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政治理論の基礎としての

人間 性

大  論    壽

その一︶

恵 教

      目   次

  第一章 政.治理論における人間性論の位置

  第二章 近世以降の入間性論

   第一節 原子説の復活一近代原子主義

   第二節 ホッブズの人間観

   第三節 功利主義の入間観

   第四節 資本主義の人間観

   第玉節 社会主義者および集産主義者たちの人間観

   第六節 正統的民主主義の人間観

   第七節 近世以降の人間観に関する概観的結論︵以上本号︶

  ︵第三章  ﹁入間性における非合理的︑非理性的側面﹂以下は︑次回にしたい︶

         第陶章 政治理論における人間性論の位置

政治現象もその一つである文化現象は︑ 一般に︑.時代孟と場所と低みの三つの具体的な条件によって規定

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される︒したがって︑文化現象を取り扱う文化科学においては︑この三者が重視されなければならない︒なかでもと

りわけ︑人間の問題が重視されなければならない︒

 それ故︑政治現象を取り扱う政治理論においても人間の問題がとくに重視されなければならない︒というわけ

は︑文化現象の担い手︑主体︑そして客体は︑根本的には人間であるからである︒換言すれば︑文化現象は人間に始

まり︑人間を通って人間に終るといってもよいからである.︑

 この客観的事実を直視する時︑文化現象を体系づけて理論化する際に︑第︼義的重要性をもつのはグ人間性論︑

グ人間観  またそれは哲学でもある一であって︑他の諸理論は当然そこから出発して︑その上に築かれるべき

である︒人間性論・人間観と哲学の上に構築されない文化科学の理論体系は砂上の楼閣というべきであn

て︑それは早晩崩壊せざるをえない︒

 したがって︑文化科学の一部門であり︑しかもグレアム・ウォーラス三﹁聾ぎヨ≦〜三三︶が﹁政治的行為と衝動      ︵1︶は︑人間の本性と彼がその中に生まれてくるところの環境との問の関係から生じる﹂といっているように︑またウォ

ールタi・リップマン︵≦巴酔巽ピ誤配壼三回︶が﹁政治学は︑行為を取り扱うのだから︑人間の動機についてなんらか

の積極的な概念の上に立脚しなければならぬ.︑⁝⁝⁝政治思想家は︑人民の性格と︑働いている動機について︑なん       ︵2︶らかの推定をつくらねばならぬ﹂と論じているように︑人間を軸ともすべき学問である政治理論あるいは政治学にお

いても︑人間性論・人間観と哲学をその下部構造として︑その上に上部構造たるその他の政治理論が体系づけ

られるべきである︒まさしくリップマンが主張しているように︑﹁われわれは︑人間にも政治にもひどく無知ではあ       ︵3︶っても︑人間を政治の中心におかざるを得ぬ﹂のである︒

 こうした人間を政治の中心におく方法︑人間性との関連において政治を取り扱おうとする試みは︑プラトンからべ

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ンサム︑ミルにいたる過去の偉大な政治思想家や理論家たちによってとられた︒すなわち︑かれらはそれぞれ独自の      ︵4︶人間性論ないし人間観をもち︑それを政治に関するかれらの思索の基礎としていたのである︒プラトン︑ア

リストテレスも︑ホッブズ︑ロック︑ルソーも︑ヘルバルト︑ベンサム︑ミルも︑かれらの政治理論のみならず︑社

会理論や経済理論や教育理論にいたるまで︑その基底にはそれぞれの人間性論が存在したのである︒

 しかしながら︑現代の政治学や政治理論  いな文化科学︑社会科学一般ll.に関する論文は︑稀少価値に値する

ほどの少数のものを除いては︑一般に過去の偉大な思想家の人間性論や人影観に照応するようなものからはじめてい

ない︒ウォーラスがいっているように︑﹁大がいの場合には︑その筆者がはたして人間性についての何らかの概念を       ︵5︶持っているのかどうかさえ︑見究め難いのである﹂といわなければならない︒

 この理由は︑学問の中世までの﹁神学の侍女﹂たる立場からの近世における解放︑学問の専門的分化︑および近世

ルネッサンスにおける人間解放に端を発し︑典型的には一八f一九世紀の啓蒙思想やその他にみられるような人間性

の楽観視とみることができる︒

 だが︑こうした人間性論や人間観不在の学問の結果は︑今日みられるような種々の欠陥と混乱をもたらしている︒      ︵6︶わたくし自身は︑今までもしばしば主張してきたのであるが︑ウォーラスのように﹁政治の研究を人間性の研究から       ︵7︶切り離そうとするこの傾向は︑思想の一時的な段階にすぎない﹂と考えているものの一人である︒

 西欧においては︑著名な学者や研究者たちがこの欠陥に気づいて︑入間の問題の重要性を説いていて︑ウォーラス

が述べているように︑﹁この傾向︵政治の研究を人間性の研究から切り離そうとする傾向  筆者註︶が続いている

間は︑政治学にとってもその影響は有害であろうが︑すでにその傾向も終りに近づいているという兆しが見えてい

︵8︶る﹂ようである︒

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 それに反して︑既存の一切の価値体系が崩壊した第二次世界大戦を契機として︑封建政から民主政へ転換してわず

