‑198ー
富大経済論集
八
研 究 ノ
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﹁アメリカ経営史研究とその分析視角﹂
下
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浩
経営学が﹁危機の子﹂として資本主義がその最高の発展段階たる独占段階に達した時代の産物であったのと同様︑
学問としての経営史の成立ーーその学問体系と研究領域の確立ーーーも独占段階での問題である︒しかしながら︑経営
学が独占段階における個別資本の運動と経営技術の発展の相関的な分析を基礎に成り立ち︑独占の成立と歩調を合せ
ているに比し︑経営史学は経営学の一定の成果が企業に定着化し︑株式会社制度の高度化に伴う所有と経営の機能的
分離が進行した段階︑すなわち独占資本主義が一定の成熟を示す段階において始めて出現したものである︒例えば︑
経営史研究の端緒をきりひらいたアメリカにおいて︑経営史協会の設立が一九二五年であり︑ハーバード大学が経営
史講座を開設するのが一九二七年といずれも相対的安定期の真只中でのできごとである︒
このことは︑経営史とくにアメリカにおけるそれが︑独占の立場とその直接的間接的要請を鋭く反映したものであ
るとともに︑研究対象そのものも本来的に独占的大企業の企業行動を中心とした経営管理史と企業者史の分析におか
れていることと深い関連がある︒勿論このことは︑産業資本主義段階や独占形成期における経営史や中小企業をも含
めたところの規模別経営史の存在を排除するものではないが︑これらの領域を問題にする場合の基本的な視点は︑あ
ぐまで独占の経営史を分析する上でそれらがいかなる今日的意義を有するかというところにおかれていることに注意
しなければならない︒したがってわれわれがアメリカ経営史の検討を行う場合には︑アメリカ独占資本主義の発展段
階別︑時期区分別による経営史の検討を行うことが何よりも必要であるが︑同時にそのための前提としてアメリカに
おける経営史研究の問題状況を整理要約し︑それとの関連でアメリカ経営史の分析視角を明らかにしておくことが必
要となるであろう︒
アメリカ経営史の問題状況をつかむには︑アメリカにおける経営史の研究の系譜とその意味するところを追求して
みることが必要である︒しかしここでは︑アメリカ経営史の学説史的検討が主題ではないので︑あくまで多くの先学
によって紹介され明らかにされたアメリカにおける経営史研究の主要な潮流を中心にその特徴点を明らかにしそれに
ついての批判的考察を加えるであろう︒
アメリカ経営史研究には︑二つの大きな潮流があるとされている︒一つはいうまでもなく︑グラl
ス︑
ラ
l
ソン
に
代表されるハーバード大学を中心とした︑ケースメソッドに依拠しつつ個別企業の経営管理史の究明に重点をおきそ
れとの関連において部門別︑産業別の経営史︑さらには一般経営史の検討を考える学派(管理史的経営史)であり︑
もう一つは︑シュンベータlの企業者論に源を発し︑その内部的批判と管理史的経営史の客観主義的抽象的分析に対
する批判によって企業主体の主体的要因の分析に立脚しつつ︑意志決定論や経営理念論という現代的要請に直結する
‑199‑
企業者史的経営史の学派である︒
ここでまず最初に︑管理史的経営史研究の系譜をたどってみよう︒この場合まず︑ハーバード経営学大学院初代院
﹁アメリカ経営史研究とその分析視角﹂
九
‑200ー
富大経済論集二O
長E・F・ゲイの指導下での経営政策の開講を手初めに︑二代院長ドlナムによる経営史講座の新設とN・
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グラ
lスの主任教授就任︑そして一九三O年のボストン経営史会議に至る時期の端緒的経営史研究の全般的傾向が注
目されねばならない︒
この時期の経営史研究の特徴点を要約してみれば次の如くになるd
ト)
実業界から迎えられてビジネススクールの院長となったドIナムを別とすれば︑ゲイにしてもグラIスにして
も︑経済史に関する造詣が深く︑ドイツ歴史学派の経済理論の影響をうけがらなビジネスマンやビジネスファl
ムの歴史の実証主義的研究に入って来ていること︒
tコ
経営史講座の設立に至る経過の中にあらわれてい石主要動機が︑専門経営者の育成教育というきわめて実践的
