早稲田大学審査学位論文(博士)
ハーグ子の奪取条約「重大な危険」に基づく返還の例外と子の最善の利益
―ノイリンガー論争の行方―
早稲田大学大学院法学研究科
北田真理
ハーグ子の奪取条約「重大な危険」に基づく返還の例外と子の最善の利益
―ノイリンガー論争の行方―
目次
はじめに ... 1
13 条 1 項 B 号に関する起草者の想定と新たな傾向 ... 8
1
1- 1 条約の目的と子の最善の利益 ... 81- 132 条1項b号の制限的解釈 ... 11
1- 3 連れ去り親のプロファイル ... 13
1- 4 統計に見る13条1項b号の新たな傾向 ... 14
欧州人権裁判所ノイリンガー事件大法廷判決の意義 ... 17
2
2- 1 ノイリンガー事件判決による問題提起 ... 17(1) モームソー対フランス事件判決(小法廷・2007年12月6日)... 17
(2) ノイリンガー対スイス事件判決(大法廷・2010年7月6日) ... 19
(3) ラバン対ルーマニア事件判決(小法廷・2010年10月26日) ... 22
(4) 小括 ... 24
2- 2 欧州人権裁判所所長の裁判外の発言(2011年5月14日) ... 24
2- 3 ハーグ国際私法会議による解釈(2011年6月3日) ... 26
2- 4 2つの英国最高裁判決 ... 27
(1) E事件判決(2011年6月10日) ... 27
(2) S事件判決(2012年3月14日) ... 28
(3) 小括 ... 29
2- 5 欧州人権裁判所判決のその後の展開 ... 29
(1) X対ラトビア事件判決(小法廷・2011年12月13日) ... 30
(2) カラー対ルーマニア事件判決(小法廷・2012年2月21日) ... 31
(3) ウヤヌク対トルコ事件判決(小法廷・2012年5月3日) ... 32
2- 6 若干の検討 ... 32
ドメスティック・バイオレンスと 13 条 1 項 B 号に関するハーグ国際私法 3 会議の議論 ... 36
3- 1 ハーグ国際私法会議 常設事務局による調査報告書 ... 36 3- 2 ハーグ国際私法会議 第6回特別委員会(第1部)の議論(2011年6月3日) 37
(1) 13条1項b号とドメスティック・バイオレンスの現状と解決指針 ... 38
(2) 「重大な危険」の証明 ... 39
(3) ドメスティック・バイオレンスの定義 ... 40
(4) 子と連れ去り親の保護 ... 40
3- 3 ハーグ国際私法会議 第6回特別委員会(第2部)の議論(2012年1月26日) ... 41
英国における制限的解釈への新たなアプローチ ... 42
4
4- 1 英国における厳格なアプローチとE事件判決 ... 424- 2 「子の最善の利益」の拡張 ... 44
4- 3 事実認定における調査:「具体的なアプローチ」の採用 ... 45
4- 4 制限的「適用」にむけてのアプローチ ... 47
(1) 制限的解釈から制限的適用へ ... 47
(2) 制限的適用を前提とした要素の整理 ... 48
(3) 制限的適用にむけた保護措置による重大な危険の軽減 ... 50
4- 5 子を中心としたアプローチ ... 53
(1) 事実認定・裁量判断における連れ去り親への倫理的評価の排除 ... 53
(2) 「重大な危険」の要証事実の見直し ... 55
4- 6 若干の検討 ... 57
欧州人権裁判所 X 事件大法廷判決による中間的な解決 ... 60
5
5- 1 X事件判決による国内裁判所の義務の明確化 ... 60(1) ハーグ条約固有の「子の最善の利益」に配慮する義務 ... 60
(2) 「踏み込んだ調査」に代わる「効果的な調査」義務 ... 61
(3) 予防措置・保護措置の確認義務 ... 61
5- 2 「効果的な調査」の具体的内容 ... 61
5- 3 若干の検討 ... 63
ハーグ子の奪取条約が英国の国内手続に与えた影響 ... 65
6
6- 1 英国の国内返還手続とJ事件判決 ... 656- 2 子の福祉の至高性原則の実現―歴史的経緯― ... 66
(1) 外国裁判所の監護権等の判断に関する再審査 ... 66
(2) 子の最善の利益のための迅速返還 ... 67
(3) 条約実施法の類推適用の否定 ... 68
6- 3 国内手続における判断基準 ... 69
(1) 条約の政策的考慮事項の排除 ... 69
(2) 「常居所地国への迅速返還が子の最善の利益になる」との推定の不採用 ... 69
(3) 子の最密接関係国 ... 70
(4) 時の経過による子の定着度 ... 70
(5) 返還先の外国裁判所の採る法制度・法原則 ... 70
(6) 主な養育親が帰国を拒否する場合の子への影響 ... 72
6- 4 若干の検討 ... 72
我が国の条約実施法と返還アプローチ ... 75
7
7- 1 条約実施法の成立に至る経緯と28条1項4号 ... 757- 2 条約実施法における返還拒否事由の審理イメージ ... 77
(1) 6週間モデルの審理イメージ ... 77
(2) 証拠調べ、事実の調査 ... 78
(3) 28条1項4号「重大な危険」の調査 ... 79
(4) 中央当局による情報提供 ... 79
結論... 81
8
(1) 3つの人権裁判所判決の位置づけ ... 81(2) 人権裁判所と英国最高裁判所のアプローチの相違 ... 84
(3) 我が国の採るべき「重大な危険」のアプローチ ... 86
(4) 我が国における従来の国内手続との関係性 ... 88
結びにかえて ... 97
参考文献 ... 98
1
はじめに
「 国 際 的 な 子 の 奪 取 の 民 事 上 の 側 面 に 関 す る 1980 年 10 月 25 日 の 条 約( 以 下 、
「 ハ ー グ 条 約 」 と い う 。)」 は 、 国 際 結 婚 ・ 離 婚 の 増 加 に よ り 生 じ る 国 際 的 な 子 の 連 れ 去 り 及 び 留 置 ( 以 下 、「 留 置 」 は 省 略 す る 。) か ら 子 を 保 護 す る た め 、 迅 速 な 解 決 と 連 れ 去 り の 抑 止 を 目 的 と し た 返 還 手 続 を 定 め る 。 中 央 当 局 を 軸 と し た 行 政 間 の 連 携 ・ 協 力 体 制 に 基 づ く と 共 に 、 外 国 の 法 制 度 や 司 法 に 対 す る 信 頼 を 基 礎 と す る 点 に 特 徴 が あ る 。我 が 国 で は 、同 条 約 の 国 内 実 施 法(「 国 際 的 な 子 の 奪 取 の 民 事 上 の 側 面 に 関 す る 条 約 の 実 施 に 関 す る 法 律 」 平 成 25 年 法 律 第 48 号 ) が 2013 年 6 月 12 日 に 成 立 し 、 2014 年 4 月 1 日 に 施 行 さ れ 、 同 条 約 が 発 効 し た 。
外 国 か ら 日 本 に 子 が 連 れ 去 ら れ る い わ ゆ る イ ン カ ミ ン グ ・ ケ ー ス に お い て 、 連 れ 去 ら れ た 親1が 日 本 の 裁 判 所 に 子 の 引 渡 し を 求 め る に は 、従 来 は 、① 家 庭 裁 判 所 に よ る 子 の 引 渡 し の 審 判 及 び 審 判 前 の 保 全 処 分 、 ② 人 身 保 護 命 令 、 ③ 外 国 裁 判 所 が 下 し た 子 の 引 渡 し 命 令 の 承 認・執 行 に よ る 解 決 が 図 ら れ て き た2。我 が 国 が 同 条 約 に 加 盟 し た こ と で 、 今 後 は 、 ④ ハ ー グ 条 約 に 基 づ く 子 の 返 還 命 令 に よ る 解 決 が 可 能 と な っ た 。
ハ ー グ 条 約 は 、 お お よ そ の 子 に と っ て の 適 切 な 管 轄 地 で あ る 連 れ 去 り 前 の 常 居 所 地 国 に 子 を 迅 速 に 返 還 し ( summary return)、 そ こ で 監 護 に 関 す る 本 案 の 判 断 が 速 や か に 行 わ れ る べ き こ と を 想 定 す る 。 な ぜ な ら 、 連 れ 去 り 前 に 子 が 暮 ら し て い た 国 に 子 を 返 還 す る こ と は 、 通 常 、 子 の 利 益 に 適 う も の で あ り 、 本 案 に 関 す る 証 拠 も そ の 地 に 集 約 さ れ て い る か ら で あ る 。 こ の た め 、 ハ ー グ 手 続 で は 、 本 案 の 内 容 と 重 な る 判 断 が 禁 じ ら れ る( 16 条 、19 条 )。ま た 、常 居 所 地 国 へ の 返 還 が 徹 底 さ れ る 、 つ ま り 、 連 れ 去 っ て も 連 れ 戻 さ れ て し ま う の で あ れ ば 、 連 れ 去 り 損 で あ る た め 、 論 理 的 に は 、 連 れ 去 り 行 為 が 減 少 し て 行 く こ と と な る 。 ハ ー グ 手 続 で は 、 こ の よ う な 抑 止 効 果 を も 重 視 し て 、 常 居 所 地 国 へ の 迅 速 返 還 を 原 則 と す る3。
1 本 稿 で は 、連 れ 去 っ た 親 を「 連 れ 去 り 親 」、連 れ 去 ら れ た 親 を「 連 れ 去 ら れ 親 」、
連 れ 去 ら れ た 国 を「 連 れ 去 ら れ 国 」ま た は「 常 居 所 地 国 」、連 れ 去 り 先 の 国 を「 連 れ 去 り 国 」、 ハ ー グ 条 約 に 基 づ く 返 還 手 続 を 「 ハ ー グ 手 続 」 と い う 。
2 渡 辺 惺 之 監 ・ 大 谷 美 紀 子 ほ か 著 『 渉 外 離 婚 の 実 務 ― 離 婚 事 件 の 基 礎 か ら ハ ー グ 条 約 ま で 』( 日 本 加 除 出 版 、 2012 年 ) 234 頁 以 下 参 照 〔 大 谷 〕。
