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TOF-SIMS による無機有機複合材料の 評価手法に関する研究

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(1)

2014 年度

博士論文

TOF-SIMS による無機有機複合材料の 評価手法に関する研究

成蹊大学大学院理工学研究科 理工学専攻

梶原 靖子

(2)

2 目次

第一章 序論 ... 4

第二章 既往研究 ... 7

2.1 飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS) ... 8

2.1.1 原理 ... 8

2.1.2 一次イオンビーム ... 10

2.2 多変量解析(MVA)... 11

2.2.1 主成分分析(PCA) ... 12

2.2.2 多変量スペクトル分解(MCR)... 13

2.2.3 データ前処理法 ... 14

2.3 G-SIMSとg-orgam ... 16

2.3.1 G-SIMS ... 16

2.3.2 g-ogram ... 18

2.4 無機有機複合材料 ... 19

2.4.1 繊維強化プラスチック ... 20

2.4.2 表面傾斜機能材料 ... 20

第三章 基礎検討(多成分の評価) ... 21

3.1 はじめに ... 22

3.2 実験方法 ... 22

3.3 結果と考察 ... 23

3.4 結言 ... 34

第四章 応用検討①(形態の違いの評価) ... 35

4.1 はじめに ... 36

4.2 実験方法 ... 36

4.3 結果と考察 ... 37

(3)

3

4.4 結言 ... 42

第五章 応用検討②(平均分子量の違いの評価) ... 44

5.1 はじめに ... 45

5.2 実験方法 ... 45

5.3 結果と考察 ... 46

5.4 補足 ... 67

5.5 結言 ... 70

第六章 応用検討③(実用材料に近い系での平均分子量の違いの評価) ... 71

6.1 はじめに ... 72

6.2 実験方法 ... 72

6.3 結果と考察 ... 73

6.4 補足 ... 84

6.5 結言 ... 90

第七章 結論 ... 91

第八章 付記 ... 94

8.1 透過型電子顕微鏡(TEM) ... 95

8.2 マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法(MALDI-MS) ... 97

参考文献 ... 99

業績一覧 ... 102

謝辞 ... 104

(4)

4

第一章

序論

(5)

5 1.1 研究背景と目的

近年,無機化合物と有機化合物とが分子レベルで組み合わされた無機有機複合材料の開発が 活発に行われている。無機・有機の複合化は無機物,有機物の特性を活かすのみならず,それぞ れの素材とは全く異なった高機能性材料を生みだす新しい技術として注目されており,コーティン グ材料,光学材料,光電子材料,分離材料,触媒材料などのさまざまな分野で応用開発が進んで いる。

しかし,無機物と有機物との複合界面といった局所領域の化学情報を取得することは難しいため,

新たに発現した特性に対して理論的な裏付けがとりにくいという問題がある。例えば,プラスチック 複合材料は,ガラス繊維-樹脂,炭素繊維-樹脂などのように,密着性のない強化材とマトリックス材 とから成り,材料間の密着性を高めるため,一般にシランカップリング剤を主体とする表面処理がガ ラス基板上に施されている[1]。この界面強化機構として代表的な理論は化学結合理論[2, 3]である が,その他に表面ぬれ理論[4, 5],歪み理論[6]などが提案されている。それぞれの理論には一長 一短があり,これらの理論が相まって界面を強化していると考えられているが,統一した理論は確 立されていない。

飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS:Time-of-flight secondary ion mass spectrometry)

は,イオン照射によるスパッタリング現象を利用した表面分析法であり,最大で ppm レベルの高い 検出感度をもち,数100 nm の高い空間分解能で二次イオン像を描画できることから,半導体,金 属,セラミックス,有機物,生体高分子などの幅広い分野における材料の評価に用いられている。

しかし,有機物の高分子量体または生体高分子などの場合,複雑なフラグメント化によって得られ る二次イオン質量スペクトルは煩雑となり,解釈がしばしば困難となる。そのため,TOF-SIMS 分野 においても2000年ごろからスペクトル解析に多変量解析(MVA:Multivariate analysis)が利用され るようになり[7],G-SIMS(Gentle-SIMS),g-ogram といった新たなスペクトル解析法も開発されてい る[8, 9]。

MVA は,複数の変量のデータが同時に得られるときにこれらを一括して分析する方法であり,複 数のデータを少数の成分で解釈することができる。目的(従属)変量がない場合の代表的な解析 法である主成分分析(PCA:Principal component analysis)は,多変量の情報(ここでは,二次イオ ン質量スペクトル中の各二次イオンピークの強度)のばらつきが最大になるようにもとの情報を合成 し,主成分という新たな変量へ変換する手法である。本手法により,スペクトルの比較だけでは分か らない試料間の違いを客観的に判断することができる。ただし,得られる主成分には物理的な意味 を含むとは限らないため,解釈は困難になることがある。一方,類似した解析法である多変量スペ クトル分解(MCR:Multivariate curve resolution)は,あらかじめ成分数を決め,負の値を含まない などの拘束条件を付与することで,スペクトルデータ集団から成分スペクトルとその相対濃度およ び統計ノイズを分離することができる手法であり,各成分を濃度マップとして再構成表示することが できる。この手法で分離されたスペクトルは実際に得られるスペクトルと類似しているため,PCAより も解釈が容易という利点がある。

一方,G-SIMS,g-ogramは,フラグメント化の特性の違いをもとに二次イオンを分類する方法であ

(6)

6

り,低フラグメント条件下で得られるスペクトルと高フラグメント条件下で得られるスペクトルとの強度 比を外挿することで,分子イオンまたはもとの構造を保ったフラグメントイオンの強度を強調したス ペクトルが得られる。この手法は,高分子量体の同定のほか,汚染成分や添加剤の分離にも利用 されている。

そこで本研究では,無機有機複合材料のTOF-SIMS データにMVAやG-SIMS,g-ogramを適 用し,無機有機複合材料の局所領域における構成成分の分布や化学状態を詳細に把握して,性 能の評価に有用な情報を引き出す手法を構築することを目的とした。

無機有機複合材料において,材料の特性を支配する無機・有機の界面状態を明らかにする手法 が確立されれば,TOF-SIMS の測定材料の適用範囲が大幅に広がると同時に,本研究の成果は 多様な高機能材料を扱う幅広い分野における研究開発に活かされることが期待される。

(7)

7

第二章

既往研究

(8)

8 2.1 飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS)

2.1.1 原理

二次イオン質量分析法(SIMS:Secondary ion mass spectrometry)は,イオンビームを試料表面に 照射し,スパッタリングにより二次的に放出されたイオンを質量分析計で測定する分析法である

