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美術館教育における作品理解への手だてを探る

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(1)美術館教育における. 作品理解への手だてを探る. 兵庫教育大学大学院修士課程 学校教育観二究科 教科・領域教育専攻 芸術系コース(美術). M95705E 金子晴代.

(2) 目次. はじめに…・…………・…・・………………・・……・・…………・……………・・…・……………1. 第1章 美術館教育とは何か一一………・e…………一一・_一___..,3. 第1節 美術館の役割一…一一…・………・一……・一…………一・一一3. 1.法的位置づけからみた美術館の役翻…一一一一・一一一一一3 2.美術館数の増加の現状一…一………・・………一……・一……………・・…4 3美術館の公共性…一……・…・…・…………………・……………・・…一………・5. 4.H本における市民生活の変化と美術館の役割一一一……・……・・5 第:2簾 美術館における「教育」とは……一……・…・…一一……一7 1.生涯学習とは…一………・・_…____.______.______._7. 2.アメリカのレポートに見る美術館教育の理念一……………・一…8 3.美術館における公平性一………………………・………・一……………・・…8. 第3節 美術館教育における手だての実際一……………・…一………g. I美術館における教育・普及活動の具体例一一…………・一一一10 1.教育活動・………………・・一……………・一・……………・一…一………・……・10. 2.普及活動・……………_..______.____.._.______、__12. 11.セルフガイド、ワークシートの有効性一一………∵・…………13 1.セルフガイドの必要性…・…………一・一…一………・…………一…・・……13 2.セルフガイドの特徴……・………一・・…・一一…一・……………._...__15. 3.ワークシートの特徴……一一……・一…,一一一・一…………一._._18. 第2章 手だての必要性一一一一・・………一…一・一…一………・・…一一27 第1節 美術の鑑賞一………………………………・一一…一……・…一一127 1.鑑i二賞とは・・………・…………・…・…・……・………・…・・……・…………・…………・・…・27. 2鑑賞との混同……一一……・…一………・…・………一一…・…一………一・29 3理論の必要性……………・…………一一・……一一……・………一…一・・一31 4.鑑賞における手だての役割・・………………・……・………一・一・……一…32. 第2節 認知的特徴からみる手だての必要性一一…………・………32 1.理解不能の原因……一………・……………一・・………………・…………………33. 2規覚の働き一一一一一・……一一……・……一……一・一一…………・…33. 3視作用に関する二つの経験…一………一・…一…一……・…一一一…35 4,手だての必要性……一……一・一……一……・一一一一…’……”……37.

(3) 第3節 利用者の不安解決としての手だての必要性…一……一・38 1利用者の認知過程一………一…・一……___._____.___38 2利用者の不安・一一一一・一…一………一…一・・一・……………・一…・…一一40. 3.問題解決過程としての認知過程……一……一・……一……一・一一一42. 4利用者への具体的手だて一一一一…・一一一一一・…一…一一・一43 第3章手だての具体化にむけて一一一…一・……一……一・一…一一・46 第1節絵をみることに関する調査一…一………・………一一一・一・46 1調査の目的……………一・………一一…・……一一……・一一…………・…一46 2調査の方法………・………・……一…__。_____.______.__47 3調査結果一…………一・一………・……・”………………・……一………・一一…50. 4.手だてへの利用にむけて一…一一一・一一一一一・一一一一一・一55 第2節 ワークシー}の作成…一……一一・・…∴一………・…………・一58 1,作成の視点一……………・一一…………・一一…………・一……一……t…一58. 2.ワークシートの試作一………一一・………___.______、__60. 3.ワークシート作成における点検点……………一・…一………一・……72 4。まとめ…・……………・・……・………・…・……・・………….…’…………’…璽’…….…77. おわりに・・………………・・…∴…………’即……………”………’…論…e……………78. 付録一…………一・一…………・…・一…………一尋一一…………・…………一一…一83.

(4) はじめに. 海外の美術館では、先生や両親とともに子ども達が絵を囲んで楽しそうに語らっ ている場面に出会うことがよくある。ごく自然に絵と接しているそんな子どもたち の姿に、自分の子どものころの経験や日本の美衛館風景をおもいだし、なんともう らやましいと思ったことが、そもそもの私の研究の動機である。 しかし、数年前から日本においても、教育資源としての美乳歯が見直され、「美下 館教育」といわれる活動がある種のブームを形成しているように思われる。. ここで、日本での具体的な活動の現れを追ってみる。最初1970年後半から80年代 にかけて幾つかの美術館において、教育普及への取り組みがなされはじめていたが、. このこちは、まだ個々の美術館の意識ある担当者によるものにすぎなかった。そし て1990年、研究者たちの手による『美術館教育研究』が創刊され、寄稿形式を含む 小冊子という形がとられたことは、美衛館教育に対する意識向上とネットワ・・一一ク拡. 大の役割を担ったといえる。そのような継続的な流れがスタートし、文化団体や学 校教育との連携も試みられ、美術館教育を意識的に体系化していこうとする動きも でてきた。とくに1992年には、二つの国際シンポジウムが開催され、同じ年には教 科書出版を扱う会社から『ドーム(Document・of・Museum・Educati◎n)』という雑誌が刊. 行された。そして実際に鑑賞行為を援助するセルフガイドやギャラリー・トークを 準備したり、作晶理解を意識したワーク・ショップを企画したりしている美術館も 目にするようになった。このように、すすんだ欧米の手法を積極的に取り入れなが ら、それぞれの美術館が日本独自の在り方をみつけだしていこうと様々な試みがな されていることは、大変喜ばしいことである。. しかし美術館のそれらの活動は、まだまだ手探りの状態であることは否めないし、. 美術館の変化についての情報が得られていない人にとっては、未だ美術館は堅苦し く閉鎖的であり、特別な限られた人のための場所という印象は根強くあるようにも 思われる。. そういう意味からも、日本においては美術館教育の充実が急務であると思われる。 また、ここ数年の間で書店に並んだ「美術館教育」「美術館の運営」等に関する書籍. 1.

(5) の多さに、関係者や一般の人の関心の高さをみる思いがし、期待を隠せない。. 一方、書店においてこの美術館の在り方に対する関心と同様に、最近特に美衛作 品(とりわけ絵画〉の見方に関するものを目にする。特定の様式、ある一人の作家 に関する研究書や年代に沿ってまとめられた美術史といった今までの厳めしいスタ イルではなく、「絵画の見方」「絵画の読み方」といったマニュアル的なスタイルの. 本が登場し始めた。それもペーパーバックで比較的リーズナブルである。「絵画の見. 方」などと名付けられた本の大きな特徴としては、今まで一部の美の権威者にゆだ ねられた絵の接し方を一般の人にも公開していこうという点である。これらの書籍 群は、より見る者の能動的な態度を期待するような流れをつくってきているといっ てよいし、多くの人もそれを望んでいるとはいえないだろうか。 同様に、作晶と来館者との接点に目を向けた時、実際の美術館の作品を前に、「私. には美術はわからない」という言葉を往々にして耳にする。これまで、そういうフ ラストレーションに対し、あきらめてしまうか、無理矢理に納得するしかない観客 は何らかの手だてを求めているといえる。そして、そのような観客の要求と美術館 教育と呼ばれる活動には、深い関連性があるように思われる。. それらをふまえて、本研究では、そもそも美術館教育とはいかなる理念のもとに 行われているものであるかを考察し、その立場から、大多数をしめる美術の専門家 でない人たちに対して作品理解への手だてをいかに実現していけばよいかを探って いきたい。そしてこのことは、美術館における教育活動の具体策を考案していく際、. 形態のみの導入の危惧を避けるためにも必要であると考える。また、現在行われて いる美術館教育の活動をみていく中で問題点を探り、新たな手だての提案を行いた いQ. 2.

