論 文 内 容 の 要 旨
プ ロ ド ラ ッ グ は 生 体 内 で 構 造 を 変 換 す る こ と で 活 性 を 示 す 医 薬 品 で あ り 、所 望 の 生 物 活 性 を も つ 化 合 物 を プ ロ ド ラ ッ グ 化 す る こ と で 経 口 吸 収 性 や 溶 解 性 を 改 善 す る こ と が で き る 。 ま た 、 抗 が ん 剤 の 場 合 は 、 正 常 細 胞 へ の 毒 性 を 軽 減 さ せ る こ と も 可 能 で あ る 。そ の た め 、近 年 の 創 薬 研 究 に お い て プ ロ ド ラ ッ グ 化 は 重 要 な 戦 略 で あ り 、す で に 多 く の プ ロ ド ラ ッ グ が 臨 床 で 利 用 さ れ て い る 。 申 請 者 の 所 属 す る 研 究 室 で 創 製 さ れ た Plinabulin ( 1, Figure 1 ) は 2,5-diketopiperazine( DKP) 環 を 有 す る 抗 が ん 剤 候 補 化 合 物 で あ り 、 注 射 剤 と し て の 第 III 相 臨 床 試 験 が 進 行 中 で あ る 。こ の 化 合 物 は チ ュ ー ブ リ ン 重 合 阻 害 作 用 に 基 づ く 強 力 な 殺 細 胞 活 性 (IC50 = 15 nM, HT-29 cell) に 加 え 、 腫 瘍 部 位 へ 誘 導 ・ 新 生 さ れ る 未 熟 な 血 管 内 皮 細 胞 を 障 害 す る 作 用 を も つ が 、 水 溶 性 が 極 め て 低 い (< 0.1 µg/mL)こ と が 問 題 と さ れ て い る 。本 化 合 物 の プ ロ ド ラ ッ グ 化 研 究 は 、近 年 の 医 薬 候 補 化 合 物 群 に 多 く 見 ら れ る 難 水 溶 性 と い う 課 題 を 解 決 す る た め の 新 た な 知 見 を 与 え る こ と が 期 待 さ れ る 。 そ こ で 本 博 士 論 文 研 究 に お い て 、Plinabulin の プ ロ ド ラ ッ グ 化 研 究 を 実 施 し 、 創 薬 に お け る 化 合 物 の 溶 解 性 に 起 因 す る 問 題 に 対 し 、 化 学 的 な 視 点 か ら 解 決 策 を 提 案 し た 。 1. Plinabulin の 水 溶 性 プ ロ ド ラ ッ グ の 創 製 ま ず 、 Plinabulin の 水 溶 性 プ ロ ド ラ ッ グ 化 を 検 討 し た 。 Plinabulin は 小 分 子 化 合 物 で あ る た め 修 飾 点 が 限 ら れ て い る が 、DKP 環 を モ ノ ラ ク チ ム 構 造 へ と 変 換 す る こ む ぐ る ま き ょ う へ い 氏 名 ( 本 籍 ) 六 車 共 平 ( 東 京 都 ) 学 位 の 種 類 博 士 ( 薬 学 ) 学 位 記 番 号 博 第 287 号 学 位 授 与 の 日 付 平 成 30 年 3 月 14 日 学 位 授 与 の 要 件 学 位 規 則 第 4 条 第 1 項 該 当 学 位 論 文 題 目 チ ュ ー ブ リ ン 重 合 阻 害 剤 Plinabulin の 水 溶 性 お よ び 腫 瘍 指 向 性 プ ロ ド ラ ッ グ の 創 製 研 究 論 文 審 査 委 員 ( 主 査 ) 教 授 林 良 雄 教 授 野 水 基 義 教 授 松 本 隆 司 NH HN O O N HNPlinabulin (1, Phase III) IC50 = 15 nM (HT-29 cell)
Solubility < 0.1 µg/mL
Figure 1.
と で リ ン カ ー 構 造 を 付 加 す る こ と に 成 功 し た (Scheme 1)。 そ の 後 、 ク リ ッ ク ケ ミ ス ト リ ー の 一 つ で あ り 、 無 保 護 の 水 溶 性 補 助 基 (R1) を 直 接 導 入 す る こ と の で き る CuAAC( Copper-catalyzed alkyne-azide cycloaddition)反 応 を 利 用 し て 、ア ミ ノ 酸 や 単 糖 の よ う な 水 溶 性 構 造 を 有 す る プ ロ ド ラ ッ グ 4–8 を 合 成 し た ( Scheme 1)。 N HN O O O O N HN O O O O N HN HN N O O 2 3 Plinabulin (1) Cl N N NR1 3 3 3 Water-soluble prodrugs (4-8) Cs2CO3, DMF, 50 ºC, microwave, 54% 2) 1) azide derivatives, CuSO4·5H2O, sodium ascorbate, DMF : t-BuOH : H2O = 1 : 1 : 1, 50 ºC, microwave, 62–79% ion exchange resin, CH3CN : H2O = 1 : 1
Scheme 1. Synthesis of Plinabulin prodrugs by the CuAAC reaction.