(Fig. 2.1)。

Fig. 2.1. A schematic diagram of the SIMS process

SIMSには,一次イオンの電流密度によりDynamic-SIMS(D-SIMS)とStatic-SIMS(S-SIMS)の2 つのモードがある。前者は高電流密度の一次イオンビームを用いて,表面から数十mの深さ方向 分析やバルクの極微量分析のために用いられるのに対し,後者は電流密度を低くし,非破壊に近 い状態で試料の表面情報を得るために用いられる。D-SIMSの応用分野としては,半導体をはじめ とする固体材料における微量不純物の測定,微量元素および化合物表面の深さ方向分析などが 挙げられる。一方,S-SIMS は,高イオン透過率および高質量分解能に特徴のある飛行時間型質 量分析計(TOF-MS:Time-of-flight mass spectrometer)(Table 2.1)を搭載した飛行時間型二次イ オン質量分析法(TOF-SIMS:Time-of-flight secondary ion mass spectrometry)による高分子材料,

触媒,生体材料,環境物質などの評価に応用されている[10]。本研究では,無機有機複合材料の 局所領域における化学構造情報に着目しているため,TOF-SIMS を採用した。以降,S-SIMS

(TOF-SIMS)について記す。

Table 2.1. Comparison of mass analyzers for SIMS [11]

Primary ion

Secondary ion

Surface region

Quadrupole 102-103 <103 0.01-0.1 Sequential 1

Magnetic sector 104 >104 0.1-0.5 Sequential 10

Time-of-flight >103 <103-104 0.5-1.0 Parallel 104 Relative sensitivity Type Resolution Mass range Transmission Mass detection

(9)

9

SIMS で照射する一次イオンは固体を構成する原子との間で玉突き(カスケード)衝突を繰り返し ながら徐々にエネルギーを失っていき,表面近傍の原子に結合エネルギー以上のエネルギーが 加えられると,原子は中性またはイオンの形で放出される。この場合の原子の脱出深さが SIMS で 得られる情報深さとなり,モンテカルロシュミレーションによると,約1 nm(3~4原子層)以下である。

S-SIMSは表面損傷をできる限りおさえた分析法なので,総一次イオンドース量は1012 ions/cm2以 下としている。これは,スパッタ率が1~10 atoms/ion,固体表面の原子密度が1015 atoms/cm2程度 であることを考慮すると,1個の一次イオンによって損傷を受けた場所に2個目のイオンが当たる確 率が極めて低いためである。

TOF-MSはイオンの質量による飛行時間の違いを利用した質量分析計である[12]。TOF-SIMSで

は,一般に一次イオンビームをパルス状に照射し,放出された二次イオンを一定電圧で加速する 方式が採用されている。パルス状の二次イオン群は真空中を一定の距離だけ進む間に飛行時間 の差によって分離され,質量の小さいイオンから順次検出器に到達する。質量をm,速度をv,イオ ンの電荷数をz,素電荷をe,加速電圧をVとすると,電圧Vで加速したイオンは次式で表される運 動エネルギーをもつ。

よって,飛行距離をLとすると,飛行時間tは次式で計算される。

このとき,加速された一次イオン群にエネルギーのばらつきがあると,パルス幅が広がって質量分 解能が悪くなる。しかし,後を進むイオンの方が前を進むイオンよりも高いエネルギーをもつように 加速させると,飛行している間に後のイオンが前のイオンに追いつき,パルス幅が短くなる。これを バンチングといい,これにより質量分解能は向上するが,ビームの収束特性が悪くなるため,空間 分解能は低下する。なお,一次イオンを極短パルス化せずに,放出された二次イオン群をバンチ ングによりパルス化して測定する方式もある[13]。

TOF-MSの質量分解能は質量の等しいイオンの飛行時間のずれから求められる[14]。1価のイオ

ンが直線を飛行する場合,次式の関係が成り立つ。

ここで,L0は全飛行距離,Ekin = Ee + eV0は初期エネルギーEeと引き出し電界で加速されて得るエ ネルギーeV0の和として表される運動エネルギー,t0およびtは出発および到着時間である。これよ り,質量分解能は次式で表される。

1

2𝑚𝑣2 = 𝑧𝑒𝑉

𝑡 = 𝐿 𝑚 2𝑧𝑒𝑉

1 2

𝑡 − 𝑡0 = 𝐿0 𝑚 2𝐸𝑘𝑖𝑛

(10)

10

質量分解能は主に次の3つの要因の影響を受ける。1つ目は一次イオンのパルス幅,2つ目はア ナライザの時間収差,3 つ目は検出器の出力立ち上がりと不感時間である。時間収差は初期運動 エネルギー分布を完全に補償しきれないことと,空間収束特性の寄与で時間に広がりが生じること によるものである。これら3つの要因は次式の形で加算される。

ここで,添え字isは一次イオン,anはアナライザ,detは検出器を示し,ttotは全飛行時間である。元 素や化合物の同定には質量分解能が高いことが望ましいが,TOF-SIMS のアナライザに入る試料 の量は極めて少なく,スループットの観点から飛行距離を長く設計することが難しいため,市販装 置における一般的な質量分解能はm/m = 103~104である。

2.1.2 一次イオンビーム

TOF-SIMSでは,一次イオンとして10 keV程度の運動エネルギーをもつGa+やCs+などの単原子 イオンが無機材料を中心に用いられてきた。固体試料に打ち込まれたこれらの入射粒子は衝突を 繰り返しながら試料の内部に侵入し,表面下層の組織をカスケード衝突によって破壊する。そして,

この衝突により表面近傍の試料の一部がイオン化され,真空に脱離するが,入射粒子のエネルギ ーの多くが表面内部の組織の破壊に費やされるため,試料のスパッタ率は低い。そこで近年,入 射粒子として単原子イオンの代わりにサイズの大きなSF5+,Au3+,Bi3+,C60+などのクラスターイオン ビームの利用が進んでいる。クラスターイオンビームでは,構成原子 1 つあたりの衝突エネルギー の減少により,試料表面へのダメージが低減されるとともに,表面近傍へのエネルギー付与の割合 が増えるため,スパッタ率が向上する。そして,入射粒子のサイズが大きくなるにつれて,試料のス パッタ率が非線形的に著しく増加することが分かっている[15]。そのため,クラスターイオンビーム の実用化にともない,TOF-SIMSの有機化合物や生体高分子への応用が急速に進んでいる。この ような中,山田ら[16]により,高圧アルゴンガスを真空にジェット気流として噴出させ,断熱冷却によ り生成した数百から数千のアルゴンクラスター(Arn)を電子線でイオン化後,Arn+を電場で加速する というガスクラスターイオンビーム技術(GCIB:Gas cluster ion beam)が開発された。GCIBは,表面 物質が横方向にスパッタされるラテラルスパッタという現象により表面をナノレベルで平坦化できる 特徴をもつことから,主にスパッタイオンとして実用化されている。その他,平岡ら[17]により開発さ れた真空型帯電液滴ビーム技術も実用化されつつある。帯電液滴ビームは,大気圧下でエレクト ロスプレーによって生成した帯電液滴を真空中に導入し,電場によって加速することにより生成さ れる。試料界面で発生する衝撃波が基板および液滴中にピコ秒オーダーで散逸し,衝撃波のエ ネルギーが局在化しにくいため,生成する二次イオンは分子イオンが基準ピークとなりやすく,イオ

