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モデルに基づく超イオン伝導の研究

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(1)

博士学位論文

変形された

Zwanzig

モデルに基づく超イオン伝導の研究

2011

3

熊本大学大学院自然科学研究科理学専攻

犬童 貴樹

Kumamoto University Kumamoto University

(2)

1. 序論 ... 3

1.1. 超イオン導電体 ... 5

1.2. 液体モデル ... 7

1.3. 非調和振動 ... 11

1.4. 分極 ... 11

2. 非アレニウス型イオン伝導 ... 13

2.1. 非アレニウス型イオン伝導に関する概要 ... 13

2.2. 銀ハライド系における非アレニウス伝導 ... 21

3. 非アレニウス型イオン伝導に対するモデル ... 24

3.1. 超イオン導電ガラスにおける非アレニウス型イオン伝導のモデル ... 24

3.2. ホッピング伝導による拡散 ... 27

3.3. 非アレニウス型イオン伝導に対するモデルの固体電解質への応用 ... 32

3.4. 拡散プロセスとイオン伝導度の変化 ... 42

3.5. 非アレニウス型イオン伝導のまとめ ... 49

4. 非調和項を取り入れたZwanzigモデル ... 50

4.1. 非調和項を取り入れた改良型Zwanzigモデル ... 51

4.2. 非調和項を取り入れたZwanzigモデル-その2 ... 54

4.3. 緩和時間τの決定についての補足研究 ... 61

5. 分極効果を取り入れたZwanzigモデル ... 64

6. まとめ ... 69

謝辞 ... 70

参考文献 ... 71

(3)

1. 序論

超イオン導電体とは,固体であるにも関わらず液体と同程度の高いイオン伝 導率をもつ物質群につけられた総称である.超イオン導電体は高イオン伝導,

高い電力密度等の優れた物理特性をもつため,幅広い分野で応用されている.

超イオン導電体における研究は多くの研究者によって長年行われてきたが,新 物質や新しい物性の発見が未だ頻繁に報告されている.従って,超イオン導電 体におけるイオン伝導機構の解明は,基礎物性のみならず,その応用範囲を広 げる上でも重要である.イオン伝導度最適化を目指して合成された,いくつか の超イオン導電体において,非アレニウス型イオン伝導という物理現象が報告 されている.この現象は,低温領域で成り立っていたイオン伝導度の温度依存 性が,高温領域でずれるという現象である.本学位論文では,跳躍拡散モデル の一つである Zwanzig モデルを変形し,非アレニウス型イオン伝導を説明する 理論を提案している.Zwanzigモデルはその拡張性の高さから幅広い展開が可能

である.Zwanzigモデルに適切な改良を加えることで非アレニウス型イオン伝導

の他に,可動イオンの非調和性や分極効果が議論できる.各章の内容は以下の 通りである.

第 1 章では,研究の背景として,一般的な超イオン導電体の物理特性,非調 和性,分極についての議論が簡単にまとめられている.また,本研究の基礎で

あるZwanzigモデルについて紹介されている.

第 2 章では,非アレニウス型イオン伝導についての特性が紹介されている.ま た,広く受け入れられている非アレニウス型イオン伝導を記述するモデルや,

シミュレーションを用いての考察が示される.これらの特性や基本概念は,変

形された Zwanzig モデルによって得られる数々の結果と密接に関係しており,

以下の各章でも触れられている.

第3章では,非アレニウス型イオン伝導性が変形された Zwanzig モデルの観 点から議論されている.最初に超イオン導電ガラスにおける非アレニウス型イ オン伝導に対しての議論が展開されており,その後,結晶やポリマー,コンポ ジット型イオン導電体についてモデルの適用を拡張している.本モデルでは,

緩和時間が非アレニウス型イオン伝導性において重要な因子であることが示唆 される.緩和時間の逆数は可動イオンが物質中をジャンプ拡散する頻度を与え,

イオンが持つエネルギーや周りの構造に大きく依存する.このことを背景に緩

(4)

アレニウス型イオン伝導性が取り出せることが示されている.後半部では,当 モデルを種々の物質に適用し,非アレニウス型イオン伝導についての系統的性 質が示されている.そこでは,非アレニウス型イオン伝導性が現れる温度や活 性化エネルギーの性質が議論されている.また,銀ハライド系で観測されるよ うな高温領域でイオン伝導度が大きく上昇する異なるタイプの非アレニウス型 イオン伝導性についても触れられている.この現象は,物質中のイオン拡散プ ロセスを緩和時間の観点から考えることによって説明できることが示される.

第4章では,Zwanzigモデルを変形することによって得られる可動イオンの非 調和性が議論されている.イオン伝導と非調和性は密接に関係している.可動 イオンの周りで構造緩和が起きると,非調和性の増大と共にイオン拡散が増加 する.ここではその関係が定式化される.イオン振動数が非調和性によって減 少し,それに伴って速度自己相関関数が増加し,その積分値である自己拡散係 数,イオン伝導度も増加することが示される.また,緩和時間と非調和性の関 係についても議論されている.

第 5 章では分極効果が議論されている.分極とイオン伝導の関係についての 基礎的な理解は,超イオン導電体の性質を考える上で重要である.分極効果に 関する研究は古今多く行われてきたが,イオン伝導メカニズムと分極の効果を 解析的に示した研究は少ない.本論文では,変形された Zwanzig モデルを用い て得られた自己拡散係数と分極の関係を調べた研究を紹介する.

最終章である第 6 章では,本研究で行われた内容のまとめと,今後の研究で 取り組むべき内容が述べられている

(5)

1.1. 超イオン導電体

本研究では,超イオン導電体と呼ばれる物質群をとりあげる.超イオン導電 体とは,固体であるにも関わらず,液体と同レベルの高いイオン伝導率を持つ 物質の総称であり,超,又は高イオン導電体とも呼ばれている.超イオン導電 体は高いイオン伝導率,高い電力密度などの優れた物理特性から,燃料電池,

二次電池,ガスセンサー等,工業的にも幅広い範囲で応用されている物質であ り,今後も活躍の場は広がると考えられる.この様な背景から,超イオン導電 体に対する研究は,長年に渡って多くの研究者によって研究されている.より 優れた特性をもった物質が合成されたり新たな現象が発見されたりするなど,

興味が未だに尽きない物質である.典型的な超イオン導電体の例として,図 1-1

にα-AgI(α相のAgI)のイオン伝導率の温度変化を示す.この図から分かるように,

α-AgIは液体状態の物質と同程度の高いイオン伝導率を持つ.また,融点より十 分離れた低温の領域では,他の固体電解質とさほど変わらないイオン伝度率を もつβ,γ相へと転移する.図 1-1 に AgBr と AgClの振る舞いも示してある.

