八 呈4 日間 説
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﹁市民法論﹂十八巻
ーーー体系再構成の系譜と遺贈の位置づけをめぐって││(二・完)
191一一『奈良法学会雑誌』第9巻3・4号(1997年3月〉 第一章 第二章 第三章 第四章∞
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出 、句
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は じ め に 史料の現存状況(以上第九巻二号﹀ 体系再構成の系譜││レ I ネル以降の研究史をめぐって(以下本号) 遺贈の占める位置││現存断片の検討から見出せるもの ﹁市民法論﹂の射影││後世の法学者とスカエウォラ おわりに第二章
体系再構成の系譜││レ
lネル以降の研究史をめぐって
レ l ネ ル の 再 構 成 案 111 実 証 的 謙 抑 的 な 立 場 か ら スカエウォラ﹁市民法論﹂十八巻のうち、扱う対象が直接史料から推測できるのは第二巻の遺 前章でみたように、智
良
第9巻3・4号 192 贈、第十四巻の組合、第十六巻の盗の三巻に留まり、残りの巻の主題は推測に待つのが現状である。しかし、前章で の引用からもその一端をうかがえるように、同書が古典期以降のロ1マ法学者による関心を惹き彼らの依拠と引用の 対象となった共和政末期最初の著作であることから、 ﹁市民法論﹂の巻別の主題がいかなるものであったか、その分 類原理はいかなるものであったかが近現代のロ l マ法史家の聞でも強い関心の対象となっている。後世の法学者達に よって﹁市民法論﹂がどのように読まれ、用いられたかについては第四章で検討することとして、本章ではまず同書 の編別構成の問題を考えてみたい。 議論を若干先取りすることになるが、これらの問いに答えるべく提出された諸家の再構成案をあらかじめ粗く一一つ に区分けしておくならば、
ω
遺贈を冒頭におき、 一見して後代の体系的構成原理からは測りがたいかたちでつなが っていく論題の連なりを一旦承認したうえで個々の論題聞の論理的つながりを探求しようとするもの、ω
落している筒所を補充したうえで同書全体を貫く体系的な構成原理を見いだそうとするものに分けられる。前者には 大きく欠 ク リ ュ l ガ l 、 の議論が分類できよう。本章ではこれらの業績のうち、 ワトソンの議論が、後者にはシュルツ、 スキアヴォ 1 ネ レ ネ ノレ スケリッロ、吉野氏、 ル ポ ワ ン 、 シ ュ ル ッ 、 吉 野 氏 、 レ l ネ ル 、 ク リ ュ I ガ l 、 スキアヴォ 1 ネ、ワトソンら近現代の学者による再構成案を選び、時代をおって紹介・検討することとする。 まずこの節では、諸案のうち出発点としてふさわしい古典的業績と考えられるものとして、 レ l ネルの作品を見て みたい。前章で検討したレ l ネルの採録史料を整理すると、 ハ 2 ﹀ は以下のように推測されている。 レ l ネルの﹁市民法の再生﹂による﹁市民法論﹂の構成 採録史料番号 第二巻﹁遺贈について(ロ巾g
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己 目 的
J ﹂ Z 円 一 H J O﹁遺贈された薪について
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旦 広 ﹀ ﹂ ﹁遺贈された食糧について(ロ03
ロ ロZ
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昇 防 ) ﹂ Z 円 -H Z 円 ・M
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品 ﹁遺贈された金銀について(ロ0
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円・目、 t G 193一一神官タィーγトクス・ムーキウス・スカエウォラ「市民法論J十八巻 第十四巻﹁組合について(
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﹂ 第十六巻﹁盗について(
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レ l ネルはその後の作品﹁サピ l ヌスの体系(
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々え間違)﹂で第一巻の主題を﹁遺言公g
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S
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)
﹂ と推定しているが、両作品を通じて主題不明箇所の間隙を埋めるには慎重な姿勢を保ち、多くの断片(
Z
円 -HNlAA) を巻数不明として採録している。自に見えて論証可能な史料のみに依拠した実証的謙抑的な再構成の試みとこれを評 することができよう。 一 方 で レ 1 ネルがあえて推測を差し控えた空白箇所は、野心的な法史家にとって逆に自らの推 論を展開する格好のキャンパスとなり得たとも言える。しかし、欧州におけるそれらの試みを紹介・検討する前に、 まず我国における業績を扱ってみたい。 吉野氏の再構成案││継時的概観と編別構成にみられる思想 スカエウォラ﹁市民法論﹂の編別構成の問題は既に二十年以上前に吉野氏によって検討され、その業績は我 が国において検討と依拠の対象となっている。氏の﹁人の法﹂では、ガ 1 イウス﹁法学提要﹂における人の法・物の 実 は 、 法・訴の法という三分類体系がどのようにして成立したかを探究するという問題意識から、 スカエウォラ﹁市民法 ﹁ 市 民 法 論 ﹂ 、 ラ ベ オ l ﹁ 遺 稿 集 ﹂ 、 フローレンティlヌス﹁法学提要﹂、 力 l イ ウ ス ﹁ 法 学 論﹂に始まりサピ l ヌ ス第9巻3・4号一一194 提要﹂の各著作における編別構成とその背後の構成原理との変遷を継時的に検討してあり、筆者がまずここでスカエ いわば鳥撒的な視座と導きとを与えてくれる。吉野 ウォラ﹁市民法論﹂の体系自体を再構成しようと試みる際にも、 氏が主に検討され、自案の参考とされたのはクリュ i ガ I の案とシュルツのそれである。まずクリュ l ガ l は﹁市民 ( 6 一 ) 法論﹂の主題の流れを次のように捉えた。 遺言(一!二
U
i
-︹遺言)形式、相続人指定一般、白権者相続人の指定と廃除、 ︹遺一言︺条件、新しい遺言の作成又は遺言者の逮捕による遺言の取り消し、相続開始及び放 葉 遺贈(三l
九
)
無遺言相続(一O
)
無方式の︹奴隷︺解放(二一) 通行権、雨水阻止権、第三者による取得(一四) 問 答 契 約 ( 一 五 ﹀ 後見三六﹀ アクィlリウス法(一七) 候補自由人(一八) 家父長権(二O
)
占 有 権 と 使 用 取 得 ( 一 二 ニ o t -二五)不使用と自由の使用取得(二六) 売 買 と 賃 貸 借 ( 一 一 一 一 ) 水 に 関 わ る 権 利 ( 一 二 二 ) 19長一一神宮クイーントゥス・ムーキウス・スカエウォヲ「市民法論」十八巻 団体と組合(三五、一三ハ) 帰 国 権 ( 三 七 ﹀ 盗(三八) 次 い で 、 シュルツによる体系再構成の提案は以下の通りである。
I .
相続法ω
遺言 糾遺言執行ω
無遺言相続E
.