3 ハ ー グ 条 約 で は 、 以 下 の 6 つ の 要 件 が 満 た さ れ た 場 合 に 、 子 を 常 居 所 地 国 に 返 還 す る こ と に な る 。① 子 が 16 歳 に 達 し て い な い こ と( 4 条 2 文 )、② 返 還 手 続 が 申 立 て ら れ た 国 に 子 が 現 在 す る こ と ( 12 条 3 項 )、 ③ 子 が 監 護 権 侵 害 の 直 前 に い ず れ か の 締 約 国 に 常 居 所 を 有 す る こ と( 4 条 1 文 )、④ 締 約 国 の 法 令 の 下 で 、申 立 人 に 監 護 権 が あ り 、 か つ 、 子 の 連 れ 去 り が 当 該 監 護 権 を 侵 害 す る こ と ( 3 条 1 項 a 号 )、⑤ 子 の 連 れ 去 り の 時 に 上 記 監 護 権 が 現 実 に 行 使 さ れ て い た こ と 又 は 申 立 人 が 現 実 に 上 記 監 護 権 を 行 使 し て い な か っ た 場 合 に は 、 当 該 連 れ 去 り が な け れ ば 申
2
し か し 、 複 雑 な 事 情 を 抱 え る 一 部 の 子 に と っ て は 、 必 ず し も そ こ が ベ ス ト な 管 轄 地 と は 限 ら な い 。 返 還 に よ っ て 子 の 利 益 を 損 な う 結 果 と な る 場 合 に は 、 子 を 返 す べ き で は な い 。ハ ー グ 条 約 は 、複 数 の 返 還 拒 否 事 由( 12・13・20 条4)を 定 め 、 そ れ ら に 該 当 す る 場 合 に 返 還 拒 否 命 令 を 下 し 、 連 れ 去 り 国 に 子 を 留 め 置 く こ と を 許 容 す る が 、 条 約 の 構 造 上 、 返 還 拒 否 事 由 は 極 め て 制 限 的 に 解 さ れ 、 子 の 利 益 に 関 す る 調 査 も 限 定 的 で あ る 。 条 約 は 、 そ の 意 味 で 、 返 還 拒 否 事 由 に 該 当 し 得 る 一 部 の 子 の 「 個 別 具 体 的 な 子 の 最 善 の 利 益 ( the best interests of the individual children )」 の 犠 牲 の 下 に 、「 一 般 的 な 子 の 最 善 の 利 益 ( the best interests of children generally)」 と な る 迅 速 返 還 を 優 先 す る 構 造 で あ る と 言 わ れ て い る5。
と こ ろ で 、 子 の 連 れ 去 り と い え ば 、 離 婚 に よ り 親 権 を 奪 わ れ た 父 親 が 母 親 か ら 子 を 連 れ 去 る 図 が 想 像 さ れ よ う 。 と こ ろ が 、 近 年 、 ハ ー グ 手 続 に お い て 、 夫 か ら の ド メ ス テ ィ ッ ク ・ バ イ オ レ ン ス 等 が 原 因 と な り 、 経 済 的 ・ 精 神 的 に 不 安 定 に な っ た 主 な 養 育 親 ( primary carer, primary caretaker) で あ る 母 親 が 、 実 家 の あ る 母 国 に 子 を 連 れ て 帰 国 す る い わ ゆ る「 子 連 れ 里 帰 り 」6事 案 が 増 加 し た 。国 内 法 の 改 正 に よ り 離 婚 後 も 監 護 権 を 持 つ よ う に な っ た 父 親 が 、 監 護 権 侵 害 を 主 張 し 、 ハ ー グ 条 約 に 基 づ く 子 の 返 還 を 求 め る よ う に な っ た の で あ る 。 し か し 、 連 れ 去 り 国 立 人 が 現 実 に 上 記 監 護 権 を 行 使 し て い た で あ ろ う こ と( 3 条 1 項 b 号 )、⑥ 子 の 連 れ 去 り が 常 居 所 地 国 で ハ ー グ 条 約 の 効 力 が 生 じ た 後 に 行 わ れ た も の で あ る こ と
( 35 条 1 項 )。
4 本 稿 で 扱 う 13 条 1 項 b 号 以 外 の 返 還 拒 否 事 由 と し て 、 ① 申 立 て が 子 の 連 れ 去 り 又 は 留 置 の 日 か ら 1 年 を 経 過 し た 後 に な さ れ た も の で あ り 、 か つ 、 子 が 新 た な 環 境 に 適 応 し て い る こ と が 証 明 さ れ る 場 合 ( 12 条 2 項 )、 ② 子 を 監 護 し て い た 個 人 、 施 設 そ の 他 の 機 関 が 連 れ 去 り の 時 に 現 実 に 監 護 の 権 利 を 行 使 し て い な か っ た こ と が 証 明 さ れ る 場 合 ( 13 条 1 項 a 号 )、 ③ 子 を 監 護 し て い た 個 人 、 施 設 そ の 他 の 機 関 が 連 れ 去 り の 前 に こ れ に 同 意 し て い た こ と 又 は 当 該 連 れ 去 り の 後 に こ れ を 黙 認 し た こ と が 証 明 さ れ る 場 合( 13 条 1 項 a 号 )、④ 子 が 返 還 さ れ る こ と を 拒 み 、 か つ 、 そ の 意 見 を 考 慮 に 入 れ る こ と が 適 当 で あ る 年 齢 及 び 成 熟 度 に 達 し て い る と 認 め る 場 合 ( 13 条 2 項 )、 ⑤ 子 の 返 還 が 申 立 て ら れ た 国 に お け る 人 権 及 び 基 本 的 自 由 の 保 護 に 関 す る 基 本 現 則 に よ り 認 め ら れ な い も の で あ る 場 合( 20 条 )が あ る 。
5 Re J [2005] UKHL 40,[2006] 1 AC 80.「 一 般 的 な 子 の 最 善 の 利 益 」 と 「 個 別 具 体 的 な 子 の 最 善 の 利 益 」 は 、 J 事 件 貴 族 院 判 決 ( ヘ イ ル 裁 判 官 ) を 初 め 、 英 国 の 判 例 に お い て 頻 繁 に 用 い ら れ る 表 現 で あ る 。J 事 件 判 決 が 下 さ れ た 2006 年 当 時 、 ヘ イ ル 裁 判 官 は 個 別 具 体 的 な 子 の 利 益 の 犠 牲 の 下 に 一 般 的 な 子 の 利 益 を 実 現 す る 条 約 の 構 造 を 正 面 か ら 肯 定 す る ( at 20) が 、 E 事 件 最 高 裁 判 決 の 2011 年 当 時 、 ヘ イ ル 裁 判 官 は 個 別 具 体 的 な 子 の 最 善 の 利 益 の 実 現 を も ハ ー グ 条 約 の 目 的 で あ る と 明 言 し た 。 こ の 点 に 関 す る 分 析 は 、 第 4 章 に て 行 う 。
6 早 川 眞 一 郎 教 授 の 表 現 に 習 う 。早 川 眞 一 郎「『 子 連 れ 里 帰 り 』の 行 方 - ハ ー グ 子 奪 取 条 約 と 日 本 」『 変 動 す る 日 本 社 会 と 法 』( 有 斐 閣 、 2011 年 ) 141-171 頁 、 同
「『 国 際 的 な 子 の 監 護 』を め ぐ る 問 題 に つ い て 」判 例 タ イ ム ズ 1376 号( 2012 年 ) 47-55 頁 参 照 。
3
で 行 わ れ る ハ ー グ 手 続 で 母 親 が 返 還 拒 否 を 認 め て も ら う た め に は 、 条 約 の 定 め る 返 還 拒 否 事 由 の 証 明 に 成 功 し な け れ ば な ら な い 。 そ の 中 で 最 も 多 く 用 い ら れ る の が 、 本 稿 の テ ー マ と す る 「 重 大 な 危 険 」( 13 条 1 項 b 号 ) の 抗 弁 で あ る 。 同 条 項 は 、我 が 国 の 条 約 実 施 法 28 条 1 項 4 号 に 当 た り 、「 常 居 所 地 国 に 子 を 返 還 す る こ と に よ っ て 、 子 の 心 身 に 害 悪 を 及 ぼ す こ と そ の 他 子 を 耐 え 難 い 状 況 に 置 く こ と と な る 重 大 な 危 険 が あ る こ と 」が 認 め ら れ た 場 合 に は 、「 子 の 返 還 を 命 じ て は な ら な い 」 と 規 定 す る 。 こ こ で い う 「 危 険 」 は 、 現 実 の も の で な け れ ば な ら ず 、 憶 測 に 基 づ い た 将 来 に 起 こ り 得 る 危 険 で は 不 十 分 と さ れ て い る7。こ の 危 険 を 裁 判 官 が ど う 評 価 す る か に よ り 結 論 が 分 か れ る 部 分 で は あ る が 、 欧 州 諸 国 で は 、 ハ ー グ 条 約 の 枠 組 み が 損 な わ れ る こ と の な い よ う 同 条 項 を 制 限 的 に 解 釈 し 、 返 還 の 例 外 を で き る 限 り 認 め な い 傾 向 が 強 め ら れ て い っ た8。し か し 、返 還 拒 否 が 認 め ら れ ず 国 内 で の 救 済 が 尽 き た 母 親 は 、「 重 大 な 危 険 」の 判 断 に お け る 子 の 最 善 の 利 益 の 軽 視 に 疑 問 を 呈 し て 欧 州 人 権 裁 判 所 ( 以 下 、「 人 権 裁 判 所 」 と い う 。) に 救 い を 求 め る こ と と な る9。 こ う し て 、 各 締 約 国 の 返 還 命 令 が 欧 州 人 権 条 約 ( 以 下 、「 人 権 条 約 」 と い う 。)8 条( 家 族 生 活 が 尊 重 さ れ る 権 利 )の 適 合 性 審 査 の 対 象 と な っ て い っ た の で あ る 。
そ の よ う な 中 、 人 権 裁 判 所 大 法 廷 に お い て 、 欧 州 諸 国 に 衝 撃 を も た ら す ノ イ リ ン ガ ー 対 ス イ ス 事 件 判 決10( 以 下 、「 ノ イ リ ン ガ ー 事 件 」 と い う 。) が 下 さ れ た 。