AgBrは室温では~10-8(Ωcm)-1の伝導率をもつが,200 0Cでは~10-4(Ωcm)-1以上の 値を,そして融点近くでは 5×10-1(Ωcm)-1にも達する.AgCl も類似であるが,

AgBr や AgCl は超イオン導電体とは呼ばれていない.高いイオン伝導率をもつ ものは結晶だけではない.ガラス状態における物質も多く存在する.参考とし て,いくつかのガラスのイオン伝導率の温度変化を図 1-2 に示す.この図から 分かるように,一般的な超イオン導電ガラスのイオン伝導度は結晶のそれには やや及ばない.ガラスは凍結された液体,つまり過冷却液体と見なすことがで きるが,この構造の不規則性が逆にイオンの集団的運動を阻害するためイオン 伝導率が低くなるというのが一般的な解釈のようである.これに対し,結晶お よびガラス系の物質において,高いイオン伝導メカニズムで重要な因子は化学 結合の安定性であるとの指摘もある.

イオン導電体中のイオン輸送メカニズムには,構造緩和,熱振動,化学結合 の揺らぎ,格子欠陥,結合軌道の変化等,一般的には非常に多くの要因がから んでおり,輸送特性を一言で言い表すことは難しい.

(6)

図 1-1 AgCl,AgBrおよびAgIのイオン伝導率の温度変化.Tmは 融点[2].

図 1-2 いくつかの超イオンの導電ガラスにおける,イオン伝導度

の温度依存性.斜線部は 1MHz 以下で周波数依存性が見られる領

(7)

1.2. 液体モデル

本節では,本論文における重要な役割を果たす液体モデルの概念および

Zwanzigモデルを紹介する.ミクロな観点から見た超イオン導電体中の可動イオ

ンの振る舞いは,液体中におけるイオンの振る舞いと似ており,しばしば液体 モデルを用いて記述される.大まかに言うと,これは可動イオンが占有サイト に確率的に分布され,可動イオンが新たなサイトへ移動するという振る舞いが,

液体におけるランダムウォークの概念と類似しているためである.例として α-Ag2S の結晶構造を図 1-3 に示す[10].図中の大きい球は硫黄イオンを表し,

それ以外は全て銀イオンが存在可能なサイトである.このように図 1-3 のユニ ットセルの中には多数の銀イオンサイトが存在し,全部で四つの銀イオンがラ ンダムに分布している.

図 1-3 α-Ag2S の構造.大きい球は硫黄イオンを表す.それ以外

のサイトは全て銀イオンが存在可能なサイトを表す.銀イオンは このサイトの幾つかにランダムに分布する[10].

また,β-Ag2Sにおける,銀イオン分布マップを図 1-4に示した[11].銀イオンは 温度が低いときには局所的な配置を取り,周期性が見られる.対照的に,温度 が上昇すると,局所構造は消え,不規則な配置に変化することがわかる.この 高い銀イオン分布の不規則性の様に,超イオン導電体中の可動イオンは液体の 様に特定のサイトにあまり束縛されない比較的自由な拡散挙動をすることがで

(8)

図 1-4 β-Ag2S における銀イオンの分布マップ.上図が温度 T=186K,下図がT=325Kのときの分布を表す[11].

従って,可動イオン周りの環境を,液体と同等の環境が整っている状態である と近似して拡散挙動を記述することが液体モデルの本質である.

一般的なイオン導電体において,イオンの挙動を記述する上での液体モデル

(9)

い一致を得ている.一方、液体における拡散のモデルの一つとして,Zwanzigに よる単純な跳躍拡散モデルが挙げられる[12].元々,このモデルはシミュレーシ ョンから予測された粒子の動的性質をモデル化したもので,ストークス・アイ ンシュタインの関係式を見積もるために作られた.Zwanzigモデルの基本コンセ プトは以下の様な仮定の下に成り立っている.

 液体を形成している粒子はそれぞれが,ポテンシャルが極小となる位置で 調和振動をしている.

 粒子が拡散するとき,粒子がポテンシャル極小の場所で調和振動している 時間よりも極めて短い時間で,元の位置と同等の環境が整っている場所へ と跳躍拡散を行う.ジャンプの後,粒子は前の記憶を完全に失う.

 粒子のジャンプ頻度は1/τで記述され,各粒子の緩和はexp(-t/τ)に比例する 関数で表される.ここでτは緩和時間と呼ばれる.

上記の基本仮定の模式図を図 1-5に示す.

図 1-5 Zwanzigモデルの模式図.赤丸が注目する可動粒子.

上記の基本仮定に対して,例えば振動数の分布にデバイ近似やアインシュタイ ン近似を採用したり,緩和時間の分布関数に若干の修正を加えたり等,Zwanzig モデルはとり上げたい状況に合わせて変更できる.Zwanzig本人はデバイ近似を

(10)

Zwanzig モデルは液体における粒子の速度自己相関や自己拡散係数,熱輸送や 粘性係数などの動的性質を良く記述できるモデルの一つである.Keyesが行った 計算によると,過冷却液体を含めた低温領域から高温領域に至るまで,シミュ レーションの結果と良い一致を与えることが示されている[13].また,このモデ ルはレナードジョーンズ(LJ)液体,湯川型液体,アルカリ金属液体等,単一成分 原子集団からなる単純液体以外に,多成分系にも適用できることが分かってい

る[14]-[17].Zwanzigモデルの基本コンセプトは,イオンが高速で物質内を液体

の様に動く超イオン導電体中の可動イオンにも十分適用できると考えられる.

また,本モデルは単純な跳躍拡散モデルであるため,拡張が容易である.更に,

統計的な処理の下,異方性を考慮して考えることも出来るため,注目する物質 や状態ごとに細かく考えることで,非晶質はもちろん,結晶を含めた固体電解 質全般に適用が可能であると予想できる.

次に,Zwanzigモデルによる重要な結果である速度自己相関関数と,自己拡散

係数の表現を紹介する.前者は物質中の可動粒子の動的性質を表す関数であり,

注目する粒子の時刻tにおける速度v(t)と初期速度v(0)の積の統計平均で表され

る.Zwanzigの仮定を用いると,液体における粒子の速度相関関数は以下の様に

定義される.

−

= N t

N t t C

ω cosω exp τ

) 1

( , 1.1(1.1)

ここでNはモード数を表す.前述したように,Zwanzigによる速度相関関数の表 現は,実験やシミュレーションの結果をよく再現する.速度自己相関関数から 得られる物理的性質は重要である.例えば,液体中を拡散する粒子が自由粒子 のように衝突なく動く場合,速度自己相関関数は 1 の値を保持し続ける.対照 的に,粒子がまったく移動せずその場で振動する場合には,速度自己相関関数 の値は振動する.実際には,拡散的な振る舞いと振動的な振る舞いの中間的な 振る舞いを示す.ところで,速度自己相関関数をグリーン・久保関係式に従い 積分すると自己拡散係数が導き出される.Zwanzigモデルにおいては

+

= B N MN

T D k

ω ω τ

τ

2

1 2 , 1.2(1.2)

となる.これより,可動粒子の振動数と緩和時間τにミクロな情報が内包されて いることが分かる.より複雑な現象を取り扱うために Zwanzig の仮定にいくつ

(11)

理解できる.このように,Zwanzigモデルは液体を基本としているが,基本コン セプトは非晶質固体中を動く粒子の運動にも適用できることが分かる.さらに は,異方性をもつ結晶においても,統計平均を結晶軸ごとにそれぞれ独立にと ることよって,速度自己相関関数を初めとする諸物理量を求めることが出来る.