人の法ω
婚姻ω
後見 皿.物の法 的相続人指定 的相続廃除ω
相続の承認と放棄 制候補自白人 的家父長権 的主人権 川 川 被 解 放 自 由 人ω
占有権と使用取得N
.
義務の法ω
権利不行使と自由の使用取得 計 り 島 旦 尚 担(if
的付録一管理人と事務管理者第9巻3・4号一一196
ω
契約に由来するもの 判要物契約(おそらく消費貸借のみ) 防不法行為に由来するもの 的不法侵害 似売買 付賃貸借ω
付録一地役権 付組合(おそらくは委任も) (b) 盗 的アクィ l リウス法 吉野氏はこれら二つの案を対比して評されるに、 ク リ ュ i ガ l の そ れ は 、 レ l ネルの再構成によるポンポ l ニ ウ ス ﹁クイーントゥス・ム l キウス﹃市民法論﹄註解﹂の再構成に忠実であるが、但し、編成の分類的原理のようなもの ︿ 8 ) が見出され難いという。一方、 ﹁市民法論﹂の構成を上記のように提案し、これを 門 出 回 目 。 円 巴g
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)
﹂と評したシュルツに対しては、﹁かれの推測は、大胆で、いわばラヂカルである。﹂と評価さ ﹁真に弁証法的な体系 ( 釦 件 円 安 凶 れている。そして、 ポンポ l ニウス﹁クイーントゥス・ム l キウス﹃市民法論﹄註解﹂の内容(ことに第十一巻から 第二十二巻まで)を検討した後に、シュルツが行なった﹁市民法論﹂の内容構成が、いささか無理な推測を含むこと が明かである旨結論づけられる。そして吉野氏はシュルツ案を批判し、レ l ネルに立脚したクリュ l ガ Iの再構成を ︿m
﹀ 支持しながら、論題の連なりを次のように推測される。 遺一言、遺贈、無遺喜一口︹相続︺、奴隷解放、弁済、地役権、排水間止、問答契約、後見、 アキリア法︹アクィ l リ ウ ス法︺、条件附自由人︹候補自由人︺、家長権、事務管理人、嫁資・:: そして、そこから﹁遺言から説き始めることと、 まず法源を説き、これに続いて法の主体たる人の自由と奴隷身分 を出発点として、説き始めるという思考方法には、相当な質的 ( H 社会的)なちがいがあると思う。 ムキウスに、すマ マ でに人の法と物の法の区別があった、とみるには、余りにも根拠と論理を欠いでいる。 (中略)むしろ遺言から始ま る、上述のような自然な思考の流れがあることが、後の法学教師にとって大きい意味をもったことであろうと思われ る 。 ﹂ と 結 論 づ け ら れ る 。 197一一神官Pィーントゥス・ムーキウス・スカエウォラ「市民法論」十八巻 一 一 │ 三 ワトソンの再構成案││私法的考察 一 九 六
0
年代から七0
年代初頭にかけて、共和政後期のロ l マ法学のあり方を分野別(義務の法、人の法、所有の 法、相続法)の図書を連ねて検討してきたワトソンは、その実績に立脚して一九七四年﹁共和政後期における法形 成 ﹂ ( 巧 丘g
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冨どを公刊し、この時代における法源の問題を広く考察した。同書においてワトソンはスカエウォ ラ﹁市民法論﹂の再構成にも一章をあてて詳細に論じており、レ l ネル、ルポワン、クリュI ガ l 、シュルツらの先 ︹ H H ﹀ 行研究を顧慮しながらも独自の解釈を試みている。まずはワトソンのスカエウォラ﹁市民法論﹂再構成案を提示しょ A ノ 。 第 一 巻 ﹁ 遺 言 に つ い て 匂 時 定 的 問 む さ き た 色 第二巻﹁遺贈について hな なh
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﹂ 第三巻﹁遺贈について号な h b H企
第四巻﹁遺贈について及び法定相続について是守宮号十円同町内向也ささ雪之忌宮町四﹂ 第五巻﹁(未知の論題﹀[ L...J 」ー 第六巻﹁(恐らく何か未知の論題)及び地役権について及び問答契約について及び後見について .,;)"
︺ + 民 間第9巻3・4号一一198 M W S 、 せ た 誌 な 守 史 的 。 十 丸 町 包 N b N h 門 誌 な S H Z M 十 円 町 内 H N h 町 内 ぬ ﹂ 第七巻﹁四足獣による損害について及びアクィ l リウス法について並びに候補自由人について抜びに(未知の論 題 ) 丸 町 、 b N h ﹄ 守 ミ に ミ 門 出 向 な h n h A 刊 誌 凡 百 悼 む 十 円 同 町 民 ミ ミ N 守 宅 な + ︹ L-I Lー 第八巻﹁他人の権利下にあるこの者達について及び責任の基準と範囲及び物の所有権取得について h N h E h q N h 民 む と 町 唱 え 一 ミ ミ M h N H 唱 え 十 え 白 百 円 四 郎 円 円 山 田 自 己 m M Z D H C ﹃ -Z E -昨 日 、 十 円 出 町 長 叫 向 ミ マ ミ 同 氏 。 ミ ミ ミ 目 、 。 さ 言 ミ ﹂ 第九巻﹁占有について及び使用取得について号、
2
徒三室内ミ号SNhg宣言問﹂ 第十巻﹁使用取得について号言寄与芯ミ﹂ 第十一巻﹁不当利得返還請求について(?)及び(恐らく何か未知の論題)?色町内室、片ミミ九+︹-、
3 L-I しー 第十二巻﹁(未知の論題)及び売買について︹ ] + 丸 町 向 補 足 、 足 。 芯 町 せ ミ 曲 、 九 凡 な 芯 町 I ﹂ 第十コ一巻﹁地役権について及び他者の権利下にあるこれらの人物の契約について及び (未知の論題) h N 向 的 問 団 、 せ 札 γ H N h N S 史 的 + 丸 町 円 。 芯 守 h N 門 町 芯 史 的 問 h N 司 、 さ 誌 、 町 一 ﹃ 旬 。 ミ ぬ 司 、 N h 3 N q N 函 色 町 な 悼 む と ミ 悼 む ﹄ ぎ な ﹄ 宮 内 向 M N h ミ ﹃ + [ L-I 」ー 第十四巻﹁組合について号包之内宮芯﹂ 第十五巻﹁帰国権について号音色尽きさ芯﹂ 第十六巻﹁盗について号¥ミミ。﹂ 第十七巻﹁(未知の論題﹀[ L-I Lー 第十八巻﹁(未知の論題)︹ L-I Lー ワトソンの提案は決して大胆な分類体系を提示するものではなく、直接伝えられている史料に立脚しながら、 そ の 間隙をポンポlニウス﹁クイーントゥス・ムlキウス﹃市民法論﹄註解﹂の構成を参考に埋めていくというもので、199一一神官クイーγトゥス・ムーキウス・スカエウォラ「市民法論」十八巻 慎重で実証的な姿勢でなされたものと筆者には考えられ一物これを一覧してまず自につくことは、 譜に属すると判断されるグリュ l ガ!の再構成案に見られる賃貸析で吉野氏の示唆される嫁前学の論題が明示的に ハ 一 即 ﹀ 除外されている点及び第八巻の主題の一つに﹁責任の基準と範囲﹂が提案されている点である。しかし、大枠として はこれら二者の枠組みを大きくははずれないものと評せよう。なお、拙稿﹁思想﹂において検討したスキアヴォ 1 ネ ハ 却 ︾ も、スカエウォラ﹁市民法論﹂の再構成提案にあたっては定評ある業績としてワトソンの再構成に依拠している。 レ l ネル以来の系 きて、このように史料に忠実で謙抑的な再構成の提案を行ったワトソンは、 スカエウォラ﹁市民法論﹂の構成原理 のような表現をとる。 ワトソンの言葉によるスカエウォラ﹁市民法論﹂の先駆性・画期的性格の称揚は次 ﹁クイーントゥス・ム 1 キウスは、市民法を類別
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巾g
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)
