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『宗教研究』215号(46巻4輯)

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(1)

――目次――

論文

1,

行為と信仰:「教行信証」における行信の問題, 武内義範, On the Existential Relation between

Religious Action (gy

ō) and Faith (shin), Yoshinori TAKEUCHI, pp.1-23.

2,

石川啄木の思想と宗教, 高木きよ子, The Religious Thought of ISHIKAWA Takuboku, Kiyoto TAKAGI,

pp.25-48.

3,

カントの自由論:その1, 小西国夫, Über die Freiheitslehre Kants: Nr. 1, Kunio KONISHI, pp.49-74.

4,

龍樹の二諦説, 高橋壯, La Double Vérité chez Nāgārjuna, Sō TAKAHASHI, pp.75-97.

5,

黙示文学の思想と福音書の成立, 土屋博, Apocalypticism and the Formation of the Gospel, Hiroshi

TSUCHIYA, pp.99-122.

書評

6,

諸戸素純著『祖先崇拝の宗教学的研究』, 塚本善隆, Zenryū TSUKAMOTO, pp.123-128.

(2)

行為と信 ﹁教行信証﹂における行信の問題という副題を掲 げておきましたが、﹁教行信証﹂の行信論とい, っ 真宗学でよく 知 られている問題について解説するとか、あるい はそれについての私自身の考えを立ち入って申し 上げるとかけうこと は 、ここではいささか困難に感じられます。 そ こで私自身が行為と信仰という問題について、﹁ 教行信証﹂を絶えず 考えながら問題としておりますことに、局面を か ぎって申し上げてみたいと思います。私が日頃 専念しておりますこ とは、主として現代の宗教哲学の諸問題であり ますが、いまそれらの中心に﹁行為と信仰﹂を 置 いて考えてみますと き、﹁教行信証Ⅰがどのような意味で私に示唆 を 与えてくれるか、というようなことを話してみ たいと思います。 私 自身の個人の問題としては、﹁教行信証﹂はい ねば 私の生涯の研究課題であり、絶えず﹁ 数 行信

註に

自分自身の臥 蝿 索の源を見出していくというような気持をもっ ております。けれどもここではむしろ現代哲学の 一般の問題として、 とくに現代の実存哲学および今日のいわゆる 実 序 論的解釈学とか実存論的現象学といわれる人々 の 考えや、その他 そ

武内義範

行為と信仰

何倍

﹂における行信の問題

(3)

がら、﹁教行信証﹂の

待 と何という問題が

、行 為 と信仰の問題として、いま私にとってどういう

意味をもっているか

ということをお話申し上げてみたいと思うわけ

であります。

(448)

(4)

さて 御 承知のように、﹁教行信証﹂のなかには その最初に往相廻向ということについて教、行。 信 、証があるとい うことが説かれています。そしてまたその往相 廻向について、つまりわれわれの浄土真実への 道 ということについ て 、大行あり、大悟ありということが言われてい ます。 待 と信とが教行信証の最も中心の問題で あることがここに 示 されています。しかしこの大行とか入信とか 青 われている行と信の間 題を 、いま行為と信仰とい ぅ 言葉で舌ロいなおす ことには、かなりの問題があると思われます。 行為という場合、行為する私ということ、 つ ま り 行為する主体としての個人を離れて行為という ヱ とはない。それ が 行為ということの予想概念であり前提であり ます。けれども大行あり大悟ありと言うときの そ 0 行は、念仏の行で ありまして、この念仏の行は私自身の個人の行 であるか、それとも私を超えた絶対他者の行であ るか、そういう点に すでに教行信証では大きな問題があります。 そ こで行というものを 能行 、即ち念仏という行為を するもの、即ち 能行 ・龍信の主体が 、 行ずるところの念仏の行為と考 えるか、或はそうではなくてそれは、﹁法体 名 号 ﹂というような @ ロ 葉 で言われるような名号自身、南無阿弥陀仏と いう仏の御名自身のはたらきであると考えるか て、 いろいろの議論がありました。特に徳川時代 から明治の初頭までの間に、真宗学者の間では 、大行を行為する 主 休 としての人間の行為として解するか、それと も人間を超えた絶対他者︵弥陀︶の力のはたらき と 考えるか、或はそ 拙の両者が能所としてつまり主体と客体と して一つの円融無碍の状態になったものと 考えるかについて、さま れ ざまの議論がなされています。それらの 理込 珊は ﹁教行信証﹂をはじめとして、親鸞の著作、 消息などの諸文献の敵 密

よって、展開されています。しかし私はここで はこのようなことは直接 一

(449)

(5)

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(6)