得 ら れ た プ ロ ド ラ ッ グ の 水 溶 性 は 親 化 合 物 (1 ) と 比 較 し て 大 幅 に 向 上 し た (Table 1)。特 に 、ジ カ ル ボ ン 酸 の ナ ト リ ウ ム 塩 構 造 を 有 す る 誘 導 体 6–8 で 高 い 水 溶 性 を 示 し た (> 100 mg/mL)。 臨 床 試 験 で 用 い ら れ て い る Plinabulin の 濃 度 は 4 mg/mL で あ る が 、 こ れ ら プ ロ ド ラ ッ グ は よ り 高 い 濃 度 の 溶 液 を 調 製 可 能 で あ り 、 実 用 に 耐 え る と 考 え ら れ る 。 ま た 、 本 プ ロ ド ラ ッ グ は エ ス テ ル 部 位 で 分 解 す る こ と で 、 親 化 合 物 (1) を 再 生 す る こ と を 想 定 し て い る た め 、 こ れ ら プ ロ ド ラ ッ グ の エ ス テ ラ ー ゼ に よ る in vitro 加 水 分 解 反 応 を 実 施 し た 。 そ の 結 果 、 水 溶 性 官 能 基 (R1) の 違 い に よ り 、幅 広 い 半 減 期 で 親 化 合 物 を 再 生 す る こ と が 明 ら か と な っ た(t1/2 = 0.37–12 h)。 す な わ ち 、 本 プ ロ ド ラ ッ グ 合 成 法 は 2 段 階 と 短 工 程 で あ る が 、 導 入 す る 官 能 基 に 依 存 し て 多 彩 な 性 質 の プ ロ ド ラ ッ グ を 与 え る こ と が 可 能 で あ り 、 水 溶 性 や 半 減 期 を コ ン ト ロ ー ル で き る こ と が 明 ら か と な っ た 。
2. 抗 体 結 合 ペ プ チ ド を 用 い た 抗 体 薬 物 複 合 体 (Antibody-drug conjugate; ADC) Plinabulin の プ ロ ド ラ ッ グ は 導 入 す る 官 能 基( R1)の 構 造 を 変 更 す る こ と で 、容 易 に そ の 性 質 を 変 え る 。そ こ で 、R1に 抗 体 Fc 部 位 に 対 し て 選 択 的 に 結 合 す る 性 質 を 有 す る ペ プ チ ド(Z33, FNMQQQRRFYEALHDPNLNEEQRNAKIKSIRDD, Kd = 8.2 nM,
Table 1. Solubility and half-life of prodrugs.
human IgG1)を 導 入 す る こ と で 、 抗 体 薬 物 複 合 体 (ADC ) を 形 成 す る 性 質 を 有 す る 腫 瘍 指 向 性 プ ロ ド ラ ッ グ の 創 製 が 可 能 で あ る と 考 え た 。 ま ず 、 Scheme 1 と 同 様 に CuAAC 反 応 に よ る Plinabulin と Z33 ペ プ チ ド の 架 橋 体 合 成 を 試 み た 。 し か し 、Z33 ペ プ チ ド ( 水 溶 性 ) と Plinabulin( 難 水 溶 性 ) は 物 性 が 大 き く 異 な る た め 、 同 一 系 で の 反 応 が 困 難 で あ り 、 目 的 と す る 架 橋 体 を 得 る こ と は で き な か っ た 。 そ こ で 、3-ニ ト ロ -2-ピ リ ジ ン ス ル フ ェ ニ ル ( Npys) 基 を 固 相 に 担 持 し た ジ ス ル フ ィ ド 化 試 薬 9 を 用 い る 新 規 合 成 法( Solid-Phase assisted DiSulfide
Ligation, SPDSL)を 応 用 し 、ジ ス ル フ ィ ド 架 橋 体 10 を 合 成 す る こ と と し た( Scheme 2)。 SPDSL は 、 一 段 階 目 に お い て 難 水 溶 性 の Plinabulin ス ル フ ィ ド 誘 導 体 11 を 有 機 溶 媒 中 で 樹 脂 上 へ 担 持 し 、 樹 脂 12 と し た 後 、 水 系 溶 媒 中 に て チ オ ー ル 含 有 Z33 ペ プ チ ド 13 と ジ ス ル フ ィ ド 交 換 反 応 を 行 う 二 段 階 反 応 で あ る 。 試 薬 9 は 固 相 担 体 と し て 両 親 媒 性 の Chem Matrix® resin を 用 い て い る た め 、 有 機 系 と 水 系 の ど ち ら の 溶 媒 に 対 し て も 適 応 で き る 。 そ の た め 、 各 反 応 段 階 で そ れ ぞ れ の 基 質 に 適 し た 溶 媒 を 使 用 す る こ と が 可 能 に な る 。 本 手 法 に よ り 、 液 相 系 で は 合 成 困 難 で あ っ た Plinabulin と Z33 の 架 橋 体 を 29%の 単 離 収 率 で 合 成 す る こ と に 成 功 し た 。 続 く 表 面 プ ラ ズ モ ン 共 鳴 法 に よ る 解 析 の 結 果 、架 橋 体 10 は 良 好 な 抗 体 結 合 能( Kd = 46.6 nM, human IgG1)を 示 し 、抗 体 と の 共 存 下 で 、非 共 有 結 合 的 に ADC を 形 成 す る こ と が 示 さ れ た (Figure 2)。 HER2 を 過 剰 発 現 し て い る SKBR-3 細 胞 を 用 い た in vitro 殺 細 胞 活 性 評 価 に お い て は 、 抗 HER2 抗 体 ( Herceptin) の 共 存 下 で 、 有
