﹁いぶせし﹂語義考
勝 俣
隆
On the meaning the word "ibuseshi"
Takashi KATSUMATA
形容詞﹁いぶせし﹂は︑上代文献に初見し︑現代方言にも﹁え
ぶせい﹂﹁やぶせったい﹂等の形で残る息の長い語である︒その語
義も時代とともに種々変遷している︒
本稿では︑﹁いぶせし﹂の原義を推定することで︑後世の語義変
化の跡を辿ってみたいと思う︒
一︑﹁いぶせし﹂の原義
通常︑﹁いぶせし﹂の基本的語義は︑例えば︑時代別国語大辞典
上代編に代表されるように︑﹁心が晴れず︑うっとうしい︒﹂意と
されている︒
確かに︑この語義によって︑上代の用例の大方の解釈は可能で
はあるが︑無理を感じる例も散見する︒
例えば︑﹁いぶせし﹂の最古の用例と見られるのは︑応急記の次
の例である︒
i ︵1︶
兄子者既成人︑是無恨︑弟子羊皮成人是愛︒ いぶ 右の傍線部﹁旭﹂は︑現行の諸注意淫書において︑﹁射せき︵こと︶﹂の如く訓まれている︒しかし︑この﹁いぶせし﹂は︑通常の
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第三九号
﹁うっとうしい﹂の意に解釈するには無理があるので︑諸注とも︑「(sく末が︶案じられる﹂意としている︒もし︑本暦の﹁恒﹂が確実に﹁いぶせし﹂と訓み得るならぼ︑﹁いぶせし﹂の語義を考え
て行く上で︑一つの見通しを与える例と言えよう︒
そこで︑まず︑応神記の﹁恨﹂が﹁いぶせし﹂と訓み得るかど
うか検討してみたい︒ 古事記諸本において︑当該の﹁悟﹂を﹁いぶせし﹂と訓むよう
になったのは︑古事記伝並びに訂正古訓古事記以来のことで︑そ ママ れ以前の諸写本︵鈴鹿登本︑延春本︑前田本等︶では︑﹁イキドヲル﹂
と訓んでいる︒ただ︑﹁イキドヲルでは︑文意が十分に通らぬの
で︑宣長によって﹁イブセシ﹂と訓み改められ︑それが現行の諸
注釈書に受け継がれているのである︒
そこで︑さらに検討してみると︑同じ古事記の雄略天皇の条に︑
次の例が見られる︒
於是赤猪子以為︑望命之間︑已経多年︒姿体痩萎更無所侍︒
然非顕待情︑不忍於侶而︒
右の﹁恒﹂の字も︑宣長以来﹁いぶせし﹂と訓まれている︒尤
も︑この場合も︑鈴鹿登本︑前田本︑曼珠院本︑猪熊本等では︑
﹁ウラミ﹂と訓まれてきた歴史がある︒ いずれにせよ︑古事記現存諸本の訓は早くても南北朝以降に付
けられたものであるから︑その訓がどの時代まで遡り得るのかに
ついては問題が残ろう︒ しかし乍ら︑当該の応神記の﹁恒﹂の訓みについて︑結論を先
に述べれば︑﹁いぶせし﹂と訓んだ可能性はかなり高いと思われ
る︒それは︑後述するように︑﹁恨﹂の字義と︑﹁いぶせし﹂の語
義が︑対応すると考えられる点︑﹁恒﹂の字音﹁イフ﹂が︑﹁いぶ
三
﹁いぶせし﹂語義考︵勝俣︶
せし﹂の﹁いぶ﹂と関連を持つと思われる点などから推測されるところである︒それ故︑応前記の﹁侶﹂は︑最古の﹁いぶせし﹂
の用例と判断して差し支えないのではないかと考える︒
一方︑万葉集で︑﹁侶﹂の字が使われている用例を見てみると︑
次のようである︒
①今更 妹ホ将相八跡 念可聞 幾許血胸 欝侶将レ有 ︵巻
四︑㎝ 家持︶
②隠耳 居者欝恨 奈具在武豊 出立聾者 来鳴日清 ︵巻
八︑粥家持︶ ユ ③雨隠 情欝憧 出見者 春日山者 色付二家利 ︵巻八︑ 珊家持︶ ④水鳥之 鴨之住池乃 下樋無 言動君 今日見白鼠 ︵巻
+一︑㎜︶
⑤夢ホ谷 不見在曰物乎 欝恒 蔵出直直鹿 夏日之気心乎
︵巻二︑珊︶ ⑥旦日照島乃御門ホ欝憧人音毛不為者真浦悲毛
︵停職︑珊︶
⑦⁝⁝玉桿之 道太ホ不知 欝侶久 待加恋良武 卜師妻等
者︵巻二︑捌︶ ⑧⁝⁝虚木綿勤怠而座在者見醒師香跡恨言時之⁝⁝
︵巻九︑㎜︶
⑨木梨軽皇子為二太子一︒容姿佳麗︑見者自感︒同母妹転太 娘皇女亦艶妙也云々︒遂窃通︒乃憧懐少息︒ ︵巻二︑90
左注︶
⑩数量子心諸臣子等集二五春日野一町二二打毬之楽一︒其日忽
四
天陰雨雷電︒此時宮中無二侍従及侍衛一︒勅行二刑罰一芸散
二二於授刀寮一揖妄不レ得レ出二道路一︒干レ時掘憤即作二斯
三一︒ ︵巻六︑蜘 左注︶ 右の嘉例のうち︑①②③④は︑形容詞の﹁いぶせし﹂︑⑤⑥⑦
は︑形容詞﹁おほほし︵おぼぼし︶﹂︑⑧は︑動詞﹁いぶせし﹂の
用例として通常訓読されている︒⑨は名詞︑⑩は動詞の例だが︑どちらも音読されることも多く︑訓は固定していないようである︒
このうち︑①の﹁欝邑﹂︵巻四︑㎝︶の如く︑万葉集全注釈や私 ︵2︶注等では︑﹁おほほし﹂と訓読されている例もある︒同じ﹁欝旭﹂
の表記が注釈書によって︑﹁いぶせし﹂とも﹁おほほし﹂とも訓ま
れるのは︑畢寛︑﹁いぶせし﹂と﹁おほほし﹂が︑極めて近い語義
内容を有することを示していよう︒
