3. 非アレニウス型イオン伝導に対するモデル
3.4. 拡散プロセスとイオン伝導度の変化
る.それぞれの高分子がもつイオン伝導度の温度依存性は様々であるが,非ア レニウス型イオン伝導が出現し始める温度が似ているということは非常に興味 深い.より多くのデータを集めることによって,新たな系統的性質を見つけら れると予想している.
以上のことをまとめると以下の様になる.
・ 変形されたZwanzigモデルによって,ガラス,結晶,ポリマー,コンポジ ット型イオン導電体の実験値は精度良く再現できる.
・ 非アレニウス型イオン伝導は物質の形態に依存せず,一般的に起こりうる 現象である.非アレニウス型イオン伝導の出現は,サイト間の跳躍拡散か ら,より自由な液体のようなほぼ連続的な拡散に切り替わることに起因す る.
はいくつかの領域に分かれる.
図 3-13 β-AgIにおけるイオン伝導度.
それぞれの温度領域について,以下のことが分かっている[20].
A) Cube-root lawと呼ばれる,等方的な伝導メカニズムで記述される領域.この
領域では Cube-rootモデルに基づく欠陥の大きな増大が見られる.それに伴
い,可動イオンの分布は高い不規則性を持つ.
B) 異方性をもち,次の二つの拡散プロセスが支配的な領域.
・ c-軸方向に沿った,八面体チャンネルを介しての拡散プロセス.
・ ab-面に沿った,四面体と八面体チャンネルを介しての選択的な拡散プロ セス.
C) c-軸,ab-面の両軸方向にランダムな空孔生成が支配的な拡散プロセスをもつ 領域.c-軸,ab-面が共に同様の活性化エネルギーをもつ.ただし,c-軸には 四面体―四面体間の短い経路を含んだ迂回的な拡散経路しかないため,より 低いイオン伝導度を示す.
分かる.これは,温度上昇による可動イオンが持つエネルギーの増加によって,
より高いエネルギー障壁を持つサイトへの拡散が可能となるためである.
非等方的な物質に対して,等方的な改良型 Zwanzig モデルを適用するというこ とは,それぞれの軸方向ごとに,その軸方向の平均化された値がω, τ によって 与えられるということを意味する.統計平均を取った結果の値がそれぞれの値 に入るので,必然的に微細な拡散経路を定義することは出来ない.しかしなが ら,本質的に異なる独立した拡散プロセスをカウントすることは可能である.
もしも可動イオンの拡散プロセスに本質的な違いがあるならば,その拡散プロ セスの違いを考慮に入れてτ, ωの両値を吟味するべきである.ωについては,
まずは一定として,温度依存性が強く,周りの環境の情報を直接にモデルに反 映させるτについて考える.拡散の古典論でτの逆数はジャンプ頻度であり,次 式で表される.
−
= k T
E T
A
B i a
i i
1 exp
τ . 3.16(3.16)
ここで,a は定数である.式(3.6)と式(3.16)の違いは,前指数因子に温度依存性 があることである.単純な古典論の場合a=0[41]である.Meiらによる移動度の
表現[5]やKeyesらによるτの予測[13]ではa=0.5である.現象論的なイオン伝導
の式と整合性をとるためには a=1 を考える.ここでは,いずれの場合も考える ために任意定数とした.さて,β-AgIの各温度領域における構造的特長から,ジ ャンプ頻度を以下のように分けて考える.ここで,i =// (parallel to c-axis),⊥
(perpendicular to c-axis)とする.
i
i C
B
A τ τ
τ τ
1 1 1
1 = + + , 3.17(3.17)
つまり,各温度領域で主要な拡散プロセスを,それぞれが独立の拡散プロセス として考えるということである.式(3.16),(3.17)を用いて式(3.5)を書き直し,簡 単な計算を行うと,次の新しいイオン伝導度の表現
∑
+
−
=
+ +
= j En Ej
T Ze n
1 exp 1
) 1 ) (
( 2 σ
τ τ τ
σ ω , 3.18(3.18)
を得る.ここで,j= (A, Bi, Ci),σj = (Ze)2n0sj / fMω2である.この式を用いて,β-AgI の c-軸方向のイオン伝導度を再現したものが図 3-14 である.この図を見ると,
aの値に関係なく,他のパラメータを適切に選ぶことで実験値と良く再現出来る ことが分かる.
