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国際協力活動に参加するボランティアの自己変容に関する研究 ; ドイツ国際平和村を対象として

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(1)

平成

25年

修士論文

国際協力活動に参加するボランティアの自己変容に関する研究

一 ドイ ツ国際平和村 を対象 として一

兵庫教育大学大学院

学校教育研 究科

特別支援教育専攻

Mll101B

高村 このみ

(2)

1章

問題 の所在 と研 究 の 目的 第

1節

問題 の所在 第

2節

研 究 の 目的 第

2章

ドイツ国際平和村に

4加

し生じた自己変容に関するインタビュ‐調査

1

方 法

2

結果

3

考察

1.性

格 の変容 につ いて

2.障

害者 に対す るイ メー ジの変化

3.平

和村 の子 どものイ メー ジの変化

4.国

際理解 や 国際問題 へ の興 味・関心 の高 ま り

5.ボ

ランテ ィア活動 に対す る姿勢 の変 化

6.進

路選択 の変化 第

3章

ドイツ国際平和村の活動に参カロしたボランティアに対するアンケー ト調査

1.方

2.結

3.考

察 4. 第

4章

総合考 察― 国際協 力活動 に参加 す るボ ランテ ィアの 自己変 容―

1

ボ ランテ ィア活 動 に参カロした こ とに よる国際意識 の変容

2

活 動者 のボ ラ ンテ ィア観 の変容

3

活 動後 の進 路選 択 巻 末資料 引用文献 参 考 資料 謝辞 1   10 11 11

44

44

44

45

45

46

46

48

49

65

69

74 75

76

(3)

1章

問題 の所在 と研 究 の 目的

1節

問題の所在

1。 日本 における国際協力活動 の現状

:

近年、世界的な動向 として 「グローバノイヒ」、「国際化」の進行 が著 しい ことは言 うまで もないが、地理的な環境要因や経済的な安定が比較的得 られてい る 日本では 多文化へ の兆 しは他の先進 国に比べ緩や かである。 しか し、障害者権利条約の前文 では、「あ らゆる国における障害者 の生活条件を改善す るための国際協力が重要」1) だ と記 さてお り先進 国の一つである 日本 にもその役害Jが求 め られてい る。その よ う な世界的動 向を受 け 日本政府 は、第二

ODA改

革懇談会の中間報告会において、「国民 による

ODA活

動への参画が不可欠だ」2)と述べている。つま り、図

1-2か

らも見受 け られ るよ うに、国民が国際社会で一躍 を担 う存在 となること、またそ うした人材 を育成す ることが求め られている。 その一方で、図

1-3や

図 卜

4に

示 され るよ うに、海タトヘの留学やボランティアに 渡航す る学生は、

2008年

の リーマ ンシ ョックによ り世界的に経済的不況 か ら就職 に 苦慮す る若者が増加 し、海外 での活動者 は

2007年

の半数 にまで激減 した。その要 因 としては図 卜

1に

あるよ うに、就職への困難 さが大 きな課題 となってい る。 この よ うな背景 に加 え、

2011年

に起 きた東 日本大震災による国内情勢 の不安定 さがそれ を更に加速 させた要因 として考 え られ る。

2012年

度の新社会人 を対象 とした内閣府 の調査では 「若者 の内向思考は増加 している」4)と示唆 されてお り、国際社会 で活 動す る人材 の輩 出が 日本 の大 きな課題 である。

(4)

就職 活動への 不 利益

海外留学を見送る要因

『 東京大学国際化 白書」 (2009年3月・東京大学)より 余 分 な 学 費 ―

(2)締

※複数回答

①就職

g.家 族の h.仲間の参加の度合し i.自身の語学 j_そ

1-1

海外留学を見送 る要因3)

海 外 拠 点 の 設 置 ・ 運 営 に あ た っ て の 課 題

特 に 課 題 は な い

グ ロー バ ル 化 を 推 進 す る

国 内 人 材 の 確 保・育 成

グ ロー バ ル に通 用 す る製 品 ‐サ ー ビス の 開 発 グ ロー バ ル 化 に 必 要 な資 金 の 確 保 グ ロー バ ル で の経 営 理 念・ ビジ ョンの 徹 底 グ ロー バ ル で の 制 度 や 仕 組 み の 共 通 化 進 出 先 国 の 法 制 度 、 マ ー ケ ッ ト等 に つ い て の情 報 そ の他 無 回答 出 典)経済 産 業 省 「 グ ロー パ ル 人 材 育 成 に 関 す るア ン ケ ー ト調 査 」(2010年3月) ア ン ケ ー ト回 答 企 業 :259社(上場 企 業 201社、非 上 場 企 業 58社) 図

1■

海外拠点の設置・運営にあたつての課題 →

(5)

新 入 社 員 の グ ロ ー バ ル 意 識

「 海 外 で 働 き た い と 思 う か 」

01彙

=

04年

07年

10犠

C"6 206 4076 -6 8096

-6

■ど ん な 曰・ 地 壇 で も 口 き た い ■日・ 地 鱚 に よ って は 働 き た い ●働 き た い と は 思 わ な い 出 典)学校 法 人 産 業 能 準 大 学「 第4回 新 入 社 員 の グ ロー バ ル 意 識 調 査 」(2010年フ

3Aに

1人

2Aに

1人

1-3

新入社員のグローバル意識

5)

年度別派遣者数

(青

年海外協力隊

)の

推移

12013年3月31日

現在

l (人) 1800 1600 1400 1200 1000 800 600 400 200 0 (年) 図

14年

期 l派遣 者数(青年海外協力 開 の1日多6) ▼   79 179▲

7▲ F62,7

∫∫∫ぎずぎざぴぎ∫まざ∫ぎ∫ずざぎゞゞヾヾヾ

SS

(6)

2。

①ボランティアの意義

ボランティアとは、

一般的に「自発的な意志に基づき他人や社会に貢献する行為」

を指す

7)と

される。

またボランティアは「直接的経験を広げ深め、座学 との接′

点を見出す仕掛け」 と

もいわれる。その中でも、国際協力や平和、人権分野における活動は、「企画・調整

能力」「キャリアビジョン」「問題解決能力」といった将来設計につながる技術や技

能、思考を得ることが出来る

8)。

ボランティア経験に関する柴田の研究

9)で

は、大学生の約半数が経験ありと回答

し、経験者の約 8割 が「進路への影響はある」と回答 した。活動分野で多いのは「障

害児・者支援」

、「国際交流・国際協力」、「児童福祉」の順である。その活動で得た

成果について

1°)は

、「感謝」と「楽 しさ」を最も多くあげ、次いで「身近な地域ヘ

の関心」「「出会い」「社会への理解」が約

60%前

後となっている。

また、ボランティア経験の有無により、社会的外向性や支酉己陛、表出コミュニケ

ーション能力、充実気分は経験なし群よりも経験あり群の方が有意に高い結果が示

された

11)。

このように、ボランティアは社会や他者への貢献のみならず活動者 自身

の成長や視野を広げる機会となり図 1-5に示されるように精神的充実をもたらすも

のであることから、相互的に意義のある活動である。

(7)

I-1-22図

精神的充実 を もた らすボラ ンテ ィア活動 (社幅)全国社会福祉協議会「 全国 ボランテ イア活動著実艦 同査報告書」(1988年)lCより作 成. 「これまでoボランテイア活動を通 じて、良かった点はあ りますか。歌の中から当てはまる番 号にい くつでもOをつけて下 さい。 」とい う間に '1け る回答者の害1合 帥 口答)。 回搬 上記以外に「 無回答」が1.30/●、「その他」が1.60/Q『特にない」が1.2‰ 劃 直は、団体所属活動者3,193A、 個人での活動者340人の合計4,041人に 占める回答者の害1合. 所 属 す る 学 校 や 職 場 で 評 価 さ れ た 自 分 自 身 の 健 康 や 休 力 が 増 進 し た 行 政 や 社 会 福 祉 協 謙 会 な ど か ら 評 価 さ れ た 社 会 の た め に 役 立 つ こ と が で き た 新 し い 知 識 口 技 術 を 習 得 す る こ と が で き た 援 助 を 必 要 と し て い る 人 を 助 け る こ と が で き た 自 分 自 身 の 啓 発 に つ な が っ た 活 動 対 象 者 や 活 動 先 な ど か ら 感 謝 さ れ た 活 動 自 体 が 楽 し か っ た 自 分 自 身 の 生 き が い を 得 る こ と か で き た 新 た な 友 人 や 仲 FB5 が で き た 1. 2. 3. 4. 〔{薦澤争) 50.4 48.0