沖る。そこでは、行の音鎌は単にひとりの人間 0 行為ではなくて、その行為自身が実は深い 象 徴 的な根底をもって い 4 ㊤

鮭る

。だからその行為によって、象徴的な世界 が 開かれて、私自身の称名の行為がその象徴的 な 世界のなかに映されて 係 しているかということが、私のこれから問題 にしようとするところでありますが、その場合。 それのよっている ころの問題の所在を少しず つ 解きほぐし、それを 手がかりとするという風にして論を進めてみた い と思います。 第一に申さ低ければなりませんのは、多くの 宗 ¥的な議論とか考え方のなかに非常に形式的論理 的なものの考え が 支配的であるように思われる、ということであ ります。 能待 とか所行とか、龍信とか所信とか 言う場合、あるい 能所の円融と言う場合でも、その円融という 概 念 自身が一つの固まって動きのとれない概念とな っていて、それ 自 がどういう意味をもっているのかを一層深く考 - えてみないようなところがあるのではないか、 と いう点に 見た感じではありますが私には問題が感じ , られます。 親 俺の教行信証のなかでは、行ということは﹁ 無碍光如来の御名を称するなり﹂として、即ち 念 仏を称えること して、最初に行の概念が規定されております。 そ の 意味ではあくまでも 能打 としての行を問題に しておりますが、 俺 はその能村としての行を﹁諸仏 容嵯 の 願 ﹂、 即 ち すべての仏が阿弥陀仏の名号を讃めたたえると い う 第十 セ 願から ているという風に考えます。その場合に第十 セ願 から出ているとして考えられる行の概念は 、さ きの単なる念仏の 為 というものよりは一層広く一層深い意味に解 訳 されて、称名という行為はいわば象徴的な行為 となって来るよう 思われます。即ち 能打 としての行は、そのまま それが象徴的行為として、すべての 仏 、一切の衆 生 、一切の世界の りとあらゆるものが仏の御名をたたえている、 そ の 全体の大きなコーラスのなかに流れ込み、 融 入している。阿弥 仏の御名をたたえることが、大いなる称名の流 れのなかに、つまり諸仏称揚、諸仏称讃の願の なかに流れ入って い

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身 は 方

(7)

そこから親鸞は更にそれを展開して、称名とい, っ 行為の意味をあらためて考え直し、称名とは﹁ 如来の家に生まれ る しことだという風に舌ロっております。如来の家 に 生まれるとは、現代の宗教哲学的な舌口業で言 えば、如来との生の 共同ということであります。生の共同のなかで 名号を見出すということであります。如来の家で 、如来との生の共同 のな がで、光明と名号によって、いわば家に父と 母があるように、如来の家の光明と名号という 二つの愛のはたらき によって、自分自身の信仰が成立して来ること、 これが如来の名号を称えることだと考えており ます。そう考えるこ とによって象徴的行為というものは、象徴的行 為の基盤である生きた生の共同体のなかに深めら れています。そして この深められた生の共同体という概念から、光明 と名号という最も重要な概念を中心にして、 名 号の意味に、いわば 超越的絶対他者である 汝 としての阿弥陀仏の呼 びかけと、それに対する 能 行の主体の応答という ことが含まれて来ま す 。南無というのは帰命である、私の方からの 応答である。しかし南無という言葉はまた同時に 本願招喚の勅命であ る 。,てこに南無 | 阿弥陀仏ということのうちに、 超越的絶対他者としての阿弥陀仏との人格的関 係 としての、一つの 口コ ︵の ち ︵ ec す 佳品と申しますか、呼応の関係とい, っ ものが、如来の家という概念から光明と名号の 相関という思想を展 聞 することを通じて発展せしめられています。 そのような形で展開された光明と名号の問題をさ らに展開して、親鸞は名号のもつ歴史性という こと、つまり名号 が 世界のなかで歴史的に展開され発展している のだという、そういう考え方に進んでまいります 。歴史的に展開され る 名号の問題ということは、自分自身の自覚の間 題 として、内にひるがえして考えるときには、 それは念仏の相続の 問題、念仏の持続性の間 題 だ と 考えられます。 そ こに行啓の問題が非常にダイナミックな形で展 聞 され、能村として の 念仏を中心にしながら象徴的行為というものの もっている絶対性の内容が豊かな形で展開され ていると言うことが できます。そういう時に、南無阿弥陀仏という 称 名 をひとりの人間の側の行為であるか、あるい は 逆にそれは法体 名 (452)

(8)

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(9)

も 相対立するものが一つの根本的な統一として、 単なる客観の世界におけるものの相等合致とは ちがった の 意味における創造的綜合をなしている、 と @@ ロ, っ ことである。その意味で田の巨∼ ヰ ぜというのは 、 単なる 0 間 題 ではなくて、それは綜合の行為の問題であ る 。綜合の行為的世界における自我の根源的な 創造的な 礎 になって、その問題が問題としてはじめて 出 て 来る。そういうところが自我の問題であり、 そ してすべ 一の問題はここに帰趨すると考えられます。 もっともこの田の コ ︵∼ ミら由目の ︶∼ ヰ ぜの問題は哲学 の 立場のちがいによってさまざまに考えられる のであ が 、さきにも申しました通りに、私自身は 、西 洋 哲学の近代までの流れの内でやはりドイツ観念 払 ㎜の折口め 十 つの大きな転換点があり、そしてそのドイツ観念 論の哲学を通して展開されて来た実存哲学の意 味 のうち 0 流れの根本的な特色を見出しておりますので、 以上のような観点に賛成するのでありますが、 ハ イデ は、 単に自我自身を自覚するとい >;,@, 自覚の構造だ けから三の コ ︵∼︵ぎ日ぎの ご オお ヨ経 という自己 同一の 問 ことを正しいと考えているのではありません。 む しろ彼は年 ざ のの子のという形でこれを問題に しており は 実は、存在そのものから考えられねばならない という考え方でありまして、存在の元のなかで 存在自身 一つの根本 分析の世界 綜合力が基 ての自己 司 りましょう のなかに一 に近代哲学 ッガ| 自身 題を考える ます。それ の方から 人 には、私が私に同じで︵自同である︶ 、 私が私 てあると言う場合の私と私との関係であり 兜岩 の ︵∼︵ ぺ 0 間 題 ではないと言うのは、私が私で あることにおいて私の日 覚 が成立するのであっ いて私が私を見るという場合、私がということと 私をという客観としての自己が相対するもの ます。それが単なる て 、その私の自覚にお として出て来て、しか の臼 T ぎのコヰ ︵ ゼ 自同性の問題は菩 曲 ませ相等 性 の問題とちがう。 乙紺 ︵∼︵ ピ、 のの 目 ム音 コ ︵ プぜと いうのは、根本的㈹ 即ち 自 ︵ 己 ︶ 同 ︵こという問題を考える場合、 このようなドイッの観念論の哲学によって展開 された決定的な貢献 8 を 無視することはできません。