(6) 第1章 美衛館教育とは何か. 第1節 美心館の役割 いまや市晦村レベルで美衛館を擁するまでになってきている。手遣館という「建 物」が完成すれば、自分の住む町に血判館があるということかといえばそうではな い。美術館は、他の社会施設、例えば、橋や道路、公園等と同様ではない。.つまり、. 施設として不可欠なr捌という概念だけでなく、その「場」を活用して活動を行 う機関であり、組織体であるという認識が必要である。そして当然、社会の中であ る役割を分担しており、その機能が為されてこそ、美術館の存在が認められるので はないだろうか。. では、美函館の為すべき機能とは何であるかを、最近みられる美術館を取りまく 変化の背景を探るとともに、明らかにしていこうと考える。. 1.法的位置づけからみた美術館の役割 美術館が、その活動を通じて社会に対し何をすべきであるのかを探るわけである が、公共的な施設である美術館は「法」によって位置づけられている。そこでまず、 我が国においての美術館の法的位置づけから探る必要があると考える。. 美術館を含む博物館を位置づけている法律は「博物館法」(昭和26年公布、翌年 施行〉.である。「日本国憲法」(昭和21年)から、そこに至るまでには、「教育基本 法」(昭和22年〉、「社会教育法」(昭和24年)がある。. 教育基本法には「国及び地方公共団体は図書館、博物館、公民館等の施設の設置、 学校の施設の利用その他適当な方法によっての教育の実現に努めなければならない」. (第7条)Dとあり、教育目的実現を担う施設のひとつとして博物館をあげている。 それをうけた社会教育法にお穿ては、「図書館および博物館は、社会教育のための 機関とする」(第9条)と具体的に述べられている。. 博物館法はこれをうけたものであり、目的を「この法律は社会教育法の精神に基 づき、博物館の設置及び運営に関して必要な事項を定め、その健全な発達を図り、 もって国民の教育、学術及び文化の発展に寄与すること」(第1条>2)と示されてい. 5.

(7) る。. つまり美術館は、憲法から博物館法にいたる法的位置づけとして、「社会教育機関」. であり、社会に対しての役割としてはfその活動を通じて、国民の教育、学術及び 文化の発展に寄与する」博物館のひとつであることが分かる。. 博物館法に関しては、45年前の法律で現在の搏物館を規定することには問題があ るとの声もある。それほど博物館の状況は変化をしたといわざるをえない。その契 機となったのは、「生涯教育」の考え方が1965年のユネスコの成人教育に関する会 議において提言されて以来、我が国においても教育体制が変化を遂げたことといえ る。それに関連して、生涯教育に関連した答申のうち、「急激な社会構造の変化に対. 処する社会教育のあり方について」(1971社会教育審議会答申〉、「生涯教育につ いて」(1981 中央教育審議会答申〉、「博物館の整備・運営のあり方について」. (1990社会教育審議会社会教育施設分科会答申)において博物館が大きく扱われた。 3)例えば、1990年の報告では「これからの博:物館に課せられた課題は、ますます多. 様化し、高度化する人々の学習活動に的確に対応し、生涯学習を振興するための重 要な社会教育施設として機能していくことである」とされ、博物館活動の活性化と、 その基盤の整備が求められた。. また特に1990年の「生涯学習の振興のための施策の推進体制等の設備に関する法 律」の施行において、博物館が従来の学校教育の補充的機能としての存在から、「生 涯学習の中心的存在」へと期待されるようになったのである。. 2.美術館数増加の現状 生涯教育への関心の高まりを背景にしてか、近年における美術館を含む博物館数 の増加には著しいものがある。美術館数だけの推移をみても、戦前に28館であった. 美術館が急速にその数を増やしている。年代ごとにみると、1950年代の開館数は35. 館、60年代は87館、70年代は186館、80年代では8年間(∼87年)で237館と増加 のペースを速め4)、1991年には1年間だけで54館が開設されている。5)そして 1995年には美術館に相当する館数は645館6)となっている。. 4.

(8) 3.美術館の公共性 公立の美術館の場合、少なくともかなりの公金を投じて美衛館を薪設し、高額美 術品を買い、年々相当額の入権費や運営費を支出するからには、当然それに相応し、. 納得のいく理念が明確にされなくてはならない。大島は「譲受事業や上下水道整備 事業などと比較して、まったく同列の、あるいはそれ以上の必須性が公共事業とし て判然と確認されなかったならば、公立美術館は設立すべきではない」7)と指摘し. ている。日本の美術館はその点が曖昧なまま、設立されてきそいる等、このような 美術館設立ラッシュともいえる中で、作品購入の不透明感、運営・管理体制の不備、 地元とのジレンマなど日本の美術館の在り方に、様々な人が警告を与えている。8). 岩淵は「美術館の誕生」9>の中で、美術館の歴史的位置づけと社会的役割の変化 を辿りつつ、「革命によって美術晶を市民の手に勝ち取った」フランス、「建設当初. から美術品を公共財としてきた」アメリカに比べ、日本の美術館が「近代化に必要 な施設あるいは経済活動の象徴としてつくられた」のは、「ミュージアム=博物館・. 美術館」とは切っても切り離せない「パブリック=公共」の概念が、欧米とは異な った形で理解されているところに原因があるとしている。「近代美御館の誕生は、近. 代化の大きな文化的所産であり、近代市民社会における市民の精神的な絶対特権の 表出である。」’ o)それが、「日本においては大衆は求めずして、上からあたえられた」. のである。本来、美術館は利用者のものであるはずなのに、その認識が設立者側に も利用者側にも乏しいという岩淵の示唆は傾聴に値する。. 「開かれた美術館」を意識しはじめた今、美術館は誰のものであるかを再認識す る必要がある。. 4.日本における市民生活の変化と美術館の役割 しかし反面、地方の公立美術館がこれほどまで多く設立されていることは、巨額 の公金を投入してでもぜひ設立すべきであるという、ある感情が国民的要請となっ て、日本人の意識のなかに育っていることの表れととることもできるし、美術展も. しくは美術館に対する社会的需要が増大しつつあることも事実である。この社会的 現象は、総理府がまとめた「国民生活に関する世論調査」からもわかるように「心. 5.

