数学科教育法における先行実践の記録を活用した授業研究
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(2) 数学科教育法における 先行実践の記録を活用した授業研究. 三橋功一(北海道教育大学函館校). キーワード先行実践授業記録授業研究. 1.課題の背景と目的 現在の社会の特徴を表すキーワードとして、「激動、変革、情報化、国際化 ……」などが用いられており、教育でも、その目標・内容・方法に大きな変革. が求められている。このような状況で、教育では、「生きる力(社会の中で生 きていくための基礎・基本を身につけるとともに、個性を見出し、自らにふさ. わしい生き方を選択していける力:平成9年6月二中央教育審議会)」を育む ことに焦点があてられ、そのために教育を「『自分さがしの旅』を扶ける営み」 となぞらえるように新たな方法の開発と実践が求められている。. ウルリッヒH.Ulrichらは、「今日の未解決の諸問題は、その思考と行為を生 み出した思考法と行為法をもっては克服できない。それらは、いわゆる昨日の. 問題解決の残倖であり、昨日の思考によって片づけようとすればするほど、そ の残津は増大することになる。」と「思考の転換」の必要性を指摘している。 また、小林豊は、世の中の問題は「復元型問題(原因指向型の問題解決)」と 「未来型問題(目標指向型の問題解決)」の2種類に分けられるとし、この2つ. は解決のためのアプローチがまったく異なり、現在、後者の方に焦点があてら れていると指摘している。 3.
(3) このような状況では、従来の知識伝達型の教育から、子どもが自分自身の切 実な問題として教材と格闘し、試行錯誤を繰り返しながら、新しい発見をした り、概念を獲得したりするドラマのある授業が求められるであろう。ドラマの ある授業は、教師の働きかけにはじまり、その課題を解決する学習者の教材と. の格闘・活動から出てくる多様な考えを比較・対立させながら吟味・検討し練 り上げ、その結果を基盤にして本時の学習のまとめ、あるいは次の課題へ向か うという学習展開の過程がとられると思われる。. このような授業を計画・立案し、実施していくためには、まず自らの教育実 践をふり返り内省し、改善・充実させていく方法と、これまでの多くのすぐれ た先達の実践や先輩・同僚等の実践に学ぶ方法がある。いずれの方法も、その 記録を分析・解釈し、そこから手がかりを見つけることに共通点がある。とく. に、新しい教育実践を生み出すために、先行実践をモデリングの素材として活 用することは有効であると考えられる。 歌舞伎、能さらに茶道、華道という芸道では、師弟関係により、その高い質. を生み出す技術は継承される。医学分野では、医師が患者と接するところの医. 療技術と、その背後にあって支えている医学の2つの領域がある。癌治療や移 植等の最先端の医療技術は経験や個人指導によって伝達されるものも多いよう であるが、かなりの部分は、論文などを通じて交流されている。 従来、教育の分野では、名人といわれる質の高いすぐれた授業を行う教師が. いてもその授業や技術は継承されることは極めて少なく、その人の中だけ閉じ. ていることが多いQこれは、授業は個々の教師の経験とそれに基づく研鐙を積 み重ねることにより蓄積された知識・方法等に基づき設計・実施されており、. そこにおける内省的な思考過程は個々の教師固有のものとして蓄積されるが、. それを他者へ伝達し、さらに協議を重ね、共有する方法については、十分機能 するまでに確立していないからであろう。教育技術は、同僚や先輩教師との交 流など、対人的な関係で伝達されるもの(属人的技術)と、学術雑誌や学会発 表、図書、雑誌等を通じて知識として伝達されるもの(科学技術)の2つに分 4.