𝑚

∆𝑚= 𝑚

𝑑𝑚 𝑑𝑡 ∆𝑡= 𝑡 2∆𝑡

𝑚

∆𝑚= 2∆𝑡𝑖𝑠 𝑡𝑡𝑜𝑡

2

+ 2∆𝑡𝑎𝑛 𝑡𝑡𝑜𝑡

2

+ 2∆𝑡𝑑𝑒𝑡 𝑡𝑡𝑜𝑡

2 −1 2

(11)

11

ンのフラグメント化が起こりにくいという特徴がある。このような一次イオンビームの技術の発展により,

表面分析技術としてのTOF-SIMSのさらなる応用展開が期待される。

2.2 多変量解析

多変量解析(MVA:Multivariate analysis)とは,複数の変量(多変量)のデータが同時に得られる ときに,これらを一括して分析する方法である。これにより,複数の変量間の関係を明らかにするこ とができる[18]。

高分子量体や生体高分子をTOF-SIMS で分析する場合,分子イオンが検出されることは少ない ため,通常は低質量側の複数のフラグメントイオンをもとに化合物の同定を行わなければならない。

さらに,TOF-SIMSでは表面汚染成分由来の二次イオンが高強度で検出されることから,試料に複 数の化合物が混合している場合は,質量スペクトルの解釈が困難となる。そのため,TOF-SIMS 分 野においても2000年ごろから質量スペクトルの解析に多変量解析が利用され始めている(Fig. 2.2)

[19-36]。

Fig. 2.2. Number of papers published using multivariate analysis to aid in interpretation of SIMS datasets [7].

スペクトルデータに多変量解析を適用する場合,複数の試料からそれぞれ複数のスペクトルデー タを取得する必要がある。一般に,均一系では2つの同一試料を用意し,各試料に対し3~5つの スペクトルデータを取得することが推奨され,不均一系では 3~5 つの同一試料を用意し,各試料 に対し5~7つのスペクトルデータを取得することが推奨されている[37]。一方,1ピクセルごとに質 量スペクトル情報を含有するスペクトルイメージデータ(Fig. 2.3)の場合,各質量ピークが変量,各 ピクセルが試料に対応するため,画素数を256×256とすると,合計65536個の試料を含むことから,

スペクトルイメージデータ 1 つで多変量解析が適用できる。そのため,多変量解析をスペクトルイメ

(12)

12

ージデータに応用した研究も盛んに行われている[19, 20-25, 30, 31, 33, 35, 36]。

Fig. 2.3. The structure of spectrum image data

本研究では,無機有機複合材料の TOF-SIMS データから試料に含まれる特徴的な成分を引き 出すことにより,試料中の各成分の分布や化学状態を明らかにすることを目的としているため,多 変量解析の中でも,主成分分析(PCA:Principal component analysis)および多変量スペクトル分解

(MCR:Multivariate curve resolution)を採用した。以降,PCAおよびMCRの原理および多変量解 析の要となるデータ前処理法について記す。

2.2.1 主成分分析(PCA)

PCA は,情報量ができるだけ多くなるように,複数の変量をもつデータを少数の変量をもつデー タへと変換する手法である[18]。つまり,見晴らしの良い観点からもとのデータを解釈するための手 法であり,データのばらつきが大きくなるところに着目している。

PCAでは,計算のアルゴリズムに特異値分解を利用した次式により,もとのスペクトルデータXが 得点Tと負荷量PTの2つの行列に分解される。

ここで,上付きのTは行列の転置を表し,Eは残差である。

もとの多変量からつくられる分散・共分散行列または相関行列の固有値が得点,固有ベクトルが 負荷量となり,もっとも大きな固有値に対応する固有ベクトルを第一主成分という。そして,第一主 成分の残差に対して再度主成分分析を行い,次に大きな固有値に対応する固有ベクトルが第二 主成分となる。この操作は直行分解とも呼ばれ,第一主成分と第二主成分との相関が0 になること から,共線性のあるデータに対しても安定した結果が得られる。なお,相関行列では変量が標準化

(平均が0,分散が1)されているので,変量の単位が異なる場合に有用である。Figure 2.4に2変

数の場合における直交分解の概念図を示す。

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

m/z

counts

Mass spectrum

Image

Pixels

Pixels

Spectrum image data

𝑋 = 𝑇𝑃𝑇+ 𝐸

(13)

13 Fig. 2.4. The scores and loadings on PC1 and PC2.

得点は主成分軸上での試料の大きさを示し,負荷量はその主成分がどのような変量で説明され るのかを示している。ただし,固有ベクトル(負荷量)の要素は負の値も許されるが,実際のスペクト ルの強度は正の値しかもたないため,負荷量に物理・化学的な解釈を与えることが困難な場合が ある。また,主成分をどこまで取り上げるかについては,一般に,各主成分の固有値を全主成分の 固有値の合計で割った寄与率の累積値(累積寄与率)が80 %以上となることや,固有値が急激に 減少する直前までなどが目安となる。

2.2.2 多変量スペクトル分解(MCR)

MCR は次式により混合スペクトルから純成分のスペクトルとその相対濃度(分布)を分離する手 法である[18]。

ここで,Cは相対濃度(分布),Sは純成分スペクトル,Eは残差である。PCAとMCRは同様の式で 表されるが,PCAでは得点や負荷量は正負両方の値をとり得るのに対し,MCRでは負の値を含ま ないという拘束条件が入る。また,PCA では固有値や累積寄与率を目安として成分数を決めること ができるが,MCRでは成分数をあらかじめ決めておく必要があるため,任意性が残る。相対濃度C と純成分スペクトルSは,交互最小二乗法(ALS:Alternating least squares)という演算法により,残 差Eが最小になるように求められる。そこであらわれる負の値は強制的に0に置き換えて回帰計算 を繰り返すため,すべての行列要素が非負となるように収束される[38]。MCR で得られる純成分ス ペクトルは実際に得られるスペクトルと類似しているため,PCAよりも解釈が容易である。ただし,成 分数を見積もることが難しい場合や複数の成分のスペクトルが極めて類似している場合には,スペ クトルがうまく分離されないことがある。Figure 2.5にスペクトルイメージデータの場合におけるMCR の概念図を示す。