1.3. 非調和振動

超イオン導電体において,非調和性を考えることは重要である.これは,占 有可能なサイトにランダムに可動イオンが分配されることによって生じる構造 不規則性によって,可動イオンが浅いポテンシャル障壁の中で強い非調和性を 持つためである.非調和性が熱膨張や弾性率の議論に直接的に関係することは 良く知られているが,結合のゆらぎや構造緩和とも密接に関係している.また,

後に示すように,構造緩和の情報を持つ非調和性とイオン伝導の非アレニウス 性は,緩和時間や振動数を通じて密接に関係している.本節では,非調和性の 基礎を紹介する.

古典系における振動子モデルを考えた場合,可動イオンが受ける力の総和は 調和及び非調和ポテンシャルから得られる.例えば,温度 T における一対の原 子間の平均距離に対するポテンシャルエネルギーは,0Kにおける平衡点からの 原子の変位をxとしたとき,次のように書ける.

4 3

) 2

(x cx gx fx

U = − −

ここでcgfは正の量である.二次の項が調和ポテンシャルであり,三次,四 次の項が非調和項である.三次の項はポテンシャルの非対称性を制御し,熱膨 張の議論でよく用いられる.四次の項は調和ポテンシャルをやわらかくする効 果を与え,構造安定性や結合揺らぎに対して重要な項となる.本論文では三次,

及び四次の非調和項が影響を与える効果を非調和性と呼んでいる.

1.4. 分極

固体の誘電的性質を語る上で重要な現象は分極である.誘電体では正負の粒 子間に束縛力があり,粒子が僅かに相対変位して電気双極子を形成する.同様 に四重極子,八重極子も生じるが,これらは考える精度によって考慮に入れな い場合もある.物質に振動電場をかけたとき,電子分極,イオン分極,配向分 極が生じる.分極はこの順で大きく,通常,電子分極に対してイオン分極の大

(12)

ので,光学の観点からも重要な物理量である.イオン伝導と分極には密接な関 係がある.物質中を動くイオンは,周りの原子からのクーロン相互作用,ファ ンデルワールス力,反発力,そして局所電場の影響を受ける.イオンに働く局 所電場の近似的な取り扱いとしてLorentzの局所電場が考えられる.この局所電 場と双極子モーメントPとの間にはElocal=Eex+4πP/3という関係がある.ここで Eexは外部電場を表す.双極子モーメントと原子の分極率 α の間には P=NαElocal

という関係がある.ここで N は双極子の数である.従って,原子分極率が大き くなると,双極子モーメントも大きくなり,イオンの挙動に大きな影響を与え る.理解を助けるために,式(1.3)にVashishta-Rahmanポテンシャルと呼ばれる銀 イオン導電体のシミュレーション計算でよく使用される経験的ポテンシャルを 示す[45].

( ) ( )

6 4

2 2 2

2

2 ) 1

( r

W r

e Z Z

r e Z Z A r

r n i j i i j j ij

n j i ij

ij + −

− + +

= σ σ α α

φ 1.3(1.3)

ここで,ijはイオン種を表し,σはイオン半径,αは原子分極率,Wは誘起双 極子あるいはファンデルワールス力を表す係数である.また,Zは価数,nは任 意の定数を表す.この式で考えると,原子分極率は二体間の相互作用を通して イオン伝導に影響を与える.言い換えるならば,原子分極率が大きければイオ ンが受ける電場の影響は増大し,化学結合が電場の影響をより強く受ける.電 荷がある原子の周りに局在化したイオン性と,電子を原子間の間に見出す確率 が高くなる共有性の性質を併せ持つ状態が高いイオン伝導を持つ所以である.

分極率が大きいと,結合性の揺らぎが大きくなり,イオン伝導性は増加する[18].

(13)

2. 非アレニウス型イオン伝導

2.1. 非アレニウス型イオン伝導に関する概要

多くの超イオン導電体のイオン伝導度は,アレニウス型と呼ばれる温度依存 性を示す.その振る舞いは



 

−

= k T

E

B 0exp σ

σ , 2.1(2.1)

で表される.ここで,σ0は定数,Eは活性化エネルギー,kBはボルツマン定数,

Tは温度である.式(2.1)の両辺の対数をとり,温度の逆数を変数として伝導度を プロットすると,傾き E の直線となる.この式に従わない振る舞いのことを非 アレニウス型イオン伝導と呼ぶ.

非アレニウス型イオン伝導には,いくつかのタイプが存在する.まず最初に,

図 2-1 に示すような高温領域でイオン伝導度の増加率が減少するタイプを紹介

する.このタイプでは,温度上昇に伴い,低温から予測されるアレニウス則に は従わないイオン伝導度の増加率の減少が起きる.

図 2-1 高温でイオン伝導度の増加率が減少するタイプの非アレ

ニウス型イオン伝導の概略図.縦軸は対数目盛.

(14)

Kincsらは,最適化を目指して合成されたいくつかの超イオン導電ガラスのイオ ン伝導度が一般的なアレニウス則に従わず,上記の非アレニウス性を示すこと を 報 告 し た[1]. 本 節 で は 典 型 的 な 例 と し て ,zAgI+(1-z)[0.525Ag2S+0.475 (B2S3:SiS2)]を取り上げる.この物質は,低温側では典型的なアレニウス則に従う.

しかし,ガラス転移温度に近い比較的高温の領域で,低温側のアレニウス則か ら予測される値よりも低い値を示す.これに伴って,活性化エネルギーは,低 温側から予測される値よりも低い値を示す.図 2-2に,Kincsらによる,いくつ かの物質におけるイオン伝導度を示す.図中に示されている Na 系と Li 系のイ オン導電ガラスと比較すると,zAgI+(1-z)[0.525Ag2S+0.475 (B2S3:SiS2)]は明らか に,高温になるにつれてアレニウス則から逸脱していく事が分かる.また,AgI の組成を増やすに従って,非アレニウス的振る舞いが顕著になることも分かる.

この図から活性化エネルギーを読み取ってプロットしたものが図 2-3 である.

0.8Na2S+0.2B2O3においては,高温領域まで活性化エネルギーは一定である.一

方 ,0.56Li2S+0.44SiS2 ,0.7Li2S+0.3B2O3 お よ び ,zAgI+(1-z)[0.525Ag2S+0.475 (B2S3:SiS2)]では,高温になるにつれて活性化エネルギーが減少していることが分 かる.

図 2-2 いくつかの超イオン導電ガラスにおけるイオン伝導度の

(15)

図 2-3 いくつかの超イオン導電ガラスにおける,活性化エネルギ ーの温度依存性[1].