(9) の豊かさ」や「ゆとり」を求める日本人全体の文化的志向の表れと解釈できる。11). 国民生活に関する意識調杏「心の豊かさ、物め豊かさ」 {%}. 57.2 53.0’. 496491496艶3 風0. 46,4. 49.3. 44、344.8. 46、5. T0 4U. 40. 42.2. しの醜力さ(注1). Sα。4α竃戴盟タ螂艶3鰻 4α44α9. ス_一一 満幅劇戦や編一 …側・・・…g3・7∀’へ畢塑 、、 怩Q7.3. 一2α01・9197. P,、1・7 1,,、、、. 1。51581501aO1巳31・31・・1・、・・…21・gl・6150150. 10. b. 0 45. 騨マ轡鴛習習讐賢鷺習曽鷲誓驚ll(資科)総理蔚広鰍室r則昆生橘に間する世論調査」(注〉1.物質的にある租度豊かになったので,これからは心の豊かさやゆとりのある生活をすることに重きをおきたい(注)2.まだまだ物質的な面で生酒を豊かにすることに重きをおきたい. 市民の消費生活の熟成化にともない、人々の意識は「物の:豊かさ」よりも「心の 豊かさ」に向かっている。このことは二つのことを示唆しているといえる。. まず一つは、人々が教養・娯楽・余暇等に関心を向け始め、これまでは特別な教 養人とよばれていた人たちのものだったものが誰でもが楽しめるものになったとい うことである。. もう一つは地域社会への関心ということで、少なくとも家庭内での生活には不自 へ 由しなくなったため、今度は豊かな社会生活を送るため、人々の目が地域の環境に 向き始めてきたということである。そのため美術館も地域づくりの重要な拠点とし て、地域資源としてのニーズに応えていかなくてはならなくなってきた。そのため 益々、美術館は単なる「場」の提供ではなく、利用者にどのように関わっていくか が亜:要となってくる。. 以上のことと関連して、確かに現在の美術館は変わってきたともいえる。以前の 美術館は、高尚なイメージがありどこか近寄りがたいものだった。美術館・博物館 といえば、珍しいものや芸術性に優れたもの、あるいは歴史的に価値のあるものを 見ることがおもな利用目的であった。つまり、「特別なもの」を見る「ハレ」の体験. にその楽しみがあった。このことは・日本だけに言えることではなくウフランスで. fi.

(10) の調査報告でも同様である。12)しかし、今や作晶は都市空悶にあふれている。そ の点からも本来の博物館の在り方を問い直す必要がある。博物館が箱だけでない、. 多様な交流の場として捉えられなければならない。美術館は、文化の殿堂から、生 涯学習の拠点としての万人の学習の場であるという立場に変わってきたと捉えられ る。. 第2節 美術館における「教育」とは 美術館とは「収集・保存、教育、研究」を総合して行う社会教育機関であった。. そして美術館の目的、三つの働きの統合の意義は、利用者のために帰せられなけれ ばならないことを確認した。また、生涯学習の場としても十分に活用されなければ ならない。【. そこで、ここでもう一度、生涯学習の意義を含めながら、美術館における「教育」 とは何であるかを探ってみたい。. 1.生涯学習とは 生涯学習の提唱は、ユネスコ(国際教育科学文化機関)の成人教育部長ポール・. ラングランによって為された。この提唱は、「『時期』や陽』による制約から学習 を開放し、いわゆる、いつでも、どこでも学ぶことが可能な社会を実現し、人々が 自分の人生を自己教育し、自己形成し、進歩させることができるという人生の開放 を内容」13)としている。そしていわゆる、人々の生涯の各期において学習需要に. 応じた学習機会、学習情報が提供されるなどの条件整備が行われることが要請され ている。. その意味からも美術館・博物館は、他の教育分野(学校・家庭教育など〉をも含 んだ、教育的役割が強調される。. また、生涯学習とは受身の姿勢ではなく、個人が自発的に自由に行う形態のもの である。今日でもまだ「教育」という意味が上から下へ教え授けるといった古いイ メージをひきずっているケースも見かけるが、「教育」の主体者は受ける立場の側に. あることを再認識しておくことが重要であり、主体者が自ら学ぶことに対して側面. ?.

(11) からの支援を行うことが美術館・博物館における「教育」である。. 2.アメリカのレポートに見る美衛館教育の理念 1989年に設置されたアメリカの博物館教育短策委員会は『卓越牲と公平性1博物 館の教育と公共性』というレポートを1992年に、博物館の教育的役割に関する最初 のレポートとして発表した。その申で、博物館は「公共サービスを行う教育機関で ある」との新しい定義づけをしてvる。更に教育は教育部という枠を超えて博物館 全体の役割として捉えられており、教育(=公共サービス〉を博物館のあらゆる活 動の最終目標として位置付けている。. このレポートでいう卓越性とは、博物館の伝統ある知的厳密さと高度な学識に裏 付けられた教育の質的保証を意味し、また、公平性とは、公衆の多様性(文化的、. 知的、環境、社会的、経済的、民族的、国籍、性的、教育的、世代的)に配慮した 教育の機会均等を意味する。14). アメリカ社会と日本社会を同一視することはできないものの、極めて重要な視点 であると思われる。そこで次に日本において、求められている公平性について考察 する。. 3.美術館における公平性 ここでは、美術館でサービスを受けるべき権利をもつ市民について考えていく。 世界人権宣言には「すべての人は、自由に社会の文化生活に参加し、芸術を鑑賞し、 および科学の進歩とその恩恵にあずかる権利」(第27条第1項)と「文化的生活に参. 加する権利」を有するものだと規定されており、現代的人権として文化への権利は すべての人が有していると確認している。日本の美術館の有り様の中で疎外されて きたとして、視覚障害者や児童がよく挙げられ、現在見直されてきている。まず、 法規の上から両者の権利を確認し、実状を確認しておきたい。. 障害者の権利に関する宣言の中では「障害者は、その人問としてその尊厳が尊重 される権利を生まれながらに有する。障害者は、その障害の原因、性質、程度のい かんを問わず、同年齢の市民と同一の基本的権利を有する。(後略)」 (第3項)15). e.

(12) とあり、また児童の権利に関する条約の中でも「締結国は、児童が文化的及び芸徳 的な生活に参加する権利を尊重しかつ捉進ずるものとし、文化的及び芸術的な活動 及びレクリエーション及び余暇の活動のための適当かつ平等な機会の提供を奨励す る」(第31条第2項)’6)とされ、両者の文化を享受する権利を積極的に認めている。. 美衛は、視覚芸衛であるため、特に視覚に障害をもつ人たちにとっての「美術を 見る権利」は、理解されないものだった。目の見える者が視覚を通じて、触感を得 るように、目の見えない者が触覚を通じて、それを楽しみ視覚的映像を取り入れる. こともできる。そうであれば、視覚障害者にとっても、視覚芸術として意味をもつ ことである。また、視覚芸術であることにこだわらなくとも、視覚を使わずその作 品から感じ得るものはあるかもしれない。徐々にではあるが、そのような人々への 敷居を下げる努力と工夫、意識の変革は起こってきている。. 児童に対しても、従来美術館は静かにしなければならないところであり、触れて はいけない、走ってはいけない等、禁止のオンパレードの場所であった。つまり美 術館は知的で上晶な雰囲気をかもしだしていなければならず、そのような場に子ど もは不似合いであった。しかし現在、子ども向け、又は親子で楽しむことを銘打っ. た企画もみうけられたり、子どもを意識してキャプションの言葉使いを考えたりす る等、展示する側の工夫もみられるようになった。まだまだ単発的な感はあるが、 このような取り組みは、囲みを大きく広げるものとなっていくはずである。. では、これらの器ができあがれば全ての市民が満足できる美術館であるといえる かとVえばそうではない。多様な人々に対応できるように様々な条件整備が必要で あるが、とりわけ考慮すべきことは、美術館の伝統ある知的厳密さと高度な学識に 裏付けられた知識をどのように市民に還元できるかという点である。人々の学習需 要に対応するために美術作品と利用者の接点が重要になってくる。それに対する取 り組みが「美術館教育」と呼ばれている活動であろう。次の節では具体的な取り組 みから、美術館教育をみていぎだい。. 第3節 美術館教育における手だての実際 美術館は、その存在自体において広義の教育的役割を担っていることを確認した。. 9.