留 留

"″

. 図

15

「全国ボランテ ィア活動者実態調査報告書」 より精神的充実をもた らす ボランテ ィア活動 について12) ② 国際ボランテ ィアの重要 性 近年、国連 の よ うな国家間が共同 して行 う国際協力組織 をは じめ、政府 による ODA 活動な ど多数 の国際協力団体が組織 され、国際協力が盛 んになっている。 国際協力 を通 じて発展途上国や紛争国の支援 を行 うことは、世界平和に向けた活動のみな ら ず、社会全体の利益 にも結びつ くものである。 また、国際協力活動 は、社会全体の みな らず、ボランテ ィア個人に対 して も利益 をもた らす とされ る13)。 また、池 田は国際ボランテ ィアの活動 を、机 を離れたフィール ドワークであると し、現地 を知 り、ボランテ ィア 自らが得た学びを 自国に持 ち帰 ることの影響力 を「草 の根ブーメラン効果」

0と

記 した。

(8)

3.ド

イツ国際平和村 の概要 ドイ ツ国際平和村(以下、平和村 と表記)は 1967年、第

3次

中東戦争が きっかけ とな り、戦争や紛争な どによ り負傷 した り、障害を負 った りしてい るが現地 で治療 を受け られず にい る子 ども達の治療支援 を行 うことを 目的 として、ドイ ツ北部 のオーバーハ ウゼ ン市に設立 された非営利団体である。 本研修 の対象 である平和村は、1996年度 よ り多数の 日本人ボランテ ィアが無償 で活 動 に参加 してい る。2013年 までに160人以上が活動に参加 してお り、筆者 もその一人 である。そ して、紛争や貧困 とい う深刻 な国際問題 に直面 してい る人々 との関わ りか ら、自身 を含 め平和村のボランテ ィアが国際理解 を深 め、今後 の ライフスタイル に大 きな影響 を受 ける活動であると考 え られた。 また、運営は 、寄付金 と会員 の会費に よつてまかなわれ、長年 にわた り多 くの発展 途上国を継続的に支援 し、これまでに68カ国で支援活動 を行 ってきてい る。その功績 は ドイ ツ国内外か ら高 く評価 され続 けてお り、国境 なき医師団な どの緊急要請 を受 け 入れ るな ど多数 の団体や現地の住民 らとの連携 も非常に充実 している。また ドイ ツ国 内にある病院が無償 で治療 に協力 を している。移動には公共交通機 関が無料で利 用を 許可 して くれ ることや、地域の住民による多 くの登録ボ ランテ ィアの存在など地域の 理解 も得 られてい る。 こ うして安定 した組織運営のもと多数の国で支援 を展開 し、現地では治療が困難な 状態にある子 ども達の受 け入れ数 は数千人規模 にのばる。 団体設立 当初は、数人の ドイ ツ市民か ら始まった活動 であるが、2011年度の収入総 額 は約

9億

円にのば り、紛争国や発 展途上国において現地のニユズに寄 り添 う形 で支 援 を展開 してきた実績のある団体であることか ら本研究 の対象 として取 り上げ る。 現在の平和村 にお ける活動 内容 は、主に三つの柱か らなる。

(9)

一つ 目は、母国で治療 を受ける事がで きなしY怪我や病気 を負 つた子 ども達 を ド イツで治療す る活動である。 原則 とし て2歳 か ら11歳の子 どもが対象 である。 現地 において診療 を行 つた後、怪我や 病気の状態はす ぐに ドイ ツにある本部 に 伝 え られ、渡独の手配や搬送す る病院 と の交渉を行 つている。渡独後にそのまま 病院に搬送可能な場合 は、赤十字隊や病 院関係者 の協力の もと病院にて処

出典

1)ド

イツ国際平和村一平和村スタ ッフ と医療 置が施 され る。また、怪我 の状態や 関係者 が ドイツ到着力後の子 どもを搬送す る様子 搬送先の事 情に寄 り、渡独 後一時的 に平和村 において経過 を観 察 しなが ら 病院への協力要請 を して、経過観察が必 要であると判断 された子 ども達は、平和 村で生活 を しなが ら治療 を待つ。 平和 村施設 においては、帰国後の生活のため の リハ ビリや木工作業、菜園づ くり、裁 縫、料理、学びの場 にお ける母国語や算 数0地理な どの技術や知識 の習得 も行 つてい る。 二つ 日の活動は、子 ども達の母国に 出典

2)ド

イ ツ国際平和村―現地に診療所 を設置 し、検診や ワクチン接種 な どの支援 を行 う様子 おける医療状況 を改善す る活動である(出期 よ り)。

(10)

活動内容 としては、紛争で被害を受けた地域や貧困等の危機に瀕 した地域における、

医療的ケアの向上を目指 した援助活動、平和村施設・基礎健康センター・診療センタ

ー・義足作業場などを建設 し、現地スタッフの技術向上、資金面などの支援を行つて

いる。現地の支援団体への協力などにより、現地の住民たちにより運営する形を主に

行っている。ベ トナムは、既に独立し、現地の団体による運営がなされている。

=つ

日は、多くの人に平和について考

えてもらう為の平和教育活動である。

1986年

から始められてお り、年間

50か

60の

グループがこのセ ミナーに参加 して

交流を深めている。活動 目的は、参加者

に平和村の活動や子ども達の母国につい

て知ってもらうことや、子 ども達との交

流を通 して平和への意識を高めることで

ある。

4.平

和村 に くる子 どもの状況 平和村 は常時、約250人 の子 どもを受 け入れてい る。2007年 には

1年

間で合計15カ 国か ら1186人の子 ども達 を援助 した。受け入れている子 ども達の主な症状 は、骨髄炎 症・火傷・先天 性内臓疾患・骨折の変形治癒、形成異常、地雷による怪我 な どである。 2013年度現在、受 け入れてい る子 どもの国はアンゴラ 0ア フガニス タン0タジキス タン・ウズベ キズタン・グル ジア・アル メニア・ガ ンビア・キルギスの

8カ

国である。 平和村が受 け入れ る子 ども達 には4つ の条件があ り、その条件 をク リア した子 ども 達 を ドイツに運び、病院の協力を得て治療 し、半年か ら数年間、平和村 の施設 で リハ ビリを している。

出典

3)ド

イツ国際平和帥

教育部門

によるセ ミナーの様子

(11)

4つ

の条件 とは、

① 母国ではその子 どもに必要な治療ができないこと

② ヨーロッパでの治療で治る見込みがあること

③ 治療後の子 どもの帰国が家族や国によつて保証されていること

④ 貧困家庭の子 どもを優先

である。

5。

平和村 と日本の関係

日本では

1999年

にテレビで取 り上げられて以来、

10億

円以上の募金が集まっている。

また 日本からのボランティア希望者が殺到したことから、一定の資格要件を満たすこ

とで年間

10数

名 を住み込みのボランティアとして受け入れている。

その要件は、

6ヶ

月から1年 までの滞在が可能であること

一定の ドイツ語能力があること

他の研修生 との共同生活、共同部屋であることへの理解

18歳

以上であること

AOB型

肝炎の抗体を保持 していること

健康で体力のあること

ドイツ国際平和村では、プラクティカン ト

(研

修生 0実習生

)と

い う立場になり、

職員 と同じように仕事を行なうことへの理解

とされている。

(12)