(4) 数学科教育法における先行実践の記録を活用した授業研究. けられ、この2つは相補完されるものとして位置づけられる(西之園晴夫)。. 教育は、社会の新しい成員として生まれてきた子どもたちに、その社会が歴. 史的、社会的発展の中で、達成した文化の最良のものをわかち、伝え、そのこ とを通して、彼らに人間的諸能力を獲得させ、社会を支え、発展させていくこ. とのできる人格へと形成していく社会的な機能である。つまり、そのときの最 良の文化を学習者へ伝達し、拡充する教育の機能は、その時代に生きる者が、. 新しい教育実践を創造するという繰り返しの中で歩んでいると考えられる。 縄文や弥生の時代に生きた人々の遺跡から、土器やその破片などの生活に使 用したものが出土する。わずかな破片であっても、それらをもとに土器等の復. 元等を行い、縄文や弥生の時代に生きた人々の文化や生活の営みを解き明かす 活動が進められる。タイムカプセルは、現代を代表するものを未来へのメッセ ージとして伝達するメディアである。遺跡は、その時代に生きた人々から現代. 人へ託されたタイムカプセル(メディア)であり、そのメッセージを読む活動 が大きな意味を持つと考えられる。ハワイ・マウナケア山の「すばる望遠鏡」 は、140億光年のかなたの観測、すなわち140億年前の宇宙誕生時のメッセージ. を探るために設けられた。ICTInfomationandCommunicationTechnologyが話題 となっているが、コミュニケーションや通信を、同時間にある離れた距離の異. なる人間どうしのものだけでなく、過去から現代への異なる時間にあるものへ も適用範囲を広げることも可能であろう。これを、バーロD.K.Berloの「送り. 手(コミュニケーション発信体、記号化体)」→「メッセージ」一「チャンネ ル(メディア)」→「受け手(記号解読体、コミュニケーション受信体)」の4 つの要素からなるコミュニケーション・モデルにあてはめると、送られてきた. 「情報」を「メッセージ」として、受け手である我々現代人のコミュニケーシ ョン技能としての「記号解読」の能力が重要な課題となろう。つまり、新しい 教育実践の創造という課題に対して、先行実践・授業記録を授業者からのメッ セージをもったメディアと考え、その記録を分析・解釈し、そこに託されたメ ッセージ・手がかりを見つける方法(記号解読)について検討する必要があ 5.
(5) る。. そこで、新しい教育実践を生み出すために先行実践を活用した授業研究につ いて、教員養成段階では、教科教育において担うことが課題となってくる。本. 稿では、「数学科教育法」における方法論の考案と試行について考究する。. 2.授業研究と授業記録の資料化 授業研究は、授業改善、教師の授業力量の形成、授業についての学問的研究. (授業原理の発見と授業理論・モデルの構成)を目的に行われ(吉崎静夫、高. 田清)、実践としての授業を観察し、記録し、それを対象化することからはじ まる。しかし、授業研究の対象である授業は、非常に複雑なシステムであり、 それを観察記録することは難しい。授業記録は、研究目的とその後の処理方法. に応じて選択されるが、「①観察(授業を頭のなかにタタキ込む、焼き付ける)、. ②観察筆記(メモ、逐語記録)、③写真・絵、④8ミリ、16ミリフィルム(映 画)、⑤オーディオ・テープレコーダー、⑥ビデオ・テープレコーダー」等の メディア等に記録され、最終的に文字化され「授業記録」(「記述された授業記 録WrittenProtocol」、いわゆる「逐語記録」)が作成される(井上光洋)。 廉価で小型化された高性能のビデオ関連機器が普及してきたことにより、最. 近は教育実践をビデオに収録することが多くなってきた。このように、ビデオ. 関連機器等のメディアを活用して作成された「記述された授業記録(逐語記録)」 (T〈教師〉、C〈子ども〉、T〈教師〉、C〈子ども〉、……の記録)は、従来. の方法による「記述された授業記録」より正確に授業を再現した記録であり、 授業研究の対象として適しているといえる。しかし、ビデオ機器による授業の 収録をしても、そこから授業記録を作成し、授業の分析・検討を進める方法を 積極的に採っているところは多くない。 その理由のひとつに、ビデオ記録から記述化した授業記録を作成することの. 煩雑さや書き起こしに時間がかかることがあげられる そこで、ビデオ録画を直接分析することが話題となるが、書き起こさずに分 6.
(6) 数学科教育法における先行実践の記録を活用した授業研究. 析を行うことは非常に難しい。このことについて、原田悦子は、次のように指 摘している。録音・録画は、時間の流れとともにデータが記録され、再生され. るために一覧性がない。しかし、書き起こしされ、文字情報となった記録は、 圧縮した形でデータを通覧することができる。この一覧性は、時間的順序に制. 約されずに要素・部分間の比較などが可能となり、その要素間の関係等を分析 したり、一般原理等を推論したりしていくために不可欠である。さらに、デー. タを書き起こす過程において、指示代名詞のさす指示対象を同定したり、発話 と発話の行為・状況変化を付加することにより発話問のギャップを埋めたりし ながら理解を深めることができる。. 次に、「記述された授業記録」を分析するための方法が課題となる。かつて 斉藤喜†専の出口の授業をめぐる「宇佐見・大西論争」由は、授業記録の読み方 に関する論争であった。その中で、大西は、「授業記録は授業そのものではな. く、欠落した部分や曖昧な部分がある。読み手は、自分の経験から『書かれて いる事実』に似た経験を対置ながら読むことにより、欠落部分を補完する。」 と指摘している。つまり、授業記録を読み分析するには、実践経験が重要な要 素であることを示している。バーロは、コミュニケーションの効果を考察する. 際に「コミュニケーション効果の決定要因モデル」を併せて提案している。そ の中で、言語によるコミュニケーションに関して、送り手・受け手のコミュニ. ケーション技能に着目し、「書き方」「話し方」「読み方」「聞き方」「思考・論 理」の5つの技能をあげている。この中で、はじめの2つは、「記号化」の技. 能であり、3、4番目は、「記号解読」の技能であり、最後は、記号化と記号 解読に重要な役割を果たす技能である。. このように、授業記録を活用するには、教師の実践経験や力量の問題ととも に、その記録を資料化し活用するための「読み方・方法」が不可欠である。 (2)授業研究とそのための記録の要件. 井上光洋は、「データ」「情報」「知識」について、マクドノウ. A.M.McDonoughの考えに基づき、『データ』は、個人には利用できるが、その 7.