一方,ガラス転移温度は, 593(K)(z=0),576(K) (z=0.1),548(K) (z=0.2),525(K)

(z=0.3),501(K) (z=0.4)であり,AgIの組成比の増加と共に融点が下降し,非アレ

ニウス型イオン伝導は低温でも観測される程度に曲がり方が大きくなる.

zAgI+(1-z)[0.525Ag2S+0.475(B2S3:SiS2)]と 同 様 の 傾 向 を 示 す 物 質 と し て , zAgI+(1-z)[0.5Ag2S+ 0.33B2O3 + 0.17GeS2)]がある.この物質に対して行なわれた DSCによる熱流の測定結果を図 2-4に示す[5].ガラス転移点直下において,熱 流はAgIの組成を増やすと共に減少傾向に転ずることが分かる.

(16)

図 2-4 zAgI+(1-z)[0.5Ag2S+0.33B2O3+0.17GeS2)]に お け る DSC

thermogramによる熱流の測定結果[5].

このことから,ガラス転移温度と非アレニウス性には何らかの関連性があるこ とが示唆される.しかし,この現象が観測されるのは,一部の超イオン導電ガ ラスについてである.さらに後で見るように,非アレニウス型イオン伝導はガ ラス以外の物質,つまりガラス転移温度を示さない物質でも観測されるので,

ガラス転移と非アレニウス性の関係だけを議論するには注意が必要である.

ここで議論しているタイプの非アレニウス型イオン伝導を示す物質は,先ほ ど示した物質だけではない.結晶,他のイオン導電ガラス,ポリマー,コンポ ジッド型導電体でも非アレニウス性を示す物質は存在する.他のイオン導電ガ ラスの例として,zAgI+(1-z)[xAg2S+(1-x)(B2O3+1GeS2)]を挙げることができる.

この物質については参考文献[5]にあるように,Ion trappingモデルを用いた詳し い解析が行われている.結晶では Li0.5La0.5TiO3[6],ポリマーの例としては,

Polyorganophosphazene[7]やPEO–LiCF3SO3[8]等が挙げられる.

Ribesらは,Argyrodite(銀,ゲルマニウム,硫黄を含んだ化合物)系物質について研

究している[6].Argyrodite 系物質は銀イオン導電体であり,その多くが非アレニウス 型イオン伝導性を示す.従って,非アレニウス型イオン伝導を考える際には良い物質 系であるといえる.Argyrodite系物質のひとつである結晶性のAg7GeS5Iと,ガラス性

の 0.5Ag S-0.5GeS を例にとって,結晶とガラスの非アレニウス型イオン伝導の違い

(17)

ることが分かる.また,Ag7GeS5Iを例に,VFT(Vogel–Fulcher–Tammann)式を用いて フィッティングした例を図 2-6に示す.VFT式は,液体やガラスにおけるイオン伝導度 の温度依存性の解析でよく使われるが,結晶の非アレニウス型イオン伝導の実験値 も良く再現することが図 2-6からわかる.

図 2-5 結晶(Ag7GeS5I)とガラス系(0.5Ag2S-0.5GeS2)超イオン導 電体におけるイオン伝導度の比較[6].

(18)

図 2-6 結晶性超イオン導電体 Ag7GeSI でのイオン伝導度の実験 値(o) とVFT則によるフィッティング(実線)[6].

次に,結晶性の超イオン導電体Na-βアルミナについて考える.図 2-7にNa-β アルミナにおけるイオン伝導度の温度依存性を示した.図 2-7 の上図と下図に 示すように,若干値が異なる値が報告されている.VFT 則を用いてフィッティ ングしたものが図 2-7(上)であり,広い温度範囲に渡って良い一致を示す.この ときのパラメータはEa=0.09eV,T0=85K であった.データは Rothらの文献[47]

から取った.これに対して,図 2-7(下)[48]に示す Bates らによる結果は,VFT 則では高温領域しかフィッティングが出来なかった.Batesらの結果は,二つの 温度領域に分けて考えるのが適当である.低温領域ではアレニウス則を用いた 方が適切であり,そのときの活性化エネルギーは0.31eVであった.高温領域で は VFT 則の方が適切であり,このときのパラメータは Ea=0.02eV,T0=340K で あった.これらの結果から,βアルミナにおけるイオン伝導度は,全温度範囲に わたる非アレニウス性または部分的な非アレニウス性によって特徴付けられる と予想される.

(19)

図 2-7 Na-β アルミナにおけるイオン伝導度の温度依存性.上図

がRoth,下図がBatesらによる実験結果を表す.実線はフィッティ

ングしたVFT則とアレニウス則を表す.

ここで重要な事は,T0 がどのような物理的意味を持っているかである.通常の 液体を考えた場合,VFT則におけるT0は理想的なガラス転移温度を表すが,非 アレニウス型イオン伝導度をフィッティングした場合の T0は以下のような意味 を持つことが考えられる[6].

T0は,疑液体状態のカチオンが形成する副格子の理想的なガラス転移温度を 表す.

T0はカチオン同士の共同運動が始まる特徴的な温度を表す.

T0は結晶性超イオン導電体中におけるカチオン副格子が,エネルギー的に安 定した不均一な原子配置をとる温度を表す.ただしこの場合の原子配置とは,

統計的な結果としての原子配置である.

上記のことから,結晶性超イオン導電体における非アレニウス性はカチオンの 乱れと関係する現象だと考えられる.

(20)

ガラス状超イオン導電体の非アレニウス型イオン伝導と VFT 則の関係を

0.5Ag S–0.5GeSを例にとって考える.図 2-8は0.5Ag S–0.5GeSにおけるイオン

伝導度の温度依存性を,異なるパラメータを用いてVFTでフィッティングした 図である[6].上図は高温領域でアレニウス則から大きな逸脱を示す領域のみを VFTでフィッティングしたものである.このときの値はEa=0.07eV,T0=156Kで あった.また,低温領域における活性化エネルギーはアレニウス則で0.34eVで あった.これに対して,下図は全温度範囲をVFTのみでフィッティングした図 である.このときのパラメータは Ea=0.14eV,T0=87K であった.これらの図の 比較から,より正確なフィッティングには,VFT 則とアレニウス則を温度領域 ごとに使い分ける方が良いことが分かる.ガラスにおいても,非アレニウス性 が現れる要因は可動イオンの副格子融解と深く関係していると考えられる.

図 2-8 0.5Ag S–0.5GeSにおけるイオン伝導度の温度依存性.上図

は高温領域のみをVFT則でフィッティングしたもの,下図は全温 度範囲にわたってVFT則を適用したものである.記号は実験値を 表す[6].

(21)

2.2. 銀ハライド系における非アレニウス伝導

非アレニウス型イオン伝導には,上で記述したものと逆の振る舞いを示すものも存 在する.例えば,β相でのAgIの振る舞いがそうである.図 2-9にその典型例として,

Leeらによる β-AgI におけるイオン伝導度の温度依存性を示す[20].イオン伝導度の 温度依存性を議論するとき,イオン伝導を表す量としてイオン伝導度に温度をかけた 表示もある.図 2-10は,その場合でもこの非アレニウス的な性質が現れることを示し ている.図 2-10 には複数の研究者による測定結果が縦軸を σT としてプロットしてあ る.