7 横 山 潤「 国 際 的 な 子 の 奪 取 に 関 す る ハ ー グ 条 約 」一 橋 大 学 研 究 年 報 法 学 研 究 34 号 ( 2000 年 ) 3 -101 頁 、 47 頁 以 下 参 照 。 石 垣 智 子 「 国 際 的 な 子 の 奪 取 の 民 事 上 の 側 面 に 関 す る 条 約 の 実 施 に 関 す る 法 律 の 概 要 」 ケ ー ス 研 究 317 号 3-72 頁 、 17 頁 以 下 参 照 。「 重 大 な 危 険 」 の 例 と し て 、 子 に 対 す る 虐 待 や 連 れ 去 り 親 に 対 す る ド メ ス テ ィ ッ ク ・ バ イ オ レ ン ス が あ る 場 合 、 連 れ 去 り 親 が 常 居 所 地 国 で 刑 事 訴 追 さ れ る お そ れ が あ り 常 居 所 地 国 に 帰 国 で き な い 場 合 、 連 れ 去 り 親 が 精 神 病 を 患 う 可 能 性 が あ り そ の 養 育 下 に あ る 子 に も 悪 影 響 が 及 ぶ 場 合 や 、 連 れ 去 ら れ 親 が ア ル コ ー ル 依 存 症 ・ 麻 薬 常 習 者 で あ る 場 合 な ど が 挙 げ ら れ て い る 。
8 EU 加 盟 国 間 の 子 の 連 れ 去 り 事 案 に は 、 ハ ー グ 条 約 に 加 え そ れ を 補 完 す る ブ リ ュ ッ セ ル Ⅱbis規 則 (Council Regulation (EC) No 2201/2003 of 27 Nov 2003)
の 適 用 が あ る 。 同 規 則 11 条 4 項 で は 、 子 の た め の 返 還 後 の 保 護 措 置 の 適 切 性 が 証 明 さ れ た 場 合 に は 、 返 還 を 拒 否 す る こ と が で き な い 。 同 規 則 は 、 EU 加 盟 国 に お け る ハ ー グ 条 約 の 運 用 に 影 響 を 及 ぼ し 、 返 還 の 例 外 を 制 限 的 に 解 す る 傾 向 が あ る も の と 考 え る 。 ま た 、 英 国 を は じ め と す る い わ ゆ る ハ ー グ 先 進 国 で は 、 ハ ー グ 国 際 私 法 会 議 と 歩 み を そ ろ え 、 制 限 的 ア プ ロ ー チ を 採 用 す る 。
9 人 権 条 約 加 盟 国 47 か 国 の 管 轄 内 で 生 じ た 条 約 違 反 に よ る 侵 害 に 関 し 、 侵 害 を 受 け た と す る 個 人 が 、 国 内 で の 救 済 手 段 が 尽 き た こ と を 条 件 に 、 侵 害 し た 加 盟 国 を 相 手 に 条 約 違 反 の 申 立 て を 行 う こ と が で き る 。
10 Neulinger and Shuruk v Switzerland (App No 41615/07) ECHR (GC) 6 July 2010, (2012) 54 EHRR 31. 本 判 決 を 紹 介 す る 邦 語 文 献 と し て 、 建 石 真 公 子 「 判 批 」 国 際 人 権 22 号 ( 2011 年 ) 173-176 頁 、 渡 辺 惺 之 「 国 際 的 な 子 の 奪 取 の 民
4
同 判 決 は 、 ユ ダ ヤ 教 過 激 派 の 活 動 に 没 頭 す る 父 親 か ら 逃 れ る た め 母 親 が そ の 母 国 で あ る ス イ ス に 子 を 連 れ 帰 っ た 「 子 連 れ 里 帰 り 」 事 案 で あ る 。 大 法 廷 は 、 連 れ 去 り か ら 5 年 が 経 過 し た 本 件 で 、 ス イ ス 連 邦 裁 判 所 が 下 し た 返 還 命 令 が 執 行 さ れ た 場 合 に は 、 母 子 の 「 家 族 生 活 が 尊 重 さ れ る 権 利 」 に 対 す る 侵 害 が あ る た め 8 条 違 反 が あ る と し た11。そ の 中 で 、大 法 廷 は 、「 重 大 な 危 険 」の 判 断 に お い て 、子 の 最 善 の 利 益 の 最 重 要 性 を 強 調 し 、 子 と 家 族 全 体 の 状 況 に 関 す る 「 踏 み 込 ん だ 調 査
( in-depth examination)」を 国 内 裁 判 所 の 義 務 と し た の で あ る 。こ れ は 、条 約 が 禁 じ る 監 護 に 関 す る 本 案 の 判 断 に 踏 み 込 む よ う 国 内 裁 判 所 に 示 唆 す る も の と も 捉 え ら れ た た め 、 人 権 裁 判 所 が ハ ー グ 条 約 を 誤 解 し 、 ハ ー グ 手 続 に お け る 国 際 私 法 の 視 点 を 失 っ て し ま っ た と の 批 判 が な さ れ た12。
事 面 に 関 す る 条 約 の 批 准 を め ぐ る 検 討 問 題( 上 )」戸 籍 時 報 674 号( 2011 年 )24-47 頁 、 問 題 点 を 指 摘 す る も の と し て 、 磯 谷 文 明 ・ 杉 田 明 子 「 ハ ー グ 条 約 の 実 務 上 の 課 題 ( 1 )」 自 由 と 正 義 61 巻 11 号 ( 2010 年 ) 54-83 頁 、 早 川 眞 一 郎 「『 ハ ー グ 子 奪 取 条 約 』 断 想 ― 日 本 の 親 子 法 制 へ の 一 視 点 」 ジ ュ リ ス ト 1430 号 ( 2011 年 ) 12-18 頁 、 大 谷 美 紀 子 「 子 の 連 れ 去 り に 関 す る ハ ー グ 条 約 -国 際 人 権 法 の 視 点 か ら 」 法 律 時 報 83 巻 12 号 ( 2011 年 ) 36-43 頁 、 鳥 澤 孝 之 「 国 際 的 な 子 ど も の 連 れ 去 り ― 『 ハ ー グ 条 約 』 の 批 准 を め ぐ っ て 」 レ フ ァ レ ン ス 4 月 号 ( 2012 年 ) 4 -83 頁 、 竹 下 守 夫 「 子 の 奪 取 に 関 す る ハ ー グ 条 約 と ノ イ リ ン ガ ー 事 件 」 窓 84 号
( 2013 年 ) 19-36 頁 参 照 。
11 人 権 条 約 8 条 1 項 は 「 私 的 お よ び 家 族 生 活 が 尊 重 さ れ る 権 利 ( the right to respect for his private and family life )」 等 を 保 障 し 、 2 項 に お い て 、 こ の 権 利 行 使 に 対 し て 「 法 律 に 基 づ き ( in accordance with the law)」、「 民 主 主 義 社 会 に お い て 必 要 な ( necessary in a democratic society)」 も の 以 外 の い か な る 公 権 力 に よ る 「 介 入 ( interference)」 も あ っ て は な ら な い と 規 定 す る 。 ハ ー グ 条 約 に 基 づ く 国 内 裁 判 所 の 返 還 又 は 返 還 拒 絶 命 令 に つ い て の 人 権 裁 判 所 に よ る 8 条 適 合 性 審 査 に お い て 、 ① 当 該 命 令 に よ り 申 立 人 が 子 と 共 に あ る こ と が 妨 げ ら れ る こ と か ら ハ ー グ 事 案 に は 8 条 の 適 用 が あ る 。 ま た 、 ② 人 権 条 約 の 実 効 的 な 権 利 保 障 の 実 現 の た め 、 締 約 国 に は 8 条 に 基 づ く 積 極 的 又 は 消 極 的 義 務 が 課 さ れ る 。 ハ ー グ 事 案 に お け る 義 務 は ハ ー グ 条 約 と 児 童 の 権 利 条 約 に 基 づ き 解 釈 さ れ る た め 、締 約 国 に は 子 の 迅 速 な 返 還 に む け た あ ら ゆ る 措 置 を と る こ と が 求 め ら れ る 。 ③ 法 的 根 拠 に つ い て は 、 当 該 命 令 が ハ ー グ 条 約 又 は 国 内 の 条 約 施 行 法 に 基 づ く こ と 、 同 条 約 3 条 の 意 味 す る 申 立 人 の 監 護 権 の 有 無 、 子 の 常 居 所 地 、 監 護 権 侵 害 と な る 不 法 な 連 れ 去 り の 存 否 が 確 認 さ れ る 。 立 法 目 的 に つ い て は 、 不 法 な 連 れ 去 り か ら 子 の 最 善 の 利 益 を 保 護 す る と い う ハ ー グ 条 約 の 目 的 が あ げ ら れ る 。 ④ 介 入 の 必 要 性 の 判 断 に お い て 、 人 権 裁 判 所 は 「 評 価 の 余 地 」 理 論 を 採 用 し 、 当 事 者 と 直 接 的 な 接 触 の あ る 国 内 裁 判 所 に 一 定 の 裁 量 の 余 地 を 認 め る 。 そ の 範 囲 の 逸 脱 を 確 認 す る 際 、 ハ ー グ 事 案 に お い て は 利 益 衡 量 が 行 わ れ 、「 子 の 最 善 の 利 益 」が 他 の 利 益 と 天 秤 に か け ら れ る 。裁 判 所 の 判 断 は 、「 一 般 原 則 」と「 本 件 へ の 一 般 原 則 の 適 用 」に 分 け て 論 じ ら れ る こ と が 多 い 。 江 島 晶 子 「 ヨ ー ロ ッ パ 人 権 裁 判 所 の 解 釈 の 特 徴 」 戸 波 江 二 ほ か 編『 ヨ ー ロ ッ パ 人 権 裁 判 所 の 判 例 』( 信 山 社 、2008 年 )30-32 頁 参 照〔 江 島 晶 子 〕。
12 L Walker, ‘The Impact of the Hague Abduction Convention on the Rights of
