緒 言
担癌患者における呼吸不全の原因としては,肺動脈血 栓塞栓症,癌性リンパ管症や肺動脈腫瘍塞栓症等が鑑別 として挙げられる.腫瘍塞栓性肺微小血管障害(pulmo- nary tumor thrombotic microangiopathy:PTTM)は末 梢肺動脈内に腫瘍が付着することで,局所的な凝固亢進,
内膜の肥厚を引き起こし,急速に進行する低酸素血症を 呈する.本症例は画像所見から癌性リンパ管症と診断し たが,治療計画中に急速に呼吸不全が進行し永眠した.
剖検によりPTTMと癌性リンパ管症が明らかにされた.
症 例
患者:77歳,女性.主訴:乾性咳嗽.
既往歴:高血圧症,糖尿病.
内服薬:アムロジピン(amlodipine),メトホルミン
(metformin),シタグリプチン(sitagliptin).
家族歴:特記事項はなし.
生活歴:喫煙歴はなし,主婦,粉塵曝露歴なし.
現病歴:20XX年6月より咳嗽が続き,徐々に全身倦怠 感が増悪したため前医を受診した.内服薬を処方される も改善なく呼吸困難も出現したため,8月上旬に当科を 紹介され受診した.血液検査では貧血があり,胸部com-
puted tomography(CT)にて両側肺野に淡いすりガラ ス影が認められたため,精査加療目的で入院した.
入院時現症:身長158.0cm,体重51.2kg,体温36.5℃,
脈拍数 82 回/分,血圧 137/82mmHg,呼吸数 24 回/分,
経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)97%(室内気).頸静 脈怒張は認めず.胸部;両側下肺野でfine cracklesを聴 取した.心雑音なし.腹部;平坦・軟.左季肋部に圧痛 を認めたが,下腿浮腫,全身にチアノーゼ,神経学的異 常所見は認めなかった.
入院時検査所見:ヘモグロビン値8.0g/dLと貧血があ り,WBC 8,320/μL,C反応性蛋白(CRP)2.98mg/dLと軽 度の炎症反応を認めた.凝固系ではD-dimer 16.22
μg/mL
と亢進し,BNP 80.8pg/mL,KL-6 2,337U/mLと上昇して いた.腫瘍マーカーはCA19-9 150.8U/mL,CEA 896.5ng/mLと高値を認めた.各種自己抗体は陰性であった.
胸部X線写真:異常影を指摘できなかった.
胸部CT(図1A):両側肺に非区域性に淡いすりガラス 影を認めた.肺動脈径は拡張なく,有意な縦隔リンパ節 腫大は認めなかった.
入院後経過:すりガラス影を認めたことより間質性肺 炎を疑い,気管支鏡検査を施行した.陰影を認めた右 B5bより気管支肺胞洗浄を施行し,150mL中90mLを回 収した.気管支肺胞洗浄液中の細胞分類はマクロファー ジが93.5%であり,経気管支肺生検でも特記所見は認め なかった.貧血の精査として上部消化管内視鏡検査を施 行し,胃角小弯に潰瘍性病変を認め,生検では低分化腺 癌を認めた.胸部〜骨盤部造影CTでは両側鎖骨上窩リ ンパ節や腹腔内リンパ節の腫大を認め,原因不明の間質 性肺炎あるいは癌性リンパ管症を伴うStage Ⅳの胃癌と 診断した.
●症 例
腫瘍塞栓性肺微小血管障害と癌性リンパ管症をきたした胃癌の1例
山根真由香 齊藤 尚美 大成洋二郎
要旨:症例は77歳,女性.乾性咳嗽を主訴に来院し,貧血と胸部CTで両側肺に淡いすりガラス影が認めら れた.気管支鏡検査では異常所見は認められず,上部消化管内視鏡検査にて胃癌と診断された.胃癌治療前 に呼吸状態が急速に悪化し永眠した.剖検所見では末梢肺動脈の腫瘍塞栓と内膜の肥厚,リンパ管の腫瘍塞 栓を認め,腫瘍塞栓性肺微小血管障害と癌性リンパ管症と診断した.