日本人のボランティアには ドイツ政府より特例として「平和村 ビザ」の取得が認め

られている。現在までに

160名

以上が活動に参加 した。また、日本人のボランティア

は、平和村敷地内にあるボランティア専用の宿舎において他国のボランティアと共同

生活を送ることになっている。ボランティアの生活面においては、日用品や賞味期限

の近い食品などが世界各地から寄付されていて、その中で子ども達に与えることの出

来ないものを支給 してもらうことができる。

2節

研究の目的

本研究では、国際協力活動がボランテ ィア個人に対 しどのよ うな利益 をもた らす のか、活動者の内面的変化について、活動前 0後の変容 を自己認識す ることを 目的 とした。 これまで活動報告 とい う形で国際ボランテ ィアを取 り上げた論文 は多 くあ るが、海外ボランテ ィアが活動 によ りどのよ うな 自己変容 をもた らすのか明 ら力ヽこ なっていない。 また 日本国内のボランテ ィア活動 による 自己変容 については、柴 田 (200の

による学生のボランティア活動における学びに関する研究により、国際協力

や平和、人権分野における活動が、「企画・調整能力」「キャリアビジョン」「問題解

決能力」といつた学生自身の将来設計の描きに影響を与えるような技術や技能、思

考を得ることにつながることを示唆 している

9。

また、国際協力や平和、人権分野

への関心は、必ずしも海外フィール ドでの活動を意味するものではなく、国内の身

近な地域の 「内なる国際化」や識字 といった暮 らしに根 ざした問題と結びつきやす

いとい う調査結果を示 している

16)。

このことからも国際協力活動に参加することは、

社会 とボランティア個人にとつて相互的に意義のある活動であると考えられる。本

研究では、ボランティア者にとつてどのような変化を与えるのか、国際ボランティ

アを経験 した活動者の内面的変化について学生 と社会人を研究対象 とする。

(13)

2章

ドイツ国際平嗣団 彰劫日姓 じた自己

:舞

容に関するイン

タビュー調査

1

方法

平和村 のボランテ ィア活動 に参加 し、帰国 した 日本人

5人

に対 し、活動前後 の心 理的または行動的変化 についてそれぞれインタ ビュニ を行 つた。イ ンタ ビュー は非 構造的面接 の形で行 った。会話 は、合意 を得て

ICレ

コーダニに録音 し、その後逐 語録 を作成 し、分析 を行 った。 また、分析にはカテ ゴ リー分類 を用い、大学院生

2名

の協力 を得て行 つた。 質問 した内容 は以下の

8点

である。

平和村に行く動機

ボランティアに行く前後の性格の変化

平和村のイメージ

障害者問題に対するイメージ

平和村の子供のイメージ

国際理解や国際問題に対する興味・関心の変化

ボランティア活動のイメージの変化

ボランティ

.ア

活動終了後の進路

2

結 果

21か

ら表

28は

、平和村においてボランティアを行つた 日本人に対 しイン

タビューを行つた内容を文章化 し項 目毎にまとめたものである。A∼

Eの

記号はイ

ンタビューの回答者を記号で表記 したものである。

(14)

① 平和村 に行 く動機

Aは

、平和村 にい くことが夢であ り目標であったが、活動後 は海外ボ ランテ ィア 経験 をア ピール し、その行動力 を評価 され大手企業か ら内定を受 けた。 また国際協 力活動 の現場 を経験 した人材 が少 ない ことか ら平和村の活動に参加 し帰国す ること が 自身の成長 につながった とす る。

Bは

現状か らの逃避 が 目的であ り、現状に対す る意欲 を失 つていたが、帰国後 は 自分の成長 に 自身 をつ け、活動前は後 ろ向きであつた進路に対 し明確 な 目標 を見 出 し実行 に移すまでに変化 してい る。

Cは

活動前 よ り国際協力活動への意欲・関心が高 く、活動後は更に国際協力へ の 関心を高め 自身が今後 どの分野で活動 に参加 し支援に携 わってい くのか明確 な方 向 性 を見出す機会 として捉 えてい る。

Dは

海外への興味 。関心が高かったが、活動 中、 目的 をもつてボランテ ィアを行 った事がその後の進路を後押 しす る形 となった ことで活動の意義 を見出 してい る。

Eは

活動前 よ り

NGO活

動への興味0関心が高 く、活動 か ら自身 の生活や生き方 、 平和のために 自分 にできることを探す機会 となった とい う。 イ ンタ ビュー を行 つた

5名

は、活動参力日以前 よ り国際協力活動への興味・関心の 高い者 がほ とん どであった。帰国後、活動の動機 を振 り返 ると、 自身の成長の為 の 経験や活動後の進路 を考 える経験であった と全員 が述べた。表 歩

1は

、平和村 に行 く動機 を、回答者毎にま とめた ものである。

(15)

表 を

l①

平和村に行く動機

活動前 活動後 ω 子供の時にウノ"レンを見て、 自分の育つ環 境 と平和村に来る子供達の環境 との違いに 大変驚いた。それか ら平和村に行 くことを 将来の夢に抱き、平和村に行つて子 ども達 を笑わせたい と思い続けて来た。 平和村に行つたことは就職にとつて有利、行動 力があると示せ る。面接で評価 された。海タト協 力を経験 した人は少ない。様々な理由で行けな い人もいる中、

1年

間行けたことはすごい。 B)

o

取 りあえず1年卒業 と就職を延ばすために 留学が したかつた

o

モラ トリアムの延長で進路を決めかねてい る時に平和村を知 り行 こうと思つた。 ・ まだ働 きたくないが勉強にも意欲がわかな かった。 ・ 平和村での生活は人がなかなか体験できないも のであ り自分のためになつた。今後の生活 に間 違いな くプラスになった。 ・ 他国の人 と一緒に働き、またた くさんの国の子 ども達 と関わることができ、貴重な体験をさせ てもらった。 ・ 子 ども達の帰国の時の嬉 しそ うな様子や、アフ ガニスタンの人に泣きなが らお礼 を言われたこ とが自分の人生にない体験をした と実感 させ た。 ・ 大学生活において 目的をもたず、そのまま4年 間ただ勉強するだけでは駄 目だ と気付いた。

0

o

留学中に平和村を訪問 し、活動現場や子 ど も達の様子などを実際に経験か ら知 りたい と思つた。 ・ 特別な資格や技術を持たない職員がそれぞ れ 自分のできることにより活動に参加する 平和村の現場を見ることが、 自分 自身の今 後の為になると考えていた。

0

子 ども達 と出会えた事、ボランテ ィア者達での 共同生活によつてたくさんの人 と出会い、様々 な経験をさせていただいたことに感謝 してい る。 ・ 平和村の活動に参加 し、進路 として農業に関す る興味を見出した。 ・ 支援 した子 ども達が母国でその経験 を周囲に伝 えることや、海外 にも支援 して くれる人がいる とい う経験があることは、ヽ岩村 に来ていた子 ども達の国際理解 を高める事につながつている と思 う。 D) 家族の病気や死をきっかけに福祉に興味を もち、遺産を使って福祉の先進国で勉強を しよ うと考える。ス ウェーデンでのボラン ティア機関に ドイツの環境問題に対する考 え方に魅力 を感 じ、平和村でボランティア をす ることを決める。

o

平和村が研修生 として受け入れて くれた事への 感謝の気持ちが強い。 ・ 平和村の活動によつて、今後や りたい仕事が見 つかった。

O

目的をもつて海外ボランティアに参カロした事 は、その後の就活でも人よリアピールポイ ン ト ができ有利であつた。

(16)

DI°

東京でのインターンの後、次に何をやるか 考えていた時に、小さいころにウ′″レンで みた平和村のことをふ と,思い出 し、応募 し た。 自分の住んでいる世界をよくしたい とい う 思いか ら、