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人 権 裁 判 所 は 人 権 条 約 に 基 づ き 国 内 裁 判 所 の 判 決 を 監 督 す る 役 割 を 持 つ 。 そ の 判 断 は 、被 告 国 へ の 拘 束 力 は も ち ろ ん の こ と 、欧 州 全 土13に 絶 大 な 影 響 力 が あ る 。 ま し て は 、 大 法 廷 判 決 と な る と 、 そ の 重 み は 一 層 の も の と な る14。 こ の た め 、 ① 13 条 1 項 b 号 に お い て 実 現 さ れ る べ き 子 の 利 益 、② 同 条 項 の 制 限 的 解 釈・調 査 方 法 の あ り 方 、③ 先 例 で あ る モ ー ム ソ ー 対 フ ラ ン ス 事 件 判 決( 以 下 、「 モ ー ム ソ ー 事 件 判 決 」 と い う 。) と の 整 合 性 に 関 し 、 大 論 争 ( 以 下 、「 ノ イ リ ン ガ ー 論 争 」 と い う 。) が 繰 り 広 げ ら れ る こ と と な っ た15。
本 稿 は 、 返 還 拒 否 事 由 最 大 の 争 点 で あ る 13 条 1 項 b 号 の 抗 弁 に 関 す る 裁 判 所 の 判 断 に 焦 点 を 絞 り 、 欧 州 ・ 英 国 に お け る 最 新 の 議 論 の 検 討 を 通 じ て 、 我 が 国 の 条 約 実 施 法 の ア プ ロ ー チ 、 手 続 の 性 質 ・ 位 置 付 け に つ い て の 提 言 を 行 う こ と を 目 的 と す る 。 特 に 、 条 約 の 新 た な 傾 向 を 受 け 、 2010 年 以 降 、 短 期 間 の 内 に 行 わ れ た 上 記 論 争 に 関 し 検 討 を 行 っ て い く16。 そ の 躍 動 感 あ る 展 開 を 忠 実 に 紹 介 す る た め 、 本 稿 で は 、 で き る 限 り 時 系 列 で の 章 立 て を 試 み た 。
第 1 章 で は 、 条 約 原 文 と 条 約 注 釈 書 を 資 料 と し 、 条 約 の 目 的 ( 1-1)、 13 条 1 項 b 号 の 制 限 的 解 釈 ( 1-2)、 想 定 さ れ る 連 れ 去 り 親 の プ ロ フ ァ イ ル ( 1-3) に つ い て の 起 草 者 の 想 定 を 明 ら か に す る 。 ま た 、 起 草 時 に は 問 題 と さ れ な か っ た 新 た な 傾 向 に 関 し 、 近 年 の 統 計 資 料 を も と に 明 ら か に す る ( 1-4)。
第 2 章 で は 、 ノ イ リ ン ガ ー 事 件 判 決 の 意 義 を 検 討 す る 。 ま ず は 、 同 判 決 前 後 の 人 権 裁 判 所 判 決 を 検 討 し 、 同 判 決 に よ り な さ れ た 問 題 提 起 の 意 味 を 明 ら か に す る the Family in the Case-law of the European Court of Human Rights and the UN Human Rights Committee: the Danger of Neulinger’ (2010) 6 (3) J Priv Int L 649.
13 欧 州 人 権 条 約 の 締 約 国 は 欧 州 以 外 の 国 に も 及 ぶ た め 、「 欧 州 全 土 」 と い う 表 現 は 正 確 と は い え な い 。本 稿 に お け る「 欧 州 」は 人 権 裁 判 所 締 約 国 を 念 頭 に 用 い る 。 欧 州 連 合 ( E U ) に つ い て は 今 後 の 課 題 と す る 。
14 近 年 、人 権 裁 判 所 の 判 決 は 、当 該 事 件 の 被 告 国 に 留 ま ら ず 、人 権 条 約 締 約 国 の 家 族 法 制 の 見 直 し を 迫 る 程 の 大 き な 影 響 を 与 え る も の と な っ て い る 。 ノ イ リ ン ガ ー 事 件 判 決 の 被 告 国 は ス イ ス で あ る も の の 、 英 国 に お い て 行 わ れ た 議 論 の 大 き さ を 考 え れ ば 、 そ の 重 要 性 は 明 ら か で あ る 。 人 権 条 約 は 我 が 国 に お い て 適 用 さ れ る も の で は な い が 、 本 稿 で 明 ら か に す る 人 権 的 観 点 か ら 行 わ れ た 示 唆 は 、 我 が 国 に お け る 返 還 手 続 の 運 用 に と っ て 重 要 な 視 点 を 与 え る も の と 考 え る 。 人 権 裁 判 所 に お け る 「 家 族 生 活 の 尊 重 」 等 に 関 し 、 三 木 妙 子 ほ か 著 『 家 族 ・ ジ ェ ン ダ ー と 法 』
( 成 文 堂 、 2003 年 ) 1-36 頁 参 照 〔 三 木 〕。 特 に 、 我 が 国 の 裁 判 所 が 人 権 条 約 を 参 照 し 配 慮 す る 意 義 に つ き 3 頁 参 照 。
15 Schulz, ‘The enforcement of child return order in Europe: where do we go from here?’ [2012] IFL 43.
16 13 条 1 項 b 号 に 関 す る こ れ 以 前 の 議 論 に 関 し 、Beaumont and McEleavy, The Hague Convention on International Child Abduction(Oxford 1999) を 参 照 の こ と 。
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( 2-1)。次 に 、人 権 裁 判 所 所 長 の 裁 判 外 で の 発 言( 2-2)、ハ ー グ 国 際 私 法 会 議 で の 議 論 ( 2-3)、 英 国 最 高 裁 判 決 に よ る 解 釈 ( 2-4) に 加 え 、 そ の 後 の 人 権 裁 判 所 小 法 廷 の 一 連 の 判 決 ( 2-5) を 紹 介 す る こ と に よ っ て 、 ノ イ リ ン ガ ー 論 争 の 対 立 軸 を 明 ら か に す る17。
第 3 章 で は 、 ノ イ リ ン ガ ー 事 件 判 決 に 関 す る ハ ー グ 国 際 私 法 会 議 第 6 回 特 別 委 員 会 の 議 論 を 紹 介 す る 。 ド メ ス テ ィ ッ ク ・ バ イ オ レ ン ス と 13 条 1 項 b 号 に 関 す る 調 査 報 告 書 ( 3-1) に 加 え 、 こ れ に 基 づ き 行 わ れ た 議 論 ( 3-2・ 3-3) を 明 ら か に す る 。
第 4 章 で は 、 英 国 最 高 裁 判 所 の 2 つ の 判 決 ( E 事 件 判 決 、 S 事 件 判 決 ) を 紹 介 し 、 条 約 の 新 た な 傾 向 を 受 け て 行 わ れ た 若 干 の 軌 道 修 正 と 新 た な ア プ ロ ー チ の 内 容 を 検 討 す る18。
第 5 章 で は 、 ノ イ リ ン ガ ー 論 争 の 収 束 を 図 る た め 、 人 権 裁 判 所 大 法 廷 が 下 し た X 対 ラ ト ビ ア 事 件 判 決 ( 以 下 、「 X 事 件 判 決 」 と い う 。) を 紹 介 し 、「 重 大 な 危 険 」 の 判 断 に お い て 必 要 と さ れ る 「 効 果 的 な 調 査 」 の 中 身 を 検 討 す る19。
第 6 章 で は 、 前 章 ま で の 議 論 と は 視 点 を 変 え 、 ハ ー グ 条 約 の 影 響 を 払 拭 し 、 英 国 に お け る 既 存 の 国 内 返 還 手 続 の 判 断 基 準 を 明 確 化 し た 貴 族 院 の J 事 件 判 決 を 検 討 す る 。 従 来 の 国 内 手 続 と ハ ー グ 手 続 と の 比 較 を 行 う こ と で 、 条 約 の 性 質 ・ 位 置 付 け を 異 な る 視 点 か ら 浮 き 彫 り に す る20。
第 7 章 で は 、我 が 国 の 条 約 実 施 法 、特 に 、28 条 1 項 4 号 の 成 立 過 程 に お け る 議 論 ( 7-1)、 準 備 段 階 に お い て 想 定 さ れ る 同 条 項 の 審 理 イ メ ー ジ ( 7-2) を 紹 介 す る こ と に よ っ て 、現 状 に お い て 把 握 し 得 る 司 法・行 政 当 局 の 想 定 を 明 ら か に す る 。
第 8 章 で は 、前 章 ま で の 整 理 と し て 、人 権 裁 判 所 判 決 の 位 置 づ け( 8(1))、人 権 裁 判 所 と 英 国 の ア プ ロ ー チ の 違 い ( 8(2)) に 関 す る 分 析 を 行 っ た 上 で 、 我 が 国 の
17 第 2 章 は 、拙 稿「 ハ ー グ 子 の 奪 取 条 約 に 基 づ く 返 還 命 令 に お け る『 重 大 な 危 険 』 の 評 価 と 子 の 最 善 の 利 益 - 欧 州 人 権 裁 判 所 ノ イ リ ン ガ ー ( Neulinger) 事 件 大 法 廷 判 決 の 意 義 と そ の 後 の 動 向 - 」 早 稲 田 大 学 大 学 院 法 研 論 集 144 号 ( 2012 年 ) 27-54 頁 に 公 表 し た 。
18 第 4 章 は 、 拙 稿 「 ハ ー グ 子 の 奪 取 条 約 13 条 1 項 b 号 『 重 大 な 危 険 』 の 新 た な ア プ ロ ー チ ─ 英 国 E 事 件 最 高 裁 判 決 に よ る 提 言 を 中 心 と し て ─ 」 早 稲 田 大 学 大 学 院 法 研 論 集 147 号 ( 2013 年 ) 91- 117 頁 に 公 表 し た 。
19 第 5 章 は 、拙 稿「 ハ ー グ 子 の 奪 取 条 約『 重 大 な 危 険 』に 基 づ く 返 還 の 例 外 を 子 の 最 善 の 利 益 - 欧 州 人 権 裁 判 所 に よ る 13 条 1 項 b 号 の 制 限 的 ア プ ロ ー チ に 関 す る 新 た な 示 唆 ― 」 民 事 研 修 684 号 ( 2014 年 ) 2- 13 頁 に 公 表 し た 。