X

Y PC1

PC2

Score on PC1 Score on PC2

e

1

e

2

{e

1

, e

2

}

(Base vector) Loading on PC1 Gravity of data

𝑋 = 𝐶𝑆𝑇+ 𝐸

(14)

14 Fig. 2.5. The pure component image and spectrum.

2.2.3 データ前処理法

データの前処理は,多変量解析によりスペクトルデータから有用な情報を引き出す上で重要な操 作である[7]。ここでは,PCAやMCRで一般に用いられる規格化や中心化,スケーリングについて 記す。

2.2.3.1 Normalization

Normalization(規格化)はスペクトル上の各ピーク強度を全ピーク強度や選択したピーク強度の 和などで割る操作である。この操作により,試料の凹凸や帯電,装置の状態に起因するピーク強度 の変動を低減することができる。ただし,全イオン強度や選択したピークの変動に化学的な情報が 含まれている場合,その化学情報は normalization によって失われてしまうことに注意が必要であ る。

2.2.3.2 Mean-centering

Mean-centering(中心化)は,複数の試料間での各ピーク強度の平均値を各ピーク強度から差し 引くことで,データ群の重心を原点に変換する操作であり,PCAの前処理として一般に使われてい る。これは,この操作によりデータの次元が 1 つ下がるとともに,第一主成分の軸を試料自体の分 散が最大になる方向に定めることで,PCAのモデルが安定化するためである。ただし,これによりス ペクトルの化学的な情報が失われるため,主成分得点結果を解釈する際に不利になる場合がある [39]。

2.2.3.3 Variance scaling

Variance scalingは各ピーク強度を複数の試料間での各ピーク強度の標準偏差で割ることにより,

各ピーク強度の分散の大きさをそろえる操作である。この操作により,ピーク間の共分散にのみ着 目(化学的な情報が含まれると仮定)することになる。

2.2.3.4 Auto scaling

Auto scaling(標準化)はmean-centeringとvariance scalingとを組み合わせた操作で,データ群の

Image of Comp.1 Spectrum of Comp.1 Spectrum image data

Comp.1

(15)

15

重心を原点に変換するとともに,各変量の分散を1にする操作である。平均値と分散の異なる4つ の変量がauto scalingされる過程をFigure 2.6に示す。ボックスは各変量の分散,ボックス内の中心 線は平均値を表す。

Fig. 2.6. Auto scaling

2.2.3.5 Logarithmic-transformation

Logarithmic-transformation(対数変換)はピーク強度のダイナミックレンジが小さくなるため,強度 の小さいピークを強調するのに有効である。この変換により全てのピーク強度がほぼ等しくなるため,

variance scalingと同じような結果が得られる。

2.3.3.6 Poisson scaling

光子,電子,イオンなどの数え落としのない計数値は一般に Poisson 分布に従うとされており,電 気的ノイズなどによる統計的な不確実性の大きさは一様ではなく,計数値の強度が大きいほど相 対的に増加する。変量(質量ピーク)と試料(ピクセルなど)とからなるスペクトルデータにおいて,試 料由来の不確実性を無視し,変量由来の不確実性のみを考慮すると,Poisson 分布ではピーク強 度の誤差はピーク強度の分散の平方根に等しいとみなされるため,Poisson scaling で前処理をし たデータは次式で表される[31]。

また,Poisson scalingでは,

と近似される。ここで,𝑋̃は前処理後のデータ,Xは前処理前のデータ,Vはデータの分散を示す。

TOF-SIMSにおけるスペクトルイメージデータは一般にPoisson分布に従うため,Poisson scaling で処理をすると,電気的ノイズの影響を低減させ,本来のスペクトルを再現する効果が期待される。

TOF-SIMSスペクトルイメージデータにMVAを適用する際は,Poisson scalingが有効とする例が報

Mean-centering Variance scaling

𝑋̃ = 𝑋 𝑉

𝑉 = 𝑋

(16)

16 告されている[21, 23, 31]。

2.2.3.7 Binomial scaling

検出システムの反応時間は有限なため,飽和したピークなどでは計数の数え落としが生じる。こ のような飽和ピークの統計的な不確実性は二項(Binomial)分布に従うとされており,この場合はピ ーク強度を推定ノイズの分散で補正するbinomial scalingが有効である。

Binomial scalingでは,2.3.3.6の上式における分散Vは次式で表される[31]。

𝑉 = 𝑋̂

1 − 𝑋̂ 𝑚= 𝑚 {𝑒𝑥𝑝 𝑋 𝑚 − 1}

ここで,𝑋̂は推定データ,mは1ピクセルあたりの一次イオンのパルス数である。

2.3 G-SIMSg-ogram

TOF-SIMS スペクトルは,一般に不純物由来の無機成分や同定に利用できない低質量側のフラ

グメントイオンなどのピーク強度が大きい。そのため,MVA ではデータ群全体の分散に対するこの ような高強度ピークの寄与が支配的となり,高質量側の低強度ピークの解析に不利になることがあ る。そこで,統計的な手法を用いずに,高分子量成分の同定を容易にするためのスペクトル解析 法として,National Physical Laboratory(Middlesex, UK)にてG-SIMS(Gentle-SIMS)が開発された

[8, 9, 40-43]。データ取得には,同一箇所に照射できる2種の一次イオン源が必要という装置上の

制約はあるものの,高分子や生体材料,ナノ材料への適用例が報告されている[32, 37-39]。以降,

G-SIMSおよびg-ogramの原理について記す。

2.3.1 G-SIMS

G-SIMSは,エネルギーの異なる2つの一次イオンより得られるスペクトル強度の比を極低エネル

ギーの条件下で得られるスペクトルへと外挿することにより,分子イオンやもとの分子構造を保った フラグメントイオン由来のピークを高強度で得る方法である[8]。一般に,分子イオンおよびもとの分 子構造を保ったフラグメントイオン由来のピークは,フラグメント化の進展により,TOF-SIMSスペクト ル上で低強度に示される。フラグメント化は高エネルギーの一次イオンで得られるスペクトルほど顕 著になるため,極低エネルギー条件でのスペクトルを仮想的につくり出すことにより,分子イオンま たはもとの分子構造を保ったフラグメントイオンといった試料に特有のピーク情報を引き出すことが できる[42, 46]。

G-SIMSスペクトルは次式で得られる。

ここで,GXはG-SIMSスペクトル上のピーク強度,MXは質量,S1Xは低エネルギー,S2Xは高エネル ギーの一次イオンにより得られる質量スペクトル上のピーク強度,g は外挿指数である。gは-1 から

𝐺𝑋 = 𝑀𝑋𝑆1𝑋 𝑆1𝑋

𝑆2𝑋 𝑔

(17)

