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博 士 論 文 概 要 書

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Academic year: 2021

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早稲田大学大学院  経済学研究科

博  士  論  文  概  要  書

論  文  題  目

近代フランスにおけるユダヤ人社会

―アルザス・ユダヤ人の分析を中心に―

申  請  者

川﨑  亜紀子

Akiko Kawasaki 理論経済学・経済史専攻

2009 年 4 月 

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  本論文は、アンシァン・レジーム期から第二帝政期までのアルザス地方のユダヤ人 を対象にして、フランスのユダヤ人社会の中でもっとも強くフランス国家、国民双方 への同化を要求された彼らは実際にどのように対応していったのか、それを受けアル ザス・ユダヤ人社会の変容はいかなるものであったのか、同化の問題は国民国家形成 とどのように関わっていくのか、といった点について社会経済史的視点を据えながら 解明を試みたものである。ドイツとの度重なる領土変更を強いられた辺境地域である アルザスに神聖ローマ帝国領時代から居住が認められていたアルザス・ユダヤ人の人 口は、フランスの他地域で居住が認められていたユダヤ人に比べると圧倒的に多かっ た。また、彼らは慣習、言語、生活様式などの面でユダヤの伝統にもっとも忠実であ ったとされ、国内の他地域のユダヤ人よりむしろ国境を越えた南西ドイツのユダヤ人 のそれに類似していた。したがって、彼らは近代フランスの国民統合の枠組みから最 も遠い集団の一つを構成していた。実際には、彼らはどのような社会集団であったの か、また特にフランス革命以降フランス全体での課題になった「フランスへの同化」

は、アルザス・ユダヤ人に対して具体的にはどのように要求されたのか、そしてアル ザス・ユダヤ人はこのことに対し、どのような反応をしたのか、こういった点を明ら かにするため、本論文では以下のような章構成をとる。

第 1 章  アンシァン・レジーム期のアルザス・ユダヤ人社会 

      (『早稲田経済学研究』46 号、1998 年、231-242 頁を修正・加筆) 

第 2 章  「解放」後のアルザス・ユダヤ人社会―バ・ラン県の事例を中心に― 

      (『学術研究―地理学・歴史学・社会科学編―』51 号、2003 年、17-32 頁 を修正・加筆) 

第 3 章  アルザス・ユダヤ人による「再生」の挑戦―職業教育の観点から― 

      (『ユダヤ・イスラエル研究』20 号、2004 年、3-12 頁を修正・加筆)

  第 4 章  1848 年の反ユダヤ暴動―ユダヤ人「解放」の裏で― 

      (『早稲田政治経済学雑誌』364 号、2006 年、83-98 頁を修正・加筆) 

  第 5 章  アルザス・ユダヤ人の移住とフランスのユダヤ人社会 

      (鈴木健夫編『地域間の歴史世界』、早稲田大学出版部、2008 年、172-193 頁を修正・加筆)

  第 1 章では、アンシァン・レジーム期において、フランス国内ではユダヤ人に対す る追放令が有効であったなか、アルザス・ユダヤ人はどのような社会生活を営んでい

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たのか、定着状況や職業構成などの面から検討し、それはアルザスの特殊な状況とど のように関連していたのか考察した。また、アンシァン・レジーム末期における事例 を紹介することで、アルザス・ユダヤ人が持っていたアルザスや王国政府における経 済的社会的影響力についても明らかにした。アルザス・ユダヤ人は、アンシァン・レ ジーム期において居住、職業選択、土地購入などの面で経済的規制を受け、さらに非 ユダヤ人には課されていない特別税の負担を強制されていた。また、中世以来のアル ザス住民のユダヤ人に対する偏見は根強く残存していた。しかしながら、彼らは農村 での金貸しや行商、あるいは軍馬や家畜の取引に従事することでアルザス住民と緊密 な関係を結んでおり、アルザス・ユダヤ人はアルザスにおいて重要な役割を果たして いた。

第 2 章では、フランス革命中の 1791 年に市民権付与によって(このことは「解放 émancipation」と呼ばれている)、アルザス・ユダヤ人は条件付きであったがキリスト 教徒と同等の法的権利を享受するようになったが、彼らの社会的実態はどのようなも のであったのか、とりわけ定着状況や職業構成に変化は見られたのか、これらについ て特に北部のバ・ラン県のユダヤ人を対象にして検討した。解放によりユダヤ人に居 住・移動の自由が認められ、バ・ラン県のユダヤ人人口は増加したが、都市部に集ま る傾向が強く、特に第一の都市ストラスブールの人口は急増した。その一方で、19 世 紀半ば以降になると農村部のユダヤ人人口の伸びは横ばい、あるいは減少した。解放 以降、職業選択の自由も認められたので、特に都市部のユダヤ人は手工業や自由業な ど、それまでとは別の新しい職業に携わるようになった。農村部にとどまったユダヤ 人は、近代的信用制度の本格的普及はまだ先であったこともあって、引き続きアンシ ァン・レジーム期以来の伝統的な職業に従事する者が多く、その結果都市部と農村部 とでは職業構成の格差が拡大する結果となり、むしろ農村部のユダヤ人の中には都市 へ移ったユダヤ人に対し、「ユダヤ性を棄てたもの」と見なし、積極的に伝統的な活動 や習俗、慣行を保持する者さえ出現するようになった。

