経営判断原則の再考
著者名(日)
堀口 勝
雑誌名
東洋法学
巻
39
号
2
ページ
171-187
発行年
1996-03-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00000509/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja経営判断原則の再考
堀
口勝
目 次 一 はじめに 二 ALープロジェクトの評価 ① ALープロジェクトの評価東洋芸学
三 (2)edcba
ab
経営判断原則の在り方 総 論 ALI試案 経営判断原則を積極的に認める理由 注意義務と経営判断原則の関わり 違法行為との関係 ALープロジェクトヘの批判 総 論 @項の注意義務と⑥項の経営判断原則との関係 171経営判断原翅の再考 ω 総 論 ⑭ 経営判断原則の必然性・必要性 ③ 違法行為と経営判断の関係 四 おわりに
はじめに
172 平成五年商法改正と前後して、いわゆる﹃経営判断原則﹄と呼ばれるものが注目を集めたが、これは一体どの 様な原則であるのか。株主代表訴訟制度の利用が現実的なものになったのに伴い、取締役の責任が問われる訴訟 が増加するのではないか、という懸念に呼応してにわかに注目を集めはじめた。一般的な表現によれば次の様に 記述される。業務執行に際して、取締役が会社の権限および彼の権限の範囲内において、合理的な根拠があって、 ある決定に到達し、かつ彼が会社の最良の利益であると誠実に信じた事柄以外には影響を受けずに、彼独自の裁 量と判断の結果として、誠実に行動したのであれば、裁判所は、当該取引を差止めもしくは無効にしまたは取締 役に結果的な損害について賠償責任を課すために、内部的な経営事項について干渉したり、裁判官の判断をもっ ︵−︶ て、取締役の判断に置き換えたりはしないだろう。また固有の公正基準に照らして、悪意、過失、または裁量の 過度の濫用が立証されない場合に、経営判断の基準が満たされ、自己取引の場合には、被告が客観的な公正さを ︵2︶ もって行動したことを証明することが要求される とされる。 ところでわが国における経営判断原則の発生は、昭和二五年商法改正以降のことと考えられる。昭和二五年改東洋法学
︵3︶ 正法は、アメリカ法に倣っていくつかの新しい制度を創設したとされる。そのうちの主要なものとして、取締役 制度に関する改正があり、新たに二五四条ノ三が加えられたが、これと従来より存在する二五四条三項との関係 については見解が二分している。さらにはこのいわゆる忠実義務の規定の導入に伴い、アメリカ判例法上発展し てきた経営判断原則も共に移入されたとする主張もなされる様になった1当初経営判断原則の導入を提唱して ︵4︶ いた立場は異質説を前提とするものであったのではないか。 ざっと挙げてみただけでも、次の様な疑問点が残されたまま、この原則は独り歩きしているかの様である。そ もそも注意義務と忠実義務は同質なものなのか、異質なものなのか。この点に関する理解の仕方いかんによって は、経営判断原則をどの様に位置付けるのか見解の別れてくるところである。また見方を変えると、取締役がそ の職務を遂行する上で従うべき基準の在り方も、段階的︵二槽式︶に把握する必要があるのか。すなわち注意義 務と経営判断原則は、表裏の関係に立つのか1事前・事後で、取締役の行為︵経営判断︶に当てはめられる基 準が違うのかーー−行為基準と吟味基準の使い分けといった方法を採っているのか。 アメリカでは永らく判例法上進展してきた経営判断原則について一本化する作業が行われ、アメリカ法律協会 ︵>目段8きU蝉≦ヲω蜂暮Φ 以下ALIと略記する︶の会社の管理に関するプロジェクトという形で一応の見 ︵5︶ 解の統一は図られた。一方わが国では、判例によりこの様な原則が展開されてきたと一応は観ることができるが、 その指針となる様な統一的な見解︵基準︶が確立されたとは言いがたく、また立法による手当ての必要性を指摘 する声もさほど高まってはいない様である。そこでわが国における経営判断原則の在り方を模索する足掛かりと 173経営判断原財の再考 して、ALープロジェクトを参考にしながら、いくつかの問題点に検討を加えていきたい。 ︵1︶ 国Φ昌昌帥>一Φ図鋤昌αΦび一鋤項o噛OO∈○声餓○霧G 。巳。Φ阜①①一。 ︵2︶脳鉢魯①①。 。● ︵3︶ 上柳克郎ほか編・新版注釈会社法㈲ 二七五ー二七七頁︹近藤光男︺。 ︵4︶ 吉永栄助・忠実義務の再考・現代社会と民事法二三四頁。 ︵5︶︾口零冒。旦Φωo胤Oo壱・声けΦOo<Φ旨き8一︾昌巴琶ω餌且園①8日BΦ且魯obωく・一。どくo一.P 174 二 ALープロジェクトの評価 ω ALープロジェクトの評価 a 総 論 アメリカ法律協会︵>目R8きU鋤≦ヨω蜂暮のー以下ALIと略記する︶は、法律実務家、裁判官および研 究者から成る組織であり、その目的は、法の解明および簡易化ならびに社会的二ーズヘの法のより妥当な適用を 促進することにある。ALIでは一九七八年に会社の管理に関するプロジェクトを公式に開始したが、このプロ ジェクトは、管理を定める会社法の以下の諸問題に関するものであり、会社の目的および活動、取締役会および その委員会の構造、注意義務および経営判断の法理、公正取引義務、支配権取引およびテンダーオファーにおけ ︵−︶ る取締役および株主の役割、ならびに救済を取扱うものである。
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このプロジェクトは、アメリカにおける長年にわたる経営判断原則の展開を集約したものと把握することがで きるが、参考までにプロジェクトを手掛けたALIの側の言い分と、これに対する外部からの意見の双方を観て いきたい。 b ALI試案 従来、大きな混乱の見られた経営判断原則の歴史に、一定の区切りをつける試みー判例によってまちまち、 論者によって評価に隔たりのあった、実態のはっきりしなかった経営判断原則に一定の枠組みを与えるかの如く、 ︵2︶ 統一化一本化の動きーも出てくるようになった。その代表としてALIの会社の管理プロジェクトがある。 c 経営判断原則を積極的に認める理由 ALIの勧告は、経営判断原則を積極的に認める理由として、次の様に述べている。﹃経営判断原則の基本的 な政策基盤は、会社法は、危険負担、技術革新およびその他の創造的企業家活動を刺激するために、情報に基づ く経営判断︵事後の結果が判断の正誤を証明する如何にかかわらず︶を奨励しかつ広範な保護を与えるべきであ ︵3︶ るという点にある﹄として、情報に基づく経営判断に特別の保護を提供している。ところで、従前は経営判断原 ︵4︶ 則を立法上、公式化するという試みがなされたことはなく、裁判所にょり判例法の領域で確立されたものである。 数多くの判例で述べられてきた経営判断原則は、極めて多種多様であったが、このALIの公式は最大公約数と でも表現できよう。 d 注意義務と経営判断原則の関わり 175経営判断原財の再考 注意義務と経営判断原則という二つの基準は、取締役の経営判断を審査する上でどの様な作用をするのか。取 締役が四・〇一条@項の経営判断原則基準を遵守している場合は、彼は責任を問われることはないが、適法な経 営判断がなされたという推定を相手方が反証を挙げて覆せばー取締役または役員が誠実に行動していなかった こと、または利害関係を有していたこと︵四・〇一条 @項 ω号︶、もしくは経営判断に関して情報を得てい なかったこと︵四・〇一条◎項ω号︶の立証 四・〇一条@項所定の避難港︵鐙8訂号9︶が利用でき ︵5︶ なくなり、すると初めて注意義務基準に基づき審査がされることになる。また相手方が、ある経営判断が会社の 最善の利益であると現実に確信しなかったことまたは正当に確信しなかったこと︵四・〇一条◎項⑥号︶を 立証した場合には、四・〇一条@項所定の避難港が利用できないばかりか、四・〇一条@項の﹃会社の最善の利 ︵6︶ 益であると自己が合理的に確信する態様で﹄意思決定をなす義務︵注意義務︶に違反することになる。 従ってこれら二つの基準は、取締役の経営判断を審査する上での二重の基準として機能する特徴を持つことに なる。ます経営判断原則で審査し、もしこれで問題があれば注意義務の登場となる︵利益相反がある場合は、忠 実義務の問題になる︶。 e 違法行為との関係 四・〇一条@項は、取締役に対して会社の最善の利益を考慮して行動することを要求しているが、その一方で 二・〇一条は﹃会社の目的および活動の基準﹄に関して規定しており、会社の利益が制限される場合もあること ︵7︶ を示唆している。会社が違法行為をなした場合、または会社の行為が違法性を有する疑いのある場合に関連して 176