図 2-9 β-AgIにおけるイオン伝導度の温度依存性[20].

(22)

図 2-10 Cochrane,Cava,Govindacharyuluらによるβ-AgIにおけ るイオン伝導度の温度依存性の実験値[21]-[23].図中におけるThis workの黒線はLeeらによる測定値を表す[20].

図 2-9 および図 2-10 から分かるように,縦軸が σ,あるいは σT であるに関わ

らず,温度上昇に伴ってイオン伝導度の増加率が上昇していることが分かる.

測定値を詳しく見ると,α相への転移温度直下ではイオン伝導度は大きく変わっ ているのに対し,低温側では,低温極限での活性化エネルギーから別の活性化 エネルギーへ連続的に変化していることがわかる.β-AgIについては,c軸方向 で 2段階程度の活性化エネルギーの切り替わりが見られ,ab 面方向では一定で ある.高温では,両方向の値が融合し,活性化エネルギーは等方的になる.図 2-11 に,各測定結果から導出された活性化エネルギーの変化を示した.この図から も活性化エネルギーが段階的に変化した後,等方的に変わり続けることが分か る.また,このような傾向を示す物質は,AgIの他に,AgBr,AgCl,PbF2,SrF2

などがある.この第二のタイプの非アレニウス性には欠陥生成が深く関わって おり,多くは欠陥の化学の観点から議論されている.

(23)

図 2-11 図 2-9と図 2-10から導出されたc軸(a)およびab-plane(b) における活性化エネルギーの変化.

(24)

3. 非アレニウス型イオン伝導に対するモデル

3.1. 超イオン導電ガラスにおける非アレニウス型イオン伝導のモデル

第2章で示したように,超イオン導電体の中には非アレニウス型イオン伝導 度を示すものがある.本章では,非アレニウス型イオン伝導の物理的解明に関 する研究を報告する.非アレニウス型イオン伝導を記述する理論的モデルは少 なく,Ngai のカップリング理論[9],Martin らのイオントラッピング理論[4][5]

などがある.本研究では,超イオン導電ガラスでの非アレニウス型イオン伝導 を記述する一理論として,Zwanzigによる仮定を基本とした理論を提案し,非ア レニウス性が現れる物理的要因を探る.その後,本理論がガラスだけでなく,

結晶,高分子,コンポジットにも適用できることを示す.超イオン導電ガラス は,構造が不規則,等方的であり,かつ可動イオンが液体レベルのイオン伝導 度を持つため,イオン伝導の動的性質を記述するためには液体モデルが有効で ある.なお,本節の研究は文献[49]に掲載されたものである.

第1章で述べたように Zwanzig による基本仮定を用いると,物質中の可動イオ ンの自己拡散係数は式(1.2)で与えられる.Tankeshwar らが行なったように[15], この式に対してアインシュタイン近似を行うと,

2

1 ω2τ τ

= + M

T

D kB , 3.1(3.1)

と書き直すことが出来る.ここで,式(3.1)の中の振動数は,全粒子が持つ平均的 な振動数という意味に変わる.この式によると,系のミクロな情報はアインシ ュタイン振動数と緩和時間の二つの量に含まれる.

上記のモデルからイオン伝導度を導出するため,物質中のイオン伝導度を表 す表現として,ネルンスト・アインシュタインの関係式

µ

σ =nZe , 3.2(3.2)

を用いる.ここで,n はキャリアー数,Z は価数,e は素電荷,μ は移動度であ る.キャリアー数については,熱活性化型の形に直す必要がある.キャリアー 数はボルツマン分布に従うので,

(25)



 

−

= k T

n E T n

B

exp n

)

( 0 , 3.3(3.3)

となる.n0 は高温極限でのキャリアー数に対応した定数,En はキャリアーを生 成するのに必要な活性化エネルギーである.一方,移動度については,自己拡 散係数と次式の様な関係にある.

T D fk T Ze

B

= )

µ( . 3.4(3.4)

ここで,fはハーベン比と呼ばれる,拡散係数とイオン伝導度の比に対する補正 を与える因子である.式(3.4)に式(3.1)を代入すると

2

1 2

)

( ω τ

µ τ

= + fM

T Ze , 3.5(3.5)

が得られる.式(3.5)によって,アインシュタイン近似によるZwanzigモデルに基 づくイオン伝導度の式を導出することが出来る.さらに改良を加えるため緩和 時間について考える.緩和時間の逆数はジャンプ頻度と関係する.ジャンプ頻 度は可動イオン周りの環境を反映して決定されるため,温度変化に対して敏感 であることが予想される.従って,熱活性化型の頻度因子の表現



 

−

= k T

A E

B

τ exp τ

1 , 3.6(3.6)

を用いる.ここで A は定数,Eτは拡散に必要な活性化エネルギーである.ジャ ンプ頻度の温度に対する振る舞いは,計算機シミュレーションによっても議論 されており,その結果からもこの式の形は妥当であると言える[19].式(3.2),(3.3),

(3.5),そして(3.6)を組み合わせることによって,イオン伝導度に対する次の式を

得る.

1 2

0 2

2 2

exp 1

) exp

(



 

 

 

 + 

×

 

− −

= k T

A E T

k E E fMA

n

Ze n τ ω τ

σ . 3.7(3.7)

(26)

この表現は,後に示すように非アレニウス則の振る舞いを良く再現する.特に,

ω2A-2exp(2Eτ /kBT)>>1が成り立つ様な場合,



 

− +

= k T

E E fM

A n Ze

B n L

ω τ

σ ( ) exp

2 0 2

, 3.8(3.8)

と書ける.式(3.8)は単純なアレニウス型のイオン伝導を与える.言い換えると,

条件ω2A-2exp(2Eτ /kBT)>>1が満足されなければ非アレニウス型イオン伝導となる.

式(3.8)は,低温極限でのアレニウス則の振る舞いに対応し,活性化エネルギーは

En+Eτで与えられる.つまり,当モデルにおいては,低温領域の活性化エネルギ ーはキャリア生成に必要なエネルギーと拡散に必要なエネルギーの和で与えら れる.図 3-1は,AgI+(1-z) [0.525Ag2S +0.475(B2S3: SiS2)]におけるイオン伝導度

を式(3.7)を用いて再現したものである.この図から,当理論は実験値と良い一致

を示すことがわかる.ここで使用したフィッティングパラメータを

3-1に示す.ここで,ハーベン比については典型的な値0.5を用い,活性化エ ネルギーについては,En=Eτとした.しかし,これは後に分かるように良い近似 ではない.En=2~3Eτ程度が妥当なフィッティングである.

式(3.7),(3.8)から,振動数と緩和時間の積ωτが1に近づくほどイオン伝導度

の増加率が減少することが分かる.次節では,ωτがもつ物理的意味を議論する.