それでは︑﹁いぶせし﹂と﹁おほほし﹂はどこで区別するかとい
うと︑前者がク活用︑後者がシク活用という大きな違いがあるの
で︑その活用型の違い︑音数律などによって︑ある程度区別をつ
けることができる︒例えば︑⑦の例では﹁欝旭久﹂とあるが︑こ
れを﹁いぶせく﹂と訓んだのでは︑四音で落ち着かないから︑﹁お
ほほしく﹂と五音で訓むべきであろう︒
逆に︑﹁欝憧﹂の前後に︑﹁居者﹂﹁情﹂﹁君﹂等の語句が伴へば︑
音数律から︑﹁をれぽいぶせみ﹂﹁こころいぶせみ﹂など字余りに
ならぬ﹁いぶせし﹂の訓の方が︑﹁おほほし﹂を使った字余りの訓
よりも適切と言えるであろう︒
それ故︑﹁欝恒﹂と表記されたものにおいても︑自然と︑﹁いぶ
せし﹂と訓むべき例は限定されてくるのであって︑現行の万葉集
の諸注釈書に於いて﹁いぶせし﹂と訓読されている諸例︵上記①
②③④︶は︑その訓みが︑ほぼ首肯されて然るべきと考える︒
さらに︑上記①〜⑩の用例で注目されるのは︑﹁欝旭﹂と表記さ
れ︑通常﹁いぶせし﹂と訓まれている①②③の例が︑すべて大伴
家持の作歌である点である︒大伴家持には︑次に示すように︑一
い ぶ せ み
字一音表記で明確に﹁移夫勢美﹂と表記した例が存在する︒それ ヨは︑巻十八︑Uの次の歌である︒ ⁝⁝古之ホ久多利来⁝⁝等之乃五年⁝⁝手枕末可受 比毛等可須 末呂宿遅達礼波 移落勢美等 情奈具左ホ⁝⁝
この歌では︑越中と都が遠く離れているという距離的障害のた
めに︑会いたくても会えない妻への想いが︑﹁いぶせし﹂という感
情を生起していることがわかる︒
これは︑雨等の障害のために︑外の様子を知りたくても知り得
ない状況を詠んだ②③や︑遠く離れているために︑笠女郎に会い
たくても会えない情況を歌った①の家持歌に於ける﹁欝憧﹂の使
われ方と同様のものと言えよう︒
い ぶ せ み
ヨ この三十八︑Uの家持歌の﹁装甲勢美﹂の使われ方から考えて も︑①②③の家持歌に於け選一欝侶﹂が︑﹁いぶせし﹂と訓まれるべき可能性は高いと思われる︒
そこで︑次に︑﹁いぶせし﹂の語義の検討に入ることにする︒
まず︑万葉集巻十二︑㎜には︑戯書として有名な次の歌がある︒
垂乳根之 母我養蚕乃 眉隠 馬悪手音石花蜘蠣荒鹿 異
母二不レ相而
蚕が︑女性︑特に母親に飼われていたことは︑万葉集の次の歌
によっても窺える︒
足常 母養子 眉隠 隠密妹 見惑鴨 ︵巻十一︑鰯︶ ははがかふこ の まよこもり ははがかふこの 報よこもり この二首の場合︑﹁母我養蚕乃眉隠﹂及び﹁母養子眉隠﹂
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第三九号
は︑母親が養っていた蚕が︑幼虫から形を変えて繭に入ってしまったことを驚きをもって表わした表現であると思われる︒両者とも︑ こ こ﹁蚕﹂と﹁子﹂が掛詞であることは︑通常解釈されている通りである︒今まで姿形の見えていた蚕が︑繭の中に入ることでその姿 い ぶ せ く もあるかが見えなくなった結果︑﹁男声蜂音響花笠嫡荒締﹂という感情が惹
起されたと言えるのでないか︒つまり︑今まで様子のわかってい
たものが︑突然︑繭という障害のために様子を知り得なくなる︒
様子を知りたくても知り得ない不安で気懸りな精神状態の表現が︑
﹁いぶせし﹂の語義ではないかと思われるのである︒
万葉集では︑一般に母親は︑娘の恋の邪魔をする役目を負って
いる︒男性にとって︑自分の愛する恋人が︑あたかも蚕が繭の中
に閉じ籠ってしまうように︑母親の手によって家の中に閉じ込め
られ︑その様子を知り得ないという不安でもどかしい心の状態を
﹁いぶせし﹂という語で表わしていると推測されるのである︒
この場合︑蚕が繭の中に籠った時︑蚕にとって︑繭の中は狭苦 ︵4︶しいので︑﹁うっとうしい﹂のだという解釈も成り立とう︒だが︑
古代人の蚕への接し方は︑次の仁徳記の記述の如きものと思われ
る︒ 大后幸行所以者︑奴理能美之所レ養虫︑一度為二旬虫一︑
一度レ鼓︑一度為二飛鳥一︑有為変三二色一之奇虫上︒看コ行此
虫一而入坐耳︒更無二異心一︒ これは︑仁徳天皇の大后石之日売命が︑自分が奴理能美の家へ
行った理由は︑三度姿を変える不思議な虫を見に行ったためだと
天皇に弁明した時の詞であるが︑この虫こそ蚕のことであって︑
幼虫←繭←蛾と三度その姿を変える神秘さへの古代人の驚きをよ
く表わしている記述である︒
五
﹁いぶせし﹂語義考︵勝俣︶
六
この古事記の一節の如く︑古代人の蚕に対する接し方の中心は︑
蚕が次々と変身する︑そ.の不思議な過程を外部から眺めての驚き
にあったと思われる︒今まで桑の葉を食べている姿が明瞭に見ら
れた蚕が︑自らの周囲に糸を巻き付けて繭を作り︑その中に姿を
隠した時︑中がどうなっているのかという好奇心が生じるのは自
