︒ 巾 ロ
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‑ ‑ ‑ H
吋lNO)
︑
キケ ロ
l
﹁友 人宛 書簡 集﹂
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Z円
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5
一色
︒・
m E E B
‑ F M M )
を例示的に選んだうえで︑スカエウォラと並んで︑どの時代のどのような法学者の
見解が︑誰によって引用されているかを引用順に概観しておこう︒
( 円 ︒ ロ
巾 ︼ ・
2
円・
N W ω
一 口 ・
ω ω
・
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・
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包 N N
m m σ
・ 3で言及がある法学引い
スカエウォラ(関己ロ
w o ‑
‑
国
ω ω
・
ω
・5)
::
紀元前九五年執政官︒:
( 同 内 己
DW
巳・
国∞
∞
w∞
‑
戸H
市町 同・ ); :: 一度 も騎 士階 層に 至っ たこ との ない 家の 出身
︒五
O
歳代にしてはじサピ
l
ヌス
めて騎士階層に列せられる︒︹紀元後一世紀前半在位の︺ティベリウス帝より解答権を与えられる︒
ウィテザリウス
(同
己同
回目
白‑
‑国
ω ω
・
ω ‑
H H
コ・
):
:・
サピ
lヌスの﹁ウィテッリウス註解﹂という書名でのみ名前が
知ら れる
︒
︹紀 元前 一世 紀の
︺
アウグストゥス期か︑それ以前の人物︒氏族名はパトリキl
のもの︒十ピ1
ヌスが註解を著す︒
アリストl
( 同 内
CD WO F
同
ω
ω w ω ‑ Z H
・):::カッシウス・ロンギヌスの弟子︒紀元後一世紀末から二世紀初頭の
R
人︒官職・地位不詳︒トラヤlヌスの顧問会にいた可能性もある︒被解放自由人か︒元老院議員ではないと
思わ れる
︒
227一一神官クイーントゥス・ムーキウス・スカエウォヲ「市民法論」十八巻
ラベオi
( 関
口 口
w o ‑ ‑
国
ω ω
・
ω ‑
品):::紀元前一世紀後半に活躍︒恐らくは元老員議員階層︒法務官にはなるが︑
H H
執政官には至らず︒
トレパーティウス
( 関 口
H M w o ‑ ‑
国
ω
ω
・ ∞
‑N
3:
::
紀元前八
0
年代から四年︒終生騎士階層︒Dブロクルス
( 関 口 口
} 向 ︒
‑ w
出
ω
F
∞‑
HN
ωR
・):::紀元後一世紀前半︒正規執政官を出した家柄︒元老員議員階層︒彼
自身執政官になった可能性もある︒
国
ω ω
・
( 関 口 ロ
} 内 巾 ﹁
∞‑
NR
):
::
アル フェ
lヌスと並ぶセルウィウスの高弟︒︹紀元前一世紀後オ1フィリウス
半の人物か︒︺終生騎士階層に留まる︒
セルウィウス
( 関
口 口
w o ‑ ‑
国ω
戸ω
‑N 3: ::
紀元前五一年執政官︒
ルティlリウス
( 関
口 ロ
‑ a r
出
ω ω
・
ω
・5
﹀:
::
紀元
前一
O
五年 執政 官︒
セクストゥス・カエキリウス
( 同
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巾ア
国
ω ω
・
ω
‑ H
叶N
同・
﹀: ::
﹁ア ッテ ィカ 夜話
﹂の 成立 時に はお そら く故 人︒
︹そこから︑紀元後二世紀前半の人物か?︺法務官級の人物を出した家柄の可能性もある︒
メラ
(関
口口
w o ‑ ‑
国
ω ω
・
ω
・回 目︒ ): :: ラベ オl の同 時代 人︒ ガッ リア
・キ サル ピ
1ナか︑イスパニア属州の出身︒
( 円 ︑
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円・
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巴 ・ ω ω
・
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己 匂 ・NN
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ー
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号 ・
3の著者)
ウルピアI
ヌス
ハ 同
E
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∞‑
岳民・﹀:::紀元後二二二年近衛長官︒属州出身の可能性もある︒N
第9巻 3・4号一一228
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( 円 巾 ロ
巾
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Z
円・
N一
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ロ
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叶!NOで言及のある法学者)