か二十年という民主政の歴史の浅いわが国においては︑まだ人間解放の謳歌︑人間全能性の信仰︑無限の進歩の信奉

の段階であって︑一般には人間性研究軽視の風潮が濃厚である︒

 このような風潮が存在する他方において一あるいは︑このような風潮の土台の上に︑といった方が適切かもしれ

ない一︑わが国は戦後稀にみるスピードで経済復興を成し遂げたと同時に︑先進民主主義諸国が長い歴史をたどっ

て今日に到達したプロセスを短時間で成し遂げるべき大きな課題を負い︑それが政治学や政治理論の領域において

は︑人間性研究を切り離した制度の研究へと導いたといえよう︒

 だが︑このような状況の中にあって︑わが国においても︑先進民主主義諸国なみの大衆社会や大衆民主政における

種々な欠陥が現われて︑識者の中には少数ながらも︑分化している学問の統合︑学問の基礎としての人間性研究など

の不可欠性に気づき︑その必要を唱導する人々が現われはじめている︒日本においても︑一般の学者や研究者も早晩

これに気づかざるをえないであろう︒また︑気づかなくては困るのである︒

 いくら良い制度を研究制定しても︑その運用の主体かつ対象である人間の本性をみ究わめることなくしては︑それ

は一片の価値すらない︒いな︑現代の高度に専門化︑複雑化した政治︑経済︑社会等々の構造に関する知識と同時

に︑人間の本性を知らずしては︑いかなる適切な制度をもうみ出しえないのである︒

 やはり︑もう↓度学問の中心に︑政治理論の中心に人間をすえざるをえない︒その際の人間性研究にあたってもっ

とも重要な態度は︑リップマンのいう次のような態度である︒

 ﹁しかし つの相違を︑われわれはこの時代の中で︑注意しなければならぬ︒かれらは︑かれらの政治的人間を︑

一つのドグマにしたが︑われわれはそれを一つの仮説としておかねばならぬ︒それは斜壁と科学的謙虚さで調節する

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のが︑

      ︵9︶われわれの仕事だということだ︒L

第二章 近世以降の人間性論

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      第一節 原子説の復活i一近代原子主義

 前述のように︑中世が終焉し︑近世に入って︑神学の侍女たる立場から解放された学問は︑A・D・リンゼイ

︵≧①話巳霞O¢三︒℃二巳ω⇔︽︶が指摘しているように︑目的因︵跨コ巴︒窪︒︒窃︶ の否定ではじまった︒その否定       ︵10︶は︑学問における倫理の否定であった︒新しい諸学問は︑デカルトを筆頭とする一連の学者たちにみられるように︑

それまでの理性的な権威の代りに︑個々の実験の権威に依拠し︑この自然科学の領域における実験の方

法が新しい文化科学の領域にも採り入れられたのである.︑

 このような学問の新しい領域は︑︼方においては︑リンゼイがいうように︑英才のための養成場ではなくて︑各人

がそれぞれの独自の寄与をなすことができ︑またあらゆる奄々にとってそれぞれの仕事が存在するところの︑万人に       ︵n︶門戸の開かれた一つの民主的な共和国であった︒そこにおいては︑実験によって証明されえないものの存在は信仰の

対象とならず︑また実験によってあらゆるものが証明されうるという信仰が存在した︒ここにオーギュスト.コント

のいわゆる実証主義時代︵℃o︒︒三く①﹀篶︶への道が開かれると同時に︑ヴ無限の進歩という理念が打ちたてられ

た︒ 他方において︑この科学は︑古代ギリシアにおいてデモクリトスなどによって唱えられた原子説︵鋤叶O冷肉ωヨ︶を

復活させた︒それは単なる目的因の否定にとどまらなかったのである︒すなわち︑近世以降における物理学i自然科

学の勝利は︑実在物は︑最終的な分析においては︑無数の同じような繰り返しうる原子から構成されるという仮定︑

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あらゆる質的相違は原子の量的変化に帰しうるという仮定︑分析はあらゆる目に見えうる世界の外見上の富と色彩を

この量的な実在物に還元しうるという仮定︑に基いていた︒人間がそのように考えられた科学的研究の対象とみなさ      ︵12︶れる時︑まさにリンゼイが主張しているように︑人間は人格としてではなくて︑原子的個人とみなされたのである︒

 このような原子的個人から成り立つ社会︑すなわち原子主義的社会においては︑実在するのは根本において独立

の︑孤立した︑同じような原子的個々人であって︑社会はそのような原子的個人の単なる集合体にすぎないと考えら

れた︒原子的個人は︑機械の取り変える部分品に似ているといえよう︒

 以上のような近代原子主義は︑ホッブズ︑ロック︑ルソーなどの自然法的契約論者によって主張されたのをはじめ

とし︑政治学︑経済学等々ほとんどあらゆる学問の領域に滲透していった︒これが人間の精神︵ヨヨ匙︶に適用され

た時︑観念連合主義的心理学となり︑そこにおいてはすべてはただ外的関係のみをもつ独立の諸観念に還元されたの

である.︑

 右のように考えられた精神をもつ人間は︑偶発的な欲望に支配されて︑欲望に引かれるがままに︑かれらの

利己心にしたがって行動しうるのみである.

       第二節 ホッブズの人間観

 原子的個入主義と原子主義的社会観を近世においてもっとも明白に主張した人は︑﹃リヴ一︐︑イアサン﹂の著者である

トーマス・ホッブズ︵目ρ9崇戸u︒瞑○げげ①︒︒♂︒︒○︒一δミ︶であった︒

 ﹃リヴァイアサン﹄の中で画かれている人間は︑中世までのキリスト教的世界の中一.・主張された.神の僕たる人

間ではなくて︑それから解放された人間であった︑人間は︑キリスト教的道徳と密接に結びつけられ︑その支配と拘

束の下にある人皆ではなくて︑それから解放されたところの︑徹頭徹尾意思とゲ感情〃の人間として︑かれによ

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ってとらえられた.︑このような神︑ゲ理性的権威あるいは道徳から解放された意思〃と感情の人間は

ゲ感情︑感動︑衝動ないし本能の人間である.︑

 なるほど︑ホッブズはかれの諸著作において理性は中世までの人間像から解放された人間の性質の一部であるとい

っている廊︶しかし︑.門¢霧︒吃という語はホッブズにおいては理性と解釈したりあるいは︒推理と解釈したり

すべき語であって︑それはかれ自身述べているように﹁人間に生れつきのものでなく努力によって獲得される人工的

  ︵14︶

なもの﹂であり︑しかもかれの思想全体を考察する時︑理性の効力ははなはだ疑わしくなって︑理性は後退せざ

るをえなくなるが故に︑ かれの画く人間像はその本質において平心思と感情の︑感情︑感動︑衝動ないし本

能の入間といわざるをえない︑

 このような人間は︑ホッブズによって︑自然状態においては︑﹁力を手段として無限に欲望しかつ意思し続ける人       ︵15︶間﹂︑換言すれば︑﹁名声︑富および権威を求めて︑飽くことなく恒久的に互いに競争する人間﹂とみなされている︑

 この競争は︑各人の他のものより多くの知恵を有しているという優越的感情から生ずるので︑本質的なものであっ

て︑偶然的なものではない︑すなわち︑人間の問には︑恒久的かつ本質的な不信と敵意と他者からの不断の

恐怖とが存在するのである︒しかもさらに悪いことには︑各人自身の他者に対する優越性の思惑にもかかわらず︑      ︵16︶ホッブズにおいては︑各入は︑その肉体的力︑知能および経験などにおいて全体として考える時︑平等なのである︒