(7) 価値が評価されてないメッセージであり、『情報』は特定の状況で評価された. データであり、『知識』とは情報をより一般化したもので、将来の適用におけ る評価を含み、より広い時間・内容を意味している」と定義している。このこ. とから、授業研究は、「授業記録(データ)」を「情報」や「知識」への変換と 捉えることができる。. 授業は、時間の流れとともに進行しており、その記録も時間の流れに従い、 一列の順序いわゆる時系列に記録される。映画も、撮影・編集されたフィルム の順に映写されるので、時系列で表現されている。しかし、そこではいくつか. の葛藤や論争といった場面が同時進行的に表現されており、それらを巧みに構. 成しドラマが展開されている。つまり、「プランは、一連の操作を実行する順 序をコントロールする生活体内の階層構造過程(G.A.Milleret.al)」の指摘にあ るように、「知的格闘」を経て構造化された計画や教授方略に基づいて、時系 列で行動や活動が実行されている。 実践とは、客観的対象に能動的に働きかけ、それを目的的、意識的に変化さ. せ、創造していく人間固有の活動である。また、指導とは、人が人に働きかけ て、相手の目的的活動を導き出し、組織する機能のことであり、教育を行う実 践的方法の一つである。従って、実践記録には、教師が具体的にどのような働 きかけをしたかという客観的対象的過程の記録と、実践過程での教師の意識的. 内面的過程の記録が必要である。さらに、客観的対象的過程と意識的内面的過 程を結びつけ、統一的に記録する作業を通して、授業の構造が見える実践記録 となる(高田清)。 さらに教師の意識的内面的過程の記録の作成について、次のように示してい る。実践した教師自身が客観的対象的過程の記録に意識的内面的過程を書き加 えるというのが基本である。しかし、それを行うことは、自らの実践を対象化. できる教師の実践経験や力量が不可欠であり、全ての教師ができるものではな い。そこで、分析者や教師集団が実践者にインタビューを行うことによりその 作業を進めることが必要である。また、実際には、実践を行った教師にインタ 8.
(8) 数学科教育法における先行実践の記録を活用した授業研究. ビューを行うことが不可能なことが多い。この場合は、授業記録から、その実 践者の意識的内面的過程を推測することが必要である。 従来、授業記録は、教授・学習行動に焦点があてられ、教師や学習者の内面. が対象とされることが少なかった。この両者に焦点をあて、統合した実践記録 の作成と分析が先行実践を生かし新しい実践を創造していく上で有効な手がか りとなろう。. 3.授業記録からメッセージを読む資料化の方法 (1)授業記録等の図示・視覚化の先行研究. 砂沢喜代次らは、昭和30年代に、授業過程を教師と子どもの集団的思考過程 として位置づけ、教師と子どものコミュニケーションによる相互作用の教育機. 能を分析するための「発言連関図」とそれに基づき学級全体の思考をとらえる 「集団思考の連関図」という方法を開発した。これは、分析と総合、具体化と 抽象化という授業の中の課題解決における子どもの思考の方法を視点として、. コミュニケーション過程を類型化し、その思考のブロックから授業におけるコ ミュニケーション過程(集団思考過程)の構造を図式化し、明らかにしていく 方法を提案したといえる。. 小金井正巳は、「情報処理分析」(R.M.ガニエ)を援用し授業設計におけるシ ミュレーションに用い、指導案の作成にも応用し授業研究を行った。「情報処 理分析」は、学習において子どもがどのような認知過程を辿り、どのような判 断(意思決定)や知的能力を必要とし、その結果どのような能力が育成される のかという、"心的操作"の系列を明らかにする方法であり、学習行為(操作) だけでなく判断(意思決定)という内的過程を流れ図(フローチャート)とし. て図式化し、明らかにできる特徴がある。 (2)授業記録から授業過程の視覚化と特徴を抽出するための資料化の方法 ここでは授業は教師の質問という働きかけからはじまり、学習者のいくつか. の考えを比較・対立させながら吟味・検討し、さらに本時の学習のまとめに向 9.