(10)

(455) 行為と信仰

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(11)

このような考えを中心にしてみますと、 A が A に 乙のコ ︵ ぽ 巴であるということ、つまり主観と客 観 の 綜 八口として ハり のの - で 山色の コ ︵ @ ︵ ぜは、 単に主観と客観という相対立 するものを加え合せるという意味で 苗 三オのの @ の になっているという ばかりでなく、内奥へと無限の発展を自分のう ちに巻き込んでいくような、そのような発展を自 分 のうちに含んでい る 。そこにⅢⅡというものが自覚において自分 自身を一撃のもとに究極的にっきつめるというの ではなくて、一挙に つきつめるということが他面同時に一 つ 先へも , つ 一つ先へと進んでいくという性格をも持って い ます。この無限の創 造 的な過程の一歩一歩に、それに裏付けられて 自同性の自覚が成立するということであります。 西田博士はそのことを説明するために、後には 寒山時のなかにある限りない無窮の水源を潮瀬 す るとき、潮瀬すれ ばするほど水は無限に底からと湧き出る、とい, つ 詩を例にとっておられます。つまり私が私の精 神の底に深く自分自 身の水道を掘って行きますと水道を掘ると いうとき私は内へ 内 へと掘って行くわけですが そのときいわばそ の底から逆の方向に、ほとばしり出て来る一つの 自覚というものがあるわけです。その自覚とい うものは、私が掘り 下げて行くという過程と裏表になって成立する のであって 、 私が掘れば掘るほど 向 うから湧き出 て 来るわけでありま す 。また逆にほとばしり出る水の湧き上りは、 そ のことによってその水路を凌 え、 自からを 自か らの 内 へと掘り下げ る 働きをつねに遂行しています。それが自覚の 同一性、真理性ということだと思います。 このことをもう少し比倫的なたとえで申しますと 、 例えば、私が水面に石を投げたとしますと 水 面 はその点を中心 にして波紋を拡げていきます。普通の考え方です と、 私が岸辺に立って波紋を見ているとき波紋 が 岸辺の方へ拡がっ て 来た、という風に考えます。その場合、私は第 三者として池の外側に立って見ているわけです 。話をも う 少し美し くするため、今小鳥がやって来てこの水面で水 浴びをすると考えてみます。同じように波紋は 、 小鳥が水浴びをする その点から岸辺の方に次第に大きくなって拡がっ ていくでしょう。しかしこのようなことを知る のは、私が岸辺に立 C456) Ⅰ 0

(12)

われわれが理性というものを考えます場合、 わ れわれは理性において論理を働かせることによっ て 自分白身の論理 的 内容を展開し、自分自身の理性の世界を無限 に 発展させることができる、と考えます。 へ|ゲ ルイの 舌口巻木を用Ⅱ リろは ら 、理性は世界のあらゆるところに自分自身の旗 印を打ちたて、一切の世界が理性の領域である ことを表現しょう と する、と舌口っていますが、理性の客観化、理性 の 客観の世界における実現は、いわば自己の中心 か,ら 出発して外へ外 へとくり拡がっていきます。しかしこの 件へ 拡が っていく理性のはたらきの根本には、理性の自 我は自我であるとい う 自同性の最も根本の問題があります。この 自 同性の問題を捉えようとする場合、先程地図 の話のとき申しまし たように私は、自己のなか へなか へと巻き込 んでいくという風に自覚するより外に仕様がる りません。しかしこ の 自覚の究極的なところで、自我は自我を超えた 問題に触れます。つまり論理の世界に垂直的に 切り込んでいる問題 というものにぶっかるわけであります。自我の自 覚は 、このような垂直的な問題と結びついて 考 えられるわけであり ます。ちょうど小鳥が大空からこの池におりて 来たという、いわば垂直的な方向をもった出来事 が 、理性の自己自覚 訓 ということにおいて根本的に問題となります

くし得るという風に考えますならば、それは へ | ゲルの哲学のような形 - @ 打 になってまいります。 へ| ゲルが精神という言葉 で 舌口いますのは、神が神自身を自覚するという ことが、人間がつま 11 (457) って見 という びをし へ中心 よ う。 ているからです。しかしもしも、小鳥が全く人 気 のないところで水浴びをするとすれば、小鳥が 水浴びをする ことを知っているのは水面と小鳥とだけでありま しょう。そうしますと、水面が語るのでなけれ ば 小ニ が 水浴 たことを語ることはできません。その場合水面は 自分自身の中心から拡がっていった波を、その 周辺から中心 へと巻き返していくことによって以外に、この 白 分の中心に垂直的に起った出来事を表現する 仕 方 はないでし