(27)

図 3-1 超イオン導電ガラス zAgI+(1-z) [0.525Ag2S +0.475(B2S3: SiS2)]におけるイオン伝導度の再現.実線は理論式(3.7)による予測 を表し,実験データはそれぞれ組成ごとにマーカーで表す.

n0 1028

× [m-3]

En+Eτ/2 [eV]

Eexp/2 [eV]

A

1015

× [s-1] ωA-1

103

×

z=0 2.2 0.148 0.165 6.0 10

z=0.2 2.5 0.137 0.155 6.3 9.7 z=0.3 2.7 0.126 0.140 8.2 7.2

z=0.4 2.9 0.116 0.125 12 4.8

表 3-1 zAgI+(1-z) [0.525Ag2S +0.475(B2S3: SiS2)]におけるフィッテ ィングパラメータ.

3.2. ホッピング伝導による拡散

当理論で予測される高温領域におけるイオン伝導度の上昇率の変化は,ホッ ピング伝導機構による拡散と密接に関係している.本節では,その理論的背景 を紹介する.

液体中の拡散係数は,ホッピング伝導機構の議論を用いると次式で表すこと ができる.

(28)

ts

D l 6

= 2 . 3.9(3.9)

ここで,l は平均ステップ距離,tsはステップ時間の間隔である.三重点近傍に おける拡散係数は一般的な液体についてほぼ D10-5cm2/s であることが分かっ ている.もしも,結晶中のイオンがこの値とるのであれば,各パラメータはそ

れぞれ l≈3Å,ts≈10-11~-12s 程度になることが要請される.これは,平均ステップ

距離は原子間の間隔に近くなるような値をとらねばならないという制限が付け られるためである.拡散のステップ時間を具体的に評価することは困難である が,この時間は粒子運動の記憶時間に相当することから,格子振動の寿命と関 連して考えることが出来る[41].図 3-2は,古典粒子系の自己中間散乱関数

) ( ) 2 (

exp 1 ) ,

(Q t Q2w t O Q4

Is +

 

−

= ,

の第一項目の時間に対する依存因子w(t)を縦軸に,時間を横軸にとってプロット したものであるが,関数w(t)は記憶時間を与え,原子がどれだけ記憶を引き継ぐ かを表す.この図は格子振動がその原子の位置をぼかすまで,すなわち原子の エネルギーが他の原子に分配されるまでの時間を表し,振動は約 10-12秒後に減 衰することが表現されている.一方,図 3-3 は融点付近におけるフォノンの分 散曲線を表した図であるが,高い振動数のフォノンは1012s-1である.

(29)

図 3-2 結晶格子における記憶時間[41].

図 3-3 融点付近におけるフォノンの分散曲線[41].

従って,結晶格子中の場合,最小のステップ間隔時間tsは10-12s程度であり,ス テップ距離 l と組み合わせると,結晶中の最大の拡散係数として約 10-5cm2/s と

≈10-12[s]

≈1012[s-1]

(30)

飛び移るのに十分な熱エネルギーを蓄え,飛び移った後にその余分のエネルギ ーを周囲に配分する.これらのことから,結晶中でのホッピング伝導による拡 散係数が最大値であるD=10-5cm2/sとなるとき,エネルギーの吸収と分配がほと んど同時に起こると考えられる.つまり,ホッピングした後,直ちに再びホッ ピングするのに充分なエネルギーを蓄えることが出来る状態が実現され,ほと んど連続的に拡散する.固体中において,原子がほぼ連続的な拡散をするとき,

周囲の環境として重要なのが空孔の生成である.可動イオンが連続的にホップ するためには,可動イオンの周りに絶えず拡散可能な空孔が生成され,そこに 移動しなければならない.ある可動イオンが拡散したら,元にあったサイトに 直ちにその次の可動イオンが次々に進入するような,キャタピラー輸送,また は共同運動が実現されていると考えられる.この描像は第 2 章で示した Ribes らの考えと同じである.また,三重点近傍での固体,過冷却液体状態,及びガ ラス状態にある物質において,可動原子が持つエネルギーが同程度となること から,この議論はこれらの物質群で有効であると考えられる.以上のことを踏 まえて,当理論を考え直すことにする.当理論では,振動数とステップ時間の 積は次の式で与えられる.



 

= 

T k A E

T f

B

ω τ

ωτ exp

) / 1

( 1 . 3.10(3.10)

zAgI+(1-z) [0.525Ag2S +0.475(B2S3: SiS2)]におけるf(1/T)とイオン伝導度の温度依 存性を比較したものを図 3-4に示す.この図から明らかなように,f(1/T)が1に 近づくと非アレニウス的傾向が出現することが分かる.以上のことから,今回 注目した超イオン導電ガラスでは,非アレニウス的振る舞いを示す温度付近で,

イオンの拡散挙動が典型的な跳躍拡散からより連続的な拡散に切り替わること が示される.

前節,及び本節の議論をまとめると次のようになる.

・ Zwanzig モデルを基本とした当モデルにおいて,緩和時間に古典的なジャン

プ頻度の表現を与えることにより,精度良く非アレニウス型イオン伝導の再 現が可能となる.

・ 温度上昇に伴うジャンプ頻度の増加がイオン伝導の増加を引き起こす.可動 イオンがトラップされているサイトでの振動数と緩和時間の積が1に近づく ほど,跳躍拡散での最大移動に近づき,イオン伝導度の増加傾向は緩やかに

(31)

なる.当モデルでは,非アレニウス型イオン伝導は,ジャンプ拡散と連続拡 散の切り替わりによって引き起こされる.このとき,可動イオンは共同運動 的な振る舞いを示すと考えられる.

図 3-4 zAgI+(1-z) [0.525Ag2S +0.475(B2S3: SiS2)]に お け る f(1/T)(上)とイオン伝導度(下)の比較.

(32)

3.3. 非アレニウス型イオン伝導に対するモデルの固体電解質への応用

ここでは,熱活性化型のジャンプ頻度を与えた Zwanzig モデルを結晶や高分 子を含めた色々な固体電解質にも適用してみる.本モデルは基本的に,非晶質 系を扱うのに有効である.結晶についてもマクロ量であるイオン伝導度や拡散 係数の評価には適用できる.また,軸方向ごとに独立した統計平均を取れば異 方性を含めた議論にも拡張できる.図 3-5 に,結晶,ガラス,高分子,コンポ ジット型物質のイオン伝導度の温度依存性を示す.この図から,非アレニウス 性が出現し始める温度やそのときのイオン伝導度,非アレニウス性の度合いが 物質に依存して幅広く分布していることが分かる.本節では,

・ 様々な固体電解質に対する,当モデルの応用範囲

・ 非アレニウス性に対する系統的な性質

・ 当モデルの変数と実験値との関係

を議論する.なお,本節の研究は文献[50]に掲載されたものである.

上記の議論を行なうため,結晶,ガラス,高分子,コンポジット型超イオン 導電体からいくつかの物質を選び,それぞれに便宜上のラベルをつけた.ラベ ルと物質の対応は以下のとおりである.

cry1: Li0.5La0.5TiO3 [24]

cry2: Ag7GeS5I [6]

glass1: zAgI+(1-z)[xAg2S+(1-x) (0.67B2O3+0.33GeS2)](z=0.3x=0.5)[5]

glass2: 0.5Ag2S-0.5GeS [6]

glass3:0.5 Li2S + 0.45 GeS2 +0.05la2S3(glass3)[25]

poly1: polyorganophosphazene[8]

poly2: PEO–LiCF3SO3[7]

com1: α-AgI (in glass matrix) [26]

com2: 82AgI-13.5Ag2O 4.5B2O3[27]

com3: xAgI(100-x)[0.5Ag2O+ 0.5MoO3](x=50)[28]

(33)

図 3-5色々な物質における非アレニウス型イオン伝導.