(9) かうという学習展開の過程とその構造を視覚的に表現できることが課題とな る。. その展開過程の構造を視覚化するための方法として、授業における教授・学. 習行動等のキーフレーズ(キーワード、キーセンテンス)を抽出し、授業過程 の構造(内容、遷移過程等)を表現する「授業過程の構造図」を考案した。 さらに、授業における教授行動は、授業展開に関する教授方略に基づく行動 である。この教授方略についても、「授業過程の構造図」に基づき、「教授・学 習過程において分けられた場面のいくつかをまとめて、上位の階層の意味づけ. ができるもの」を検討し、「場面」のねらい(方略・意図)を考察することに より分析でき、それらを総合し、授業過程全体をまとめ「教授方略・意図の遷 移過程とその構造」の図を作成することができる。. この作業から得られた「授業過程の構造図」は、前述の客観的対象的過程を. 表わしており、この構造図を基盤に「授業の方略・意図・方法」を考察した図 は、「教授方略・意図の遷移過程とその構造」を表し、教師の意識的内面的過 程の記録を作成することになる。このふたつの図は、授業とその仮説との比較. 分析を容易にするものであり、授業の特徴を分析・考察する授業研究のための. 一つの方策となる。さらに、この「教授方略・意図の遷移過程とその構造図」 は、授業設計において教授方略を考案し、指導過程を考えるときの拠り所とな るともに、授業過程の構造図は、授業設計のときの授業展開のシミュレーショ ンの手がかりになると考えられる。. 4.授業記録の資料化の方法による授業研究(授業の特徴の分析)の試行 提案の授業記録の資料化の方法を、学部2年次生(教育実習未経験)を対象. とした授業(小学校教員養成課程対象「初等数学科教育法」)において、「新し い算数研究」をはじめとした市販の商業雑誌等に掲載されている算数の授業記 録を対象に、授業記録の資料化の方法を提案し、授業研究を行わせ、その結果 を報告書として作成させている。実施は、次の2つ段階で行っている。 10.
(10) 数学科教育法における先行実践の記録を活用した授業研究. 第1段階授業(ビデオ)を視聴・観察し、授業記録を作成し、そこから算 数授業の分析と特徴の抽出. 授業のクラス全員で、「小学校の算数の授業(ビデオ)を視聴・観察し、授 業記録を作成」する。その記録をこの提案の方法により、3~4名程度のグル. ープごとに「授業過程の構造図」、「教授方略・意図の遷移過程とその構造図」 を作成し、分析を行う。そして、グループごとのまとめをポスターセッション. の方法で交流し、さらに授業クラス全員でディスカッションを行う。. 第2段階授業記録(逐語記録)から算数授業の分析と特徴の抽出 算数関係の商業雑誌等(「新しい算数研究」等)に掲載されている算数の授 業記録(記述された記録)を選び、学生に配布し、それを対象に、前述の方法. で資料化し、授業研究を行わせ、その結果を報告書として作成する。 (1)報告書の構成. 報告書は、「①授業過程の構造図、②教授方略・意図の遷移過程とその構造 図、③考察、④感想、⑤参考文献等」の項目によるものとした。 (2)学生が作成した報告書の検討. 学生が作成した「①授業過程の構造図」「②教授方略・意図の遷移過程とそ の構造図」の事例を資料1、資料2に示す。. ①「授業過程の構造図」の作成 授業記録を読み、「教師の働きかけ一ナ反応・応答→対応行動」という教授・ 学習過程を読みとり、分節に分け、さらに「授業過程の構造」を視覚的に表す 図の作成は、ほぼ全員ができていた。また、前・後期の授業において、同一の. 「授業記録」から作成した「授業過程の構造図」が、ほぼ同一のものが作成さ. れており、学生の「授業記録」から「授業過程の構造図」へと資料化する活動 の妥当性についても、確かめられたといえる。. ②「教授方略・意図の遷移過程とその構造図」の作成 この図の作成、すなわち教授方略や教授意図を検討する点については、アシ ストが必要な学生がいた。これについては、学部4年次生(筆者の所属の専攻 ll.