(13)

(458) 12

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(14)

有限者の自由として捉えて、サルトルなどの 種 端な場合にはできうるならば絶対の自覚というよ う な面は人間の有限 者としての自覚から抜き去ってしまいたい、 と いう考え方が非常に強くなっています。 しかしながらこのように有限者を考える場合、 や はり先験哲学を通って現われて来た実存哲学の 立場では、有限者 というものが 必 らず自己超越的に、つまりのの︶︵ @ ︵㏄ コ ののの コ 宙の コ のの︵自己超越︶を含んでいるもの として考えられてい ます。自己超越的でないような有限者というよ, っ なものは、人間存在としては考えられません。 自己が自己白身を超 えて他のものに出て行っているというところに 実 存の根本の構造があると考えられているわけで す 。たとえこの自己 自身を超えて他のものに出て行っているそのも のが、今まで申しましたような神とか絶対者とか いう垂直的な超越で はなくて、世界への超越というよう低いわば水平 的な超越であるにしましても、とにかく実存 と いうものは超越とい 印 うことを含んでいる。超越ということは自己 自身を超えて外へ出るということである。そし て 自己を超えて外へ出る 蛾 ね ということは、人間に対して世界が開かれる ということ、あるいは世界のなかにあることだ という考えになるわけで - @ 何 すが、そこに自己相等を超えて、 無へ 飛躍する 実存の脱自性ということが、人間の本質であるこ とが 見きね められて 1 存在の根本の基盤として持っているということ、 そういうことのなかに人間の有限性の基礎を置 き、そこから人問を 出てまいりません。 へ| ゲルが三口うように、 神 の 天地創造以前の計画の叙述だという論理学にお ける彼の表現は 、そ ういう意味で人間の有限性の間頭がそこには 少 しも現われていないということを明瞭にしていま す 。現代の哲学全般 における一つの根本的な特色は、こうしたことに 対する一つの反動であって、そこでは有限者の 立場が根本になって おります。実存ということは、有限な存在者の自 覚 ということを基礎において考えております。 人間存在が有限な存 井そ あるということ、つまりいろんな意味で人 間 が限界 境位 というものをもっということ、或は ハイデ 刈ノガ| 流すに 臣 ヒロ えば、人間が死への存在として死の問題を根本 にもつということ、また神学的に言えば、人問 は 罪 ということをその

(15)

ります。そうして 脱 自性は否定を︵自己否定と して無によって限定される 被 限定性・否定性を︶ 自由と自発性にもと し 人間は単に在るのではなく世界へと超越して づく超越に転じるところに成立します。対象の成 あるものである、世界のただなかにあることが 世 立ということもサルトルによると、第一次の無 弄 へと超越すること 化を通してはじめて 可能になります。たとえば私が庭の白いっ つじ の花を見ているとすると、私が白い花を対象とし て 注視するのは、 全 体の庭のうちからこの白い花を現前させ、その 他 の 健 全体を背景として、図形に対する地に仕立 てるからです。それ は 単に私がするのではなく、私があるということ は 、存在の全体に無の枠を挿入すること、それ によって対象の開け に 存在自身を導き入れることです。 とくに実存に対する 無 というもののないところ には人間の世界というものが成立しません。歴史 0

世界世界の

世界性を開くということはできません。例えば、 北極で雪だまりが風の動きに従ってどれほどあ ちらこちらと動くこ とがあっても、それは単なる場所の移動あるい は 変化ということであって、いわば無の間 題 、生 きた存在が死に面す る どか歴史的な興亡ということが起って来ると いう意味での無の問題、無化されるという問題 とは関係がありませ ん 。 無 化されるということが問題になるところで 始めて世界が世界として人間に開かれてくるも のであります。しか と 一 つ である、という風に考えるにしましても、 そこに は 超越されるものがある。絶対者への 超 越 ということを括弧 に入れ、絶対者の問題を抜きにして考えて、有限 者の立場だけで自己超越ということを考えるに しても、そこに超越 されるものがあるわけです。有限者の超越を考・ 乙 るときに、有限者が自己自身を超越するという ことのうちに、すで に 暗々裡にまた無限の間頭ということが入ってく るわけです。有限から出て有限にとどまるとい ぅ 形で、自己超越の 問題を押え切ることはできません。超越の問題 ということを考えに入れるならば、有限と無限と の 関係ということが (4 ㏄ )

います。ある意味では人間の意識が対象に志向

ることが、既に脱目的な人間存在の構造によっ

てはじめて可能になを

(16)