NGOの

活動に興味を持ってお り、実際に支援 されている人 と接 したい と 思つていた。

WFPの

活動を番組で見て 自分も途上国支 援の為に働いてみたい と思った。 支援を受ける側の人 と接 してみたい と思つ た。 戦争をなくすための活動に参加 してみたい と思った。 自分の生活や人生を大切 に しながら平和のため にできることは何だろ うと考えるきつかけとな つた。 平和村で感 じたことや思いを忘れずに生きてい きたい。 表 卜

1の

内容 を傾 向毎に分類 し、表 か

11に

示す。 表

2卜

l①

の平和村に行 く動機 における傾 向(複数回り 活動前後の動機 の変容 をみ ると活動 に参加す ること自体が動機 であった活動前か ら、活動後 は今後の生活 に影響 を与える活動 と位置づけ られ る。また、活動前の動 機は平和村の運営や活動への興味が強い傾 向がみ られたが、活動後は活動者全員 が 今後の進路に とってメ リッ トがある活動であることや人生の 目的を見出すための活 動 となった こと、 日本では経験できなかった出来事 を経験す る機会が得 られ た と回 答 してい る。 活動前 活動後 現実からの逃避 1人

ボランティアや子ども達の母国の相互理

解、国際理解を高める活動となった

1人 平和村のスタッフや現場の運営への興味

2人

進路にとって有利な活動

2人

対人的ボランティア活動への参加が 目的

2人

今後の人生の目的を見出した

4人

平和村の活動内容への賛同と平和村の活 動への参加が 目的

3人

これまでにない、人とは違う貴重な経験や

出会いがもたらされる活動

4人

(17)

ボランティアに行 く前後の性格の変化

Aは

、自身の価値観で物事を判断する事が多 く、また周囲に対 し打ち解けること

を苦手としていた。 しかし活動後は 「視野が広がった」、「人付き合いの好き嫌いが

なくなり、色んな人がいて当た り前と思 うようになった」など周囲とのコミュニケ

ーションに大きな変化が見られるようになつている。

Bは

、 日常生活や行動面で消極的な面がみ られたが、活動後 「何事もやつてみな

ければ分からないと思った」や 「つらいときは仲間と乗 り切つた」様子から、活動

を通 して行動や課題解決に向け意欲的に行動できるようになっている。また、活動

前に自己主張が出来ないことがあげられていたが、活動を通 し「自分の意志がはっ

きり伝えられる」 という変化が起きている。

Cは

活動前「自分と違 うペースの人を待つのが嫌だ」と答えていたが、活動後「人

のペースを考え待てる」、「人に歩み寄る姿勢が出来た」など、人 との共感性や他者

理解を学ぶことができ、帰国後の人間関係が良好になった気付きをもつている。

Dは

計画的に行動する性格であり活動前後においてこの面では大きな変化は見 ら

れなかつたが、帰国後は 「悩んだらまずチャレンジしてみる」 とい う未知へのチャ

レンジ精神が身に付いた。そしてそれにより視野が広がるとい う実感を得ている。

また活動前は、自分の善意を押 し付けてしま うことがあつたが活動後は 「何が幸せ

かは周囲と当事者で違 うと気付いた」、「自分の考えを相手に押 し付けては行けない

と気付いた」など、相手のニーズに応 じて支援することを大切に感 じる機会となっ

たようである。

Eは

活動前より国際協力活動に関心が高く、周囲の偏見や誤解のある発言に対 し

不快な感情を抱いていた。活動後は貧困や紛争のある国の現状を知 り、周囲とのギ

ャップが更に強まったと感 じているが、

「周囲に対しこうすべきという押 しつけをし

なくなった」とあるように、周囲との国際理解に関する向き合い方の違いにある程

(18)

度の理解を示 している。表 歩

2は

、ボランティア活動前後の自己の性格について、

回答者毎にまとめたものである。

22

②ボランティアに行く前後の性格の変化

(複

数回り

活動前 活動後 Al 物事を自分の好き嫌いで判断 していた。 性格が合 う人は好きな人、性格が合わな い人は嫌いになっていた。 自分の家庭環境に悩んでいたがそれを 人に打ち明けることができずに抱え込 み家族にあたることもあつた。 相手の態度や機嫌が悪いと、自分も不愉 快な気分にな りそれを態度に出してい た。 母親の考え方が変わると子供 も影響を受ける。そ して子供の考えが将来の社会の変化につながる。 そのため母親の考 え方や国際意識が重要である。 自分も子育てで平和村の体験について伝えていき たい。命の大切 さや家族の大切 さ。生きるとい う こと。 平和村の子 ども達の受けたことを自分の子供だつ たらと想像すると自分が正気を保てなくなる。ぞ つとす る。自分だ とその後の人生生きていけない。 誰かを支援 して、その相手が喜んで くれることが 自分に とつて幸せだと感 じる。 今 自分が幸せだか らこそ、周 りが見え、人の支援 ができると気付いた。 健康の大切 さを しった。 人の喜ぶ姿を見ることが′いから好 きになつた。 損得考えず人のために行動できるよ うになった。 誰かがい らだっていると、それには何か原因があ ると考えるようになった。そのため、その時の態 度や部分的な印象だけで判断 しな くなった。 虐待のニュースをみて、その報道の仕方に疑問を もち、子育てのつ らさや虐待に陥る状況に理解が できるようになつた。誰にだつて虐待は起 こりえ る。その状況を改善する支援が大切だと考 える。 人を見た 日で判断 しなくなつた。 家族に感謝の気持ちを抱き伝えた 周囲の人を大切 にするようになった。 定期的に平和村のことを思い出し、初心に返 りな がら日本で過 ごすようになつた。 あま り怒 りを感 じなくなつた。

(19)

視野が広がった。 人付き合いの好き嫌いがな くな り、色んな人がい てあた り前 と思 うようになつた。 大切なことはその人の人柄や性格だ と思 うよ うに なった。 日本は平和ボケ している。簡単に死にたい と言つ た り、思つた りす る。平和村に行 つて、気軽 にそ うい う言葉は使わなくなつた。生きたい人がたく さんいると考えるようになった。 自分を大事にできるようになつた。 どんな経験 も今後につながると感 じた。 時間に余裕ができ焦 らな くなった。 一つの出来事に対 し、色んな視点か ら考えるよう になった。 自分中心の考えか ら、相手中心に物事を考 えられ るようになった 帰国後葛藤がある。以前 と同じ生活 をしても馴染 まない。友達 と話があわない。 周囲にボランティア行つたいい人、えらい と言わ れる、が自分ではそ う思わない。 平和村に行つたことで新 しい感覚ができたがそれ が自然なこととして受け入れ られず、すごい と言 われる。 日本にない環境のことは伝わ りに くし、 Bl ・ 授業に出席 しても真面 目に聞いてなか った。 ・ 人に誘われるといやでも断れない性格 だった。 ・ 平和村での生活でつ らくなつた時は仲間と話合つ て乗 り切つた。 ・ 様々な人 と出会い、自分の意志をはっきり伝 えら れるようになった。 ・

日本人は真面 目すぎると思 う。

0

ボランティアの1年で良い意味で適当になった。 ・ ボランティアを通 し、ドイツで生活 をした ことで、 ドイツ人 も同じ人だと感 じた。 日本人にもいい面 がたくさんあると気付いた。 ・ 何事もやつてみなければ分からないことがあると 思つた。

(20)