キーワード:肺腫瘍塞栓,腫瘍塞栓性肺微小血管障害(PTTM),癌性リンパ管症,胃癌 Pulmonary tumor embolism, Pulmonary tumor thrombotic microangiopathy, Lymphangiosis carcinomatosa, Gastric cancer
連絡先:山根 真由香
〒735‒8585 広島県安芸郡府中町青崎南2‒15 マツダ株式会社マツダ病院呼吸器内科
(E-mail: mayu̲[email protected])
(Received 19 Dec 2017/Accepted 17 May 2018)
297 日呼吸誌 7(5),2018
検査後一時退院となったが,呼吸困難が悪化し退院後 6日目に救急搬送された.呼吸困難が強く,鼻カニュー レの酸素2L/分でSpO2 95%,動脈血ガス分析所見はpH 7.403,PaO2 97.3Torr,PaCO2 32.7Torrであった.BNP 133.7pg/mL,D-dimer 42.2
μg/mLと初回入院時より上昇
し,心臓超音波検査で右心系の拡大を認め,三尖弁逆流 圧較差は48mmHgと肺動脈性肺高血圧症(肺高血圧症)の所見を認めた.肺動脈血栓塞栓症を疑い造影CT(図 1B)を施行したところ,肺動脈径の拡張を認めたが肺動 脈内に血栓は認めなかった.両側肺のすりガラス影は増 強し縦隔リンパ節の腫大を認めたため,胃癌による癌性 リンパ管症の悪化と考え,ステロイドの内服を開始し,
同時に,末梢の肺動脈血栓塞栓症も否定できず未分画ヘ パリン(heparin)の持続投与も開始したが呼吸状態の改 善なく,4日目に呼吸不全が急速に進行し,5日目に永眠 した.家族から同意を得て,病理解剖を施行した.
剖検所見:胃の幽門部に腫瘍性病変を認め,組織学的 には低分化腺癌が主体であった.腫瘍は腹膜播種,左副
腎や骨髄へ転移を認め,リンパ節は胃や膵周囲,大動脈,
気管支周囲,両側鎖骨上窩に転移を認めた.
両肺ともに癌性リンパ管症を認め,末梢肺動脈内には フィブリン血栓と腫瘍塞栓を多数認めた.肺動脈内膜の 線維性肥厚や血栓の器質化像,中膜の肥厚を認め,中等 度以上の大きさの肺動脈には腫瘍塞栓を認めなかった
(図2A).癌性リンパ管症については肺動脈周囲のリンパ 管内に腫瘍塞栓が強く,胸膜下リンパ管内には腫瘍細胞 を認めなかった(図2B).以上より,死因はPTTMと癌 性リンパ管症による呼吸不全と考えた.
考 察
本症例の呼吸不全の原因は,剖検所見からPTTMと癌 性リンパ管症と考えた.本症例では造影CTや気管支鏡 検査などを行うも生前にPTTMや癌性リンパ管症の診断 には至らず,呼吸不全が急速に進行した.PTTM,癌性 リンパ管症ともに呼吸不全をきたすが,PTTMはより急 速に進行する病態であり,本症例の主な死因と考える.
A B
図1 CT所見.(A)初回入院時.両側肺に非区域性に淡いすりガラス影を認める.縦隔リンパ節腫大は明らかではない.
(B)第2回入院時.両側肺のすりガラス影は全体的に増強している.肺動脈径の拡張を認め,縦隔リンパ節腫大を認める.
298 日呼吸誌 7(5),2018
PTTM は1990年に肺動脈腫瘍塞栓症の特殊な型とし てHerbay らが提唱した概念1)で,単純な腫瘍塞栓とは 異なる.末梢肺動脈において血管内膜に付着した腫瘍細 胞が局所でtissue factor等の因子を放出し2),血栓形成や 内膜の線維細胞性増生をきたし,血管内腔の狭小化や閉 塞を生じる.病理学的特徴として血管内の腫瘍塞栓,血 管内膜の線維性肥厚,血栓の器質化,再疎通像が挙げら れ,これらが末梢肺動脈のみで認められる.臨床症状で は溶血性貧血や播種性血管内凝固を併発し多臓器不全を きたす.担癌患者の剖検所見において0.9〜3.3%の割合 で認められ1)3),原発巣としては胃癌が最も多く,乳癌,
肺癌,膵癌,胆嚢癌などでも報告されている1).呼吸困 難を主症状とし,肺高血圧症から右心不全をきたし急速 に呼吸不全が進行するため,生前診断が難しいとされて いる.画像検査としては,胸部CTでびまん性粒状影や 末梢肺動脈の数珠状拡張,tree-in-bud pattern4)を認め,
肺血流シンチグラフィでは両側肺野末梢にびまん性に多 発小欠損像を認めること5)が診断材料となる.
PTTM の診断には,経気管支肺生検や胸腔鏡下肺生 検,Swan-Ganzカテーテルを用いた肺動脈血吸引細胞診 などでの病理組織学的診断が必要となる.我々が検索し えた2000年から2016年までのわが国におけるPTTMの 症例報告は34例であり,生前にPTTM と診断されたの は10例であった.その内訳は経気管支肺生検が5例,CT ガイド下生検が1例,胸腔鏡下肺生検が1例,3例は肺動 脈血吸引細胞診を施行して診断できている.なかでも肺 動脈血吸引細胞診は感度80〜88%,特異度82〜94%と診 断率が高く6),肺高血圧症や呼吸不全をきたした症例で
も施行できる有用な検査である7).治療法としてはステ ロイドや抗凝固療法は効果がなく,原疾患に対する化学 療法が奏効したという報告もある8)9)が,確立された治療 法はなく予後不良である.このため,病態が進行する前 に早期診断し,化学療法の早期開始が重要となる.PTTM は急速に進行する病態である一方で,過去の症例報告で は乾性咳嗽や呼吸困難が出現してからの生存日数は3日
〜4ヶ月と幅があり,病態の進行に個人差があることが 推測できる.