然である︒蚕に接するに当って︑人間の視点は︑あくまで繭の外
にあるのであって︑繭の中がどうなっているのか︑知りたくても
繭に邪魔されて知り得ないもどかしい心持ちが︑取りも直さず︑
﹁いぶせし﹂の意味するところとなるのであろう︒
このことは︑上記巻十一︑踊の歌によっても裏付けられる︒踊 こも ユ番歌の前半の序は︑巻十二︑㎜番歌と同様であるが︑下の句は﹁隠 みむよしもがもれるいもを在国見依鴨﹂となっている︒すなわち︑﹁この家に隠っている
恋人に何とか会えないか︒﹂というしたの句の表現は︑﹁母親が養
う蚕が繭に籠った﹂という序から導かれるのであり︑繭に籠った ︵5︶蚕と家に籠った恋人が二重写しされていることになる︒
このように︑蚕が繭籠りすることに関して︑蚕と繭の関係が︑
住人とその住居に誓えられる例としては︑平安中期︑慶滋保胤の
﹃池亭記﹄に次のような記述が見られる︒
われ た こ 歳暮歯に及びて︑少宅を開き起つ︒疲れを身に取り分に量 またなほ るに︑誠に奢盛なり︒上は天を詣り︑下は人に憶づ︒虚血行
人の旅宿を造り︑老鴬の独言を成すがごとし︒其の住まふこ
と幾時ぞ︒ らうさんどくけんな 右の池亭記の記述において︑﹁老蚕が独繭を成す﹂とは︑老いた
独り身にもかかわらず︑﹁奢盛な﹂家を造ることを指しており︑そ
の家は︑﹁少々﹂という謙辞があるものの︑決して﹁狭苦しい﹂も
のではなく︑﹁天を畏り﹂﹁人に憶づ﹂ごとき身分不相応な立派な 家であることがわかる︒老いの身であれば行末も短いから︑そんな贅沢な家を建てても︑わずかな期間しか住めず勿体ないのにと言う口吻である︒それは︑旅人が︑旅の宿りをいくら豪華に造っても︑少ししか住まずに無駄であるのと同じだと言うわけである︒ すなわち︑﹃池亭記﹄に見られる﹁蚕﹂と﹁繭﹂は︑﹁住人﹂と
﹁立派な住居﹂の比喩であって︑少くとも︑繭に籠った蚕にとっ
てその中が非常に狭く︑身動きができずに息苦しい︑うっとうし
いといった意味合いを持ったものではない︒﹁繭﹂は︑むしろ︑そ
の中に楽な居住空間があり︑通常の潤いのある生活が可能な︑立
派な家屋を百日えているのである︒
池亭記は天元五年︵九八二︶に記されたもので︑万葉集より二
百年ほど後に成立しているが︑古代の日本人が︑蚕と繭の関係をどのように燃えていたかを知る上で︑極めて有益な例と言えよう︒
それ故︑万葉集巻十二︑働の﹁血腫養蚕乃 無腰﹂︑同巻十一︑ 鰯の﹁母養子 繭隠﹂のどちらも︑﹁蚕︵子︶﹂が︑﹁住人︑この場 合は娘﹂︑﹁眉︵繭︶﹂が﹁母と娘の住居﹂の比喩であって︑﹁母親
が大切にいっきかしつく娘を家の中に隠して外に出さなくした︒﹂
と解釈すべきであろう︒
結局︑この馬首は︑後半の表現は異なるがが︑内容的には同一
であって︑母親が娘を家の中に閉じ込めて守っているために︑今
まで逢えた恋人と会えなくなり︑その恋人がどうしているか︑不
安で気懸りでならない︑また︑逢いたくても逢えずにもどかしい
という男性の気持ちを表わした歌だと言えよう︒
ここからは︑﹁いぶせし﹂の語義として︑﹁ある障害のために︑
対象の様子が確かめられずに︑不安で気懸りだ︑もどかしい︒﹂と
いった意味を抽出できよう︒
ヨ 次に︑先にも引用した巻十八︑11の歌についてみてみる︒ る ⁝⁝美由支激流 古弊ホ久多利来 ⁝⁝等群々五年 ⁝⁝
手枕末可受 ⁝⁝末呂宿取須礼波 二夫勢美等 情挙白ハ左ホ
奈薄紅楽士 屋戸ホ末枳於保之 ⁝⁝運営理花 由利母安波
無事 毒筆佐無流 御向呂之奈久波 安田慨世流 比奈ホ一
糸毛 安流β久母安礼也 みゆきふる こし あまざかる ひな ここでは︑﹁美由支冗々 古之﹂﹁三二馬事流 比奈﹂があまり
にも都と離れているという距離的障害によって︑家持と妻との往
来が妨げられているのであって︑先の繭のように形あるものでは
ないが︑障害によって︑愛する妻︵恋人︶に会いたくても会えな
いという情況は全く一致している︒そこで︑せめて花に妻の面影
を見出して心を慰めようとしているわけだが︑妻への想いは募る
ばかりである︒そうした都の妻への想い どうしているのか不
安で気懸りでならず︑またいくら会いたくても会えないというも
い ぶ せ み
どかしい気持ちが︑この場合の﹁年算勢美﹂という語の意味であると思われる︒
この歌からも︑﹁ある障害で︑対象の様子がわからず︑不安だ︑
もどかしい︒﹂という﹁いぶせし﹂の語義を抽出できよう︒
こうしてみると︑﹁ある障害のために︑今までは見る︵会う︶こ
とが出来た対象を見る︵に会う︶ことができなくなって︑その様
子を知り得ないために︑不安に思う︑気懸りに思う︑もどかしく
思う︒﹂といった意味が︑形容詞﹁いぶせし﹂の原義ではないかと
推測されてくる︒
そこで︑さらに︑﹁いぶせし﹂と訓まれている残りの万葉歌を見