- 丁 づ 0 ︵ 苗 0 コ 、さらには一層根源的な 臼 Y 笘 o も oq ︵ @o コ のうちにあると考えていくとしますと、哲学の 根本問題のうちに 悲 1 こうして有限と無限の相関性ということが、人間 において改めて根本の問題となってまいります 。ところでその場 合 、この問題は 、 単に両者の間の調和というこ と ではなくて、むしろポル・リクールなどが 強調します よ うに 両者の間の隼㌃ 穏 。 づ 0 ∼︵∼ 0 コ ︵不調和︶とい, つ 関係が根本の基礎となっております。つまり 人 間 というものは有限 と無限の間で調和のとれた関係のうちにあるの ではなくてむしろ人間の根本の構造が有限と無限 の 道 対応という所に ある、という考えに立つことになります。そう いう考えは結局、有限と無限との一つの関係を考 えるのですが、その 関係のいちばん根本に逆とか不とかという 非| 調和関係を考えるわけであります。人間のもって いる悲惨とか自己 矛 盾は 、人間における自己と自己との関係が 、そ の 故にまた日ので qo づ 0 ︵︵ po コを 惹起したところの 関係だと言うことで あります。 御 承知のようにこれは、人間存在の悲惨さとか 人間存在のもっている 暖抹 さということとして、 あるいは人間存在 のもっている不幸な絶望的な自覚の関係として、 すでにパスカルやキェルケゴールや最近では メ ルロー・ポンティな ど 多くの人々によって考えられて来た問題であ ります。しかし今、問題を根本的に色 ョの -oro ち oq ま 0 コ という関係とし

訓て

捉えるということになりますと、人間はま た 非常にちがったあらたな形で考えられる必要 がでて来るわけでありま

ねす

。人間が自らのうちに ヨぴ 。 口 おっ 0 ユ乙コ をもち、根本的に絶対的 神 的自覚と有限的自覚 の 超越論的な色アョ 0 。 (461) 根本的な問題となって来ます。従って、有限と 無限の関係という面から考えられて来た問題が 、 今一度新しい次元で 考えなおされる必要があるよ う に思われます。 七

(17)

惨や罪 、あるいは人間の根本的な破綻の構造が 、 所謂本質と実存との実存論的矛盾としての 緊 張 関連の場に即して 一層深く考えられます。この悲惨ということは、 単に人間が人間として貧しいとか、乏しいとか 言うことではなく、 パスカルが舌口っていますように、人間の悲惨とは 帝王の悲惨であるという風なものであります。 それは廃位され追放 された王の悲惨であり、その玉の悲惨のなかには 彼がどんな高い地位にあったかが示されていま す 。人間が罪に陥 ち ていることは、彼が罪に陥 ち 入る前にどれほど ま 円い人間であったかみ 二 小している。それは単に客 観 的な悲惨ではなく て 、堕落した人間として、人間の本来性の高さを 示し、また人間の本質的高貴性のうちに堕落の 可能性というものが はじめから含まれていたことを示します。先程 は人間が自己のうちに無限に深まって行くと申し ましたが、そのよ う な調和的なアイデア リ スティックな自己と対比 して舌口えば、ここでは自分の底に無限に絶望的 に陥 ちて行くという 方向をもった人間というものが捉えられて来る ことになるだろうと思います。私はそういった 人 間の自覚を︵ ransl 由兆 のの コ 宙のま日な自覚だと自ロいたいと思います それは、耳目おの コ 忠ま 注 な上への超越をさ か さまにした様な 、 ︵ ra コ のりの コ 隼のま目な立場を媒介にして始めて出て 来るようば 、 下への墜落としての下への超越 と い う 意味を含んだ 人 間の自覚だと考えることができると思います。 そこでの人間の自覚というものは、いわば無限の 没落という悲惨を含んだものであります。 キヱ ルケ ゴールによれ ば 、人間は自己が自己自身に対して関係する 関 係 であると言われますが、しかもただ自己自身 に 関係するだけでな く 、その関係が関係するということ、そこに 人 間の自覚の特色があります。つまりその関係が絶 望 的な関係となり 得 るために、関係がまた関係に入ることによって 一 深い 黛ヤ屈 。で。 ニざコ という関係との関係に入 らなければなりませ ん 。自己が自己をという理想的自覚の調和的関 係 と自己と自己との不調和という絶望の関係は 、 自覚関係の二類別で はなく、後考は関係の関係でこの二つの関係が自 覚 的に絡み合うところに成立し、そのことによ って 宙乙弓 ︵ 0 ㌧ or ヰ 。 コ (462) Ⅰ 6

(18)

人 7 この点についてここでは詳しく述べることはでき なくなりましたが、例えば親鸞の信ということ に 関して申してみ れば、その意味がやや明らかになるかと思 いま す 。 親 駕は善導の教えた至誠心の問題を解釈しなお しております。至誠心というのは、善導では、 私 たちがことを行な うとき、その行為の内と外とが別々であっては なら低いということであります。心の内面の 、心 情の清純さというこ とが大切であって、たとえ外に行なうところが 夜も昼も頭の髪の毛が燃えるのをふり払うほどの 熱心さで修業すると ィ 調 いうのであっても、心の内に少しでも不純な ものがあってはいけない、という風に善導は言 っています。なぜかと舌口 何刈