表 3-6 には,このとき使用したパラメータを載せているが,いずれの a の場合 であっても,活性化エネルギーの各値は一致することが分かった.σ1~σ3はa の 増加と共に大きくなるが,これはaを増加したことによって式(3.18)の前指数因 子の温度依存性が大きくなるためである.色々なaの値に対して式(3.18)の振る 舞いや活性化エネルギーが変わらないという結果から,全指数因子の温度依存 性は非アレニウス型イオン伝導に対して大きな影響を及ぼさないことがわかる.
従って,今後は便宜上a=0として考える.a=0とおいた場合のβ-AgIのc-軸方向 および ab-面方向のイオン伝導度を再現したものを図 3-15 に示す.このときの 活性化エネルギーは表3-7に与えられている.
図 3-14 β-AgI における c-軸方向のイオン伝導度の再現.シンボ
ルが実験値,線はそれぞれのaに対する式(3.18)の振る舞いを示す.
s1
(Scm-1Ka) s2
(Scm-1Ka) s3
(Scm-1Ka)
En+EA(eV) En+Ei(eV) En+Ej(eV)
a=0 4.0×108 9.9×103 3.6×10 1.0(1.0) 0.70(0.7) 0.55(0.5) a=0.5 9.1×109 1.9×105 6.5×102 1.0 0.70 0.55
a=1 2.0×1011 2.6×106 8.3×103 1.0 0.70 0.55 表 3-6 図 3-14 で使用した各パラメータ.( )内は実験値から求 められた値.
図 3-15 β-AgIにおけるc-軸方向およびab-面方向のイオン伝導度 の再現.シンボルが実験値,線はそれぞれのa=0に対する式(3.18) の振る舞いを示す.
図 3-16 AgBr(上)および AgCl(下)におけるイオン伝導度の式
(3.18)による再現.シンボルは実験値,点線は低温から予測される
アレニウス則,実線は理論曲線を表す.
En+EA(eV) En+EBi(eV) En+ECi(eV) β-AgI(c-axis) 1.0 0.70 0.55 β-AgI(ab-plane) 1.0 0.68 0.38
AgBr 1.4 0.74 ─
AgCl 1.5 0.91 ─
表 3-7 図 3-16で使用したAgBr,AgClにおける活性化エネルギ ーとβ-AgIの軸方向ごとの活性化エネルギー.
AgBr
AgCl
図 3-16にAgBrとAgClにおけるイオン伝導度を式(3.18)で再現したものを示し た.また,そのときに使用した活性化エネルギーの値は表3-7に与えられている.
両物質共に実験値と良い一致を得た.ただし,AgBr,AgClには,高温領域に対
応するRegime Aと,それより下の温度領域であるRegime Bの2つの領域でフ
ィッティングした.注目した 3 物質に対して,当理論は実験値と良い一致を示
すが,β-AgIのRegime Aには注意が必要である.β-AgIにおけるこの領域では,
空孔生成が温度に対して敏感なため,拡散プロセスの変化が容易に起きる.従 って,振動数及び活性化エネルギーの温度依存性も無視できないことが予想さ れる.また,空孔の著しい増加に伴い,可動イオンが落ち込むポテンシャルは,
低温領域に比べ高い非調和性をもつ.第 4 章で示すように,非調和性の増加は 振動数及び Eτ両方に影響を及ぼす.後述の式(4.9)にジャンプ頻度と非調和性の 関係が示されているが,この式から非調和性の増大はジャンプ頻度の増加と関 係していることが分かる.また,式(4.4), (4.9)から,非調和性の増大は振動数を 減少させ,それに伴い拡散係数や移動度の増加を引き起こす.
以上の結果から,上昇型非アレニウス型イオン伝導性に対して,以下のこと がいえる.
• ジャンプ頻度に対する表現を実験結果に基づく拡散プロセスごとに与え ることによって,実験値は当モデルで精度良く再現することが可能であ る.
• 温度増加によって可動イオンの持つエネルギーが大きくなり,よりエネ ルギー障壁の高いサイトへと拡散することが出来るようになるため,拡 散経路が増加する.
• イオン伝導度は,Regime Aを除いて徐々に増加する.これは,大きな構 造変化を伴わないため,拡散経路が徐々に変化することに起因する.
• 単純な跳躍モデルに基づく理論式を用いて,異方性まで含めた拡散プロ セスが分析できる.ただし,可動イオン周りの情報を平均的なジャンプ 頻度で取り入れるため,短距離や短時間の微視的な拡散プロセスまでは 記述できない.
• Regime Aでは,空孔生成が温度に対して著しく敏感なため,空孔の増加
に伴う活性化エネルギーおよび振動数の温度依存性を考慮する必要があ り,より精密な吟味が必要である.