に配列した最初の人物として をどう評価しているのだろうか。 最高の賞賛に値する。我々には素材の構成は不完全に見えるかも知れないが、我々はかかる仕事の困難さを銘記しな ければならないし、疑問の余地なく我々は話題の序列を決定した要因を時に知らないのである(原註:そして我々の 再構成のうち不正確なものもあるかも知れない﹀。﹂しかし、恐らく遺言に始まり遺贈に続く編成が、 ︹近代的な視点 からみて︺合理的な序列をなしているとワトソンは評するものではなく、とりわけ第七巻の素材についてこう評価す る。﹁第六巻、七巻あたりの地役権、問答契約、後見、四足獣による損害及びアグィ l リウス法、候補自由人という序 列に論理的原理があったとは想像しにくい。それから、地役権は第六巻あたりで論ぜられ再び第十三巻で論ぜられる。 売買と組合という諾成契約は、非契約的性格を有する旧制度についての記述があったからはじめてこの著作中に自己( n v
の存在と位置づけを見いだすことが出来たのである。﹂そして、 同書全体の序列について、 全には解明されないとの結論を下している。そして、彼の体系を見直さず、重要な論題の省略もそのまま放置したサ 円 2 v ピ lヌスやガlイウスら後代の叙述者には更にスカエウォラに対する以上の批判がなされるべきであると主張する。 そこに伏在する原理は完第9巻 3・4号一一200 ここで、彼の指摘するところのスカエウォラ﹁市民法論﹂の特徴を検討しておきたい。それは﹁市民法論﹂再構成 と空白箇所の推測過程を通じて明らかになった同書の古拙的性格と、 スカエウォラ自身の尚古的態度とである。 ワ ト ソンは三点にわたって概略こう述べる。
ω
素 材 の 古 拙 性 一 同 書 一 で 扱 わ れ た 素 材 の う ち ﹁ 遺 一 寸 一 口 L 、 ﹁ 遺 贈 L、 ﹁ 法 定 相 続 ﹂ 、 ﹁ 地 役 権 ﹂ 、 ﹁ 問 答 契 約 ﹂ 、 ﹁ 後 見 ﹂ 、 ﹁ 四 足 獣 に よ る 損 害 ﹂ 、 ﹁ 候 補 自 由 人 ﹂ 、 ﹁ 他 者 の 権 利 下 に あ る こ れ ら の 人 物 ﹂ 、 ﹁ 所 有 権 の 取 得 ﹂ 、 ﹁ 使 用 取 得 ﹂ 、 ﹁ 売 買 ﹂ 、 ﹁ 盗 L は、既に十二表法が扱っていたものであり、﹁組合﹂も、古来の﹁相続共同態(
2
2
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5
ロ巳さ)﹂に由来する故にこれが扱われたという。占有が見られるのも、占有について議論すること無しに この時までに使用取得が正当に論ぜられたはずがないからであると。 ア ク ィ l リウス法は紀元前二八七年にさかのぼ り、十二表法の条項の代替として成立した可能性がある。帰国権の法的概念は、早期に廃れた家長の家子国外売却権 ( お ﹀ と帰国権が関わっているから、確かに大変古いものである。ω
スカエウォラ白身の尚古的態度一一以上の論拠からワ トソンはスカエウォラの姿勢につき﹁実際我々はクイーントゥス・ム l キ ウ ス を 、 ﹁市民法論﹄において過去志向的 であるという科から放免できないのである。きわめて古い題材が扱われ、紀元前三一世紀後半よりさかのぼらない事柄 ( お ﹀ と評価する。川w
ゃ、その時代に正当な訴権を与えられなかった事柄は省略されているよ 古拙的素材による空白充 填の提案一ワトソンはそこから更に進んで、彼自身の再構成案では空白のままで置かれた第十七、十八巻につき、両 巻に対してポンポ l ニウス﹁スカエウォラ﹁市民法論﹄註解﹂があまりスペースを割いていないことを根拠に、ここ で訴訟法や、十二表法における死・悼みについての規定のような純私法外の素材が扱われていたのではないかと推定 ( お ) し て い る 。 一 一 │ 四 スキアヴォ l ネの再構成案││歴史的枠組みと家族 一方で、拙稿﹁思想﹂において検討したスキアヴォ l ネの再構成案は、基本的にはワトソンのそれに立脚しながら︿ 明 u v も彼独自の大胆な仮説と解釈とをつけ加える形をとっている。まず、基礎となる巻別の主題の再構成は、 ( お ) ンのそれを踏襲した、以下のようなものである。 ほぼワトソ 201-..神宮クイーントゥス・ムーキウス・スカエウォラ「市民法論」十八巻 遺 言 ( 吉 田
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、 遺 贈 ( -巾m
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、市民法上の相続す5
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、 問 答 契 約 ( 印 去 ) 己E F
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、後見(
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-同 ) 、 候 補 自 由 人 ( 由
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、家父長 権 ( 宮 芝 山 旬 。 同g
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、握手行為(
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、 占 有 ( 吉 田 印2
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と使用取得(己2
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門 回 目 立 吉 ) 、 売 買 ( 巾B
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、 地 役 権 ( 由2
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凹 ) と 組 合(
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、帰国権e
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)
これをスキアヴォ l ネは﹁歴史的配列(
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﹂と呼び、著作全体のレベルでの分類と体系化により成 し遂げられる﹁論理的配列(
O
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巾古色g
)
﹂と峻別している。つまり、 スカエウォラ﹁市民法論﹂が市民法をはじ めて類別に(
m
g
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円丘町出)構成した意義は、著作レベルでの分類・体系化に存在するのではなく、あくまで個々のテ ーマと関わる概念操作のレベルに存在するのだと述べて個々の素材の古拙性と論点相互の連関の不明瞭性の二点を指 摘している。このように歴史的枠組みの残存を認めてその枠内に留まり、士口拙的な素材を考察の古層として残存させ ワトソンのように批判の対象とするか、より積極的な評価の対象とするかの違いはあれ、著作の再構 て い る こ と を 、 成についてはスキアヴォ l ネもワトソンに至る実証主義的な系譜に即しているといえよう。そして、 スキアヴォ I ネ ( 却 ) が﹁歴史的配列﹂と名付けたものに読みとろうとする歴史性を、筆者は前稿で次のように約言しておいた。 ﹁ 十 二 表 法、先行の法学著作、 口頭での解答の連なりの記憶等、流入している可能性のある諸要素を列挙した後で、 スキアヴ第9巻 3・4号 202 ォ I ネはそれを﹃社会という宇宙を記述するためにあらわされた法的象徴と、その機能上のヒエラルキーの地図﹄と 表現する。そしてそこにある社会とは、擬古調で小さな田舎社会であり、初期共和政期の古いロ I マを暗示するとい ぅ。そこでは交易は貧弱で、極性は完全に血縁関係を向いており、経済の多くは家庭内でなされるような社会なので この﹁家、家庭﹂というキーワードを用いて、 ( 叩 叫 ) になされていたのではないかと推測する。 そ し て 、 あ る 。 ﹂ スカエウォラ﹁市民法論﹂の編別構成が以下のよう