(13) また、美術館教育(Museum Edttcation>とは。全ての市民を対象に.蓄えられた観. 究・調査の成果により、館のコレクションや展示晶の理解あるいは楽しんでもらう. ための教育サービスのことである。ここでは、具体的にどのような活動がされてい るのかをまとめておく。. 1.美術館における教育・普及活動の具体例17). 美術館の教育活動で、もっとも重要なのは展示である。展示とは、単にものの陳 列ではなく、コミュニケーションの一つの形態である。つまり、意味のある目的を もって、人に「見せる」ことである。「展示は見る人の考えを刺激し、明瞭な観察と、. 論理的推論を促すことであり、また単に美しいもの、興味あるものを見るだけでも、. 真理と美についての感受性が刺激されるのである」1 81とICOM(国際博物館会 議〉で述べられていることからすれば、展示による教育機能は、見る人の自発的行 為のうちに興味と関心を引きだたせ、そのものの背後にある真理と美によって行わ れるものといえる。. その狙いを効果的に人々に伝達するためともいえるのが、以下の活動である。. 1.教育活動 ここでいう「教育」とは、さまざまな情報を、利用者の取捨選択できるかたちで 豊富に提供し、利用者をサポートするためのものであることを、確認した上で以下 を紹介する。. 〈1)展示解説部門. ①オリエンテーション 「方向づけ」という意味だが、美術館の展示内容をあらかじめ知らせ、興味をも たせるため、展示室に入る前に館内外で行う原則としてロ頭による解説。 ②ガイド・ツアー「. 解説者による展示品の案内、紹介。特定のコースを定め、対象を絞り、ある程度 定型化される。. ③ギャラリー・トーク. 樋.

(14) 実際の展示品を蘭に、ある分野に焦点をしぼり、作晶や作家、時事問題について、. 学芸員が行う小研究発表。一方的な講演形式とは異なり、小グループで配当時間の 三分の一程度が質問や討議に当てられる。. ④オーディオ・ビジュアル・ガイド. 展示解説に用いる場合は、イヤフす一ン付きの小型テープレコーダーか小型FM ラジオを貸し出して、順序が進むに従って作品の解説が聞けるというものがある。. また、コーナーにビデオモニターを置いて展覧会や作家についてのVTR番組を上 映するという方法もよくとられる。. ⑤ビデオテイク. 館内の一室にビデオ・ソフト検索の端末機を備えたビデオ・ディスプレイを数台 設置して、美術番組ないしは所蔵作品の解説ソフトを画面で選択してみてもらう方 法がよくとられる。. (2)講座・行事部門. ⑥講演会 いわゆる集合学習形態。企画展に付随したものから、テーマや形態などさまざま なパターンが催されている。. ⑦ワークショップ 元来「仕事場、作家の工房」という言葉であるが、アメリカの美術館教育活動と して、作家と観客とのアトリエでの親睦会的な語らいから始まった活動、現在では、 美術館における幅広い実習の講座や研修の場を意味する。. ⑧美術映画・ビデオ上映会. 講堂やAVルームを使った日時を決めての上映会。 ⑨研究会・討論会 展覧会と関連した場合が多いが、その作家や時代の専門家を招き、問題点を提示 して数人が発表を行った後、出席者全員で討論するシンポジウムなど。. ⑩見学会・観察会 周辺の他の美術館や野外彫刻の見学会や、美術館から外へ出たフィールドワーク. 11.

(15) など。. ⑪音楽、舞踊、パフォーマンス等の会 美衛館の講堂やロビー、ときには展示室を利用してのミュージアム・コンサート など。. 2.普及活動 相手の見えない不特定多数に一般的な美衛館回報を発する活動をいい、「普及」に. 関しても、上から下々に知らしめるというかたちではないことを確認し以下を紹介 する。. (1)出版部門. ⑫案内パンフレット. 館内の平面図や主な作品の図版のヴィジュアルな情報や、休館日や開館時間など の文字情報などを記す。入場券を買うとついてくる場合と、館内の特定の場所に置 いて自由に取れる場合がある。. ⑬美術館ニュース 館の展覧会や行事の予定が主な記事だが、新収蔵品の解説や友の会やボランティ アの動向などを記載し、毎月あるいは年数回発行。. ⑭年報 関係者用の年度事業報告。. ⑮ポスター 展覧会ごとの予告が中心。行事や常設コレクションのポスターも製作、配布する。 (2)広報部門. 新聞、テレビ、雑誌などのマスコミ機関や地域のミニコミに美術館情報を定期的 に提供。. (3)普及サニビス部門. ⑯美術図書室 図書室は研究者用と普及用とにわかれる。ここでいうのは一般普及用の美術図書 閲覧室。. IZ.

(16) ⑰移動美術館. 遠隔地に住む科用者の負握を考え、「地域移動美衛鯉「移麟講座」淳校移勲美衛 館」などの積極的な事業や、スライドやビデオ、複製晶の貸し出し等も行う。. 次に理解に導く手だてを考える上で、具体例のうち、参加することに制約の少な くより多くの人への可能性を秘めていると思われるセルフガイド、ワークシートを と砂あげ、説明を加えていく。. II.セルフガイド、ワークシートの有効性. ここでは、美衛館で行われている活動のうち、セルフガイド…特に「ワークシー ト」一を取り上げ、その特徴や問題点を探っていこうを考える。. ワークシートは、セルフガイドのための一手法であると思われる。しかし、実際 の美術館教育を語る中では、言葉上の両者の扱われ方は曖昧な場合がある。又、ワ ークシートの特徴とされる中に、「ワークシートならではのもの」と、「セルフガイ. ドの機能としてのワークシートのもの」とが混同して述べられていたりする。そこ. で、活動の問題点を明確にするためには、それぞれを整理しておく必要があるので はないかと考える。そのため、まずセルフガイドの必要性を、利用者のニーズに応 えるものとの観点から述べ、それに伴う特徴をまとめる。そして、作業(ワーク) を促す印刷物(シート)としてのワークシートの機能へと考察をすすめていく。. 1.セルフガイドの必要性. (1)利用者の変化. 第1節において、人々の意識の変化が日本の美術館を変えてきていると述べてき た。そして「大衆に開かれた美衛館j「美術館の敷居を低く」とスローガンのごとく. いわれ、第2節でも述べたように、今までの美衛館のありようの中で疎外されてき た障害者や子どもたちにも大きく門戸を開こうと具体的な配慮や企画も見受けられ るようになった。そこで、利用者を大衆という社会的レベルから個人のレベルに引. i3.

(17) き下ろしてみた場合、美術館のシステムが変わることによ6て、科用者も変わって きているという視点がみえてくる。つまり、現在のこのような取り組みは、新たに 来館者の枠を大きく広げるものとなっていっているということである。. 利用者が拡大されていくということによって、今までのごく限られた専門家ある いは愛好家に加え、様々な要求をもった入たちが美循館へ足を運ぶようになったこ とは、先に述べた現代人の社会的欲求との関連づけられるところである。利用者の. 拡大をこのようにとらえてみると一つのことが浮き彫りになってくる。それは、利 用者のもつ知識である。専門家やそれに準じる人々は、作晶に対しても少なからず の知識をもっていたと考えられる。それが美術に関する知識をほとんどもたない 入々にとっても歓迎されるべき場所との意識が必要になってきた。もし絵を見るこ とが何らかの方法を使って行うことであったとするならば、この人たちは全くの初 心者といってもいいであろう。そういう人たちが多数になってきたのである。. 次に、自らを美術館にむかわせ、絵を見るという活動に意味をもたしたいと考え る人の他に、美術館の多様化や増加に伴い、絵を見ること以外に目的をもつ人たち. や、美術館の林立に伴い「少し覗いてみようか」といった程度の動機で足を運ぶ入 たちも出現してくる。この人たちは、絵の内容に対して極めて消極的な興味しかも. っていないといえる。美術館が利用者に開かれていこうとするならば「貧弱な知識 への配慮」「動機づけへの配慮」を大切に考えていかなければならない。次にこの二 点から、セルフガイドの有効性を述べてみたい。. (2) 「動機づけへの配慮」からの見解. 興味関心、親しみを抱くきっかけを提供することが必要であるとした場合、その ような働きかけを必要とする人々にとっては、日時等が指定されるギャラリートー. クやワークショップに参加すること自体に、非常に強い動機づけが必要だと考えら れる。その点、美術館に足を運んだ利用者ほぼ全員に行き渡る配慮がなされたセル フガイドは、そのような人にとっても行き渡りやすいといえる。ただこれからいえ ば、無料あるいは無料に近いことを条件としてもっている必要がある。. 14.