くる規定として、二・〇一条@項︵自然人と同じ程度に、法定の範囲内で行為する義務を負う場合︶、㈲項︵責 ︵8︶ 任ある営業活動に適切であると合理的に考えられる倫理的考慮する場合︶がある。 @項は法令の遵守と会社の見込利益との関係については、コスト・ベネフィット分析によるべきではないとし ︵9︶ ているが、四・〇一条@項と二・〇一条の遵守との関係は、調和するものとしている。従って、会社が任意に、 経済的利益を放棄しまたは経済的損失を受入れることを認める場合も、当然あり得るということになる。そうな ると違法行為との関係でいうと、経営判断原則の出る幕ではない、という結果の出る可能性が認められる。
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ω ALープロジェクトヘの批判 a 総 論 ALープロジェクトヘの各種の批判のうちでも、特に本質的な問題について概観してみると、注意義務との関 係がある。経営判断原則と注意義務の関係については、混乱をきたすものとされる。注意義務については、人並 みに慎重な人物という画一的な基準II客観的な行為基準に依るのに対して、他方経営判断原則については、情 報に精通すべき努力に関する相当の注意という要件は、経営判断をなす者の合理的な確信を反映する基準ーi主 ︵−o︶ 観的な行為基準に依るとみることができる。 四・〇一条は⑥項の経営判断原則と⑥項の注意義務との関係を正確に把握しているが、ALープロジェクトは ︵n︶ 二つの項の正しい適用順序を反対にしていると思われる。この点につきオフィシャルコメントは二つの項の相互 177ノ経営判断原翅の再考 ︵12︶ 作用については、⑥項によって与えられる保護が適用されるかどうかをまず確認すべしと述べている。より賢明 なアプローチとしては、まず@項の義務に従うべきかどうかを評価し、もし違反があれば⑥項の安全ネットが使 ︵13︶ えるかどうかを決すべきであったのではないか。 b @項の注意義務と⑥項の経営判断原則との関係 この様に⑥項の経営判断原則と@項の注意義務との関係については、見解の別れるところであるが、オフィシ ャルコメントでは両者の適用順序に関して明確に述べているだけで、その理由Ii根拠についてははっきりして いない。 ところでこの点につき次の様な指摘がなされている。真相としては、ルールは経営上の決定を後知恵で判断す ︵1 4︶ ることのあいまいさに表現された。しかし強く感じられる裁判官の側の不本意から生ずるものであるとされる。 決定をなすべき取締役が当該取引について利害関係を有していないという条件だけは付されるが、取締役会は会 ︵15︶ 社の直面する問題については優れた決定者であると推定される。 すると裁判所がこの様な差別的な感覚を原理的な用語で表現しはじめて以来、取締役会が本当に客観的な判断 ︵16︶ を下し得たかどうかが問題となっている場合でさえ、取締役会の判断に従い始めたという傾向が観察できる。 忠実義務によって決せられる自己取引の事例を除く場合すなわち利益相反を伴わないものに関しては、いった ︵17︶ いどの様な司法審査がなされるのか。自己取引の疑いのない限りにおいて、裁判所が会社経営者の経営判断に払 った区別は、違法な会社の行為またはあやまった経営判断の危険に向けられた相当の注意原理の欠如を明らかに 178
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︵18︶ した。さらには、経営者は利害関係を有していなかったというこのような区別の生ずる主要な前提条件の表現は、 注意義務の裁判上の表現の真の用法ーすなわち私腹を肥やすことの危険に当てられた忠実義務の結果として ︵19︶ ーを示唆していた。 次に注意義務と経営判断原則の関係について観てみると、⑥項のお器9呂ぞと⑥項の轟江o轟一が同義だとす ると、⑥項の経営判断の例外は、取締役による@項の注意義務違反に関する行為に対して何の防御手段も提供し ︵20︶ ︵21︶ ないことになるだろう。実際、⑥項を再表現している以外の何物でもないとしたら、⑥項は無駄なものであろう。 