I
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家族の維持に関わるもの 遺 言 ( 古 田Z
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、 遺 贈Q
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家長の諸権力に関わるものE
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権力の行使に関わるもの W H . その他周辺的なもの 問答契約( m
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℃ 己 同 氏 。 ) 、 ア ク ィ l リウス法( - a
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、組合( m
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印 ) 、 帰国権(吉田E
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-不当利得返還請求(
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売 買 守B
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。 ) 他 五 小括 1 i 整理と評価 以上、内外の法史家による再構成提案を紹介・検討してきた。細かい巻号の同定についてまでその当否を判断する ことは筆者には困難であるが、現存するスカエウォラの記述の断片とポンポ l ニウス﹁スカエウォラ﹃市民法論﹄註 解﹂の編別構成に立脚する限り、 ﹁ 宮 市 笠 目 、 ︹ 第 一 一 巻 ︺ 遺 贈 、 法 定 相 続 、 地役権、問答契約、 ︹第十四巻︺組合、帰国権、 ア ク ィ l リウス法、候補 自由人、他人の権利下にある者、占有、使用取得、売買、 ︹ 第 十 六 巻 ︺ 盗 : : : ﹂ と い う流れを推定することが通説的理解と考えられる。そこから、 ク リ ュ I ガ l 、 吉 野 氏 、 ワトソンの系譜に従 レ l ネ ル 、 うことが妥当であろう。 シュルツによる、相続法、人の法、物の法、義務の法という四分割の提案は実証主義的な立場よりの批判にさらさ 203一一神官クイーントゥス・ムーキウス・スカエウォラ「市民法論」十八巻 れたが、そこからすると﹁家﹂を基準に分類案を提示したスキアヴォ l ネの説も大胆に過ぎるとして同様に批判すべ きかも知れない。しかし、この分類案自体の批判は容れるにしても、そもそも近代の法史家を悩ませてきた事実であ る﹁相続法に始まる市民法の叙述﹂という点については、 スキアヴォlネの提唱するごとく﹁家﹂を基準にアプロl チするのが一番解明しやすいものと筆者には思われる。 レ l ネルがあえてスカエウォラ﹁市民法論﹂の特定の巻号に 帰さなかった多数の断片のうち、遺贈に関するものが一番多かった ( F O D O Y Z円 ・ ロ l N N ) ことも、家の承継に関する スカエウォラの関心、 ひいては家の経営と維持に関して彼が注いた熱意を示唆しているものと考えられ得る。そこで、 次章では、個別の論点の一つではありながら現存諸断片中で重大な位置を占めている遺贈の問題に関してスカエウォ ラが示した見解の検討を通じて、彼の家に対する考えと、時代の変遷に対する先進性・保守性の双面とを浮き彫りに し て み た い 。 ( 1 ) 本章では煩雑をさげるため、多数に上る再構成案のうち一部の検討にとどめることとした。再構成案の系譜をたどる端緒 としては、まず
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己 N -国 河 川y
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-ロ ・ 口 一 項 出 昨 日 opF 一 玄H J
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・ 目 白 ・ ロ ・ ω を 見 ら れ た い 。 本文での検討を割愛したものには、レ I ネル以降に提出されたルポワンとスケリッロのものも入るが、本稿ではルポワン の案を以下に引用するにとどめておきたい。ルポワンの業績はスカエウォラについて記したモノグラフであり、その政治家 像、宗教法・市民法への寄与を多面的に検討したものである(の・ F m U C H E F C 引 に ミS
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匂 円 ミ ゼ ロ 目 白 M d ミ 町 、 ミ 還 な 戸 め 白 せ た 町H
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培 、 町 -h 岳 、 た 右 足 時 -切 な 札 口 門 町 、 刊 誌 な 言 ﹃ 町 四 b さ 九 町 、S
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同 V E l H 2 ・ 5 N E ﹀ ) 。 ル ポ ワ ン に よ る ﹁ 市 民 法 論 ﹂ の 再構成案については同書の甘℃・問中弓及び付表2を参照。なお、スケリッロの業績はスカエウォラにはじまる﹁市民法論﹂第9巻 3・4号 204 の伝統と、その構成の変遷を通史的に検討したものであるが、スカエウォラ﹁市民法論﹂に全体としての体系性を認めるこ と に は 消 極 的 で あ る ( の ・ ω 円
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・ H )・ な 出 向 J 品 目 白 ・ ) 。 ポ ン ポ l ニウスの註解を参考として巻号を同定しないかたちで提示されたスケリッ戸の再構成案につい ては同論文の別表を参照。 ( ル ポ ワ ン 案 ) 第一巻﹁遺言について(
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ま ) ﹂ 第 二 巻 ﹁ 遺 贈 に つ い て ( ロ 巾 ぽ 岡 山 片 山 田 ) ﹂ 第 三 巻 ﹁ 法 定 相 続 人 に つ い て ( 口 町 広 岡 山 片 山B
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吉 田 ) ﹂ 第四巻﹁家産分割 l │ l 共 有 物 分 割 ( 吋 田B E
日 目 ロ 円 白 巾 巾 円E
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含 白 詰 巾 中 白λ ( n U
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ロ 己 山 門 仏 色 凶 出 円 4三目 含 ロE ι ε
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と ﹂ 第五巻﹁奴隷解放と地役権について(ロ叩 5 同 口 己5
円 口B H
出 巳 M己 岳 目 宮 叫 印 丘 山 。B
口 巳 - 5 ず 吉 ロ5
由 巾 丘 同 ︻ 号 凶 ぽ 叩 印 お 巾 円 ヨ 4 芹E
同 第六巻﹁嫁資訴権について及び問答契約について(ロ巾門叩巴凹己5 M
凶 内 8 。 吋 ユ 日 白8
叩 白 円2
片 目 芯 。 口5
叩 巾2
仲 母 国 片 岡 ち 己 主 目 。 三 宮 丸 ) ﹂ 第七巻﹁後見について(口町Z
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三 宮 田 ) ﹂ 第十一巻﹁売買について(物の所有権取得について)(ロめ巾B
