬︶ 点として経営者の﹁受身︵窓路≦蔓︶﹂を要求するのに対し︑良Rへの対抗を支持する見解は良R終了後の株価の一 ︵鵬︶ 般的騰勢を論拠としてそこに株主の利益を見出している︒要するに︑経営判断の原則は副次的な問題にすぎず︑真の. 問題は取締役が株主に負っている義務の確定である︒この間の事情は裁判所にとっても同様であり︑具体的に妥当と 思われる回答を出しかねるからこそ自己抑制をきめこむべき理由が生ずることになる︒. かくして︑経営判断の原則が適用される場合︑司法の自己抑制は多かれ少なかれ隣接する法理の側の混乱を反映し. ており︑この原則に関して論ずべきは︑注意義務との関連でも既存の法域との整合性でもなく︑むしろ︑この点を自. 覚したうえでのその是非︑すなわち︑原則の存在自体の評価に他ならないのではなかろうか︒そして︑このことの判. 断は︑経営判断の原則が真に独立した機能を果しているのかという点の確認にかかってくる︒今日議論されている適.

(31) 用範囲の拡大も︑この原則に納得のゆく内容を認めることなくしては容易に承認することのできないものである︒議. 論のある問題について裁判所がいたずらに沈黙を続ける限り︑混乱はいや増すばかりであろう︒他方︑先にあげた判. 例の中のいくつかは︑経営判断の原則の内容として自覚的に展開された論理であるとは言えず︑したがって︑その説 ︵斯︶. 示が不用意なものであるのか︑あるいは当然のこととしてのものであるかは明らかでないにせよ︑原則の適用に際し ︵鵬︶. て取締役に違法行為のないことが推定されると述べ︑または︑取締役の行為の誠実を推定するところから論を進めて. いた︒学説が裁判所のこうした態度に疑問をさしはさまないにもかかわらず︑当初の判例に見られた司法の謙抑主義. は︑ここに至って︑ついにU図8昌の言う﹁それ以上のこと﹂にまで逢着したとも言い得よう︒そして︑不干渉か適. 法性の推定かは︑理論構成の上では大きな違いを含むように思えるとしても︑原則適用の帰結に目を向けるとき︑そ. の距離は一潟千里であったことが理解される︒とすれば︑経営判断の原則は︑一体裁判所のこうした態度を基礎づけ. るだけの実質を有しているのだろうか︒これを検討するためには︑個々の領域における原則の機能をその適用の帰結 から考察することが必要となるが︑それは今後の課題としたい︒. 翻って考えるなら︑経営判断の原則の出発点は私的自治への信頼にあった︒そして︑私的自治に信頼するのであれ. ば︑取締役の行為によって会社や自己が損害を被ったと主張する株主が︑損害の発生という事実にもかかわらず依然. としてその地位にある取締役と︑総会の場ではなく法廷で対峙していること︑かかる株主に法が提訴権を与えている ことの意味が︑この原則の適用に際しいま一度問い直されて然るべきではあるまいか︒. 前者は取締役による代表訴訟の終結を認める判例に共通するところであり︑後者につき︑例えば︑前出↓8&名塁事件. 三七三. 参照︒Oωo oコ母ω曽︒なお︑ω冨=言騎宅o芦鶏℃冨pgo鵠は前者を︑ω宕αqoヨo巴一Rい肋εβpgo①は後者を︑それぞれ. ︵95︶. アメリカ法における経営判断の原則の一考察.

(32) 早稲田法学会誌 第 三 五 巻 ︵ 一 九 八 五 ︶. o︒. oo 例えば︑ U o 艮 も ε 旨 口 o 富 o. 簡潔に考察している︒ ︵96︶. い勾●戯Oρ藁ω①︵一〇〇〇〇︶●. 三七四. ︵卯︶Oo鼠oロ傷印ωoげ霧二麟P︑︑殉8奉冒象冒のチ①O葺凶①のo︷↓帥お9︼≦角昌角鵯ヨo暮一昌餌=oω邑o↓o昌自RO題忠詳①O炉¢︒. ︵98︶ωO一男ω縄℃や刈8︵零U︒一=●一80︶︒. ︵99︶一〇〇>︒鑓900︵ωβマO 一8戯︶.. ︵蜘︶ この語は︑匹o畠俸竃崔Rも后旨ぎ酔o合一讐8によった︒. ︵m︶80男母80︵句o﹃霧o昌<.↓旨oげ一〇〇伽︶●. ︵m︶O戯①悶●母QoO一■. ︾器話題ぎ昌吃.︸一〇ω①︒賃三霧寄oq三辞一8ピ﹂98一る漣︵一〇〇︒︒︒︶︒. ︵鵬︶肉o器冒名o茜︸︑︑↓ぽピo鴨罫qo︷︑︑いoo下¢場篭勉昌ユo爵R国①ω℃o霧80︷Uぼ090屋3=oの邑o↓葵8︿R望餌のo﹃ω一〇爵. ︵脳︶一獣畠・彗鵠09. ︵鵬︶国霧一Rぼoo犀印コ零げoどω信冥 ロo富一①●. 0円鑓38ωooどωo oP ↓3&名費 矯 く ● O 貰 ρ 8 0. 8ド. 忠実義務が問題となった事案ではあるが︑推定を正面に持ち出. ℃睾酔R〜寓臼号巴一霊o一斜O&国母曽ど8ω●同旨と考えられるも. ︵蜘︶=宮oP︑︑↓鼻8︿R望留冒チo↓臼磯9.oぎ畦爵ooB評ω㎝切島︒い即毛︒一〇一︵一SO︶︒ ︵瑠︶. すものとして︑︸oげ霧o昌く●↓歪o匡oo身①ロOコ舘舅. のとして︑ミ田茸舞霞く︒国ユ鳴♪紹㎝悶●ωβ℃や8潮39 ︵鵬︶℃偶三R︿︒蜜胃魯巴一閏一〇一貸窪①労舘苗8︒.

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26 日 コゼンツアから13 :30 発の列車に乗ることになっていた。そこで12 時半にタクシーに 来て貰うようフロントに頼んだ。そこで12

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