20 第 6 章 は 、拙 稿「 ハ ー グ 子 の 奪 取 条 約 が 英 国 の 国 内 手 続 に 与 え た 影 響 - J 事 件 貴 族 院 判 決 に よ る 提 言 を 中 心 と し て ー 」民 事 研 修 689 号( 2014 年 )2-14 頁 に 公 表 し た 。
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条 約 実 施 法 に お け る「 重 大 な 危 険 」の ア プ ロ ー チ( 8(3))、従 来 の 国 内 手 続 と の 関 係 性 ( 8(4)) に 関 し 、 結 論 と し て 、 試 案 も 交 え た 若 干 の 提 言 を 行 っ て い く 。
最 後 に 、 本 稿 は 、 ハ ー グ 条 約 の 持 つ 国 際 私 法 的 要 素 と 家 族 法 的 要 素 に 着 目 し て 検 討 を 行 っ て い く 。 子 の 監 護 に 関 す る 本 案 の 国 際 裁 判 管 轄 地 を 常 居 所 地 国 と 推 定 し 、 そ こ へ の 返 還 手 続 を 定 め る ハ ー グ 条 約 は 、 管 轄 権 決 定 基 準 を 基 礎 と す る 点 で 国 際 私 法 の 性 質 を 有 す る 手 続 で あ る と い え よ う 。 こ れ に 対 し 、 返 還 手 続 に お い て 子 の 最 善 の 利 益 、 子 の 保 護 を 考 慮 す る 点 は 、 ハ ー グ 条 約 の 家 族 法 の 性 質 を 示 す も の と い え る 。 ハ ー グ 手 続 に 望 ま れ る 運 用 は 、 こ れ ら の 性 質 を バ ラ ン ス よ く 配 慮 す る こ と に あ る と 考 え る21。
以 上 の 視 点 に 基 づ き 、 早 速 、 本 論 に 入 っ て 行 く こ と と す る 。
21 ハ ー グ 条 約 に お け る 家 族 法 と 国 際 私 法 の 性 質 に お け る 分 析 に 焦 点 を 当 て た も の と し て 、Schuz ‘The Hague Child Abduction Convention: Family Law and Private International Law’ (1995) 44 Int’l & Comp LQ 771参 照 。
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13 条 1 項 b 号に関する起草者の想定 と新たな傾向 1
13 条 1 項 b 号 の 解 釈 を め ぐ る 近 年 の 問 題 を 取 り 上 げ る 前 提 と し て 、 同 条 項 の 理 解 の た め に 必 要 と な る 条 約 の 基 本 概 念 を 整 理 す る こ と に す る 。
ウ ィ ー ン 条 約 法 条 約 31 条 に よ れ ば 、「 条 約 は 、文 脈 に よ り か つ そ の 趣 旨 及 び 目 的 に 照 ら し て 与 え ら れ る 用 語 の 通 常 の 意 味 に 従 い 、誠 実 に 解 釈 す る も の 」で あ り 、 ま た 、 条 約 の 解 釈 上 、 文 脈 と い う と き は 、 条 約 文 と し て 前 文 や 附 属 書 に 加 え 、 各 種 関 係 文 書 を 含 め て 解 釈 す べ き も の と さ れ る 。 従 っ て 、 上 記 検 討 に 当 た り 、 条 約 本 文 及 び 前 文 に 加 え 、 第 14 回 ハ ー グ 国 際 私 法 会 議 に 提 出 さ れ た ペ レ ス ・ ベ ー ラ の 注 釈 報 告 書 ( Explanatory Report)22を 参 照 し な が ら 、 条 約 起 草 者 の 想 定 を 検 討 し て い く こ と と す る 。
条 約 の 目 的 と 子 の 最 善 の 利 益 1 -1
ハ ー グ 条 約 1 条 は 、 以 下 、 2 つ の 目 的 を 規 定 す る 。
a) い ず れ か の 締 約 国 に 不 法 に 連 れ 去 ら れ 、又 は い ず れ か の 締 約 国 に お い て 留 置 さ れ て い る 子 の 迅 速 な 返 還 を 確 保 す る こ と 。
b) 一 の 締 約 国 の 法 令 に 基 づ く 監 護 の 権 利 又 は 接 触 の 権 利 が 他 の 締 約 国 に お い て 効 果 的 に 尊 重 さ れ る こ と を 確 保 す る こ と 。
条 約 の 前 文 は 、 条 約 の 目 的 を 補 足 し 、 以 下 の よ う に 述 べ る 。
「 こ の 条 約 の 署 名 国 は 、
子 の 監 護 に 関 す る 事 項 に お い て 子 の 利 益 が 最 も 重 要 で あ る こ と ( of paramount importance) を 深 く 確 信 し 、
不 法 な 連 れ 去 り 又 は 留 置 に よ っ て 生 ず る 有 害 な 影 響 か ら 子 を 国 際 的 に 保 護 す る こ と 並 び に 子 が 常 居 所 を 有 し て い た 国 へ の 当 該 子 の 迅 速 な 返 還 を 確 保 す る 手 続 及 び 接 触 の 権 利 の 保 護 を 確 保 す る 手 続 を 定 め る こ と を 希 望 し 、
こ の た め の 条 約 を 締 結 す る こ と を 決 定 し 、 次 の 通 り 協 定 し た 。」
22 Pérez-Vera, ‘Explanatory Report on the Hague Convention on the Civil Aspects of International Child Abduction’(1982)
<www.hcch.net/upload/expl28.pdf> accessed 1 Sep 2014.
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国際的な子の保護
(前文)
常居所地国への迅速返還
(前文/1条1項a号)
連れ去りの抑止
(1条1項b号)
子の利益の至高性
(前文)
本 案 は常 居 所 地 国 に管 轄 権 がある
条 約 前 文 及 び 1 条 を 総 合 的 に 見 る と 、 ハ ー グ 条 約 は 、 子 の 監 護 に 関 す る 子 の 利 益 の 至 高 性 原 則 を 念 頭 に 置 き つ つ 、 不 法 な 連 れ 去 り か ら 子 を 国 際 的 に 保 護 す る こ と を 究 極 の 目 的 と し 、 そ の 実 現 に 向 け て 、 連 れ 去 り 前 の 常 居 所 地 国 へ 子 を 迅 速 に 返 還 す る 手 続 を 構 築 す る こ と を 小 目 的 と し て い る と 読 む こ と が で き る 。
こ の よ う に 、 1 条 1 項 a 項 の 目 的 と さ れ た 常 居 所 地 国 へ の 迅 速 返 還 は 、 前 文 と 合 わ せ て 読 み 込 む こ と で 、 前 文 の 目 的 を 達 成 す る た め の 手 段 と し て 位 置 付 け る こ と が で き る 。 起 草 者 は 、 連 れ 去 っ た 親 が 自 ら に 有 利 な 判 断 が 下 さ れ る 法 域 に 子 を 連 れ 去 り 、 そ こ に 移 り 住 む こ と に よ っ て 、 監 護 権 等 の 裁 判 管 轄 権 の 連 結 点 を 恣 意 的 に 作 出 し 、 そ こ で 適 用 さ れ る 準 拠 法 を も 選 択 す る こ と で 、 結 果 的 に 、 自 ら が 作 出 し た 不 法 な 連 れ 去 り 後 の 事 実 上 の 状 態 を 法 的 に 正 当 化 し よ う と す る 一 連 の 行 為 に 注 目 し た23。 と き に 、 連 れ 去 り は 、 常 居 所 地 国 の 裁 判 所 が 既 に 下 し た 監 護 権 等 の 判 断 の 効 果 を 避 け る 目 的 で 行 わ れ る こ と が あ る 。 起 草 者 は 、 連 れ 去 り に よ り 法 域 を 新 た に し 、 子 の 監 護 に 関 し 再 度 の 判 断 を 求 め 、 自 ら に 有 利 な 結 果 を 得 よ う と す る 連 れ 去 り 親 の 法 廷 地 あ さ り ( フ ォ ー ラ ム ・ シ ョ ッ ピ ン グ ) に 歯 止 め を か け る た め に 、連 れ 去 り 国 で の 新 た な 判 断 を 禁 じ 、常 居 所 地 国 へ の 迅 速 な 返 還( prompt return) に よ る 原 状 回 復 ( restoration of the status quo) に よ っ て 、 連 れ 去 り に よ る 影 響 を 除 去 し 、 子 の 保 護 を 実 現 し よ う と し た の で あ る24。
他 方 で 、 1 条 1 項 b 号 の 監 護 権 の 効 果 的 な 尊 重 は 、常 居 所 地 国 へ の 迅 速 返 還 を 述 べ る a 号 と の 関 連 性 が な く 、 唐 突 な 規 定 ぶ り で あ る 。 注 釈 報 告 書 も そ の こ と を 認 め つ つ 、 a 号 の 迅 速 返 還 が 連 れ 去 ら れ る 前 の 原 状 を 回 復 し よ う と す る 期 待 に 応 え る も の で あ る の に 対 し 、 b 号 の 監 護 権 の 尊 重 は 、 連 れ 去 り の 抑 止 に 関 わ る も の で あ る と す る 。 と い う の も 、 常 居 所 地 国 で 下 さ れ た 監 護 権 の 判 断 が 他 の 法 域 で も 尊 重 さ れ る こ と に な れ ば 、 他 の 法 域 に 連 れ 去 る 意 味 が な く 、 結 果 と し て 、 不 法 な 連 れ 去 り 行 為 を 抑 止 ・ 減