17

40までの値をもち,gが-1のときは高エネルギー条件下で得られるスペクトル,0のときは低エネル ギー条件下で得られるスペクトル,40のときは最も低いエネルギー条件下で得られるスペクトルとな る。通常,一次イオン源としては,質量の異なるものを利用するが,ビーム照射位置を厳密に合わ せる必要があるため,実用的には同一のイオン源から照射できるもの同士で組み合わせる。NPL では,300 u以下のフラグメントイオンの解析にはBi(低エネルギー)とMn(高エネルギー),300 u 以上のフラグメントイオンの解析にはBi3(低エネルギー)とBi(高エネルギー)の組み合わせを推奨 している[47]。前者はG-Tip[42]として市販されており,ION-TOF社製装置に搭載可能である。Siウ ェハ上にスピンコートしたポリカーボネートのG-SIMS解析例をFig. 2.7に示す[8]。

通常のTOF-SIMSスペクトルでは,C7H7 +,C8H7

+,C9H7

+,C12H8

+,C13H9

+,C14H10

+,C15H9

+などの

ポリカーボネートの骨格を反映していない多環芳香族系のピークが主要ピークとして示されている が,G-SIMS スペクトルでは,ポリカーボネートの骨格を反映したフラグメントイオン(C9H11O+)が高 強度で示されている。

(18)

18

Fig. 2.7. Spectra of polycarbonate. (a) Static SIMS spectrum acquired with 10 keV Cs+ and (b) G-SIMS spectrum [8].

2.3.2 g-ogram

g-ogramはG-SIMSから派生した解析法で,G-SIMSスペクトルにおける外挿指数(g)の値を変え

ることで,クロマトグラフのようにフラグメント化特性の異なる成分を分離することができる[37]。

g-ogramの概念図をFig. 2.8に示す[45]。

(19)

19

Fig. 2.8. The concept of g-ogram separating concepts having low g-index and high g-index [45].

Figure 2.8中の左下の図をg-ogramマップといい,g値ごとにG-SIMS強度を最も大きいピーク強 度で規格化したときの各ピークの強度の変化を示している。g 値は上方が-1,下方が 40 であり,g 値が高いときに G-SIMS 強度の大きくなるピークほど,分子イオンまたはもとの構造を保ったフラグ メントイオンである可能性が高い。最もG-SIMS強度が大きくなるときのg値をgmaxといい,フラグメ ント化特性の異なる成分は gmaxの値によって分離することができる。このとき,分離の指標とした g 値を特に gsepとして示される。高分子や生体分子などの成分を基板や添加剤,汚染成分などから 分離するのにg-ogramを用いた例が報告されている[45]。

2.4 複合材料

複合材料は複数の素材を組み合わせた材料であり,単一の材料にはない優れた特性をもつ。一 般に,主体となる素地(マトリックス)の中に分散材または強化材といわれる微小形状の素材を分散 させてつくられ,マトリックスにはゴム,プラスチック,金属,セラミックス,コンクリートなど,分散材に はガラス,ホウ素,炭化ケイ素,アルミナ,炭素,アラミド,鋼などの繊維状のものや,粉体,粒子,

織布などが用いられる。いずれの組み合わせにおいても比強度(引張強さ/比重)が高いことが特 徴であり,工業的には繊維強化材料や傾斜機能材料が特に重要である。以降,無機有機複合材 料の代表例ともいえる繊維強化プラスチックおよび傾斜機能材料ついて記す[48]。

(20)

20 2.4.1 繊維強化プラスチック

軽量であるプラスチックをマトリックスとし,内部に強化繊維を含有させた複合材料を繊維強化プ ラスチック(Fiber reinforced plastic:FRP)という。軽量化,高機能化や高性能化のために,工業用 品から日用品まで広く利用されている。マトリックスには不飽和ポリエステル,エポキシ,ポリカーボ ネートなどのプラスチックが用いられ,強化繊維にはガラス(Glass-FRP:GFRP)の他,炭素繊維

(Carbon-FRP:CFRP)やケブラーなどの超高強度繊維も使用されている。例えば,CFRP はアルミ ニウム合金に比べても大幅に軽量化か可能であり,さらにビフェニルテトラカルボン酸二無水物と ジアミン樹脂を混ぜることで,耐熱温度が 300~400℃の材料も開発されている。そのため,CFRP は航空機の外板をはじめ,宇宙空間で高温にさらされる機器にも使用され始めている。

複合材料の短所として,伸びが小さく,強度のばらつきが大きいことが挙げられるが,繊維によっ て亀裂の進展が妨げられ,また,セラミックスよりもじん性が大きいことから,ある程度の欠陥を内在 していても全体の破壊にはすぐにつながらない特徴をもつ。

2.4.2 傾斜機能材料

傾斜機能材料(Functionally gradient materials)は,広い意味でFRPなどと同様の複合材料であ り,もとは宇宙航空機の機体表面の耐熱性確保のために開発された材料である。

宇宙空間と地球とを往復するスペースシャトルやスペースプレーン(宇宙往還機)は,大気圏に突 入する際,空気との摩擦で機体表面が 2000℃を越える非常に高い温度にさらされる。実用材料と して最も耐熱性が高い材料はセラミックスであるが,じん性が弱いため,一般には金属でつくられた 機体表面に耐熱性セラミックスタイルを貼る方法がとられている。しかし,セラミックスと金属との熱 膨張率の差に起因して熱応力が発生し,タイルのはく離などの問題が生じていた。そこで開発され た材料が表面傾斜機能材料であり,耐熱性としてのセラミックスの特性と,冷却のための高い熱伝 導率,強度・じん性をもつ金属の特性とを入れ替わるようにして表面から内部へ連続的に変化させ ることにより,熱応力を緩和しつつ,強度部材としての特性も満たすようになっている。しかし,特性 を連続的に変化させることは難しいので,工業的には特性の異なる材料を複数組み合わせること が多い。

このように,傾斜機能材料は鉄鋼系,金属間化合物系に由来した材料であるが,低分子量成分 や特定の分子構造を導入して得られるプラスチック系も開発されている。ポリカーボネートを基本と する表面傾斜機能材料にガラス繊維を分散させると,GFRPでありながら,非強化材料並みの外観 特性をもち,表面塗装後の耐剥離性にも良好な材料として,カメラの外装部品や携帯,スマートフ ォンの筐体材料などに利用されている[49]。

(21)

21

第三章 基礎検討(多成分の評価)

ポリエチレングリコール( PEG )・

ポリメタクリル酸( PMA )混合試料

(22)

22 3.1 はじめに

博士研究の基礎検討として,異なる成分を含む試料という比較的単純な系の TOF-SIMS データ を対象に,多変量解析を用いて試料に含まれる複数の成分を区別するための解析条件を検討し た。

