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福音書の成立
起は ︑このように総合的な見通しが立つように なった時点で︑初めて可能になったわけである︒
組織神学者達の黙示文学に対する関心は︑現代 の時代状況における将来志向にあてはまるものを 黙示文学の中に見 出したことによるのかも知れないが︑個々の 動 機は若干異なっていると思われる︒マルクス主義 との折衝を求める J
・モルトマンにおいては︑ K. マルクスや F. ェン ゲルスが黙示文学を重視していたという事実が ︑なにがしかの影響 ︵ 4 l ユ ︶ を 与えているということも考えられる︒ともか く ︑伝統的にキリスト教神学の中心問題からはず され︑どちらかとい えば︑異端と結びっき易いものとみなされてきた 黙示文学に注目するということは︑組織神学の 閉塞状況の中では︑ ︵ 二リ l Ⅰ ︶ それだけで︑一応の革新的意味を持っていたので ある︒他方︑新約聖書学者達︑特に E. ケー ゼ マンにおける黙示 文
学 復権の直接的動機は︑ R. ブルトマンに対する 学問的批判であったと思われる︒即ち︑ R. ブル トマンが︑原始キリ
スト教の終末論を︑飲口不文学の思想との対比の
︐ っ ちに描き出そうとしていることに対して︑疑問 が 投げかけられたの である︒︵ 6‑i このような試みは︑﹁史的イェスの問題 ﹂︑﹁・編集史的方法﹂についての論議と共に ︑ブ ルトマン学派の自己 ︵ 7 l Ⅰ ︶ 展開の作業の一環とみなされるべきであろう︒ R. ブルトマン自身︑ E. ケー ゼ マンの問題提起 を 受けて︑ 一 論文を ︵ り W ︶ 発表している︒
黙示文学の問題をめぐる最近の学界の動きは︑お よそ以上のようであるが︑ここでは︑組織神学 0 面には立ち入ら
考えてみることにする︒編集史的方法に基づく 土 ︵ 観 福音書研究によっ
い う 形容詞には注目しなければならない︒
は ︑ 初めから統一的なものではなく︑むし
捨 選択と調停が行われ︑次第に統一されて
るようなものが見出されれば︑それに基づ
最初期の段階において保障されていたこと
に慎重に検討されなければならない︒
E, ケー ゼ マンの第二の認識に対して 繰
ということであった︒この問いは︑最初︑ 最近の研究によれば︑新約聖書に反映されてい る 原始キリスト教の思想
ろ ︑多様な思想の葛藤の中にあり︑やがて︑ 内 的及び外的要因に基づく 取
いくものと考えられる︒しかし︑もしすべての キ リスト敬神学の根源とな
いて原始キリスト教思想全体を見通す可能性が開 かれ︑統一性は︑すでに
になる︒ E. ケー ゼ マンの命題は︑このような 問題との関連において︑ 特
返し提起されてきた疑問は︑そもそも﹁黙示 文 学 ﹂をど う 定義づけるのか ︵ 3 2 ︶ G. エ ーベリンクによって投げかけられ︑ E. ケー ゼ マンは︑﹁原始キリ
ぬ永文学に関する E. ケー ゼ マンの論文の中で 最も有名になった命題は ︑ 次のようなものである ﹁イエスの説教 は ︑本来神学とはいえないのであるから︑黙示 文
﹂この命題には︑ 二 つめ 重要な認識が含まれている︒まず第一に ︑ィ エ スの宣教は︑独特なものとして︑所謂﹁神学 ﹂とは区別される︒
この場合の神学という概念は︑一般的な広い意味 で 用いられているのではなく︑キリスト教の教 義の基礎となった 弁
証 作業をさすと考えられる︒そして第二に ︑ ﹁ キリスト教神学﹂と呼ばれうるものは︑すべて︑ 黙示文学を基盤とし
て 生まれ出たものとみなされるのである︒