(11) 学生)が対応し解決した。. 授業における教授行動は、授業をどのように構成し、どのように学習を展開 し、それに対応するための教授のあり方をどうするかという授業展開に関する 教授方略に基づく行動である。教授方略は、まず最終目標を設定し、次にそれ を達成するために必要な前提条件を前提目標としていくつか設定し、その前提 となる目標を順次達成しつつ最終目標へ向かうように構成するという課題分析. の考え方に基づいて考案される。つまり、教師は、授業の目標を達成させるた. めに、授業設計時に立案した教授方略に基づき、教授の方策を考案・決定し、 教授行動を起こす。. 「教授方略・意図の遷移過程とその構造図」の作業は、「授業過程の構造図」 における「分節(教授・学習過程において分けられた場面やそのいくつかをま. とめて、上位の階層の意味づけができる)」の「ねらい」を考察することであ る。初任教師や実習生の授業の観察・記録は、教師の言語行動に焦点があてら れ、その教授・学習の方法や意図については、観察・記録の直接の対象となっ. ていない。それは、「意図」は、すでに実行を開始したプランの中でまだ完了 していない部分のことを指しており、記録の直接の対象ではなく、記録の検. 討・考察という活動を経て明らかになる。授業における教授方略・意図と教授. 行動は、サーボ機構等の制御システムにおける「制御相」と「操作相」という 関係に見立てることができ、制御は「操作相」の動きとして見ることができる。 また、学生の日常生活においても、文字を読みそこから相手の意図を推測した り、考察したりする活動は少なく、勉学の様子を見ても少ないことが要因であ ろう。さらに、学生はこれまで授業を受ける立場であっても、授業の主体とし. ての立場から考察する経験がないことにも由来すると思われる。. ③考察について 学生のレポートを検討した結果、以下の視点で分析・考察を行っている。. 1)作成した「授業過程の構造図」の分析 授業過程の分析は、表1に示す5つの視点から分析している。 12.
(12) 数学科教育法における先行実践の記録を活用した授業研究. 表1.「授業過程の構造図」「教授方略・意図の遷移過程とその構造図」からの 分析の視点. 授業過程の構造図. ・教授・学習過程の構成・工夫. 教授方略・意図の遷移過程とその構造図. ・教授・学習過程の構成において. ・学習者の反応・応答に対する. 教師の対応行動. 工夫している点 ・教授・学習過程の構城における. ・学習課題・場面の設定. 問題点・改善点. ・発問(問いかけ)の方法 ・教材の解釈・取り扱い. ア)授業の過程をいくつかの分節に分ける. 「教師の働きかけ」→「反応・応答→対応行動」→「まとめ」を分節・ステ ージの基本ユニットとしてみている。. イ)分節の授業過程における位置づけ、関連する分節との関係などを検討する。 教授・学習過程を、分節をモジュールとした組み合わせととして捉え、検討 しており、「教授・学習過程」の構成やの工夫について検討している。授業を 構造をもったシステムとして捉えようとしていることがわかる。. ウ)「教師の働きかけ→反応・応答→対応行動」の分節・ステージにおける学 習者の反応・応答に対する「教師の対応行動」の適否を検討する。 エ)「学習課題の設定」. 設定した課題の具体的な働きかけである「発問」と「学習活動」の一致、さ. らに「課題(発問)」→「学習活動」→「まとめ」の流れはどうかを検討する。 オ)「教材の解釈・取り扱い」の検討. 「授業過程の構造図」にある学習活動について子どもと同じ活動を行い、そ こでの思考を吟味し、教材の解釈等を検討している。 13.
(13) 授業を、教師の働きかけというきっかけによりはじまった学習者の行動に対. する教師の対応行動という相互作用に着目し、きめ細かな分析をしていること に注目できる。このことは、「授業過程の構造図」の作成が、授業過程の分析 という活動に視点を与え、授業の特徴の考察に寄与しているといえよう。. 2)作成した「教授方略・意図の遷移過程とその構造図」の分析 表1に示す2点について分析している。授業の各段階・分節における方略・ 意図を組み合わせることにより、教授・学習過程が構成されると捉えている。 その各段階(分節)の方略・意図、さらに連続する分節や、関連する分節問の 方略・意図等を検討し、授業に関する教師の工美を考察している。学生自身が 感じている問題点・改善点についても指摘している。また、授業における子ど もに豊かな学習活動を組む、教材の解釈から課題設定への工夫についても、教 師の方略・意図という視点から検討している。. 教育実習における授業未経験の学生が、教師の授業における教授行動を解釈 し、意味づけするという細かな考察を行うことに、授業記録を読み、教授・学. 習過程の視覚化とともに、教師の教授方略・意図という内面的な検討を行うこ とが、影響を与えていると考えられる。教授方略・意図の視点から教師の工夫 を見つけていることも見逃せない。. ④感想 授業ビデオの視聴と文字記録による分析との比較の感想が大部分である。 ・マルチメディア時代といわれる現在、ジェスチャーや表情による非言語行動. などの映像とアイコンなどの図や絵記号などが、コミュニケーション過程. (相互作用)に活用されるのが当然のときである。授業ビデオを視聴し分析 するときは、映像や音声があり、そこでは、教師や子どもの行動、表情さら に雰囲気が見え、感じとることができる。. 文字記録による分析は、授業の様子が思い浮かばないので、記録を何十回も 読んで、授業の様子を思い浮かべるようにして内容を捉えていた。. ・文字記録を読み、分析するときには、「構造図」や「方略図」の作成が、授 14.