スカエウォラ:::既述
セルウィウス:::既述
セグストゥス・アエリウス・カトゥス
(関
ロロ
}向
︒‑
祖国
ω ω
・
ω
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・) :: :紀 元前 一九 八年 執政 官︒
一九四年戸口総監︒平民系ノIピレ1
ス ︒
サピ
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ヌス :: :既 述
(戸
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一
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吋
1
8
の著者)
ゲッリウス
( ︒
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︼・品目︒):::紀元後一二五年頃から二世紀末頃に生きた著述家︒
( u s
‑ ‑ Z
円 ・
E u n F E F B ‑ F N N
で言及のある法学部一
アエリウス・カトゥス:::既述
マlニウス・マlニlリウス
(関
口口
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国
ω ω
・
ω
・=ご:::紀元前一四九年執政官︒スカエウォラ:::既述
マ1ルクス・*フルートゥス
(関
口ロ
}内
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出
ω♂
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HN
):
::
紀元前一回二年法務官︒
トレパーティウス:::既述
(円
︑包
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O一
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門
E F B ‑ F N N
の著者)
キケ ロl (︒ 門戸
℃‑ Nω え・ ): :・ 紀元 前一
O
六年から紀元前回三年まで生きた弁論家・哲学者・政治家︒ここで取り上げたウルピアlヌスの記述を見る限り︑スカエウォラの見解が︑時代的にも所属階層的にもきわめて
多岐にわたる法学者達の見解と並べて引用されていることが読みとれる︒また︑引用の順序も︑特に継時的配列など
229一一神官グィーントクス・ムーキウス・スカエウォラ「市民法論」十八巻
の法則性を見いだすことはできなかった︒いささか錯綜した引用の手法というのが率直な印象である︒しかし︑その
錯雑した引用が層を成す中︑スカエウォラの見解が三世紀の時聞を超えて四回も引用されていることを考えると︑彼
の見解が︑単に偉大なる先学としての権威を備えているに留まらず︑﹁食糧﹂の簡明な定義に見られるように︑時代
‑社会状況を異とする後学の者の援用にあたっても便利な独特の抽象性と明断性をも兼ね備えていたことを容易に推
測さ せる
︒
さて︑ここで傍論として触れておきたいが︑この史料を残したウルピアlヌス自身︑属州出身の可能性もありなが
ら︑近衛長官という顕職に就いた政治的成功者とひとまず評することができる︒もちろん﹁政治的成功﹂や﹁所属階
層﹂の定義自体︑各時代において大きく変わり得るものではあるが︑多様な﹁政治的成功﹂度︑多様な﹁所属階層﹂
の法学者の見解が幅広い時代からこの成功者によって援用されている様子を目にすると︑法学者の見解が一旦法的議
論の場において発せられる(より実際的には書かれ︑伝えられ︑引用される)と︑その言葉は発言者の社会的属性を
離れて流通し︑同じテキストの地平で忌偉無く自在に用いられるものであるという印象を強くする︒また︑その地平
においては︑単に高い発言者の﹁所属階層﹂や︑﹁政治的成功﹂のみでは学説の長寿は保証され得ないのであろう︒
さら
に︑
スカエウォラの見解が法学者達の議論を越えて広く流布していたことを思わせるのは︑ここで取り上げた
キケロ!とゲッリウスの史料である︒スカエウォラと時代的に重なりながらも下の世代に属するキケロlの史料にお
いて引用されるのは︑スカエウォラ以前の法学者と︑キケP!と同時代のトレパーティウスの名であるが︑
スの史料においてはセルウィウスやサビlヌスの見解が引用され︑ ゲッリウ
﹁食糧﹂をめぐる議論が︑スカエウォラ以降これ
第9巻3・4号一一230 らの学者を通じて後代に深められていった可能性を示唆している︒これらの見解はユ
lスティl
ニア
l
ヌス帝とは別 の経路で今日に伝えられた点で︑スカエウォラの見解の持つ意義に関する貴重な補強証拠となっている︒
( 1 )
戸市
ロ巴
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VH︒ ・
ロ ・
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・ 叶日 u w l 叶 品 仏
︿2
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人物の年代の同定は文学者について︒わりに︑法学者について柴田﹁ロI