Cl

以前は人のペースが待てない、自分のペ ースに合わない と嫌だつた。

0

人のペースを考え、待てるようになつた。 ・

自分の考えと違 う人にい らだたない。 ・

臨機応変に対応でき、その対応に余裕がもてるよ うになった。

0

人に歩み寄る姿勢がもてるようになつた。

人生観がはつき りし、自分の人生設計、進路の方 向性がはつきりした。 ・

そ して共同生活か ら他者理解を学ん几 D) 興味あることを実行に移す前にはじつ くり考え、その後の生活 も検討 しなが ら、またその経験 を経てもう一度再考察 する。 目標に対 し、逆算 して手だてを考えてい る。 自分が善意で したことがあ りがた迷惑 になっていた事があった。 悩んだ時にはまずチャレンジしてその経験 をふま え次のことを考えていきたい。 視野を広げることができた。 自分の考えを相手に押 し付 けてはいけない と気付 いた。 何が幸せは周囲 と当事者で違 うと気付いた。 平和村の生活を経て、手段や材料が限られた中で 最前を尽 くす事のや りがいを知つた。 自分の経験が人に伝わらない事や、自分の考 えが 理解されない事に対 し、人に迷惑をかけなければ 自分 らしさを大切にしよ うと思つた。 嫌な事を嫌々す るとただの作業化 してしま うが、 楽 しんで取 り組む事により学ぶこと気付 く事があ り、その姿勢が大切である。 今までの経験を全部無駄に したくないと思 う。 人 とのつなが りを大切 にす るようになつた 自分がこれまで恵まれた環境で生きて来た事に感 訪寸し、これからできることは何でもしていきたい。 海外ボランティアに行ける状況であつた事、

1年

かん活動できたこと事態が、行きた くても行 けな い人もいる中恵まれた事であると思つた つなが りを大切 に して行動するとそれは回 り回つ て自分や家族な ど大切にしているものに還元 され ると思 う。 継続 し、達成す る事の大切 さを感 じた。 計画や 目標に向け段取 りや効率を良くこなす こと を考えるようになった。

(21)

DI・

途上国の人に対 して偏見を持つ周囲の人 間 とは分か り合 えない。 前職場の上司が 自分 と真逆の性格で、途 上国の人にひ どい偏見を持っていた。そ れに腹が立ち話 し合 うことを諦めた。 何 もせずのんび りすることが好きでそれ を暇 と感 じない。 周囲か ら誤解 されるが 自分探 しをしてい る訳ではなく、 自分の方向性に迷つたこ とはなしヽ 平和村の実態 と日本の贅沢な暮 らしにギャップを 感 じてイライラして しま うことがあ り、行つてよか つたとい う気持ちと、知 らないほ うが幸せだったか もしれない とい う葛藤がある。 周囲の人 とのギャップを大きく感 じるようになっ た。 周囲の人に対 して、こうす るべきとい う押 し付けを しなくなつた。 見て見ぬふ りをするのか簡単だが知って しま うと 世界で起 こる様々な問題に対 し葛藤が生 じるよ う になつた。 戦争などの悲`惨な現実に目をそむけなくなった。 自分の生活や人生を大切に しなが ら平和のために できることは何だろうと考えるようになつた。 時間やお金をかけすぎず、シンプルに生きたら楽だ と思 うようになつた。 何 もしていない時間は無駄な時間だと思わなしゝ あるものを工夫 して何 とか しようと思 うようにな り、ものを買 う前には、なくても何 とかなるのでは ないか と考えるよ うになつた。 食べ物や ものを無駄遣いせず大事に扱 うようにな った。 ●

22の

内容を傾向毎に分類 し、表

221に

示す。

2-2-l

②ボランティアに行 く前後の性格の変化における傾向

活動前 活動後 1人 日本を客観的にみる 1人 物事に真面目に取り組めない 1人 新しい事にチャレンジする機会が増えた 2人 周囲を信頼できない 1人 他人のために行動する喜びを知った 2人 計画性をもって行動できる 3人 周囲の考え方と相違が生じるようになつた

2人

相手の立場を考えられず 自分本位である 4人 臨機応変さや柔軟さが身に付いた

2人

視野や考えの幅が広がった

2人

社会問題を他人事に思わず自分の事として考える 3人

エコライフが身に付いた

3人

失敗を恐れなくなった 3人 自己理解が深まった

4人

他者理解と共感性が深まった

5人

(22)

活動前の性格の傾向では「相手の立場を考えられず自分本位である」が

4人

と他

者理解の姿勢に課題があるが活動後は、「他者理解 と共感陛が深まった」が

5人

通 してあげられてお り、次いで 「自己理解が深まった」 とあり自己理解 と他人を思

いやる姿勢が身に付いた活動体験となっていることが伺える。

③ 平和村 のイ メージ

Aは

活動前に平和村 を訪問 していたため、活動前後でイメー ジの変化 はほとん ど み られ なかったが、活動 の意義は子 ども達が助 か る事だ と考 えていた事 が相互 的に 国際理解 を高める活動 となっているとい う意義 を見出 している。 また平和村の子 ど も達の現状 を生まれた環境で境遇 が大 き く変化す ることな ど平和村の活動か ら国際 問題 まで視野を広げて考 えるよ うになった。

Bは

平和村の子 ども達は沈んでいて暗い雰囲気 と想像 していたが、子 ども達 が予 想以上に元気で楽 しく過 ごせた よ うである。 しか し、平和村の運営状況や寄付金 の 活用方法 についての課題点 を感 じ、子供のためには職員 の雇用 を安定 させ る事 が重 要である と述べている。

Cは

平和村の組織運営やボランテ ィア活動の現場 としての興 味があ り、子 ども達 は元気に遊 んでいて職員 は保育園の先生のよ うな役割 を担 っていると想像 していた。 しか し、活動後の平和村 の認知 度の低 さか ら広報活動 の重要′性と継続的な支援活動 を継続す ることの難 しさを知 つた。また子 ども達 の怪我 の深刻 さにシ ョックを受 け、 帰国後の母国での生活環境 に対す る問題意識が芽生えた。職場 でのコミュニケー シ ョンか らち ょっ とした気遣いを大切 にす る事が良好な人間関係 を気付 く事につ なが ると学んだ。

Dは

平和村の仕事内容 は、これ まで

Dが

高齢者介護 を した経験が活用 できる と考 えていた。 また人の世話 が好 きなことか ら、平和村 において も対人的支援 をボ ラン

(23)

テ ィア内容 とす るため活動 に対 し楽 しみ を抱いていた。平和村のイメージはあえて 何 も想像せず に参加 した。活動 によ りその後の進路を見出す経験 とな り、 自分の人 生の原′点は平和村 である と実感 してい る。 また職員の勤務体制 には課題 を感 じてい る。子 ども達がす ごす様子か らは平和村 において文化や 国の違 いを超 え仲良 く関係 を築 く姿か ら平和 を象徴す る場であると感 じている。

Eは

平和村のボ ランテ ィアは食料や住居が与 え られ るため仕事 をす る責任 がある と考 え活動 に参加 した。 また福祉制度の整 った国のため働 きやすい環境 を想像 して いた。子 ども達の母国の環境な ど世界の現状 を知 る事の出来る現場だ と思っていた。 しか し活動 に参加 し、想像 よ り仕事が多忙であ り、労働 条件 も厳 しかった。また ド イ ツ人 と日本人の仕事に対す る考 え方の違いな どが見 られた。平和村の現場は命に 携わる医療 の現場 のよ うな責任感 が必要 とされた。表 針

3は

、活動前後の平和村に ついてのイメージを、回答者毎にま とめた ものである。 表 歩

3の

内容 を傾 向毎 に分類 し、表 卜

3-1に

示丸

231

③平和村のイメージにおける傾向

活動前 活動後

募金により運営し、ボランティア活動をして

いる組織

1人 変化なし 1人 世話をする楽しみを与えてくれる場 1人

子ども達の命を預かる現場

2人

心が沈んだ子ども達が生活している場

1人 社会性やコミュニケーションスキルが求められ る場

2人

意図的に何もイメージを持たなかった 1人 平和本・llこ来る子供達の国際理解を高めること につながる場

2人

自分のスキルが活用できる場 2人

活動の重要性を感じ国際的認知の重要性を感

じる場

2人

国際協 力活動をする現場

2人

自分の進路に大きな影響を受ける場

2人

子ども達が遊びや学びを求めている場 2人 現場の労働条件が 多忙

3人

ボランティア自身の国際理解を高める場

4人

(24)