一般に,TOF-SIMSデータの多変量解析としては,PCAやMCRがよく利用されており[31],両者 にはそれぞれ次のような特徴がある。PCAでは,通常,累積寄与率が80 %以上になるまでや固有 値が急激に減少する直前までなどが有意な成分数の目安となるが[39],PCA で得られる負荷量を 物理・化学的に意味のあるスペクトルに直接反映できるとは限らない。一方,MCR より得られる純 成分は直接スペクトルを反映する可能性が高いが,MCRでは成分数を初期値として入力するため,

成分数の妥当性は分離されたスペクトルと実際の組成とを比較するなどして判断しなければならな い。

そこで本研究では,有意な成分数の決定および純成分のスペクトルの分離という両者の相補的 な特徴に着目した。PCA で特徴の異なる物質の種類を明確に分類できれば,PCA で分類された 物質数をMCR の成分数の指標として用いることができると考えた。一方,PCA で得られた主成分 の由来を推定することが困難な場合でも,MCR で分離されたスペクトルを参考にすることで,試料 に含まれる複数成分の由来がより明確になると考えた。複数成分を含むモデル試料には,基板成 分および外部汚染や不純物成分が共存する 2 種の高分子混合試料を用い,モデル試料の

TOF-SIMS スペクトルイメージデータに対して,両多変量解析手法を用いることの有用性について

評価した[64]。

3.2 実験方法

高分子混合試料には,Siウェハ(Kyodo international, Inc., Kawasaki)上にスピンコートした平均 分子量600 uのPolyethylene glycol(PEG, Wako Pure Chemical Industries, Ltd. Osaka)および Poly(methacrylic acid)(PMA, Polysciences, Inc., Warrington, PA)の混合物を用いた。また,PCAに よる負荷量結果およびMCRによる成分のスペクトル分離結果を評価するため,Siウェハ上にPEG またはPMA のみスピンコートした試料(リファレンス)および基板として用いた Si ウェハ(ブランク)

のスペクトル測定も行った。

3.2.1 試料調整

リファレンス試料は,スピンコーターにて,4000 rpmで回転する1 cm角のSiウェハ上に0.01 g/mL のPEGのトルエン溶解液または0.005 g/mLのPMAのトルエン分散液をそれぞれ50 L滴下して 調整した。高分子混合試料は,スピンコーターにて,4000 rpmで回転する1 cm角のSiウェハ上に PEGの溶解液およびPMAの分散液の混合液を50 L滴下して調整した。

(23)

23 3.2.2 TOF-SIMS測定条件

各試料はTFS-2100 TRIFTⅡ(Physical Electronics, Inc., Chigasaki)を用いて測定した。一次イオ ン源は69Ga+を用い,加速電圧は15 kV,電流値は1.5 nAに調整した。質量測定範囲はm/z 2~

1000,測定領域は100 m×100mであり,いずれの測定時にも中和電子銃は使用しなかった。高

分子混合試料のRAWデータはunbunchモード(C2H3

+の質量分解能m/m 800)で取得し,イオン ドース量は1.3×1012 ions/cm2とした。

3.2.3 PCA・MCR解析条件

多変量解析は,Matlab(The MathWorks, Inc., Natick, MA)上で動作するPLS_Toolboxおよび MIA_Toolbox(Eigenvector Research, Inc., Wenatchee, WA)を用いて実施した。PCAおよびMCRの 解析に用いたスペクトルのピーク抽出範囲はm/z 10~200で,解析に用いたピークの数は231本で あった。スペクトルイメージデータはピークリストをもとにBIFファイルとして取り出し,Matlabに読み 込んだ。BIFファイルは像の画素数を256×256から128×128に圧縮して作成した。

PCAのデータ前処理法には,mean-centering,auto scaling,Poisson scaling,MCRのデータ前処

理にはPoisson scalingを用いて,得られた解析結果を比較した。

3.3 結果と考察

3.3.1 TOF-SIMS測定結果

高分子混合試料の TOF-SIMS スペクトルを Fig. 3.1,リファレンス試料およびブランク試料の TOF-SIMSスペクトルをFig. 3.2に示す。PEGのリファレンス試料からは,C2H5O+,C3H7O+,C4H9O+, C4H9O2+が PEG に特有の二次イオンとして検出され,PMA のリファレンス試料からは,C2H3+, C3H5+,C4H9+がPMAに特有の二次イオンとして検出された。高分子混合試料からも各高分子に特 有の二次イオンが検出されたが,Si ウェハ由来の Si+の他,外部汚染や不純物由来と考えられる Na+,K+,Ca+も高強度で検出された。

(24)

24

Fig. 3.1. A typical ToF-SIMS spectrum of a mixed sample of PEG and PMA [64].

C3H7O C4H9O

C4H9O2 CH3Si

Ca C2H3

C3H5 C2H5O Si

K

00

200

00

200 Na

1.1×106

1.5×105

Mass, u

Intensity, countsIntensity, counts

(25)

25

Fig. 3.2. Positive secondary ion mass spectra of (a) PEG, (b) PMA and (c) Si wafer [64].

(a)

C2H5O Si

C3H7O C4H9O

C4H9O2 CH3Si

00

00

200

200 8.0×105

1.0×105

Intensity, countsIntensity, counts

Mass, u

Ca C2H3

C4H9 CH3Si C3H5

K

(b)

00

200 1.6×105

Mass, u

Intensity, counts

Si

(c)

00

200 1.3×105

Mass, u

Intensity, counts

Si

(26)

26

高分子混合試料の全二次イオン像を Fig. 3.3 (a),PEG に特有の二次イオンである C2H5O+, PMAに特有の二次イオンであるC2H3

+,Siウェハ由来のSi+,外部汚染や不純物由来と考えられる Na+,K+,Ca+の各二次イオン像をFig. 3.3 (b)~(g)に示す。各二次イオン像から,PEGはSiウェハ 上に広い範囲にわたって分布しているのに対し,PMA は局所的に分布していること,また,K+

PEG,Ca+は PMA とほぼ同じ箇所に分布し,Na+は粒子状の塊として特異的な分布をしていること

が分かった。

Fig. 3.3. Positive secondary ion images of a mixed sample of PEG and PMA [64]. (a) Total ion image, (b) C2H5O+ (PEG), (c) C2H3

+ (PMA), (d) Si+, (e) Na+, (f) K+, (g) Ca+. 100m

(a)

(b) (c)

(d) (e)

(f) (g)

(27)

27

そこで本研究では,基板成分(Siウェハ),外部汚染や不純物成分(Na,K,Ca)が共存する2種 の高分子成分(PEG,PMA)を含むモデル試料のTOF-SIMSスペクトルイメージデータにPCAおよ びMCRを適用し,解析結果からそれぞれどのような情報が得られるのかを調べ,両多変量解析手 法を用いることの有用性について評価した。