(14) 数学科教育法における先行実践の記録を活用した授業研究. 業の流れや構造を理解する拠り所となる。. 記録を読んでいるとき、授業の流れや構造が見えはじめると、分析者ではな く学習者として授業に参加している自分に気付く。. ・授業の流れやしくみが見えると、自分も授業者こんな授業をしてみたいと思 う。. ビデオでみる授業の教師は「上手だなあと思う」けれど、授業記録の授業を 読み、意図がわかると「自分も授業をしてみたいと思う」。. このように「授業過程の構造図」等の作成が、授業の流れや構造の理解の役 割を担っていることがわかる。また、授業記録を何回も読み、さらに考察する. という活動を通すことにより、新しい教育実践を生み出すためのモデリングの 素材として先行実践を活用することが予期されよう。. 5.まとめ. 砂沢は、授業研究では授業の構造をつきとめることは不可欠であり、それに は授業記録と「教授者が設定した仮説としての構造(授業案)との綿密な比較 分析が必要」であると指摘している。学生の報告書を検討した結果、提案した 授業記録の資料化の方法は、「教材の解釈と学習課題・場面の設定、教授・学 習の展開過程等」の授業の特徴を分析・抽出するために効果があるとの知見を 得たと考える。授業研究は、教育実践者としての教師に不可欠な活動であり教 職関連科目において重要な位置を占めるものであるが、教員養成段階の学生に. よる授業研究活動やその方法論についての提案・報告は多くない。本稿では、. 先行実践である授業記録を読み、授業において観察・記録可能な行動だけでな く、そこにおける教師の方略・意図という内省的な思考について検討するため. の方法論の確立のための一歩を歩みはじめることができたと思う。 日常の電話や手紙などの確定した相手とのコミュニケーションの受け手は、 会話の話題に関して送り手と共有していそうな知識のコミュニケーションの内. 容に関するモデル・データベースを検索し、自分自身で予備知識を推し量り、 15.
(15) 適当な情報を補って解釈するという情報処理を行い、コミュニケーションの意 味を理解している。つまり、受け手は送り手と共通のコミュニケーションの内. 容に関するモデル・データベースを持つことによって、受け取ったことばを送. り手の立場で適切に解釈しているといえる。だが、このような日常のコミュニ ケーション関係の受け手としての解釈と、ある目的実現のための行為である授 業の「教師←→子ども」の相互作用が中心の授業記録を読み、解釈することは、 異なっている。教授や教材に関する知識、さらに授業経験の少ない学生にとっ. ては、授業記録の読み方、教師の方略・意図という内省的な思考の考察につい ては、難しいことである。そこで、「教授方略・意図の遷移過程とその構造図」. を作成するために、教師の教授方略・意図の考察の方法について、教育実践経 験の未熟な学生が行うために手続きをさらに検討することが課題となる。 教育の科学的研究は、解決を必要とする問題を発見することと、それをどう. 解決するかの方法を研究することであり、そのためには事象の変化を一定の関 係として解析できる観察の方法を検討することが不可欠であると城戸幡太郎は. 指摘している。新しい教育活動の創造にむけて、先達のすぐれた実践を訪ねる. 温故知新の授業研究の方法論をさらに探り、深めていきたいと考える。. 引用・参考文献 D.K.バーロ、布留武郎他(訳)、「コミュニケーション・プロセスー社会行動の基礎理論一」、. 協同出版、1972、pp.9-93. GAミラー他、十島擁蔵他(訳)、「プランと行動の構造」、誠信書房、1980、pp.5-40 H.ウルリッヒ他、清水敏他(訳)、「全体的思考と行為の方法一新しいネットワーク社会の可. 能性を問う」、文眞堂、ユ997、pp.5-6.. 原田悦子、「プロトコル分析入門」、新曜社、1993、pp.79-105、 井上光洋、「日本における授業研究の系譜」、授業研究方法論の体系化に関する総合的研究 (文部省科学研究費補助金・総合研究(A)研究成果報告)、研究代表者:井上光洋(大. 阪大学人間科学部)、1996、pp.1-8. 16.