 右のように︑ホッブズにとっては︑人間の赤裸々な自然状態は平等者の至福︵﹃①=︒一q︶−  ﹁人が︑その時々      ︵17︶に欲求するものを獲得するという︑継続的な成功︑換言すれば︑継続的な繁栄﹂1を求めてのカの競争状態にほか

ならない︒力の平等は恐怖の平等のみならず︑また希望の平等を意味する故に︑後者は各人をして隣人の裏をかくよ

うに試みさせる.︑ここにその当然の帰結として︑そこにおいては力と欺隔︵閃O目O⑦ 卑口傷 戸戸⇔q阜︶のみが唯一

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の基本的な徳であるところの公開の衝突︑すなわちグ万人の万人に対する闘争︵げ①=ロ日︒日暮自国︒o癖馬︒ヨ昌Φω︶         ︵18︶状態が生じるのである︒

 以上のような人間の姿は︑中世までの桂棺からグ解放された人間︑倫理と切り離された政治の世界における人間︑

プラトン的な理性とは違った︑推理し︑思索し︑そして懐疑的な近代的︑革新的な人間︑iリンゼイの言を借りれ       ︵19︶ば︑﹁プロメテウスのような発明の才に富む革新者﹂一の悲劇である︒

 ホッブズ自身﹃リヴァイアサン﹄の第十二章において︑このような人間を次のように画いている︒

 ﹁各人は︑とくにあまりに先慮ある人は︑プロメテウス︵それは慎慮ある人のことだと解釈される︶は︑広い眺め

をもつカウカスの岡にしばりつけられ︑そこでは鷹がかれの肝臓を餌にして︑夜の間に恢復しただけを昼の問にくい

つくすのであった︒まさに丁度そのように︑人が将来に気をくばって︑あまりに遠い前方を見るならば︑昼の子中︑

かれの心は︑死や貧困やその他の災難に対する恐怖によって苦しめられて︑眠っている時以外には︑かれの心配は休       ︵20︶止したり途切れたりすることがない︒﹂

 また︑万人の万人に対する闘争状態について︑かれは次のように叙述している︒

 ﹁このような状態においては︑勤勉の余地は全くない︒なぜなら︑勤勉の果実は確かでないからである︒したがっ

て︑土地の耕作も行なわれず︑航海も︑海路で輸入される商品の使用も行なわれず︑便利な建築もなく︑移動するた

めの︑そして多くの力を必要とする物を移転させるための道具もなく︑地表に関する知識もなく︑時間もなく︑技術

も文字もない︒そしてもっとも悪いことには︑不断の恐怖と暴力による死の危険が存在し︑人間の生活は孤独で︑貧       ︵21︶しく︑険悪で︑残酷で︑しかも短い︒﹂

 以上のように主張するホッブズの人間観においては︑中世までの一切の伝統的なものから解放された楽観主義的な

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人間は︑綜合力において平等であり︑しかもそれを意識せずに﹁力を手段として︑名誉︑富および権威を求めて飽く

ことなく無限に欲望し︑意思し続け﹂︑そして互いに不信と懐疑と恐怖によっておびやかされ︑遂には孤独で︑貧し

く︑険悪で︑残酷で︑短命な﹁万人の万人に外する闘争﹂という悲惨な窮境一嘆︒象窪旨①葺  に陥っていくので

ある︒ ここに︑人間の歴史においては︑余りにも楽観主義的な人間観の終着駅はその反対物である悲観主義的人間であ

る︑というパラドックスないしアイロニーに到達することを如実に示している︒非人格的な原子的個人主義の人間へ

の適用の結果は︑このような原子主義的社会の悲劇的な場面をもって一応幕を閉じるのである︒

 さて︑このような闘争状態においては︑すべての者がそのカにおいて平等であるので︑いかなる入も他の人々から

崇められるような権威をもっていない︒また︑各人は︑いかなる連帯や紐帯や土ハ通の感情によっても︑他の人々と結

びつけられていないので︑かれ自身の利益を追求するだけである︒そのような社会においては︑人間のあらゆる行動

をその根底において動機づけるものは︑絶えざる他者からの恐怖から自己の安全を維持しようとする自己保存本

能と︑私利を追求する利己心のみである︒

 このようないかなる権威も存在しない社会において自己保存と自利の追求を達成しようとする中から︑ホ

ッブズ独特の絶対的な自然権︵冒ω2鉾ξ巴ρ跨①幻一αq巨︒︷Z簿霞¢︶と自由︵団げ㊤¢︶についての次のよう

な理念が﹃リヴァイアサン﹄第十四章の冒頭において展開されるのである︒

 ﹁著述家たちが一般に自然権︵言︒︒Z簿ロH巴¢︶と呼ぶ自然の権利︵汗①空αq︸客︒州Z讐吊鐘︶とは︑各人が︑かれ自

身の自然︑すなわちかれ自身の生命を維持するために︑かれ自身の欲するままにかれ自身の力︵℃o≦①﹃︶を用いると

いう各人の自由︵目び①目蔓︶である︒したがって︑かれ自身の判断と理性において︑そのためにもつとも適切な手段

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だと思われるあらゆることを行なう自由である︒

 自由︵ごげ①二k︶とは︑この語が本来意味するところによれば︑外的障碍の欠如︵爵Φ簿げ︒︒窪︒①o︷Φ×8ヨ鋤一=ヨ需i

島ヨΦ三︒︒︶と解釈される︒この障碍は人間がかれの意図することを行なうカの一部分をしばしば取り去るが︑しかし      ︵;かれが残りのカをかれの判断と理性の指示にしたがって用いることを阻止することができない︒L

 もしわれわれがこのような社会に生をうけて︑生活しなければならないとしたならば︑それをそのまま放置してお

いてよいであろうか.︑ケンブリッジ大学のM・オークショット教授︵鷲︒︷.半島舘一〇罫¢ωぎεは︑かれの編集に

なるP.リヴァイアサン﹄への長文の序文の中で次のように述べている︒

 ﹁政治哲学に関するすべての傑作は窮境︵嘆①岳室ヨ①葺︶についての新しい視覚から発生しており︑そしてそれら       ︵器︶は救済に関するそれぞれの示唆ないし見解を述べている︒﹂