3.3.2 PCA結果

PCAでは,データ群の重心を原点に変換するmean-centeringおよびauto scalingが,各変量の ばらつきを最大化する主成分軸を定めて試料に含まれる特徴的な傾向を効果的に引きだすデー タ前処理法として有効である。そこでまず,mean-centeringおよびauto scalingにて前処理をしたデ ータのPCA結果を比較した。PCAの得点結果をFig. 3.4,負荷量結果をFig. 3.5に示す。なお,

PLS-Toolboxによる主成分数の推奨値はいずれも4つであったので,第4主成分までの結果を示

す。

Mean-centeringでデータの前処理をすると,Fig. 3.3 (d),(f),(b)に示したSi,K,C2H5O(PEG)の ような広範囲の分布をもつ物質が第一主成分(PC1)の正の成分,Fig. 3.3 (g),(c)に示した Ca,

C2H3(PMA)のような局所的な分布をもつ物質が第一主成分の負の成分に示され,第二主成分

(PC2)には正の成分に外部汚染由来と考えられるNa,負の成分にK や PEG由来の物質が示さ れた。一方,auto scaling でデータの前処理をすると,Ca,PMA のような局所的な分布をもつ物質 が第一主成分の正の成分,Si,K,PEG のような広範囲の分布をもつ物質が第一主成分の負の成 分として示され,第二主成分には正の成分にSiウェハおよびCaやPMA由来の物質,負の成分 にKやPEG由来の物質が示された。なお,第一主成分の寄与率が5.61 %と極端に小さくなった のは,各二次イオンピークの分散の大きさをそろえたことにより,Siなどの高強度の二次イオンの影 響が抑えられたためだと考えられる。また,第三主成分(PC3)および第四主成分(PC4)は均一な 分布を示すことから,いずれも主にノイズや全体に共通する要素を反映していると考えられる。これ より,mean-centering 処理後の PCA 結果から,広範囲の分布をもつ成分,局所的な分布をもつ成 分,外部汚染成分由来のNaを主体とする成分,Siウェハ以外の広範囲の分布をもつ成分の4つ 成分の存在が示された。一方,auto scaling 処理後のPCA結果からは,局所的な分布をもつ成分,

広範囲の分布をもつ成分,Si ウェハと局所的な分布をもつ物質からなる成分,Si ウェハ以外の広 範囲の分布をもつ成分の4つの成分の存在が示された。

(28)

28

Fig. 3.4. PCA scores [64]. (a) Mean-centering, (b) auto scaling.

PC2 (7.81%)

PC3 (3.81%)

PC4 (2.50%) PC1

(77.68%)

(a)

PC2 (0.96%)

PC3 (0.60%) PC1

(5.61%)

PC4 (0.57%)

(b)

(29)

29

Fig. 3.5. PCA Loadings [64]. (a) Mean-centering, (b) auto scaling.

-0.4 -0.2 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0

0 50 100 150 200

PC 1 (77.68 %)

-0.2 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2

0 50 100 150 200

PC 2 (7.81 %)

Mass, u Mass, u

Loadings Loadings

Si

C2H3 Ca

K C2H5O

Na

K C2H5O

(a)

-0.6 -0.4 -0.2 0.0 0.2 0.4 0.6

0 50 100 150 200

PC 3 (3.81 %)

-0.4 -0.2 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0

0 50 100 150 200

PC 4 (2.50 %)

Mass, u Mass, u

Loadings Loadings

SiH

Ca K

Si

C2H5O

Si SiH

K

-0.3 -0.2 -0.1 0.0 0.1 0.2 0.3

0 50 100 150 200

PC 1 (5.61 %)

-0.2 -0.1 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4

0 50 100 150 200

PC 2 (0.96 %)

Mass, u Mass, u

Loadings Loadings

(b)

Si C2H3

C4H9 Ca

C3H5

C2H5O K

C3H9Si

CH3 Si

SiOH

K C2H5O CH3Si C2H3

-0.2 -0.1 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4

0 50 100 150 200

PC 3 (0.60 %)

-0.2 -0.1 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7

0 50 100 150 200

PC 4 (0.57 %)

Mass, u Mass, u

Loadings Loadings

C2H4 K

C2H3O

(30)

30

一般に,TOF-SIMS のスペクトルイメージデータは Poisson 分布によく従うとされている[21]。その ため,Poisson scalingでデータ前処理をすることにより,電気的ノイズの影響を低減させ,解析結果 に試料本来の化学的性質をより良く反映させる効果が期待される。比較のため,Poisson scalingに てデータの前処理をした PCA の得点結果を Fig. 3.6,負荷量結果を Fig. 3.7 に示す。Poisson

scalingでは,第一主成分の負荷量結果はSi,K,PEGのような広範囲の分布をもつ物質と外部汚

染由来と考えられる Na を主とした,全体を平均化したようなスペクトルとなった。これは,原点から の各二次イオンピークの分散の大きさが,各ピクセル間での差異よりも大きかったためである。そし て,第二主成分には正の成分として Ca,PMA のような局所的な分布をもつ物質,負の成分として Siウェハ,第三主成分には正の成分としてNaおよびKやPEG由来の物質,負の成分としてSiウ ェハおよびCaやPMA由来の物質,第四主成分には正の成分としてCaとPEG由来の成分,負の 成分としてNaが示された。各主成分におけるNaの分散の寄与が大きかったものの,第二主成分 にはSiウェハと局所的な分布を持つ物質との差異,第三主成分にはSiウェハ以外の広範囲の分 布をもつ物質と局所的な分布をもつ物質との差異,第四主成分には特異的な分布をもつ Na とそ の他の成分との差異が示された。そのため,Poisson scaling処理後のPCA結果からも,広範囲の 分布をもつ成分,局所的な分布をもつ成分,外部汚染成分由来のNaを主体とする成分,Siウェハ 以外の広範囲の分布をもつ成分の4つ成分の存在が示された。

Fig. 3.6. PCA scores of Poisson scaled data.