しかしレポーターは明らかに仁員8ωo轟亘Φな行為と一畦讐δ昌巴な行為の間の差異を認めて⑥項に基づく責任の ︵22︶ 例外を提供することを意図している。コメントに依れば轟江自巴訂巴ωという語句は、同8ωo鍔巨①よりも相当 ︵23︶ ︵24︶ 広い範囲の裁量を許す意向である。さらにはコメントは両者の間には、鋭い区別が存在するとしている。換言す ︵25︶ れば、人はまったく仁葭$ω9ぎむに行動ししかも注意義務に基づく責任に従うことはあり得ない。コメントは どうにかして問題をそらそうとしているけれども、合理的な解釈は同8ω9が客観的な基準を示すのに対して、 ︵26︶ 声氏o轟一一昌は主観的な基準を含むことになる。しかしながら萄氏8巴9ωδが客観的な基準よりも主観的な基準 を反映していると解釈されるべきかどうかにかかわらず、会社経営者はほとんど常に非常に広範囲に解釈される ︵27︶ お霧目の範囲内の決定への根拠を表現することにより経営判断の例外の中に来ることが可能になるだろう。自 ︵2 8︶ 己取引以外の危険に向けられた客観的な基準としての注意義務の重要性は最小になってしまう。この最小にされ た重要性は現在および過去の法の状況を反映しているが、四・〇一条とコメントにある現行法の状況の表現とは 179経営判断原刷の再考 ︵29︶ ほとんど一致しない。結論としては、⑥項の例外は、@項で表現されるルールを大部分骨抜きにしてしまってい ︵30︶ る。 以上に観てきた様に、⑥項を擁護、推進する立場からは、会社経営者に過酷な責任を負わしめることを回避す るための鐙8富吾9としての役割を担うものと捉え、他方、この様な傾向に疑問を投げかける立場からは、@ 項の注意義務のあるべき姿を有名無実なものにしてしまうのではないかという異論が生じている。 180 ﹁米国法律協会︵A﹂1︶の会社の管理プロジェクト㈲﹂国際商事法務第一八巻二号一二二九頁。 四・〇一条 取締役および役員の注意義務”経営判断の法理 ある者が同様の地位においておよび類似の状況のもとで用いると合理的に期待される注意をもって、自己の職務を 履行する責務を会社に負う。 ① この義務は、取締役または役員がその状況のもとで適切であると合理的に確信する調査をなしまたはなさしめ る責務を含む。 ω 自己のいかなる職務︵監督職務を含む︶の履行においても、取締役または役員は、四・〇二条および四・〇三 条に従って資料および者を信頼する権利を有する。 ① その者が、自己の経営判断の対象に利害関係︹一・一五条︺を有していない場合” ︶ 取締役または役員は、誠実に、会社の最善の利益であると自己が合理的に確信する態様でならびに通常の注意力 ︵2︶ ︾=零ぎ9巳8900H8蚕冨Oo話ヨき8“︾轟ξ器曽且肉80日B①且簿6拐<o=屋。 ︵1︶ 土橋正・吉田直﹁米国法律協会︵A﹂1︶の会社の管理プロジェクトω﹂国際商事法務第一八巻七号七一八頁。 。∼るP土橋正.吉田直 ︶ 誠実に経営判断を行う取締役または役員は、以下の場合には、本条に基づき自己の義務を履行するものである“ C ︵
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② その者が、その状況のもとで適切であると合理的に︵同8ω9ぎ5確信するほどに自己の経営判断の対象に関 して情報を得ている場合”および ⑬ その者が、自己の経営判断は会社の最善の利益であると正当に︵轟餓2巴毫確信する場合。 条文の訳は、土橋正・吉田直﹁米国法律協会︵A﹂1︶の会社の管理プロジェクト㈲﹂ 国際商事法務第一八巻一一号一二二九頁による。 その他、混迷の続く経営判断原則の歴史に、新たな可能性︵というか問題︶を持ち込んだのが、一九八O年代に続発 した敵対的企業買収に対して取締役の採った防衛策の是非を巡っての経営判断原則の運用である。これを一般に攻撃 的用法と呼んで、防御的用法ii従来の形態IIと区別している。戸塚 登﹁経営判断の法則①﹂阪大法学一二六号 三頁。 ︵3︶脳鉢簿罷伊土橋・吉田前掲国際商事法務第一八巻二号一二二七頁。 ︵4︶﹄鉢讐嵩。 。.ALIでは、経営判断原則に関する不完全さや多様性に基づく混乱は、四・〇一条⑥項の比較的正確 な公式により解消されると自負しているようである。 ︵5︶﹄鉢讐にN●土橋・吉田前掲国際商事法務第一八巻二号二一三〇頁。 ︵6︶﹄§讐にN●土橋・吉田前掲国際商事法務第一八巻一一号一二三〇頁。 ︵7︶﹄鉢讐一お9土橋・吉田前掲国際商事法務第一八巻一一号一二三三頁。犀魯脇。土橋正・吉田直﹁米国法律協会 ︵A﹂1︶の会社の管理プロジェクト③﹂国際商事法務第一八巻八号八四九頁。 ︵8︶﹄鉢象錺土橋・吉田前掲国際商事法務第一八巻八号八四九頁。 ︵9︶㌧繕簿①9土橋・吉田前掲国際商事法務第一八巻八号八五一頁。犀簿一お。土橋・吉田前掲国際商事法務第一入 巻二号一二三三頁。 ︵10︶冒ω①9田謬亀皿U二蔓o眺9お﹂Wgω冒Φωω冒凝ΦBΦ昇餌民9。>BΦ二8昌冨名ゴω識ε什①.ωOo壱o轟80。<− Φ醤壁8℃且8汀夢o園⊆一ρ匪ΦUOo8﹃ぎρ㊤且些Φ勾Φ巴陣9器○国O勾O国≦>ω田20↓02U﹂。①。。ふ一ω−。置 181経営判断原則の再考 ︵一。。 。“︶・ ︵n︶ ∼駄9曽け①一①. ︵12︶ オフィシャルコメント ︵13︶田拐①ざω后轟8けΦ一。簿①H9 ︵M︶U孚置琴寄自℃ρ℃旨暑一Φω・眺O。壱・轟叶①O。<の毎き859試。ε①。眺評旨W器○国○園O国薫︾ω田ZO− ↓OZ]﹁。一D①㎝ω”①①斜︵一〇〇 〇“︶● 29 28 27 26 25 24 23 22 21 20 19 18 17 16 15 ﹄導 、鈷 』鉢 ㌧導 』鉢 ㌧ 輿 ㌧鉢 ㌧ 輿 』 鉢 』 猟 ㌧導 182
︵30︶ 脳繕讐①①①よ①S 三 経営判断原則の在り方
菓洋法学
qD総 論 経営判断の原則が注目を集めた最近の事例としては、野村謹券損失補填事件の第一審判決、第二審判決が挙げ られるが、この判決を評価する向きがないこともないが、おおかたの意見はこれに批判的ないしは懐疑的なもの ︵−︶︵2V であった様である。わが国でこのような経営判断原則と呼ばれるものが、いつ頃から見受けられるようになった のかについては、学説上は昭和二五年商法改正後からアメリカのω話冒8ω冒凝①日Φ筥勾巳Φをわが国に紹介し、 ︵3︶ その導入を促すといった動きがあったとされる。また判例上は、昭和五〇年頃から目立って下級審判例に登場す ︵4︶ るようになったと受け取ることができる。従って、経営判断原則は少なくともわが国オリジナル︵固有︶のもの とはいえず、アメリカ法上団5ぎ8ω冒詠①導①日菊三Φと称されるものをそっくりそのまま継受したといえるか どうかは別として、これを大いに参考にしたものであることは明らかであろう。ただ実際上は、経営判断に関し て取締役の責任を左右するような明文規定が立法されたわけではないし、経営判断原則はあくまでも商法二五四 条三項ないしは二五四条ノ三︵あるいはこれらの条文から派生するその他の規定︶に基づき展開されているもの であることから、注意義務なり忠実義務との兼ね合いで検討されるべき問題であることは明白であろう。しかし 従来、経営判断原則と注意義務がすれ違いになっているかの様な見解が、少なからず見受けられていたように思 183経営判断原財の厚考 える。 経営判断原則の本家本元であるアメリカですら、相当の混乱があった様であるが、わが国でこの経営判断原則 が取り立たされるようになった頃には、同様の混乱、誤解といったものが少なからず存在していた様である。し かしながらわが国においてはたして、判断の誤り︵失敗︶によって会社に損害を与えた責任を問われるのが、取 締役にとって過酷であるという状況から取締役を保護する必要性︵保護すべき要請︶が、アメリカほどにあった のかどうかという点に疑問を抱かざるを得ない。一般的に言われているような、会社経営の専門家である取締役 に会社の利益や経営の成功を期待する以上は、彼の経営手腕にすべてを委ねたのであるから、リスクを伴う会社 事業に失敗したからといって、ただちに一律にその責任を問うのではなく、誠実に職務を遂行した結果、まった くの判断の誤りにより失敗したというだけなら、会社経営の特殊性を配慮して、取締役に救いの手を差し伸べる べきではないかという主張に真っ向から異論を唱えるつもりは毛頭ないが、その行き過ぎがあってはならないの は当然であり、経営判断原則の名の基に取締役の責任がうやむやにされるような事態があってはならない。 そこで以下では、②経営判断原則の必然性・必要性、㈹違法行為と経営判断の関係を念頭に置いて検討してみ たい。 184 ② 経営判断原則の必然性・必要性 わが国で経営判断原則と呼ばれるものが、 目につきはじめたのは、アメリカ法の影響を色濃く受けた昭和二五