ねえば

、本当の至誠心というものは阿弥陀仏の ものであって阿弥陀仏のもっておられる至誠心 と 比べるならば、人間が ィラ それに相応するには、人間の良心の清浄というこ とに少しでもいつわりや偽善があってはならな いからである、 と強 を臼 sl 笘 0 で or ︵ ナ 0 コに 導いて行きます。そうい, っ 関係を開いて行くものとして絶望的な関係は 、 さしあたり 先 が 自己自身のうちへと無限に深く掘って行くと いうことでありますが、その掘って行く方向は先 の場合とは 逆 て 、 tra コ のりのの ce コ 年の日日な方向である、とさきに も 申しました如くに言うことができると思いま す 。 私 ︵ Hn 下 ︶ ますなら べエ ー メ の所謂ぎす︵の︵ Hn ゴ ︶を包んで いる コす まのの問題であると舌口えます。ここで 言う無という 否定的な意味での無であります。人間存在のな かでそういう否定的な無の間 題 が根底的に問題に されるときに それを超えた元調和というものが二つのものの 矛 盾を超えた高い意味での 私 として考えられて 来 るようになる ます。しかしそれはアイデアリスティックな 調 和 に逆戻りすることではありません。それではそ のような高い 和は如何にして成立するものでしょうか。 つ 自己 であっ と言い のは、 逆に と思い 意味の

(19)

謝 しております。 親鸞はこの至誠心の理解を、 御 承知のように 転 釈して、至誠心というものを阿弥陀仏の至誠心と しながら、それに よって 隠 し出された人間の罪悪生死の有限性を強 謝 します。すなわち外に 賢善 精進の相を現わし て、 内に虚仮の心を 懐いてはいけないという文を、﹁外に 賢善 精進の 相を現ずるを 得 ざれ 、 内に虚仮を懐けばなり﹂ と 読みなおしました。 このことは至誠心の問題を、人間の精神の根本の 有限性の間 題 としたということであって、カン ト のりゴリズムにも あたるような良心の純粋さの問題としての道徳 的な至誠心の教えを、一転して根源悪 め ︵ ra コの宙 窃おコロ の コ ︵の︶ な 領域 の方向へと、否定の方向への超越へと読み替えた わけであります。そうしますと阿弥陀仏のもっ ている至誠心という ものが鏡になって、私自身の虚仮の心、虚偽の 心というものが、つまり罪に沈 油 している自己と いうものが、そこに 明らかになって来るわけであります。そういう 立 愚昧 で 至誠心というものは良心の傷みという意味 をもって来ます。 い わゆる良心ということは、良心という言葉が示 していますように、私が私の良心に背かないとい うとき、私は明鏡止 水 であって 、 私は何一つ恥づべきことはないと いうこと、したがってその前提として私に良知良 能の至誠心のあるこ とを意味しているのでありますが、ここでは 至 誠心としての良心は、良心の呵責に耐えないと 言 うときに示されるよ う に、それはわれわれの悪を責めるものとなり ます。良心はわれわれの良知良能の至誠を意味す るよりも、むしろわ れわれの根源的な否定を意味するのであります。 ソクラテスのダイモニオンというものは、 こ ぅ せよとは舌口わなⅡ リ で、こうしてはいけ低い真 口 うというのがプラト ンの ダイモニオンについての考え方であります が 、これに因んで ハ イデッガーは良心は沈黙において否定を語るも のである、良心の声は沈黙であるという意味のこ とを述べております が 、われわれがどのように理窟をつけて自分の理 性 が納得するように自分自身を言いまぎらわそ ぅ としても、それを 否定して沈黙させるのが良心の声であります。 良 心というものは、このように自分自身のうちに あって、しかも自己 (464) IS

(20)

をこえた一つの否定の意味をもっています。 親鸞の至誠心としての良心では、この否定は機 の 深信というものになります。自身は現に罪悪 生 死の凡夫であると いう、つまり自分は罪の人間であって罪からは 離 れ 得ないのだというような心になります。至誠 心の問題は、 親曲の 解釈によって 俄 悔の言葉となり、そして 俄 悔の手 一コ 薬 としての機の深信というものが、そのままそ れが法の深信として 阿弥陀仏の救済を信ずるという心と結びつく ゎ けです。そこに廻向発願心の問題というものがあ ります。親鸞が廻向 発願心の問題を考えますとき、有名な二河白道 の讐 えをとりまして、それを信仰の揺がない相続 ︵宗教的決断の反覆︶ ということとして考えております。それは信仰 の 望みということでもありますが、信仰の揺がな い 相続として、信仰 の 持続性の間 題 として親鸞では考えられておりま す 。この問題は結局、至誠心と深心と廻向発願 心の問題として、 我 はもっと元に戻せば、第十八願の至心と信楽と欲 生 の問題として考えられているわけであります われわれの自覚は 、 先に申しましたがわゆる 目 のコ の宙のの c のコ年の巳 日 な方向においては、自己白身 が 無限に自己の根 底 に深まっていくことにおいて、根源にある 無 限の罪の目 覚 というものに触れるのであります。 カントにおいても、 いわぬる先験的な道徳的意識の自覚は 、 彼の宗教 論 においては一転して根源悪の自覚の問題とな っています。シェ り ング は﹁人間的自由の木質﹂の中で、この ニつ のものの関係を日の目ののの︶ ヴの ︵のの︵ zu 品 とお田の のの圧の田の。 ヰ Ⅱ 缶邑抽 ︵ 理 想 的な自己措定と現実的な自己措定︶として 捉 - ぇ 、そしてカント自身はフィヒテの考えていたよ う な理想的な自己 措 定からもう一度根源的に人間の真相に立ち還っ たときに、現実的な自己措定として罪の自覚の 方向に、ここでいう 信紐 仰 Ⅰ中のつ︵ ︵ ra 口約 0 づ e 0 ののの 三 0 ロ コ Ⅰの コ 0 ta 間頭というものがいろいろ ︶ な 方向に深まったのだ、 - 人 行 問題が、真宗の言葉で言えば機法二種の深信の・ っ ちの機の深信の問題が出て来ます。しかし機の 深信の問題は法の深 Ⅰ 9 (465)