てみると次のようになる︒
水鳥乃 鴨之住池亭 下樋無 欝旭君 今日見鶴鴨 ︵巻
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第三九号
+一︑㎜︶ この歌では︑鴨が住んでいる池に排水溝がないことが﹁いぶせし﹂を導いている︒これも︑排水溝がなけれぼ水が淀んで濁ってしまい︑水底を見通せないように︑あなたの様子を知ることができずに気懸りだ︒﹂という意味で︑﹁いぶせし﹂を導くという推論いぶせききみ
が可能であろう︒﹁欝恨君﹂と︑﹁いぶせき﹂が直接﹁君﹂を修飾しているから︑これが︑﹁うっとうしい︒﹂の意では︑相手に失礼であるし︑意味不分明となろう︒この歌全体は︑﹁様子がわからず気懸りだったあなたに今日やっと会えて嬉しい︒﹂の意になると思われる︒
同様に︑﹁欝旭﹂で﹁いぶせし﹂と窮まれている上記①②③の歌のうち︑②③は︑﹁隠耳﹂﹁雨隠﹂とあるように︑雨のため︑またある障害で家の中に隠っていて︑外の様子を知り得ずに︑外がどうなっているのか︑気懸りで︑もどかしく思っていたが︑﹁出見者﹂﹁出立聞者﹂という行為によって︑家の外と交渉を持つことがで やまは いろづき ひぐらしき︑その結果︑﹁山者 色付﹂すなわち紅葉や︑﹁早晩﹂の声を見
聞し︑﹁いぶせし﹂の状態から開放されたことを詠んだものであろ
う︒この場合の︐﹁いぶせし﹂も︑﹁ある障害で︑対象の様子を知り得ないために惹起された不安感・焦燥感﹂を表わすという点では︑
既述の諸々と一致しているのである︒ただこの場合は︑家の中と
いう狭い空間から︑広い外部世界に関心を抱いているので︑その
閉塞感が︑いわゆる﹁うっとうしい﹂というという心理状態を喚
起することは︑十分あり得ることである︒﹁うっとうしい﹂という
﹁いぶせし﹂の語義は︑この例のように︑あるものの内側に視点
を置いた場合に︑一つの発生条件を備えることは間違いなかろう︒
ところで︑上記諸膚に共通していた﹁口巴﹂の字であるが︑古辞
七
﹁いぶせし﹂語義考︵勝俣︶
書では︑次の如く説明している︒
侶 不安也︵注略︶ ︵説分解字︶
旭於汲反 歎息﹀不安﹀ ︵築隷万象名義︶
古辞書に見られる﹁不安﹂の義は︑まさに﹁いぶせし﹂の語義
として︑﹁見通しが効かず不安である﹂の意が帰納されるのと対応
するもである︒
次に﹁いぶせし﹂を構成するもう一つの漢字﹁欝﹂について︑
古字書では︑次の如く説明している︒
諺 木叢者 ︵説文解字︶
欝 於乾反木叢生 ︵籔隷万象名義︶
結局︑これは︑木が群がり生えている状態を表わす漢字で︑﹁い
ぶせし﹂の語義との関わりで言えば︑木が叢って生えることで︑
見通しが効かなくなることと関連があろう︒
文選で言えば︑巻二十の劉公幹の公卿詩に︑
月ハ出デ照畝園中ワ︑珍木諺トシテ蒼蒼タリ︒
とあって︑木が寒い庇うている様を﹁欝﹂の字で表わしているの
が同様の例と言えよう︒
また︑同じく文選の巻十六︑司馬長卿の長門賦には トシテ ヨモニ 浮雲欝トシテ二四塞分リ︒議了窃而昼陰シ︒
とあって︑雲によって見通しが効かぬ状態を﹁欝﹂で表現してい
る︒ そこで︑﹁欝﹂の字のみが使われている﹁いぶせし﹂の用例を︑
万葉集で見てみると︑次の如くである︒
久堅之 雨之落日乎 直独 山辺ホ居者 欝有瀬 ︵巻四︑
珊︶
得田価異 心欝 事計 吉為吾兄子 相有信心 ︵巻十二︑八
糊︶
右の例で︑糊番歌は︑久爾の新京にいた家持が寧楽の都の紀女郎に贈った歌であるが︑遠くにいて︑相手の様子もわからず︑気
懸りであるという意味であろうから︑やはり︑これまでの﹁いぶ
せし﹂の語義の範疇を逸脱するものではない︒﹁欝﹂の字義の﹁見
通しが効かぬ﹂という点が活かされた例であろう︒ いぶせし 同じく︑留学歌の﹁欝﹂は︑通常︑﹁心が晴れ晴れしない︒﹂の
義で説かれている︒勿論︑それでも意味は通じるが︑欝の字義か ことはかり よくら押して︑﹁見通しが効かず不安だ︒﹂の意で解すれば︑﹁事計 吉せわがせ こ為吾兄子﹂との関係はより説明がつくのでなかろうか︒
一方︑﹁咽﹂を使った用例も一つ見られる︒
九月 四心裏乃雨之 山霧 咽寸開胸 欝乎見者将レ息 ︵巻士㎜︶ これは︑秋の相聞の部に入れられている一首で︑﹁寄レ雨﹂の題
で詠まれている︒
この﹁咽﹂の字は︑古辞書には︑次の如くある︒︵咽は煙︑炮に
通じる︒︶
煙 火酸菌 ︵説文倭字︶
煙 於賢反 火皿 ︵象隷万象名義︶
畑 高輪利 ︵金光明最勝王経音義︶
他に︑古事記︑日本書紀︑風土記等の﹁咽﹂も︑すべて﹁火 けぶり気﹂︑すなわち﹁煙﹂の意味で使用している︒
しかし︑この万葉集の場合は︑文選巻二十三の顔延年の拝二丁
廟一作に テ
ハケシク
ツカヲ オホツテ 松風遵レ路二急︒山姻胃レ塊生ス︒とあるように︑﹁咽﹂の字で︑山気としての霧霞を指していると思