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年商法改正以降のことであるが、果たして取締役の責任が重大であり過酷である点に配慮する必要性が、現実に 存在していたのか否か︵あるいは現在に至るまでに存在したことがあったのか︶。一般論として、取締役の任務 のあり方を尊重し過酷な責任を負わしめないようにしようという見方はできるが、現実的な必然性を認めること ができたのか。 昭和二五年改正を機に、学説上は、アメリカのω器ぼ霧ω甘凝Φヨ①耳園乱Φをわが国でも導入すべきであると いった動きがあったが、これは忠実義務の導入に関連して、主張されたものと観ることができる。一方、判例上 はすぐにこれに呼応した動きがあったわけではないが、昭和五〇年代より徐々に目につきはじめたいくつかの判 例に、どの程度経営判断原則という基準により取締役を保護すべき必要性を認めるだけの事情があったのか。注 意義務違反の有無を審査した上で違反はなかったとして取締役の責任を否定するものがあるが、注意義務違反を 審査した結果、シロとなったことを指して経営判断原則の適用と評価されているだけとしか思わないものもある。 注意義務違反の不存在を別の言葉で表現︵”経営判断原則︶しているだけに、過ぎないのではないかと思われる 節がある。中には、注意義務違反を経営判断原則で、中和するかの如きものまである。 従来は、株主代表訴訟制度が利用されることはあまりなかったので、さほど取締役の保護を強調する要請もな かったが、平成五年の代表訴訟制度の改正との関連で、取締役の責任が問われる場合が増大するのではないかと いう懸念が、見られる様になった。そこで、これを機に今一度経営判断原則の在り方を検討すべき時期になった のではないかと考えられる。 185ノ経営判断原財の再考 ㈹ 違法行為の経営判断の関係 取締役が会社に違法行為をさせた場合、経営判断原則による保護を受けることができるかどうか。経営判断原 則の主な要件すなわち、当該行為が会社の最善の利益になるという認識︵主観的な基準︶行為の違法性との比較 衡量が、そもそも許されるのかどうか。 186
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上村達男﹁野村証券損失補墳代表訴訟判決の法的検討﹂商事法務一三三五号二頁。河内隆史﹁判例批評﹂金判九三 長谷川俊明﹁﹃経営判断の原則﹄を適用した画期的な野村証券事件判決﹂金法一九九三年一〇月四日号三八頁。 東京地判平成五・九・一六商事法務一三三三号三六頁、同金判九二八号一六頁。 一口万一二一二百ハ。 戸塚 登﹁取締役の経営判断﹂本間・山口還暦記念九四頁。 神戸地判昭五一・六・一八、判時八四三号一〇七頁。東京地判昭五三・三・一、金判五六二号三六頁その他。 四 おわりに 最後に、経営判断原則をどの様に位置付けたらよいかについて触れて結びにしたい。アメリカでは経営判断の 原則は、一応立法化されてはいるが、注意義務との表裏関係が認められ、疑問が提示されている。一方わが国で は経営判断原則をどの様に位置付けていけば良いのか。注意義務違反を軽減ないし、免除するものと観ることのできないのは言うまでもないが、注意義務違反の不存在を別の言葉で表現しているだけというのでは、何の意味 もなさない。もし経営判断原則に何らかの機能を持たせることを期待するのであれば、注意義務基準を補完する 機能を考察する必要があると考えられる。従って、経営判断原則の機能を考察するに当たっては、注意義務、忠 実義務、経営判断原則の三者の関係を整理し、これらの基準が総合的に作用するように、取締役の行為規範を確 立する必要がある。 取締役の行為を審査するに当たって、配慮すべき基準として注意義務、忠実義務の二本の大きな柱があるが、 当該行為についての取締役の認識に依るべきか︵主観的な基準︶、それとも当該行為の外形的な状況に依るべき か︵客観的な基準︶というアプローチの差異から生ずるのが、経営判断原則の姿なのか。注意義務、忠実義務を 同質のものと観るか、それとも異質のものと観るか、取締役の義務に関する見解の相違から必然的に経営判断原 則の守備範囲が異なってくる。救済されるべき取締役が救われ、そうでない取締役は厳密に審査されるような基 準の在り方が望まれる。