本症例でも1〜2ヶ月前より乾性咳嗽と呼吸困難が続 いており,このときからPTTMの病態は形成し始めてい た可能性が高い.第2回入院の時点で末梢肺動脈の狭窄 が進行し肺高血圧症が顕在化したことで症状が悪化し,
呼吸不全が急速に悪化した可能性を考える.
初回の入院で胃癌と診断し,肺病変は原因不明の間質 性肺炎や胃癌による癌性リンパ管症の可能性を考えた.
しかし,初回の入院時にⅡp音の亢進や心臓超音波検査 より肺高血圧症を確認できていれば,PTTMをより強く 疑って積極的に胸腔鏡下肺生検や肺動脈血吸引細胞診を 施行しPTTMと診断しえた可能性がある.
本症例の呼吸不全をきたしたもう一つの原因である癌 性リンパ管症は,肺内のリンパ管内へ腫瘍細胞がびまん 性に浸潤した状態である.PTTMと癌性リンパ管症の併 存は比較的多いとされており,Herbay ら1)はPTTM の 症例21例中18例に,Uruga ら5)の報告でもPTTM の症 例 30 例中 18 例に癌性リンパ管症の併存を認めている.
我々が検索しえたわが国における過去のPTTMの症例報 告では34例中5例に癌性リンパ管症を認めており,報告
A B
図2 剖検組織病理所見.(A)中拡大.Hematoxylin-eosin(HE)染色.末梢肺動脈内に血栓(▲)と腫瘍塞栓(➡)を認 め,血管内膜の肥厚を認める.(B)中拡大.血管内膜の肥厚があり血管内に腫瘍塞栓を認める.末梢肺動脈(➡)周囲の 多数リンパ管に腫瘍塞栓を認める(△).
299 PTTMと癌性リンパ管症をきたした1例
Abstract
A case report of pulmonary tumor thrombotic microangiopathy and lymphangiosis carcinomatosa associated with gastric cancer
Mayuka Yamane, Naomi Saito and Yojiro Onari
Department of Respiratory Medicine, Mazda Hospital, Mazda Motor Corporation
This report describes the case of a 77-year-old woman whose chief complaint was non-productive cough.
Laboratory examination results revealed anemia; chest unenhanced computed tomography showed diffuse ground-glass opacities in both lung fields. A diagnosis of gastric cancer was established on the basis of the upper gastrointestinal endoscopy findings. However, before chemotherapy could be initiated, she died of respiratory failure. Autopsy revealed widespread tumor emboli with fibrocellular intimal proliferation, thrombus formation in the small arteries, and emboli in the lymph capillary by the tumor cells. Diagnoses of pulmonary tumor throm- botic microangiopathy and lymphangiosis carcinomatosa due to gastric cancer were established.
によって併存の頻度に差がある.5例中3例では胸部CT で小葉間隔壁や気管支血管周囲間質の肥厚を認め生前よ り癌性リンパ管症が疑われ,それによってPTTMの診断 に苦慮したものもある.5例とも生前に癌性リンパ管症 の診断には至っておらず,すべて病理解剖で診断してい る.本症例同様,急速に進行した呼吸不全の原因はPTTM と考えられており,癌性リンパ管症だけでは説明できな い低酸素血症,肺高血圧症を認めた場合にはPTTMの可 能性を考慮して検査を行う必要がある.
本症例では担癌患者にきたした乾性咳嗽や呼吸困難の 精査として気管支鏡検査を施行したが確定診断に至ら ず,原因不明の間質性肺炎や癌性リンパ管症を考えた.
しかし,本症例のように気管支鏡検査で確定診断に至ら ず凝固系の亢進を伴うときは,肺動脈血栓塞栓症や肺動 脈腫瘍塞栓症など他の可能性も考えて,心臓超音波検査 や肺血流シンチグラフィなどを施行する必要があった.
さらに急速に進行する低酸素血症や肺高血圧症を認める 際には,PTTMを鑑別に挙げて肺動脈血吸引細胞診を検 討することが早期診断と治療開始につながると考える.
謝辞:本症例の病理所見をご指導いただきました広島大学大 学院医歯薬保健学研究科病理学研究室のVishwajeet Amatya 先生に深謝いたします.
著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容に 関して特に申告なし.
引用文献
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Cancer 1990; 66: 587‒92.
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Intern Med 2013; 52: 1317‒23.
6) Keenan NG, et al. Fatal acute pulmonary hyperten- sion caused by pulmonary tumour thrombotic mi- croangiopathy. Int J Cardiol 2008; 124: e11‒3.
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300 日呼吸誌 7(5),2018