意 な 活 性 を 示 し た (Figure 3A)。 一 方 で 、 HER2 発 現 量 の 少 な い MCF-7 細 胞 に は 殺 細 胞 活 性 を 示 さ な か っ た (Figure 3B)。 親 化 合 物 で あ る Plinabulin( 1) は 非 選 択 antibody non-covalent-type ADC = HN N O O N HN O O N N N H2N O GFNMQQQRRFYEALHDPNLNEEQRNAKIKSIRDD-NH2 S S Plinabulin-SS-Z33 (10)
Figure 2. Noncovalent-type antibody-drug conjugate (ADC).
N O2N S O N H Cl : ChemMatrix resin HN N O N HN O O O N N N 3 HN N O N HN O O O N N N S S 3 N O2N O N H S organic solvent (First step) Plinabulin-supported resin 12 S N H O2N O N H Plinabulin-SS-Z33(10) aqueous solvent (Second Step) + 14 Cys-Gly-Z33 13 R2 + 11 9 R2 : t-Bu or p-methoxybenzyl
Scheme 2. Synthesis of Plinabulin-SS-Z33 (10) by
的 な 殺 細 胞 活 性 を 示 す の に 対 し て 、架 橋 体 10 は 非 共 有 結 合 的 で あ る に も 関 わ ら ず 、 抗 体 依 存 的 な 腫 瘍 指 向 性 を 有 す る プ ロ ド ラ ッ グ で あ る こ と が 明 ら か と な っ た 。 100 0 ce ll vi a b ili ty (% ) 50 A) SKBR-3 Herceptin (400 nM) − − + + Plinabulin (200 nM) Plinabulin-SS-Z33 10 (200 nM) − + − + 100 0 ce ll vi a b ili ty (% ) 50 B) MCF-7 Herceptin (400 nM) − − + + Plinabulin (200 nM) Plinabulin-SS-Z33 10 (200 nM) − + − + *** *** *** * *** ** n.s. **
Figure 3. Cytotoxicity of noncovalent-type ADC, against (A) SKBR-3 cells and (B)
MCF-7 cells, n.s.: not significant, *p < 0.05, **p < 0.01, ***p < 0.005. Data (n = 3) are shown as means ± SD. 3. 固 相 ジ ス ル フ ィ ド 架 橋 法 に よ る 難 水 溶 性 薬 物-水 溶 性 化 合 物 の 架 橋 体 合 成 Plinabulin と Z33 ペ プ チ ド 間 の 架 橋 反 応 に お い て 観 察 さ れ た よ う に 、一 般 に 溶 解 性 の 差 の 大 き な 分 子 間 で の 結 合 形 成 は 困 難 で あ る 。し か し 近 年 で は 、抗 体 薬 物 複 合 体 を は じ め と し て 、水 溶 性 の 乏 し い 小 分 子 と ペ プ チ ド や タ ン パ ク 質 な ど の 水 溶 性 の 高 分 子 と の 架 橋 体 を 形 成 さ せ る 試 み は 数 多 く 実 施 さ れ て お り 、 物 性 の 大 き く 異 な る 化 合 物 同 士 の 反 応 の 需 要 は 高 ま っ て い る 。SPDSL( Scheme 2) は こ れ ら の 需 要 に 応 え う る 新 た な 合 成 手 法 で あ る 。 そ こ で 、 本 反 応 の 一 般 性 を 高 め る た め 、 通 常 の 液 相 反 応 で の 合 成 が 困 難 な Plinabulin( 難 水 溶 性 ) と オ ク タ ア ル ギ ニ ン ( 水 溶 性 ) の 架 橋 体(Plinabulin-SS-Arg8, 16)を モ デ ル と し て 、 反 応 条 件 を 検 討 し た (Scheme 3)。 そ の 結 果 、 一 段 階 目 は CH3CN や CH2Cl2 な ど の 溶 媒 が 適 し て お り 、DMF や MeOH で は 反 応 効 率 の 低 下 が 確 認 さ れ た 。こ の
Table 2. Isolated yields of SPDSL
reaction.