第 3 章では、解放後、アルザス・ユダヤ人に対してさらにどのようなことが要求さ れるようになったのか、ユダヤ人に対する職業教育を例にとって検討した。解放は、

ユダヤ人が独自に形成していた共同体の解体とフランス市民への完全同化とを前提と しており、共同体や伝統にもっとも固執していたアルザス・ユダヤ人に対してそれは とりわけ強く求められ、このことはしばしば「再生」という語で表現された。具体的

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に彼らの「再生」を促す役割を担ったのは、ナポレオンによって創設された監督機関 の長老会であり、特にストラスブール(バ・ラン)長老会の活動は活発であった。ユ ダヤ人の「再生」を実現させるために長老会が重視したのは職業教育であり、手工業 や農業などの「有益な」職業をユダヤ人に身につけさせることで、「よきフランス人」

の創出が目指された。しかし、その一方でユダヤ人指導者の間に、ユダヤ人社会全体 の同化を追求しながら、アルザスのとりわけ農村ユダヤ人を自分たちより野卑な存在 とみなし、別個の集団として把握する傾向があったこと、そして、「再生」が実現され るということは、他のフランス人と同等の存在になることを意味するので、これまで の自分たちを取り巻く偏見や差別の撤廃が可能になるという、ある意味楽観的な考え を抱いていたことは、その後のアルザス・ユダヤ人社会に突きつけられた深刻な問題 であった。

第 4 章では、1848 年の二月革命勃発時に発生した反ユダヤ暴動について、その背景、

実態、周囲の反応を分析し、すでに法的平等が達成されていたはずのアルザス・ユダ ヤ人は当時どのような歴史的境遇におかれていたのか、解放後のアルザス・ユダヤ人 についてさらに考察を深めた。この暴動はユダヤ人が多く集住していた農村部を中心 にアルザス各地で発生した。暴動が起きた原因としては、直接的には、1845 年に始ま った経済危機の打撃を受け、負債の返済が困難になったアルザス住民が、その不満の 矛先を政治的混乱に乗じてユダヤ人に対して向けたということを指摘できる。しかし、

1848 年以前からひとたび政治的・経済的・社会的不安が激化すると、アルザス住民の 不安はユダヤ人に対する暴動という形で表面化しており、その流れの一つとして捉え ることもできる。また、この暴動の発生により、「フランスのユダヤ人社会」なるもの は形成されていないことが露呈された。アルザスにおける暴動の知らせがパリにもた らされても、概してパリのユダヤ人はアルザスの同胞に対して無関心であり、時には 蔑視感情すら覗かせていた。

そして、第 5 章では、解放によって居住・移動の自由が認められたアルザス・ユダ ヤ人が積極的に展開した移住によって、アルザス・ユダヤ人社会はどのように変容し たのか、また移住はフランスのユダヤ人社会全体にどのような影響を与えたのか、と いった点について考察した。アルザス・ユダヤ人は、アルザス農村から都市へ、そし てアルザス外へと移住を進展させるにしたがって、徐々にフランス人としての国民意 識を持つようになっていった。すなわち、移住を行うことで「フランスへの同化」を

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進展させたのである。19 世紀半ば以降、国外へ移住したアルザス・ユダヤ人も見られ るようになったが、国内移住の場合と異なり、彼らは受け入れ側から「フランス人」

である前に「ユダヤ人」として見なされることを余儀なくされた。また、アルザス・

ユダヤ人が移住を展開したことにより、アルザスのユダヤ人コミュニティの規模は縮 小され、代わってパリがフランスのユダヤ人コミュニティの中心的な存在となった。

その結果、ユダヤ人としてのアイデンティティを希薄化させていったフランス各地に 移住したユダヤ人と、特にアルザス農村に残ったユダヤ人との相違が顕在化していっ た。

以上各章での考察を通じ、特殊な地域に居住していた独自の宗教集団であるアルザ ス・ユダヤ人に対して、近代国民国家の創出とともに彼らをフランス国民の一員に組 みいれる、つまり「同化」させる必要性が強く叫ばれたのであるが、これがどのように ユダヤ人社会に対してかかわったのか、という点について非常に複雑な問題が内包さ れていたことを強調した。それは以下の 3 点にまとめられる。1.非ユダヤ人にとど まらず、指導者層を中心とするユダヤ人自身からもアルザス・ユダヤ人に対して「同化」

を強く要求され、それを受け、アルザス・ユダヤ人社会は、同化の進展や移住の展開、

農村のコミュニティの縮小などによって大きく変容した。2.その一方で、解放前と 同様の経済活動やユダヤとしての特殊性を保持した者はアルザスに少なからず残存し 続けた。3.さらに、法的に同等の地位を獲得し、同化傾向を強く示していたユダヤ 人に対してさえも、社会的偏見は完全には除去されなかった。

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