われる︒我邦でも︑懐風藻に︑
松殿浮翠咽 ︵20︑五言︒春日︒応召︶
雲曇酌贈号 ︵21︑五言︒遊覧山水︶
とあって︑やはり咽は︑春霞を表わしている︒
3 やまぎりの
いずれにせよ︑万葉集26番歌の﹁燗﹂の字は︑ ﹁山霧﹂という句 によって導かれていることがよく示すように︑霧︵あるいは煙状のもの︶によって霞んでしまって︑はっきり見通すことができな
い状態を表わそうと意図して使われた表記であろうことは︑無理
のない推測であろう︒
時代は少し下るが︑︵万葉字類抄では︑﹁霧﹂を﹁イフセシ﹂と訓んでいる例が見られる︒
そもそも﹁霧﹂の語源が︑物事をさえぎるということと深い関
係があるように︑﹁霧がかかる如く見通しが効かない﹂ことから生じる不安感︑もどかしさが︑﹁いぶせし﹂の基本的語義でなかった
かと思うのである︒
以上︑まとめると︑﹁いぶせし﹂の原義は︑﹁ある障害のために
見通しが効かず︑対象の様子がわからないために生じる諸感情︑
特に不安やもどかしさで表わされる感情の表現︒﹂と言えるのでな
かろうか︒
その障害となるものは︑物質的なもの︑時間的なもの︑空間的
なものという差はあるが︑いずれの場合も︑そうした障害によっ
て︑見通しがきかなくなること︑そして︑その結果︑不安感︑も
どかしさ等が生じるという点は共通しているのである︒
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第三九号
二︑動詞﹁いぶせむ﹂との関係形容詞﹁いぶせし﹂と深いかかわりの予想されるのが︑動詞の
﹁いぶせむ﹂である︒
これは︑万葉集の高橋網戸麿の歌に見られる︒
葦屋之 菟名負処女之 ⁝⁝ 並居 家ホ毛不所見 虚木
綿羊 生理座在者 見而師香跡 恒憤時之 垣盧成 人之誹 時⁝⁝︵巻九︑㎜︶
この場合︑漢字表記では︑﹁恒﹂と﹁憤﹂が使われており︑﹁憤﹂
の訓として︑名義抄に︑﹁イカル﹂﹁イ︑トホル﹂︵観智院本︶︑﹁イ ︑トホリ︵図書寮本︑但し﹁憤悉﹂の訓︶があることから︑﹁心の
.:... ︵7︶
中で激しく思う﹂とする解釈もある︒勿論︑それで意は通るが︑この歌の状況を考えてみる時︑別の
解も成り立とう︒男たちは︑菟名負処女の姿形を見たいと思って
も︑処女は家の中に籠ってしまって︑その様子がわからないとい
う状況にあり︑まさしく前述の万葉集二十二︑働﹁母我養蚕乃
爆睡﹂同仁十一︑鰯﹁母養子 眉隠﹂と同様の状況と理解される 2
からである︒
蚕が繭に籠って見えなくなったように︑菟名負処女が︑家に籠っ
て︑・その様子を知り得なくなったために︑先には︑﹁いぶせし﹂と
いう感情が生起されたように︑ここでは︑﹁いぶせむ﹂という動作
が惹起されたと考えたい︒家に籠るという障害で中の様子が確認
できず︑見たい会いたいと思っても︑その気持ちが達成できない
﹁もどかしさ﹂が︑﹁いぶせむ﹂という動詞の基本義と考えられる
のではないだろうか︒
すなわち︑既に︑いくつか指摘もあるように︑﹁いぶせし﹂と﹁い
九
﹁いぶせし﹂語義考︵勝俣︶
ぶせむ﹂は︑品詞の別はあっても︑同じ語幹を持つ同根の語であ
り︑﹁ある障害のために見通しが効かず︑対象の様子を判断できな
いために生じる諸感情の一つ﹂の表現である点は共通しており︑
前者は︑状態︑後者が動作である点だけの違いと思われる︒
三︑語幹﹁いぶ﹂について
形容詞﹁いぶせし﹂と動詞﹁いぶせむ﹂が同根とすれば︑その
語幹﹁いぶ﹂︵または︑﹁いぶせ﹂とも解せる︒︶が如何なる意味を
有するかを検討する必要があろう︒
まず注目されるのは︑角川古語大辞典で︑﹁いぶせし﹂を﹁動詞
﹁いぶす﹂と同根か︒﹂と指摘している点である︒﹁いぶす﹂の基
本的語義である﹁煙で見えなくさせる﹂という意味は︑﹁いぶせし﹂
の﹁ある障害で見通しが効かず対象の様相がわからない︒﹂という
語義と基本的に一致するからである︒
しかし︑﹁いぶす﹂という語は︑用例から見ると︑中世以前には ︵8︶遡れないと思われる点が︑弱点である︒
一方︑万葉集には︑﹁おぼろげで物の様子がよくわからない﹂意味を表わす言葉として﹁おほほし︵おぼぼし︶﹂があり︑上述の如
く︑万葉表記は︑﹁いぶせし﹂の﹁欝恨﹂の表記と一致しているも
のがある︒
いめにだに み ざ り しものを おほほしく みやで もするか さ ひ のくまみ 夢ホ谷 不見在黒物ホ 欝恒 宮出単為鹿 翌日之隈廻 を 乎︵巻二︑珊︶ あさひてる しまの みかどに おほほしく ひとおとも せ ね ば まうらかなしも 旦日照島乃御門ホ欝憧人音毛不為者真浦悲毛︵巻二︑魏︶
これは︑﹁いぶせし﹂の基本的語義が︑対象の様子をはっきり把 一〇
握できない状況を表わすことと軌を一にした表記といえよう︒