活動前に比べ活動後は平和村が国際理解を深める事の出来る現場であるとの認識

をしている者が多かった。また日本のボランティアのイメージと異なり、平和村に

おける仕事を多忙 と感 じる者も多かったが、「進路につながる」ことや「自身の社会

性を高めることができた」など継続に至るメリットを自身にも感 じられていた。

障害者問題に対するイメージ

Aは

日本で障害者の人と関わる機会がほとんどなかった。小学校の道徳の時間は

障害者や高齢者、人権問題などをみんなで取 り組み強制 されず積極的に皆で取 り組

み楽 しかった思い出があらた。活動をはじめ、初めは子 ども達の障害に驚いたがす

ぐに慣れ、怖 くなくなったが、子ども達の障害の原因や母国の環境の問題について

考え悔 しさを覚えた。そして帰国後の日本では障害者が生活 しづ らい環境である事

1悔

しさを感 じた事から、障害があることで人生が分かれる事に違和感を感 じた。

そのため、障害者の問題を含め皆が住みやすい環境にしていきたいと支援活動を考

えている。

Bは

、障害者はコンプレックスを抱えてお りあまり見てはいけないと思っていた

が、活動後は積極的に関わる姿勢へと変化 した。また障害者の社会参加を推奨する

考えをもつている。

Cは

活動前より障害者 との関わりに積極的であり、接 し方は活動後も変化しなか

った。 しかし、障害者問題 と平和村の子 ども達が抱えている問題は違 う者 と考えて

いた。活動後は障害者の問題を他人事ではないと考えるようになり、障害者の問題

を含め世界の貧困問題なども広い意味で平和に向けた取 り組みに対し、自分の専門

分野からの支援活動を進路として選択するまでに至る。また平和村の子 ども達が障

害者であるとい う認識が芽生え、より障害者問題や、子供達の母国における障害者

(25)

の就労問題や生活環境の改善に向けての取 り組みを行っていきたいと考えている。

そして、障害や 自身が社会に対 し積極的に障害理解を訴える姿勢も重要であるとの

見解をもつ。

Dは

障害のある平和村の子 ども達との関わりに不安を抱いていたが、活動に参加

し障害の有無にかかわらず一人の子供 として関わろうと考えた。また帰国後は障害

者を特別視せず困つている人がいたら手助けをするとい う意識をもつている。

Eは

障害者を特別視する意識があり関わろうとすることはなかった。また日本で

健常者が捨てたゴミを障害者が掃除する現状に違和感を感 じていた。活動後は、障

害者を特別視せず健常者 と区別する意識がなく接 している。また日本の障害者理解

に対 し問題′

点が多いと感 じている。表

24は

、活動前後の障害者問題に対するイメ

ージを回答者毎にまとめたものである。

日本で障害者の人 と関わることはあ ま りなく、テ レビで平和村の映像をみ て驚いた。そ して自分がそれまで幸せ な環境で生きて来たことに気付いた。 映像の中で当時の自分 と同じ年齢の

10歳

の女の子が自分の傷よりも、年 下の子の傷を心配 している姿を見て、 自分にはなしヽいの広 さを感 じ、自分の 月ヽささを知つてシ ョックを受けた。 小 さい時スーパーで腕がない人がレ ジを打つていてすごく驚いた。その時 怖がって母親に言 うと、世の中には色 んな人がいるのだと怒 られた。それか ら障害者 と出会 うことがあつても見 かけても何 も感 じなくなつた。でも実 際近 くで見ると怖い気持ちはあつた。 帰国後、駅で杖をついている人が困つていたが周囲 が見て見ぬ振 りをす るので冷たいと感 じた。平和村 にいた時と同 じ感覚で、声をかけると周囲が驚 いた 顔で見てきたのが嫌だった。 ちょつとした声かけが 常識の世の中にしたい。 障害があるか どうかなんて関係ない と言いたいが、 障害者に失礼かとす ごく考える。 帰国後、職業案内所で障害者の求人広告をみて、待 遇の違いに悔 しさを感 じた。

2-4

④障害者問題に対するイメージ

(複

数回咎

(26)

小学校の時の道徳の時間は障害のあ る人のこと、お年寄 りのこと、人権の 問題などをみんなで取 り組んだ。多趣 味な先生が多 く、休 日は施設見学に連 れて行って くれた。強制ではなく、楽 しいか らみんなが学んだ。その経験が できたことを感訪寸している。 聴覚障害の友達がいたのでみんなで 手話を覚えよう勉強 した。積極的にみ んなで取 り組めたことが良かつた。 障害者の人 と町中で関わつた りする ことが楽 しかつた。 障害者に頼まれ事などをされること があ り、手伝 うことで頼 りにされるこ とが嬉 しかった 平和村の子供を初めて見た 日はびつくりしたがす ぐ ぽ買れた。怖 くなかったが悔 しくなつた。障害や病 気の原因について考えることや、まだ小 さいのに母 親 と離れなければ助か らない環境について考え、悔 しかった。 帰国 し、障害者の問題だけを区別せず色んな問題を 含め、自分のアプローチの仕方を考え、変えていき たい。 今いる会社で障害児 と山登 りをするイベン トを企画 したいと考 えている。 障害があるだけで人生が分かれ ることに違和感 を感 じる。 手話や点字 を覚えたい。みんなが住みやすい環境に なって欲 しし、 イヽさい時に平和村を知ったことはよかった。 日本は 閉ざされているか ら、知 らないことが多い。

o

自分 もいつ怪我 をして障害を負 うかもわからないの で、他人事 に思えなくなった。 ・ 障害の問題は世界中の問題 として考え、障害、貧困 な ど様々なことを含 め広い意味での平和について取 り組んでいきたい。 ・ 障害者に対する接 し方は変わ らない。 ・ 障害者 を町中で見力ヽすてもあま り見 ないようにしていた。 ・ 障害者には何かコンプ レックスがあ ると思つていた。 自然にどん どん関われ るようになつた。 ・ 偏見がなくな り、障害を理 由に何かができない とか は思わなくなつた。 ・ 少 しくらい不 自由な状態でもなんとかなると矢日つ た。

0

日本の障害ある人ももつと社会に出ていけると思つ た。 ・ 町中で障害者を見かけると気 になるよ うになった。

(27)

平和村の子 ども達の抱えている問題 を障害者問題は違 うものと考えてい た。 日本の障害者の暮 らしや問題 につい て全 く知 らず どう生活 しているか分 か らなかつた。 一人の職員が世話をする子供の人数 が多いため何か トラブルを起 こして しま うことが不安であった。 活動を通 して、平和村の子供達に障害があるとい う 認識をもち、より障害者問題 にどう取 り組むか とい う問題意識が高まった。 障害者の問題はその家族や関わる人だけの問題では な くみんなの問題である。 途上国の農業を支援す ることで平和村の子供の よう に障害があっても生活ができるようになると気付い た。 土壌汚染か ら奇形児が生まれ るなど紛争国や途上国 の支援 として土壌汚染の改善 を支援す る必要を感 じ た。 障害者やその支援者達が社会の障害者 に対する意識 を変えてい く努力 も必要であるも市J度面など世論を 巻 き込みなが ら、声を上げていかなければいけない と思つている。

D

五体満足でない子 ども達にどう接 し た らいいか分か らず関わ り方に不安 があった。 障害児をみると意識するようになつた。

o

障害者問題 に限らず困つていると感 じたら声をか け、積極的に関わろ うと思つている。

o

障害者がいつも困つている訳ではないので特別視は しない。 ・ ヽ活動に参加 し、初めて平和村の子 ども達が障害者で あるとい う感覚が芽生えた。 El 行 く前は障害者を特別視 してはいけ ない と思つていつつも、どこかで違 う 存在 と思つてみていた。 学校などで障害者がいたが、直接関わ ろ うとすることはなかつた。 健常者が捨てたごみを障害者が掃除 してきれいにしている事に釈然 とし ない気持ちが した。 日本では障害者 と健常者をはつきり区別 してい る が、平和村では障害者 を特別視せず、また、障害者 たちも健常者 と同 じように振 る舞 う。 障害を持っていても一生懸命働いてい る人がい る が、一方で何の問題 もないのに生活保護で暮 らして いる人がいる現状に不公平 さを感 じる。 今は障害者だか らと特別視す ることはなく、健 常者 と同じように接す ることができている。 日本の会社の障害者枠があることに大変違和感 を感 じる。義務的であることなどイメージアップのため の雇用であるこ とが本質 とずれていると感 じる。 活動後障害者を手助けする時は障害者だからではな く大変そ うだから助 けるとい う感覚になった。