改良型Zwanzigモデルを使用すると,可動イオンのイオン伝導度が

1 1

0

exp 2 1

exp



 

 

 

 + 

×

 

− −

= k T

X E T

k E X E

B B

n τ τ

σ , 3.11(3.11)

となることは前節で示した.この式は式(3.7)の変数を次のようにまとめたもので ある.

2 2 1 0 2

0 =( ) , X = A

fMA n

X Ze ω .

この表現は,低温領域では典型的なアレニウス則,高温領域では非アレニウス 的な振る舞いを示す.

実験結果を良く見ると,非アレニウス型イオン伝導は,高温側(i=H)と低温側

(i=L)で異なるパラメータを持つアレニウス則



 

−

= kT

si Ei

i exp

σ , 3.12(3.12)

(34)

を比較すると,以下の関係式が導かれる.

, 2 , 2

, 1

0

H L L

H n L H H

E E E

E E E

s X s s

X

+ =

=

=

= τ . 3.13(3.13)

式(3.13)を用いると,

3-1 で与えられた活性化エネルギー等のパラメータが変化する.振動数やキ ャリア数の高温極限での値は X0X1にまとめられる.前節では,活性化エネル ギーEnおよびEτは外から与えられたものであったが,今回は実験値を2つのア レニウス則で再現したときの各パラメータから導く.

3-2がその結果である.

En [eV] Eτ [eV]

z=0 0.2 0.11

z=0.2 0.17 0.090

z=0.3 0.16 0.082

z=0.4 0.15 0.080

表 3-2 zAgI+(1-z) [0.525Ag2S +0.475(B2S3: SiS2)]における式(3.13) から導出された活性化エネルギー.

式(3.11)を用いて,cry1,cry2 の実験値を再現したものが図 3-6 である.この 図から,非アレニウス型イオン伝導は明らかに2つのアレニウス則から成り立 っていることが確認できる.また,ガラス,高分子,コンポジットについては,

図 3-7にまとめて示した.このときに使用した活性化エネルギーの値は

3-3 に示されている.図 3-6,図 3-7 から,当理論は幅広い温度範囲で実 験値を再現することが分かる.

(35)

図 3-6 Li0.5La0.5TiO3(cry1:a),Ag7GeS5I(cry2 : b) におけるイオン 伝導度の実験値と理論(式(3.11))の比較.点線は各温度領域の振舞

(36)

図 3-7 ガラス(a),高分子(b),コンポジット(c)における実験値と

(37)

materials En(eV) Eτ(eV) EH(eV) EL(eV) cry1 0.35 0.095 0.25 0.44 cry2 0.21 0.089 0.12 0.30 glass1 0.15 0.049 0.1 0.20 glass2 0.28 0.093 0.19 0.38 poly1 0.57 0.34 0.23 0.9 poly2 0.84 0.38 0.50 1.35

com1 0.3 0.14 0.16 0.44

com2 0.29 0.15 0.14 0.44 com3 0.18 0.060 0.12 0.22 glass3 0.21 0.18 0.03 0.38

表 3-3 いくつかの物質における,式(3.11)で使われる活性化エネ

ルギーの値.

図 3-8 EH/ELEn/Eτの関係.

(38)

ここで,非アレニウス性の大きさをEH/ELで定義する.この値は,非アレニウ ス性が大きいほど小さい値を示す.図 3-8 に,キャリア生成と拡散に必要な活 性化エネルギーの比En/Eτと非アレニウス性の大きさの関係性を示す.この図か ら,EH/ELEn/Eτには明らかな系統的性質が見られ,En/Eτが小さいほど非アレ ニウス性が大きいことが分かる.また,結晶,ガラス,高分子,コンポジット という分類でみると,各物質の値はランダムに分布しており,非アレニウス性 の大きさとこれらの分類法には相関が無いといえる.

次に,非アレニウス性の温度依存性について調べる.非アレニウス型イオン 伝導が出現することは予測可能か?という疑問に答えるための研究である.式

(3.10)から,非アレニウス性の出現には緩和時間と振動数の積が重要であること

がわかる.このことをより直感的に理解するために,実験結果のみから導ける 目安の温度を定義して,非アレニウス性の出現を容易に予測できる方法を考え る.前述の様に,非アレニウス型イオン伝導は2つのアレニウス則の組み合わ せによって構成されている.この事実から,非アレニウス型イオン伝導が出現 し始める温度の目安T1を以下の様に定義できる.



 

= −

L B H

L H

s k s

E T E

ln 1

1 . 3.14(3.14)

この式は,高温と低温における2つのアレニウス則を組み合わせたものである.

活性化エネルギーの変化率は T1付近で大きい.与えられたパラメータを基に,

T1を計算したものが表 3-4である.

materials T1(K)

cry2 188

com1 227

com2 237

cry1 259

glass1 259

poly1 297

poly2 305

glass2 318

com3 334

(39)

また,式(3.14)と式(3.13)から以下の表現が得られる.

(

2 2

)

1 ln

2 1

= k A

T E

Bτ ω . 3.15(3.15) この式からT1Eτに比例し,ln(ω2A-2)に反比例することが分かる.しかし,図 3-9 に示すように,両変数を横軸にとってプロットしてもT1に系統性は見出せない.

このことから,当モデルで予測されている通り,振動数と緩和時間の組み合わ せが重要な因子であると考えられる.後述の式(4.9)を用いて考えると,Eτは確か にイオン振動数に依存していることがわかる.Eτ を詳しく分析してイオン振動 数の影響を調べることが出来れば,式(3.15)から有用な T1が得られるであろう.

同様に,式(4.9)から Eτは非調和項 f の関数であることが分かる.従って,非ア レニウス性が出現する温度は,非調和性の増大で低温側へシフトすると予想さ れる.

(40)

次に,系統的性質について,高分子に注目して考える.式(3.11)を用いてイオ ン伝導度を再現したものを図 3-10に示す.また,このとき使用したパラメータ

を図 3-10に示す.

図 3-10 いくつかの高分子におけるイオン伝導度の温度依存性.

シンボルは実験値を表し,実線は式(3.11)による理論曲線である.