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噌 ) ﹂ 第十六巻﹁盗について ( U m p H 件 。 ) ﹂205一一神官クイーγトクス・ムーキウス・スカエウォラ「市民法論」十八巻 第 十 七 巻 ﹁ ︹ 不 明 ︺ ﹂ 第 十 八 巻 ﹁ ︹ 不 明 ︺ ﹂ ( 2 ﹀
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ご、同書の体系性は素材の配列ではなく、後見や占有の分類等個々の素材の討究の あり方にのみ現れていたと結論づける(
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ご。﹁市民法の再生﹂において巻数不詳のものとして採録され ているものの標題のみ以下に挙げる(
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﹀﹂の問題を解現しようとする問題意識から、 スカエウォラ﹁市民法論﹂に関する吉野氏の業績、さらにさかのぼってシュルツ、クリュ l ガ l の学説を検討した先行研究 として、まず吉原﹁ポンポニウス﹂一│六頁を参照。 ( 5 ) 吉野﹁人の法﹂が既に公にされている以上、本稿の営みは屋上屋を重ねることとなる恐れがあるが、この作品の成立後ス キ ア ヴ ォ l ネやワトソンの作品が発表されたこと、吉野﹁人の法﹂が体系原理のパノラミッグな探索に力点をおいて、行論 上、原史料の直接引用を省略していることから、あらためて本稿を公にすることの意義は充分にあると思量するものである。第9巻3・4号 206 ( 6 ) 吉野﹁人の法ハロ一
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一 一 一 兵 問 込 官 ア の O F F ω ・ 白 色 ・ か っ こ 内 は ポ ン ポ l ニウス﹁スカエウォラ﹃市民法論﹄註解﹂ において対応する巻数としてクリュ l ガーが挙げるものである。ここでは、クリュ l ガ l の再構成案を直接紹介している。 なお、本稿﹁はじめに﹂で記した同書の出版地・出版年(奈良法学会雑誌九i
二、四五頁)に誤りがあったので、お詫び し て 一 訂 正 し た い 。 正 し く は ( 冨z z
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である。ちなみに﹁市民法論﹂の再構成の問題について、グリュ l ガ l は 同 書 の 初 版 に お け る 扱 い ( 句 ・ 関 与 問 巾 円 、 C S 忌 凡 町 、 町 ﹃ 同 魚 崎 町 、 C H E N N 司 苫 S H R 同 ト 凡 な 宅 島 町 宮 、 吾 朗 勾 丘 、 誌 な 急 時 詰 勾 氏 、 w H 的 ( F a 同} N
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ごに比べて相当な彫琢を施している。主要な変更点は、(一)﹁後見﹂(一ムハ)の標題を加えたこと、合己﹁養 子 ﹂ ( 二O
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の標題の代わりに﹁家父長権﹂を表題としたこと、(二己﹁地役権﹂(一二二)の標題の代わりに﹁水に関わる権利﹂ を標題としたこと、(四﹀﹁団体と組合﹂(三五、一三ハ﹀の標題を加えたこと、の四点である。本稿では、吉野氏の検討され た第二版に拠ることとする。 ( 7 ) ∞ 円 F E N -国 河 川 y -Y 也 氏 ・ 用 語 は 拙 訳 に よ っ た 。 ( 8 ) 吉 野 ﹁ 人 の 法 付 ﹂ 一 一 一 員 ( 9 ) 吉野﹁人の法付﹂一一l
一六頁なお、ポンポIニウスの註解については本稿第四章註 ( 8 ﹀ を 参 照 。 (日)吉野﹁人の法付﹂一七頁。なお、同論文の一入、二八 1 三O
頁 も 参 照 。 (日)吉野﹁人の法付﹂一入頁。また吉野氏はこの作品の註においてヴィ1アッカーによりながら次のように付言される(吉野 ﹁ 人 の 法 付 ﹂ 一 一 一 頁 、 註 Q E ) ) 。 ﹁ 名 目 。 R E 3 [ ω ] N ・ 斗 C ・S
-ムキウスについての伝承の残る断片からは、編成序列の指 導原理も、(論題の)連結の方法も、判断しえない。但し、物と人の対比が最高の分類根拠をなすわけではないということ、 有体物と無体物の区別が結果を伴わないか或は多分なかったこと、これらは確実といえる。シュルツのいうような、﹃明か にムキウスの(編成序列の)
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巾に由来する﹄という判断は、崩れる。そのようにいう。﹂ ( ロ ﹀ 四 連 作 と は 者 同 仲 田 o p F。
r d r z o p F E 凶 円 、 一 項 目 仲 田 o p 口 元 円 一 項 目 仲 田 C P F m F のことを示す o d f g o p F ] 話 回 、 の 性 格 については、まず同書の序文守山じを参照。 (日)本章註 ( 1 ) を 参 照 。 ( M ) 毛 田 仲 田 o p 円Z
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-に ω l H 印∞・ワトソンによる学説史への言及についてはまず君主 g P R 玄 H J -u ・5
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ロ -N を 参 照 。 ( 日 ) 項 目 注 目 。 PFF 向T
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臼・表記は原著のそれに従い、本稿独自にかっこは付さなかった。同霊園によると﹂]ョの表示207一一神官タィーγトクス・ムーキウス・スカエウォラ「市民法論」十八巻 は何か未知の論題が扱われていること、ま[叩]ョの表示は何か未知の論題が恐らく扱われているであろうが確証はないこと を 示 し て い る 。 (日 m ) 4 ﹃ 同 神 田 o p F 冨 H J U -E A R -但し、ポγポ l ニウス﹁クィiγトゥス・ム 1 キウス﹁﹃市民法論﹄註解﹂三九巻とスカエウ ォラ﹁市民法論﹂十八巻との対応関係については再書聞に二世紀半の時間的懸隔がみられることから、配列は前者のそれか ら後者のそれを類推できるにしても、各主題の重要性が変化したこととポンポ l ニウス自身の問題関心によりスペースの配 分も変化した可能性は考慮する必要があるとワトソンは指摘する。 ︿げ)当主 g p F富 岡 、 ・ HYE 斗 ・ ( 叩 四 ﹀ 当 巳 m o p F ] 出 ﹁ 同 y z u 同・嫁資が含まれなかったと判断した理由についてワトソンは概略以下のように述べる。﹁サピ l ヌス﹃市民法論﹄にも言及が有るので嫁資の省略は意外である。問主題の重要性・複雑性故に、もしスカエウォラが扱っ ていたら痕跡が残っていただろう。しかもスカエウ庁ラの配列に大きな影響を受けたガ I イウス﹃法学提要﹄からも嫁資は 省略されている(手稿での扱いや出版時の事情に根拠を推定するシュルツの説明については ω n v 己 N -国 河 川 出 ・
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を 参 照 ﹀ 。 嫁資が扱われなかったのは、紀元前二三O
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河口間同の離婚後しばらくして導入された﹃嫁資訴権 ︿ 宮 伸 文 ︼ 円 相 山 口 同 ロ ユg