23 Pérez-Vera (n 22) para 15.
24 Pérez-Vera (n 22) para 16.起 草 の 段 階 で は 、ハ ー グ 条 約 の 中 に 管 轄 権 規 定 を 直 接 盛 り 込 む こ と も 検 討 さ れ た が 、 結 果 的 に は 、 連 れ 去 り 前 の 子 の 常 居 所 地 国 に 子 の 監 護 に 関 す る 最 終 的 な 判 断 が あ る こ と を 間 接 的 に 示 す 表 現 が 用 い ら れ る こ と と な っ た 。
【 表 1-1】
10 少 さ せ る こ と で 、 子 を 保 護 す る こ と と な る25。
こ の よ う に 、 a 号 は 、 一 度 連 れ 去 れ た 子 を 迅 速 に 返 還 し 、 原 状 に 回 復 す る こ と で 、 既 に 連 れ 去 ら れ て し ま っ た 子 の 保 護 を 実 現 す る 。 ま た 、 常 居 所 地 国 へ の 迅 速 返 還 の 実 務 が 徹 底 さ れ る こ と で 、 連 れ 去 り を 目 論 む 親 に 、 連 れ 去 っ て も す ぐ に 返 還 さ れ て し ま う こ と か ら 連 れ 去 り 損 で あ る と の メ ッ セ ー ジ を 発 信 す る こ と に も な り 、 連 れ 去 り を 事 前 に 抑 止 す る こ と に な る 。 こ れ に 対 し 、 b 号 は 、 常 居 所 地 国 で 認 め ら れ て い た 監 護 権 ・ 監 護 状 態 が 他 の 法 域 で も 効 果 的 に 尊 重 さ れ る よ う に す る こ と で ( 条 約 3 条 が 常 居 所 地 国 で の 監 護 権 侵 害 を 要 件 と す る の は そ の た め で あ る 。)、 連 れ 去 り 先 の 裁 判 所 で 自 ら に 有 利 な 結 果 を 得 よ う と す る 親 の 動 機 自 体 を 失 わ せ 、 連 れ 去 り を 抑 止 し よ う と し て い る 。 迅 速 返 還 さ れ た 子 の 監 護 に 関 す る 事 項 は a 号 に 基 づ き 常 居 所 地 国 で 決 せ ら れ 、 監 護 に 関 し 常 居 所 地 国 の 法 令 に 基 づ く 効 果 が b 号 に 基 づ き 尊 重 さ れ る こ と に な る 。 こ の よ う に 、 ハ ー グ 条 約 は 、 1 条 の 小 目 的 の 実 現 の た め に 、 監 護 に 関 す る 事 項 の 解 決 を 常 居 所 地 国 の 裁 判 所 に 委 ね る こ と を 黙 示 の 原 則 と し て 掲 げ て い る こ と が 分 か る26。 つ ま り 、 ハ ー グ 条 約 と は 、 監 護 に 関 す る 本 案 の 判 断 が 行 わ れ る べ き 常 居 所 地 国 に 子 を 返 還 す る 手 続 な の で あ る 。
と こ ろ で 、ハ ー グ 条 約 の 目 的 に 関 し 、「 子 の 監 護 に 関 す る 事 項 に お い て 子 の 利 益 が 最 も 重 要 で あ る こ と を 深 く 確 信 し 」 と す る 前 文 の 行 は 、 解 釈 上 の 問 題 を 生 じ さ せ る 。 条 約 の 本 文 で は 、 子 の 利 益 に 関 し 一 切 の 規 定 が な い 。 ま た 、 子 の 利 益 は 、 具 体 的 な 法 概 念 と は い え ず 、 む し ろ 社 会 学 的 概 念 に 近 い 漠 然 と し た 概 念 で あ る た め 、 条 約 の 2 つ の 小 目 的 の 実 現 に 当 た り 、 子 の 利 益 の 考 慮 の 方 法 ・ 程 度 が 明 確 で は な い27。 極 端 に 言 え ば 、 常 居 所 地 国 へ の 迅 速 返 還 が 子 の 利 益 に な る と い え な い 場 合 に 、 子 の 利 益 を 無 視 し て 子 を 迅 速 返 還 す る べ き か 、 あ る い は 、 子 の 利 益 を 尊 重 し て 返 還 拒 否 命 令 を 下 す か 、 い ず れ の 判 断 が 採 ら れ る べ き か が 定 か で な い の で あ る 。
注 釈 報 告 書 は 、 前 文 を 条 約 の 理 念 ( philosophy) と し て 位 置 付 け て い る 。 国 際 的 な 子 の 連 れ 去 り の 増 加 に 立 ち 向 か う た め に は 子 の 保 護 が 必 要 で あ り 、 ま た 、 子 の 利 益 の 具 体 的 内 容 と し て 、 子 が 不 法 に 連 れ 去 ら れ な い 権 利 を 保 障 す る も の と さ
25 Pérez-Vera (n 22) para 17.
26 Pérez-Vera (n 22) para 19.こ の 黙 示 の 原 則 の 前 提 と し て 、常 居 所 地 国 が 子 の 将 来 に 関 す る 判 断 を 行 う 便 宜 管 轄(forum conveniens)で あ る と の 推 定 が 置 か れ て い る (Schuz, The Hague Child Abduction Convention- A Critical Analysis (Hart 2013)96.)。
27 Pérez-Vera (n 22) para 20-23.
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れ て い る28。 こ の よ う に 、 常 居 所 地 国 へ の 迅 速 返 還 と 連 れ 去 り の 抑 止 と い う 条 約 の 2 つ の 目 的 は 、 不 法 に 連 れ 去 ら れ な い 権 利 の 実 現 を 目 指 す 点 で 、 子 の 最 善 の 利 益 と 関 連 す る も の と さ れ て い る29。 し か し 、 条 約 の 理 念 と は 何 と も 曖 昧 な 位 置 づ け で あ り 、子 の 最 善 の 利 益 が 具 体 的 に ど の よ う に 、ど の 程 度 考 慮 さ れ る べ き か は 、 条 約 及 び 注 釈 書 か ら は 明 ら と は い え な い 。
13 条 1 項 b 号 の 制 限 的 解 釈 1 -2
不 法 な 連 れ 去 り に 当 た る も の で あ っ て も 、 あ る 一 定 の 状 況 に お い て は 、 連 れ 去 り 自 体 が 正 当 化 さ れ る べ き 場 合 が あ る 。 起 草 者 は 、 常 居 所 地 国 へ の 迅 速 返 還 に よ り 子 の 保 護 を 図 る 条 約 の 構 造 が 、 反 面 、 あ る 状 況 下 に あ る 子 を 危 険 に さ ら す こ と を 正 面 か ら 認 め つ つ も 、 条 約 の 基 本 構 造 の 崩 壊 を 防 ぐ た め の 「 効 果 的 な 安 全 装 置
( effective safety mechanism)」 の 構 築 を め ざ し30、 4 つ の 返 還 拒 否 事 由 を 規 定 し た 。 そ の 1 つ が 、 本 稿 の テ ー マ と す る 13 条 1 項 b 号 「 重 大 な 危 険 」 で あ る 。
前 条 の 規 定 に か か わ ら ず 、 要 請 を 受 け た 国 の 司 法 当 局 又 は 行 政 当 局 は 、 子 の 返 還 に 異 議 を 申 し 立 て る 個 人 、 施 設 そ の 他 の 機 関 が 次 の い ず れ か の こ と を 証 明 す る 場 合 に は 、当 該 子 の 返 還 を 命 ず る 義 務 を 負 わ な い 。
b ) 返 還 す る こ と に よ っ て 子 が 身 体 的 若 し く は 精 神 的 な 害 を 受 け 、 又 は 他 の 耐 え 難 い 状 態 に 置 か れ る こ と と な る 重 大 な 危 険 が あ る こ と 。
同 条 の 起 草 段 階 で は 、 返 還 拒 否 事 由 を 広 く 許 容 す る 立 場 と そ れ を で き る 限 り 制 限 し 、 条 約 の 構 造 を 守 り 抜 こ う と す る プ ラ グ マ テ ィ ス ト 達 と の 対 立 と 妥 協 の 結 果
31、 返 還 の 例 外 を 制 限 す る 厳 格 な ア プ ロ ー チ ( strict approach) が 採 用 さ れ る に 至 っ た32。 し た が っ て 、 締 約 国 の 国 内 裁 判 所 は 、 こ の 起 草 者 の 達 し た 結 論 を 無 に せ ぬ よ う 、 同 条 項 の 制 限 的 な 解 釈 ・ 適 用 を 担 う こ と に な る 。
注 釈 報 告 書 は 、 同 条 項 に つ い て 多 く を 説 明 す る も の で は な い が 、 返 還 の 例 外 規 定 を 広 げ す ぎ る こ と な く そ の ま ま 適 用 し ( must be applied only so far as they go and no further)、 ハ ー グ 条 約 が 死 文 ( a dead letter) と な ら ぬ よ う 返 還 の 例 外 を