(28)

241

④障害者問題に対するイメージにおける傾向

活動前 活動後

障害者との関わりに抵抗がなく好意的な印象

がある

2人

障害者問題への関心が高く今後自ら取り組

んでいく

5人

多少の関心はあるが関わりを持つ事には消

極的である

3人

障害者を健常者と区別する感覚がない

5人

障害者に対する苦手意識や否定的なイメー

ジがある

3人 関心がない

3人

24の

内容 を傾 向毎に分類 し、表

2-4-1に

示す。 活動前の

5人

中、障害者 に対 し好意的な印象がある者 は二人、残 りは苦手な意識 や関わ りに消極的であった。 しか し、活動後、

5人

全員 が 「障害者 問題への関心が 高 く今後 自ら取 り組 んでい く」 と 「障害者 を健常者 と区別す る感覚がない」 と述ベ てお り、平和村 の活動 によ り、障害者 に対す る理解や障害者 を取 り巻 く諸問題への 意欲 関心が高まった活動 となつた事が明確 に示 された。

平和村の子供のイメージ

Aは

子 ども達の印象をテレビの印象からイメージし、戦争に傷付き、痛々しい様

子であると考えていた。そのため平和について教育する事や、

共同生活などを通 し、

国や文化の違いに理解を高めていきたい、また子 ども達をたくさん笑わせたいと考

えていた。活動後は子ども達が傷づいていても元気で明るい事を知った。また子供

の発達の段階にあわせて支援する事や母国に帰ってからの生活を考え身の回りの自

立に力を入れる事を大切にした。

Bは

子供達が傷付き沈んでいるだろうと想像 していた。また

Bは

子 どもが好きで

はないため接 し方に不安があった。活動を通 し、怪我のひどい子 ども達を見るとは

(29)

じめはショックを受けたがす ぐは質れ、違和感なく子 ども達と関われ愛情を感 じる

ようになつた。また宗教や文化の違いから接 しづらい子 どももいることに気付き、

支援 した子 ども達が母国で国際理解を広げてくれる事を願 うようになった。

Cは

子 ども達が元気に楽 しく過ごすイメージを持ち活動に参加 したが、子ども達

の傷の深刻 さに驚き当初はショックを受けた。次第に子 ども達の母国での生活や障

害があつても生活できるための技術を身につける事の重要さに気付いた。

Dは

子 ども達の怪我の状態や奇形の状態により子ども達が痛みや苦 しみを訴え泣

き叫んでいると想像 していた。また言語や文化の違 う子 ども達のコミュニケーショ

ン方法に不安を抱き、民族間の争いなどがあるのではと心配していた。 しかし活動

後子 ども達が楽 しそ うに皆で遊んでいる様子を見て安心した。また

D自

身も子 ども

達を障害児 として意識せず一人ひとりの子どもとして接するようになった。子 ども

同士が障害を理由にからか う様子がない事に障害者理解を深める機会となった。ま

た、

子 ども達が平和村にくるに至った背景にある原因について考えるようになった。

Eは

平和村の子 ども達が障害児であるとい う認識はなく、飢えや争いによる問題

が平和村でも起こっているのではと想像 していた。活動に参加 し、栄養失調の子 ど

も達の体にショックを受け、怪我の状態の深刻 さなど命に関わる現場であり子 ども

達の世話で気を抜 く事が出来なかつたという。また平和村の生活に慣れてしまった

子 ども達が母国の環境で暮 らせるか不安を感 じるようになった。そして親元を離れ

ている子ども達のために愛情をかけること、親代わりとしてしつけなどをする役割

を担 うなどの重要性 と、

職員 として距離をはかることのバランスが難 しいと感 じた。

表 か

5は

、活動前後の平和村の子どもに対するイメージを回答者毎にまとめたもの

である。

(30)

2-5

⑤平和村の子供のイメージ確 数回り

活動前 活動後 A) テ レビの映像 を見る限 り戦争によつて 傷付いていると思い、平和について教 育すべきだと思つていた。 共同生活を通 し国や文化の違いに理解 をもつ ことやスポーツを通 じて共感で きた らと思つていた'。 テ レビでは泣いている子供が多 く映つ ていたのでたくさん笑わせてあげたい と思った。 大きな子供の傷は痛々 しく接するのが つ らい印象があった。 こどものペースにあわせることが出来ず、早 く動い て欲 しい と思つていたが、子供には子供なりのペー スがありそれを大切にしたい と思 うようになった。 実際行 くことでイメージが 180度 変わった。傷つい ていてもみんな元気で明るかつた。 子 ども達が母国に帰つてか らの生活を考え自立に 力を入れた。 支援者の者6合で早 く行動 させても意味がないので 成長にあわせて支援を行 うことで出来ることが増 えることが分かつた。 子 ども達の反抗的な行動には親元を離れた寂 しさ な どが原因にあると知 り、それまでの 自分の態度を 見直す と子供達 と信頼関係 を築けた。 B)

0

子 どもたちは傷を負つているため心が 沈んでいると思つていた。 ・ 子供はあま り好きではなくどう接 して いいか分か らなかった 文化や宗教の違いか ら接 しづ らい国の子供もいた。

0

慣れて違和感なく関われるよ うにな り、接すること で可愛い と感 じ、子 ども達 との関わ りが楽 しい と思 った。 ・ 怪我のひ どい子供達をみるとショックだったが元 気な様子の子供が多 く、嬉 しかつた。 ・ 支援 した子 ども達が母国でその経験を周囲に伝 え ることや、海外にも支援 して くれる人がいるとい う 経験があることは、へ岩村に来ていた子 ども達の国 際理解を高める事につながっていると思 う。 (〕) 元気に楽 しそ うに過 ごしているイメー ジであった:

0

子 ども達の傷の状態のひどさに驚き、ショックを受 けた。 ・ 帰国後の子 ども達の生活や障害があつても働 き生 きていける技術を付けることの大切 さに気づいた。 D) 怪我や奇形の状態がす ごい子供がたく さんいて、常に誰かが痛みや苦 しみを 訴え泣いているイメージがあつた

0

みんなが一緒に楽 しそ うに遊んでいる様子を見て 安心 した。

(31)

・ 子 ども達 との言語が違 うこと障害があ ることで どうコミュニケーションをと るか不安だった。 ・ 民族同士の争いがあると思つていた 障害児 として気を使わず、普通に子供 として接 した らいいと考えるようになつた。 ・ 子供達同士で障害を理由にか らか う事などがなく、 みんないい子達だ と思つた。 ・ 日本で平和村の子供 と同 じ年位の子供を見力ヽする と子供達が元気か と想像するようになつた。 ・ 何故子 ども達が平和村にきたのか、その背景にある 問題を考えるようになつた。 E) 子 どもたちの状態と障害児であるとい うイメージは一致 していなかつた。 飢えや争いなどが 日常にある子 どもた ちなので平和村でもそ うい うことがあ るのかもしれないとイメージは してい たが、 自分には食べ物が豊富にある国 で生まれ育ったため実感がなかった。 世界の現状などを実際に自分の 目で見 ることができる。 やけどの傷などにはあま りなにも感 じなかつたが、 年齢に対す る体の小 ささに衝撃を受けた。 子 どもたちは松葉杖の子 どもが車椅子の子 どもを おす等、自然な助け合いがみ られた 少 しの油断が命取 りになるような状態の子供たち も多 く、気を抜けなかつた。 平和村に比べ病院は自由で、可愛がってもらえるた め、退院 しても病院に戻 りたい とい う子供もいた。 生まれてす ぐ平和村に来ている子が、故郷に戻つた 際、現地の環境でやっていけるのか不安に感 じる。 子 どもたちとのコミュニケーシ ョンが難 しくまた、 親元を離れているため、自分たちが しつけ役にな ら なくてはいけないが どうすればいいか分か らなか つた。保育などの知識があればと思つた。 平和村の子 ども達をみていると、普通つてい うもの はないのだ と感 じた。 愛情のかけ過 ぎもいけない し、突き放 しすぎるの も よくないため、バランスが難 しいと感 じた。 表