 偉大な政治思想家であるホッブズは︑この窮境からの救済手段として︑まず︼応︑ゲ理性の命令である自然法を

    ︵齢︶挙げている.しかし︑その自然法は︑かれにあっては︑﹁常に良心を義務づけるが︑⁝⁝−・内面の法廷において︵⁝コ

︷霞︒冒結ヨ︒︶義務づける﹂のであって︑﹁結果については︑ただ保証がある時にのみそうする⁝⁝⁝必ずしも外面の      ︵25︶法廷において︵ぎh︒﹁o︒㌶①毎︵じ︑すなわちそれらを行為するように︑拘束するのではない﹂のである.︑

 以上のように︑ホッブズの自然状態︑すなわち原子主義的社会は︑自己保存と欲望の満足を本質とした各人に平等

な︑しかも絶対的な自然権と自由によって貫かれていて︑あらゆる権威が拒否された闘争状態であるので︑理性はそ

のような状態からの救済手段にはならないのである︒

 このような承認された権威の基礎が全く失われた時︑政治思想家たちの第︼の避難所である社会契約は︑リンゼイ      ︵26︶が主張しているように︑役に立たない︒社会契約は拘束力を有する権威に基くからである︒ホッブズはこの点につい

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       ︵27︶て﹁盟約は︑剣なくしては︑単に言葉にすぎなく︑入間を保障する力を全くもたない﹂ ︵Oo︿窪謬β鼠夢〇三二拓

ある強制的な力の恐怖なくしては︑人間の野心︑食欲︑およびその他の諸感情を抑制することができない﹂ ︵↓ず︒        ︵28︶ Gり?o憎斜母︒げロ齢≦o瓦︒︒§匙︵啄=o︒︒㌶o員鋤q算件○︒︒①3﹁①飴∋帥コ露点一︶︾あるいは﹁言葉の契は余りにも弱いので︑

げop騎Oh≦oaω費①80奄Φ聾8びユ巳①薄霧︑u・旨旨び三〇p碧p二〇ρ鋤⇒㎎①さき臨︒チ巽程ωω一〇霧﹀≦凶子○巳暁$冨︒︑

ぎβ①80﹁o①ぞ¢℃o芝角︶という名言をはいているG

 ここで︑遂にホッブズは最後の救済策として︑強力な国家の設立を主張するのである︒かれの国家の原因ないし起

源は理性ではなくて︑ レオ・シュトラウス︵ぴ¢︒の耳聞︒︒︒︒︶が述べているように︑ホッブズは理性を無力なものとみ      ︵29︶なしている故に︑理性をむしろ暴力による死の恐怖q重器亀く一三︒三一一︶①七三ごの感情と同視して︑リンゼイが指

摘しているように︑自己の安全に対する欲望  自己保存本能1とこの暴力による死に対する恐怖を︑︑あら      へ304ゆる他の欲望から切り離して︑これを原因ないし起源として国家を設立しようと試みるのである︒

 ホッブズは︑この国家設立をかれ独特の社会契約によって︵それは矛盾している.︑なぜなら︑かれの自然状態にお

いては︑人々の間には社会契約を結ぼうといういかなる契機もみられないからである︒そこに︑前述のシュトラウス

が指摘しているように︑自己保存本能と暴力による死の恐怖の感情を他のあらゆる欲望から切り離すという苦し

まぎれの方法がとられるのである︶︑行なうのである︒

 その国家は︑絶対的な自然権と自由を有するゲ万人の万人に対する闘争〃状態の救済手段である故︑きわめて絶大

な権力を有するものたらざるをえない︒各人は︑かれらの平和と共通の防衛のために︑相互の間で︑契約の当事者以

外の第三者にかれらの全権力を譲渡して︑一人の絶対的主権者を設定するのである︒この主権者は契約の当事者では

ないので︑いかなる義務も有せず︑またいかなることをなしても契約違反一.不正の罪を問われることがない︒これ

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に反して︑全権力を譲渡して人格を放棄した各人は︑ただ臣民として主権者の命令に絶対的に服従する義務のみ

を負うのである︒

 すなわち︑ホッブズの国家設立の社会契約においては︑絶対的主権者のみが各人の放棄した人格をもっているとこ       ︵31︶ろの唯一のノ人格であって︑人格を放棄した各人は非人格的な奴隷の境遇に駆りたてられるのである︒

 このオール・マイティの第三者たる絶対的主権者が国家と呼ばれ︑それが以上のような性格をもつところに︑ホッ

ブズが旧約聖書の中の巨大な怪物の名をとって︑国家をリヴァイアサンと名付けたり︑半死的な神︵ゴPOH博浜山 ︵甲O偶︶      ︵32︶と命名したりした理由がある︒ホッブズの国家はまさに怪物であり︑神なのである︒

 以上のようなホッブズの理論において象徴的に表現されている原子主義的人間観︑およびそれから派生する原子主

義的社会観︑国家観には︑次のような致命的欠陥が顕著にみられる︒

ω 理性的権威あるいはモラルと切り離された原子主義的人間は非入格的なものであって︑本質的に欲望の人間

であり︑力を手段として飽くことなく無限に名誉︑富︑権威を追求する︒そしてそのような人間の唯︸の徳はカ

と欺隔である︒

拗絶対的自由は真の自由ではなく︑その反対物である︒

㈲ 原子的個人主義の上になり立つ原子主義的社会は︑本質的に無政府主義的社会であり︑最終的にはそれから専制

政治に到達する︒

      ︵33︶       ︵34︶ このことは︑プラトンが﹃国家論﹄の中で指摘しているように︑またリンゼイも主張しているように︑絶対的自

由のみを追求する大衆からなりたつ民主政治一大衆民主政治は遂には専制政治に転化するという危険に常につきま

とわれていることを︑明示する︒ワイマール共和国の民主政治の中から独裁者ヒットラーが出現した最近の歴史は︑

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この﹁つの生ける実例であろう︒

働 原子的個人主義は︑ホッブズの所論から示唆されるように︑非人格的な平等者の社会  原子主義的︑機械的民

主主義の社会  を齎し︑遂には窮境に到達するのであるが︑このことは︑民主政治︑大衆民主政治とモラルとの間

には不断の緊張関係が存在することを明示する︒

㈲ ホッブズは社会や国家を功利主義的ないし便宜的な手段と一方的にみなしているのであるが︑そのような場合に

は︑プラメナッツ︑ウェイバー︑パウル︑セイパイン︑オークショット︑およびパーカーなどが一致して指摘してい

るように︑そこにはルソーのいわゆる一般意思︑共通善︑公共の福祉︑共同体および人民あるいは国民などの理念は

   ︵35︶存在せず︑そこに存在するのは本質的に私利を追求する原子的個人︑ルソーのいわゆる私利の総計にすぎない       ︵36︶全体意思︵一二 くO一〇P什ひ 島Φ 叶O¢匂6︶であり︑そのような社会は良くてせいぜいテンニース ︵曇日9巳①ω︶のいわゆ