﹀﹄に至るまで格別の法律が制定されなかったからと、私は示唆しておきたい。社会的制度としての嫁 資は初期より確かに存在したと確信し得るが、しかし嫁資訴権の導入に至るまで嫁資の返還請求は夫または家長より得られ た問答契約に基づいただろう。そして寸嫁資に関する条項が十二表法中に存在するという証拠はなく、またそれは現になか ったからスカエウォラ﹃市民法論﹄において扱われなかったのだと私は述べたい。﹂ 者巳 g p F 冨 H J 同 y E ∞ 同 ・ 指稿﹁思想﹂一八三頁 FEZSF の H A 畑 一 F H Y N O N ・ ロ ・ 品 目 一 当 国 仲 間 OPF 一 玄 T H M -E 昆・ 4 ﹃ agp 円 宮 同 JH ︾ ・ 民 間 ・ 4 ﹃ 田 神 田 OPF 宮 H J H Y H 町 田 ・ 毛 主 回 CPF 室 岡 、 . H Y 呂 田 ・ ロ -M まずは典拠として君主的 o p 戸 冨 H J H Y H 聞 は ・ を 挙 げ る に と ど め る 。 巧 丘 g p F 冨 H J -Y 呂 町 ・ ( m 悶 ) ( 却 ) ハ 幻 ) ( 詑 ) ( お ﹀ ( 剖 ﹀ ( お ﹀第 9巻 3・4号一一208 (叩山 ) d ﹃ 白
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広 岡 J U -H g ・以下がその記述である。﹁クイーントゥス・ム l キウス﹃市民法論﹄がどこかで訴権を扱った しるしはなく、それは法廷召喚や開廷可能目、判決の執行のような訴訟の諸側面についても存在しない。同様.に、十二表法 における私法以外の諸要素、例えば第十表の死や悼みなどに関する規定の痕跡も存在しない。ム l キウスの体系が十分洗練 されたものであって非私法的な題材を議論から除外していたと考えるのは魅力的だろうが、しかし手元の証拠によってはそ のような見解は正当化されない。﹃市民法論﹄の最後の二巻が残っているが、その内容は知られていない。ポンポ l ニ ウ ス が、その﹁クイーントヮス・ム I キウス﹃市民法論﹄註解﹂第三九巻││同巻のみが同書の第一七、一八巻に対応するよう だーーにおいて、﹃市民法論﹄のそれ以前の巻ほどの割合で十分な扱いをしていないということは確かである。恐らく、何 らかの理由でこれらの巻の内容には相当な扱いをしなくてもよいか、するべきでないと考えたのだろう。﹂ ( 初 出 ﹀ 拙 稿 ﹁ 思 想 ﹂ 一 八 三 、 一 八 六l
一八七頁をまず参照。本稿で一部再論することを御宥恕いただきたい。 ( お ﹀ω
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遺 贈 の 占 め る 位 置 ー ー ー 現 存 断 片 の 検 討 か ら 見 出 せ る も の 本章では、条件と遺贈とに関わるものとしてレ l ネルによって採録されているZ
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円 ・ MN までの十一 箇所の遺贈に関する断片の紹介と検討とを行おう。Z
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のみが﹁条件について(ロ刊のO E
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﹂という主 一見して明らかなように、後の遺言により先の遺言が無効になる原則をうたったものであるの ( l ﹀ で、ここで併せて扱いたい。 題を付されているが、 ﹁我々が第二の遺言において、存命の者を無条件かまたは条件付きで相続人とする時(その条件が現に成就しなかったにしても成就可能ではあったとしてだが﹀、先の遺言は無効となるだろう。
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の十断片は、﹁遺贈について(ロo
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は遺贈された使用権につき、これの享有主体が受遺者に限定されるわけではなく、配 偶者もその利益を受けることを認めたものである。踏み込んで解釈すれば、女性が受遺者となった場合でもその配偶 者を含めた夫婦の使用を認めることで家庭の共同生活の保護を企図したものとも考えられる。 ﹁他方で、もし女性に使用権が遣されたならば、夫と一緒でも住むことができると、 ク イ ー ン ト ゥ ス ・ ム l キウス は初めて認めた。それは、家を使用することを女性が望む時に、彼女が結婚を思いとどまることがないようにである。 冨 己- o
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の内容を近代的な表現で言い換えれば、主物の本来の目的に用いられないものは従物として主物と一 体には考えられないということになろうか。第9巻 3・4号一一一210 ﹁ ム l キウスの著作において言及されているように、農園が用具と共に又はそこにあるものと共に遺贈されたとき、 家長によってその荘園に遣わされた馬丁が遺贈された農園に属しないとム l キウスは言っている。というのは、 台、 0) 馬丁が﹃そこにある﹄ために遣わされたのではないからである。
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は、テキストへの改ざんの可能性をめぐって議論の多い史料である。 ワトソンは、このテキスト中の例が 遺贈の表現としては異例であるためこれが改ざんを受けているという立場の議論(ブレ l マ l 、ベーゼラ11
ま た 、 スカエウォラとガッルス、J 1 H H
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セルウィウスとオ l フ ィ リ ウ ス が 、 ( -巾 向 山EB
それぞれこの遺贈を物権遺贈 同 ) 巾 円 内 出 円 白 色 。 ロ2
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と考えていたと捉える議論(マスキ)を順次検討した上 このテキストを真正のものと判断する。そして共和政後期の分割遺贈(日巾ぬ旦ロヨ宮-3
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る が 既 で こ れ を 退 け 、 に古典期と同様に債権遺贈として構成されていたと、このテキストから結論づけている。また、 スカエウォラとガッ ルスの﹁より大きいものに、 より小さいものもまた含まれるから﹂という一見不可解な理由付けについては次のよう な解釈を提示する。 つまり、最大の相続分を妻に与えることによって妻は、どの相続人の相続分とも少なくとも同量 だけは手にすることができる。 ﹁ よ り 大 き い も の に 、 より小さいものもまた含まれる﹂以上、妻が他の相続分以上に 手にしたものについては考慮する必要がないので、矛盾無く遺贈者の遺志を尊重できるというものである。ただし、 その説得力については若干の疑問も残る。﹁ も し 、 ﹃我が妻ティティアが、相続人一人︹が手にするであろう︺相続分の最小のものとちょうど等しいだけの 相続分を手にするよう﹄というように遺贈がなされたとして、相続分が等しくない場合は最大の相続分が遺贈された とクイーントゥス・ム l キウスとガッルスは考えていた。それは、 より大きいものに、 より小さいものもまた含まれ 211-神官クイーントクス・ムーキウス・スカエウォヲ「市民法論」十八巻 る か ら と い う 。 セルウィウスとオ I フィリウスは最小の相続分が︹遺贈されたと考えていた︺。それは、相続人が︹遺 贈により︺交付の義務を負うとするならば、どのように相続分を与えるかは相続人の権限のもとにあるからという。 ︻
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は、遺贈中の意思表示の中には、効果として相続人に直接法的義務を生ぜしめないものがある旨述べてい ︿ 5 ) る史料である。ここでも、とりわけ地のポンポ i ニウス文については改ざんの可能性が議論されている。 ﹁クイーントゥス・ム l キウスは次のように言っている。もしある者が遺言の中に﹃私の息子たちと娘たちは、母 親が彼らに居るよう望む場所に居るように。そして私の相続人は毎年息子たち娘たち各々に十アウレイ l 金貨を食料 のように書いていて、後見人たちが、 費の名目で与える義務を負う者たるべし。﹄ 息子たち娘たちを自分のもとに住 まわせている者にその金銭を与えることを望まない場合にその者が遺言を根拠として訴えられる事柄は何ら無い。と 言うのも、この︹遺言︺内容は、 ﹃後見人たちが危険なくその金銭を与えることができるように﹄というのが遺言者〔当ドー