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(22)

行為 信仰 はできませんし、またそれを充分に理解し得る だけの体験をもっているものでもございませんが 、マル ち L ルハ ツ 舌口業 は 私にとって﹁存在の神秘﹂というものの意味を 明らかにし、言というものの意味を明らかにす るのに、極めて重要 であるように思われます。マルセルは、自分自 身の精神と肉体との関係のなかで受肉ということ を 捉え、しかもそこ に 砧仲 の舌ロ 0% 又 六 % といスノ 担 例ム笹のその手目とい , - 。 @ ダ i 二ノよ もの 0 本質をよく捉えています。存在の神秘という ことがどういう風に してわれわれにあらわになるかということを、 歴 史的なキリストの啓示というのではなくて、 私 自身の心身の関係の うちで端的に掴んで、それを基礎にしてそこか , ら 私たちのような人間に解かるように教えてくれ ていると思います。 私が申したいのも、この有限と無限との根源的な 統一という問題は、ある意味で、言葉の問題ある いは ︵ コの が︵口鉾 ヱ 0 コ の 問題と結びついているのではないかという点で あります。仏教では、仏の名号は法性法身と方 便法身の関係として 教えられています。法性法身というのは絶対の 無 としてのあり方ですが、この絶対の無としての あり方から方便法身 としての名号が、つまりそれ自体はどこまでも 法身でありますが、しかもこの世界に現われて 来 たものとしての名号 というものが、方便法身として現われています。 方便法身はいつも法性法身に似るという風に言 われていますが、 そ ういう法性法身と方便法身とは 展 々 相 入し、 互 に 媒介し合っています。このような問題を今キリ スト 教 的な概念を手 がかりにして考えてみます場合、マルセルの == ロ った 意味での存在の神秘としての 旨 。㏄︵ 臣 pd 片 o コ という概念が 、 私に は 非常に意味の深いものとなってまいります。 この問題に関して、私はもう少し、絶対の有とし ての存在の捉え方と絶対の無としての存在の捉 え方との対比とか それら相互の関係ということ、舌ロ い 換えれば絶対 者を有として考える西洋の形而上学の伝統と絶 対 者を無として考え る 仏教の立場の関係ということを、そしてまた そこで法性法身と言っても、阿弥陀仏は形なくま します、 形 あるを ば 阿弥陀仏とは申さずと聞きならいて候、と親鸞 が 三口っておりますような絶対の無としての絶対 か らどういう風にして 21

(23)

以上私の申しましたことを最後にもう一度かい つまんで申しますと、人間の自覚の根底において は 、人間が自己 自 身を考えるということは単に形式論理的に 卜 Ⅱ 臣 という

日の関係ではなくて、無限に自 己 自身を深めていく 宙 0 コ︵∼︵ ゼ ということであり、そしてこの無限に 自己自身を深めていく∼Ⅰの コ ︵ ノ せの根底には、 そ の 根源にいわば垂直 的にそれを切っているような超越性の次元があ る、 従ってこの超越性の次元を考慮に入れるなら ば 、人間の自己自身 への自覚というものが神の神自身への自覚と結び つく木質的な必然性がある。しかしその面だけ を 強調するならば、 人間の有限性の間 題 ということは出て来ない。 有 根性の問題は実存哲学を中心にして現代の哲学 の 根本の問題になっ ておりますが、この有限性の問題は 、 単なる有限 なる個物がここにあるとかそこにあるとかいう ことではなくて、 根 本 的には、先に申しましたような tra 口の宙ののりの コ & のコ du ︶なものの考え方を基礎において、それを 突破したところにあ る 。突破とはどういうことかと舌口 えぱ 、それは︵ ra コ 約のの り の

三日な下への超越が、その底に開 かれたそれを包む 逆 超越の領域に入って行くということである、 そ こに人間の実存の問題は超越の問題を含んでいて 、超越の問題は 、上 の方向から下の方向へ、下への方向から 逆 超越 へ と 、人間の悲惨と神の栄光の逆対応としての 自 己 同一性へと開かれ て 来る、ということであります。この悲惨の方 向の自覚において明らかになって来た問題は 、有 限 と無限との 日ヤ 閲 0 で 0rt 曲 o

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舌口える一つのダイナミックな関係 であり、この逆対応の関係が一つの和解の大行 に 統一される問題と ことは いつものが、キリスト教 的 な意味での神の言の 問題であり、あるいは仏教的な意味でね名号の 問題である、そして と 名 は 号 で と き い ま , っ

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(24)

行為と信仰 そこに一つの根本的な、人間の悲惨の底に 、悲 惨を通して、新しい恩寵に入るような自覚の て 来るのではないか、ということであります。 教 行信証の行と信の問題は、ちょうどそのよ 目 な仕方で教えてくれます。 ︵この稿は薗田 坦 氏の整理された私の公開講演の筆録に 、すこしく手を加えたものである @ 道 ︵信証の道︶が開かれ う な問題をわれわれに 独 23 (469)