な課題に根ざすものであり︑すぐれた経営感覚と倫理感をもった経営者育成の一助として経営史の学習を活用せ
同 んとする意図が歴然と認められること︒
そのため︑経営史研究の方法としてケlスメソッドの重要性が強調され︑
の個別経営の内部経営資料の収集と分析が重視されていること︒ ケーススタディlの前提として各種
( 同
この場合に︑収集され研究された内部資料は︑当時の独占企業に関するものは殆んどなく︑十八︑九世紀の産
業資本主義又は独占形成期の時代(例外的には中世のそれも含む)の商社︑金融業︑産業企業に関するもので占
められていること︒その結果として︑その後に経営史協会の機関誌所収の論文や︑経営史叢書の発刊された内容
にもこれが反映している︒
伊)
経営者の主体性l階級や階層に埋︑役しないものとしての個々の経営者の自由な選択と行動ーをそれなりに大き
く評価しつつ︑個別企業の経営組織や経営管理の歴史を追求する中で管理史的視点を中心に据えてこれらの綜合
の上にたつ全般的な経営政策や経営管理の歴史の一般化をはかるというアプローチが試みられんとしているこ
ル ﹂
0
以上の如き特徴の歴史的背景にあるものは何かといえば︑第一次︑第二次の企業合同によるアメリカ独占資本主義
の成熟︑そして世界的な恐慌を目前に控えた相対的安定期の中で巨大株式会社における資本集中i資本支配の強化と
並行的に進行する株式分散の進行!と関連した所有と経営の機能的分離による専門経営者層の出現である︒独占の成
熟による私的所有下の生産の社会化は︑その有力な担い手としての専門経営者の政策決定と綜合的管理機能の充実︑
そのための管理技法の修得と管理能力の確立︑そのバックボーンとしてのビジネスイデオロギーの注入を要請したの
一九
二0年代というのは︑アメリカにおける伝統的な管理思想の上でも一つの転換期が訪れつつあった時
一九世紀末以来の作業現場を中心とする科学的管理の発展は︑作業の標準化専門化の撤底というその延長
線としてフォードシステムに結実するが︑このことは専門経営者の拾頭を指適しながらそれを完成された生産技術者
としかみなさなかった制度派経済学者ヴェブレン・コモンズ等の管理思想やそれを継承したとみられるウィiスラl
の無言の組織にみる如き管理思想の形成と照応するものであった︒ところで二0年代というのは︑このような作業の
標準化と撤底した機械的化を基礎とする管理思想からの脱皮の傾向があらわれる時期である︒このような傾向は︑と で
あっ
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期で
ある
︒
‑201‑
くに大量生産産業における労働問題に目を向け︑作業条件の改善︑職務の確定と能力主義的管理の方向をきりひらき︑
さらに後のヒューマンリレlショγ的接近にもつらなる人事管理派の主張などにもあらわれているが︑専門経営者を
基軸に市場問題を含めた政策決定とそれにもとずく綜合的な管理機能の拡充をめざす統合と調整の管理技術を重視す
る傾向(この傾向が明確な管理学説の形をとるのは三0年代を待たねばならない)があらわれていることの中にもつ
とも特徴的であるといえる︒かかる傾向の一つの明白なあらわれとして︑われわれは︑経営史研究の開始を理解でき
﹁アメリカ経営史研究とその分析視角﹂
‑202‑
富大経済論集
るのであり︑また同時にそれは︑相対的安定期のアメリカ独占資本主義の要請の反映でもあるといえるのである︒独
占の形成は︑経済ならびに技術の停滞現象と結びつくといわれるが︑大量生産の発展に支えられたアメリカ経済の活
況は︑産業構造における発展の不均等や所得分配率格差の拡大を助長しつつも︑専門経営者をして︑独占における停
滞現象に埋没することを許さず︑産業資本主義段階の企業家精神の復活と︑大企業の組織的運営に不可欠な綜合的政
策決定と統合と調整の管理技法の習得を迫ったのである︒産業資本段階の経済発展期におけるビジネスマγやビジネ
スファームに関するケiスメソッド的研究の重視は︑まさにこのような背景と動機があったことを念頭におく必要が
ある
とはいえこの時期の研究は︑いまだ端初的段階として資料収集とその整理の段階を十分に脱却しているとはいヤ難 ︒
い︒そういった中から三0年代に移行する過程においてグラlスやその門弟たち︑とくに後継者ラiソγによる経営
史研究の方向︑ずけと領域の確定がなされることになるのである︒