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ム向。 Quintus Mucius ait: si quis in testamento ita scripsit :恒 lii filiaeque meae ibi sunto,
ubi eos mater sua esse volet,
eisque heres meus in annos singulos inque pueros puellasque singulas damnas esto dare cibarii nomine aureos decem': si tutores eam pecuniam dare nolunt ei,
apud quem pueri atque puellae sunt , nihil est , quod ex testamento agere possit: nam ea res eo pertinet , uti tutores sciant , quae voluntas testatoris fuit,
uti possint eam pecuniam sine periculo dare. POMPON1US. 1n testamentis quaedam scribuntur,
quae ad auctoritatem dumtaxat scribentis referuntur nec obligationem pariunt. haec autem talia sunt. si te heredem solum instituam et scribam,
uti monumentum mihi certa pecunia facias : nullam enim obligationem ea scriptura recipit,
sed ad auctoritatem meam conservandam poteris,
si velis,
facere....it :l que haec Quinti Mucii scriptura: ‘liberi mei ibi sunto,
ubi eos mater sua esse volet' nullam obligationem parit , sed ad auctoritatem defuncti conservandam id pertinebit , ut ubi iusserit ibi sint. CLenel , N r. 16; D. 33 , 1, 7. “Pomp. 8 ad Q. Muc.")JZ
円 ・ 弓 は 、 いわゆる選択の遺贈に関してユ l リア i ヌスがスカエウォラを援用しているものである。この事例が どういう状況を想定しているかについては議論が多く、また結論も確定してないが、ここではテキストの紹介にとど ハ 6 u め た い 。 213一一神官クイーントクス・ムーキウス・スカエウォラ「市民法論」十八巻 ﹁﹃もし︹ティティウスが︺パンフィルスを選ばなかったらステイタスをティティウスに私は与え、遺贈する。もし ︹ テ ィ テ ィ ウ ス が ︺ ステイタスを選ばなかったなら、同じティティウスにパンフィルスを与え、遺贈する。﹄というか つ ま り 、 ﹃ テ ィ テ ィ ウ たちで遺贈がなされるとき、次のようなかたちで遺贈がなされたとした場合とも同様である。 ス に 、 ステイタスあるいはパンフィルスのうちどちらか︹ティティウスの︺望む者を与え、遺贈する。﹄というかたち で あ る 。ω
もしステイタスが条件付きで自由たることを命じられたら、私に奴隷の選択︹権︺がやはり与えられた のか、それともある奴隷が一般的に与えられたのか、何が法であるのかが問われた。 ﹃条件付きで自由を与え且つ奴 隷の選択を与えるような遺贈者はステイタスについて︹奴隷の選択の対象となると︺考えていないと判断するのがよ り適切であり、それは、あたかも直ちに自由を与えた遺贈者がその奴隷について考えていないのが明かなことと同様 もしスティクスを私が選択するか選んだならば、 私は何もなしたことには で あ る 。 ﹄ と 私 は 言 っ た 。 そ れ に よ る と 、 ならず、全く同じように他の奴隷から選択するであろう。ω
同じ事例において問われた。もし奴隷の選択︹権︺が与 えられ、私が選択する前に、自由の前提たる条件が不成就となったならば、私はステイタスを選択できるだろうか? 民 主 、1t
意見に同意すべきであると考える。そこから、遺贈者の存命中あるいは遺贈者の死後相続承認の前に自由の前提とな ︹条件の︺成就次第の自由の付与ではなく自由そのものにより遺贈が無効にされることを認めるム l キウスの っている条件が不成就となっても遺贈は有効となろう。すなわち、純粋の自由のように︹条件の︺成就次第の自由は早~~器 f耗穏 Q 世.l{j~~~尽-R~馳:l'Q Q 干 J -IQl'Q O I'\-'~~省主」話包 KI ト "~K 会 l瑚~干 J冷tJ向。 Cum ita legatur: ‘Titio Stichum do lego
,
si Pamphilum non elegerit: eidem Titio Pamphilum,
si Stichum non elegerit',
simile est,
atque si ita legatum fuisset: ‘Titio Stichum aut Pamphilum ‘ utrum eorum volet,
do lego'. (1) Quaesitum est,
si Stichus sub condicione liber esse iussus sit et mihi optioヨ
Nlihw 司・的蜘晶一総 servi data esset vel servus generaliter legatus esset,
quid iuris esset. dixi commodius constitui eum,
qui sub condicione libertatem Sticho det et optionem servorum,
non cogitare de Sticho,
sicuti constat non cogitare eum de eo,
cui praesentem libertatem dederit: secundum quod si Stichum optavero vel elegero,
nihil agam et ex ceteris nihilo minus optabo. (2) In eodem casu quaesitum est,
si optione servorum data,
antequam optarem,
condicio statutae liberatis defecisset,
an Stichum optare possim. puto Mucianae sententiae adsentiendum,
qua placet ipsa libertate legatum peremi,
non datione statutae libertatis: quare sive vivo testatore sive post mortem eius et ante aditam hereditatem condicio statutae libertatis defecerit,
legatum erit utile: nam sicut pura libertas,
ita statuta libertas aditae hereditatis ideoque Stichum optare possum. (Lenel,