       ︵37︶る目的・利益社会︵○霧①=ω︒冨εであって︑共通の目的や利益が存在する問だけその存在を保ち︑それが失われ

るや直ちに崩壊して原子的個人主義に戻るところの潜在的無政府主義社会である︒

耐 功利主義的な国家はせいぜい各人の僕ないしその利益調停者にすぎなくて︑ホッブズに代表されるような原子的

個人主義から到達したような国家は︑グーチ︵O.℃●Ooo︒﹃︶が指摘しているように︑積極的な機能を全然もたな

︵38︶      ︵39︶

い︒したがって︑そこにはゲッテルが述べているように︑社会福祉国家は見受けられない︒

 いずれにせよ︑本節の要約としていえることは︑.モラルのヴェールを脱ぎ捨てて︑近代的な装いをまとった人間

解放の楽観主義的な原子主義的人間観においては︑人間は自己保存と利己的欲望の飽くことなき追求者として取り

扱われ︑グーチが指摘しているように︑相互扶助という人間性のもう︼つの面を見落しており︑人間はなんら道徳

的︑社会的︑政治的動物ではなくて︑逆に余りにも悲観主義的ないし侮蔑的な人間観に陥らざるをえないのであっ

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       ︵田︶て︑このような人間観からは専制主義的ないし絶対主義的な政治理論のみしか生じないということである.別言すれ

ば︑絶対的な自由あるいは平等の上に立つ個人主義は︑民主主義的な政治理論には到達しないで︑むしろ逆に専制主

義ないし絶対主義という反対物に転化するということである.︑

       第三節 功利主義の人間観

 前節で述べたホッブズの理論は︑当時のイギリスにおいては受け容れられなかった︑いな︑かえって激しく攻撃さ

      ︵腸︑︶れたのであるが︑しかしかれの後世の理論家たちに与えた影響は非常に大きかった︑

 ホッブズの諸理論は︑その根底において全く個入主義的であり︑その個入主義は︑セイパインの言を借りるなら      ︵42︶ば︑完全に︑近代的な要素であり︑そしてダンニングがいっているように︑かつてミルトンやその他の革命理論家た      ︵拐︶ちによって主張されたような︑すべての人間は自然的には平等であるということ︑また前述のような絶対的自由とい

・5一ことの承認の上に基礎をおいたのであった.ただ︑かれの個人主義は原子主義的なものであり︑余りにも極端であ

ったが故に︑絶対主義という反対物に転化したことは既述の通りである︒しかしながら︑それにもかかわらず︑かれ

の個品主義という近代的な新形式は︑それがカントおよびフでヒテの形而上学的錯綜において完全にその消滅を遂げ       ︵掃︑︶るまで︑かれ以降の政治哲学において特殊な発展経路をたどる運命にあqたのである︑

 この個人主義は︑来るべき時代の特徴をもっとも明白にとらえた面であり︑セィパインが述べているように︑かれ

の後の二世紀問は︑その社会的背景の下に︑私利1ーホッブズの理論における功利主義的側面  は︑大部分の思

想家たちにとって︑︐無私よりも人間の明白な動機であるように思われ︑そして啓蒙化された私利はいかなる      ︵範︶集団的な行動に劣らず社会的病悪に対してより以上に適用しうる救済薬あるいは万能薬であるように思われた︒それ

がイギリスにおいては︑ベンサム︑ミルなどの楽観主義的な功利主義の学派であったことはいうまでもない︒︵この点

42

(15)

43

に関して︑リンゼイは︑ホッブズは生れながらにして自分自身の利益のみを追求するところの ヴ経済人Φ8コ︒巨︒       ︵46︶ヨ鋤P﹃080¢︒08∋8臣の発明者であって︑ベンサムやマルクスなどの起源である︑といっている︒︶

 ベンサムやミルなどを中心にしてイギリスに栄えた功利主義思想の特徴は︑その普遍的合理主義と︒原子的個

人主義である︒それにおいては︑人間は利己的な原子的個人としてとらえられ︑個々人の利益を追求させると同時

に︑それとあらゆる人々の善すなわちグ最大多数の最大幸福との人工的調和をつくり出すことが国家の任務とみな

された︒功利主義思想においては︑国家は個人のための手段であり︑自由放任が極度に主張され︑国家は個人間の利

益調停者にすぎず︑その権力は最小限度に制限され︑もっとも少く政治することがもっとも良い政治だと考えられ

た.要するに︑国家は︒必要悪9霧¢累鴛︸・︒<一﹇︶であったのである︑この功利主義的国家観は︑自然法説などとと

もに︑この時代の﹁自由国家﹂観やつッサールのいわゆる﹁夜警国家﹂︵Z碧︸量≦蓼茸霞︒︒叶舞じ観などを形成したの

である︒このような功利主義思想は︑当時の資本主義勃興期の時代に適合した︑当時は︑外においては近代のグ人間

と世界の発見によって世界の無限性が確認されると同時に︑内においては封建諸勢力に対する新興ブルジョアジー

の自己実現の時代であった︑その要求は︑私有財産の絶対を基礎として︑国家権力をできるだけ小さくし︑自由放任

を最大限に達成しようとすることにあった︑このような要求は︑産業国命を経験し海外に市場をもつイギリスやフラ

ンスなどの先進国にとっては︑達成可能に思われた︒

 それ故︑これらの国においては︑国王や貴族や僧侶などによってかれらの独占的利益のために導入された人工的制

限をとり払って︑各人の自由競争に放任しておけば︑自然秩序の﹁見えざる手﹂によっておのずから予定の調和

︵嘆Φ①︒︒臼げ=︒︒腎︵=一宗ヨ︒身︶が保たれて︑﹁万人物ために最大幸福﹂が齎らされ︑自由貿易に委しておけば︑おのずか

ら世界経済がもっとも合理的な分業を営んで︑全人類が豊かな生活を享受しうる故︑国家権力はそれに︑介入し干渉す

43

(16)