敢えて言えば︑﹁欝憧﹂の字義である﹁はっきりと見通しが効か
ず不安である﹂の意味において︑﹁欝﹂と﹁恨﹂の比重のかかり方
が︑﹁いぶせし﹂と﹁おほほし﹂では︑やや異なるのではなかろう
か︒つまり︑﹁いぶせし﹂ではどちらかといえば︑﹁恨﹂の方に比
重があって︑﹁見通しがきかないために︶不安である﹂のに対し︑
﹁おほほし﹂は︑﹁欝﹂の方に比重があって︑﹁見通しがきかず︑
物の様子がわからなく︵不安だ︶﹂となるのであるまいか︒
その点︑﹁物の様子がはっきりとわからず不審である﹂ことを表
わす﹁いふかし﹂﹁いふかる﹂とも関連づけたくなるが︑﹁い適
し﹂とは︑仮名表記における清濁が異なるので︑一応別とみたい︒
以上の考察をもとに︑敢えて語源を言えば︑﹁いぶせし﹂の﹁い
ぶ﹂は︑﹁煙霞を通して魂如く不分明な状態﹂を意味する語と推
測できるのでなかろうか︒
四︑後世の語義の分化︑変遷
形容詞﹁いぶせし﹂の語義が︑上代においては︑基本的に︑﹁あ
る障害のために見通しが効かず︑対象の様子がわからないために
生じる諸感情︑特に不安で︑もどかしい義﹂にあるだろうことは
上述の通りである︒その一方︑後世には︑種々の意味が分化して
いくこともまた事実である︒そこで︑その変化の跡を一瞥して︑
そうした語義変化の理由を考えてみたい︒
まず︑﹁不安で気懸りな状態を表わす﹂例としては︑次のものが
ある︒
う ち
①源﹁内裏などにも︑あまり久しう参り侍らねば︑いぶせさに︑今日なん︑うひだちし侍ると︑⁝⁝﹂ ︵源氏物語 葵︶
この例では︑源氏の参内が間遠になり︑内裏の様子もはっきりしなくなったことを﹁いぶせさ﹂と表現しているわけで︑﹁気懸り﹂
の意をよく表わした例と言える︒
②いとひさしく見奉らぬもおぼつかなく︑かしこよりも︑回
ぶせき由たびくのたまはするを ︵夜の寝覚︶
これも相手の様子がわからず︑気懸りな様を﹁いぶせき﹂と表
現していると考えられる︒
③おぼつかなくも︑又︑物言ひあはせましくもあれど︑さし
も契りし事なれば︑いぶせなから過ぐる程に ︵発心集第
一 十一︶
④隠岐よりは︑たまさかの御消息などの通ふぼかりにて︑お
ぼっかなくいぶせき事多く積もり行も︑ ︵増量︶
これらは︑鎌倉南北朝時代の用法であるが︑安否がわからずに︑
﹁気懸り﹂であるという語義は生きている︒ いぶせ おは ⑤朧にも人の踏みたりとも見えぬ道︑個引ともこの道を在し
ませ︑ ︵御伽草子﹁昆沙門の本地﹂︶
これは︑人跡末踏の地を行く不安を述べたもので︑室町期にも︑﹁不安﹂の語義が存続していたことを示している︒そして︑その
﹁不安﹂は︑①〜⑤のすべてが︑対象の様子がわからないことか
ら派生しており︑上代の用法を忠実に伝えていると言えよう︒
一方︑﹁もどかしい﹂の語義の例としては︑次のものが見られ
る︒ ①六日⁝−なにはにつきて︑かはじりにいる︒みなひとぐ
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第三九号
⁝⁝ひたひにてをあててよろこぶことふたつなし︒あはち のしまのおほいご︑みやこちかくなりぬといふをよろこび て︑⁝⁝いつしかといぶせかりつるなにはがたあしこぎそ けてみふねきにけり ︵土左日記︶ ここでは︑船がいつ難波に着くかともどかしく思っていた気持ちが︑﹁いぶせかり﹂という表現によく表われていよう︒これは︑未来のことは見通せないという意味での時間的な障害によって︑﹁もどかしさ﹂が生まれているのである︒
②上にもわたり給へり︒御几帳ひきよせて︑あたらしうまみ
りたる人々には見え給はねば︑いぶせき心地す︒ ︵枕草
子 三巻本 二七八段︶
ここでは︑御几帳という障害のために︑見たいと思う対象︵上
11道隆の北の方の御記︶が見えないために︑その様子がわからず︑
新参者の清女がもどかしく︑じれったく思っている状態を︑﹁いぶ
せき﹂という形容詞で表わしたと思われる︒﹁いぶせし﹂の基本的
語義である﹁障害で見通せない﹂という条件をよく備えた用例と
言えよう︒
③﹁今のほどいかにく﹂ときこえさせ給御使ひの︑引返ま
を︑謡いぶせからせ給に︑正月もたちぬ︒ ︵増鏡︶
これも︑少しの時でも待てぬじれったさがよく表わされた表現
である︒
以上は︑﹁対象の様相がわからぬ故の不安︑もどかしさ﹂という﹁いぶせし﹂の上代の基本的語義が︑時代が下っても︑そのまま使われていた例だが︑次・には別の語義について見てみたい︒
①ゑいく声をしのびにして︑馬のちからをつけておとす︒
余りのいぶせさに︑目をふさいてぞおとしける︒ ︵平家
﹁いぶせし﹂語義考︵勝俣︶
物語 坂落︶
この﹁いぶせさ﹂は︑急坂を人馬が降りる場面で︑坂の傾斜が
急で﹁恐ろしい﹂の意と解される︒これは︑﹁いぶせし﹂の上代の