第一の認識は︑史的イエス と ケ リュグマ のキ リ ストを一応区別してとらえようとする R. ブルト マン以来の問題意 ︵ 弟 ︶ 誠 にそったもので︑それ自体特に目新しいもの ではない︒しかし︑第二の認識は重要で︑就中 ﹁ヰ 9 べての﹂︵ リ 二︶ ンし
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幻 ︑偽名性︑メシア表象︑動物による象徴︑ 数 に 意味を持たせること等々の二次的特徴を加える ことによって︑黙示 文学の大体の姿を描きうるが︑︵ 5 2 ︶ 歴史的にどの 範 囲までをこれに含めて考えるかということは︑ 容 具 に決定し難い︒ H D, ベッ ツ は︑黙示文学を︑純粋にユダヤ教内 部の孤立した現象とは見ず︑ヘレニズム的 ︑オ リエント 的 シンクレ
土日
恵果に導くためには︑特殊な文学類型として の ﹁黙示録﹂と思想類型としての﹁黙示文学思想 ﹂とを区別する必要があ 思 営め︐
佐にメスを入れるために有効な試みといえよう ︒即ち︑これによれば︑ 恩 いきなり一般的な定義から出発することはせ ず ︑さしあたり黙示文学を思想傾向の面でとら え ︑しかも︑﹁原始キ リ
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‑ 袖 ︶ スト 教 黙示文学という主題について 1 一の冒頭の注 で︑次のようにこれに答えている︒﹁黙示文学 という術語もあいま いなままであることは否定できない︒しかし︑ あ いまいでないような術語があるだろうか︒文脈 からすれば︑私がほ とんどいつでも︑間近な再臨待望︵ 色 す名 笘汗い ま ひ rtu 品 % 安 つゅ ru の︵の︶を表わすために︑原始 キ リスト 教 黙示文学に ついて語っていることは明らかである︒﹂これは ︑黙示文学を新たに定義しょうとする試みでは なく︑むしろ︑その ような定義が陥り易い観念性を避け︑実際にど のような歴史的現象が黙示文学という術語の背景 にあったかを見極め
ようとする試みであるといえよう︒
確かに︑黙示文学一般の定義をめぐっては︑ 従 来 多くの見解があり︑必ずしも一致した結論に達 しているとはいえ ない︒一応︑間近に迫った終末の到来に対する 強い関心とそれにともな う 二元論的思惟を基本的 特徴とし︑さらに︑
八 ︑一ノリント人への第二の手紙﹂一二・一1匹 ︑ ﹁エペソ人への手紙﹂三・三 | 一二︑ コ丁 サロ ニ ケ人への第一の手 ︵ 04 3 り ︶ 書 ﹂一七・二 01 三七があげられる︒また︑ 断 片 的なものとしては︑﹁コリント人への第一の手 紙 ﹂一五・二 01 二 スト 教 黙示文学﹂として︒歴史的に対象を限定 する︒歴史的に限定されれば︑扱われる文献の 範囲も定まってくる
が ︑ E. ケー ゼ マンは︑文学類型にとらわれず︑ 広く思想傾向の痕跡をさぐろうとしている︒ こ れは︑黙示文学の定
ら︑ 私は︑そこに︑広範囲にわたる復活 節 後の と 保持され︑ユダヤ教黙示文学の伝統から神学 という意味での原始キリスト教黙示文学は ︑復 が ︑さらに︑それと結びっいた特徴を﹁熱狂 主 義 の問題の困難さをふまえ︑特殊的限定を通じ
は 当面の問題ではなく︑ E. ケー ゼ マンの限定 よう︒従って︑ここでは︑ G, エーベリンクの 批
前述のように︑ E. ケー ゼ マンは︑﹁原始キリ
︵㏄︶ 熱狂主義の最初の段階を見出すのである︒し ‑0 3 ︶ その 的に 養 われ︑遂には︑熱狂的な希望と宣舌口をと 活 部位の聖霊体験を通して生まれ︑聖霊を受けた て ︑一般的なものへの見通しを切り開こうとする にそってその妥当性を検討することが必要になる 義