(18) (3) 「知識への配慮」からの見解. 知識が貧弱であるという、ある種のコンプレックスをもった人にとっては、他人 と専門的な部分へ踏み込むには自分の無知が露見してしまうのではないかとの不安 があるのではないだろうか。特に全くの他人より、カップルで来てたり、家族連れ だったりした場合などは、余計に格好悪いとか面倒くさいと思い、もう少し準備が できるまで一人にしてほしいと望みそうである。. また、もっと積極的に「もっとよく、専門家の目で作品を見たい」という観客の ニーズがある。. これまでに、日本でおこなわれてきた美術館における鑑賞とは、先ず展示室にお いて作品と向かい合いその出会いの印象を大切にしながら、家に帰って図録をひも. 解くといったスタイルだった。図録では前述のニーズに応えるには手に持つには重 く、内容量も多いので作品を前にしての鑑賞には不向きであった。また、解説ビデ オなど映像を使ったものは、作品一点一点を前にした解説には馴染まず、映像であ るためにその場かぎりのものになる。その点、セルフガイドであれば、鑑賞の際に 好きなだけ作品の前に立って、必要な時に情報を引き出すことができる。 こうしたセルフガイドを特徴づけるものは何かを次に考えてみたい。. 2.セルフガイドの特徴. (1)セルフガイドの機能. セルフガイドとは、その名の通り、個人対応で使用されるものである。機能とし ては、展示室に入る前のオリエンテーション用、展示作品を煎にしての鑑賞の補助、. そして家に帰ってからのアフターケアで新たな発見、関心を奮起させるもの、と三 つの機能が考えられる。どこに重点が置かれるかは、美術館の性格や作成にあたっ てのねらいによって様々である。しかし、本論をすすめるにあたっては、作品を前 にしての鑑賞の補助としての機能のセルフガイドに注目していくことにする。. (2)セルフガイドの利点と問題点. 15.

(19) セルフガイドとは、展示室内において基本的には各々の能勲的なペースで利用さ れるものである。その意味からいえば、機器を利用した音声による解説もセルフガ イドに位置づけることができる。音声によるガイドは、音楽や音響効果、また2人 以上の声で、興味をさそうようなドラマティックな演出も可能である。形式として は、(A>リスニング・ポスト式 (B)レシーバー式 (C)ポータブル式などがあげられ. る。19)(A)は自然史博物館や民俗資料館等ではよく見られるが、美術館ではあまり活 用されていないようである。(B>(C>に関しては、利用者の好みや会場の混雑度、作品. の展示順序などの条件によって、当初の録音時間通りに鑑賞するわけには行かない 状況もある、との見解もある。録音テープの最初から最後まで聞かないと自分の欲 しい情報かどうかの取捨が難しく、おおよその見当を持てないため、一方的に与え られているという印象が強い。それでは、自由に自分のペースで見られるという条 件は満たされているとはいっても、作品から作品への移動に限られ、心理的消極性 を生みやすい。. 学芸員、解説者など他者とのコミュニケーションを図りながらすすめる他のガイ ドに比して、与えられるだけの一方通行の感じは、セルフガイド全体にいえる問題 点と考えられる。しかし、そのようなセルフガイドも静かな環境を好む利用者にと っては、有効的である。. (3)展示室内で使う印刷物としての特徴. さて、ここからは展示室内で使用する印刷物としての形態をもつセルフガイドに 絞り、考察していくことにする。展示室内で使用することを目的に作られているた め、軽く、携帯しやすいことがまず挙げられる。また作品の保護のための暗い室内 での活用といった環境の物理的条件から、文字の大きさ等、見やすさにも配慮され ていたり、利用者の心的要件や発達段階への加味から、話し言葉に近い文体がとら れていることも多い。これは「わかりやすく」という基本的条件に「テンポよく読 むことができる」という実用性も兼ねている。また、興味や親しみをもつきっかけ となるためには、面白くなければならなく、対象の各年齢層に対応した何種類かの セルフガイドの用意にも配慮される必要をもつ。. IS.

(20) (4)印捌配布物によるセルフガイドの目的. セルフガイドの特性土、軽く、読みやすいことを満たさなければならなVとする と、紙面には醗むがある。それぞれ学術麟ζ解瞬されている数々の事実があるとし. ても、その知識のすべてを凝縮するには無理がある。つまり、セルフガイドですべ てを網羅しようとするのは不可能といってよい。つまり、セルフガイドは展示の完 全なガイドではないため、それを独立したものと捉えるのではなく、他のプログラ ム等との相互の補足や融合を図る柔軟な展開も望まれる。. 他のプログラムとの融合の必要性は、興味や親しみをもつきっかけとしてのセル フガイドの必要性からも述べられる。セルフガイドによって喚起された興味や疑問 等が農示を見ることによって解決されるわけではない。もっと知りたい、この方面 に興味がでてきた、といった個々の要求に対応できるフォロー・アップも考えてい かなくてはならないだろう。. セルフガイドの効果の一つに「今まで自分が見ていた見方と全く違った見方がで きる契機になる点、美術を見る目が多様化していく」20)点があげられているが、セ. ルフガイドの目的は、まさに絵との出会いによって絵に対する多様な視点を提供し ていくことであると考えられる。. 3Y一クシートの特徴. (1)ワークシートとは. ワークブックという言葉の方が、学校で使ってきただけ一般的には馴染みがある。 ワークブックはワークシートを集めて製本したものととらえると、ほぼ同じものと. して捉えることができるだろうか。ワークブックは「教科書と並行して、または教 科書代わりに生徒が自主的に使う練習帳」21)とされている。しかし、「個別」「自主. 的」は共通するため形態は同様と捉えられるものの、基本的に「もの」を中心とす る美術館のワークシートと学校におけるワークブックでは異なるねらいをもってお り、アブU一チの仕方も異なると言える。. 1?.