基本的語義である﹁見通しが効かぬために不安である︒﹂の意に最
も近い語義と考えられる︒この場合︑これから下る坂は︑まだ実
際には下ったことがないわけだから︑どのくらいの急坂か予想が
つかずに︑猛き武士でさえも︑不安を感じてしまうわけであり︑
その不安の度合が強まって恐ろしいと感じていることになろう︒
この語義は日葡辞書の口び自区巴 イブセイ︵いぶせい︶ 恐ろし
いもの﹂に引きつがれている︒
安芸の儒者︑香川蓋臣の著した﹃秋長夜話﹄︵天明・寛政頃︶に ヲソル ②此国に︒畏ことを︒いびせしといふ︒
とあるのも︑平家物語や日葡辞書の系統を引く使い方であろう︒
現代方言でも︑﹁あぶない﹂﹁危うい﹂の意で︑﹁いぶせい﹂﹁え
ぶせい﹂︵群馬等︶が残っているのは︑この﹁恐ろしい﹂の語義と 恐らく関係があろう︒ ワロキ ①母ニテ候モノ﹀︑悪病ヲシテ死︵二︶テ侍ケルガ︑父ハ遠
ク行テ候ハズ︒人ハイブセキ事二思ヒテ︑見訪フ者モナシ︒
︵沙石集 巻一の四︶
ここでは︑﹁イブセキ﹂は︑﹁気味の悪い︒﹂の語義で使われてい
る︒これも︑﹁悪病ヲシテ死﹂んだ様子がどのようなものかわから
ず︑不安で恐ろしく︑それが高じて︑気味悪いという感情を呼び
起こしたものと思われる︒﹁対象の様子がわからないために生じる
諸感情の一つ﹂という基本的語義の痕跡は残っていることになろ
う︒ そうした語義の形成の背景が失われて︑単に︑﹁気味悪い﹂とい 一二
う語義のみが︑単独で使われるようになると︑
②た﹀いまはいとけうとく︑いふせきとくろにて侍めり︒
︵閑居友 上二十︶
といった表現が成立することになる︒
この用法は後世も継続して使われ︑
③なふいぶせやと飛んで出︑あれを見よ六郎︑紙帳の内に女
のくび ︵近松 ﹁兼好法師物見車﹂︶
と行った表現がなされる︒
﹃筑紫方言﹄︵江戸末期︑著者未詳︶にも︑
④気味のわるいと云事をいびしい
という記述がある︒
現代方言でも︑﹁いびしい﹂﹁いびせい﹂﹁えべせい﹂という形
で︑﹁気味悪い︵恐ろしい︶﹂といった語義は︑全国に残っている︒
これらの用例は︑﹁対象の様子がわからず不安だ﹂という語義か
ら︑﹁不安﹂の度合いが強まり︑﹁恐ろしい﹂となり︑さらに状況
によって︑﹁恐ろしくて︵危険だ︶﹂という方向と︑﹁恐ろしくて︵気
味が悪い︶﹂という方向に︑語義が分化していったことを推測させ
よう︒
次に︑﹁見苦しい﹂﹁きたない﹂の語義の例を見てみる︒ッ
①木曽華墨とて食す︒猫問殿は︑合子のいぶせさにめさざりければ︑ ︵平家物語 猫間︶
この例では︑合子のきたなさを﹁いぶせさ﹂と表わしている︒
これも︑合子を手に取って詳しく吟味したわけではないし︑調理
場の様子を見たわけでもないから︑本当に汚ないのかどうかは︑
判然とはしてないのである︒ただ実際にはよくわからなくても︑
周囲の様子から見て︑汚いのではないかと予測しているわけで︑
様子のはっきりわからないことかちくる不安があって︑それが︑
恐らく汚ないだろうという推測を導いているのだと思われる︒根
本には︑対象の様子を明確に把握できないという不安感があるも
のと思われ︑上代の﹁いぶせし﹂の基本的語義の事由が見られる
例と言えよう︒
②いとどしく賎の庵のいぶせさに卯花くたし五月雨ぞ降る
︵千載集夏珊︶
③裏は塵つもり︑虫の巣にていぶせげなるを︑よくはきのこ
ひて︑おのく見侍︵り︶しに︑行成位署︑名字︑年号︑
さだかにみえ︵侍り︶しかぼ︑人皆興に入る ︵徒然草 二
三八段︶
この場合も︑単に﹁見苦しい﹂﹁きたない﹂ということでなく︑
﹁賎の庵﹂や﹁虫の巣﹂の内側がどうなっているのか様子がわか
らず不安であるという気持ちを含めての︑﹁見苦しい﹂﹁きたない﹂
であると思われる︒特に︑③の徒然草の例では︑佐理の額か行成
の額か確かめたくて︑蜘蛛の巣などで邪魔されて見えなくなって
いたのを︑きれいに取り払うと字が見えたというのだから︑﹁障害
で見通しが効かない﹂という﹁いぶせし﹂の原義がまだ残ってい
る例と言えよう︒
それが︑中世後期や近世になると︑
④せつなのほどに見るもいぶせき翁のすがたと成りにけるこ
そふしきなれ ︵御伽草子﹁浦島太郎﹂︶ らん あかつい ⑤﹁是蘭︑内義の帯が垢付ていぶせい︒どれぞ一筋進ぜてと
いひ付れバ︑﹂ ︵上田秋成 浮世草子﹃世間箭形気﹄︶
といった如く︑﹁見苦しい﹂﹁汚ない﹂という語義が完全に独立し
て使われるようになる︒
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第三九号