25の

内容 を傾 向毎に分類 し、表 界 卜

1に

示す。

2卜l

⑤平和村の子供のイメージの傾向

活動前 活動後 子ども達が元気に過ごしている 1人

平和村の子供達が障害児である事に気付いた

1人

子ども達が障害者として思つていない

1人

子供達の国際理解が高められている

1人

子ども達との関わりの中で喜びや学びを

1人

子供達の栄養状態や怪我の重度差にショック

3人

(32)

与えたい

を受けた

異国の子供達との接し方に不安がある

2人

子供達がとても元気な様子であつた

3人

子供達はひどい傷を負い、苦しんでいて、 子供達同士も争いが生じているイメージ

4人

自分に出来る事で相互に手助けし合う自然な

姿から自身の障害者への関わり方を学んだ

4人

子供の成長や発達を見守りながら,子供の思

いに寄り添えるようになつた

4人

子供達の母国の環境や帰国後の生活を考える

ようになつた

5人

活動前の

5人

4人

が平和村の子 ども達はひ どい傷 を負い苦 しみ、子供達 同士 も 争いが生 じているイメー ジを抱いていた。しか し、活動後のイメー ジでは、「子 ども 達が元気な様子だつた」 とい うイ メージに変化 した者が

3人

いた。また、「自分に 出来 る事で相互に手助 け し合 う自然な姿か ら自身の障害者への関わ り方 を学んだ」 や「子供の成長や発達 を見守 りなが ら

,子

供の思いに寄 り添えるよ うになった」、「子 供達の母 国の環境や帰国後の生活 を考 えるよ うになった」 とほ とん どの回答者が答 えてお り子 ども達か ら障害者理解や こどもの成長発達、国際理解 を学ぶ事が多かっ た と回答 してい る。 ⑥ 国際理解や国際問題 に対す る興味・関心の変化

Aは

海外 に出ることが初 めてのため言葉 の違 いに不安が強かった。 またテ レビの 報道 な どの影響か らアフガニスタン人に対 し怖い とい うイメー ジがあった為、その 国の子 ども達 と接す る事 も怖 かった。 しか し活動 を経て、アフガニスタンの子 ども 達 も他 の子 ども達 同様 に優 しくて、 自分の偏見に気付いた。 また 日本 の国際理解教 育の不十分 さを感 じ教育 の現場な ど、 もつ と海外 について学ぶべ きであ り、海外 を 知 る事が 日本への客観的な気付 きにもつながると考えるよ うになった。

Bは

他国に対す る興味がな く、人種の違 う人 と接す る事 に対 し抵抗 があったが、

(33)

活動後は平和村 で出会 った子 ども達の母国や子 ども達の生活環境 な どに興味 。関心 が高まった。そ して、平和村 に来 る子 ども達の怪我や奇形 の原因や背景 にある問題 に対 し考 えるよ うにならた。

Cは

活動前 よ り紛争や 国際協力 に対す る興味があ り、先進国が途上国の資源 を消 費す る事で途上国の 自然破壊が進む現状や、平和村の紛争国支援活動 の運営に興味 を抱いていた。活動後は紛争国の環境改善 と障害者 の就労問題 の改善 に農業分野か ら支援 を行 う事が出来 る事 に気付 き、専門的技術 を身に付け、今後国際協力を して い く事 を考 えるよ うになった。また国際問題にも主体的に取 り組むことが重要だ と 捉 えるよ うになった。そ して震災 を受 け 日本 の被災者 が海外か らた くさんの支援 を 受 けた よ うに 日本 の国際協力 に関わる事 は 日本 に還元 され ると考 えるよ うになつた。

Dは

海外に行 く事に興味が強 く、途上国や紛争国の問題 に対 し現実味 をかん じて いなかった。しか し活動 を通 し子 ども達 と関わる事で子 ども達の母国について知 り、 日本 の環境 の豊か さに気付 きをもつた。 また、途上国や紛争国の子 ども達の生活や 教育の環境改善に関心が高 くなつた と述べてい る。 Ёは、先進国にス トレー トチル ドレンがいることを知 り、 日本 は世界 の現状 を知 らない事が多い と感 じていた。 また国際協力活動が現地のニーズに応 じた形で ある か疑間をもつていた。そ して生まれた環境の違いで子 ども達の生 き方が大 きな違い を生む ことに悲 しみ を感 じていた。活動 を通 して、ドイ ツと日本 の文化 の違いや、 日本 にっいて客観 的な視′点で考 える機会 を得て、 日本で学ぶだけでは実際の現状 を 知 る事は出来ていない事 を実感 した。 また、紛争国や途上国の子 ども達 の生活 に関 心が高ま り、子 ども達が生 き残 る為 に争 う現状 を実感 した。 また先進 国が行つてい る途上国の支援 のあ り方が、先進国の利益 を優先 した ものであると考 え、帰国後 の 進路 を考 える機会 となった。表

26は

、活動前後の国際理解や 国際問題への興味・ 関心について、回答者毎 にま とめたものである。

表 を l① 平和村に行く動機 活動前 活動後 ω 子供の時にウノ "レ ンを見て、 自分の育つ環 境 と平和村に来る子供達の環境 との違いに 大変驚いた。それか ら平和村に行 くことを 将来の夢に抱き、平和村に行つて子 ども達 を笑わせたい と思い続けて来た。 平和村に行つたことは就職にとつて有利、行動力があると示せ る。面接で評価 された。海タト協 力を経験 した人は少ない。様々な理由で行けない人もいる中、 1年間行けたことはすごい。 B) o  取 りあえず 1年 卒業 と就職を延ばすために
表 241  ④障害者問題に対するイメージにおける傾向 活動前 活動後 障害者との関わりに抵抗がなく好意的な印象 がある 2人 障害者問題への関心が高く今後自ら取り組んでいく 5人 多少の関心はあるが関わりを持つ事には消 極的である 3人 障害者を健常者と区別する感覚がない 5人 障害者に対する苦手意識や否定的なイメー ジがある 3人 関心がない 3人表24の内容 を傾 向毎に分類 し、表 2‑4‑1に 示す。 活動前の 5人 中、障害者 に対 し好意的な印象がある者 は二人、残 りは苦手な意識 や関わ り
表 26  ⑥国際理解や国際問題への興味・関心の変化 (複 数回り 活動前 活動後 Al 語学への不安が強かった。 自分の夢であったことが叶 うと言い聞 かせていた。 テ レビのニュースなどの影響を受け、 アフガニスタンの人む 1布 いイメージが あつた。国のイメージでその国の子供 達に接することも怖かつた。 日本が閉ざされていると感 じた。障害ある人が町中に普通にとけ込み生活 していた。ドイツでは教育方針 も違い、障害があっても 日本より就労などでの困難 さが少ない と感 じた。 実際に関わるとアフガニス
表 26の 内容を傾向毎に分類し、表 261に 示す。 表 2∈l  ⑥国際理解や国際問題に対する興味。 関心の変化における傾向 活動前は海外への興味がない ものや他 国の人 と接す ることに抵抗 のある者 と、海 外への興味があ り国際協力活動に意欲的な者 が半分程の割合であった。活動後 をみ ると、 「途上国支援 について学ぶ ことで、今後のあ り方を考えるよ うになった」や「実 際に 自分の 日で見なけれ ばわか らない ことが多い と感 じた」、また「途上国や紛争国 で起 こる諸問題 に興味が高ま
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