﹂ 釜 コ目完守の 日扁 ︶に見出す︒﹁私の考えてい 判 にもかかわらず︑黙示文学一般が正確に定義 スト
教 黙示文学﹂の思想傾向を﹁間近な再臨待望
堤 八口の待望の内容は ︑ もなうものであるか 人 によって生き生き 試みとして理解され るような間近な待望 されているかどうか のである︒
﹂としてとらえた
さらに具体的にいえば︑﹁即位する人の子の顕 現 ﹂であった︒黙示文学的思想傾向を︑特定の歴 史的形態においてと
らえようとする E. ケー ゼ マンの意図が︑ここ にうかがわれるであろう︒
論議の対象をさしあたり思想傾向に限定すれば︑ 用いられ ぅる 資料は ︑ 必ずしも所謂 コ 黙示録﹂ 的形態をそなえて
いる文書だけでなくてもよいことになる︒新約聖 書の中に見られる黙示録的な箇所は︑黙示文学 の 定義の仕方による
変動を考慮に入れても︑それほど多くはない︒ 比較的まとまった箇所としては︑普通︑﹁ヨハネ 0% ど 本銀﹂︑﹁マルコ
による福音書 口 一三とその平行記事︵﹁マタイ Ⅰに ト ネる福士 日 垂口﹂二四︑﹁ルム刀に トレ よる 福 土日車 日 ﹂三一 ︶ ︑ ﹁ル力による福音
肚 吊文学の思想 ︑今のところ︑ E. ケー ゼ マンの推定に特に反 対すべき理由は見出され ないであろう︒しかし︑カリスマ的な巡回預言 者によって指導される教団組織は ︑ ﹁ヨハネに よ る 福音 圭旦や ﹁ ョハ
矛の黙示録﹂の背後にも想定されてしる ︑ Ⅱ︒︵ 6 3 ︶ もし︑ 教団組織が︑そこで支配的な神学思想と何らか の 関係を持っとすれ 恥
ば︑ ﹁マタイによる福音書﹂の背後に最古の神 学 思想の痕跡を求めることが果たして妥当である かどうかは︑もう 少 50 し 慎重に検討されなければならないであろう︒ と もかく︑復活 節 後のキリスト教会の形成が ︑エ ルサレムを唯一の中
書の成立
会の首導者であったことがうかがわれるという ぎ ︵ 43 レ ﹁マタイによる福音書﹂は︑この地域で成立し 与 にので︑他の福士日重日 ︵ ぺ 3 ︒ ノ よりも古い時代の特徴をとどめているわけである 紙 ﹂ 四 ︐一 二| 五・六︑﹁テサロ ニ ケ人への第二 の手紙﹂一・四 |一 0 ︑ ニ ・ 一| 一二︑﹁ ヘ ブル 人への手紙﹂一二・
三三 ︒ 二九︑﹁ヤコブの手紙﹂ 五 ・セ ー一 Ⅰ﹁ ペテロの第一の手紙 し 一二千一五︑﹁ペテ ロ の 第二の手紙﹂ 三 ︐ 一 01 一 三︑﹁ ョ ハ不の第一の手紙﹂二・一八 | 二八︑四︐ 一 1人︑﹁ヨハネの第二の手紙﹂ セ等 がある︒それに対し て ︑正典外には︑いくつかの黙示録的な文書が 知られている︒ところが︑ E. ケー ゼ マンの説は ︑これら正典内外の 文書に基づいて立てられているわけではないの である︒
前述の命題を提出するにあたって︑資料として 用いられたのは︑専ら﹁マタ イ による福音書﹂で あった︒ E. ケ|
ゼ マンの主張によれば︑原始キリスト教黙示文学 に 基づく復活 節 後の神学を担っていた者達は ︑ 初めユダヤ人キ リス ト 教徒の少数グループであり︑それがさらに大き な 教会の一つのセクトになり︑最後には︑文献 に 痕跡を残して消滅 してしまったのであるが︑そのような推移が﹁ マタ イ による福音書﹂の背後に現われていると みなされるからであ の 原初的形態は︑熱狂主義をともない︑﹁パレス ティナ と シリアの 境 目 に存在するいくつかの心教会﹂と結びついてお り ︑そこでは︑カリスマ的な﹁巡回預言者﹂︵ 毛 がコ 年のⅡ づ ︵ 0 で ゴ のむが 教