28 Pérez-Vera (n 22) para 24.
29 Pérez-Vera (n 22) para 25.
30 Beaumont and McEleavy (n 16) 136.
31 Pérez-Vera (n 22) para 116.
32 Beaumont and McEleavy (n 16) 137-138.
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制 限 的 に 解 釈 す る( interpreted in a restrictive fashion)必 要 性 を 述 べ る 。ま た 、 返 還 の 例 外 の 拡 大 を 防 ぐ た め に 、例 外 規 定 を 機 械 的 に 適 用( systematic invocation)
す る こ と を 禁 じ て い る33。
つ ま り 、 ハ ー グ 条 約 は 、 本 案 の 管 轄 権 の あ る 常 居 所 地 国 に 子 を 迅 速 に 返 還 し 子 を 保 護 す る 手 続 で あ る た め 、 返 還 の 例 外 を 認 め な い 方 向 が そ の 構 造 の 維 持 に 不 可 欠 と な る 。 返 還 の 例 外 を 認 め る = 返 還 拒 否 命 令 が 下 さ れ る こ と は 、 常 居 所 地 国 の 管 轄 を 否 定 し 、 連 れ 去 り 先 の 裁 判 所 に 本 案 の 管 轄 権 を 認 め る こ と を 意 味 す る 。 こ れ で は 、 連 れ 去 り 親 の 思 う ま ま の 結 果 と な り 、 常 居 所 地 国 の 管 轄 権 と そ の 判 断 を 基 軸 と す る 条 約 の 構 造 が 根 底 か ら 覆 さ れ て し ま う 。
13 条 1 項 b 号 は 、子 の 利 益 の 考 慮 の た め の 規 定 で あ る と 言 わ れ て い る34。し か し 、迅 速 返 還 の 装 置 を う ま く 機 能 さ せ 、同 条 項 の 制 限 的 解 釈 を 貫 き 通 す た め に は 、 子 の 監 護 者 が 誰 か 、 子 が ど こ で 誰 と 住 む べ き か 、 子 の 最 善 の 利 益 と は 何 か と い っ た 問 題 に 深 く 関 わ っ て は い ら れ な い 。 こ の よ う な 本 案 の 問 題 を ハ ー グ 手 続 の 中 で 行 う こ と に な れ ば 、 手 続 の 迅 速 性 が 損 な わ れ る ば か り か 、 子 の 利 益 に 焦 点 が 当 た り 、 連 れ 去 り 先 の 裁 判 所 が 子 の 利 益 を 理 由 に 返 還 拒 否 命 令 を 下 す 傾 向 を 助 長 す る こ と に な る 。 条 約 は 、 こ れ ら の 問 題 の 解 決 は あ く ま で 常 居 所 地 国 の 裁 判 所 が 行 う も の で あ り 、 ハ ー グ 手 続 に お け る 検 討 を 禁 じ て い る 。 し か し 、 返 還 後 の 子 に 待 ち 受 け る 「 重 大 な 危 険 」 は 、 子 の 最 善 の 利 益 の 視 点 が 重 視 さ れ や す く 、 ま た 、 本 案 の 問 題 を 混 在 し や す い 要 件 で あ る た め 、 そ の 認 定 段 階 に お け る 証 拠 調 べ や 事 実 の 調 査 の 程 度 が 大 き な 問 題 と な る 。 同 条 項 は 単 に 危 険 を 判 断 す る も の と さ れ る が 、 そ の 判 断 の 方 法 が 問 題 な の で あ る35。こ の 点 、「 重 大 の 危 険 」に 関 す る 事 実 の 検 討 に 忙 殺 さ れ る 結 果 と な っ て は な ら な い が 、 反 面 、 大 雑 把 な 検 討 に よ っ て 子 の 保 護 を お ざ な り に す る 結 果 と な っ て は 意 味 が な い と の 指 摘 が な さ れ て い る36。
以 上 は 、 上 述 し た 子 の 最 善 の 利 益 の 曖 昧 な 位 置 づ け と 深 く 関 わ る 問 題 で あ る 。 注 釈 報 告 書 は 、 例 外 規 定 に よ り 子 の 利 益 の 漠 然 性 が 明 確 化 さ れ る と 述 べ る37。 ま た 、 締 約 国 の 返 還 義 務 の 範 囲 は 、 例 外 規 定 の 解 釈 ・ 適 用 方 法 に よ り 画 さ れ る も の で あ る と す る38。し た が っ て 、条 約 全 体 の 理 解 に と っ て 、「 重 大 な 危 険 」を は じ め と す る 例 外 規 定 の 検 討 が 必 要 不 可 欠 な も の と い え よ う 。
33 Pérez-Vera (n 22) para 34.
34 Pérez-Vera (n 22) para 29.
35 Re K (Abduction: Child’s Objection) [1995] 1 FLR 977 at 982.
36 Beaumont and McEleavy (n 16) 141.
37 Pérez-Vera (n 22) para 25.
38 Pérez-Vera (n 22) para 27.
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連 れ 去 り 親 の プ ロ フ ァ イ ル 1 -3
常 居 所 地 国 へ の 迅 速 な 返 還 を 実 現 す る た め の 入 念 な 構 造 は 、 離 婚 に よ っ て 監 護 権 を 失 っ た 非 監 護 親 が 監 護 親 か ら 子 を 奪 う と い う 想 定 に 基 づ き 作 り 上 げ ら れ た も の で あ る 。 1978 年 3 月 の 特 別 委 員 会 の 資 料 と し て 提 出 さ れ た ダ イ ア ー 報 告 書
( Dyer Report)39に よ れ ば 、連 れ 去 り は 、監 護 権 を 失 い 不 満 を 持 つ 親 も し く は 監 護 権 を 失 う こ と を 恐 れ る 親 に よ る 最 後 の 手 段 で あ る と さ れ て い る 。 父 親 が 連 れ 去 り 親 で あ る と 特 定 し て い る わ け で は な い が 、非 監 護 親 が 子 を 連 れ 去 る と の 想 定 が 、 一 般 的 に 母 親 に 監 護 権 が 付 与 さ れ る 事 実 と 結 び つ き 、 連 れ 去 り は 非 監 護 親 で あ る 父 親 が 行 う も の と の 前 提 が 作 り 上 げ ら れ た と さ れ て い る40。
こ の 前 提 は 、 当 時 の 社 会 学 的 研 究 に よ っ て も 支 持 さ れ 、 代 表 的 な 3 つ の 研 究 に よ っ て 、7 割 以 上 の 連 れ 去 り が 父 親 に よ る こ と が 示 さ れ て い る41。1970 年 代 か ら 1980 年 代 中 盤 に か け て 、 監 護 権 の 付 与 に 関 す る 母 親 優 先 の 原 則 が 影 響 し 、 条 約 の 準 備 段 階 に あ っ た 1970 年 代 に お い て 、 非 監 護 親 で あ る 父 親 に よ る 連 れ 去 り が 典 型 例 と し て 想 定 さ れ て い た こ と を ダ イ ア ー 自 身 が 認 め て い る42。 注 釈 報 告 書 に お い て も 、 同 様 の 想 定 を 見 て 取 る こ と が で き よ う43。
以 上 の よ う に 、 起 草 者 の 想 定 す る 連 れ 去 り は 、 離 婚 後 単 独 親 権 制 度 の 下 、 非 監 護 親 で あ る 父 親 ( non-custodial father) が 、 監 護 親 ( custodian) か つ 主 な 養 育 親( primary carer)で あ る 母 親 か ら 子 を 無 理 や り 奪 い 去 る と い う 強 硬 な 手 段 が イ メ ー ジ さ れ て い た 。し か し 、1980 年 代 後 半 か ら 1990 年 代 に か け て 行 わ れ た 各 種 調 査 に お い て 、 連 れ 去 り は 、 非 監 護 親 で あ る 父 親 で は な く 、 監 護 親 で あ る 母 親 に よ っ て 行 わ れ る と い う 逆 転 現 象 が 報 告 さ れ る よ う に な っ た44。 ロ ー の 報 告 書 に よ れ ば 、 条 約 施 行 か ら 10 年 後 の 調 査 で は 、 母 に よ る 連 れ 去 り が 約 7 割 ( 1999 年 : 69% 、 2003 年 : 68% 、 2008 年 : 69% ) を 占 め 、 し か も 、 休 暇 中 で 里 帰 り し た 後 に 戻 っ て 来 な い と い う 平 穏 な 態 様 が 一 般 化 し た こ と が 明 ら か と な っ た45。 こ の
39 Dyer, ‘Report of International Abduction by One Parent (“Legal
Kidnapping”), Preliminary Document 1 (1978), Acte et Documents of the 16th Session, 17 (‘Dyer Report’), 19-20.
40 Schuz (n 26) 55.
41 Beaumont and McEleavy (n 16) 8-9.
42 Beaumont and McEleavy (n 16) 9.
43 注 釈 報 告 書 81 段 落 で は 、 連 れ 去 り 親 は 親 に 限 ら ず 、 祖 父 や 養 父 も 含 ま れ る と す る 記 述 が あ る 。 こ の 記 述 か ら も 、 条 約 起 草 当 時 、 連 れ 去 り 親 を 男 性 と 想 定 し て い る こ と が 分 か る 。
44 Beaumont and McEleavy(n 16)7-11.
45 過 去 3 回 分 の 統 計 資 料 が あ る 。【 1999 年 度 版 】Lowe, Armstrong and Mathias, A Statistical Analysis of Applications Made in 1999 Under the Hague
14
変 化 の 背 景 に は 、 西 欧 諸 国 が 多 く を 占 め る 締 約 国 の 家 族 法 の 改 正 に よ り 離 婚 後 共 同 親 権 制 度 が 採 用 さ れ た こ と に よ っ て 、 離 婚 後 も 父 親 が 監 護 者 と し て 子 と 関 わ る こ と が で き る よ う に な っ た た め 、 排 他 的 な 監 護 権 の 行 使 に よ り 子 を 自 由 に 海 外 に 連 れ 出 す こ と が で き て い た 母 親 か ら そ の 自 由 が 奪 わ れ た こ と が 原 因 と さ れ て い る
46。
統 計 に 見る 13 条 1 項 b 号 の 新 たな 傾 向 1 -4
近 年 に お い て は 、 配 偶 者 に よ る 暴 力 が 社 会 問 題 化 す る 中 で 、 国 際 結 婚 を し た 妻 が 夫 か ら の ド メ ス テ ィ ッ ク ・ バ イ オ レ ン ス か ら 逃 れ る た め に 母 国 に 子 を 連 れ て 帰 国 す る「 子 連 れ 里 帰 り 」事 案 の 増 加 が 13 条 1 項 b 号 の 抗 弁 を 通 じ て 表 面 化 し た 。 英 国 で は 、1990 年 頃 か ら ド メ ス テ ィ ッ ク・バ イ オ レ ン ス と 13 条 1 項 b 号 の 解 釈 と の 関 係 を 争 点 と す る 判 決 が 下 さ れ 、 連 れ 去 り 親 の プ ロ フ ァ イ ル の 変 化 を 意 識 し た 判 断 が 行 わ れ て い る47。
ロ ー と ス テ フ ァ ン ズ に よ る 過 去 3 回 の 統 計48に 関 す る 動 向 分 析49に よ れ ば 、 条 約 に 基 づ く 申 立 て は 、1999 年 の 1151 件 か ら 2008 年 の 2321 件 へ と 急 激 に 増 加 し て い る こ と が 分 か る 。 こ の 結 果 は 、 常 居 所 地 国 へ の 迅 速 返 還 に よ っ て 子 の 連 れ 去 り が 抑 止 さ れ る と す る 条 約 の 着 想 に 一 定 の 問 題 が あ る こ と を 浮 き 彫 り に す る も の と も い え よ う 。
申 立 数 の 増 加 に 伴 い 、 裁 判 所 に よ る 返 還 拒 否 命 令 の 率 に つ い て も 、 1999 年 の 11 パ ー セ ン ト か ら 2008 年 の 15 パ ー セ ン ト へ と 増 加 傾 向 に あ る 。 こ れ に 対 し 、 裁 判 所 に よ る 返 還 命 令 の 率 が 1999 年 の 32 パ ー セ ン ト か ら 2008 年 の 27 パ ー セ ン ト と 減 少 傾 向 に あ る こ と は 、 本 統 計 に お け る 最 大 の 注 目 点 で あ る50。 ノ イ リ ン ガ ー 事 件 判 決 の 被 告 国 で あ る ス イ ス で は 、 任 意 の 返 還 も 含 め た 全 体 的 な 返 還 の 率 Convention of 25 Oct 1980 on the Civil Aspects of International Child
Abduction, Prel Doc No 3 (rev version, Nov 2001) available at <http://www.
hcch.net/upload/abd2001pd3e.pdf>,【 2003 年 度 版 】Lowe, A Statistical Analysis of Applications Made in 2003 Under the Hague Convention of 25 Oct 1980 on the Civil Aspects of International Child Abduction, Prel Doc No 3 (2007 update) available at <http://www.hcch.net/upload/wop/abd_pd03e1_2007.pdf> ,
【 2008 年 度 版 】Lowe and Stephens, A Statistical Analysis of Applications Made in 2008 Under the Hague Convention of 25 Oct 1980 on the Civil Aspects of International Child Abduction, Prel Doc No 8 A-C available at<http://www.
hcch.net/upload/wop/abduct2011pd08ae.pdf>, all accessed 30 Sep 2014.