ア ド ミ ニ ス ト レ ー シ ョ ン マ ネ ー ジ メ ン ト
井上忠勝教授によると︑グラlスにあって経営史は︑管理という活動(政策の設定︑統制︑日常活動の指図よりな
る﹀に研究の焦点を定め︑そしてこの中心点にすべての関係ある現象を結びつけて考察するものであり︑その研究対
象は管理活動を中心とする経営概念であるとい弘σしかもその経営概念は歴史的概念であって︑交換が全面的に発達
し︑管理活動が財または用役を販売に導く過程で遂行されるに至った時︑経営は成立する︒したがって経営史の主題
は︑経営組織や販売︑会計︑財務︑企業側からみた景気変動︑などの歴史となり︑これらを綜合した経営政策(管理
の各分野での意志決定に関連﹀と経営管理の方向を発見するのが経営史家の任務でなければならないとされている︒
このような基本認識の上にたってグラlヌならびにラiソンは経営史の研究領域を確定していったのである︒経営
史学の創立期以来経営史はまず個別経営の歴史を整理収集し分析することに主眼が置かれて来ていた︒グラlスは個
別経営史の研究の集積の上にその一般化への方向を導き出さんとしたのである︒その結果一九四四年の論文において
グラ
lスは︑︑経営史の構成を築き上げる三つの論理的段階として︑付個々の会社の歴史(この場合単なる社史でなく
管理
的視
点か
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歴史
﹀︑
同ビジネスマン︑経営体︑産業の物語りを含
継が
れ︑
︒一産業に属する経営体のグループの歴史︑
の三段階を措定したのである︒このような研究領域確定への努力は︑さらにラiソンによって受け
より精搬な内容の規定がなされたのである d
いま
ラ
lソンの主張した産業の経営史と一般的経営史の特色を む一般的経営史︑
簡単に示そう︒
まずラlソンにあっては個別経営体の経営史は︑産業及び一般の経営史の基礎として一般化をなす場合の出発点た
る重要な意義をもつものとされ︑また他方でそれ自体としての独自の意義をも有するものとされている︒この個別経
営史を基礎とする経営史の一般化にあたって︑ラlソγがとくに重視し精織な規定を試みたのは︑産業の経営史であ
る︒産業の経営史は︑ラlソンによると︑その産業を構成してきた経営体の管理と活動の一般化された様相を呈示心︑
短期および長期の結果や他産業との関係を示さねばならぬものとされている︒彼女によれば︑経済史家のとりあげて
きた通常の産業史では︑例えばある期間にわたる生産や価格の量的測定︑工場や設備の成長︑所有の組織︑労働の組
織︑独占と競争︑政府の援助と規制︑などに関心を寄せて来たが︑次の点には余り関心を示さなかった︒すなわち︑
管理的政策︑内部組織及び統制業務のマネジメント︑財務︑あるいは一産業とその産業がその下で活動して来た環境
との相互関係︑社会に対するまた産業や経営一般に対する影響これである︒ラlツンでは︑このような産業史で留意
されなかった側面を明らかにするのが産業の経営史であって︑その産業を構成する一群の経営体がどのようなポリシ
‑203‑
︑ーを設定し︑それにもとずいてどのようにコントロールしマネジメントしたかを明らかにするというのである︒
このように産業の経営史の内容を精綴化した上にたってラlソンは︑一般的経営史についてもその概念の明確化を
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カ経
営史
研究
とそ
の分
析視
角﹂
‑204‑
富大経済論集
二四
はかっているが︑産業の経営史ほどには内容と対象は具体的ではなく︑各国の社会経済的及び文化的歴史的特色に根
ざす﹁各国別経営史﹂と︑経営体が歴史に登場して以来の歴史的諸段階ごとの経営とその活動の特色を一般化して描
き出す﹁時代別経営史﹂が構想されたに止まり︑将来のあるべき一般的経営史の方向として︑何が経営活動における
長期的傾向であり︑何がそこにおいて生じた変化をもたらした基本的要因であり︑何が経営活動の発展における秩序
であるか︑といった抽象的一般的展開が試みられているにすぎない︒
このようにみてくるとグラlスそしてラlソンによって展開せられた管理史的経営史は︑あくまで個別経営史とこ
れに基礎ずけられた産業経営史を中核とするものであり︑一般的経営史の分野については単なる構想の域を大きく出