PC1 (76.27%)

PC2 (11.09%)

PC3 (1.52%)

PC4

(1.05%)

(31)

31 Fig. 3.7. PCA loadings of Poisson scaled data.

本モデル試料のTOF-SIMSデータにおいては,mean-centeringおよびPoisson scaling 処理後の PCA結果に Na といった特異的な分布をもつ物質の差異が明確に示された。また,いずれのデー タ前処理法を用いても広範囲の分布をもつ物質の中からK,PEGのようなSiウェハ以外の成分が 分離されたことから,広範囲の分布をもつ物質のうち,Siを主体とする成分とK,PEGのようなSiウ ェハ以外の成分とが異なる成分としてMCRで分離される可能性が示唆された。

よって,本PCA結果から,Siを主体とする成分,Naを主体とする成分,Ca,PMAのような局所的 な分布をもつ成分,K,PEG のような Si ウェハ以外の広範囲の分布をもつ成分の 4 つの成分が MCR で分離される可能性があると考えた。また,MCR の成分数を見極めるにあたっては,データ 前処理法として,mean-centeringおよびPoisson scalingがTOF-SIMSのスペクトルデータにおいて も有用であることを確認した。ただし,低強度の二次イオンに由来する成分に着目する場合は,高 強度の二次イオンの影響を抑えたauto scaling処理後のPCA結果がMCRの成分数の推定に有 用な情報を与える可能性もある。そのため,データ前処理法は,解析の目的に応じて最適な方法 を適宜選択する必要があると考えられる。

3.3.3 MCR結果

MCRでは,TOF-SIMSデータの前処理としてPoisson scalingが一般に推奨されている[4]。そこ で,本研究ではPoison scalingの有用性について確認するため,Poisson scaling処理前後のデー タのMCR結果を比較した。成分数は,PCAの結果を基にSi を主体とする成分,Naを主体とする

-0.4 -0.2 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8

0 50 100 150 200

PC 2 (11.09 %)

0.0 0.2 0.4 0.6 0.8

0 50 100 150 200

PC 1 (76.27 %)

Mass, u Mass, u

Loadings Loadings

Si

C2H5O Na

K

Na C2H5Ca

C3H5

Si

-1.0 -0.5 0.0 0.5 1.0

0 50 100 150 200

PC 4 (1.05 %)

-0.5 0.0 0.5 1.0

0 50 100 150 200

PC 3 (1.52 %)

Mass, u Mass, u

Loadings Loadings

Na K

Si Ca

Ca C2H5O

Na C2H5O

(32)

32

成分,Ca,PMAのような局所的な分布をもつ成分,K,PEGのようなSiウェハ以外の広範囲の分布 をもつ成分の4つとした。Poisson scaling処理前後の成分の分布結果をFig. 3.8に,成分の分布結 果の類似したものを対応させて示す。Poisson scaling処理前後で各成分の分布に違いは見られな かったが,スペクトルを比較したところ,Poisson scalingで前処理をしたデータでは,特に成分2お よび成分4において,強度の小さい二次イオンが相対的に強調されていた(Fig. 3.9)。TOF-SIMS

データがPoisson分布に従う場合,有用な化学情報をもつことの多い低強度の二次イオンピークほ

どノイズの影響は大きくなる[21]。このような場合,Poisson scaling は低強度の二次イオンピークに おけるノイズの影響を低減するとともに,当該二次イオンを強調して示すのに有用だと考えられる。

本研究においても,Poisson scaling により低強度の二次イオンが相対的に強調されたことから,

Poisson scalingは低強度の二次イオンをより明確に示すのに有用であることを確認した。

Fig. 3.8. The component images obtained by MCR [64]. (a) No scaling, (b) Poisson scaling.

(a)

Comp. 1 (8.01%)

Comp. 2 (4.08%) Comp. 3

(84.24%)

Comp. 4 (1.97%)

(b)

Comp. 1 (9.14%) Comp. 2

(13.42%) Comp. 3

(65.66%)

Comp. 4

(8.86%)

(33)

33

Fig. 3.9. Comparison of spectra obtained by MCR between (a) no scaling and (b) Poisson scaling [64]. The peaks marked with circles were enhanced after preprocessed with Poisson scaling.

Fig. 3.10にPoisson scalingで前処理をしたデータのMCR結果を寄与率の大きい方から順に示 す。MCRにより分離された成分のスペクトルをFig. 3.2に示したリファレンス試料のTOF-SIMSスペ クトルと比較すると,成分3にはSiウェハ由来のSi,成分2には不純物由来と考えられるCaとPMA に特有の二次イオン,成分1には外部汚染由来と考えられるNa,成分4には不純物由来と考えら れるKとPEGに特有の二次イオンが示された。

(a)

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1.0

0 50 100 150 200

Comp. 3 (84.24 %)

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8

0 50 100 150 200

Comp. 2 (4.08 %)

Mass, u Mass, u

Loadings Loadings

Si

K

SiH

C2H5O

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8

0 50 100 150 200

Comp. 4 (8.86 %)

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8

0 50 100 150 200

Comp. 3 (58.48 %)

Si K

C2H5O

(b)

Mass, u Mass, u

Loadings Loadings

(34)

34

Fig. 3.10. The component spectra obtained by MCR [64]. The data was preprocessed with Poisson scaling.

以上の結果から,モデル試料のTOF-SIMSデータより得られたMCR結果には,Siウェハ,外部 汚染由来成分,不純物成分を含んだPEGおよびPMAの各成分を反映したスペクトルが分離され ていると判断した。これより,MCRは複数成分を含む試料のTOF-SIMSデータから純成分のスペク トルを分離し,各純成分の由来を推定するのに有用であると考えられた。

3.4 結言

基板や外部汚染成分などが共存する2種の高分子混合試料のTOF-SIMSスペクトルイメージデ ータにPCAおよびMCRを適用し,両多変量解析手法を用いることの有用性について評価した。

その結果,PCA結果から分布の違いといった特徴的な傾向をもつ物質を明確に把握できること。

そして,PCAで示唆された成分数をもとにPoisson scalingでデータの前処理をして得られたMCR 結果には,基板成分,外部汚染,不純物成分を含む 2 種の高分子成分に由来するスペクトルが 分離されることが分かった。よって,複数成分を含む試料のTOF-SIMSデータにおいて,PCAは分 布の違いなどの特徴的な傾向をもつ物質を把握し,MCR の成分数を推定するのに有用であり,

MCRは純成分のスペクトルを分離し,純成分の由来を推定するのに有用だと考えられる[64]。

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8

0 50 100 150 200

Comp. 3 (58.48 %)

(a) Si

Mass, u

Loadings

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7

0 50 100 150 200

Comp. 2 (13.42 %)

Ca C2H3

C3H5 C4H9

PMA

Mass, u

Loadings

(b)

0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2

0 50 100 150 200

Comp. 1 (9.14 %)

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8

0 50 100 150 200

Comp. 4 (8.86 %)

(c)

Mass, u

Loadings

Mass, u

Loadings

(d)

Na

K

C2H5O

C4H9O2 C4H9O PEG

C3H7O

(35)

35

第四章 応用検討①

(形態の違いの評価)

ハイドロキシアパタイト( HAp )ナノ粒子

Fig. 2.8. The concept of g-ogram separating concepts having low g-index and high g-index [45]
Fig. 3.1. A typical ToF-SIMS spectrum of a mixed sample of PEG and PMA [64].
Fig.  3.3.  Positive  secondary  ion  images  of  a  mixed  sample  of  PEG  and  PMA  [64]
Fig. 3.4. PCA scores [64]. (a) Mean-centering, (b) auto scaling.
+7

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