44

る必要はない︑と考えられた︒アダム・スミスの自由貿易論やマンチェスター学派の世界経済分業論などは︑まさに         ︵47︶その典型的表現である︒

 以上のような経済の自律化思想は︑経済学の領域に当然波及して︑それまで︑︑勺︒一三8一国8つ︒悪評︑︑といわれてき

た経済学は政治的という形容詞を振い落して︑.団8口︒長身︑︑という語に書き変えられた.︑この傾向は他の学問に       ︵48︶もおよび︑それぞれの領域で︑細分化専門化していった︒

 功利主義の人間観もまた︑楽観主義的︑原子主義的人間だといわざるをえない︒事実︑それは十九世紀にいたっ

て︑遂に新しい諸思想からの大いなる挑戦を受けるのである︒

      第四節 資本主義の人間観

 次に︑功利主義によって支えられた資本主義においては︑実際に人間はどのように取り扱われたか︑ということが

当然問題にされなければならない︒

 企業家たちは︑かれらの力に対する諸抑制から自由たらんと欲した.と同時に︑かれらは︑かれらが雇用した凹々

に対する権力を保持しよう︑と欲したのである︒かれらが個人主義と企業の自由を賞揚した時︑リンゼイが

指摘しているように︑かれらはかれら自身のわがもの顔の進取の気象のある産業的計画者たちの自由について考えて

いたのである︒科学的諸方法の産業への適用において︑かれらはその労働者たちを他の生産要素と︼緒に整合さ

れるべき非人格的な一つのゲ生産要素と考えた.企業家たちは労働者の民主的組織と自由に対して︑労働者たちが       ︵49︶民主的自由を要求したのと同じ位︑頑強に抵抗するようになった︒

 このようにして︑産業主義一資本主義の発展は︑遂に︑そこにおいては大量の人々一すなわち大衆一の

質的相違が欲せられないで︑むしろ逆にそれが妨害されたところの︑またそこにおいては精巧な機械の下に駆使され

44

(17)

45

るところの︑

ある︒

ただ反復性の標準化された行動のみが下せられるところの︑非人格的な産業組織をうみ出したので

       第五節 社会主義者および集産主義的計画者たちの人間観

 以上のような資本主義の発展は︑一九世紀後半から二〇世紀初頭にかけて︑遂に独占段階に突入して︑その種々な

矛盾と欠陥をはっきりと露呈するにいたったのであるが︑このような資本主義とそれを支えたところの功利主義に対

する有力な挑戦者︑反対者が出現した︒それが︑一連の社会主義者ならびに集産主義的計画者たち− とくにマルク

ス  の諸勢力とその思想であったのである︒      ︵50︶ リンゼイをして﹁ヘーゲルのみならずベンサムをも転倒させた﹂といわしめたマルクスを筆頭とする革命的と

自称する一連の社会主義者や集産主義的計画者たちは︑財産は力であり︑投票権と同じように︑資本主義を打倒︑廃      ︵駈︶止し︑生産手段を公有化して︑経済カー 富iも広く配分されるまでは︑参政権はより有効にはなりえない︑と主

張した︒ かれらの主義主張は︑たしかに資本主義の発展に伴なって生じた労働者の悲惨からの救出︑すなわちヒューマニズ

ムに動機づけられていた︑これはわたしは率直に認めるし︑また大かたの人々も否定はしないであろう︒だが︑問題

はそのような救済方法にある︒

 この点について︑ウォールター・リップマンは

 ﹁大きな財産を国家に集中することによって︑経済力を分配できるという社会主義の結論︑また投票とリフレンダ

ムを産業生活にいきわたらせることが︑有能な公民の決定を齎すという結論は︑これもまた問題を検討しないで︑当      ︵52︶然のこととしているものだと︑わたくしには思える﹂

45

(18)

46

といって︑深い疑いの眼を向け︑それには﹁民主主義の神秘的な錯覚がある﹂  後述する  と︑次のように論断

している︒

 ﹁そのように一層多くの問題を投票に付するということで︑人間の中に︑今まで発見されなかった賢明さと︑専門

的能力と︑公共利益の蓄積が現われたと考えるのは︑そもそもどんな根拠によるのか.社会主義の計画には︑人民は      ︵53︶すべて有能だという民主主義の神秘的な錯覚がある︒﹂

 ﹁集産主義的計画者らは︑人類のことを語っているのではなく︑かれらの夢の中で考えた何か別の種族のことを語

っているのだ︒かれらはまさにあたかも︑そこでは入間は︑天使のごとく飛ぶ素質をもって生まれ︑夏の微風の芳香

を食べて生き︑すべての可能な知識を賦与されている社会のための︑プランをつくるほど知性的であるかのような︑      至︶人間がもっているものとは全然異なった︑知性と徳を仮定しているのだ︒﹂

 以上のようなリップマンの批判は︑社会主義者や集産主義的計画者たちの理論が人間の本性に深く言及せず︑制度

や環壇さえ良くすれば社会は良くなるという安易な考えをもった結果︑結局はそれは十八世紀の啓蒙思想の落し子で

あることを適確に指摘したものといえよう.︑

 また︑イギリスの著名な歴史哲学者であるクリストフマー・ドーソンは︑マルクスがその著書﹃土ハ産党宜言﹂の中

一.E︑ブルジョアジーの文明の物質的業績とその力︑すなわち機械と経済組織による世界の征服を讃美していると述

べ︑さらに﹁彼はブルジョワジイの革命的業績というもの︑即ち旧来の社会上の諸形式︑諸制度の打倒︑宗教的伝統

に対する反逆︑人生の徹底的世俗化︑これらの業績を一層高く買っているのである︒すべてこれらの点においてマル

クスは共産主義を以て資本主義的もしくはブルジョワ的伝統を継続する運命を担ったものと見倣し︑資本主義を以て       ︵55︶経済的世界組織化の新体制に向う第一歩を踏み出したものと見ているのである﹂と主張しているが︑この機械と経済

46

(19)