でず︑むしろこの領域は︑各国別︑時代別いずれをとってみても後で述べる企業者史的経営史が積極的にこれをとり
あげることになるのである︒
さらにもう一つ注目すべきことは︑ラlソンによって産業経営史の性格と内容が精級化され︑これがとくに重視さ
れる傾向があらわれてきたことが︑明らかにアメリカの経営史研究における独占的大企業そのものの経営史研究を重
要視する傾向と密接な関連があるとみなされるということである︒われわれは︑すでに経営史研究の創始期の特色の
一つとして収集され研究された経営資料の大半が産業資本ないし独占形成期の企業に関するもので︑経営史研究の決
定的動機がアメリカ独占の強力な要請にもとずくものであるに拘らず︑独占企業そのものの経営史はとりあげられる
に至っていないことを指摘した︒ラlソンにおける産業経営史の重視は︑圧倒的な生産の集積と資本の集中を実現し
た独占企業の強大化によって個別独占企業ないし独占体の歴史︑とくにその管理の歴史がその産業の発展に大きな影
響をもち︑その産業の歴史そのものを同時に代表するに至っているという事実と切離して理解することはできない︒
その結果︑このように産業経営史を重視するラIソンが︑本格的な独占企業プロパ!の経営史的研究として多くの共
同研究者とともに取上げたのが有名なニュlジャージー‑スタγダiドオイル社の経営史であった︒
ラiソンの産業経営史の内容でとくに問題となるのは︑いわゆる通常の産業史的内容の問題と新しい産業経営史の
内容とがどのように関連をもつかである︒これがともすれば管理的観点に偏するとき産業史的内容は没却されがちで
あることは否めない︒したがって三島教授も指摘される如く︑
グラ
I
ス︑
ラ
lソン流の経営史は全体として独占資本
体制の複雑な企業系列︑企業支配︑金融資本との相互関係などの構造的把握の上で弱点を有することにもなるのであ
以上の如きグラlス︑ラ!ソン等の管理史的経営史の発展の延長線上に位し︑かつ独占的大企業そのものを構造的 る ︒
かつ類型的にとらえ︑比較経営史的研究としてとりあげたのが︑A・D
・チ
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γドラーであった︒彼は一九五六年の
一Oの産業部門に属する五Oの代表的大企業をとりあげ︑それらの企業を産業部門別に製品多角化の程度に
論文
で︑
よって分類し︑各部門別にそれに属する各企業の分権的経営管理をどの程度にまたどのような経過のうちに受け入れ
て来たかを検討することによって︑第二次大戦後アメリカ産業界において大トラストや産業コンツェルンの綜合管理
方式としてクロズアップされた分権制H事業部制の普及確立過程を一つの管理運動史として主要産業全般を対象に実
証的に描き出したのである︒さらに一九六二年に書かれた著作﹁経営戦略と組織﹂では︑事業部制確立の先駆者とな
った大企業四社(デュポン︑G・M
︑ニ
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lジャージー・スタンダード石油︑シiアiズロlバック)の経営管理史
をとりあげ︑その詳細にわたる比較検討の上にたって事業部制を受け入れた産業と一部受け入れた産業そして全面的
‑205‑
に受け入れが進んでいない産業に分類し︑各産業に属する大産業企業七O社についてその産業動向と経営管理史の特
徴を分析している︒チャンドラーがこの研究で志したのは︑アメリカの全般的な経済発展と経営管理技術の発達が企
業の成長と組織に如何なる影響を及ぼしたかを代表的大企業と主要産業部門について実証的に比較検討することであ
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二五
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アメリカの経済発展(経済成長に伴う国民所得の増加と都市への人口移
動)←産業構造の変化←市場構造の変貌←経営戦略の確立と変化←管理機構の成立と変貌︑という関連のシェーマが
とくに市場構造と経営戦略︑そしでそれらの変化に伴う管理機構の形成と発展の過程が追求されるのであ った︒そのためにチャンドラ!においては︑
︑追
求さ
れ︑