45
29 37
32 thiol containing compounds isolated yield (%)
44 entry 1 2 5 3 4
Acp: 6-aminocaproic acid
Z33: FNMQQQRRFYEALHDPNLNEEQRNAKIKSIRDD Gal-SH: 2-mercaptoethyl β-D-galactopyranoside
Ac-(L-Arg)8-Acp-Cys-NH2 Ac-(D-Arg)8-Acp-Cys-NH2 Ac-(Gly-Ser)4-Acp-Cys-NH2 H-Cys-Gly-Z33-NH2 Gal-SH HN N O N HN O O O N N N 3 S S Ac (Arg)8 Acp Cys NH2 Plinabulin-SS-Arg8 (16) Sulfide derivative 11 (hydrophobic) Cys-cotaining octaarginine peptide 15 (hydrophilic) SPDSL one-pot 2-step reaction
resin 9 +
SH Ac (Arg)8 Acp Cys NH2
Scheme 3. Conjugation of hydrophobic and hydrophilic
結 果 は Lewis 塩 基 性 の 指 標 で あ る Gutmann’s Donor Number( DN) と の 相 関 が 得 ら れ 、DN の 低 い 溶 媒 ほ ど 一 段 階 目 に 適 し て い る と い う 傾 向 が 得 ら れ た 。二 段 階 目 の 反 応 は 、pH 未 調 整 の 条 件 に お い て 、反 応 後 5 日 間 経 過 し て も 完 結 し な か っ た 。そ こ で 、 各 種 緩 衝 液 (pH 3.8–7.4) を 用 い 、 反 応 系 中 の pH を 変 化 さ せ る こ と で 反 応 の 促 進 を 図 っ た 。 酢 酸 緩 衝 液 (50 mM, pH 5.0): CH3CN( 3 : 2)を 溶 媒 と し て 使 用 し た 際 に 、3 h で 反 応 が 完 結 し 、 91%の HPLC 収 率 で 架 橋 体 16 を 得 る こ と に 成 功 し た 。 ま た 、 本 手 法 は 他 の ペ プ チ ド や 単 糖 と の 架 橋 体 合 成 に 応 用 で き た こ と か ら (Table 2, isolated yields: 29–45%)、 汎 用 性 の 高 い 反 応 で あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。
SPDSL は 反 応 基 質 の 溶 媒 へ の 溶 解 性 に 依 存 せ ず 、 様 々 な 架 橋 体 を 合 成 で き る た め 、 こ れ ま で 合 成 す る こ と の で き な か っ た ハ イ ブ リ ッ ド 分 子 を 提 供 す る 新 た な 手 法 で あ る 。 こ こ ま で 記 述 し て き た 溶 解 性 に 起 因 す る 問 題 は ペ プ チ ド に 限 ら れ る も の で は な く 、 小 分 子 の 医 薬 品 開 発 や 天 然 物 の 全 合 成 に お い て も 問 題 と な り 得 る 。 SPDSL は そ う い っ た 事 例 に 対 し て も 応 用 可 能 な 概 念 で あ り 、 今 後 、 こ の 概 念 が 有 機 合 成 化 学 お よ び 臨 床 薬 学 に お い て 幅 広 く 応 用 さ れ る こ と を 期 待 す る 。 【 研 究 結 果 の 掲 載 誌 】
1. K. Muguruma, F. Yakushiji, R. Kawamata, D. Akiyama, R. Arima, T. Shirasaka, Y. Kikkawa, A. Taguchi, K. Takayama, T. Fukuhara, T. Watabe, Y. Ito, Y. Hayashi,
Bioconjugate Chem. 2016, 27, 1606–1613.
2. F. Yakushiji, K. Muguruma, Y. Hayashi, T. Shirasaka, R. Kawamata, H. Tanaka, Y. Yoshiwaka, A. Taguchi, K. Takayama, Y. Hayashi, Bioorg. Med. Chem. 2017, 25, 3623–3630.