(21) ワークシートは、文字通り「何らかの作業(ワーク)を伴うシート形式のもの」. であるが、ここでいうところの作業について考えていくにあたり、丹精総合研究所 による「セルフガイドの分類」22)による作業内容の欄を参考にしたい。. 作業内容. A書き込む 一a設問の.答えを書く. 一bスケッチをする 一。.想像や絵を文に表す 一一. пDあそび(クロスワード、ぬりえ等)etc.. B書き込まない 一a.セルフガイドを見る・読む. 一b設問の答えを考える 一。想像する d.展示物を探す. 一e展示物を観察する 一f.他人との対話. ここにあるようにワークシートの作業(ワーク)とは、単に「書き込みをするこ と」にとどまっていない。鑑賞そのものがある意味で、作業だと捉えられてしまう. と、ワークシートとセルフガイドを言い分けている必要性に疑問を持たざるをえな い。様々なところでみられる両者の使い方の曖昧さもそこにあると言える。しかし、 ワークシートとそうでないものとを強いて区別するために、自己確認するポイント があるかどうかに境界線をおきたいと考える。書き込みや具体的な動作を促す点が、 漠然とした鑑賞行為と異なるところである。. つまりセルフガイドは大きく「解説を中心とするもの」と「自己確認をする作業 を取り入れたもの」に分類でき、後者をワークシートと呼んでいる。また前者は利 用者にとってどちらかといえば、受動的であるのに対し、後者は能動的な活動を促 すようにできている。. IS.

(22) (2>ワークシートの目的. では作業を行うことによってどのような効果が期待されると言うのだろうか。「ワ ークシートからの情報は、解説ではなく『ヒント』である。」樋切なワークシート は利用者個人が一人で終着駅に動達させるための指導戦略である。」22). 暗示的なこれらの言葉の目指す目的なり、終着駅にあたるものは、先に確認した ように「見る」行為の可能性を広げることである。ワークシートは、情報を与える という働きかけではなく、「思考・作業」といった知的活動を含む活動に導くことが. 当初の目的にある。作業を促すことで、農示物に引き付けたり、発見の喜びや創造 の喜びを体験することが「見る」可能性を広げる。. (3)ワークシートの機能. ワークシートの分類に関する先行研究をもとに、ワークシートによって促される 活動は作品や情報とどのように関わることを意図しているのかをみていくことにす る。そこで①「どこから」②「なにを」③「どのように」することにおいて関わり、 ④「どのような」効果を期待しているのかという視点からまとめたのが以下である。 ①「どこから」 (A)作品の客観性 (B)作晶に描かれている内容 (C)作品から離れ、私たちをとりまく社会や生きていく根底のようなところ (D)作家の生涯 (F):地域のエリア. (E)学校の諸教科. ②「なにを」 (A)作品を構成する諸要素(線、色彩、形態、空間、質感、明暗など) (B)作品の中で用いられたバランス、変化、リズム、繰り返し(パターン)、動き、強調、比例、. 統一感などの技術、技法等を始めとする表現方法 (C)歴史的な背景、文化的な影響、形の伝承史でもある美術史をはじめとする形式史、美術家と 美術の様式、環境における美術、共同体における美術等. lg.

(23) (D>主題や、発想といた表現意図. ③「どのように」 (A>以萬に学習された情報の類似の形へと再生 (B)異なる形において学習された情報を理解し解釈 (C)新しいとか異鶴の状況にもアイデアを関連づけ応用するために、既習の情報の使う (D)情報を堅守し、それを幾つかの構成部分に分けて、それぞれの固有の特性を確認 (E)学習された事柄、新しくて独創的なものを、伝達し、活性化し、発展 (F)内的な、または外的な条件とか基準に基づいて、あるものを判断指標化. ④期待する効果 (A)テクニックを知る (B>観察力を養う (C)色彩感覚を養う. (D)広い視野でものをみることを学ぶ (E)想像力を高める. (F)美術館に来る意義を学ぶ. これらの分類から、ワークシートは作品の周辺的なものばかりではなく、多岐に わたる情報を扱うものであり、単に情報を伝達するのみの効果を期待するのもでは ないといえる。しかし実際に使用されているワークシートの多くは、作品のもつ文 化的側面をあつかったものであり、それ以外の部分に新たなワークシートの可能性 があると考えられる。. 〈4)ワークシートの問題点. ワークシートの問題点に関しては、「作品の鑑賞が言葉に引きずられる危険性が高. い。言葉先にありきだと作品の見方を固定化し、モノのいきいきとした輝きを殺し てしまう」23)「学芸員なり教育担当者が作ったワークシートを鑑賞者が一方的に手 に取るだけで、一一方通行の活動である」24>「美術史とか作品に関する知識をわかり. やすくときほどして与えることだという誤解におちいりやすい」25)など、これまで のべてきたことも含め様々に論議されている。. そして、そこには利用者主体を目指しながらも、与えられたものを受け取るとい. 20.

(24) つた受動的な活動にならざるを得ない原因があるとも考えられる。そこで、作品か ら引き出される内容に加え、利用者欄に立った手だてを探っていくことにより、よ り利用者の自由な活動を支援していくことができるのではないかと考える。そのこ. とにより、美術館は利用者のものであるとの意識の変革へとつながっていくはずで ある。. (5)ワークシートを含めて手だてに関しての疑問点 疑問点の一つは、「絵を理解するのに本当に知識や言葉は必要ではないのだろうか」 ということであり、もう一つは、「ワークシL一…トの作業を行うことによって取り入れ. られた、あるいは確認できたものは、どのように『見る』行為の可能性をひろげる ことへとつながっていくのだろうか」という点である。両者ともに「絵を見ること」 の本質に関わる問いであり、:重要な視点である。. 「絵(芸術)を理解するのに、言葉や理論は必要ではない」との意見は、もっと もらしくも思える。しかし反面、言葉等による情報があったため、より満足を得れ たとVう経験も事実である。 ここに一つの調査結果がある。東京ステーションギャラリー(東京駅丸の内口). は、日本でいち早くセルフガイドを導入した美術館の一つである。単に美術作絵を 農示しただけでは、作品の本当の良さ、奥深さは来館者に伝わらないのではないか という発案のもと、主に小中学生を対象に作成されたセルフガイドブックは、子ど もや親子つれの来館者から大変な好評を得ている。そこでのセルフガイドに関する アンケート調査の回答からは次のようなことが得られている。26)(1990年6月4日∼. 8月26日の「花の系譜一オランダ絵画の400年展」開催中、合計約5000部のセルフ ガイドブックが一般来館者に配布され、アンケートには、約2000通の回答が得られ た。). セルフガイドの存在についての意見の状況 ・手ぶらでの鑑賞では何か物足りないと考える人は、予想以上に多い。 ・存在自体に反発を抱く人も若干いた。. 21.

(25) セルフガイドへの要望の状況 ・絵を見るだけでは理解できない社会背景や作家についての情報をできるだけ盛り込んで編集して欲 しいという意見がかなり多かった。. ・絵の背景:についての一切の知識に顧らない、純粋で感萱駒な絵の見方だわかる溝成にしてほしいと いう意見も少数ながらあった。. 使用した人に対する感想であるため、使用しなかった人の状況はわかりづらい欠 点があるものの、ここに見る調査結果からは、おおむね支持を得ているといえるの ではないだろうか。しかし、この結果から「絵(芸術)を理解するのに、言葉や理 論は必要だ」に結びつけることは無理があると言わざるを得ない。. 入. 957. 1000 685. 303. 500. 47 o. 9. 劇 絵を見る ことが おもしろく なった. 絵に. 興味を 持った. 絵について いろいろな ことが わかった. 絵をみる ことが つまらなく なった. 自由に絵を. みることが できな かった. セルフガイドブックを使用した感想. 人間は、飢えや乾きなど生理的な欲求と同じように、情報への欲求を持ち、あい まいな事態に遭遇すると、それに一定の意味を求めるといったこともある。人々が セルフガイドに要求するものも、こうした人間の本性かもしれない。. 反対に、情報の集積率を高めることが生活の重要目標とされる現代の情報化社会 ともいえる状況は、意味づけされた情報が外部から過剰にあたえられるようになっ てきている。そこには、均一化された情報環境が発生し、「主体的に」意味づける存. 22.