る︒すなわち︑市場の変化に伴つであるいは逆にそれを促進する形で︑経営戦略の内容たる企業の長期的目的とその
遂行に必要な行動方式の決定と必要な諸資源の割当てとがどのようになされたかということと︑それとの関連におい
て企業体を管理する組織の仕組み(各種管理部局と管理者間の権限とコミュニケーションの系統とそれに沿って流れ
る情報と資料の流れ)たる管理機構の変遷が如何なる経過をたどったかが詳細に検討されることになるのである︒
このようなチャンドラlの接近法は︑大企業fの経営管理の問題を工場レベルとは違ったトップレベルでの調整と統
合のための綜合的管理の領域から取上げることにより︑比較分析の方法で個別経営史と産業部門経営史の体系的関連
ずけに成功しているといるといえよう︒彼はこのような方法を駆使して︑一九六四年の﹁巨人企業﹂ではアメリカの
自動車産業経営史をとくにフォード対G・Mの競争関係の展開過程を中心にとりあげ︑さらに最近では管理機構形成
の先駆をなした鉄道業の経営管理の・研究を行っている︒
以上の如くチャンドラlは︑管理史的経営史の学派の中にあってそれまでのケlススタディ!の単なる集成から︑
経営戦略と管理機構のパタ
lγ
設定にもとずく比較分析の方法を確立することによって︑経営史研究の一つの方向を
示唆したわけであるが︑しかしなおかつ批判さるべき問題点がないわけではない︒彼の業績は確かに今迄秘密のヴェ
ールに包まれて詳かにされていなかった独占企業の最高管理の実態を明らかにしたという点で大きく評価されねばな
いくつかの理論上の弱点を有している︒その第一は︑産業部門の経営史研究の基礎となるアメリカ経済発
展の基本的分析の方法の不十分性であって︑アメリカ独占資本主義の極めて矛盾にみちた発展過程を極めて単統化し︑ ら
ない
が︑
公式的な経済成長論を適用して︑分配率ぬきの国民所得増大論と労働人口の変動と国民の消費パターンの変化といっ
た現象的把握から市場の外廷的拡大と大量生産の発展を導き出すが︑アメリカ独占資本主義の構造的諸矛盾の展開
(とくに新旧産業の交代にみられる産業構造の変化や独占対非独占︑独占対大衆消費者の矛盾︑独占対労働の矛盾等)
を適確に捉レえず︑資本主義分析の基本としての再生産構造の厳密な分析の上に︑産業部門経営史を位置ずけてい︑ない
ことである︒第二点としては︑独占企業の発展における経営戦略と管理機構の役割は確かに重要であるが︑同時に独
占的企業形態のもつ意義が極めて重要であるのに︑これがほとんど没却されていることがあげられる︒企業形態の問
題は︑独占形成期におけるプiルやトラストという形で問題にされているだけであるが︑実は独占企業の最高管理を
究極的に決定ずける企業支配の問題として今日も決定的な意義をもっている︒その点で各企業の金融グループ的関係
や株式所有の内容︑さらには企業金融の分析が不可欠であるのにこの点には殆んど触れられていない︒したがってわ
れわれは︑チャンドラlのこのような実証分析を効果的に活用するために以上の二つの欠陥・に十分留意していく必要
があるわけである︒
ω
井上忠勝﹁アメリカ経営史﹂一一l一七頁︒三島︑丸山︑藤井︑池田共著﹁経営史﹂(三島康雄稿第一章アメリカにおける経営史学の発展)一五l
一一 一頁
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古川栄一﹁アメリカ経営学﹂八九1九二頁︑一一二頁ω
井上氏﹁前掲書﹂二四頁ω
三島氏寸前掲書﹂二六頁同w
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開 井 上 氏
﹁ 前 掲 書
﹂ 三 八 頁 三 島 氏
﹁ 前 掲 書
﹂ 三 七 頁
﹁アメリカ経営史研究とその分析視角﹂二七
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富大経済論集
二八
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以上述べた如くに︑アメリカ経営史研究の主要な潮流たる管理史的経営史は︑ケースメソッドを基礎としながらそ
の研究領域と内容を次第に確立して来たわけであるが︑広義のアメリカ経営史学には︑企業主体の立場を極めて強く
前面に押出し︑企業家の社会的類型と︑その主体的人間活動を支える社会的文化的基盤の分析を内容とする﹁企業者