これは︑現代方言にも︑﹁きたない﹂﹁みじめな﹂の意で︑﹁いびせい﹂︵山口等︶が残っているのに繋るものであろう︒ さらに︑﹁不快な﹂という語義も生じた︒ ①︵中君は︶少し︑世︵の︶中をも知り給へけるにや⁝⁝ひ たぶるに︑いぶせくなどはあらで ︵源氏物語 宿木︶ これは︑仁君が︑薫をひたすらに不快に思っているわけではなくという意味である︒こうした﹁不快な﹂という語義も︑相手の様子がはっきりわからず不安であるところがら恐らく生まれた語義であろう︒ ﹁不安﹂から直接に﹁不快﹂という語義が生まれたのか︑﹁不安﹂から﹁気味悪い﹂﹁見苦しい﹂を通して﹁不快﹂の語義が生じたのかは判然としないが︑いずれにしても︑これらの語義が密接な関係にあることは否定できないであろう︒ その﹁不快﹂の語義が独立して用いられると︑ ②みち︵す︶がらのあせいぶせかりつれば︑身をきよめて︑ ︵平家物語 千手前︶といった︑身体的な不快感にも使われるようになるのである︒ ﹃仙台言葉以呂波寄﹄︵享保五年︶に︑ ③やぼちい 雨などにぬれた事とあるのも︑平家物語の系統を引いた表現と言えよう︒ 現代方言に︑﹁雨などにぬれて気持ちが悪い﹂という語義で︑﹁いみしい﹂︵熊本︶などが残っているのも同様であろう︒ ﹁うっとうしい﹂の語義の例としては︑従来から多くの用例が指摘されてきた︒しかし︑その中には︑﹁不安だ︑気懸りだ︑もどかしい﹂等の意と考えるべき例も少なからず含まれていると思われる︒﹁うっとうしい﹂については︑逐一例を挙げることを省略し一三
﹁いぶせし﹂語義考︵勝俣︶
たいが︑﹁うっとうしい﹂という語義は︑見通しが効かず︑対象の
様相がわからないために生じた諸感情の一つであって︑﹁いぶせ
︵12︶
し﹂の一語義に過ぎないと言えよう︒結
び
以上見て来た如く︑﹁いぶせし﹂の語義は時代とともに推移して
きている︒
しかし︑その基本的語義として帰納された﹁ある障害で見通し
が効かず︑対象の様相がわからないために生起する諸感情の表現︑
特に︑不安だ︑もどかしい等と対応し得る意味﹂は︑形を変えな
がらも︑一貫して︑現代にも生き続けていると言えるのでなかろ
うか︒
注
︵1︶ この部分︑日本書紀には︑次の通りある︒ イキトホリ 長者多経二寒暑︸︒既為二成人一︒更無レ恒 ︒唯少子者︒未レ知二其
成不一︒是以少子甚憐之︒︵応神天皇四十年春正月︶
右の﹁慢﹂を﹁イキトホリ﹂と訓んでいるのは︑寛文九年版本であって︑
古訓を有する書寮部蔵本︑北野神社蔵本︵兼永本︶︑熱田神宮蔵本等には︑傍
訓は見られない︒この場合︑﹁旭﹂は︑将来の見通しがっかず不安であること
を意味していると判断され︑内容的に雄略記の﹁恨﹂の使われ方と同様であ
ると思われる︒
︵2︶ 形容詞﹁おほほし﹂は︑濁音て﹁おぼぼし﹂とも訓まれる︒﹁警保保思
久﹂︵巻十一︑姻等︶︑﹁意保保斯久﹂︵巻五︑鰹︶等の万葉集の仮名遣い例か
2らは︑清音と推測されるが︑断言はできない︒本稿では︑便宜上︑﹁おほほし﹂
一四の表記に統一した︒
いぶせむ いぶせき
︵3︶ なお︑⑧の﹁恒憤﹂の﹁旭﹂や︑応神記の﹁旭﹂については︑﹁侶﹂ イフ の音が﹁イフ﹂とも読めることから︵観智院本類聚名義抄﹁慢山邑﹂︶︑二音
節の音仮名﹁イフ﹂が︑﹁いぶせむ﹂﹁いぶせし﹂の﹁いぶ﹂に通じる可能性
があるのでないかと︑静岡大学の日野資純先生から御指摘を受けた︒万葉時
代︑﹁恨﹂の音は﹁オフ﹂であったとする説もあるが︵万葉集総索引漢字篇
等︶︑説文解字︑築隷万象名義には︑﹁直写汲反﹂とあるから︑万葉時代︑﹁旭﹂
の字音が﹁イフ﹂であった可能性は高いと思われる︒また二音節の音仮名と
して読むためには︑有尾韻字である必要があるが︑﹁旭﹂の字は入声の字母で
韻尾を有するから︑必要条件は満たしている︒それ故︑﹁イフ﹂の音から︑﹁い
ぶせし﹂に﹁慢﹂の字があてられたことも十分考えられよう︒︵大野透氏﹃新
訂萬二言名の研究古代日本語の表記の研究﹄中﹁有尾韻字による用字﹂を参照さ
れたし︶
︵4︶例えば︑万葉集全註釈︑私注︑大系︑注釈︑全集等主な注釈書が︑そ
う解釈しているようである︒
︵5︶ 巻十三︑25の長歌にも﹁⁝⁝帯乳根笑 母之養蚕之 眉隠 気衝渡 吾
3 ユ恋 心中少 ⁝⁝﹂とあって︑巻十一︑49︑巻十二︑99と同様な表現が見ら
∩ノ白 2れる︒この歌の場合も︑何年たっても姿が見えぬ相手に対しての恋しい想い
を詠んだものであるので︑蚕が繭に隠って姿が見えないことと︑相手の姿を
見出し得ぬことは︑イメージとして重複していよう︒なお︑文選巻十八︑成
トシテヒソカ ス トシテ ス
公子安の予予に︑﹁響抑揚而墨絵・気衝欝而標起﹂とあって︑﹁気衝﹂を
﹁欝﹂と表わしているので︑右の万葉歌の﹁気衝﹂も︑﹁欝﹂と関係を持つと
すれば︑蚕が眉隠︵繭に隠れる︶ことと見通しが効かぬことの関連がより鮮
明となるであろう︒
︵6︶ 印度本節用集﹃和漢通用集﹄には︑﹁暗暗さまたぐる義﹂とあり︑やはり
物がさえぎられてはっきり見えない状態を﹁いぶせく﹂としていると判断で
きる︒