(25)

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石川啄木の思想と宗教

(26)

しかし、私は 、 逃したくない。⑳ 余地はある。恐ら れを追求し、その 野をさまよったと 進路の指針ともな 我意識の発露を 、 たとえそれが、朝風の亜流であったにしても、 啄 木が、一時その思想に強く惹かれていたことを 見 歳 にもみたぬ青年が、西洋思想をどこまで理解 し 、自分の心底に定着させたかは、もとより考慮 の くそれは不消化のものであったであろう。しか し 、啄木は少なくとも、一時その思想に傾倒し、 そ 中から彼なりに何かを把握していたといえるで あろう。一人の青年が何ものかを求めて、思想の 荒 き、そこに与えられた一筋の光明は、どれほど 青年の心に輝いたことであろう。それは、その後 の っ たと思う。こういう点で、私は、啄木の思想を とりあげてみたい。そして、そこに結びついた わ小 その人生の根底として考えてみたいと思 う 。 このような状態の中で、私がとりあげたいのは 、従来、あまり深く考えられていないと思われ る 啄木の一面であ る 。それは、とくに、初期の思想であり、それ と 宗教との結びつきについてである。その思想 が 、啄木の一生の中 で、どう流れていったか。その流れの中で、 息 づき、考え、悩み苦しんだ啄木が求めたものは 何であったか。それ を 、啄木の書き残したものの中に辿ることによ って 、 別の啄木像が 、 浮かび上がってくるのでは ないかと思 う 。 % 歳で死んだ啄木が、思想的に大成したとは 思 - えない。明治という時代が、現代と異なり、若年 で 社会的地位を得 て活曜 できた時代であったとしても、思想面 か, ら 見れば、やはり未熟の域を脱しえなかったであ ろ う 。その点は考慮 しなければならない。啄木研究の多くは、啄木 の 初期の哲学思想について多くを語っていない 。触れているとして も 、それが当時紹介されたばかりで流行して ぃ た エイチェの受け売りであり、これを紹介した 妨 崎 暁風・高山樗牛の 影響が濃いとして、そこに何ら独創性がないと しているものが多く、啄木を貫く哲学的あるいは 宗教的な思想の影響 を無視しているきらいがある。︵ 3 ︶ (472) 26

(27)

石川啄木の である。 この挫折への適応は、より深く広い知識,教養 を 身につけることによってなされた。郷里に 養 生生活を送りなが ら 、啄木は文学活動を っ づけ、読書に日を費 す 。 その頃から 司 明星 仁に 短歌・詩が掲載され出し 、詩人啄木が誕生し 2 B 、 想と宗教

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(28)

花期となった。 明治 銘 年から 佃 年にかけては、啄木にとって 多 端な時期であった。結婚、長女の誕生、詩集﹁ あ こがれ﹂の出版な どの明るいことの反面、父の宝徳 寺 罷免をめぐ っての 一 騒動があり、一家を支えるという 亜荷が た 。﹁日本一の代用教員﹂として勤めるかたわ , b 、小説、詩作に忙しかったが、遂に一家離散し て 北海道へという 破 局 をむかえたのである。これが第二の挫折であ る 。︵ 6- 北海道での一年たらずの時期を、啄木は転々 と 職 をかえ、土地をかえて送った。物質的にも精神 い 生活である。創作活動は盛んで、名前は売れて きたが、生計はむしろ苦しく、その葛藤に悩む ようになる。 ﹁人は生きんが 為 めに生活す。然れども生活は人 なして 老 ひしめ、且つ死せしむるなり。予に 剣 を 与へよ。然らず ︵ 7 ︶ んば孤独を与へよ。﹂と叫ぶほど、それは啄木に とってきびしい現実の問題であった。 こうして、明治 蛆 年頃を境に、啄木から﹁哲学田 ぬ想 ﹂が一時 影 をひそめてしまう。それはやがて 、 形を変えて出現 するのである。それまで、理想として考えてい た 、思想と現実との間に、一線の画されているこ とを知ったとき、 啄 木は 、それまで育ててきた考えが地についてい ないことをさとったのである。自我との対決を通 して自分の生き方に ︵ 8- 対してかなり自省的になり、それまでの焦燥 や 破綻がすべて、自分の性格に根ざしていることに 気 づいている。 やがて北海道での生活に見切りをつけて上京し たが、文学界はすでに浪漫主義の人が消え、﹁ 明 に 直面していた。自然主義が華やかに喧伝されて 啄木も方向転換をする。しかし文壇での生活は 煮 にまかせず、生活 た 。浪漫派全盛時代である。一方、西洋哲学に 弛 一味を抱いた啄木は 、 盛んに、 ニ イチェ・ 、ワグナ 1 0 思想について 気 8 焔 をはく。そして、﹁自己拡張﹂と﹁自他融合﹂ を 目ざす哲学をたてて、それを自分の全思想の 根底においたのであ る 。それは同時に、啄木の宗教意識につたがる ものをもっていた。こうして明治㏄ ? 舖年 ごろま では、その思想の開 田

(29)

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