い手として展開した企業者論である︒ 史﹂というもう一つの潮流が存在する︒この企業者史の源流は︑すでに述べた如くシュン︒へlターが創造的革新の担
しかし企業者史の論者においては︑シュン︒へlタlにあって余りにも単純化され公式化されて一つの理念像とすら
なった感のある企業者概念を現実に引き戻し︑企業の成長・生存を達成せんとして事業体のために仕事をする個人叉
アントレプレヌlルジヨプはその組織団体により行われる行動の集積としての企業者活動を措定することによって︑この活動の特質とその背景
をいろいろな角度から追求せんとするのである︒このアントνプレヌiルシップ論を展開した中心人物は︑ハーバー
ド大学のA・H‑コlルである抗︑このコiルによって一九四八年に企業者史研究所が開設されて︑これを機会に企
業者史学の立場からの研究が盛行をみるに至った︒企業者史学の論者の中にも個別的にはいろいろな見解があるが︑
その全体的な特徴点を列挙すると次の如くである︒
←)
経営主体それ自体を具体的に追求する立場を極めて明確に打出していること︒この点に関していえば︑すでに
管理史的経営史においても産業構造や企業環境などの社会的︑構造的︑制度的なものよりも︑管理活動という経
営者の主体的機能に焦点が合わされて来た︒しかしそれは︑組織︑計画︑統制︑といった抽象的な管理諸機能の
分析を中心とするその限りでの主体的機能で︑主体を構成する具体的人間としての企業者は排除される傾向が強
かった︒このように具体的人聞を捨象して管理機能の分析に終始する場合には︑重要な経営意志決定の情況を左
右する経営者の主体的資質は没却されざるをえない︒企業者史はこの管理史的経営史の不十分な点を補わんとす
る意図を有するものである︒
︒企業者の主体的資質を問題にする場合︑企業者が一定の歴史的・社会的環境の所産であり︑その性格も環境に
従って変るのであるから︑生産関係や階級関係のみならずその社会で制度化された﹁文化構造﹂と企業者行動の
関連の把握が極めて重視されていること︒すなわち企業者史においては︑企業者活動を主体的人間活動と社会的
構造的なものとの接点で研究せんとするのであるが︑この社会的構造的な要素の中心をなすのが︑その社会固有
の﹁生活目的﹂﹁価値体系﹂﹁行動様式﹂をもって主たる内容とする文化構造の問題である︒このような問題領域
を解明するために︑企業者史学では︑経済学や経営学のみならずその他の歴史諸科学や心理学︑社会学︑文化人
類学等々の関連諸科学を動員した研究がなされ︑企業者の類型化│企業者を活動に駆りたてる動機と企業者をそ
‑209‑
のようなものとして受け入れ承認する社会的背景の追求によるーがなされることになる︒
同企業者活動とその時代の社会的・経済的︑構造的要因との関連を追求する中で︑経営理念史や意志決定のケl
﹁アメリカ経営史研究とその分析視角﹂
二九
‑210ー
富大経済論集
。
スについての類型化がなされる傾向がある︒その点でいわゆる時代別経営史の一つのモデルを提供しているとも
みら
れる
︒
経済成長論と結びつくことによって︑工業化産業化の発展段階と企業者活動を関連ずけ︑企業者活動の各国別
の特質を明らかにし︑各国別の比較企業者史が意図されている︒とくに南北問題に関連して先進国と後進国の経
済発展と企業者活動のパターンの相違を明確にすることによって︑いわゆるアメリカの後進国開発政策の一つの (同
与) 指針とすることが重要な問題意識となっている︒
以上の点からも明らかな如く︑企業者史は思想的にはいわゆる近代化論の立場をとっており︑
分析を一元論的決定論として尿けることによって多元的歴史観の上に立ちつつマルクス主義に意識的に敵対する
極めてイデオロギッシュな性格の濃厚なものとなっている︒ マルクス主義的
以上の如き特徴をもって展開される企業者史をわれわれはどのように評価しかっ批判すべきであろうか︒
企業者史に限らず管理史的経営史においてもマルクス主義的唯物史観を一元論的決定論なりとして排斥する傾向が
われわれはこのような見解がもしかりにマルクス主義的分析手法においてしばしば陥りやすい機械論的
みら
れる
が︑
公式主義的傾向に対する批判としてなら一考に値するとしても1これがもしそうではなくてマルクス主義歴史観の根
底そのものたる生産力と生産関係︑価値法則といった客観的な因果︑法則そのものの全面否定であるとするなら︑これ