Nr. 17; D. 33,
5,
9. "]u l. 32 digest. 勺」 N r. 18 ..,@'銅製 Q 険者全 Q 掘臣会 l溢邸~健fW...J吋J.!'\ AI -rl'Q ~QV I榔 Q~~~ 盤t<(1Þ<~座制れ)~~吋J.!'\~..,@ QJ ,..IJ ム".、制国 Q~ 実総会Jj轍恩〈定EEE::"州選手主」盛fW君主」駐留己...J'増〈殴選 222 鑑 ~F'( 冷tJ~-IQのよ J-r心部!, A~ 会 JE 京&~ミ~...J\-,ム向。 tempore vires accipit. '1を入'!f -11 -t>K
~長 Ki ミ!-\-t>告 1ト Q~ 盤会 l輔EEE:・軍恨←l'Q鑑~佃余佃岳f; QII 民 S産会 J~ 哲~ ll( 長選...J~..y~明書 E判事 Q 純国会 J細 1 車ぎがl'Q '1'オ聴会 J ,..IJ i' ¥-'ムl'Q ~J 心 ~"i 長駿 J二。﹁クイーントヮス・ム l キウスは、もし家長が妻に器か衣類かその他何かを﹃妻のために購入叉は用意されたよう な物﹄というように︹表現︺して遺贈したなら、共用のために用意されたというよりはむしろ、その妻が使用するた めに用意されたような物を遺贈したとみられると言っている。 ︹以下︺ポンポIニウス︹の記述︺。しかし、この意見 215一一神宮クイーントゥス・ムーキウス・スカエウォラ「市民法論」十八巻 は夫自身と妻との共用であった場合のみならず、家長の子供たち又は他の誰かとの共用であった場合でも真なること であり、実際︹クイーントゥス・ム i キウスは︺妻が使用すること自体のために購入された物を示したとみられる。 し か し 、 クイーントゥス・ム l キウスが﹃器か衣類か何か他の物﹄と示したところの物は我々の議論を誤ったものと させる。実際これらの物が一般的に遺贈されているか個別的に遺贈されているかは大いに問題となるのである。すな わち、仮に﹃妻のために購入された物﹄のように一般的に遺贈されたならば、 かの者の定義は真なることである。し かし、特定された対象を一示すために﹃あの紫色の服を﹄のように書かれたならば、 ﹃妻のために買われたか用意され ︹という言葉︺がつけ加えられるにしても、 ︹その服が︺買われも用意されも妻が使うために与 たかしたところの﹄ えられもしてなかったにしても、遺贈は常に有効である。というのも特定された有体物が遺贈される場合は誤った表 一不がなされてもそれが遺贈を無効とはしないからである。例えば、仮に﹃私、がティティウスの売却により買ったステ ィグスを﹄のように書かれたならば、仮に私が買ったのでないか他の者の売却により買ったにしても、遺贈の有効性 はいささかも減ずるものではない。確かに、仮に﹃器あるいは衣類あるいは妻のために用意されたところの物﹄のよ うに遺贈がなされたならば、そこでクイーントゥス・ム l キウスの意見が等しく真なることとなろう。この事例にお いては、仮にこれらの物が、遺贈者が妻の物であると︹勝手に︺考えた他人の物であったとしても相続人はそれらを 与える責を負うということが知られるべきである。
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広‘quod eius causa emptum paratumve esset'
,
id videtur legasse,
quod magis illius quam communis usus causa paratum esset. POMPONIUS: sed hoc verum est non solum,
si ipsius viri et uxoris communis usus,
sed etiam si liberorum eius aut alt E' rius alicuius communis usus fuerit: id enim videtur demon-sit. sed quod Quintus Mucius demonstrat 'vas aut strasse,
quod proprio usui uxoris comparatum SN││ ゆ申・的絢白紙 vestimentum aut quid aliud' , efficit , ut falsa sint quae subiecimus: multum enim interest , generaliter an specialiter legentur haec. nam si generaliter,
veluti ita ‘ quae uxoris causa comparata sunt',
vera est illius definitio: si vero ita scriptum fuerit ‘vestem i1l am purpuram',
ut certa demonstraret,
licet adiectum sit ‘quae eius causa empta paratave essent',
licet neque empta neque parata neque in usum ei data sint,
legatum omnimodo valet,
quia certo corpore legato demonstratio falsa posita non .peremit legatum. veluti si ita sit scriptum :‘ Stichum,
quem ex venditione Titii emi' : nam si neque emit aut ex alia venditione emit,
l E' gatum nihilo minus valet. plane si ita legatum fuerit ‘vas aut vestimenta aut quae uxoris causa parata sun t', tunc aeque erit vera Quinti Muci sententia: quo casu sciendum si alienae res hae fuerint , quas putavit testator suas esse , heredem teneri , ut eas det. est,
etiam Lenel , N r. 18; D. 34 , 2 , 10. “Pomp. 5 ad Q. Muc.")J 快-'<;pー「且-1" 0~ 単墨付必l'(l岳 <*\J' 時点。 Nr. 19:!;!' 榊明必1
-4--¥¥--l>t< 0 銀出 (praesumptio Muciana)J 「榊 '~~)J ふ心 *M ,p 0~ 長 ~,..)-IJ iミ浩司ド,J:; ~νJ 二時盟 ~4a l1 :!;!'吋出'~-\Ql'(l廿 6 ¥J ~三 P 魁ヤ〈涜?年)~会 J+l< 語道題糧J
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ミ心経思 t ,..) -IJ,p 0 -\J組lJ!;!杓~l'(l O )J 01 オ掴医 ~ti' ~t 心 4ミ tl' *<も ~0 1lト鍵 L」 E長令子。 1称 11' 穏やく及寝耳主主よお J二 ν +l< iミら得たすべてのものを遺贈したような遺贈︹の場合︺ ( 8 ) て い る 。 と 述 べ 、 ワトソンもこの説明を支持し に つ い て 設 け ら れ た 。 ﹂ 217一一神官クイーγトゥス・ムーキウス・スカエウォラ「市民法論」十八巻 ﹁クイーントゥス・ム l キウスは、ある物がどこから妻の手に渡ったかが争いになった時は、どこから彼女が手に するようになったかが明示されない物については夫または夫の権力下にある者から妻の手に渡ったと判断されるのが、 より倫理に叶ったことであると言っている。 つまり、恥辱的な利得を避けるため、 より真なることであり、 ク イ ー ン トヮス・ム l キウスは妻に関してこれを認めたものとみられる。