En(eV) Eτ(eV) EH(eV) EL(eV) Polyorganophosphazene 0.57 0.34 0.23 0.90 PEO-LiCF3SO3(EO/Li=8) 0.92 0.42 0.50 1.35 PEO-LiCF3SO3(EO/Li=30) 0.86 0.40 0.50 1.35 PEO-LiCF3SO3(EO/Li=24) 0.84 0.38 0.50 1.35 PEO-LiCF3SO3(EO/Li=100) 0.85 0.40 0.45 1.25 PBAN-LiClO4(98.31 : 1.69) 0.69 0.24 0.45 0.93 PBAN-LiClO4(96.14 : 3.86) 0.83 0.39 0.44 1.23 PBAN-LiClO4(92.52 : 7.48) 0.84 0.54 0.30 1.38 PBAN-LiClO4(83.21 : 16.79) 1.04 0.58 0.46 1.63

表 3-5 いくつかの高分子における,式(3.11)で使われる活性化エ

ネルギーの値.

(41)

図 3-11 いくつかの物質における EnEτの関係.オープンシンボ ルは,結晶,ガラス等の高分子以外の物質群を表す.

図 3-12 T1に対する式(3.15)の変数Eτ依存性.シンボルの意味は,

図 3-11と同じである.

3-3,表 3-5 および図 3-11 から,高分子は EnEτが共に,他の物質群と比 べて大きい値を示すことが分かる.他の物質では T1が幅広く分布しているが,

(42)

る.それぞれの高分子がもつイオン伝導度の温度依存性は様々であるが,非ア レニウス型イオン伝導が出現し始める温度が似ているということは非常に興味 深い.より多くのデータを集めることによって,新たな系統的性質を見つけら れると予想している.

以上のことをまとめると以下の様になる.

・ 変形されたZwanzigモデルによって,ガラス,結晶,ポリマー,コンポジ ット型イオン導電体の実験値は精度良く再現できる.

・ 非アレニウス型イオン伝導は物質の形態に依存せず,一般的に起こりうる 現象である.非アレニウス型イオン伝導の出現は,サイト間の跳躍拡散か ら,より自由な液体のようなほぼ連続的な拡散に切り替わることに起因す る.

3.4. 拡散プロセスとイオン伝導度の変化

いくつかのイオン導電体では,温度上昇と共にイオン伝導度の変化率が「上 昇」するという,前節で議論した非アレニウス型イオン伝導とは逆の現象が報 告されている.本節では前節の非アレニウス型イオン伝導と区別するため,”上 昇型”という言葉を用いる.このような性質を示す物質としてβ-AgI,AgBr,AgCl 等の銀ハライドの他に,いずれも超イオン導電体(相)ではないが,超イオン導電 体と同レベルのイオン伝導度を持つものがある.通常,この上昇型非アレニウ ス伝導は欠陥化学の観点から格子欠陥の相互作用によるものとして議論され,

モデルの改良や改正が行われてきている.本研究では,欠陥化学,MD計算,実 験値から得られた内容に基づき,単純な Zwanzig モデルに改良を加えて議論す る.また,この改良型 Zwanzig モデルからこれらの物質が示す拡散現象の詳細 にどこまで迫れるかを試みる.まずβ-AgIについて考え,その議論から得られた 結果を他の銀ハライド系化合物に適用する.

モデルを考える前に,まず初めに,β-AgIの構造とイオン拡散について大まか に述べておく.いくつかの文献に基づき,拡散に関する構造と物性について紹

(43)

はいくつかの領域に分かれる.

図 3-13 β-AgIにおけるイオン伝導度.

それぞれの温度領域について,以下のことが分かっている[20].

A) Cube-root lawと呼ばれる,等方的な伝導メカニズムで記述される領域.この

領域では Cube-rootモデルに基づく欠陥の大きな増大が見られる.それに伴

い,可動イオンの分布は高い不規則性を持つ.

B) 異方性をもち,次の二つの拡散プロセスが支配的な領域.

・ c-軸方向に沿った,八面体チャンネルを介しての拡散プロセス.

・ ab-面に沿った,四面体と八面体チャンネルを介しての選択的な拡散プロ セス.

C) c-軸,ab-面の両軸方向にランダムな空孔生成が支配的な拡散プロセスをもつ 領域.c-軸,ab-面が共に同様の活性化エネルギーをもつ.ただし,c-軸には 四面体―四面体間の短い経路を含んだ迂回的な拡散経路しかないため,より 低いイオン伝導度を示す.

(44)

分かる.これは,温度上昇による可動イオンが持つエネルギーの増加によって,

より高いエネルギー障壁を持つサイトへの拡散が可能となるためである.

非等方的な物質に対して,等方的な改良型 Zwanzig モデルを適用するというこ とは,それぞれの軸方向ごとに,その軸方向の平均化された値がω, τ によって 与えられるということを意味する.統計平均を取った結果の値がそれぞれの値 に入るので,必然的に微細な拡散経路を定義することは出来ない.しかしなが ら,本質的に異なる独立した拡散プロセスをカウントすることは可能である.

もしも可動イオンの拡散プロセスに本質的な違いがあるならば,その拡散プロ セスの違いを考慮に入れてτ, ωの両値を吟味するべきである.ωについては,

まずは一定として,温度依存性が強く,周りの環境の情報を直接にモデルに反 映させるτについて考える.拡散の古典論でτの逆数はジャンプ頻度であり,次 式で表される.



 

−

= k T

E T

A

B i a

i i

1 exp

τ . 3.16(3.16)

ここで,a は定数である.式(3.6)と式(3.16)の違いは,前指数因子に温度依存性 があることである.単純な古典論の場合a=0[41]である.Meiらによる移動度の

表現[5]やKeyesらによるτの予測[13]ではa=0.5である.現象論的なイオン伝導

の式と整合性をとるためには a=1 を考える.ここでは,いずれの場合も考える ために任意定数とした.さて,β-AgIの各温度領域における構造的特長から,ジ ャンプ頻度を以下のように分けて考える.ここで,i =// (parallel to c-axis),⊥

(perpendicular to c-axis)とする.

i

i C

B

A τ τ

τ τ

1 1 1

1 = + + , 3.17(3.17)

つまり,各温度領域で主要な拡散プロセスを,それぞれが独立の拡散プロセス として考えるということである.式(3.16),(3.17)を用いて式(3.5)を書き直し,簡 単な計算を行うと,次の新しいイオン伝導度の表現



 +

=





 + +

= j En Ej

T Ze n

1 exp 1

) 1 ) (

( 2 σ

τ τ τ

σ ω , 3.18(3.18)

図   1-1 AgCl , AgBr および AgI のイオン伝導率の温度変化. T m は 融点 [2] .
図   1-4 β -Ag 2 S における銀イオンの分布マップ.上図が温度 T=186K ,下図が T=325K のときの分布を表す [11] .
図   2-2 いくつかの超イオン導電ガラスにおけるイオン伝導度の
図   2-3 いくつかの超イオン導電ガラスにおける,活性化エネルギ ーの温度依存性 [1] . 一方,ガラス転移温度は,   593(K)(z=0) , 576(K) (z=0.1) , 548(K) (z=0.2) , 525(K)  (z=0.3) , 501(K) (z=0.4) であり, AgI の組成比の増加と共に融点が下降し,非アレ ニウス型イオン伝導は低温でも観測される程度に曲がり方が大きくなる. zAgI+(1-z)[0.525Ag 2 S+0.475(B 2 S 3 :SiS 2 )]
+7

参照

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