を受け入れるわけにはいかない︒管理史的経営史の論者にあっては︑例えばグラlスは︑マルクス主義歴史観がある
限度内では支持すべき多くのものがあることを認め︑マルクス主義とプラグマテイズム的自由意志決定論の両立を説
いたといわれるが︑企業者史においては︑明らかに企業主体の論理を強調することによって︑マルクス主義歴史観の
全面否定が試みられていることは明らかである︒企業者史学の立場は結局客観的な経済法則や社会法則の存在そのも
のを否定することによって︑企業者の資質や意志決定の有効性を過度に強調する企業者万能論に陥っている︒企業者
の資質やその背景としての文化構造といったものは︑それ自体を即自的にとりあげることに意味があるのではなく︑
社会における富の生産と分配の関係や諸階級の構成といったものの分析とそういった経済社会の中での企業(社会総
資本の運動の中での個別資本の運動)のおかれ之いる客観的状況の把握i企業者活動の影響力︑その制約性と被制約
性の認識lの上にたってとりあげて始めて意味をもつであろう︒われわれは決して安易に決定論を振りかざす立場に
組するものではないが︑企業者史における企業主体の過度にわたる強調は︑それが資本主義企業の本質をぼかす意図
された弁護論そのものであることを明らかにしないわけにはいかない︒企業者史学が体制的危機に直面したアメリカ
の新植民地主義的世界政策に裏付けられた後進国開発理論の有力な一翼を担って登場しているのは︑このことと切離
して理解することはできないのである︒
しかしこのように立場を明確にすることは︑経営史研究における企業者やその背景としての文化構造の研究の意味
を全面的に否定することを意味しない︒各国資本主義の形成と発展の過程においてその社会構造の相違は︑明らかに
異なる行動パターンをもった企業家を生み出すであろうし︑労働者や消費者の一般的傾向や行動様式の相違をも生む
であろう︒このような相違は︑各国の資本主義発達史を理解する上でも産業史や労働運動史等を理解する上でも重要
であるし︑経営史の展開の中でも一定の意義をもつことは明らかである︒例えばアメリカにおいていち早く大量生産
方式が確立したのは︑作業や生産の客観化標準化といった条件もさることながら︑大量生産社会を受け入れるアメリ
カ的な文化構造とくに独特な生活信条︑生活条件の存在をぬき広しては考えられないし︑イギリス資本主義において
‑211ー
産業資本主義段階から独占資本主義段階への移行がなぜおくれたかの理由を説明するのに︑産業資本主義段階での産
業企業の資本蓄積形態や海外投資のみにこれを帰することはできず︑資本集中と産業発展にブレーキとなったイギリ
﹁アメリカ経営史研究とその分析視角﹂
富大経済論集
~212-
ス社会の伝統的社会構造︑とくに階級制度やイギリス的文化構造の諸要因やそこから出てくる企業者の性格も当然考
慮されねばならないであろう︒同じようなことは︑労働運動におけるクラフトユニオニズムの形成やアベグレンの指
摘した封建遺制の残津のもとでの日本的経営の成立等を解明するに当ってもいえることである︒しかしそういったと
ころから企業者という主体の論理を客体の論理を超克するものとして安易に対置することは明らかに問題であるとし
なければならない︒問題は主体の論理が如何にして客体の論理に規定されるか︑それに結びつき包摂され資本主義的
パラドックスを深化するか︑その複雑さに充ちた過程を明らかにし︑資本主義的矛盾の具体的存在条件を企業者の行
動をも含めた経営の実態の中に探り出すことである︒企業者史の出現は︑資本の集中と生産力の高度化が極度に進展
の主体的資質やその理念や意志決定の意義ないし影響力が重大化したという歴史
的事実の一定の反映である︒しかし企業者はあくまで資本家的管理主体という被制約性をもった歴史的存在であるこ した段階での専門経営者H
企業
者︑
とを銘記せねばならないであろう︒
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中川敬一郎訳﹁経営と社会l企業者史学序説﹂なおこの書を批判的に
取扱ったものに︑丸山恵也﹁企業者史研究の方法とその検討﹂(東洋大学経済経営論集四三・四号八O周年特集号)がある︒
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三島
氏﹁
前掲
書﹂
四六
︑!