(26) 在としての入間が失われてつつあるともいえる。セルフガイドに関して反発を起こ す入々は、情報が過剰に与えられる環境での、情報の拒否、逃避という行動とも考 えられる,,. つまりこれらの状態は「絵を見る」ことに限らず起こり得ることだからである。 そこで、第2章においては、、「芸術を理解するのに、言葉や理論は必要ではない」. という手だての存在に疑問を投げかける意見を検討することを試みる。そのために まず、芸術作品を味わい、理解することとはどういうことであるかを定義づける。 その上で、ワークシ・・一一・一,トとしてできることは何であるかの考察を加えていくことに する。. 25.

(27) 参考・引用文献 1)井出洋一郎『美籍焦泣入門』萌星大学出版部1993年 p .52. 2)井出洋一郎『美孤館学入門』明星大学出版部1993年 p.52. 3)塘威子陪本の美籍館教膏.歴史と平塚』教育美循1994年i2月. p .48. 4)『季刊ミュージアム・データ』丹精研究所 1988年4月 P.8 5)悸刊ミュージアム・データ』丹精礒究所’1992年8月 P .6 6)『博物館研究」㈲日本博物館協会 1996年 7)大島清次『美術館とは何か』磯馴祉 1995年. 8>「現職館長が公立美術館批判」朝日新聞く夕刊)1995年1月4日頃. 「公の美術館考・上」同1993年7月14日/「同・下」1992年7月15日 9)岩淵潤子『美術館の誕生』中公新書1995年 10>大島清次『美穂館とは何か』青英社 1995年. 11>大島清次『美術館とは何か』青英社 1995年 12>ピエール・ブルデュー「美術愛好』木鐸社 1994年. 13)倉田公祐 責『博物館講座 第8巻一博物館教育と普及』雄山閣出版 1979年 14>佐藤厚子「AAMのレポート『卓越性と公平性:博物館の灘育と公共性』」『美術館教育研究』 !994年11月. 15)角田美代子編「美術館と障害者についての関係法規類抜粋』(美術科教育学会公開シンポジウム. 資料)1995年11月23日 16)同上. 17)参考 井出洋一郎『美術館学入門』 明星大学出版1993年 同. 倉田公祐 責『博:物館講座 第8巻一博物館教育と普及』雄山閣出版 1979年. 18)倉田公祐 責『博物館講座 第8巻一博物館教育と普及』雄山閣出版 1979年 p30 19)倉田公祐 責『博物館講座 第8巻一博物館教育と普及』雄山閣出版 1979年 P.34. 20)平田健生「美術館シンポジウム』関連記事富山新聞 1994年10月28日 21)『季刊ミュージアム・データ』丹精研究所 1988年10 月P3 22) Eva Maehre lauritzen MThe preparation of worl〈’sheetsS Museum and Education 1982. 『季刊ミュージアム・データ』丹精研究所 1988年10月 P3 23)平田健生「美術館シンポジウム』関連記事 富山新聞 1994年!0月28日. 25.

(28) 24)平田健生『美術館シンポジウム』関連記事富山新聞 1994年10月28目 25)『美術館シンポジウム「市民と美術館」』報告書 1994年10月 26>丹精総合観究所『季刊・ミュージアムデー一・一タ醐5』1991年4月. 2fi.

(29) 第2章 手だての必要性. 第1節 美術の鑑賞 1.鑑賞とは1) 芸術作品を理解し、良さを味わうことを日本語では「鑑賞」という。では「鑑賞」 とは具体的にはどのような活動を指すのであろうか。. 美衛の鑑賞は「見る」という行為と関わりがある。そこで、フィドラーのいうと ころの知的視覚と美的視覚との関連の中で鑑賞行為を整理する。知的視覚とは、客 観的事物を人間の外にある概念を媒介として見る対象との関わりであり、美的視覚 とは何ものにもとらわれず自由に、個々の人間が独自な見方ができる対象との関わ りである。知的な真実が、見る見ないにかかわらず存在する、見られること以前の 真実であるのに対し、美的真実は、見られることにおける真実、見られなければ生 まれない真実である。2)鑑賞とは、ここにいう美的真実を生むことであり、単なる. 受動的な行為ではなく、能動的な精神内部での創造活動である。つまり、美術鑑賞 の特質が、すでに外に存在するものを享受するところにあるのではなく、見るとい う知覚を通して人間の内に産出されるものを発見するところにあるということであ る。. 次に、この鑑賞の特質である見るという知覚を通して人間の内に産出されるもの を発見することとは何かを、ハーバード・リード(1893−1966)が美感を定義づけ るために想定した三つの段階から探っていく。. リードが想定した美感を定義づける三つの段階とは、「第一には、物琿的な反応を. たんに知覚すること、第二には、このような知覚を快適な形態とパターンに配列す ること、第三には、このような知覚が品詞なり感情なりの既成状態と一致するよう た配列されること」3>である。. これにおいて、美感は初めの二つの過程に関係するにすぎなく、「第三の段階で情 緒なり感情が表現された」4)としている。リードは「芸術とはある特定の理想を造 形的な形式で表現したもの」ではなく、「芸術家が造形的な形態につくりあげること のできるような理想の表現である」5)と定義づけている。芸術は表現であるゆえに、. 27.

(30) 初めの=二つの過程(五官の知覚と形態上の配合〉の上の最終的な過程が芸衛である。. このことを先で述べた美的視覚と関連づけると、精神内部の創造活動である鑑賞 は、ここでいう第三の段階と対応しているようだ。. またリードがこの三つの段階を想定して述べようとしたことは「われわれの芸術 についての誤解の大部分は、芸術という言葉と、美という言葉をつかうときに首尾 一貫したものをもたないところからおこる」ということであり、「芸術と美を同一視. していまうことが、いつも芸術の鑑賞を困難にする原因となってvる」6)と述べて いる。. そして、芸術の目的が、ある特殊な形態によって伝達された感情としての美の特 質と混同されることがないように注意を与えている。. つまりリードは、芸術の機能を「他人がそれと同じ感情を経験することができる ように感情を伝達すること」ではなく、「芸術の真の機能は感情を表現し、理解を伝 えることである」7>と述べている。そして「芸術作晶がわれわれの内部に、ある種 の肉体的な反応をおこすのは事実である。われわれは律動や調和や統一を意識し、 こうした肉体的な特性が神経に働きかけるのである。それは神経をかき乱すよりも、. むしろ落ち着かせる。もしも結果として生まれるこのような心の状態を、心理学的 にいって情緒と呼ばなければならないとしても、それは芸術家が芸術作品をつくる 行為によって経験し、表現した情緒とはまったく異なった種類の情緒である。」8). 美術の作品はいかなる作品も色と形、質と量、明と暗、その構成などの形式にお いて表現されている。美術の形式は造形言語とか造形文法とか言われるが、それ自 体に意味があるのではなく、ただその文字が読め、言葉を解するだけでは鑑賞とは 何の関わりもないといえる。ここまではリードの第二段階までにすぎない。重要な ことはその言葉が語る内容であり精神である。しかし、これは、色や形という美術 の形式を通路とし、手がかりとしてその背後にある美術の内容や精神、芸術家の表 現した情緒を探り求めるという意味ではなく、内容や精神をそのような色や形にお いて、直観的にそこに見るのである。. 同様な見解を珊村善之は、鑑賞とは「感覚を通じて、知性と感性の融合というよ りそれ以前の人問全体が統一的直観的に対象とかかわり合う働きである」9)と述べ. 2S.