マ法 学﹂ と︒ わり 一
F E m ‑
‑
目︒とに拠ってい
るが︑個別の典拠は原文表記と共に割愛した︒全ての作者の年代が厳密に確定できるわけではないのが現況である︒
( 3 )
なお︑スカエウォラ﹁定義論単行書
( 5 2
白山口
mg E
ユ 町 ︑
E )
﹂という標題で﹁学説実纂﹂に収録されている諸断片につ
いて︑これがスカエウォラによって直接一冊の書物のかたちで執筆されたものであるか︑それとも後世に彼の作品を素材と
して編纂されたものであるかについては議論がある︒拙稿﹁思想﹂一七七!一七八頁で検討したステイγのように真正説を
とるものも有力であるが窃宮町
‑E
・E ‑ u m l A F 3
︑後世の編纂にかかるものとする見解(レlネル︑シュルッ︑ワトソン)
も根強い︒本稿では︑スカエウォラによる個々の議論は真正なものであっても︑書物の形態をとったのは後世の編纂による
ものだとして後者の見解に与することとする︒議論の所在について︑まずはワトソンの整理を見られたい(当主
g p F g H J
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門戸
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( 4 )
拙稿﹁思想﹂一七四︑二
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可
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( 5 )
たとえば︑﹁学説裳纂﹂所収のポンポlニウスの﹁法学通論単行書﹂がスカエウォラの前に市民法を基礎づけた存在とし
て挙げるマ1
ニl pウ ス︑ ユ
Iニウス・ブルートゥス︑プlプリウス・ム1キウス・スカエウォラの三人吉
‑ T
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ω 3
について︑レlネルはそれぞれ一
O
ヶ所︑一一ケ所︑四ケ所を採録するに留まる( F E m
‑ ‑ E P F ω
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・ミ同
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臼 ・ 1
なお︑拙稿﹁セルウィウスハ円﹂六
O
︑六五頁を参照︒ハ6
)
議論の大枠について
ω n E 2
Pロ
0
のZ E F
喝
‑
N R
に従いつつ述べることとする︒
(7
﹀同書については︑まず拙稿﹁セルウィウス付﹂七七︑八三
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八四 頁を 参照
︒
(8
﹀ポンポlユウスの註解についてまず吉原﹁ポンポニウス﹂一│二頁を参照︒ポンポlニウスの註解は戸
g
巴 ・
2
︒ ・ロ ・
ω・
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謡︑ラエリウス・フェlpクスの註解はド
E m ‑ ‑
目︒
・戸
ω
・目印
斗・
ガ
Iイウスの註解は戸
g a
・目
︒
‑ F ω
・民同が︑その
断片を収録する︒なお︑ラエリウス・フzlpグスの註解については本稿第一章註︿3
﹀も
参照
︒
231一一神官クイーントヲス・ムーキウス・スカエウォラ「市民法論」十八巻
(9
﹀サピ
iヌス﹁市民法論﹂について及びスカエウォラ﹁市民法論﹂と同書の関係について︑まず吉野﹁人の法付﹂一一一1三
O
頁を 参照
︒ (m )
煩雑とならないよう︑個別に史料を再引用することは割愛するが︑本節での議論は本稿第二章で検討した諸史料をもとと
している︒ここでも︑法学者の年代と社会的地位についてはひとまず関口ロr
巳・
国∞
ω
と︑
︒ゎ
Uに拠ることとする︒本章
註
( 2 )を
参照
︒
(日)本稿第一章第一節を参照︒とりわけ人物の同定の問題につき同註
(9
﹀を
参照
︒ (臼
﹀吉 野﹁ 人の 法付
﹂一 一一
│二 二頁 を参 照︒ (日
﹀本 稿第 一章 第一 節を 参照
︒
(U
) 本稿 第一 章第 三節 を参 照︒
(日)ウルピア1ヌスの政治的経歴︑とりわけ近衛長官就任をめぐる政治状況については︑まず︑近年の欧米の研究史を批判的に消化した実証的研究として︑桑山由文﹁元首政期
? l
マ帝国における近衛長官職﹂ハ史林七九1
一一
﹀五
!一
O
頁を参 照︒ お
り わ
本来︑本稿は拙稿﹁セルウィウス﹂第一章及び拙稿﹁思想﹂の補論たる性格を有する︒つまり︑今までは充分に展
聞できなかった原史料︑特に﹁学説業纂﹂を中心とする法文史料の提示・検討によってスカエウォラ﹁市民法論﹂の
再構成の現況︑
さらには共和政末期に急速に進展した法学の﹁体系化・精密化﹂の実相を浮き彫りにし︑その後世へ
の影響を検証することを企図していた︒本稿での考察により︑スカエウォラの法学が従来からの古拙的な要素を多々
含み︑全体としての構成面では時代的な制約を受けながらも︑その議論が備える独自の抽象性と明噺性ゆえに後々の
法学史に大きな影響を与えた様子の一端を示し得たと考える︒
しかし︑本稿はそれのみに留まらず︑従来法学者の対社会的な行動分析にもエネルギーを割いてきた筆者の営み︑