七二
頁︒
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同右二五頁︒四
以上の如くわれわれは︑アメリカ経営史研究における二つの主要な潮流たる管理史的経営史と企業者史の特徴とそ
れに対する批判的評価を通じて全体としての問題状況を明らかにせんと試みたoこのような検討の上にたってアメリ
カ経営史を展開する上でのわれわれの分析視角を明らかにしよう︒
われわれは︑既存のアメリカ経営史の成果の中では何よりも独占段階の大企業を中心とする管理史的経営史ののこ
した成果にとくに注目したい︒といってもこのことは︑管理史的経営史の実証主義的方法を無批判に踏襲することを
意味しない︒
われわれは︑アメリカ経営史の分析視角としてまず再生産構造の展開と産業循環を含めた資本主義発達史を基礎と
し︑これに労働運動史や技術史を含めた産業史をからめつつ︑この関係を基軸として念頭におきつつ具体的な経営管
理の歴史を踏まえた個別の企業経営史を検討するという方向をとらんとするものである︒この場合これと交錯する分
析視角として批判経営史の論者における企業形態1企業管理l経営管理という我国の系列支配の展開過程の究明から
一般化されたと思われるとくに個別経営史に関連したシェーマを適用することが︑アメリカ経営史の場合直ちに可能
であるか否かという問題がある︒とくにこのことは︑企業管理と経営管理という範臨時の分離に関連して起ってくる︒
すなわち︑経営管理機能は企業形態の問題と不可分であるとされているが︑しかもなお後者は前者を直接的に規制し
えぬところから批判的経営史ではコンツェルンやトラストの統一的な運動としての企業管理が両者を媒介するものと
考えられ︑そこから企業管理を独占の流通︑生産面にわたる支配技術として独自な範曙とみなす見解が生れて来たの
であった︒歴史的にみて日本の場合には︑この企業管理は戦前の家族的持株支配や戦後の金融系列支配にみられる如
く明確な範臨時を形成しうるであろう︒しかしながら︑アメリカの場合︑極めて高度に発展した経営管理は︑企業管理
‑213‑
と融合して現象しているとみられる傾向が強いのであって︑このことはアメリカ独占資本主義の極度の複雑さに充ち
た金融寡頭支配の構造l金融支配の社会化の進展ーに基因する︒元来両者は一体化されたもので︑むしろ企業管理H
企業支配︑の中に未発達な経営管理が部分的に包摂されていたのである︒独占の進展l持株分散と所有と経営の機能
的分離の発展lは︑経営管理の高度化綜合化の中で︑従来の経営管理が個別経営の職能的ないし過程的分業における
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一一
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‑214
ー
富大経済論集
四
部門管理の領域に限られていたのに︑これを全体的に統合し支配技術をも自らの中に包摂する傾向をもたらす︒アメ
リカの場合︑この傾向は極めて顕著にあらわれているoしたがって企業管理を機械的に経営管理と区別するのでなく︑
むしろこれを綜合するものとして経営管理の発展をとらえ︑これと企業形態の発展史をからませて理解し︑かっその
背景として産業史︑資本主義発達史の展望をもつことが必要である︒
このように経営管理の発展を重視する場合︑経営管理における組織の発展と組織による意志決定のプロセスのもつ
重要性の増大についてもある程度注目する必要がある︒すなかち独占資本におけるより少数者への支配の集中は︑他
方においてより社会的性格をもった生産の集積の増大に対応した支配者の代理人としての新しい機能資本家(専門経
営者﹀の再編拡充によって支えられるのであるから︑経営管理における組織による決定とその技法が現代独占のピへ
イピヤにおいて果す役割は重要である︒したがってわれわれは︑資本主義発達史の中での総資本的に集約された管理
運動︑合理化運動として一般経営史を(この場合当然時代別︑国別の経営史もこれに含められる﹀︑産業史の中での
個別独占の経営管理(企業管理的要素を含む﹀の展開の総括として部門経営史を理解するが︑同時に組織の問題の重
要性にかんがみ︑アメリカ経営史分析の最初の手がかりを個別独占の管理史に求め︑そこからの展開として︑また他
面でそれと相即的なもとして一般経営史と部門経営史を理解するものである︒この場合独占の発展に伴う個別独占企
業の産業部門に及ぼす影響の重大化によって︑個別経営史と部門経営史が不即不離の関係に立つことは当然である︒
われわれの分析は簡単に要約すれば次の如くになるであろう︒すなわち︑個別独占企業の経営管理技術
の発展がその企業の独占強化にいかなる役割を果したか︑その企業の属する産業部門の歴史にそれがいかなる意義を
もつか︑またそれは一産業部門の枠を離れた総資本的視野からの管理運動の中でどういう意義をもつに至るか︑そし
てそのような経営管理に裏付けられた個別独占の動向とピへイピヤが個別産業部門ひいてはその国の資本主義的再生 で
ある
から
︑
産構造の展開にいかなる影響を及ぼすか︑といった分析が試みられねばならない︒これらの分析視角を体系的にアメ
リカ独占資本主義の発展段階に則Lて適用し追求すること︑このことの中にアメリカ経営史研究の方法上の端緒が与
えられるであろう︒
(1)
三島︑藤井︑丸山︑池田﹁前掲書﹂一八三1
一八
四頁
︒
‑215‑
﹁アメリカ経営史研究とその分析視角﹂
五