47

組織による世界征服の讃美︑宗教的伝統に対する反逆︑人聞の徹底的世俗化などの諸点において︑マルクスの諸理論

の源流はホッブズにあるといえよう︒       ︵56∀ リンゼイは︑マルクスはホッブズを﹁われわれすべての父﹂と呼んだと述べている︒そのホッブズの所論は︑すで

にみたように︑非人格的な原子的個人主義︑原子主義的無政府社会から逆に強力な神である絶対主義的主権者一国家

︵リヴァイアサン︶の設立にいたるのであるが︑ホッブズを父にいただくマルクスの理論の終着駅も︑一個の独裁理

論  形式的にはプロレタリアートの独裁︑実質的にはプ・レタリアートの前衛である共産党の独裁︑そして究極的

には共産党の最高指導者の独裁i15である︑

 換言すれば︑マルクスを筆頭とする革命的な社会主義拳や集産主義者ヒちも︑つまる・二ころほ︑その本質にお

いて︑ホッブズに典型的にみられるような﹁名誉︑富︑権威レなどの世俗︑物質的な欲望をカを手段として限りなく

追求するという近世以降の入間観の上に立脚し︑実際には資本主義において一部の少数のものの間にだけしか適用さ

れなかった功利主義思想の万華への適用をはかり−:したがって︑資本主義も社会主義も物質至上主義や功利主義思

想に立脚しているという点で同根である  −︑遂にはそのような楽観主義的入間からその全く反対物であるところの

侮蔑的人間観の政治理論的表現♂.・あるところの絶対主義的独裁理論へと転化していったのである.

 いずれにせよ︑それぞれの立場から︑リップマンは社会主義はむしろ逆に﹁止むことのない︑疲れることのない︑

公民の義務の回転と︑今でもすでに余りにも複雑化している政治的利益を︑さらに著しく複雑化することを予想する    ︵57︶      ︹58︶ものである﹂と主張し︑ドーソンは﹁マルキシズムはある非人間的性格によって特徴づけられている﹂と断じ︑そし

て﹁共産主義に向って下される最後の知事は︑共産主義が新しい入間性のために建てつつある家は宮殿でなくして︑       ︵59︶牢獄であるということを私は信じる﹂と論じているが︑これらの言葉は全く傾聴に値するものといえよう︒

47

(20)

48

       第六節 正統的民主主義の人間観

 最後に︑従来の正統的民主主義の人間観について︑一言ふれてみたい︒

 民主主義の源流に関しては︑種々な説が存在する︒ある入はフランス革命の思想︑とりわけルソーのそれに求め︑

ある入は自然法思想における自然主義的︑個人主義的な自然権思想に求め︑またある人はイギリス革命におけるピュ

ーリタニズムに求める︑といったような具合である︒

 しかしながら︑それはともかくとして︑近世以降の目的因の否定︑学問の﹁神学の侍女﹂たる立場からの解放︑学

問の倫理からの独立︑学問への自然科学的方法の導入︑学問の分化︑原子主義︑功利主義︑資本主義︑社会主義等々

の流行は︑のピューリタニズムにみられるところの︑神によって愛される個人の魂の絶対的価値︑神の前での罪人と

    ︵60︶      ︵61︶しての平等︑選民としての平等︑自己を神の前に投げ出して︑神に絶対的に服従するという意味における自由︑口神

ないし創造主から与えられた自由と平等︑あるいは権利を︑神の加護と照覧の下に再確認して︑︼般意思︑公共の福       ρ62︶祉のために︑あるいはそれを妨げない限りにおいて行使するという思想︑蟹さらに一般的には︑民主主義は人間の不

完全の承認の上に成立するという理念︑等々を民主主義の思想ないし哲学から後退せしめ︑人間の全能性︑ゲ欲望

と私利に基く人間︑絶対的自由と平等の権利などの諸理念によって民主主義を濃く色彩っていった︒

 このような傾向は︑尊大な数にのぼる大衆が政治の舞台に登場し︑前面に大きくクローズアップされてきた現代の

大衆社会において︑︸段と著しくなってきているといわなければならない︒

 わが国においても︑以上のような風潮が︑第二次世界大戦における敗北による︑の伝統的な一切の価値体系の崩

壊︑口新しい価値基準の未確立︑国そのような思想的真空状態と敗戦直後の経済的窮境を契機としてのマルキシズム

的唯物思想の流行︑矧著しい経済復興と大衆消費社会出現に伴なう物質至上主義の思想の蔓延︑圃戦後わずか二十年

48

(21)

49

という短い歴史の民主主義の未熟さ︑等々をはじめとする種々な特殊日本的状況が加わって︑充満している︒

 以上のような現代民主主義あるいは民主政治の欠陥あるいは危機を︑鋭い洞察力をもっていちはやく見抜いたリッ

プマンは︑一九二五年に執筆した﹃まぼろしの公衆﹂︵︑﹁げ①℃げ鋤口8葺℃=げ=o︶の中で︑﹁蝉吟は複雑であり︑人間の

政治能力は単純である︒その間に橋渡しすることができるだろうか﹂というアリストテレス以来の問題に答えるに︑       ︵63︶正統派の民主主義者たちは﹁無制限な政治能力が世論の中に存在するという推定をもっていた﹂と主張している︒す

なわち︑かれらは﹁人民の意見は賢明で善良だ﹂と想定して︑﹁参政権の拡大を提起し︑できる限り多くの国民発案︑

国民投票︑リコール︑上院議員の直接選挙︑直接予備選挙︑選挙された裁判官などの方法で︑投票の機会を多くする      ︵64︶ことを主張した﹂のである︒

 しかしながら︑リップマンはかれらのこのような楽観主義的人間観に関して︑﹁一世紀問の経験は︑われわれにこ

の推定を否定することを余儀なくしている︒したがって︑われわれは︑この問題についての解答はまだ与えられてい

ない︒われわれはアリストテレスがやったように大きな社会を拒むこともできないし︑民主主義者がやったように︑

市民の政治能力を誇張することもできない︒われわれは︑人間がきわめて簡単な方法で︑高度に複雑な問題に対し︑       ︵65︶有効に行動する途を見出すことができるかどうか︑と尋ねずにはいられない﹂と論じて︑かれらの﹁前提には偽りが

 ︵66︶

ある﹂と断じている︒

       第七節 近世以降の人間観に関する概観的結論

 以上︑近世以降の人間観を概観してきたが︑わたくしは︑ホッブズのであろうと︑功利主義のであろうと︑資本主

義のであろうと︑社会主義者あるいは集産主義者のであろうと︑正統的民主主義者のであろうと︑リップマンが主張

しているように︑全能で主権的な人間などという余りにも一方的に楽観主義的な人間像は︑間違った達成で

49

(22)