(16) 数学科教育法における先行実践の記録を活用した授業研究. 城戸ll番太郎、「学問」、教育学大辞典、第1巻、第一法規、1978、p.307-311 小林豊、「知のノウハウー成功する『ものの見方・考え方』一」、PHP研究所、1998、 PP.ユ07-IO9. 小金井正巳、「授業設計のための目標分析について一小学校理科を中心に一」(小金井正巳教 授最終講義資料)、上越教育大学、1987. 西之園晴夫、「現職教員による教育技術研究のための研究方法論の検討」、鳴門教育大学研究. 紀要(教育科学編)第9巻、1994、pp.135一ユ49 砂沢喜代次他、北海道大学教育学部紀要第7号、1960(第7号全体が砂沢らの報告である). 高田清、「授業研究における実践記録の意義と方法」、教育実践研究(福岡教育大学教育実. 践研究指導センター)第4号、1996、pp.43-47. 吉崎静夫、「教師の意思決定と授業研究」、ぎょうせい、1991、pp.123-142 注)この論争は、次の文献等に出ている。. 大西忠治、「教師の『指導』とは何か」、明治図書、1982、pp.163-196 宇佐見寛、「文章としての授業記録一大西忠治氏の『思い入れ読み』を排す一」、現代教. 育科学、1978年4月号、明治図書、ρp.95-100. 17.
(17) 資料1.学生が作成した「授業過程の構造図」 ロココロココロ . 1・t.こOP→71てトマトlt、、<!フ4ろゐや、カ「1. 伽上9.E. 一 2・C.1つ3C2つ. ・t購。痂卿じ ;旦1いう機困ρ 4. L」一c ト ・トマ「ε「ト〈卜 . 一ト・°ト. 一F. t.2・らろ工わe. ボ %禰,この砺創戯一.,一一、. iJト堀. ・伸煽評猿誌・・ ・ヤヤこしい人けノート1く著い/blλ/毛vviす。. ヒ. 儲熟卿めろ)i購i. 1トトト:. 「1. i. 1トゼトllし伽、,。rkbriNt・擁助7 '卜卜卜i. (工一ッ。たくさんあリ\うた'圏よ。). r2c.5らfa」T・,Fに書ロTKえz覧1ろ。). 1・t繍聯濃轡(線驕乏騨働袖. 降・↓. c'轍騨鰭磯 ⑤欝 争alま:のよう1二曇気えzち6ヒ出Lまし1:ρ ①は,9.qぐvtopz".8個あ嬬'ます・. ②C;.tebX'・T・tのZ",gtmあV#g。 ③口,Vの守r「1,9個あり晒。 ④1工、\_のように曲力\噛1ノ、16あリ喜可o ⑤1よVのように曲hYLり・t6あり3すσ. みんなZ"561⊃ね「り導しr=。. 一. (晒癌). ・C,①礁,,卜↓. 18. 髄字i:戻らないから・:のトがらセ台 まるトマトの敬IJワイ固,左の中の. トt同じように7イ固1五下のh£ ワ個、ト屏全部で'?個あるhxり・. 〔8-t〕xE}で」'561:な1ノま可o. L. 「. ②直角トマトその1 ①直角Fマトそe)2 q)r359トマト ⑤4ら゜トマト. MC.:の左のin'd)Fo・ら考瓦ヨす。同じ. 辺屠掘輌数廟舷勲て いゐηヤ、かて. ↓. ftr)lllちOl†坊や、。. [一一・一. "b.i互腰 2tcI奇~f.(.3二'帆)i レ. 16鰍。禰蕩。. le・t.式イ形嫌疋抽目しカ)・t1. り. ㌦o焔同ビr縣人. 23L9幡トの瞥kマ叩,(9-t)しま{つ のトかう始基ろトマトの数了」'可。. ⊥. (皆れじウあ、 (♀-1♪Pt9ヒ里・,,11.