(31) ている。つまり、対象から感覚を通して受け:取る喜怒哀楽の感情的実感というよう. なものは、鑑賞とよぶところまではいかない。対象を見つめながら、そこに深い、 主体的な自己とのかかわりにおいて人問全体に根ざす働きこそ美の鑑賞である。. 我々は絵に向かい合った時、さまざまな感情を持つ。鑑賞とは何かを考えてきた 結果、次では、純粋な美的行為と、リードのいう「ある特殊な形態によって伝達さ れた感情」つまり絵を見ることに付随する別の感情を区別してまとめることの必要 性を感じる。. 2.鑑賞との混同 (1>感情面から. ここで取り上げる霧の感情には二種類ある。一つは「画家の技術への驚嘆」もう 一つはr現実の感情と同質のもの」である。 まず、「画家の技術への驚嘆」とはどういうことか。美的体験とは、端的に「絵を. 見る」ことである。実物のリンゴとはまったく異なった、色彩や明暗や構図やタッ チといった、絵画に独自の実在性を認めることである。よくr本物そっくりねえ」 という感想を漏れ聞くことがあるが、それは画家の手並みに対して感嘆するのであ って、絵そのものに対する美的な快ではない。また「だまし絵(トUン・ペイユ〉」. のうちに最初に目にするのは、絵ではなく、実物である。実物とみえるということ は、人は実物をみているのであるし、その場合は、なんら美的行為状況に立ってい ないともいえる。そしてそれが摸倣であると了解したとき、だまし絵の画家のあざ やかな手並み、名人芸に対する「驚嘆の快感情」が起こるのである。しかし、それ 自体、本来の美的な快、つまりは「絵を見る」ことの快とは質的に異なるといえる。. 次に「現実の感情と同質のもの」とはどういうことか。想像力を引き出すきっか けや実物の代わりを絵が担うことにより、現実生活において味わう感情のシミュレ ーション的体験を起こす。例えば、恋人の描かれた絵がある。それに対して語りか けたりという行為は、もはや美的行為ではなく、絵は実物のその人物を想起するた めのひとつのきっかけにすぎず、たんなる代理像である。また、絵に描かれた額縁 の中の世界に自分をおいてみることもできるかもしれない。しかしそれも、もはや. 29.

(32) 本来の「絵を見る」美的体験ではなく、「想像する」という劉のコミュニケーション 状況である。. では、ここで捉えようとするところの美的体験とは何であるのか。例えば、レン ブラントの自画像がある。レンブラントがいかなる人生を歩んだか知らずとも、. 我々は、その絵のうちに「ひとりの気性のはげしい人物」の描写を見いだすかもし れない。その時いだいた「悲愴」とか「崇高」とか「けだかさ」とでもいうほかな いようなかたちで純化された、独特の感情効果は、レンブラントに出会ったという 現実の感情と同質のものでも、画家の技術に対する驚嘆でもないであろう。それは、 現実生活では経験されない、独特の感情効果であり、美的な快といえる。! o). 芸術作話の中に発見する感情についてリーードは、「平和と休息と平静」であり、芸. 術論晶が我々の内部に起こす反応について、「それは神経をかき乱すよりも、むしろ. 落ち着かせる」と述べている。芸術の機能は、メロドラマや感傷的な物語などのよ うに他人がそれと同じ感情を経験することができるように感情を伝達することでは ないとはこのことであろう。. 次では、作品への関わり方の面から鑑賞に関する誤解を明らかにしておきたい。. (2)態度面から. 山本正男は望ましくない鑑賞態度として「嘆美主義的鑑賞」「目利き的鑑賞」「知 識偏重の鑑賞」「権威主義的鑑賞」を挙げている。11>. 嘆美主義的鑑賞とは、単に賞賛するだけ、目利き的鑑賞とは、本物と偽物を識劉 することであり、両者とも対話を欠いた一方的な態度である。. 知識偏重の鑑賞とは、美術の鑑賞を知的理解と混同したところに起こる。作晶そ のものよりも作者の伝記、制作された事情や時代の背景、作品の主題や図像学的解 釈などの知的理解が先立ち、それがかえって美的に見ることよりも知識的興味を満 足させることで終わってしまう。権威主義的鑑賞とは、既成の権威ある評価により かかって見る見方である。展覧会などで、まず作者名を見てから作晶を見て、有名 な作家だから、受賞した作晶だからという見方は、権威や他人の眼に従うものであ り、自らの眼で見ることを妨げる。. sg.

(33) 鑑賞の本質は、何ものにもとらわれない自らの眼をもって、対象を自由に見て、. そこに美を発見し味わうことであり、精神の内部活動であった。しかしくそれが主 体性、個性、創造性による活動であることを忘れると美術作品は鑑賞の対象ではな くなってしまう危険がある。. 3.理論の必要性 ここまで述べてきたことを踏まえ、美術の鑑賞に知識等は必要でないとの意見に ついて考えてみたい。このことはある意味で、鑑賞とは「対象を享受する受容的行 為である」との誤解に対し、警告を発するものとも取れる。. リードのいう「芸術とは、ある理想を造形的な形式で表現したものではない」と いうことを認め、芸術の訴える力は意識された概念ではなく、直観的な理解である ならば、直観的に訴えかけてくる芸術作品の構造を簡単に説明することは難しいと いえるし、また美的視覚を強調すれば、知識は必要ではなく、むしろ邪魔なものと 捉えられてしまう。. ここまでだと、「絵を理解するのに言葉や理屈は必要ではない」といえてしまうが、 果たしてそうだろうか。「本当に感受性に恵まれた人は絵の前に立ち止まって、長い 間分析したのちに初めて楽しいと思うわけではない」L2)と、リードは絵を見た時に. おこる感情の瞬間性にも言及している。私たちが、鑑賞の本質をわきまえ自らの眼 をもって美を発見しようとすれば、すぐれた作品は直接私たちの感情に訴えかけ、. 芸術的体験を形成するはずである。しかし、堀内が言うように「反応機能が活動し ているという状態は、なかなか想定しにくい。それは、多くの機能は、外部的な慣 習や理論などの影響で働かなくなっていることの方が多い」からだ。そして「その ために理論が必要になる。理論は言葉の問題であることを認識する必要がある。言 葉は反応機能を打破するのに最良の手段だからである。誤った理論を言語上から明 確にすることは、反応機能の=通路が自由になれるよう、誤った部分を切り払うこと になるからである。」’3)と理論の必要性を説いている。ここでの「誤った理論」と. は反応機能を働かないように仕向けている理論と推される。 そこで次では、矛盾が起こらないように鑑賞における理論の必要性についてi整理. 51.

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それぞれの絵についてたずねる。手伝ってやったり,時には手伝わないでも,"子どもが正

ところで,このテクストには,「真理を作品のうちへもたらすこと(daslnsaWakPBrinWl

無愛想なところがありとっつきにくく見えますが,老若男女分け隔てなく接するこ

* Windows 8.1 (32bit / 64bit)、Windows Server 2012、Windows 10 (32bit / 64bit) 、 Windows Server 2016、Windows Server 2019 / Windows 11.. 1.6.2

だけでなく, 「家賃だけでなくいろいろな面 に気をつけることが大切」など「生活全体を 考えて住居を選ぶ」ということに気づいた生

○金本圭一朗氏

けることには問題はないであろう︒