50

きない理想であって︑﹁それを追求することは人を誤らせる﹂ことになり︑﹁それが達成できないということが︑今      ︵67︶日の失望をうんでいる﹂が故に︑これを拒斥せざるをえないのである︒       ︵未 完︶

註ωO弟ゴ節ヨ≦巴町︒︒=⊆ヨ帥コZ⇔ε﹁①ぎ勺︒=二諺チヰ島︒島試oPト㊤にトグレーアム・ウォーラス著︑石上良平・川﹇﹇浩共訳﹃政

  治における人間性﹂︑昭和三十三年︑四︑五八頁︒

 ② 目ゲ¢国︒︒︒弓①うユ巴=︸も∋餌昌p>℃o=二〇巴コ三〇㏄o℃7図︷霞=げ二巴一︶¢ヨoc同蓉ざ︒︻rげ︽O=葺︷注菊︒湯口醇餌コ匹忌日︒︒・ピ霞ρ

  這︹い9℃.釦に.

(4)

︵3

〔6) {5}

〔12}  (11)  qO)  (9)  (8)  (7}

一げ一穿 勺.朝一N  堕ぎ三こ戸2S

石上・川口共訳︑前掲書︑二一頁.︑

石上・川口共訳︑前掲書︑↓=頁︒

拙稿﹁大学と政治的行動﹁︑﹁海外事情﹄︑拓殖大学海外事情研究所発行︑昭和三十五年八月号

拙稿﹁矢部貞治博士の政治学﹂︑﹃海外事情﹂︑昭和三十七年十月号

拙稿﹁ウ+.ールター・リップマンの人間観﹂︑﹃拓殖大学論集﹂︑拓殖大学研究所発行︑第四九号︑

などを参照されたい︒

石上・川口共訳︑前掲書︑二三頁..

同右書︑二三頁︒

日ゲ①国ω︒・①コユ巴ご℃勺ヨ餌昌同ご︸︶.0ミ■

﹀・U.=口牙餌ざ日ぴΦζo^830①∋o︒轟二︒Go鼠8︾H潔Q︒曽℃■刈○︒.

一げ一餌 ℃●刈○○  .V

H獣匹■ ℃.刈¢.  V 昭和四十一年二月

50

(23)

51

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  拙稿﹁

(3① (29)  (28.i  〔2τ..:1  (26.l  I.25〜..1  1.、.24}  (2ざ!  〔:.22..1  (21.}  1:.2(}../  1:../9.〕.  ・...19..I  l17..:1  〔./畦〜:1  〔1=〜㌧  {ユ41

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ン自︹﹃簿¢一〇餌犀Oo︒7C零︾一コ貫○︵三C二︵冒コ一〇rO≦m戸二二コ導O拝σ冥プ剛ヨ導一¢01ρ一︾.と.

くわしくは︑拙稿﹁ホッブズの政治思.想﹂︵その一︶︑前掲誌の第三章﹁ホッブズの自然状態論﹂

       Ψ一じ早ヨ皷a叶7ロコ  O一ρ. ×<.

﹀.一︶.ピーコ山ψ鋤鴇vO℃.O搾.9℃.㏄に.

ピΦ︿一鎚叶げ餌コ層07.×<口.

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﹀.一︶・い一コ山頓餌団uO灼.O搾こ℃.GQN. を参照されたい︒

51

(24)

52

⑳ ホッブズの社会契約論と国家論に関しては

  拙稿﹁ホッブズの政治思想﹂︵その二︶︑拓殖大学論集第十一号︑昭和三十一年十月

      同     ︵その三︶︑   同  第十二号︑昭和三十一年十二月

  で詳述しているので︑これらを参照されたい︒

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.唄 当時の諸家のホッブズに対する非難攻撃については︑前述の︑旨︒ゴ昌bdo≦貯寓︒げび霧雪山=冨O﹁謬一国6ヨ.

 べられているが︑これに関しては にくわしく述

52

(25)

(54)  〔531  〔521  (51)  に0、  擁9)  笠8}  〔471  但6:[  呂51  (44)  叫31  樽2[

53

6殴 (57) 暢6}

拙稿﹁ホッブズの政治思想﹂︵その四︶︑拓殖大学論集第+三号︑昭和三+二年四月

で詳述しているので︑これを参照されたい︒

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>.じ.=昌低㏄俘ざ︒℃.c搾︾℃℃.㏄㏄堕㏄蒔

矢部貞治﹃政治学﹂︑昭和二十四年︑二五八一−九頁参.照︒

 同︑ 二五九頁参照︑

﹀.じ.==︹デ餌ざ£︶.c詳.り℃.GQ一■

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↓げ︒国㏄㏄¢葺陣巴ピ督℃ヨ帥口P℃.嵐一

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深瀬基寛訳﹁宗教と近代国家﹄︑昭和二十一年︑弘文堂︑ ︼二九−=一二頁︒

=昌q︒自国ざ︒や9rO.Gcド

目7①国ωωΦ5甑巴臣℃唱日ロ昌コや5ト.      ・

深瀬訳︑前掲書︑ 一八四頁︒

53

(26)

54

〔.67) 〔「661  〔fi51  (64)  〔63)   〔621  (61)  (6①   (59)

深瀬訳︑前掲書︑ 一九三頁︒

ピ睡コ島ω曽団りO℃﹁O一酔こ℃■﹃刈.

ζ餌同二Pピニ叶7Φ同︾<Oコ儀①同岡居Φ凶ゲ①蹄㊦一昌㊦ωOげ﹁幽oD一ΦコヨOづoaOぴΦづ.

アメリカの﹁独立宣言﹂︑フランスの﹁人間および公民の権利の宣言﹂などを参照されたい︒

日7①国uDの①=二鋤一ピ一℃唱∋⇔コ昌や℃℃.り︒ゆlOO.

Hげ一臨G℃︒一㎝O.

一び一ユ←唱■09

Hげマ轡切℃.一㎝一︒

一げマピu℃℃.一窃一一一㎝卜Q■

54

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市民的その他のあらゆる分野において、他の 者との平等を基礎として全ての人権及び基本

「欲求とはけっしてある特定のモノへの欲求で はなくて、差異への欲求(社会的な意味への 欲望)であることを認めるなら、完全な満足な どというものは存在しない

としても極少数である︒そしてこのような区分は困難で相対的かつ不明確な区分となりがちである︒したがってその