46 Beaumont and McEleavy (n 16) 10.
47 TB v JB (formerly JH) (Abduction : Grave Risk of Harm) [2001]2 FLR 515.
48 Lowe (n 45).
49 Lowe and Stephens, Global Trends in the Operation of the 1980 Hague Abduction Convention, [2012] 46 FLQ 41.
50 Lowe and Stephens (n 49) 53.
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が 減 少 す る と 同 時 に ( 1999 年 : 45% → 2008 年 : 23% )、 裁 判 所 に よ る 返 還 も 減 少 傾 向 に あ り ( 1999 年 : 80% → 2008 年 : 67% )、 返 還 義 務 の 履 行 の 点 で 問 題 を 抱 え て い る こ と が 分 か る 。 ま た 、 本 稿 で の 検 討 対 象 で あ る 英 国 ( イ ン グ ラ ン ド ・ ウ ェ ー ル ズ )に お い て は 、裁 判 所 に よ る 返 還 は 減 少 傾 向 に あ る も の の( 1999 年 : 84% → 2008 年:75% )、全 体 的 な 返 還 の 率 は 増 加 傾 向 に あ り( 2003 年:56% → 2008 年 : 59 or 61%)、 任 意 の 返 還 に よ る 解 決 に シ フ ト し つ つ あ る こ と を 窺 う こ と が で き る51。
過 去 3 回 の 統 計 に お い て 、返 還 拒 否 事 由 の 中 で 常 に 筆 頭 に 立 つ の が 1 3 条 1 項 b 号 に 基 づ く 返 還 拒 否 で あ る 。返 還 拒 否 事 由 全 体 に 占 め る 同 条 項 の 割 合 は 、1999 年 の 22 パ ー セ ン ト 、2003 年 の 19 パ ー セ ン ト か ら 2008 年 の 27 パ ー セ ン ト へ と 、 年 々 、 増 加 傾 向 に あ る こ と が 窺 わ れ る 。 こ の 点 に つ き 、 13 条 1 項 b 号 と ド メ ス テ ィ ッ ク ・ バ イ オ レ ン ス と の 関 係 が 指 摘 さ れ て い る52。
連 れ 去 り 親 が 母 親 で あ る 場 合 、 返 還 拒 否 に 至 る 率 が 17 パ ー セ ン ト で あ っ た の に 対 し 、連 れ 去 り 親 が 父 親 で あ る 場 合 に 11 パ ー セ ン ト に 留 ま っ て い る 点 に 加 え 、 母 親 が 連 れ 去 り 親 で あ る 返 還 拒 否 事 案 の 内 、 13 条 1 項 b 号 を 理 由 と す る も の が 30 パ ー セ ン ト 、父 親 が 連 れ 去 り 親 で あ る 場 合 は 15 パ ー セ ン ト を 占 め る に 留 ま っ て い る 点 は 興 味 深 い も の が あ る53。 連 れ 去 り 親 と 子 と の 関 係 性 が 返 還 拒 否 の 理 由 に 大 き く 影 響 し て い る こ と 、 ま た 、 返 還 拒 否 は 、 連 れ 去 り 親 が 母 親 で あ る 場 合 に 認 め ら れ や す く 、「 重 大 な 危 険 」 が 認 定 さ れ や す い 傾 向 に あ る こ と が 窺 わ れ る 。 連 れ 去 り 親 が 常 居 所 地 国 ( 申 請 国 ) に 国 籍 を 有 す る 場 合 、 返 還 拒 否 に 至 る 率 が 19 パ ー セ ン ト で あ っ た の に 対 し 、他 国 の 国 籍 を 有 す る 場 合 に 11 パ ー セ ン ト に 留 ま っ て い る 点 も 注 目 に 値 す る 。 前 者 の 場 合 、 13 条 1 項 b 号 を 理 由 と す る も の が 30 パ ー セ ン ト 、後 者 の 場 合 は 23 パ ー セ ン ト を 占 め る に 留 ま っ て い る 。主 な 養 育 親 で あ る 母 親 の 「 子 連 れ 里 帰 り 」 事 案 に お い て 、 同 条 項 に よ る 返 還 拒 否 が 認 め ら れ や す い 傾 向 を 見 て と れ る 。
ま た 、 条 約 11 条 2 項 で は 、 手 続 の 開 始 か ら 最 終 判 断 ま で の 期 間 と し て 6 週 間 を 目 安 と し 、 そ れ が 達 成 で き な い 場 合 に 理 由 の 開 示 を 求 め る こ と が で き る と し て い る も の の 、 統 計 上 、 裁 判 所 に よ る 返 還 命 令 ま で の 平 均 日 数 は 、 1999 年 の 107
51 Lowe and Stephens (n 49) 54. 全 体 的 な 返 還 率(overall return rate)は 、2008 年 に お い て 、 65% の 国 が 2003 年 と 比 べ て 減 少 傾 向 に あ る 。
52 Lowe and Stephens (n 49) 60-61.し か し 、事 案 の 内 容 は 調 査 対 象 と は さ れ て い な い た め 、 同 条 項 に 基 づ く 返 還 拒 否 の 増 加 と ド メ ス テ ィ ッ ク ・ バ イ オ レ ン ス と の 関 連 性 が 、 統 計 上 、 明 ら か に さ れ た と は い え な い と の 記 述 が あ る 。
53 Lowe and Stephens (n 49) 63.
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日 間 か ら 2008 年 の 166 日 間 へ と 長 期 化 傾 向 に あ り 、返 還 拒 否 ま で の 平 均 日 数 に つ い て も 、1999 年 の 147 日 間 か ら 286 日 間 へ と 長 期 化 傾 向 に あ る こ と が 認 め ら れ る 。 ま た 、 2008 年 を 見 る と 、 返 還 命 令 に 至 る 最 大 審 理 期 間 は 765 日 間 、 返 還 拒 否 命 令 で は 880 日 間 を 必 要 と し て い る も の が あ る54。 ま た 、 13 条 1 項 b 号 を 理 由 と す る 返 還 拒 否 で は 、 2003 年 の 242 日 間 か ら 2008 年 の 300 日 間 へ と 審 理 期 間 の 大 幅 な 長 期 化 が 認 め ら れ55、条 約 の 想 定 す る 42 日 間 を は る か に こ え る も の で あ る 。 事 実 審 で は 決 着 が 着 か ず 、 上 訴 さ れ る こ と も 一 つ の 要 因 で あ る が56、 証 拠 調 べ に か か る 時 間 は 大 き な 問 題 と し て 指 摘 さ れ て い る 。
ハ ー グ 条 約 の 発 効 か ら 30 年 、 不 法 に 連 れ 去 れ た 子 の 返 還 請 求 数 の 増 大 は 、 ハ ー グ 条 約 の 抑 止 効 果 に 疑 問 を 投 げ か け る も の と い え よ う 。 ま た 、 返 還 率 の 減 少 と 同 時 に 認 め ら れ る 返 還 拒 否 率 の 増 加 は 、 起 草 者 の 求 め る 厳 格 な ア プ ロ ー チ が 緩 和 さ れ 、 締 約 国 の 裁 判 所 に よ り 返 還 拒 否 事 由 の 緩 や か な 解 釈 が 行 わ れ る 傾 向 に あ る と の 想 定 を 導 く こ と も 可 能 で あ る 。返 還 拒 否 事 由 の 検 討 が な さ れ れ ば な さ れ る 程 、 審 理 は 長 期 化 す る 関 係 に あ る 。
13 条 1 項 b 号 と の 関 係 で は 、「 重 大 な 危 険 」の 抗 弁 に お い て 常 居 所 地 国 に お け る 過 去 の ド メ ス テ ィ ッ ク・バ イ オ レ ン ス が 主 張 さ れ る こ と に よ っ て 、「 重 大 な 危 険 」 の 認 定 に 時 間 が か か り 、審 理 期 間 が 長 期 化 す る こ と が 予 想 さ れ る と こ ろ で あ ろ う 。 こ の 点 に つ き 、 本 動 向 分 析 で は 、 迅 速 性 の 確 保 の た め 、 証 拠 の 調 査 ・ 検 討 を 制 限 す べ き こ と が 指 摘 さ れ て い る 。 ま た 、 本 案 の 問 題 と 重 な る 広 範 な 証 拠 の 検 討 を 許 容 す る ノ イ リ ン ガ ー 事 件 判 決 と X 事 件 小 法 廷 判 決 は「 役 に 立 た な い( unhelpful)」
判 断 で あ っ た と 評 さ れ て い る57。
早 速 、 こ れ ら の 人 権 裁 判 所 の 判 決 を 見 て い く こ と に し よ う 。
54 Lowe and Stephens (n 49) 68-69.
55 Lowe and Stephens (n 49) 71.
56 Lowe and Stephens (n 49) 72.
57 Lowe and Stephens (n 49) 84.