(18) 数学科教育法における先行実践の記録を活用した授業研究 ↓. ↓. 巧'試熾勅ら悔伽。. 19・t・椥イい乃Ol牛か、齢.榔概. 周蔑姻甫、・て、、<功ゼねσ1管o°も 越柔ゐY洞薩の1熔ろわ・棘r「睦. ブh、イ'4わ。与6耐。. 離蕪芸漁 呪G辮麟了酬マト曝雪〕憂}'…6個の町 縛・ z9・C.直線トマトかぐ2個だ1,フ7i・す。i㊤こヌe,1134て.2個のeatU.}x2~・"可。 一 35・t.孝yめ1み孝しrうρ加ゆズヤこL,tshA.IC}'r、 ガの坊ド、考勿表らrいoイLJう1. 一 3`・C.図茸ヒ1一て・蟹しZ房丸2弓a. 」7・c.式て生考えられ,まで。. 概式鋳妹人を痴勧・融筋の輪, 一. 曹∋守一・・ F%、Y'んア∫f ↓. 4σ・C.ランつ'馳ンモンマ幽'ヲらス_1三tうヒ'冒うP、「aヒF己・し}ましたP ド へ コ ヨ. 1ンシンンン1 」¶、、噛、「. ンノノノ ノロ コロリロ. 1ン〉フンン・ ロコ ヘココ. 1ンノノノ7r l-■一曽 ロロ ロロ. 冒γノ!!〆. .1 コロロ ロ コの. ↓、. 41't・劔撫鰍柵㈱ヤ℃ ゑ まとするほド. i捌銘六阪教駄学附属天矯小学1~. i…,・・'・・・・・・・・・・…. 警、.、∴∴霧,'繍 i「受?.e,犬阪軌晴日敗酌1卜学校灘罰森義久. i鵬∴謙蹴駄 i"・'lt1'els:干執会社㈱窟蹄ネ・. i.甚;・.逓6・・el-51112ワq"] 19.
(19) 資料2.学生が作成した「教授方略・意図の遷移過程とその構造図」. ロコ ヒ コリ . ⑳ll蝉鯉に22解凝臨召1 ビ1ちらカ、ら言XJL人ノて冒層も「トマト」アご」ヒ,5-Lづ'カ\セるQ. ↓、. 、レ. 同じ宮に博涙らないといつ廉胃キの提示。. ㊥鬼題ξ殉哀±敵包L赴獅訪づ碗1壷〒三}巧祷ヨ ー.一一↓. 繍・・鳳…ト・トヱ・あ醐槻る・ 図ご'整理Lzigkさせる。 ↓. 数丸おのlxe9一ン1つF;kゲか℃ゐ。 ↓ ↓. 角度削冊ぴを二λるヒ、同じものになる⊃ヒ吃,感じ」ヒらセる。. 樹絹しlth\調べ三:歴ぢ1『陛石奮認さ℃る・ ↓. ⑭医面幽翅勉些麹・△頭コ ↓. 固定てろ;ヒてL'.ち†覧て"もtめら}'しろ⊃ヒを確認・さセる。 図て"豊埋てろ方ラ去、式て"考λろ方i去、ヒ"ちらのろλ方で'あ7て も培ラし目一致でるニヒを確認・さ辻ろ。. ,一,一一.一一.一_.一一一.一壷_一.一.一一.一一.一一一_.、. 旧常生話の中で㍉トマトix人9トにE、ラ)フ"〉シ(仁がら下がi. 窃 L吃も誕塑)至」ヒニ:4k-i三鰐∫桑・..,_.一.一.一一一、 ↓. 数釦るつヒt:豪しさ21ST=せろ。 . ⑥繍駅縣睡愈蘇り:11概痴 閏係づMて数λ棚属る㌔ビ・順存よく整裡Lて数囚 1る:ヒのよさに気有くことがマ"きる。1. 20.
(20) 数学科教育法における先行実践の記録を活用した授業研究. Ontheclassroom-activitiesresearchInakinguseofprecedingexcellent practjcesinamethodofMathematicsEducation. KoujchiMitsuhashl. (HokkaidouniversityofEducation,Hakodate). Keyword:precedingexcellentpractices,recordsoftheclassrooln-activities, classroom-activitiesresearch. Wehavetwowaysinordertodesignalldcarryoutanewpl'actice:oneistoreview, improveuponandenrichourowneducationpractices,andtheother.tolearnseniors'. andcolleagues'exce1】entpractices.Bothwaysincludetheanalysisandinterpretation. oftherecords,fromwhichwecanfindtheimportantlnessagesandcues.. Withtheaimofproducinganeweducationpractice,agoodfigurewasthoughtout whichdepictsvisuallyboth`thestructureoftheclassroom-activitiesprocess'and`the changingProcessoftheteachingstrategy(intention)anditsstructure'inlheteacher's mind.. Theformer,thatis,`thestructureoftheclassroom-activitiesprocess'showsthe structureofthedevelopmentprocessinordertoanalyzeandextractsomething particularabouttheclassroom-activities(forexample,theinterpretationoftheteaching materialsandtheestablishmentoflearningassignmentandsituation,thedevelopment. processofteachingandlearning,etc.)fromtherecordsofexcellentpracticessofar. Suchawayofcompilingdatawasintroducedintotheclassesof`amethodof mathematicseducation',etc.Asaresult,itbecameclearlhatthewayiseffectivefor. thestudentstoanalyzeandextractsomecharacteristicsoftりeclassroom-activities.. 21.
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